霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第一章 大評定(だいひやうぢやう)〔一七四六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第69巻 山河草木 申の巻 篇:第1篇 清風涼雨 よみ(新仮名遣い):せいふうりょうう
章:第1章 大評定 よみ(新仮名遣い):だいひょうじょう 通し章番号:1746
口述日:1924(大正13)年01月22日(旧12月17日) 口述場所:伊予 山口氏邸 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1927(昭和2)年10月26日
概要: 舞台:高砂城 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
三五教の宣伝使国依別命が、神素盞嗚大神の末女、末子姫を娶ってより治めていた珍の国(アルゼンチン)が舞台となります。
天下泰平、四民和楽の治世も、次第に常世の国よりウラル教の思想が入り来たり、国内には他にもさまざまな悪思想がはびこり始めていました。
物語は、国司・国依別の補佐を長年勤めて来た松若彦が、部下の伊佐彦・岩治別に辞任の意を漏らすところから始まります。
松若彦は自分の老齢と、現代の情勢の厳しさを考え、退任して部下のいずれかに後を任せようとします。
伊佐彦:これまでのやり方を守り、あくまで松若彦を中心にして国を治めるべき。
岩治別:年老いた松若彦は早く退陣し、新しい考えをもった自分が国司の補佐となり、元の太平を取り戻す覚悟。
伊佐彦、岩治別は互いに意見が合わず、言い争っている。そこへ、国司国依別の長子、国照別がやってきます。若君は、浴衣の上に帯をグルグル巻きにして、鼻歌を歌いながら登場。
国照別:3人とも中途半端な骨董品だから、自分が親父に勧告して、皆職を解き、平民となって気楽に余生を送らせたいと思っているのだ。。。と3人を煙に巻いて退散します。
松若彦は若君のこの有様を見て逆に発奮し、隠退の言を撤回します。そして改革派の岩治別の任を解いてしまいます。
それだけでなく、松若彦・伊佐彦は岩治別を捉えて獄に投じようと画策します。しかし岩治別は国照別の手引きにより、城を脱出していずこかへ姿をくらまします。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-10-01 18:23:29 文字数:7280 OBC :rm6901
愛善世界社版:29頁 八幡書店版:第12輯 281頁 修補版: 校定版:31頁 普及版: 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎全集 > 第五巻 言霊解・其他 > 【随筆・其他】 > 霊眼に映じたアマゾン流域
001 太平(たいへい)大西(たいせい)両洋(りやうやう)に跨(またが)り、002常世(とこよ)の波(なみ)をせきとめて、003割(わ)つた屠牛(とぎう)の片脚(かたあし)の如(や)うにブラ下(さが)つてゐる南米(なんべい)大陸(たいりく)は、004春夏(しゆんか)はあつても秋冬(しうとう)の気候(きこう)を知(し)らぬ理想(りさう)的(てき)の天国(てんごく)である。005太洋(たいやう)より絶(た)えず吹(ふ)き来(きた)る清風(せいふう)は、006塩分(えんぶん)を含(ふく)んで土地(とち)を益々(ますます)豊饒(ほうぜう)ならしめ、007人頭大(じんとうだい)の果実(このみ)は随所(ずいしよ)に豊熟(ほうじゆく)し、008吾人(ごじん)が坐(ざ)して尚(なほ)余(あま)りある如(ごと)き数多(あまた)の花(はな)は四方(しはう)に咲(さ)きみだれ、009数万種(すうまんしゆ)の薬草(やくさう)は至(いた)る所(ところ)の山野(さんや)に芳香(はうかう)を放(はな)つて繁茂(はんも)し、010アマゾン河(がは)におち込(こ)む数千(すうせん)の支流(しりう)には数十万(すうじふまん)種(しゆ)の魚族(ぎよぞく)が棲息(せいそく)し、011山(やま)には金(きん)銀(ぎん)銅(どう)鉄(てつ)石炭(せきたん)等(とう)の鉱物(くわうぶつ)を豊富(ほうふ)に包蔵(はうざう)し、012特(とく)に石炭(せきたん)の産額(さんがく)は全世界(ぜんせかい)に其(その)比(ひ)を見(み)ざる所(ところ)である。013乍併(しかしながら)現今(げんこん)は未(いま)だ充分(じゆうぶん)に採掘(さいくつ)の方法(はうはふ)が備(そな)はつてゐないので、014可惜(あたら)宝庫(はうこ)を地(ち)に委(ゐ)してゐる次第(しだい)である。
015 アンデス山脈(さんみやく)は高(たか)く雲表(うんぺう)に聳(そび)え、016海抜(かいばつ)一万(いちまん)四五千(しごせん)尺(しやく)より三万(さんまん)尺(しやく)の高地(かうち)が[*ママ]ある。017そして山(やま)の頂(いただ)きには狭(せま)くて十(じふ)里(り)、018広(ひろ)きは数十(すうじふ)里(り)に亘(わた)る高原(かうげん)が展開(てんかい)してゐる。019樹木(じゆもく)の数(かず)も我(わが)国(くに)より見(み)れば仲々(なかなか)多(おほ)い。020又(また)ブラジル国(こく)を流(なが)るるアマゾン河(がは)の川幅(かははば)は、021日本(にほん)全国(ぜんこく)を縦(たて)に河中(かちう)に放(ほう)り込(こ)んでも、022まだ余(あま)る様(やう)な世界一(せかいいち)の大河(たいが)である。023特(とく)にペルウ、024ブラジル、025アルゼンチン等(とう)の原野(げんや)には、026日本(にほん)の柿(かき)の木(き)の如(や)うな綿(わた)の木(き)が所々(ところどころ)に天然(てんねん)に繁茂(はんも)し、027青(あを)、028黄(き)、029赤(あか)、030紫(むらさき)、031白(しろ)等(とう)自然(しぜん)の色(いろ)を保(たも)つた綿(わた)が年中(ねんぢう)梢(こずゑ)にブラ下(さが)つてゐる。