霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 方岩(はこいは)〔一四四四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻 篇:第3篇 月照荒野 よみ(新仮名遣い):げっしょうこうや
章:第14章 方岩 よみ(新仮名遣い):はこいわ 通し章番号:1444
口述日:1923(大正12)年03月17日(旧02月1日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ヘルはベルを介抱し、目を覚まさせた。二人はデビスが死んだものと思って、宝石を残らずはぎとってしまった。するとベルとヘルは、分け前を巡ってその場で争い始めた。激しい格闘の末、二人ともその場に倒れてしまった。
そこへ宣伝歌を歌いながら求道居士とケリナがやってきた。求道とケリナは倒れている三人を見つけ、ケリナは一人が姉のデビスであることを認めた。求道はデビス姫を方岩の上に運び、介抱した。
デビスは目をさまし、修験者が自分を助けてくれたこと、妹のケリナも一緒にいることを知った。そして二人に、こんなところに荒行に来て、盗賊二人に襲われたいきさつを話した。
求道は、倒れている盗賊が自分を殺そうとしたベルとヘルだと認めながら、神様はこの両人を使って我々に苦集滅道の真諦をお示しになったのかもしれないと宣し直し、水をくんで介抱した。
ヘルは気が付いて、涙を流して求道に謝罪した。そしてデビスから奪った宝石を懐から出して、返そうと差し出した。ベルはそれを横合いから奪い取り、足をチガチガさせながら長く伸びた草丈のなかに身を隠して消えてしまった。
求道はヘルにデビスを背負わせ、神言を奏上しながら月夜の道をテルモン山の神館指して進んで行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-07-01 19:25:10 文字数:6684 OBC :rm5614
愛善世界社版:197頁 八幡書店版:第10輯 219頁 修補版: 校定版:208頁 普及版:94頁 初版: ページ備考:
001 ヘルは月影(つきかげ)にベルの姿(すがた)をよくよく見(み)れば、002目(め)を眩(まか)してゐる。003幸(さいは)ひ傍(かたはら)に小(ちひ)さい水(みづ)だまりがあつてそれに月(つき)が光(ひか)つてるのを認(みと)め、004口(くち)に水(みづ)を含(ふく)み来(きた)り、005ベルの面(かほ)や口(くち)などに幾回(いくくわい)となく含(ふく)ませた。006漸(やうや)くにして息(いき)を吹返(ふきかへ)し、007四辺(あたり)をキヨロキヨロ見廻(みまは)し乍(なが)ら、
008ベル『あーー、009一体(いつたい)此処(ここ)はどこだ。010エライ所(ところ)へ行(い)つて来(き)た』
011と不思議(ふしぎ)相(さう)にヘルの面(かほ)を覗(のぞ)き込(こ)んでゐる。012ヘルは声(こゑ)を励(はげ)まして、
013ヘル『オイ、014ベル、015確(しつか)りせぬか、016汝(きさま)今(いま)、017ナイスに喉(のど)を締(し)められ、018目(め)を眩(まか)してゐやがつたのだ。019俺(おれ)が今(いま)いろいろと介抱(かいはう)して助(たす)けてやつたのだ。020サア、021早(はや)く立(た)たぬか、022何時(なんどき)追手(おつて)が来(く)るか知(し)れないぞ。023此処(ここ)は夜(よる)とはいへど通道(とほりみち)だ、024サア、025確(しつか)りした確(しつか)りした』
026と背中(せなか)をポンポン叩(たた)いてゐる。
027ベル『ああ矢張(やつぱ)り夢(ゆめ)だつたか、028エライ所(ところ)へ俺(おれ)は行(い)つて居(を)つた。029沢山(たくさん)な赤(あか)や青(あを)の鬼(おに)が鉄棒(かなぽう)持(も)つて四方(しはう)八方(はつぱう)より俺(おれ)を追(おつ)かけて来(く)る其(その)苦(くる)しさ、030まア夢(ゆめ)でよかつた。031併(しか)しあのナイスは何(ど)うなつたか、032取逃(とりにが)しただらうな』
033ヘル『ナニ、034汝(きさま)が喉(のど)を締(し)められヂタバタやつてるのを見(み)るに見(み)かねて、035後(うしろ)から棒千切(ぼうちぎ)れでポンとやつた所(ところ)、036脆(もろ)くも倒(たふ)れよつたのだ。037それみよ、038そこに倒(たふ)れてるだないか』
039 ベルはダイヤモンドの光(ひかり)を見(み)るより早(はや)く、
040ベル『ヤツ』
041と云(い)つたきり、042猿臂(ゑんぴ)を伸(の)ばして頭(あたま)の飾(かざり)をむしり取(と)り、043矢庭(やには)に懐(ふところ)に捻込(ねぢこ)むだ。044ヘルは、
045ヘル『エー、046毒(どく)をくはば皿(さら)までだ。047人殺(ひとごろし)の大罪(だいざい)を犯(おか)したのだから宝石(はうせき)を盗(ぬす)んでも矢張(やつぱ)り同(おな)じ事(こと)だ。048同(おな)じ罪(つみ)になるのなら、049之(これ)でも奪(と)つて太(ふと)く短(みじか)く暮(くら)さうかい』
