霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一六章 約束(やくそく)履行(りかう)〔六九〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第21巻 如意宝珠 申の巻 篇:第4篇 反復無常 よみ(新仮名遣い):はんぷくむじょう
章:第16章 約束履行 よみ(新仮名遣い):やくそくりこう 通し章番号:690
口述日:1922(大正11)年05月21日(旧04月25日) 口述場所: 筆録者:外山豊二 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年4月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
杢助・お初、玉治別は高春山の中腹・天の森についた。ここで竜国別、国依別と落ち合う手はずになっていたため、三人は待っていたが、なかなか竜国別、国依別はやってこない。
玉治別はしきりに、二人が女難の相が出ていることを心配している。そこへ竜国別が登って来て合流した。
玉治別は竜国別の額に傷があることを見とがめ、わけを尋ねるが、竜国別は約束だから話すことはできない、と言って傷の由来を隠そうとする。
しかし杢助はその傷の様子から、大谷山の鬼娘に血を吸われたことを見通してしまう。竜国別は仕方なく、鬼娘のお光と邂逅した有様を白状した。
すると早速黒雲を起こして鬼娘がやってきた。竜国別は隠れて杢助が鬼娘の相手をする。鬼娘は竜国別を渡せとわめくが、杢助の楯にして竜国別は、約束は履行しないと宣言する。
鬼娘は悔しがって、杢助がいないときに竜国別を襲ってやると言う。しかしそのとき、お初が鬼娘を呼んで、自分を覚えているか、と話しかけた。
鬼娘はお初の顔を見ると、一声叫んで白煙となって消滅してしまった。あたりを包んでいた黒雲は吹き払われてしまった。杢助はこれで鬼娘も成仏したと言って、竜国別を安堵させた。
そこへ国依別が男たちを引き連れて登って来た。国依別はいきさつを一行に語る。するとお初が突然、作戦を申し伝える、と荘重な声で呼ばわった。宣伝使たち四人はハイと答えて大地に平伏し、お初の宣旨を待った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-05-02 02:27:11 文字数:5265 OBC :rm2116
愛善世界社版:263頁 八幡書店版:第4輯 361頁 修補版: 校定版:272頁 普及版:119頁 初版: ページ備考:
001 高春山(たかはるやま)の中腹(ちうふく)なる天(あめ)の森(もり)の祠(ほこら)の傍(かたはら)に漸(やうや)う登(のぼ)り着(つ)いた玉治別(たまはるわけ)、002杢助(もくすけ)、003お初(はつ)の三(さん)人(にん)は、004周囲(しうゐ)に碁列(ごれつ)せる平岩(ひらいは)に脚(あし)を休(やす)め乍(なが)ら、005ひそひそ話(はなし)に耽(ふけ)る。
006玉治別(たまはるわけ)『此処(ここ)へ着(つ)いてから殆(ほとん)ど二時(ふたとき)ばかりになるが、007まだ竜国別(たつくにわけ)も見(み)えず、008国依別(くによりわけ)も顔(かほ)を見(み)せないが一体(いつたい)如何(どう)したものだらうなア。009先(さき)へ行(い)つて居(ゐ)る気遣(きづか)ひは無(な)い筈(はず)だ。010此(こ)の森(もり)に落(お)ち合(あ)ひ、011一団(いちだん)となつて上(のぼ)ると云(い)ふ計画(けいくわく)だから、012マサカ約束(やくそく)を無視(むし)して一人(ひとり)上(のぼ)る筈(はず)もなからう。013アヽ遅(おそ)いことだワイ』
014杢助(もくすけ)『ナニ心配(しんぱい)は要(い)りませぬよ、015軈(やが)て見(み)えませう。016噂(うはさ)をすれば影(かげ)とやら、017其(そ)の人(ひと)のことを云(い)つてをると、018ツイ来(く)るものだ。019軈(やが)て堂々(だうだう)と登(のぼ)つて来(こ)られるでせう』
