霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 恩愛(おんあい)の涙(なみだ)〔六八八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第21巻 如意宝珠 申の巻 篇:第3篇 男女共権 よみ(新仮名遣い):だんじょきょうけん
章:第14章 恩愛の涙 よみ(新仮名遣い):おんあいのなみだ 通し章番号:688
口述日:1922(大正11)年05月20日(旧04月24日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
玉治別と杢助・お初親子は、津田の湖水を渡って高春山の正面から攻め上った。三人は途中、一人の女がアルプス教の手の者たちに捕らえられて責められているところに出くわした。
杢助によってアルプス教の者たちは追い払われた。女は玉治別の妻・お勝であった。お勝は父の松鷹彦の病気を夫に知らせるためにやってきたのであった。
しかし玉治別は今は宣伝使の使命として高春山の言霊戦に携わる身であり、女を連れることはできないと言い渡した。そして、自分の使命を知っていながら情に曇らされて行動するような女は自分の妻ではない、と厳しくお勝を諌めた。
玉治別の言葉にお勝は自分の非を悟り、帰って行った。杢助は玉治別の心中を察して慰めの言葉をかけ、三人は高春山へと登っていく。
お勝は帰り道の道中、自分の非を悔い、夫の諭しに感謝をする宣伝歌を歌った。武志の宮に帰りつくと、父の松鷹彦は気分良く天の真浦に介抱されながら、お勝の帰りを出迎えた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-05-16 19:33:11 文字数:4462 OBC :rm2114
愛善世界社版:229頁 八幡書店版:第4輯 348頁 修補版: 校定版:236頁 普及版:103頁 初版: ページ備考:
001 玉治別(たまはるわけ)は津田(つだ)の湖水(こすゐ)を渡(わた)つて、002高春山(たかはるやま)の正面(しやうめん)より攻(せ)め登(のぼ)り行(ゆ)く。003杢助(もくすけ)はお初(はつ)を背(せな)に負(お)ひ其(その)後(あと)に従(したが)ふ。004日(ひ)は漸(やうや)く暮(く)れ果(は)てて、005月(つき)は雪雲(ゆきぐも)に包(つつ)まれ、006姿(すがた)も朧気(おぼろげ)に天空(てんくう)に明滅(めいめつ)して居(ゐ)る。007一行(いつかう)は、008とある木蔭(こかげ)に立寄(たちよ)りて息(いき)を休(やす)める折柄(をりから)に、009慌(あわ)ただしき数多(あまた)の人(ひと)の足音(あしおと)、010刻々(こくこく)に近寄(ちかよ)り来(きた)る。011玉治別(たまはるわけ)、012杢助(もくすけ)は朧月夜(おぼろづきよ)の木蔭(こかげ)に、013何事(なにごと)ならむと透(す)かし見(み)れば、014一人(ひとり)の女(をんな)に猿轡(さるぐつわ)を箝(は)ませ、015エイヤエイヤと言(い)ひつつ担(かつ)ぎ来(きた)る。016様子(やうす)あらんと両人(りやうにん)は息(いき)を凝(こ)らして眺(なが)むれば、017数多(あまた)の男(をとこ)は、018一人(ひとり)の女(をんな)を目(め)の前(まへ)の木蔭(こかげ)の稍(やや)広(ひろ)き所(ところ)に下(おろ)し、019猿轡(さるぐつわ)を解(と)き何事(なにごと)かよつて集(たか)つて、020訊問(じんもん)を始(はじ)め出(だ)した。
021甲『コレヤ女(をんな)、022貴様(きさま)は何処(いづこ)の者(もの)だ。023白状(はくじやう)いたせ』
024女(お勝)『妾(わたし)は都(みやこ)の者(もの)で御座(ござ)います』
025甲『馬鹿(ばか)を言(い)ふな。026此(この)黒(くろ)い目(め)でチヨツと睨(にら)んだら間違(まちがひ)はないぞ。027貴様(きさま)は田舎(ゐなか)の女(をんな)であらうがな』
028女(お勝)『それを尋(たづ)ねてどうなさいますか』
