霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 大評定(だいひやうぢやう)〔一七四六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第69巻 山河草木 申の巻 篇:第1篇 清風涼雨 よみ(新仮名遣い):せいふうりょうう
章:第1章 大評定 よみ(新仮名遣い):だいひょうじょう 通し章番号:1746
口述日:1924(大正13)年01月22日(旧12月17日) 口述場所:伊予 山口氏邸 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1927(昭和2)年10月26日
概要: 舞台:高砂城 あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
三五教の宣伝使国依別命が、神素盞嗚大神の末女、末子姫を娶ってより治めていた珍の国(アルゼンチン)が舞台となります。
天下泰平、四民和楽の治世も、次第に常世の国よりウラル教の思想が入り来たり、国内には他にもさまざまな悪思想がはびこり始めていました。
物語は、国司・国依別の補佐を長年勤めて来た松若彦が、部下の伊佐彦・岩治別に辞任の意を漏らすところから始まります。
松若彦は自分の老齢と、現代の情勢の厳しさを考え、退任して部下のいずれかに後を任せようとします。
伊佐彦:これまでのやり方を守り、あくまで松若彦を中心にして国を治めるべき。
岩治別:年老いた松若彦は早く退陣し、新しい考えをもった自分が国司の補佐となり、元の太平を取り戻す覚悟。
伊佐彦、岩治別は互いに意見が合わず、言い争っている。そこへ、国司国依別の長子、国照別がやってきます。若君は、浴衣の上に帯をグルグル巻きにして、鼻歌を歌いながら登場。
国照別:3人とも中途半端な骨董品だから、自分が親父に勧告して、皆職を解き、平民となって気楽に余生を送らせたいと思っているのだ。。。と3人を煙に巻いて退散します。
松若彦は若君のこの有様を見て逆に発奮し、隠退の言を撤回します。そして改革派の岩治別の任を解いてしまいます。
それだけでなく、松若彦・伊佐彦は岩治別を捉えて獄に投じようと画策します。しかし岩治別は国照別の手引きにより、城を脱出していずこかへ姿をくらまします。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :rm6901
愛善世界社版:29頁 八幡書店版:第12輯 281頁 修補版: 校定版:31頁 普及版: 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]出口王仁三郎全集 > 第五巻 言霊解・其他 > 【随筆・其他】 > 霊眼に映じたアマゾン流域
001 太平(たいへい)大西(たいせい)両洋(りやうやう)(またが)り、002常世(とこよ)(なみ)をせきとめて、003()つた屠牛(とぎう)片脚(かたあし)()うにブラ(さが)つてゐる南米(なんべい)大陸(たいりく)は、004春夏(しゆんか)はあつても秋冬(しうとう)気候(きこう)()らぬ理想(りさう)(てき)天国(てんごく)である。005太洋(たいやう)より()えず()(きた)清風(せいふう)は、006塩分(えんぶん)(ふく)んで土地(とち)益々(ますます)豊饒(ほうぜう)ならしめ、007人頭大(じんとうだい)果実(このみ)随所(ずいしよ)豊熟(ほうじゆく)し、008吾人(ごじん)()して(なほ)(あま)りある(ごと)数多(あまた)(はな)四方(しはう)()きみだれ、009数万種(すうまんしゆ)薬草(やくさう)(いた)(ところ)山野(さんや)芳香(はうかう)(はな)つて繁茂(はんも)し、010アマゾン(がは)におち()数千(すうせん)支流(しりう)には数十万(すうじふまん)(しゆ)魚族(ぎよぞく)棲息(せいそく)し、011(やま)には(きん)(ぎん)(どう)(てつ)石炭(せきたん)(とう)鉱物(くわうぶつ)豊富(ほうふ)包蔵(はうざう)し、012(とく)石炭(せきたん)産額(さんがく)全世界(ぜんせかい)(その)()()ざる(ところ)である。013乍併(しかしながら)現今(げんこん)(いま)充分(じゆうぶん)採掘(さいくつ)方法(はうはふ)(そな)はつてゐないので、014可惜(あたら)宝庫(はうこ)()()してゐる次第(しだい)である。
015 アンデス山脈(さんみやく)(たか)雲表(うんぺう)(そび)え、016海抜(かいばつ)一万(いちまん)四五千(しごせん)(しやく)より三万(さんまん)(しやく)高地(かうち)ママある。017そして(やま)(いただ)きには(せま)くて(じふ)()018(ひろ)きは数十(すうじふ)()(わた)高原(かうげん)展開(てんかい)してゐる。019樹木(じゆもく)(かず)(わが)(くに)より()れば仲々(なかなか)(おほ)い。020(また)ブラジル(こく)(なが)るるアマゾン(がは)川幅(かははば)は、021日本(にほん)全国(ぜんこく)(たて)河中(かちう)(ほう)()んでも、022まだ(あま)(やう)世界一(せかいいち)大河(たいが)である。