霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一七章 琴玉(ことたま)〔一七六二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第69巻 山河草木 申の巻 篇:第4篇 新政復興 よみ(新仮名遣い):しんせいふっこう
章:第17章 琴玉 よみ(新仮名遣い):ことたま 通し章番号:1762
口述日:1924(大正13)年01月24日(旧12月19日) 口述場所:伊予 山口氏邸 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1927(昭和2)年10月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
国愛別の祖国、ヒルの国(=インカ国=日の神の子孫の国)もまた、珍の国と同様、常世国より来た悪思想により人心動揺し、社会は不穏な形勢となっていた。
折りしも国司・楓別命の長子・国愛別が逐電したというので、長老秋山別・モリスは国内をくまなく捜索したが行方を得られなかった(実は珍の国で侠客として活躍していたことは、これまでの物語に述べられている)。
そこで、やむなく妹の清香姫を世継として立てていた。
清香姫は、兄がこの国家の危機を立て替えなおそうと、まずは世情の調査の為に城を抜け出したことを知っていた。城に居ては、昔かたぎの両親や長老たちが、新しい考え方をさえぎるばかりであったからである。
清香姫の意見も常に入れられず、国家の刷新を神明に祈って、ただ身はやせ衰えるばかりであった。
ところが、秋山別、モリスの両老は姫の様子を見て、恋の病と勘違いし、婿選びの準備をはじめてしまう。これに愛想をつかした清香姫はついに、兄と同じように城を出て国の改革に身を投じようと決心するに至る。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-10-18 19:22:28 文字数:4395 OBC :rm6917
愛善世界社版:239頁 八幡書店版:第12輯 360頁 修補版: 校定版:251頁 普及版:66頁 初版: ページ備考:
001 神(かみ)の恵(めぐみ)に蔭(かげ)もなき、002名(な)さへ目出(めで)たきヒルの国(くに)の高倉山(たかくらやま)の本城(ほんじやう)は003堅磐(かきは)常磐(ときは)に都(みやこ)の中央(ちうあう)の下津(したつ)岩根(いはね)に厳然(げんぜん)と立(たち)並(なら)び、004三五(あななひ)の貴(うず)の教(をしへ)と共(とも)に国家(こくか)は益々(ますます)隆昌(りうしやう)に赴(おもむ)き、005日暮河(ひぐらしがは)の清流(せいりう)は清(きよ)く都(みやこ)の中心(ちうしん)を流(なが)れて、006交通(かうつう)運輸(うんゆ)の便宜(べんぎ)よく、007げに地上(ちじやう)の天国(てんごく)と称(たた)へらるるに至(いた)つた。
008 楓別(かへでわけの)命(みこと)、009清子姫(きよこひめ)の二人(ふたり)の間(あひだ)に国愛別(くにちかわけ)、010清香姫(きよかひめ)の一男(いちなん)一女(いちぢよ)があつた。011祖先(そせん)の清彦(きよひこ)が日出(ひのでの)神(かみ)の神徳(しんとく)を受(う)けて、012茲(ここ)にインカ国(こく)なるものを樹(た)て(日(ひ)の神(かみ)の子孫(しそん)の意(い))013衆生(しゆじやう)崇敬(すうけい)の的(まと)となつてゐた。014衆生(しゆじやう)は楓別(かえでわけの)命(みこと)を国司(こくし)と仰(あふ)ぎ、015大師(だいし)と崇(あが)め、016親(おや)と親(した)しみ、017上下(しやうか)一致(いつち)余(あま)り煩(わづら)はしき法規(はふき)もなく、018極(きは)めて平穏(へいおん)無事(ぶじ)に栄(さか)えてゐた。