霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 与太理縮(よたりすく)〔七四八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第25巻 海洋万里 子の巻 篇:第1篇 相縁奇縁 よみ(新仮名遣い):あいえんきえん
章:第2章 与太理縮 よみ(新仮名遣い):よたりすく 通し章番号:748
口述日:1922(大正11)年07月07日(旧閏05月13日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年5月25日
概要: 舞台:地恩城 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
蜈蚣姫は、友彦が攻めて来るという噂を黄竜姫に話し、自分に出陣を申し付けるようにと説得していた。黄竜姫は、もし友彦が攻めてきたとしても、あくまで言霊の力で言向け和すだけだと反対する。
あくまで抗戦を主張する蜈蚣姫に対し、黄竜姫は三五教の除名を申し渡した。そして蜈蚣姫を縛するようにと金州を呼んだ。
金州、銀州、鉄州の諌めによって、黄竜姫は蜈蚣姫の除名を解いた。そしてもし友彦が襲来するようなことがあれば、自分が陣頭に立ってあくまで抗戦するつもりだと胸の内を蜈蚣姫に明かした。
そこへ鶴公がやってきて、友彦襲来の噂の真偽を黄竜姫に問うた。蜈蚣姫は、その場にいる金州、銀州、鉄州が他ならぬその報告者だと明かした。鶴公は、三人はこの一ケ月城外に出たことがないのに、なぜネルソン山以西の動静を知っているのか、と三人を問い詰めた。
三人はとたんにしどろもどろになって、答えをはぐらかしている。黄竜姫と蜈蚣姫の前で問い詰められて、ついに三人は、友彦襲来の噂は、鶴公派を出陣させて、その間に清公と宇豆姫を結婚させてしまおうという計略の作り話であったことを白状した。
蜈蚣姫は清公を呼ぼうとするが、鉄州があくまで自分たちが、清公に身を固めてもらって城内を固めてもらおうと思った真心から出た計略だったと有り体に白状したことから、このことは不問となった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-08-23 18:38:05 文字数:6693 OBC :rm2502
愛善世界社版:30頁 八幡書店版:第5輯 40頁 修補版: 校定版:31頁 普及版:13頁 初版: ページ備考:
001 地恩城(ちおんじやう)の奥殿(おくでん)には黄竜姫(わうりようひめ)と蜈蚣姫(むかでひめ)の二人(ふたり)、002侍女(じぢよ)を遠(とほ)ざけ、003頭(かうべ)を垂(た)れ物憂(ものう)し気(げ)に、004何事(なにごと)か首(くび)を鳩(あつ)めてヒソビソ話(ばなし)に耽(ふけ)つて居(ゐ)る。
005蜈蚣姫(むかでひめ)『黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)、006大変(たいへん)な事(こと)が出来(でき)ました。007あの意地(いぢ)くねの悪(わる)い鼻曲(はなまが)りの友彦(ともひこ)が、008ネルソン山(ざん)を西(にし)に渉(わた)り、009獰猛(だうまう)なる土人(どじん)をチヨロ魔化(まくわ)し、010テールス姫(ひめ)と言(い)ふ妖女(えうぢよ)を抱(だ)き込(こ)み、011表面(へうめん)三五教(あななひけう)を標榜(へうぼう)し、012衆(しう)を集(あつ)めて此(この)地恩郷(ちおんきやう)に攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)り、013お前(まへ)さまを否応(いやおう)なしに又(また)元(もと)の女房(にようばう)にしようとの企(たく)み、014今(いま)に本城(ほんじやう)へ攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)るとの、015金(きん)、016銀(ぎん)、017鉄(てつ)の注進(ちゆうしん)、018万一(まんいち)左様(さやう)な事(こと)が実現(じつげん)して、019友彦(ともひこ)此(この)場(ば)に攻(せ)め来(きた)る事(こと)あらば、020お前(まへ)さまは如何(どう)なさる考(かんが)へですか、021御(ご)意中(いちう)を承(うけたま)はりたい』
022黄竜姫(わうりようひめ)『母様(ははさま)、023左様(さやう)な御(ご)心配(しんぱい)に及(およ)びませぬ。024柔(じう)よく剛(がう)を制(せい)すと言(い)つて、025如何(いか)なる頑強(ぐわんきやう)不霊(ふれい)の友彦(ともひこ)なりとて、026妾(わたし)が三寸(さんずん)の舌剣(ぜつけん)を以(もつ)て腸(はらわた)まで抉(えぐ)り出(だ)し、027見事(みごと)改心(かいしん)させて見(み)せませう。028友彦(ともひこ)如(ごと)きは物(もの)の数(かず)でもありませぬ。029あの様(やう)な者(もの)が恐(おそ)ろしくて、030此(この)野蛮(やばん)未開(みかい)の一(ひと)つ島(じま)が如何(どう)して拓(ひら)けませう。031取越(とりこし)苦労(くらう)はなさいますな、032ホヽヽヽヽ』
033とオチヨボ口(ぐち)に袖(そで)を当(あ)て、034手(て)もなく笑(わら)ふ。035蜈蚣姫(むかでひめ)は真面目(まじめ)な心配相(しんぱいさう)な顔付(かほつき)にて、
036蜈蚣姫『何程(なにほど)悧巧(りかう)だと言(い)つても未(ま)だお前(まへ)は年(とし)が若(わか)いから、037さう楽観(らくくわん)をして居(を)られますが、038恋(こひ)の意地(いぢ)と言(い)ふものは又(また)格別(かくべつ)なもので、039なかなか油断(ゆだん)はなりませぬ。040寝(ね)ても醒(さめ)ても小糸姫(こいとひめ)に馬鹿(ばか)にしられたと怨(うら)んで居(ゐ)る友彦(ともひこ)の事(こと)だから、041一(いち)時(じ)は時(とき)到(いた)らずとして尾(を)を捲(ま)き目(め)を塞(ふさ)ぎ爪(つめ)を隠(かく)して、042猫(ねこ)の様(やう)になつて居(ゐ)たものの、043今(いま)やジヤンナの郷(さと)に於(おい)て、044飛(た)つ鳥(とり)も落(おと)す様(やう)な勢(いきほひ)になつたのを幸(さいは)ひ、045日頃(ひごろ)の鬱憤(うつぷん)を晴(はら)すは今(いま)此(この)時(とき)と戦備(せんび)を整(ととの)へ捲土(けんど)重来(ぢうらい)する以上(いじやう)は到底(たうてい)なかなか一筋(ひとすぢ)や二筋(ふたすぢ)では納(をさ)まりますまい。046年寄(としより)の冷水(ひやみづ)、047老婆心(らうばしん)の繰言(くりごと)とお笑(わら)ひなさるか知(し)りませぬが、048年寄(としより)は家(いへ)の宝(たから)、049経験(けいけん)がつんで居(ゐ)るからチツとは母(はは)の言(い)ふ事(こと)もお聞(き)きなされ。050後(あと)の後悔(こうくわい)は間(ま)にあひませぬ』
