霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 信仰(しんかう)の実(み)〔七五五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第25巻 海洋万里 子の巻 篇:第3篇 竜の宮居 よみ(新仮名遣い):たつのみやい
章:第9章 信仰の実 よみ(新仮名遣い):しんこうのみ 通し章番号:755
口述日:1922(大正11)年07月10日(旧閏05月16日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年5月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
たちまち満天は墨を流したような黒雲に覆われてしまった。五人は祠の前で涼しく祝詞を唱えれば、黒雲の中から一塊の火光が現れて雷のような轟音と共に落下した。たちまち雲は晴れて辺りは日の光に輝いた。
五人が我に返ると、諏訪の湖面には紺青の波がキラキラと気高く輝いていた。純白の帆を掲げた舟が、多数こちらに向かってやってくる。五人は衣服を脱ぎ捨てて、湖の中にザンブと飛び込んだ。
浅瀬を進んで行った五人は、深みに足を取られて水底に落ち込んだ。五人は、水底から浮かんできた金銀をちりばめた神船に救い上げられて、湖を北へと進んで行った。そして気が付くと、湖中の夫婦島に五人は置かれていた。
ここには大小無数の金銀の蛇が、空き地がないほどに群れて遊んでいた。清公は金色の蛇に口の中に這いこまれ、その胸苦しさで眼を覚ました。チャンキーは蛇を引き出そうとしたが、尾ではねられて隣の島に飛ばされてしまった。
チャンキーが飛ばされた島には金銀のムカデがびっしりと群れていた。ムカデはチャンキーの体に這い登って包んでしまったが、チャンキーは少しも痛みも苦しみも感じなかった。ただそのこそばゆさに、チャンキーは腹をかかえて笑い転げた。
清公たちが最初に置かれた島は男島、チャンキーが飛ばされた島は女島といった。清公はにわかに身体が黄金色に変じ、両眼から金剛石のような光を発した。顔色輝いて荘厳の度を増し、背も一尺ばかり伸びると、アイルを掴んで女島に投げ飛ばした。
アイルもムカデに体を包まれて笑い出した。アイルとチャンキーがこの不思議な出来事について放していると、清公に投げられたテーナが島にやってきた。テーナもたちまちムカデに包まれてしまった。
男島のモンキーだけは、なぜか蛇も近づかなかった。モンキーは、蛇が自分に近づかないのは、自分が善だからなのか悪だからなのか判断がつかず、清公の前に平伏して頼み入るが、清公は目ばかりぎろぎろと動かして無言のまま立ち尽くしていた。
モンキーは、この島の蛇もムカデも悪魔のような感じがしない以上、竜宮に居るからには諸善神の化身に違いないと結論し、岩の上に祝詞を上げて諸手を組んで首を垂れ、考え込んでいた。
すると美妙の音楽が眼下から聞こえてきた。驚いて見れば、崇高な女神が舵を取って、厳たる漆塗りの船が進んで行くのが、パインの茂みの間から見えた。船中には、清公、チャンキー、アイル、テーナの四人が薄絹を身につけ、瓔珞の冠を戴いて、各々笛や笙やひちりきを奏でながら、愉快気に湖面を進んでいる。四人の肌は水晶のように透明に清まっていた。
モンキーが思わずアッと叫ぶと、四人は金扇を開いてモンキーを差し招く。船は悠々と波の上を進んで姿を隠してしまった。モンキーは我が身を省みれば、赤銅のような肌に毛がボウボウと生え、嫌な臭いを放出していた。
モンキーは自分のほうが間違っていたことに気付き、磯端に走ると全身を清めて端座し、瞑想にふけった。涼風が吹き、モンキーは気分が晴れてきた。しかし湖面を行く神船はモンキーに一瞥もくれずに過ぎてゆく。
モンキーがやや不安にくれて、船が消えた方向を見ていると、水面から緑毛の亀が浮かび上がり、島に駆け上がって走り出した。モンキーはその後について行く。亀は大木に登って、そこから落ちた。モンキーも同じように木に登って落ちた。
モンキーは亀の真似をしてもがいたり、付いて湖に飛び込んで泳いだ。モンキーが手足がだるくなって泳げなくなると、亀はモンキーを待って留まった。モンキーが亀に掴まると、亀は水中深く潜っていった。モンキーは必死でしがみついた。
モンキーは今度は女島に居て、亀の後をついていった。数多のムカデもその後に続いた。亀は島の頂上の大木の梢から、水面に飛び込んだ。モンキーは遥か下の水面を見て恐ろしさを感じたが、死に物狂いで亀と同じく頭を下にして飛び込んだ。
気が付くと、モンキーは金色の亀にまたがって紺碧の湖面を悠々と進んでいた。亀はいつしか金銀珠玉をちりばめた神船となっていた。
モンキーは初めて、何事も一切万事神に任せれば良いのだ、ということに気が付いた。蛇の島では蛇の心、ムカデの島ではムカデの心になって神様にお任せして行動してこそ、神の慈悲を体現できるのだ、ということを悟った。
モンキーは四人に再び会えることを願い、悔悟の涙を絞って合掌し、天津祝詞を奏上した。微妙の音楽が聞こえて麝香の芳香が漂い、その身はたちまち薄絹に包まれた。天上を行くごとき爽快な気分に包まれた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-09-02 22:36:54 文字数:7594 OBC :rm2509
愛善世界社版:135頁 八幡書店版:第5輯 80頁 修補版: 校定版:139頁 普及版:61頁 初版: ページ備考:
001三五教(あななひけう)の太柱(ふとはしら)
002変性(へんじやう)男子(なんし)の系統(ひつぽう)を
003唯一(ゆいつ)の頼(たの)みと経緯(たてよこ)に
004我儘(わがまま)気儘(きまま)を振舞(ふるま)ひし
005天狗(てんぐ)の鼻(はな)の高姫(たかひめ)が
006部下(ぶか)と仕(つか)へし清公(きよこう)の
007左守(さもりの)神(かみ)と現(あら)はれて
008鰻上(うなぎのぼ)りに上(のぼ)り詰(つ)め
009恋(こひ)の瀬川(せがは)の宇豆姫(うづひめ)を
010妻(つま)となさむと企(たく)み居(ゐ)し
011カラクリがらりと相外(あいはづ)れ
012地恩(ちおん)の城(しろ)の頂上(ちやうじやう)より
013大地(だいち)に急転(きふてん)直下(ちよくか)せし
014名誉(めいよ)を元(もと)に返(かへ)さむと
015執着心(しふちやくしん)のほとぼりに
016胸(むね)を焦(こ)がして清公(きよこう)が
