霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 剛胆娘(がうたんむすめ)〔一二八一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第49巻 真善美愛 子の巻 篇:第2篇 立春薫香 よみ(新仮名遣い):りっしゅんくんこう
章:第7章 剛胆娘 よみ(新仮名遣い):ごうたんむすめ 通し章番号:1281
口述日:1923(大正12)年01月16日(旧11月30日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年11月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
初稚姫は、この征途の成功を祈り自らの決意を露わにした宣伝歌を歌いながら産土山を下り、荒野ケ原を渡り、たそがれ時に深谷川の丸木橋のほとりに着いた。
この谷川には、川底まで百閒もある高い丸木橋があった。騎馬でも渡れるほどの大木を切り倒して渡した丈夫な橋で、宣伝使はみな、この一本橋を渡らなければならない。
初稚姫は丸木橋の中央に立ち、眼下の谷水が飛沫を飛ばしてごうごうと流れていく絶景を眺めていた。初稚姫は橋を渡り、暗さと寒さに路傍にみのを敷いて一夜を明かそうと、天津祝詞を奏上してうとうとし始めた。
すると一本橋の彼方から二匹の鬼が現れた。鬼たちは初稚姫がこのあたりを通ることを知っており、何とかして新鮮な人肉が食いたいとあたりを探し始めた。
初稚姫はこれを聞き、これくらいの鬼が恐ろしくてこの先数千里の旅が続けられようか、一つ腕試しにこちらから先に相手になってやろう、と胆力をすえた。そして鬼たちに、自分は万物を救う宣伝使だから、腹がすいているなら肉体をくれてやるから食うが良い、と話しかけた。
二人の鬼は初稚姫のこの宣言を聞いて逆に肝をつぶし、ふるえだした。初稚姫は、声を聞いて父・杢助の僕の六と八だとわかり、二人を呼びつけた。六と八は、杢助に頼まれて初稚姫を試しに来たことを白状した。
六と八は初稚姫の剛胆に驚かされて、目の前の初稚姫は化け物が変化したものではないかと恐れてふるえていた。初稚姫はうとうとと眠りについた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-06-14 17:54:07 文字数:4401 OBC :rm4907
愛善世界社版:97頁 八幡書店版:第9輯 67頁 修補版: 校定版:100頁 普及版:45頁 初版: ページ備考:
001初稚姫(はつわかひめ)『此(この)世(よ)の中(なか)に人(ひと)となり
002神(かみ)の恵(めぐみ)に救(すく)はれて
003父(ちち)の命(みこと)と諸共(もろとも)に
004産土山(うぶすなやま)の聖場(せいぢやう)に
005朝(あさ)な夕(ゆふ)なに仕(つか)へたる
006吾(わが)身(み)の上(うへ)こそ嬉(うれ)しけれ
007神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)は
008高天原(たかあまはら)に登(のぼ)りまし
009姉(あね)大神(おほかみ)に疑(うたが)はれ
010高天原(たかあまはら)の安河(やすかは)で
011誓約(うけひ)の業(わざ)をなしたまひ
012清明(せいめい)無垢(むく)の瑞御霊(みづみたま)
013現(あら)はれ給(たま)ひし尊(たふと)さよ
014さはさりながら八十猛(やそたける)
015神(かみ)の命(みこと)は猛(たけ)り立(た)ち
016吾(わが)大神(おほかみ)の御心(みこころ)は
017かくも尊(たふと)き瑞御霊(みづみたま)
018しかるを何故(なにゆゑ)大神(おほかみ)は
019汚(きたな)き心(こころ)ありますと
020宣(の)らせたまひし怪(あや)しさよ
021事理(ことわけ)聞(き)かむと伊猛(いたけ)りて
022遂(つひ)には畔放(あはな)ち溝埋(みぞう)め頻蒔(しきまき)や