019然(しか)るに常世国(とこよのくに)より交通(かうつう)機関(きくわん)の発達(はつたつ)につれて、020種々(しゆじゆ)の悪思想(あくしさう)往来(わうらい)し、021比類(ひるゐ)なき天国(てんごく)の瑞祥(ずゐしやう)を現(あら)はしたる此(この)神国(しんこく)も、022今(いま)は漸(やうや)く人心(じんしん)動揺(どうえう)し、023個人(こじん)主義(しゆぎ)の教(をしへ)発達(はつたつ)して、024遊惰(いうだ)の者(もの)多(おほ)く現(あら)はれ、025不良(ふりやう)老年(らうねん)、026不良(ふりやう)中年(ちうねん)少年(せうねん)は上下(しやうか)に充(み)ち、027義(ぎ)を忘(わす)れ利(り)に走(はし)り、028恰(あたか)も常世(とこよ)の国(くに)の状態(じやうたい)となり、029国司(こくし)を軽(かる)んじ、030役人(やくにん)を卑(いや)しめ、031民心(みんしん)悪化(あくくわ)して不安(ふあん)の空気(くうき)は国内(こくない)にみちて来(き)た。032楓別(かへでわけの)命(みこと)、033清子姫(きよこひめ)は朝夕(てうせき)神(かみ)に祈(いの)り、034国家(こくか)の隆昌(りうしやう)と衆生(しゆじやう)の安寧(あんねい)を朝(あさ)な夕(ゆふ)なに国魂(くにたま)の宮(みや)に祈願(きぐわん)しつつあつた。035何時(いつ)の間(ま)にやら世子(せいし)たるべき国愛別(くにちかわけの)命(みこと)は姿(すがた)を隠(かく)し、036行衛(ゆくへ)不明(ふめい)となつて了(しま)つた。037楓別(かへでわけ)夫婦(ふうふ)を始(はじ)め、038秋山別(あきやまわけ)、039モリスの両老(りやうらう)は額(ひたひ)に青筋(あをすぢ)をたて、040部下(ぶか)の役人(やくにん)を督(とく)して国内(こくない)隈(くま)なく捜索(そうさく)すれ共(ども)041何(なん)の手掛(てがか)りもなかつた。042茲(ここ)に於(おい)てか止(や)むを得(え)ず、043大会議(だいくわいぎ)を開(ひら)いた結果(けつくわ)、044妹(いもうと)の清香姫(きよかひめ)をしてヒルの国(くに)の世子(せいし)とする事(こと)となつた。
045 清香姫(きよかひめ)も兄(あに)の命(みこと)と同様(どうやう)、046時勢(じせい)の日(ひ)に日(ひ)にブル階級(かいきふ)に非(ひ)なるを知(し)り、047如何(いか)にもして吾(わが)国家(こくか)を救(すく)はむと肝胆(かんたん)を砕(くだ)きつつあつた。048されども昔気質(むかしかたぎ)の両親(りやうしん)を始(はじ)め、049時勢(じせい)に眼(まなこ)暗(くら)き老臣(らうしん)等(ら)は一々(いちいち)清香姫(きよかひめ)の意見(いけん)に反対(はんたい)し、050いつも用(もち)ひられなかつた。051清香姫(きよかひめ)は国家(こくか)の前途(ぜんと)を思(おも)ひ泛(うか)べて夜(よ)もロクに眼(ねむ)られず、052神明(しんめい)に祈(いの)つて、053国家(こくか)に蟠(わだか)まる妖雲(えううん)を一掃(いつさう)し、054新(あたら)しき天地(てんち)を開(ひら)かむと、055それのみに心(こころ)を砕(くだ)いて、056身(み)は日(ひ)に夜(よ)に痩(やせ)衰(おとろ)ふる許(ばか)りであつた。
057 モリス、058秋山別(あきやまわけ)の老臣(らうしん)は城内(じやうない)の評議所(ひやうぎしよ)に首(くび)を鳩(あつ)めて、059心配気(しんぱいげ)に何事(なにごと)か囁(ささや)き合(あ)つてゐる。
060秋山(あきやま)『モリス殿(どの)、061此(この)頃(ごろ)の如(ごと)き姫(ひめ)様(さま)の御(ご)様子(やうす)、062御(おん)身(み)は何(ど)う思(おも)はるるかな』
063モリス『左様(さやう)で厶(ござ)る、064察(さつ)する所(ところ)、065気(き)の病(やまひ)ではあるまいかと御(お)案(あん)じ申(まを)してゐるのだ。066貴殿(きでん)の御(お)考(かんが)へもヤハリ気病(きやまひ)と思(おも)はれるだらうな』