051黄竜姫(わうりようひめ)『あの、052マア母様(ははさま)にも似合(にあ)はぬ御(ご)心配相(しんぱいさう)なお顔付(かほつき)、053母上(あなた)も顕恩郷(けんおんきやう)では随分(ずゐぶん)剛胆(がうたん)な事(こと)をなさいましたではありませぬか。054それのみならず、055自転倒(おのころ)島(じま)の鬼(おに)ケ城(じやう)山(ざん)に敗(やぶ)れ三国(みくに)ケ嶽(だけ)に砦(とりで)を構(かま)へ、056次(つい)で魔谷(まや)ケ嶽(だけ)、057国城山(くにしろやま)と大活動(だいくわつどう)をなされた時(とき)は、058夜叉(やしや)の様(やう)なお勢(いきほひ)で御座(ござ)つたぢやありませぬか。059それに今日(こんにち)、060母上(あなた)の口(くち)からそんな弱(よわ)い音色(ねいろ)が出(で)るとは思(おも)ひも掛(か)けませぬ。061此(この)黄竜姫(わうりようひめ)、062仮令(たとへ)百(もも)の友彦(ともひこ)、063万(まん)の友彦(ともひこ)来(きた)るとも、064三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)の神力(しんりき)、065吾(わが)言霊(ことたま)の威力(ゐりよく)に拠(よ)つて言向(ことむ)け和(やは)し、066前非(ぜんぴ)を悔(く)いしめ、067至善(しぜん)至美(しび)の身魂(みたま)に研(みが)き上(あ)げて助(たす)けてやる妾(わたし)の所存(しよぞん)、068決(けつ)して決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)遊(あそ)ばしますな』
069と脇息(けふそく)に肱(ひぢ)を乗(の)せ忍冬(にんどう)の茶(ちや)を一口(ひとくち)グツと飲(の)んで、
070黄竜姫『母様(ははさま)、071何卒(どうぞ)お寝(やす)み遊(あそ)ばしませ。072最早(もはや)夜(よ)も更(ふ)けかけました。073いづれネルソン山(ざん)へは数百(すうひやく)里(り)の道程(みちのり)、074友彦(ともひこ)が攻(せ)めて来(く)ると言(い)つても、075まだ十日(とをか)や半月(はんつき)は大丈夫(だいぢやうぶ)です。076あまり周章(あわ)てるには及(およ)びませぬ』
077蜈蚣姫(むかでひめ)『油断(ゆだん)大敵(たいてき)、078一(いち)時(じ)も猶予(いうよ)はなりませぬ。079妾(わたし)は先程(さきほど)一同(いちどう)の者(もの)に、080防戦(ばうせん)と出陣(しゆつぢん)の用意(ようい)を命(めい)じて置(お)きました。081やがて出陣(しゆつぢん)するでせう』
082黄竜姫(わうりようひめ)『それは誰(たれ)の吩咐(いひつけ)で出陣(しゆつぢん)をお命(めい)じになりましたか』
083蜈蚣姫(むかでひめ)『ハイ、084妾(わたし)の計(はか)らひで……』
085黄竜姫(わうりようひめ)『それは又(また)、086不都合(ふつがふ)千万(せんばん)、087私人(しじん)としては貴女(あなた)は妾(わたし)の母(はは)、088されど神(かみ)様(さま)のお道(みち)から言(い)へば妾(わたし)が教主(けうしゆ)も同然(どうぜん)、089妾(わたし)の命令(めいれい)をも聞(き)かずに、090公私(こうし)混淆(こんかう)、091自他(じた)本末(ほんまつ)を混乱(こんらん)して左様(さやう)な命令(めいれい)を出(だ)されては困(こま)るぢやありませぬか。092何卒(どうぞ)早(はや)く取消(とりけ)しをして下(くだ)さい』
093蜈蚣姫(むかでひめ)『何程(なんぼ)お前様(まへさま)が教主(けうしゆ)だと言(い)つて威張(ゐば)つた処(ところ)で、094矢張(やつぱ)り親(おや)は親(おや)だ。095親(おや)の言(い)ふ事(こと)を聞(き)かぬ様(やう)では鬼(おに)も同様(どうやう)です。096それでは神(かみ)様(さま)のお道(みち)を守(まも)る人(ひと)とは申(まを)されますまい。097此(この)蜈蚣姫(むかでひめ)も猪食(ししく)た犬(いぬ)丈(だけ)あつて、098何(ど)んな経験(けいけん)も持(も)つて居(を)る。099今(いま)こそ可愛(かあい)い娘(むすめ)の光(ひかり)を出(だ)したいばかりに、100目(め)を塞(ふさ)ぎ爪(つめ)を隠(かく)し、101灰猫婆(はひねこばば)アになつて居(ゐ)るものの、102まさかと言(い)ふ時(とき)になれば忽(たちま)ち虎猫(とらねこ)になりますよ。103虎(とら)も目(め)を塞(ふさ)ぎ爪(つめ)を隠(かく)して柔和(おとな)しく見(み)せて居(を)れば、104何時(いつ)までも厄介者(やつかいもの)だと蔑(さげす)み、105年寄(としよ)つたの、106耄碌(まうろく)したのと思(おも)つて居(ゐ)ようが、107いつかないつかな此(この)蜈蚣姫(むかでひめ)、108国家(こくか)興亡(こうばう)の此(この)際(さい)、109何時迄(いつまで)も爪(つめ)を隠(かく)す訳(わけ)にはゆかない。110虎猫(とらねこ)の本性(ほんしやう)を現(あら)はし、111之(これ)から大活動(だいくわつどう)を演(えん)ずる覚悟(かくご)ですよ。112平和(へいわ)の時(とき)はお前(まへ)さまを大将(たいしやう)にして置(お)いてもかなり勤(つと)まるが、113斯(こ)んな非常(ひじやう)の場合(ばあひ)は生温(なまぬる)い事(こと)で如何(どう)なりませう。114アタ小面憎(こづらにく)い友彦(ともひこ)の首(くび)を引(ひ)き抜(ぬ)いて、115思(おも)ひ知(し)らしてやらねばなりませぬ。116エー、117煩(うるさ)い事(こと)だ。118又(また)年寄(としより)に一苦労(ひとくらう)さすのかいな』
119黄竜姫(わうりようひめ)『母様(ははさま)、120貴方(あなた)はそれだから困(こま)ります。121三五教(あななひけう)の御教(みをしへ)をお忘(わす)れになりましたか』
