霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 春乃愛(はるのあい)〔一七五三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第69巻 山河草木 申の巻 篇:第2篇 愛国の至情 よみ(新仮名遣い):あいこくのしじょう
章:第8章 春乃愛 よみ(新仮名遣い):はるのあい 通し章番号:1753
口述日:1924(大正13)年01月23日(旧12月18日) 口述場所:伊予 山口氏邸 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1927(昭和2)年10月26日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
伊佐彦の妻、樽乃姫は嫉妬深く、残虐な性格であった。連夜、政務に追われる夫が帰ってこないことを怒り、ついに春乃姫からの手紙を勘違いして、狂乱してしまう。
街中に剣とピストルを携えて飛び出し、誰彼かまわず切りつけ、狙撃する。ついに、取り締まりに捕縛され、牢獄に投げ込まれる。
隣の牢獄に入れられていた愛州は、樽乃姫の狂乱の様から世の中の乱れを見て取り、その感興を歌に詠んでいる。
一方、春乃姫は侠客たちに約束したとおり、牢獄にやってきて愛州を開放し、城を抜け出す手引きをする。春乃姫は、兄・国照別から知らされて、愛州が実はヒルの国の国司の長子・国愛別であることを知っていたのであった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-10-08 18:54:54 文字数:4746 OBC :rm6908
愛善世界社版:119頁 八幡書店版:第12輯 317頁 修補版: 校定版:124頁 普及版:66頁 初版: ページ備考:
001 高砂城(たかさごじやう)の世子(せいし)国照別(くにてるわけ)が、002何時(いつ)とはなしに城内(じやうない)より姿(すがた)を消(け)してから、003松若彦(まつわかひこ)、004伊佐彦(いさひこ)の両人(りやうにん)が必死(ひつし)となつて其(その)捜索(そうさく)にかかつてゐた。005松若彦(まつわかひこ)は大老(たいらう)として大小(だいせう)の政治(せいぢ)を監督(かんとく)し、006伊佐彦(いさひこ)は賢平(けんぺい)、007取締(とりしまり)などを使役(しえき)し、008専(もつぱ)ら国照別(くにてるわけ)世子(せいし)の捜索(そうさく)に全力(ぜんりよく)を挙(あ)げてゐたが、009深溝町(ふかみぞちやう)俥帳場(くるまちやうば)に車夫(しやふ)となつて化(ばけ)込(こ)んでゐた事(こと)が新聞紙(しんぶんし)によつて喧伝(けんでん)されてからは一層(いつそう)打(うち)驚(おどろ)き、010自(みづか)ら変装(へんさう)して昼夜(ちうや)の別(べつ)なく市井(しせい)の巷(ちまた)を探(さぐ)り、011車夫(しやふ)らしき者(もの)は片(かた)つ端(ぱし)から面体(めんてい)を査(しら)べ、012家(うち)を外(そと)に活動(くわつどう)を続(つづ)けて居(ゐ)た。013そこへ又(また)横小路(よここうぢ)の侠客(けふかく)愛州(あいしう)が不穏(ふおん)な演説(えんぜつ)をやり、014益々(ますます)人心(じんしん)悪化(あくくわ)の徴候(ちようこう)が見(み)えたと云(い)ふので、015眠(ねむ)たい目(め)を腫(は)らして自(みづか)ら探(さぐり)の任(にん)に当(あた)つてゐた。
