霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 風声(ふうせい)鶴唳(かくれい)〔七五七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第25巻 海洋万里 子の巻 篇:第3篇 竜の宮居 よみ(新仮名遣い):たつのみやい
章:第11章 風声鶴唳 よみ(新仮名遣い):ふうせいかくれい 通し章番号:757
口述日:1922(大正11)年07月10日(旧閏05月16日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年5月25日
概要: 舞台:地恩城 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
地恩城では、黄竜姫が配下を従えて月見の宴を催していた。突如、黄竜姫は顔色青ざめ、友彦とその軍勢の幻影を空中に見て、高殿から転落して人事不省となってしまった。
しかし不思議なことに、配下の者たちからは黄竜姫は依然としてその場にあるが如くに見えていた。蜈蚣姫だけには、転落した黄竜姫が見えていた。蜈蚣姫は慌てて駆け下りて行く。
これは二人の執着心の鬼によって、幻覚が見えたのであった。またその罪悪より成れる肉体は、千尋の谷底に落とされ、後には二人の本守護神のみが残っていた。
本守護神となった黄竜姫はますます荘厳の度を増し、月の大神様を宴の肴として宴を開いたことを悔いた。一同は宴を中止し、梅子姫は導師となって神言を奏上した。以後は月見の宴を為すことは厳禁された。
すると貫州と武公が慌てて注進にやってきた。二人は、城外に友彦の大軍勢が押し寄せて城は陥落寸前だという。スマートボールは黄竜姫の命で様子を見に行くと、城外には誰もいなかった。
スマートボールは戻って来て貫州と武公を平手打ちすると、二人はようやく我に返った。二人は取り越し苦労が募って夢を見たと一同に詫びた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-09-05 18:56:03 文字数:3845 OBC :rm2511
愛善世界社版:162頁 八幡書店版:第5輯 90頁 修補版: 校定版:168頁 普及版:73頁 初版: ページ備考:
001 蒼空(さうくう)一点(いつてん)の雲(くも)なく、002星光(せいくわう)疎(まばら)にして中秋(ちうしう)の月(つき)は中空(ちうくう)に懸(かか)り、003鏡(かがみ)の如(ごと)き温顔(をんがん)をもて下界(げかい)を照(てら)し給(たま)ふ。004地恩城(ちおんじやう)の棟(むね)に鏤(ちりば)めたる十曜(とえう)の金紋(きんもん)は、005月光(げつくわう)に映(えい)じて目(め)も眩(まばゆ)きばかりなり。
006 地恩城(ちおんじやう)の女王(ぢよわう)黄竜姫(わうりようひめ)は、007梅子姫(うめこひめ)、008蜈蚣姫(むかでひめ)、009左守(さもり)のスマートボール、010宇豆姫(うづひめ)を始(はじ)め右守(うもり)の鶴公(つるこう)、011貫州(くわんしう)、012武公(たけこう)其(その)他(た)を従(したが)へ、013高殿(たかどの)に登(のぼ)り月見(つきみ)の宴(えん)を開(ひら)いて居(ゐ)る。014果物(くだもの)の酒(さけ)は芳醇(はうじゆん)なる香(にほひ)を放(はな)ち、015柑子(こうづ)、016バナナ、017桃(もも)其(そ)の他(た)の木(こ)の実(み)を麗(うるは)しき器(うつは)に盛(も)り、018一同(いちどう)歓(くわん)を尽(つく)して月光(げつくわう)を仰(あふ)ぐ折(をり)しも、019黄竜姫(わうりようひめ)は忽(たちま)ち顔色(がんしよく)蒼白(あを)ざめ、020身体(しんたい)頻(しき)りに動揺(どうえう)して、021心中(しんちう)不安(ふあん)の雲(くも)に包(つつ)まれし如(ごと)き容態(ようたい)となれり。