023串(くし)さしなどの曲業(まがわざ)を
024始(はじ)めたまひし悲(かな)しさよ
025我(わが)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)は
026百千万(ももちよろづ)の神人(しんじん)の
027深(ふか)き罪(つみ)をば身一(みひと)つに
028負(お)はせたまひて畏(かしこ)くも
029高天原(たかあまはら)を下(くだ)りまし
030島(しま)の八十島(やそしま)八十(やそ)の国(くに)
031雪(ゆき)に埋(うづ)もれ雨(あめ)にぬれ
032はげしき風(かぜ)に曝(さら)されて
033世人(よびと)のために御心(みこころ)を
034尽(つく)させたまひ産土(うぶすな)の
035伊曽(いそ)の館(やかた)にしのばせて
036茲(ここ)に天国(てんごく)建設(けんせつ)し
037千座(ちくら)の置戸(おきど)を負(お)はせつつ
038五六七(みろく)の御代(みよ)を来(きた)さむと
039いそしみ玉(たま)ふ有難(ありがた)さ
040妾(わらは)も尊(たふと)き御(おん)神(かみ)の
041御許(みもと)に近(ちか)く仕(つか)へつつ
042天国(てんごく)浄土(じやうど)の真諦(しんたい)を
043悟(さと)り得(え)たりし嬉(うれ)しさよ
044父(ちち)の命(みこと)に暇(いとま)乞(ご)ひ
045踏(ふ)みも習(なら)はぬ旅(たび)の空(そら)
046出(い)で往(ゆ)く身(み)こそ楽(たの)しけれ
047朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
048月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
049仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
050誠(まこと)一(ひと)つの三五(あななひ)の
051愛(あい)と信(しん)との御教(みをしへ)は
052幾万劫(いくまんごふ)の末(すゑ)までも
053天地(てんち)と共(とも)に変(かは)るまじ
054かくも尊(たふと)き御教(みをしへ)に
055吾(わが)精霊(せいれい)を充(みた)しつつ
056尊(たふと)き神(かみ)の御使(みつかひ)と
057茲(ここ)に旅装(りよさう)を調(ととの)へて
058ハルナを指(さ)して出(い)でて往(ゆ)く
059あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
060神(かみ)の恵(めぐみ)の深(ふか)くして
061往(ゆ)く手(て)にさやる曲(まが)もなく
062身(み)も健(すこやか)に此(この)使命(しめい)
063果(はた)させたまへ大御神(おほみかみ)
064石(いし)の枕(まくら)に雲(くも)の夜着(よぎ)
065野山(のやま)の露(つゆ)に身(み)を伏(ふ)せて
066仮令(たとへ)幾夜(いくよ)を明(あか)すとも
067神(かみ)の御守(みまも)り有(あ)る上(うへ)は
068何(なに)か恐(おそ)れむ宣伝使(せんでんし)
069かよわき女(をんな)の身(み)ながらも
070絶対(ぜつたい)無限(むげん)の神力(しんりき)を
071保(たも)たせ給(たま)ふ大神(おほかみ)の
072吾(われ)は尊(たふと)き御(おん)使(つかひ)
073必(かなら)ず神(かみ)の御(おん)名(な)をば
074汚(よご)さず穢(けが)さず道(みち)のため
075世人(よびと)のためにあくまでも
076神(かみ)の御旨(みむね)を発揚(はつやう)し
077八岐(やまた)大蛇(をろち)も醜神(しこがみ)も
078剰(あま)さず残(のこ)さず神(かみ)の道(みち)
079救(すく)はにややまぬ吾(わが)覚悟(かくご)
080立(た)てさせたまへ惟神(かむながら)
081神(かみ)の御前(みまへ)に赤心(まごころ)を
