霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 鶍(いすか)の恋(こい)〔七四九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第25巻 海洋万里 子の巻 篇:第1篇 相縁奇縁 よみ(新仮名遣い):あいえんきえん
章:第3章 鶍の恋 よみ(新仮名遣い):いすかのこい 通し章番号:749
口述日:1922(大正11)年07月07日(旧閏05月13日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年5月25日
概要: 舞台:地恩城 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
宇豆姫は一人述懐の歌を歌っていた。その歌には、宇豆姫が鶴公を慕っていることが歌われていた。
そこへスマートボールがやってきて、宇豆姫の力になりたいと申し出た。宇豆姫は自分の心を見透かされたような気持ちになり、また鶴公派のスマートボールを頼もしく思ったが、その場は単に、神様に感謝を捧げていただけだと答えた。
そこでスマートボールは、宇豆姫が清公と結婚するという城内の噂について問いただした。宇豆姫は即座に否定し、また清公は好かないときっぱり言ってのけた。
スマートボールは宇豆姫を問い詰めて、ついに宇豆姫の口から、意中の人が実は鶴公であることを聞き出した。スマートボールは、自分はこの恋を成就させるために力を尽くすことを宇豆姫に誓った。
そこへ、黄竜姫がやってきた。黄竜姫は人払いをして宇豆姫と二人きりになった。黄竜姫は、地恩城の左守である清公の妻に宇豆姫を任命する、と厳然と言い渡した。宇豆姫は道理を交えた黄竜姫の申し渡しに同意する以外はなかった。
黄竜姫が去った後、宇豆姫はその場に泣き崩れてしまった。たまたま廊下を通りかかった鶴公は、宇豆姫を介抱する。二人は互いに思いを打ち明けあい、互いにその心を知ることができただけで思い残すことはない、と覚悟を決めた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-08-24 22:54:02 文字数:7187 OBC :rm2503
愛善世界社版:49頁 八幡書店版:第5輯 48頁 修補版: 校定版:51頁 普及版:23頁 初版: ページ備考:
001宇豆姫(うづひめ)『神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の
002御言(みこと)畏(かしこ)み顕恩(けんおん)の
003郷(さと)に現(あ)れます梅子姫(うめこひめ)
004二八(にはち)の春(はる)の花盛(はなざか)り
005木(こ)の花姫(はなひめ)の一時(いちどき)に
006匂(にほ)ひそめたる唇(くちびる)を
007開(ひら)いて宣(の)らす三五(あななひ)の
008神(かみ)の大道(おほぢ)に心(こころ)より
009麻柱(あなな)ひ奉(まつ)りバラモンの
010神(かみ)の教(をしへ)を振(ふ)り捨(す)てて
011梅子(うめこ)の姫(ひめ)の侍女(じぢよ)となり
012貴(うづ)の教(をしへ)の宇豆姫(うづひめ)と
013慈(いつく)しまれて仕(つか)へ居(ゐ)る
014時(とき)しもあれや太玉(ふとたま)の
015神(かみ)の司(つかさ)の宣伝使(せんでんし)
016顕恩郷(けんおんきやう)に現(あ)れまして
017鬼雲彦(おにくもひこ)を初(はじ)めとし
018鬼熊別(おにくまわけ)や其(その)外(ほか)の
019拗(ねぢ)け曲(まが)れる枉人(まがびと)を
020雲(くも)の彼方(あなた)に逐(お)ひ払(はら)ひ
021ここに太玉(ふとだま)神司(かむづかさ)
022顕恩郷(けんおんきやう)に三五(あななひ)の
023教(をしへ)の射場(いば)を建(た)て給(たま)ひ
024妾(わらは)は各々(おのおの)八乙女(やをとめ)の
025神(かみ)の司(つかさ)に従(したが)ひて
026エデンの園(その)に臨(のぞ)まれし
027五十子(いそこ)の姫(ひめ)や梅子姫(うめこひめ)
028今子(いまこ)の姫(ひめ)と諸共(もろとも)に
029波斯(フサ)の国原(くにはら)彼方(あち)此方(こち)と
030教(をしへ)を伝(つた)ふ折柄(をりから)に
031バラモン教(けう)の宣伝使(せんでんし)
032片彦(かたひこ)釘彦(くぎひこ)其(その)外(ほか)の
033枉(まが)の司(つかさ)に捕(とら)へられ
034棚無(たななし)小舟(こぶね)に乗(の)せられて
035荒波(あらなみ)猛(たけ)る海原(うなばら)に
036押流(おしなが)されし恐(おそ)ろしさ
037吾(われ)等(ら)四(よ)人(にん)は皇神(すめかみ)の
038救(すく)ひを求(もと)めて各自(めいめい)に
039天津(あまつ)祝詞(のりと)を宣(の)りつれば
040万里(ばんり)の波濤(はたう)も恙(つつが)なく
041音(おと)に名高(なだか)き竜宮(りうぐう)の
042黄金(こがね)の島(しま)に上陸(じやうりく)し
043小糸(こいと)の姫(ひめ)と諸共(もろとも)に
044地恩(ちおん)の郷(さと)に現(あら)はれて
045三五教(あななひけう)の大道(おほみち)に
046仕(つか)へまつれる折(をり)もあれ
047思(おも)ひがけなき蜈蚣姫(むかでひめ)
048数多(あまた)の供人(ともびと)引(ひ)きつれて
049此処(ここ)に現(あら)はれましましぬ
050地恩(ちおん)の城(しろ)は日(ひ)に月(つき)に
051神(かみ)の恵(めぐみ)の加(くは)はりて
052一度(いちど)に開(ひら)く兄(こ)の花(はな)の
053匂(にほ)ふが如(ごと)く栄(さか)え行(ゆ)く
054アヽさり乍(なが)らさり乍(なが)ら
055往(ゆ)く手(て)に塞(さや)る恋(こひ)の闇(やみ)
056千歳(ちとせ)の松(まつ)の鶴(つる)さまが
057月(つき)照(て)る夜半(よは)に庭(には)の面(おも)
058彷徨(さまよ)ひ遊(あそ)ぶわが姿(すがた)
059認(みと)めて後(あと)より抱(いだ)きつき
060心(こころ)の丈(たけ)を繰返(くりかへ)し
061誘(いざな)ひ給(たま)ふ嬉(うれ)しさに
062胸(むね)轟(とどろ)きて何(なん)となく