050と悪胴(わるどう)をすゑ、051デビスのコルプス[※英語で死体のこと。corpse]を探(さぐ)つて、052光(ひか)つた物(もの)は残(のこ)らず剥(は)ぎ取(と)つて了(しま)つた。
053ベル『アハハハハ、054脆(もろ)いものだな、055併(しか)し之(これ)丈(だけ)沢山(たくさん)な宝石(はうせき)を体(からだ)につけやがつて、056実(じつ)に贅沢(ぜいたく)な者(もの)ぢやないか、057今日(こんにち)の貴族(きぞく)生活(せいくわつ)をしてる奴(やつ)は皆(みな)是(これ)だからのう、058下(した)の人間(にんげん)が苦(くるし)むのも無理(むり)はないワイ。059俺(おれ)達(たち)は此(この)宝石(はうせき)をどつかの町(まち)へ持(も)つて行(い)つて売(うり)とばし、060罪亡(つみほろ)ぼしに天下(てんか)の貧民(ひんみん)を与(あた)ふ限(かぎ)り助(たす)けてやらうぢやないか。061そすりや人(ひと)の一人(ひとり)位(ぐらゐ)殺(ころ)したつて万民(ばんみん)を助(たす)けるのだから、062大罪(だいざい)所(どころ)か却(かへつ)て天(てん)から御(ご)褒美(ほうび)を頂(いただ)くかも知(し)れないぞ』
063ヘル『天(てん)から御(ご)褒美(ほうび)を頂(いただ)くことは到底(たうてい)望(のぞ)まれないとしても、064せめて罪(つみ)を軽(かる)うしてもらふ事(こと)は出来(でき)るだらう。065兎(と)も角(かく)汝(きさま)の持(も)つてゐる宝石(はうせき)を皆(みな)俺(おれ)に渡(わた)せ、066汝(きさま)に持(も)たしておくと又(また)愛我心(あいがしん)を起(おこ)しよつて、067貧民(ひんみん)救済(きうさい)に用(もち)ゐないかも知(し)れない。068俺(おれ)に持(も)たしておけば此(この)宝(たから)を善用(ぜんよう)して、069汝(きさま)の罪(つみ)も軽(かる)くなり俺(おれ)の罪(つみ)も軽(かる)くなるやうにしてやるからなア』
070ベル『馬鹿(ばか)云(い)ふな、071汝(きさま)のやうな風(かぜ)が吹(ふ)いても慄(ふる)うてるやうな人間(にんげん)に持(も)たしておくのは険呑(けんのん)だ、072剛胆(がうたん)不敵(ふてき)の俺(おれ)のやうな人間(にんげん)の懐(ふところ)に持(も)つてをれば、073如何(いか)なる悪魔(あくま)も狙(ねら)ふこた出来(でき)ない、074サア、075スツパリこちらへ渡(わた)せ』
076ヘル『馬鹿(ばか)云(い)ふない、077俺(おれ)が助(たす)けてやらなかつたら汝(きさま)は此(この)世(よ)に生(い)きてるこた出来(でき)ぬのだ。078そんな執着心(しふちやくしん)はやめて、079皆(みな)俺(おれ)に渡(わた)すのだ』
080ベル『汝(きさま)はそんな態(てい)のよい事(こと)をいつて、081俺(おれ)から宝石(はうせき)を奪(うば)ひ取(と)り、082一人(ひとり)で猫婆(ねこばば)をきめこむ積(つも)りだらう。083今日(こんにち)の奴(やつ)は慈善会(じぜんくわい)だとか、084或(あるひ)は孤児院(こじゐん)だとかぬかして金(かね)を集(あつ)め、085皆(みな)自分(じぶん)の懐中(ふところ)を肥(こや)す奴(やつ)許(ばか)りだ。086一旦(いつたん)泥坊(どろばう)に成(な)り下(さが)つた人足(にんそく)が、087慈善(じぜん)なんか夢(ゆめ)にもあり相(さう)な事(こと)はないワイ。088そんな偽善者(ぎぜんしや)に宝(たから)を持(も)たしておくと、089天下(てんか)の宝(たから)を悪用(あくよう)するから、090スツパリ俺(おれ)に渡(わた)せ』
091ヘル『何(なに)を吐(ぬか)しやがるのだい、092汝(きさま)も泥坊(どろばう)ぢやないか、093俺(おれ)に渡(わた)すのが険呑(けんのん)なら、094汝(きさま)に渡(わた)すのも険呑(けんのん)だ。095サア、096早(はや)く出(だ)さぬかい』
097ベル『ヘン、098一旦(いつたん)懐(ふところ)へ捻(ね)ぢ込(こ)んだ以上(いじやう)はメツタに渡(わた)さないぞ。099第一(だいいち)黄金(こがね)や宝石(はうせき)は此(この)ベルのテースト物(ぶつ)だから、100仮令(たとへ)命(いのち)が亡(な)くなつても渡(わた)す気遣(きづか)ひがないワ。101グヅグヅぬかすと、102汝(きさま)の命(いのち)も取(と)つてやらうか、103さすれば全部(ぜんぶ)俺(おれ)の懐(ふところ)へ這入(はい)るのだからなア』