022 梅子姫(うめこひめ)、023其(その)他(た)の人々(ひとびと)の目(め)には、024中秋(ちうしう)の月(つき)皎々(かうかう)と輝(かがや)き、025紺碧(こんぺき)の空(そら)は愈(いよいよ)高(たか)く、026風(かぜ)は涼(すず)しく何(なん)とも云(い)へぬ気分(きぶん)に包(つつ)まれて居(ゐ)る。027独(ひと)り黄竜姫(わうりようひめ)の眼(まなこ)に映(えい)じたるは、028ジヤンナ郷(きやう)のテールス姫(ひめ)の夫(をつと)となり、029三五(あななひ)の道(みち)をネルソン山(ざん)以西(いせい)に布(し)き、030旭日(きよくじつ)昇天(しようてん)の勢(いきほひ)ありと称(しよう)せらるる友彦(ともひこ)を先頭(せんとう)に、031数多(あまた)の鬼(おに)の如(ごと)き土人(どじん)、032怪(あや)しき黒雲(くろくも)に乗(の)り、033幾十万(いくじふまん)とも限(かぎ)りなく鋭利(えいり)なる鎗(やり)を携(たづさ)へ、034中空(ちうくう)より地上(ちじやう)を眺(なが)め、035黄竜姫(わうりようひめ)の頭上(づじやう)に向(むか)つて鋼鉄(まがね)の矛(ほこ)を驟雨(しうう)の如(ごと)く降(ふ)らせ、036火(ひ)の車(くるま)を挽(ひ)き連(つ)れ、037青(あを)、038赤(あか)、039黒(くろ)の鬼(おに)、040虎皮(こひ)の褌(ふんどし)を締(し)め、041牛(うし)の如(ごと)き角(つの)を生(は)やし攻(せ)め来(きた)る恐(おそ)ろしさに、042身体(しんたい)忽(たちま)ち震動(しんどう)して、043高殿(たかどの)より終(つひ)に顛落(てんらく)、044人事(じんじ)不省(ふせい)に陥(おちい)りける。
045 蜈蚣姫(むかでひめ)は驚(おどろ)きてものをも言(い)はず、046老(おい)の身(み)も甲斐(かひ)々々(がひ)しく階段(かいだん)を降(くだ)り行(ゆ)く。047されど梅子姫(うめこひめ)、048スマートボール其(その)他(た)の面々(めんめん)には、049黄竜姫(わうりようひめ)の姿(すがた)並(ならび)に蜈蚣姫(むかでひめ)の姿(すがた)は依然(いぜん)として高殿(たかどの)に月(つき)を賞(しやう)するかの如(ごと)く見(み)え居(ゐ)たり。050それ故(ゆゑ)蜈蚣姫(むかでひめ)の周章(あわて)て階段(かいだん)を降(くだ)り行(ゆ)きし事(こと)も、051黄竜姫(わうりようひめ)が高殿(たかどの)より墜落(つゐらく)せし事(こと)も夢(ゆめ)にも知(し)らざりし。052要(えう)するに黄竜姫(わうりようひめ)、053蜈蚣姫(むかでひめ)の本(ほん)守護神(しゆごじん)は、054依然(いぜん)として此(この)高殿(たかどの)に其(その)儘(まま)の体(たい)を現(あら)はし、055嬉々(きき)として月(つき)を賞(しやう)しつつありしなり。056二人(ふたり)が身体(からだ)に残(のこ)れる執着心(しふちやくしん)の鬼(おに)の為(た)めに斯(か)くの如(ごと)き幻覚(げんかく)を起(おこ)し、057又(また)其(その)罪悪(ざいあく)の凝固(かたまり)より成(な)れる肉体(にくたい)は、058副(ふく)守護神(しゆごじん)の容器(いれもの)として高殿(たかどの)の下(した)なる千仭(せんじん)の谷間(たにま)に突(つ)き落(おと)されたるなりき。
059 後(あと)に残(のこ)つた黄竜姫(わうりようひめ)の姿(すがた)は、060恰(あだか)も鼈甲(べつかふ)の如(ごと)く身体(しんたい)半(なか)ば透(す)き通(とほ)りて一層(いつそう)の美(び)を加(くは)へ、061言葉(ことば)も俄(にはか)に涼(すず)しく且(か)つ荘重(さうちよう)を帯(お)び来(き)たりぬ。
