霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 混線(こんせん)〔六五八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第19巻 如意宝珠 午の巻 篇:第4篇 地異天変 よみ(新仮名遣い):ちいてんぺん
章:第13章 混線 よみ(新仮名遣い):こんせん 通し章番号:658
口述日:1922(大正11)年05月09日(旧04月13日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年2月28日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
ウラル教の宣伝使、テルヂーとコロンボは、自転倒島の大原山山麓を、月の光を浴びながら歩いていた。
すると傍らの森に怪しい人声がする。耳を済ませると、それはバラモン教の谷丸、鬼丸だった。谷丸と鬼丸は、高熊山の言照姫が産んだという玉照彦を奪って来たのであった。二人は玉照彦を使って、バラモン教の再興をしようと企んでいた。
テルヂーは夜道の途上で老木の上から天狗の声色を使って、谷丸と鬼丸を驚かして、玉照彦を奪おうと画策した。テルヂーは木に登り、コロンボは路傍の枯れ草の中に身を潜めた。
谷丸と鬼丸は、まさかの時にはばらばらに逃げて、天狗岩で落ち合おうと決めた。谷丸と鬼丸が老木の下にやってくると、テルヂーは樹上から天狗の声色を使って怒鳴りつけた。
鬼丸はおびえて天狗に詫びを言い始めるが、谷丸はまったく恐れず、逆に天狗を怒鳴りつけて、降りてくるようにと言い放つ。
谷丸の勢いに恐れたコロンボは、谷丸に詫び言を言う。谷丸は、それを鬼丸の副守護神だと勘違いする。そこへ、テルヂーが足を踏み外して樹上から落ち、物凄い音を立てた。
下にいた三人は驚いて、それぞれ逃げて行った。谷丸と鬼丸は、天狗岩を目指したが、テルヂーとコロンボの落ち合い場所も、同じ天狗岩だった。
コロンボが最初に天狗岩にたどり着いて待っていると、白いものを抱えた人影がやってきた。コロンボは、テルヂーが玉照彦を奪ってやって来たと勘違いして声をかけるが、それは谷丸だった。
谷丸はてっきり、声を掛けてきたのは鬼丸だと思って、二人は会話するが、それぞれ誤解したまま話がかみ合ってしまい、二人は互いに別人と話していることに気がつかない。
一方、鬼丸は天狗岩に来る途中に、路傍の岩に腰を掛けて休んでいると、下から駆け上がってくる人影がある。鬼丸はてっきり、谷丸だと思って声を掛けたが、これがテルヂーだった。二人はてっきりお互いに相棒だと思って声を掛け合うが、このとき満月が雲を別けて、皓皓と辺りを照らした。
テルヂーと鬼丸は、互いに名乗りあい、テルヂーは計画の一部始終を明かした。鬼丸は、バラモン教とウラナイ教の同盟軍を作って三五教に対抗しよう、と提案し、テルヂーを天狗岩に連れて来た。
谷丸は、玉照彦を苦労して奉迎したのは自分たちだ、と提携を断るが、よくよく見ると自分が抱えていたのは、玉照彦じゃなくて石だったとわかった。四人はそれぞれ、玉照彦を探し出して自分の陣営に迎えようと、元来た道を走り出した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-11 19:16:50 文字数:9332 OBC :rm1913
愛善世界社版:213頁 八幡書店版:第4輯 109頁 修補版: 校定版:217頁 普及版:99頁 初版: ページ備考:
001月(つき)照(て)りわたる御空(みそら)より
