霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 惚泥(でれどろ)〔一四四一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻 篇:第3篇 月照荒野 よみ(新仮名遣い):げっしょうこうや
章:第11章 惚泥 よみ(新仮名遣い):でれどろ 通し章番号:1441
口述日:1923(大正12)年03月16日(旧01月29日) 口述場所:竜宮館 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
日は暮れて、三人は月の光をたよりにテルモン山へ進んで行く。草丈が短い場所に出て、毒蛇の危険から免れたと思ったが、向こうの松林の中に覆面をした黒装束の男が通っている。
求道居士とケリナは、早くもベルが金を奪いにやってきたことを悟った。しかしヘルの言動がだんだんおかしくなり、求道居士が持っているという一万両をなんとか渡してほしいと言いだした。
求道居士は、一万両は心の中に持っているので実際は持っていないのだとヘルに説明した。ケリナは、ヘルはベルと八百長芝居をして金を奪おうとしているだけだと看破した。
ヘルとベルは自棄になって正体を現し、求道居士に金を要求した。求道は着物を脱いで本当に一文も持っていないことを証明した。ヘルとベルは、こうなったらケリナをものにしようと求道居士に襲い掛かり、殴り倒してしまった。
ケリナは二人を争わせておいて、どちらにも身を任せることを拒絶した。ヘルとベルは怒ってケリナの頭に棒を打ち下ろした。
ケリナが打ち倒れると、一大火光が天を焦がして降ってきた。ヘルとベルは驚いて、森林の中を逃げて行ってしまった。これは第一霊国から月照彦命が、二人の危難を救うべく下られたのであった。
求道とケリナが気が付くと、桃色の薄絹を着した麗しきエンゼルが立っていた。うれし涙にかきくれる二人に月照彦命は、神の大道を誤らず身をもって道のために殉じた志を賞した。
月照彦命は、テルモン山に帰るまでにもう一度試みに遭うであろうことを二人に気を付けた。そして、自分の命を惜しむようなことでは世を救うことはできないから、何事も神に任せて救いの道を開くように諭した。
二人は、紫の雲に乗って帰らせ給う月照彦命の後ろ姿を伏し拝んだ。二人は感謝の涙に暮れつつ、天の数歌を称えながらテルモン山を指して進んで行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-06-21 16:57:59 文字数:5148 OBC :rm5611
愛善世界社版:156頁 八幡書店版:第10輯 204頁 修補版: 校定版:164頁 普及版:76頁 初版: ページ備考:
001 求道(きうだう)居士(こじ)はヘル、002ケリナ姫(ひめ)と共(とも)に、003テルモン山(ざん)の小国別(をくにわけ)が館(やかた)をさして、004草(くさ)茫々(ばうばう)たる原野(げんや)を進(すす)み行(ゆ)く。005人通(ひとどほ)りも少(すくな)く、006一面(いちめん)の原野(げんや)には身(み)を没(ぼつ)する許(ばか)りの雑草(ざつさう)生(は)え茂(しげ)り、007所々(ところどころ)に荊蕀(いばら)の叢(むれ)点在(てんざい)し、008思(おも)つたやうに道(みち)が捗(はかど)らない。009種々(いろいろ)の花(はな)は原野(げんや)一面(いちめん)に咲(さ)き匂(にほ)うて居(ゐ)る、010時々(ときどき)足許(あしもと)に蚖蛇(ぐわんだ)現(あら)はれ行歩(かうほ)甚(はなは)だ危険(きけん)である。