029乙『必要(ひつえう)があつて尋(たづ)ねるのだ。030綺麗(きれい)サツパリと白状(はくじやう)致(いた)して了(しま)へ』
031女(お勝)『妾(わたし)は浪速(なには)の都(みやこ)に生(うま)れた者(もの)で御座(ござ)います。032父(ちち)もなければ、033母(はは)もなし、034兄弟姉妹(きやうだい)もなき憐(あは)れな独身者(ひとりもの)、035此(この)山奥(やまおく)に紛(まぎ)れ込(こ)み、036あなた方(がた)に捉(とら)へられたので御座(ござ)いますが、037何一(なにひと)つ悪(わる)い事(こと)は致(いた)した覚(おぼ)えがありませぬ。038どうぞ見遁(みのが)して下(くだ)さいませ』
039乙『貴様(きさま)はアルプス教(けう)の重要(ぢうえう)書類(しよるゐ)を手(て)に入(い)れた奴(やつ)の女房(にようばう)に間違(まちが)ひない。040サア有体(ありてい)に汝(きさま)が夫(をつと)の所在(ありか)及(および)書類(しよるゐ)の所在(ありか)を白状(はくじやう)致(いた)せ』
041女(お勝)『何(なに)かと思(おも)へば、042思(おも)ひも掛(か)けぬ妙(めう)な御(お)尋(たづ)ね、043左様(さやう)な事(こと)は今(いま)が聞始(ききはじ)めで御座(ござ)いますワ』
044甲『汝(きさま)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)の……名(な)は忘(わす)れたが……女房(にようばう)であらう』
045女(お勝)『イエイエ決(けつ)して決(けつ)して、046左様(さやう)の者(もの)では御座(ござ)いませぬ』
047乙『度渋(どしぶ)とい、048白々(しらじら)しい女(をんな)だ。049仮令(たとへ)水責(みづぜ)め火責(ひぜ)めに遇(あ)はしても、050白状(はくじやう)させねば置(お)くものか』
051女(お勝)『何(なん)と仰有(おつしや)りましても、052知(し)らぬ事(こと)は何処迄(どこまで)も知(し)りませぬ』
053甲『此奴(こいつ)ア、054一通(ひととほ)りでは吐(ぬか)すまい……オイ皆(みな)の奴(やつ)、055真裸(まつぱだか)にして面白(おもしろ)い芸当(げいたう)をやらしてやらうぢやないか』
056一同『よからう よからう』
057と一同(いちどう)は泣(な)きひしる女(をんな)を真裸(まつぱだか)になし、
058甲『サア女(をんな)、059ワンと言(い)へ、060吐(ぬか)さな、061此(この)かつ杭(くひ)が貴様(きさま)の頭(あたま)にお見舞(みまひ)申(まを)すぞ』
062女(お勝)『何(なん)と仰有(おつしや)つても、063人間(にんげん)が畜生(ちくしやう)の真似(まね)は出来(でき)ませぬワ』
064甲『出来(でき)なくば白状(はくじやう)致(いた)すのだ。065……サア、066ワンと申(まを)せ』
067 一同(いちどう)声(こゑ)を揃(そろ)へて、
068一同『ワツハヽヽヽ………』
069と笑(わら)ふ。070忽(たちま)ち傍(かた)への木(き)の小蔭(こかげ)より、
071(杢助)『ヤアヤア アルプス教(けう)の悪魔(あくま)共(ども)、072よつく聞(き)け。073某(それがし)こそは、074湯谷(ゆや)ケ岳(だけ)の麓(ふもと)に於(おい)て英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)と聞(きこ)えたる、075木挽(こびき)の杢助(もくすけ)、076本名(ほんみやう)は時置師(ときおかしの)神(かみ)だ。077一(いち)時(じ)も早(はや)く前非(ぜんぴ)を悔(く)い、078其(その)女(をんな)に衣服(いふく)を着(き)せ、079汝(なんぢ)等(ら)は真裸(まつぱだか)となつて四(よ)つ這(ばひ)になり、080ワンワンと吠(ほ)えよ。081違背(ゐはい)に及(およ)ばば此(この)杢助(もくすけ)が片端(かたつぱし)から汝(なんぢ)等(ら)が素首(そつくび)を捻切(ねぢき)つてやるぞ』