016 伊佐彦(いさひこ)の妻(つま)樽乃姫(たるのひめ)は、017四斗樽(しとだる)の如(ごと)き大(おほ)きな腹(はら)を抱(かか)へた不格好(ぶかくかう)な女(をんな)である。018そして彼(かれ)は極端(きよくたん)なるサデスムス患者(くわんじや)であつた。019さてサデスムスとは嫉妬(しつと)でもなく憎悪(ぞうを)でもなくして、020自分(じぶん)の最(もつと)も愛(あい)する異性(いせい)に対(たい)し、021普通(ふつう)一般人(いつぱんじん)の想像(さうざう)だも及(およ)ばざる様(やう)な残虐(ざんぎやく)な行為(かうゐ)を加(くは)へて、022性欲(せいよく)の興奮(こうふん)と満足(まんぞく)を得(う)ると云(い)ふ病的(びやうてき)な人間(にんげん)を云(い)ふので、023医学(いがく)上(じやう)から斯(か)かる部類(ぶるゐ)の人間(にんげん)を、024サデスムス即(すなは)ち性的(せいてき)残忍症(ざんにんしやう)といつてゐる。025斯(か)くの如(ごと)く変態(へんたい)的(てき)性欲(せいよく)狂(きやう)は、026如何(いか)なる名医(めいい)も薬剤(やくざい)も殆(ほとん)ど治療(ちれう)の望(のぞ)み無(な)き者(もの)である。027樽乃姫(たるのひめ)は此(この)病気(びやうき)に冒(をか)されてゐた。028脂(あぶら)こく肥満(ひまん)した元気(げんき)な肉体(にくたい)を有(も)ち、029性欲(せいよく)の興奮(こうふん)を抑(おさ)へ切(き)る事(こと)が出来(でき)ず、030毎夜(まいよ)空閨(くうけい)に嫉妬(しつと)の角(つの)を生(は)やし、031連夜(れんや)夫(をつと)伊佐彦(いさひこ)の帰(かへ)つて来(こ)ないのを見(み)て、032外(ほか)に増(ます)花(はな)が出来(でき)たのではあるまいか、033自分(じぶん)は元来(ぐわんらい)不格好(ぶかくかう)な女性(ぢよせい)である、034到底(たうてい)夫(をつと)の愛(あい)し相(さう)なスタイルではない。035かう毎晩(まいばん)家(うち)を外(そと)にして、036国家(こくか)の老中(らうぢう)ともあるべき者(もの)が、037女房(にようばう)にも顔(かほ)を見(み)せないのは、038キツトどつかの待合(まちあひ)へどつかの女性(ぢよせい)を引張(ひつぱ)り込(こ)んでヤニ下(さが)つてるに違(ちが)ひない。039かうなれば可愛(かあい)さ余(あま)つて憎(にく)さが百倍(ひやくばい)だ。040今(いま)に主人(しゆじん)が帰(かへ)つて来(き)たら、041ピストルに丸(たま)をこめ、042いきなり眉間(みけん)を狙(ねら)つて一思(ひとおも)ひに打(うち)殺(ころ)し、043他(ほか)の仇(あだ)し女(をんな)の弄具(おもちや)となつた股間(こかん)の珍器(ちんき)を油揚(あぶらげ)にして、044狐(きつね)に食(く)はしてやらうと、045恐(おそ)ろしい瞋恚(しんい)の炎(ほのほ)を燃(も)やし、046悋気(りんき)の角(つの)を生(は)やし、047おみつ狂乱(きやうらん)の様(やう)なスタイルで髪(かみ)を逆立(さかだ)て、048眉毛(まゆげ)を縦(たて)にして、049吐息(といき)をつき乍(なが)ら待(まち)構(かま)へてゐた。050家臣(かしん)や下女(げぢよ)には事毎(ことごと)に八当(やつあた)りとなり、051見(み)るもの、052触(さ)はるもの、053癪(しやく)に障(さは)り、054家具(かぐ)をブチ破(やぶ)り、055箪笥(たんす)の引出(ひきだし)から夫(をつと)の衣類(いるゐ)を引出(ひきだ)してはベリベリと引(ひき)裂(さ)き、056夫(をつと)の用(もち)ゐた食器(しよくき)や下駄(げた)、057靴(くつ)に至(いた)る迄(まで)、058メチヤメチヤに壊(こは)して了(しま)ひ、059どうにもかうにも、060鎮撫(ちんぷ)の仕方(しかた)が無(な)くなつてゐた。061そこへ高砂城(たかさごじやう)から春乃姫(はるのひめ)様(さま)のお使(つかひ)だと云(い)つて、062伊佐彦(いさひこ)に向(むか)ひ、063一通(いつつう)の書状(しよじやう)を送(おく)つて来(き)た。
