霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 お客(きやく)さん〔一二八六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第49巻 真善美愛 子の巻 篇:第3篇 暁山の妖雲 よみ(新仮名遣い):ぎょうざんのよううん
章:第12章 お客さん よみ(新仮名遣い):おきゃくさん 通し章番号:1286
口述日:1923(大正12)年01月18日(旧12月2日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年11月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
祠の森の玄関口にはヨルが受付をしていた。そこへ、深編笠をかぶった大男が現れ、ウブスナ山の斎苑館から来たと告げた。そして自分は斎苑館の高級な職務に就いている「ト」の付く者だと高姫に取り次ぎを依頼した。
ヨルから報告を聞いた高姫は、てっきり元夫の東助が訪ねてきたと思ってうれしげに身づくろいをなし、ヨルに訪問者を呼んでくるように言いつけた。訪問者の男はヨルに案内されて高姫の奥室に迎えられた。
男が被り物を取ると、それは東助ではなく時置師の神・杢助だった。杢助は、自分は東助と争いごとになり、斎苑館を放り出されたのだ、と高姫に語った。杢助は東助の悪口を高姫に吹き込み、高姫と気脈を通じてしまった。
高姫は東助に一泡ふかせたい気持ちから、杢助にここで一旗揚げようではないかと持ちかけた。杢助も乗り気になり、高姫と杯を交わし祝酒を交わして歌いだした。
ヨルをはじめ、祠の森に仕える者たちも高姫と杢助の関係を隣室で聞いてしまったが、高姫も杢助も夫婦を公言してしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-06-24 20:34:25 文字数:7157 OBC :rm4912
愛善世界社版:164頁 八幡書店版:第9輯 91頁 修補版: 校定版:170頁 普及版:75頁 初版: ページ備考:
001 祠(ほこら)の森(もり)の玄関口(げんくわんぐち)には、002例(れい)の如(ごと)くヨルが受付(うけつけ)をやつてゐる。003そこへ深編笠(ふかあみがさ)を被(かぶ)つた雲(くも)突(つ)く許(ばか)りの大(だい)の男(をとこ)現(あら)はれ来(きた)り、004底(そこ)づつた太(ふと)い声(こゑ)で、
005男(をとこ)『拙者(せつしや)はウブスナ山(やま)のイソの館(やかた)より参(まゐ)りし者(もの)で厶(ござ)る。006高姫(たかひめ)殿(どの)はここにゐられる筈(はず)、007一寸(ちよつと)内々(ないない)お目(め)にかかりたいと申(まを)し伝(つた)へて下(くだ)さい』
008ヨル『ハイ、009申伝(まをしつた)へぬ事(こと)は厶(ござ)いませぬが、010御(ご)姓名(せいめい)を承(うけたま)はらなくては、011何(なん)と云(い)つても義理(ぎり)天上(てんじやう)日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)様(さま)で厶(ござ)いますから……』
012男(をとこ)『如何(いか)にも申(まをし)遅(おく)れました。013今(いま)少(すこ)し様子(やうす)があつて名乗(なの)り難(がた)い場合(ばあひ)で厶(ござ)いますから、014只(ただ)一口(ひとくち)トといふ名(な)のつく男(をとこ)だといつて貰(もら)へば宜(よろ)しい。015そしてイソの館(やかた)の重要(ぢうえう)なる職(しよく)に就(つ)いている者(もの)だと御(お)伝(つた)へ下(くだ)さらば、016高姫(たかひめ)殿(どの)には成程(なるほど)と合点(がてん)がゆくでせう』
017ヨル『あなたはイソの館(やかた)の重要(ぢうえう)なる役人(やくにん)様(さま)と聞(き)きましたが、018私(わたし)はバラモン教(けう)から帰順(きじゆん)致(いた)しましたヨルと申(まを)すもので厶(ござ)います、019何分(なにぶん)に宜(よろ)しく御(お)願(ねがひ)いたします』
020男(をとこ)『あゝヨルといふ男(をとこ)はお前(まへ)であつたか、021五十子(いそこ)姫(ひめ)殿(どの)より確(たしか)に承(うけたま)はつてゐる。022それは御(ご)苦労(くらう)だ。023一度(いちど)イソ館(やかた)へお参(まゐ)りなさるがよからう』
024ヨル『ハイ、025有難(ありがた)う厶(ござ)います。026かうして御用(ごよう)をさして戴(いただ)いてゐるものの、027肝腎(かんじん)の御(ご)本山(ほんざん)を知(し)らいでは話(はなし)も出来(でき)ませぬので、028参(まゐ)りたいのは山々(やまやま)で厶(ござ)いますが、029日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)様(さま)が……まだ身魂(みたま)が研(みが)けないから、030此(この)方(はう)が許(ゆる)す迄(まで)参拝(さんぱい)してはならぬと仰(おほ)せられますので差控(さしひか)えてをります。031どうぞ早(はや)く霊(みたま)を研(みが)いて聖地(せいち)のお庭(には)を踏(ふ)まして戴(いただ)きたいもので厶(ござ)います。032聖地(せいち)も知(し)らずに受付(うけつけ)をして居(を)りましては何(なん)だか気掛(きがか)りでなりませぬ』
