霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 不動滝(ふどうたき)〔一四四三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻 篇:第3篇 月照荒野 よみ(新仮名遣い):げっしょうこうや
章:第13章 不動滝 よみ(新仮名遣い):ふどうたき 通し章番号:1443
口述日:1923(大正12)年03月17日(旧02月1日) 口述場所:竜宮館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年5月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ケリナの姉でデビス姫は、危険な猛獣毒蛇のために人も近寄らないスガ山の谷あいの大滝に夜中やってきて、荒行をしていた。病に苦しむ父・小国別の全快と、三年前に行方不明になった妹ケリナの無事の帰宅、そして館から失われた如意宝珠の神宝の帰還を願っていた。
先にエンゼルの大火光に肝をつぶしたベルとヘルは、スガ山に逃げ込んで大滝のふもとまで逃げてきた。こんな山奥に夜中デビス姫を見た二人は、もしや妖怪ではないかとふるえていた。
デビス姫の祈願の言葉を聞いた二人は事情を知り、また姫が身に着けている金銀宝石に目が留まった。ベルはまた追いはぎをしようとするが、ヘルは先の大火光に懲り、月の大神がすべてを見ているような気がすると怖気をついた。
ベルは祈願しているデビス姫に近寄ると、一文無しで旅をしているから宝石を恵んでくれと声をかけた。デビス姫はこれは魔よけのためにつけているのだから今はあげられないが、物乞いなら改めてテルモン山の神館まで来るようにと答えた。
ベルは自分はバラモン軍の鬼春別将軍だと嘘を言うが、すぐにデビスに見破られてしまう。ベルは力づくでデビスの宝石を奪い取ろうとするが、デビス姫は柔術の名手で、組みつこうとするたびに投げられてしまう。
ベルは十数回も投げられてぐたぐたになってしまった。デビスはベルを締め上げている。ヘルは黙って見ているわけにもいかず、草の中から出てきて棒杭でデビスの頭めがけて力いっぱい打ち下ろした。手元がはずれて横っ面に当たり、デビスはその場に気絶してしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-06-26 18:58:06 文字数:4951 OBC :rm5613
愛善世界社版:184頁 八幡書店版:第10輯 214頁 修補版: 校定版:195頁 普及版:88頁 初版: ページ備考:
001テルモン山(ざん)の峰続(みねつづ)き
002山(やま)一面(いちめん)に鬱蒼(うつさう)と
003巨木(きよぼく)茂(しげ)れるスガの山(やま)
004天(てん)を封(ふう)じて谷間(たにあひ)は
005昼(ひる)さへ暗(くら)く濛々(もうもう)と
006夏(なつ)と冬(ふゆ)との区別(くべつ)なく
007霧(きり)立(た)ち上(のぼ)る秘密(ひみつ)郷(きやう)
008天(てん)より布(ぬの)を晒(さら)したる
009如(ごと)くに見(み)ゆる大滝(おほたき)は
010アン・ブラツク滝(だき)といひ
011物凄(ものすさま)じき水(みづ)の音(おと)
012百(もも)の雷(いかづち)一時(いちどき)に
013轟(とどろ)く如(ごと)く聞(きこ)え来(く)る
014かかる所(ところ)へスタスタと
015夜(よ)な夜(よ)な通(かよ)ふ女(をんな)あり
016バラモン教(けう)の神司(かむづかさ)
017テルモン山(ざん)に館(やかた)をば
018築(きづ)きて教(をしへ)を開(ひら)き居(ゐ)る
019小国別(をくにわけ)の愛娘(まなむすめ)
020デビスの姫(ひめ)は吾(わが)父(ちち)の
021重(おも)き病(やまひ)を救(すく)はむと