002まばらの雪(ゆき)はちらちらと
003恥(はづ)かしさうに降(ふ)つて来(く)る
004樹木(じゆもく)茂(しげ)れる木下闇(こじたやみ)
005ウラル教(けう)の宣伝使(せんでんし)
006テルヂー、コロンボの両人(りやうにん)は
007常世(とこよ)の国(くに)を後(あと)に見(み)て
008ウラルの道(みち)を開(ひら)かむと
009海河(うみかは)山野(やまぬ)を打渡(うちわた)り
010自転倒(おのころ)島(じま)に来(き)て見(み)れば
011遥(はるか)の空(そら)に紫(むらさき)の
012雲(くも)立(た)ち昇(のぼ)る怪(あや)しさに
013是(こ)れぞ正(まさ)しく真人(しんじん)の
014出現(しゆつげん)ならむ兎(と)も角(かく)も
015雲(くも)を目当(めあ)てに行(ゆ)き見(み)むと
016高熊山(たかくまやま)の峰伝(みねづた)ひ
017大原山(おほはらやま)の山麓(さんろく)に
018月(つき)の光(ひかり)を浴(あ)び乍(なが)ら
019二人(ふたり)テクテク進(すす)み来(く)る。
020 片方(かたへ)の森(もり)に怪(あや)しき人(ひと)の声(こゑ)、021何事(なにごと)ならむと両人(りやうにん)は、022差(さ)し足(あし)、023抜(ぬ)き足(あし)、024摺寄(すりよ)つて、025声(こゑ)の出処(でどころ)を窺(うかが)ひ居(を)る。
026谷丸(たにまる)『オイ、027鬼丸(おにまる)、028御(ご)苦労(くらう)だつたなア。029鬼雲彦(おにくもひこ)の御(おん)大将(たいしやう)は、030三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)に撃退(げきたい)され、031続(つづ)いて鬼(おに)ケ城(じやう)に堅城(けんじやう)鉄壁(てつぺき)を構(かま)へ、032天下(てんか)を席巻(せきけん)せむとして居(ゐ)た鬼熊別(おにくまわけ)の副将(ふくしやう)も亦(また)、033アヽ云(い)ふ悲惨(みじめ)な態(ざま)になつて、034フサの国(くに)に逃(に)げ帰(かへ)り、035振(ふ)り残(のこ)された吾々(われわれ)は、036鳥(とり)の翼(つばさ)を取(と)られたやうな悲境(ひきやう)に沈淪(ちんりん)し、037何(なん)とかしてモウ一度(いちど)、038大江山(おほえやま)、039鬼(おに)ケ城(じやう)を回復(くわいふく)し、040吾々(われわれ)両人(りやうにん)は両山(りやうざん)に立(た)て籠(こも)り、041再(ふたた)び堂々(だうだう)と陣取(ぢんど)り、042以前(いぜん)の隆盛(りうせい)に復活(ふくくわつ)せむと、043千辛(せんしん)万苦(ばんく)の結果(けつくわ)漸(やうや)く目的(もくてき)を達(たつ)し、044斯(こ)うして高熊山(たかくまやま)の言照姫(ことてるひめ)が産(う)んだとか云(い)ふ玉照彦(たまてるひこ)の神(かみ)様(さま)をお迎(むか)へした以上(いじやう)は、045何程(なにほど)三五教(あななひけう)だつて、046どうする事(こと)も出来(でき)まい。047ウラナイ教(けう)の高姫(たかひめ)や黒姫(くろひめ)の奴(やつ)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)に骨(ほね)を居(を)つて、048その結果(けつくわ)三五教(あななひけう)に肝腎(かんじん)の玉照姫(たまてるひめ)を横奪(わうだつ)され、049今(いま)の所(ところ)ではウラナイ教(けう)も追々(おひおひ)と凋落(てうらく)の風(かぜ)が吹(ふ)いて来(き)よつたぢやないか。