霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二章 鶍(いすか)の嘴(はし)〔六四七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第19巻 如意宝珠 午の巻 篇:第1篇 神慮洪遠 よみ(新仮名遣い):しんりょこうえん
章:第2章 鶍の嘴 よみ(新仮名遣い):いすかのはし 通し章番号:647
口述日:1922(大正11)年05月06日(旧04月10日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年2月28日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
魔窟ケ原の岩屋で、高姫、黒姫、高山彦は、青彦らの首尾を待っていた。そこへ様子伺いに行っていた梅公は、辰公、鳶公を従えて息せき切って戻ってきた。
梅公の様子を見て、門番をしていた寅若は、不首尾を悟ってあざ笑う。
青彦らの戻りが遅いので、高姫は心配するが、黒姫は自分が信任した青彦たちをかばう。黒姫は夫の高山彦に同意を求めようとするが、高山彦も青彦たちに対して懐疑的なため、黒姫と喧嘩になり、高姫にたしなめられる。
そこへ、寅若に連れられて梅公たちが入ってきた。黒姫は首尾を尋ねるが、梅公たちははぐらかしてはっきり答えない。高姫が、青彦たちは三五教へ返ったのだろう、と問うと、ようやく梅公はその事実を認めた。
それを聞くと高姫はさっさとフサの国へ帰ろうと、鳥船指して由良の港へ走って出て行ってしまった。
高山彦は、このままでは高姫に合わせる顔がないと、世継王山に単身乗り込んで、玉照姫を奪おうと駆け出した。黒姫も高山彦の後に続いた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-03-30 17:14:07 文字数:4569 OBC :rm1902
愛善世界社版:19頁 八幡書店版:第4輯 35頁 修補版: 校定版:19頁 普及版:7頁 初版: ページ備考:
001 足(あし)踏(ふ)む隙(すき)も夏草(なつくさ)の、002生茂(おひしげ)りたる魔窟(まくつ)ケ原(はら)、003山時鳥(やまほととぎす)悲(かな)しげに、004血(ち)を吐(は)く思(おも)ひの岩窟(いはや)の中(なか)、005高姫(たかひめ)、006高山彦(たかやまひこ)、007黒姫(くろひめ)の三(さん)人(にん)は、008奥(おく)の一室(ひとま)に鼎坐(ていざ)して、009紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)の、010消息(たより)如何(いか)にと待(ま)ち居(ゐ)たる。011頃(ころ)しもあれや梅公(うめこう)は、012辰(たつ)、013鳶(とび)二人(ふたり)を従(したが)へて、014息(いき)せき切(き)つて馳(は)せ帰(かへ)りきぬ。
015寅若(とらわか)『ヨオ、016梅公(うめこう)ぢやないか、017何処(どこ)へ行(い)つて居(ゐ)たのだ。018甚(ひど)う顔(かほ)の色(いろ)が晴(は)れ晴(ば)れして居(ゐ)ないぢやないか、019何時(いつ)も快活(くわいくわつ)なお前(まへ)に似合(にあ)はず、020どこともなく影(かげ)が薄(うす)う見(み)えて仕方(しかた)がないワ』
021梅公(うめこう)『エヽ、022何(なん)でもない、023お前(まへ)の出(で)る幕(まく)ぢやないから柔順(おとな)しく待(ま)つて居(ゐ)ろ』