082捧(ささ)げて祈(いの)り奉(たてまつ)る
083神(かみ)が表(おもて)に現(あ)れまして
084善神(ぜんしん)邪神(じやしん)を立(た)てわける
085五六七(みろく)の御代(みよ)も近(ちか)づきて
086常世(とこよ)の春(はる)の花(はな)開(ひら)き
087小鳥(ことり)も歌(うた)ふ神(かみ)の園(その)
088此(この)世(よ)は曲(まが)の住家(すみか)ぞと
089世人(よびと)は云(い)へど吾(わが)身(み)には
090皆(みな)天国(てんごく)の影像(えいざう)ぞ
091あゝ勇(いさ)ましや勇(いさ)ましや
092悪魔(あくま)の征討(せいたう)に上(のぼ)り行(ゆ)く
093吾(わが)身(み)の上(うへ)ぞ楽(たの)しけれ』
094と声(こゑ)淑(しと)やかに歌(うた)ひつつ、095産土山(うぶすなやま)を下(くだ)り、096荒野(あらの)ケ原(はら)を渡(わた)り、097漸(やうや)く黄昏時(たそがれどき)深谷川(ふかたにがは)の丸木橋(まるきばし)の辺(ほとり)についた。098此(この)谷川(たにがは)は川底(かはぞこ)迄(まで)殆(ほとん)ど百間(ひやくけん)許(ばか)りもある、099高(たか)き丸木橋(まるきばし)である。100総(すべ)ての宣伝使(せんでんし)は皆(みな)この一本橋(いつぽんばし)を渡(わた)らねばならない。101併(しか)し一本橋(いつぽんばし)とは云(い)へ、102谷川(たにがは)の辺(ほとり)の大木(たいぼく)を切(き)り倒(たふ)し、103向岸(むかふぎし)へ渡(わた)せし自然橋(しぜんばし)なれば、104比較(ひかく)的(てき)丈夫(ぢやうぶ)にして騎馬(きば)のまま通過(つうくわ)し得(う)る巨木(きよぼく)の一本橋(いつぽんばし)であつた。105初稚姫(はつわかひめ)はこの丸木橋(まるきばし)の中央(ちうあう)に立(た)ち、106目(め)も届(とど)かぬ許(ばか)りの眼下(がんか)の谷水(たにみづ)が飛沫(ひまつ)をとばして囂々(がうがう)と流(なが)れ往(ゆ)く其(その)絶景(ぜつけい)を打(う)ち眺(なが)めて居(ゐ)た。
107初稚姫(はつわかひめ)『大神(おほかみ)の恵(めぐみ)は清(きよ)き谷水(たにみづ)の
108流(なが)れて広(ひろ)き海(うみ)に入(い)るかな。
109闇(やみ)の夜(よ)を明(あか)きに渡(わた)す丸木橋(まるきばし)
110妾(わらは)は今(いま)や中(なか)に立(た)ちぬる。
111眺(なが)むれば底(そこ)ひも知(し)れぬ谷川(たにがは)に
112伊猛(いたけ)り狂(くる)ふ清(きよ)き真清水(ましみづ)。
113谷底(たにそこ)を流(なが)るる水(みづ)はいと清(きよ)し
114空(そら)渡(わた)り往(ゆ)く人(ひと)は如何(いか)にぞ。
115黄昏(たそが)れて闇(やみ)の帳(とばり)はおろされぬ
116されど水泡(みなわ)は白(しろ)く光(ひか)れる。
117伊曽(いそ)館(やかた)、咲(さ)き匂(にほ)ひたる白梅(しらうめ)に
118暇(いとま)を告(つ)げて別(わか)れ来(き)しかな。
119月(つき)もなく星(ほし)さへ雲(くも)に包(つつ)まれて
120暗(くら)さは暗(くら)し夜(よ)の一人旅(ひとりたび)。
121かくばかり淋(さび)しき野路(のぢ)を渡(わた)り来(き)て
122黒白(あやめ)もわかぬ闇(やみ)に遇(あ)ふかな。
123さりながら神(かみ)の光(ひかり)に照(て)らされし
124吾(わ)が御霊(みたま)こそは暗(くら)きを知(し)らず。
125唯(ただ)一人(ひとり)橋(はし)のなかばに佇(たたず)みて
126思(おも)ひに悩(なや)む父(ちち)の身(み)の上(うへ)。
127いざさらば此(この)谷川(たにがは)に名残(なご)りをば
128惜(おし)みていゆかむ河鹿(かじか)峠(たうげ)へ』