011 日(ひ)はずつぽりと暮(く)れて来(き)た。012月(つき)は東方(とうはう)の叢(くさむら)の中(なか)から覗(のぞ)き初(はじ)めた。013北(きた)にはテルモン山(ざん)の高峰(かうほう)が巍然(ぎぜん)として控(ひか)へて居(ゐ)る。014夕(ゆふべ)の風(かぜ)に送(おく)られて晩鐘(ばんしよう)の声(こゑ)いと淋(さび)しげに諸行(しよぎやう)無常(むじやう)と響(ひび)き来(く)る。015白赤斑(しろあかまんだら)の鴉(からす)は空(そら)を封(ふう)じてテルモン山(ざん)の方面(はうめん)さしてガアガアと鳴(な)き乍(なが)ら帰(かへ)り路(ぢ)を急(いそ)いで居(ゐ)る。016三(さん)人(にん)は月(つき)の光(ひかり)を便(たよ)りに進(すす)んで行(い)つた。017併(しか)し乍(なが)ら足許(あしもと)に匍匐(ほふく)してゐる蚖蛇(ぐわんだ)の危険(きけん)を免(まぬが)るる事(こと)は到底(たうてい)出来(でき)ない。018何程(なにほど)月(つき)は登(のぼ)りかけても長細(ながほそ)き雑草(ざつさう)に隔(へだ)てられ、019且(か)つ昼(ひる)の如(ごと)くハツキリしない、020若(も)し誤(あやま)つて蚖蛇(ぐわんだ)の尾(を)でも踏(ふ)まうものなら、021忽(たちま)ち噛(か)みつかれ、022即座(そくざ)に命(いのち)を落(おと)さねばならぬ危険(きけん)がある。023求道(きうだう)居士(こじ)は惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)を唱(とな)へ又(また)、024天(あま)の数歌(かずうた)を奏上(そうじやう)し乍(なが)ら進(すす)んで行(ゆ)く、025ヘル及(およ)びケリナ姫(ひめ)は未(いま)だ神徳(しんとく)足(た)らずとして数歌(かずうた)を唱(とな)ふる事(こと)を遠慮(ゑんりよ)し、026ヘルはバラモンの経(きやう)を称(とな)へ乍(なが)ら二人(ふたり)の後(あと)に跟(つ)いて行(ゆ)く。
 
027 或(わく)遇(ぐ)悪(あく)羅(ら)刹(せつ)  毒(どく)竜(りう)諸(しよ)鬼(き)等(とう)
028 念(ねん)彼(ぴ)観(くわん)音(のん)力(りき)  時(じ)悉(しつ)不(ぶ)敢(かん)害(がい)
029 若(にやく)悪(あく)獣(じう)囲(ゐ)繞(ねう)  利(り)牙(げ)爪(さう)可(か)怖(ふ)
030 念(ねん)彼(ぴ)観(くわん)音(のん)力(りき)  疾(しつ)走(そう)無(む)辺(へん)方(ぱう)
031 蚖(ぐわん)蛇(じや)及(ぎう)蝮(ぶく)蠍(かつ)  気(き)毒(どく)焔(えん)火(くわ)然(ねん)
032 念(ねん)彼(ぴ)観(くわん)音(のん)力(りき)  尋(じん)声(じやう)自(じ)回(ゑ)去(こ)
033 雲(うん)雷(らい)鼓(く)掣(せい)電(でん)  降(ごう)雹(ばく)澍(じゆ)大(だい)雨(う)
034 念(ねん)彼(ぴ)観(くわん)音(のん)力(りき)  応(おう)時(じ)得(とく)消(せう)散(さん)[※観音経の一節]
 
035と唱(とな)へながら進(すす)んで行(ゆ)く。036幸(さいはひ)に経文(きやうもん)の力(ちから)でもあらうか、037毒蛇(どくじや)も現(あら)はれず稍(やや)広(ひろ)き草(くさ)の短(みじか)き所(ところ)へ出(で)た。038まだこれからはテルモン山(ざん)の麓(ふもと)へは我(わが)国(こく)の里程(りてい)に換算(なほ)して二(に)里(り)以上(いじやう)もある。039さうして山(やま)は一(いち)里(り)許(ばか)り上(あが)らねばならぬ。040そこが小国別(をくにわけ)の館(やかた)であつた。041三(さん)人(にん)はやつと危険(きけん)区域(くゐき)を脱(のが)れ、042白楊樹(はくやうじゆ)の麓(ふもと)に、043折(をり)からさし登(のぼ)る月(つき)を眺(なが)めながら、044腰(こし)を卸(おろ)して休息(きうそく)した。045此(この)時(とき)覆面(ふくめん)頭巾(づきん)の黒装束(くろしやうぞく)をした男(をとこ)、046ノソリノソリと遥(はるか)向(むか)ふの松林(まつばやし)を通(とほ)るのが見(み)えた。047ヘルは目敏(めざと)く之(これ)を見(み)て、