020玉治別(たまはるわけ)『あの国依別(くによりわけ)にしても、021竜国別(たつくにわけ)にしても随分(ずゐぶん)女難(ぢよなん)の相(さう)があるから、022途中(とちう)で魔性(ましやう)の女(をんな)にチヨロ魔化(まくわ)されて、023肝腎(かんじん)の御(ご)神業(しんげふ)を忘却(ばうきやく)して居(を)るのではあるまいかなア』
024杢助(もくすけ)『決(けつ)して決(けつ)して左様(さやう)な御(ご)心配(しんぱい)は要(い)りますまい。025津田(つだ)の湖辺(こへん)で別(わか)れた時(とき)には、026余程(よほど)の堅(かた)い決心(けつしん)の色(いろ)が見(み)えて居(ゐ)ましたよ。027女(をんな)に対(たい)しては何(なん)の交渉(かうせふ)もありますまい。028枯木(こぼく)寒巌(かんがん)に倚(よ)る三冬(さんとう)暖気(だんき)無(な)し程(てい)の堅家(かたや)だから、029屹度(きつと)女(をんな)なんかに目(め)をくれるやうな人物(じんぶつ)とは認(みと)められませぬワ』
030玉治別(たまはるわけ)『イヤ余(あま)り安心(あんしん)は出来(でき)ますまい。031何分(なにぶん)元(もと)が元(もと)ですから、032随分(ずゐぶん)若(わか)い時(とき)は発展(はつてん)したものです。033大勢(おほぜい)の前(まへ)では石部(いしべ)金吉(きんきち)、034金兜(かなかぶと)、035梃子(てこ)でも棒(ぼう)でも、036女(をんな)位(くらゐ)に動(うご)かない堅造(かたざう)のやうに見(み)えて居(を)つても、037心(こころ)の中(なか)の情火(じやうくわ)と云(い)ふ曲者(くせもの)が煙(けむり)を噴出(ふきだ)すと、038ツイその煤煙(ばいえん)に包(つつ)まれて目(め)が眩(くら)み途方(とつけ)も無(な)い所(ところ)へ脱線(だつせん)する虞(おそれ)のある代物(しろもの)です。039教主(けうしゆ)言依別(ことよりわけの)命(みこと)様(さま)は彼(かれ)等(ら)が心情(しんじやう)を御(ご)洞察(どうさつ)遊(あそ)ばして、040出立(しゆつたつ)の際(さい)にも、041決(けつ)して女(をんな)にかかり合(あ)つてはいけない、042今度(こんど)の言霊戦(ことたません)は汝(なんぢ)等(ら)宣伝使(せんでんし)の試練(しれん)だと仰有(おつしや)つた位(くらゐ)ですから、043実(じつ)に心許(こころもと)ない代物(しろもの)ですよ。044鬼(おに)でも閻魔(えんま)でも美人(びじん)の顔(かほ)を見(み)て怒(おこ)る気遣(きづか)ひはない。045況(いは)んや人間(にんげん)に於(おい)てをや。046何(なん)と云(い)つても今迄(いままで)の経歴(けいれき)が経歴(けいれき)ですからなア』
047杢助(もくすけ)『此(こ)の連山(れんざん)重畳(ちようでふ)たる山道(やまみち)に、048そんな女(をんな)が迂路(うろ)ついて居(ゐ)る気遣(きづか)ひはありますまい。049生物(いきもの)と云(い)つたら猪(しし)、050狼(おほかみ)、051蛇(へび)、052狐(きつね)、053狸(たぬき)位(くらゐ)なものでせう。054人間(にんげん)と言(い)へばアルプス教(けう)の連中(れんちう)が徘徊(はいくわい)してゐる位(くらゐ)なもの、055私(わたし)は女(をんな)よりも案(あん)じるのは、056アルプス教(けう)の集団(しふだん)に出会(でつくは)し苦戦(くせん)に苦戦(くせん)を重(かさ)ね、057其(そ)の為(ため)に時間(じかん)を費(つひ)やして居(ゐ)られるのではあるまいかと思(おも)ひます。058大谷山(おほたにやま)も随分(ずゐぶん)魔神(まがみ)の多(おほ)い所(ところ)、059六甲山(ろくかふざん)も時々(ときどき)テーリスタンが部下(ぶか)を率(ひき)ゐて構(かま)へて居(を)る地点(ちてん)ですから、060それ等(ら)に対手(あひて)になつてゐるかも知(し)れますまい。061昨夜(さくや)の女(をんな)を虐(いぢ)めたやうに、062あの通(とほ)り沢山(たくさん)な奴(やつ)が徘徊(はいくわい)して居(を)るのですから、063随分(ずゐぶん)に苦戦(くせん)をやつてゐられるのでせうよ』