023(とく)にペルウ、024ブラジル、025アルゼンチン(とう)原野(げんや)には、026日本(にほん)(かき)()()うな綿(わた)()所々(ところどころ)天然(てんねん)繁茂(はんも)し、027(あを)028()029(あか)030(むらさき)031(しろ)(とう)自然(しぜん)(いろ)(たも)つた綿(わた)年中(ねんぢう)(こずゑ)にブラ(さが)つてゐる。032(また)(たけ)(ごと)きも日本(にほん)内地(ないち)のすすき(かぶ)(やう)にかたまつて()え、033(ふと)さは(よこ)()つて、034棺桶(くわんをけ)手桶(てをけ)(つく)れる(くらゐ)である。035(ふき)(ごと)きは(いち)(まい)()(した)(じふ)(にん)(くらゐ)(あつ)まつて(あめ)(しの)ぐことが出来(でき)るやうなのがある。036(うし)(うま)(ひつじ)(ぶた)などは際限(さいげん)もなき原野(げんや)(かひ)(ぱな)しにされてゐるが、037それでも持主(もちぬし)はめいめい()まつてゐる。038(あぢ)()(いちご)やバナナ、039無花果(いちぢく)などは(すこ)低地(ていち)になると(いや)になる(ほど)沢山(たくさん)出来(でき)てゐる。040そして(さる)鹿(しか)041野猪(のじし)などは白昼(はくちう)公然(こうぜん)人家(じんか)(ちか)くよつて()平気(へいき)(あそ)んでゐる。042(たか)のやうな(てふ)蝙蝠(かうもり)043(また)(はち)のやうな蟆子(ぶと)044(すずめ)のやうな(はち)045(こぶし)のやうな(はへ)(かぜ)のまにまに(ぐん)をなしてやつて()ることもある。046すべてが大陸(たいりく)(てき)日本人(にほんじん)()から()れば(じつ)(きも)(ひや)すやうなこと(ばか)りである。047乍併(しかしながら)瑞月(ずゐげつ)伊予(いよ)(くに)道後(だうご)温泉(をんせん)のホテルの三階(さんかい)横臥(わうぐわ)したまま()(えい)じたことを()べたに()ぎないから、048(あるひ)間違(まちが)つてゐるかも()れない。049南米(なんべい)事情(じじやう)(くは)しき(ひと)(この)物語(ものがたり)()んだならば、050(はじ)めて(その)虚実(きよじつ)(わか)るであらう。051(ただ)霊眼(れいがん)(えい)じた(まま)()べたに()ぎない。
052 三五教(あななひけう)宣伝使(せんでんし)国依別(くによりわけの)(みこと)が、053(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)054言依別(ことよりわけの)(みこと)(めい)()り、055(みづ)御霊(みたま)大神(おほかみ)八人(やたり)乙女(をとめ)末女(まつぢよ)末子姫(すゑこひめ)(めあ)ひて、056アルゼンチンの(うづ)(みやこ)国司(こくし)となりしより、057天下(てんか)泰平(たいへい)国土(こくど)成就(じやうじゆ)して四民(しみん)和楽(わらく)し、058(うづ)天国(てんごく)永久(えいきう)(きづ)()げ、059国民(こくみん)国司(こくし)仁徳(じんとく)(した)ふて、060天来(てんらい)主師親(しゆししん)(あふ)(つか)へまつることとなつてゐた。061(しか)るに常世(とこよ)(くに)よりウラル(けう)思想(しさう)何時(いつ)とはなく、062交通(かうつう)発達(はつたつ)(とも)輸入(ゆにふ)(きた)り、063()()(つき)(かさ)ねて、064(やうや)国内(こくない)には妖蔽(えうへい)(てう)(てい)して()た。065(いた)(ところ)清家(せいか)無用論(むようろん)や、066乗馬(じやうめ)階級(かいきふ)撤廃論(てつぱいろん)勃発(ぼつぱつ)し、067(たがひ)(たう)(つく)()(あらそ)ひ、068さしもに平和(へいわ)なりしアルゼンチンは、069(やうや)乱麻(らんま)(ごと)世態(せたい)醸成(じやうせい)するに(いた)つたのである。070国依別(くによりわけ)(やうや)年老(としお)ひ、071城内(じやうない)歩行(ほかう)にも(つゑ)(もち)ゐるに(いた)(かしら)(しも)(いただ)き、072前頭部(ぜんとうぶ)(ほと)んど電燈(でんとう)(ごと)くに(ひか)()した。073末子姫(すゑこひめ)(やうや)年老(としお)ひ、074中婆(ちうばば)さまとなつて(しま)つた。075国依別(くによりわけ)末子姫(すゑこひめ)二人(ふたり)(なか)国照別(くにてるわけ)076春乃姫(はるのひめ)といふ一男(いちなん)一女(いちぢよ)があつた。077国照別(くにてるわけ)(ちち)国依別(くによりわけ)洒脱(しやだつ)にして豪放(がうはう)気分(きぶん)()け、078幼少(えうせう)より仁侠(じんけふ)(もつ)処世(しよせい)方針(はうしん)としてゐた。079そして清家(せいか)生活(せいくわつ)非常(ひじやう)()(きら)ひ、080隙間(すきま)があれば、081城内(じやうない)をぬけ()簡易(かんい)なる平民(へいみん)生活(せいくわつ)をなさむと(かんが)へてゐたのである。
