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霊界物語
真善美愛(第49~60巻)
第56巻(未の巻)
序文
総説
第1篇 自愛之柵
第1章 神慮
第2章 恋淵
第3章 仇花
第4章 盗歌
第5章 鷹魅
第2篇 宿縁妄執
第6章 高圧
第7章 高鳴
第8章 愛米
第9章 我執
第3篇 月照荒野
第10章 十字
第11章 惚泥
第12章 照門颪
第13章 不動滝
第14章 方岩
第4篇 三五開道
第15章 猫背
第16章 不臣
第17章 強請
第18章 寛恕
第19章 痴漢
第20章 犬嘘
余白歌
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真善美愛(第49~60巻)
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<<< 照門颪
(B)
(N)
方岩 >>>
第一三章
不動滝
(
ふどうたき
)
〔一四四三〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻
篇:
第3篇 月照荒野
よみ(新仮名遣い):
げっしょうこうや
章:
第13章 不動滝
よみ(新仮名遣い):
ふどうたき
通し章番号:
1443
口述日:
1923(大正12)年03月17日(旧02月1日)
口述場所:
竜宮館
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1925(大正14)年5月3日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
ケリナの姉でデビス姫は、危険な猛獣毒蛇のために人も近寄らないスガ山の谷あいの大滝に夜中やってきて、荒行をしていた。病に苦しむ父・小国別の全快と、三年前に行方不明になった妹ケリナの無事の帰宅、そして館から失われた如意宝珠の神宝の帰還を願っていた。
先にエンゼルの大火光に肝をつぶしたベルとヘルは、スガ山に逃げ込んで大滝のふもとまで逃げてきた。こんな山奥に夜中デビス姫を見た二人は、もしや妖怪ではないかとふるえていた。
デビス姫の祈願の言葉を聞いた二人は事情を知り、また姫が身に着けている金銀宝石に目が留まった。ベルはまた追いはぎをしようとするが、ヘルは先の大火光に懲り、月の大神がすべてを見ているような気がすると怖気をついた。
ベルは祈願しているデビス姫に近寄ると、一文無しで旅をしているから宝石を恵んでくれと声をかけた。デビス姫はこれは魔よけのためにつけているのだから今はあげられないが、物乞いなら改めてテルモン山の神館まで来るようにと答えた。
ベルは自分はバラモン軍の鬼春別将軍だと嘘を言うが、すぐにデビスに見破られてしまう。ベルは力づくでデビスの宝石を奪い取ろうとするが、デビス姫は柔術の名手で、組みつこうとするたびに投げられてしまう。
ベルは十数回も投げられてぐたぐたになってしまった。デビスはベルを締め上げている。ヘルは黙って見ているわけにもいかず、草の中から出てきて棒杭でデビスの頭めがけて力いっぱい打ち下ろした。手元がはずれて横っ面に当たり、デビスはその場に気絶してしまった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2024-06-26 18:58:06
OBC :
rm5613
愛善世界社版:
184頁
八幡書店版:
第10輯 214頁
修補版:
校定版:
195頁
普及版:
88頁
初版:
ページ備考:
001
テルモン
山
(
ざん
)
の
峰続
(
みねつづ
)
き
002
山
(
やま
)
一面
(
いちめん
)
に
鬱蒼
(
うつさう
)
と
003
巨木
(
きよぼく
)
茂
(
しげ
)
れるスガの
山
(
やま
)
004
天
(
てん
)
を
封
(
ふう
)
じて
谷間
(
たにあひ
)
は
005
昼
(
ひる
)
さへ
暗
(
くら
)
く
濛々
(
もうもう
)
と
006
夏
(
なつ
)
と
冬
(
ふゆ
)
との
区別
(
くべつ
)
なく
007
霧
(
きり
)
立
(
た
)
ち
上
(
のぼ
)
る
秘密郷
(
ひみつきやう
)
008
天
(
てん
)
より
布
(
ぬの
)
を
晒
(
さら
)
したる
009
如
(
ごと
)
くに
見
(
み
)
ゆる
大滝
(
おほたき
)
は
010
アン・ブラツク
滝
(
だき
)
といひ
011
物凄
(
ものすさま
)
じき
水
(
みづ
)
の
音
(
おと
)
012
百
(
もも
)
の
雷
(
いかづち
)
一時
(
いちどき
)
に
013
轟
(
とどろ
)
く
如
(
ごと
)
く
聞
(
きこ
)
え
来
(
く
)
る
014
かかる
所
(
ところ
)
へスタスタと
015
夜
(
よ
)
な
夜
(
よ
)
な
通
(
かよ
)
ふ
女
(
をんな
)
あり
016
バラモン
教
(
けう
)
の
神司
(
かむづかさ
)
017
テルモン
山
(
ざん
)
に
館
(
やかた
)
をば
018
築
(
きづ
)
きて
教
(
をしへ
)
を
開
(
ひら
)
き
居
(
ゐ
)
る
019
小国別
(
をくにわけ
)
の
愛娘
(
まなむすめ
)
020
デビスの
姫
(
ひめ
)
は
吾
(
わが
)
父
(
ちち
)
の
021
重
(
おも
)
き
病
(
やまひ
)
を
救
(
すく
)
はむと
022
一人
(
ひとり
)
の
妹
(
いもうと
)
に
別
(
わか
)
れたる
023
其
(
その
)
悲
(
かな
)
しさに
身
(
み
)
を
忘
(
わす
)
れ
024
父
(
ちち
)
の
病
(
やまひ
)
や
妹
(
いもうと
)
の
025
無事
(
ぶじ
)
を
祈
(
いの
)
りて
進
(
すす
)
み
来
(
く
)
る
026
月
(
つき
)
は
御空
(
みそら
)
に
皎々
(
かうかう
)
と
027
輝
(
かがや
)
き
亘
(
わた
)
り
下界
(
げかい
)
をば
028
隈
(
くま
)
なく
照
(
て
)
らし
玉