064 樽乃姫(たるのひめ)は其(その)書状(しよじやう)を手早(てばや)く手(て)に取(と)り、065表書(うはがき)を見(み)れば、066『伊佐彦(いさひこ)老中殿(らうぢうどの)、067春乃姫(はるのひめ)より』と記(しる)してある。068此(この)文字(もじ)を見(み)るより、069又(また)もや髪(かみ)を逆立(さかだ)てて、070歯(は)をくひしばり、071大(おほ)きな鼻(はな)の孔(あな)をムケムケさせ乍(なが)ら、072バリバリと封(ふう)押(おし)切(き)り、073披(ひら)いて見(み)ればいとも美(うる)はしき水茎(みづくき)の跡(あと)、074お家流(いへりう)でサラサラと流(なが)るる如(ごと)くに書(かき)流(なが)してある。075樽乃姫(たるのひめ)は……サアいい証拠(しようこ)を掴(つか)んだ……と息(いき)を喘(はづ)ませ乍(なが)ら読(よ)んで行(ゆ)くと、
 
076一筆(ひとふで)示(しめ)しまゐらす。077先日(せんじつ)は妾(わらは)が身(み)の上(うへ)につき色々(いろいろ)と御(ご)親切(しんせつ)に仰(おほ)せ下(くだ)され、078一度(いちど)は否(いな)まむかと思(おも)ひ候(さふら)ひしも、079国家(こくか)の前途(ぜんと)を考(かんが)へ、080又(また)両親(りやうしん)の意見(いけん)を斟酌(しんしやく)し、081貴殿(きでん)の赤心(まごころ)を容(い)れて、082遂(つひ)に貴意(きい)に従(したが)ふことと相成(あひな)りたるは、083既(すで)に貴殿(きでん)の知(し)らるる所(ところ)なり。084今後(こんご)は互(たがひ)に胸襟(きようきん)を開(ひら)き、085上下(じやうげ)の障壁(しやうへき)を断(た)ち、086抱擁(はうよう)帰一(きいつ)互(たがひ)に心裡(しんり)を打(うち)開(あ)け、087恰(あたか)も夫婦間(ふうふかん)の愛情(あいじやう)に於(お)けるが如(ごと)き親密(しんみつ)なる態度(たいど)を以(もつ)て、088国家(こくか)の為(ため)、0881尽力(じんりよく)致(いた)し度(たく)、089此(この)段(だん)貴意(きい)を得(え)参(まゐ)らす、090めでたくかしこ
 
091と記(しる)してある。092……サア、093サデスムスの樽乃姫(たるのひめ)は怒髪(どはつ)天(てん)を衝(つ)き、094忽(たちま)ち残虐性(ざんぎやくせい)を発揮(はつき)し、095ピストル大剣(たいけん)を左右(さいう)の手(て)に携(たづさ)へ、096行(ゆ)きがけの駄賃(だちん)にと、097家令(かれい)、098家扶(かふ)、099下女(げぢよ)などを、100或(あるひ)は狙撃(そげき)し、101或(あるひ)は斬(きり)捨(す)て、102往来(ゆきき)の人々(ひとびと)に当(あた)るを幸(さいは)ひ何(いづ)れも敵(てき)と見(み)なして、103斬(き)り立(た)て薙(な)ぎ立(た)て、104打(うち)まくり、105……吾(わが)怨敵(をんてき)の所在(ありか)は高砂(たかさご)城内(じやうない)……と夜叉(やしや)の如(ごと)くに髪(かみ)振(ふ)り乱(みだ)し、106泡(あわ)を吹(ふ)き乍(なが)らあばれ行(ゆ)く。107たまたま高砂城(たかさごじやう)の馬場(ばば)で駿馬(しゆんめ)に跨(またが)り、108此方(こなた)に向(むか)ひ駆(か)け来(きた)る夫(をつと)伊佐彦(いさひこ)に出会(であ)ひ、109矢庭(やには)に馬(うま)の足(あし)を切(き)り、110馬腹(ばふく)に風穴(かざあな)を穿(うが)ち、111其(その)場(ば)に顛倒(てんたう)せしめた。