022一人(ひとり)の妹(いもうと)に別(わか)れたる
023其(その)悲(かな)しさに身(み)を忘(わす)れ
024父(ちち)の病(やまひ)や妹(いもうと)の
025無事(ぶじ)を祈(いの)りて進(すす)み来(く)る
026月(つき)は御空(みそら)に皎々(かうかう)と
027輝(かがや)き亘(わた)り下界(げかい)をば
028隈(くま)なく照(て)らし玉(たま)へども
029此(この)滝(たき)のみは老木(らうぼく)の
030枝(えだ)に影(かげ)をば遮(さへぎ)られ
031只(ただ)滝水(たきみづ)のうす白(じろ)く
032吾(わが)目(め)にとまる許(ばか)りなり
033デビスの姫(ひめ)は忽(たちま)ちに
034衣(きぬ)脱(ぬ)ぎすてて滝壺(たきつぼ)に
035ザンブと許(ばか)り飛込(とびこ)んで
036一心(いつしん)不乱(ふらん)にバラモンの
037呪文(じゆもん)を称(とな)へ祈(いの)り居(ゐ)る
038其(その)心根(こころね)ぞ殊勝(しゆしよう)なれ
039かかる所(ところ)へスタスタと
040慌(あわ)てふためき走(はし)り来(く)る
041怪(あや)しの影(かげ)は只(ただ)二(ふた)つ
042足音(あしおと)忍(しの)ばせ忍(しの)び寄(よ)り
043暗(やみ)に浮出(うきで)た白(しろ)い肌(はだ)
044眺(なが)めて互(たがひ)に囁(ささや)きつ
045デビスの姫(ひめ)が滝壺(たきつぼ)を
046あがり来(きた)るを待(ま)ちにける
047これぞベル、ヘル両人(りやうにん)が
048月照彦(つきてるひこ)の神霊(しんれい)の
049御稜威(みいづ)に恐(おそ)れ修験者(しゆげんじや)
050ケリナの姫(ひめ)を振棄(ふりす)てて
051命(いのち)カラガラ逃(に)げ来(きた)る
052其(その)道(みち)すがら何気(なにげ)なく
053谷(たに)の水音(みなおと)たよりにて
054尋(たづ)ね来(きた)りし物(もの)ぞかし。
055 スガ山(さん)の谷間(たにあひ)は此(この)界隈(かいわい)にても目立(めだ)つて大木(たいぼく)の繁茂(はんも)せる、056余(あま)り高(たか)からざる密林(みつりん)であつて、057二十丈(にじふぢやう)三十丈(さんじふぢやう)と幹(みき)のまわつた大木(たいぼく)が天(てん)を封(ふう)じ、058昼(ひる)さへ暗(くら)き凄(すご)い様(やう)な場所(ばしよ)である。059そしてテルモン山(ざん)の谷水(たにみづ)を一切(いつさい)ここに集(あつ)めて大瀑布(だいばくふ)をなし、060高(たか)さ数百丈(すうひやくぢやう)に及(およ)び、061白布(しろぬの)を天(てん)から吊(つ)り下(おろ)した様(やう)になつてゐる。062此(この)地点(ちてん)は殺生(せつしやう)禁断(きんだん)の場所(ばしよ)であり、063アン・ブラツク明王(みやうわう)が滝(たき)の傍(そば)に祀(まつ)られてある。064されど国人(くにびと)は怖(おそ)れて此(この)滝壺(たきつぼ)に近(ちか)よつた者(もの)はない。065種々(いろいろ)雑多(ざつた)の猛獣(まうじう)や蚖蛇(ぐわんだ)などが沢山(たくさん)に棲息(せいそく)し、066一歩(いつぽ)たり共(とも)、067スガ山(さん)の森林(しんりん)へ足(あし)を踏(ふ)み入(い)れたる者(もの)は生(い)きて帰(かへ)つた者(もの)は無(な)いと云(い)つて怖(おそ)れられてゐた。068雨傘(あまがさ)を拡(ひろ)げた様(やう)な蝙蝠(かうもり)が滝(たき)の近辺(きんぺん)を真黒(まつくろ)になつてバタバタと飛(と)び交(か)ひ、069昼(ひる)は大木(たいぼく)の朽穴(くちあな)に身(み)を隠(かく)し、070日(ひ)の暮頃(くれごろ)から、071ソロソロ活動(くわつどう)し始(はじ)めるのである。