063河瀬(かはせ)の鯉(こひ)の一跳(ひとはね)に
064昇(のぼ)り詰(つ)めたる吾(わ)が恋路(こひぢ)
065水泡(みなわ)と消(き)えて跡(あと)もなく
066云(い)ひ寄(よ)る術(すべ)も泣(な)くばかり
067後(あと)に至(いた)りて吾(わが)心(こころ)
068天(てん)を仰(あふ)いで悔(くや)めども
069心(こころ)の中(なか)の曲者(くせもの)に
070取(と)り挫(ひし)がれて胸(むね)の火(ひ)の
071消(き)ゆる術(すべ)なき苦(くる)しさよ
072妾(わらは)が心(こころ)を白雪(しらゆき)の
073冷(つめ)たき魔(ま)の手(て)に捉(とら)へられ
074退引(のつぴき)ならぬ言(こと)の葉(は)に
075解(と)くる由(よし)なき冬(ふゆ)の雪(ゆき)
076心(こころ)の色(いろ)も清公(きよこう)が
077左守(さもりの)神(かみ)を笠(かさ)に着(き)て
078云(い)ひ寄(よ)り給(たま)ふ苦(くる)しさよ
079情(つれ)なく当(あた)りし恋人(こひびと)に
080詫(わ)びる事(こと)さへ口籠(くちごも)り
081心(こころ)の悩(なや)みを大空(おほぞら)の
082月(つき)に向(むか)つて歎(かこ)つ折(をり)
083又(また)もや一(ひと)つの影(かげ)見(み)えて
084吾(わが)手(て)を掴(つか)み木下暗(こしたやみ)
085四辺(あたり)憚(はばか)り声(こゑ)ひそめ
086吾(われ)は清公(きよこう)ブランジー
087左守(さもりの)神(かみ)と選(えら)ばれし
088栄(さかえ)の身(み)なれど何時迄(いつまで)も
089一(ひと)つ柱(ばしら)に三五(あななひ)の
090道(みち)を支(ささ)へむ事(こと)難(かた)し
091汝(なんぢ)宇豆姫(うづひめ)クロンバーの
092神(かみ)の司(つかさ)と成(な)りなりて
093吾(わが)身(み)と共(とも)に地恩城(ちおんじやう)
094三五教(あななひけう)の神徳(しんとく)を
095天地(あめつち)四方(よも)に輝(かがや)かし
096開(ひら)かば如何(いか)にと執拗(しつえう)に
097度重(たびかさ)なりし口説(くどき)ごと
098断(ことわ)る力(ちから)もないじやくり
099神(かみ)に任(まか)せし身(み)の上(うへ)は
100如何(いか)なる事(こと)の来(きた)るとも
101覚悟(かくご)の前(まへ)とは云(い)ひながら
102心(こころ)に添(そ)はぬ夫(つま)を持(も)ち
103長(なが)き月日(つきひ)を送(おく)るより
104一層(いつそう)気楽(きらく)に独身者(ひとりもの)
105やもめとなりて大神(おほかみ)の
106教(をしへ)に仕(つか)へまつらむと
107決心(けつしん)するはしたものの
108清公(きよこう)さまの矢(や)の使(つか)ひ
109引(ひ)きてかやさぬ桑(くは)の弓(ゆみ)
110撥(はぢ)き返(かへ)さむ由(よし)も無(な)く
111如何(いか)がはせむと煩(わづら)ひつ
112憂目(うきめ)を忍(しの)ぶ折(をり)もあれ
113金銀鉄(きんぎんてつ)の三(さん)人(にん)は
114かたみに妾(わらは)の前(まへ)に出(い)で
115左守(さもりの)神(かみ)の妻(つま)たれと
116言葉(ことば)尽(つく)して説(と)き立(た)つる
117嗚呼(ああ)如何(いか)にせむ今(いま)の吾(われ)
118千尋(ちひろ)の海(うみ)に身(み)を投(な)げて
119此(この)苦(くる)しみを脱(のが)れむか
120神(かみ)の咎(とが)めを如何(いか)にせむ
121千思(せんし)万慮(ばんりよ)も尽(つ)き果(は)てて
122今(いま)は苦(くる)しき板挟(いたばさ)み
123恋(こひ)しき人(ひと)に肱鉄(ひぢてつ)を
124喰(く)はせて御心(みこころ)怒(いか)らせつ
125心(こころ)に合(あ)はぬ清公(きよこう)に
126日(ひ)に夜(よ)に口説(くど)き責(せ)められつ
127心(こころ)の暗(やみ)も知(し)らぬ火(ひ)の
128砕(くだ)けて落(お)つる吾(わが)涙(なみだ)
129汲(く)む人(ひと)もなき地恩郷(ちおんきやう)
130あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
131御霊(みたま)幸倍(さちはへ)坐(まし)まして
132日夜(にちや)に慕(した)ふ鶴(つる)さまに
133夢(ゆめ)になりとも吾(わが)思(おも)ひ
134伝(つた)へ給(たま)へよ三五(あななひ)の
135道(みち)を守(まも)らす須勢理(すせり)姫(ひめ)
136神(かみ)の命(みこと)の御(おん)前(まへ)に
137心(こころ)を清(きよ)めて願(ね)ぎまつる
138朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
139月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
140仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
141鶴公(つるこう)さまに吾(わが)思(おも)ひ
142通(とほ)さにや置(お)かぬ桑(くは)の弓(ゆみ)
143女(をんな)の思(おも)ふ真心(まごころ)は
144岩(いは)をも射貫(いぬ)くと聞(き)くからは
145通(とほ)さざらめや吾(わ)が恋路(こひぢ)
146恋(こひ)し恋(こひ)しと朝宵(あさよひ)に
147積(つも)る思(おも)ひの恋(こひ)の淵(ふち)
148浮(うか)ぶ涙(なみだ)は滝津瀬(たきつせ)の
149水(みづ)に流(なが)してスクスクと
150落(お)ち行(ゆ)く末(すゑ)は海(わだ)の原(はら)
151情(なさけ)も深(ふか)き恋(こひ)の海(うみ)
152男波(をなみ)女波(めなみ)を乗(の)り越(こ)えて
153棚無船(たななしぶね)に梶(かぢ)を取(と)り
154太平洋(たいへいやう)の彼方(かなた)まで
155互(たがひ)に手(て)に手(て)を取(と)り交(かは)し
156真(まこと)の神(かみ)の御教(みをしへ)を
157開(ひら)かせ給(たま)へ惟神(かむながら)
158御霊(みたま)幸倍(さちはへ)坐(まし)ませよ』