(
たま
)
へども
029
此
(
この
)
滝
(
たき
)
のみは
老木
(
らうぼく
)
の
030
枝
(
えだ
)
に
影
(
かげ
)
をば
遮
(
さへぎ
)
られ
031
只
(
ただ
)
滝水
(
たきみづ
)
のうす
白
(
じろ
)
く
032
吾
(
わが
)
目
(
め
)
にとまる
許
(
ばか
)
りなり
033
デビスの
姫
(
ひめ
)
は
忽
(
たちま
)
ちに
034
衣
(
きぬ
)
脱
(
ぬ
)
ぎすてて
滝壺
(
たきつぼ
)
に
035
ザンブと
許
(
ばか
)
り
飛込
(
とびこ
)
んで
036
一心
(
いつしん
)
不乱
(
ふらん
)
にバラモンの
037
呪文
(
じゆもん
)
を
称
(
とな
)
へ
祈
(
いの
)
り
居
(
ゐ
)
る
038
其
(
その
)
心根
(
こころね
)
ぞ
殊勝
(
しゆしよう
)
なれ
039
かかる
所
(
ところ
)
へスタスタと
040
慌
(
あわ
)
てふためき
走
(
はし
)
り
来
(
く
)
る
041
怪
(
あや
)
しの
影
(
かげ
)
は
只
(
ただ
)
二
(
ふた
)
つ
042
足音
(
あしおと
)
忍
(
しの
)
ばせ
忍
(
しの
)
び
寄
(
よ
)
り
043
暗
(
やみ
)
に
浮出
(
うきで
)
た
白
(
しろ
)
い
肌
(
はだ
)
044
眺
(
なが
)
めて
互
(
たがひ
)
に
囁
(
ささや
)
きつ
045
デビスの
姫
(
ひめ
)
が
滝壺
(
たきつぼ
)
を
046
あがり
来
(
きた
)
るを
待
(
ま
)
ちにける
047
これぞベル、ヘル
両人
(
りやうにん
)
が
048
月照彦
(
つきてるひこ
)
の
神霊
(
しんれい
)
の
049
御稜威
(
みいづ
)
に
恐
(
おそ
)
れ
修験者
(
しゆげんじや
)
050
ケリナの
姫
(
ひめ
)
を
振棄
(
ふりす
)
てて
051
命
(
いのち
)
カラガラ
逃
(
に
)
げ
来
(
きた
)
る
052
其
(
その
)
道
(
みち
)
すがら
何気
(
なにげ
)
なく
053
谷
(
たに
)
の
水音
(
みなおと
)
たよりにて
054
尋
(
たづ
)
ね
来
(
きた
)
りし
物
(
もの
)
ぞかし。
055
スガ
山
(
さん
)
の
谷間
(
たにあひ
)
は
此
(
この
)
界隈
(
かいわい
)
にても
目立
(
めだ
)
つて
大木
(
たいぼく
)
の
繁茂
(
はんも
)
せる、
056
余
(
あま
)
り
高
(
たか
)
からざる
密林
(
みつりん
)
であつて、
057
二十丈
(
にじふぢやう
)
三十丈
(
さんじふぢやう
)
と
幹
(
みき
)
のまわつた
大木
(
たいぼく
)
が
天
(
てん
)
を
封
(
ふう
)
じ、
058
昼
(
ひる
)
さへ
暗
(
くら
)
き
凄
(
すご
)
い
様
(
やう
)
な
場所
(
ばしよ
)
である。
059
そしてテルモン
山
(
ざん
)
の
谷水
(
たにみづ
)
を
一切
(
いつさい
)
ここに
集
(
あつ
)
めて
大瀑布
(
だいばくふ
)
をなし、
060
高
(
たか
)
さ
数百丈
(
すうひやくぢやう
)
に
及
(
およ
)
び、
061
白布
(
しろぬの
)
を
天
(
てん
)
から
吊
(
つ
)
り
下
(
おろ
)
した
様
(
やう
)
になつてゐる。
062
此
(
この
)
地点
(
ちてん
)
は
殺生
(
せつしやう
)
禁断
(
きんだん
)
の
場所
(
ばしよ
)
であり、
063
アン・ブラツク
明王
(
みやうわう
)
が
滝
(
たき
)
の
傍
(
そば
)
に
祀
(
まつ
)
られてある。
064
されど
国人
(
くにびと
)
は
怖
(
おそ
)
れて
此
(
この
)
滝壺
(
たきつぼ
)
に
近
(
ちか
)
よつた
者
(
もの
)
はない。
065
種々
(
いろいろ
)
雑多
(
ざつた
)
の
猛獣
(
まうじう
)
や
蚖蛇
(
ぐわんだ
)
などが
沢山
(
たくさん
)
に
棲息
(
せいそく
)
し、
066
一歩
(
いつぽ
)
たり
共
(
とも
)
、
067
スガ
山
(
さん
)
の
森林
(
しんりん
)
へ
足
(
あし
)
を
踏
(
ふ
)
み
入
(
い
)
れたる
者
(
もの
)
は
生
(
い
)
きて
帰
(
かへ
)
つた
者
(
もの
)
は
無
(
な
)
いと
云
(
い
)
つて
怖
(
おそ
)
れられてゐた。
068
雨傘
(
あまがさ
)
を
拡
(
ひろ
)
げた
様
(
やう
)
な
蝙蝠
(
かうもり
)
が
滝
(
たき
)
の
近辺
(
きんぺん
)
を
真黒
(
まつくろ
)
になつてバタバタと
飛
(
と
)
び
交
(
か
)
ひ、
069
昼
(
ひる
)
は
大木
(
たいぼく
)
の
朽穴
(
くちあな
)
に
身
(
み
)
を
隠
(
かく
)
し、
070
日
(
ひ
)
の
暮頃
(
くれごろ
)
から、
071
ソロソロ
活動
(
くわつどう
)
し
始
(
はじ
)
めるのである。
072
デビス
姫
(
ひめ
)
は
浄行
(
じやうぎやう
)
の
家
(
いへ
)
に
生
(
うま
)
れた
淑女
(
しゆくぢよ
)
なるにも
関
(
かかは
)
らず、
073
自分
(
じぶん
)
の
命
(
いのち
)
を
的
(
まと
)
に
夜
(
よ
)
な
夜
(
よ
)
な
通
(
かよ
)
ひ
来
(
きた
)
つて、
074
老病
(
らうびやう
)
に
苦
(
くるし
)
む
父
(
ちち
)
の
全快
(
ぜんくわい
)
を
祈
(
いの
)
り、
075
且
(
かつ
)
三歳前
(
みとせまへ
)
に
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
した
妹
(
いもうと
)
ケリナ
姫
(
ひめ
)
の
無事
(
ぶじ
)
に
帰
(
かへ
)
り
来
(
きた
)