072 デビス姫(ひめ)は浄行(じやうぎやう)の家(いへ)に生(うま)れた淑女(しゆくぢよ)なるにも関(かかは)らず、073自分(じぶん)の命(いのち)を的(まと)に夜(よ)な夜(よ)な通(かよ)ひ来(きた)つて、074老病(らうびやう)に苦(くるし)む父(ちち)の全快(ぜんくわい)を祈(いの)り、075且(かつ)三歳前(みとせまへ)に姿(すがた)を隠(かく)した妹(いもうと)ケリナ姫(ひめ)の無事(ぶじ)に帰(かへ)り来(きた)らむことを、076アン・ブラツク明王(みやうわう)の前(まへ)に祈(いの)るべく、077危険(きけん)を冒(をか)して夜(よ)な夜(よ)な通(かよ)ひ来(きた)り、078深(ふか)い滝壺(たきつぼ)に身(み)を投(とう)じて荒行(あらぎやう)をやつてゐたのである。079そこへ求道(きうだう)居士(こじ)、080ケリナ姫(ひめ)を撲(なぐ)り殺(ころ)して姿(すがた)を隠(かく)さうとしてゐる矢先(やさき)、081天(てん)の一方(いつぱう)より大火光(だいくわくわう)となつて、082月照彦(つきてるひこの)神(かみ)のエンゼル現(あら)はれ来(きた)り、083求道(きうだう)居士(こじ)、084ケリナ姫(ひめ)を甦(よみがへ)らせ玉(たま)うた。085ベル、086ヘルの両人(りやうにん)は此(この)火団(くわだん)の爆発(ばくはつ)した音(おと)に肝(きも)を潰(つぶ)し、087スガ山(さん)の谷間(たにあひ)の恐(おそ)ろしい事(こと)は承知(しようち)し乍(なが)らも、088余(あま)りの驚(おどろ)きに逃(に)げ場(ば)を失(うしな)ひ、089山(やま)を駆(か)け登(のぼ)つて、090此(この)滝(たき)の麓(ふもと)に漸(やうや)く逃(に)げて来(き)たのである[※「そこへ求道居士」から「来たのである」まで文章がおかしいが、底本通り。]。091滝水(たきみづ)の音(おと)は轟々(ぐわうぐわう)と騒(さわ)がしく、092デビス姫(ひめ)の祈(いの)る声(こゑ)も聞(き)き取(と)る事(こと)が出来(でき)なかつた。
093 ベル、094ヘルの両人(りやうにん)は斯(か)かる深林(しんりん)に夜中(やちう)、095繊弱(かよわ)き女(をんな)が荒行(あらぎやう)に来(き)て居(を)るとは思(おも)ひもよらないので、096不審(ふしん)に堪(た)へやらず、097若(もし)や妖怪(えうくわい)にはあらざるかと、098歯(は)の根(ね)をガタガタさせ乍(なが)ら、099滝(たき)の近(ちか)くへ寄(よ)つたものの、100気味悪(きみわる)く互(たがひ)に抱(だ)きついて慄(ふる)うてゐた。
101 デビス姫(ひめ)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祈願(きぐわん)をしてゐたので、102二人(ふたり)の男(をとこ)が近(ちか)くに来(き)て居(を)る事(こと)は夢(ゆめ)にも知(し)らず、103濡(ぬ)れた体(からだ)の水気(すいき)を拭(ふ)き取(と)り、104立派(りつぱ)な衣類(いるゐ)と着替(きか)へて、105馴(なれ)た道(みち)をスタスタと帰(かへ)つて行(ゆ)く。106怖(こは)い物(もの)見(み)たさの喩(たとへ)に洩(も)れず両人(りやうにん)は、107跡(あと)を慕(した)うて十間(じつけん)許(ばか)り距離(きより)を保(たも)ち跟(つ)いて行(い)つた。108女(をんな)は漸(やうや)くにして月(つき)の照(て)り亘(わた)る野原(のはら)に出(で)た。109此処(ここ)には天拝石(てんぱいせき)と云(い)つて、110一間(いつけん)四方(しはう)許(ばか)りの長方形(ちやうはうけい)の削(けづ)つた様(やう)な天然岩(てんねんいは)がある。111デビス姫(ひめ)は其(その)岩(いは)の真中(まんなか)にキチンと坐(すわ)り、112再(ふたた)び祈願(きぐわん)を籠(こ)めた。113ベル、114ヘルの両人(りやうにん)は腰(こし)を屈(かが)め、115茫々(ばうばう)たる草原(くさはら)を潜(くぐ)り乍(なが)ら、116ソツと傍(かたはら)に寄(よ)り草(くさ)の繁(しげ)みに身(み)を隠(かく)して様子(やうす)を考(かんが)へてゐた。