082 国司(こくし)補佐(ほさ)して忠実(ちうじつ)につとめてゐた松若彦(まつわかひこ)083捨子姫(すてこひめ)(やうや)年老(としお)ひ、084松依別(まつよりわけ)085常盤姫(ときはひめ)二子(にし)をあげてゐた。086そして松若彦(まつわかひこ)部下(ぶか)伊佐彦(いさひこ)087岩治別(いははるわけ)左右(さいう)重職(ぢうしよく)があつて、088松若彦(まつわかひこ)政務(せいむ)補佐(ほさ)しつつあつた。
089(かむ)素盞嗚(すさのを)大神(おほかみ)
090(すめ)大神(おほかみ)経綸(けいりん)
091遂行(すゐかう)せむと斎苑(いそ)(やかた)
092(あと)(なが)めてはるばると
093(あま)岩樟船(いはくすふね)()
094アルゼンチンの(うづ)(くに)
095(うづ)(みやこ)天降(あも)りまし
096八人(やたり)乙女(をとめ)末子姫(すゑこひめ)
097(くに)(つかさ)(さだ)めつつ
098国依別(くによりわけ)神司(かむづかさ)
099(つま)(さだ)めて合衾(がふきん)
100(しき)()げさせ(いさ)()
101(ふたた)びフサの産土(うぶすな)
102(いづ)(やかた)(かへ)りしゆ
103三十三年(みそまりみとせ)星霜(せいさう)
104()にける今日(けふ)都路(みやこぢ)
105(いらか)(たか)立並(たちなら)
106数十倍(すうじふばい)(ひと)(いへ)
107()てひろがりて南米(なんべい)
108(なら)(もの)()大都会(だいとくわい)
109交通(かうつう)機関(きくわん)完成(くわんせい)
110数多(あまた)役所(やくしよ)(たち)(なら)
111大商店(だいしやうてん)櫛比(しつぴ)して
112(むかし)のおもかげ何処(どこ)へやら
113うつて(かは)りし繁栄(はんえい)
114(おどろ)かざるはなかりけり
115国依別(くによりわけ)末子姫(すゑこひめ)
116二人(ふたり)(なか)(うま)れたる
117国照別(くにてるわけ)春乃姫(はるのひめ)
118容色(ようしよく)(しう)にぬきんでて
119(うづ)(みやこ)月花(つきはな)
120南米(なんべい)諸国(しよこく)()りわたり
121(わか)男女(だんぢよ)情緒(じやうちよ)をば
122そそりて()をばわかせたる
123(とほ)神代(かみよ)物語(ものがたり)
124(しとね)(うへ)(よこ)たはり
125言霊車(ことたまぐるま)ころぶまに
126面白(おもしろ)可笑(をか)しく()べて()
127あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
128御霊(みたま)(さちは)ひましませよ。
129 (うづ)(みやこ)高砂(たかさご)城内(じやうない)評定所(ひやうぢやうしよ)別室(べつしつ)には、130大老(たいらう)松若彦(まつわかひこ)(はじ)め、131伊佐彦(いさひこ)132岩治別(いははるわけ)老中株(らうぢうかぶ)(くび)(あつ)めて秘密(ひみつ)会議(くわいぎ)(ひら)いてゐた。133(そら)はドンヨリとして(なん)となく蒸暑(むしあつ)く、134一種(いつしゆ)異様(いやう)不快(ふくわい)零囲気(ふんゐき)室内(しつない)(つつ)んでゐる。135松若彦(まつわかひこ)二人(ふたり)老中株(らうぢうかぶ)打向(うちむか)ひ、136(みづ)ばなをすすり(なが)ら、137(ほね)(かは)との赤黒(あかぐろ)(うで)(まへ)へニユツと()し、138(まねき)(ねこ)(よろ)しくの(てい)()のぬけた(くち)から、139(ふる)(ふる)()火葢(ひぶた)()つた。
140()両所(りやうしよ)殿(どの)141今日(こんにち)()多忙(たばう)(ところ)早朝(さうてう)より()()来城(らいじやう)(くだ)さつた。142今日(けふ)()(まね)(まを)したのは、143(をり)()つて()両所(りやうしよ)相談(さうだん)したきことがあつて、144自分(じぶん)決心(けつしん)忌憚(きたん)なく吐露(とろ)し、145()両所(りやうしよ)()援助(ゑんじよ)()たいと(おも)ふのだ』
146()(なが)ら、147コーヒーを一口(ひとくち)グツと()んで、148顎鬚(あごひげ)にしたたる(つゆ)を、149()(あつ)いタオルでクリクリと二三遍(にさんべん)(ぬぐ)ふた。
150伊佐(いさ)()老体(らうたい)()(もつ)て、151何時(いつ)国家(こくか)重職(ぢうしよく)身命(しんめい)(ささ)(くだ)さる(だん)152(まこと)感謝(かんしや)()へませぬ。153そして今日(こんにち)吾々(われわれ)をお(まね)きになつた()用件(ようけん)如何(いか)なる(こと)(ぞん)じませぬが、154吾々(われわれ)(ちから)(およ)(こと)ならば、155国司(こくし)(ため)156(うづ)(くに)(ため)157あらむ(かぎ)りの努力(どりよく)(はら)ふで(ござ)いませう』
158松若(まつわか)『イヤ、159それを()いて松若彦(まつわかひこ)安心(あんしん)(いた)した。160岩治別(いははるわけ)殿(どの)161貴殿(きでん)(また)伊佐彦(いさひこ)殿(どの)()同感(どうかん)(ござ)らうなア』