017チヤンキーモンキー二人(ふたり)連(づ)れ
018タカの港(みなと)を立出(たちい)でて
019屋根無(たなな)し船(ぶね)に身(み)を任(まか)せ
020心(こころ)に荒波(あらなみ)立(た)て乍(なが)ら
021暗(やみ)に紛(まぎ)れて和田(わだ)の原(はら)
022誠(まこと)明石(あかし)のヒル港(みなと)
023誠(まこと)魔言(まこと)の取違(とりちが)ひ
024日(ひ)の出神(でのかみ)の其(その)昔(むかし)
025現(あら)はれませる山奥(やまおく)の
026酒(さけ)の泉(いづみ)の湧(わ)き出(で)たる
027其(その)滝壺(たきつぼ)に現(あら)はれて
028大蛇(をろち)の荒(すさ)びを眺(なが)めてゆ
029転迷(てんめい)開悟(かいご)の花(はな)咲(さ)かせ
030生(うま)れ赤子(あかご)と蘇生(よみがへ)り
031ヒルの郷人(さとびと)二人(ふたり)まで
032旅(たび)の御供(みとも)と定(さだ)めつつ
033セーラン山(ざん)の山続(やまつづ)き
034深(ふか)き谷間(たにま)を打渉(うちわた)り
035虎(とら)狼(おほかみ)や鬼(おに)大蛇(をろち)
036狒々(ひひ)猩々(しやうじやう)の集(あつ)まれる
037魔窟(まくつ)ケ原(はら)を宣伝歌(せんでんか)
038歌(うた)ひ乍(なが)らに進(すす)み行(ゆ)く
039石(いし)の枕(まくら)に雲(くも)の屋根(やね)
040露(つゆ)の褥(しとね)も数(かず)越(こ)えて
041心(こころ)も光(ひか)る玉野原(たまのはら)
042天空(てんくう)海濶(かいくわつ)限(かぎ)りなき
043金砂(きんしや)銀砂(ぎんしや)を布(し)き詰(つ)めし
044諏訪(すは)の里(さと)にと着(つ)きにける
045木(こ)の花姫(はなひめ)の御(おん)化身(けしん)
046巨大(きよだい)の狒々(ひひ)に村肝(むらきも)の
047心(こころ)の玉(たま)を洗(あら)はれて
048一行(いつかう)五(ご)人(にん)天地(あめつち)の
049神(かみ)の恵(めぐみ)を覚(さと)りつつ
050心(こころ)も勇(いさ)み身(み)も軽(かる)う
051紺青(こんじやう)の波(なみ)を湛(たた)へたる
052玉依姫(たまよりひめ)の永遠(とことは)に
053隠(かく)れ玉(たま)ひし諏訪(すは)の湖(うみ)
054五(い)つの御玉(みたま)の底(そこ)深(ふか)く
055納(をさ)まる竜宮(りうぐう)の岸(きし)の辺(べ)に
056心(こころ)洗(あら)ひし清公(きよこう)が
057チヤンキーモンキー始(はじ)めとし
058アイル、テーナの五柱(いつはしら)
059祠(ほこら)の前(まへ)に着(つ)きにける
060頃(ころ)しもあれや天上(てんじやう)に
061黒雲(くろくも)忽(たちま)ち顕現(けんげん)し
062見(み)る見(み)る四方(よも)に拡大(くわくだい)し
063満天(まんてん)墨(すみ)を流(なが)すごと
064黒白(あやめ)も分(わ)かずなりにける
065あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
066御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
067心(こころ)の雲霧(くもきり)吹(ふ)き払(はら)ひ
068天津(あまつ)御空(みそら)も国土(くにつち)も
069清(きよ)く涼(すず)しく天津(あまつ)日(ひ)の
070輝(かがや)き玉(たま)ふ清明(せいめい)の
071天地(てんち)に還(かへ)し玉(たま)はれと
072五(いつ)つの口(くち)に宣(の)る祝詞(のりと)
073声(こゑ)も涼(すず)しく唱(とな)ふれば
074あゝ訝(いぶ)かしや黒雲(くろくも)の
075中(なか)より出(い)でし一塊(いつくわい)の
076火光(くわくわう)は忽(たちま)ち目(め)の前(まへ)に
077雷鳴(いかづち)の如(ごと)き音響(おんきやう)と
078共(とも)に轟然(がうぜん)落下(らくか)して
079一度(いちど)に開(ひら)く木(こ)の花(はな)の
080四方(よも)に散(ち)るよと見(み)る間(うち)に
081さしも暗黒(あんこく)に包(つつ)まれし
082六合(りくがふ)忽(たちま)ち朝日子(あさひこ)の
083伊照(いて)り輝(かがや)く世(よ)となりぬ
084五(ご)人(にん)は我(われ)に立返(たちかへ)り
085諏訪(すは)の湖面(こめん)を見渡(みわた)せば
086紺青(こんじやう)の波(なみ)キラキラと
087魚鱗(ぎよりん)の如(ごと)く日光(につくわう)に
088輝(かがや)き閃(ひらめ)く崇高(けだか)さよ
089遥(はるか)に向方(むかふ)の島影(しまかげ)ゆ
090現(あら)はれ出(い)でたる純白(じゆんぱく)の
091真帆(まほ)や片帆(かたほ)の数多(かずおほ)く
092此方(こなた)に向(むか)つて進(すす)み来(く)る
093其(その)光景(くわうけい)は春(はる)の野(の)の
094青野(あをの)ケ原(はら)に蝶々(てふてふ)の
095花(はな)に戯(たはむ)れ翩翻(へんぽん)と
096舞(ま)ひ狂(くる)ひたる如(ごと)くなり
097此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
098心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
099唯(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
100直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し
101身(み)の過(あやま)ちは宣(の)り直(なほ)す
102三五教(あななひけう)の神(かみ)の道(みち)
103鬼(おに)も大蛇(をろち)も曲津霊(まがつひ)も
104我(われ)の身魂(みたま)を外(ほか)にして
105神(かみ)の造(つく)りしうまし世(よ)に
106影(かげ)も形(かたち)も白煙(しらけぶり)
107消(き)ゆる思(おも)ひに充(み)たされて
108天地(てんち)万有(ばんいう)自(おのづか)ら
109至善(しぜん)至美(しび)なる神(かみ)の世(よ)と
110変(かは)りし如(ごと)き心地(ここち)しつ