117 デビス姫(ひめ)は月光(げつくわう)に向(むか)つて双手(もろて)を合(あは)せ祈(いの)り初(はじ)めたり。
118デビス姫『南無(なむ)大自在天(だいじざいてん)バラモン大神(おほかみ)様(さま)、119私(わたくし)は丁度(ちやうど)今日(こんにち)にて三七(さんしち)廿一(にじふいち)日(にち)の荒行(あらぎやう)を無事(ぶじ)に了(をは)りました。120何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)大黒主(おほくろぬし)の神司(かむつかさ)より父(ちち)が預(あづ)かりました如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の玉(たま)が、121一(いち)日(にち)も早(はや)く発見(はつけん)されまして、122大黒主(おほくろぬし)様(さま)の御(ご)勘気(かんき)が許(ゆる)されまする様(やう)に、123又(また)父(ちち)は妹(いもうと)の行衛(ゆくゑ)不明(ふめい)となりしより心配(しんぱい)を致(いた)し、124それが為(た)めに重(おも)き病(やまひ)の床(とこ)に臥(ふ)し、125命(めい)旦夕(たんせき)に迫(せま)つて居(を)りまする。126何卒(どうぞ)私(わたくし)の心(こころ)を憐(あはれ)み下(くだ)さいまして、127父(ちち)の病(やまひ)を全快(ぜんくわい)させ、128恋(こひ)しき妹(いもうと)に会(あ)はして下(くだ)さいませ。129そして如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の神宝(しんぱう)が一時(いつとき)も早(はや)く館(やかた)へ、130何者(なにもの)かの手(て)を経(へ)て還(かへ)つて参(まゐ)ります様(やう)に、131御恵(みめぐみ)を垂(た)れ玉(たま)はむことを、132偏(ひとへ)に御(お)願(ねがひ)申(まをし)奉(たてまつ)ります。133月(つき)の大神(おほかみ)様(さま)の御姿(みすがた)を拝(はい)するにつけ、134其(その)円満(ゑんまん)なるお姿(すがた)にも等(ひと)しき如意(によい)宝珠(ほつしゆ)の神宝(しんぽう)の思(おも)ひ出(だ)されて参(まゐ)ります。135あの神宝(しんぽう)が無(な)き時(とき)は、136テルモン山(ざん)の神館(かむやかた)は暗夜(あんや)も同様(どうやう)で厶(ござ)います。137何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)私(わたくし)の命(いのち)はお召取(めしとり)になつても構(かま)ひませぬから、138何卒(どうぞ)此(この)三(みつ)つの願(ねがひ)はお聞(き)き届(とど)け下(くだ)さいます様(やう)に……』
139と一心(いつしん)不乱(ふらん)に祈願(きぐわん)を籠(こ)めてゐる。140ベル、141ヘルの両人(りやうにん)は初(はじ)めて此(この)女(をんな)の素性(すじやう)を聞知(ききし)り、142胸(むね)を撫(な)で下(おろ)し、143又(また)もやソロソロ横着心(わうちやくしん)を起(おこ)し、144女(をんな)を赤裸(まつぱだか)にして多少(たせう)の財産(ざいさん)を手(て)に入(い)れむと考(かんが)へ込(こ)んだ。145デビスの頭(あたま)や体(からだ)には金剛石(こんごうせき)や珊瑚珠(さんごじゆ)、146瑠璃(るり)、147瑪瑙(めなう)、148硨磲(しやこ)等(など)の宝玉(はうぎよく)が飾(かざ)られ、149折柄(をりから)の月光(げつくわう)に映(えい)じて花(はな)の如(ごと)く光(ひか)つてゐる。150之(これ)を眺(なが)めた両人(りやうにん)は猫(ねこ)に松魚節(かつをぶし)を見(み)せたやうに、151喉(のど)をゴロゴロならし、152よき獲物(えもの)厶(ござ)んなれと耳(みみ)に口(くち)を寄(よ)せ、