032又(また)竹(たけ)の如(ごと)きも日本(にほん)内地(ないち)のすすき株(かぶ)の様(やう)にかたまつて生(は)え、033太(ふと)さは横(よこ)に切(き)つて、034棺桶(くわんをけ)や手桶(てをけ)が造(つく)れる位(くらゐ)である。035蕗(ふき)の如(ごと)きは一(いち)枚(まい)の葉(は)の下(した)に十(じふ)人(にん)位(くらゐ)集(あつ)まつて雨(あめ)を凌(しの)ぐことが出来(でき)るやうなのがある。036牛(うし)馬(うま)羊(ひつじ)豚(ぶた)などは際限(さいげん)もなき原野(げんや)に飼(かひ)放(ぱな)しにされてゐるが、037それでも持主(もちぬし)はめいめい定(き)まつてゐる。038味(あぢ)の良(よ)き苺(いちご)やバナナ、039無花果(いちぢく)などは少(すこ)し低地(ていち)になると厭(いや)になる程(ほど)沢山(たくさん)に出来(でき)てゐる。040そして猿(さる)に鹿(しか)、041野猪(のじし)などは白昼(はくちう)公然(こうぜん)と人家(じんか)近(ちか)くよつて来(き)て平気(へいき)で遊(あそ)んでゐる。042鷹(たか)のやうな蝶(てふ)や蝙蝠(かうもり)、043又(また)蜂(はち)のやうな蟆子(ぶと)、044雀(すずめ)のやうな蜂(はち)、045拳(こぶし)のやうな蠅(はへ)が風(かぜ)のまにまに群(ぐん)をなしてやつて来(く)ることもある。046すべてが大陸(たいりく)的(てき)で日本人(にほんじん)の目(め)から見(み)れば実(じつ)に肝(きも)を冷(ひや)すやうなこと計(ばか)りである。047乍併(しかしながら)瑞月(ずゐげつ)は伊予(いよ)の国(くに)道後(だうご)温泉(をんせん)のホテルの三階(さんかい)に横臥(わうぐわ)したまま目(め)に映(えい)じたことを述(の)べたに過(す)ぎないから、048或(あるひ)は間違(まちが)つてゐるかも知(し)れない。049南米(なんべい)の事情(じじやう)に詳(くは)しき人(ひと)が此(この)物語(ものがたり)を読(よ)んだならば、050始(はじ)めて其(その)虚実(きよじつ)が分(わか)るであらう。051只(ただ)霊眼(れいがん)に映(えい)じた儘(まま)を述(の)べたに過(す)ぎない。
052 三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)国依別(くによりわけの)命(みこと)が、053神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)、054言依別(ことよりわけの)命(みこと)の命(めい)に依(よ)り、055瑞(みづ)の御霊(みたま)の大神(おほかみ)が八人(やたり)乙女(をとめ)の末女(まつぢよ)末子姫(すゑこひめ)に娶(めあ)ひて、056アルゼンチンの珍(うづ)の都(みやこ)の国司(こくし)となりしより、057天下(てんか)泰平(たいへい)国土(こくど)成就(じやうじゆ)して四民(しみん)和楽(わらく)し、058珍(うづ)の天国(てんごく)を永久(えいきう)に築(きづ)き上(あ)げ、059国民(こくみん)は国司(こくし)の仁徳(じんとく)を慕(した)ふて、060天来(てんらい)の主師親(しゆししん)と仰(あふ)ぎ仕(つか)へまつることとなつてゐた。061然(しか)るに常世(とこよ)の国(くに)よりウラル教(けう)の思想(しさう)何時(いつ)とはなく、062交通(かうつう)の発達(はつたつ)と共(とも)に輸入(ゆにふ)し来(きた)り、063日(ひ)を追(お)ひ月(つき)を重(かさ)ねて、064漸(やうや)く国内(こくない)には妖蔽(えうへい)の兆(てう)を呈(てい)して来(き)た。065到(いた)る所(ところ)に清家(せいか)無用論(むようろん)や、066乗馬(じやうめ)階級(かいきふ)撤廃論(てつぱいろん)が勃発(ぼつぱつ)し、067互(たがひ)に党(たう)を作(つく)り派(は)を争(あらそ)ひ、068さしもに平和(へいわ)なりしアルゼンチンは、069漸(やうや)く乱麻(らんま)の如(ごと)き世態(せたい)を醸成(じやうせい)するに至(いた)つたのである。070国依別(くによりわけ)は漸(やうや)く年老(としお)ひ、071城内(じやうない)の歩行(ほかう)にも杖(つゑ)を用(もち)ゐるに至(いた)り頭(かしら)に霜(しも)を戴(いただ)き、072前頭部(ぜんとうぶ)は殆(ほと)んど電燈(でんとう)の如(ごと)くに光(ひか)り出(だ)した。073末子姫(すゑこひめ)も漸(やうや)く年老(としお)ひ、074中婆(ちうばば)さまとなつて了(しま)つた。075国依別(くによりわけ)末子姫(すゑこひめ)二人(ふたり)の中(なか)に国照別(くにてるわけ)、076春乃姫(はるのひめ)といふ一男(いちなん)一女(いちぢよ)があつた。077国照別(くにてるわけ)は父(ちち)国依別(くによりわけ)の洒脱(しやだつ)にして豪放(がうはう)な気分(きぶん)を受(う)け、078幼少(えうせう)より仁侠(じんけふ)を以(もつ)て処世(しよせい)の方針(はうしん)としてゐた。079そして清家(せいか)生活(せいくわつ)を非常(ひじやう)に忌(い)み嫌(きら)ひ、080隙間(すきま)があれば、081城内(じやうない)をぬけ出(だ)し簡易(かんい)なる平民(へいみん)生活(せいくわつ)をなさむと考(かんが)へてゐたのである。
082 国司(こくし)を補佐(ほさ)して忠実(ちうじつ)につとめてゐた松若彦(まつわかひこ)、083捨子姫(すてこひめ)も漸(やうや)く年老(としお)ひ、084松依別(まつよりわけ)、085常盤姫(ときはひめ)の二子(にし)をあげてゐた。086そして松若彦(まつわかひこ)の部下(ぶか)に伊佐彦(いさひこ)、087岩治別(いははるわけ)の左右(さいう)の重職(ぢうしよく)があつて、088松若彦(まつわかひこ)の政務(せいむ)を補佐(ほさ)しつつあつた。