129 かく歌(うた)ひながら暗(やみ)の小路(こうぢ)を足探(あしさぐ)りしつつ進(すす)み往(ゆ)く、130遉(さすが)の初稚姫(はつわかひめ)も暗(くら)さと寒(さむ)さに襲(おそ)はれ止(や)むを得(え)ず路傍(ろばう)に蓑(みの)をしき、131一夜(いちや)を此処(ここ)に待(ま)ち明(あか)さむと、132天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、133うとうと眠(ねむ)る時(とき)しも一本橋(いつぽんばし)の彼方(かなた)より現(あら)はれ出(い)でたる黒(くろ)い影(かげ)、134のそりのそりと大股(おほまた)に踏張(ふんば)り乍(なが)ら、135初稚姫(はつわかひめ)の傍近(そばちか)く進(すす)みより、
136甲(かふ)(赤六)『オイ、137臭(くさ)いぞ臭(くさ)いぞ』
138乙(おつ)(黒八)『何(なに)が臭(くさ)いのだ。139ちつとも臭(くさ)くは無(な)いぢやないか。140昨夕(ゆうべ)も失敗(しつぱい)し、141今晩(こんばん)こそは人(ひと)の子(こ)を見(み)つけて腹(はら)を膨(ふく)らさなくちや、142最早(もはや)やり切(き)れない。143何(なん)とかして人肉(じんにく)の温(あたた)かいやつを食(く)ひたいものだなア』
144甲(かふ)(赤六)『さうだから臭(くさ)いと云(い)つて居(ゐ)るのだ。145何(なん)でも此(この)辺(へん)に杢助(もくすけ)の娘(むすめ)、146初稚姫(はつわかひめ)と云(い)ふ奴(やつ)が来(き)た筈(はず)ぢや。147昼(ひる)は到底(たうてい)俺(おれ)達(たち)の世界(せかい)ぢやないが、148都合(つがふ)のよい事(こと)には女(をんな)一人(ひとり)の旅(たび)、149肉(にく)はムツチリと肥(こえ)て甘(うま)さうだ。150何(なん)とかして捜索出(たづねだ)して御(ご)馳走(ちそう)に預(あづ)かり度(た)いものだ。151……オイますます臭(にほひ)がして来(き)たよ。152何(なん)でもこの辺(へん)の横(よこ)つちよの方(はう)に休息(きうそく)して居(ゐ)るに相違(さうゐ)ない。153オイ黒(くろ)、154貴様(きさま)はそつちから探(さが)して呉(く)れい。155この赤(あか)サンは足許(あしもと)から探(さが)しに着手(ちやくしゆ)する』
156黒(くろ)(八)『オイ赤(あか)、157貴様(きさま)は鬼(おに)の癖(くせ)に目(め)が悪(わる)いのか』
158赤(あか)(六)『何(なに)、159ちつとも悪(わる)くは無(な)いが、160此(この)間(あひだ)から人間(にんげん)を食(く)はないので些(すこ)しうすくなつたのだ。161オイ黒(くろ)、162貴様(きさま)は見(み)えるかい』
163黒(くろ)(八)『見(み)えいでかい。164イヤ、165其処(そこ)に金剛杖(こんがうづゑ)や笠(かさ)が見(み)えかけたぞ。166ヤ旨(うま)い旨(うま)い今晩(こんばん)はエヘヽヽヽ久(ひさ)し振(ぶ)りで、167どつさりと御(ご)馳走(ちそう)を頂(いただ)かうなア』
168 初稚姫(はつわかひめ)は不思議(ふしぎ)の奴(やつ)が来(き)たものだと、169息(いき)を凝(こ)らして考(かんが)へて居(ゐ)た。170さうして心(こころ)の中(うち)に思(おも)ふやう、
171初稚(はつわか)『妾(わらは)は天下(てんか)の宣伝使(せんでんし)だ、172此(この)位(くらゐ)な鬼(おに)が怖(おそ)ろしくて、173此(この)先(さき)数千(すうせん)里(り)の旅行(りよかう)が続(つづ)けられやうか。174一(ひと)つ腕試(うでだめ)しに此方(こちら)の方(はう)から先(せん)をこして相手(あひて)になつて見(み)よう、175否(いや)威(おど)かしてやらう』
176と胆力(たんりよく)を据(す)ゑ、