らむことを、
076
アン・ブラツク
明王
(
みやうわう
)
の
前
(
まへ
)
に
祈
(
いの
)
るべく、
077
危険
(
きけん
)
を
冒
(
をか
)
して
夜
(
よ
)
な
夜
(
よ
)
な
通
(
かよ
)
ひ
来
(
きた
)
り、
078
深
(
ふか
)
い
滝壺
(
たきつぼ
)
に
身
(
み
)
を
投
(
とう
)
じて
荒行
(
あらぎやう
)
をやつてゐたのである。
079
そこへ
求道
(
きうだう
)
居士
(
こじ
)
、
080
ケリナ
姫
(
ひめ
)
を
撲
(
なぐ
)
り
殺
(
ころ
)
して
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
さうとしてゐる
矢先
(
やさき
)
、
081
天
(
てん
)
の
一方
(
いつぱう
)
より
大火光
(
だいくわくわう
)
となつて、
082
月照彦
(
つきてるひこの
)
神
(
かみ
)
のエンゼル
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
083
求道
(
きうだう
)
居士
(
こじ
)
、
084
ケリナ
姫
(
ひめ
)
を
甦
(
よみがへ
)
らせ
玉
(
たま
)
うた。
085
ベル、
086
ヘルの
両人
(
りやうにん
)
は
此
(
この
)
火団
(
くわだん
)
の
爆発
(
ばくはつ
)
した
音
(
おと
)
に
肝
(
きも
)
を
潰
(
つぶ
)
し、
087
スガ
山
(
さん
)
の
谷間
(
たにあひ
)
の
恐
(
おそ
)
ろしい
事
(
こと
)
は
承知
(
しようち
)
し
乍
(
なが
)
らも、
088
余
(
あま
)
りの
驚
(
おどろ
)
きに
逃
(
に
)
げ
場
(
ば
)
を
失
(
うしな
)
ひ、
089
山
(
やま
)
を
駆
(
か
)
け
登
(
のぼ
)
つて、
090
此
(
この
)
滝
(
たき
)
の
麓
(
ふもと
)
に
漸
(
やうや
)
く
逃
(
に
)
げて
来
(
き
)
たのである
[
※
「そこへ求道居士」から「来たのである」まで文章がおかしいが、底本通り。
]
。
091
滝水
(
たきみづ
)
の
音
(
おと
)
は
轟々
(
ぐわうぐわう
)
と
騒
(
さわ
)
がしく、
092
デビス
姫
(
ひめ
)
の
祈
(
いの
)
る
声
(
こゑ
)
も
聞
(
き
)
き
取
(
と
)
る
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
なかつた。
093
ベル、
094
ヘルの
両人
(
りやうにん
)
は
斯
(
か
)
かる
深林
(
しんりん
)
に
夜中
(
やちう
)
、
095
繊弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
が
荒行
(
あらぎやう
)
に
来
(
き
)
て
居
(
を
)
るとは
思
(
おも
)
ひもよらないので、
096
不審
(
ふしん
)
に
堪
(
た
)
へやらず、
097
若
(
もし
)
や
妖怪
(
えうくわい
)
にはあらざるかと、
098
歯
(
は
)
の
根
(
ね
)
をガタガタさせ
乍
(
なが
)
ら、
099
滝
(
たき
)
の
近
(
ちか
)
くへ
寄
(
よ
)
つたものの、
100
気味悪
(
きみわる
)
く
互
(
たがひ
)
に
抱
(
だ
)
きついて
慄
(
ふる
)
うてゐた。
101
デビス
姫
(
ひめ
)
は
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
祈願
(
きぐわん
)
をしてゐたので、
102
二人
(
ふたり
)
の
男
(
をとこ
)
が
近
(
ちか
)
くに
来
(
き
)
て
居
(
を
)
る
事
(
こと
)
は
夢
(
ゆめ
)
にも
知
(
し
)
らず、
103
濡
(
ぬ
)
れた
体
(
からだ
)
の
水気
(
すいき
)
を
拭
(
ふ
)
き
取
(
と
)
り、
104
立派
(
りつぱ
)
な
衣類
(
いるゐ
)
と
着替
(
きか
)
へて、
105
馴
(
なれ
)
た
道
(
みち
)
をスタスタと
帰
(
かへ
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
106
怖
(
こは
)
い
物
(
もの
)
見
(
み
)
たさの
喩
(
たとへ
)
に
洩
(
も
)
れず
両人
(
りやうにん
)
は、
107
跡
(
あと
)
を
慕
(
した
)
うて
十間
(
じつけん
)
許
(
ばか
)
り
距離
(
きより
)
を
保
(
たも
)
ち
跟
(
つ
)
いて
行
(
い
)
つた。
108
女
(
をんな
)
は
漸
(
やうや
)
くにして
月
(
つき
)
の
照
(
て
)
り
亘
(
わた
)
る
野原
(
のはら
)
に
出
(
で
)
た。
109
此処
(
ここ
)
には
天拝石
(
てんぱいせき
)
と
云
(
い
)
つて、
110
一間
(
いつけん
)
四方
(
しはう
)
許
(
ばか
)
りの
長方形
(
ちやうはうけい
)
の
削
(
けづ
)
つた
様
(
やう
)
な
天然岩
(
てんねんいは
)
がある。
111
デビス
姫
(
ひめ
)
は
其
(
その
)
岩
(
いは
)
の
真中
(
まんなか
)
にキチンと
坐
(
すわ
)
り、
112
再
(
ふたた
)
び
祈願
(
きぐわん
)
を
籠
(
こ
)
めた。
113
ベル、
114
ヘルの
両人
(
りやうにん
)
は
腰
(
こし
)
を
屈
(
かが
)
め、
115
茫々
(
ばうばう
)
たる
草原
(
くさはら
)
を
潜
(
くぐ
)
り
乍
(
なが
)
ら、
116
ソツと
傍
(
かたはら
)
に
寄
(
よ
)
り
草
(
くさ
)
の
繁
(
しげ
)
みに
身
(
み
)
を
隠
(
かく
)
して
様子
(