048ヘル『もし先生(せんせい)、049今(いま)彼方(あちら)へ怪(あや)しの影(かげ)が通(とほ)りましたが、050あれは一体(いつたい)何(なん)でせうかな』
051求道(きうだう)『ウン、052あれは泥坊(どろばう)と見(み)える。053何(なに)か悪(わる)い目的(もくてき)を以(もつ)て旅人(たびびと)を掠(かす)めようとやつて来(き)たのだらうが、054先方(せんぱう)は一人(ひとり)、055此方(こちら)は三(さん)人(にん)だから到底(たうてい)駄目(だめ)だと思(おも)うて、056道(みち)を外(そ)れたのであらう。057アア可愛(かあい)さうな男(をとこ)だなア。058此(この)世(よ)の中(なか)に為(な)すべき事業(じげふ)は沢山(たくさん)あるに、059どうして泥坊(どろばう)なんかするのか、060どうかして助(たす)けてやりたいものだが、061もはや何処(どこ)かへ行(い)つて了(しま)つた』
062ヘル『もし先生(せんせい)、063もう泥坊(どろばう)を助(たす)けるのはお止(や)めなさい。064あのベルだつてあの通(とほ)りですもの。065ゼネラルさまから沢山(たくさん)のお金(かね)を頂(いただ)き、066もう是(これ)切(き)り泥坊(どろばう)はやらないと云(い)うて置(お)き乍(なが)ら、067まだ精神(せいしん)が直(なほ)らないのですから、068駄目(だめ)ですよ』
069求道(きうだう)『それでもお前(まへ)は改心(かいしん)したぢやないか。070ベルのやうな男(をとこ)のみはあるまい。071あれでも時節(じせつ)が来(き)たならば、072きつと改心(かいしん)するだらう』
073ヘル『そりやさうです。074私(わたし)も実(じつ)はゼネラル様(さま)からお金(かね)を頂(いただ)き、075これつきり泥坊(どろばう)を止(や)めて正業(せいげふ)に就(つ)かうと思(おも)ふて居(ゐ)ましたに、076つい悪友(あくいう)の為(ため)に折角(せつかく)の決心(けつしん)が鈍(にぶ)り、077益々(ますます)悪事(あくじ)が増長(ぞうちよう)して終(しまひ)には人(ひと)を殺(ころ)し、078其(その)天罰(てんばつ)であの世(よ)の関所(せきしよ)迄(まで)やられて来(き)たやうな悪人(あくにん)が、079今(いま)漸(やうや)く改心(かいしん)して貴方(あなた)のお伴(とも)するやうになつたのですから、080泥坊(どろばう)だつて改心(かいしん)せないには限(かぎ)つて居(を)りませぬ。081併(しか)し乍(なが)ら今日(けふ)はケリナさまを送(おく)つて行(ゆ)かねばなりませぬから、082途中(とちう)で泥坊(どろばう)に出会(であ)つても相手(あひて)にならないやうにして下(くだ)さいませや』
083求道(きうだう)『ウン、084承知(しようち)した。085併(しか)し乍(なが)らベツタリ出会(であ)つた時(とき)にや、086先方(むかふ)が改心(かいしん)せうと、087しまいと、088一応(いちおう)の訓戒(くんかい)は与(あた)へねばならぬ。089魔道(まだう)に堕(お)ちたる人間(にんげん)を、090修験者(しゆげんじや)として見捨(みすて)る訳(わけ)には行(ゆ)かぬからなア』
091ヘル『それもさうですなア。092成(な)る可(べ)くそんなものに出会(であ)はないやうに、093神(かみ)様(さま)に願(ねが)つて参(まゐ)りませうか』
094ケリナ『もしお二人(ふたり)様(さま)、095あの怪(あや)しい影(かげ)は何(ど)うも私(わたし)はベルのやうに思(おも)ひますが、096違(ちが)ひませうかな』
