霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第六章 小杉(こすぎ)の森(もり)〔六八〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第21巻 如意宝珠 申の巻 篇:第2篇 是生滅法 よみ(新仮名遣い):ぜしょうめっぽう
章:第6章 小杉の森 よみ(新仮名遣い):こすぎのもり 通し章番号:680
口述日:1922(大正11)年05月19日(旧04月23日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
玉治別の導きでいったんは改心した六人の小盗人たちは、杢助の家で金銀を見てから、また元の泥棒に逆戻りし、津田の湖で宣伝使を亡き者にして金目のものを奪おうと画策していた。
三州、甲州、雲州の三人は、突然仲間割れに見せかけて遠州、駿州、武州のすねを打ち、宣伝使たちを罵って、泥棒に戻るのだと言って出て行ってしまう。
これは芝居で、すねを打たれた三人が津田の湖を舟で渡ろうと宣伝使に持ちかけ、船上で宣伝使をやっつけてしまおうという計略であった。
一方で三州、甲州、雲州の脱退組は、前夜に杢助の女房の通夜を手伝った縁で杢助を油断させて、金銀を奪い取ろうとしていた。三人は滑稽な予行演習を行った上、杢助の館へと自信なさげに震えながら進んで行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-05-08 14:46:56 文字数:7583 OBC :rm2106
愛善世界社版:117頁 八幡書店版:第4輯 307頁 修補版: 校定版:121頁 普及版:53頁 初版: ページ備考:
001高春山(たかはるやま)の岩窟(がんくつ)に
002巣(す)を構(かま)へたる曲神(まがかみ)の
003鷹依姫(たかよりひめ)を言向(ことむ)けて
004誠(まこと)の神(かみ)の御教(みをしへ)に
005靡(なび)かせ見(み)むと三五(あななひ)の
006道(みち)の教(をしへ)の宣伝使(せんでんし)
007鼻(はな)も高姫(たかひめ)黒姫(くろひめ)が
008天(あま)の岩樟船(いはくすぶね)に乗(の)り
009意気(いき)昇天(しようてん)の勢(いきほひ)で
010高天原(たかあまはら)を後(あと)にして
011天空(てんくう)高(たか)く飛(と)んで行(ゆ)く
012三月(みつき)経(た)ちたる冬(ふゆ)の空(そら)
013何(なん)の便(たよ)りも無(な)き儘(まま)に
014言依別(ことよりわけ)の神司(かむづかさ)
015竜国別(たつくにわけ)や国依別(くによりわけ)
016玉治別(たまはるわけ)の三柱(みはしら)に
017密(ひそ)かに旨(むね)を含(ふく)ませつ
018高春山(たかはるやま)に向(むか)はしむ
019ここに三人(みたり)の宣伝使(せんでんし)
020草鞋(わらぢ)脚袢(きやはん)に蓑笠(みのかさ)や
021軽(かる)き姿(すがた)の扮装(いでたち)に
022万代(よろづよ)寿(ことほ)ぐ亀山(かめやま)の
023梅照彦(うめてるひこ)が神館(かむやかた)
024一夜(いちや)を明(あ)かし高熊(たかくま)の
025稜威(いづ)の岩窟(いはや)に参拝(さんぱい)し
026神(かみ)の御言(みこと)を拝聴(はいちやう)し
027来勿止(くなどめ)神(がみ)に送(おく)られて
028善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)の大峠(おほたうげ)
029越(こ)えて漸(やうや)う法貴谷(ほふきだに)
030戸隠岩(とがくしいは)の傍(かたはら)に
031登(のぼ)りて見(み)ればこは如何(いか)に
032行手(ゆくて)に当(あた)りて四五(しご)人(にん)の
033怪(あや)しき影(かげ)は山賊(さんぞく)の
034群(むれ)と玉治別(たまはるわけ)司(つかさ)
035俄(にはか)に変(かは)る三国岳(みくにだけ)
036蜈蚣(むかで)の姫(ひめ)の片腕(かたうで)と
037早速(さそく)の頓智(とんち)に山賊(さんぞく)は
038一(いち)時(じ)は兜(かぶと)を脱(ぬ)ぎたれど
039元来(ぐわんらい)ねぢけた曲霊(まがみたま)
040湯谷(ゆや)が峠(たうげ)の谷底(たにそこ)の
041木挽(こびき)小屋(ごや)なる杢助(もくすけ)が
042家(いへ)に立寄(たちよ)り金銀(きんぎん)の
043包(つつ)みの光(ひかり)に目(め)が眩(くら)み
044又(また)もや元(もと)の曲津(まがつ)神(かみ)
045心(こころ)の鬼(おに)に遮(さへぎ)られ
046悪魔(あくま)の道(みち)に逆転(ぎやくてん)し
047心(こころ)秘(ひそ)かに六(ろく)人(にん)は
048目(め)と目(め)を互(たがひ)に見合(みあは)せつ
049竜国別(たつくにわけ)に従(したが)ひて
050津田(つだ)の湖水(こすゐ)の畔(ほとり)まで
051素知(そし)らぬ顔(かほ)を装(よそほ)ひつ
052三人(みたり)の司(つかさ)と諸共(もろとも)に
053やうやう湖辺(こへん)に着(つ)きにける。
054三州(さんしう)『モシ玉治別(たまはるわけ)さま、055あなたは三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)と云(い)つて居(ゐ)るが、056実際(じつさい)は蜈蚣姫(むかでひめ)の乾児(こぶん)の玉公(たまこう)に間違(まちが)ひはあるめい』
