霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 鬼娘(おにむすめ)〔六八五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第21巻 如意宝珠 申の巻 篇:第3篇 男女共権 よみ(新仮名遣い):だんじょきょうけん
章:第11章 鬼娘 よみ(新仮名遣い):おにむすめ 通し章番号:685
口述日:1922(大正11)年05月20日(旧04月24日) 口述場所: 筆録者:外山豊二 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
雪を踏み分けて、竜国別は谷と谷との十字路に出た。雪道の徒歩は困難を極め、方向もわからなくなってきた。
すると雪の中から何者かが現れて、竜国別の手を引いて歩き出し、小山の麓のあばら屋にいざなった。竜国別は安全な場所に案内してくれたことに礼を言い、何者か尋ねるが、その女は逆に竜国別に、三五教かバラモン教かを問うてきた。
女は、竜国別が自分の味方なら助けるが、敵なら容赦しない、と脅す。竜国別が言葉を濁すと、女は竜国別に説教を始めた。竜国別のウラナイ教時代の失敗をあげつらって戒めを与える。
竜国別が困惑していると、女は被り物をさっと取った。するとそれは松姫のように見えた。竜国別が思わず松姫に話しかけると、女は自分は松姫ではなく雪姫だ、と返した。
最後に女は大きな眼をむいて竜国別を驚かすと、白狐の正体を表して逃げて行った。竜国別は、雪の上の狐の足跡をつけて進んで行く。
すると、一頭の猪が横切った。どこからともなく矢が飛んできて、猪に当たると、猪は山道を逃げて行った。竜国別は憐れに思い、矢を抜いてやろうと血糊を頼りに猪の後を追った。
すると岩穴の前で猪が事切れていた。竜国別は猪を葬ってやろうと穴を掘り始めたが、岩穴の中から鬼女が現れて、猪の血を吸い始めた。鬼女は竜国別を見つけると、竜若と昔の名で竜国別を呼び、睨み付けた。
それは旧知の行方不明になった村娘・お光であった。お光は自分が鬼女となって隠れてここに暮らしていることを明かし、自分の居場所を知った竜国別を生かしては帰せない、と凄む。
竜国別は、お光が幼い頃から世話をした恩義を思い出させ、無体なことはしないようにと諭す。鬼女はその恩に免じて、竜国別の血を少しだけ吸って許してやろうと竜国別を打って気を失わせた。
鬼女は血を吸って竜国別を揺り起こした。竜国別は気分がすっきりして起き上がった。鬼女は、竜国別の血管を通っていた悪霊をすっかり吸ってあげたために、竜国別は大和魂の生粋になったのだ、と言った。
そして竜国別を許す代わりに、自分が鬼女となってここに住んでいることを誰にも言わないように、さもないと竜国別を殺す、と約束させた。竜国別は承諾し、元来た道を引き返し、左に道を取って進んで行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-05-14 00:13:04 文字数:5903 OBC :rm2111
愛善世界社版:190頁 八幡書店版:第4輯 334頁 修補版: 校定版:196頁 普及版:85頁 初版: ページ備考:
001 白雪(はくせつ)皚々(がいがい)として四面(しめん)の山野(さんや)、002白布(しろぬの)の褥(しとね)を被(かぶ)つた如(ごと)く満目(まんもく)蕭然(せうぜん)として一点(いつてん)の塵(ちり)を留(とど)めず、003道(みち)問(と)ふ人(ひと)もあら風(かぜ)に向(むか)つて進(すす)む竜国別(たつくにわけ)の宣伝使(せんでんし)は、004刻々(こくこく)に降(ふ)り積(つも)る雪(ゆき)を踏(ふ)み分(わ)け、005漸(やうや)く谷(たに)と谷(たに)との細(ほそ)き十字(じふじ)路頭(ろとう)に出(い)でたり。
006 太陽(たいやう)は雪雲(ゆきぐも)にしきられて光(ひかり)を中空(ちうくう)に包(つつ)み、007東西(とうざい)南北(なんぼく)の方向(はうかう)さへも判(わか)らなくなつて来(き)た。008日(ひ)は漸(やうや)く雪雲(ゆきぐも)の西天(せいてん)に没(ぼつ)したと見(み)えて、009何(なん)とはなしに薄暗(うすぐら)く寂(さび)し。010されど雪(ゆき)の光(ひかり)に四面(しめん)は月夜(つきよ)の如(ごと)く朦朧(もうろう)と光(ひか)つてゐる。011竜国別(たつくにわけ)は五(ご)尺(しやく)有余(いうよ)の雪(ゆき)に鎖(とざ)され進退(しんたい)谷(きは)まつて、012最早(もはや)凍死(とうし)せむばかりに困(くる)しみつつ、013言霊(ことたま)の続(つづ)く限(かぎ)り天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、014夜(よ)の明(あ)くるを待(ま)つの止(や)むなき破目(はめ)とはなりぬ。