082甲『オイ偉(えら)い奴(やつ)が斯(こ)んな所(ところ)までやつて来(き)やがつたぢやないか。083真裸(まつぱだか)になつて四(よ)つ這(ばい)になるのは残念(ざんねん)だし、084どうしようかなア』
085乙『サア、086逃(に)げろ逃(に)げろ』
087杢助『コレヤ者共(ものども)、088逃(に)げようといつても、089逃(にが)しはせぬぞ。090逃(に)げるなら逃(に)げて見(み)よ。091四方(しはう)八方(はつぱう)に味方(みかた)の強者(つはもの)を取巻(とりま)かせ置(お)いたれば、092一寸(いつすん)でも此(この)場(ば)を動(うご)くが最後(さいご)、093汝(なんぢ)の身体(しんたい)は木端(こつぱ)微塵(みぢん)だ。094それでも構(かま)はねば、095どちらへなりと勝手(かつて)に走(はし)れ』
096甲『オイ皆(みな)の奴(やつ)、097どうしようかなア』
098乙『何(なん)と云(い)つても生命(いのち)が大事(だいじ)だ。099裸(はだか)になつて、100また着物(きもの)を着(き)れば良(い)いぢやないか。101仮令(たとへ)ワンワンと言(い)つた所(ところ)で、102其(その)儘(まま)犬(いぬ)になつて了(しま)ふのでもなし、103此処(ここ)は一(ひと)つ安全策(あんぜんさく)に、104御(ご)註文(ちゆうもん)通(どほ)り真裸(まつぱだか)となり、105ワンと一声(ひとこゑ)吠(ほ)えて見(み)ようぢやないか』
106丙『此(この)寒(さむ)いのに真裸(まつぱだか)になつたら、107震(ふる)ひあがるぢやないか』
108杢助『貴様(きさま)が寒(さむ)いのも、109此(この)女(をんな)が寒(さむ)いのも同(おな)じ事(こと)だ。110早(はや)く女(をんな)に着物(きもの)をお着(き)せ申(まを)せ。111愚図(ぐづ)々々(ぐづ)致(いた)すと、112杢助(もくすけ)が汝(なんぢ)の雁首(がんくび)を引抜(ひきぬ)かうか』
113(丙?)『マアマアマア杢助(もくすけ)さん、114貴方(あなた)の御(ご)芳名(はうめい)は此(この)辺(へん)で知(し)らない者(もの)はありませぬ。115お偉(えら)い方(かた)と云(い)ふ事(こと)は、116我々(われわれ)仲間(なかま)もよく知(し)つて居(を)ります。117どうぞ待(ま)つて下(くだ)さいませ』
118杢助『早(はや)く着物(きもの)を着(き)せないか』
119甲『ハイ、120コラコラ皆(みな)の奴(やつ)、121着物(きもの)を持(も)つて来(こ)い。122此(この)御(ご)婦人(ふじん)に鄭重(ていちよう)に着(き)せるのだ』
123 丙(へい)は恐(おそ)る恐(おそ)る着物(きもの)を持(も)つて、124コハゴハ女(をんな)の後(うしろ)に寄(よ)り来(きた)り、125一間(いつけん)程(ほど)の距離(きより)から、126女(をんな)の背中(せなか)を目(め)がけてポイと放(ほ)り、127二三間(にさんげん)後(あと)ずさりし、128木(き)の株(かぶ)に躓(つまづ)いてドスンと尻餅(しりもち)をつき、129「アイタヽヽ」と顔(かほ)をしかめて居(ゐ)る。130女(をんな)は早速(さつそく)其(その)着物(きもの)を着(つ)け、
131女(お勝)『何(いづ)れの方(かた)か存(ぞん)じませぬが、132危急(ききふ)の場合(ばあひ)、133ようお助(たす)け下(くだ)さいました』
134杢助『其(その)御(お)礼(れい)には及(およ)びませぬ。135……ヤイヤイ皆(みな)の奴(やつ)、136そこに真裸(まつぱだか)となつて這(は)はないか。137早(はや)く這(は)はぬと首(くび)を引抜(ひきぬ)くぞ』
138 一同(いちどう)はブツブツ小声(こごゑ)に呟(つぶや)き乍(なが)ら、139真裸(まつぱだか)の儘(まま)、140蛙突這(かへるつくばひ)になつて慄(ふる)うて居(ゐ)る。
141杢助『コレコレお女中(ぢよちう)、142其(その)着物(きもの)をお前(まへ)さまは御(ご)苦労(くらう)だが、143一々(いちいち)畳(たた)んで始末(しまつ)をつけて下(くだ)さい。144さうして一所(ひととこ)へ集(あつ)め、145帯(おび)でグツと括(くく)り、146此(この)杢助(もくすけ)が担(かつ)いで津田(つだ)の湖(うみ)へ、147ドンブリと放(ほ)り込(こ)んで了(しま)ふ考(かんが)へだから……』