057玉治別(たまはるわけ)『馬鹿(ばか)を言(い)つては困(こま)るよ。058汝(きさま)はどうして、059俺(おれ)がそんな悪神(あくがみ)に見(み)えるのだ』
060三州(さんしう)『論(ろん)より証拠(しようこ)、061泥棒(どろばう)の乾児(こぶん)を使(つか)つて、062杢助(もくすけ)の宅(うち)へ忍(しの)び入(い)らせ、063沢山(たくさん)の金銀(きんぎん)を強奪(がうだつ)しお前(まへ)は赤児岩(あかごいは)に待伏(まちぶ)せして、064乾児(こぶん)から受取(うけと)つたのだらう。065直接(ちよくせつ)に盗(と)らないと言(い)つてもやはり人(ひと)を使(つか)つて盗(ぬす)ませたのだから、066要(えう)するに今回(こんくわい)の強盗(がうたう)事件(じけん)の張本人(ちやうほんにん)だよ』
067玉治別(たまはるわけ)『汝(きさま)は今(いま)になつて、068まだそんな事(こと)を言(い)ふのか。069俺(おれ)の無実(むじつ)は既(すで)に杢助(もくすけ)始(はじ)め、070大勢(おほぜい)の者(もの)が氷解(ひようかい)してゐるぢやないか』
071三州(さんしう)『それでも戸隠岩(とがくしいは)の麓(ふもと)で、072蜈蚣姫(むかでひめ)の片腕(かたうで)だと自白(じはく)したぢやないか。073ナア甲州(かふしう)、074雲州(うんしう)汝(きさま)が証拠人(しようこにん)だ』
075甲州(かふしう)『そらそうだ。076蛙(かはづ)は口(くち)から、077吾(わ)れと吾(わが)手(て)に白状(はくじやう)すると云(い)ふ事(こと)がある。078……オイ玉州(たましう)モウ駄目(だめ)だぞ。079何(なん)と言(い)つても自分(じぶん)の口(くち)から言(い)つたのだから、080竜州(たつしう)に国州(くにしう)、081俺(おれ)の観察(くわんさつ)は誤謬(あやまり)はあるまい。082斯(か)う大地(だいち)に打(うち)おろす此(この)杖(つゑ)は外(はづ)れても、083俺(おれ)の言葉(ことば)は外(はづ)れよまいぞよ』
084玉治別(たまはるわけ)『アヽこれは聊(いささ)か迷惑(めいわく)の至(いた)りだ。085あの時(とき)は汝(きさま)等(ら)を改心(かいしん)させる為(ため)に、086三十三(さんじふさん)相(さう)の観(くわん)自在天(じざいてん)の真似(まね)をして方便(はうべん)を使(つか)つたのだ。087これから高春山(たかはるやま)の曲神(まがかみ)の征伐(せいばつ)に向(むか)ふと云(い)ふ真最中(まつさいちう)、088内訌(ないこう)を起(おこ)しては味方(みかた)の不利益(ふりえき)だから、089そんな事(こと)は後(のち)に詳(くは)しく、090合点(がてん)の行(ゆ)く様(やう)に説明(せつめい)してやらう。091今日(けふ)は先(ま)づ沈黙(ちんもく)を守(まも)るがよい』
092三州(さんしう)『仮(かり)にも欺(あざむ)く勿(なか)れと云(い)ふ宣伝使(せんでんし)が、093方便(はうべん)を使(つか)つたり、094嘘(うそ)を言(い)つて良(い)いものか。095嘘(うそ)から出(で)た真(まこと)でなくて、096真(まこと)から出(で)た嘘(うそ)を云(い)ふお前(まへ)は大泥棒(おほどろばう)だ』
097遠州(ゑんしう)『コラ三州(さんしう)の野郎(やらう)、098尊(たふと)き宣伝使(せんでんし)に向(むか)つて、099何(なん)と云(い)ふ雑言(ざふごん)無礼(ぶれい)を吐(ほざ)くのだ。100愚図(ぐづ)々々(ぐづ)吐(ぬか)すと此(この)遠州(ゑんしう)が承知(しようち)致(いた)さぬぞ』
101三州(さんしう)『今迄(いままで)は遠州(ゑんしう)の哥兄(あにい)と尊敬(そんけい)して来(き)たが、102汝(きさま)の様(やう)な泥棒心(どろばうごころ)の俄(にはか)に消滅(せうめつ)する様(やう)な、103腰抜(こしぬけ)は今日(こんにち)限(かぎ)り俺(おれ)の方(はう)から縁(えん)を絶(き)つてやらう。104泥棒(どろばう)ならば徹底(てつてい)的(てき)になぜ泥棒(どろばう)で通(とほ)さぬのだ、105又(また)改心(かいしん)するならば、106本当(ほんたう)の宣伝使(せんでんし)に従(したが)つて誠(まこと)の道(みち)へ這入(はい)るのなれば、107俺(おれ)だとてチツトも不服(ふふく)は称(とな)へないが、108此(この)玉(たま)に竜(たつ)、109国(くに)と云(い)ふ代物(しろもの)は、110どこまでもヅウヅウしく宣伝使(せんでんし)だなぞと、111仮面(かめん)を被(かぶ)つて居(ゐ)やがるからムカツクのだよ』
112遠州(ゑんしう)『オイ駿州(すんしう)、113武州(ぶしう)、114汝(きさま)はどう思(おも)ふ? 俺(おれ)はどうしても立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)と観測(くわんそく)して居(ゐ)るのだ』
115駿州(すんしう)『俺(おれ)もそうだ』
116武州(ぶしう)『定(きま)つた事(こと)だ。117グヅグヅ吐(ぬか)すと、118三(さん)甲(かふ)雲(うん)の木端(こつぱ)盗人(ぬすと)、119雁首(がんくび)を引抜(ひきぬ)いてやらうか』
120三州『ナニ猪口才(ちよこざい)な』
121と三州(さんしう)は俄作(にはかづく)りの有合(ありあは)せの杖(つゑ)を以(もつ)て、122武州(ぶしう)の向脛(むかふづね)を擲(なぐ)りつけた。123武州(ぶしう)は『アイタヽ』と其(その)場(ば)に顔(かほ)を顰(しか)めて倒(たふ)れた。124続(つづ)いて甲州(かふしう)、125雲州(うんしう)の二人(ふたり)、126遠州(ゑんしう)、127駿州(すんしう)を目蒐(めが)け、128向脛(むかうづね)を厭(いや)と云(い)ふ程(ほど)擲(なぐ)りつける。129脆(もろ)くも三(さん)人(にん)は其(その)場(ば)に踞(しやが)んで顔(かほ)を顰(しか)め、130笑(わら)つたり、131泣(な)いたり、132怒(おこ)つたりして居(ゐ)る。