やうす
)
を
考
(
かんが
)
へてゐた。
117
デビス
姫
(
ひめ
)
は
月光
(
げつくわう
)
に
向
(
むか
)
つて
双手
(
もろて
)
を
合
(
あは
)
せ
祈
(
いの
)
り
初
(
はじ
)
めたり。
118
デビス姫
『
南無
(
なむ
)
大自在天
(
だいじざいてん
)
バラモン
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
、
119
私
(
わたくし
)
は
丁度
(
ちやうど
)
今日
(
こんにち
)
にて
三七
(
さんしち
)
廿一
(
にじふいち
)
日
(
にち
)
の
荒行
(
あらぎやう
)
を
無事
(
ぶじ
)
に
了
(
をは
)
りました。
120
何卒
(
なにとぞ
)
々々
(
なにとぞ
)
大黒主
(
おほくろぬし
)
の
神司
(
かむつかさ
)
より
父
(
ちち
)
が
預
(
あづ
)
かりました
如意
(
によい
)
宝珠
(
ほつしゆ
)
の
玉
(
たま
)
が、
121
一
(
いち
)
日
(
にち
)
も
早
(
はや
)
く
発見
(
はつけん
)
されまして、
122
大黒主
(
おほくろぬし
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
勘気
(
かんき
)
が
許
(
ゆる
)
されまする
様
(
やう
)
に、
123
又
(
また
)
父
(
ちち
)
は
妹
(
いもうと
)
の
行衛
(
ゆくゑ
)
不明
(
ふめい
)
となりしより
心配
(
しんぱい
)
を
致
(
いた
)
し、
124
それが
為
(
た
)
めに
重
(
おも
)
き
病
(
やまひ
)
の
床
(
とこ
)
に
臥
(
ふ
)
し、
125
命
(
めい
)
旦夕
(
たんせき
)
に
迫
(
せま
)
つて
居
(
を
)
りまする。
126
何卒
(
どうぞ
)
私
(
わたくし
)
の
心
(
こころ
)
を
憐
(
あはれ
)
み
下
(
くだ
)
さいまして、
127
父
(
ちち
)
の
病
(
やまひ
)
を
全快
(
ぜんくわい
)
させ、
128
恋
(
こひ
)
しき
妹
(
いもうと
)
に
会
(
あ
)
はして
下
(
くだ
)
さいませ。
129
そして
如意
(
によい
)
宝珠
(
ほつしゆ
)
の
神宝
(
しんぱう
)
が
一時
(
いつとき
)
も
早
(
はや
)
く
館
(
やかた
)
へ、
130
何者
(
なにもの
)
かの
手
(
て
)
を
経
(
へ
)
て
還
(
かへ
)
つて
参
(
まゐ
)
ります
様
(
やう
)
に、
131
御恵
(
みめぐみ
)
を
垂
(
た
)
れ
玉
(
たま
)
はむことを、
132
偏
(
ひとへ
)
に
御
(
お
)
願
(
ねがひ
)
申
(
まをし
)
奉
(
たてまつ
)
ります。
133
月
(
つき
)
の
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
御姿
(
みすがた
)
を
拝
(
はい
)
するにつけ、
134
其
(
その
)
円満
(
ゑんまん
)
なるお
姿
(
すがた
)
にも
等
(
ひと
)
しき
如意
(
によい
)
宝珠
(
ほつしゆ
)
の
神宝
(
しんぽう
)
の
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
されて
参
(
まゐ
)
ります。
135
あの
神宝
(
しんぽう
)
が
無
(
な
)
き
時
(
とき
)
は、
136
テルモン
山
(
ざん
)
の
神館
(
かむやかた
)
は
暗夜
(
あんや
)
も
同様
(
どうやう
)
で
厶
(
ござ
)
います。
137
何卒
(
なにとぞ
)
々々
(
なにとぞ
)
私
(
わたくし
)
の
命
(
いのち
)
はお
召取
(
めしとり
)
になつても
構
(
かま
)
ひませぬから、
138
何卒
(
どうぞ
)
此
(
この
)
三
(
みつ
)
つの
願
(
ねがひ
)
はお
聞
(
き
)
き
届
(
とど
)
け
下
(
くだ
)
さいます
様
(
やう
)
に……』
139
と
一心
(
いつしん
)
不乱
(
ふらん
)
に
祈願
(
きぐわん
)
を
籠
(
こ
)
めてゐる。
140
ベル、
141
ヘルの
両人
(
りやうにん
)
は
初
(
はじ
)
めて
此
(
この
)
女
(
をんな
)
の
素性
(
すじやう
)
を
聞知
(
ききし
)
り、
142
胸
(
むね
)
を
撫
(
な
)
で
下
(
おろ
)
し、
143
又
(
また
)
もやソロソロ
横着心
(
わうちやくしん
)
を
起
(
おこ
)
し、
144
女
(
をんな
)
を
赤裸
(
まつぱだか
)
にして
多少
(
たせう
)
の
財産
(
ざいさん
)
を
手
(
て
)
に
入
(
い
)
れむと
考
(
かんが
)
へ
込
(
こ
)
んだ。
145
デビスの
頭
(
あたま
)
や
体
(
からだ
)
には
金剛石
(
こんごうせき
)
や
珊瑚珠
(
さんごじゆ
)
、
146
瑠璃
(
るり
)
、
147
瑪瑙
(
めなう
)
、
148
硨磲
(
しやこ
)
等
(
など
)
の
宝玉
(
はうぎよく
)
が
飾
(
かざ
)
られ、
149
折柄
(
をりから
)
の
月光
(
げつくわう
)
に
映
(
えい
)
じて
花
(
はな
)
の
如
(
ごと
)
く
光
(
ひか
)
つてゐる。
150
之
(
これ
)
を
眺
(
なが
)
めた
両人
(
りやうにん
)
は
猫
(
ねこ
)
に
松魚節
(
かつをぶし
)
を
見
(
み
)
せたやうに、
151
喉
(
のど
)
をゴロゴロならし、
152
よき
獲物
(
えもの
)
厶
(
ござ
)
んなれと
耳
(
みみ
)
に
口
(
くち
)
を
寄
(
よ
)
せ、
153
ベル『オイ、
154
ヘル、
155
素的
(
すてき
)
滅法界
(
めつぱふかい
)