062梅子姫(うめこひめ)『黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)、063不思議(ふしぎ)な事(こと)があるもので御座(ござ)いますな。064今迄(いままで)の貴女(あなた)のお姿(すがた)とうつて変(かは)り、065一入(ひとしほ)立派(りつぱ)な御(おん)顔色(かんばせ)、066お身体(からだ)の恰好(かつかう)までも、067何処(どこ)ともなく威厳(ゐげん)の加(くは)はつた様(やう)に思(おも)ひます。068変(かは)ると言(い)つても、069斯(か)う迅速(じんそく)に向上(かうじやう)遊(あそ)ばすと言(い)ふ事(こと)は、070不思議(ふしぎ)でなりませぬ』
071黄竜姫(わうりようひめ)『ハイ、072妾(わたし)は勿体(もつたい)なくも三五教(あななひけう)の神司(かむづかさ)となり、073且(かつ)地恩城(ちおんじやう)の女王(ぢよわう)と迄(まで)上(のぼ)りつめ、074稍(やや)得意(とくい)の色(いろ)を浮(うか)べ安心(あんしん)の気(き)にうたれて、075勿体(もつたい)なくも月(つき)の大神(おほかみ)様(さま)を玩弄物(おもちや)か何(なに)かの様(やう)に、076酒肴(さけさかな)を持(も)ち出(だ)し月見(つきみ)の宴(えん)だと、077花見(はなみ)か雪見(ゆきみ)の様(やう)な畏(おそ)れ多(おほ)い事(こと)を何(なん)とも思(おも)はず始(はじ)めましたが、078忽(たちま)ち大空(おほぞら)の月光(げつくわう)菩薩(ぼさつ)の御(ご)威勢(ゐせい)に照(て)らされハテ、079済(す)まない事(こと)をした、080妾(わたし)は今(いま)こそ飛(た)つ鳥(とり)も落(おと)す様(やう)な威勢(ゐせい)で斯(か)うして此処(ここ)に安楽(あんらく)に暮(くら)して居(を)るが、081月(つき)の鏡(かがみ)に妾(わたし)の古(ふる)い傷(きず)がスツカリ写(うつ)つた様(やう)な心持(こころもち)になり、082月見(つきみ)どころか、083穴(あな)でもあらば這入(はい)り度(た)い様(やう)な心持(こころもち)になり、084悔悟(くわいご)の念(ねん)に苦(くる)しむ時(とき)しも、085満天(まんてん)の星(ほし)は黒雲(くろくも)に包(つつ)まれ月光(げつくわう)は影(かげ)を隠(かく)し四面(しめん)咫尺(しせき)暗澹(あんたん)となりしと思(おも)ふ間(ま)もなく、086ジヤンナの郷(さと)に三五(あななひ)の道(みち)を伝(つた)ふる友彦(ともひこ)は妾(わたし)が昔(むかし)彼(かれ)に与(あた)へた凌辱(りようじよく)の怨(うら)みを復(かへ)さむと数多(あまた)の鬼(おに)を従(したが)へ、087天上(てんじやう)より鋼鉄(まがね)の矛(ほこ)を雨(あめ)の如(ごと)くに降(ふ)らせ、088火(ひ)の車(くるま)を以(もつ)て我(わが)肉体(にくたい)を迎(むか)へ来(きた)る其(その)恐(おそ)ろしさ。089罪(つみ)にかたまつた肉体(にくたい)の衣(きぬ)を神(かみ)様(さま)の御恵(みめぐみ)に依(よ)つて剥(は)ぎ取(と)られ、090又(また)母上(ははうへ)も子(こ)の愛(あい)に溺(おぼ)れ給(たま)ふ執着心(しふちやくしん)の衣(ころも)は、091此(この)谷間(たにま)に落(お)ちて白烟(はくえん)となり消(き)え失(う)せました。092アヽ斯(か)くなる上(うへ)は最早(もはや)妾(わたし)の肉体(にくたい)には一点(いつてん)の雲霧(くもきり)も無(な)く、093正(まさ)に此(この)中秋(ちうしう)のお月様(つきさま)の如(ごと)き身魂(しんこん)と生(うま)れ変(かは)つた様(やう)で御座(ござ)います。094それに就(つ)いては皆様(みなさま)、095只今(ただいま)より月見(つきみ)の宴(えん)を廃(はい)し、096神(かみ)様(さま)にお詫(わび)を致(いた)しませう』