050それに引替(ひきか)へ三五教(あななひけう)は、051玉照姫(たまてるひめ)の神力(しんりき)で、052あの通(とほ)りの隆盛(りうせい)だ。053吾々(われわれ)の奉(ほう)ずるバラモン教(けう)も、054玉照彦(たまてるひこ)さへ手(て)に入(い)らば、055三五教(あななひけう)もウラナイ教(けう)も、056唯(ただ)一蹴(いつしう)の下(もと)に滅(ほろ)ぼして了(しま)ふのだが、057到底(たうてい)大将(たいしやう)があんな事(こと)になつたのだから、058どうする事(こと)も出来(でき)やしない。059併(しか)し乍(なが)ら吾々(われわれ)は仮令(たとへ)鬼雲彦(おにくもひこ)、060鬼熊別(おにくまわけ)の大将(たいしやう)が屁古垂(へこた)れても誠(まこと)の神(かみ)さまは決(けつ)して屁古垂(へこた)れないのだから、061一人(ひとり)になつても此(この)道(みち)を立(た)てねば置(お)かぬと思(おも)つて居(ゐ)たが、062待(ま)てば海路(かいろ)の風(かぜ)が吹(ふ)くとやら、063今日(けふ)は本当(ほんたう)に結構(けつこう)な日(ひ)だつたネー。064それに就(つい)てもお前(まへ)に随分(ずゐぶん)骨(ほね)を折(を)らしたものだ』
065鬼丸(おにまる)『谷丸(たにまる)の哥兄(あにい)、066別(べつ)に俺(おれ)にそう礼(れい)を言(い)ふには及(およ)ばぬぢやないか。067お前(まへ)の働(はたら)きつたら、068実(じつ)に華々(はなばな)しいものだつた。069山口(やまぐち)の来勿止(くなどめ)まで行(い)つた時(とき)は、070来勿止(くなどめの)神(かみ)が沢山(たくさん)の手下(てした)を引連(ひきつ)れ、071固(かた)く守(まも)つて居(ゐ)る。072俺(おれ)はモウ此(この)難関(なんくわん)をどうして突破(とつぱ)しようと心配(しんぱい)でならなかつた、073その時(とき)お前(まへ)は来勿止(くなどめの)神(かみ)に向(むか)つて、074強硬(きやうかう)な談判(だんぱん)をやつたお蔭(かげ)で、075ヤツと其(その)場(ば)を通過(つうくわ)し高熊山(たかくまやま)の麓(ふもと)まで泳(およ)ぎつく様(やう)にして駆(か)けつけて、076ヤアこれでこつちのものだと安心(あんしん)して居(ゐ)る最中(さいちう)へ、077神国守(みくにもり)の神(かみ)が国依姫(くによりひめ)とか云(い)ふ女房(にようばう)を連(つ)れて其(その)場(ば)に現(あら)はれ、078俺(おれ)達(たち)を睨(にら)んだ時(とき)の其(その)形相(ぎやうさう)の凄(すさま)じさ、079今(いま)思(おも)つてもゾツとするよ』
080谷丸(たにまる)『併(しか)し乍(なが)らイロイロと得意(とくい)の弁舌(べんぜつ)を以(もつ)て、081此(この)関所(せきしよ)をウマく切(き)り抜(ぬ)け、082両人(りやうにん)が岩窟(がんくつ)の前(まへ)に行(い)つた所(ところ)、083目的物(もくてきぶつ)の言照姫(ことてるひめ)も玉照彦(たまてるひこ)さまも、084お姿(すがた)は見(み)えず、085イロイロと岩窟内(がんくつない)を探険(たんけん)する最中(さいちう)、086赤児(あかご)の泣(な)き声(ごゑ)が耳(みみ)に這入(はい)つた時(とき)の嬉(うれ)しさ、087臍(へそ)の緒(を)切(き)つてから、088あの時(とき)位(くらゐ)愉快(ゆくわい)な事(こと)はなかつたなア』