162岩治(いははる)『いかにも、163左様(さやう)164吾々(われわれ)(もと)より身命(しんめい)君国(くんこく)(ため)(ささ)ぐる(もの)165閣下(かくか)()言葉(ことば)(たい)一言(いちげん)半句(はんく)たり(とも)166違背(ゐはい)(いた)道理(だうり)(ござ)いませぬ。167乍併(しかしながら)今日(こんにち)()(おほい)(あらた)まつて()ります。168革新(かくしん)気分(きぶん)(みなぎ)つて(まゐ)りました。169それ(ゆゑ)慨世(がいせい)憂国(いうこく)吾々(われわれ)170閣下(かくか)()言葉(ことば)()つては171(あるひ)国家(こくか)将来(しやうらい)(おもんぱか)るについて(そむ)かねばならないかも(わか)りませぬ。172そこは(あらかじ)()承知(しようち)(ねが)つておきます』
173松若(まつわか)成程(なるほど)174貴殿(きでん)()はるる(とほ)り、175今日(こんにち)社会(しやくわい)昔日(せきじつ)社会(しやくわい)ではない。176日進(につしん)月歩(げつぽ)177(ほと)んど(とど)まる(ところ)()らない()(なか)情勢(じやうせい)(ござ)る。178(つい)ては松若彦(まつわかひこ)()両所(りやうしよ)()相談(さうだん)(まを)すのは、179()承知(しようち)(とほ)老齢(らうれい)(しよく)()へず、180大老(たいらう)(しよく)()し、181新進(しんしん)気鋭(きえい)()両所(りやうしよ)()(しよく)(ゆづ)り、182退隠(たいいん)()となり、183光風(くわうふう)霽月(せいげつ)(たの)しみ、184閑地(かんち)につきたいと(ほつ)するからで(ござ)る。185(なん)()両所(りやうしよ)(おい)()希望(きばう)()れ、186後任者(こうにんしや)たる(こと)承諾(しようだく)しては(くだ)さるまいか』
187伊佐(いさ)『これは()しからぬ閣下(かくか)(おほ)せかな。188閣下(かくか)珍一国(うづいつこく)柱石(ちうせき)では(ござ)らぬか。189上下(じやうげ)一致(いつち)()き、190清家(せいか)衆生(しゆじやう)との争闘(さうとう)(はげ)しき今日(こんにち)191国家(こくか)重鎮(ぢうちん)たる閣下(かくか)今日(こんにち)場合(ばあひ)192万々一(まんまんいち)退隠(たいいん)さるる(やう)(こと)あつては、193それこそ(みだ)れに(みだ)れし国家(こくか)はいやが(うへ)にも争乱(さうらん)勃発(ぼつぱつ)し、194社稷(しやしよく)(あやふ)うするの(たん)(ひら)くのは(もつと)(あきら)かなる道理(だうり)(ござ)る。195何卒(なにとぞ)(この)()(ばか)りは(おも)(とど)まつて(いただ)きたう(ぞん)じます』
196松若(まつわか)貴殿(きでん)勧告(くわんこく)一応(いちおう)(もつと)(なが)ら、197老齢(らうれい)(しよく)()へざる()(もつ)国家(こくか)重要(ぢうえう)(しよく)()り、198後進者(こうしんしや)進路(しんろ)壅塞(ようそく)し、199国内(こくない)零囲気(ふんゐき)をして益々(ますます)腐乱(ふらん)せしむるは、200拙者(せつしや)(おい)(しの)びざる(ところ)201何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)(わが)希望(きばう)()れ、202()両所(りやうしよ)(うち)(おい)大老(たいらう)(しよく)(あづ)かつて(もら)ひたい』
203岩治(いははる)成程(なるほど)204松若彦(まつわかひこ)(さま)のお言葉(ことば)(とほ)り、205(よはひ)幾何(いくばく)もなき老人(らうじん)国政(こくせい)()るは国家(こくか)進運(しんうん)(さまた)ぐること(もつと)(はなはだ)しく、206(かつ)惟神(かむながら)大道(だいだう)違反(ゐはん)するものならば、207(のぞ)みの(とほ)()退隠(たいいん)なさいませ。208拙者(せつしや)(じつ)(ところ)数年前(すうねんぜん)より只今(ただいま)のお言葉(ことば)期待(きたい)して()りました。209(じつ)賢明(けんめい)なる閣下(かくか)()心事(しんじ)210イヤ(はや)感激(かんげき)(いた)りに()へませぬ』
211 伊佐彦(いさひこ)憤然(ふんぜん)として言葉(ことば)をあららげ、
212『コレハコレハ()両所(りやうしよ)(とも)213(もつ)ての(ほか)のお言葉(ことば)214左様(さやう)意志(いし)薄弱(はくじやく)なる(こと)では(たみ)(をさ)むる(こと)出来(でき)ますまい。215()(まで)国家(こくか)(ため)犠牲(ぎせい)(てき)精神(せいしん)発揮(はつき)(あそ)ばすのが大老(たいらう)()聖職(せいしよく)では(ござ)らぬか。216岩治別(いははるわけ)殿(どの)松若彦(まつわかひこ)(さま)(たい)し、217()諌言(かんげん)(まをし)()ぐることを(わす)れ、218(みづか)(その)後釜(あとがま)(すわ)り、219(おそ)(おほ)くも、220国司(こくし)(さま)代理権(だいりけん)執行(しつかう)せむとする(その)心底(しんてい)野望(やばう)(ほど)221歴然(れきぜん)(あら)はれて()りますぞ。222左様(さやう)野心(やしん)(いう)する役人(やくにん)(かみ)にあつては、223(しも)益々(ますます)(みだ)224(つひ)には収拾(しうしふ)(べか)らざる乱世(らんせい)となるでせう。225拙者(せつしや)はあく(まで)松若彦(まつわかひこ)(さま)()留任(りうにん)希望(きばう)して()みませぬ』