159と、160四辺(あたり)に人(ひと)無(な)きを幸(さいは)ひ、161宇豆姫(うづひめ)は述懐(じゆつくわい)の歌(うた)を歌(うた)つて胸(むね)の縺(もつ)れを解(と)かむとして居(ゐ)る。
162 此処(ここ)へ慌(あわただ)しく駆来(かけきた)れるスマートボールは、
163スマートボール『コレハコレハ宇豆姫(うづひめ)様(さま)、164御(ご)機嫌(きげん)は如何(いかが)で御座(ござ)います。165貴女(あなた)のお顔(かほ)は何処(どこ)となく憂愁(いうしう)の色(いろ)が漂(ただよ)うて居(を)るやうで御座(ござ)います。166如何(いか)なる事(こと)か存(ぞん)じませぬが、167スマートボールの力(ちから)に及(およ)ぶ事(こと)ならば、168何(なん)なりと仰(あふ)せ下(くだ)さいませ』
169と出(だ)しぬけの言葉(ことば)に、170宇豆姫(うづひめ)は心(こころ)の底(そこ)まで見透(みす)かされたやうな驚(おどろ)きと、171嬉(うれ)しさをもつてスマートボールに向(むか)ひ、172赭(あか)らむ顔(かほ)に笑(ゑみ)を湛(たた)へ、
173宇豆姫(うづひめ)『コレハコレハ何方(どなた)かと思(おも)へばスマートさまで御座(ござ)いましたか。174御(ご)親切(しんせつ)によく仰有(おつしや)つて下(くだ)さいました。175余(あま)り神(かみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)の無限(むげん)絶対(ぜつたい)なる御(ご)仁慈(じんじ)を思(おも)ひ出(だ)し、176感謝(かんしや)の涙(なみだ)に暮(く)れて居(を)りました。177貴方(あなた)も相変(あひかは)らず御(ご)壮健(さうけん)で御(ご)神業(しんげふ)に御(ご)奉仕(ほうし)遊(あそ)ばされ、178何(なに)よりも結構(けつこう)で御座(ござ)います』
179スマートボール『ハイ、180有難(ありがた)う御座(ござ)います。181私(わたくし)が唯今(ただいま)参(まゐ)りましたのは他(ほか)の事(こと)では御座(ござ)いませぬ。182貴女(あなた)に折入(をりい)つてお尋(たづ)ね致(いた)したい事(こと)が御座(ござ)いますので、183失礼(しつれい)をも顧(かへり)みず唯(ただ)一人(ひとり)、184男子(だんし)の身(み)を持(も)ち乍(なが)ら女(をんな)御(お)一人(ひとり)の処(ところ)へ参(まゐ)りました。185貴女(あなた)に取(と)つては嘸々(さぞさぞ)御(ご)迷惑(めいわく)にお感(かん)じなさるでせうが、186決(けつ)して私(わたくし)は不潔(ふけつ)な心(こころ)を持(も)つて、187女(をんな)一人(ひとり)のお居間(ゐま)をお訪(たづ)ねしたのでは御座(ござ)いませぬ。188何卒(なにとぞ)悪(あし)からず思召(おぼしめ)し下(くだ)さいませ』
189宇豆姫(うづひめ)『スマートさま、190其(その)お心遣(こころづか)ひは御(ご)無用(むよう)にして下(くだ)さいませ。191清廉(せいれん)潔白(けつぱく)にして、192信心(しんじん)堅固(けんご)の誉(ほまれ)高(たか)き貴方(あなた)様(さま)、193如何(どう)して左様(さやう)な事(こと)を思(おも)ひませう。194誰(たれ)だつて貴方(あなた)の行動(かうどう)を疑(うたが)ふ者(もの)は有(あ)りませぬから、195お気遣(きづか)ひなさいますな。196人間(にんげん)は平生(へいぜい)の行(おこな)ひが肝腎(かんじん)です。197貴方(あなた)の如(ごと)く信用(しんよう)のある方(かた)なれば、198何時(いつ)お越(こ)し下(くだ)さいましても些(すこ)しも苦(くる)しうは御座(ござ)いませぬ』
199スマートボール『ヤア、200それで安心(あんしん)致(いた)しました。201私(わたくし)は御存(ごぞん)じの通(とほ)りの周章者(あわてもの)、202円滑(ゑんくわつ)な辞令(じれい)を用(もち)ひて遠廻(とほまは)しに貴女(あなた)の御(ご)意中(いちう)を探(さぐ)る様(やう)な事(こと)は到底(たうてい)出来(でき)ませぬから、203唐突(たうとつ)乍(なが)ら、204手(て)つ取(と)り早(ばや)くお伺(うかが)ひ致(いた)し度(た)い事(こと)が有(あ)つて参(まゐ)りました』
205宇豆姫(うづひめ)『妾(わたし)に対(たい)してお尋(たづ)ねとは、206それは何(ど)う云(い)ふ事(こと)で御座(ござ)いますか』
207 スマートボールは頭(あたま)を掻(か)き乍(なが)ら、
208スマートボール『エー、209実(じつ)は………』
210と云(い)ひ悪(にく)さうにモジモジして居(ゐ)たが、211斯(か)くてはならじと腹(はら)を据(す)ゑ、
212スマートボール『宇豆姫(うづひめ)さま………』
213と改(あらた)まつたやうな口調(くてう)で切(き)り出(だ)した。
214宇豆姫(うづひめ)『ハイ』
215スマートボール『貴女(あなた)の御存(ごぞん)じの通(とほ)り、216此(この)地恩城(ちおんじやう)も三五教(あななひけう)の大神(おほかみ)の御(ご)神徳(しんとく)にて日(ひ)に月(つき)に栄(さか)え、217国民(こくみん)は其(その)徳(とく)に悦服(えつぷく)し、218天下(てんか)泰平(たいへい)に治(をさ)まり、219其(その)上(うへ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)様(さま)の御(おん)娘子(むすめご)、220梅子姫(うめこひめ)様(さま)を初(はじ)め黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)の御(おん)母上(ははうへ)まで、221黄竜姫(わうりようひめ)女王(ぢよわう)の神務(しんむ)を内助(ないじよ)され、222地恩城(ちおんじやう)の組織(そしき)は稍(やや)完全(くわんぜん)に定(さだ)まりましたのは、223お互(たがひ)に大慶(たいけい)の至(いた)りで御座(ござ)います。