104ヘル『何(なに)猪口才(ちよこざい)な、105美事(みごと)取(と)るなら取(と)つてみよ、106俺(おれ)も汝(きさま)の命(いのち)を取(と)つて、107此(この)宝石(はうせき)を全部(ぜんぶ)私有物(しいうぶつ)となし、108ハルナの都(みやこ)へ帰(かへ)つて、109天晴(あつぱ)れ紳士(しんし)となる積(つもり)だ。110そして多額(たがく)納税(なふぜい)議員(ぎゐん)にでもなつて巾(はば)を利(き)かす積(つもり)だ。111台泥(だいどろ)でさへも衆議院(しうぎゐん)議員(ぎゐん)に当選(たうせん)した例(ためし)があるぢやないか。112渇(かつ)しても盗泉(たうせん)の水(みづ)を呑(の)まずとは、113昔(むかし)の奴(やつ)のほざく言葉(ことば)だ。114俺(おれ)は之(これ)から逐鹿(ちくろく)場裡(ぢやうり)に立(た)つて、115此(この)金(かね)を撒(ま)き散(ち)らし、116社会(しやくわい)の優者(いうしや)となる考(かんが)へだから、117其(その)第一(だいいち)着手(ちやくしゆ)として、118汝(きさま)の所持品(しよぢひん)をスツカリ取(と)つてやるのだ。119汝(きさま)の物(もの)を奪(と)つた所(ところ)で別(べつ)に罪(つみ)にもなるまい。120又(また)命(いのち)を取(と)つた所(ところ)で元々(もともと)だ。121汝(きさま)の死(し)んでる所(ところ)を助(たす)けたのだから……』
122ベル『コラ、123汝(きさま)は宝(たから)をみると俄(にはか)に噪(はしや)ぎやがるのだ。124汝(きさま)は已(すで)に改心(かいしん)したと云(い)つたぢやないか』
125ヘル『きまつた事(こと)だい、126つまらぬ時(とき)には誰(たれ)だつて改心(かいしん)するが、127宝(たから)を見(み)て改心(かいしん)する奴(やつ)があるかい。128サア腕(うで)づくで之(これ)から奪(と)り合(あひ)だ』
129ベル『ヨーシ、130面白(おもしろ)い、131見事(みごと)取(と)つてみせう』
132と両方(りやうはう)から四股(しこ)を踏(ふ)み、133手(て)に唾(つばき)し乍(なが)ら、134辻相撲(つじずまう)を取(と)るやうな調子(てうし)で、135四(よ)つにからみ、136組(く)んづ組(く)まれつ転(ころ)げ廻(まは)る。137互(たがひ)に固(かた)い爪(つめ)で目(め)をひつかく、138鼻(はな)を削(けづ)る、139手(て)も足(あし)も面(つら)も血達磨(ちだるま)の様(やう)になつて格闘(かくとう)を始(はじ)め双方(さうはう)共(とも)、140グニヤグニヤになり半死(はんし)半生(はんしやう)の態(てい)で、141其(その)場(ば)にドツカと倒(たふ)れて了(しま)つた。
142 宣伝歌(せんでんか)の声(こゑ)は夜嵐(よあらし)につれて、143千切(ちぎ)れ千切(ちぎ)れに遠(とほ)く聞(きこ)えて来(く)る、144之(これ)は求道(きうだう)居士(こじ)、145ケリナ姫(ひめ)が夜道(よみち)を急(いそ)ぎ此方(こなた)に向(むか)つて行進(かうしん)しつつ歌(うた)ふ声(こゑ)であつた。
146求道(きうだう)『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
147善神(ぜんしん)邪神(じやしん)を立分(たてわ)ける
148此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
149心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
150只(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
151直日(なほひ)に見直(みなほ)せ聞直(ききなほ)せ
152世(よ)の過(あやまち)は宣(の)り直(なほ)せ
153ここは名(な)に負(お)ふフサの国(くに)
154御空(みそら)は高(たか)く月照彦(つきてるひこ)の
155神(かみ)の命(みこと)はキラキラと
156輝(かがや)き玉(たま)ひ吾々(われわれ)が
157淋(さび)しき野路(のぢ)を帰(かへ)りゆく
158行手(ゆくて)を照(て)らさせ玉(たま)ふなり
159ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
160三五教(あななひけう)を守(まも)ります
161高天原(たかあまはら)の霊国(れいごく)の
162珍(うづ)の司(つかさ)と現(あ)れませる
163稜威(みいづ)も殊(こと)に大八洲(おほやしま)彦(ひこ)
164神(かみ)の命(みこと)の御(ご)神徳(しんとく)
165忽(たちま)ち下(くだ)り来(きた)りまし
166吾(われ)等(ら)二人(ふたり)の危難(きなん)をば
167救(すく)はせ玉(たま)ひ久方(ひさかた)の
168天(あま)つ御空(みそら)に輝(かがや)きつ
169帰(かへ)り玉(たま)ひし尊(たふと)さよ
170バラモン教(けう)のカーネルと
171選(えら)ばれハルナを立出(たちい)でて
172鬼春別(おにはるわけ)や久米彦(くめひこ)の
173両将軍(りやうしやうぐん)に従(したが)ひつ
174山野(さんや)を渡(わた)り河(かは)を越(こ)え
175雨(あめ)には浴(よく)し荒風(あらかぜ)に
176髪(かみ)梳(くしけ)ずりやうやくに
177河鹿(かじか)峠(たうげ)の麓(ふもと)まで
178旗鼓(きこ)堂々(だうだう)と進(すす)み行(ゆ)く
179至善(しぜん)至愛(しあい)の大神(おほかみ)は