089神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)が
090皇(すめ)大神(おほかみ)の経綸(けいりん)を
091遂行(すゐかう)せむと斎苑(いそ)館(やかた)
092後(あと)に眺(なが)めてはるばると
093天(あま)の岩樟船(いはくすふね)に乗(の)り
094アルゼンチンの珍(うづ)の国(くに)
095珍(うづ)の都(みやこ)に天降(あも)りまし
096八人(やたり)乙女(をとめ)の末子姫(すゑこひめ)
097国(くに)の司(つかさ)と定(さだ)めつつ
098国依別(くによりわけ)の神司(かむづかさ)
099夫(つま)と定(さだ)めて合衾(がふきん)の
100式(しき)を挙(あ)げさせ勇(いさ)み立(た)ち
101再(ふたた)びフサの産土(うぶすな)の
102厳(いづ)の館(やかた)に帰(かへ)りしゆ
103三十三年(みそまりみとせ)の星霜(せいさう)を
104経(へ)にける今日(けふ)の都路(みやこぢ)は
105甍(いらか)も高(たか)く立並(たちなら)び
106数十倍(すうじふばい)の人(ひと)の家(いへ)
107建(た)てひろがりて南米(なんべい)に
108並(なら)ぶ者(もの)無(な)き大都会(だいとくわい)
109交通(かうつう)機関(きくわん)は完成(くわんせい)し
110数多(あまた)の役所(やくしよ)は立(たち)並(なら)び
111大商店(だいしやうてん)は櫛比(しつぴ)して
112昔(むかし)のおもかげ何処(どこ)へやら
113うつて変(かは)りし繁栄(はんえい)に
114驚(おどろ)かざるはなかりけり
115国依別(くによりわけ)と末子姫(すゑこひめ)
116二人(ふたり)の中(なか)に生(うま)れたる
117国照別(くにてるわけ)や春乃姫(はるのひめ)
118容色(ようしよく)衆(しう)にぬきんでて
119珍(うづ)の都(みやこ)の月花(つきはな)と
120南米(なんべい)諸国(しよこく)に鳴(な)りわたり
121若(わか)き男女(だんぢよ)の情緒(じやうちよ)をば
122そそりて血(ち)をばわかせたる
123遠(とほ)き神代(かみよ)の物語(ものがたり)
124褥(しとね)の上(うへ)に横(よこ)たはり
125言霊車(ことたまぐるま)ころぶまに
126面白(おもしろ)可笑(をか)しく述(の)べて行(ゆ)く
127あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
128御霊(みたま)幸(さちは)ひましませよ。
129 珍(うづ)の都(みやこ)の高砂(たかさご)城内(じやうない)評定所(ひやうぢやうしよ)の別室(べつしつ)には、130大老(たいらう)松若彦(まつわかひこ)を始(はじ)め、131伊佐彦(いさひこ)、132岩治別(いははるわけ)の老中株(らうぢうかぶ)が首(くび)を鳩(あつ)めて秘密(ひみつ)会議(くわいぎ)を開(ひら)いてゐた。133空(そら)はドンヨリとして何(なん)となく蒸暑(むしあつ)く、134一種(いつしゆ)異様(いやう)の不快(ふくわい)な零囲気(ふんゐき)が室内(しつない)を包(つつ)んでゐる。135松若彦(まつわかひこ)は二人(ふたり)の老中株(らうぢうかぶ)に打向(うちむか)ひ、136水(みづ)ばなをすすり乍(なが)ら、137骨(ほね)と皮(かは)との赤黒(あかぐろ)い腕(うで)を前(まへ)へニユツと出(だ)し、138招(まねき)猫(ねこ)宜(よろ)しくの体(てい)で歯(は)のぬけた口(くち)から、139慄(ふる)ひ慄(ふる)ひ先(ま)づ火葢(ひぶた)を切(き)つた。
140松若彦『御(ご)両所(りやうしよ)殿(どの)、141今日(こんにち)は御(ご)多忙(たばう)の処(ところ)早朝(さうてう)より能(よ)く御(ご)来城(らいじやう)下(くだ)さつた。142今日(けふ)御(お)招(まね)き申(まを)したのは、143折(をり)入(い)つて御(ご)両所(りやうしよ)に相談(さうだん)したきことがあつて、144自分(じぶん)の決心(けつしん)を忌憚(きたん)なく吐露(とろ)し、145御(ご)両所(りやうしよ)の御(ご)援助(ゑんじよ)を得(え)たいと思(おも)ふのだ』
146と云(い)ひ乍(なが)ら、147コーヒーを一口(ひとくち)グツと飲(の)んで、148顎鬚(あごひげ)にしたたる露(つゆ)を、149分(ぶ)の厚(あつ)いタオルでクリクリと二三遍(にさんべん)拭(ぬぐ)ふた。
150伊佐(いさ)『御(ご)老体(らうたい)の身(み)を以(もつ)て、151何時(いつ)も国家(こくか)の重職(ぢうしよく)に身命(しんめい)を捧(ささ)げ下(くだ)さる段(だん)、152誠(まこと)に感謝(かんしや)に堪(た)へませぬ。153そして今日(こんにち)吾々(われわれ)をお招(まね)きになつた御(ご)用件(ようけん)は如何(いか)なる事(こと)か存(ぞん)じませぬが、154吾々(われわれ)の力(ちから)の及(およ)ぶ事(こと)ならば、155国司(こくし)の為(ため)、156珍(うづ)の国(くに)の為(ため)、157あらむ限(かぎ)りの努力(どりよく)を払(はら)ふで厶(ござ)いませう』
158松若(まつわか)『イヤ、159それを聞(き)いて松若彦(まつわかひこ)安心(あんしん)を致(いた)した。160岩治別(いははるわけ)殿(どの)、161貴殿(きでん)も亦(また)伊佐彦(いさひこ)殿(どの)と御(ご)同感(どうかん)で厶(ござ)らうなア』