224就(つ)きましては、225今迄(いままで)教務(けうむ)に老練(らうれん)なる高山彦(たかやまひこ)様(さま)がブランジーの職(しよく)に就(つ)かせ給(たま)ひ、226黒姫(くろひめ)様(さま)はクロンバーのお役(やく)を遊(あそ)ばし、227夫婦(ふうふ)息(いき)を合(あは)して陰陽(いんやう)合体(がつたい)の神務(しんむ)に従事(じうじ)されて来(き)ましたが、228御(ご)両人(りやうにん)が当城(たうじやう)を出立(しゆつたつ)遊(あそ)ばしてより、229清公(きよこう)様(さま)が左守(さもりの)神(かみ)としてブランジーの職(しよく)を継(つ)がせられ、230大変(たいへん)に吾々(われわれ)迄(まで)が喜(よろこ)んで居(を)りまする。231就(つい)てはクロンバーとして奥様(おくさま)を迎(むか)へねばなりませぬが、232一寸(ちよつと)人々(ひとびと)の噂(うはさ)を聞(き)けば、233貴女(あなた)様(さま)が清公(きよこう)さまの妻(つま)となり、234クロンバーの職(しよく)をお継(つ)ぎ下(くだ)さるとの事(こと)、235吾々(われわれ)は是(これ)を聞(き)いて衷心(ちうしん)より歓喜(くわんき)の涙(なみだ)に打(う)たれました。236併(しか)し乍(なが)ら人(ひと)の噂(うはさ)は当(あて)にはなりませぬ。237それ故(ゆゑ)失礼(しつれい)乍(なが)ら、238直接(ちよくせつ)貴女(あなた)様(さま)にお目(め)にかかつて御(ご)意中(いちう)を承(うけたま)はらむとお尋(たづ)ね致(いた)した次第(しだい)で御座(ござ)います。239何卒(なにとぞ)御(ご)腹蔵(ふくざう)なく私(わたくし)迄(まで)お漏(も)らし下(くだ)さいますまいか』
240 宇豆姫(うづひめ)はさも迷惑(めいわく)さうな顔(かほ)をしながら、
241宇豆姫『左様(さやう)な事(こと)、242何方(どなた)にお聞(き)きなさいましたか。243ほんに嫌(いや)な事(こと)で御座(ござ)いますな』
244スマートボール『イヤ誠(まこと)に恐(おそ)れ入(い)ります。245失礼(しつれい)な事(こと)をお尋(たづ)ね致(いた)しました。246併(しか)し貴女(あなた)として、247まさか……さう……ハツキリと、248左様(さやう)だと云(い)ふ事(こと)は仰有(おつしや)り悪(にく)いでせう。249其処(そこ)は人情(にんじやう)ですから、250矢張(やつぱり)……ヤア分(わか)りました。251さうすると貴女(あなた)の御(ご)精神(せいしん)は、252クロンバーの職(しよく)にお就(つ)き下(くだ)さるお覚悟(かくご)と拝察(はいさつ)致(いた)します。253何卒(どうぞ)私(わたくし)のやうな愚者(おろかもの)なれど、254末長(すゑなが)く可愛(かあい)がつて下(くだ)さいませ』
255 宇豆姫(うづひめ)は周章(あわて)て、
256宇豆姫『モシモシ、257スマートさま、258滅相(めつさう)な事(こと)仰有(おつしや)いますな。259妾(わたし)は清公(きよこう)さまの妻(つま)にならうなぞとは夢(ゆめ)にも思(おも)つた事(こと)は御座(ござ)いませぬ。260何卒(どうぞ)誤解(ごかい)の無(な)きやうにお願(ねが)ひ致(いた)します』
261スマートボール『さうすると貴女(あなた)はモウ好(よ)い年頃(としごろ)、262何処(どこ)までも独身(どくしん)生活(せいくわつ)を遊(あそ)ばすお考(かんが)へですか』
263宇豆姫(うづひめ)『ハイ……イヽエ』
264とモガモガする。
265スマートボール『ハヽヽヽヽ、266流石(さすが)は乙女心(をとめごころ)の恥(はづ)かしさ、267ハツキリと仰有(おつしや)らぬワイ。268三(さん)月(ぐわつ)の壬生菜(みぶな)と同(おな)じぢやないが、269仕(し)たし怖(こは)しと云(い)ふ所(とこ)ぢやな』
270宇豆姫(うづひめ)『オホヽヽヽ、271好(い)い加減(かげん)な当(あ)て推量(すゐりやう)は止(や)めて下(くだ)さいませ。272妾(わたし)はまだ外(ほか)に……』
273スマートボール『エヽ、274あなたはまだ外(ほか)にと仰有(おつしや)つたが、275其(その)次(つぎ)を続(つづ)けて下(くだ)さいませな』
276宇豆姫(うづひめ)『厭(いや)なこと、277好(い)い加減(かげん)に堪忍(こらへ)て下(くだ)さいな』
278スマートボール『イエイエ、279貴女(あなた)の一身(いつしん)上(じやう)の大事(だいじ)は申(まを)すも更(さら)なり、280本城(ほんじやう)に取(と)つて重大(ぢうだい)な問題(もんだい)ですから、281何卒(どうぞ)ハツキリと私(わたくし)迄(まで)云(い)つて下(くだ)さいませ』
282宇豆姫(うづひめ)『妾(わたし)は嫌(いや)で御座(ござ)います』
283スマートボール『これは迷惑(めいわく)、284決(けつ)して私(わたくし)は貴女(あなた)に対(たい)して野心(やしん)は持(も)つて居(を)りませぬ。285又(また)私(わたくし)のやうな軽薄(けいはく)な人間(にんげん)は嫌(いや)と仰有(おつしや)るのは当然(たうぜん)です』
286宇豆姫(うづひめ)『さう悪(わる)く気(き)を廻(まは)して貰(もら)つては困(こま)りますよ。287決(けつ)して決(けつ)してスマートさま、288貴方(あなた)を嫌(きら)ひと云(い)つたのぢや御座(ござ)いませぬ』
289スマートボール『ハテ、290合点(がてん)のゆかぬ。291さうすると権要(けんえう)の地位(ちゐ)にあるブランジーの清公(きよこう)様(さま)を嫌(きら)ひと仰有(おつしや)るのですか』
292宇豆姫(うづひめ)『ハイ、293仮令(たとへ)天地(てんち)が覆(かへ)るとも、294絶対(ぜつたい)に嫌(いや)で御座(ござ)います』
295と思(おも)ひ切(き)つたやうに、296ハツキリと云(い)うて退(の)けた。
297スマートボール『ハテナ、298実際(じつさい)当(あた)つて見(み)なくては分(わか)らぬものだ。299人(ひと)の噂(うはさ)と薩張(さつぱ)り裏表(うらおもて)だ』
300と呟(つぶや)く。
301宇豆姫(うづひめ)『どんな噂(うはさ)が立(た)つて居(を)りますかなア』
302スマートボール『余(あま)り貴女(あなた)に対(たい)して気(き)の毒(どく)だから、303もう云(い)ひますまい』
304宇豆姫(うづひめ)『チツとも構(かま)ひませぬから云(い)うて下(くだ)さいませ。305お願(ねが)ひで御座(ござ)います』