226岩治(いははる)『これは()しからぬ伊佐彦(いさひこ)言葉(ことば)227拙者(せつしや)(けつ)して野心(やしん)なんか毛頭(まうとう)()つてゐませぬ。228よく(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。229松若彦(まつわかひこ)(さま)(すで)()頽齢(たいれい)230かやうな(とき)には、231新進(しんしん)気鋭(きえい)若者(わかもの)でなくては国家(こくか)支持(しぢ)し、232民心(みんしん)をつなぐ(こと)出来(でき)ますまい。233さすが賢明(けんめい)なる松若彦(まつわかひこ)(さま)234(この)(かん)消息(せうそく)()推知(すいち)(あそ)ばされ、235(すす)んで自決(じけつ)(みち)()でられたのは236天晴(あつぱれ)国家(こくか)柱石(ちうせき)称讃(しようさん)(まをし)()ぐる(ほか)はありますまい。237(およ)ばずながら()心配(しんぱい)(くだ)さるな。238みごと拙者(せつしや)松若彦(まつわかひこ)後任者(こうにんしや)となつて、239(かみ)国司(こくし)(たい)し、240(しも)国民(こくみん)(たい)して、241至真(ししん)至粋(しすゐ)至美(しび)至愛(しあい)善政(ぜんせい)()き、242(うづ)天地(てんち)(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)(くだ)らせ(たま)ひし、243(むかし)天国(てんごく)浄土(じやうど)立直(たてなほ)して御覧(ごらん)()れませう』
244伊佐(いさ)『おだまりなされ。245貴殿(きでん)老中(らうぢう)地位(ちゐ)()りと(いへど)246無能(むのう)無策(むさく)247到底(たうてい)国家(こくか)重任(ぢうにん)()へざるは、248上下(じやうげ)一般(いつぱん)(みと)むる(ところ)(ござ)る。249(つね)大言(たいげん)壮語(さうご)()き、250私立(しりつ)大学(だいがく)創立(さうりつ)して不良(ふりやう)青年(せいねん)収容(しうよう)し、251国家(こくか)顛覆(てんぷく)根源(こんげん)(つちか)悪魔(あくま)張本(ちやうほん)252到底(たうてい)城中(じやうちう)政治(せいぢ)左右(さいう)する人格者(じんかくしや)では(ござ)らぬ。253それだと()つて(ほか)適任者(てきにんしや)はなし、254()苦労(くらう)(なが)松若彦(まつわかひこ)(さま)今一度(いまいちど)()奮発(ふんぱつ)(ねが)はなくては、255(たちま)貴殿(きでん)(ごと)非国家(ひこくか)主義者(しゆぎしや)政権(せいけん)掌握(しやうあく)さるる(こと)となつて(しま)ふ。256()国家(こくか)(ため)(もつと)(おそ)るべき大事変(だいじへん)(ござ)る。257貴殿(きでん)にして一片(いつぺん)報国(ほうこく)至誠(しせい)あらば(てい)よく老中(らうぢう)地位(ちゐ)()り、258爵位(しやくゐ)奉還(ほうくわん)し、259()(くだ)つて、2591民情(みんじやう)をトクと視察(しさつ)260(その)(うへ)(あらた)めて意見(いけん)進言(しんげん)なされ。261(この)伊佐彦(いさひこ)のある(かぎ)り、262どこ(まで)貴殿(きでん)欲望(よくばう)()げさせませぬぞ』
263 松若彦(まつわかひこ)(こころ)(うち)にて……到底(たうてい)今日(こんにち)()(なか)264(いま)(まで)(どほ)りではやつて()けないことは、265(ひやく)(せん)承知(しようち)してゐた。266されど投槍(なげやり)思想(しさう)()びた岩治別(いははるわけ)政権(せいけん)(わた)せば、267(たちま)国家(こくか)根底(こんてい)(くつがへ)すであらうし、268(しん)国家(こくか)(おも)伊佐彦(いさひこ)政権(せいけん)(わた)せば、269時勢(じせい)おくれの保守(ほしゆ)主義(しゆぎ)()りまはし、270益々(ますます)民心(みんしん)離反(りはん)(たん)(ひら)くであらう、271ハテ(こま)つた(こと)だなア、272退()くには退()かれず(すす)むにも(すす)まれず、273国内(こくない)一般(いつぱん)民情(みんじやう)()れば、274()げもおろしも、275自分(じぶん)(ちから)ではならなくなつて()た。276到底(たうてい)清家(せいか)政治(せいぢ)閥族(ばつぞく)政治(せいぢ)のいつ(まで)(つづ)くべき道理(だうり)がない…(いな)(かく)(ごと)乗馬(じやうめ)階級(かいきふ)政治(せいぢ)(てき)権力(けんりよく)最早(もはや)最後(さいご)(ひん)してゐる。277(なん)とかして国内(こくない)空気(くうき)一新(いつしん)し、278人心(じんしん)倦怠(けんたい)(すく)ひ、279思想(しさう)悪化(あくくわ)緩和(くわんわ)し、280上下(じやうげ)一致(いつち)新政(しんせい)()きたいものだ。281あゝ()うしたら()からうかな、282……と(みづ)ばなをすすり、283(うで)をくみて両眼(りやうがん)よりは(なみだ)さへ(したた)らしてゐる。284(さん)(にん)(いづ)れも(くち)(つぐ)んで(たがひ)(かほ)見守(みまも)つてゐる。