133遠州(ゑんしう)『蟻(あり)も這(は)はすなと云(い)ふ大切(だいじ)な向脛(むかうづね)を叩(たた)きやがつて、134……覚(おぼ)えて居(を)れ』
135三州(さんしう)『杢助爺(もくすけおやぢ)ぢやないが、136肝腎(かんじん)のおアシをとられて苦(くる)しからう。137おアシの沢山(たくさん)な蜈蚣姫(むかでひめ)さまの乾児(こぶん)共(ども)に修繕(しうぜん)して貰(もら)へ。138俺(おれ)は最早(もはや)汝(きさま)等(ら)三(さん)人(にん)とは縁絶(えんぎ)れだ。139勿論(もちろん)玉(たま)、140竜(たつ)、141国(くに)の奴盗人(どぬすと)とも同様(どうやう)だ。142こんな所(ところ)に居(を)るのは胸(むね)が悪(わる)い。143これから先(さき)は善(ぜん)になるか悪(あく)になるか、144我々(われわれ)三(さん)人(にん)の都合(つがふ)にする。145汝(きさま)等(ら)は鷹依姫(たかよりひめ)に散々(さんざん)脂(あぶら)を搾(しぼ)られ、146高姫(たかひめ)、147黒姫(くろひめ)の様(やう)に岩窟(いはや)の中(なか)へ閉(と)ぢ込(こ)められて、148木乃伊(みいら)になるのが性(しやう)に合(あ)うて居(ゐ)るワ……アバヨ』
149と歯(は)を剥(む)き出(だ)し、150腮(あご)をしやくり、151尻(しり)を叩(たた)いて、152あらゆる嘲笑(てうせう)を加(くは)へ、153此(この)場(ば)を棄(す)て、154湯谷(ゆや)ケ岳(だけ)の方面(はうめん)指(さ)して駆(か)けて行(ゆ)く。
155 三州(さんしう)、156甲州(かふしう)、157雲州(うんしう)の三(さん)人(にん)は津田(つだ)の湖辺(こへん)を後(あと)に、158湯谷(ゆや)ケ岳(だけ)の山麓(さんろく)に着(つ)いた。159此処(ここ)には少彦名(すくなひこなの)神(かみ)を祀(まつ)りたる形(かたち)ばかりの小(ちひ)さき祠(ほこら)がある。160樫(かし)の大木(たいぼく)は半(なか)ば枯(か)れながら、161皮(かは)ばかりになつて、162若(わか)き枝(えだ)より稠密(ちうみつ)な葉(は)を出(だ)し、163空(そら)を封(ふう)じて居(ゐ)る。164猿(ましら)の声(こゑ)はキヤツキヤツと祠(ほこら)の背後(はいご)の木(き)の茂(しげ)みに聞(きこ)えて居(ゐ)る。
165三州(さんしう)『オイ、166ここまで漸(やうや)く来(く)るは来(き)たが、167玉治別(たまはるわけ)以下(いか)の宣伝使(せんでんし)はどうだらう。168我々(われわれ)を此(この)儘(まま)にして放任(はうにん)して置(お)くだらうかな。169彼奴(あいつ)は馬鹿(ばか)正直者(しやうぢきもの)だから、170「折角(せつかく)神(かみ)の綱(つな)の懸(かか)つた三(さん)人(にん)、171再(ふたた)び邪道(じやだう)へ逆転(ぎやくてん)させては、172大神(おほかみ)様(さま)に申訳(まをしわけ)がない」とかなんとか云(い)つて、173俺(おれ)達(たち)の後(あと)を追(お)つかけて来(き)はせまいかと、174そればつかりが気(き)にかかるよ』
175甲州(かふしう)『向(むか)うにも現(げん)に三(さん)人(にん)の足(あし)を折(を)られた連中(れんちう)が居(を)るのだから、176去(さ)る者(もの)は追(お)はず、177来(きた)る者(もの)は拒(こば)まずとか、178何(なん)とか御(ご)都合(つがふ)の好(よ)い理屈(りくつ)を付(つ)けて、179此(この)アタ辛(つら)い山坂(やまさか)を、180行方(ゆくへ)も知(し)れぬ我々(われわれ)の後(あと)を追(お)つかけて来(き)さうな筈(はず)がない。181マア安心(あんしん)したが宜(よ)からうぞ』
182雲州(うんしう)『そんな心配(しんぱい)は要(い)らないよ。183三(さん)人(にん)残(のこ)してあるのだから、184三(さん)人(にん)が三(さん)人(にん)の足(あし)にでも喰(くら)ひ付(つ)いて、185何(なん)とか此方(こちら)へ来(こ)ない様(やう)に工夫(くふう)をするだらう。186そんな取越(とりこし)苦労(くらう)は止(や)めたが良(よ)いワイ。187彼奴(あいつ)等(ら)三(さん)人(にん)は足(あし)が痛(いた)いと云(い)つて、188キツと津田(つだ)の湖(うみ)を、189玉治別(たまはるわけ)と一緒(いつしよ)に船(ふね)に乗(の)つて高春山(たかはるやま)の山麓(さんろく)に渡(わた)る手段(しゆだん)をとり、190湖水(こすゐ)のまん中(なか)程(ほど)で、191俄(にはか)に足痛(あしいた)が癒(なほ)り、192彼奴(あいつ)の懐(ふところ)の秘密(ひみつ)書類(しよるゐ)を取(と)り返(かへ)し、193ウマク目的(もくてき)を達(たつ)するに定(き)まつて居(を)る。194それよりも俺(おれ)達(たち)は軍用金(ぐんようきん)の調達(てうたつ)が肝腎(かんじん)だから、195自分(じぶん)の……これから作戦(さくせん)計画(けいくわく)を進(すす)める事(こと)にしようぢやないか』
