新湊町海岸通りなる島中分所長宅に昨夜一行五人落着きしまま宿泊し、暖かき天国の夢を見つつ、湊に通ふ船の汽笛に眼を醒せば、わが寐ねし二階の障子は太陽の光さして明るし。
笛の音にまなこ醒せば太陽は
吾寝屋の窓さして明るし。
まめ人に頒たんとして絵短冊
百数十枚を染めにけるかな。
自動車を走らせ分所の広前に
詣でて一同太祝詞宣る。
亀山の支部に至りて神前に
祝詞まをせば心すがしき。
憧憬の栗林公園逍遥し
初夏の景色に楽しさつきず。
人の行く足音聞きて池の鯉
群がり来り餌を求むる。
○たはむれに詠める恋歌
四国路に渡りて吹かるる初夏の風は
眼元凉しき君のこころか。
梅桜花は散れどもものを言ふ
花と旅する身こそ楽しき。
美はしきこの公園の風光を
君とし見れば楽しかるらむ。
公園の池には恋の餌をあさる
人の身なれば恋も深けれ。
天声社送り来りし和歌詠草
旅の空にて選むぞ苦しき。
半時の休養さへも出来がたき
せはしき吾ぞ因果ものなる。
天恩郷立出で十二の日数をば
重ねて高松訪づれけるかな。
牛窪氏中野夫人は何故か
この地にありてたづね来まさず。
五年前吾見し栗林公園の
眺めはいたく変りてありけり。
波の音風のそよぎも無き夕べ
独り筆持つ吾ぞ寂しき。
播磨灘遠くかすみて島影も
見えつかくれつ静けき夕かな。
公会堂公演のため両総務
黄昏の空立ち出でて行く。
夕食のうまさに余り喰ひすぎて
筆持つさへも物憂かりけり。
栲機の支部長御機嫌奉伺すと
遥々電報送り来れり。
新居浜の信者遥々訪ひきたり
二時間にして帰途につきたり。
午前七時海風強く吹き起り
浪音高く鳴り響きけり。
浪の音益々高く風強く
吾窓打ちて肌冷えに渡る。
讃岐会館講演すみて両弁士
かちどき挙げて帰り来にけり。
来まさぬと記せし中野祝子氏は
風吹く夕べ顔を見せけり。
回顧すれば大正十三年の一月、吾初めて二名の島に渡り牛窪家に請ぜられ、其砌日本一の公園と聞えた栗林公園に半日の清遊を試みし折、いと珍らしく眺めたる数万羽の池の面に浮遊せる鴨の群を見て興に入りしが、時季の然らしむる為か、今日は一羽の鴨の影さへも見ぬぞ淋しき心地しぬ。
東海道五十三次を移写して造りしと伝ふ栗林公園の風光は、宛然天国の神苑にも似て美はしくまた清々し。池中の恋は緋白黒色々の鮮鱗を水面にひるがへして、溌溂として初夏の天を仰ぎ見るものの如し。池辺の菖蒲は紫に白に咲きそろひて深く花容を地底に落し、奇石怪岩碁布する間に永久の匂ひを放つ常磐の老松は、初夏の凉風に梢を鳴らし、青き芝生には名も知らぬ小草の花を咲きて遊覧者を待つものの如く、新緑の萌ゆる姿は池水に映じて其の風致たとふるに物なし。東洋の前途を憂ひ、心ひそかに大蒙古に出修し、皇国の為に身命を捧げんと内心深く定めつつ、日本を去らんとする名残の一ともなして見し栗林公園の状は、今日見る吾眼に比して大なる径庭ありしなり。嗚呼光陰矢の如く去りて早くも五年の星霜を閲し、再び高松の勝地を訪ひし吾、万感交々胸中に徂徠して夢の如し。
五年の昔相見し公園の
風光胸に蘇生りけり。
冬の日に見し公園の淋しさに
比べて今日の美はしき初夏。
紫雲山背景とせる公園の
風光殊に美はしき初夏。
常磐木の千代万世に茂りたる
亀命の山姿見るも目出度し。