097求道(きうだう)『ケリナさまのお察(さつ)しの通(とほ)りだ。098間違(まちが)ひはありますまい』
099ヘル『エ、100あの影(かげ)がベルぢやと仰有(おつしや)るのですか、101そいつは怪(け)しからぬ。102吾々(われわれ)が疲労(くたぶ)れて野宿(のじゆく)でもせうものなら、103寝込(ねこみ)を考(かんが)へて先生(せんせい)のお金(かね)を取(と)らうと云(い)ふ考(かんが)へで来(き)よつたのでせう。104仕方(しかた)の無(な)い奴(やつ)ですなア』
105求道(きうだう)『ウン仕方(しかた)の無(な)い奴(やつ)だ。106何程(なにほど)改心(かいしん)して居(ゐ)ても金(かね)の顔(かほ)を見(み)ると、107直(すぐ)に又(また)悪(あく)に還(かへ)るのが小人(せうじん)の常(つね)だ。108お前(まへ)は俺(おれ)の懐(ふところ)に持(も)つて居(ゐ)る一万(いちまん)両(りやう)の金(かね)は欲(ほ)しい事(こと)は無(な)いか』
109ヘル『別(べつ)に……たつて欲(ほ)しいとは申(まを)しませぬ。110併(しか)し貴方(あなた)が与(や)らうと仰有(おつしや)れば頂(いただ)きます。111これから修験者(しゆげんじや)になつて世界(せかい)を歩(ある)かうと思(おも)へば旅費(りよひ)も要(い)りますからなア』
112求道(きうだう)『さうすると矢張(やつぱ)りお前(まへ)も油断(ゆだん)のならない男(をとこ)だ。113トコトンの改心(かいしん)は中々(なかなか)出来(でき)ぬものと見(み)えるのう』
114ヘル『人間(にんげん)は如何(いか)に神(かみ)様(さま)の御子(みこ)ぢやと云(い)つても、115天国(てんごく)と地獄(ぢごく)との間(あひだ)に介在(かいざい)して居(ゐ)る以上(いじやう)は、116善(ぜん)許(ばか)りでは到底(たうてい)世(よ)に立(た)つていく事(こと)は出来(でき)ませぬ。117内的(ないてき)生活(せいくわつ)は如何(いか)やうにも出来(でき)ませうが、118衣食住(いしよくぢゆう)の為(ため)に苦(くる)しまねばならぬ肉体(にくたい)は、119多少(たせう)の自愛心(じあいしん)も必要(ひつえう)で厶(ござ)いますからなア』
120求道(きうだう)『刹帝利(せつていり)や毘舎(びしや)や、121首陀(しゆだ)なれば、122多少(たせう)自愛(じあい)の心(こころ)も生存中(せいぞんちゆう)は必要(ひつえう)だらうが、123最早(もはや)修験者(しゆげんじや)となると定(きま)つた以上(いじやう)は金(かね)などは必要(ひつえう)はない。124神(かみ)のまにまに野山(のやま)に伏(ふ)し、125食(しよく)あれば食(しよく)を取(と)り、126食(しよく)なければ水(みづ)を飲(の)み、127水(みづ)も無(な)ければ草(くさ)でも噛(か)んで行(ゆ)くのが修験者(しゆげんじや)の務(つと)めだ。128一切(いつさい)の物欲(ぶつよく)を捨(す)てねば神(かみ)の使(つかひ)となる事(こと)は出来(でき)ないからのう』
129ヘル『成程(なるほど)、130仰(おほ)せ御尤(ごもつと)もで厶(ござ)います。131併(しか)し乍(なが)ら貴方(あなた)は修験者(しゆげんじや)の身分(みぶん)であり乍(なが)ら、132一万(いちまん)両(りやう)の金(かね)を持(も)つて居(を)ると仰有(おつしや)つたぢやありませぬか、133どうも仰有(おつしや)る事(こと)が矛盾(ホコトン)して居(ゐ)るやうに思(おも)はれてなりませぬがなア』