015 僅(わづ)か一(いち)里(り)許(ばか)りの山路(やまみち)に一(いち)日(にち)を費(つひ)やしたるを見(み)れば、016如何(いか)に通路(つうろ)の困難(こんなん)なりしかを察(さつ)するに余(あま)りあり。017真白(まつしろ)の雪(ゆき)の中(なか)より白(しろ)き影(かげ)、018むくむくと膨(ふく)れ出(だ)し、019一塊(いつくわい)の白(しろ)き立姿(たちすがた)となつて竜国別(たつくにわけ)が佇(たたず)む前(まへ)に現(あら)はれ来(きた)り、020物(もの)をも言(い)はず冷(つめ)たき手(て)を伸(の)ばして、021竜国別(たつくにわけ)の手(て)を執(と)り進(すす)んで行(ゆ)く。
022 竜国別(たつくにわけ)は心(こころ)の中(うち)に怪(あや)しみ乍(なが)ら、023最早(もはや)如何(いかん)ともすること能(あた)はず、024怪物(くわいぶつ)に手(て)を引(ひ)かれたる儘(まま)に不安(ふあん)の念(ねん)に駆(か)られて進(すす)み行(ゆ)く。025怪物(くわいぶつ)は小山(こやま)の麓(ふもと)の荒屋(あばらや)の中(なか)に、026竜国別(たつくにわけ)を誘(いざな)うた。
027竜国別『如何(いか)なる方(かた)か存(ぞん)じませぬが、028雪(ゆき)に鎖(とざ)され身動(みうご)きもならず、029困難(こんなん)の処(ところ)へお出(い)で下(くだ)さいまして、030斯様(かやう)な安全(あんぜん)地帯(ちたい)へ御(ご)案内(あんない)下(くだ)さいましたのは、031誠(まこと)に有難(ありがた)う存(ぞん)じます』
032怪物『汝(そなた)は蜈蚣姫(むかでひめ)の部下(ぶか)か、033但(ただし)は言依別(ことよりわけの)命(みこと)の部下(ぶか)なるか、034返答(へんたふ)次第(しだい)で吾々(われわれ)にも一(ひと)つの考(かんが)へがあるから、035敵(てき)か、036味方(みかた)か聞(き)かして欲(ほ)しい』
037竜国別『さう云(い)ふ貴方(あなた)は、038何(なん)と云(い)ふ御(ご)婦人(ふじん)でございますか』
039怪物『貴方(あなた)の返答(へんたふ)を聞(き)くまで申(まを)すまい。040吾々(われわれ)の敵(てき)ならば今(いま)此処(ここ)で、041汝(そなた)を征伐(せいばつ)せなければならず、042もし味方(みかた)ならば何処迄(どこまで)も助(たす)ける覚悟(かくご)だよ。043サア、044バラモン教(けう)か三五教(あななひけう)か、045二(ふた)つに一(ひと)つの返答(へんたふ)を聞(き)きませう』
046竜国別『仮令(たとへ)バラモン教(けう)でも、047三五教(あななひけう)でも誠(まこと)の道(みち)に変(かは)りはありませぬ。048私(わたくし)は誠(まこと)の道(みち)の宣伝使(せんでんし)です。049三五教(あななひけう)、050バラモン教(けう)、051又(また)アルプス教(けう)と云(い)ふやうな区分(くぶん)した名称(めいしよう)に、052余(あま)り重(おも)きを置(お)いては居(を)りませぬ』
053怪物『それは誰(たれ)しも同(おな)じこと。054併(しか)し今(いま)汝(そなた)の属(ぞく)して居(を)る教派(けうは)は、055何教(なにけう)だと尋(たづ)ねてゐるのだ』
056竜国別『何教(なにけう)でも好(い)いぢやありませぬか。057兎角(とかく)天下(てんか)国家(こくか)の為(ため)に最善(さいぜん)を尽(つ)くすのが、058宣伝使(せんでんし)の天職(てんしよく)だと心得(こころえ)てゐます』
059怪物『アハヽヽヽ、060どうも卑怯(ひけふ)千万(せんばん)な男(をとこ)だこと。061三五教(あななひけう)なら三五教(あななひけう)だと、062キツパリ云(い)つたら如何(どう)ですか』
063と最後(さいご)の一言(いちごん)に力(ちから)を籠(こ)め雷(らい)の如(ごと)く呶鳴(どな)り立(た)てた。064見(み)ればその怪物(くわいぶつ)は拳(こぶし)のやうな目玉(めだま)をクルクルと廻転(くわいてん)させてゐる。