064玉治別(たまはるわけ)『それはさうと、065あの秘密(ひみつ)書類(しよるゐ)に依(よ)つて敵(てき)の配置(はいち)を覚(さと)り、066間道(かんだう)ばかり進(すす)んで来(く)る筈(はず)だから、067滅多(めつた)に敵(てき)に出会(でつくは)す筈(はず)はなからうと思(おも)はれます』
068杢助(もくすけ)『さうだとすれば随分(ずゐぶん)暇(ひま)の要(い)ることだなア。069併(しか)し此方(こちら)は船(ふね)に乗(の)つて真直(まつすぐ)に来(き)たのだから、070余程(よほど)早(はや)いのは道理(だうり)だ。071二時(ふたとき)や、072三時(みとき)遅(おく)れたつて寧(むしろ)当然(たうぜん)かも知(し)れますまい』
073玉治別(たまはるわけ)『我々(われわれ)は湖上(こじやう)に於(おい)ていろいろと時間(ひま)をとりましたから、074平均(へいきん)すれば向方(むかふ)の方(はう)が早(はや)く此処(ここ)へ到着(たうちやく)してゐなければならないのですワ』
075 斯(かか)る処(ところ)へ蓑笠(みのかさ)の影(かげ)、076霧(きり)の中(なか)よりポコポコと浮(う)き上(あが)り登(のぼ)り来(きた)る。
077杢助(もくすけ)『アー誰(たれ)か登(のぼ)つて来(き)ましたよ。078大方(おほかた)竜国別(たつくにわけ)様(さま)でせう』
079 玉治別(たまはるわけ)は首(くび)を伸(の)ばして見(み)つめてゐる。080追々(おひおひ)近寄(ちかよ)つて来(く)る一人(ひとり)の男(をとこ)。
081竜国別(たつくにわけ)『アヽ長(なが)らく待(ま)たしたでせう。082思(おも)ひの外(ほか)嶮(けは)しい山坂(やまさか)、083それにいろいろの道草(みちぐさ)を喰(く)つて居(ゐ)たものですから、084ツイ遅(おく)れました』
085玉治別(たまはるわけ)『ヤア結構(けつこう)々々(けつこう)、086又(また)谷底(たにそこ)へでも沈澱(ちんでん)したのぢやなからうかと、087実(じつ)は心配(しんぱい)して居(ゐ)ました』
088竜国別(たつくにわけ)『国依別(くによりわけ)さまはまだお見(み)えになりませぬか』
089玉治別(たまはるわけ)『まだ見(み)えませぬワ、090如何(どう)したのでせう』
091竜国別(たつくにわけ)『中々(なかなか)予定通(よていどほ)りには進(すす)めないものでしてなア。092私(わたし)も大変(たいへん)な面白(おもしろ)いことに出会(であ)つて来(き)ましたよ』
093と笠(かさ)を脱(ぬ)ぐ。094見(み)れば額(ひたひ)を石(いし)で割(わ)られた傷(きず)、
095玉治別(たまはるわけ)『ヤア貴方(あなた)の額(ひたひ)は如何(どう)なさつた。096大変(たいへん)な傷(きず)ぢやありませぬか』
097竜国別(たつくにわけ)『石(いし)に躓(つまづ)き倒(こ)けた途端(とたん)に、098額(ひたひ)を打(う)ちました』
099玉治別(たまはるわけ)『それは又(また)妙(めう)ぢやなア。100一割(いちわり)高(たか)い鼻(はな)を打(う)ちさうなものだのに、101如何(どう)して又(また)その額(ひたひ)を打(う)たれたのでせう』
102竜国別(たつくにわけ)『アヽこれは一寸(ちよつと)訳(わけ)があつて、103明白(めいはく)に申上(まをしあ)げ兼(か)ねます。104どうぞ此(こ)の事(こと)だけは堅(かた)い約束(やくそく)がしてあるのだから、105聞(き)いて下(くだ)さいますな』