285 そこへ浴衣(ゆかた)(うへ)無雑作(むざふさ)三尺帯(さんじやくおび)をグルグル(まき)にして286鼻唄(はなうた)(うた)ひながらやつて()たのは国照別(くにてるわけ)であつた。
287国照(くにてる)『ヨー、288デクさまの()集会(しふくわい)かな、289到底(たうてい)290()からびた(ふる)(あたま)では、291(ろく)相談(さうだん)もまとまりはしまい、292…ヤアー松若彦(まつわかひこ)293(まへ)()いてゐるのか、294(まへ)もヤツパリ(とし)()つた加減(かげん)か、295余程(よほど)(なみだ)つぽくなつただないか、296……ヤア保守(ほしゆ)老中(らうぢう)伊佐彦(いさひこ)投槍(なげやり)老中(らうぢう)岩治別(いははるわけ)だな、297…ヤ面白(おもしろ)からう、298(ひと)大議論(だいぎろん)をやつて退屈(たいくつ)ざましに(ぼく)()かしてくれないか。299(ぼく)(じつ)(ところ)清家(せいか)生活(せいくわつ)がイヤになつて、300どつかへ(とび)()さうと(おも)つてゐるのだが、301(なに)をいつても(かご)(とり)同様(どうやう)302近侍(きんじ)だとか、303衛士(ゑじ)だとか旧時代(きうじだい)遺物(ゐぶつ)(ぼく)身辺(しんぺん)にぶらついてゐるものだから、304()うすることも出来(でき)やしない。305(これ)(えう)するに(あたま)(ふる)大老(たいらう)指図(さしづ)だらう。306(ぼく)親爺(おやぢ)は、307(けつ)してこんな窮屈(きうくつ)なことは、308(この)まない(はず)だ。309オイ(さけ)でも()んで、310いさぎようせぬかい。311高砂(たかさご)城内(じやうない)(なみだ)禁物(きんもつ)だからのう』
312 松若彦(まつわかひこ)手持(てもち)無沙汰(ぶさた)(なみだ)をかくし(なが)二三間(にさんげん)(ばか)()をしざり、313(たたみ)(あたま)をすりつけ(なが)ら、
314『コレハ コレハ、315若君(わかぎみ)(さま)(ござ)いますか、316エライ()無礼(ぶれい)(いた)しました。317何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)見直(みなほ)聞直(ききなほ)し、318無作法(ぶさはふ)をお(ゆる)(くだ)さいませ』
319国照(くにてる)『オイ、320(ぢい)321ソリヤ(なに)をするのだ。322左様(さやう)虚礼(きよれい)虚式(きよしき)(てき)(こと)は、323(ぼく)大嫌(だいきら)ひだ。324モウちつと活溌(くわつぱつ)直立(ちよくりつ)不動(ふどう)姿勢(しせい)()つて、325簡単(かんたん)挙手(きよしゆ)(れい)をやつたら()うだ、326(あま)りまどろしいぢやないか』
327松若(まつわか)(おそ)()りました。328(しか)(なが)城内(じやうない)には城内(じやうない)規則(きそく)(ござ)いますから、329有職(いうそく)故実(こじつ)(やぶ)(わけ)には(まゐ)りませぬ。330(れい)なくんば(おさ)まらずと(まを)しまして、331国家(こくか)(をさ)むるには礼儀(れいぎ)第一(だいいち)(ござ)いますから、332(これ)(ばか)りは(なに)(ほど)()()らなくても(ゆる)して(いただ)かねばなりませぬ。333(これ)(うづ)(くに)国粋(こくすゐ)とも(まを)すべき重要(ぢうえう)なる政治(せいぢ)大本(たいほん)(ござ)います。334礼儀(れいぎ)なければ国家(こくか)(ただち)にみだれ、335長幼(ちやうえう)(じよ)(やぶ)れ、336君臣(くんしん)父子(ふし)夫婦(ふうふ)(みち)(ほろ)びて(しま)ひます』
337国照(くにてる)『ウンさうか、338それも結構(けつこう)だが、339(まへ)()しも国替(くにがへ)をして、340()らなくなつても、341有職(いうそく)故実(こじつ)保存(ほぞん)されると(おも)うてゐるのか、342今日(こんにち)人間(にんげん)(こころ)はそんなまどろしい(こと)(この)まないよ。343何事(なにごと)()(とり)(ばや)(らち)をつける(こと)流行(りうかう)する()(なか)だ。344(むかし)(やう)(うた)をよんだり、345長袖(ながそで)()てブラブラと(あそ)んで()つた時代(じだい)とは()(なか)(かは)つてゐる。346(むかし)百倍(ひやくばい)千倍(せんばい)事務(じむ)煩雑(はんざつ)になつてゐるのだから、347そんな辛気(しんき)(くさ)(こと)到底(たうてい)3471永続(えいぞく)すまいよ』