065竜国別『先程(さきほど)より妙(めう)なことを尋(たづ)ねる怪物(くわいぶつ)だと思(おも)つて居(ゐ)たら、066いよいよ怪(あや)しき奴(やつ)だ。067其(その)方(はう)は古狸(ふるだぬき)であらうがなア。068雪(ゆき)に鎖(とざ)され食料(しよくれう)に苦(くる)しみ、069吾々(われわれ)が腰(こし)の弁当(べんたう)が欲(ほ)しさにやつて来(き)たのだらう。070貴様(きさま)に与(あた)へるのは易(やす)いこと乍(なが)ら、071聊(いささ)か此(この)方(はう)が迷惑(めいわく)を致(いた)す。072マア気(き)の毒(どく)乍(なが)ら、073此処(ここ)を早(はや)く立去(たちさ)つたがよからうぞ。074そんな請求(せいきう)は駄目(だめ)だから』
075怪物『お前(まへ)は人(ひと)を救(すく)ふ宣伝使(せんでんし)ぢやないか。076わが身(み)を捨(す)てて人(ひと)を救(すく)はねばならぬ職務(しよくむ)にあり乍(なが)ら、077現在(げんざい)飢(う)ゑたる吾々(われわれ)を見殺(みごろ)しに致(いた)し、078自分(じぶん)さへ腹(はら)が膨(ふく)れたら、079それで好(い)いのか、080それでも人(ひと)を救(すく)ふ宣伝使(せんでんし)と思(おも)うて居(ゐ)るか。081此(この)世(よ)を誑(たばか)る偽物(にせもの)奴(め)、082吾々(われわれ)を化物(ばけもの)と申(まを)すが、083汝(そなた)こそ真(しん)の化物(ばけもの)だ。084人間(にんげん)の皮(かは)を被(かぶ)つては居(を)るものの、085汝(そなた)が身魂(みたま)は四足(よつあし)同然(どうぜん)ぢや』
086竜国別『オイ狐(きつね)か、087狸(たぬき)か知(し)らないが、088人(ひと)に食物(くひもの)をねだるのに、089そんな驕慢(けうまん)な言葉(ことば)があるかい』
090怪物『誰(たれ)が貴様(きさま)のやうな穢(けが)れた人間(にんげん)の所持(しよぢ)する食物(しよくもつ)をくれいと云(い)つたか。091吾々(われわれ)は失礼(しつれい)乍(なが)ら乞食(こじき)の真似(まね)は致(いた)さぬ。092唯(ただ)一(ひと)つ欲(ほ)しいものがある。093それを頂戴(ちやうだい)すれば好(よ)いのだ』
094竜国別『お前(まへ)の欲(ほ)しいと云(い)ふのは一体(いつたい)何(なん)だ』
095怪物『外(ほか)でも無(な)い。096其(そ)の高(たか)い鼻(はな)の先(さき)を削(けづ)つて貰(もら)ひたいのだ』
097竜国別『此(この)鼻(はな)は親(おや)から預(あづ)かつた一(ひと)つの貴重品(きちようひん)だ。098こればかりは遣(や)ることは出来(でき)ない』
099怪物『そんなら一(ひと)つ交換(かうくわん)して欲(ほ)しいものがある。100大(おほ)きな物(もの)と、101小(ちひ)さい物(もの)と交換(かうくわん)するのだから、102どちらかと云(い)へば俺(おれ)の方(はう)が余程(よほど)損(そん)がゆくやうなものだが、103申込(まをしこ)んだ方(はう)から実物(じつぶつ)の二倍(にばい)三倍(さんばい)を提供(ていきよう)すると云(い)ふことは、104現代(げんだい)人間(にんげん)の不文律(ふぶんりつ)だから、105俺(おれ)の物(もの)は大(おほ)きいが交換(かうくわん)をして貰(もら)ひたい』
106竜国別『八畳敷(はちでふじき)と交換(かうくわん)して堪(たま)るものかい。107歩(ある)くのに妨害(ばうがい)になつて仕方(しかた)が無(な)いワ』
108怪物『アハヽヽヽ、109人間(にんげん)と云(い)ふものは汚(きたな)いものだな。110直(すぐ)にそんなとこへ気(き)を廻(まは)しよる。111俺(おれ)の要望(えうばう)するのは、112そんなものぢやない。113貴様(きさま)は余(あま)り目(め)が小(ちひ)さいから、114向(むか)ふ先(さき)が見(み)えぬ盲目(めくら)同様(どうやう)の化物(ばけもの)だ。115それで俺(おれ)の目(め)と貴様(きさま)の目(め)と交換(かうくわん)して呉(く)れと云(い)ふのだ』
116竜国別『その様(やう)な大(おほ)きな目(め)を俺(おれ)の面(つら)に当(あ)てやうものなら、117一(ひと)つで一杯(いつぱい)になつて了(しま)ふワ』
118怪物『一(ひと)つ目(め)小僧(こぞう)と云(い)ふ化物(ばけもの)があるそうだ。119お前(まへ)は恰度(ちやうど)それに魂(たましひ)が適合(てきがふ)して居(ゐ)る。120霊肉(れいにく)一致(いつち)だから交換(かうくわん)してくれ』
121竜国別『一(ひと)つの目(め)は余(あま)るぢやないか』