106玉治別(たまはるわけ)『約束(やくそく)ぢやありますまい。107貴方(あなた)はアルプス教(けう)の部下(ぶか)に取(と)り巻(ま)かれ、108頭(あたま)をこつかれたのでせう。109折角(せつかく)三(さん)人(にん)揃(そろ)つて、110無疵(むきず)で、111天晴(あつぱれ)勝利(しようり)を得(え)て帰(かへ)らうと思(おも)つて居(ゐ)るのに、112負傷者(ふしやうしや)を出(だ)したと云(い)ふことは実(じつ)に残念(ざんねん)だ』
113竜国別(たつくにわけ)『イエイエ アルプス教(けう)の連中(れんちう)には、114一人(ひとり)も逢(あ)うたことが御座(ござ)いませぬ。115道中(だうちう)は至極(しごく)無事(ぶじ)平穏(へいおん)でした』
116玉治別(たまはるわけ)『無事(ぶじ)平穏(へいおん)の途中(とちう)に其(そ)の傷(きず)は又(また)如何(どう)なさつたのだ。117吾々(われわれ)は親子(おやこ)兄弟(きやうだい)よりも親密(しんみつ)にして居(ゐ)る仲(なか)、118何故(なぜ)御(お)隠(かく)しなさるか』
119竜国別(たつくにわけ)『何(ど)うしても斯(か)うしても秘密(ひみつ)は秘密(ひみつ)です。120これ計(ばか)りは私(わたし)一生(いつしやう)の間(あひだ)云(い)ふことは出来(でき)ませぬ。121もしも半口(はんくち)でも言(い)はうものなら大変(たいへん)です。122やつて来(き)ますからなア』
123玉治別(たまはるわけ)『やつて来(く)るとは、124そりや又(また)何(なん)ですか。125世界(せかい)の鬼(おに)、126大蛇(をろち)、127悪狐(あくこ)、128醜女(しこめ)、129探女(さぐめ)を悉(ことごと)く言向(ことむ)け和(やは)さねばならぬ宣伝使(せんでんし)、130何(なに)がやつて来(き)たところで怖(おそ)ろしいものがある道理(だうり)はない。131怪体(けつたい)なことを仰有(おつしや)るのですな』
132竜国別(たつくにわけ)『これは誓約(うけひ)がしてありますから、133約束(やくそく)を破(やぶ)れば矢張(やつぱり)違約(ゐやく)の罪(つみ)になりますワ』
134玉治別(たまはるわけ)『ハヽヽヽヽ、135エライ惚気(のろけ)方(かた)だなア。136途中(とちう)に於(おい)て立派(りつぱ)なナイスに出会(でつくわ)し、137夫婦(ふうふ)の約束(やくそく)を結(むす)び、138女(をんな)の方(はう)からお前様(まへさま)の様(やう)な男(をとこ)らしい男(をとこ)、139鼻(はな)の高(たか)い方(かた)は他(ほか)の女(をんな)に惚(ほ)れられると困(こま)るから、140傷(きず)をつけて置(お)かうなんて、141ナイスに頭(あたま)を割(わ)らせ、142さうして夫婦(ふうふ)の誓約(うけひ)をしたのでせう。143その代(かは)り貴方(あなた)も女(をんな)の小指(こゆび)位(ぐらゐ)は預(あづ)かつたでせうなア』
144竜国別(たつくにわけ)『イヤもう迷惑(めいわく)千万(せんばん)、145ナイスと婚約(こんやく)を結(むす)ぶやうな、146そんな気楽(きらく)なことですかい。147大変(たいへん)な椿事(ちんじ)が突発(とつぱつ)したのですよ。148言(い)ひ度(た)いは山々(やまやま)なれど斯(こ)んなことを言(い)ふと、149鬼娘(おにむすめ)がやつて来(き)ますよ』
150杢助(もくすけ)『ハヽヽヽヽ、151大谷山(おほたにやま)の谷底(たにそこ)に巣(す)を構(かま)へて居(を)る鬼娘(おにむすめ)のお光(みつ)に逢(あ)うて、152血(ち)を吸(す)はれたのだなア』
153竜国別(たつくにわけ)『メヽヽ滅相(めつさう)な、154そんなものに逢(あ)うたことはありませぬワ』
155杢助(もくすけ)『貴方(あなた)は宣伝使(せんでんし)であり乍(なが)ら、156我々(われわれ)を偽(いつは)るのですか。157偽(いつは)りの罪(つみ)は随分(ずゐぶん)重(おも)いものですよ』