097との物語(ものがた)りに梅子姫(うめこひめ)は感(かん)じ入(い)り、098自(みづか)ら導師(だうし)となつて高殿(たかどの)に端坐(たんざ)し、099月光(げつくわう)に向(むか)つて感謝(かんしや)祈願(きぐわん)の神言(かみごと)を奏上(そうじやう)し、100月見(つきみ)に用(もち)ゐたる総(すべ)ての器(うつは)を此(この)高殿(たかどの)より眼下(がんか)の谷底(たにそこ)目蒐(めが)けて一品(ひとしな)も残(のこ)らず投(な)げやり、101今後(こんご)は決(けつ)して月見(つきみ)の宴(えん)を為(な)さざる事(こと)を神明(しんめい)に約(やく)し、102悄然(せうぜん)として地恩城(ちおんじやう)の奥殿(おくでん)に姿(すがた)を隠(かく)し、103再(ふたた)び一同(いちどう)打揃(うちそろ)ひ天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)する事(こと)となりぬ。
104 地恩城(ちおんじやう)の黄竜姫(わうりようひめ)を始(はじ)め、105重(おも)だちたる幹部(かんぶ)は奥殿(おくでん)に入(い)り、106祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し了(をは)つて神酒(みき)を頂(いただ)き居(を)る際(さい)、107慌(あわただ)しく奥(おく)の間(ま)目蒐(めが)けて駆入(かけい)り来(きた)る貫州(くわんしう)、108武公(たけこう)の両人(りやうにん)は、109息(いき)も絶(た)え絶(だ)えに後鉢巻(うしろはちまき)グツと締(し)め、110各自(てにてに)茨(いばら)の鞭(むち)を握(にぎ)つた儘(まま)、
111貫州、武公『申(まを)し上(あ)げます。112タヽヽヽ大変(たいへん)で御座(ござ)います。113御(ご)用意(ようい)を遊(あそ)ばしませ』
114と息(いき)もつき敢(あへ)ず泣声(なきごゑ)になつて言上(ごんじやう)する。
115スマートボール『其(その)方(はう)は貫州(くわんしう)、116武公(たけこう)の両人(りやうにん)、117大変(たいへん)とは何事(なにごと)だ。118苦(くる)しうない、119近(ちか)く寄(よ)つて細(つぶ)さに物語(ものがた)つたが宜(よ)からうぞ』
120 貫州(くわんしう)は両手(りやうて)にて胸(むね)を打(う)ち乍(なが)ら、121稍(やや)反身(そりみ)になつて、
122貫州『我々(われわれ)両人(りやうにん)、123地恩城(ちおんじやう)の城門(じやうもん)を、124スマートボールの命令(めいれい)に依(よ)り数多(あまた)の部下(ぶか)を監督(かんとく)し、125用心(ようじん)堅固(けんご)に守(まも)る折(をり)しも遥(はるか)に聞(きこ)ゆる鬨(とき)の声(こゑ)、126何事(なにごと)ならむと高殿(たかどの)に一目散(いちもくさん)に駆登(かけのぼ)り、127月(つき)の光(ひかり)に照(て)らして向(むか)ふをキツと眺(なが)むれば、128十曜(とえう)の紋(もん)の旗印(はたじるし)、129瓢箪形(へうたんがた)の馬標(うまじるし)は幾十百(いくじふひやく)とも無(な)く樹々(きぎ)の間(ま)に間(ま)に出没(しゆつぼつ)し、130赤鉢巻(あかはちまき)に赤襷(あかたすき)、131数多(あまた)の駒(こま)に跨(またが)りて鬨(とき)を作(つく)つて攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)る其(その)勢(いきほ)ひの凄(すさま)じさ、132敵(てき)は何者(なにもの)ならむと斥候(せきこう)を放(はな)ち、133よくよく見(み)れば豈(あに)図(はか)らむや、134曩(さき)に城外(じやうぐわい)に投(な)げ出(だ)されたる元(もと)のバラモン教(けう)の友彦(ともひこ)、135ジヤンナの荒武者(あらむしや)共(ども)を引率(ひきつ)れ、136黄竜姫(わうりようひめ)に厳談(げんだん)せむと呼(よ)ばはり乍(なが)ら、137猛虎(まうこ)の勢(いきほひ)にて攻(せ)め来(きた)る。