024 寅若(とらわか)はニタリと笑(わら)ひ、
025寅若(とらわか)『ヘン、026やられよつたな、027鼈(すつぽん)に尻(しり)をやられたと云(い)はうか、028嘘(うそ)を月夜(つきよ)に釜(かま)を抜(ぬ)かれたと云(い)ふ為体(ていたらく)、029又(また)も違(ちが)つたら梟鳥(ふくろどり)が夜食(やしよく)に外(はづ)れたと云(い)ふ塩梅(あんばい)式(しき)だな、030黒姫(くろひめ)さまもよい家来(けらい)をお持(も)ちになつて仕合(しあは)せだワイ、031イヒヽヽヽ』
032梅公(うめこう)『エヽ喧敷(やかまし)う云(い)ふな、033其処(そこ)退(ど)け、034ソンナ狭(せま)い入口(いりぐち)に貴様(きさま)が立(た)つて居(ゐ)ては這入(はい)る事(こと)も出来(でき)やしないワ』
035寅若(とらわか)『ハヽヽヽ、036可成(なるべく)這入(はい)らぬが好(よ)からうぜ、037御(ご)注進(ちうしん)申上(まをしあ)げるや否(いな)や形勢(けいせい)不穏(ふおん)、038大地震(だいぢしん)でも勃発(ぼつぱつ)してみよ、039此(この)岩窟(いはや)はガタガタだ。040此(この)寅若(とらわか)は御(ご)信任(しんにん)が無(な)いから駄目(だめ)だが、041併(しか)し紫姫(むらさきひめ)さまや、042青彦(あをひこ)さま、043それに次(つい)で梅公(うめこう)と来(き)たら豪(えら)いものだよ。044一(ひと)つ今回(こんくわい)の失敗(しつぱい)、045否(いや)、046お手柄話(てがらばなし)を聞(き)かして貰(もら)はうかい、047何時(いつ)も黒姫(くろひめ)は目(め)が黒(くろ)いと仰有(おつしや)る、048間違(まちが)ひはあるまい、049此(この)眼(め)で一目(ひとめ)睨(にら)みたら些(ちつ)とも違(ちが)はぬと仰(あふ)せられるのだからなア、050アハヽヽヽ』
051と頤(あご)をしやくつて入口(いりぐち)に立(た)ち塞(ふさ)がり、052きよくつた[※「きよくつた」は「曲(きょく)った」か? 「曲(きょく)る」とは、冷やかすとか、からかうという意味。]やうな笑(わら)ひをする。053奥(おく)の一室(ひとま)には高姫(たかひめ)、054高山彦(たかやまひこ)、055黒姫(くろひめ)三(さん)人(にん)、056鳩首(きうしゆ)謀議(ぼうぎ)の真最中(まつさいちう)なりける。
057高姫(たかひめ)『これ黒姫(くろひめ)さま、058紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)が出立(しゆつたつ)してから、059もう一(いつ)週間(しうかん)にもなるぢやありませぬか、060それに今(いま)になつて、061猫(ねこ)が嚔(くしやみ)をしたとも、062膿(う)ンだ鼻(はな)が潰(つぶ)れたとも云(い)ふ便(たよ)りが無(な)いぢやありませぬか、063貴女(あなた)のお眼識(めがね)に叶(かな)つた許(ばか)りか、064選抜(せんばつ)してお遣(や)りになつたのだから、065如才(じよさい)はありますまいが、066万一(まんいち)あつては大変(たいへん)だと気(き)に懸(かか)つてなりませぬワ』
067 黒姫(くろひめ)は稍(やや)不安(ふあん)の面持(おももち)にて、