158竜国別(たつくにわけ)『約束(やくそく)を破(やぶ)つても罪(つみ)になる。159偽(いつは)つても罪(つみ)になる。160エー仕方(しかた)がない、161実(じつ)はお光(みつ)と云(い)ふ鬼娘(おにむすめ)に出会(でつくわ)し、162頭(あたま)をこづかれ、163血(ち)を二升(にしよう)許(ばか)り吸(す)ひとられ、164何処(どこ)ともなしに気分(きぶん)がサツパリとしました。165併(しか)し何(なん)となく意気(いき)沮喪(そさう)したやうな感(かん)じが致(いた)します。166千(せん)里(り)向(むか)ふでも私(わし)の耳(みみ)は聞(きこ)えるから、167人(ひと)に言(い)つたが最後(さいご)、168生命(いのち)を奪(と)ると云(い)ひました。169私(わたし)も男(をとこ)だから鬼娘(おにむすめ)の一人(ひとり)や二人(ふたり)は怖(おそ)れませぬが、170やつて来(き)たら何(なん)とかして下(くだ)さいますか』
171玉治別(たまはるわけ)『竜国別(たつくにわけ)さま、172御(ご)心配(しんぱい)なさいますな。173言霊(ことたま)を以(もつ)て忽(たちま)ち鬼娘(おにむすめ)を消滅(せうめつ)させて了(しま)ひますよ』
174杢助(もくすけ)『万一(まんいち)やつて来居(きを)つたなら、175此(こ)の杢助(もくすけ)が足(あし)で踏(ふ)み躙(にじ)り降参(かうさん)させて呉(く)れます。176御(ご)心配(しんぱい)なさるな』
177 斯(かか)る所(ところ)へ黒雲(くろくも)を起(おこ)し、178山麓(さんろく)より鬼娘(おにむすめ)、179面(かほ)ばかり現(あら)はし、180ヌーヌーと雲(くも)と共(とも)に上(あが)つて来(く)る。
181竜国別(たつくにわけ)『ヤアどうやら見覚(みおぼ)えのある鬼娘(おにむすめ)がやつて来(き)たやうだ。182モシ杢助(もくすけ)さま、183頼(たの)みますよ』
184杢助(もくすけ)『心配(しんぱい)なさるな。185貴方(あなた)は早(はや)く言霊戦(ことたません)を始(はじ)めなさい。186其(そ)の他(ほか)のことは、187みんな此(この)杢助(もくすけ)が御(お)引受(ひきう)け申(まを)す』
188と云(い)ふ折(をり)しも鬼娘(おにむすめ)はグワツと耳(みみ)迄(まで)引裂(ひきさ)けた口(くち)を開(ひら)き、189舌(した)をノロノロ出(だ)し乍(なが)ら、
190鬼娘(おにむすめ)『竜国別(たつくにわけ)の宣伝使(せんでんし)は、191此処(ここ)へ来(き)た筈(はず)だが、192何処(どこ)に居(を)るかな』
193杢助(もくすけ)『此処(ここ)に確(たし)かたつた一人(ひとり)居(ゐ)る。194さうして貴様(きさま)は竜国別(たつくにわけ)を探(さが)して何(なに)をする積(つも)りだ。195見(み)つともない。196小(ちつ)ぽけな角(つの)を生(は)やし、197大(おほ)きな口(くち)を開(あ)けてやつて来(き)たところで、198誰一人(たれひとり)貴様(きさま)に同情(どうじやう)するものはありやしないぞ。199あんまり馬鹿(ばか)にすな。200貴様(きさま)の顔(かほ)と相談(そうだん)して来(こ)い。201男(をとこ)の尻(しり)を追(お)ふのなら女(をんな)らしいオチヨボ口(ぐち)をして来(き)たら如何(どう)だ。202大神楽(だいかぐら)のやうな無恰好(ぶかつかう)な口(くち)を開(あ)けよつて、203そないな顔(かほ)を見(み)ると大抵(たいてい)の男(をとこ)は、204夜分(やぶん)には襲(おそ)はれて安眠(あんみん)が出来(でき)はしないぞ。205何故(なぜ)女(をんな)らしく淑(しと)やかに化(ば)けて来(こ)ぬか』
206お光(みつ)『お前(まへ)に用(よう)はない。207俺(わし)は竜国別(たつくにわけ)に堅(かた)い堅(かた)い約束(やくそく)がしてある。208約束(やくそく)履行(りかう)のために出(で)て来(き)たのだから、209邪魔(じやま)して下(くだ)さるな』