196三州(さんしう)『何(なに)を言(い)つても、197百人力(ひやくにんりき)と云(い)ふ豪傑(がうけつ)の杢助(もくすけ)だから、198到底(たうてい)正面(しやうめん)攻撃(こうげき)では目的(もくてき)を達(たつ)する事(こと)は出来(でき)ない。199幸(さいは)ひに女房(にようばう)の葬式(さうしき)の手伝(てつだ)ひや、200穴掘(あなほり)までしてやつたのだから、201先方(むかふ)は気(き)を許(ゆる)して俺(おれ)達(たち)を歓迎(くわんげい)するにきまつて居(ゐ)る。202さうしてまだ女房(にようばう)の一七日(ひとなぬか)は経(た)たないのだから、203彼奴(あいつ)も菩提心(ぼだいしん)を出(だ)して、204手荒(てあら)い事(こと)はせないに定(きま)つて居(ゐ)るよ』
205甲州(かふしう)『併(しか)し高春山(たかはるやま)に行(ゆ)くと云(い)つて出(で)たのだから、206今更(いまさら)何(なん)と云(い)つて、207杢助(もくすけ)をチヨロ魔化(まくわ)さうか、208ウツカリ拙劣(へた)な事(こと)を云(い)ふと、209計略(けいりやく)の裏(うら)をかかれて、210取返(とりかへ)しのならぬ大失敗(だいしつぱい)に陥(おちい)るかも知(し)れない。211爰(ここ)は余程(よほど)智慧(ちゑ)袋(ぶくろ)を圧搾(あつさく)して、212違算(ゐさん)なき様(やう)に仕組(しぐ)んでいかねばなるまい。213一(ひと)つ此処(ここ)で練習(れんしふ)をやつて行(ゆ)かうではないか』
214三州(さんしう)『オヽそれが宜(よ)からう』
215甲州(かふしう)『三州(さんしう)、216お前(まへ)は杢助(もくすけ)になるのだ。217さうして俺(おれ)と雲州(うんしう)がウマク化(ば)け込(こ)んで這入(はい)るのだ。218其(その)時(とき)の問答(もんだふ)を、219今(いま)から研究(けんきう)して置(お)かねばならぬからのう』
220三州(さんしう)『杢助(もくすけ)の腹(はら)の中(なか)が分(わか)らぬぢやないか。221それから観測(くわんそく)せぬ事(こと)には此(この)練習(れんしふ)も駄目(だめ)だぞ。222……雲州(うんしう)、223汝(きさま)が一層(いつそ)の事(こと)、224杢助(もくすけ)になつたらどうだ。225体(からだ)も大(おほ)きいなり、226どこともなしにスタイルが似(に)て居(を)るからなア』
227雲州(うんしう)『俺(おれ)も俄(にはか)に百人力(ひやくにんりき)の勇士(ゆうし)になつたのかな。228ヨシヨシ芝居(しばゐ)をするにも、229憎(にく)まれ役(やく)は引合(ひきあ)はぬ。230汝(きさま)は小盗人(こぬすと)役(やく)、231此(この)雲州(うんしう)が杢助(もくすけ)だ。232サア何(なん)なとウマく瞞(だま)して来(こ)い……雲州(うんしう)否(いな)杢助(もくすけ)は智勇(ちゆう)兼備(けんび)の豪傑(がうけつ)だから、233借(か)つて来(き)た智慧(ちゑ)や、234一夜作(いちやづく)りの考(かんが)へではチヨロ魔化(まくわ)す事(こと)は到底(たうてい)駄目(だめ)だぞ。235此(この)祠(ほこら)を杢助(もくすけ)の館(やかた)と仮定(かてい)して、236貴様(きさま)等(ら)両人(りやうにん)が金銀(きんぎん)の小玉(こだま)を、237ウマく手(て)に入(い)れるべく言葉(ことば)を尽(つく)して来(く)るのだよ』
238三州(さんしう)『定(きま)つた事(こと)だ。239シツカリして肝腎(かんじん)の宝(たから)を、240……杢助(もくすけ)……どうして俺(おれ)が盗(と)るか、241妙案(めうあん)奇策(きさく)を出(だ)して来(く)るから、242今後(こんご)の参考(さんかう)資料(しれう)にするがよからう。243泥棒学(どろばうがく)の及第点(きふだいてん)を貰(もら)ふか、244貰(もら)へぬか、245ここが成功(せいこう)不成功(ふせいこう)の分界線(ぶんかいせん)だ。246サア甲州(かふしう)、247二三丁(にさんちやう)出直(でなほ)して、248改(あらた)めて杢助館(もくすけやかた)へ乗(の)り込(こ)むとしようかい』
249と二人(ふたり)は此(この)場(ば)より姿(すがた)を消(け)した。
250雲州(うんしう)『暫(しばら)く此(この)祠(ほこら)を拝借(はいしやく)して、251杢助館(もくすけやかた)と仮定(かてい)し、252泥棒(どろばう)の襲来(しふらい)に備(そな)へねばなるまい。253併(しか)し盗人(ぬすと)は何時(いつ)来(く)るか分(わか)らないから、254常(つね)に戸締(とじま)りを厳重(げんぢう)にして置(お)くのだが、255今度(こんど)の盗人(ぬすと)は予告(よこく)して来(く)るのだから、256充分(じうぶん)の用意(ようい)が出来(でき)さうなものだが、257さて差当(さしあた)つて防禦(ばうぎよ)の方法(はうはふ)が無(な)い。258本当(ほんたう)の杢助(もくすけ)なれば小盗人(こぬすと)の五十(ごじふ)や百(ひやく)は手玉(てだま)に取(と)つて振(ふ)るのだが、259此(この)杢助(もくすけ)はそう云(い)ふ訳(わけ)にも行(ゆ)かず、260何(なん)とか工夫(くふう)をせねばなるまい……オウさうだ。261今(いま)持(も)つて帰(かへ)ると云(い)ふ所(ところ)へ、262コラツと大喝(だいかつ)一声(いつせい)腰(こし)を抜(ぬ)いてやるに限(かぎ)る。263玉治別(たまはるわけ)の宣伝使(せんでんし)が何事(なにごと)も言霊(ことたま)で解決(かいけつ)がつくと云(い)ひよつた。264一(ひと)つ力(ちから)一杯(いつぱい)呶鳴(どな)つてやらう。265併(しか)し此処(ここ)に金銀(きんぎん)の代(かは)りに砂利(じやり)でも拾(ひろ)つて、266褌(ふんどし)に包(つつ)んで、267分(わか)らぬ様(やう)に置(お)いとくのだなア』