122怪物『残(のこ)り一(ひと)つは後頭部(こうとうぶ)へ付(つ)けたらよからう。123さうすれば前(まへ)も後(うし)ろも、124よくわかつて調法(てうはふ)だぞ。125サア強圧(きやうあつ)的(てき)に眼玉(めだま)を抜(ぬ)いて付(つ)け替(か)へてやらうか』
126竜国別『俺(おれ)は人間(にんげん)様(さま)だ。127此(この)目(め)で十分(じふぶん)に用(よう)を足(た)して居(ゐ)るのだ。128此(こ)の交換(かうくわん)は御免(ごめん)蒙(かうむ)る』
129怪物『一旦(いつたん)言(い)ひ出(だ)した事(こと)は後(あと)へ退(ひ)かぬ某(それがし)だ。130そんなら仕方(しかた)がない。131お前(まへ)の腐(くさ)つた魂(たましひ)を受取(うけと)らう』
132竜国別『馬鹿(ばか)云(い)ふな。133俺(おれ)の魂(たましひ)は水晶玉(すいしやうだま)だ。134何処(どこ)が腐(くさ)つて居(を)るか。135大(おほ)きな目(め)を剥(む)きよつて、136それが見(み)えぬのか』
137怪物『貴様(きさま)は高城山(たかしろやま)の山麓(さんろく)、138松姫(まつひめ)の館(やかた)に於(おい)て四足(よつあし)になつた代物(しろもの)ぢやないか。139俺(おれ)の素性(すじやう)が判(わか)らぬ筈(はず)はあるまい』
140竜国別『ハテナー、141一体(いつたい)貴様(きさま)は何者(なにもの)だ。142俺(おれ)の事(こと)をよく知(し)つてるぢやないか』
143怪物『アハヽヽヽ』
144と笑(わら)ひ乍(なが)ら、145被物(かぶりもの)をツツと脱(ぬ)げばこは如何(いか)に、146擬(まが)ふ方(かた)なき松姫(まつひめ)であつた。
147竜国別『ヤア貴女(あなた)は松姫(まつひめ)さま、148随分(ずゐぶん)悪戯(いたづら)をなさいますな。149本当(ほんたう)に肝玉(きもだま)が転宅(てんたく)しかけましたよ』
150怪物『オホヽヽヽ、151私(わたし)が松姫(まつひめ)に見(み)えますかな。152それだから其(そ)の眼(め)の玉(たま)を交換(かうくわん)しようと云(い)つたのだよ』
153竜国別『そんならお前(まへ)は何者(なにもの)だ』
154怪物『雪(ゆき)の精(せい)から現(あら)はれた雪姫(ゆきひめ)と云(い)ふものだよ』
155竜国別『雪(ゆき)にでも霊(れい)があるのかなア』
156雪姫(怪物)『お前(まへ)の心(こころ)の空(そら)に真如(しんによ)の太陽(たいやう)が輝(かがや)き渡(わた)らぬ限(かぎ)り、157此(こ)の雪姫(ゆきひめ)の謎(なぞ)は解(と)けないよ。158曇(くも)り切(き)つた今日(けふ)の空(そら)のやうな身魂(みたま)では、159可愛相(かあいさう)に目(め)も碌(ろく)に見(み)えまい』
160竜国別『毬(まり)のやうな目(め)を剥(む)いて現(あら)はれて来(く)るものだから、161的切(てつき)り狸(たぬき)のお化(ばけ)と思(おも)つたのだ。162雪姫(ゆきひめ)はそんなに種々(いろいろ)に変化(へんげ)出来(でき)るものかなア』
163雪姫『ゆき詰(つま)つて、164行(ゆ)くに行(ゆ)かれぬ橡麺棒(とちめんぼう)を振(ふ)つた時(とき)は、165お前(まへ)でも大(おほ)きな目(め)を剥(む)き出(だ)して困(こま)るだらうがなア。166さうだからデカイきつい目(め)に遇(あ)うたと言(い)ふのだ。167モー一(ひと)つ御(お)望(のぞ)みなら大(おほ)きな目(め)を剥(む)いて、168御覧(ごらん)に入(い)れようか』
169竜国別『いやモー沢山(たくさん)だ。170めい惑千万(わくせんばん)、171これで御(ご)遠慮(ゑんりよ)申(まを)して置(お)かう』
172 雪姫(ゆきひめ)は、
173雪姫『これでもかア』
174と言(い)ひ乍(なが)ら、175蛇(じや)の目(め)の傘(かさ)のやうな、176大(おほ)きな目(め)を剥(む)いて見(み)せる。177竜国別(たつくにわけ)は驚(おどろ)いて後(うしろ)に倒(たふ)れる途端(とたん)に、178雪姫(ゆきひめ)は忽(たちま)ち白狐(びやくこ)となつて一目散(いちもくさん)に山道(やまみち)を駆出(かけだ)し逃(に)げて行(ゆ)く。
179竜国別『アヽ偉(えら)いビツクリさせよつた。180奴狐(どぎつね)の野郎(やらう)、181彼奴(あいつ)の正体(しやうたい)がモウ斯(か)う判(わか)つた以上(いじやう)は別(べつ)に怖(おそ)れることもない。182跡(あと)追(お)つかけて往生(わうじやう)させねば宣伝使(せんでんし)の役(やく)が勤(つと)まらぬ。183併(しか)しこの大雪(おほゆき)の中(なか)、184四足(よつあし)は歩(ある)きよからうが、185人間(にんげん)は一寸(ちよつと)困(こま)るワイ』