306スマートボール『城内(じやうない)の噂(うはさ)では、307貴女(あなた)はあれだけ人気(にんき)のある鶴公(つるこう)さまを蛇蝎(だかつ)の如(ごと)く忌(い)み嫌(きら)ひ、308権要(けんえう)の地位(ちゐ)にある左守(さもりの)神(かみ)の清公(きよこう)さまに秋波(しうは)を送(おく)り、309非常(ひじやう)に御(ご)熱心(ねつしん)だと云(い)ふ噂(うはさ)が立(た)つて居(を)りますよ。310蓼喰(たでく)ふ虫(むし)も好(す)き好(ず)きとやら、311何程(なにほど)地位(ちゐ)が高(たか)くても、312あれだけ大勢(おほぜい)の者(もの)が忌(い)み嫌(きら)ふ清公(きよこう)さまに電波(でんぱ)をお送(おく)り遊(あそ)ばすとは、313貴女(あなた)の日頃(ひごろ)の立派(りつぱ)なお心(こころ)に照(て)り合(あは)して、314些(すこ)しも合点(がつてん)が参(まゐ)らぬと思(おも)うて居(を)りました。315併(しか)し乍(なが)ら、316今(いま)仰有(おつしや)つたお言葉(ことば)が真実(しんじつ)としますれば、317何事(なにごと)も氷解(ひようかい)致(いた)しました』
318宇豆姫(うづひめ)『ハイ、319有難(ありがた)う御座(ござ)います』
320スマートボール『貴女(あなた)は意中(いちう)の人(ひと)があれば、321女房(にようばう)におなりなさるのでせうな、322神(かみ)の道(みち)は女(をんな)としては夫(をつと)を持(も)つのが本当(ほんたう)です。323何卒(どうぞ)私(わたくし)に包(つつ)まず匿(かく)さず仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ。324どんな斡旋(あつせん)でも致(いた)しますから』
325宇豆姫(うづひめ)『ハイ、326有(あ)り難(がた)う御座(ござ)います。327何(ど)うも不束(ふつつか)な妾(わたし)、328何程(なにほど)此方(こちら)から恋(こひ)しい意中(いちう)の人(ひと)があつても、329先方(むかふ)様(さま)にそれ丈(だ)けのお心(こころ)が無(な)ければ、330到底(たうてい)末(すゑ)が遂(と)げられませぬから、331マア今(いま)の処(ところ)、332妾(わたし)の夫(をつと)になつて下(くだ)さると云(い)ふ人(ひと)は御座(ござ)いますまい。333妾(わたし)の好(よ)いと思(おも)ふ方(かた)は先方(むかう)からエツパツパーとお出(で)かけ遊(あそ)ばすだらうし、334先方(むかふ)様(さま)から妾(わたし)をお望(のぞ)み下(くだ)さる方(かた)に限(かぎ)つて妾(わたし)の方(はう)から虫(むし)が好(す)かず、335何(ど)うも思(おも)ふやうに行(ゆ)かないものです。336何(なん)と云(い)つても長(なが)い一生(いつしやう)の間(あひだ)暮(くら)さねばならぬ夫婦(ふうふ)の間柄(あひだがら)、337気(き)の合(あ)はぬお方(かた)と一生(いつしやう)暮(くら)すのは不快(ふくわい)で堪(たま)りませぬ。338女(をんな)は夫(をつと)に絶対(ぜつたい)服従(ふくじゆう)すべきものだと云(い)ひますが、339妾(わたし)としては些(すこ)しく道理(だうり)に合(あ)はない様(やう)に思(おも)ひます。340夫(をつと)が如何(いか)なる事(こと)を云(い)つても、341妻(つま)として絶対(ぜつたい)服従(ふくじゆう)を強(しひ)らるるのは残酷(ざんこく)です。342夫婦(ふうふ)は互(たがひ)に意見(いけん)を交換(かうくわん)し、343相携(あひたづさ)へて行(ゆ)かねばならぬもの、344然(しか)るに世間(せけん)の夫婦(ふうふ)を見(み)ますると、345女房(にようばう)は殆(ほとん)ど夫(をつと)の奴隷(どれい)か、346玩弄物(おもちや)のやうな扱(あつか)ひを受(う)け、347夫(をつと)が何(ど)んな不始末(ふしまつ)な事(こと)を致(いた)しても、348妻(つま)として是(これ)を云々(うんぬん)する権利(けんり)もなく、349まさか違(ちが)へば髻(たぶさ)を掴(つか)んで打(う)ち打擲(ちやうちやく)をされ、350不貞腐(ふてくさ)れ女(をんな)、351不柔順(ふじうじゆん)な妻(つま)と無理(むり)やりに醜名(しうめい)を着(き)せられ実(じつ)に無告(むこく)の民(たみ)も同様(どうやう)で御座(ござ)いますから、352妾(わたし)は夫(をつと)を持(も)つならば、353この間(かん)の消息(せうそく)をよく弁(わきま)へた、354物事(ものごと)のよく分(わか)つた方(かた)と夫婦(ふうふ)になり、355円満(ゑんまん)なホームを作(つく)り、356神界(しんかい)の御用(ごよう)に面白(おもしろ)く嬉(うれ)しく、357潔(いさぎよ)く奉仕(ほうし)する事(こと)の出来(でき)る夫(をつと)を持(も)ち度(た)う御座(ござ)います。358男女(だんぢよ)同権(どうけん)と云(い)つて、359男子(だんし)も女子(ぢよし)も同(おな)じ神(かみ)の分霊(わけみたま)、360どちらも無(な)ければなりませぬもの、361然(しか)るに夫婦(ふうふ)となれば、362最早(もはや)同権(どうけん)ではありませぬ。363夫唱(ふしやう)婦随(ふずゐ)と云(い)つて夫(をつと)によく仕(つか)へ、364何事(なにごと)にも服従(ふくじう)するのが妻(つま)たるの道(みち)、365併(しか)し乍(なが)ら無理解(むりかい)な夫(をつと)に無理(むり)難題(なんだい)を強(しひ)られ、366夫(をつと)の権利(けんり)を振(ふ)りまはされては不快(ふくわい)で耐(たま)りませぬから、367心(こころ)の底(そこ)より妻(つま)の境遇(きやうぐう)を憐(あは)れみ、368同情心(どうじやうしん)をもつて添(そ)うて下(くだ)さる夫(をつと)が持(も)ち度(た)いので御座(ござ)います』
369スマートボール『成(な)る程(ほど)、370承(うけたま)はれば御尤(ごもつと)も千万(せんばん)だ。371吾々(われわれ)は未(ま)だ妻(つま)を持(も)つた事(こと)もなし、372夫婦(ふうふ)の味(あぢ)は知(し)りませぬが、373女(をんな)の心理(しんり)状態(じやうたい)はそんなもので御座(ござ)いますかなア。374ヤアもう承(うけたま)はつて人情(にんじやう)の機微(きび)を窺(うかが)ふ事(こと)が出来(でき)ました。375併(しか)し貴女(あなた)の最前(さいぜん)のお言葉(ことば)に、376意中(いちう)の人(ひと)は先方(むかう)から応(おう)じない……との意味(いみ)を漏(も)れ承(うけたま)はりましたが、377意中(いちう)の方(かた)と云(い)ふのは何方(どなた)で御座(ござ)いますか』
