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第六章 現代の精神的堕落

インフォメーション
題名:第6章 現代の精神的堕落 著者:出口王仁三郎
ページ:307 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: OBC :B121801c39
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]『敷島新報』第21号(大正5年1月20日)
 維新以来、我国家は長足の進歩をなし、我国勢は年と共に開展し、日清・日露の両戦を経て既に韓満を奄有(えんゆう)し、更に今次の世界争乱に際会するや、一躍東洋の霸権を把握するに至れるも、内に国民の精神状態を顧みれば、其志漸く荒廃し苟安(こうあん)小成を希い、国家の偉大国民の縮小とは、正に反比例を為すものの如し。
 現代の国民は国家をして、今日の偉大を為さしめん為め、維新の先輩が如何に苦辛を嘗め、如何に犠牲を払いしかを忘却するものの如し。表面には其功勲を賞し崇仰の形を示すも、其精神は日々益々之に遠ざからんとするに似たり。勲章・年金・爵位・恩賜を目標として活動する処の現代人士が、到底当時の誠忠にして犠牲的なる崇高雄大の精神を、・理解し得べきよう無ければなり。
 而して犠牲献身の気魂なく、崇高雄大の精神なき、今日の縮小せる国民にして、果して無難に先輩の遺業を継承して行くことを得べきや否や、是れ実に現代の有司・軍人・政客・学者・教育家・宗教家輩の、正に自反再思して、、深く憂慮すべき処に非ずや。試みに一例を以て之を云わんに、茲に徒手一代にして、数百万の身代を作れる人ありと仮定せよ。彼若しその貧賤に生立ちしを恥じ、其子女をして華奢の生活に慣れしめば、一朝不諱(ふき)の事あらんには、果して其不肖児の代に至り其家依然として繁昌するを得べきか。今代の我邦人は、之を維新前後の日本人に比較して、果して不肖児に非らずと云うことを得べきや否や。而して今に於て、速に自反覚醒することなしとせば、遂に能く維新の大業を継承進展し得べきや否や、深く関心憂慮せざるを得ざるなり。
 今や我文部当局は学制問題の解決に没頭するものの如く、吾人は其労を多とせざるに非らずと雖も、学制の改革は、必ずしも今の教育界を刷新すベき根本的手段に非らず。学制の改革、素より必要なり。
 然れども教育方針の改革・学風の一新は、寧ろ学制問題以上に重要なりと云わざるべからず。従来の注入教育に代うるに啓発教育を以てし、良民教育に代ゆるに偉大国民教育を以てし、自由雄渾の思想を鼓吹して、以て下劣俗悪なる利己的観念により靡爛(びらん)せる我国民の心腸を一洗するは、実に今日焦眉の急ならずや。然れども凡庸なる当局に対して、吾人は望みを嘱するの愚を演ぜざる可し。
 天もし我邦に幸せば、必ず近き将来に於て第二の森子を出だし、巨人の手腕を借りて、我学界の宿弊を一掃せしむることあらん。
 転じて我宗教界を観るに、名僧名識と称せらるるもの少からずと雖も、教界の寂寞未だ曾て今日の如きはあらず。今の俗化し腐敗せる人心に向い、一人の新鮮なる福音恵報を伝うるを聞かざるは何故ぞ。
 我邦幾万の教師・僧侶中、豈に一人自己の使命を自覚するものなきか。前古未曾有なる世界の大乱は、彼等の道念に何等の刺激を与うることなきか。我国民の危機は、未だ彼等の麻酔せる眼瞼(がんけん)を開かしむるに足らざるか。近頃宗教的有志の会合なる帰一会に於て、目下の我国民の精神状態に対し、之を指導すべき宣言を発するの議ありと聞けるは、聊か空谷(くうこく)跫音(あしおと)たるの感あり。帰一会員諸氏は、流石に、今の時勢を以て太平無事、憂慮を要せずとは思惟せざるものに似たり。
然れども、果して幾許の徹底したる考えを以て、世間を観察し居れるや。吾人その宣言に接して、之を推測せんとする。興味ある問題なり。
 但し天下の革新は、委員会の決議を以て成遂げ得べきものに非ずとは、ガーデナル・ニウマンの名言として世に伝えらるる処、帰一会の宣言可ならざるに非ずと雖も、之に多くを依頼せば恐らく失望に終らん。
 大凡革新運動は、徹底せる見識に基き、確実なる一大人物の心腸より湧出する唱説に由ることを要す。我邦に於ても、法然あり親鸞ありて真宗の運動起り、日蓮出でて法華の宣伝となり、仁斎・東涯ありて儒教の徳育起り、又海外に於てもルーテル、カンウインあって新教的革新は開始せられ、朱晦庵・王陽明ありて、死せる儒教に両派の新生面を開きしが如し。吾人は帰一会の宣言以上、精神界の刷新運動を期待するの情に堪えず。想うに、天下蒼生亦た、大早の雲霓を望むが如きものあらん。
 我政治界に対する皇道維新の運動、即ち憲政擁護運動は、吾人が嘗て屡々(しばしば)論じたるが如く、全然失敗に帰したり。而して政界は全く中心力を失い、混沌として其紛擾日に益々甚しからんとす。
 故に政界の刷新は、有識者の最も心を労すべき問題たるは論を待たず。然し吾人亦た、機に触れ折に接して論説を怠らざるべし。然れども政界根本の刷新は、国民の精神状態を一新するより起らざるべからずして、一種新清にして偉大なる理想の発現して、我精神界を刷新するに至らば、政界の事、蓋し亦た見るに足るものあるに至らん。
 殊に多年独逸流の国家主義を実施したる結果、国民を軍隊視するの傾ありて、個人の自然的発育を害する事少からず。想うに或る意味に於て、独逸流の応用は、富国強兵の政策を行うに頗る便利なることあるは否定す可からず。現に独逸の今日ある、又我邦が近年長足の進歩を成せる、組織的国家主義に負う所甚だ多きは、睹易(みやす)き道理なり。然れども現在の国難に際し、英仏両国民が能く発憤興起し、克く其智力を尽して倦まざる状態を見れば、個人主義亦た実に侮る可らざるを知らん。
 而して戦後の国情を予想せば、吾人は勝敗の如何に関わらず、英仏の状態が必ず大に独逸に優るものあるべきを信じて疑わず。真に偉大なる国家は、個人の上に於ても、亦た絶大なる国民たらざる可らず。是れ吾人が、国家として絶大にして国民として縮少せる我国の現状に対し、一大革新必要を唱説する所以なり。
(「敷島新報」第二十一号、大正五年一月二十日)
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