177初稚(はつわか)『こりやこりや そこな赤(あか)黒(くろ)とやら申(まを)す鬼(おに)共(ども)、178貴様(きさま)は最前(さいぜん)から聞(き)いて居(を)れば、179大変(たいへん)に腹(はら)を減(へら)して居(ゐ)るさうだなア。180人肉(じんにく)の温(あたた)かいのが喰(く)ひたいと云(い)ふて居(ゐ)たが、181茲(ここ)で温(あたた)かい肉(にく)と云(い)へば妾(わらは)一人(ひとり)しかいない筈(はず)ぢや。182年(とし)は二八(にはち)の若盛(わかざか)り、183肉(にく)もポツテリと肥(こえ)て大変(たいへん)味(あぢ)がよいぞや。184所望(しよまう)とならば喰(く)はしてやらう。185サア手(て)からなりと、186足(あし)からなりと、187勝手(かつて)に喰(く)つたがよからう。188妾(わらは)は天下(てんか)の万物(ばんぶつ)を救(すく)ふべき宣伝使(せんでんし)だ。189吾(われ)の御霊(みたま)は神(かみ)の聖霊(せいれい)に満(みた)されて居(ゐ)る。190汝(なんぢ)は哀(あは)れにも悪霊(あくれい)に取(と)りつかれ、191肉体(にくたい)迄(まで)が鬼(おに)になつたと見(み)える。192妾(わらは)は今日(けふ)は宣伝使(せんでんし)の門出(かどで)、193初(はじ)めて聞(き)いた其(その)方(はう)の悔(くや)み事(ごと)、194之(これ)を救(すく)うてやらねば妾(わらは)の役(やく)がすまぬ。195サア遠慮(ゑんりよ)はいらぬ、196吾(わが)肉体(にくたい)を髪(かみ)の毛(け)一条(ひとすぢ)残(のこ)さず食(く)ふて呉(く)れ。197神(かみ)の神格(しんかく)に満(みた)された初稚姫(はつわかひめ)の肉体(にくたい)を喰(く)はば、198汝(なんぢ)赤(あか)、199黒(くろ)の鬼(おに)どもはきつと神(かみ)の救(すく)ひに預(あづ)かり、200清(きよ)き尊(たふと)き人間(にんげん)になるであらう。201妾(わらは)は繊弱(かよわ)き身(み)なれども、202汝(なんぢ)の如(ごと)き荒男(あらをとこ)に喰(く)はれ、203汝(なんぢ)を吾(わが)生宮(いきみや)として使(つか)ひなば、204初稚姫(はつわかひめ)の身体(からだ)は荒男(あらをとこ)二人(ふたり)となつて神(かみ)のために尽(つく)す非常(ひじやう)の便宜(べんぎ)がある。205サア、206早(はや)く喰(く)つてもよからうぞ』
207 赤(あか)黒(くろ)二人(ふたり)は初稚姫(はつわかひめ)の此(この)宣言(せんげん)に肝(きも)を潰(つぶ)したか、208ビリビリと慄(ふる)ひ出(だ)した。
209赤(あか)(六)『オイ、210ク、211黒(くろ)、212駄目(だめ)だ駄目(だめ)だ。213サヽ遉(さすが)は杢助(もくすけ)さまの娘(むすめ)だけあつて偉(えら)い事(こと)を云(い)ふぢやないか。214俺(おれ)はもう嚇(おど)し文句(もんく)が何処(どこ)へかすつ込(こ)んで仕舞(しま)つた。215貴様(きさま)何(なん)とか云(い)つて呉(く)れないか。216帰宅(いん)で話(はなし)が出来(でき)ぬぢやないか』
217と慄(ふる)ひ慄(ふる)ひ囁(ささや)いて居(ゐ)る。
218黒(くろ)(八)『オイ赤(あか)、219彼奴(あいつ)はバヽヽ化物(ばけもの)だよ。220決(けつ)して初稚姫(はつわかひめ)さまぢやなからう。221あんな柔(やさ)しい女(をんな)がどうしてあんな大胆(だいたん)の事(こと)が云(い)へるものか。222彼奴(あいつ)はキツト化物(ばけもの)に違(ちが)ひない。223グヅグヅして居(ゐ)ると反対(あべこべ)に喰(く)はれて仕舞(しま)ふぞ。224サア、225逃(に)げろ逃(に)げろ』
226赤(あか)(六)『俺(おれ)だつて足(あし)がワナワナして逃(に)げるにも逃(に)げられぬぢやないか。227ほんとに貴様(きさま)の云(い)ふ通(とほ)り彼奴(あいつ)は、228バヽ化物(ばけもの)だ。229それだから杢助(もくすけ)さまに耐(こら)へて下(くだ)されと云(い)ふのに、230ちつとも聞(き)いて下(くだ)さらぬからこんな目(め)に遇(あ)ふのだ』