なナイスぢやないか。
156
そしてあの
頭
(
あたま
)
から
体
(
からだ
)
に
光
(
ひか
)
つてゐる
宝石
(
はうせき
)
は
随分
(
ずいぶん
)
高価
(
かうか
)
な
物
(
もの
)
だらうよ。
157
ここで
一
(
ひと
)
つ
悪
(
あく
)
の
仕納
(
しをさ
)
めに、
158
彼奴
(
あいつ
)
を
赤裸
(
まつぱだか
)
にして、
159
持物
(
もちもの
)
一切
(
いつさい
)
を
奪
(
うば
)
ひ
取
(
と
)
り、
160
それを
持
(
も
)
つて
国許
(
くにもと
)
へ
帰
(
かへ
)
り、
161
故郷
(
こきやう
)
へ
錦
(
にしき
)
を
飾
(
かざ
)
らうぢやないか。
162
さうすればバラモン
軍
(
ぐん
)
が
解散
(
かいさん
)
になり、
163
お
払
(
はら
)
ひ
箱
(
ばこ
)
になつたと
笑
(
わら
)
はれる
事
(
こと
)
もあるまい。
164
人間
(
にんげん
)
はどうでもよい、
165
成功
(
せいこう
)
さへすれば
人
(
ひと
)
が
褒
(
ほ
)
めるのだからなア。
166
こんな
好
(
い
)
い
機会
(
きくわい
)
は
又
(
また
)
とあるまいぞ』
167
ヘル『どうも
何
(
なん
)
だか、
168
体
(
からだ
)
がビリビリと
動
(
うご
)
き
出
(
だ
)
して
来
(
き
)
た。
169
俺
(
おれ
)
やモウ
泥坊
(
どろばう
)
は
廃業
(
はいげふ
)
する。
170
何程
(
なにほど
)
高価
(
かうか
)
な
物
(
もの
)
でも
欲
(
ほ
)
しくはないワ。
171
頭
(
あたま
)
の
上
(
うへ
)
から
皎々
(
かうかう
)
たる
月
(
つき
)
の
大神
(
おほかみ
)
が、
172
吾々
(
われわれ
)
の
行動
(
かうどう
)
を
看視
(
かんし
)
してゐられるやうに
思
(
おも
)
へて、
173
怖
(
おそ
)
ろしくなつて
来
(
き
)
たよ。
174
お
前
(
まへ
)
欲
(
ほ
)
しけら、
175
あのナイスに
事情
(
じじやう
)
をあけて、
176
頼
(
たの
)
んで
貰
(
もら
)
つたら
如何
(
どう
)
だ』
177
ベル『エー、
178
腰抜
(
こしぬけ
)
だなア。
179
さうだから
惚泥
(
でれどろ
)
と
云
(
い
)
はれるのだ。
180
そんなら
汝
(
きさま
)
、
181
ここで
俺
(
おれ
)
の
腕前
(
うでまへ
)
を
拝見
(
はいけん
)
してゐよ、
182
其
(
その
)
代
(
かは
)
りに、
183
俺
(
おれ
)
が
奪
(
と
)
つたら
一
(
ひと
)
つも
汝
(
きさま
)
に
分配
(
ぶんぱい
)
せぬから、
184
承知
(
しようち
)
だらうな』
185
ヘル『ウン
承知
(
しようち
)
だ、
186
併
(
しか
)
しベル、
187
余程
(
よつぽど
)
考
(
かんが
)
へてやらないと、
188
どんな
目
(
め
)
に
会
(
あ
)
ふか
知
(
し
)
れぬぞ。
189
どこともなしに
彼奴
(
あいつ
)
の
体
(
からだ
)
から
御光
(
ごくわう
)
がさして
居
(
ゐ
)
るぢやないか、
190
俺
(
おれ
)
やどうしても
神
(
かみ
)
さまのやうに
思
(
おも
)
はれて、
191
体
(
からだ
)
がすくむ
様
(
やう
)
だ』
192
ベル『
光
(
ひか
)
つてゐるのが
価値
(
ねうち
)
だ。
193
彼奴
(
あいつ
)
をスツカリ
手
(
て
)
に
入
(
い
)
れやうものなら、
194
何
(
なん
)
十万
(
じふまん
)
両
(
りやう
)
とも
知
(
し
)
れぬ
価値
(
ねうち
)
の
物
(
もの
)
だ。
195
汝
(
きさま
)
は
余程
(
よつぽど
)
可
(
い
)
い
腰抜
(
こしぬ
)
けだなア。
196
目
(
め
)
の
前
(
まへ
)
にブラ
下
(
さが
)
つてる
宝
(
たから
)
を
見
(
み
)
す
見
(
み
)
す
見捨
(
みすて
)
るのか。
197
冥加
(
みやうが
)
知
(
し
)
らず
奴
(
め
)
、
198
そんなら、
199
そこに
少時
(
しばらく
)
蝮
(
まむし
)
のやうに
蟄伏
(
ちつぷく
)
して
居
(
を
)
れ』
200
と
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
201
ツカツカとデビス
姫
(
ひめ
)
の
祈願
(
きぐわん
)
してる
前
(
まへ
)
に
立現
(
たちあら
)
はれ、
202
ベル『オイ、
203
どこの
女中
(
ぢよちう
)
か
知
(
し
)
らぬが、
204
長
(
なが
)
の
旅
(
たび
)
を
致
(
いた
)
す
内
(
うち
)
、
205
盗賊
(
たうぞく
)
に
出会
(
であ
)
ひ、
206
有金
(
ありがね
)
をスツカリと
奪
(
うば
)
ひ
取
(
と
)
られ、
207
今
(
いま
)
は
是非
(
ぜひ
)
なく
乞食
(
こじき
)
の
様
(
やう
)
になつて
道中
(
だうちう
)
をしてゐるのだ。
208
之
(
これ
)
から
月
(
つき
)
の
国
(
くに
)
迄
(
まで
)
帰
(
かへ
)
らなくてはならない。
209
どうかお
前
(
まへ
)
の
頭
(
あたま
)
に
光
(
ひか
)
つてゐる
物
(
もの
)
を
二
(
ふた
)
つ
三
(
み
)
ツつ
此方
(
こちら
)
へ
渡
(
わた
)
して
下
(
くだ
)
さるまいか』
210
デビスは
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
に
驚
(
おどろ
)
いて、
211
祈願
(
きぐわん
)
の
手
(
て
)
をやめ、
212
月影
(
つきかげ
)
によくよく
透
