男もすといふ日誌を女子もして見んとてすなり。昭和三年戊辰弥生は十七日の午後一時半といふに天恩の郷を立ち出づ。岩田鳴球、栗原白嶺、生一吟月、玉の家満月合せて五柱なり。外に御田村主事補、萩の家明月等京又は大阪まで見送らんとて同じ汽車にのる。停車塲に見送る人等百に余りていとも賑し
コトタマの旅に出で立つ吾行を
見送る人の山と積みけり。
高知 徳島 高松 松山 頭の字
数へて見れば言霊なる。
青野原右と左に抱へつつ
花明山高台あとに馳せ行く。
高台の上より数多まめ人の
白布ふりて吾を見送る。
水清き保津の流れを左手に見て
すすむ旅路の心地よきかな。
嵯峨の駅来りて見れば嵐山は
早や葉桜となりにけるかな。
白髭を長くのばせし老翁の
吾座の前に眼をむきてあり。
麦の穂の筆は走りて紫雲英
花咲く田圃を進むぞをしき。
麦畑のはざまに大根白々と
花咲き充ちて初夏の風吹く。
法の花時じく咲くなる花園の
妙心寺駅静なるかな。
家々の棟にひらめく鯉幟
千葉の葛野に花とちる見ゆ。
花園の駅に来れば大山氏
夫妻吾窓訪ひて見送る。
まがね路の二條の駅に汽車つきて
白髭の翁窓外に立つ。
二條駅吾送らんと宣伝使
まめ人ホーム埋めて待てり。
浮れ男のものいふ花を手折るなる
島原角屋の家の秀高しも。
丹波口駅に来れば此処も亦
宣使まめ人吾行見送る。
玉敷の花の都の家の秀を
見上る空に靄立ちこめたり。
京都駅京都分所支部員等
雲の如くに見送りてあり。
紫の衣を纏ひし吾姿
珍らしさうに集ひてささやく。
二十分汽車待つ間さへもどかしく
思ひぬ人にのぞき込まれて。
内には政戦将にたけなはなり。外には支那の叛乱あり。同胞保護の為に出兵の止むなきに至れる物騒極まる晩春の空に、コトタマの宣伝と巡遊の旅に立つ吾一行の長閑さよ。
京都の駅を立出でまつしぐら
西へ西へと向日町行く。
明智勢羽柴の軍と雌雄をば
決せし天王山に雲立つ。
高槻の駅のホームをふさぎつつ
宣使まめ人吾行見送る。
伊賀伊勢子 中井勤氏井上夫人
神戸駅まで吾を見送る。
荘月氏明光社長中井氏の
三十日祭に急ぎてぞ行く。
知らぬ間に摂津富田の駅越えて
茨木駅に着きて気附きぬ。
ゆすられて腹も吹田の駅頭に
弁当売りの声さへもなき。
菜畑の花散り行きて青々と
莢のみ重くかたむく野辺かな。
里川の流れも清く田の中に
二筋三筋見えて凉しも。
淀川の大鉄橋を束の間に
渡る眼下に漁り舟浮く。
破れ家の軒重なると見るうちに
早くも汽車は梅田に入りけり。
大淀の鉄橋下に賤の男が
脛もあらはに貝拾ふ見ゆ。
梅田駅愛善旗をば振りかざし
宣使まめ人数多見送る。
内藤の正照翁や真柱氏
神戸駅迄同車し見送る。
神崎の駅構内に植ゑ付けて
楓の木苗新緑萌え居り。
紫雲英花短冊の如長方形に
田の面にちらちら並べられたり。
煙突は林の如く群れ立ちて
黒龍天に躍る津の国。
近くなり遠く鳴尾の松の岡
天橋の如長く続ける。
欲深き人の信ずる西の宮
蛭子の駅に月の吾かな。
二株のポプラの繁み町中に
風にゆられて高く舞ふ見ゆ。
西の宮蛭子の森は神さびて
苔むす老樹新葉かざれり。
大阪ゆ神戸へ見送る宣伝使
十二柱と聞くぞ床しき。
何人の家かは知らず紅かなめ
屋敷の周りに赤々と照る。
芦屋駅南の方に瀬戸の海
波も静かによこたはる見ゆ。
住吉の里かは知らねど余りにも
黒き家のみ並ぶ駅かな。
取りかこむ枳殻の生垣白々と
花まさかりて香り目出度き。
灘の駅来りて見れば摂津灘
浮べる船のま近く眼に入る。
三の宮駅に宣使やまめ人の
うごなはりつつ吾を出迎ふ。
五月六日午後の五時といふに、神戸花隈町瑞祥会分所に入りぬ。古き新しきまめ人あまた吾車のあとを追ひて、続々と分所に集まり来る。
今日の出帆は午後の七時半と聞きしより夕飯を饗応さる。腹のすきたる加減にてもあるか非常に味好く頂く。京谷主人の心を籠めて造りたる温袍綿入れにて重く又あつ苦し。神前祝詞奏上終りて満堂の宣使まめ人等に送られ波止場に到る。
船は一千三百二十噸の浦戸丸なり。乗船正に六時五十分、見送りの人々休息所に入り来り四方山の話に三十分間を費やす。出帆の警笛に見送る人々船を下り行く。王仁一行甲板に立ち現はれ、数十條のテープを投げ付ける。人々争ひて手にす。御田村主事補、北村道院副統掌、京谷分所次長、内藤分所長等の重要部員を始め、数多の宣使歓呼して見送る。船は桟橋を悠々として離れ行く。港の灯は累々幾千となく輝きて最と壮観なり。
午後七時三十分を限りとし
吾のる船はともづなを解く。
光善と一等室に安座して
月照る海を渡る今日かな。
高知市の新聞社記者船中に
吾一行を訪ひ来りけり。
船窓を開きて海の灯を見れば
天橋の如伊渡りかがやく。
満月は二等室内調べんと
吟月伴ひ立ち出でて行く。
大空は雲の断片往き来して
星の影さへ見えつかくれつ。
夜八時三十分甲板に立てば、海風強く肌寒し。折から東の山を抜け出でしまん丸き月かげに、海面一時に明かくなり、波のうねりさへ面白く見え初めたり。
甲板に立ち出で風に立ち居れば
海原明かして月は昇りぬ。
右手の窓開きて見れば浪高く
ほのかに浮ぶ島山の影。
阿波鳴門沖を通れば月さえて
波穏かに風だにもなし。
今日の日の歌や日記を悉く
生一清子に記さしめたり。