148甲『モシモシ此(この)寒(さむ)いのに着物(きもの)を取(と)られては、149息絶(いきつ)いて了(しま)ひます。150どうぞ着物(きもの)だけは赦(ゆる)して下(くだ)さい』
151杢助『ヨシ、152それなら着物(きもの)は其(その)儘(まま)にして置(お)かう。153俺(おれ)も泥棒(どろばう)になつたと云(い)はれては末代(まつだい)の恥(はぢ)だから……、154併(しか)し此(この)杢助(もくすけ)は一度(いちど)言(い)ひ出(だ)したら後(あと)へは引(ひ)かぬ男(をとこ)だ。155サア、156一度(いちど)にワンと言(い)へ』
157 一同(いちどう)は顔(かほ)を見合(みあは)せ乍(なが)ら、158小(ちひ)さい声(こゑ)で、
159甲乙丙『イイ……ワン』
160と吠(ほ)える。
161杢助『コレヤコレヤ貴様(きさま)、162ワンの前(まへ)に何(なん)だか付(つ)いて居(ゐ)たぢやないか』
163甲『ハイ……イウイウ……幽霊(いうれい)が付(つ)いて居(を)りました』
164杢助『貴様(きさま)は……ワンと云(い)ひ乍(なが)ら……イワンと吐(ぬか)すのか。165どこまでも負惜(まけをし)みの強(つよ)い奴(やつ)だな。166マア一時(ひととき)ばかり……ワンは是(こ)れ限(ぎ)りで堪(こら)へてやる、167其(その)代(かは)りに赤裸(はだか)で辛抱(しんばう)致(いた)せ。168何程(なにほど)寒(さむ)くても此(この)杢助(もくすけ)はカマワンぢや、169アハヽヽヽ。170モシモシお女中(ぢよちう)さま、171お前(まへ)さまは何処(どこ)のお方(かた)だ』
172女(お勝)『ハイ、173妾(わたし)は宇都山(うづやま)村(むら)の者(もの)で御座(ござ)います。174老人(としより)が急病(きふびやう)で困(こま)つて居(を)りますので、175我(わが)夫(をつと)の玉治別(たまはるわけ)に知(し)らさうと思(おも)ひ、176聖地(せいち)へ参(まゐ)つて承(うけたま)はれば、177高春山(たかはるやま)の言霊戦(ことたません)に出陣(しゆつぢん)したとやら、178旦夕(たんせき)に迫(せま)る父(ちち)の生命(いのち)、179一(いち)時(じ)も早(はや)く妾(わたし)も女(をんな)の身(み)なれども、180高春山(たかはるやま)の言向(ことむ)け戦(せん)に御(お)加勢(かせい)をなし、181父(ちち)の生存中(せいぞんちゆう)に夫(をつと)に会(あ)はせたいばつかりにやつて来(き)ました』
182杢助『何(なに)、183玉治別(たまはるわけ)の宣伝使(せんでんし)が貴女(あなた)の夫(をつと)とな。184コレコレ玉治別(たまはるわけ)さま、185奥(おく)さまがお見(み)えになつて居(ゐ)ます。186なぜ御(ご)挨拶(あいさつ)をなさいませぬか』
187玉治別『私(わたし)は高春山(たかはるやま)の言霊戦(ことたません)が済(す)みますまで、188女(をんな)を連(つ)れる事(こと)は出来(でき)ませぬ。189断(だん)じて私(わたし)の女房(にようばう)ではありますまい』
190杢助『それでも今(いま)本人(ほんにん)がさう仰有(おつしや)つたではありませぬか』
191玉治別『ヤアそれなる女(をんな)、192我(わが)女房(にようばう)の名(な)を詐(いつは)り──不届(ふとどき)至極(しごく)な奴(やつ)、193我(わが)女房(にようばう)は女々(めめ)しくも神業(しんげふ)のため出陣(しゆつぢん)したる夫(をつと)の後(あと)を追(お)ふ如(ごと)き狼狽者(うろたへもの)ではない。194仮令(たとへ)親(おや)の急病(きふびやう)なればとて、195公私(こうし)を混同(こんどう)し、196夫(をつと)の大事(だいじ)を誤(あやま)らしむる如(ごと)き馬鹿(ばか)な女房(にようばう)は持(も)たない。197何(いづ)れの女(をんな)か知(し)らねども一刻(いつこく)も早(はや)く此(この)場(ば)を立去(たちさ)れ』