153ベル『オイ、154ヘル、155素的(すてき)滅法界(めつぱふかい)なナイスぢやないか。156そしてあの頭(あたま)から体(からだ)に光(ひか)つてゐる宝石(はうせき)は随分(ずいぶん)高価(かうか)な物(もの)だらうよ。157ここで一(ひと)つ悪(あく)の仕納(しをさ)めに、158彼奴(あいつ)を赤裸(まつぱだか)にして、159持物(もちもの)一切(いつさい)を奪(うば)ひ取(と)り、160それを持(も)つて国許(くにもと)へ帰(かへ)り、161故郷(こきやう)へ錦(にしき)を飾(かざ)らうぢやないか。162さうすればバラモン軍(ぐん)が解散(かいさん)になり、163お払(はら)ひ箱(ばこ)になつたと笑(わら)はれる事(こと)もあるまい。164人間(にんげん)はどうでもよい、165成功(せいこう)さへすれば人(ひと)が褒(ほ)めるのだからなア。166こんな好(い)い機会(きくわい)は又(また)とあるまいぞ』
167ヘル『どうも何(なん)だか、168体(からだ)がビリビリと動(うご)き出(だ)して来(き)た。169俺(おれ)やモウ泥坊(どろばう)は廃業(はいげふ)する。170何程(なにほど)高価(かうか)な物(もの)でも欲(ほ)しくはないワ。171頭(あたま)の上(うへ)から皎々(かうかう)たる月(つき)の大神(おほかみ)が、172吾々(われわれ)の行動(かうどう)を看視(かんし)してゐられるやうに思(おも)へて、173怖(おそ)ろしくなつて来(き)たよ。174お前(まへ)欲(ほ)しけら、175あのナイスに事情(じじやう)をあけて、176頼(たの)んで貰(もら)つたら如何(どう)だ』
177ベル『エー、178腰抜(こしぬけ)だなア。179さうだから惚泥(でれどろ)と云(い)はれるのだ。180そんなら汝(きさま)、181ここで俺(おれ)の腕前(うでまへ)を拝見(はいけん)してゐよ、182其(その)代(かは)りに、183俺(おれ)が奪(と)つたら一(ひと)つも汝(きさま)に分配(ぶんぱい)せぬから、184承知(しようち)だらうな』
185ヘル『ウン承知(しようち)だ、186併(しか)しベル、187余程(よつぽど)考(かんが)へてやらないと、188どんな目(め)に会(あ)ふか知(し)れぬぞ。189どこともなしに彼奴(あいつ)の体(からだ)から御光(ごくわう)がさして居(ゐ)るぢやないか、190俺(おれ)やどうしても神(かみ)さまのやうに思(おも)はれて、191体(からだ)がすくむ様(やう)だ』
192ベル『光(ひか)つてゐるのが価値(ねうち)だ。193彼奴(あいつ)をスツカリ手(て)に入(い)れやうものなら、194何(なん)十万(じふまん)両(りやう)とも知(し)れぬ価値(ねうち)の物(もの)だ。195汝(きさま)は余程(よつぽど)可(い)い腰抜(こしぬ)けだなア。196目(め)の前(まへ)にブラ下(さが)つてる宝(たから)を見(み)す見(み)す見捨(みすて)るのか。197冥加(みやうが)知(し)らず奴(め)、198そんなら、199そこに少時(しばらく)蝮(まむし)のやうに蟄伏(ちつぷく)して居(を)れ』
200と言(い)ひ乍(なが)ら、201ツカツカとデビス姫(ひめ)の祈願(きぐわん)してる前(まへ)に立現(たちあら)はれ、
202ベル『オイ、203どこの女中(ぢよちう)か知(し)らぬが、204長(なが)の旅(たび)を致(いた)す内(うち)、205盗賊(たうぞく)に出会(であ)ひ、206有金(ありがね)をスツカリと奪(うば)ひ取(と)られ、207今(いま)は是非(ぜひ)なく乞食(こじき)の様(やう)になつて道中(だうちう)をしてゐるのだ。208之(これ)から月(つき)の国(くに)迄(まで)帰(かへ)らなくてはならない。209どうかお前(まへ)の頭(あたま)に光(ひか)つてゐる物(もの)を二(ふた)つ三(み)ツつ此方(こちら)へ渡(わた)して下(くだ)さるまいか』