089鬼丸(おにまる)『お蔭(かげ)で玉照彦(たまてるひこ)様(さま)は奉迎(ほうげい)して帰(かへ)つたが、090女神(めがみ)の様(やう)な立派(りつぱ)なお姿(すがた)の母親(ははおや)と聞(き)いて居(ゐ)た言照姫(ことてるひめ)は、091皆目(かいもく)影(かげ)を見(み)せなかつたぢやないか』
092谷丸(たにまる)『吾々(われわれ)の威勢(ゐせい)に恐(おそ)れて遁走(とんそう)して了(しま)つたのだ。093併(しか)し腹(はら)は借(か)り物(もの)、094玉照彦(たまてるひこ)様(さま)の蝉(せみ)の脱殻(ぬけがら)も同然(どうぜん)だ。095肝腎(かんじん)の本尊(ほんぞん)を手(て)に入(い)れて帰(かへ)つたのだから、096言照姫(ことてるひめ)なんかどうでも良(い)いぢやないか』
097と玉照彦(たまてるひこ)を大切(たいせつ)に傍(かたはら)に休(やす)ませ乍(なが)ら、098一方(いつぱう)に窺(うかが)ふ人(ひと)有(あ)りとも知(し)らず、099嬉(うれ)しさの余(あま)り声(こゑ)高々(たかだか)と囁(ささや)いて居(を)る。100此方(こなた)の木蔭(こかげ)に身(み)を潜(ひそ)めた二人(ふたり)、
101コロンボ『コレ、102テルヂーよ、103遥々(はるばる)と常世(とこよ)の国(くに)からやつて来(き)て功名(こうみやう)を現(あら)はし、104ウラル教(けう)を昔(むかし)の勢(いきほひ)に回復(くわいふく)しようと思(おも)つたのに、105バラモン教(けう)の奴(やつ)に先(せん)を越(こ)されて詰(つま)らぬぢやないか。106何(なん)とかして此方(こちら)の方(はう)へボツたくる手段(しゆだん)はあるまいかなア』
107テルヂー『さうじやなア、108向(むか)ふはどうやら二人(ふたり)らしい。109此方(こちら)もヤツパリ二人(ふたり)だ。110何(なん)とかして、111一(ひと)つ脅(おど)かし、112玉照彦(たまてるひこ)様(さま)をウマく手(て)に入(い)れる工夫(くふう)を廻(めぐ)らさねばなるまい。113現在(げんざい)五六間(ごろくけん)眼(め)の前(まへ)に、114肝腎(かんじん)の玉(たま)が輝(かがや)いて居(を)るのだから、115成功(せいこう)不成功(ふせいこう)は後(あと)の問題(もんだい)として、116吾々(われわれ)としては此(この)儘(まま)帰(かへ)る事(こと)は出来(でき)ないなア』
117コロンボ『併(しか)し今(いま)の彼奴(あいつ)の話(はなし)で聞(き)けば、118来勿止(くなどめの)神(かみ)が沢山(たくさん)な部下(ぶか)を連(つ)れて、119厳守(げんしゆ)して居(ゐ)た山口(やまぐち)の関所(せきしよ)も、120モ一(ひと)つ奥(おく)の神国守(みくにもり)の関所(せきしよ)も、121巧(うま)く突破(とつぱ)した位(くらゐ)な奴(やつ)だから、122中々(なかなか)力(ちから)の強(つよ)い奴(やつ)に違(ちが)ひないぞ。123吾々(われわれ)の様(やう)に長途(ちやうと)の旅(たび)で疲労(くたび)れきつた肉弾(にくだん)を以(もつ)て打向(うちむか)ふた所(ところ)で到底(たうてい)駄目(だめ)だ。124何(なん)とか奇計(きけい)を廻(めぐ)らすより仕方(しかた)がない。125……オイ、126テルヂーの哥兄(あにい)お前(まへ)何(なに)か良(い)い考(かんが)へは湧(わ)いて来(こ)ぬかなア』