348岩治(いははる)(じつ)(いた)()つたる若君(わかぎみ)(さま)のお言葉(ことば)349岩治別(いははるわけ)350(じつ)感激(かんげき)()へませぬ。351(かく)(ごと)若君(わかぎみ)(さま)()てこそ、352(うづ)国家(こくか)万代(ばんだい)不易(ふえき)353国家(こくか)隆昌(りうしやう)()する(こと)出来(でき)るでせう。354親君(おやぎみ)(さま)最早(もはや)()老齢(らうれい)355何時(いつ)()上天(しやうてん)(あそ)ばすかも()れぬ(この)場合(ばあひ)356賢明(けんめい)なる若君(わかぎみ)(さま)御心(みこころ)(うけたま)はり、357岩治別(いははるわけ)358イヤもう、359大変(たいへん)(よろこ)びに()たれ、360勇気(ゆうき)勃々(ぼつぼつ)として()いて(まゐ)りました。361(この)若君(わかぎみ)にして(この)(しん)あり、362老中(らうぢう)仲間(なかま)(くは)へられたる吾々(われわれ)なれど、363(いま)(こころ)まで老耄(らうまう)はして()りませぬ。364何卒(なにとぞ)若君(わかぎみ)(さま)365微臣(びしん)御心(みこころ)にかけさせられ、366重要(ぢうえう)事務(じむ)微臣(びしん)直接(ちよくせつ)()命令(めいれい)(くだ)さいませ。367松若彦(まつわかひこ)殿(どの)老齢(らうれい)(しよく)()へずとして、368(ただ)(いま)吾々(われわれ)(まへ)辞意(じい)をもらされました』
369国照(くにてる)『ウンさうか、370松若彦(まつわかひこ)もモウ退()いても()いだらう。371伊佐彦(いさひこ)随分(ずいぶん)(ふる)(あたま)だから、372此奴(こいつ)駄目(だめ)だし、373岩治別(いははるわけ)(すこ)(ばか)今日(こんにち)時代(じだい)(すす)みすぎてるやうでもあり、374(また)(おく)れてるやうな(ところ)もあり、375到底(たうてい)完全(くわんぜん)政治(せいぢ)はお(まへ)たちの(うで)では出来(でき)(さう)もない。376(ぼく)親爺(おやぢ)勧告(くわんこく)して退職(たいしよく)をさせ、377簡易(かんい)なる平民(へいみん)生活(せいくわつ)()れてやり、378安楽(あんらく)余生(よせい)(おく)らせたいと(おも)つてゐるのだから、379一層(いつそう)のこと、380(まへ)たちも大老(たいらう)老中(らうぢう)なんか()して、381安逸(あんいつ)田園(でんゑん)生活(せいくわつ)でもやつたら()うだ。382(ぼく)(おほい)覚悟(かくご)してゐるのだからな』
383 (さん)(にん)国照別(くにてるわけ)(かほ)無言(むごん)のまま、384(ぬす)(やう)にして(うち)(まも)つてゐる。385国照別(くにてるわけ)無雑作(むざふさ)に、
386高砂城(たかさごじやう)(とこ)置物(おきもの)387無神経質(むしんけいしつ)骨董品(こつとうひん)殿(どの)388(さん)(にん)よれば文珠(もんじゆ)智慧(ちゑ)だ。389トツクリと衆生(しゆじやう)平和(へいわ)幸福(かうふく)とを擁護(ようご)し、390人民(じんみん)思想(しさう)善導(ぜんだう)すべく神算(しんさん)鬼謀(きぼう)(めぐ)らしたが()からう。391あゝ(むつ)かしい皺苦茶(しわくちや)(づら)()(かた)()つて()た。392ドーラ、393(うま)にでも()つて馬場(ばば)でもかけ(まは)つて()うかな』
394()ひすて、395足音(あしおと)(たか)奥殿(おくでん)さして(すす)()る。396(あと)見送(みおく)つて松若彦(まつわかひこ)(また)(なみだ)()らし(なが)ら、
397肝心要(かんじんかなめ)後継者(こうけいしや)たる若君(わかぎみ)(さま)が、398あのやうなお(かんが)へでは最早(もはや)(うづ)国家(こくか)滅亡(めつぼう)するより仕方(しかた)ない。399あゝ(こま)つた(こと)になつたものだ、400なア伊佐彦(いさひこ)殿(どの)
401 伊佐彦(いさひこ)真青(まつさを)(かほ)して、402(くちびる)をビリビリふるはせ(なが)禿()げた(あたま)をツルリと()で、
403閣下(かくか)()はるる(とほ)り、404(こま)つた(こと)(ござ)る。405どうして(うづ)衆生(しゆじやう)安穏(あんおん)ならしめ、406(いへ)永遠(えいゑん)(さか)ゆべき方法(はうはふ)(かう)じたら(よろ)しう(ござ)いませうか。407深夜(しんや)(まくら)(もた)げて国家(こくか)前途(ぜんと)(おも)ひみれば、408(じつ)不安(ふあん)(じやう)()へませぬ』
409岩治(いははる)『アツハヽヽ、410(この)行詰(ゆきつま)つた現代(げんだい)流通(りうつう)させ、411衆生(しゆじやう)皷腹(こふく)撃壤(げきじやう)天国(てんごく)(てき)歓楽(くわんらく)()ひ、412(おのおの)(げふ)(たのし)善政(ぜんせい)()くは(なん)でもない(こと)(ござ)る。413()両所(りやうしよ)(たち)()(まを)すと(はばか)(おほ)いが、414頑迷(ぐわんめい)固陋(ころう)にして時代(じだい)(かい)(たま)はざる(ため)(ござ)いませう。415時代(じだい)潮流(てうりう)善導(ぜんだう)してさへ()けば、416(うづ)衆生(しゆじやう)国司(こくし)(とく)(した)ひ、417(たちま)天国(てんごく)社会(しやくわい)展開(てんかい)されるは(あきら)かな事実(じじつ)(ござ)いますぞ。418()(かく)退隠(たいいん)(あそ)ばすが国家(こくか)進展(しんてん)(じやう)第一(だいいち)手段(しゆだん)だと(かんが)へます。