067秋山(あきやま)『いーかにも、068左様(さやう)で厶(ござ)らう。069今(いま)から思(おも)ひ出(いだ)せば、070拙者(せつしや)も貴殿(きでん)も、071紅井姫(くれなゐひめ)様(さま)、072エリナ様(さま)について恋(こひ)におち、073終(つひ)にはシーズン河(がは)の難(なん)に遭(あ)つたと云(い)ふ歴史(れきし)も厶(ござ)れば、074まして妙齢(めうれい)の美人(びじん)、075恋病(こひやまひ)を患(わづら)ひ給(たま)ふは当然(たうぜん)で厶(ござ)らう。076一(いち)時(じ)も早(はや)く適当(てきたう)な御(ご)養子(やうし)を迎(むか)へて姫(ひめ)様(さま)の御心(みこころ)を慰(なぐさ)めねばならうまい。077いつも姫(ひめ)様(さま)が、078吾々(われわれ)に対(たい)し、079気(き)の利(き)かぬ爺(ぢい)だ、080気(き)の利(き)かぬ爺(ぢい)だと仰有(おつしや)るが、081今(いま)考(かんが)へてみれば、082早(はや)く妾(わらは)に夫(をつと)を有(も)たせ、083気(き)の利(き)かぬ奴(やつ)だ……との謎(なぞ)であつたかも知(し)れぬ、084恋(こひ)に苦労(くらう)した吾々(われわれ)に似(に)ず実(じつ)に迂闊(うくわつ)な事(こと)で厶(ござ)つたワイ』
085と両人(りやうにん)は一(いち)も二(に)もなく、086そんな妙(めう)な所(ところ)へ気(き)を廻(まは)して了(しま)つたのである。
087秋山(あきやま)『それにしても、088適当(てきたう)な御(ご)養子(やうし)を選(えら)まねばなるまいが、089露骨(ろこつ)に姫(ひめ)様(さま)へ伺(うかがつ)てみたら何(ど)うだらうかな』
090モリス『マサカ、091貴女(あなた)の夫(をつと)は誰(たれ)に致(いた)しませうか……などと、092余(あま)り失礼(しつれい)で、093いふ訳(わけ)にもゆかず、094困(こま)つたぢやないか』
095秋山(あきやま)『しかし、096候補者(こうほしや)を二三(にさん)人(にん)物色(ぶつしよく)して、097写真(しやしん)でも撮(と)り、098姫(ひめ)様(さま)の居間(ゐま)にソツト散(ち)らしておき、099姫(ひめ)様(さま)がお気(き)に召(め)したら、100ソツト机(つくゑ)の引出(ひきだし)へ収(をさ)めておかれるだらうし、101気(き)のくはぬ写真(しやしん)は、102あの御(ご)気象(きしやう)だから、103屹度(きつと)引裂(ひきさ)くか墨(すみ)をぬらつしやるに違(ちが)ひない。104そして姫(ひめ)様(さま)の心(こころ)を瀬踏(せぶみ)した上(うへ)、105遠廻(とほまは)しにかけて探(さぐ)つてみようでないか、106之(これ)が老臣(らうしん)たる者(もの)の肝腎要(かんじんかなめ)の御用(ごよう)だらうと思(おも)ふ』
107モリス『成程(なるほど)、108それでは拙者(せつしや)が、109部下(ぶか)の相当(さうたう)な家庭(かてい)に育(そだ)つた清家(せいか)連(れん)の倅(せがれ)の写真(しやしん)を集(あつ)めることに致(いた)さう。110てもさても善(い)い所(ところ)へ気(き)がついたものだ。111惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
112と勇(いさ)み立(た)ち、113両老(りやうらう)は日(ひ)も漸(やうや)く下(さが)つたので吾(わが)家(や)へ帰(かへ)りゆく。
114 話(はなし)替(かは)つて清香姫(きよかひめ)は城内(じやうない)の庭園(ていえん)を侍女(じぢよ)と共(とも)に逍遥(せうえう)し乍(なが)ら、115ダリヤの花(はな)を二(ふた)つ三(み)つちぎつて手(て)に持(も)ち乍(なが)ら、116吾(わが)居間(ゐま)へと帰(かへ)つて来(き)た。117見(み)れば机(つくゑ)の上(うへ)に、118なまめかしいハイカラ男(をとこ)の写真(しやしん)が四五(しご)枚(まい)ズラリと並(なら)んでゐる。119清香姫(きよかひめ)は一目(ひとめ)見(み)るより侍女(じぢよ)を遠(とほ)ざけ、120襖(ふすま)を密閉(みつぺい)してよくよく見(み)れば、121頑迷(ぐわんめい)固陋(ころう)派(は)の清家(せいか)の悴(せがれ)の小照(せうせう)であつた。122清香姫(きよかひめ)は一々(いちいち)其(その)写真(しやしん)を点検(てんけん)し123写真(しやしん)の上(うへ)から墨(すみ)黒々(くろぐろ)と一首(いつしゆ)の歌(うた)を書添(かきそ)へておいた。