033男(をとこ)『兎(と)も角(かく)も、034トといふ名(な)のついたものが内証(ないしよう)で折入(をりい)つて話(はなし)のしたい事(こと)があると云(い)つて居(ゐ)ると伝(つた)へて下(くだ)さい』
035 ヨルは、
036ヨル『承知(しようち)致(いた)しました。037暫(しばら)くここにお待(まち)を願(ねが)ひます』
038と云(い)ひすて、039高姫(たかひめ)の居間(ゐま)に急(いそ)ぎ、040奥(おく)の間(ま)の襖(ふすま)をソツと開(ひら)き、041見(み)れば高姫(たかひめ)は脇息(けふそく)に凭(もた)れ、042何(なに)か思案(しあん)にくれてゐる最中(さいちう)であつた。
043ヨル『もし、044日出(ひのでの)神(かみ)様(さま)、045貴女(あなた)にお目(め)にかかりたいと云(い)つて、046イソの館(やかた)からトと名(な)のついた大(おほ)きなお方(かた)が見(み)えました、047内証(ないしよう)でお話(はなし)申(まを)し上(あ)げたい事(こと)があると云(い)つてお出(いで)になりましたから、048一寸(ちよつと)御(ご)報告(はうこく)申上(まをしあ)げます』
049高姫(たかひめ)『ナニツ、050イソの館(やかた)から、051大(おほ)きな男(をとこ)の、052トといふ名(な)の付(つ)いたお方(かた)がお出(い)でになつたと申(まを)すのか』
053ヨル『ハイ、054それはそれは大(おほ)きな男(をとこ)で厶(ござ)います。055そして聖地(せいち)の最(もつと)も高級(かうきふ)な職務(しよくむ)に仕(つか)へて居(ゐ)るお方(かた)だと仰有(おつしや)いました』
056 高姫(たかひめ)は嬉(うれ)しげに打(う)ちうなづき、
057高姫(たかひめ)『ヤア、058ヨル殿(どの)、059お目(め)にかかると云(い)つておくれ。060併(しか)し暫(しばら)く次(つぎ)の間(ま)に控(ひか)えて居(を)つて下(くだ)さい、061今(いま)すぐ行(い)つて貰(もら)ふと、062此方(こちら)の準備(じゆんび)が出来(でき)ぬから、063私(わたし)が此(この)鈴(りん)を叩(たた)いたら、064ソロソロと出(で)てゆくのだよ、065それ迄(まで)控室(ひかへしつ)で煙草(たばこ)でも呑(の)んで待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さい』
066ヨル『ハイ、067承知(しようち)致(いた)しました。068どうぞ鈴(りん)をしつかり叩(たた)いて下(くだ)さい、069さうすれば其(その)音(おと)を合図(あひづ)にお迎(むか)へに参(まゐ)りますから……』
070高姫(たかひめ)『あゝさう頼(たの)む。071併(しか)しヨルや、072日出(ひのでの)神(かみ)が許(ゆる)す迄(まで)、073誰(たれ)にもトと云(い)ふお方(かた)がみえたとは云(い)つてはなりませぬぞや』
074ヨル『エヘヽヽヽ、075どんな秘密(ひみつ)でも申(まを)すよなヨルぢや厶(ござ)いませぬ、076まづ御(ご)安心(あんしん)なさいませ。077貴女(あなた)は日(ひ)の出(で)の御(ご)守護(しゆご)、078私(わたし)はヨルの守護(しゆご)で厶(ござ)いますから、079ヨルのお楽(たのし)みも結構(けつこう)で厶(ござ)いますワイ』
080高姫(たかひめ)『コレコレ、081ヨル、082いらぬ事(こと)を云(い)ふものぢやありませぬ。083次(つぎ)の間(ま)に、084サア早(はや)く控(ひか)えなさい。085そして受付(うけつけ)は誰(たれ)に頼(たの)んでおいたのだい』
086ヨル『ハイ、087ハル公(こう)に頼(たの)んでおきました』
088高姫(たかひめ)『ウンよしよし、089それで能(よ)い、090あの男(をとこ)は気(き)の利(き)いた人間(にんげん)だからなア。091お前(まへ)もトといふ人(ひと)がお出(い)でになつたら気(き)を利(き)かすのだよ』
092ヨル『ヘヽヽヽ、093委細(ゐさい)承知(しようち)致(いた)しました』
094と頭(あたま)を掻(か)き乍(なが)ら、095次(つぎ)の間(ま)に行(い)つて、096高姫(たかひめ)の合図(あひづ)を待(ま)つ事(こと)とした。097高姫(たかひめ)はツツと立(た)つて、098そこらの窓(まど)を覗(のぞ)き乍(なが)ら、099一人(ひとり)も人(ひと)のゐないのにヤツと安心(あんしん)したものの如(ごと)く、100胸(むね)をなでおろし独言(ひとりごと)、