111五(ご)人(にん)は衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎ捨(す)てて
112湖水(こすゐ)の中(なか)に一時(いちどき)に
113ザンブと計(ばか)り飛(と)び込(こ)めば
114姿(すがた)は忽(たちま)ち水底(みなそこ)に
115消(き)えて跡(あと)なき泡沫(うたかた)の
116夢(ゆめ)か現(うつつ)か幻(まぼろし)か
117神(かみ)ならぬ身(み)の如何(いか)にして
118知(し)る由(よし)もなき御(ご)経綸(けいりん)
119仰(あふ)ぐも高(たか)し久方(ひさかた)の
120神(かみ)の心(こころ)の万分一(まんぶいち)
121竜宮海(りうぐうかい)の底(そこ)の底(そこ)
122深(ふか)き仕組(しぐみ)の玉手箱(たまてばこ)
123開(ひら)いて述(の)ぶる物語(ものがたり)
124竜宮館(りうぐうやかた)の教主殿(けうしゆでん)
125奥(おく)の一間(ひとま)に瑞月(ずゐげつ)が
126心天(しんてん)高(たか)く日(ひ)を照(て)らし
127心(こころ)の海(うみ)に三五(あななひ)の
128真如(しんによ)の月(つき)を浮(うか)べつつ
129御国(みくに)を思(おも)ふ真心(まごころ)を
130雲井上(くもゐのうへ)に留五郎(とめごらう)
131神(かみ)の大道(おほぢ)を亮(あきら)めて
132世人(よびと)導(みちび)く神界(しんかい)の
133鑑(かがみ)を照(て)らす真澄空(ますみそら)
134唯(ただ)一言(ひとこと)も漏(も)らさじと
135鉛筆(えんぴつ)尖(とが)らし松村(まつむら)が
136心(こころ)を籠(こ)めて記(しる)し行(ゆ)く
137引(ひ)きて帰(かへ)らぬ桑(くは)の弓(ゆみ)
138桑(くは)の机(つくゑ)にもたれつつ
139無尽意(むじんい)菩薩(ぼさつ)を傍(かたは)らに
140侍(はべ)らし誠(まこと)を述(の)べ立(た)つる
141愈(いよいよ)茲(ここ)に五五(ごご)の巻(まき)
142稍(やや)半(なかば)迄(まで)書(か)きしるす
143神(かみ)の出口(でぐち)の因縁(いんねん)を
144開(ひら)く常磐(ときは)の松風(まつかぜ)に
145身(み)も魂(たましひ)も清々(すがすが)と
146語(かた)り行(ゆ)くこそ芽出度(めでた)けれ
147○
148 清公(きよこう)ほか四(よ)人(にん)は諏訪(すは)の湖(うみ)の畔(ほとり)の小(ちひ)さき祠(ほこら)の前(まへ)に端坐(たんざ)し、149天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、150数歌(かずうた)を歌(うた)ひあげ、151終(をは)つて紺青(こんじやう)の波(なみ)漂(ただよ)へる諏訪(すは)の湖(うみ)の岸辺(きしべ)に立(た)ち、152際限(さいげん)もなき広(ひろ)き湖面(こめん)を崇高(すうかう)の気(き)に打(う)たれて眺(なが)め入(い)つた。153忽(たちま)ち心機(しんき)一転(いつてん)して、154天国(てんごく)よりも清(きよ)く美(うる)はしき感想(かんさう)に打(う)たれ、155一同(いちどう)は期(き)せずして、156衣類(いるゐ)を脱(ぬ)ぎ、157湖中(こちう)に向(むか)つてザンブと許(ばか)り、158何気(なにげ)なく飛(と)び込(こ)んで了(しま)つた。159千尋(ちひろ)の深(ふか)き水底(みなそこ)と思(おも)ひきや水溜(みづたま)りは思(おも)うたよりも浅(あさ)く、160七(しち)尺(しやく)乃至(ないし)八(はつ)尺(しやく)の肉体(にくたい)の、161浅(あさ)きは臍(へそ)あたり迄(まで)、162深(ふか)きは首(くび)のあたりまで位(くらゐ)よりなかつたのに、163再(ふたた)び驚(おどろ)き乍(なが)ら神言(かみごと)を奏上(そうじやう)しつつ、164波(なみ)を押(お)し分(わ)けて北(きた)へ北(きた)へと進(すす)み行(ゆ)く。
165 摺鉢(すりばち)の様(やう)になつた湖底(うなぞこ)に足(あし)を辷(すべ)らせ、166茲(ここ)に五(ご)人(にん)は一時(いつとき)に水底(みなそこ)深(ふか)く落(お)ち込(こ)み、167一旦(いつたん)は人事(じんじ)不省(ふせい)の厄(やく)に会(あ)うた。168折柄(をりから)浮(う)かび来(く)る金銀(きんぎん)を鏤(ちりば)めて造(つく)りたる神船(しんせん)に救(すく)ひ上(あ)げられ、169北(きた)へ北(きた)へと運(はこ)ばれた。
170 湖中(こちう)に浮(う)かべる夫婦島(めをとじま)の一角(いつかく)に救(すく)ひ上(あ)げられ、171五(ご)人(にん)の肉体(にくたい)は其(その)儘(まま)自然(しぜん)に気(き)の附(つ)く迄(まで)棄(す)て置(お)かれたのである。172酷熱(こくねつ)の太陽(たいやう)は焦(こ)げつく如(ごと)く、173赫々(かくかく)と照(て)り輝(かがや)けども、174老樹(らうじゆ)鬱蒼(うつさう)として天(てん)を封(ふう)じたる此(この)浮島(うきしま)は、175涼風(りやうふう)颯々(さつさつ)として徐(おもむろ)に吹(ふ)き来(きた)り、176夏(なつ)の暑(あつ)さを少(すこ)しも感(かん)じなかつた。177此島(ここ)には大小(だいせう)無数(むすう)の金銀(きんぎん)の蛇(へび)空地(あきぢ)なき迄(まで)に遊(あそ)び戯(たはむ)れて居(ゐ)る。178五(ご)人(にん)は金銀(きんぎん)の蛇(へび)、179畳(たたみ)の目(め)の如(ごと)く地上(ちじやう)を包(つつ)んで居(ゐ)る其(その)上(うへ)に救(すく)ひ上(あ)げられ、180暫(しばら)くは何(なに)も知(し)らずに、181睡眠(すゐみん)を恣(ほしいまま)にして居(ゐ)た。