112伊佐彦(いさひこ)は形相(ぎやうさう)変(かは)つた其(その)面体(めんてい)に、113自分(じぶん)の妻(つま)とは知(し)らず、114賢平(けんぺい)、115取締(とりしまり)を指揮(しき)して、116苦(く)も無(な)く之(これ)を捕縛(ほばく)せしめ、117町(まち)はづれの牢獄(らうごく)に投込(なげこ)ましめた。
118 樽乃姫(たるのひめ)は侠客(けふかく)の親分(おやぶん)愛州(あいしう)の繋(つな)がれてゐる隣(となり)の牢獄(らうごく)に、119四肢(しし)五体(ごたい)を厳(きび)しく縛(しば)られ投込(なげこ)まれた。120そして殆(ほとん)ど半狂乱(はんきやうらん)状態(じやうたい)となり、121無性(むしやう)矢鱈(やたら)に喋(しやべ)り立(た)ててゐる。
122樽乃(たるの)『エー、123残念(ざんねん)や口惜(くちを)しや、124妾(わらは)に何科(なにとが)あつて斯様(かやう)な醜(みぐるし)き牢獄(らうごく)へブチ込(こ)んだのか。125妾(わらは)は勿体(もつたい)なくも高砂城(たかさごじやう)に於(おい)て、126老中(らうぢう)と尊敬(そんけい)されたる伊佐彦(いさひこ)が女房(にようばう)、127樽乃姫(たるのひめ)様(さま)だ。128然(しか)るに賢平(けんぺい)の奴(やつ)、129尊(たふと)き身(み)の上(うへ)も知(し)らず、130盲(めくら)滅法界(めつぽふかい)に妾(わらは)を縛(しば)り上(あ)げ、131穢(むさくる)しい牢屋(らうや)に投込(なげこ)むとは何(なん)の事(こと)だ。132今(いま)に仕返(しかへ)しをしてやるから、133思(おも)ひ知(し)つたがよからうぞ。134エー残念(ざんねん)やな、135クヽ口惜(くちを)しやな。136此(この)縛(いまし)めが解(と)けたならば、137斯(か)くの如(ごと)きヒヨヒヨの牢獄(らうごく)138只(ただ)一叩(ひとたたき)に打(うち)破(やぶ)り、139吾(わが)夫(をつと)を寝取(ねと)つた春乃姫(はるのひめ)を始(はじ)め、140夫(をつと)伊佐彦(いさひこ)の生首(なまくび)を引(ひき)抜(ぬ)き、141みん事(ごと)敵(かたき)を討(う)つて見(み)せうぞ。142坊主(ばうず)が憎(にく)けりや袈娑(けさ)まで憎(にく)い。143国依別(くによりわけ)の国司(こくし)も末子姫(すゑこひめ)、144松若彦(まつわかひこ)も片(かた)つ端(ぱし)から斬(き)り立(た)て薙(な)ぎ立(た)て、145恨(うらみ)を晴(は)らさでおかうか。146モウかうなる上(うへ)は樽乃姫(たるのひめ)は鬼(おに)だ、147悪魔(あくま)だ、148夜叉(やしや)明王(みやうわう)だ、149阿修羅(あしゆら)王(わう)だ。150此(この)世(よ)の中(なか)を泥海(どろうみ)にしてでも、151恨(うらみ)を晴(は)らさにやおくものか』
152とキリキリキリと歯切(はぎり)をかみ、153昼夜(ちうや)の別(べつ)なく、154同(おな)じ事(こと)を繰返(くりかへ)し繰返(くりかへ)し呶鳴(どな)り立(た)てて居(ゐ)る。
155 隣室(りんしつ)に繋(つな)がれて居(ゐ)る愛州(あいしう)は、156樽乃姫(たるのひめ)の狂的(きやうてき)独語(どくご)を聞(き)いて、157興味(きようみ)を感(かん)じ歌(うた)ふ。
158愛州『うば玉(たま)の暗(やみ)の世(よ)なれば曲津(まがつ)神(かみ)
159牢屋(ひとや)の中(なか)まで忍(しの)び来(く)るかな。