186と独語(どくご)し乍(なが)ら四辺(あたり)を見(み)れば六(ろく)尺(しやく)有余(いうよ)もタマつたと思(おも)ふ雪(ゆき)は、187僅(わづ)か一寸(いつすん)許(ばか)り、188狐(きつね)の足形(あしかた)がついて居(ゐ)る。
189 竜国別(たつくにわけ)は手(て)を組(く)んでドツカと坐(すわ)り、
190竜国別『アヽ何(なん)の事(こと)だ、191狐(きつね)の奴(やつ)、192俺(おれ)を魅(つま)み居(を)つたなア。193一(いち)日(にち)骨(ほね)を折(を)つて深(ふか)い雪路(ゆきみち)を進(すす)んだ積(つも)りだつたが、194矢張(やつぱり)元(もと)の岩蔭(いはかげ)だつたワイ。195俺(おれ)はどうかして居(ゐ)ると見(み)える。196サアこれから一(ひと)つ天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、197大神(おほかみ)の御(ご)神力(しんりき)を頂戴(ちやうだい)して前進(ぜんしん)することにしよう。198思(おも)はぬ所(ところ)で思(おも)はぬ夢(ゆめ)を見(み)たものだ。199どうやら夜(よ)が明(あ)けたらしい。200此(こ)の狐(きつね)の足跡(あしあと)を踏(ふ)むで行(ゆ)けば、201道路(みち)が分(わか)るだらう』
202と薄雪(はくせつ)に印(いん)した足跡(あしあと)を頼(たよ)りにドシドシ進(すす)み行(ゆ)く。
203 七八丁(しちはつちやう)許(ばか)り前進(ぜんしん)したと思(おも)ふ時(とき)、204一頭(いつとう)の猪(しし)が現(あら)はれ前(まへ)を横(よこ)ぎる。
205竜国別『ハテ不思議(ふしぎ)だ。206狐(きつね)の足跡(あしあと)があると思(おも)へば又(また)猪(しし)だ。207今度目(こんどめ)は本当(ほんたう)の狸(たぬき)の野郎(やらう)に出会(でつくは)すのかも知(し)れないぞ』
208と佇(たたず)む折(をり)しも、209何処(どこ)ともなく空(くう)を切(き)つてヒユウと唸(うな)り乍(なが)ら、210頭上(づじやう)を掠(かす)めて一本(いつぽん)の流(なが)れ矢(や)が猪(しし)の面部(めんぶ)に発止(はつし)と突立(つきた)つ。
211 猪(しし)は狼狽(うろた)へ騒(さわ)いで転(ころ)げ廻(まは)り、212終(つひ)に一(ひと)つの禿山(はげやま)を越(こ)えて、213向(むか)ふの谷(たに)に姿(すがた)を隠(かく)したり。
214竜国別『アヽ可愛相(かあいさう)なことだ。215鳥(とり)、216獣(けだもの)でも助(たす)けるのが吾々(われわれ)の役(やく)だ。217これや神(かみ)様(さま)が吾々(われわれ)の気(き)を惹(ひ)いて御座(ござ)るのかも知(し)れない。218之(これ)を見捨(みす)てて行(い)つては大変(たいへん)だ。219幸(さいは)ひ薄雪(はくせつ)に残(のこ)つた足跡(あしあと)を索(たづ)ねて、220猪(しし)のお宿(やど)を探(さが)し、221鎮魂(ちんこん)を施(ほどこ)して助(たす)けてやらねばならぬ。222又(また)彼(あ)の矢(や)を抜(ぬ)いてやらねば到底(たうてい)助(たす)かるまい。223何(なに)は兎(と)もあれこれを救(すく)ふが第一(だいいち)だ』
224と禿山(はげやま)をトントン登(のぼ)り進(すす)み行(ゆ)く。
225 此処(ここ)は大谷山(おほたにやま)の山麓(さんろく)、226岩ケ谷(いはがたに)といふ芒(すすき)の生(お)ひ茂(しげ)つた、227人(ひと)の行(い)つたことのないやうな草原(くさはら)である。228彼方(あちら)此方(こちら)に落(お)ちたる血糊(ちのり)を索(たづ)ねて進(すす)んで行(ゆ)くと、229其処(そこ)に一(ひと)つの岩穴(いはあな)があり、230以前(いぜん)の猪(しし)は既(すで)に縡切(ことき)れてゐる。
231竜国別(たつくにわけ)『ハヽア此処(ここ)が猪(しし)の棲処(すみか)だつたなア。232それでも途中(とちう)で死(し)なずに、233自分(じぶん)の棲処(すみか)まで帰(かへ)つて倒(たふ)れたのはまだしも、234猪(しし)に取(と)つては幸福(しあはせ)だ。235何処(どこ)ぞ此処(ここら)に厚(あつ)く葬(はうむ)つてやらう』
236と手頃(てごろ)の石(いし)を拾(ひろ)つて、237土(つち)をカチカチ掘(ほ)り初(はじ)める。