182 清公(きよこう)は稍(やや)太(ふと)き金色(こんじき)の蛇(へび)に、183口(くち)をポカンと開(あ)けて居(ゐ)た其(その)隙間(すきま)より這(は)ひ込(こ)まれ、184胸苦(むなぐる)しさに目(め)を醒(さ)まし、185『キヤツ キヤツ』と叫(さけ)んだ声(こゑ)に驚(おどろ)いて、186チヤンキー、187モンキー、188アイル、189テーナの四(よ)人(にん)は始(はじ)めて気(き)が附(つ)き、190附近(あたり)を見(み)れば金銀(きんぎん)の索麺(さうめん)を敷(し)いた如(ごと)く、191億兆(おくてう)無数(むすう)の蛇(へび)樹上(じゆじやう)にも樹下(じゆか)にも、192木(き)の幹(みき)にまで一面(いちめん)に包(つつ)んで居(ゐ)る。193清公(きよこう)の口(くち)には金色(こんじき)の太(ふと)き蛇(へび)、194七八分(しちはちぶ)まで口(くち)より這(は)ひ込(こ)み、195僅(わづか)に七八寸(しちはつすん)許(ばか)り尻尾(しつぽ)の先(さき)を余(あま)し、196尾(を)は前後(ぜんご)左右(さいう)にプリンプリンと活動(くわつどう)し、197尾(を)の先(さき)にて耳(みみ)の穴(あな)、198鼻(はな)の穴(あな)、199目(め)などを無性(むしやう)矢鱈(やたら)に掃除(さうぢ)して居(ゐ)る。200チヤンキーは其(その)尾(を)を掴(つか)み蛇(へび)を引出(ひきだ)し、201清公(きよこう)を助(たす)けむと猿臂(ゑんぴ)を伸(の)ばして尾(を)を掴(つか)んだ途端(とたん)に、202ビン[※初版は「ピン」、校定版・愛世版は「ビン」。]と撥(は)ねられて、203隣(となり)の島(しま)に投(な)げ送(おく)られた。
204 一方(いつぱう)の島(しま)には金銀(きんぎん)の蜈蚣(むかで)数(かず)限(かぎ)りもなく、205蓆(むしろ)を布(し)いた如(ごと)く、206沢山(たくさん)の足(あし)をチヤンと揃(そろ)へて、207地上(ちじやう)を包(つつ)んで居(ゐ)る。208樹上(じゆじやう)にも木(き)の幹(みき)にも金銀色(きんぎんいろ)の蜈蚣(むかで)、209空地(あきぢ)もなく巻(ま)きついて居(ゐ)た。210見(み)る見(み)る二三尺(にさんじやく)の長(なが)き蜈蚣(むかで)は、211ゾロゾロとチヤンキーの身体(からだ)に這(は)ひ上(あ)がり、212空地(あきぢ)なく身体(からだ)を包(つつ)んだ。213されど不思議(ふしぎ)にも少(すこ)しの痛(いた)みも苦(くるし)みも感(かん)ぜず、214唯(ただ)少(すこ)し許(ばか)りこそばゆい感(かん)じがしだし、215蜈蚣(むかで)の足(あし)や舌(した)を以(もつ)て体(からだ)を舐(な)め始(はじ)め出(だ)すに従(つ)れ、216こそばゆさは益々(ますます)其(その)度(ど)を増(ま)し、217遂(つい)には笑(わら)ひ止(や)まず、218腹(はら)を抱(かか)へて蜈蚣原(むかではら)に七転(しちてん)八倒(ばつたう)するに至(いた)つた。219此(この)島(しま)を女島(めしま)と云(い)ふ。220一方(いつぱう)の清公(きよこう)が金色(こんじき)の蛇(へび)を呑(の)んだ島(しま)を男島(をしま)と云(い)ふ。
221 清公(きよこう)は俄(にはか)に身体(しんたい)黄金色(わうごんしよく)と変(へん)じ、222両眼(りやうがん)より金剛石(こんがうせき)の如(ごと)き光(ひかり)を放(はな)ち、223口(くち)をもがもがと動(うご)かせ乍(なが)ら、224何(なに)か言(い)はむとするものの如(ごと)く、225七八寸(しちはつすん)口(くち)から出(で)て居(ゐ)た尻尾(しつぽ)は、226何時(いつ)の間(ま)にか腹中(ふくちう)深(ふか)く納(をさ)まつて了(しま)つた。227清公(きよこう)は顔色(がんしよく)輝(かがや)き、228層一層(そういつそう)荘厳(さうごん)の度(ど)を加(くは)へ、229身長(せい)も一(いつ)尺(しやく)計(ばか)り高(たか)く延(の)び、230体(からだ)の総体(そうたい)其(その)太(ふと)さを増(ま)して来(き)た。231物(もの)をも言(い)はず清公(きよこう)はアイルの首筋(くびすぢ)をグツと掴(つか)み、232女島(めしま)に向(むか)つて猫(ねこ)の児(こ)を投(な)げる様(やう)に手(て)もなく投(な)げ移(うつ)した。233チヤンキーが俯(うつ)むいて笑(わら)つて居(ゐ)る背中(せなか)の上(うへ)に、234フワリと馬(うま)に乗(の)つた様(やう)に落(お)ちて来(き)た。235蜈蚣(むかで)は忽(たちま)ちアイルの全身(ぜんしん)を包(つつ)んだ。236アイルも亦(また)俄(にはか)に際限(さいげん)もなく笑(わら)ひ出(だ)した。237見(み)る間(ま)に蜈蚣(むかで)は体(からだ)一面(いちめん)に焦(こ)げつく様(やう)になつて、238両人(りやうにん)の体(からだ)は全身(ぜんしん)蜈蚣(むかで)の斑紋(はんもん)に包(つつ)まれて了(しま)つた。239チヤンキーは始(はじ)めて口(くち)を開(あ)け、
240チャンキー『あゝ地恩城(ちおんじやう)の蜈蚣姫(むかでひめ)の代(かは)りに蜈蚣彦(むかでひこ)が両人(りやうにん)揃(そろ)うた。241……オイ、242アイルさま、243斯(か)う体(からだ)が蜈蚣(むかで)に変化(へんくわ)した以上(いじやう)は、244モウ仕方(しかた)がない。245一生(いつしやう)此(この)島(しま)の守護神(しゆごじん)となつて暮(く)らせと云(い)ふ神(かみ)様(さま)の思召(おぼしめ)しかも知(し)れないよ。246併(しか)し乍(なが)ら、247昔(むかし)諾冊(なぎなみ)二尊(にそん)が自転倒(おのころ)島(じま)へ御(お)降(お)りになつた時(とき)には、248陰陽(いんやう)揃(そろ)うて夫婦(ふうふ)の契(ちぎり)を結(むす)び、249山(やま)、250川(かは)、251草(くさ)、252木(き)をお産(う)みになつたのだが、253我々(われわれ)は男(をとこ)ばかりだから国生(くにう)みもする訳(わけ)には行(い)かず、254つまり態(てい)よい島流(しまなが)しになつたのではあるまいかなア』
255アイル『サア何(なん)だか知(し)らぬが、256何(なん)とも言(い)へぬ好(い)い気分(きぶん)ぢやないか。257何(いづ)れどちらかが女(をんな)になるのかも知(し)れないよ。258併(しか)し此(この)島(しま)は女島(めしま)と云(い)ふからは、259二人(ふたり)乍(なが)ら女(をんな)にならうも知(し)れぬ。260さうすれば尚々(なほなほ)妙(めう)な事(こと)になつて了(しま)ふ。261併(しか)し何時(いつ)も俺(おれ)は女(をんな)に何故(なぜ)生(うま)れて来(こ)なんだかと始終(しじう)小言(こごと)を言(い)つて居(を)つたから、262言霊(ことたま)の幸(さち)はふ国(くに)だと云(い)ふからには、263御(ご)註文(ちゆうもん)通(どほ)り女(をんな)に変化(へんくわ)するかも知(し)れぬ。264さうすれば所謂(いはゆる)平和(へいわ)の女神(めがみ)となつて、265お前(まへ)はチヤンキー、266俺(わし)はアイル、267アイルチヤンキーの女神(めがみ)として後世(こうせい)に謡(うた)はれるやうになるかも知(し)れないよ』