210杢助(もくすけ)『アハヽヽヽヽ、211何(なん)と物好(ものず)きもあればあるものだな。212コレ竜国別(たつくにわけ)さま、213何程(なにほど)一人旅(ひとりたび)で女(をんな)に飢(かつ)ゑて居(を)ると言(い)つても、214あんまりぢやないか。215般若(はんにや)の面(つら)みたやうな鬼娘(おにむすめ)と、216なんぞ堅(かた)い約束(やくそく)でもしたのか』
217お光(みつ)『堅(かた)い約束(やくそく)した証拠(しようこ)には竜国別(たつくにわけ)の額口(ひたひぐち)を御覧(ごらん)なさい、218俺(わし)の所有物(しよいうぶつ)と云(い)ふ証拠(しようこ)に石(いし)の刻印(こくいん)が捺(お)してある筈(はず)だ。219竜国別(たつくにわけ)の生命(いのち)は最早(もはや)此方(こつち)の物(もの)だ。220邪魔(じやま)をして下(くだ)さるな』
221杢助(もくすけ)『二人(ふたり)の恋仲(こひなか)を、222俺(おれ)もさう野暮(やぼ)な生(うま)れ付(つ)きぢやないから、223別(べつ)に邪魔(じやま)する積(つも)りぢやないが、224さてもさても呆(あき)れたものだなア。225生命(いのち)までも斯(こ)んな鬼娘(おにむすめ)に賭(か)けて、226約束(やくそく)するとは余(あんま)りぢやないか。227おまけに石(いし)の刻印(こくいん)まで捺(お)して貰(もら)ふとは、228何処(どこ)までも徹底(てつてい)した恋愛(れんあい)だなア』
229お光(みつ)『早(はや)く除(の)いて下(くだ)さい。230俺(わし)は胸(むね)の火(ひ)が燃(も)えて来(き)て居(を)るから、231お光(みつ)狂乱(きやうらん)のやうになつて了(しま)ひますよ』
232杢助(もくすけ)『アハヽヽヽ、233山家(やまが)に長(なが)らく蟄居(ちつきよ)して居(を)つたので、234芝居(しばゐ)を見(み)る機会(きくわい)がなかつたが、235一(ひと)つ此処(ここ)で其(そ)のお光(みつ)狂乱(きやうらん)の演劇(えんげき)を、236無料(むれう)拝観(はいくわん)さして貰(もら)ひたいものだなア』
237竜国別(たつくにわけ)『オイお光(みつ)、238昨日(きのふ)の約束(やくそく)はモー取消(とりけし)だ。239誰(たれ)が貴様(きさま)のやうな鬼娘(おにむすめ)と堅(かた)い約束(やくそく)を結(むす)んでたまらうか。240其(その)場(ば)遁(のが)れの遁(に)げ口上(こうじやう)だつた。241貴様(きさま)も好(い)い馬鹿(ばか)だなア』
242と杢助(もくすけ)の力強(ちからづよ)を後楯(うしろだて)に徐々(そろそろ)メートルを上(あ)げ出(だ)した。
243お光(みつ)『ヘン、244偉(えら)さうに、245杢助(もくすけ)が居(を)ると思(おも)つて、246お前(まへ)は虎(とら)の威(ゐ)を借(か)る奴狐(どぎつね)だ。247欺(だま)すことは上手(じやうず)だなア。248この鬼娘(おにむすめ)でさへも呆(あき)れて物(もの)が云(い)はれませぬワイ。249併(しか)し乍(なが)ら其方(そちら)は取消(とりけ)しても、250此方(こちら)は取消(とりけ)さぬのだ。251何処(どこ)までも生命(いのち)を貰(もら)ふから覚悟(かくご)をしなさい』
252 杢助(もくすけ)は足許(あしもと)のギザギザした石(いし)を一(ひと)つ拾(ひろ)ひ、253グツと握(にぎ)つて、
254杢助(もくすけ)『オイ、255お光(みつ)、256約束(やくそく)は履行(りかう)してやらう。257生命(いのち)も奪(と)らしてやらう。258其(その)代(かは)りに証文(しようもん)は返(かへ)して貰(もら)はねばならぬ。259サア、260此(この)石(いし)で貴様(きさま)の額(ひたひ)に力(ちから)一杯(いつぱい)刻印(こくいん)を捺(お)してやらう。261これで再(ふたた)び竜国別(たつくにわけ)の身(み)の上(うへ)に関(くわん)しては、262毛頭(まうとう)苦情(くじやう)は申(まを)しませぬと言(い)ふ証拠(しようこ)だぞ。263サア早(はや)く凸凹(でこぼこ)を突(つ)き出(だ)せ』