180善(ぜん)をば助(たす)け悪神(あくがみ)を
181懲(こらし)め玉(たま)ふか吾々(われわれ)の
182率(ひき)ゆる軍(いくさ)は悉(ことごと)く
183治国別(はるくにわけ)の言霊(ことたま)に
184打亡(うちほろ)ぼされ這々(はふはふ)の
185態(てい)にて脆(もろ)くも敗走(はいそう)し
186浮木(うきき)の森(もり)やビクトリヤ
187猪倉山(ゐのくらやま)にチクチクと
188予定(よてい)の退却(たいきやく)始(はじ)め出(だ)し
189三千(さんぜん)余(よ)騎(き)を従(したが)へて
190堅磐(かきは)常磐(ときは)の岩窟(がんくつ)に
191千代(ちよ)の固(かた)めと立籠(たてこ)もる
192又(また)もや来(きた)る宣伝使(せんでんし)
193治国別(はるくにわけ)の一行(いつかう)に
194誠(まこと)の道(みち)を諭(さと)されて
195曇(くも)りし胸(むね)も漸(やうや)くに
196黎明(れいめい)告(つ)ぐる鶏(とり)の声(こゑ)
197旭(あさひ)の豊栄(とよさか)昇(のぼ)る如(ごと)
198霊(みたま)もあかくなりにけり
199鬼春別(おにはるわけ)を初(はじめ)とし
200久米彦(くめひこ)スパール両司(りやうつかさ)
201手(て)もなく神(かみ)の正道(まさみち)に
202帰順(きじゆん)されたる不思議(ふしぎ)さに
203吾(われ)も心(こころ)を翻(ひるがへ)し
204バラモン教(けう)の御教(みをしへ)は
205げに美(うる)はしき道(みち)なれど
206不言(ふげん)実行(じつかう)と知(し)りしより
207すまぬ事(こと)とは知(し)り乍(なが)ら
208掌(て)の裏(うら)返(かへ)す藤堂(とうだう)式(しき)
209忽(たちま)ち味方(みかた)の軍隊(ぐんたい)に
210鉾(ほこ)を向(む)けたる果敢(はか)なさよ
211さはさり乍(なが)ら天地(あめつち)の
212誠(まこと)に敵(てき)する事(こと)を得(え)ず
213大黒主(おほくろぬし)の神(かみ)様(さま)に
214言(い)ひ訳(わけ)立(た)たずと意(い)を決(けつ)し
215三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
216たるを憚(はばか)り中間(ちうかん)の
217法螺(ほら)吹立(ふきた)てる修験者(しゆげんじや)
218墨(すみ)の衣(ころも)に身(み)を纒(まと)ひ
219頭(あたま)を円(まる)く剃(そ)りこぼち
220百(もも)の罪(つみ)をば消滅(せうめつ)し
221天地(てんち)の神(かみ)に三五(あななひ)の
222誠(まこと)を尽(つく)し奉(まつ)らむと
223照国山(てるくにやま)の谷間(たにあひ)に
224百日(ももか)百夜(ももよ)の荒行(あらぎやう)を
225勤(つと)めて遂(つひ)にビクトルの
226山(やま)にまします大神(おほかみ)に
227朝(あさ)な夕(ゆふ)なに仕(つか)へつつ
228ゼネラル様(さま)の許(ゆる)しをば
229蒙(かうむ)り茲(ここ)に宣伝(せんでん)の
230漸(やうや)く旅路(たびぢ)につきにけり
231エルシナ川(がは)の畔(ほとり)迄(まで)
232スタスタ来(きた)り谷底(たにそこ)を
233見下(みおろ)す途端(とたん)に訝(いぶ)かしや
234渦(うづ)まく淵(ふち)に浮(うか)びゐる
235四(よ)人(にん)のコルプス見(み)るよりも
236見逃(みのが)しならぬ修験者(しゆげんじや)
237神(かみ)に祈(いの)りて助(たす)けむと
238危(あやふ)き路(みち)を谷底(たにそこ)に
239降(くだ)りてやうやう三(さん)人(にん)が
240命(いのち)を助(たす)け喜(よろこ)びて
241荒野(あらの)ケ原(はら)を打(うち)わたり
242ここ迄(まで)進(すす)み来(きた)りけり
243道(みち)の行手(ゆくて)に諸々(もろもろ)の
244悩(なや)みに会(あ)ひて玉(たま)の緒(を)の
245命(いのち)も危(あやふ)き所(ところ)をば
246月(つき)の光(ひかり)に助(たす)けられ
247ケリナの姫(ひめ)と諸共(もろとも)に
248心(こころ)勇(いさ)みてテルモンの
249山(やま)に現(あ)れます大神(おほかみ)の
250宮居(みやゐ)をさして進(すす)みゆく
251吾(わが)身(み)の上(うへ)ぞたのもしき
252ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
253神(かみ)の恵(めぐ)みのいや深(ふか)く
254教(をしへ)の露(つゆ)の何処(どこ)までも
255青人草(あをひとぐさ)の身(み)の上(うへ)に
256降(ふ)らさせ玉(たま)へ月照(つきてる)の
257皇(すめ)大神(おほかみ)の御(おん)前(まへ)に
258赤心(まごころ)籠(こ)めて願(ね)ぎまつる
259ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
260御霊(みたま)幸(さきは)ひましませよ』
261 ケリナ姫(ひめ)は優(やさ)しき声(こゑ)を張上(はりあ)げて又(また)もや歌(うた)ひつつ進(すす)み来(く)る。