162岩治(いははる)『いかにも、163左様(さやう)、164吾々(われわれ)は元(もと)より身命(しんめい)を君国(くんこく)の為(ため)に捧(ささ)ぐる者(もの)、165閣下(かくか)の御(お)言葉(ことば)に対(たい)し一言(いちげん)半句(はんく)たり共(とも)、166違背(ゐはい)致(いた)す道理(だうり)は厶(ござ)いませぬ。167乍併(しかしながら)今日(こんにち)の世(よ)は大(おほい)に改(あらた)まつて居(を)ります。168革新(かくしん)の気分(きぶん)が漲(みなぎ)つて参(まゐ)りました。169それ故(ゆゑ)慨世(がいせい)憂国(いうこく)の吾々(われわれ)、170閣下(かくか)の御(お)言葉(ことば)に依(よ)つては171或(あるひ)は国家(こくか)の将来(しやうらい)を慮(おもんぱか)るについて背(そむ)かねばならないかも分(わか)りませぬ。172そこは予(あらかじ)め御(ご)承知(しようち)を願(ねが)つておきます』
173松若(まつわか)『成程(なるほど)174貴殿(きでん)の云(い)はるる通(とほ)り、175今日(こんにち)の社会(しやくわい)は昔日(せきじつ)の社会(しやくわい)ではない。176日進(につしん)月歩(げつぽ)177殆(ほと)んど止(とど)まる所(ところ)を知(し)らない世(よ)の中(なか)の情勢(じやうせい)で厶(ござ)る。178就(つい)ては松若彦(まつわかひこ)が御(ご)両所(りやうしよ)に御(ご)相談(さうだん)と申(まを)すのは、179御(ご)承知(しようち)の通(とほ)り老齢(らうれい)職(しよく)に堪(た)へず、180大老(たいらう)の職(しよく)を辞(じ)し、181新進(しんしん)気鋭(きえい)の御(ご)両所(りやうしよ)に吾(わ)が職(しよく)を譲(ゆづ)り、182退隠(たいいん)の身(み)となり、183光風(くわうふう)霽月(せいげつ)を楽(たの)しみ、184閑地(かんち)につきたいと欲(ほつ)するからで厶(ござ)る。185何(なん)と御(ご)両所(りやうしよ)に於(おい)て吾(わ)が希望(きばう)を容(い)れ、186後任者(こうにんしや)たる事(こと)を承諾(しようだく)しては下(くだ)さるまいか』
187伊佐(いさ)『これは怪(け)しからぬ閣下(かくか)の仰(おほ)せかな。188閣下(かくか)は珍一国(うづいつこく)の柱石(ちうせき)では厶(ござ)らぬか。189上下(じやうげ)の一致(いつち)を欠(か)き、190清家(せいか)と衆生(しゆじやう)との争闘(さうとう)烈(はげ)しき今日(こんにち)、191国家(こくか)の重鎮(ぢうちん)たる閣下(かくか)が今日(こんにち)の場合(ばあひ)、192万々一(まんまんいち)退隠(たいいん)さるる様(やう)の事(こと)あつては、193それこそ乱(みだ)れに紊(みだ)れし国家(こくか)はいやが上(うへ)にも争乱(さうらん)を勃発(ぼつぱつ)し、194社稷(しやしよく)を危(あやふ)うするの端(たん)を開(ひら)くのは最(もつと)も明(あきら)かなる道理(だうり)で厶(ござ)る。195何卒(なにとぞ)此(この)儀(ぎ)許(ばか)りは思(おも)ひ止(とど)まつて頂(いただ)きたう存(ぞん)じます』
196松若(まつわか)『貴殿(きでん)の勧告(くわんこく)は一応(いちおう)尤(もつと)も乍(なが)ら、197老齢(らうれい)職(しよく)に堪(た)へざる身(み)を以(もつ)て国家(こくか)重要(ぢうえう)の職(しよく)に居(を)り、198後進者(こうしんしや)の進路(しんろ)を壅塞(ようそく)し、199国内(こくない)の零囲気(ふんゐき)をして益々(ますます)腐乱(ふらん)せしむるは、200拙者(せつしや)に於(おい)て忍(しの)びざる所(ところ)、201何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)吾(わが)希望(きばう)を容(い)れ、202御(ご)両所(りやうしよ)の中(うち)に於(おい)て大老(たいらう)の職(しよく)を預(あづ)かつて貰(もら)ひたい』
203岩治(いははる)『成程(なるほど)、204松若彦(まつわかひこ)様(さま)のお言葉(ことば)の通(とほ)り、205齢(よはひ)幾何(いくばく)もなき老人(らうじん)が国政(こくせい)を執(と)るは国家(こくか)の進運(しんうん)を妨(さまた)ぐること最(もつと)も甚(はなはだ)しく、206且(かつ)惟神(かむながら)の大道(だいだう)に違反(ゐはん)するものならば、207お望(のぞ)みの通(とほ)り御(ご)退隠(たいいん)なさいませ。208拙者(せつしや)は実(じつ)の所(ところ)は数年前(すうねんぜん)より只今(ただいま)のお言葉(ことば)を期待(きたい)して居(を)りました。209実(じつ)に賢明(けんめい)なる閣下(かくか)の御(ご)心事(しんじ)、210イヤ早(はや)感激(かんげき)の至(いた)りに堪(た)へませぬ』
211 伊佐彦(いさひこ)は憤然(ふんぜん)として言葉(ことば)をあららげ、
212伊佐彦『コレハコレハ御(ご)両所(りやうしよ)共(とも)、213以(もつ)ての外(ほか)のお言葉(ことば)、214左様(さやう)な意志(いし)薄弱(はくじやく)なる事(こと)では民(たみ)を治(をさ)むる事(こと)は出来(でき)ますまい。215飽(あ)く迄(まで)も国家(こくか)の為(ため)に犠牲(ぎせい)的(てき)精神(せいしん)を発揮(はつき)遊(あそ)ばすのが大老(たいらう)の御(ご)聖職(せいしよく)では厶(ござ)らぬか。216岩治別(いははるわけ)殿(どの)は松若彦(まつわかひこ)様(さま)に対(たい)し、217御(ご)諌言(かんげん)申(まをし)上(あ)ぐることを忘(わす)れ、218自(みづか)ら其(その)後釜(あとがま)に坐(すわ)り、219畏(おそ)れ多(おほ)くも、220国司(こくし)様(さま)の代理権(だいりけん)を執行(しつかう)せむとする其(その)心底(しんてい)野望(やばう)の程(ほど)、221歴然(れきぜん)と現(あら)はれて居(を)りますぞ。222左様(さやう)な野心(やしん)を有(いう)する役人(やくにん)が上(かみ)にあつては、223下(しも)益々(ますます)乱(みだ)れ224遂(つひ)には収拾(しうしふ)す可(べか)らざる乱世(らんせい)となるでせう。225拙者(せつしや)はあく迄(まで)も松若彦(まつわかひこ)様(さま)の御(ご)留任(りうにん)を希望(きばう)して止(や)みませぬ』