378宇豆姫(うづひめ)『ハイ……』
379と云(い)つて俯(うつむ)いた儘(まま)、380顔(かほ)を匿(かく)す。
381スマートボール『貴女(あなた)、382意中(いちう)の人(ひと)にエツパツパーをやられた時(とき)のお心持(こころもち)は、383どんなにありましたかな。384女(をんな)の心(こころ)も、385男(をとこ)の心(こころ)も同(おな)じ事(こと)、386意中(いちう)の女(をんな)に撥(はぢ)かれた男(をとこ)は、387層一層(そういつそう)残念(ざんねん)なものですよ。388七(しち)尺(しやく)の男子(だんし)が女(をんな)の為(ため)に肱鉄(ひぢてつ)を喰(く)はされ、389天地(てんち)の神(かみ)に対(たい)して合(あは)す顔(かほ)が無(な)いと云(い)うて、390庭先(にはさき)の松(まつ)で、391首(くび)を吊(つ)らうとした立派(りつぱ)な男(をとこ)がありますよ。392併(しか)もその男(をとこ)は貴女(あなた)に撥(はぢ)かれて……』
393宇豆姫(うづひめ)『エヽ何(なん)と仰(あふ)せられます。394妾(わたし)に撥(はぢ)かれて首(くび)を吊(つ)りかけたとは、395それは本当(ほんたう)の事(こと)で御座(ござ)いますか』
396スマートボール『白(しら)ばくれ遊(あそ)ばしてはいけませぬ。397現(げん)に貴女(あなた)は撥(はぢ)いたぢやありませぬか。398撥(はぢ)かれた男(をとこ)は此(こ)の庭先(にはさき)の松(まつ)で、399プリン プリンと空中(くうちう)活動(くわつどう)を開始(かいし)して居(ゐ)た。400私(わたくし)はフト通(とほ)り合(あは)せて、401驚(おどろ)いて命(いのち)を救(すく)つた哀(あは)れな男(をとこ)が御座(ござ)います』
402宇豆姫(うづひめ)『エヽ……』
403と云(い)つた限(き)り、404又(また)俯(うつむ)く。
405スマートボール『貴女(あなた)は右守(うもりの)神(かみ)鶴公(つるこう)さまを月(つき)照(て)る夜半(よは)に、406素気(すげ)なくも蜂(はち)を払(はら)ふやうな目(め)に遇(あ)はせ、407恥(はぢ)を掻(か)かせたのでせう、408其(その)男(をとこ)が寝(ね)ても覚(さ)めても貴女(あなた)の事(こと)を思(おも)ひ詰(つ)め、409此(この)頃(ごろ)は貴女(あなた)が清公(きよこう)さまの女房(にようばう)になられるとの噂(うはさ)を聞(き)き、410真実(ほんと)に可憐(かはい)さうに、411大悲観(だいひくわん)の極(きよく)に落(お)ちて居(ゐ)ますよ。412貴女(あなた)も余(よ)つ程(ぽど)罪(つみ)な方(かた)ですな』
413宇豆姫(うづひめ)『エヽ、414あの鶴公(つるこう)さまが、415そんなに御(ご)熱心(ねつしん)でゐらつしやるので御座(ござ)いますか』
416スマートボール『貴女(あなた)のお嫌(きら)ひな鶴公(つるこう)さまが、417そこ迄(まで)執着(しふちやく)があるとお聞(き)きになつては、418聊(いささ)か御(ご)迷惑(めいわく)でせうな』
419宇豆姫(うづひめ)『何(ど)うして何(ど)うして御(ご)勿体(もつたい)ない。420妾(わたし)はあんなお方(かた)に、421仮令(たとへ)半時(はんとき)なりとも添(そ)うて見(み)たう御座(ござ)いますワ』
422と真赤(まつか)な顔(かほ)をして、423思(おも)ひ切(き)つたやうに云(い)ひ放(はな)ち、424クレツと後(うしろ)を向(む)き顔(かほ)を匿(かく)した。
425スマートボール『ヤア、426それでやつと安心(あんしん)しました。427流石(さすが)は貴女(あなた)お目(め)がよう利(き)きます。428恋(こひ)も其処(そこ)迄(まで)ゆけば神聖(しんせい)ですよ。429屹度(きつと)私(わたくし)がお力(ちから)になつて此(この)恋(こひ)を叶(かな)へさせますから、430御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
431宇豆姫(うづひめ)『…………』
432 斯(か)かる所(ところ)へ、433金(きん)、434銀(ぎん)、435鉄(てつ)の三(さん)人(にん)を従(したが)へ入(い)り来(きた)つた黄竜姫(わうりようひめ)は、436言葉(ことば)静(しづか)に、
437黄竜姫『宇豆姫(うづひめ)様(さま)、438……ヤア貴方(あなた)はスマートボールさま、439御(ご)都合(つがふ)の悪(わる)い所(ところ)に参(まゐ)つたのではありますまいかな。440お話(はなし)が御座(ござ)いますれば、441暫(しばら)く彼方(あちら)に控(ひか)へて御(ご)遠慮(ゑんりよ)致(いた)しますから、442御(ご)両人(りやうにん)、443お話(はなし)を済(す)ませて下(くだ)さい。444妾(わたし)は次(つぎ)の間(ま)に控(ひか)へてお待(ま)ち申(まを)して居(を)ります』
445 此(この)言葉(ことば)を聞(き)いた宇豆姫(うづひめ)は容(かたち)を改(あらた)め、446襟(えり)を正(ただ)し、447座(ざ)を立(た)つて下座(げざ)に坐(すわ)り、
448宇豆姫(うづひめ)『コレハコレハ、449女王(ぢよわう)様(さま)、450よくこそ被入(いら)せられました。451どうぞ此方(こちら)へ御(ご)着座(ちやくざ)下(くだ)さいませ』
452黄竜姫(わうりようひめ)『左様(さやう)なれば着座(ちやくざ)致(いた)しませう。453時(とき)に宇豆姫(うづひめ)様(さま)、454貴女(あなた)に折入(をりい)つて申上(まをしあ)げ度(た)い事(こと)が御座(ござ)いますから、455……スマートボール、456暫(しばら)く席(せき)をお外(はづ)し下(くだ)さい。457金(きん)、458銀(ぎん)、459鉄(てつ)の三(さん)人(にん)も暫(しば)し遠慮(ゑんりよ)召(め)されや』