268チヤンキー『馬鹿(ばか)言(い)へ、269アイルチヤンキーの女神(めがみ)と云(い)ふ様(やう)なものが何処(どこ)にあるか。270アイルテーナの女神(めがみ)と言(い)へば昔(むかし)から聞(き)いてるがなア』
271アイル『それなら男島(をしま)に残(のこ)つてる奴(やつ)と俺(おれ)と合(あは)せばアイルテーナだ』
272チャンキー『俺(おれ)も今日(けふ)限(かぎ)りチヤンキーと云(い)ふ名(な)を返上(へんじやう)して、273アポールと云(い)ふ名(な)に改名(かいめい)しよう。274アポールの女神(めがみ)は、275所謂(いはゆる)アテーナの又(また)の御名(みな)だ』
276 斯(か)く話(はな)す折(をり)しも又(また)もや、277清公(きよこう)に掴(つか)まれて投(な)げ送(おく)られたテーナは、278二人(ふたり)の前(まへ)に空(くう)を切(き)つて降(ふ)つて来(き)た。
279チヤンキー『アイルテーナ、280……此奴(こいつ)ア不思議(ふしぎ)』
281とソロソロ地金(ぢがね)を現(あら)はし、282洒落(しやれ)気分(きぶん)になつて無駄口(むだぐち)を叩(たた)きかけた。283テーナはものをも言(い)はず俯(うつ)むいて、284膝頭(ひざがしら)を打(う)つたと見(み)え顔(かほ)を顰(しか)め乍(なが)ら撫(な)でて居(ゐ)る。285蜈蚣(むかで)はそろそろテーナの全身(ぜんしん)を包(つつ)んだ。286テーナは向脛(むかふずね)を打(う)つた時(とき)の様(やう)に痛(いた)さうなこそばゆさうな、287痛(いた)さとこそばゆさが一(ひと)つになつた様(やう)な声(こゑ)で、288泣(な)きと笑(わら)ひの中間(ちうかん)的(てき)声(こゑ)を出(だ)して『キユーキユー』と脇(わき)のあたりを鳴(な)らして居(ゐ)る。
289 男島(をしま)に於(お)けるモンキーは、
290モンキー『モシモシ清公(きよこう)大明神(だいみやうじん)、291お前(まへ)は金竜(きんりう)の化神(けしん)となつて了(しま)ひ、292三(さん)人(にん)の奴(やつ)まで皆(みんな)金銀(きんぎん)の蜈蚣(むかで)の衣服(いふく)を着(き)て、293平和(へいわ)の女神(めがみ)だとか何(なん)とか威張(ゐば)つて居(を)るが、294此(この)モンキー一人(ひとり)はどうして下(くだ)さるのだ。295始(はじ)めの間(うち)は蛇(へび)や蜈蚣(むかで)を見(み)てゾツとし、296罪(つみ)の重(おも)い奴(やつ)が斯(こ)んな所(ところ)へ来(き)たものだから、297蛇(へび)や蜈蚣(むかで)に責(せ)められて苦(くる)しむのだと思(おも)ひ、298アーア俺(わし)丈(だけ)はヤツパリ盗(ぬす)んで来(き)た船(ふね)を返(かへ)しに往(い)つた正直者(しやうぢきもの)の発頭人(ほつとうにん)だから、299蛇(へび)も蜈蚣(むかで)も如何(いかん)ともする事(こと)が出来(でき)ないのだと、300稍(やや)得意(とくい)気分(きぶん)になつて居(ゐ)た。301が併(しか)し乍(なが)ら、302誰(たれ)も彼(かれ)も金銀(きんぎん)の体(からだ)になり、303余(あま)り苦痛(くつう)さうにもないのを見(み)ると、304何(なん)とはなしに、305自分(じぶん)も羨(けな)りくなり当然(あたりまへ)の肉体(にくたい)が却(かへつ)て罪(つみ)の塊(かたまり)の様(やう)な感(かん)じが致(いた)しますワ。306一体(いつたい)何方(どちら)が善(ぜん)ですか。307万一(まんいち)四(よ)人(にん)の者(もの)、308神(かみ)の冥罰(めいばつ)に触(ふ)れて斯(こ)んな態(ざま)になつたのならば、309我々(われわれ)は友人(いうじん)の為(ため)に充分(じうぶん)の謝罪(おわび)を神界(しんかい)へ致(いた)さねばならず、310又(また)四(よ)人(にん)が神徳(しんとく)を蒙(かうむ)りて出世(しゆつせ)をしたのならば、311我々(われわれ)も同(おな)じく出世(しゆつせ)をする様(やう)に願(ねが)つて頂(いただ)かねばなりませぬ。312善悪(ぜんあく)不二(ふじ)と云(い)ふ事(こと)は予(かね)て聞(き)いて居(を)りました。313併(しか)し乍(なが)ら神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて、314善(ぜん)と悪(あく)とを立分(たてわ)けると云(い)ふ以上(いじやう)は、315今(いま)立(た)て分(わ)けられた五(ご)人(にん)は、316どちらが善(ぜん)か悪(あく)か、317どうぞ聞(き)かして下(くだ)さいませ』
318と一生(いつしやう)懸命(けんめい)に手(て)を合(あは)せ、319清公(きよこう)の前(まへ)に平伏(へいふく)して頼(たの)み入(い)る。320清公(きよこう)は口(くち)をへの字(じ)に結(むす)び、321目(め)計(ばか)りギロギロさせ乍(なが)ら一言(ひとこと)も答(こた)へず時々(ときどき)二(ふた)つの鼻(はな)の穴(あな)から、322フウフウと荒(あら)い息(いき)を吹(ふ)き出(だ)すのみである。323モンキーの傍(かたはら)二(に)尺(しやく)許(ばか)りの四方(しはう)は、324何故(なにゆゑ)か、325金銀(きんぎん)の蛇(へび)近寄(ちかよ)り来(きた)らず。326斯(か)うなるとモンキーも神(かみ)に嫌(きら)はれて居(を)るのか、327好(す)かれて居(を)るのか、328少(すこ)しも合点(がてん)がゆかぬ。329已(や)むを得(え)ず稍(やや)自棄(やけ)気味(ぎみ)になつて、330島中(しまぢう)を歩行(ある)き始(はじ)めた。331蛇(へび)は先(さき)を争(あらそ)うて、332モンキーに踏(ふ)まれまじと慌(あわ)ただしく路(みち)を開(ひら)く其(その)怪(あや)しさ。
333 一時(ひととき)許(ばか)り島(しま)を彼方(あなた)此方(こなた)と金銀(きんぎん)の蛇(へび)を驚(おどろ)かせ乍(なが)ら、334或(あ)る美(うる)はしき金色(きんしよく)燦爛(さんらん)たる苔(こけ)の生(は)えた岩(いは)の側(かたはら)に辿(たど)りつき、335恰好(かつかう)の休息所(きうそくしよ)と岩上(がんじやう)に身(み)を横(よこ)たへ、336頬杖(ほほづゑ)を突(つ)き、337思案(しあん)に暮(く)れて独言(ひとりごと)を言(い)つて居(ゐ)る。