134求道(きうだう)『ハハハハハ、135私(わたし)は実際(じつさい)は無一物(むいつぶつ)だ。136併(しか)し乍(なが)ら心(こころ)の中(うち)に一万(いちまん)両(りやう)持(も)つて居(ゐ)るのだ。137どうかして是(これ)を投(な)げ出(だ)したいと思(おも)ふて居(ゐ)るが、138まだ罪業(ざいごふ)が充(み)たないと見(み)えて除去(ぢよきよ)する事(こと)が出来(でき)ないのだ。139俺(おれ)の一万(いちまん)両(りやう)と云(い)ふのは、140我慢(がまん)、141高慢(かうまん)、142自慢(じまん)、143忿慢(ふんまん)、144慢心(まんしん)と云(い)ふ悪竜(あくりう)が一匹(いつぴき)残(のこ)つて居(ゐ)ると云(い)ふ事(こと)なのだ。145此(この)一万竜(いちまんりよう)を何(なん)とかして放(ほ)り出(だ)さなくては、146比丘(びく)になつても天地(てんち)へ恥(はづ)かしくて仕方(しかた)がないから、147宣伝使(せんでんし)でもなければ俗人(ぞくじん)でも無(な)い、148半聖(はんせい)半俗(はんぞく)の境遇(きやうぐう)に彷徨(さまよ)ひ、149修験者(しゆげんじや)となつて居(ゐ)るのだ。150どうぞして御(ご)神徳(しんとく)を頂(いただ)き、151宣伝使(せんでんし)の候補者(こうほしや)にでもなりたいものだが、152仲々(なかなか)容易(ようい)の事(こと)ではない、153それがために実(じつ)は困(こま)つて居(ゐ)るのだ』
154ヘル『私(わたし)は又(また)本当(ほんたう)のお金(かね)を一万(いちまん)両(りやう)懐中(ぽつぽ)に持(も)つて厶(ござ)るのかと、155固(かた)く信(しん)じて居(を)りました。156先生(せんせい)は口(くち)でこそ恬淡(てんたん)無欲(むよく)らしう見(み)せて厶(ござ)るが、157矢張(やつぱ)り内心(ないしん)は、158マンモニストだと思(おも)つて居(ゐ)たに、159形(かたち)の上(うへ)の宝(たから)は些(ちつと)も持(も)つて居(ゐ)られないのですか。160それで私(わたし)の疑団(ぎだん)も晴(は)れました。161ベルの奴(やつ)本当(ほんたう)に貴方(あなた)が現金(げんきん)を所持(しよぢ)して居(ゐ)ると思(おも)ひ、162こんな所(ところ)迄(まで)跟(つ)いて来(き)たかと思(おも)へば可憐(かあい)さうぢやありませぬか』
163ケリナ『ホホホホホ、164ヘルも可憐(かあい)さうぢやありませぬか。165貴方(あなた)だつてベルと八百長(やほちやう)喧嘩(げんくわ)をして、166旨(うま)く修験者(しゆげんじや)を誑(たぶら)かし、167一万(いちまん)両(りやう)の金(かね)を取(と)らうと思(おも)つて来(き)たのでせう。168そんな事(こと)はチヤンと、169私(わたくし)も先生(せんせい)も看破(かんぱ)してゐたのですよ。170この辺(あたり)で諜合(しめしあ)はし、171ボツタクル考(かんが)へであつたのでせう』
172求道(きうだう)『アハハハハ、173オイ、174ヘル、175もう駄目(だめ)だ。176俺(おれ)達(たち)の前(まへ)にはどんな悪(あく)も施(ほどこ)すの余地(よち)がないぞ。177本当(ほんたう)に改心(かいしん)するか、178どうだ』
179ヘル『ヘン馬鹿(ばか)らしい、180素寒貧(すかんぴん)の文(もん)なしに跟(つ)いて来(き)たかと思(おも)へば業腹(ごふはら)だ。181オーイ、182ベル一寸(ちよつと)来(こ)い、183此奴(こいつ)はあんな事(こと)を云(い)やがつて一万(いちまん)両(りやう)持(も)つてけつかるに違(ちが)ひない、184早(はや)う来(こ)い、185ヤーイ』
186と呶鳴(どな)り出(だ)した。187忽(たちま)ち駆(か)けて来(き)たベルは威猛高(ゐたけだか)になり、
188ベル『アハハハハ、189今(いま)迄(まで)はバラモン軍(ぐん)の上官(じやうくわん)で、190カーネル カーネルと尊敬(そんけい)して来(き)たが、191もうそんな態(ざま)になつて零落(おちぶれ)て来(き)た以上(いじやう)は一個(いつこ)の修験者(しゆげんじや)だ。192サア綺麗(きれい)薩張(さつぱ)りと懐(ふところ)の金(かね)を渡(わた)せばよし、193グヅグヅ吐(ぬか)すと肝腎要(かんじんかなめ)の命(いのち)が危(あぶ)ないぞ。194サアどうだ、195返答(へんたふ)聞(き)かう』