238 岩穴(いはあな)の中(なか)より二十(にじふ)五六(ごろく)の女(をんな)、239角(つの)を生(は)やして莞爾(にこ)々々(にこ)し乍(なが)ら出(い)で来(きた)り、240矢庭(やには)に猪(しし)の屍骸(しがい)に取(とり)つき血(ち)を吸(す)ひ初(はじ)める。241竜国別(たつくにわけ)は黙(だま)つて此(この)様子(やうす)を眺(なが)めて居(ゐ)ると鬼娘(おにむすめ)は、242美味(うま)さうにチウチウと音(おと)をさせて全身(ぜんしん)の血(ち)をスツカリと吸(す)つて了(しま)ひ、243腹(はら)を両手(りやうて)で撫(な)で乍(なが)ら竜国別(たつくにわけ)の立(た)つて居(を)るのに気(き)がついたと見(み)え、244目(め)を丸(まる)くし、245口(くち)を尖(とが)らし、
246女(お光)『ヤアお前(まへ)は竜若(たつわか)ぢやないか』
247と睨(ね)めつける物(もの)すごさに、248竜国別(たつくにわけ)は、
249竜国別『オイ、250お前(まへ)はお光(みつ)ぢやないか。251お前(まへ)の両親(りやうしん)は行方(ゆくへ)が知(し)れぬので毎日(まいにち)日日(ひにち)心配(しんぱい)して居(を)つたよ。252ウラナイ教(けう)の高城山(たかしろやま)の館(やかた)へも幾度(いくど)か参拝(さんぱい)して来(き)たが、253如何(どう)しても知(し)れないので、254出(で)た日(ひ)を命日(めいにち)と定(さだ)めて立派(りつぱ)な葬式(さうしき)を営(いとな)まれたが、255其(そ)の時(とき)に俺(おれ)も祭官(さいくわん)に列(れつ)したことがある。256サアサアお前(まへ)は早(はや)く親(おや)の家(うち)へ帰(かへ)れ。257こんな処(ところ)で鬼娘(おにむすめ)になつては堪(たま)らないぞ。258高春山(たかはるやま)に俺(おれ)は征伐(せいばつ)に行(ゆ)くものだが、259これから伴(つ)れて行(い)つてやるのは易(やす)いけれど、260女(をんな)と同道(どうだう)は許(ゆる)されないから、261これから早(はや)く家(いへ)へ帰(かへ)つたら如何(どう)だ』
262お光『コレ竜若(たつわか)さん、263私(わたし)は祖母(おばあ)さんの眉毛(まゆげ)を剃(そ)つて居(ゐ)ました時(とき)、264誤(あやま)つて顔(かほ)を斬(き)り、265沢山(たくさん)の血(ち)が出(で)たので、266驚(おどろ)いて嘗(な)めて見(み)たところ、267それから生血(いきち)の味(あぢ)をおぼえて、268人間(にんげん)や獣(けだもの)の血(ち)が吸(す)ひたくなり、269到頭(たうとう)こんなに頭(あたま)に角(つの)が生(は)えて鬼娘(おにむすめ)になつて了(しま)つたのだ。270斯(こ)んな態(ざま)して如何(どう)して我家(うち)へ帰(かへ)れませう。271お前(まへ)さんも私(わたし)の所在(ありか)を知(し)つた以上(いじやう)は、272村(むら)に帰(かへ)つて喋(しやべ)るであらう。273さうすれば私(わたし)は最早(もはや)身(み)の終(をは)りだから、274自分(じぶん)の肉体(にくたい)保護(ほご)の上(うへ)から、275気(き)の毒(どく)乍(なが)らお前(まへ)の生命(いのち)を貰(もら)ふのだ。276覚悟(かくご)を為(な)され』
277竜国別『そんな無茶(むちや)な事(こと)を云(い)ふない。278チツとはお前(まへ)も恩義(おんぎ)と云(い)ふことを知(し)つて居(ゐ)るだらう。279此(こ)の小父(をぢ)さんが貴様(きさま)の子供(こども)の時(とき)には、280負(お)うたり、281抱(だ)いたり、282小便(せうべん)をさしてやつたり、283うんこの掃除(さうぢ)まで世話(せわ)をやいてやつたのを覚(おぼ)えて居(ゐ)るだらう。284ちつとは其(そ)の義理(ぎり)ででも、285俺(おれ)を喰(く)ふなんて云(い)ふことが出来(でき)るものか。286恩(おん)を知(し)らぬものは、287人間(にんげん)ぢやないぞ。288烏(からす)に反哺(はんぽ)の孝(かう)あり、289犬(いぬ)は三日(みつか)飼(か)うて貰(もら)つた主人(しゆじん)を、290一生(いつしやう)忘(わす)れぬと云(い)ふぢやないか』
291お光『そんな事(こと)が解(わか)つて居(を)つて、292如何(どう)して鬼娘(おにむすめ)になれますか。293世(よ)の中(なか)の義理(ぎり)や、294人情(にんじやう)を構(かま)つて居(を)つたら、295鬼(おに)の修行(しうぎやう)は出来(でき)るものぢやない。296サア小父(をぢ)さん、297此処(ここ)で逢(あ)うたがお前(まへ)の運(うん)の尽(つ)きだ。298アヽ美味(うま)さうな血(ち)の香(にほひ)がして居(ゐ)る。299済(す)まないけれどよばれませう』