419(いたづら)旧套(きうたう)墨守(ぼくしゆ)して衆生(しゆじやう)(こころ)(おさ)へ、420社会(しやくわい)進歩(しんぽ)(さまた)ぐるに(おい)ては何時(いつ)如何(いか)なる大事(だいじ)脚下(あしもと)から勃発(ぼつぱつ)するかも()れませぬぞ。421拙者(せつしや)(けつ)して自己(じこ)権利(けんり)()むが(ため)422(また)政権(せいけん)壟断(ろうだん)せむが(ため)論議(ろんぎ)するのではありませぬ。423国家(こくか)(すく)ふのは拙者(せつしや)(かんが)ふる(ところ)(もつ)最善(さいぜん)方法(はうはふ)(おも)ふからです。424()両所(りやうしよ)()かせられても、425(すみやか)色眼鏡(いろめがね)撤回(てつくわい)して拙者(せつしや)真心(まごころ)()透察(とうさつ)(くだ)さらば、426(おのづか)らお(うたがひ)()けるでせう』
427松若(まつわか)侫弁(ねいべん)(もつ)(おの)野心(やしん)遂行(すゐかう)せむとする貴殿(きでん)内心(ないしん)428いつかな いつかな、429(その)()()松若彦(まつわかひこ)では(ござ)らぬ。430(およ)ばず(なが)拙者(せつしや)(うづ)(くに)柱石(ちうせき)431かくなる(うへ)最早(もはや)()心配(しんぱい)(くだ)さるな。432拙者(せつしや)(いのち)のあらむ(かぎ)り、433君国(くんこく)(ため)に、434老齢(らうれい)(なが)奮闘(ふんとう)努力(どりよく)(いた)して()よう。435()いては伊佐彦(いさひこ)殿(どの)436今日(こんにち)只今(ただいま)より岩治別(いははるわけ)(たい)し、437老中(らうぢう)(しよく)()くから、438貴殿(きでん)もさう(かんが)へなされ。439そして今後(こんご)何事(なにごと)拙者(せつしや)()相談(さうだん)(つかまつ)らう』
440 伊佐彦(いさひこ)喜色(きしよく)満面(まんめん)(うか)(なが)ら、441「ヤレ邪魔者(じやまもの)排斥(はいせき)された」……と()はぬ(ばか)りの態度(たいど)にて、
442閣下(かくか)(おほせ)443御尤(ごもつと)千万(せんばん)444国家(こくか)(ため)445(つつし)んで(しゆく)(たてまつ)ります。446岩治別(いははるわけ)殿(どの)447大老(たいらう)よりのお言葉(ことば)448ヨモヤ違背(ゐはい)(ござ)るまい。449サア(すみやか)(この)()退出(たいしゆつ)()され』
450居丈高(ゐたけだか)になつて(ののし)つた。
451岩治(いははる)『これは()しからぬ両所(りやうしよ)のお言葉(ことば)452拙者(せつしや)貴殿(きでん)()より任命(にんめい)された(もの)では(ござ)らぬ。453永年(ながねん)国務(こくむ)鞅掌(あうしやう)(いた)した功労(こうらう)思召(おぼしめ)され、454国司(こくし)より老中(らうぢう)(れつ)(くは)へられたる(もの)455(しか)るを大老(たいらう)()(もつ)吾々(われわれ)免職(めんしよく)()ひつくるとは、456(じつ)不届(ふとど)千万(せんばん)では(ござ)らぬか。457貴殿(きでん)()神権(しんけん)無視(むし)し、458国政(こくせい)(わたくし)するものと()はれても(のが)るる言葉(ことば)(ござ)りますまい。459乱臣(らんしん)賊子(ぞくし)とは貴殿(きでん)()のことで(ござ)る』
460居丈高(ゐたけだか)になり(こゑ)(あら)らげて()めつけた。
461 松若彦(まつわかひこ)462伊佐彦(いさひこ)目配(めくば)せし(なが)ら、463ソツと(この)()()つて国依別(くによりわけ)国司(こくし)御殿(ごてん)(すす)()る。
464 (あと)岩治別(いははるわけ)双手(もろて)()み、465越方(こしかた)行末(ゆくすゑ)のことなど(おも)()かべて、466慨世(がいせい)憂国(いうこく)(なみだ)にくれてゐた。467そこへ若君(わかぎみ)国照別(くにてるわけ)はあわただしく只一人(ただひとり)(いり)(きた)り、
468『オイ、469岩治別(いははるわけ)殿(どの)470一時(いつとき)(はや)裏門(うらもん)より(のが)()でよ。471(なんぢ)(とら)へて(ごく)(とう)ぜむと、472二人(ふたり)老耄爺(おいぼれぢい)大目付(おほめつけ)()()手配(てくば)りさしてゐる。473サア、474(とき)(おく)れては取返(とりかへ)しがつかぬ、475(はや)(はや)く』
476とせき()てた。477岩治別(いははるわけ)挙手(きよしゆ)(れい)(ほどこ)(なが)ら『ダンコン』と(ただ)一言(いちごん)(のこ)し、478夕暗(ゆふやみ)(さいは)ひ、479姿(すがた)(へん)じて裏門(うらもん)より何処(いづく)ともなく()えて(しま)つた。
480 三五(さんご)(つき)(ひがし)(やま)()(てら)して、481高砂(たかさご)城内(じやうない)(さわ)ぎを()らぬ(がほ)にニコニコと(なが)めてゐる。
482大正一三・一・二二 旧一二・一七 於伊予山口氏邸、松村真澄録)
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