124『此(この)姿(すがた)見(み)れば見(み)る程(ほど)厭(いや)らしき
125根底(ねそこ)の国(くに)の亡者(まうじや)なるらむ』
126 又(また)一(いち)枚(まい)の写真(しやしん)に、
127『さいこ槌(づち)目鼻(めはな)をつけたやうな面(つら)
128今(いま)打(うち)たたき破(やぶ)り捨(す)てたし』
129 又(また)一(いち)枚(まい)の写真(しやしん)に向(むか)ひ、
130『折角(せつかく)の男(を)の子(こ)の姿(すがた)に生(うま)れ来(き)て
131女(をんな)に似(に)たるあさましさかな』
132 又(また)一(ひと)つの写真(しやしん)に、
133『どれ見(み)ても誠(まこと)の魂(たま)は一(ひと)つだに
134なしと思(おも)へば悲(かな)しくなりぬ』
135 最後(さいご)の写真(しやしん)に、
136『チト許(ばか)り男(をとこ)らしくは思(おも)へども
137わが背(せ)の君(きみ)となる魂(たま)でなし』
138と楽書(らくがき)をして状袋(じやうぶくろ)に入(い)れ、139「秋山別(あきやまわけ)、140モリス両老殿(りやうらうどの)」と表面(へうめん)に記(しる)し、141手(て)を拍(う)つて侍女(じぢよ)を招(よ)んだ。142侍女(じぢよ)の春子(はるこ)は襖(ふすま)を静(しづ)かに押(おし)開(あ)け、
143春子『姫(ひめ)様(さま)、144お招(まね)きになりましたのは何(なに)か御用(ごよう)で厶(ござ)りますか』
145清香(きよか)『春(はる)、146お前(まへ)御(ご)苦労(くらう)だが、147之(これ)を持(も)つて秋山別(あきやまわけ)、148モリスの所(ところ)へ届(とど)けて下(くだ)さい。149そして返事(へんじ)を聞(き)くに及(およ)ばないから、150渡(わた)してさへおけばトツトと帰(かへ)つて来(く)るのだよ』
151 春子(はるこ)は「ハイ、152畏(かしこ)まりました」と足早(あしばや)に立(た)つて出(い)でてゆく。153後(あと)に清香姫(きよかひめ)は一間(ひとま)を密閉(みつぺい)し、154二絃琴(にげんきん)を取出(とりだ)して心(こころ)静(しづ)かに述懐(じゆつくわい)を歌(うた)つてゐる。
155清香姫『妾(わらは)は夜(よる)なきヒルの国(くに)
156高倉城(たかくらじやう)の国司(こくし)の娘(むすめ)
157清香(きよか)の姫(ひめ)と生(うま)れ来(き)て
158兄(あに)の命(みこと)と諸共(もろとも)に
159月(つき)よ花(はな)よと育(はぐ)くまれ
160何(なん)の不自由(ふじゆう)も夏(なつ)の宵(よひ)
161涼(すず)しき浴衣(ゆかた)を身(み)にまとひ
162時雨(しぐれ)の川(かは)に船遊(ふなあそ)び
163何(なに)不自由(ふじゆう)なき上流(じやうりう)の
164社会(しやくわい)に育(そだ)ちし身(み)の因果(いんぐわ)
165世(よ)の有様(ありさま)も明(あきら)かに
166悟(さと)り能(あた)はぬ目無鳥(めなしどり)
167ヒルの御国(みくに)も末(すゑ)遂(つひ)に
168夜(よる)の暗路(やみぢ)とならむかと
169思(おも)へば悲(かな)し足乳根(たらちね)の
170父(ちち)の行末(ゆくすゑ)母(はは)の身(み)の上(うへ)
171救(すく)はむ為(ため)に兄妹(おとどい)は
172互(たがひ)に心(こころ)を照(てら)し合(あ)ひ
173世(よ)の潮流(てうりう)に従(したが)ひて
174危(あやふ)き国家(こくか)を救(すく)ふべく
175神(かみ)に祈(いの)りて待(ま)つ内(うち)に