300竜国別『コラコラ俺(おれ)は今迄(いままで)の竜若(たつわか)とは違(ちが)ふぞ。301神力(しんりき)無限(むげん)の三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)、302言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)の御(おん)覚(おぼ)え芽出度(めでた)き竜国別(たつくにわけの)命(みこと)ぢや。303馬鹿(ばか)な事(こと)を致(いた)すと地獄(ぢごく)のどん底(ぞこ)へ落(おと)されて、304鬼(おに)の成敗(せいばい)に遇(あ)はねばならぬぞ。305未来(みらい)を怖(おそ)れぬか』
306お光『ホヽヽヽヽ、307鬼娘(おにむすめ)が地獄(ぢごく)の鬼(おに)が恐(こは)くて、308如何(どう)なりませう。309これでも地獄(ぢごく)へ行(い)つたら、310立派(りつぱ)な鬼娘(おにむすめ)が来(き)たと云(い)つて、311持囃(もてはや)されるのだ。312私(わたし)は鬼(おに)になるのが願望(ぐわんばう)だ。313お前(まへ)の生血(いきち)を吸(す)へば、314もう一層(いつそう)立派(りつぱ)な鬼娘(おにむすめ)になれる。315猪(しし)の生血(いきち)は最早(もはや)呑(の)み飽(あ)いたから』
316竜国別『如何(どう)しても俺(おれ)を喰(く)ふと云(い)ふのか。317イヤ血(ち)を吸(す)はうと申(まを)すのか』
318お光『如何(どう)しても吸(す)はねば私(わたし)の身体(からだ)が燃(も)えて来(く)る。319私(わたし)も苦(くる)しいから、320義理(ぎり)、321人情(にんじやう)を省(かへり)みる遑(いとま)がない。322併(しか)しあんまり御(お)世話(せわ)になつたのだから、323何処(どこ)とはなしに気(き)の毒(どく)なやうな感(かん)じがする。324ちつとばかり吸(す)うてこらへて上(あ)げませう』
325と手頃(てごろ)の石(いし)を以(もつ)て、326竜国別(たつくにわけ)の額(ひたひ)をカツカツと打(う)つた。327竜国別(たつくにわけ)は気(き)が遠(とほ)くなり、328其(そ)の場(ば)に倒(たふ)れた。
329お光『アヽ気(き)の毒(どく)な小父(をぢ)さんだ。330沢山(たくさん)呑(の)むと生命(いのち)が危(あやふ)いから、331一二升(いちにしよう)許(ばか)り呑(の)んでこらへて上(あ)げよう』
332と傷口(きずぐち)に口(くち)を当(あ)て、333チウチウと呑(の)み始(はじ)めた。
334お光『アヽ如何(どう)したものか、335此(こ)の血(ち)はエグイ。336なかなか苦味(にがみ)がある。337矢張(やつぱり)身魂(みたま)が曇(くも)つて居(を)ると見(み)えて、338流(なが)れる血(ち)まで味(あぢ)が悪(わる)いのかなア。339サアサア小父(をぢ)さん、340モーこらへて上(あ)げよう。341起(お)きなさい』
342と揺(ゆ)り起(おこ)されて竜国別(たつくにわけ)は吾(われ)に帰(かへ)り、
343竜国別『アヽなんだか気分(きぶん)がスイツとした。344俄(にはか)に身体(からだ)が軽(かる)くなり、345目(め)までハツキリして来(き)たやうだ』
346お光『お前(まへ)の血管(けつくわん)を通(とほ)つて居(を)る悪霊(あくれい)を薩張(さつぱり)吸(す)うて上(あ)げたのだから、347モーお前(まへ)さんは結構(けつこう)な赤(あか)い誠(まこと)の血(ち)計(ばか)りになつて了(しま)つたのだよ。348此(この)上(うへ)は最早(もはや)私(わたくし)の手(て)に合(あ)はぬ。349お前(まへ)さんは愈(いよいよ)大和(やまと)魂(だましひ)の生粋(きつすゐ)になつて了(しま)つた。350併(しか)し此(この)事(こと)を誰(たれ)にも話(はな)してはなりませぬぞや。351話(はな)すが最後(さいご)千(せん)里(り)向(む)かふからでも私(わたし)の耳(みみ)は聞(きこ)えるから、352宙(ちう)を駆(かけ)つて行(ゆ)き、353お前(まへ)の素首(そつくび)を引抜(ひきぬ)くから、354其(そ)の覚悟(かくご)でゐて下(くだ)さいや。355此処(ここ)で殺(ころ)すのは易(やす)いけれど、356お前(まへ)に助(たす)けられたと云(い)ふ弱味(よわみ)があるので、357如何(いか)に悪党(あくたう)な鬼娘(おにむすめ)でも如何(どう)する事(こと)も出来(でき)ない。