226岩治(いははる)『これは怪(け)しからぬ伊佐彦(いさひこ)の言葉(ことば)、227拙者(せつしや)は決(けつ)して野心(やしん)なんか毛頭(まうとう)持(も)つてゐませぬ。228よく考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。229松若彦(まつわかひこ)様(さま)は已(すで)に御(ご)頽齢(たいれい)、230かやうな時(とき)には、231新進(しんしん)気鋭(きえい)の若者(わかもの)でなくては国家(こくか)を支持(しぢ)し、232民心(みんしん)をつなぐ事(こと)は出来(でき)ますまい。233さすが賢明(けんめい)なる松若彦(まつわかひこ)様(さま)、234此(この)間(かん)の消息(せうそく)を御(ご)推知(すいち)遊(あそ)ばされ、235進(すす)んで自決(じけつ)の途(みち)に出(い)でられたのは236天晴(あつぱれ)国家(こくか)の柱石(ちうせき)と称讃(しようさん)申(まをし)上(あ)ぐる外(ほか)はありますまい。237及(およ)ばずながら御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さるな。238みごと拙者(せつしや)が松若彦(まつわかひこ)の後任者(こうにんしや)となつて、239上(かみ)は国司(こくし)に対(たい)し、240下(しも)国民(こくみん)に対(たい)して、241至真(ししん)至粋(しすゐ)至美(しび)至愛(しあい)の善政(ぜんせい)を布(し)き、242珍(うづ)の天地(てんち)を神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)が降(くだ)らせ玉(たま)ひし、243昔(むかし)の天国(てんごく)浄土(じやうど)に立直(たてなほ)して御覧(ごらん)に入(い)れませう』
244伊佐(いさ)『おだまりなされ。245貴殿(きでん)は老中(らうぢう)の地位(ちゐ)に在(あ)りと雖(いへど)、246無能(むのう)無策(むさく)、247到底(たうてい)国家(こくか)の重任(ぢうにん)に堪(た)へざるは、248上下(じやうげ)一般(いつぱん)の認(みと)むる所(ところ)で厶(ござ)る。249常(つね)に大言(たいげん)壮語(さうご)を吐(は)き、250私立(しりつ)大学(だいがく)を創立(さうりつ)して不良(ふりやう)青年(せいねん)を収容(しうよう)し、251国家(こくか)顛覆(てんぷく)の根源(こんげん)を培(つちか)ふ悪魔(あくま)の張本(ちやうほん)、252到底(たうてい)城中(じやうちう)の政治(せいぢ)を左右(さいう)する人格者(じんかくしや)では厶(ござ)らぬ。253それだと云(い)つて外(ほか)に適任者(てきにんしや)はなし、254御(ご)苦労(くらう)乍(なが)ら松若彦(まつわかひこ)様(さま)に今一度(いまいちど)の御(ご)奮発(ふんぱつ)を願(ねが)はなくては、255忽(たちま)ち貴殿(きでん)の如(ごと)き非国家(ひこくか)主義者(しゆぎしや)が政権(せいけん)を掌握(しやうあく)さるる事(こと)となつて了(しま)ふ。256之(こ)れ国家(こくか)の為(ため)に最(もつと)も恐(おそ)るべき大事変(だいじへん)で厶(ござ)る。257貴殿(きでん)にして一片(いつぺん)報国(ほうこく)の至誠(しせい)あらば体(てい)よく老中(らうぢう)の地位(ちゐ)を去(さ)り、258爵位(しやくゐ)を奉還(ほうくわん)し、259野(や)に下(くだ)つて、2591民情(みんじやう)をトクと視察(しさつ)し260其(その)上(うへ)更(あらた)めて意見(いけん)を進言(しんげん)なされ。261此(この)伊佐彦(いさひこ)のある限(かぎ)り、262どこ迄(まで)も貴殿(きでん)の欲望(よくばう)は遂(と)げさせませぬぞ』
263 松若彦(まつわかひこ)は心(こころ)の中(うち)にて……到底(たうてい)今日(こんにち)の世(よ)の中(なか)、264今(いま)迄(まで)通(どほ)りではやつて行(ゆ)けないことは、265百(ひやく)も千(せん)も承知(しようち)してゐた。266されど投槍(なげやり)思想(しさう)を帯(お)びた岩治別(いははるわけ)に政権(せいけん)を渡(わた)せば、267忽(たちま)ち国家(こくか)の根底(こんてい)を覆(くつがへ)すであらうし、268真(しん)に国家(こくか)を思(おも)ふ伊佐彦(いさひこ)に政権(せいけん)を渡(わた)せば、269時勢(じせい)おくれの保守(ほしゆ)主義(しゆぎ)を振(ふ)りまはし、270益々(ますます)民心(みんしん)離反(りはん)の端(たん)を開(ひら)くであらう、271ハテ困(こま)つた事(こと)だなア、272退(ひ)くには退(ひ)かれず進(すす)むにも進(すす)まれず、273国内(こくない)一般(いつぱん)の民情(みんじやう)を見(み)れば、274上(あ)げもおろしも、275自分(じぶん)の力(ちから)ではならなくなつて来(き)た。276到底(たうてい)清家(せいか)政治(せいぢ)や閥族(ばつぞく)政治(せいぢ)のいつ迄(まで)も続(つづ)くべき道理(だうり)がない…否(いな)斯(かく)の如(ごと)く乗馬(じやうめ)階級(かいきふ)の政治(せいぢ)的(てき)権力(けんりよく)は最早(もはや)最後(さいご)に瀕(ひん)してゐる。277何(なん)とかして国内(こくない)の空気(くうき)を一新(いつしん)し、278人心(じんしん)の倦怠(けんたい)を救(すく)ひ、279思想(しさう)の悪化(あくくわ)を緩和(くわんわ)し、280上下(じやうげ)一致(いつち)の新政(しんせい)を布(し)きたいものだ。281あゝ何(ど)うしたら可(よ)からうかな、282……と水(みづ)ばなをすすり、283腕(うで)をくみて両眼(りやうがん)よりは涙(なみだ)さへ滴(したた)らしてゐる。284三(さん)人(にん)は何(いづ)れも口(くち)を噤(つぐ)んで互(たがひ)に顔(かほ)を見守(みまも)つてゐる。