101高姫(たかひめ)『何(なん)と云(い)つても、102ヤツパリ男(をとこ)だなア、103あのよな気強(きづよ)い事(こと)を、104東助(とうすけ)さまは仰有(おつしや)つたので、105チツと許(ばか)り恨(うら)んで居(を)つたが、106ヤツパリ大勢(おほぜい)の人(ひと)の前(まへ)だと思(おも)つて、107あのよにつれなく言(い)はんしたのだろ。108あゝあ、109男(をとこ)の心(こころ)を知(し)らずにすまぬ事(こと)を致(いた)しました。110なア東助(とうすけ)さま、111その優(やさ)しいお心(こころ)を承(うけたま)はれば、112最早(もはや)高姫(たかひめ)はこれで死(し)んでも得心(とくしん)で厶(ござ)んす。113ドレ、114顔(かほ)でも作(つく)つて髪(かみ)をなであげ、115着物(きもの)を着替(きがへ)にやなるまい』
116と俄(にはか)に白(しろ)いものをコテコテと、117念入(ねんい)りにぬり立(た)て、118髪(かみ)を政岡(まさおか)に結(むす)び、119着物(きもの)を新(あたら)しいのと着替(きか)へ、120紫(むらさき)の袴(はかま)をゾロリとつけ、121赤(あか)い襟(えり)を一寸(ちよつと)出(だ)し、122鏡台(きやうだい)の前(まへ)に立(た)つたり坐(すわ)つたりし乍(なが)ら、
123高姫(たかひめ)『あゝこれでよい これでよい、124三国一(さんごくいち)の、125言(い)はば婿(むこ)どのが来(く)るやうなものだ。126これで高姫(たかひめ)もいよいよ願望(ぐわんまう)成就(じやうじゆ)だ。127なア東助(とうすけ)さま、128ヤツパリ幼馴染(をさななじみ)はよいものですなア。129マア能(よ)う来(き)て下(くだ)さつた。130縁(えん)あればこそ子(こ)迄(まで)なした仲(なか)だ厶(ござ)んせぬかい。131本当(ほんたう)に枯木(かれき)に花(はな)の咲(さ)いたよな心持(こころもち)が致(いた)しますぞや。132ドコともなしに男(をとこ)らしいお方(かた)、133さすが高姫(たかひめ)の思(おも)ふ丈(だけ)あつて、134杢助(もくすけ)さまの一段上(いちだんうへ)となり、135副教主(ふくけうしゆ)の地位(ちゐ)迄(まで)進(すす)ましやんしたお方(かた)だもの、136高姫(たかひめ)が気(き)をもむのも無理(むり)は厶(ござ)いませぬわいの。137ドレドレいつ迄(まで)もおまたせ申(まを)してはすまない、138モウこれ丈(だけ)化粧(けしやう)した上(うへ)は、139何時(なんどき)お越(こ)しになつても差支(さしつかへ)ない。140併(しか)し何(なん)とはなしに恥(はづ)かしいやうな気(き)がして来(き)た。141ホヽヽヽヽ、142年(とし)はよつても何(なん)だか昔(むかし)の事(こと)が偲(しの)ばれて、143顔(かほ)がパツとあつくなつたやうだ。144ホンに女(をんな)の心(こころ)と云(い)ふものは優(やさ)しいものだ。145此(この)初心(うぶ)な心(こころ)を東助(とうすけ)様(さま)が御覧(ごらん)になれば、146キツと御(ご)満足(まんぞく)なさるだろ、147イヒヽヽヽヽ、148あゝコレコレ、149ヨル公(こう)や、150モウ可(い)いから、151トと云(い)ふお方(かた)に、152さういつて来(き)て下(くだ)さい』
153と鈴(りん)を叩(たた)くのを忘(わす)れて了(しま)ひ、154なまめかしい声(こゑ)で呼(よ)んでゐる。155ヨルは、156モウ鈴(りん)がなるかなるかと待(ま)つてゐたのに、157思(おも)ひ掛(が)けない高姫(たかひめ)の声(こゑ)を聞(き)いて、158襖(ふすま)を開(ひら)き恐(おそ)る恐(おそ)る首(くび)をニユツと出(だ)し、
159ヨル『日出(ひのでの)神(かみ)様(さま)、160何(なん)ぞ御用(ごよう)で厶(ござ)いますか』
161と云(い)ひ乍(なが)ら、162顔(かほ)をあげて見(み)ると、163高姫(たかひめ)はうつて変(かは)つて、164立派(りつぱ)な装束(しやうぞく)をつけ、165白(しろ)いものをコテコテとぬり、166頬辺(ほほべた)の皺(しわ)も何(なに)もツルツルに埋(うづ)まつてゐる。167ヨルは驚(おどろ)いて、
168ヨル『イヤア、169これはこれは、170日出(ひのでの)神(かみ)様(さま)、171何(なん)とお若(わか)うおなりなさいましたなア。172ヤアこれでよめました。173ヤツパリ神(かみ)様(さま)でも、174ありますかいな、175ヘーン、176お浦山吹(うらやまぶ)きで厶(ござ)います』
177高姫(たかひめ)『コレ、178ヨル、179余(あま)り冷(ひや)かすものぢやありませぬよ。180サ早(はや)く、181ト様(さま)を御(ご)案内(あんない)してお出(い)で』
182ヨル『(芝居(しばゐ)口調(くてう))エツヘヽヽヽ、183確(たしか)に……承知(しようち)……仕(つかまつ)りました、184急(いそ)ぎ参上(さんじやう)仕(つかまつ)ります』