(
すか
)
して
見
(
み
)
れば、
213
荒
(
あら
)
くれ
男
(
をとこ
)
が
一人
(
ひとり
)
、
214
自分
(
じぶん
)
の
坐
(
すわ
)
つてゐる
少
(
すこ
)
し
横手
(
よこて
)
に
立塞
(
たちふさ
)
がつてゐる。
215
デビス『お
前
(
まへ
)
はどこの
旅人
(
たびびと
)
か
知
(
し
)
らぬが、
216
今
(
いま
)
私
(
わたし
)
の
頭
(
あたま
)
の
物
(
もの
)
をくれと
云
(
い
)
つたやうだが、
217
之
(
これ
)
は
何
(
ど
)
うしても
上
(
あ
)
げる
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
きませぬ。
218
体中
(
からだぢう
)
に
宝石
(
はうせき
)
をつけてゐるのは、
219
悪魔
(
あくま
)
を
防
(
ふせ
)
ぐ
禁厭
(
まじなひ
)
ですから、
220
まだ
之
(
これ
)
から
吾
(
わが
)
家
(
や
)
へ
帰
(
かへ
)
るのには、
221
一寸
(
ちよつと
)
二
(
に
)
里
(
り
)
許
(
ばか
)
りも
道程
(
みちのり
)
がある。
222
夜
(
よる
)
の
道
(
みち
)
を
帰
(
かへ
)
るのは
危険
(
きけん
)
だから、
223
たつて
欲
(
ほ
)
しいのなれば
更
(
あらた
)
めて
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さい。
224
私
(
わたし
)
の
家
(
うち
)
はテルモン
山
(
ざん
)
の
神館
(
かむやかた
)
で
厶
(
ござ
)
います』
225
ベル『ナニツ、
226
お
前
(
まへ
)
はあのテルモン
山
(
ざん
)
の
霊地
(
れいち
)
小国別
(
をくにわけ
)
様
(
さま
)
の
娘
(
むすめ
)
といふのか、
227
ヤアそりや
妙
(
めう
)
な
縁
(
えん
)
だ。
228
拙者
(
せつしや
)
は
斯
(
か
)
う
見
(
み
)
えてもバラモン
軍
(
ぐん
)
の
征夷
(
せいい
)
大将軍
(
たいしやうぐん
)
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
で
厶
(
ござ
)
るぞ』
229
デビス『ホホホホ
鬼春別
(
おにはるわけ
)
将軍
(
しやうぐん
)
さまは
沢山
(
たくさん
)
の
軍隊
(
ぐんたい
)
を
伴
(
つ
)
れて
堂々
(
だうだう
)
とお
出
(
い
)
で
遊
(
あそ
)
ばすぢやありませぬか。
230
最前
(
さいぜん
)
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ひました……
長途
(
ちやうと
)
の
旅
(
たび
)
、
231
泥坊
(
どろばう
)
に
出会
(
であ
)
ひ、
232
金
(
かね
)
をスツカリ
奪
(
と
)
られたから
頭
(
あたま
)
の
物
(
もの
)
でもくれい……と
云
(
い
)
つたでせう。
233
鬼春別
(
おにはるわけ
)
ともあらう
方
(
かた
)
が、
234
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
歩
(
ある
)
いたり、
235
賊
(
ぞく
)
に
持物
(
もちもの
)
を
奪
(
と
)
られたりする
様
(
やう
)
な
事
(
こと
)
がありませうか。
236
お
前
(
まへ
)
は
胡麻
(
ごま
)
の
蠅
(
はへ
)
だらう。
237
サア、
238
奪
(
と
)
るなら
奪
(
と
)
つて
御覧
(
ごらん
)
、
239
女
(
をんな
)
乍
(
なが
)
らも
腕
(
うで
)
に
覚
(
おぼえ
)
がありますぞや』
240
ベル『
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
鬼春別
(
おにはるわけ
)
に
間違
(
まちが
)
ひは
無
(
な
)
いのだ。
241
三五教
(
あななひけう
)
の
軍勢
(
ぐんぜい
)
十万騎
(
じふまんき
)
を
以
(
もつ
)
て
吾
(
わが
)
陣屋
(
ぢんや
)
へ
押寄
(
おしよ
)
せ
来
(
きた
)
り、
242
味方
(
みかた
)
は
僅
(
わづか
)
に
三千
(
さんぜん
)
余
(
よ
)
騎
(
き
)
、
243
それも
大部分
(
だいぶぶん
)
は
脚気
(
かつけ
)
を
患
(
わづら
)
ひ、
244
殆
(
ほとん
)
ど
戦場
(
せんぢやう
)
に
立
(
た
)
つ
者
(
もの
)
は
二三百
(
にさんびやく
)
人
(
にん
)
許
(
ばか
)
り、
245
如何
(
いか
)
に
勇猛
(
ゆうまう
)
なる
鬼春別
(
おにはるわけ
)
も
僅
(
わづか
)
に
三百
(
さんびやく
)
の
手兵
(
しゆへい
)
を
以
(
もつ
)
て
十万
(
じふまん
)
の
敵
(
てき
)
に
対
(
たい
)
するのだから、
246
天地
(
てんち
)
の
道理
(
だうり
)
上
(
じやう
)
、
247
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
味方
(
みかた
)
は
残
(
のこ
)
らず
討死
(
うちじに
)
し、
248
自分
(
じぶん
)
は
神
(
かみ
)
の
助
(
たす
)
けによつて、
249
漸
(
やうや
)
く
命
(
いのち
)
を
助
(
たす
)
かり、
250
此処
(
ここ
)
まで
落伸
(
おちの
)
びて
来
(
き
)
たのだ。
251
鬼春別
(
おにはるわけ
)
に
間違
(
まちが
)
ひは
厶
(
ござ
)
らぬぞや』
252
デビス『
鬼春別
(
おにはるわけ
)
様
(
さま
)
に
間違
(
まちが
)
ひなければ、