285 そこへ浴衣(ゆかた)の上(うへ)へ無雑作(むざふさ)に三尺帯(さんじやくおび)をグルグル巻(まき)にして286鼻唄(はなうた)を唄(うた)ひながらやつて来(き)たのは国照別(くにてるわけ)であつた。
287国照(くにてる)『ヨー、288デクさまの御(お)集会(しふくわい)かな、289到底(たうてい)、290干(ひ)からびた古(ふる)い頭(あたま)では、291碌(ろく)な相談(さうだん)もまとまりはしまい、292…ヤアー松若彦(まつわかひこ)、293お前(まへ)は泣(な)いてゐるのか、294お前(まへ)もヤツパリ年(とし)が老(よ)つた加減(かげん)か、295余程(よほど)涙(なみだ)つぽくなつただないか、296……ヤア保守(ほしゆ)老中(らうぢう)の伊佐彦(いさひこ)に投槍(なげやり)老中(らうぢう)の岩治別(いははるわけ)だな、297…ヤ面白(おもしろ)からう、298一(ひと)つ大議論(だいぎろん)をやつて退屈(たいくつ)ざましに僕(ぼく)に聞(き)かしてくれないか。299僕(ぼく)も実(じつ)の所(ところ)は清家(せいか)生活(せいくわつ)がイヤになつて、300どつかへ飛(とび)出(だ)さうと思(おも)つてゐるのだが、301何(なに)をいつても籠(かご)の鳥(とり)同様(どうやう)、302近侍(きんじ)だとか、303衛士(ゑじ)だとか旧時代(きうじだい)の遺物(ゐぶつ)が僕(ぼく)の身辺(しんぺん)にぶらついてゐるものだから、304何(ど)うすることも出来(でき)やしない。305之(これ)も要(えう)するに頭(あたま)の古(ふる)い大老(たいらう)の指図(さしづ)だらう。306僕(ぼく)の親爺(おやぢ)は、307決(けつ)してこんな窮屈(きうくつ)なことは、308好(この)まない筈(はず)だ。309オイ酒(さけ)でも呑(の)んで、310いさぎようせぬかい。311高砂(たかさご)城内(じやうない)で涙(なみだ)は禁物(きんもつ)だからのう』
312 松若彦(まつわかひこ)は手持(てもち)無沙汰(ぶさた)に涙(なみだ)をかくし乍(なが)ら二三(にさん)間(げん)許(ばか)り座(ざ)をしざり、313畳(たたみ)に頭(あたま)をすりつけ乍(なが)ら、
314松若彦『コレハ コレハ、315若君(わかぎみ)様(さま)で厶(ござ)いますか、316エライ御(ご)無礼(ぶれい)を致(いた)しました。317何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)神直日(かむなほひ)大直日(おほなほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し、318無作法(ぶさはふ)をお赦(ゆる)し下(くだ)さいませ』
319国照(くにてる)『オイ、320爺(ぢい)、321ソリヤ何(なに)をするのだ。322左様(さやう)な虚礼(きよれい)虚式(きよしき)的(てき)な事(こと)は、323僕(ぼく)は大嫌(だいきら)ひだ。324モウちつと活溌(くわつぱつ)に直立(ちよくりつ)不動(ふどう)の姿勢(しせい)を執(と)つて、325簡単(かんたん)に挙手(きよしゆ)の礼(れい)をやつたら何(ど)うだ、326余(あま)りまどろしいぢやないか』
327松若(まつわか)『恐(おそ)れ入(い)りました。328併(しか)し乍(なが)ら城内(じやうない)には城内(じやうない)の規則(きそく)が厶(ござ)いますから、329有職(いうそく)故実(こじつ)を破(やぶ)る訳(わけ)には参(まゐ)りませぬ。330礼(れい)なくんば治(おさ)まらずと申(まを)しまして、331国家(こくか)を治(をさ)むるには礼儀(れいぎ)が第一(だいいち)で厶(ござ)いますから、332之(これ)計(ばか)りは何(なに)程(ほど)お気(き)に入(い)らなくても許(ゆる)して頂(いただ)かねばなりませぬ。333之(これ)は珍(うづ)の国(くに)の国粋(こくすゐ)とも申(まを)すべき重要(ぢうえう)なる政治(せいぢ)の大本(たいほん)で厶(ござ)います。334礼儀(れいぎ)なければ国家(こくか)は直(ただち)にみだれ、335長幼(ちやうえう)の序(じよ)は破(やぶ)れ、336君臣(くんしん)父子(ふし)夫婦(ふうふ)の道(みち)は亡(ほろ)びて了(しま)ひます』
337国照(くにてる)『ウンさうか、338それも結構(けつこう)だが、339お前(まへ)が若(も)しも国替(くにがへ)をして、340居(を)らなくなつても、341有職(いうそく)故実(こじつ)は保存(ほぞん)されると思(おも)うてゐるのか、342今日(こんにち)の人間(にんげん)の心(こころ)はそんなまどろしい事(こと)は好(この)まないよ。343何事(なにごと)も手(て)つ取(とり)早(ばや)く埒(らち)をつける事(こと)が流行(りうかう)する世(よ)の中(なか)だ。344昔(むかし)の様(やう)に歌(うた)をよんだり、345長袖(ながそで)を着(き)てブラブラと遊(あそ)んで居(を)つた時代(じだい)とは世(よ)の中(なか)が変(かは)つてゐる。346昔(むかし)の百倍(ひやくばい)も千倍(せんばい)も事務(じむ)が煩雑(はんざつ)になつてゐるのだから、347そんな辛気(しんき)臭(くさ)い事(こと)は到底(たうてい)、3471永続(えいぞく)すまいよ』
