霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章

インフォメーション
題名:第二章 著者:
ページ:8 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-11-05 02:06:22 OBC :B115009c05
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]神霊界 > 大正9年8月21日号(第124号) > 道の大本(裏の神諭)
一、神の取次が(をしへ)の苗を植ゑつける、教信徒(まめひと)は水を(そそ)ぎ、神はこれを育てたまふ。
二、神の為に、世の為に働くものは、世界の(さら)し物となるの覚悟あるべし。今まで犯し(きた)りし(つみ)(けがれ)を、残らず神の前に店出(みせだし)すべし「見せ出すべし」の誤りか?
三、言葉を(たくみ)にして、信者に媚び(へつ)らふ者は、慢神(まんしん)の罪悪なり、かくの如き布教師(とりつぎ)は、神明(かみ)に奉仕するにあらずして、我欲といへる悪魔に仕ふる者なり。
四、病み疲れ、痩せ衰ろへ、頼み少なき人を見て、我欲を(みた)さんが為に、飾りたる言葉を用ふる者は邪神(まがつ)悪魔なり。人の(めん)を被りたる悪魔は、かへつて教の道の中に潜み居るものなり。
五、善にさとかれ、悪に(おろか)なれ。
六、真正(まこと)教旨(をしへ)は、凡人の眼には、悪しき様に映ずる事あり。滅亡(ほろび)偽教(をしへ)は、かへつて善良なるが如く映ずるものなり。これ心の(まなこ)をもつて見ずして、肉の眼、欲の眼をもつて見るが故なり。
七、人の前に弱き者は、神の前に出て(いと)も強く、人の前に強き者は、神の前に出て最も弱し。
八、人に謙譲(へりくだ)るものは、(おのづか)ら、神よりも、人よりも、(たか)きものとせらるべし。
九、形の上の宝に富むよりも、真誠(まこと)の道の智慧に富むものとなるべし。真誠(まこと)の道に富むものは、亡ぶことなく、衰ふること無し。
一〇、信者たる者は、互に愛をもつて交はり、力を(あは)せ、言葉を同じうして、もつて()ける神に仕へ奉るべし。
一一、()(もと)の神の教を蔑視(さげすみ)て、外国(とつくに)の悪しき教に迷ふことなかれ。
一二、キリストは聖人なり。されどその(うま)れし国は、遂に亡びてあとかたも無し。これ教に欠点あるが故なり。釈迦は聖人なり。されどその生れし印度の国は亡びたり。これ亡びの教なればなり。孔子は聖人なり、されどその生れし国は(はん)亡国なり。
一三、世界の三聖人とも言はるる人物を出したる、国々のかく衰へたるは、全く活ける神の道に背きたるところありしが故なるべし。
一四、三聖人よりも、幾千倍増したる聖賢は、我が皇祖(すめみおや)天照大神なり。大神の遺訓は盤石(ばんじやく)の如く、万古(ばんこ)に通じて揺がず、天津(あまつ)日継(ひつぎ)の目出()きこと、世界に類なし。
一五、万世に伝へて揺るがざる教は、これすなはち大神の教、活ける真正(まこと)の神より出でたるが故なり。
一六、かくも尊き国に生れ、かくも尊き神教(みをしへ)あるにも(かかは)らず、とつ国を慕ひて、横さの道を崇むるは、まことに愚かなることといふべし。
一七、祭祀祈祷の道を(あきらか)にし、あまねく世の中の罪ある身魂(みたま)を清むる為に、鎮魂の神術(みわざ)を教へたまふ。
一八、信仰の浅きもの、近欲なるものは、神の(くし)き働きを求むるものなり。
一九、(まこと)の信者は、正しき教を聞きて、真の智慧を与へられんことを望むなり。
二〇、貪欲近欲なるものは、人の巧みなる言葉を信じて、正しき神の言葉を忌むなり。
二一、人の口よりは毒多く出で、神の言葉は薬を出したまふ。智慧浅く、心に曇りあるものは毒を喜びて、生命(いのち)の種の薬を忌む。
二二、人の言葉は、さきに人を(から)喜びさせ、後に、まことの悲しみと、苦しみと、根の国を与ふるものなり。
二三、神の言葉は、初めは苦しき()うなれど、(あと)ほど(だい)なる喜びと、楽しみと、高天原(たかあまはら)の活ける真正(まこと)の宝と、生命(いのち)とを与へたまふ。
二四、人の智慧や言葉をもつて、道を開くことなかれ。智慧や口先をもつて、道を開かんとするものは、その身の欲を開き、罪を重ぬるものとなるなり。
二五、すぐれたる言葉をもつて、道の証明(あかし)を為すなかれ。怪しきわざをもつて、神の道の証明を為すことなかれ。神の言葉を守り、行状(おこなひ)を正しうし、よく耐へ忍びて、もつて道の証明をせよ。
二六、神は常に教信徒(まめひと)に向つて乳房をふくませたまふ。そは未だ汝ら肉体の欲に離るるあたはざるが故なり。
二七、天帝の神徳は広く、深く、かつ(たへ)にして、普通人(ただびと)の眼にて認むることあたはずといへども、人となり出でしものは、この神恩に報いまつらずんばあるべからず。
二八、この真誠(まこと)の道、未だ世に明かならず、ゆゑに(やや)もすれば邪道(よこさのみち)に陥り、(みだ)りにあだし神を拝して、真の神に仕へ奉ることを知らざるは、いはゆる日月(じつげつ)天に懸るといへども、盲人(しひ)は見ず、雷鳴(かみなり)地を動かすといへども、聾者(みみしひ)は聞かずと言へる類にして、()とあじなきことといふべし。