253
何卒
(
どうぞ
)
妾
(
わたし
)
の
館
(
やかた
)
迄
(
まで
)
来
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さいませ、
254
自分
(
じぶん
)
の
体
(
からだ
)
につけてる
宝石
(
はうせき
)
位
(
ぐらゐ
)
は
物
(
もの
)
の
数
(
かず
)
でも
厶
(
ござ
)
いませぬ。
255
諸方
(
しよはう
)
から
貢
(
みつ
)
いで
来
(
き
)
た
種々
(
いろいろ
)
の
宝物
(
はうもつ
)
は
山
(
やま
)
程
(
ほど
)
厶
(
ござ
)
いますから、
256
そして
又
(
また
)
父
(
ちち
)
も
鬼春別
(
おにはるわけ
)
様
(
さま
)
がお
出
(
いで
)
になれば
喜
(
よろこ
)
ぶ
事
(
こと
)
でせう。
257
何卒
(
どうぞ
)
私
(
わたし
)
と
一緒
(
いつしよ
)
に
来
(
き
)
て
貰
(
もら
)
ひたいものですな』
258
と
偽者
(
にせもの
)
とは
知
(
し
)
り
乍
(
なが
)
ら、
259
ワザと
気
(
き
)
を
引
(
ひ
)
いて
見
(
み
)
た。
260
そしてデビスは
自分
(
じぶん
)
の
館
(
やかた
)
近
(
ちか
)
くに
行
(
い
)
つた
時
(
とき
)
に、
261
部下
(
ぶか
)
に
命
(
めい
)
じて
此
(
この
)
泥坊
(
どろばう
)
を
捕縛
(
ほばく
)
し、
262
懲
(
こ
)
らしめて
改心
(
かいしん
)
させむと
刹那
(
せつな
)
に
考
(
かんが
)
へた。
263
ベルは
館
(
やかた
)
へ
行
(
い
)
つては
直様
(
すぐさま
)
バケが
現
(
あら
)
はれると
思
(
おも
)
ひ、
264
焼糞
(
やけくそ
)
になり、
265
ベル『エー、
266
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
天下
(
てんか
)
晴
(
は
)
れての
泥坊
(
どろばう
)
様
(
さま
)
だ。
267
サアここで
何
(
なに
)
もかもお
前
(
まへ
)
の
体
(
からだ
)
に
附着
(
ふちやく
)
してゐる
物
(
もの
)
は
受取
(
うけと
)
らう。
268
ゴテゴテ
申
(
まを
)
すと
大切
(
たいせつ
)
な
命
(
いのち
)
迄
(
まで
)
奪
(
と
)
つて
了
(
しま
)
ふが
何
(
ど
)
うだ』
269
ヘルは
思
(
おも
)
はず
知
(
し
)
らず
草
(
くさ
)
の
中
(
なか
)
から、
270
ヘル『オイ、
271
ベル、
272
そんな
無茶
(
むちや
)
な
事
(
こと
)
云
(
い
)
ふない。
273
それ
程
(
ほど
)
欲
(
ほ
)
しけりや
一
(
ひと
)
つ
丈
(
だけ
)
頂戴
(
ちやうだい
)
したらどうだ』
274
と
呼
(
よ
)
んでゐる。
275
ベルはハツとし
乍
(
なが
)
ら、
276
『アハン アハン』
277
と
大
(
おほ
)
きな
咳払
(
せきばらひ
)
に
紛
(
まぎ
)
らし、
278
ヘルの
声
(
こゑ
)
を
消
(
け
)
さうとした。
279
デビスは
早
(
はや
)
くもまだ
外
(
ほか
)
に
一人
(
ひとり
)
の
卑怯
(
ひけふ
)
な
泥坊
(
どろばう
)
が
潜
(
ひそ
)
んでゐる
事
(
こと
)
を
悟
(
さと
)
つた。
280
デビス『ホツホホホホ、
281
腰抜
(
こしぬけ
)
泥坊
(
どろばう
)
だこと、
282
一
(
ひと
)
つ
丈
(
だけ
)
頂戴
(
ちやうだい
)
せいなどと、
283
何
(
な
)
した
情
(
なさけ
)
ないシミツタレた
事
(
こと
)
をいふのだらう。
284
命
(
いのち
)
が
欲
(
ほ
)
しけりや
命
(
いのち
)
もやらう。
285
宝石
(
はうせき
)
が
欲
(
ほ
)
しければ
与
(
や
)
らぬ
事
(
こと
)
もない。
286
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
此方
(
こちら
)
も
生物
(
いきもの
)
だから、
287
チツと
許
(
ばか
)
り
動
(
うご
)
きますから、
288
跳飛
(
はねと
)
ばされぬやうになさいませや』
289
ベル『エー、
290
モウ
駄目
(
だめ
)
だ。
291
コラ、
292
ヘルの
奴
(
やつ
)
、
293
汝
(
きさま
)
もやつて
来
(
こ
)
んかい。
294
戦利品
(
せんりひん
)
は
山分
(
やまわ
)
けだ』
295
ヘル『
俺
(
おれ
)
モウそんな
殺生
(
せつしやう
)
な
事
(
こと
)
はしたくないワ、
296
又
(
また
)
天
(
てん
)
から
光
(
ひか
)
つて
来
(
き
)
たら
何
(
ど
)
うする。
297
ダイヤモンドでも
何
(
なん
)
でも、
298
俺
(
おれ
)
モウ
光
(
ひか
)
るものには
懲々
(
こりごり
)
だ』
299
デビス『ホホホホ、
300
腰
(
こし
)
の
弱
(
よわ
)
い
泥坊
(
どろばう
)
許
(
ばか
)
り
集
(
よ
)
つたものだなア。
301
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
其処辺
(
そこら
)
に
慄
(
ふる
)
つてる
腰抜
(
こしぬけ
)
泥坊
(
どろばう
)
、
302
お
前
(
まへ
)
は
可愛想
(
かあいさう
)
な
奴
(
やつ
)
だ。
303
こんな
奴
(
やつ
)
にやるのは
惜
(
をし
)
いが、
304
お
前
(
まへ
)
になら
宝石
(
はうせき
)
もやらうし、
305
体
(
からだ
)
が
欲
(
ほ
)
しけら
体
(
からだ
)
も
任
(
まか