160サデスムス病(や)みて夜昼(よるひる)あれ狂(くる)ふ
161烈(はげ)しき性欲(せいよく)に狂(くる)ひタルの姫(ひめ)。
162吾(われ)は今(いま)正義(せいぎ)の為(ため)に捕(とら)へられ
163ままならね共(ども)心(こころ)は平(たひ)らか。
164吾(わが)身(み)をば殺(ころ)す魔神(まがみ)の来(きた)る共(とも)
165指(ゆび)もさされぬ魂(たま)の命(いのち)は。
166国(くに)さまや幾公(いくこう)、浅公(あさこう)其(その)外(ほか)の
167真人(まびと)はいかに世(よ)を過(すご)すらむ。
168ヒルの国(くに)ヒルの都(みやこ)を後(あと)にして
169思(おも)ひもよらぬ悩(なや)みする哉(かな)。
170暗(やみ)の世(よ)のいと深(ふか)ければ黎明(れいめい)に
171近(ちか)きを思(おも)ひて独(ひと)り楽(たの)しむ。
172世(よ)の中(なか)に真(まこと)の神(かみ)のゐます上(うへ)は
173救(すく)ひ玉(たま)はむ吾(われ)の身魂(みたま)を。
174今(いま)しばし牢屋(ひとや)の中(なか)にひそみつつ
175神(かみ)にうけたる霊(みたま)きよめむ。
176可憐(かれん)なる樽乃(たるの)の姫(ひめ)の繰言(くりごと)を
177聞(き)きて世(よ)のさま明(あきら)かに知(し)る。
178樽乃姫(たるのひめ)暫(しばら)く待(ま)てよいかめしき
179鉄門(かなど)の開(ひら)く春(はる)や来(きた)らむ。
180汝(なれ)が身(み)を救(すく)ひやらむとあせれ共(ども)
181儘(まま)ならぬ身(み)の如何(いか)に詮(せん)なき』
182 斯(か)く口吟(くちずさ)んで居(ゐ)る。
183 其処(そこ)へ盛装(せいさう)を凝(こ)らした妙齢(めうれい)の美人(びじん)が従者(じゆうしや)をも連(つ)れず、184牢屋(ひとや)の巡視(じゆんし)を名目(めいもく)に愛州(あいしう)の在所(ありか)を訪(たづ)ねてやつて来(き)た。185数多(あまた)の科人(とがにん)が沢山(たくさん)の牢屋(ひとや)の中(なか)に放(ほ)り込(こ)まれてゐるので、186一目(ひとめ)も見(み)た事(こと)のない春乃姫(はるのひめ)には、187どれが愛州(あいしう)だか見当(けんたう)がつかなかつた。188春乃姫(はるのひめ)は淑(しと)やかな声(こゑ)にて歌(うた)ひ乍(なが)ら愛州(あいしう)を尋(たづ)ねてゐる。
189春乃姫『ここは名(な)に負(お)ふ珍(うづ)の国(くに)
190高砂城(たかさごじやう)の町(まち)はづれ
191罪(つみ)ある人(ひと)も罪(つみ)のなき
192人(ひと)も諸共(もろとも)盲(めしひ)たる
193司(つかさ)が縛(しば)りあつめ来(き)て
194無理(むり)に投込(なげこ)む地獄道(ぢごくだう)
195珍(うづ)の都(みやこ)に名(な)も高(たか)き
196白浪(しらなみ)男(をとこ)の愛州(あいしう)は
197どこの牢屋(らうや)に潜(ひそ)むやら
198乾児(こぶん)の源州(げんしう)其(その)他(ほか)の
199数多(あまた)の乾児(こぶん)に頼(たの)まれて
200汝(なれ)を救(すく)ひに来(き)た女(をんな)
201名乗(なの)れよ名乗(なの)れ愛州(あいしう)よ
202仁(じん)と愛(あい)とは天地(あめつち)の
203神(かみ)の尊(たふと)き御心(みこころ)ぞ
204今(いま)常暗(とこやみ)の世(よ)の中(なか)は
205表(おもて)に愛(あい)を標榜(へうばう)し
206蔭(かげ)に潜(ひそ)みて悪(あく)をなす
207牢屋(らうや)にいます愛州(あいしう)は
208悪(あく)を表(おもて)に標榜(へうばう)し
209普(あまね)く愛(あい)を発揮(はつき)して