068黒姫『何分(なにぶん)突飛(とつぴ)な談判(だんぱん)に遣(や)つたものだから、069摺(す)つた揉(も)ンだと、070毎日(まいにち)問題(もんだい)が次(つぎ)から次(つぎ)へと提出(ていしゆつ)され、071家庭(かてい)会議(くわいぎ)でも開(ひら)いて連日(れんじつ)連夜(れんや)小田原(をだはら)評定(へうぢやう)に時(とき)を費(つひ)やして居(ゐ)るのでせう。072早(はや)く成(な)るものは破(やぶ)れ易(やす)く、073遅(おそ)く成(な)るものは破(やぶ)れ難(がた)し、074大器(たいき)晩成(ばんせい)と云(い)つて暇(ひま)の要(い)る程(ほど)脈(みやく)があるのですよ、075一(いち)年(ねん)にすつと伸(の)びて花(はな)の咲(さ)く草木(さうもく)は秋(あき)が来(く)れば萎(しほ)れて仕舞(しま)ひます。076梅(うめ)桜(さくら)、077桃(もも)椿(つばき)などの喬木(けうぼく)になると、078二(に)年(ねん)や三(さん)年(ねん)に花(はな)は咲(さ)かない代(かは)りに、079天(てん)を衝(つ)くやうに其(その)幹(みき)は成長(せいちやう)し、080毎年(まいねん)々々(まいねん)花(はな)も咲(さ)く、081私(わたし)の眼識(めがね)に叶(かな)つた紫姫(むらさきひめ)、082青彦(あをひこ)の事(こと)ですから、083よもや寝返(ねがへ)りを打(う)つと云(い)ふ事(こと)はありますまい、084ナア高山彦(たかやまひこ)さま』
085高山彦(たかやまひこ)『サア、086何(なん)とも保証(ほせう)の限(かぎ)りではないなア』
087 黒姫(くろひめ)、088目(め)に角(かど)を立(た)て、
089黒姫『エヽ何(なん)と仰有(おつしや)る、090高山彦(たかやまひこ)さま、091余(あま)り紫姫(むらさきひめ)や、092青彦(あをひこ)を見損(みそこな)つてはいけませぬよ。093お前(まへ)さまの身魂(みたま)は昔(むかし)鬼城山(きじやうざん)にあつて木常姫(こつねひめ)さまに悪(わる)い事(こと)を教(をし)へ、094今度(こんど)は南高山(なんかうざん)の宝取(たからと)りには道彦(みちひこ)の為(ため)に大失敗(だいしつぱい)を演(えん)じ、095今(いま)又(また)ウラナイ教(けう)へ帰(かへ)つてくると云(い)ふ身魂(みたま)だから、096ソンナ考(かんが)へが出(で)るのだよ、097自分(じぶん)の心(こころ)を標準(へうじゆん)として青彦(あをひこ)や紫姫(むらさきひめ)の心(こころ)を測量(そくりやう)なさるとは、098些(ちつ)と残酷(ざんこく)と云(い)ふものだワ』
099 高山彦(たかやまひこ)は少(すこ)し声(こゑ)を高(たか)うして、
100高山彦『昔(むかし)は昔(むかし)今(いま)は今(いま)ぢや、101身魂(みたま)に経験(けいけん)を積(つ)みて来(き)て居(を)るから、102大概(たいがい)の人(ひと)の心(こころ)の底(そこ)はよく分(わか)つて居(ゐ)る。103何時(いつ)も俺(おれ)は柔順(おとな)しくして不言(ふげん)実行(じつかう)主義(しゆぎ)を採(と)つて居(を)れば、104貴様(おまへ)は何時(いつ)も先(さき)に出(で)て何(なに)から何(なに)迄(まで)、105掻(か)いて掻(か)いて掻(か)き廻(まは)し、106一言(ひとこと)云(い)へば直(ただ)ちに眉(まゆ)を逆立(さかだ)て鼻息(はないき)を荒(あら)くし、107口(くち)から泡(あわ)を飛(と)ばすぢやないか、108俺(おれ)は五月蠅(うるさ)いから何時(いつ)も黙(だま)つて居(ゐ)るのだ。109今日(けふ)は幸(さいは)ひ高姫(たかひめ)様(さま)の前(まへ)だから、110俺(おれ)の思(おも)つて居(ゐ)る事(こと)を忌憚(きたん)なく吐露(とろ)したのだ』