122蜈蚣姫(むかでひめ)『エー、123融通(ゆうづう)の利(き)かぬ娘(むすめ)だな。124三五教(あななひけう)の教(をしへ)は天下(てんか)太平(たいへい)の御代(みよ)には実(じつ)に重宝(ちようほう)な教(をしへ)だが、125危機(きき)一髪(いつぱつ)の此(この)際(さい)、126あの様(やう)な柔弱(じうじやく)な無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)の教理(けうり)は、127マドロしうて聞(き)いてゐられますものか。128神(かみ)様(さま)が無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)を採(と)れと仰有(おつしや)るのは……為(す)な、129せい……と言(い)ふ謎(なぞ)ぢや。130お前(まへ)さまは何(なん)と言(い)つても未(ま)だ年(とし)が若(わか)いから正直(しやうぢき)に聞(き)くので困(こま)る。131口(くち)の端(はた)に乳(ちち)が附(つ)いて居(ゐ)る様(やう)な事(こと)言(い)つて……如何(どう)して此(この)地恩城(ちおんじやう)が維持(ゐぢ)出来(でき)ますか』
132と最後(さいご)の言葉(ことば)に力(ちから)を入(い)れて、133畳(たたみ)を握(にぎ)り拳(こぶし)でポンと叩(たた)いて見(み)せた。
134黄竜姫(わうりようひめ)『アヽ情(なさけ)ない母様(ははさま)の御(ご)精神(せいしん)、135如何(どう)したら本当(ほんたう)の改心(かいしん)をして下(くだ)さるであらう。136……何卒(どうぞ)神(かみ)様(さま)、137一時(ひととき)も早(はや)く真(まこと)の道(みち)が、138私(わたし)の一人(ひとり)よりない大切(たいせつ)な母(はは)に解(わか)ります様(やう)に、139何卒(どうぞ)心(こころ)の鏡(かがみ)に光明(くわうみやう)を与(あた)へ、140心(こころ)の暗黒(あんこく)を照(て)らして下(くだ)さいませ。141あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
142と合掌(がつしやう)し涙(なみだ)含(ぐ)む。
143蜈蚣姫(むかでひめ)『何程(なにほど)人間(にんげん)が改心(かいしん)したと言(い)つても、144元(もと)から悪(あく)の素質(そしつ)を持(も)つて居(ゐ)る吾々(われわれ)の身魂(みたま)、145譬(たと)へて言(い)へば、146大(おほ)きな鉢(はち)の中(なか)へ泥水(どろみづ)を盛(も)り、147それが時節(じせつ)の力(ちから)で泥(どろ)は鉢(はち)の底(そこ)に沈(いさ)り、148表面(うはつら)は清水(せいすゐ)に澄(す)み渡(わた)つて居(を)つても、149何(なに)か一(ひと)つ揺(ゆさ)ぶるものがあると、150折角(せつかく)底(そこ)に沈(いさ)つて居(ゐ)た泥(どろ)が又(また)もや浮(う)き上(あが)り、151元(もと)の泥水(どろみづ)となるのは自然(しぜん)の道理(だうり)だ。152之(これ)が惟神(かむながら)のお道(みち)です。153体(たい)を以(もつ)て体(たい)に対(たい)し、154霊(れい)を以(もつ)て霊(れい)に対(たい)し、155力(ちから)を以(もつ)て力(ちから)に対(たい)するは天地(てんち)の道理(だうり)ぢやありませぬか。156アインスタインの相対性(さうたいせい)原理(げんり)の説明(せつめい)だつて、157さうぢやないか。158お前(まへ)さまの様(やう)な其(そ)んな時代(じだい)遅(おく)れの事(こと)を言(い)つて居(ゐ)ると、159蟹(かに)の手足(てあし)をもぎ取(と)り、160鳥(とり)の翼(つばさ)を剥(は)ぎ取(と)つた様(やう)な目(め)に遭(あ)はされますぞ。161三千(さんぜん)世界(せかい)に子(こ)を思(おも)はぬ親(おや)がありませうか。162お前(まへ)が可愛(かあい)いばつかりに、163妾(わし)はお気(き)に召(め)さぬ事(こと)を言(い)ふのだが、164親(おや)の意見(いけん)と茄子(なすび)の花(はな)は、165千(せん)に一(ひと)つも仇花(あだばな)はありませぬぞ。166良薬(りやうやく)口(くち)に苦(にが)し、167甘(あま)いものは蛔虫(くわいちう)の源(もと)、168何卒(どうぞ)母(はは)が一生(いつしやう)のお願(ねが)ひだから、169出陣(しゆつぢん)を見合(みあは)す事(こと)は思(おも)ひ止(とど)まつて下(くだ)さい。170妾(わたし)も之(これ)から清公(きよこう)の左守(さもりの)神(かみ)を引率(ひきつ)れ、171年寄(としより)の花(はな)を咲(さ)かし、172冥途(めいど)の土産(みやげ)に一戦(ひといくさ)やつて見(み)よう程(ほど)に、173必(かなら)ず必(かなら)ず柔弱(じうじやく)な精神(せいしん)を発揮(はつき)して、174折角(せつかく)張(は)り詰(つ)めた母(はは)の勇猛心(ゆうまうしん)を挫(くじ)いて下(くだ)さるな。175親(おや)が子(こ)に手(て)を合(あは)して頼(たの)みます。176海(うみ)往(ゆ)かば水漬(みづ)く屍(かばね)、177山(やま)往(ゆ)かば草(くさ)生(む)す屍(かばね)、178大神(おほかみ)の辺(へ)にこそ死(し)なめ、179閑(のど)には死(し)なじ顧(かへりみ)はせじと、180弥(いや)進(すす)みに進(すす)み、181弥(いや)逼(せま)りに逼(せま)り、182友彦(ともひこ)が軍勢(ぐんぜい)を山(やま)の尾(を)毎(ごと)に追(お)ひ伏(ふ)せ、183河(かは)の瀬(せ)毎(ごと)に薙散(なぎち)らして服(まつろ)へ和(やは)し、184一泡(ひとあわ)吹(ふ)かして懲(こ)らしめ呉(く)れむは案(あん)の中(うち)、185必(かなら)ず邪魔(じやま)召(め)さるな』
186と血相(けつさう)を変(か)へて長押(なげし)の薙刀(なぎなた)を取(と)るより早(はや)く、
187蜈蚣姫『黄竜姫(わうりようひめ)、188さらば……』
189と此(この)場(ば)を立(た)ち出(い)でむとする。
190黄竜姫(わうりようひめ)『地恩城(ちおんじやう)の女王(ぢよわう)、191三五教(あななひけう)の神司(かむづかさ)、192今(いま)改(あらた)めて蜈蚣姫(むかでひめ)に対(たい)し、193三五教(あななひけう)を除名(ぢよめい)する。194有難(ありがた)くお受(う)け召(め)され』