185高姫(たかひめ)『コレ、186ヨル、187何(なに)を云(い)つてゐるのだい、188早(はや)く行(い)つて来(き)なさいよ。189ホンにホンに、190気(き)の利(き)かぬ男(をとこ)だなア』
191ヨル『日出(ひのでの)神(かみ)さま、192マア使(つか)つてみて下(くだ)さい、193中々(なかなか)能(よ)う気(き)が利(き)きますで……』
194と云(い)ひすて、195表(おもて)へかけ出(だ)し、196大(だい)の男(をとこ)に向(むか)ひ、
197ヨル『これは これは、198ト様(さま)、199日出(ひのでの)神(かみ)様(さま)に申上(まをしあ)げました所(ところ)、200一寸(ちよつと)少時(しばらく)御(ご)思案(しあん)遊(あそ)ばし、201容易(ようい)に御(ご)返事(へんじ)を遊(あそ)ばしませぬので、202此(この)ヨルがいろいろと申上(まをしあ)げました所(ところ)、203折角(せつかく)はるばるお出(い)で下(くだ)さつたのだから、204義理(ぎり)にでも会(あ)はねばなるまい。205何(なに)を云(い)つても、206義理(ぎり)を重(おも)んずる義理(ぎり)天上(てんじやう)日出(ひのでの)神(かみ)だと仰有(おつしや)いまして、207奥(おく)へ御(ご)案内(あんない)せいとの仰(おほ)せ……サア私(わたし)についてお出(い)で下(くだ)さいませ。208随分(ずいぶん)きれいな方(かた)で厶(ござ)いますよ』
209男(をとこ)『ハイ有難(ありがた)う、210併(しか)し少(すこ)しく内密(ないみつ)の用(よう)で参(まゐ)つたのですから、211被物(かづき)は此(この)儘(まま)で願(ねが)ひたい、212差支(さしつかへ)厶(ござ)らぬかなア』
213ヨル『そんな事(こと)に気(き)の利(き)かぬようなヨルぢや厶(ござ)いませぬ。214ヨルの守護(しゆご)のヨル公(こう)で厶(ござ)いますよ。215ヘツヘヽヽ』
216男(をとこ)『アハヽヽヽ、217然(しか)らば御(ご)案内(あんない)、218お頼(たの)み申(まを)す』
219とヨルに導(みちび)かれ、220高姫(たかひめ)の居間(ゐま)に足音(あしおと)高(たか)く、221ドシンドシンと進(すす)み行(ゆ)く。222高姫(たかひめ)は一足(ひとあし)一足(ひとあし)近付(ちかづ)く足音(あしおと)に胸(むね)をドキ……ドキとさせ乍(なが)ら、223恋人(こひびと)の入(い)り来(きた)るを、224一息(ひといき)千秋(せんしう)の思(おも)ひにて待(ま)つてゐた。225そして大男(おほをとこ)が襖(ふすま)を開(ひら)いた時(とき)は、226恥(はづ)かしさが一(いち)時(じ)に込(こ)み上(あ)げて来(き)たと見(み)え、227グタリと俯(うつむ)いてゐた。
228男(をとこ)『御免(ごめん)なさいませ、229高姫(たかひめ)さま、230先日(せんじつ)は失礼(しつれい)致(いた)しました、231定(さだ)めて御(ご)立腹(りつぷく)で厶(ござ)いませうな』
232 高姫(たかひめ)はやうやう口(くち)を開(ひら)き、
233高姫『東助(とうすけ)様(さま)、234能(よ)う尋(たづ)ねて来(き)て下(くだ)さいました。235本当(ほんたう)に女子(をなご)の至(いた)らぬ心(こころ)から、236お恨(うら)み申(まを)しまして誠(まこと)に済(す)みませぬ……コレお前(まへ)はヨルぢやありませぬか、237気(き)を利(き)かすと云(い)つたぢやないか』
238ヨル『ハーイ、239承知(しようち)致(いた)しました。240どうぞ、241シツポリとねえ、242お楽(たのし)み遊(あそ)ばせ、243ト様(さま)と……』
244高姫(たかひめ)『エヽいらぬ事(こと)を云(い)ふものぢやありませぬ。245お客様(きやくさま)に失礼(しつれい)ぢやありませぬか』
246 ヨルは両手(りやうて)で頭(あたま)を抱(かか)へ乍(なが)ら、247腰(こし)を屈(かが)めて、248スゴスゴとここを立去(たちさ)つた。
249高姫(たかひめ)『モシ、250東助(とうすけ)様(さま)、251どうぞ被物(かづき)を取(と)つて下(くだ)さいませ、252そして此(この)居間(ゐま)は誰(たれ)も来(き)ませぬから、253どうぞ打寛(うちくつろ)いで、254御(ご)ゆるりと御(お)話(はなし)を願(ねが)ひます』
255男(をとこ)『何(なん)だか体裁(ていさい)が悪(わる)くつて、256昔(むかし)の事(こと)を思(おも)ひ出(だ)し、257年(とし)がよつても恥(はづ)かしくなりましたよ、258アツハヽヽヽ』
259高姫(たかひめ)『モシ東助(とうすけ)さま、260私(わたし)だつて、261ヤツパリ恥(はづか)しいワ、262エルサレムの山道(やまみち)でねえ、263ホヽヽヽ』
264 男(をとこ)は『高姫(たかひめ)殿(どの)、265御免(ごめん)被(かうむ)ります』と被物(かづき)をパツと除(と)つた。266見(み)れば東助(とうすけ)にはあらで、267時置師(ときおかし)の神(かみ)杢助(もくすけ)であつた。