176嬉(うれ)しや時(とき)の廻(めぐ)り来(き)て
177兄(あに)の命(みこと)は逸早(いちはや)く
178これの館(やかた)を脱(ぬ)け給(たま)ひ
179朝(あさ)な夕(ゆふ)なに霜(しも)をふみ
180つぶさに世情(せじやう)を甞(な)め給(たま)ふ
181吾(われ)は孱弱(かよわ)き女子(をみなご)の
182兄(あに)に代(かは)りて只(ただ)一人(ひとり)
183此(この)神国(かみくに)を守(まも)らむと
184心(こころ)を千々(ちぢ)に砕(くだ)けども
185昔心(むかしごころ)の取(と)れやらぬ
186父(ちち)と母(はは)との心意気(こころいき)
187秋山別(あきやまわけ)の老臣(らうしん)や
188頑迷(ぐわんめい)固陋(ころう)のモリス等(ら)が
189清家(せいか)とか云(い)ふ無機物(むきぶつ)を
190此上(こよ)なき物(もの)と珍重(ちんちよう)し
191国(くに)の政治(せいぢ)は日(ひ)に月(つき)に
192日向(ひなた)に氷(こほり)と衰(おとろ)へて
193神(かみ)の依(よ)さしのヒルの国(くに)
194埋(うづ)もりゆくこそ悲(かな)しけれ
195又(また)何者(なにもの)の悪戯(あくぎ)にや
196吾(わが)心根(こころね)も白雲(しらくも)の
197霊(みたま)も暗(くら)き仇男(あだをとこ)
198怪(け)しき姿(すがた)を写(うつ)し出(だ)し
199わが文机(ふづくゑ)に並(なら)べおく
200醜(しこ)の企(たくみ)の恐(おそ)ろしさ
201察(さつ)する所(ところ)秋山別(あきやまわけ)や
202モリスの企(たく)みし業(わざ)ならめ
203斯(か)くなる上(うへ)は片時(かたとき)も
204これの館(やかた)に住(す)むを得(え)じ
205又(また)誘惑(いうわく)の魔神(まがみ)の手(て)に
206捉(とら)へられては一大事(いちだいじ)
207兄(あに)と誓(ちか)ひし神業(かむわざ)は
208いつの世(よ)にかは成(な)りとげむ
209今宵(こよひ)の暗(やみ)を幸(さいはひ)に
210用意(ようい)万端(ばんたん)ととのへて
211侍女(じぢよ)をもつれず只(ただ)一女(ひとり)
212進(すす)み行(ゆ)かなむ珍(うづ)の国(くに)
213山(やま)は嶮(けは)しく川(かは)深(ふか)く
214嵐(あらし)は強(つよ)く雨(あめ)しげく
215魔神(まがみ)の輩(やから)多(おほ)くとも
216此(この)世(よ)を思(おも)ふ真心(まごころ)を
217我(わが)三五(あななひ)の大神(おほかみ)は
218必(かなら)ず愛(めで)させ給(たま)ひつつ
219吾(わが)兄妹(おとどい)の望(のぞ)みをば
220必(かなら)ず立(た)てさせ給(たま)ふべし
221今宵(こよひ)を限(かぎ)りに此(この)館(やかた)
222出(い)でゆく吾(わが)身(み)の果敢(はか)なさよ
223あゝ足乳根(たらちね)の父上(ちちうへ)よ
224母上(ははうへ)御(ご)無事(ぶじ)にましまして
225吾(わが)兄妹(おとどい)が神業(しんげふ)の
226完成(くわんせい)するのを待(ま)たせませ
227吾(わが)ゆく後(あと)は嘸(さぞ)やさぞ
228頑迷(ぐわんめい)固陋(ころう)の老臣(らうしん)が
229狼狽(うろた)へ騒(さわ)ぐ事(こと)だらう
230其(その)有様(ありさま)が目(ま)のあたり
231目(め)にちらついて憐(あは)れさも
232一入(ひとしほ)深(ふか)き秋(あき)の空(そら)
233常夜(とこよ)の暗(やみ)に包(つつ)まれし
234悲(かな)しき思(おも)ひの浮(うか)ぶかな
235あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
236御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
237清香(きよか)の姫(ひめ)が宣(の)り言(ごと)を
238いと平(たひら)けく安(やす)らけく
239遂(と)げさせ給(たま)へと願(ね)ぎ奉(まつ)る