195 蜈蚣姫(むかでひめ)は二足(ふたあし)三足(みあし)引返(ひきかへ)し、196黄竜姫(わうりようひめ)をハツタと睨(にら)み、
197蜈蚣姫『久離(きうり)絶(き)つても、198親子(おやこ)ぢやないか。199親子(おやこ)の情(じやう)は何処迄(どこまで)も変(かは)るものぢやない。200仮令(たとへ)蜈蚣姫(むかでひめ)、201天地(てんち)の神(かみ)の怒(いか)りに触(ふ)れ、202水火(すゐくわ)の責苦(せめく)に会(あ)うとても、203吾(わが)子(こ)の為(た)めには厭(いと)ひはせぬ。204三五教(あななひけう)を除名(ぢよめい)された上(うへ)は、205最早(もはや)其(その)方(はう)に制縛(せいばく)は受(う)けぬ、206自由(じいう)自在(じざい)の活動(くわつどう)を致(いた)すは之(これ)からだ。207愈(いよいよ)清公(きよこう)以下(いか)の勇士(ゆうし)を引率(ひきつ)れ、208華々(はなばな)しき功名(かうみやう)手柄(てがら)を現(あら)はし呉(く)れむ。209小糸姫(こいとひめ)、210さらばで御座(ござ)る』
211と又(また)立(た)ち出(い)でむとするを、212黄竜姫(わうりようひめ)は言葉(ことば)厳(おごそ)かに、
213黄竜姫『最早(もはや)三五教(あななひけう)を除名(ぢよめい)せし蜈蚣姫(むかでひめ)、214左守(さもりの)神(かみ)たる清公(きよこう)を初(はじ)め、215其(その)他(た)一同(いちどう)を指揮(しき)する権利(けんり)はあるまい。216御(ご)勝手(かつて)に只(ただ)一人(ひとり)お出(い)で遊(あそ)ばせ。217飛(と)んで火(ひ)に入(い)る夏(なつ)の虫(むし)、218子(こ)の愛(あい)に溺(おぼ)れて真(まこと)の神(かみ)の愛(あい)を忘(わす)れ給(たま)ひし不届者(ふとどきもの)、219天(てん)に代(かは)つて懲戒(いましめ)致(いた)す。220……ヤアヤア金州(きんしう)は在(あ)らざるか、221早(はや)く来(きた)つて蜈蚣姫(むかでひめ)を縛(ばく)せよ』
222と呼(よば)はつた。
223 折(をり)から金(きん)、224銀(ぎん)、225鉄(てつ)の三(さん)人(にん)、226スタスタと此(この)場(ば)に現(あら)はれ来(きた)り、227親子(おやこ)が此(この)体(てい)を見(み)て不審(ふしん)の眉(まゆ)を顰(ひそ)め乍(なが)ら、
228金州(きんしう)『コレハコレハ、229お二人(ふたり)様(さま)の御(ご)様子(やうす)、230何(なに)か深(ふか)い仔細(しさい)が御座(ござ)いませうが、231先(ま)づ先(ま)づお静(しづ)まり下(くだ)さいませ』
232黄竜姫(わうりようひめ)『仔細(しさい)は申(まを)すに及(およ)ばず、233地恩郷(ちおんきやう)の女王(ぢよわう)黄竜姫(わうりようひめ)が命令(めいれい)だ。234蜈蚣姫(むかでひめ)を縛(しば)り上(あ)げよ』
235金州(きんしう)『コレハコレハ、236案(あん)に相違(さうゐ)の女王(ぢよわう)様(さま)のお言葉(ことば)、237一向(いつかう)合点(がてん)が参(まゐ)り申(まを)さぬ。238如何(いか)なる事情(じじやう)の在(おは)しますとも、239子(こ)の分際(ぶんざい)として、240天(てん)にも地(ち)にも掛替(かけが)へなき、241山海(さんかい)の恩(おん)ある御(おん)母上(ははうへ)を縛(ばく)せよとは何(なん)たる不孝(ふかう)のお言葉(ことば)、242女王(ぢよわう)様(さま)は狂気(きやうき)召(め)されたか』
243と涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ふ。
244蜈蚣姫(むかでひめ)『コレハコレハ金州(きんしう)、245お前(まへ)の言(い)ふ通(とほ)りだ。246父(ちち)と母(はは)とは天地(てんち)に譬(たと)へてある。247父(ちち)の恩(おん)は天(てん)より高(たか)く、248母(はは)の恩(おん)は地(ち)より重(おも)しと聞(き)く。249地(ち)の恩(おん)に因(ちな)みたる此(この)地恩郷(ちおんきやう)の女王(ぢよわう)となり乍(なが)ら、250母(はは)の恩(おん)、251所謂(いはゆる)地恩(ちおん)を忘(わす)れた小糸姫(こいとひめ)、252サア、253もう此(この)上(うへ)は親(おや)の権利(けんり)を以(もつ)て小糸姫(こいとひめ)を放逐(はうちく)する。254汝(なんぢ)……金(きん)、255銀(ぎん)、256鉄(てつ)の三(さん)人(にん)、257此(この)蜈蚣姫(むかでひめ)が命令(めいれい)を聞(き)き、258友彦(ともひこ)の軍勢(ぐんぜい)に向(むか)つて応戦(おうせん)の用意(ようい)を致(いた)せ。259さはさり乍(なが)ら身(み)に寸鉄(すんてつ)を帯(お)びよと言(い)ふのではない。260善言(ぜんげん)美辞(びじ)の言霊(ことたま)と親切(しんせつ)の行為(かうゐ)を以(もつ)て、261敵(てき)を悦服(えつぷく)致(いた)さすのだ。262必(かなら)ず必(かなら)ず誤解(ごかい)を致(いた)すでないぞ』
263金州(きんしう)『理義(りぎ)明白(めいはく)なる貴女(あなた)のお言葉(ことば)、264金州(きんしう)確(たしか)に承知(しようち)仕(つかまつ)りました。265併(しか)し乍(なが)ら今(いま)貴女(あなた)がお手(て)に持(も)たせ給(たま)ふ薙刀(なぎなた)は、266何(なん)の為(た)めにお持(も)ちで御座(ござ)いますか』
267蜈蚣姫(むかでひめ)『之(これ)は敵(てき)を薙(な)ぎ払(はら)ふ武器(ぶき)では無(な)い。268味方(みかた)の軍勢(ぐんぜい)を励(はげ)ます為(た)めの武器(ぶき)だ。269愚図(ぐづ)々々(ぐづ)致(いた)して居(ゐ)ると、270此(この)蜈蚣姫(むかでひめ)がお前(まへ)達(たち)を片端(かたつぱし)から薙(な)ぎ払(はら)ふも知(し)れぬぞ。271サア汝(なんぢ)等(ら)は蜈蚣姫(むかでひめ)に続(つづ)けツ。272小糸姫(こいとひめ)に用(よう)は無(な)い』
273と又(また)もや此(この)場(ば)を慌(あわただ)しく立(た)ち出(い)でむとする。
274黄竜姫(わうりようひめ)『地恩郷(ちおんきやう)の女王(ぢよわう)黄竜姫(わうりようひめ)、275蜈蚣姫(むかでひめ)を除名(ぢよめい)したる以上(いじやう)は、276金(きん)、277銀(ぎん)、278鉄(てつ)の三(さん)人(にん)の者共(ものども)、279彼(かれ)が命(めい)を奉(ほう)ずるには及(およ)ばぬぞ。280心(こころ)を鎮(しづ)めて妾(わらは)が言葉(ことば)を篤(とつく)と聞(き)けよ』