268高姫(たかひめ)『ヤ、269貴方(あなた)は時置師(ときおかしの)神(かみ)様(さま)……マアマア、270お腹(はら)の悪(わる)いこと……』
271時置(ときおか)『アハヽヽ、272東助(とうすけ)さまだと宜(よろ)しいに、273誠(まこと)に不粋(ぶすゐ)な男(をとこ)が参(まゐ)りまして、274さぞ御(ご)迷惑(めいわく)で厶(ござ)いませう』
275高姫(たかひめ)『これはこれは能(よ)くこそ御(ご)入来(じゆらい)下(くだ)さいました。276お尋(たづ)ね下(くだ)さいました御用(ごよう)の筋(すぢ)は、277如何(いかが)な事(こと)で厶(ござ)います』
278時置(ときおか)『実(じつ)の所(ところ)は、279私(わたし)はイソの館(やかた)をお暇(ひま)を頂(いただ)き、280此処(ここ)へ参(まゐ)つたのです』
281高姫(たかひめ)『それは又(また)、282神徳(しんとく)高(たか)き貴方(あなた)が、283何(ど)うして左様(さやう)な事(こと)にお成(な)り遊(あそ)ばしたので厶(ござ)ります』
284時置(ときおか)『お前(まへ)さまの前(まへ)で、285こんな事(こと)は申(まを)し上(あ)げにくいが、286実(じつ)の所(ところ)は東助(とうすけ)様(さま)と事務(じむ)上(じやう)の争(あらそ)ひから、287止(や)むを得(え)ず、288拙者(せつしや)は辞職(じしよく)したといふのは表向(おもてむき)、289実(じつ)は東助(とうすけ)さまに放(ほ)り出(だ)されたのですよ』
290高姫(たかひめ)『それはマアマア何(なん)とした気(き)の毒(どく)な事(こと)で厶(ござ)いませう。291東助(とうすけ)さまもそんな悪(わる)い方(かた)ぢや厶(ござ)いませなんだのになア、292どうしてそんな気強(きづよ)いお心(こころ)になられたのでせうか、293人間(にんげん)の心(こころ)といふものは分(わか)らぬもので厶(ござ)いますなア』
294時置(ときおか)『高姫(たかひめ)さま、295貴女(あなた)だつてさうでせう。296はるばると自転倒(おのころ)島(じま)から後(あと)を慕(した)つてお出(いで)なさつた親切(しんせつ)を無(む)にして、297あの通(とほ)り大勢(おほぜい)の前(まへ)で肱鉄(ひぢてつ)をかまし、298恥(はぢ)をかかすやうな人(ひと)だもの、299大抵(たいてい)分(わか)つたものでせう。300私(わたし)だつたら、301貴女(あなた)のやうな親切(しんせつ)な御(お)方(かた)なら、302何(ど)うしてあんな気強(きづよ)い事(こと)が出来(でき)ませう』
303高姫(たかひめ)『そらさうですなア、304本当(ほんたう)に東助(とうすけ)さまは無情(むじやう)な方(かた)ですワ。305若(わか)い時(とき)はあんな水臭(みづくさ)いお方(かた)だなかつたですがなア』
306時置(ときおか)『あれ丈(だけ)、307東助(とうすけ)さまのやうに沢山(たくさん)女(をんな)があつてはたまりませぬワイ。308イソ館(やかた)の今子姫(いまこひめ)さまだつて、309五十子(いそこ)姫(ひめ)さまだつて、310夫(をつと)のある身(み)でゐ乍(なが)ら秋波(しうは)を送(おく)り、311其(その)外(ほか)聖地(せいち)の女(をんな)は老若(らうにやく)の嫌(きら)ひなく、312箸(はし)まめな方(かた)だから、313皆(みな)つまんでゐられるのです、314それをお前(まへ)さまが御存(ごぞん)じないものだから、315あんな不覚(ふかく)を取(と)つたのです。316私(わたし)などは御存(ごぞん)じの通(とほ)り不粋(ぶすゐ)な鰥鳥(やもめどり)ですから、317牝猫(めんねこ)一匹(いつぴき)だつて、318見向(みむ)いてもくれませぬワ。319アツハヽヽヽ』
320高姫(たかひめ)『貴方(あなた)は本当(ほんたう)にお偉(えら)いですな。321よう独身(どくしん)で今(いま)迄(まで)御(ご)辛抱(しんばう)なさいました。322私(わたし)も貴方(あなた)のやうな夫(をつと)があつたら、323何程(なにほど)力(ちから)になるか知(し)れませぬがなア、324ホツホヽヽ』
325と顔(かほ)赤(あか)らめ、326袖(そで)で目(め)をかくす。
327時置(ときおか)『イヤもう、328高姫(たかひめ)様(さま)にきつう冷(ひや)かされました。329腹(はら)の悪(わる)い事(こと)いつて下(くだ)さるな、330何(なん)だか此(この)時置師(ときおかし)も妙(めう)な気分(きぶん)になりますワ』
331高姫(たかひめ)『どうぞ、332貴方(あなた)、333今晩(こんばん)ゆつくりとお泊(とま)り下(くだ)さいませ。334そして外(ほか)の間(ま)は役員(やくゐん)共(ども)が休(やす)みますので、335不都合(ふつがふ)で厶(ござ)います。336どうぞ私(わたし)の居間(ゐま)で、337失礼(しつれい)乍(なが)ら、338おやすみ下(くだ)されば、339お足(みや)でも揉(も)まして頂(いただ)きます。340サ、341マア一杯(いつぱい)お酒(さけ)でもおあがり下(くだ)さいませ』