338モンキー『あゝサツパリ善悪(ぜんあく)不可解(ふかかい)だ、339鬼(おに)も大蛇(をろち)も悪魔(あくま)も、340すべて自分(じぶん)である。341自分(じぶん)を離(はな)れて極楽(ごくらく)もなければ地獄(ぢごく)もなし、342又(また)神(かみ)もなければ鬼(おに)もない…………と酒(くし)の滝壺(たきつぼ)の大蛇(をろち)に向(むか)つて清公(きよこう)が宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)つた時(とき)、343大蛇(をろち)は忽(たちま)ち小(ちひ)さくなつて消(き)えて了(しま)つた。344さうすれば尚々(なほなほ)合点(がてん)のゆかぬは此(この)島(しま)へ来(き)てからの出来事(できごと)だ。345清公(きよこう)始(はじ)め其(その)他(た)の連中(れんちう)は残(のこ)らず、346金銀(きんぎん)の蛇(へび)や蜈蚣(むかで)に全身(ぜんしん)を取巻(とりま)かれ、347神(かみ)に救(すく)はれたのか、348棄(す)てられたのか、349チツとも訳(わけ)が分(わか)らなくなつて了(しま)つた。350さうして我々(われわれ)の身辺(しんぺん)には蛇(へび)も蜈蚣(むかで)も近寄(ちかよ)らず疥癬患者(ひぜんかき)が来(き)た様(やう)に、351皆(みな)吃驚(びつくり)したやうな調子(てうし)で路(みち)を開(あ)けて呉(く)れよる。352考(かんが)へれば考(かんが)へる程(ほど)、353俺(おれ)の精神(せいしん)が神(かみ)の御心(みこころ)に叶(かな)うて居(を)るのか、354或(あるひ)は四(よ)人(にん)の連中(れんちう)の方(かた)が良(い)いのか、355どうしても合点(がてん)がゆかない。356我輩(わがはい)に神徳(しんとく)が有(あ)つて蛇(へび)や蜈蚣(むかで)が恐(おそ)れて逃(に)げるのか、357或(あるひ)は威勢(ゐせい)に恐(おそ)れて避(さ)けて居(ゐ)るのか、358此奴(こいつ)も一(ひと)つ考(かんが)へ物(もの)だ。359諸善(しよぜん)竜宮(りうぐう)に入(い)り玉(たま)ふと云(い)ふ以上(いじやう)は、360此(この)竜宮島(りうぐうじま)に悪神(あくがみ)は一柱(ひとはしら)も無(な)い筈(はず)、361仮令(たとへ)金銀(きんぎん)の色(いろ)をして居(を)つても、362蛇(へび)に蜈蚣(むかで)と云(い)ふ奴(やつ)、363余(あま)り気分(きぶん)の良(い)いものだない。364併(しか)し此島(ここ)の蛇(へび)も蜈蚣(むかで)も悪魔(あくま)の様(やう)な感(かん)じもせぬ。365悪魔(あくま)でなければ諸善神(しよぜんしん)の化身(けしん)であらう、366此(この)点(てん)が一向(いつかう)合点(がてん)の行(ゆ)かぬ所(ところ)だ。367清公(きよこう)だとて余(あま)り神(かみ)様(さま)に好(す)かれる様(やう)な至善(しぜん)至美(しび)の人間(にんげん)でもなし、368又(また)俺(おれ)だとて神(かみ)様(さま)が恐(おそ)れて逃(に)げなさる様(やう)な御(ご)神徳(しんとく)があらう筈(はず)もなし、369又(また)蛇(へび)が悪魔(あくま)であるとすれば、370我々(われわれ)の神徳(しんとく)に恐(おそ)れて逃(に)げる様(やう)な蛇(へび)には力(ちから)も徳(とく)もないのだ。371ヤツパリ竜宮(りうぐう)は竜宮式(りうぐうしき)だ。372薩張(さつぱり)五里(ごり)霧中(むちゆう)に彷徨(はうくわう)して、373見当(けんたう)の取(と)れぬ仕組(しぐみ)の実地(じつち)を見(み)せて貰(もら)うたのだらうか。374あゝ如何(どう)したら此(この)解決(かいけつ)が附(つ)くだらう。375初(はじめ)の間(うち)は金銀(きんぎん)の蛇(へび)、376一二(いちに)尺(しやく)づつ遠慮(ゑんりよ)した様(やう)に先(さき)を争(あらそ)うて逃(に)げて居(ゐ)よつたが、377何時(いつ)の間(ま)にか見渡(みわた)す限(かぎ)り、378俺(おれ)の周囲(まわり)には、379一匹(いつぴき)の蛇(へび)も居(ゐ)なくなつて了(しま)つた。380蛇(へび)に好(す)かれるのも余(あま)り気分(きぶん)の良(よ)い話(はなし)ではないが、381此(この)通(とほ)り敬遠(けいゑん)主義(しゆぎ)を執(と)られるのも、382何(なん)だか面白(おもしろ)くない様(やう)な気分(きぶん)がする。383あゝ到底(たうてい)人間(にんげん)の理智(りち)では解(わか)るものでない。384先(ま)づ神(かみ)様(さま)に天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、385悠(ゆつ)くりと心(こころ)を落着(おちつ)けて、386鎮魂(ちんこん)三昧(さんまい)に入(い)つたならば、387何(なん)とか此(この)解決(かいけつ)がつくであらう。388あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
389と、390拍手(はくしゆ)をなし、391祝詞(のりと)を、392声(こゑ)限(かぎ)り奏上(そうじやう)し終(をは)つて、393又(また)もや岩上(がんじやう)に端坐(たんざ)し、394腕(うで)を組(く)み考(かんが)へ込(こ)んだ。
395 モンキーは岩上(がんじやう)に双手(もろで)を組(く)み、396首(くび)を垂(た)れ、397善悪(ぜんあく)の解決(かいけつ)に心身(しんしん)を傾注(けいちう)する時(とき)しもあれ、398美妙(びめう)の音楽(おんがく)眼下(めした)に聞(きこ)ゆるに驚(おどろ)き、399目(め)を開(ひら)いて眺(なが)むれば、400金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)を以(もつ)て包(つつ)まれたる、401厳(うる)はしき漆塗(うるしぬり)の船(ふね)に、402得(え)も言(い)はれぬ崇高(すうかう)なる女神(めがみ)舵(かぢ)を操(と)り、403清公(きよこう)、404チヤンキー、405アイル、406テーナの四(よ)人(にん)、407赤裸(まつぱだか)の筈(はず)の男(をとこ)が、408何(なん)とも知(し)れぬ麗(うるは)しき薄衣(うすぎぬ)を身(み)に着(つ)け、409身体(からだ)は水晶(すゐしやう)の如(ごと)く透明(とうめい)に清(きよ)まり、410各自(てんで)に横笛(よこぶえ)、411笙(しやう)、412ひちりきを吹(ふ)き、413美(うる)はしき纓絡(やうらく)の附(つ)いた冠(かんむり)を頭(かしら)に戴(いただ)き、414愉快気(ゆくわいげ)に波面(はめん)を進(すす)み行(ゆ)く光景(くわうけい)が、415パインの繁(しげ)みを透(す)かしてアリアリと現(あら)はれた。