198 お勝(かつ)は涙(なみだ)を揮(ふる)ひ、
199お勝『あなたの御(ご)心中(しんちう)……イヤお言葉(ことば)はよく分(わか)りました。200決(けつ)して妾(わたし)は玉治別(たまはるわけ)宣伝使(せんでんし)の女房(にようばう)では御座(ござ)いませぬ』
201杢助『不届(ふとど)きな女(をんな)共(ども)奴(め)、202我々(われわれ)男子(だんし)を誑(たば)かるとは何事(なにごと)ぞ。203…コレコレ玉治別(たまはるわけ)さま、204一(ひと)つ懲(こ)らしめておやりなさい』
205 玉治別(たまはるわけ)は熱涙(ねつるゐ)を呑(の)み乍(なが)ら、206お勝(かつ)の前(まへ)に進(すす)み寄(よ)り、
207玉治別『不届(ふとど)き至極(しごく)の女(をんな)奴(め)、208汝(なんぢ)は真裸(まつぱだか)にして河(かは)に投(な)げ込(こ)んでも、209尚(なほ)足(た)らぬ不届(ふとどき)な奴(やつ)なれど、210今日(けふ)は差赦(さしゆる)して遣(つか)はす。211サア早(はや)く此(この)場(ば)を立去(たちさ)れ。212玉治別(たまはるわけ)の女房(にようばう)は決(けつ)してそんな未練(みれん)な訳(わけ)の分(わか)らぬ者(もの)ではないぞ。213アハヽヽヽ、214杢助(もくすけ)さま、215妙(めう)な奴(やつ)もあるものですな』
216杢助『それなる女(をんな)、217汝(なんぢ)も必(かなら)ず夫(をつと)があるであらう。218夫(をつと)の名誉(めいよ)を毀損(きそん)する様(やう)な行状(ぎやうじやう)は決(けつ)して致(いた)すでないぞや。219又(また)汝(なんぢ)夫(をつと)ありとせば、220必(かなら)ず夫(をつと)の無情(むじやう)を恨(うら)んではならぬぞや』
221 お勝(かつ)は涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ひ乍(なが)ら、
222お勝『ハイ妾(わたし)は御存(ごぞん)じの通(とほ)りの狼狽(うろた)へた女(をんな)で御座(ござ)います。223まだ幸(さいはひ)に夫(をつと)は持(も)ちませぬ。224併(しか)し乍(なが)ら、225若(も)し霊魂(れいこん)上(じやう)の夫(をつと)がありとすれば、226如何(いか)なる無情(むじやう)な仕打(しうち)をなされましても決(けつ)して恨(うら)みとは存(ぞん)じませぬ。227女(をんな)のはしたない心(こころ)から、228皆様(みなさま)に御(ご)心配(しんぱい)をかける様(やう)な事(こと)は慎(つつし)みます。229これから妾(わたし)も国(くに)へ帰(かへ)りますから、230皆様(みなさま)御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
231玉治別『道中(だうちう)は小盗人(こぬすと)が往来(わうらい)致(いた)して居(を)るから、232神言(かみごと)を奏上(そうじやう)し、233随分(ずゐぶん)気(き)を付(つ)けて帰(かへ)つたがよからうぞ』
234お勝『ハイハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います。235あなたの御(ご)親切(しんせつ)なお言葉(ことば)はどこまでも忘(わす)れませぬ。236左様(さやう)なれば不束者(ふつつかもの)の女(をんな)、237これでお別(わか)れ致(いた)します。238随分(ずゐぶん)皆様(みなさま)、239気(き)を付(つ)けてお出(い)でなさいませ。240御(ご)成功(せいこう)を待(ま)つて居(を)ります』
241杢助『ヤア御(お)女中(ぢよちう)、242御(ご)心底(しんてい)は御(お)察(さつ)し申(まを)す。243此(この)杢助(もくすけ)だとて、244血(ち)もあれば涙(なみだ)もある。245今(いま)は何(なに)も言(い)はぬが花(はな)、246又(また)お目(め)にかかる事(こと)がありませう』
247お勝『ハイハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います』