138味方(みかた)は薄衣(うすぎぬ)綾錦(あやにしき)、139数万(すうまん)の敵軍(てきぐん)は甲冑(かつちう)に身(み)を固(かた)め小手(こて)脛当(すねあ)て、140鋭利(えいり)の武器(ぶき)を携(たづさ)へ旗鼓(きこ)堂々(だうだう)と攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)る物々(ものもの)しさ。141吾々(われわれ)両人(りやうにん)は、142味方(みかた)の奴輩(やつばら)残(のこ)らず駆(か)り集(あつ)め、143寄(よ)せ来(く)る敵(てき)に向(むか)つて言霊戦(ことたません)を開始(かいし)し、144天(あま)の数歌(かずうた)歌(うた)ひ上(あ)げて両手(もろて)を組(く)み、145指頭(しとう)より五色(ごしき)の霊光(れいくわう)を発射(はつしや)し敵(てき)の魔軍(まぐん)に向(むか)つて防(ふせ)ぎ戦(たたか)へ共(ども)、146彼(かれ)も強者(しれもの)、147言霊(ことたま)を以(もつ)て応酬(おうしう)し、148其(その)上(うへ)鋭利(えいり)なる武器(ぶき)を携(たづさ)へ、149時々(じじ)刻々(こくこく)に近寄(ちかよ)り来(きた)る危(あやふ)さ。150日頃(ひごろ)無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)の地恩城(ちおんじやう)なれども、151斯(か)くなる上(うへ)は最早(もはや)詮(せん)なし、152武器(ぶき)に代(か)へて所在(あらゆる)小石(こいし)を引掴(ひつつか)み、153押(お)し寄(よ)せ来(きた)る敵軍(てきぐん)に向(むか)つて雨霰(あめあられ)と乱射(らんしや)すれば、154敵(てき)は雪崩(なだれ)をうつて一二丁(いちにちやう)ばかり一旦(いつたん)ドツと引(ひ)き上(あ)げしが、155又(また)もや鬨(とき)を作(つく)つて、156暴虎(ばうこ)憑河(ひようが)の勢(いきほひ)恐(おそ)ろしく、157口(くち)より火焔(くわえん)を吹(ふ)き乍(なが)ら、158青(あを)、159赤(あか)、160黒(くろ)の鬼神(おにがみ)共(ども)先頭(せんとう)に立(た)ち、161雷(らい)の如(ごと)き怪声(くわいせい)を放(はな)ちて攻来(せめきた)る。162味方(みかた)は僅(わづか)に三百(さんびやく)有余(いうよ)人(にん)、163死力(しりよく)を尽(つく)して挑(いど)み戦(たたか)へども、164敵(てき)は名(な)に負(お)ふ大軍(たいぐん)、165瞬(またた)く間(うち)に縦横(じうわう)無尽(むじん)に薙立(なぎた)てられ、166無念(むねん)乍(なが)らも我々(われわれ)両人(りやうにん)、167敵(てき)を斬(き)り抜(ぬ)け漸(やうや)く此(この)場(ば)に立(た)ち帰(かへ)り候(さふらふ)程(ほど)に、168この処(ところ)に御座(ござ)あつては御(ご)身辺(しんぺん)危(あや)ふし、169一(いち)時(じ)も早(はや)く裏門(うらもん)より、170山伝(やまづた)ひにシオン山(ざん)の方面(はうめん)指(さ)して落(お)ち延(の)び給(たま)へ。171サア、172早(はや)く早(はや)く』
173と身(み)を慄(ふる)はし、174左右(さいう)の手(て)を打(う)ち振(ふ)り打(う)ち振(ふ)り注進(ちゆうしん)に及(およ)ぶ其(その)怪(あや)しさ。175スマートボールは合点(がてん)往(ゆ)かず、