460 スマートボールは、
461スマートボール『ハイ、462承知(しようち)致(いた)しました』
463と素直(すなほ)に此(この)場(ば)を立(た)ち退(の)いた。464三(さん)人(にん)も次(つぎ)の間(ま)に姿(すがた)を隠(かく)した。465暫(しばら)く両人(りやうにん)の間(あひだ)には沈黙(ちんもく)の幕(まく)が下(お)りた。466屋外(をくぐわい)には嵐(あらし)の音(おと)轟々(がうがう)と鳴(な)り渡(わた)り、467庭園(ていえん)に咲(さ)き乱(みだ)れたる花弁(はなびら)を惜気(をしげ)もなく散(ち)らして居(ゐ)る。468晃々(くわうくわう)たる太陽(たいやう)の光(ひかり)は戸(と)の隙間(すきま)より細(ほそ)く長(なが)く線(せん)を引(ひ)き、469煙(けむり)のやうな塵埃(ごみ)がモヤモヤと飛散(ひさん)して居(を)るのが、470キラキラと日光(につくわう)に輝(かがや)いて不知火(しらぬひ)の如(ごと)く見(み)えて居(ゐ)る。
471黄竜姫(わうりようひめ)『モシ宇豆姫(うづひめ)さま、472御覧(ごらん)遊(あそ)ばせ。473斯(かく)の如(ごと)く咲(さ)き乱(みだ)れたる百(もも)の花(はな)に向(むか)うて、474日天(につてん)様(さま)が晃々(くわうくわう)と輝(かがや)きたまふにも関(かか)はらず、475雲(くも)も無(な)きに暴風(あらし)吹(ふ)き荒(すさ)み、476落花(らくくわ)狼藉(らうぜき)、477庭(には)の面(も)は一面(いちめん)に花蓆(はなむしろ)を敷(し)き詰(つ)めたやうでは御座(ござ)いませぬか。478実(げ)に花(はな)永久(とこしへ)に梢(こずゑ)に止(とど)まらむとすれど嵐(あらし)来(きた)つて是(これ)を散(ち)らす。479樹木(じゆもく)静(しづか)ならむとすれど風(かぜ)止(や)まず、480子(こ)養(やしな)はむとすれども親(おや)待(ま)たずとかや、481世(よ)の中(なか)は或(ある)程度(ていど)迄(まで)は、482吾々(われわれ)人間(にんげん)の自由(じいう)には成(な)らぬもので御座(ござ)いますな。483夫婦(ふうふ)の道(みち)だとて同(おな)じ事(こと)、484自分(じぶん)の添(そ)ひ度(た)いと思(おも)ふ夫(をつと)に添(そ)へなかつたり、485自分(じぶん)の嫌(いや)で耐(たま)らぬ男(をとこ)に一生(いつしやう)を任(まか)さねばならぬ事(こと)は、486まま世界(せかい)にある習(なら)ひで御座(ござ)います。487何事(なにごと)も天地(てんち)の間(あひだ)に生(うま)れた以上(いじやう)は、488神(かみ)様(さま)の大御心(おほみこころ)に任(まか)し、489何(ど)う成(な)り行(ゆ)くのも因縁(いんねん)と諦(あきら)めて我(が)を出(だ)さぬのが天地(てんち)の親神(おやがみ)様(さま)に対(たい)して、490孝行(かうかう)と申(まを)すものでは御座(ござ)いますまいか』
491と遠廻(とほまは)しに網(あみ)を張(は)つて居(ゐ)る。492其(その)言葉(ことば)を早(はや)くも感(かん)づいた宇豆姫(うづひめ)は、493ハツと胸(むね)を躍(をど)らせ乍(なが)ら素知(そし)らぬ顔(かほ)にて、
494宇豆姫(うづひめ)『女王(ぢよわう)様(さま)の仰(あふ)せの通(とほ)り、495世(よ)の中(なか)は人間(にんげん)の勝手(かつて)にはならぬもので御座(ござ)います』
496と僅(わづか)に応酬(おうしう)した。
497黄竜姫(わうりようひめ)『今(いま)改(あらた)めて黄竜姫(わうりようひめ)が、498宇豆姫(うづひめ)に申(まを)し渡(わた)す事(こと)が御座(ござ)います』
499と儼然(げんぜん)として立(た)ち上(あが)り、500最(もつと)も荘重(さうちよう)な厳格(げんかく)な口調(くてう)にて、
501黄竜姫(わうりようひめ)『此(この)地恩城(ちおんじやう)は、502清公(きよこう)を以(もつ)て左守(さもりの)神(かみ)と神定(かむさだ)め、503ブランジーの職(しよく)を授(さづ)けたる事(こと)は、504和女(そなた)の既(すで)に知(し)らるる所(ところ)、505就(つい)てはクロンバーとして和女(そなた)を清公(きよこう)が妻(つま)に定(さだ)めまする。506黄竜姫(わうりようひめ)の申(まを)す事(こと)、507よもや違背(ゐはい)はありますまい。508サア直様(すぐさま)御(ご)返事(へんじ)を承(うけたま)はりませう』
509 宇豆姫(うづひめ)は胸(むね)に警鐘(けいしよう)乱打(らんだ)の響(ひび)き、510地異(ちい)天変(てんぺん)突発(とつぱつ)せし狼狽(うろた)へ方(かた)をジツと耐(こら)へ、511さあらぬ態(てい)にて胸(むね)撫(な)で下(おろ)し、
512宇豆姫(うづひめ)『ハイ、513有(あ)り難(がた)う御座(ござ)います。514不束(ふつつか)な妾(わたし)の如(ごと)き者(もの)を、515勿体(もつたい)無(な)くもクロンバーの位置(ゐち)に据(す)ゑ、516畏(おそ)れ多(おほ)くも驍名(げうめい)隠(かく)れ無(な)き清公(きよこう)様(さま)の妻(つま)にお定(さだ)め下(くだ)さいました仁慈(じんじ)無限(むげん)の思召(おぼしめ)し、517早速(さつそく)お受(うけ)致(いた)しますのが本意(ほんい)では御座(ござ)いますが、518何卒(どうぞ)暫(しばら)く御(ご)猶予(いうよ)を下(くだ)さいませ。519熟考(じゆくかう)した上(うへ)で御(ご)返事(へんじ)を致(いた)しませう』
520黄竜姫(わうりようひめ)『黄竜姫(わうりようひめ)が心(こころ)を籠(こ)めた夫婦(ふうふ)の結婚(けつこん)、521一(いち)時(じ)も早(はや)く良(よ)き返事(へんじ)をして下(くだ)されや』
522宇豆姫(うづひめ)『ハイ、523兎(と)も角(かく)も熟考(じゆくかう)の上(うへ)御(ご)返事(へんじ)を致(いた)しませう』
524 黄竜姫(わうりようひめ)は些(すこ)しく言葉(ことば)を強(つよ)め、