210 デビスは此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて、211祈願(きぐわん)の手(て)をやめ、212月影(つきかげ)によくよく透(すか)して見(み)れば、213荒(あら)くれ男(をとこ)が一人(ひとり)、214自分(じぶん)の坐(すわ)つてゐる少(すこ)し横手(よこて)に立塞(たちふさ)がつてゐる。
215デビス『お前(まへ)はどこの旅人(たびびと)か知(し)らぬが、216今(いま)私(わたし)の頭(あたま)の物(もの)をくれと云(い)つたやうだが、217之(これ)は何(ど)うしても上(あ)げる訳(わけ)には行(ゆ)きませぬ。218体中(からだぢう)に宝石(はうせき)をつけてゐるのは、219悪魔(あくま)を防(ふせ)ぐ禁厭(まじなひ)ですから、220まだ之(これ)から吾(わが)家(や)へ帰(かへ)るのには、221一寸(ちよつと)二(に)里(り)許(ばか)りも道程(みちのり)がある。222夜(よる)の道(みち)を帰(かへ)るのは危険(きけん)だから、223たつて欲(ほ)しいのなれば更(あらた)めて来(き)て下(くだ)さい。224私(わたし)の家(うち)はテルモン山(ざん)の神館(かむやかた)で厶(ござ)います』
225ベル『ナニツ、226お前(まへ)はあのテルモン山(ざん)の霊地(れいち)小国別(をくにわけ)様(さま)の娘(むすめ)といふのか、227ヤアそりや妙(めう)な縁(えん)だ。228拙者(せつしや)は斯(か)う見(み)えてもバラモン軍(ぐん)の征夷(せいい)大将軍(たいしやうぐん)鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)で厶(ござ)るぞ』
229デビス『ホホホホ鬼春別(おにはるわけ)将軍(しやうぐん)さまは沢山(たくさん)の軍隊(ぐんたい)を伴(つ)れて堂々(だうだう)とお出(い)で遊(あそ)ばすぢやありませぬか。230最前(さいぜん)何(なん)と云(い)ひました……長途(ちやうと)の旅(たび)、231泥坊(どろばう)に出会(であ)ひ、232金(かね)をスツカリ奪(と)られたから頭(あたま)の物(もの)でもくれい……と云(い)つたでせう。233鬼春別(おにはるわけ)ともあらう方(かた)が、234只(ただ)一人(ひとり)歩(ある)いたり、235賊(ぞく)に持物(もちもの)を奪(と)られたりする様(やう)な事(こと)がありませうか。236お前(まへ)は胡麻(ごま)の蠅(はへ)だらう。237サア、238奪(と)るなら奪(と)つて御覧(ごらん)、239女(をんな)乍(なが)らも腕(うで)に覚(おぼえ)がありますぞや』
240ベル『実(じつ)の所(ところ)は鬼春別(おにはるわけ)に間違(まちが)ひは無(な)いのだ。241三五教(あななひけう)の軍勢(ぐんぜい)十万騎(じふまんき)を以(もつ)て吾(わが)陣屋(ぢんや)へ押寄(おしよ)せ来(きた)り、242味方(みかた)は僅(わづか)に三千(さんぜん)余(よ)騎(き)、243それも大部分(だいぶぶん)は脚気(かつけ)を患(わづら)ひ、244殆(ほとん)ど戦場(せんぢやう)に立(た)つ者(もの)は二三百(にさんびやく)人(にん)許(ばか)り、245如何(いか)に勇猛(ゆうまう)なる鬼春別(おにはるわけ)も僅(わづか)に三百(さんびやく)の手兵(しゆへい)を以(もつ)て十万(じふまん)の敵(てき)に対(たい)するのだから、246天地(てんち)の道理(だうり)上(じやう)、247已(や)むを得(え)ず味方(みかた)は残(のこ)らず討死(うちじに)し、248自分(じぶん)は神(かみ)の助(たす)けによつて、249漸(やうや)く命(いのち)を助(たす)かり、250此処(ここ)まで落伸(おちの)びて来(き)たのだ。251鬼春別(おにはるわけ)に間違(まちが)ひは厶(ござ)らぬぞや』