416モンキーは思(おも)はず『アツ』と叫(さけ)んだ。417四(よ)人(にん)は金扇(きんせん)を拡(ひろ)げ、418モンキーに向(むか)つて『早(はや)く来(きた)れ』と差招(さしまね)き乍(なが)ら、419微妙(びめう)の音楽(おんがく)の声(こゑ)諸共(もろとも)に、420紺青(こんじやう)の波(なみ)の上(うへ)を悠々(いういう)として彼方(あなた)の島影(しまかげ)に姿(すがた)を隠(かく)しける。
421 モンキーは太(ふと)き息(いき)を吐(は)き乍(なが)ら、422我(わが)身(み)を振(ふ)り顧(かへ)れば、423赤銅(しやくどう)の様(やう)な黒赤(くろあか)い肌(はだ)に毛(け)をボウボウと生(は)やし、424得(え)も言(い)はれぬ汗臭(あせくさ)い、425厭(いや)な臭気(にほひ)が放出(はうしゆつ)して、426我(われ)と我(わ)が鼻(はな)をつく。
427モンキー『あゝヤツパリ俺(おれ)の方(はう)が間違(まちが)つて居(ゐ)たのかい。428こりやモ一(ひと)つ考(かんが)へ直(なほ)さなくちやなるまいぞ』
429と岩(いは)を離(はな)れて磯端(いそばた)に走(はし)り寄(よ)り、430全身(ぜんしん)を清(きよ)め、431再(ふたた)び磯端(いそばた)に端坐(たんざ)して瞑想(めいさう)に耽(ふけ)りゐる。
432 涼風(りやうふう)颯々(さつさつ)と面(おもて)を吹(ふ)くさま、433得(え)も言(い)はれぬ気分(きぶん)となつて来(き)た。434向(むか)ふの島影(しまかげ)を見(み)れば、435金砂(きんしや)青松(せいしよう)絵(ゑ)の如(ごと)く展開(てんかい)し、436名(な)も知(し)れぬ羽毛(うまう)の麗(うるは)しき鳥(とり)、437迦陵(かりよう)頻伽(びんが)か孔雀(くじやく)か鶴(つる)か、438確(しか)とは分(わか)らねど、439長閑(のどか)な声(こゑ)を放(はな)ちて天国(てんごく)の春(はる)を歌(うた)ふものの如(ごと)く感(かん)じられた。440金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)を鏤(ちりば)めたる白帆(しらほ)をかけた神船(しんせん)は或(あるひ)は一(ひと)つ、441或(あるひ)は三(み)つと、442時々(じじ)刻々(こくこく)に眼下(がんか)の波面(はめん)を過(す)ぎ行(ゆ)く。443されどモンキーの方(はう)には一瞥(いちべつ)もくれず、444素知(そし)らぬ顔(かほ)して進(すす)み行(ゆ)く船(ふね)のみである。445モンキーは益々(ますます)合点(がてん)ゆかず、446心中(しんちゆう)稍(やや)不安(ふあん)を感(かん)じて恨(うら)めしげに、447四(よ)人(にん)の船(ふね)の姿(すがた)の隠(かく)れた方面(はうめん)の空(そら)を眺(なが)めて佇(たたず)み居(ゐ)る。
448 忽(たちま)ち足許(あしもと)の水面(すゐめん)より緑毛(りよくまう)の亀(かめ)、449忽然(こつぜん)として浮(うか)び出(い)で、450見(み)る間(ま)に島(しま)へ駆(か)け上(あが)り、451一生(いつしやう)懸命(けんめい)に走(はし)り出(だ)せば、452モンキーは其(その)亀(かめ)の後(うしろ)に従(つ)いてスタスタと走(はし)り行(ゆ)く。453亀(かめ)は益々(ますます)速力(そくりよく)を速(はや)め遂(つい)には大木(たいぼく)の幹(みき)に掻(か)きつき二三間(にさんげん)計(ばか)り攀(のぼ)つた所(ところ)で、454如何(どう)した機(はず)みか、455手(て)を放(はな)し大地(だいち)に顛倒(てんたふ)した。456モンキーも亀(かめ)に添(そ)うて大木(たいぼく)に駆(か)け登(のぼ)つた。457亀(かめ)が落(お)ちたのを見(み)て、458自分(じぶん)も亦(また)手(て)を放(はな)し、459地上(ちじやう)に顛落(てんらく)し、460強(した)たか頭(あたま)を打(う)ち『惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』と云(い)ひつつ、461手(て)の掌(ひら)にて息(いき)を吹(ふ)きかけ、462創所(きずしよ)を二三回(にさんくわい)撫(な)でまはせば、463痛(いた)みは頓(とみ)に止(と)まりぬ。464亀(かめ)は腹(はら)を上(うへ)にし、465四(よ)つの足(あし)で空(そら)を掻(か)いて藻掻(もが)いて居(ゐ)る。466之(これ)を見(み)たモンキーは、467又(また)もや地上(ちじやう)に背(せな)を附(つ)け、468手足(てあし)を上(あ)げて空(そら)を掻(か)き、469亀(かめ)の真似(まね)をして居(ゐ)る。470亀(かめ)はカタリと音(おと)をさせて起(お)き上(あが)り、471亦(また)もやノタノタと反対(はんたい)の方面(はうめん)に走(はし)り出(いだ)す。472モンキーも同(おな)じくクレリと体(たい)をかはし、473音(おと)がせぬので口(くち)で『カタリ』と云(い)ひ乍(なが)ら亀(かめ)の後(あと)に引添(ひきそ)うて、474今度(こんど)は四這(よつばひ)になつて従(つ)いて行(ゆ)く。
475 亀(かめ)は矢庭(やには)に湖面(こめん)に向(むか)つてドブンと飛(と)び込(こ)むを見(み)て、476モンキーも亦(また)四這(よつばひ)のまま、477湖水(こすゐ)の中(なか)にドブンと飛(と)び込(こ)み見(み)れば、478亀(かめ)は頭(かしら)をあげて悠々(いういう)と水面(すゐめん)を泳(およ)いで居(ゐ)る。479モンキーは亦(また)亀(かめ)の後(あと)に従(つ)いて首(くび)をあげた儘(まま)に泳(およ)いで行(ゆ)く。480手足(てあし)は倦(だる)くなり、481最早(もはや)此(この)上(うへ)十間(じつけん)たりとて泳(およ)げなくなつて了(しま)つた。482亀(かめ)はモンキーの追(お)ひ付(つ)き来(きた)るを待(ま)つものの如(ごと)く、483ポカンと浮(う)いたまま、484首(くび)を伸(の)ばして後(うしろ)を振(ふ)りかへつて居(ゐ)る。485モンキーは其(その)間(ま)に亀(かめ)に追付(おひつ)き、486甲(かふ)の両側(りやうがは)に両手(りやうて)をかくれば、487亀(かめ)は水中(すゐちう)深(ふか)く潜(もぐ)り出(だ)した。488死物狂(しにものぐる)ひになつて両手(りやうて)を甲(かふ)に掛(か)けた儘(まま)水底(みなそこ)に続(つづ)いて行(ゆ)く。