240旭(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
241月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
242動(うご)かざらましヒルの国(くに)
243地(つち)揺(ゆ)り山(やま)裂(さ)け河(かは)溢(あふ)れ
244海嘯(つなみ)は高(たか)く襲(おそ)ふとも
245下(した)つ岩根(いはね)に永久(とことは)に
246築(きづ)き上(あ)げたる此(この)城(しろ)は
247千代(ちよ)に八千代(やちよ)に砕(くだ)けまじ
248あゝさり乍(なが)らさり乍(なが)ら
249此(こ)の衆生(しゆじやう)をば如何(いか)にせむ
250思想(しさう)の洪水(こうずい)氾濫(はんらん)し
251日暮河(ひぐらしがは)の堤防(ていばう)は
252将(まさ)に崩壊(ほうくわい)せむとする
253此(この)惨状(さんじやう)を見(み)乍(なが)らも
254尚(なほ)泰然(たいぜん)と控(ひか)へゐる
255老臣(らうしん)たちの愚(おろ)かさよ
256妾(わらは)兄妹(おとどい)無(な)かりせば
257ヒルの都(みやこ)も衆生(しゆじやう)も
258忽(たちま)ち修羅(しゆら)と畜生(ちくしやう)の
259地獄(ぢごく)の淵(ふち)に陥(おちい)らむ
260守(まも)らせ給(たま)へ惟神(かむながら)
261神(かみ)かけ念(ねん)じ奉(たてまつ)る』
262と一生(いつしやう)懸命(けんめい)に歌(うた)つてゐる。263其処(そこ)へ襖(ふすま)の外(そと)から秋山別(あきやまわけ)、264モリスの両人(りやうにん)一度(いちど)に『姫(ひめ)様(さま)々々(ひめさま)』と呼(よ)ばはつた。265姫(ひめ)はあわてて琴(こと)の手(て)をやめ、266そ知(し)らぬ顔(かほ)にて、
267清香姫『其(その)声(こゑ)は秋山別(あきやまわけ)、268モリス殿(どの)ではないか、269何用(なによう)か知(し)らないが、270襖(ふすま)を開(あ)けてお這入(はい)りなさい』
271 両人(りやうにん)は姫(ひめ)の言葉(ことば)に、2711渡(わた)りに舟(ふね)と打(うち)喜(よろこ)び、272もみ手(て)し乍(なが)ら、273襖(ふすま)をあけて入(い)り来(きた)り、274丁寧(ていねい)に辞儀(じぎ)し乍(なが)ら、275何事(なにごと)か言(い)ひ出(だ)さむとしてモヂモヂしてゐる。
276清香(きよか)『最前(さいぜん)、277春子(はるこ)に持(も)たしてやつた品物(しなもの)は、278お前(まへ)279受取(うけと)つて呉(く)れただらうな』
280秋山(あきやま)『ハイ、281確(たしか)に拝見(はいけん)致(いた)しました。282それに就(つい)て姫(ひめ)様(さま)に御(お)伺(うかが)ひ致(いた)したいので厶(ござ)いますが、283あの五(ご)枚(まい)の写真(しやしん)はヒルの国(くに)に於(おい)ては、284地位(ちゐ)といひ門閥(もんばつ)と云(い)ひ、285学問(がくもん)といひ器量(きりやう)といひ、286最(もつと)も選抜(せんばつ)された、287ヒルの国(くに)の五人(ごにん)男(をとこ)といはれてゐる賢明(けんめい)な名(な)を取(と)つた名物(めいぶつ)男(をとこ)で厶(ござ)ります。288姫(ひめ)様(さま)も良(い)い年頃(としごろ)、289余(あま)り露骨(ろこつ)に申(まをし)上(あ)げるも如何(いかが)と存(ぞん)じ、290モリスと相談(さうだん)の上(うへ)ソツト写真(しやしん)を集(あつ)めて御意(ぎよい)を伺(うかが)つた次第(しだい)で厶(ござ)います。291然(しか)るに姫(ひめ)様(さま)は無造作(むざうさ)に、292写真(しやしん)の表(おもて)に墨(すみ)くろぐろと歌(うた)をお書(か)きになりましたが、293一向(いつかう)其(その)意(い)を得(え)ませぬので、294どうぞ御心(みこころ)の在(あ)る所(ところ)を忌憚(きたん)なく仰(おほ)せ聞(き)け下(くだ)さらば、295吾々(われわれ)両人(りやうにん)が如何(いか)様(やう)とも取計(とりはか)らふで厶(ござ)りませう』