252デビス『鬼春別(おにはるわけ)様(さま)に間違(まちが)ひなければ、253何卒(どうぞ)妾(わたし)の館(やかた)迄(まで)来(き)て下(くだ)さいませ、254自分(じぶん)の体(からだ)につけてる宝石(はうせき)位(ぐらゐ)は物(もの)の数(かず)でも厶(ござ)いませぬ。255諸方(しよはう)から貢(みつ)いで来(き)た種々(いろいろ)の宝物(はうもつ)は山(やま)程(ほど)厶(ござ)いますから、256そして又(また)父(ちち)も鬼春別(おにはるわけ)様(さま)がお出(いで)になれば喜(よろこ)ぶ事(こと)でせう。257何卒(どうぞ)私(わたし)と一緒(いつしよ)に来(き)て貰(もら)ひたいものですな』
258と偽者(にせもの)とは知(し)り乍(なが)ら、259ワザと気(き)を引(ひ)いて見(み)た。260そしてデビスは自分(じぶん)の館(やかた)近(ちか)くに行(い)つた時(とき)に、261部下(ぶか)に命(めい)じて此(この)泥坊(どろばう)を捕縛(ほばく)し、262懲(こ)らしめて改心(かいしん)させむと刹那(せつな)に考(かんが)へた。263ベルは館(やかた)へ行(い)つては直様(すぐさま)バケが現(あら)はれると思(おも)ひ、264焼糞(やけくそ)になり、
265ベル『エー、266実(じつ)の所(ところ)は天下(てんか)晴(は)れての泥坊(どろばう)様(さま)だ。267サアここで何(なに)もかもお前(まへ)の体(からだ)に附着(ふちやく)してゐる物(もの)は受取(うけと)らう。268ゴテゴテ申(まを)すと大切(たいせつ)な命(いのち)迄(まで)奪(と)つて了(しま)ふが何(ど)うだ』
269 ヘルは思(おも)はず知(し)らず草(くさ)の中(なか)から、
270ヘル『オイ、271ベル、272そんな無茶(むちや)な事(こと)云(い)ふない。273それ程(ほど)欲(ほ)しけりや一(ひと)つ丈(だけ)頂戴(ちやうだい)したらどうだ』
274と呼(よ)んでゐる。275ベルはハツとし乍(なが)ら、
276『アハン アハン』
277と大(おほ)きな咳払(せきばらひ)に紛(まぎ)らし、278ヘルの声(こゑ)を消(け)さうとした。279デビスは早(はや)くもまだ外(ほか)に一人(ひとり)の卑怯(ひけふ)な泥坊(どろばう)が潜(ひそ)んでゐる事(こと)を悟(さと)つた。
280デビス『ホツホホホホ、281腰抜(こしぬけ)泥坊(どろばう)だこと、282一(ひと)つ丈(だけ)頂戴(ちやうだい)せいなどと、283何(な)した情(なさけ)ないシミツタレた事(こと)をいふのだらう。284命(いのち)が欲(ほ)しけりや命(いのち)もやらう。285宝石(はうせき)が欲(ほ)しければ与(や)らぬ事(こと)もない。286併(しか)し乍(なが)ら此方(こちら)も生物(いきもの)だから、287チツと許(ばか)り動(うご)きますから、288跳飛(はねと)ばされぬやうになさいませや』
289ベル『エー、290モウ駄目(だめ)だ。291コラ、292ヘルの奴(やつ)、293汝(きさま)もやつて来(こ)んかい。294戦利品(せんりひん)は山分(やまわ)けだ』
295ヘル『俺(おれ)モウそんな殺生(せつしやう)な事(こと)はしたくないワ、296又(また)天(てん)から光(ひか)つて来(き)たら何(ど)うする。297ダイヤモンドでも何(なん)でも、298俺(おれ)モウ光(ひか)るものには懲々(こりごり)だ』