342時置(ときおか)『ヤア、343これは有難(ありがた)い、344暫(しばら)く神(かみ)様(さま)のお道(みち)に入(はい)つて、345お酒(さけ)を心得(こころえ)て居(を)りましたが、346今晩(こんばん)はここでゆつくりと頂(いただ)きませう。347高姫(たかひめ)様(さま)のお酌(しやく)で、348何(なん)とマア、349こんな結構(けつこう)な事(こと)は近年(きんねん)厶(ござ)りませぬワ、350アツハツハヽヽ』
351高姫(たかひめ)『モシ時置師(ときおかし)様(さま)、352貴方(あなた)は三五教(あななひけう)の三羽烏(さんばがらす)といはれたお方(かた)でせう、353バカらしい、354東助(とうすけ)如(ごと)きに放(ほ)り出(だ)されて、355此(この)後(のち)何(ど)うなさる積(つも)りですか、356一寸(いつすん)の虫(むし)も五分(ごぶ)の魂(たましひ)といふ事(こと)が厶(ござ)りませう』
357時置(ときおか)『それで実(じつ)の所(ところ)は、358ソツと御(ご)相談(さうだん)に参(まゐ)つたのですよ。359何分(なにぶん)生田(いくた)の森(もり)以来(いらい)、360特別(とくべつ)の御(ご)昵懇(じつこん)に願(ねが)つた仲(なか)なのですからなア』
361高姫(たかひめ)『左様(さやう)左様(さやう)、362私(わたし)も又(また)貴方(あなた)のお館(やかた)の守役(もりやく)となりましたのも、363何(なに)かの因縁(いんねん)で厶(ござ)いませう。364どうぞ杢助(もくすけ)様(さま)、365私(わたし)と力(ちから)を併(あは)せて、366東助(とうすけ)の高慢(かうまん)な鼻(はな)を挫(くじ)き、367三五教(あななひけう)の為(ため)に彼(かれ)を改心(かいしん)さしてやる気(き)はありませぬか』
368時置(ときおか)『さうですなア、369貴方(あなた)と一所(いつしよ)に願(ねが)へば、370大変(たいへん)面白(おもしろ)いでせう。371併(しか)し生田(いくた)の森(もり)は何(ど)うなさる積(つもり)ですか』
372高姫(たかひめ)『ハイ生田(いくた)の森(もり)は、373駒彦(こまひこ)に一任(いちにん)しておきましたから、374私(わたし)が仮令(たとへ)一(いち)年(ねん)や二(に)年(ねん)帰(かへ)らなくても大丈夫(だいぢやうぶ)ですよ。375一(ひと)つ貴方(あなた)、376此処(ここ)で○○になり一旗(ひとはた)挙(あ)げちや何(ど)うで厶(ござ)いませうかな』
377時置(ときおか)『イヤ此奴(こいつ)ア妙案(めうあん)です。378私(わたし)の様(やう)な老(おい)ぼれでもお構(かま)ひなくば御(お)世話(せわ)になりませう。379併(しか)し私(わたし)には初稚姫(はつわかひめ)といふ一人(ひとり)の娘(むすめ)が厶(ござ)いますが、380それは御(ご)承知(しようち)で厶(ござ)いませうな。381実(じつ)の所(ところ)は娘(むすめ)が可愛(かあい)いので、382継母(ままはは)にかけまいと思(おも)ひ、383今(いま)迄(まで)独身(どくしん)生活(せいくわつ)をやつて来(き)たのですが、384最早(もはや)娘(むすめ)も一人前(いちにんまへ)の宣伝使(せんでんし)となりましたので、385私(わたし)も神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)を勤(つと)め乍(なが)ら、386気楽(きらく)に余生(よせい)を送(おく)りたいのです』
387高姫(たかひめ)『あの可愛(かあい)らしい初稚姫(はつわかひめ)さまの……私(わたし)は仮令(たとへ)継母(ままはは)にもせよ、388母(はは)となるのは満足(まんぞく)で厶(ござ)います。389キツト大切(たいせつ)に致(いた)しますから、390御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
391と妙(めう)な目(め)をして、392斜(はす)かいに時置師(ときおかし)の顔(かほ)を睨(にら)んでゐる。
393時置(ときおか)『サア高姫(たかひめ)さま、394一杯(いつぱい)行(ゆ)きませう』
395と盃(さかづき)をわたし、396ドブドブと徳利(とくり)から注(つ)いでやる。397高姫(たかひめ)はえもいはれぬ嬉(うれ)しさうな顔(かほ)をして、398キチンと両手(りやうて)に盃(さかづき)を持(も)ち、399鼠(ねづみ)のやうな皺(しわ)のよつた口(くち)で、400グーツと呑(の)み、401懐(ふところ)から紙(かみ)を出(だ)して盃(さかづき)をソツと拭(ふ)き、402首(くび)を二(ふた)つ三(み)つ振(ふ)つて、403盃(さかづき)を両手(りやうて)にささげ、404手(て)を左右左(さいうさ)に体(からだ)グチふり乍(なが)ら、