296 清香姫(きよかひめ)は297何(なん)と云(い)つても今晩(こんばん)は都合(つがふ)よく此(この)場(ば)を逃(にげ)出(だ)さねばならぬのだから、298余(あま)り怒(おこ)らして警戒(けいかい)を厳(げん)にさせては却(かへつ)て不利益(ふりえき)と早(はや)くも合点(がてん)し、299ワザと空呆(そらとぼ)けて、
300清香(きよか)『ホツホヽヽヽ、301恥(はづか)しいワ、302どうかゆつくり考(かんが)へさして頂戴(ちやうだい)、303ねえ』
304秋山(あきやま)『御(お)考(かんが)へなさるも結構(けつこう)で厶(ござ)いませうが、305一時(いつとき)も早(はや)く結婚(けつこん)問題(もんだい)をきめなくては、306吾々(われわれ)老臣(らうしん)の役(やく)が済(す)みませぬ。307私(わたくし)が裏(うら)に一号(いちがう)二号(にがう)と番号(ばんがう)をつけておきましたから、308姫(ひめ)様(さま)のお口(くち)から、309一寸(ちよつと)何号(なんがう)だといふ事(こと)を仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませぬか』
310清香(きよか)『さうだなア、311一号(いちがう)でもよし、312二号(にがう)でもよし、313三号(さんがう)でも四号(しがう)でも五号(ごがう)でもよしだ、314どうでもよしだ、315ホヽヽヽヽ』
316モ『モシ姫(ひめ)様(さま)、317そんなアヤフヤの御(ご)返辞(へんじ)をされちや困(こま)るぢやありませぬか。318何号(なんがう)なら何号(なんがう)とハツキリ言(い)つて下(くだ)さいませ』
319清香(きよか)『ホヽヽ、320一生(いつしやう)(升(しよう))の事(こと)を定(き)めるのに、321五号(ごがう)(合(がふ))では足(た)らぬぢやないか、322モウ五合(ごがふ)許(ばか)り集(あつ)めて来(き)て下(くだ)さい、323そしたら返辞(へんじ)をするからねえ』
324モ『姫(ひめ)様(さま)、325之(これ)でまだ足(た)らないと仰有(おつしや)るのですか、326之(これ)はモウ第一流(だいいちりう)ですよ。327後(あと)はモウ第二流(だいにりう)になりますから、328迚(とて)もお気(き)に入(い)りませぬワ』
329と、330丸(まる)で小間物(こまもの)屋(や)が店出(みせだ)しをしてるやうな事(こと)を云(い)つてゐる。
331清香(きよか)『とも角(かく)、332今日(けふ)は余(あま)り咄嗟(とつさ)の事(こと)で決(き)まらないから、333明日中(あすぢう)に、334之(これ)といふのをきめて御(ご)返事(へんじ)をする。335両人(りやうにん)共(とも)、336お父(とう)さまお母(かあ)さまの手前(てまへ)、337宜(よろ)しく頼(たの)んだぞや』
338 秋山別(あきやまわけ)339モリスの両人(りやうにん)は、340ヤレ嬉(うれ)しや、341之(これ)で一安心(ひとあんしん)と笑顔(ゑがほ)をつくり追従(つゐしよう)タラタラ機嫌(きげん)を取(と)り乍(なが)ら、342頭(あたま)を二(ふた)つ三(み)つ掻(か)いて、
343両人(りやうにん)『姫(ひめ)様(さま)、344左様(さやう)ならば、345一時(いつとき)も早(はや)く御(ご)返事(へんじ)をお待(ま)ち申(まをし)上(あ)げます』
346と言葉(ことば)を残(のこ)してスタスタと此(この)場(ば)を去(さ)つて了(しま)つた。347清香姫(きよかひめ)はニタリと笑(わら)ひ、348又(また)もや琴(こと)を取(とり)よせて思(おも)ひの丈(たけ)を歌(うた)ひ始(はじ)めけり。
349(大正一三・一・二四 旧一二・一二・一九 伊予 於山口氏邸、松村真澄録)
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