111黒姫(くろひめ)『そりや何(なに)を云(い)ひなさる、112貴方(あなた)は此(この)家(いへ)の主人(しゆじん)ぢやないか、113私(わたし)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)くやうな素直(すなほ)な身魂(みたま)ですかいな、114何(なん)でも彼(かん)でも一(ひと)つ一(ひと)つケチをつけねば置(お)かぬ因果(いんぐわ)な身魂(みたま)だから』
115高山彦(たかやまひこ)『今度(こんど)の青彦(あをひこ)、116紫姫(むらさきひめ)を派遣(はけん)したのはお前(まへ)の発案(はつあん)だらう、117其(その)時(とき)俺(おれ)は貴様(おまへ)に剣呑(けんのん)だからそつと寅若(とらわか)でもつけてやつたら何(ど)うだと云(い)うたぢやないか、118其(その)時(とき)貴様(おまへ)は首(くび)を振(ふ)り、119大変(たいへん)な荒(すさ)びやうだつた、120アヽ、121又(また)毎度(いつも)の病気(びやうき)が出(で)た哩(わい)と思(おも)つて辛抱(しんばう)して居(ゐ)たのだ。122此奴(こいつ)は屹度(きつと)不成功(ふせいこう)、123否(いな)不成功(ふせいこう)のみならず、124青彦(あをひこ)、125紫姫(むらさきひめ)は三五教(あななひけう)の間諜(まはしもの)だつたに違(ちが)ひない』
126黒姫(くろひめ)『何(なに)を云(い)ひなさるのだい、127マア見(み)て居(ゐ)なされ、128屹度(きつと)今(いま)に分(わか)る。129玉照姫(たまてるひめ)を連(つ)れて青彦(あをひこ)が帰(かへ)つて来(き)ますよ。130若(も)し連(つ)れて帰(かへ)つて来(こ)なかつたら、131二度(にど)とお前(まへ)さまにも高姫(たかひめ)さまにもお目(め)にかかりませぬ哩(わい)なア』
132と頤(あご)をしやくり、133上下(じやうげ)の歯(は)をぐつと噛(か)みしめ、134前(まへ)に突(つ)き出(だ)して見(み)せける。135高山彦(たかやまひこ)はムツとしたか蠑螺(さざえ)のやうな拳骨(げんこつ)を固(かた)めて黒姫(くろひめ)の横面(よこづら)を撲(なぐ)らむとする。136スワ一大事(いちだいじ)と高姫(たかひめ)は仲(なか)に割(わ)つて入(い)り、
137高姫『ヤア待(ま)つた待(ま)つた、138犬(いぬ)も食(く)はぬ喧嘩(けんくわ)をすると云(い)ふ事(こと)がありますか、139些(ちつ)と心得(こころえ)なさい。140お前(まへ)さま二人(ふたり)はウラナイ教(けう)の柱石(ちうせき)たる重要(ぢうえう)人物(じんぶつ)ぢやないか、141ソンナ事(こと)で皆(みな)の者(もの)に教訓(しめし)が出来(でき)ますか』
142黒姫(くろひめ)『ハイハイ、143左様(さやう)で御座(ござ)います、144何分(なにぶん)宅(うち)のがヒヨツトコですから』
145高山彦(たかやまひこ)『こりや黒(くろ)、146ヒヨツトコとは何(なん)だ。147俺(おれ)がヒヨツトコなら貴様(おまへ)はベツトコだ』
148高姫(たかひめ)『コレコレ、149お二人(ふたり)とも詔直(のりなほ)しだ詔直(のりなほ)しだ、150言霊(ことたま)をお慎(つつし)みなさらぬか』
151 斯(か)かる所(ところ)へ寅若(とらわか)を先頭(せんとう)に、152梅(うめ)、153辰(たつ)、154鳶(とび)の三(さん)人(にん)は現(あら)はれ来(きた)り、