176スマートボール『只今(ただいま)まで高殿(たかどの)に於(おい)て月見(つきみ)の宴(えん)を催(もよほ)し居(ゐ)たりし我々(われわれ)、177敵(てき)の押寄(おしよ)せ来(きた)る気配(けはい)あれば何(なん)とか神界(しんかい)より御(お)示(しめ)しあるべき筈(はず)、178扨(さ)ても合点(がてん)の往(ゆ)かぬ事(こと)であるワイ。179……もうし黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)、180梅子姫(うめこひめ)様(さま)、181如何(いかが)思召(おぼしめ)し給(たま)ふや、182合点(がてん)の往(ゆ)かぬ両人(りやうにん)が注進(ちゆうしん)』
183と二人(ふたり)の顔(かほ)を打(う)ち守(まも)り、184稍(やや)不安(ふあん)の面持(おももち)にて胸(むね)を躍(をど)らせて居(を)る。185黄竜姫(わうりようひめ)は悠揚(いうやう)迫(せま)らず、
186黄竜姫『あいや、187スマートボール、188……貫州(くわんしう)、189武公(たけこう)の両人(りやうにん)を我(わが)前(まへ)に伴(ともな)ひ来(きた)れ』
190との厳命(げんめい)にスマートボールは両人(りやうにん)の手(て)を引(ひ)き、191黄竜姫(わうりようひめ)の膝下(しつか)に導(みちび)いた。192二人(ふたり)は頭(かうべ)を垂(た)れ、193猫(ねこ)に追(お)はれし鼠(ねずみ)の如(ごと)く畏縮(ゐしゆく)して慄(ふる)ひ上(あが)つて居(ゐ)る。
194黄竜姫(わうりようひめ)『あいや、195貫州(くわんしう)、196武公(たけこう)両人(りやうにん)、197只今(ただいま)汝(なんぢ)が注進(ちゆうしん)せし事(こと)は過去(くわこ)の出来事(できごと)なりや、198将(はた)未来(みらい)の事(こと)なるか、199但(ただし)は現在(げんざい)の事(こと)か、200明瞭(めいれう)に答弁(たふべん)せよ』
201武公(たけこう)『ハイ、202過去(くわこ)の事(こと)や未来(みらい)の出来事(できごと)ならば我々(われわれ)は決(けつ)して斯様(かやう)な心配(しんぱい)は致(いた)しませぬ。203既(すで)に城内(じやうない)の者共(ものども)は殆(ほとん)ど滅亡(めつぼう)致(いた)し、204我々(われわれ)両人(りやうにん)も斯(か)くの如(ごと)く顔(かほ)に手疵(てきず)を負(お)ひし以上(いじやう)は、205只今(ただいま)の事(こと)、206今(いま)や……アレアレあの通(とほ)り間近(まぢか)くなつた声(こゑ)、207人馬(じんば)の物音(ものおと)、208今(いま)に友彦(ともひこ)、209鋼鉄(まがね)の矛(ほこ)を打振(うちふる)ひ此(この)場(ば)に攻(せ)め寄(よ)せ来(きた)りますれば、210何卒(どうぞ)一時(いつとき)も早(はや)く裏門(うらもん)より逃(に)げ延(の)びて下(くだ)さいませ』
211黄竜姫(わうりようひめ)『あいや、212スマートボール、213其方(そなた)は表門(おもてもん)に行(い)つて実否(じつぴ)を調査(てうさ)し来(きた)れ』
214 スマートボールは『ハイ』と答(こた)へて立(た)ち上(あが)らむとする。215貫州(くわんしう)は其(その)裾(すそ)を掴(つか)んで、
216貫州『モシモシ左守(さもり)様(さま)、217お待(ま)ち下(くだ)さいませ、218衆寡(しうくわ)敵(てき)せず、219飛(と)んで火(ひ)に入(い)る夏(なつ)の虫(むし)、220決(けつ)して悪(わる)い事(こと)は申(まを)しませぬ。221……黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)、222早(はや)く早(はや)く御(ご)用意(ようい)遊(あそ)ばしませ』