348岩治(いははる)『実(じつ)に痛(いた)み入(い)つたる若君(わかぎみ)様(さま)のお言葉(ことば)、349岩治別(いははるわけ)、350実(じつ)に感激(かんげき)に堪(た)へませぬ。351斯(かく)の如(ごと)き若君(わかぎみ)様(さま)を得(え)てこそ、352珍(うづ)の国家(こくか)は万代(ばんだい)不易(ふえき)、353国家(こくか)の隆昌(りうしやう)を期(き)する事(こと)が出来(でき)るでせう。354親君(おやぎみ)様(さま)は最早(もはや)御(ご)老齢(らうれい)、355何時(いつ)御(ご)上天(しやうてん)遊(あそ)ばすかも知(し)れぬ此(この)場合(ばあひ)、356賢明(けんめい)なる若君(わかぎみ)様(さま)の御心(みこころ)を承(うけたま)はり、357岩治別(いははるわけ)、358イヤもう、359大変(たいへん)な喜(よろこ)びに打(う)たれ、360勇気(ゆうき)が勃々(ぼつぼつ)として湧(わ)いて参(まゐ)りました。361此(この)若君(わかぎみ)にして此(この)臣(しん)あり、362老中(らうぢう)の仲間(なかま)に加(くは)へられたる吾々(われわれ)なれど、363未(いま)だ心(こころ)まで老耄(らうまう)はして居(を)りませぬ。364何卒(なにとぞ)若君(わかぎみ)様(さま)、365微臣(びしん)を御心(みこころ)にかけさせられ、366重要(ぢうえう)事務(じむ)は微臣(びしん)に直接(ちよくせつ)御(ご)命令(めいれい)下(くだ)さいませ。367松若彦(まつわかひこ)殿(どの)は老齢(らうれい)職(しよく)に堪(た)へずとして、368只(ただ)今(いま)吾々(われわれ)の前(まへ)に辞意(じい)をもらされました』
369国照(くにてる)『ウンさうか、370松若彦(まつわかひこ)もモウ退(ひ)いても可(い)いだらう。371伊佐彦(いさひこ)も随分(ずいぶん)古(ふる)い頭(あたま)だから、372此奴(こいつ)も駄目(だめ)だし、373岩治別(いははるわけ)は少(すこ)し許(ばか)り今日(こんにち)の時代(じだい)に進(すす)みすぎてるやうでもあり、374又(また)遅(おく)れてるやうな所(ところ)もあり、375到底(たうてい)完全(くわんぜん)な政治(せいぢ)はお前(まへ)たちの腕(うで)では出来(でき)相(さう)もない。376僕(ぼく)が親爺(おやぢ)に勧告(くわんこく)して退職(たいしよく)をさせ、377簡易(かんい)なる平民(へいみん)生活(せいくわつ)に入(い)れてやり、378安楽(あんらく)な余生(よせい)を送(おく)らせたいと思(おも)つてゐるのだから、379一層(いつそう)のこと、380お前(まへ)たちも大老(たいらう)や老中(らうぢう)なんか廃(よ)して、381安逸(あんいつ)な田園(でんゑん)生活(せいくわつ)でもやつたら何(ど)うだ。382僕(ぼく)も大(おほい)に覚悟(かくご)してゐるのだからな』
383 三(さん)人(にん)は国照別(くにてるわけ)の顔(かほ)を無言(むごん)のまま、384盗(ぬす)む様(やう)にして打(うち)守(まも)つてゐる。385国照別(くにてるわけ)は無雑作(むざふさ)に、
386国照別『高砂城(たかさごじやう)の床(とこ)の置物(おきもの)、387無神経質(むしんけいしつ)の骨董品(こつとうひん)殿(どの)、388三(さん)人(にん)よれば文珠(もんじゆ)の智慧(ちゑ)だ。389トツクリと衆生(しゆじやう)の平和(へいわ)と幸福(かうふく)とを擁護(ようご)し、390人民(じんみん)の思想(しさう)を善導(ぜんだう)すべく神算(しんさん)鬼謀(きぼう)を巡(めぐ)らしたが可(よ)からう。391あゝ六(むつ)かしい皺苦茶(しわくちや)面(づら)を見(み)て肩(かた)が凝(こ)つて来(き)た。392ドーラ、393馬(うま)にでも乗(の)つて馬場(ばば)でもかけ廻(まは)つて来(こ)うかな』
394と云(い)ひすて、395足音(あしおと)高(たか)く奥殿(おくでん)さして進(すす)み入(い)る。396後(あと)見送(みおく)つて松若彦(まつわかひこ)は又(また)も涙(なみだ)を垂(た)らし乍(なが)ら、
397松若彦『肝心要(かんじんかなめ)の後継者(こうけいしや)たる若君(わかぎみ)様(さま)が、398あのやうなお考(かんが)へでは最早(もはや)珍(うづ)の国家(こくか)は滅亡(めつぼう)するより仕方(しかた)ない。399あゝ困(こま)つた事(こと)になつたものだ、400なア伊佐彦(いさひこ)殿(どの)』
401 伊佐彦(いさひこ)は真青(まつさを)な顔(かほ)して、402唇(くちびる)をビリビリふるはせ乍(なが)ら禿(は)げた頭(あたま)をツルリと撫(な)で、
403伊佐彦『閣下(かくか)の云(い)はるる通(とほ)り、404困(こま)つた事(こと)で厶(ござ)る。405どうして珍(うづ)の衆生(しゆじやう)を安穏(あんおん)ならしめ、406お家(いへ)を永遠(えいゑん)に栄(さか)ゆべき方法(はうはふ)を講(かう)じたら宜(よろ)しう厶(ござ)いませうか。407深夜(しんや)枕(まくら)を擡(もた)げて国家(こくか)の前途(ぜんと)を思(おも)ひみれば、408実(じつ)に不安(ふあん)の情(じやう)に堪(た)へませぬ』
409岩治(いははる)『アツハヽヽ、410此(この)行詰(ゆきつま)つた現代(げんだい)を流通(りうつう)させ、411衆生(しゆじやう)が皷腹(こふく)撃壤(げきじやう)の天国(てんごく)的(てき)歓楽(くわんらく)に酔(よ)ひ、412各(おのおの)業(げふ)を楽(たのし)む善政(ぜんせい)を布(し)くは何(なん)でもない事(こと)で厶(ござ)る。413御(ご)両所(りやうしよ)等(たち)は斯(か)う申(まを)すと憚(はばか)り多(おほ)いが、414頑迷(ぐわんめい)固陋(ころう)にして時代(じだい)を解(かい)し玉(たま)はざる為(ため)で厶(ござ)いませう。415時代(じだい)の潮流(てうりう)を善導(ぜんだう)してさへ行(ゆ)けば、416珍(うづ)の衆生(しゆじやう)は国司(こくし)の徳(とく)を慕(した)ひ、417忽(たちま)ち天国(てんごく)の社会(しやくわい)が展開(てんかい)されるは明(あきら)かな事実(じじつ)で厶(ござ)いますぞ。418兎(と)も角(かく)退隠(たいいん)遊(あそ)ばすが国家(こくか)の進展(しんてん)上(じやう)第一(だいいち)の手段(しゆだん)だと考(かんが)へます。