210市井(しせい)の弱者(じやくしや)を扶(たす)けゆく
211神(かみ)か仏(ほとけ)か真人(しんじん)か
212かかる尊(たふと)き侠客(けふかく)を
213己(おのれ)の都合(つがふ)が悪(わる)いとて
214あらぬ罪名(ざいめい)をきせ乍(なが)ら
215牢屋(らうや)に投込(なげこ)む憎(にく)らしさ
216これぞ全(まつた)く醜司(しこつかさ)
217表(おもて)に忠義(ちうぎ)を飾(かざ)りつつ
218己(おの)が野望(やばう)の妨(さまた)げと
219なる真人(しんじん)を悉(ことごと)く
220苦(くる)しめなやまし吾(わが)望(のぞ)み
221立(た)てむが為(た)めの企(たく)み事(ごと)
222看破(かんぱ)したれば春乃姫(はるのひめ)
223人目(ひとめ)を忍(しの)び今(いま)此処(ここ)に
224現(あら)はれ来(きた)りて愛州(あいしう)の
225命(いのち)を救(すく)ひ助(たす)けむと
226心(こころ)を千々(ちぢ)に砕(くだ)くなり
227早(はや)く名乗(なの)れよ愛(あい)の神(かみ)
228愛(あい)の女神(めがみ)は今(いま)此処(ここ)に
229汝(なれ)が在所(ありか)を尋(たづ)ねつつ
230下(くだ)り来(き)にけり逸早(いちはや)く
231名乗(なの)らせ玉(たま)へ愛(あい)の神(かみ)
232珍(うづ)の都(みやこ)の男(をとこ)伊達(だて)
233珍(うづ)の都(みやこ)の男(をとこ)伊達(だて)』
234と歌(うた)ひつつ愛州(あいしう)の牢屋(らうや)の前(まへ)に来(きた)る。235愛州(あいしう)は此(この)歌(うた)を聞(き)くより、236驚喜(きやうき)し乍(なが)ら、237稍(やや)疲(つか)れたる声(こゑ)にて、
238愛州『雪霜(ゆきしも)にとぢこめられし白梅(しらうめ)も
239春乃光(はるのひかり)に会(あ)ひて笑(わら)はむ。
240曲(まが)りたる事(こと)しなさねど醜神(しこがみ)の
241忌憚(きたん)にふれて捕(とら)へられける。
242吾(わが)身(み)をば救(すく)ひ助(たす)くる春乃姫(はるのひめ)の
243あつき心(こころ)に涙(なみだ)こぼるる』
244 春乃姫(はるのひめ)は此(この)歌(うた)を聞(き)くより、245愛州(あいしう)なることを悟(さと)り、246手早(てばや)く錠(ぢやう)をはづし、247暗(くら)き牢屋(らうや)に打(うち)向(むか)ひ、
248春乃姫『花(はな)は開(ひら)き木(こ)の葉(は)のめぐむ春乃姫(はるのひめ)
249いざ導(みちび)かむ花(はな)の御園(みその)へ』
250愛州(あいしう)『有難(ありがた)し辱(かたじけ)なしと述(の)ぶるより
251宣(の)る言霊(ことたま)を知(し)らぬ嬉(うれ)しさ』
252春乃姫(はるのひめ)『いざ早(はや)く出(い)でさせ玉(たま)へ此(この)牢屋(らうや)
253醜(しこ)の司(つかさ)に見(み)つけられぬ内(うち)』
254愛州(あいしう)『男(をとこ)伊達(だて)心(こころ)ならずも汝(な)が君(きみ)の
255恵(めぐみ)にほだされ牢屋(らうや)を出(い)でむ』
256と返(かへ)し乍(なが)ら春乃姫(はるのひめ)に導(みちび)かれ、257非常門(ひじやうもん)口(ぐち)より両人(りやうにん)手(て)に手(て)を取(と)りて夜陰(やいん)に紛(まぎ)れ、258何(いづ)れともなく落(お)ちのび、259二人(ふたり)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に北(きた)へ北(きた)へと町外(まちはづ)れの道(みち)を、260転(こ)けつ輾(まろ)びつ、261日暮(ひぐらし)の森(もり)へと駆(か)けつけ、262古(ふる)ぼけた鎮守(ちんじゆ)の宮(みや)の床下(ゆかした)に夜露(よつゆ)を凌(しの)ぐこととなりぬ。