248とシホシホとして足早(あしばや)に後(あと)振(ふ)り返(かへ)り、249振(ふ)り返(かへ)り、250月夜(つきよ)の木蔭(こかげ)に消(き)えて了(しま)つた。
251杢助『玉治別(たまはるわけ)さま、252妙(めう)な事(こと)に出会(でつくは)したものですなア。253随分(ずゐぶん)神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)をして居(を)ると、254局面(きよくめん)が忽(たちま)ち一変(いつぺん)し、255愉快(ゆくわい)な事(こと)があつたり、256辛(つら)い事(こと)があつたり、257イヤもう大変(たいへん)に結構(けつこう)な御(ご)神徳(しんとく)を頂(いただ)きました。258あなたも定(さだ)めて御(ご)修行(しうぎやう)が出来(でき)たでせう』
259玉治別『ハイ有難(ありがた)う。260千万(せんばん)無量(むりやう)の思(おも)ひ……否(いな)御(ご)神徳(しんとく)を頂(いただ)きました』
261お初『サアサア小父(をぢ)さま、262お父(とう)さま、263ボツボツ参(まゐ)りませう』
264 杢助(もくすけ)は負(お)うた子(こ)に教(をし)へられ、265浅瀬(あさせ)を渡(わた)る心地(ここち)にて、266森林(しんりん)の中(なか)を山上(さんじやう)目(め)がけてスタスタと登(のぼ)り行(ゆ)く。267玉治別(たまはるわけ)は時々(ときどき)太(ふと)き息(いき)をつき乍(なが)ら、268ワザと元気(げんき)を装(よそほ)ひ、269後(あと)に従(つ)いて行(ゆ)く。
270 お勝(かつ)は道々(みちみち)小声(こごゑ)に歌(うた)ひ乍(なが)ら、271足(あし)を早(はや)めて帰路(きろ)に就(つ)いた。
272お勝『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
273善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわけ)る
274三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
275玉治別(たまはるわけ)と現(あら)はれて
276言依別(ことよりわけ)の神言(かみごと)を
277畏(かしこ)みまつり三人(みたり)連(づ)れ
278高春山(たかはるやま)に潔(いさぎよ)く
279出(い)でます後(あと)に悲(かな)しくも
280力(ちから)と思(おも)ふ父上(ちちうへ)は
281俄(にはか)の病(やまひ)に臥(ふ)し給(たま)ひ
282命(めい)旦夕(たんせき)に迫(せま)り来(く)る
283天(あめ)の真浦(まうら)の宣伝使(せんでんし)
284兄(あに)の命(みこと)はましませど
285義理(ぎり)の中(なか)なる弟(おとうと)の
286玉治別(たまはるわけ)のわが夫(をつと)
287父(ちち)の死(し)に目(め)に会(あ)はずして
288空(むな)しく帰(かへ)り給(たま)ひなば
289何(なん)とて道(みち)に叶(かな)ふべき
290神(かみ)を敬(ゐやま)ひわが親(おや)に
291孝養(かうやう)尽(つく)すは子(こ)たる身(み)の
292務(つと)めと固(かた)く聞(き)くからは
293女房(にようばう)の身(み)として棄(す)てらりよか
294兄(あに)の命(みこと)に許(ゆる)されて
295父(ちち)の病気(びやうき)を救(すく)はむと
296聖地(せいち)に参(まゐ)り真心(まごころ)を
297籠(こ)めて恢復(くわいふく)祈(いの)りつつ
298心(こころ)の闇(やみ)に包(つつ)まれて
299遠(とほ)き路(みち)をばスタスタと
300玉治別(たまはるわけ)や国依別(くによりわけ)の
301悲(かな)しき仲(なか)の兄弟(きやうだい)に
302父(ちち)の様子(やうす)を知(し)らさむと
303来(きた)りて見(み)ればアルプスの
304神(かみ)の教(をしへ)の手下(てした)共(ども)
305われを捉(とら)へて難題(なんだい)を