419徒(いたづら)に旧套(きうたう)を墨守(ぼくしゆ)して衆生(しゆじやう)の心(こころ)を抑(おさ)へ、420社会(しやくわい)の進歩(しんぽ)を妨(さまた)ぐるに於(おい)ては何時(いつ)如何(いか)なる大事(だいじ)が脚下(あしもと)から勃発(ぼつぱつ)するかも知(し)れませぬぞ。421拙者(せつしや)は決(けつ)して自己(じこ)の権利(けんり)を得(え)むが為(ため)、422又(また)は政権(せいけん)を壟断(ろうだん)せむが為(ため)に論議(ろんぎ)するのではありませぬ。423国家(こくか)を救(すく)ふのは拙者(せつしや)の考(かんが)ふる所(ところ)を以(もつ)て最善(さいぜん)の方法(はうはふ)と思(おも)ふからです。424御(ご)両所(りやうしよ)に於(お)かせられても、425速(すみやか)に色眼鏡(いろめがね)を撤回(てつくわい)して拙者(せつしや)の真心(まごころ)を御(ご)透察(とうさつ)下(くだ)さらば、426自(おのづか)らお疑(うたがひ)が解(と)けるでせう』
427松若(まつわか)『侫弁(ねいべん)を以(もつ)て己(おの)が野心(やしん)を遂行(すゐかう)せむとする貴殿(きでん)の内心(ないしん)、428いつかな いつかな、429其(その)手(て)に乗(の)る松若彦(まつわかひこ)では厶(ござ)らぬ。430及(およ)ばず乍(なが)ら拙者(せつしや)は珍(うづ)の国(くに)の柱石(ちうせき)、431かくなる上(うへ)は最早(もはや)御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さるな。432拙者(せつしや)は命(いのち)のあらむ限(かぎ)り、433君国(くんこく)の為(ため)に、434老齢(らうれい)乍(なが)ら奮闘(ふんとう)努力(どりよく)致(いた)して見(み)よう。435就(つ)いては伊佐彦(いさひこ)殿(どの)、436今日(こんにち)只今(ただいま)より岩治別(いははるわけ)に対(たい)し、437老中(らうぢう)の職(しよく)を解(と)くから、438貴殿(きでん)もさう考(かんが)へなされ。439そして今後(こんご)は何事(なにごと)も拙者(せつしや)と御(ご)相談(さうだん)な仕(つかまつ)らう』
440 伊佐彦(いさひこ)は喜色(きしよく)満面(まんめん)に泛(うか)べ乍(なが)ら、441「ヤレ邪魔者(じやまもの)が排斥(はいせき)された」……と云(い)はぬ許(ばか)りの態度(たいど)にて、
442伊佐彦『閣下(かくか)の仰(おほせ)、443御尤(ごもつと)も千万(せんばん)、444国家(こくか)の為(ため)、445謹(つつし)んで祝(しゆく)し奉(たてまつ)ります。446岩治別(いははるわけ)殿(どの)、447大老(たいらう)よりのお言葉(ことば)、448ヨモヤ違背(ゐはい)は厶(ござ)るまい。449サア速(すみやか)に此(この)場(ば)を退出(たいしゆつ)召(め)され』
450と居丈高(ゐたけだか)になつて罵(ののし)つた。
451岩治(いははる)『これは怪(け)しからぬ両所(りやうしよ)のお言葉(ことば)、452拙者(せつしや)は貴殿(きでん)等(ら)より任命(にんめい)された者(もの)では厶(ござ)らぬ。453永年(ながねん)国務(こくむ)に鞅掌(あうしやう)致(いた)した功労(こうらう)を思召(おぼしめ)され、454国司(こくし)より老中(らうぢう)の列(れつ)に加(くは)へられたる者(もの)、455然(しか)るを大老(たいらう)の身(み)を以(もつ)て吾々(われわれ)に免職(めんしよく)を言(い)ひつくるとは、456実(じつ)に不届(ふとど)き千万(せんばん)では厶(ござ)らぬか。457貴殿(きでん)等(ら)は神権(しんけん)を無視(むし)し、458国政(こくせい)を私(わたくし)するものと言(い)はれても遁(のが)るる言葉(ことば)は厶(ござ)りますまい。459乱臣(らんしん)賊子(ぞくし)とは貴殿(きでん)等(ら)のことで厶(ござ)る』
460と居丈高(ゐたけだか)になり声(こゑ)荒(あら)らげて睨(ね)めつけた。
461 松若彦(まつわかひこ)、462伊佐彦(いさひこ)は目配(めくば)せし乍(なが)ら、463ソツと此(この)場(ば)を立(た)つて国依別(くによりわけ)国司(こくし)の御殿(ごてん)に進(すす)み入(い)る。
464 後(あと)に岩治別(いははるわけ)は双手(もろて)を組(く)み、465越方(こしかた)行末(ゆくすゑ)のことなど思(おも)ひ浮(う)かべて、466慨世(がいせい)憂国(いうこく)の涙(なみだ)にくれてゐた。467そこへ若君(わかぎみ)の国照別(くにてるわけ)はあわただしく只(ただ)一人(ひとり)入(いり)来(きた)り、
468国照別『オイ、469岩治別(いははるわけ)殿(どの)、470一時(いつとき)も早(はや)く裏門(うらもん)より逃(のが)れ出(い)でよ。471汝(なんぢ)を捉(とら)へて獄(ごく)に投(とう)ぜむと、472二人(ふたり)の老耄爺(おいぼれぢい)が大目付(おほめつけ)を呼(よ)び出(だ)し手配(てくば)りさしてゐる。473サア、474時(とき)遅(おく)れては取返(とりかへ)しがつかぬ、475早(はや)く早(はや)く』
476とせき立(た)てた。477岩治別(いははるわけ)は挙手(きよしゆ)の礼(れい)を施(ほどこ)し乍(なが)ら『ダンコン[※「ダンコン」はエスペラント語で「ありがとう」の意。]』と只(ただ)一言(いちごん)を残(のこ)し、478夕暗(ゆふやみ)を幸(さいは)ひ、479姿(すがた)を変(へん)じて裏門(うらもん)より何処(いづく)ともなく消(き)えて了(しま)つた。
480 三五(さんご)の月(つき)は東(ひがし)の山(やま)の端(は)を照(てら)して、481高砂(たかさご)城内(じやうない)の騒(さわ)ぎを知(し)らぬ顔(がほ)にニコニコと眺(なが)めてゐる。
482(大正一三・一・二二 旧一二・一七 於伊予山口氏邸、松村真澄録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→