往きかひの船の汽笛に眼さまして
窓を開けば風面を吹く。
宣伝使まめ人既に集ひ来て
島中の家塞がりてあり。
湯に入りて身体清め顔剃れば
剃刀荒れて頬の辺痛し。
朝飯も済みてそろそろと牛窪家
訪はんとす折まめ人吾を揉む。
栗原氏屋島の勝景探らんと
電車にのりて急ぎ出で行く。
朝十時亀命山麓亀岡の
牛窪やかたを指して走せ行く。
来て見れば手入れ届きて五年前と
見まがふ斗り変りてありけり。
明光社十八回の和歌詠草
いよいよ今日より選み初めけり。
山も野も若葉の衣きかざりて
二名の夏を迎ふる山姫。
吾宿の老樹の松もみどりして
道の栄えを寿ぐ清しさ。
明光社和歌の一選漸くに
今日夕暮に終りけるかな。
風光の勝れし二名の島へ来て
旅の楽しみ覚りけるかな。
晴れ渡る空に星かげ見え乍ら
庭の面包む木下闇かな。
選みたる歌の秀句を吟月と
満月二人で読み合せ居り。
紫雲閣牛窪氏邸には数百年の星霜を経たる赤松の老樹三本蒼々として天に冲し、枝振さへも目出度美はしく 又類稀なる邸宅なり。庭石の青く苔の生したる庭樹の種類最とも多く珍らし。幹には千古の青苔生ひ茂り、古色蒼然たる屋建の雅趣に富めるなど、茶人詩人の住家に具はしく思はる。三方は田園に殆んど包まれ、風当り良く閑静にして且つ高尚なり 今の世斯かる雅美ある建物なかるべく、夜は四辺寂然として声無く、物読み文を綴るに恰好の家居なりけり。
遥々と二名の島へ渡り来て
いと珍らしき家に宿りす。
神前に正坐しながらまめ人と
夕べの祝詞奏しけるかな。
半切や画の短冊をそれぞれに
まめ人たちに今日も頒ちぬ。
小夜更けて空を仰げば数万の
星またたきて静なりけり。
疲れ果て前後も知らず熟睡し
夜の明くるさへ覚えざりけり。