223梅子姫(うめこひめ)『今(いま)武公(たけこう)の言葉(ことば)におひおひ近(ちか)づく鬨(とき)の声(こゑ)、224人馬(じんば)の物音(ものおと)と申(まを)したが、225天地(てんち)は至(いた)つて静寂(せいじやく)、226何(なん)の声(こゑ)も無(な)いではありませぬか』
227武公(たけこう)『ソヽヽそりや何(なに)を仰有(おつしや)います。228あの声(こゑ)が分(わか)りませぬか』
229と顔色(がんしよく)変(か)へて落(お)ち付(つ)かぬ気(げ)に、230震(ふる)ひ震(ふる)ひ答(こた)へる。
231 スマートボールは貫州(くわんしう)の手(て)を振(ふ)り放(はな)し、232一目散(いちもくさん)に表門(おもてもん)に現(あら)はれ見(み)れば、233月(つき)は皎々(かうかう)と輝(かがや)き猫(ねこ)の子(こ)一匹(いつぴき)其辺(そこら)に見(み)えぬ。234『ハテ不思議(ふしぎ)』と高殿(たかどの)に登(のぼ)り四方(しはう)をキツと見渡(みわた)せば山(やま)はコバルト色(いろ)に蒼(あを)ずんで一点(いつてん)の白雲(はくうん)もなく、235山(やま)の尾(を)の上(へ)の輪画(りんくわく)は一入(ひとしほ)瞭然(れうぜん)として、236淋(さび)しき中(うち)に得(え)も言(い)はれぬ雅味(がみ)を漲(みなぎ)らして居(ゐ)る。237スマートボールは悠々(いういう)として奥殿(おくでん)に帰(かへ)り来(きた)り、238二人(ふたり)の前(まへ)に立現(たちあら)はれ、239矢庭(やには)に平手(ひらて)を以(もつ)て貫州(くわんしう)、240武公(たけこう)の横面(よこづら)を二(ふた)つ三(み)つピシヤピシヤと打(う)てば、241二人(ふたり)は初(はじ)めてポカンとした様(やう)な面(つら)を曝(さら)し、
242両人(りやうにん)『ヤア……これはこれは不躾(ぶしつけ)千万(せんばん)にも女王(ぢよわう)様(さま)の御殿(ごてん)に何時(いつ)の間(ま)にか侵入(しんにふ)致(いた)し、243実(じつ)に申(まを)し訳(わけ)なき事(こと)で御座(ござ)います。244何卒(どうぞ)お許(ゆる)し下(くだ)さいませ』
245と平伏(へいふく)する。
246蜈蚣姫(むかでひめ)『ほんにほんに、247妾(わし)の荒肝(あらぎも)を取(と)りかけよつた。248お前(まへ)は一体(いつたい)何(なん)と言(い)ふ事(こと)を言(い)つて来(く)るのだ。249大方(おほかた)夢(ゆめ)を見(み)て居(を)つたのだらう』
250両人(りやうにん)『ハイ、251今(いま)考(かんが)へて見(み)ますれば、252夢(ゆめ)の連続(れんぞく)的(てき)行為(かうゐ)で御座(ござ)いました。253あまり友彦(ともひこ)が出(で)て来(く)る出(で)て来(く)ると心配(しんぱい)して居(を)つたものですから、254ドエライ夢(ゆめ)を見(み)たので御座(ござ)いませう……あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
255と両手(りやうて)を合(あは)せ、
256両人(りやうにん)『マアマア夢(ゆめ)で結構(けつこう)で御座(ござ)いました。257……皆(みな)さま、258お目出度(めでた)う、259お祝(いは)ひ申(まを)します』
260 黄竜姫(わうりようひめ)、261梅子姫(うめこひめ)、262宇豆姫(うづひめ)一度(いちど)に吹(ふ)き出(だ)し、
263三人『プツフヽヽヽ、264オホヽヽヽ』
265 館(やかた)の外(そと)には皎々(かうかう)たる明月(めいげつ)輝(かがや)き、266松虫(まつむし)、267鈴虫(すずむし)、268蟋蟀(こほろぎ)、269螽斯(きりぎりす)の声(こゑ)賑(にぎは)しく聞(きこ)えて居(ゐ)る。
270(大正一一・七・一〇 旧閏五・一六 北村隆光録)
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