268と真黒(まつくろ)の褌(ふんどし)の包(つつみ)を祠(ほこら)の下(した)にソツと隠(かく)した。
269三州(さんしう)『オイ甲州(かふしう)、270本当(ほんたう)の杢助(もくすけ)だないから、271盗(と)るのは容易(ようい)だが、272併(しか)しそれでは本当(ほんたう)の練習(れんしふ)にならぬ。273何(なん)とか本真者(ほんまもの)と見做(みな)してゆかねば、274本場(ほんば)になつてから当(あて)が外(はづ)れ、275首(くび)つ玉(たま)でも抜(ぬ)かれたら大変(たいへん)だからのう』
276甲州(かふしう)『到底(たうてい)強盗(がうたう)は駄目(だめ)だ。277マア住込(すみこ)み泥棒(どろばう)の方法(はうはふ)が安全(あんぜん)第一(だいいち)だらう。278彼奴(あいつ)は嬶(かか)アに死(し)なれて困(こま)つて居(を)る所(ところ)、279我々(われわれ)が親切(しんせつ)に隠坊(おんぼ)の役(やく)まで勤(つと)めてやつたのだから、280巧妙(うま)く行(や)つたら杢助(もくすけ)も気(き)を許(ゆる)して、281俺(おれ)達(たち)を泊(と)めて呉(く)れるに違(ちが)ひはない……サア其(その)覚悟(かくご)で行(ゆ)くのだよ』
282 「ヨシヨシ」と三州(さんしう)は勢(いきほひ)込(こ)んで行(ゆ)かうとする。283甲州(かふしう)は袖(そで)をグツと握(にぎ)り、
284甲州(かふしう)『オイオイそんな戦(いくさ)に行(い)く様(やう)な調子(てうし)で行(い)つては駄目(だめ)だ。285涙(なみだ)でもドツサリと目(め)に溜(た)めて、286如何(いか)にも同情(どうじやう)に堪(た)へないと云(い)ふ態度(たいど)を示(しめ)して行(ゆ)かねば先方(むかふ)が気(き)を許(ゆる)さぬぢやないか』
287三州(さんしう)『まだ一二丁(いちにちやう)もあるから、288ここで目(め)に唾(つば)をつけても、289到着(たうちやく)までには風(かぜ)がスツカリ拭(ふ)き取(と)つて了(しま)ひよる。290先方(むかう)へ行(い)つてから、291ソツと唾(つば)を付(つ)けるのだ。292忘(わす)れちや可(い)かぬよ』
293甲州(かふしう)『忘(わす)れるものかい』
294とコソコソと足音(あしおと)を忍(しの)ばせ乍(なが)ら、
295甲州『モシモシ杢助(もくすけ)様(さま)、296私(わたくし)は此間(こなひだ)御(お)宅(たく)で御(お)世話(せわ)になつたり、297あんまり人(ひと)の喜(よろこ)ばぬ隠坊(おんぼ)までさして戴(いただ)きました三州(さんしう)、298甲州(かふしう)……モ一人(ひとり)は半鐘(はんしよう)泥棒(どろばう)の雲州(うんしう)で御座(ござ)います。299併(しか)し雲州(うんしう)は其(その)名(な)の如(ごと)く、300どつかへウンでもやりに行(い)つたと見(み)えて遅(おく)れましたが、301やがて後(あと)から来(く)るでせう。302あんな奴(やつ)はどうでも良(い)いのだ。303折角(せつかく)盗(と)つた宝(たから)を分配(ぶんぱい)するのにも配当(わけまへ)が少(すく)なくなるから、304同(おな)じ事(こと)なら二人(ふたり)が成功(せいこう)すれば、305それの方(はう)が余程(よほど)結構(けつこう)だ』
306三州(さんしう)『コラコラそんな腹(はら)の中(なか)を先(さき)へ言(い)つて了(しま)ふとスツカリ落第(らくだい)だ。307不成功(ふせいこう)疑(うたがひ)なし。308ここは杢助館(もくすけやかた)ぢやないか』
309甲州(かふしう)『杢助(もくすけ)なれば又(また)其(その)考(かんが)へも出(で)るのだが、310現在(げんざい)雲州(うんしう)が此処(ここ)に居(を)ると思(おも)へば、311本気(ほんき)になつて泥棒(どろばう)の練習(れんしふ)も出来(でき)ぬぢやないか』
312三州(さんしう)『幸(さいは)ひ、313雲州(うんしう)の杢助(もくすけ)がどつかへ行(い)つて居(を)ると見(み)えて、314不在(るす)だから良(い)いものの、315そんな事(こと)が聞(きこ)えたら、316サツパリ駄目(だめ)だぞ』
317甲州(かふしう)『さうだと云(い)つて、318我(わが)良心(りやうしん)の詐(いつは)らざる告白(こくはく)だもの』
319三州(さんしう)『良心(りやうしん)が聞(き)いて呆(あき)れるワ。320貴様(きさま)の両親(りやうしん)もエライ放蕩(ごくだう)の子(こ)を持(も)つたものぢや……と云(い)つて泣(な)きの涙(なみだ)で暮(くら)して居(を)るだらう』
321甲州(かふしう)『ヤア其(その)涙(なみだ)で思(おも)ひ出(だ)した。322早(はや)く唾(つばき)を付(つ)けぬかい』
323三州(さんしう)『そんな大(おほ)きな声(こゑ)で言(い)うと、324発覚(ばれ)て了(しま)ふぞ。325此方(こちら)は何程(なにほど)目(め)に唾(つばき)を付(つ)けても、326先方(むかふ)が音(おと)に聞(きこ)えたツバ者(もの)だから、327グヅグヅしてると、328一(いち)も取(と)らず二(に)も取(と)らず、329アフンとせねばなるまいぞ。330……モシモシ杢助(もくすけ)さま、331其(その)後(ご)、332よう御(お)訪(たづ)ねを致(いた)しませなんだが、333御(ご)機嫌(きげん)は宜(よろ)しいかな、334お嬢(ぢやう)さまも御(お)変(かは)りはありませぬか』