281 此(この)言葉(ことば)に三(さん)人(にん)は平伏(へいふく)し、
282銀州(ぎんしう)『之(これ)は又(また)異(い)なる事(こと)を承(うけたま)はるものかな。283何(ど)の咎(とが)あつて蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)に対(たい)し除名(ぢよめい)の処分(しよぶん)をなされましたか。284一応(いちおう)理由(りいう)を承(うけたま)はり度(た)う御座(ござ)います』
285鉄州(てつしう)『此(この)頃(ごろ)の暑熱(しよねつ)の為(ため)に精神(せいしん)を逆上(ぎやくじやう)させ、286非理(ひり)非道(ひだう)なる悪言(あくげん)暴語(ばうご)をお吐(は)き遊(あそ)ばす黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)のお言葉(ことば)、287天地(てんち)の道理(だうり)に反(はん)したる貴女(あなた)の御(ご)命令(めいれい)には、288吾々(われわれ)は絶対(ぜつたい)に服従(ふくじゆう)する事(こと)は出来(でき)ませぬ』
289黄竜姫(わうりようひめ)『今(いま)更(あらた)めて銀(ぎん)、290鉄(てつ)の両人(りやうにん)を除名(ぢよめい)する』
291銀(ぎん)、292鉄(てつ)『コレハコレハ心得(こころえ)ぬ貴女(あなた)の御(お)言葉(ことば)、293何(なん)の咎(とが)あつて除名(ぢよめい)遊(あそ)ばすのか。294無道(ぶだう)の除名(ぢよめい)処分(しよぶん)には決(けつ)して服従(ふくじう)仕(つかまつ)らぬ。295また仮令(たとへ)除名(ぢよめい)されても蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)を奉(ほう)じ、296此(こ)の地恩城(ちおんじやう)を守護(しゆご)致(いた)す考(かんが)へで御座(ござ)れば、297少(すこ)しも痛痒(つうよう)は感(かん)じませぬ。298何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)、299今一度(いまいちど)お考(かんが)へ直(なほ)しを願(ねが)ひ度(た)う存(ぞん)じまする』
300金州(きんしう)『女王(ぢよわう)様(さま)に申上(まをしあ)げます。301御(ご)立腹(りつぷく)は御尤(ごもつと)もなれども、302何(なに)を言(い)つても、303絶(き)つても絶(き)れぬ御(ご)親子(しんし)の間柄(あひだがら)、304斯様(かやう)な事(こと)が城外(じやうぐわい)に洩(も)れましては、305第一(だいいち)、306大神(おほかみ)様(さま)のお道(みち)の汚(けが)れ、307余(あま)り褒(ほ)めた話(はなし)では御座(ござ)いませぬ。308何卒(どうぞ)親子(おやこ)仲(なか)よく遊(あそ)ばして下(くだ)さいませ』
309黄竜姫(わうりようひめ)『今(いま)改(あらた)めて母上(ははうへ)様(さま)に申上(まをしあ)げます。310万々一(まんまんいち)敵軍(てきぐん)襲来(しふらい)致(いた)す様(やう)な事(こと)あらば、311此(この)黄竜姫(わうりようひめ)が陣頭(ぢんとう)に立(た)ち、312華々(はなばな)しく神界(しんかい)の為(た)めに活動(くわつどう)してお目(め)に懸(か)けませう。313今迄(いままで)の無礼(ぶれい)の言葉(ことば)お赦(ゆる)し下(くだ)さいませ。314除名(ぢよめい)の事(こと)は今(いま)改(あらた)めて取消(とりけ)しませう。315又(また)……銀(ぎん)、316鉄(てつ)の両人(りやうにん)に対(たい)する除名(ぢよめい)の言霊(ことたま)も只今(ただいま)宣(の)り直(なほ)しませう』
317蜈蚣姫(むかでひめ)『アヽ流石(さすが)は妾(わし)が血(ち)を分(わ)けた娘(むすめ)だけあつて偉(えら)いものだなア。318さうなれば、319さうと……何故(なぜ)早(はや)く言(い)つて下(くだ)さらぬのだ。320年寄(としより)に要(い)らぬ気(き)を揉(も)まして、321親(おや)に余(あま)り孝行(かうかう)……な仕打(しうち)ぢやなからうに』
322と笑(わら)ひ泣(な)きに泣(な)く。
323黄竜姫(わうりようひめ)『最初(さいしよ)より此(この)精神(せいしん)で妾(わたし)は申上(まをしあ)げて居(ゐ)ましたけれども、324母様(ははさま)は余(あま)り血気(けつき)に逸(はや)り、325其(その)儘(まま)城外(おもて)へ御(お)出(いで)になれば、326それこそ吾々(われわれ)親子(おやこ)を初(はじ)め、327地恩城(ちおんじやう)一同(いちどう)の大恥辱(だいちじよく)になると思(おも)ひ、328無礼(ぶれい)な事(こと)を申上(まをしあ)げました。329何卒(どうぞ)お赦(ゆる)し下(くだ)さいませ』
330蜈蚣姫(むかでひめ)『心安(こころやす)い親子(おやこ)の仲(なか)、331さう更(あらた)まつて御(ご)挨拶(あいさつ)には及(およ)びますまい』
332と機嫌(きげん)を直(なほ)し薙刀(なぎなた)を長押(なげし)に掛(か)け、333忍冬茶(にんどうちや)をグツと飲(の)んで脇息(けふそく)に凭(もた)れる。
334 斯(か)かる処(ところ)へ足音(あしおと)高(たか)く入(い)り来(きた)る鶴公(つるこう)は、335恭(うやうや)しく両手(りやうて)をつき、
336鶴公『黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)に申上(まをしあ)げます。337只今(ただいま)承(うけたま)はりますれば、338蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)より出陣(しゆつぢん)の用意(ようい)を致(いた)せ……とのお言葉(ことば)、339敵(てき)無(な)きに出陣(しゆつぢん)とは心得(こころえ)申(まを)さぬ。340之(これ)には何(なに)か深(ふか)い御(ご)経綸(けいりん)の在(おは)する事(こと)ならむ。341一応(いちおう)其(その)真相(しんさう)を、342私(わたし)に差支(さしつか)へ無(な)くばお洩(も)らし下(くだ)さいませ』