262ケリナ『天津(あまつ)日(ひ)かげは西山(せいざん)に
263傾(かたむ)き玉(たま)ひ東(ひむがし)の
264草野(くさの)を分(わ)けて昇(のぼ)ります
265月照彦(つきてるひこ)の御光(みひかり)は
266草葉(くさば)の露(つゆ)に悉(ことごと)く
267宿(やど)らせ玉(たま)ひて吾々(われわれ)が
268行手(ゆくて)の道(みち)を守(まも)ります
269野山(のやま)の猛(たけ)き獣(けだもの)や
270いと恐(おそ)ろしき毒虫(どくむし)も
271神(かみ)の恵(めぐみ)に抱(いだ)かれし
272吾(わが)身(み)を害(そこな)ふ事(こと)ならず
273先(さき)を争(あらそ)ひ逃(に)げ出(いだ)し
274吾(われ)等(ら)は無事(ぶじ)にテルモンの
275父(ちち)の館(やかた)に久々(ひさびさ)に
276帰(かへ)りゆく身(み)となりにけり
277吾(わが)足乳根(たらちね)の父母(ちちはは)は
278変(かは)らせ玉(たま)ふ事(こと)もなく
279神(かみ)の御前(みまへ)に朝夕(あさゆふ)に
280いと忠実(まめやか)に仕(つか)へますか
281恋(こひ)しき姉(あね)のデビス姫(ひめ)
282いかに此(この)世(よ)を果敢(はかな)みて
283暮(くら)させ玉(たま)ふことならむ
284妾(わらは)が今宵(こよひ)帰(かへ)りなば
285父(ちち)と母(はは)とはいふも更(さら)
286恋(こひ)しき姉(あね)の君(きみ)迄(まで)も
287必(かなら)ず喜(よろこ)び迎(むか)へ入(い)れ
288吾(わが)生命(せいめい)を救(すく)ひたる
289エミシの君(きみ)を尊(たふと)みて
290厚(あつ)く待遇(もてな)し玉(たま)ふべし
291思(おも)へば思(おも)へば有難(ありがた)や
292恋(こひ)の迷(まよ)ひの夢(ゆめ)も醒(さ)め
293心(こころ)を月(つき)に照(て)らしつつ
294夏(なつ)の夜路(よみち)を帰(かへ)りゆく
295吾(わが)身(み)の上(うへ)ぞ楽(たの)しけれ
296ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
297御霊(みたま)幸(さきは)ひましませよ
298旭(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
299月(つき)は盈(み)つ共(とも)虧(か)くる共(とも)
300仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)む共(とも)
301星(ほし)は空(そら)より墜(お)つる共(とも)
302吾(わが)身(み)を救(すく)ひ玉(たま)ひたる
303三五教(あななひけう)の大御神(おほみかみ)
304求道(きうだう)居士(こじ)が師(し)の君(きみ)の
305恵(めぐみ)はいかで忘(わす)るまじ
306命(いのち)の親(おや)の師(し)の君(きみ)と
307手(て)を携(たづさ)へて行(ゆ)く野路(のぢ)は
308如何(いか)なる曲(まが)の現(あら)はれて
309行手(ゆくて)にさやる事(こと)あるも
310いかでか恐(おそ)れむ惟神(かむながら)
311尊(たふと)き神(かみ)の御守(みまも)りに
312いと安々(やすやす)と帰(かへ)りゆく
313ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
314御霊(みたま)幸(さきは)ひ玉(たま)へかし』
315と歌(うた)ひつつ、316方岩(はこいは)の間近(まぢか)に帰(かへ)つて来(き)た。
317 求道(きうだう)居士(こじ)はケリナ姫(ひめ)と共(とも)に漸(やうや)く方岩(はこいは)の傍(かたはら)に着(つ)いた。318草(くさ)の中(なか)にウンウンと怪(あや)しい声(こゑ)が聞(きこ)えて来(く)るのでツと立止(たちど)まり、319よくよく見(み)れば何者(なにもの)か半死(はんし)半生(はんしやう)の態(てい)で呻吟(うめ)いてゐる。
320求道(きうだう)『ハテナ、321二三(にさん)人(にん)の人間(にんげん)が斯様(かやう)な所(ところ)で倒(たふ)れてゐるやうだ。322大方(おほかた)最前(さいぜん)のベル、323ヘル如(ごと)き悪人(あくにん)に金(かね)を奪(うば)はれた上(うへ)、324切(き)られて苦(くるし)んでゐるのだらう、325何(なに)は兎(と)もあれ、326此(この)儘(まま)見逃(みのが)して通(とほ)る訳(わけ)には行(ゆ)かぬ。327ケリナさま、328貴女(あなた)は此(この)岩(いは)に腰(こし)かけて待(ま)つてゐて下(くだ)さい、329一寸(ちよつと)査(しら)べてみますから……』
330ケリナ『ハイ、331妾(わたし)何(なん)だか、332気(き)にかかつてなりませぬワ、333私(わたし)の姉(ねえ)さまぢや厶(ござ)いますまいかな。334先(ま)づ第一(だいいち)女(をんな)の方(はう)から査(しら)べて下(くだ)さいませ。335此(この)衣類(いるゐ)から考(かんが)へますれば女(をんな)らしう厶(ござ)います』