155寅若(とらわか)『黒姫(くろひめ)様(さま)、156三(さん)人(にん)の、157私(わたくし)へ隠(かく)してのお使(つかい)が偉(えら)い勢(いきほひ)なくして帰(かへ)つて参(まゐ)りました、158何卒(どうぞ)詳(くは)しくお聞(き)き取(と)り下(くだ)さいませ』
159黒姫(くろひめ)『お前(まへ)は梅公(うめこう)、160辰公(たつこう)、161鳶公(とびこう)、162首尾(しゆび)は何(ど)うだつたな、163紫姫(むらさきひめ)、164青彦(あをひこ)を旨(うま)くやつたらうなア?』
165梅公(うめこう)『ヘエヘエ、166流石(さすが)の青彦(あをひこ)、167紫姫(むらさきひめ)で御座(ござ)います、168梅(うめ)いことをやつて、169此(この)三(さん)人(にん)ぢやないが鳶辰(とびたつ)やうにトツトと凱歌(がいか)を奏(そう)して、170何々(なになに)の何(なに)へ向(むか)つて帰(かへ)りましたワ』
171黒姫(くろひめ)『アヽ、172さうかさうか、173それは御(ご)苦労(くらう)であつた。174サア早(はや)く玉照姫(たまてるひめ)様(さま)のお居間(ゐま)のお掃除(さうぢ)を為(な)し、175皆様(みなさま)の御飯(ごはん)やお酒(さけ)の用意(ようい)をして置(お)きなさい』
176梅公(うめこう)『ヘイ、177根(ね)つから其(その)必要(ひつえう)は認(みと)めませぬがなア』
178黒姫(くろひめ)『そりや梅公(うめこう)、179お前(まへ)何(なん)と云(い)ふ事(こと)を云(い)ふのぢや、180必要(ひつえう)を認(みと)めるの認(みと)めないのと何故(なぜ)私(わし)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)かないのかい、181これこれ辰公(たつこう)、182鳶公(とびこう)、183お前(まへ)も御(ご)苦労(くらう)ぢやつた。184どうぞ詳(くは)しく高姫(たかひめ)さまの前(まへ)で、185青彦(あをひこ)や紫姫(むらさきひめ)さまの天晴(あつぱれ)功名(こうみやう)した事(こと)を聞(き)かして下(くだ)さい』
186鳶公(とびこう)『エー、187もう余(あま)りの事(こと)で申上(まをしあ)げます事(こと)も出来(でき)ませぬ』
188辰公(たつこう)『何(なん)と云(い)つても六日(むゆか)の菖蒲(あやめ)、189十日(とをか)の菊(きく)、190何(なに)が何(な)ンだやら薩張(さつぱり)神(かみ)様(さま)の御(ご)都合(つがふ)を頂(いただ)いて来(き)ました』
191寅若(とらわか)『アハヽヽヽ、192此奴(こいつ)余程(よほど)弱(よわ)つて居(ゐ)やがるな、193御(ご)都合(つがふ)と云(い)ふのは卑怯者(ひけふもの)の適当(てきたう)な遁辞(とんじ)だ。194モシモシ黒姫(くろひめ)さま、195こいつは屹度(きつと)ものにならなかつたのですよ、196蛸(たこ)の揚壺(あげつぼ)を食(くら)つて帰(かへ)つたとより見(み)えませぬな』
197黒姫(くろひめ)『これ寅若(とらわか)、198お前(まへ)に誰(たれ)が物(もの)を尋(たづ)ねたかい、199弥仙山(みせんざん)へ往(い)つて失敗(しつぱい)をして帰(かへ)つて来(き)たやうな男(をとこ)だから、200今度(こんど)の事(こと)は彼是(かれこれ)云(い)ふお前(まへ)には資格(しかく)がない、201一段(いちだん)下(お)りて庭(には)へ下(さ)がつて其処(そこ)の掃除(さうぢ)でもしなさい。202これこれ梅公(うめこう)早(はや)く云(い)ひなさいよ』