343 蜈蚣姫(むかでひめ)は黄竜姫(わうりようひめ)の言葉(ことば)も待(ま)たず、344二足(ふたあし)三足(みあし)膝(ひざ)を摺(す)り寄(よ)せ、
345蜈蚣姫(むかでひめ)『お前(まへ)はそれだから間抜者(まぬけ)と言(い)ふのだ。346友彦(ともひこ)が獰猛(だうまう)なる蕃人隊(ばんじんたい)を引(ひ)き率(つ)れ、347本城(ほんじやう)へ復讐(ふくしう)の為(た)め攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)ると言(い)ふ事(こと)が分(わか)らぬのか』
348鶴公(つるこう)『はて、349心得(こころえ)ぬ貴女(あなた)のお言葉(ことば)、350天(あめ)が下(した)に善(ぜん)に敵(てき)する仇(あだ)はありますまい。351何(なに)を苦(くるし)んで防戦(ばうせん)の用意(ようい)とか、352出陣(しゆつぢん)とかを御(ご)命令(めいれい)になつたのですか。353さうして又(また)友彦(ともひこ)が果(はた)して攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)ると言(い)ふ、354的確(てきかく)なる調査(しらべ)がついて居(を)りますか』
355蜈蚣姫(むかでひめ)『現在(げんざい)此処(ここ)に居(ゐ)る金(きん)、356銀(ぎん)、357鉄(てつ)の三(さん)人(にん)が、358注進(ちゆうしん)に来(き)て居(ゐ)るのだよ』
359鶴公(つるこう)『はて心得(こころえ)ぬ。360金(きん)、361銀(ぎん)、362鉄(てつ)の三(さん)人(にん)は一(いつ)ケ月(げつ)許(ばか)り此(この)門内(もんない)を出(で)た事(こと)は御座(ござ)らぬ。363如何(どう)して其(そ)んな急報(きふはう)が耳(みみ)に入(はい)つたのだらう。364……コレコレ金(きん)、365銀(ぎん)、366鉄(てつ)の三人共(さんにんども)、367其(その)方(はう)は何人(なにびと)に左様(さやう)な事(こと)を聞(き)いたのか』
368金州(きんしう)『ハイ……あの……それ……今(いま)の……何(なん)で御座(ござ)います。369エー、370さうして……先方(むかう)が……何(なん)ですから此方(こつち)も何々(なになに)して置(お)かねば……何々(なになに)の間(うち)に何(なん)だと……思(おも)ひまして一寸(ちよつと)申上(まをしあ)げました。371これと言(い)ふも全(まつた)く清公(きよこう)様(さま)……オツトドツコイ……きよや昨日(きのふ)の事(こと)では御座(ござ)いませぬ。372誠(まこと)に恐惶(きようくわう)(清公(きよこう))頓首(とんしゆ)の次第(しだい)で御座(ござ)います』
373鶴公(つるこう)『其(その)方(はう)の申(まを)す事(こと)は少(すこ)しも分(わか)らない。374も少(すこ)し、375はつきりと申(まを)さないか』
376金州(きんしう)『オイ、377銀州(ぎんしう)、378貴様(きさま)チツと応援(おうゑん)して呉(く)れ。379俺(おれ)ばつかりに言(い)はすとは余(あんま)りぢやないか、380貴様(きさま)が発頭人(ほつとうにん)だよ。381アーア発頭人(ほつとうにん)に此(この)答弁(たふべん)を譲(ゆづ)つて、382私(わし)はホーツと息(いき)をつき乍(なが)ら金公(きんこう)……オツトドツコイ……キン聴(ちやう)する事(こと)にしようかい』
383銀州(ぎんしう)『ハイ、384黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)、385其(その)他(た)の方々(かたがた)の御前(ごぜん)を憚(はばか)り乍(なが)ら、386謹(つつし)み敬(うやま)ひ言上(ごんじやう)仕(つかまつ)りまする。387抑々(そもそも)地恩城(ちおんじやう)は四面(しめん)山(やま)に囲(かこ)まれ、388メソポタミヤの顕恩郷(けんおんきやう)にも勝(まさ)る楽園地(らくゑんち)で御座(ござ)いますれば、389黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)の御(ご)威勢(ゐせい)も日(ひ)に日(ひ)に旭日(きよくじつ)昇天(しようてん)の勢(いきほひ)、390それに日頃(ひごろ)慕(した)はせ給(たま)ふ母様(ははさま)に無事(ぶじ)に会(あ)はせ給(たま)うて、391其(その)御(おん)顔色(かんばせ)恐悦(きようえつ)至極(しごく)、392左守(さもり)の清公(きよこう)様(さま)、393右守(うもり)の鶴公(つるこう)様(さま)の誠心(まごころ)籠(こ)めての日夜(にちや)のお活動(はたらき)、394其(その)為(た)め地恩郷(ちおんきやう)は益々(ますます)隆盛(りうせい)に向(むか)ひ、395斯(こ)んな喜(よろこ)ばしい事(こと)は又(また)と世界(せかい)にありませうか。396然(しか)るに味(あぢ)良(よ)き果物(くだもの)には害虫(がいちう)多(おほ)く、397美(うるは)しき花(はな)には風雨(ふうう)の害(がい)甚(はなはだ)しとやら、398治(ち)に居(ゐ)て乱(らん)を忘(わす)れず、399乱(らん)に居(ゐ)て治(ち)を忘(わす)れず、400治乱(ちらん)興敗(こうはい)は天下(てんか)の常(つね)と存(ぞん)じますれば、401吾々(われわれ)は先見(せんけん)の明(めい)なくとも斯(か)くの如(ごと)きは能(よ)く御(ご)合点(がつてん)の某(それがし)、402御(ご)忠告(ちうこく)までに申上(まをしあ)げ奉(たてまつ)りまする』
403鶴公(つるこう)『益々(ますます)不分明(ふぶんめい)なる汝(なんぢ)の言葉(ことば)、404左様(さやう)な問題(もんだい)を尋(たづ)ねたものでは無(な)い。405友彦(ともひこ)一件(いつけん)は何人(なにびと)より聞(き)いたのかと尋(たづ)ねて居(ゐ)るのだ』
406銀州(ぎんしう)『オイ、407鉄(てつ)、408何(なん)とかテツボをあはして呉(く)れぬと、409俺(おれ)はスンデの事(こと)でテツ棒(ぼう)を喰(く)はされる処(ところ)だ。410初(はじめ)から約束(やくそく)の通(とほ)り、411第一線(だいいつせん)危(あやふ)き時(とき)は第二線(だいにせん)が防(ふせ)ぎ戦(たたか)ひ、412第二線(だいにせん)敗(やぶ)るる時(とき)は第三線(だいさんせん)が力戦(りきせん)苦闘(くとう)するは、413締盟(ていめい)当時(たうじ)の吾(われ)等(ら)の決心(けつしん)、414サア手坪(てつぼ)をあはして巧(うま)く弁解(べんかい)をするのだよ。415此(この)言霊戦(ことたません)に敗(はい)をとれば吾々(われわれ)は、416もう駄目(だめ)だよ』