336 求道(きうだう)は月(つき)にピカピカ光(ひか)つてゐる衣装(いしやう)を目当(めあて)に近(ちか)よつて見(み)れば、337耳(みみ)から多量(たりやう)の血糊(ちのり)を出(だ)し、338妙齢(めうれい)の女(をんな)が倒(たふ)れてゐた。
339求道(きうだう)『ああこれはどこかの貴婦人(きふじん)だ。340一通(ひととほり)の家(いへ)の娘(むすめ)ではないやうだ。341コレ、342ケリナさま、343一寸(ちよつと)来(き)て御覧(ごらん)、344此(この)衣装(いしやう)と云(い)ひ、345どうも浄行(じやうぎやう)の嬢(ぢやう)さまらしう厶(ござ)いますよ』
346 ケリナはハツと胸(むね)を轟(とどろ)かし乍(なが)ら、347側(そば)近(ちか)く寄添(よりそ)ひ、348よくよく顔(かほ)をみれば、349擬(まが)ふ方(かた)なき姉(あね)のデビスであつた。350ケリナは見(み)るよりアツと許(ばか)りに仰天(ぎやうてん)し、351其(その)場(ば)に倒(たふ)れて了(しま)つた。352求道(きうだう)居士(こじ)は驚(おどろ)いて、353四辺(あたり)に光(ひか)る水(みづ)を掬(すく)ひ、354先(ま)づ第一(だいいち)にケリナの面部(めんぶ)に注(そそ)ぎ漸(やうや)くにして呼生(よびい)け、355ヘタヘタになつてゐる姫(ひめ)を方岩(はこいは)の上(うへ)に運(はこ)びおき、356自分(じぶん)の蓑(みの)を布(し)いて、357其(その)上(うへ)に寝(ね)させ、358デビスの介抱(かいはう)にかかつた。359デビスはウンと息(いき)吹返(ふきかへ)し、360四辺(あたり)を見(み)まはし乍(なが)ら修験者(しゆげんじや)の姿(すがた)を、361不思議(ふしぎ)相(さう)に凝視(みつめ)てゐる。362求道(きうだう)はヤツと安心(あんしん)して、
363求道(きうだう)『モシモシ、364貴女(あなた)はテルモン山(ざん)の神館(かむやかた)に坐(ま)します小国別(をくにわけ)様(さま)のお嬢(ぢやう)さまぢや厶(ござ)いませぬか。365拙者(せつしや)は三五教(あななひけう)の修験者(しゆげんじや)エミシで厶(ござ)います。366決(けつ)して悪(わる)い者(もの)ぢや厶(ござ)いませぬから、367御(ご)安心(あんしん)なさいませ』
368 デビスは此(この)言葉(ことば)を聞(き)いて安心(あんしん)し、369頭部(とうぶ)の痛(いた)みを抑(おさ)へ乍(なが)ら、
370デビス『どうも危(あやふ)い所(ところ)をお助(たす)け下(くだ)さいまして、371此(この)御恩(ごおん)は海山(うみやま)にも譬(たと)へ難(がた)う存(ぞん)じます。372悪者(わるもの)に出会(でつくは)し、373頭部(とうぶ)を擲(なぐ)りつけられ、374気(き)が遠(とほ)くなつて居(を)りました。375貴方(あなた)様(さま)がお通(とほ)り下(くだ)さらなかつたら、376妾(わらは)は最早(もはや)千秋(せんしう)の恨(うらみ)を呑(の)んで此(この)世(よ)を去(さ)つたに違(ちが)ひありませぬ、377どうも有難(ありがた)う厶(ござ)いました。378ああバラモン大神(おほかみ)様(さま)、379よくマア助(たす)けて下(くだ)さいました。380惟神(かむながら)霊(たま)幸(ち)はひませ』
381と合掌(がつしやう)してゐる。382ケリナ姫(ひめ)は姉(あね)のデビスと聞(き)いて嬉(うれ)しさに堪(た)へず、383方岩(はこいは)から下(くだ)り来(きた)つて、384デビスの手(て)を執(と)り、385涙(なみだ)の声(こゑ)を絞(しぼ)り乍(なが)ら、
386ケリナ『姉上(あねうへ)様(さま)、387お懐(なつか)しう存(ぞん)じます、388私(わたし)は妹(いもうと)のケリナで厶(ござ)います。389御(ご)両親(りやうしん)様(さま)や姉上(あねうへ)様(さま)に御(ご)心配(しんぱい)をかけまして誠(まこと)に申訳(まをしわけ)が厶(ござ)いませぬ。390何卒(どうぞ)お許(ゆる)し下(くだ)さいませ。391そして御(ご)両親(りやうしん)は御(ご)無事(ぶじ)でゐられますかな』
392と畳(たた)みかけて問(と)ひかけた。393デビス姫(ひめ)は頭(かしら)がフラフラとしてややもすれば気(き)が遠(とほ)くなり行(ゆ)くのをキツと気(き)を張(は)りつめて、394妹(いもうと)の手(て)を握(にぎ)り、
395デビス『ああ恋(こひ)しき妹(いもうと)であつたか、396不思議(ふしぎ)な所(ところ)で会(あ)ひました。397ようマア無事(ぶじ)でゐて下(くだ)さいました。398モウ之(これ)で私(わたし)は命(いのち)が亡(な)くなつても、399あなたの顔(かほ)さへ見(み)れば得心(とくしん)で厶(ござ)います』