)
してやるから、
306
そんな
草原
(
くさはら
)
に
螽斯
(
ばつた
)
の
如
(
や
)
うにスツ
込
(
こ
)
んでをらずに、
307
トツトと
此処
(
ここ
)
へ
出
(
で
)
て
来
(
き
)
なさい』
308
ヘルは
大胆
(
だいたん
)
不敵
(
ふてき
)
の
女
(
をんな
)
の
言葉
(
ことば
)
に
度肝
(
どぎも
)
を
抜
(
ぬ
)
かれ、
309
腰
(
こし
)
をぬかしてバタリと
平太
(
へたば
)
つたまま
慄
(
ふる
)
うてゐる。
310
ベル『エー、
311
腰抜
(
こしぬけ
)
奴
(
め
)
、
312
気
(
き
)
の
弱
(
よわ
)
い
事
(
こと
)
許
(
ばか
)
りぬかしやがつて、
313
助
(
たす
)
けになる
所
(
どころ
)
か
商売
(
しやうばい
)
の
邪魔
(
じやま
)
許
(
ばか
)
りする
奴
(
やつ
)
だ。
314
タカが
女
(
をんな
)
の
一人
(
ひとり
)
、
315
何程
(
なにほど
)
手
(
て
)
が
利
(
き
)
いてると
云
(
い
)
つても
知
(
し
)
れたものだ。
316
オイ
女
(
をんな
)
、
317
渡
(
わた
)
すのが
厭
(
いや
)
なら
俺
(
おれ
)
が
直接
(
ちよくせつ
)
に
奪
(
と
)
つてやる、
318
神妙
(
しんめう
)
にしろ』
319
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
猿臂
(
ゑんぴ
)
を
伸
(
の
)
ばして、
320
頭
(
あたま
)
に
光
(
ひか
)
る
宝石
(
はうせき
)
をグツと
掴
(
つか
)
みかけた。
321
デビスは
其
(
その
)
手
(
て
)
をグツと
握
(
にぎ
)
り、
322
日頃
(
ひごろ
)
鍛
(
きた
)
えし
柔術
(
じうじゆつ
)
の
手
(
て
)
を
以
(
もつ
)
て、
323
三間
(
さんげん
)
許
(
ばか
)
り
草
(
くさ
)
つ
原
(
ぱら
)
へ
投
(
な
)
げ
付
(
つ
)
けた。
324
ベルは
死武者
(
しにむしや
)
になつて、
325
女
(
をんな
)
に
喰
(
くら
)
ひつき
喉
(
のど
)
を
締
(
し
)
めようとした。
326
ベルも
少
(
すこ
)
し
許
(
ばか
)
り
手
(
て
)
は
利
(
き
)
いてゐたが、
327
到底
(
たうてい
)
デビスには
敵
(
かな
)
はない。
328
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
宝石
(
はうせき
)
に
眼
(
まなこ
)
眩
(
くら
)
んで、
329
自分
(
じぶん
)
の
危
(
あやふ
)
い
事
(
こと
)
も
忘
(
わす
)
れ、
330
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
放
(
ほ
)
られては
組
(
く
)
み
付
(
つ
)
き
放
(
ほ
)
られては
組
(
く
)
み
付
(
つ
)
き、
331
殆
(
ほとん
)
ど
十二三
(
じふにさん
)
回
(
くわい
)
も
投
(
な
)
げられ、
332
グタグタになつた。
333
それでもまだ
性懲
(
しやうこり
)
もなく、
334
頭
(
あたま
)
や
体
(
からだ
)
の
宝石
(
はうせき
)
の
光
(
ひかり
)
を
目当
(
めあて
)
に
喰
(
くら
)
ひつく。
335
デビスは『エー
面倒
(
めんだう
)
』と
岩
(
いは
)
を
飛下
(
とびお
)
り、
336
武者
(
むしや
)
振
(
ぶ
)
りつくベルの
胸倉
(
むなぐら
)
をグツと
取
(
と
)
り、
337
息
(
いき
)
を
詰
(
つ
)
めた。
338
ベルは
手足
(
てあし
)
を
藻掻
(
もが
)
きヂタバタとやつてゐる。
339
流石
(
さすが
)
のヘルも
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
戦慄
(
せんりつ
)
して
草
(
くさ
)
の
中
(
なか
)
に
伏艇
(
ふくてい
)
してる
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
かず、
340
傍
(
かたはら
)
に
落
(
お
)
ちてゐた
半
(
なかば
)
朽
(
く
)
ちたる
棒杭
(
ぼうぐひ
)
が
月
(
つき
)
に
照
(
て
)
らされて
光
(
ひか
)
つてゐるのを
見
(
み
)
つけ
出
(
だ
)
し、
341
デビスがベルの
首
(
くび
)
を
締
(
し
)
めてゐる
背後
(
うしろ
)
から、
342
脳天
(
なうてん
)
目蒐
(
めが
)
けて
力
(
ちから
)
一杯
(
いつぱい
)
打下
(
うちおろ
)
した。
343
手許
(
てもと
)
外
(
はづ
)
れて
耳
(
みみ
)
から
横
(
よこ
)
つ
面
(
つら
)
をウンと
云
(
い
)
ふ
程
(
ほど
)
撲
(
なぐ
)
りつけた。
344
愍
(
あはれ
)
やデビスはアツと
一声
(
ひとこゑ
)
叫
(
さけ
)
んで
脆
(
もろ
)
くも
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
倒
(
たふ
)
れて
了
(
しま
)
つた。
345
夜嵐
(
よあらし
)
は
遠慮
(
ゑんりよ
)
会釈
(
ゑしやく
)
もなく
音
(
おと
)
を
立
(
た
)
てて
通
(
とほ
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
346
(
大正一二・三・一七
旧二・一
於竜宮館
松村真澄
録)
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