203 梅公(うめこう)は左(ひだり)の手(て)で頭(あたま)を三遍(さんぺん)ばかりも、204つるつると撫(な)でながら、
205梅公(うめこう)『ハイ、206私(わたくし)は紫姫(むらさきひめ)、207青彦(あをひこ)その他(た)一行(いつかう)の後(あと)を見(み)え隠(がく)れに監視(かんし)して参(まゐ)りました。208さうした処(ところ)流石(さすが)の青彦(あをひこ)さま、209綾彦(あやひこ)お民(たみ)の両人(りやうにん)を前(まへ)に出(だ)して豊彦爺(とよひこぢい)をアツと云(い)はせ、210ヤアお前(まへ)は綾彦(あやひこ)であつたか、211お民(たみ)であつたか、212ヤア父(とと)さまか、213母(かか)さまか、214妹(いもうと)か、215兄(あに)さまかと一場(いちぢやう)の悲喜劇(ひきげき)が現(あら)はれ、216其処(そこ)へ平和(へいわ)の女神然(めがみぜん)たる紫姫(むらさきひめ)さまが、217おチヨボ口(ぐち)をぱつと開(ひら)いて仰有(おつしや)るには、218何事(なにごと)も皆(みな)神(かみ)様(さま)のなさる事(こと)、219豊彦(とよひこ)さまも斯(こ)うして若夫婦(わかふうふ)が帰(かへ)つて御座(ござ)つた以上(いじやう)は、220神(かみ)様(さま)へ御(ご)恩返(おんがへ)しにお玉(たま)さま始(はじ)め、221玉照姫(たまてるひめ)様(さま)を神(かみ)様(さま)に奉(たてまつ)らねばなりますまいと、222さも流暢(りうちやう)な弁(べん)で談判(かけあひ)になりますと、223豊彦爺(とよひこぢい)は、224喜(よろこ)ぶの喜(よろこ)ばないのつて、225首(くび)を滅多(めつた)矢鱈(やたら)に振(ふ)つて振(ふ)つて振(ふ)りさがし、226千切(ちぎ)れはせぬかと思(おも)ふ程(ほど)首肯(うなづ)いて、227仕舞(しまひ)の果(はて)にはドンと尻餅(しりもち)を搗(つ)き、228眼(め)を暈(まは)しかけました。229マアさうして爺(ぢい)の云(い)ふのには、230アヽ結構(けつこう)な事(こと)だ、231嬉(うれ)しい時(とき)には欣喜(きんき)雀躍(じやくやく)、232手(て)の舞(ま)ひ足(あし)の踏(ふ)む所(ところ)を知(し)らずと云(い)ふ事(こと)だが、233俺(わし)は余(あま)り嬉(うれ)しくて目(め)のまひ、234家(いへ)のまひ、235身体(からだ)の居(を)る所(ところ)を知(し)らずぢや、236と云(い)ひまして、237それはそれは大変(たいへん)喜(よろこ)びましたよ。238あれ位(くらゐ)喜(よろこ)びた事(こと)は生(うま)れてから見(み)た事(こと)も、239聞(き)いた事(こと)もありませぬワ』
240黒姫(くろひめ)『アヽ、241さうだらうさうだらう、242喜(よろこ)びたらうな、243これ高山(たかやま)さまどうですかい、244これでも文句(もんく)がありますかい、245高姫(たかひめ)さま、246もうこれで、247大(おほ)きな顔(かほ)で本山(ほんざん)に帰(かへ)つて貰(もら)はうと儘(まま)ですワイ、248オホヽヽヽ、249サア其(その)次(つぎ)を梅公(うめこう)云(い)ひなさい、250瞬(またた)く間(ひま)も待(ま)ち遠(どほ)しいやうな心持(こころもち)がする』
251梅公(うめこう)『サア、252これから先(さき)は時間(じかん)の問題(もんだい)ですな、253云(い)はぬ方(はう)が却(かへ)つて先楽(さきたの)しみで宜(よろ)しからう。254オイ鳶(とび)、255辰(たつ)、256貴様(きさま)も些(ちつ)と云(い)はぬかい』