264竜国別(たつくにわけ)『お光(みつ)、265ざまア見(み)やがれ。266其(そ)の凸(でこ)を杢助(もくすけ)さまの御(おん)前(まへ)に提出(ていしゆつ)するのだ』
267お光(みつ)『エー残念(ざんねん)な、268竜国別(たつくにわけ)、269お前(まへ)も杢助(もくすけ)と年(ねん)が年中(ねんぢう)歩(ある)いて居(を)るのぢやあるまい。270又(また)一人(ひとり)出(で)る時(とき)もあらう。271その時(とき)に約束(やくそく)を屹度(きつと)履行(りかう)するから、272さう思(おも)つてゐらつしやい』
273 お初(はつ)、274小(ちひ)さい声(こゑ)で、
275お初(はつ)『オホヽヽヽ、276鬼娘(おにむすめ)のお光(みつ)どの、277私(わし)の顔(かほ)を見覚(みおぼ)えて居(ゐ)ますか』
278 お光(みつ)は不図(ふと)六(ろく)歳(さい)のお初(はつ)の顔(かほ)を見(み)るなり、279キヤツと叫(さけ)んで白煙(はくえん)となり消(き)えて了(しま)つた。280今迄(いままで)包(つつ)んで居(ゐ)た黒雲(くろくも)は、281高春山(たかはるやま)の吹颪(ふきおろし)に払拭(ふつしき)されて四方(よも)に飛散(ひさん)し、282山麓(さんろく)の谷川(たにがは)の水(みづ)までハツキリと見(み)えるやうになつて来(き)た。
283杢助(もくすけ)『アハヽヽヽ、284鬼娘(おにむすめ)と云(い)つても脆(もろ)いものだなア。285到頭(たうとう)煙散(えんさん)霧消(むせう)して了(しま)ひ居(を)つた。286アヽ彼奴(あいつ)もこれで成仏(じやうぶつ)しただらう。287さア、288モウ竜国別(たつくにわけ)さま御(ご)安心(あんしん)なさい』
289竜国別(たつくにわけ)『エライ御(ご)厄介(やくかい)をかけましたが、290御(お)かげで助(たす)かりました』
291玉治別(たまはるわけ)『竜国別(たつくにわけ)さま、292随分(ずゐぶん)奇抜(きばつ)なローマンスを見(み)せて呉(く)れたものだな。293蓼(たで)喰(く)ふ虫(むし)も好(す)き好(ず)きとはよく言(い)つたものだ』
294竜国別(たつくにわけ)『お前(まへ)まで余(あんま)り人(ひと)をひやかすものぢやない。295俺(おれ)の心(こころ)もチツとは推量(すゐりやう)して呉(く)れ』
296一同(いちどう)『アハヽヽヽ』
297と声(こゑ)を放(はな)つて敵地(てきち)にあるを忘(わす)れて面白(おもしろ)さうに笑(わら)ふ。
298玉治別(たまはるわけ)『時(とき)に、299国依別(くによりわけ)はまだ来(こ)ないのかなア。300又(また)鬼娘(おにむすめ)と途中(とちう)に狎戯(いちやつ)いて居(を)るのぢやなからうかな』
301竜国別(たつくにわけ)『斯(か)う隙(ひま)が要(い)るからは何(なに)か一(ひと)つの故障(こしやう)が起(おこ)つたのだらう。302彼奴(あいつ)も随分(ずゐぶん)罪業(めぐり)を積(つ)んで居(を)るから、303一人(ひとり)旅行(たび)は剣呑(けんのん)だ』
304と語(かた)る時(とき)しも、305国依別(くによりわけ)は意気(いき)揚々(やうやう)として数人(すうにん)の男(をとこ)を伴(ともな)ひ登(のぼ)つて来(き)た。
306玉治別(たまはるわけ)『アヽ国依別(くによりわけ)さまか、307随分(ずゐぶん)待呆(まちばう)けに逢(あ)うたよ。308如何(どう)して居(を)つたのだい』