335雲州(うんしう)『此(この)真夜中(まよなか)にお前(まへ)達(たち)は何(なに)しに来(き)たのだ。336折角(せつかく)改心(かいしん)し乍(なが)ら、337俺(おれ)の持(も)つて居(を)る金銀(きんぎん)に眼(まなこ)が眩(くら)んで、338魔道(まだう)へ逆転(ぎやくてん)して来(き)たのだらう。339モウ良(い)い加減(かげん)に改心(かいしん)をしたらどうだ。340悪(あく)をする程(ほど)世(よ)の中(なか)に馬鹿(ばか)な奴(やつ)はありませぬぞ。341仮令(たとへ)人間(にんげん)は知(し)らずとも、342天(てん)知(し)る地(ち)知(し)る、343自分(じぶん)の精霊(せいれい)たる本(ほん)守護神(しゆごじん)も、344副(ふく)守護神(しゆごじん)も皆(みな)知(し)つて居(ゐ)る。345天網(てんまう)恢々(くわいくわい)疎(そ)にして漏(も)らさず。346良(い)い加減(かげん)に小盗人(こぬすと)を廃(や)めて、347結構(けつこう)な無形(むけい)の宝(たから)を手(て)に入(い)れる事(こと)を、348何故(なぜ)心(こころ)がけぬか。349俺(おれ)は女房(にようばう)がなくなつて非常(ひじやう)に無情(むじやう)を感(かん)じて居(を)るのだ。
 
350 白銀(しろがね)も黄金(こがね)も玉(たま)も何(なに)かせん  女房(にようばう)にます宝(たから)世(よ)にあらめやも
 
351併(しか)し乍(なが)ら肉体(にくたい)のある限(かぎ)り、352衣食住(いしよくぢう)の必要(ひつえう)がある。353汝(きさま)に慈善(じぜん)的(てき)に盗(と)らしてやりたいのは山々(やまやま)であるが、354さうウマくは問屋(とひや)が卸(おろ)さぬ。355それよりも善心(ぜんしん)に立帰(たちかへ)つたらどうだい』
356三州(さんしう)『オイ雲州(うんしう)、357しようも無(な)い事(こと)を言(い)ひよると、358張合(はりあひ)が抜(ぬ)けて泥棒(どろばう)が出来(でき)ないぢやないか。359アーアーもう廃業(はいげふ)したくなつた。360併(しか)し乍(なが)ら遠州(ゑんしう)、361駿州(すんしう)、362武州(ぶしう)に対(たい)しても、363足(あし)まで叩(たた)き懲(こら)して仕組(しぐ)んだ狂言(きやうげん)だから、364不成功(ふせいこう)に終(をは)れば彼奴(あいつ)等(ら)に合(あ)はす顔(かほ)がない。365モウちつと変(かは)つた事(こと)を言(い)つてくれ』
366雲州(うんしう)『ヨシ、367御(ご)註文(ちうもん)通(どほ)り変(かは)つた事(こと)を言(い)つてやらう……其(その)方(はう)はアルプス教(けう)の鬼婆(おにばば)の乾児(こぶん)であらうがな。368改心(かいしん)したと見(み)せかけ、369目(め)に唾(つばき)を付(つ)け、370俺(おれ)の心(こころ)に油断(ゆだん)をさせ、371金銀(きんぎん)の小玉(こだま)をウマくシテやらうと思(おも)つて来(き)たのだらう。372そんな事(こと)は俺(おれ)の天眼通(てんがんつう)でチヤンと前(さき)に承知(しようち)して居(を)るのだ。373此(この)閾(しきゐ)一足(ひとあし)でも跨(また)げるなら跨(また)げて見(み)よ。374百人力(ひやくにんりき)の杢助(もくすけ)だ。375手足(てあし)を引(ひ)き千切(ちぎ)つて、376亡(な)き女房(にようばう)の御(お)供(そな)へにしてやらうか。377狐鼠(こそ)盗人(ぬすびと)奴(め)』
378三州(さんしう)『オイオイ雲州(うんしう)、379さう出(で)られては俺(おれ)の施(ほどこ)すべき手段(しゆだん)がないぢやないか。380女郎屋(ぢよらうや)の二階(にかい)で孔子(こうし)の教(をしへ)を説(と)く様(やう)な事(こと)を言(い)ひよるものだから、381拍子(ひやうし)が抜(ぬ)けたワイ。382強(つよ)く出(で)いと云(い)へばそんな縁起(えんぎ)の悪(わる)い事(こと)を言(い)ひよつて、383どうする積(つも)りだ。384チツとは俺(おれ)の立場(たちば)になつて見(み)よ』
385雲州(うんしう)『サア勝手(かつて)に持(も)つて帰(かへ)れ。386貴様(きさま)の執着心(しふちやくしん)の懸(かか)つたこの金銀(きんぎん)、387長(なが)い浮世(うきよ)を短(みじか)う太(ふと)う暮(くら)さうと汝(きさま)は思(おも)つて居(を)るが、388幽界(いうかい)へ行(い)つて鬼(おに)に金(かね)の蔓(つる)で首(くび)を絞(し)められ、389逆様(さかさま)に吊(つ)られるのを覚悟(かくご)して持(も)つて帰(かへ)れ』
390甲州(かふしう)『コレヤ雲州(うんしう)の奴(やつ)、391しようも無(な)い事(こと)を云(い)ふない。392そんな事(こと)を聞(き)くと泥棒(どろばう)も出来(でき)ぬぢやないか』
393雲州(うんしう)『さうだと云(い)つて真理(しんり)は依然(やつぱり)真理(しんり)だ。394取(と)りたい物(もの)は幾(いく)らでも取(と)らしてやらう。395其(その)代(かは)りに俺(おれ)も取(と)つてやらう。396汝(きさま)の一(ひと)つより無(な)い生命(いのち)を……金(かね)が大事(だいじ)か生命(いのち)が大事(だいじ)か、397事(こと)の大小(だいせう)軽重(けいぢゆう)をよく考(かんが)へて見(み)い』
398甲州(かふしう)『そんな事(こと)を考(かんが)へて居(を)つて、399泥棒(どろばう)商売(しやうばい)が出来(でき)るものかい』