257辰公(たつこう)『ヘン、258よい所(ところ)ばつかり食(く)つて糟粕(かす)ばつかり人(ひと)に食(く)はさうと思(おも)つたつて駄目(だめ)だよ、259貴様(きさま)が報告(はうこく)した後(あと)に……サアサア其(その)次(つぎ)を諄々(じゆんじゆん)と掛(か)け値(ね)の無(な)い所(ところ)を申上(まをしあ)げてお目玉(めだま)を頂戴(ちやうだい)するのだな』
260梅公(うめこう)『エヽ何(なに)も彼(か)も大将(たいしやう)になると責任(せきにん)が重(おも)い、261エイエイ仕方(しかた)がない、262ソンナラ私(わたくし)が申上(まをしあ)げます、263黒姫(くろひめ)さま喫驚(びつくり)なさいますな』
264黒姫(くろひめ)『何(なに)喫驚(びつくり)するものか、265喫驚(びつくり)するのは高山(たかやま)さまぢや、266余(あま)り嬉(うれ)しいて喫驚(びつくり)する者(もの)と、267余(あま)り阿呆(あはう)らしくて会(あ)はす顔(かほ)がなくて喫驚(びつくり)する者(もの)と出来(でき)ませうぞい』
268梅公(うめこう)『エヽ、269紫姫(むらさきひめ)、270青彦(あをひこ)はお玉(たま)、271玉照姫(たまてるひめ)様(さま)を連(つ)れて意気(いき)揚々(やうやう)と、272吾々(われわれ)を何々(なになに)し、273何々(なになに)の何々(なになに)へ何々(なになに)して仕舞(しま)ひました』
274黒姫(くろひめ)『これ梅公(うめこう)、275アタもどかしい、276早(はや)く云(い)はぬかいナ、277いつ迄(まで)私(わし)を焦(じ)らすのだい』
278梅公(うめこう)『イエイエ、279決(けつ)して焦(じ)らすのぢやありませぬ、280知(し)らすのですよ、281知(し)らず識(し)らずの御(ご)無礼(ぶれい)御(お)気障(きざはり)、282知(し)らぬ神(かみ)に祟(たた)りなし、283どうぞ私(わたくし)だけは今日(けふ)の所(ところ)は帳外(ちやうはづ)れにして下(くだ)さいませ』
284黒姫(くろひめ)『怪体(けつたい)な事(こと)を云(い)ふぢやないか、285さうして青彦(あをひこ)の一行(いつかう)はいつ帰(かへ)つて来(く)るのだい』
286梅公(うめこう)『それはいつになるとも判然(はつきり)お答(こた)へが出来(でき)ませぬなア、287是(これ)も矢張(やつぱり)時(とき)の力(ちから)でせう』
288高姫(たかひめ)『黒姫(くろひめ)さま、289青彦(あをひこ)初(はじ)め、290紫姫(むらさきひめ)は三五教(あななひけう)へ帰(かへ)つたのですよ』
291梅公(うめこう)『マア マア、292高姫(たかひめ)さまの天眼力(てんがんりき)にて御(ご)観察(くわんさつ)の通(とほ)り、293誠(まこと)に以(もつ)てお気(き)の毒(どく)千万(せんばん)、294青彦(あをひこ)、295紫姫(むらさきひめ)其(その)他(た)は共(とも)にグレンをやりました。296今頃(いまごろ)は世継王(よつわう)山(ざん)の麓(ふもと)で祝(いは)ひ酒(ざけ)でも呑(の)みて居(を)るでせう』
297と頭(あたま)を抱(かか)へ小隅(こすみ)にすくみける。