400ケリナ『お姉様(あねえさま)、401気(き)を確(たしか)に持(も)つて下(くだ)さいませ。402そんな心細(こころぼそ)い事(こと)を云(い)はない様(やう)に頼(たの)みます。403さぞエライお怪我(けが)でお苦(くる)しう厶(ござ)いませうが之(これ)から私(わたし)が館(やかた)へ帰(かへ)り、404心(こころ)限(かぎ)りの御(ご)介抱(かいはう)を申上(まをしあ)げますから御(ご)安心(あんしん)なさいませ。405キツと神(かみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)で御(ご)全快(ぜんくわい)なさいますからな。406貴方(あなた)は今(いま)此(この)修験者(しゆげんじや)に助(たす)けられたのですよ。407私(わたし)も此(この)お方(かた)に命(いのち)を助(たす)けられ、408今送(いまおく)つて戴(いただ)いて、409御(ご)両親(りやうしん)の館(やかた)へ帰(かへ)る途中(とちう)で厶(ござ)います。410どうしてマアこんな惨酷(むごたら)しい目(め)にお会(あ)ひなさつたので厶(ござ)いますか』
411デビス『実(じつ)の所(ところ)は大黒主(おほくろぬし)様(さま)のお宝(たから)、412如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の神宝(しんぱう)が紛失(ふんしつ)致(いた)しまして、413それが為(ため)に父上(ちちうへ)は大変(たいへん)な御(ご)心配(しんぱい)を遊(あそ)ばし、414病気(びやうき)に取(と)りつかれ、415御(ご)老体(らうたい)の事(こと)とて、416日(ひ)に日(ひ)に病(やまひ)は重(おも)る許(ばか)り、417そこへあなたの行方(ゆくへ)が分(わか)らなくなつたものですから、418益々(ますます)御(ご)心配(しんぱい)を遊(あそ)ばし……私(わし)はとても命(いのち)は長持(ながも)てはせないが、419せめて生前(せいぜん)にケリナに一目(ひとめ)会(あ)うて死(し)にたいものだ……とお歎(なげ)き遊(あそ)ばすので、420私(わたし)は立(た)つてもゐてもをれなくなり、421今日(けふ)で三七(さんしち)廿一(にじふいち)日(にち)の間(あひだ)、422国人(くにびと)が恐(おそ)れて昼(ひる)さへも、423よう近(ちか)づかない、424魔(ま)の山(やま)と称(とな)へられてるスガの山(やま)の森林(しんりん)に通(かよ)ひ、425アン・ブラツクの滝(たき)にかかつて、426荒行(あらぎやう)をすませ、427今日(けふ)は行(ぎやう)のあがりで、428此処(ここ)迄(まで)やつと帰(かへ)り、429方岩(はこいは)の上(うへ)で満願(まんぐわん)の御(お)礼(れい)や祈願(きぐわん)を籠(こ)めてゐる最中(さいちう)、430二人(ふたり)の悪者(わるもの)が現(あら)はれて、431こんな目(め)にあはしたので厶(ござ)いますよ。432ああ修験者(しゆげんじや)様(さま)のお蔭(かげ)、433妹(いもうと)が助(たす)けられ、434私(わたし)迄(まで)が助(たす)けられたとは、435何(なん)たる深(ふか)い因縁(いんねん)で厶(ござ)いませう。436修験者(しゆげんじや)様(さま)誠(まこと)に有難(ありがた)う厶(ござ)います。437茅屋(あばらや)なれど、438吾(わが)館(やかた)へお越(こ)し下(くだ)さいまして、439緩(ゆつく)り御(ご)逗留(とうりう)下(くだ)さいませ。440定(さだ)めて両親(りやうしん)は申(まを)すに及(およ)ばず、441数多(あまた)の役員(やくゐん)や信者(しんじや)も喜(よろこ)ぶことで厶(ござ)いませう』
442求道(きうだう)『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います、443申上(まをしあ)げたい事(こと)は海山(うみやま)厶(ござ)いますが、444貴女(あなた)は大変(たいへん)な御(ご)負傷(ふしやう)をしてゐられますから、445お気(き)を揉(も)ませ、446種々(いろいろ)の事(こと)を聞(き)かせては、447却(かへ)つてお障(さはり)になりますから御(ご)全快(ぜんくわい)の後(のち)緩(ゆつく)りと申上(まをしあ)げます。448何卒(どうぞ)気(き)を緩(ゆつく)りと落着(おちつ)けて下(くだ)さいませ』
449デビス『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います、450何分(なにぶん)宜(よろ)しうお願(ねがひ)申(まを)します』
451ケリナ『お姉(あねえ)さま、452あなたを苦(くるし)めた奴(やつ)は此処(ここ)に倒(たふ)れてゐる両人(りやうにん)では厶(ござ)いませぬか』
453 此(この)言葉(ことば)にデビス姫(ひめ)は後(あと)振返(ふりかへ)りみれば、454以前(いぜん)の悪者(わるもの)が二人(ふたり)大(だい)の字(じ)になつて唸(うな)つてゐる。
455デビス『ああ此(この)賊(ぞく)で厶(ござ)います。456鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)だと法螺(ほら)を吹(ふ)いて居(を)りましたが、457どうで碌(ろく)な奴(やつ)ぢや厶(ござ)いますまい』