417と耳(みみ)の側(はた)に囁(ささや)く。
418鉄州(てつしう)『ハイ、419……何(なん)で御座(ござ)いますか。420最前(さいぜん)から金(きん)、421銀(ぎん)の答弁(たふべん)を聞(き)いて居(を)れば徹頭(てつとう)徹尾(てつび)、422此(この)鉄(てつ)も意味(いみ)貫徹(くわんてつ)しませぬ。423鉄瓶(てつびん)の口(くち)から湯気(ゆげ)を立(た)てて居(ゐ)る様(やう)な二人(ふたり)の陳弁(ちんべん)の有様(ありさま)、424側(そば)の見(み)る目(め)も気(き)の毒(どく)なりける次第(しだい)なりです。425斯(か)かる事(こと)は夢(ゆめ)の中(なか)の状態(じやうたい)で、426五里(ごり)霧中(むちゆう)に葬(はうむ)り去(さ)るが安穏(あんのん)で御座(ござ)いませう。427夢(ゆめ)は袋(ふくろ)に、428刀(かたな)は鞘(さや)に、429秘密(ひみつ)は腹(はら)に包(つつ)んで置(お)くが最(もつと)も悧巧(りかう)なやり方(かた)、430吾々(われわれ)は此(これ)以上(いじやう)申上(まをしあ)げる事(こと)は徹頭(てつとう)徹尾(てつび)ありませぬ。431此(この)問題(もんだい)は只今(ただいま)限(かぎ)り撤廃(てつぱい)を願(ねが)ひませう』
432鶴公(つるこう)『三(さん)人(にん)が三人共(さんにんとも)、433実(じつ)に瞹昧(あいまい)模糊(もこ)として不徹底(ふてつてい)極(きは)まる答弁(たふべん)、434……コリヤ金州(きんしう)、435左様(さやう)な瓢鯰(へうねん)式(しき)の言葉(ことば)を用(もち)ゐず、436友彦(ともひこ)が襲来(しふらい)に関(くわん)し、437何人(なにびと)より聞(き)きしか明(あきら)かに申上(まをしあ)げよ』
438金州(きんしう)『ハイ是非(ぜひ)に及(およ)ばず申上(まをしあ)げまする、439実(じつ)は……その……何(なん)で御座(ござ)います。440実(じつ)に清公(きよこう)さまの……エー……兎(と)も角(かく)、441マア……一(ひと)つの計略(けいりやく)ですな』
442鶴公(つるこう)『コリヤコリヤ金州(きんしう)、443畏(おそれおほ)くも女王(ぢよわう)様(さま)、444蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)の御前(ごぜん)なるぞ。445真面目(まじめ)に謹(つつし)んで答弁(たふべん)致(いた)さぬか』
446金州(きんしう)『ハイ、447おい第二線(だいにせん)だ……吟味(ぎんみ)が斯(か)う厳(きび)しうては逃(に)げ道(みち)がない。448貴様(きさま)の雄弁(ゆうべん)を以(もつ)て其処(そこ)はそれ……何々(なになに)してやつて呉(く)れぬかい』
449と耳(みみ)に口(くち)を寄(よ)せ囁(ささや)く。450銀州(ぎんしう)は迷惑相(めいわくさう)な顔(かほ)をし乍(なが)ら頭(あたま)を掻(か)き、451一寸(ちよつと)鶴公(つるこう)の顔(かほ)を見上(みあ)げ、
452銀州『エー、453何分(なにぶん)……金州(きんしう)の申(まを)した通(とほ)り、454私(わたし)が発起人(ほつきにん)で御座(ござ)います。455然(しか)し乍(なが)ら神(かみ)の奥(おく)には奥(おく)があると同様(どうやう)に、456発起人(ほつきにん)の奥(おく)にも奥(おく)が御座(ござ)いまして……如何(どう)もハツキリと申上(まをしあ)げ憎(にく)う御座(ござ)います。457奥(おく)を申上(まをしあ)げるのは何(なん)だか臆劫(おくくう)な様(やう)で、458奥歯(おくば)に物(もの)が挟(はさ)まつた様(やう)な感(かん)が致(いた)します。459怯(お)めず臆(おく)せず、460記憶(きおく)に存(ぞん)する事(こと)は臆面(おくめん)も無(な)く申上(まをしあ)ぐるが順当(じゆんたう)では御座(ござ)いまするが、461矢張(やつぱ)り、462エー何(なん)で御座(ござ)いまする。463本当(ほんたう)の事(こと)は清公(きよこう)さまと宇豆姫(うづひめ)さまの関係(くわんけい)から起(おこ)つた問題(もんだい)ですから、464何卒(どうぞ)神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し、465宣(の)り直(なほ)して下(くだ)さいませ。466人(ひと)の非(ひ)を人(ひと)の前(まへ)に曝(さら)す事(こと)は、467神(かみ)様(さま)のお戒(いまし)めに背(そむ)くと申(まを)すもの、468之(これ)ばかりはお道(みち)の精神(せいしん)を守(まも)つて沈黙(ちんもく)を致(いた)しませう』
469鶴公(つるこう)『汝(なんぢ)等(ら)三(さん)人(にん)は何事(なにごと)か申(まを)し合(あは)せ、470吾々(われわれ)を嘲弄(てうろう)致(いた)すのだなア』
471銀州(ぎんしう)『滅相(めつさう)もない。472嘲弄(てうろう)と言(い)へば左守神様(さもりのかみさま)は長老(ちやうらう)臭(くさ)い。473貴方(あなた)が地恩城(ちおんじやう)の長老(ちやうらう)に成(な)られるが最後(さいご)、474吾々(われわれ)はお払(はら)ひ箱(ばこ)になるのは定(きま)つた事(こと)、475長老(ちやうらう)の斧(をの)を以(もつ)て竜車(りうしや)に向(むか)ふ如(ごと)く一(ひと)たまりも御座(ござ)いますまい。476それだから実(じつ)の処(ところ)は、477友彦(ともひこ)襲来(しふらい)の兆候(てうこう)ありと仮想敵(かさうてき)を作(つく)りスマートボール其(その)他(た)のヤンチヤ連中(れんちう)は城内(じやうない)より追放(おつぽ)り出(だ)し、478後(あと)に清公(きよこう)さまを純然(じゆんぜん)たる唯一(ゆゐいつ)の長老(ちやうらう)、479即(すなは)ち宰相(さいしやう)たるの実権(じつけん)を握(にぎ)らせ、480言(い)ふと済(す)まぬが、481エー右守(うもりの)神(かみ)の何々(なになに)さまを排斥(はいせき)しようと言(い)ふ吾々(われわれ)の計略(けいりやく)で……はありませぬ。482畢竟(つまり)夢(ゆめ)の浮世(うきよ)の夢(ゆめ)を見(み)たばかりの事(こと)、483吾々(われわれ)が悪(あく)を企(たく)んだのだとは夢々(ゆめゆめ)疑(うたが)うて下(くだ)さいますな』