298黒姫(くろひめ)『エヽソンナ青彦(あをひこ)ぢやない、299又(また)紫姫(むらさきひめ)も紫姫(むらさきひめ)ぢや、300三五教(あななひけう)へ行(ゆ)くなぞと、301そりや大方(おほかた)副(ふく)守護神(しゆごじん)を放(ほ)かしに往(い)つたのだらう、302屹度(きつと)戻(もど)つて来(く)る確信(かくしん)がある』
303高姫(たかひめ)『黒姫(くろひめ)さま、304もう駄目(だめ)だ。305高山彦(たかやまひこ)さま、306お前(まへ)さまも立派(りつぱ)な奥(おく)さまを持(も)つて御(ご)満足(まんぞく)でせう、307この忙(いそが)しいのに永(なが)らく逗留(とうりう)してお邪魔(じやま)をしました。308エライ馬鹿(ばか)を見(み)せて下(くだ)さいましたナ、309アーア、310併(しか)しこれも何(なに)かの御(ご)都合(つがふ)だ。311左様(さやう)なら、312帰(かへ)ります』
313高山彦(たかやまひこ)『どうぞ私(わたくし)も連(つ)れて帰(かへ)つて下(くだ)さい』
314高姫(たかひめ)『お前(まへ)さまの勝手(かつて)になされ、315黒姫(くろひめ)さまを大切(たいせつ)にお守(まも)りなさるがお徳(とく)だらう、316左様(さやう)なら』
317と、318大勢(おほぜい)の止(と)むるをも聞(き)かず、319額(ひたい)に青筋(あをすぢ)を立(た)て、320偉(えら)い気色(けしき)で表(おもて)へかけ出(だ)し、321鶴(つる)、322亀(かめ)来(きた)れと二人(ふたり)を伴(ともな)ひ魔窟(まくつ)ケ原(はら)を驀地(まつしぐら)に、323由良(ゆら)の港(みなと)を指(さ)して走(はし)り行(ゆ)く。
324高山彦(たかやまひこ)『こりや大変(たいへん)』
325と捻鉢巻(ねぢはちまき)、326七分(しちぶ)三分(さんぶ)に尻(しり)からげ、327細長(ほそなが)いコンパスに油(あぶら)をかけ、328飛(と)び出(だ)さうとする。329黒姫(くろひめ)はグツと袂(たもと)を握(にぎ)り、
330黒姫(くろひめ)『高山(たかやま)さま、331血相(けつさう)変(か)へて何処(どこ)へお出(いで)るのだえ』
332高山彦(たかやまひこ)『定(きま)つた事(こと)だ。333肝腎(かんじん)の玉照姫(たまてるひめ)は申(まを)すに及(およ)ばず、334青彦(あをひこ)、335紫姫(むらさきひめ)迄(まで)三五教(あななひけう)に取(と)られて、336どうして高姫(たかひめ)さまに申訳(まをしわけ)が立(た)つか、337是(これ)より此(この)高山彦(たかやまひこ)が世継王(よつわう)山(ざん)の悦子姫(よしこひめ)の館(やかた)にかけ込(こ)み、338玉照姫(たまてるひめ)を小脇(こわき)にヒン抱(だ)き帰(かへ)らで置(お)かうか、339愚図(ぐづ)々々(ぐづ)致(いた)せば高姫(たかひめ)さまは飛行機(ひかうき)に乗(の)つてフサの国(くに)へお帰(かへ)りだ、340それ迄(まで)に玉照姫(たまてるひめ)様(さま)を手(て)に入(い)れてお詫(わび)をせにやならぬ、341邪魔(じやま)ひろぐな』
342と蹶飛(けと)ばし、343突飛(つきと)ばし、344一生(いつしやう)懸命(けんめい)にかけ出(だ)したり。345黒姫(くろひめ)も声(こゑ)を限(かぎ)りにオーイオーイと髪(かみ)振(ふ)り乱(みだ)し、346帯(おび)を引(ひ)きずり乍(なが)ら高山彦(たかやまひこ)の後(あと)を追(お)ひ、347足(あし)に任(まか)せて走(はし)り行(ゆ)く。
348(大正一一・五・六 旧四・一〇 加藤明子録)
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