196求道(きうだう)『ハハハハハ、197分(わか)らん奴(やつ)だなア、198俺(おれ)の体(からだ)を何処(どこ)なりと調(しら)べて見(み)よ、199一文(いちもん)も持(も)つて居(ゐ)やしないわ』
200ベル『そんなら早(はや)く裸体(はだか)になつて見(み)せろ』
201 求道(きうだう)はムクムクと真裸体(まつぱだか)になり、202薄(うす)い着物(きもの)をはたき乍(なが)ら、203二人(ふたり)の前(まへ)に放(ほ)り出(だ)した。
204ヘル『ハハア、205矢張(やつぱ)り駄目(だめ)だな。206併(しか)し乍(なが)らこのナイスをどうしても自分(じぶん)の物(もの)にせなくては嘘(うそ)だ。207それについては此(この)修験者(しゆげんじや)が居(を)ると何彼(なにか)の邪魔(じやま)になる。208サア序(ついで)にバラさうぢやないか』
209 求道(きうだう)は頻(しき)りに天(あま)の数歌(かずうた)を奏上(そうじやう)し始(はじ)めた。210ヘル、211ベルの両人(りやうにん)は些(すこ)しも頓着(とんちやく)せず、212ベルの持(も)つて来(き)た二本(にほん)の棒千切(ぼうちぎれ)を持(も)つて双方(さうはう)より打(う)つてかかる。213ケリナは白楊樹(はくやうじゆ)に抱(だ)きついて慄(ふる)うて居(ゐ)る。214求道(きうだう)居士(こじ)は真裸体(まつぱだか)のまま一生(いつしやう)懸命(けんめい)防(ふせ)ぎ戦(たたか)うた。215されど一本(いつぽん)の木切(きぎれ)も持(も)つて居(ゐ)ない真裸体(まつぱだか)の求道(きうだう)は、216二人(ふたり)の為(ため)に打(う)ちのめされ其(その)場(ば)に絶命(ことぎれ)となつて了(しま)つた。217両人(りやうにん)は冷(ひや)やかに笑(わら)ひ乍(なが)ら、
218ベル、ヘル『アハハハハ、219どうやらこれで俺(おれ)達(たち)にもハツピネスが見舞(みま)うて来(き)たらしい。220サア是(これ)からがナイスの番(ばん)だ。221何(なん)と云(い)つても斯(か)うなれば此方(こつち)の自由(じいう)だ。222オイ、223ケリナとやら、224俺(おれ)達(たち)二人(ふたり)の意志(いし)に従(したが)ふかどうだ』
225ケリナ『肝腎(かんじん)の修験者(しゆげんじや)迄(まで)が、226此(この)通(とほ)りなられたので厶(ござ)いますから、227女(をんな)の細腕(ほそうで)で抵抗(ていかう)して見(み)た所(ところ)で仕様(しやう)が厶(ござ)いませぬ。228御(ご)意見(いけん)に従(したが)ひませう、229併(しか)しラマ教(けう)のやうに多夫(たふ)一妻(いつさい)主義(しゆぎ)はどうも面白(おもしろ)う厶(ござ)いませぬ。230何方(どちら)かお一人(ひとり)に願(ねが)ひ度(た)いもので厶(ござ)いますなア』
231ベル『成程(なるほど)お前(まへ)の云(い)ふのも尤(もつと)もだ。232まだお前(まへ)はバージン姿(すがた)だから到底(たうてい)誰(たれ)が好(すき)だの嫌(きら)ひだのと云(い)ふ事(こと)はよう云(い)ふまいから、233一(ひと)つ茲(ここ)で俺(おれ)達(たち)二人(ふたり)が抽籤(ちうせん)をやつて、234一(いち)の出(で)た方(はう)がお前(まへ)を女房(にようばう)にすると云(い)ふ事(こと)に定(き)めようかなア』
235ケリナ『物品(ぶつぴん)か何(なに)かのやうに抽籤(ちうせん)とは余(あま)りぢや厶(ござ)いませぬか、236どうか私(わたくし)に選(えら)まして頂(いただ)く訳(わけ)には行(ゆ)きますまいかなア』