231と二三間(にさんげん)此方(こなた)の萱(かや)の中(なか)に首(くび)を突(つ)つ込(こ)んで慄(ふる)ひ慄(ふる)ひ囁(ささや)いて居(ゐ)る。232初稚姫(はつわかひめ)は、
233初稚(はつわか)『ホヽヽヽヽ、234何(なん)とまア腰抜(こしぬ)けの鬼(おに)だこと、235そんな鬼(おに)みそに喰(く)つて貰(もら)ふのは御免(ごめん)だよ。236お前(まへ)の身体(からだ)に入(はい)つて見(み)た所(ところ)で、237そんなみそ鬼(おに)は仕様(しやう)がないから今(いま)の宣言(せんげん)は取(と)り消(け)しますよ。238オイ鬼(おに)共(ども)一寸(ちよつと)茲(ここ)へ来(き)なさい、239少(すこ)し神(かみ)様(さま)のお話(はなし)を聞(き)かしてあげる。240お前(まへ)も可愛(かあい)さうに人間(にんげん)の身体(からだ)を持(も)ちながら、241何(なん)と云(い)ふ弱(よわ)い事(こと)だ。242妾(わらは)は初稚姫(はつわかひめ)に違(ちが)ひありませぬよ。243決(けつ)して化物(ばけもの)ぢやありませぬ。244最前(さいぜん)からお前(まへ)の囁(ささや)き声(ごゑ)を聞(き)いて居(を)れば、245何(ど)うやら下僕(しもべ)の六(ろく)と八(はち)のやうだが、246夫(それ)に違(ちが)ひはあるまいがな。247妾(わらは)も初(はじ)めはほんとの鬼(おに)かと思(おも)ふて身体(からだ)を喰(く)はしてやらうと云(い)つたが、248幽(かす)かに囁(ささや)く話声(はなしごゑ)を聞(き)けば六(ろく)と八(はち)とに相違(さうゐ)あるまい。249お父(とう)さまに頼(たの)まれて私(わたし)を試(ため)しに来(き)たのだらう。250サアここに来(き)なさい、251決(けつ)して化物(ばけもの)でもありませぬ』
252 赤(あか)と名乗(なの)つて居(ゐ)た六(ろく)は小声(こごゑ)になり、
253六(ろく)『オイ黒八(くろはち)、254どうだらう、255本当(ほんたう)に姫(ひめ)様(さま)だらうか? どうも怪(あや)しいぞ。256うつかり傍(そば)へ往(ゆ)かうものなら、257頭(かしら)から噛(かぢ)りつかれるかも知(し)れやしないぞ』
258八(はち)『さうだなア、259赤六(あかろく)の云(い)ふ通(とほ)り、260どうも此奴(こいつ)は怪体(けたい)だぞ。261それだから今晩(こんばん)の御用(ごよう)は根(ね)つから気(き)に喰(く)はぬと云(い)つて居(ゐ)たのだ。262あゝ逃(に)げるにも逃(に)げられぬ、263どうも仕方(しかた)がない。264鬼(おに)さま、265いや化(ばけ)さまの所(ところ)へ行(い)つて断(ことわ)りを云(い)はうぢやないか。266喰(く)はれぬ先(さき)にお詫(わび)をして九死(きうし)に一生(いつしやう)を得(う)る方(はう)が余程(よほど)賢(かしこ)いやり方(かた)だ』
267赤(あか)(六)『ウンさうだな、268もしもし初稚姫(はつわかひめ)様(さま)にお化(ば)けなされたお方(かた)、269実(じつ)は私(わたくし)は八(はち)、270六(ろく)と云(い)ふ伊曽(いそ)館(やかた)の役員(やくゐん)杢助(もくすけ)と云(い)ふ方(かた)の下僕(しもべ)です。271実(じつ)は姫(ひめ)様(さま)のお身(み)の上(うへ)を案(あん)じ、272且(か)つ試(ため)す積(つも)りで主人(しゆじん)の命令(めいれい)をうけ此処(ここ)迄(まで)来(き)たもので厶(ござ)います。273決(けつ)して悪(わる)い者(もの)ぢやありませぬ。274何(ど)うぞ命(いのち)許(ばか)りはお助(たす)け下(くだ)さいませ』
275初稚(はつわか)『ホヽヽヽヽ、276やつぱり六(ろく)に八(はち)であらう。277そんな肝(きも)のチヨロイ事(こと)で何(ど)うして此(この)初稚姫(はつわかひめ)が試(ため)されませう。278お父(とう)さまもそんな腰抜(こしぬけ)男(をとこ)を沢山(たくさん)の給料(きふれう)を出(だ)してお抱(かか)へ遊(あそ)ばすかと思(おも)へばお気(き)の毒(どく)だよ。279六(ろく)でもない八助(はちすけ)だなア』