405高姫(たかひめ)『モシこちの人(ひと)、406返盃(へんぱい)致(いた)しませう』
407とさし出(だ)す。408時置師(ときおかし)は、
409時置(ときおか)『アツハヽヽヽ』
410と笑(わら)ひながら盃(さかづき)を受取(うけと)り、411なみなみとつがしてグツと呑(の)み、
 
412時置(ときおか)『○せう○せうと言(い)つて鳴(な)く鳥(とり)は
413  鳥(とり)の中(なか)でも鰥鳥(やもめどり)
414 あゝコリヤコリヤ』
 
415と調子(てうし)にのつて手(て)を拍(う)ち歌(うた)ひ出(だ)した。416高姫(たかひめ)は杢助(もくすけ)のこんな打解(うちと)けた姿(すがた)を見(み)た事(こと)は始(はじ)めてである。417『なんと面白(おもしろ)い可愛(かあい)い人(ひと)だなあ』と思(おも)ひ乍(なが)ら、
418高姫(たかひめ)『三五教(あななひけう)の大元(おほもと)で
419三羽烏(さんばがらす)の杢助(もくすけ)さまは
420月(つき)か花(はな)かよ、はた雪(ゆき)か
421見(み)れば見(み)る程(ほど)美(うつく)しい
422こんな殿御(とのご)と添(そ)ひぶしの
423女(をんな)はさぞや嬉(うれ)しかろ
424ヨイトナ ヨイトナ
425ドツコイシヨ ドツコイシヨ』
426と手(て)を拍(う)つて、427調子(てうし)に乗(の)り歌(うた)ひ出(だ)したり。
 
428杢助(もくすけ)『酔(よ)ふては眠(ねむ)る窈窕(えうてう)高姫(たかひめ)の膝(ひざ)
429  醒(さ)めては握(にぎ)る堂々(だうだう)天下(てんか)の権(けん)』
 
430と博文(はくぶん)もどきに高姫(たかひめ)の膝(ひざ)を枕(まくら)に、431足(あし)を上(あ)げ、432手(て)を拍(う)ち打解(うちと)けて歌(うた)ひ出(だ)した。
433高姫(たかひめ)『三五教(あななひけう)の其(その)中(なか)で
434私(わし)ほど仕合(しあは)せ者(もの)が又(また)あろか
435三羽烏(さんばがらす)の一(いち)人(にん)と
436時(とき)めき渡(わた)る時(とき)さまを
437夫(をつと)に持(も)つて意地悪(いぢわる)い
438東助(とうすけ)さまの向(むか)ふ張(は)り
439これから一(ひと)つ堂々(だうだう)と
440旗挙(はたあげ)致(いた)してみせませう
441日出(ひのでの)神(かみ)の義理(ぎり)天上(てんじやう)
442其(その)神徳(しんとく)は此(この)通(とほ)り
443訳(わけ)の分(わか)らぬ奴(やつ)共(ども)を
444アフンとさせねばなりませぬ
445ホンに嬉(うれ)しい事(こと)だなア
446こんな結構(けつこう)な所(ところ)をば
447高山彦(たかやまひこ)や黒姫(くろひめ)に
448お目(め)にかけたら何(ど)うだらう
449何(なん)でもかんでも構(かま)やせぬ
450ホンに目出(めで)たいお目出(めで)たい
451サアサア時(とき)さま ねよかいな
452遠音(とほね)に響(ひび)く暮(くれ)の鐘(かね)
453塒(ねぐら)求(もと)める群烏(むれがらす)
454小鳥(ことり)も吾(わが)巣(す)へ帰(かへ)るのに
455いつ迄(まで)起(お)きてゐたとてせうがない
456ヤートコセーヨーイヤナ
457アレワイセー、コレワイセー
458サツサ、ヤツトコセー』
459 かかる所(ところ)へヨルは走(はし)り来(きた)り、
460ヨル『モシ、461高姫(たかひめ)様(さま)、462お呼(よ)びになりましたか、463何(なん)とマアお楽(たのし)みの最中(さいちう)を失礼(しつれい)致(いた)しました』
464 高姫(たかひめ)はビツクリして頓狂(とんきやう)な声(こゑ)を出(だ)し、
465高姫『コレ、466ヨル、467誰(たれ)が呼(よ)んだのだい、468彼方(あつちや)へいつてなさい、469本当(ほんたう)に気(き)の利(き)かぬ方(かた)だなア』
470ヨル『ハイ、471実(じつ)の所(ところ)は次(つぎ)の間(ま)に控(ひか)えて御(ご)様子(やうす)を承(うけたま)はつてゐました。472あんな事(こと)云(い)つて貴方(あなた)に危害(きがい)を加(くは)へるのぢやあるまいかと、473受付(うけつけ)はそつちのけにして、474イル、475イク、476サール、477テル、478ハル、479楓(かへで)さま迄(まで)が、480次(つぎ)の間(ま)で貴方(あなた)方(がた)の御(お)話(はなし)を一伍(いちぶ)一什(しじふ)聞(き)いてゐましたよ。481マア此(この)分(ぶん)ならば結構(けつこう)で厶(ござ)いますワ、482お目出(めで)たう』
483 高姫(たかひめ)は焼糞(やけくそ)になり、
484高姫(たかひめ)『此(この)方(かた)は私(わたし)の夫(をつと)だよ。485お前(まへ)も聞(き)いてをつただらうが、486昔(むかし)からの許嫁(いひなづけ)だから、487別(べつ)に隠(かく)す必要(ひつえう)もないのだ、488サア彼方(あつち)へ行(い)かつしやれ』