525黄竜姫(わうりようひめ)『もはや熟考(じゆくかう)の余地(よち)は有(あ)りますまい。526神(かみ)様(さま)の為(た)め、527お道(みち)の為(た)め、528身命(しんめい)を捧(ささ)げた貴女(あなた)、529仮令(たとへ)少々(せうせう)お気(き)に足(た)らぬ所(ところ)があつても、530其処(そこ)を耐(た)へ忍(しの)ぶのが三五(あななひ)の道(みち)の教(をし)ゆる所(ところ)、531必(かなら)ず必(かなら)ずお取(と)り違(ちが)ひのないやうに……』
532と退(の)つぴきならぬ釘鎹(くぎかすがい)、533進退(しんたい)維谷(これきは)まつた宇豆姫(うづひめ)は、534何(なん)の答(こたへ)もないじやくり、535涙(なみだ)を呑(の)み込(こ)む哀(あは)れさよ。
536黄竜姫(わうりようひめ)『一時(ひととき)の猶予(いうよ)を致(いた)しまする。537其(その)間(あひだ)に良(よ)く熟考(じゆくかう)をなさいませ。538本末(ほんまつ)自他(じた)公私(こうし)の大道(だいだう)を誤(あやま)らないように、539呉(く)れ呉(ぐ)れも注意(ちうい)して置(お)きます』
540と又(また)一(ひと)つ千引(ちびき)の岩(いは)の重石(おもし)をかけられ、541宇豆姫(うづひめ)は、542煩悶(はんもん)苦悩(くなう)の極(きよく)に達(たつ)し、543慄(ふる)い声(ごゑ)になつて、
544宇豆姫(うづひめ)『黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)の御(ご)親切(しんせつ)、545有(あ)り難(がた)う存(ぞん)じます。546暫(しばら)くの御(ご)猶予(いうよ)をお願(ねが)ひ致(いた)します』
547と僅(わづか)に口(くち)を切(き)つた。548黄竜姫(わうりようひめ)は莞爾(につこ)としてこの場(ば)を悠々(いういう)と立(た)ち去(さ)る。
549 後(あと)に宇豆姫(うづひめ)唯(ただ)一人(ひとり)、550夢(ゆめ)か現(うつつ)か幻(まぼろし)か、551夢(ゆめ)ならば早(はや)く覚(さ)めよと、552とつおいつ、553思案(しあん)に暮(く)れて居(ゐ)たりしが、
554宇豆姫(うづひめ)『嗚呼(ああ)矢張(やつぱり)夢(ゆめ)ではない。555アヽ何(ど)うしようぞ。556何(ど)うして是(これ)が耐(た)へられよう。557神(かみ)様(さま)の御(おん)為(ため)、558お道(みち)の為(ため)とは云(い)ひながら、559妾(わたし)程(ほど)因果(いんぐわ)なものが世(よ)に在(あ)らうか。560何故(なぜ)に男(をとこ)に生(うま)れて来(こ)なかつただらう』
561とワツと許(ばか)り、562大河(おほかは)に濁水(だくすゐ)氾濫(はんらん)し、563堤防(ていばう)を崩潰(ほうくわい)せし如(ごと)く、564一度(いちど)にどつと涙川(なみだがは)、565身(み)も浮(う)く許(ばか)り泣(な)き叫(さけ)ぶ。566廊下(らうか)を通(とほ)りかかつた右守(うもりの)神(かみ)鶴公(つるこう)は、567耳敏(みみさと)くも此(この)声(こゑ)を聞(き)きつけ、568何事(なにごと)の変事(へんじ)突発(とつぱつ)せしかと慌(あわただ)しくドアを押開(おしあ)け進(すす)み入(い)り、
569鶴公『モシモシ、570宇豆姫(うづひめ)様(さま)、571如何(どう)なさいました。572腹(はら)が痛(いた)みますか……介抱(かいほう)さして下(くだ)さいませ』
573と親切(しんせつ)に後(うしろ)に廻(まは)つて横腹(よこはら)の辺(あた)りを抱(かか)へた。574癪(しやく)を止(とど)むる男(をとこ)の力(ちから)、575恋(こひ)の力(ちから)と一(ひと)つになつて宇豆姫(うづひめ)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)、
576宇豆姫『是(これ)がお手(て)の握(にぎ)り納(をさ)め』
577と云(い)はぬ許(ばか)りに、578日頃(ひごろ)恋慕(こひした)ふ右守(うもりの)神(かみ)の手(て)も砕(くだ)けむ許(ばか)りに力(ちから)限(かぎ)り握(にぎ)り締(し)め、579涙(なみだ)の顔(かほ)を振(ふ)り上(あ)げて、580鶴公(つるこう)の顔(かほ)を打(う)ち眺(なが)め、
581宇豆姫(うづひめ)『鶴公(つるこう)様(さま)、582何卒(どうぞ)お許(ゆる)し下(くだ)さいませ。583情(つれ)無(な)き女(をんな)と御(お)蔑(さげす)み、584御(お)恨(うら)み遊(あそ)ばしたで御座(ござ)いませう。585妾(わたし)の心(こころ)は決(けつ)して貴男(あなた)様(さま)を忌(い)み嫌(きら)つて居(を)るのでは御座(ござ)いませぬ。586余(あま)りの嬉(うれ)しさと驚(おどろ)きに、587御(ご)無礼(ぶれい)の事(こと)をいつぞやの夜(よる)致(いた)しました。588御(ご)無礼(ぶれい)のお咎(とが)めも遊(あそ)ばさず御(ご)親切(しんせつ)に御(ご)介抱(かいはう)下(くだ)さいまするお志(こころざし)、589妾(わたし)は此(この)儘(まま)息(いき)が絶(た)えても、590最早(もはや)此(この)世(よ)に恨(うら)みは御座(ござ)いませぬ』
591と又(また)もや咽(むせ)び泣(な)く其(その)可憐(いぢ)らしさ。
592鶴公(つるこう)『アヽ其(その)お心(こころ)とは夢(ゆめ)にも知(し)らず、593情(つれ)無(な)い貴女(あなた)と、594今(いま)の今迄(いままで)恨(うら)んで居(を)りました。595何卒(どうぞ)お許(ゆる)し下(くだ)さいませ。596仮令(たとへ)貴女(あなた)と偕老(かいらう)同穴(どうけつ)の契(ちぎり)は結(むす)ばずとも、597其(そ)のお言葉(ことば)を一言(ひとこと)承(うけたま)はつた上(うへ)は、598私(わたくし)は最早(もはや)何一(なにひと)つ恨(うら)みは御座(ござ)いませぬ。599アヽよく仰有(おつしや)つて下(くだ)さいました』
600と両眼(りやうがん)に涙(なみだ)を浮(うか)べ目(め)をしば叩(たた)き、601声(こゑ)を出(だ)して男泣(をとこな)きに泣(な)く。602割(わ)りなき恋路(こひぢ)の二人(ふたり)の男女(なんによ)他(よそ)の見(み)る目(め)も哀(あは)れなり。
603(大正一一・七・七 旧閏五・一三 加藤明子録)
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