458 此(この)言葉(ことば)に求道(きうだう)居士(こじ)はハツと胸(むね)を躍(をど)らせ、459真青(まつさを)な顔(かほ)をし乍(なが)ら、
460求道(きうだう)『ハテさて浅(あさ)ましい事(こと)だ、461ゼネラル様(さま)は又(また)もや邪道(じやだう)に逆転(ぎやくてん)遊(あそ)ばしたのかなア。462何(どう)した悪魔(あくま)が魅入(みい)れたのだらう。463何(なに)は兎(と)もあれ、464実否(じつぴ)を査(しら)べてみよう』
465と心(こころ)に囁(ささや)き乍(なが)ら、466よくよく見(み)れば、467以前(いぜん)のベル、468ヘルの両人(りやうにん)であつた。
469求道(きうだう)『ああ此奴(こいつ)は、470ケリナさま、471最前(さいぜん)吾々(われわれ)を殺(ころ)さうとしたベル、472ヘルの両人(りやうにん)です。473テもさても困(こま)つた奴(やつ)ですなア』
474ケリナ『何(なん)と呆(あき)れた者(もの)ですなア。475併(しか)し何程(なにほど)悪人(あくにん)だとて、476此(この)儘(まま)放(ほ)つておけば死(し)んで了(しま)ひますから、477助(たす)けておやりなさいますでせうなア』
478求道(きうだう)『尤(もつと)もです、479何程(なにほど)悪人(あくにん)でも見捨(みす)てて行(ゆ)く訳(わけ)には行(ゆ)きませぬ。480吾々(われわれ)が悪人(あくにん)か、481此(この)男(をとこ)が悪人(あくにん)か、482到底(たうてい)人間(にんげん)では分(わか)りませぬ。483仁慈(じんじ)の神(かみ)様(さま)は吾々(われわれ)の心(こころ)を矯直(ためなほ)さむと、484此(これ)等(ら)両人(りやうにん)をお使(つか)ひ遊(あそ)ばし、485お前(まへ)の心(こころ)は此(この)やうなものだとお示(しめ)しになつてるのかも知(し)れませぬ。486此(これ)等(ら)両人(りやうにん)を使(つか)つて、487吾々(われわれ)に苦集(くしふ)滅道(めつだう)の真諦(しんたい)をお示(しめ)しになつたのかも知(し)れませぬ。488さうすれば此(この)両人(りやうにん)は吾々(われわれ)の絶好(ぜつかう)唯一(ゆゐいつ)のお師匠(ししやう)様(さま)と思(おも)はねばなりませぬ。489ああ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
490と水(みづ)をくくんで、491両人(りやうにん)の介抱(かいはう)を懇切(こんせつ)にやつてゐる。492漸(やうや)くにして二人(ふたり)は気(き)がついて起(お)き上(あが)り、493血(ち)みどろの体(からだ)を曝(さら)して、494求道(きうだう)の前(まへ)に両手(りやうて)を突(つ)き自分(じぶん)の不都合(ふつがふ)を涙(なみだ)と共(とも)に謝罪(しやざい)した。495求道(きうだう)は二人(ふたり)の心(こころ)を憐(あは)れみ、496力(ちから)限(かぎ)りに祈願(きぐわん)を籠(こ)め、497懐(ふところ)より、498照国山(てるくにやま)の渓間(たにま)にて採取(さいしゆ)したる石綿(いしわた)[※この石綿はアスベストのことではなくオニフスベというキノコだと思われる。止血作用がある]を取出(とりいだ)し、499血糊(ちのり)を拭(ぬぐ)ひ取(と)り天(あま)の数歌(かずうた)を二三回(にさんくわい)繰返(くりかへ)した。500ヘルは涙(なみだ)を流(なが)し乍(なが)ら、
501ヘル『貴方(あなた)は求道(きうだう)様(さま)で厶(ござ)いましたか。502命(いのち)を助(たす)けて頂(いただ)き乍(なが)ら、503自我心(じがしん)の欲(よく)にからまれ、504こんな不心得(ふこころえ)な事(こと)を致(いた)しました。505之(これ)は姫(ひめ)様(さま)の衣装(いしやう)からぼつたくつた宝玉(はうぎよく)で厶(ござ)います。506スツパリお返(かへ)し申(まを)します。507何卒(どうぞ)之(これ)をお受取(うけと)り下(くだ)さいませ』
508と懐(ふところ)から差出(さしだ)すを、509ベルは目敏(めざと)く眺(なが)め、510横合(よこあひ)からグツと奪(うば)ひ取(と)り懐(ふところ)に捻(ね)ぢ込(こ)み、511足(あし)をチガチガさせ、512丈余(ぢやうよ)も伸(の)びた草(くさ)の中(なか)に身(み)を隠(かく)し、513何処(いづく)ともなく消(き)えて了(しま)つた。514求道(きうだう)居士(こじ)はヘルの背中(せなか)にデビス姫(ひめ)を負(お)はせ、515神言(かみごと)を奏上(そうじやう)し乍(なが)らケリナと共(とも)に後先(あとさき)になつて、516月夜(つきよ)の露路(つゆみち)を踏(ふ)み分(わ)け、517テルモン山(ざん)の神館(かむやかた)を指(さ)して帰(かへ)り行(ゆ)く事(こと)となつた。
518(大正一二・三・一七 旧二・一 於竜宮館 松村真澄録)
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