309国依別(くによりわけ)『大変(たいへん)な大事件(だいじけん)が途中(とちう)で勃発(ぼつぱつ)して、310それが為(ため)に時間(ひま)が要(い)つたのだよ。311到頭(たうとう)地獄(ぢごく)の八丁目(はつちやうめ)迄(まで)旅行(りよかう)して、312昔(むかし)の女房(にようばう)に包囲(はうゐ)攻撃(こうげき)され困(こま)つて了(しま)つた。313若(わか)い時(とき)から嬶(かか)ア泣(な)かしの後家倒(ごけだふ)し、314刃物(はもの)要(い)らずの女殺(をんなごろ)しをやつて来(き)た報(むく)いで、315幽冥界(いうめいかい)に彷徨(さまよ)ひ落(お)ち込(こ)んだところ、316合計(がふけい)十打(じふダース)ばかりのレコが一(いち)時(じ)に現(あら)はれて、317百万(ひやくまん)陀羅(だら)恨(うら)みの数々(かずかず)繰返(くりかへ)し、318俺(わし)も已(や)むを得(え)ず昔(むかし)の事(こと)を思(おも)ひ出(だ)し、319涎(よだれ)を沢山(たくさん)に繰返(くりかへ)して居(を)つたのだから、320ツイ遅(おく)れて済(す)まなかつた。321随分(ずゐぶん)退屈(たいくつ)であつたらうなア』
322玉治別(たまはるわけ)『別(べつ)に退屈(たいくつ)でも何(なん)でも無(な)かつた。323竜国別(たつくにわけ)の奴(やつ)、324天下(てんか)一品(いつぴん)の鬼娘(おにむすめ)と堅(かた)い約束(やくそく)を結(むす)び、325其(そ)の契約(けいやく)を履行(りかう)せよと云(い)つて、326お光(みつ)の鬼娘(おにむすめ)がやつて来(き)て、327今(いま)既(すで)に愁歎場(しうたんば)の幕(まく)を下(お)ろしたところだ。328モー一足(ひとあし)早(はや)く来(く)ると面白(おもしろ)い活劇(くわつげき)が見(み)られるところだつたよ。329さうしてお前(まへ)は一人(ひとり)で来(く)る筈(はず)だつたのに、330随分(ずゐぶん)沢山(たくさん)に人間(にんげん)を伴(つ)れて居(を)るではないか』
331国依別(くによりわけ)『これは死(し)んだ女房(にようばう)の亡霊(ばうれい)が憑依(ひようい)した容器(いれもの)だ』
332玉治別(たまはるわけ)『仮令(たとへ)亡霊(ばうれい)でも、333高春山(たかはるやま)の征伐(せいばつ)が済(す)む迄(まで)女(をんな)を伴(つ)れることは出来(でき)ないと云(い)ふ規則(きそく)ではなかつたか』
334国依別(くによりわけ)『それは御(お)互(たがひ)様(さま)だ。335お前(まへ)もお初(はつ)さまを伴(ともな)うて来(き)ただらう。336たとへ小供(こども)でも女(をんな)は矢張(やつぱり)女(をんな)だ。337竜国別(たつくにわけ)も又(また)鬼娘(おにむすめ)と途中(とちう)に於(おい)て、338何(なん)だか堅(かた)い契約(けいやく)を結(むす)んで一悶着(ひともんちやく)をおつ始(ぱじ)めたと云(い)ふではないか。339俺(おれ)ばかり責(せ)めるのはチツと惨酷(ざんこく)だよ。340此処(ここ)へ伴(つ)れて来(き)て居(を)るのは、341実際(じつさい)はアルプス教(けう)の部下(ぶか)で、342松姫(まつひめ)さまの兄(あに)の常公(つねこう)迄(まで)が出(で)て来(き)て居(を)るのだ。343俺(おれ)の戦利品(せんりひん)は先(ま)づザツト斯(こ)んなものだよ』
344お初(はつ)『ヤアヤア竜国別(たつくにわけ)、345国依別(くによりわけ)、346玉治別(たまはるわけ)、347杢助(もくすけ)、348其(その)他(た)の者(もの)ども、349これより妾(わらは)が作戦(さくせん)計画(けいくわく)を汝(なんぢ)らに伝(つた)ふる。350暫(しばら)く沈黙(ちんもく)を守(まも)り、351わが言葉(ことば)を謹聴(きんちやう)せよ』
352と子供(こども)に似合(にあ)はず、353荘重(さうちよう)な力(ちから)の籠(こも)つた声(こゑ)で呼(よ)ばはるにぞ、354四(よ)人(にん)は「ハイ」と答(こた)へた儘(まま)大地(だいち)に平伏(へいふく)して宣示(せんじ)を待(ま)つ。
355(大正一一・五・二一 旧四・二五 外山豊二録)
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