306吹(ふ)きかけ来(きた)る恐(おそ)ろしさ
307わが身(み)危(あや)ふくなりし時(とき)
308忽(たちま)ち木蔭(こかげ)に人(ひと)の声(こゑ)
309杢助(もくすけ)さまとか云(い)ふ人(ひと)が
310現(あら)はれ給(たま)ひて悪者(わるもの)を
311追(お)ひ退(しりぞ)けて下(くだ)さつた
312あゝ有難(ありがた)し有難(ありがた)し
313神(かみ)は妾(わたし)をどこまでも
314労(いた)はりますか尊(たふと)やと
315涙(なみだ)に咽(むせ)ぶ折(をり)も折(をり)
316夫(をつと)の声(こゑ)によく似(に)たる
317其(その)言霊(ことたま)に胸(むね)躍(をど)り
318飛(と)び付(つ)きたくは思(おも)へども
319悪魔(あくま)の征途(せいと)に上(のぼ)りたる
320玉治別(たまはるわけ)はどこまでも
321妻(つま)ではないとしらばくれ
322千万(せんまん)無量(むりやう)の悲(かな)しみを
323心(こころ)に包(つつ)み玉(たま)ひつつ
324事理(じり)明白(めいはく)な御(おん)教(をしへ)
325世間(せけん)の義理(ぎり)にからまれて
326不覚(ふかく)を取(と)りし妾(われ)こそは
327実(げ)に浅(あさ)ましき心(こころ)かな
328あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
329御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
330迷(まよ)ひ果(は)てたるわが心(こころ)
331直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し
332宣(の)り直(なほ)しませ三五(あななひ)の
333教(をしへ)の道(みち)の大御神(おほみかみ)
334妾(わたし)は是(これ)より本国(ほんごく)へ
335夜(よ)を日(ひ)に継(つ)いで立帰(たちかへ)り
336父(ちち)の看護(かんご)を余念(よねん)なく
337国依別(くによりわけ)のわが兄(あに)や
338玉治別(たまはるわけ)のわが夫(つま)に
339代(かは)りて孝養(かうやう)尽(つく)します
340何卒(なにとぞ)許(ゆる)させ賜(たま)へかし
341女心(をんなごころ)のはしたなき
342今(いま)の仕業(しわざ)を大神(おほかみ)の
343広(ひろ)き心(こころ)に見直(みなほ)して
344迷(まよ)ひの罪(つみ)を赦(ゆる)せかし
345仮令(たとへ)天地(てんち)は変(かは)るとも
346妾(わたし)の心(こころ)は何時(いつ)までも
347今(いま)賜(たま)はりし御教(みをしへ)を
348胆(きも)に銘(めい)じて忘(わす)れまじ
349神(かみ)の隈手(くまで)も恙(つつが)なく
350早(はや)く帰(かへ)らせ玉(たま)へかし
351あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
352御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
353と樹木(じゆもく)鬱蒼(うつさう)たる猛獣(まうじう)の猛(たけ)り狂(くる)ふ山路(やまみち)を、354一人(ひとり)スタスタ帰(かへ)り行(ゆ)く。
355 お勝(かつ)は武志(たけし)の宮(みや)の社務所(ながどこ)に漸(やうや)く帰(かへ)り着(つ)いた。356不思議(ふしぎ)や父(ちち)の松鷹彦(まつたかひこ)は、357今日(けふ)は何時(いつ)もよりは気分(きぶん)も好(よ)しとて、358庭先(にはさき)の枝振(えだぶ)りの良(よ)い松(まつ)を眺(なが)めて、359天(あめ)の真浦(まうら)に介抱(かいほう)され乍(なが)ら、360嬉(うれ)しげにお勝(かつ)の帰(かへ)り来(きた)りし姿(すがた)を眺(なが)めて居(ゐ)た。
361(大正一一・五・二〇 旧四・二四 松村真澄録)
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