489ヨル『ハイ、490承知(しようち)致(いた)しました。491甘(うま)い事(こと)仰有(おつしや)いますワイ、492コレコレ楓(かへで)さま、493イル、494イク、495サール、496ハル、497テル、498彼方(あつち)へ行(い)かう、499グヅグヅしてると、500高姫(たかひめ)様(さま)が、501事(こと)にヨルと、502頭(あたま)をハルと、503いふテル……でもない。504これから、505夜(よる)にイルと、506高姫(たかひめ)さまとトさまのイクサールが始(はじ)まるのだから、507サアサアあちらへ控(ひか)えたり控(ひか)えたり、508ホンにホンに、509仲(なか)のいい事(こと)だ、510お目出(めで)たいなア』
511と云(い)ひながら、512七(しち)人(にん)は足音(あしおと)高(たか)く、513ドスドスドスと表(おもて)へ駆(か)け出(だ)した。
514高姫(たかひめ)『コレ時(とき)さま、515起(お)きなさらぬかいな、516意地(いぢ)が悪(わる)い、517若(わか)い奴(やつ)といふ者(もの)は、518物珍(ものめづら)し相(さう)に仕方(しかた)のないものですよ。519最前(さいぜん)から貴方(あなた)との話(はなし)を、520皆(みな)次(つぎ)の間(ま)で聞(き)いてゐたのですもの』
521時置(ときおか)『アハヽヽヽ、522そりや面白(おもしろ)い、523何(いづ)れ年(とし)が老(よ)つて、524結婚(けつこん)をせうと云(い)ふのだから、525チツと度胸(どきよう)がなくちや駄目(だめ)だ。526一層(いつそう)の事(こと)いいぢやないか、527披露(ひろう)する必要(ひつえう)もなくて……なア、528高(たか)ちやん』
529高姫(たかひめ)『さうですなア、530私(わたし)もトちやんがお出(い)でになつてから、531何(なん)だか気(き)がイソイソして心強(こころづよ)くなりましたワ。532サ就寝(やす)みませう』
533時置(ときおか)『それだと云(い)つて、534今(いま)すぐに休(やす)む訳(わけ)にや行(い)くまい。535御(ご)神殿(しんでん)へ行(い)つて御(お)礼(れい)を申上(まをしあ)げ、536そして時置師(ときおかし)と高姫(たかひめ)が臨時(りんじ)結婚(けつこん)を致(いた)しますと申上(まをしあ)げて来(き)たら何(ど)うだらうなア』
537 高姫(たかひめ)はプリンと背中(せなか)をそむけ、
538高姫(たかひめ)『コレ時(とき)さま、539臨時(りんじ)結婚(けつこん)なんて、540厭(いや)ですよ、541永遠(ゑいゑん)無窮(むきう)の結婚(けつこん)でなくちや嘘(うそ)ですわ』
542時置(ときおか)『さうだと云(い)つて、543さう俄(にはか)に大層(たいそう)な婚礼式(こんれいしき)も出来(でき)ぬぢやないか、544今晩(こんばん)は一寸(ちよつと)仮結婚(かりけつこん)としておいて、545互(たがひ)に気(き)に入(い)つたら玉椿(たまつばき)八千代(やちよ)迄(まで)も契(ちぎ)るのだ。546想思(さうし)の男女(だんぢよ)の事(こと)だから、547マアゆつくりと楽(たの)しんで、548婚礼(こんれい)迄(まで)に互(たがひ)の長短(ちやうたん)を調(しら)べて、549いよいよ両方(りやうはう)から、550これならば偕老(かいらう)同穴(どうけつ)を契(ちぎ)つてもよいといふやうになつたら、551それこそ改(あらた)めて公々然(こうこうぜん)と結婚式(けつこんしき)を挙(あ)げやうぢやないか』
552高姫(たかひめ)『あてえ今晩(こんばん)は、553体(からだ)の都合(つがふ)が悪(わる)う厶(ござ)いますから、554御(お)礼(れい)はこらへて戴(いただ)きます、555お客(きやく)さまのある時(とき)に神(かみ)様(さま)へ参(まゐ)るものぢやありませぬからな』
556時置(ときおか)『月(つき)に七日(なぬか)のお客(きやく)さまがあるといふのかな、557ソリヤ仮結婚式(かりけつこんしき)も駄目(だめ)だないか』
558高姫(たかひめ)『ホツホヽヽ、559合点(がつてん)の悪(わる)いお方(かた)だこと、560お客(きやく)さまといへば此(この)人(ひと)だよ』
561と細(ほそ)い目(め)をし乍(なが)ら、562時置師(ときおかし)の肩(かた)をポンと叩(たた)いた。563時置師(ときおかし)はワザとグナリとし乍(なが)ら、564細(ほそ)い目(め)をして、
565時置(ときおか)『エヘツヘヽヽ』
566 こんな話(はなし)をし乍(なが)ら二人(ふたり)は灯火(あかり)を消(け)して、567睦(むつま)じく一夜(いちや)を明(あか)しける。
568(大正一二・一・一八 旧一一・一二・二 松村真澄録)
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