263愛州(あいしう)『尊(たふと)き姫(ひめ)様(さま)の御(おん)身(み)を以(もつ)て、264侠客(けふかく)如(ごと)き吾々(われわれ)一人(ひとり)を助(たす)けむが為(ため)に御(ご)苦労(くらう)をかけまして、265誠(まこと)に感謝(かんしや)に堪(た)へませぬ。266此(この)上(うへ)は如何(いか)なる事(こと)が厶(ござ)いませう共(とも)、267命(いのち)の親(おや)の貴女(あなた)様(さま)、268命(いのち)を的(まと)に御(ご)恩返(おんがへし)を仕(つかまつ)ります』
269と改(あらた)めて感謝(かんしや)の辞(じ)を述(の)べた。
270春乃(はるの)『貴方(あなた)は侠客(けふかく)の愛州(あいしう)さまとは此(この)世(よ)を忍(しの)ぶ仮(かり)の御名(みな)、271貴方(あなた)はヒルの都(みやこ)の楓別(かへでわけ)様(さま)の長子(ちやうし)国愛別(くにちかわけの)命(みこと)様(さま)で厶(ござ)いませうがな』
272と星(ほし)をさされて、273愛州(あいしう)はハツと胸(むね)を押(おさ)へ、
274愛州『イエイエ決(けつ)して決(けつ)して左様(さやう)な尊(たふと)い身分(みぶん)では厶(ござ)いませぬ。275ホンの市井(しせい)のならず者(もの)、276博奕(ばくち)を渡世(とせい)に致(いた)す酢(す)でも蒟蒻(こんにやく)でもゆかない、277ケチな野郎(やらう)でごぜえやす。278勿体(もつたい)ない 279そんな事(こと)を云(い)つて貰(もら)ひますと、280罰(ばち)が当(あた)つて目(め)が潰(つぶ)れるかも知(し)れませぬよ、281アツハヽヽヽ。282御(ご)冗談(じようだん)も可(よ)いかげんにして下(くだ)さいませ』
283春乃(はるの)『イエイエお隠(かく)しには及(およ)びませぬ。284吾(わが)兄(あに)国照別(くにてるわけ)からソツと手紙(てがみ)が参(まゐ)つて居(を)ります。285其(その)手紙(てがみ)によれば、286横小路(よここうぢ)の侠客(けふかく)愛州(あいしう)といふのは自分(じぶん)の兄弟分(きやうだいぶん)だが、287実際(じつさい)の素性(すじやう)を明(あ)かせば、288ヒルの国(くに)の城主(じやうしゆ)の御(ご)長子(ちようし)国愛別(くにちかわけ)様(さま)だと書(か)いて厶(ござ)いましたよ。289そしてお前(まへ)も理想(りさう)の夫(をつと)が有(も)ちたいだらうが、290兄(あに)の目(め)から見(み)たお前(まへ)に適当(てきたう)な夫(をつと)は、291あの愛州(あいしう)様(さま)だと書(か)いて厶(ござ)いましたもの。292貴方(あなた)は何(なに)程(ほど)お隠(かく)しになつても、293兄(あに)が証明(しようめい)してゐるから駄目(だめ)で厶(ござ)いますよ』
294愛州(あいしう)『拙者(わつち)やア、295国(くに)さまとか、296国照別(くにてるわけ)さまとか、297そんな尊(たふと)いお方(かた)と一面識(いちめんしき)も厶(ござ)いやせぬ。298ソラ大方(おほかた)人違(ひとちが)ひで厶(ござ)いやせう。299愛(あい)といふ名(な)はわつち一人(ひとり)ぢや厶(ござ)いやせぬ。300どうか、301御(お)取違(とりちが)ひのない様(やう)御(お)願(ねがひ)申(まを)しやす』
302 春乃姫(はるのひめ)はポンと肩(かた)を叩(たた)き、