400雲州(うんしう)『泥棒(どろばう)商売(しやうばい)が辛(つら)けれや働(はたら)け。401働(はたら)くのが厭(いや)なら睾丸(きんたま)なつと銜(くは)へて死(し)ぬるか、402首(くび)でも吊(つ)つた方(はう)が良(い)いワイ』
403三州(さんしう)『ヤア此奴(こいつ)ア駄目(だめ)だ。404モウ練習(れんしふ)も打切(うちき)りにしようかい』
405雲州(うんしう)『さうすると汝(きさま)は最早(もはや)断念(だんねん)したのか。406腰抜(こしぬけ)野郎(やらう)だなア。407それだから天州(てんしう)の乾児(こぶん)になつて、408ヘイヘイ ハイハイと箱根(はこね)の坂(さか)を痩馬(やせうま)を追(お)ふ様(やう)に言(い)つて、409いつ迄(まで)も頭(あたま)が上(あ)がらないのだ。410鉄槌(かなづち)の川流(かはなが)れとは汝(きさま)の事(こと)だよ。411何(なに)なつと持(も)つて行(ゆ)かぬかい』
412三州(さんしう)『持(も)つて帰(い)ねと言(い)つた所(ところ)で、413何(なに)も無(な)いぢやないか』
414雲州(うんしう)『其処辺(そこら)を探(さが)して見(み)い。415金銀(きんぎん)の妄念(もうねん)が褌(ふんどし)に包(つつ)んであるかも知(し)れぬ』
416甲州(かふしう)『オイ三州(さんしう)、417どうしよう。418何(なん)でも好(い)いから手(て)に入(い)れた摸擬(かた)をせぬ事(こと)には、419練習(れんしふ)にならぬぢやないか』
420三州(さんしう)『さうだと云(い)つて、421プンプン臭気(にほひ)のする、422斯(こ)んな褌(ふんどし)が、423どうして懐(ふところ)へ入(い)れられるものか。424屋根葺(やねふき)の褌(ふんどし)を三年(さんねん)三月(みつき)、425鰯(いはし)の糞壺(どうけんつぼ)の中(なか)へ突込(つつこ)んで置(お)いた様(やう)な臭気(にほひ)がして居(を)るワ……汝(きさま)御(ご)苦労(くらう)だが、426懐(ふところ)へ入(い)れてくれ。427之(これ)でもヤツパリ金包(きんつつみ)だ、428黄金色(わうごんいろ)の新(あたら)しい奴(やつ)がそこらに付着(ふちやく)して居(を)るぞ。429褌(まはし)は古(ふる)うても尻糞(しりくそ)は新(あたら)しい。430早(はや)く処置(しよち)を付(つ)けて、431此奴(こいつ)の化物(ばけもの)ぢやないが、432カイた物(もの)がものを言(い)ふ時節(じせつ)だ。433併(しか)し書(か)いた物(もの)と言(い)へば、434玉治別(たまはるわけ)の懐(ふところ)にある一件(いつけん)書類(しよるゐ)を巧妙(うま)く遠州(ゑんしう)の奴(やつ)、435取返(とりかへ)しよつたか知(し)らぬて』
436雲州(うんしう)『そんな外(ほか)の話(はなし)をする所(どころ)ぢやない。437一意(いちい)専心(せんしん)、438さしせまつた大問題(だいもんだい)を研究(けんきう)しなくてはなるまいが』
439三州(さんしう)『杢助(もくすけ)さま、440私(わたくし)は真実(しんじつ)改心(かいしん)致(いた)しました。441玉治別(たまはるわけ)の宣伝使(せんでんし)の仰有(おつしや)るには……多寡(たくわ)が知(し)れた高春山(たかはるやま)の鬼婆(おにばば)位(ぐらゐ)に、442お前(まへ)達(たち)大勢(おほぜい)をゴテゴテ連(つ)れて行(ゆ)くと見(み)つともない。443三(さん)人(にん)居(を)れば大丈夫(だいぢやうぶ)だ。444それよりも早(はや)く杢助(もくすけ)さまの宅(うち)へ行(い)つて、445亡(な)くなられた奥(おく)さまの御(ご)霊前(れいぜん)で祝詞(のりと)を奏(あ)げて来(こ)い。446何(いづ)れ帰路(かへり)には杢助(もくすけ)さまのお宅(うち)へ寄(よ)るから、447それまで毎日(まいにち)神妙(しんめう)にお前(まへ)達(たち)三(さん)人(にん)は、448故人(こじん)の霊(れい)を慰(なぐさ)めるのだ。449又(また)杢助(もくすけ)さまも寂(さび)しいだらうから、450話相手(はなしあひて)になつてあげるが良(い)い。451嬶(かか)アに死(し)なれた時(とき)は何(なん)となく、452世(よ)の中(なか)が寂寥(せきれう)になり、453憂愁(いうしう)の涙(なみだ)に暮(く)れるものだから、454面白(おもしろ)い話(はなし)でもして、455一呼吸(ひといき)の間(ま)でも、456心(こころ)を慰(なぐさ)めてあげるが宜(よ)い。457それが一番(いちばん)に亡者(まうじや)の精霊(せいれい)に対(たい)しても、458杢助(もくすけ)さまに対(たい)しても、459最善(さいぜん)の道(みち)だ……と斯(か)う仰有(おつしや)つた。460それで暫(しばら)くの間(あひだ)お宅(うち)へ御(ご)厄介(やくかい)に参(まゐ)りました。461決(けつ)して金銀(きんぎん)などを盗(と)らうと思(おも)うて三(さん)人(にん)が相談(そうだん)して来(き)たのぢやありませぬから、462留守(るす)は私(わたくし)等(ら)三(さん)人(にん)が立派(りつぱ)にしてあげます。463サア暫(しばら)く都会(ひろみ)へでも出(で)て遊(あそ)んで来(き)なさるか、464友達(ともだち)の宅(うち)へでも行(い)つて、465酒(さけ)でも飲(の)んで来(き)なさい。466あなたの奥(おく)さまの霊(れい)が玉治別(たまはるわけ)さまに姿(すがた)を現(あら)はして、467涙(なみだ)を零(こぼ)して頼(たの)まれたさうです。468さうして金(かね)を見(み)えぬ所(ところ)へ隠(かく)して置(お)くのは、469金(かね)に対(たい)して殺生(せつしやう)だ。