237ベル『ウン、238それも一方法(いちはうはふ)だ。239善悪(ぜんあく)美醜(びしう)をトランセンドして、240お前(まへ)の本(ほん)守護神(しゆごじん)の得心(とくしん)した方(はう)に向(む)いたが好(よ)からう。241スタイルは醜(みにく)うても心(こころ)の綺麗(きれい)な男(をとこ)らしい男(をとこ)もあり、242何程(なにほど)スタイルは好(よ)くても、243心(こころ)の汚(きたな)い卑劣(ひれつ)の男(をとこ)もあるからなア、244そこはそれ選択(せんたく)を誤(あやま)らない様(やう)にしたがよろしからうぞ』
245ケリナ『そりやさうで厶(ござ)いますな。246何(なん)と云(い)つても男(をとこ)らしい男(をとこ)で、247何処(どこ)ともなしに同情心(どうじやうしん)のある柔(やさ)し味(み)のある方(かた)が好(す)きですわ、248人(ひと)を叩(たた)き殺(ころ)して埋(い)けてもやらないやうな方(かた)は絶対(ぜつたい)に嫌(きら)ひです』
249ベル『成程(なるほど)俺(おれ)も最前(さいぜん)からヘルの棒(ぼう)が当(あた)つて死(し)んだ修験者(しゆげんじや)に同情(どうじやう)の涙(なみだ)を濺(そそ)いで、250どうか死骸(しがい)でも隠(かく)して上(あ)げ度(た)いと思(おも)うて居(ゐ)た所(ところ)だ。251余(あま)り妻(つま)の選択(せんたく)に就(つ)いて気(き)を取(と)られて居(を)つたものだからウツかりして居(ゐ)た。252是(これ)もお前(まへ)を愛(あい)する心(こころ)が深(ふか)いのだから、253決(けつ)して悪(わる)くは思(おも)うて下(くだ)さるな』
254ケリナ『女(をんな)の美貌(びばう)に現(うつつ)を抜(ぬ)かして仮令(たとへ)ヘルが殺(ころ)したにもせよ、255死屍(しし)の横(よこ)たはつて居(ゐ)るのを見(み)て隠(かく)してやらうともせぬ男(をとこ)は嫌(きら)ひですわ、256お前(まへ)の棒(ぼう)が当(あた)つて死(し)ななくても同(おな)じ事(こと)ですよ。257矢張(やつぱ)り二人(ふたり)して殺(ころ)すといふ考(かんが)へだつたのでせう。258同(おな)じ悪人(あくにん)に身(み)を任(まか)す程(ほど)なら、259スタイルの美(うつく)しいヘルさまに身(み)を任(まか)しますわ』
260ヘル『エヘヘヘヘ、261オイ、262ベルどうだ、263恋(こひ)の凱旋(がいせん)将軍(しやうぐん)様(さま)だ。264畏(おそ)れ入(い)つたか』
265ベル『ヘン馬鹿(ばか)にするない、266「色(いろ)は年増(としま)が艮(とど)め刺(さ)す」と云(い)つて最後(さいご)の勝利(しようり)は俺(おれ)の手(て)に握(にぎ)つて居(を)るのだ』
267ヘル『馬鹿(ばか)云(い)へ、268御(ご)本人(ほんにん)が承諾(しようだく)しない恋(こひ)が何(なん)になるか、269お生憎(あいにく)様(さま)だ、270イヒヒヒヒ』
271ケリナ『ホホホホホ、272揃(そろ)ひも揃(そろ)ふたデレ泥(どろ)だ事(こと)、273誰(たれ)がお前(まへ)のやうな馬鹿者(ばかもの)に身(み)を任(まか)すものがありますか、274よい加減(かげん)に自惚(うぬぼれ)をして置(お)きなさい』
275ベル『オイ、276何程(なにほど)美人(びじん)だと云(い)つてもこれだけ侮辱(ぶじよく)せられては、277女房(にようばう)にする訳(わけ)にも馬鹿(ばか)らしくて出来(でき)ぬぢやないか、278序(ついで)に此奴(こいつ)も一緒(いつしよ)にバラしてやらうかい』
279ヘル『ウンさうだ。280かう愛想(あいさう)尽(づ)かしを云(い)はれては仕(し)やうがない。281女(をんな)は世界(せかい)に幾人(いくら)でもある。282此(この)女(をんな)を生(い)かして置(お)いては修験者(しゆげんじや)を殺(ころ)したのは俺(おれ)達(たち)だと云(い)つて貰(もら)うと、283些(ちつと)許(ばか)り剣呑(けんのん)だから、284やつつけて仕舞(しま)はうよ』