127テルヂー『何(いづ)れ此(この)路(みち)を通(とほ)つて帰(かへ)るのだから、128中途(ちうと)に待(ま)ち受(う)けて、129何(なん)とかやらうぢやないか。130あまりヒソビソ話(ばなし)をやつて居(ゐ)て、131敵(てき)に悟(さと)られては一大事(いちだいじ)だ。132サア俺(おれ)に随(つ)いて来(こ)い』
133と足音(あしおと)を忍(しの)ばせ、134腰(こし)を屈(かが)め、135這(は)ふ様(やう)にして此(この)場(ば)を後(あと)に、136元(もと)来(き)し道(みち)へ引返(ひきかへ)し、137堺峠(さかひたうげ)の山麓(さんろく)に帰(かへ)り着(つ)いた。
138テルヂー『何時(なんどき)バラモン教(けう)の奴(やつ)が帰(かへ)つて来(く)るか知(し)れないから、139早(はや)く計略(けいりやく)をめぐらさねばならぬ、140俺(おれ)は此(この)老木(らうぼく)に攀登(よぢのぼ)り、141松(まつ)の枝(えだ)をザアザアと揺(ゆす)つて、142天狗(てんぐ)の声色(こはいろ)を使(つか)ふから、143貴様(きさま)は灌木(くわんぼく)の茂(しげ)みに身(み)を隠(かく)し、144二人(ふたり)連(づ)れの奴(やつ)がビツクリして腰(こし)を抜(ぬ)かした隙(すき)を考(かんが)へ、145玉照彦(たまてるひこ)さまをソツと抱(だ)きあげ、146堺峠(さかひたうげ)の天狗岩(てんぐいは)の側(そば)まで逃(に)げて呉(く)れ、147そうすれば成功(せいこう)屹度(きつと)疑(うたがひ)無(な)しだ』
148コロンボ『兄貴(あにき)の計画(けいくわく)も一寸(ちよつと)聞(き)くと面白(おもしろ)いが、149しかし当事(あてごと)と牛(うし)のオモガイは先(さき)から外(はづ)れるとか云(い)つて、150危(あぶ)ない芸当(げいたう)だなア、151罷(まか)り違(ちが)へば高(たか)い木(き)の上(うへ)から滑走(くわつそう)して、152腰(こし)を抜(ぬ)くか、153脚(あし)の骨(ほね)を折(を)る位(くらゐ)が結末(おち)かも知(し)れないよ』
154テルヂー『エヽまだ松(まつ)の木(き)に登(のぼ)らぬ間(うち)から、155落(お)ちるの、156落(お)ちぬのつて、157せうもない事(こと)言(い)ふな。158俺(おれ)の計略(けいりやく)に一(ひと)つとして今迄(いままで)欠点(おちど)があつたかい』
159コロンボ『天道(てんだう)様(さま)の弔(とむら)ひだ、160空葬(そらさう)だ』
161テルヂー『エー又(また)怪体(けつたい)の悪(わる)い事(こと)を云(い)ふ奴(やつ)だ。162これから高(たか)い木(き)へ登(のぼ)らうと思(おも)つて居(を)るのに、163空葬(そらさう)だなんて、164又(また)しても縁起(えんぎ)の悪(わる)いことを言(い)ふ奴(やつ)だなア。165併(しか)しながら、166何時(なんどき)帰(かへ)つて来(く)るか知(し)れない。167早(はや)く計画(けいくわく)に取(と)りかからう。168…………俺(おれ)は貴様(きさま)に妙(めう)な言霊(ことたま)を使(つか)はれたから、169今日(けふ)は遠慮(ゑんりよ)して置(お)く。170罰金(ばつきん)として貴様(きさま)が木登(きのぼ)り役(やく)だ。171うまく天狗(てんぐ)の言霊(ことたま)を使(つか)ふのだよ』