303春乃姫『国愛別(くにちかわけ)様(さま)、304駄目(だめ)ですよ、305お隠(かく)しには及(およ)びませぬ。306サア之(これ)から横小路(よここうぢ)のお館(やかた)へ帰(かへ)らうではありませぬか。307妾(わらは)は源州(げんしう)さまにキツと親方(おやかた)を近(ちか)い内(うち)に手渡(てわた)しすると、308約束(やくそく)がしてあるのですから、309是非(ぜひ)一度(いちど)は源州(げんしう)さまに、310貴方(あなた)の身柄(みがら)を御(お)渡(わた)しせねばなりませぬからね』
311愛州(あいしう)『ヤア御(ご)親切(しんせつ)は有難(ありがた)う厶(ござ)います。312然(しか)し乍(なが)ら只今(ただいま)となつては、313破獄(はごく)逃走者(たうそうしや)としてズキがまはり、314吾(わが)館(やかた)は賢平(けんぺい)取締(とりしまり)を以(もつ)て、315十重(とへ)二十重(はたへ)に取(とり)まいてをりませう。316左様(さやう)な危険(きけん)な所(ところ)へ帰(かへ)るのは考(かんがへ)ものですな。317世(よ)の為(ため)、318人(ひと)の為(ため)命(いのち)を捨(す)てるのは、319少(すこ)しも惜(をし)みませぬが、320ムザムザと命(いのち)を捨(す)てるのは残念(ざんねん)で厶(ござ)いますから……』
321春乃(はるの)『御(ご)心配(しんぱい)なさいますな。322妾(わらは)は不肖(ふせう)乍(なが)らも高砂城(たかさごじやう)の世継(よつぎ)春乃姫(はるのひめ)で厶(ござ)います。323仮令(たとへ)幾万(いくまん)の捕手(とりて)が来(きた)る共(とも)、324只(ただ)一言(いちごん)にて解散(かいさん)をさせてみせませう。325そして此(この)後(ご)は役人(やくにん)共(ども)に指(ゆび)一本(いつぽん)さへさせませぬから、326御(ご)安心(あんしん)なさいませ』
327愛州(あいしう)『有難(ありがた)う厶(ござ)います。328左様(さやう)なればお言葉(ことば)に従(したが)ひ、329吾(わが)家(いへ)へ帰(かへ)りませう。330送(おく)つて貰(もら)ふのも何(なん)だか乾児(こぶん)の前(まへ)、331恥(はづか)しいやうな気分(きぶん)が致(いた)しますから、332貴方(あなた)はどうぞお帰(かへ)り下(くだ)さいませ。333私(わたくし)はボツボツ乾児(こぶん)が待(ま)つてゐませうから、334吾(わが)館(やかた)へ帰(かへ)ることに致(いた)しませう。335何分(なにぶん)後(あと)の所(ところ)は宜(よろ)しく御(お)願(ねがひ)致(いた)します』
336春乃(はるの)『左様(さやう)なれば、337妾(わらは)は之(これ)から城内(じやうない)へ帰(かへ)ることに致(いた)します。338今(いま)少時(しばし)城内(じやうない)に止(とどま)り、339世子(せいし)の位地(ゐち)に立(た)つてゐなければ、340何(なに)かの都合(つがふ)が悪(わる)う厶(ござ)いますから……然(しか)し乍(なが)ら何時(いつ)迄(まで)も清家(せいか)的(てき)生活(せいくわつ)は致(いた)したくありませぬから、341将来(しやうらい)は夫婦(ふうふ)……否(いな)兄妹(きやうだい)の如(ごと)くなつて、342世(よ)の為(ため)に尽(つく)さうでは厶(ござ)いませぬか、343ねえ国愛別(くにちかわけ)様(さま)』
344愛州(あいしう)『ハイ、345有難(ありがた)う厶(ござ)います』
346と右(みぎ)と左(ひだり)に立別(たちわか)れ、347朧夜(おぼろよ)の影(かげ)に包(つつ)まれて了(しま)つた。
348(大正一三・一・二三 旧一二・一二・一八 伊予 於山口氏邸 松村真澄録)
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