299デビス『ホホホホ、300腰(こし)の弱(よわ)い泥坊(どろばう)許(ばか)り集(よ)つたものだなア。301併(しか)し乍(なが)ら其処辺(そこら)に慄(ふる)つてる腰抜(こしぬけ)泥坊(どろばう)、302お前(まへ)は可愛想(かあいさう)な奴(やつ)だ。303こんな奴(やつ)にやるのは惜(をし)いが、304お前(まへ)になら宝石(はうせき)もやらうし、305体(からだ)が欲(ほ)しけら体(からだ)も任(まか)してやるから、306そんな草原(くさはら)に螽斯(ばつた)の如(や)うにスツ込(こ)んでをらずに、307トツトと此処(ここ)へ出(で)て来(き)なさい』
308 ヘルは大胆(だいたん)不敵(ふてき)の女(をんな)の言葉(ことば)に度肝(どぎも)を抜(ぬ)かれ、309腰(こし)をぬかしてバタリと平太(へたば)つたまま慄(ふる)うてゐる。
310ベル『エー、311腰抜(こしぬけ)奴(め)、312気(き)の弱(よわ)い事(こと)許(ばか)りぬかしやがつて、313助(たす)けになる所(どころ)か商売(しやうばい)の邪魔(じやま)許(ばか)りする奴(やつ)だ。314タカが女(をんな)の一人(ひとり)、315何程(なにほど)手(て)が利(き)いてると云(い)つても知(し)れたものだ。316オイ女(をんな)、317渡(わた)すのが厭(いや)なら俺(おれ)が直接(ちよくせつ)に奪(と)つてやる、318神妙(しんめう)にしろ』
319と云(い)ひ乍(なが)ら猿臂(ゑんぴ)を伸(の)ばして、320頭(あたま)に光(ひか)る宝石(はうせき)をグツと掴(つか)みかけた。321デビスは其(その)手(て)をグツと握(にぎ)り、322日頃(ひごろ)鍛(きた)えし柔術(じうじゆつ)の手(て)を以(もつ)て、323三間(さんげん)許(ばか)り草(くさ)つ原(ぱら)へ投(な)げ付(つ)けた。324ベルは死武者(しにむしや)になつて、325女(をんな)に喰(くら)ひつき喉(のど)を締(し)めようとした。326ベルも少(すこ)し許(ばか)り手(て)は利(き)いてゐたが、327到底(たうてい)デビスには敵(かな)はない。328併(しか)し乍(なが)ら宝石(はうせき)に眼(まなこ)眩(くら)んで、329自分(じぶん)の危(あやふ)い事(こと)も忘(わす)れ、330一生(いつしやう)懸命(けんめい)に放(ほ)られては組(く)み付(つ)き放(ほ)られては組(く)み付(つ)き、331殆(ほとん)ど十二三(じふにさん)回(くわい)も投(な)げられ、332グタグタになつた。333それでもまだ性懲(しやうこり)もなく、334頭(あたま)や体(からだ)の宝石(はうせき)の光(ひかり)を目当(めあて)に喰(くら)ひつく。335デビスは『エー面倒(めんだう)』と岩(いは)を飛下(とびお)り、336武者(むしや)振(ぶ)りつくベルの胸倉(むなぐら)をグツと取(と)り、337息(いき)を詰(つ)めた。338ベルは手足(てあし)を藻掻(もが)きヂタバタとやつてゐる。339流石(さすが)のヘルも何時(いつ)迄(まで)戦慄(せんりつ)して草(くさ)の中(なか)に伏艇(ふくてい)してる訳(わけ)にも行(ゆ)かず、340傍(かたはら)に落(お)ちてゐた半(なかば)朽(く)ちたる棒杭(ぼうぐひ)が月(つき)に照(て)らされて光(ひか)つてゐるのを見(み)つけ出(だ)し、341デビスがベルの首(くび)を締(し)めてゐる背後(うしろ)から、342脳天(なうてん)目蒐(めが)けて力(ちから)一杯(いつぱい)打下(うちおろ)した。343手許(てもと)外(はづ)れて耳(みみ)から横(よこ)つ面(つら)をウンと云(い)ふ程(ほど)撲(なぐ)りつけた。344愍(あはれ)やデビスはアツと一声(ひとこゑ)叫(さけ)んで脆(もろ)くも其(その)場(ば)に倒(たふ)れて了(しま)つた。345夜嵐(よあらし)は遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)もなく音(おと)を立(た)てて通(とほ)つて行(ゆ)く。
346(大正一二・三・一七 旧二・一 於竜宮館 松村真澄録)
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