484鶴公(つるこう)『イヤ、485もう何(なに)も聞(き)く必要(ひつえう)は無(な)い、486人(ひと)の非(ひ)を穿鑿(せんさく)する吾々(われわれ)は考(かんが)へも無(な)いから、487直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し宣(の)り直(なほ)して置(お)きませう。488……モーシ、489黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)、490蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)、491実(じつ)に水禽(すゐきん)の羽撃(はばた)きに恐(おそ)れたる平家(へいけ)の軍勢(ぐんぜい)の如(ごと)き馬鹿(ばか)らしき此(この)騒(さわ)ぎ、492いやもう油断(ゆだん)のならぬ世(よ)の中(なか)で御座(ござ)いますワイ』
493蜈蚣姫(むかでひめ)『金(きん)、494銀(ぎん)、495鉄(てつ)の言(い)ふ事(こと)を綜合(そうがふ)すれば、496どうやら左守(さもりの)神(かみ)の清公(きよこう)が張本人(ちやうほんにん)と見(み)える。497……清公(きよこう)を之(これ)へ呼(よ)んで来(き)なさい。498金州(きんしう)、499サア早(はや)く』
500金州(きんしう)『ハイ、501お言葉(ことば)で御座(ござ)いまするが、502叔母(をば)の死(し)んだも直休(ぢきやす)み、503漸(やうや)く内乱(ないらん)鎮定(ちんてい)の曙光(しよくわう)を認(みと)めた処(ところ)ですから、504少(すこ)し休養(きうやう)を願(ねが)つてお使(つか)ひを致(いた)しませう』
505鉄州(てつしう)『実際(じつさい)の事(こと)を申(まを)しますれば、506清公(きよこう)さまは御存(ごぞん)じの通(とほ)り、507実(じつ)に立派(りつぱ)なお方(かた)で御座(ござ)います。508ブランジーとして実(じつ)に申分(まをしぶん)なきお方(かた)、509然(しか)し乍(なが)らクロンバーが無(な)ければ陰陽(いんやう)合致(がつち)致(いた)さず、510それが為(ため)に宇豆姫(うづひめ)さまをクロンバーの位置(ゐち)に据(す)ゑ度(た)いと、511吾々(われわれ)仲間(なかま)の者(もの)は内々(ないない)運動(うんどう)を開始(かいし)して居(ゐ)ました。512処(ところ)が肝腎(かんじん)の宇豆姫(うづひめ)さまは察(さつ)する処(ところ)、513鶴公(つるこう)さまに秋波(しうは)を送(おく)り、514ブランジーの清公(きよこう)さまに、515エツパツパを喰(く)はさむとする形勢(けいせい)ほの見(み)えたれば、516何(なん)とか事(こと)を構(かま)へ、517右守(うもりの)神(かみ)鶴公(つるこう)さまを先頭(せんとう)に、518スマートボール、519貫州(くわんしう)、520武公(たけこう)、521チヤンキー、522モンキー、523其(その)他(た)の連中(れんちう)を城外(じやうぐわい)に放(はう)り出(だ)し、524城門(じやうもん)を固(かた)く鎖(とざ)し、525時(とき)を移(うつ)さず無理(むり)往生(わうじやう)にしてでも宇豆姫(うづひめ)さまをクロンバーの役(やく)に就(つ)かせ、526夫婦(ふうふ)合衾(がふきん)の式(しき)を挙(あ)げさせ度(た)いと鳩首(きうしゆ)凝議(ぎようぎ)の結果(けつくわ)、527一寸(ちよつと)狂言(きやうげん)を致(いた)したに過(す)ぎませぬ。528此(この)暑(あつ)いのに何百(なんびやく)里(り)もあるネルソン山(ざん)の彼方(かなた)迄(まで)、529誰(たれ)が偵察(ていさつ)に参(まゐ)る者(もの)がありませうぞ。530全(まつた)く以(もつ)て真赤(まつか)な嘘言(うそ)で御座(ござ)いました。531身(み)の過(あやま)ちは宣(の)り直(なほ)せと言(い)ふ神(かみ)様(さま)の御教(みをしへ)を奉体(ほうたい)遊(あそ)ばす黄竜姫(わうりようひめ)さま、532人(ひと)をお赦(ゆる)し遊(あそ)ばす慈愛(じあい)の権化(ごんげ)、533滅多(めつた)にお叱(しか)り遊(あそ)ばす様(やう)な、534天則(てんそく)違反(ゐはん)的(てき)な行為(かうゐ)には出(で)られますまいから、535安心(あんしん)して実状(じつじやう)を申上(まをしあ)げました』
536と流石(さすが)鉄面皮(てつめんぴ)の鉄州(てつしう)も、537稍(やや)羞恥(しうち)の念(ねん)に駆(か)られてか、538俯向(うつむ)いて真赤(まつか)な顔(かほ)をして居(ゐ)る。
539蜈蚣姫(むかでひめ)『エーエー、540しようもない悪企(わるだく)みをして此(この)妾(わし)まで心配(しんぱい)させ、541親子(おやこ)喧嘩(げんくわ)までオツ始(ぱじ)めさせた太(ふと)い奴(やつ)だ。542……ナア鶴公(つるこう)さま、543油断(ゆだん)も隙(すき)もあつたものぢや御座(ござ)いませぬなア』
544鶴公(つるこう)『お言葉(ことば)の通(とほ)り実(じつ)に寒心(かんしん)致(いた)しました。545然(しか)し乍(なが)ら之(これ)全(まつた)く神(かみ)様(さま)の吾々(われわれ)に対(たい)するお気付(きづ)けでせう。546之(これ)に鑑(かんが)み今後(こんご)は、547人(ひと)の言(い)ふ事(こと)を軽々(かるがる)しくまる聞(ぎ)きしてはなりますまい』
548蜈蚣姫(むかでひめ)『斯(か)く事実(じじつ)の判明(はんめい)した上(うへ)は何(なに)をか言(い)はむ。549今日(こんにち)は之(これ)にて忘(わす)れて遣(つか)はす。550サア妾(わたし)と共(とも)に神殿(しんでん)に於(おい)て、551感謝(かんしや)祈願(きぐわん)の祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)致(いた)しませう』
552と先(さき)に立(た)ち、553一同(いちどう)と共(とも)に神殿(しんでん)に足音(あしおと)静(しづか)に進(すす)み入(い)る。
554(大正一一・七・七 旧閏五・一三 北村隆光録)
555(昭和一〇・六・四 王仁校正)
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