285 ベルは、
286ベル『よし合点(がつてん)だ』
287と矢庭(やには)に棒千切(ぼうちぎれ)をもつて打(う)つてかかる。288ケリナは白楊樹(はくやうじゆ)を盾(たて)に取(と)つて身(み)を脱(のが)れようとする。289ヘルは又(また)もや棒千切(ぼうちぎれ)をもつて脳天(なうてん)目蒐(めが)けて打(う)ち卸(おろ)した。290憐(あはれ)やケリナはキヤツと悲鳴(ひめい)を上(あ)げ其(その)場(ば)に打(う)ち倒(たふ)れた。291此(こ)の時(とき)天(てん)を焦(こが)して下(くだ)り来(く)る一大(いちだい)火光(くわくわう)があつた、292二人(ふたり)は驚(おどろ)いて雲(くも)を霞(かすみ)と森林(しんりん)の中(なか)を逃(に)げて行(ゆ)く。293火団(くわだん)は忽(たちま)ち二人(ふたり)の倒(たふ)れて居(を)る前(まへ)に降下(かうか)した。294是(これ)は第一(だいいち)霊国(れいごく)より月照彦(つきてるひこの)命(みこと)が、295二人(ふたり)の危難(きなん)を救(すく)ふべく神(かみ)の命(めい)を帯(お)びて下(くだ)られたのである。296二人(ふたり)は漸(やうや)く火団(くわだん)の落下(らくか)した音(おと)に気(き)が付(つ)き、297四辺(あたり)を見(み)れば、298桃色(ももいろ)の薄絹(うすぎぬ)を着(ちやく)した麗(うるは)しきエンゼルが立(た)つて居(ゐ)る。299求道(きうだう)居士(こじ)は拍手(はくしゆ)再拝(さいはい)して救命(きうめい)の恩(おん)を感謝(かんしや)した。300ケリナも亦(また)エンゼルを拝(をが)み一言(ひとこと)も発(はつ)せず、301嬉(うれ)し涙(なみだ)にかき暮(く)れて居(ゐ)る。302エンゼルは言葉(ことば)静(しづか)に両人(りやうにん)に向(むか)ひ、
303エンゼル『汝(なんぢ)等(ら)両人(りやうにん)、304神(かみ)の大道(だいだう)を誤(あやま)らず、305身(み)をもつて道(みち)の為(ため)に殉(じゆん)じたる其(その)志(こころざし)は見上(みあ)げたものだ。306其(その)方(はう)の志(こころざし)に免(めん)じ、307霊国(れいごく)より汝(なんぢ)等(ら)を救(すく)ふべく下(くだ)つて来(き)た。308吾(われ)は月照彦(つきてるひこの)神(かみ)なり。309随分(ずいぶん)気(き)をつけてテルモン山(ざん)に帰(かへ)つたがよからう。310それ迄(まで)に、311も一度(いちど)試(こころ)みに遇(あ)ふ事(こと)があるだらう。312屹度(きつと)自分(じぶん)の命(いのち)を惜(をし)むやうな事(こと)では世(よ)を救(すく)ふ事(こと)は出来(でき)ないから、313何事(なにごと)も神(かみ)に任(まか)して救(すく)ひの道(みち)を拓(ひら)いたらよからう。314さらば』
315と一言(ひとこと)を残(のこ)し、316紫(むらさき)の雲(くも)に乗(の)つて東(ひがし)の空(そら)を指(さ)して帰(かへ)らせたまふた。317二人(ふたり)は後姿(うしろすがた)を伏拝(ふしをが)み、318感謝(かんしや)の涙(なみだ)に暮(く)れつつ、319天(あま)の数歌(かずうた)を称(とな)へながらテルモン山(ざん)を指(さ)して帰(かへ)り行(ゆ)く。
320赤心(まごころ)を貫(つらぬ)き通(とほ)す桑(くは)の弓(ゆみ)
321届(とど)かざらめや神(かみ)の御国(みくに)へ。
322(大正一二・三・一六 旧一・二九 於竜宮館 加藤明子録)
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