489 フト目(め)を開(ひら)き見(み)れば、490自分(じぶん)の体(からだ)は亀(かめ)と共(とも)に、491女島(めしま)の磯端(いそばた)に上(あが)つて居(ゐ)た。492金銀色(きんぎんしよく)の蜈蚣(むかで)の一面(いちめん)に並(なら)んで居(ゐ)る其(その)上(うへ)を、493亀(かめ)は容赦(ようしや)なく這(は)ひ乍(なが)ら、494島山(しまやま)の頂(いただき)を目蒐(めが)けて進(すす)み行(ゆ)く。495数多(あまた)の蜈蚣(むかで)は、496今度(こんど)は蛇(へび)の様(やう)に避(さ)けず、497足許(あしもと)をウザウザさせ亀(かめ)の後(うしろ)に、498一生(いつしやう)懸命(けんめい)に追(お)うて行(ゆ)く。
499 亀(かめ)は又(また)もや大樹(たいじゆ)の枝(えだ)に登(のぼ)つて了(しま)つた。500モンキーも亦(また)大樹(たいじゆ)の枝(えだ)へ亀(かめ)の後(あと)に添(そ)うて登(のぼ)りついた。501眼下(がんか)の水面(すゐめん)を見渡(みわた)せば、502霞(かす)む許(ばか)りに高(たか)き島山(しまやま)の頂上(ちやうじやう)の大木(たいぼく)の梢(しん)から水面(すゐめん)を見(み)た事(こと)とて非常(ひじやう)に恐(おそ)ろしい。503亀(かめ)は亦(また)もや水面(すゐめん)を目蒐(めが)けて、504首(くび)をすくめ乍(なが)ら落(お)ち込(こ)んだ。505モンキーは死物狂(しにものぐるひ)になりて水面(すゐめん)を目蒐(めが)け、506身(み)を躍(をど)らし、507頭(あたま)を下(した)にしたまま、508飛(と)び込(こ)んで了(しま)つたと思(おも)つてハツと気(き)が付(つ)けば、509モンキーは金色(こんじき)の亀(かめ)の甲(かふ)に跨(また)がり、510紺碧(こんぺき)の湖面(こめん)を、511悠々(いういう)として泳(およ)いで居(ゐ)た。512亀(かめ)は何時(いつ)しか容積(ようせき)を増(ま)し船(ふね)の如(ごと)く大(おほ)きくなり、513知(し)らぬ間(ま)に金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)を鏤(ちりば)めた目無(めなし)堅間(かたま)の神船(しんせん)になつて居(ゐ)る。514船(ふね)は艪(ろ)を漕(こ)ぐ人(ひと)も無(な)きに、515自然(しぜん)に動(うご)き出(だ)し、516四(よ)人(にん)が進(すす)んだ方面(はうめん)を指(さ)して辷(すべ)つて行(ゆ)く。517モンキーは始(はじ)めて悟(さと)つた。
518モンキー『あゝ何事(なにごと)も一切(いつさい)万事(ばんじ)、519神(かみ)に任(まか)せば良(い)いのだ。520郷(がう)に入(い)つては郷(がう)に従(したが)へと云(い)ふ事(こと)がある。521蛇(へび)の島(しま)へ来(く)れば蛇(へび)と一(ひと)つの心(こころ)になり、522蜈蚣(むかで)の島(しま)へ来(く)れば蜈蚣(むかで)の心(こころ)になつて済度(さいど)をしてやらねばならぬ。523蛇(へび)を呑(の)んでも構(かま)はぬ、524体(からだ)を巻(ま)きつけられても、525救(すく)ひの為(ため)には厭(いと)ふ所(ところ)でない。526蜈蚣(むかで)が我々(われわれ)の肉体(にくたい)を嘗(な)めたがつて居(を)るならば、527何程(なにほど)厭(いや)らしくても舐(な)めさしてやるのが神(かみ)の慈悲(じひ)だ。528神心(かみごころ)だ。529我々(われわれ)は理智(りち)に長(た)けて、530神(かみ)の慈悲心(じひしん)を軽(かろ)んじて居(ゐ)た。531最早(もはや)斯(か)うなる以上(いじやう)は、532何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)のままに、533お任(まか)せするが安全(あんぜん)だ。534……惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)……と口(くち)任(まか)せの様(やう)に唱(とな)へて居(ゐ)たが、535今迄(いままで)は何事(なにごと)も頭脳(づなう)で判断(はんだん)をし青人草(あをひとぐさ)倣(なら)ひの行(おこな)ひをやつて居(ゐ)たのが誤(あやま)りだ。536あゝ神(かみ)様(さま)有難(ありがた)う御座(ござ)います。537どうぞ清公(きよこう)其(その)他(た)の一行(いつかう)に、538一(いち)時(じ)も早(はや)く面会(めんくわい)の出来(でき)まする様(やう)、539御(お)取計(とりはか)らひ下(くだ)さいませ。540モウ此(この)上(うへ)は一切(いつさい)万事(ばんじ)、541貴神(あなた)にお任(まか)せ致(いた)します』
542と悔悟(くわいご)の涙(なみだ)をしぼり、543湖面(こめん)に向(むか)つて合掌(がつしやう)し天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)して居(ゐ)る。
544 何処(いづく)よりともなく、545以前(いぜん)の如(ごと)き美妙(びめう)の音楽(おんがく)聞(きこ)え来(きた)り、546麝香(じやかう)の如(ごと)き風(かぜ)湖面(こめん)を吹(ふ)いて、547其(その)身(み)は忽(たちま)ち薄物(うすもの)の綾錦(あやにしき)に包(つつ)まれ、548天上(てんじやう)を行(ゆ)く如(ごと)き爽快(さうくわい)なる気分(きぶん)に酔(よ)はされて居(ゐ)た。
549 あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
550(大正一一・七・一〇 旧閏五・一六 松村真澄録)
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