470妾(わたし)の死骸(しがい)を埋葬(いけ)たも同然(どうぜん)だから、471よく分(わか)る所(ところ)へ出(だ)し、472さうして妾(わたし)にも一遍(いつぺん)見(み)せる為(ため)に、473霊前(れいぜん)へ三四日(さんよつか)供(そな)へて置(お)いて下(くだ)さい。474さうすれば妾(わたし)は天晴(あつぱ)れ成仏(じやうぶつ)致(いた)します…………と斯(か)う仰有(おつしや)つたさうで、475玉治別(たまはるわけ)さまが……エー此(この)亡者(まうじや)は執着心(しふちやくしん)が強(つよ)いと見(み)えて、476死(し)んでからまでも金銀(きんぎん)に目(め)をくれるのか、477身魂(みたま)の因縁(いんねん)と云(い)ふものは仕方(しかた)のないものだ…………と仰有(おつしや)いました。478どうぞ霊前(れいぜん)へお供(そな)へになつても、479我々(われわれ)三(さん)人(にん)が盗(と)るのぢやありませぬ。480万一(まんいち)無(な)くなつたら、481それはインヘルノの立派(りつぱ)な旅館(りよくわん)で宿泊(とま)る旅費(りよひ)に、482奥(おく)さまが持(も)つて行(ゆ)かれたのでせうから、483惜気(をしげ)なく執着心(しふちやくしん)を棄(す)てて御(お)出(だ)しなさる方(はう)が宜(よろ)しからう……なア杢助(もくすけ)さま』
484雲州(うんしう)『此(この)杢助(もくすけ)は金(かね)なんかに執着(しふちやく)はない。485併(しか)し乍(なが)ら人間(にんげん)と云(い)ふ者(もの)は宝(たから)を見(み)るとつい悪心(あくしん)が起(おこ)るものだから、486折角(せつかく)改心(かいしん)したお前(まへ)達(たち)に又(また)罪(つみ)を作(つく)らすは可哀相(かはいさう)だによつて、487マア金(かね)の在処(ありか)は知(し)らさぬがよい。488強(た)つて、489それでも知(し)りたければ知(し)らしてやらぬ事(こと)は無(な)い。490嬶(かか)アの死骸(しがい)の懐(ふところ)に持(も)たして帰(い)なしてあるのだから、491玉治別(たまはるわけ)の神(かみ)さまの前(まへ)へ現(あら)はれてそんな事(こと)を女房(にようばう)が言(い)ふ筈(はず)がない。492大方(おほかた)お前(まへ)達(たち)が仕組(しぐ)んで来(き)たのだらう。493これから墓(はか)へいつて土(つち)を掘(ほ)り起(おこ)し、494逆様(さかさま)に首(くび)を突込(つきこ)んで、495懐(ふところ)の金(かね)を盗(と)るなら取(と)つて見(み)い。496女房(にようばう)は金(かね)に執着心(しふちやくしん)の強(つよ)い奴(やつ)だから、497キツト冷(つめ)たい手(て)で、498お前(まへ)達(たち)の素首(そつくび)にギユツと抱付(だきつ)き、499頭(あたま)を下(した)にしられて、500汝(きさま)の尻(しり)の穴(あな)を花立(はなたて)に代用(だいよう)するかも知(し)れやしないぞ。501それでも承知(しようち)なら墓(はか)へいつて掘(ほ)つて行(い)かつしやい』
502三州(さんしう)『オイ雲州(うんしう)、503モウ汝(きさま)の杢助(もくすけ)は駄目(だめ)だ。504臨機(りんき)応変(おうへん)、505兎(と)も角(かく)杢助(もくすけ)の住家(すみか)へいつてから、506当意(たうい)即妙(そくめう)の知識(ちしき)を発揮(はつき)する事(こと)にしよう。507何事(なにごと)も俺(おれ)の云(い)ふ通(とほ)りにするのだぞ。508衆口(しうこう)金(きん)を溶(とろ)かす……と云(い)つて、509大勢(おほぜい)が喋舌(しやべ)ると、510目的(もくてき)の金銀(きんぎん)が溶(とろ)けて無(な)くなつて了(しま)うと困(こま)るから、511総(すべ)て俺(おれ)に一任(いちにん)せいよ』
512雲州(うんしう)『何(なん)だか雲(くも)でも無(な)い様(やう)な気(き)になつて了(しま)つた。513杢助(もくすけ)気分(きぶん)が漂(ただよ)うて、514汝(きさま)等(ら)が泥棒(どろばう)に見(み)えて仕方(しかた)が無(な)いワ』
515三州(さんしう)『汝(きさま)も泥棒(どろばう)ぢやないかい』
516雲州(うんしう)『モウ此(この)計画(けいくわく)は中止(ちゆうし)したらどうだ。517何(なん)とはなしに大変(たいへん)な罪悪(ざいあく)を犯(をか)す様(やう)な気(き)がしてならないのだよ』
518甲州(かふしう)『何(いづ)れ善(ぜん)ではない。519併(しか)し我々(われわれ)泥棒(どろばう)としては、520巧妙(うま)く手(て)に入(い)れるのが最善(さいぜん)の方法(はうはふ)だ。521善(ぜん)とか悪(あく)とか、522そんな事(こと)に心(こころ)を奪(うば)はれて、523どうして此(この)商売(しやうばい)が発展(はつてん)するか。524サア大分(だいぶん)に夜(よ)も更(ふ)けた、525これからボツボツ行(ゆ)かう』
526と十丁(じつちやう)許(ばか)り前方(むかう)の杢助(もくすけ)が館(やかた)に、527体(からだ)を胴震(どうぶる)ひさせ乍(なが)ら、528萱(かや)の穂(ほ)のそよぎにも胸(むね)を轟(とどろ)かせつつ心細々(こころほそぼそ)脚(あし)もワナワナガタガタ震(ぶる)ひで進(すす)んで行(ゆ)く。
529(大正一一・五・一九 旧四・二三 松村真澄録)
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