280六(ろく)『もしお化様(ばけさま)どうぞ勘忍(かんにん)なして下(くだ)さいませ。281そしてお嬢様(ぢやうさま)は此処(ここ)をお通(とほ)りになつた筈(はず)ですがお前(まへ)さま喰(く)つたのでせう。282喰(く)はれたお嬢(ぢやう)さまは仕方(しかた)がありませぬが、283併(しか)し吾々(われわれ)二人(ふたり)の命(いのち)だけはどうぞお助(たす)けを願(ねが)ひます』
284初稚(はつわか)『これ六(ろく)に八(はち)、285妾(わらは)は初稚姫(はつわかひめ)に間違(まちが)ひないぞや。286些(ちつ)と確(しつか)りなさらないかい。287お前(まへ)、288睾丸(きんたま)をどうしたのだい』
289八(はち)『オイ六(ろく)、290やつぱり化州(ばけしう)だ。291彼奴(あいつ)は睾丸狙(きんたまねら)ひだよ。292俺(おれ)の睾丸(きんたま)まで狙(ねら)つてけつかる、293此奴(こいつ)は堪(たま)らぬぢやないか』
294六(ろく)『睾丸狙(きんたまねら)ひだつて、295俺(おれ)の金助(きんすけ)は余程(よほど)気(き)が利(き)いとると見(み)えて、296どこかへ往(い)つて仕舞(しま)つた。297貴様(きさま)は八(はち)と云(い)つて八畳敷(はちでふじき)の大睾丸(おほきんたま)だから些(ち)つと困(こま)るだらう』
298八(はち)『イヤ、299俺(おれ)の睾丸(きんたま)も何処(どこ)かへ往(い)つて仕舞(しま)つたやうだ。300吃驚(びつくり)してどこかへ落(おと)したのではあるまいかな』
301六(ろく)『ハヽヽヽヽ、302馬鹿(ばか)云(い)へ、303睾丸(きんたま)を落(おと)す奴(やつ)があるか、304大方(おほかた)転宅(てんたく)したのだらう』
305八(はち)『何(なん)だか腹(はら)が膨(ふく)れたと思(おも)ふたら腹中(ふくちう)にグレングレンやつて居(ゐ)ると見(み)える。306オイ一(ひと)つこんな時(とき)には御(ご)主人(しゆじん)の云(い)つて居(を)られた惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)を唱(とな)へようでないか。307さうすればきつと曲津(まがつ)神(かみ)が消(き)えると云(い)ふ事(こと)だよ』
308六(ろく)『そりやよい所(ところ)へ気(き)がついた。309サア一所(いつしよ)に惟神(かむながら)だ。310カーンナガアラ、311タヽマチ、312ハヘ、313マセ』
314八(はち)『カンナンガラ、315タマチハヘマセ。316……何(なん)だか自分(じぶん)の声(こゑ)迄(まで)怖(おそ)ろしくなつて来(き)た。317アンアンアン』
318初稚(はつわか)『惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)、319吾(わが)家(や)の下僕(しもべ)六(ろく)、320八(はち)の二人(ふたり)の御霊(みたま)に力(ちから)を与(あた)へさせたまへ。321惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
322 初稚姫(はつわかひめ)はうとうとと眠(ねむ)りについた。323六(ろく)、324八(はち)の両人(りやうにん)は初稚姫(はつわかひめ)の鼾(いびき)を聞(き)いて益々(ますます)怖(おそ)ろしくなり、325一目(ひとめ)も眠(ねむ)らず夜中(よなか)頃(ごろ)まで互(たがひ)に体(からだ)を抱(いだ)き合(あ)ひ、326怖(おそ)ろしさに慄(ふる)へて居(ゐ)た。
327(大正一二・一・一六 旧一一・一一・三〇 加藤明子録)
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