358併(しか)し私(わたし)と今(いま)約束(やくそく)して、359それを破(やぶ)れば、360初(はじ)めてお前(まへ)さんに破約(はやく)の罪(つみ)が出来(でき)たのだから、361其(その)時(とき)は堂々(だうだう)と生命(いのち)を取(と)りに行(ゆ)くから、362其(そ)の覚悟(かくご)で帰(かへ)つて下(くだ)さい。363これで高春山(たかはるやま)の征伐(せいばつ)も立派(りつぱ)に出来(でき)るだらう。364人間(にんげん)万事(ばんじ)塞翁(さいをう)の馬(うま)だ。365私(わたし)に酷(えら)い目(め)に遇(あ)はされて、366其(その)結果(けつくわ)誠(まこと)の手柄(てがら)を現(あら)はす様(やう)になるので、367謂(い)はば私(わたくし)はお前(まへ)さんの守護神(しゆごじん)のやうなものだ。368感謝(かんしや)しなさい』
369竜国別『妙(めう)な理屈(りくつ)もあるものだなア。370頭(あたま)をこつかれ、371血(ち)を吸(す)はれて感謝(かんしや)するとは、372開闢(かいびやく)以来(いらい)聞(き)いたことがない。373何処(どこ)で斯(か)うも勘定(かんぢやう)が違(ちが)つたのだらう』
374お光『定(きま)つた事(こと)だ。375処(ところ)変(かは)れば品(しな)変(かは)る、376お家(いへ)が変(かは)れば風(ふう)変(かは)る、377郷(がう)に入(い)つては郷(がう)に随(したが)へだ。378世界(せかい)には賭博(ばくち)のアラを取(と)つて国(くに)の会計(くわいけい)を助(たす)け、379国民(こくみん)が安楽(あんらく)に暮(くら)して居(ゐ)る国(くに)さへもあるぢやないか。380また一方(いつぱう)の国(くに)では賭博(ばくち)を罪悪(ざいあく)としてゐるやうなもので、381社会(しやくわい)が違(ちが)へば善悪(ぜんあく)の標準(へうじゆん)も違(ちが)ふのだ。382併(しか)し何処(どこ)へ行(い)つても約束(やくそく)を破(やぶ)ると云(い)ふ事(こと)は罪悪(ざいあく)だぞえ。383天照(あまてらす)大神(おほかみ)様(さま)と素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)が、384天(あま)の安(やす)の河原(かはら)を中(なか)に置(お)いて誓約(うけひ)を遊(あそ)ばしたではないか。385世(よ)の中(なか)には現界(げんかい)、386幽界(いうかい)、387神界(しんかい)の区別(くべつ)なく、388約束(やくそく)を守(まも)ると云(い)ふことが最(もつと)も大切(たいせつ)なことだ。389之(これ)を破(やぶ)るのは罪悪(ざいあく)の骨頂(こつちやう)だ。390お前(まへ)も私(わし)の所在(ありか)を誰(たれ)にも言(い)はないと云(い)ふことを誓約(せいやく)なされ。391さうでなければ、392今(いま)此処(ここ)でお前(まへ)の生命(いのち)を奪(と)つて了(しま)ふ』
393竜国別(たつくにわけ)『なに、394お前(まへ)達(たち)に生命(いのち)を奪(と)られるやうな俺(おれ)では無(な)いが、395お前(まへ)の生命(いのち)を奪(うば)つた所(ところ)で仕方(しかた)がない。396つまり俺(おれ)が罪人(ざいにん)になるだけだから、397此処(ここ)はうまく妥協(だけふ)して互(たがひ)に言(い)はないと云(い)ふ約束(やくそく)をしよう』
398お光(みつ)『そんなら助(たす)けて上(あ)げよう。399トツトとお帰(かへ)りなさい。400屹度(きつと)言(い)ひませぬな』
401竜国別(たつくにわけ)『ウン、402俺(おれ)も男(をとこ)だ。403屹度(きつと)約束(やくそく)を守(まも)るから安心(あんしん)して呉(く)れ』
404お光(みつ)『左様(さやう)なら』
405と云(い)つた限(き)り、406岩窟(がんくつ)の中(なか)深(ふか)く影(かげ)を没(ぼつ)したり。
407 竜国別(たつくにわけ)は額(ひたひ)の傷(きず)を撫(な)で乍(なが)ら、408元(もと)来(き)し路(みち)へ引返(ひきかへ)し、409それより左(ひだり)に取(と)つて枯草(かれくさ)茂(しげ)る小径(こみち)を悄々(すごすご)と上(のぼ)り行(ゆ)く。
410(大正一一・五・二〇 旧四・二四 外山豊二録)
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