172コロンボ『兄貴(あにき)、173俺(おれ)の木登(きのぼ)りの拙劣(へた)なのは、174常(つね)から能(よ)く知(し)つて居(を)るぢやないか。175そんな事(こと)言(い)はずに、176お前(まへ)上役(うはやく)だから、177ヤツパリ上(うへ)の役(やく)をして呉(く)れ。178俺(おれ)は下役(したやく)を務(つと)める。179こんな挽臼(ひきうす)の様(やう)な重(おも)たい体(からだ)で木登(きのぼ)りをして踏(ふ)み外(はづ)し、180地上(ちじやう)へスツテンコロンボーとやつては、181それこそ大変(たいへん)だ。182サアサア一(ひ)イ二(ふ)ウ三(みつ)ツだ』
183テルヂー『エー仕方(しかた)がない。184勇将(ゆうしやう)の下(もと)に弱卒(じやくそつ)有(あ)り。185これも俺(おれ)の型(かた)が悪(わる)いのだ』
186と猿(ましら)の如(ごと)く、187大木(たいぼく)の幹(みき)をかかへて、188樹上(じゆじやう)高(たか)く駆登(かけのぼ)つた。
189コロンボ『オーイ、190兄貴(あにき)、191どこに居(を)るのだ』
192テルヂー『馬鹿(ばか)ツ、193大(おほ)きな声(こゑ)で物(もの)を言(い)うと、194そこいらへ近寄(ちかよ)つて来(く)る二人(ふたり)の奴(やつ)に聞(きこ)えると大変(たいへん)だぞ。195チツと静(しづ)かにせぬかい』
196コロンボ『併(しか)し作戦(さくせん)計画(けいくわく)を、197俺(おれ)に充分(じゆうぶん)教(をし)へて置(お)かないものだから、198どう方針(はうしん)を採(と)つたら良(よ)いかサツパリ暗雲(やみくも)だ』
199テルヂー『暗雲(やみくも)だから結構(けつこう)だ。200幸(さいは)ひ雪雲(ゆきぐも)の空(そら)、201円(まる)いお月(つき)さまも見(み)えず、202ボンヤリと其処(そこ)らが暗(くら)いので、203此(この)芸当(げいたう)がうてるのだ。204グヅグヅして居(を)ると発覚(はつかく)するぞ。205モウ良(い)い加減(かげん)沈黙(ちんもく)せい』
206コロンボ『アヽさぶしい事(こと)だ。207なんだ白(しろ)い手(て)を出(だ)して招(まね)いて居(ゐ)やがるぞ。208いやらしい事(こと)だなア……………オイ何(なん)だか厭(いや)らしい奴(やつ)が、209細(ほそ)い白(しろ)い手(て)を出(だ)して、210俺(おれ)を招(まね)いて居(を)るワイ。211俺(おれ)も何(なん)とかして兄貴(あにき)の側(そば)へ登(のぼ)つて行(ゆ)かうかなア』
212テルヂー『エー臆病者(おくびやうもの)の、213気(き)の利(き)かぬ奴(やつ)つたら仕方(しかた)がない。214俺(おれ)の側(そば)に居(を)れば随分(ずゐぶん)強(つよ)さうな事(こと)を言(い)ひ、215立派(りつぱ)な智慧(ちゑ)も出(だ)しやがる癖(くせ)に、216一人(ひとり)になると直(す)ぐ怖(おぢ)けやがつて……グヅグヅ言(い)うてると帰(かへ)つて来(く)るぞ。217白(しろ)い手(て)を出(だ)して招(まね)く様(やう)に見(み)えたのは、218それは枯尾花(かれをばな)だ。219昔(むかし)から……幽霊(いうれい)の正体(しやうたい)見(み)たり枯尾花(かれをばな)……と云(い)ふ事(こと)がある。220チツと臍下(さいか)丹田(たんでん)に魂(たましひ)を据(す)ゑて……千騎(せんき)一騎(いつき)の場合(ばあひ)だ。221奮闘(ふんとう)して呉(く)れないと困(こま)るぢやないか』
222コロンボ『エー仕方(しかた)がない。223木(き)の茂(しげ)みへ隠(かく)れて居(を)らうかなア』
224とコワゴワ枯尾花(かれをばな)の中(なか)に身(み)を隠(かく)し慄(ふる)うて居(ゐ)る。225斯(か)かる所(ところ)へ鬼丸(おにまる)、226谷丸(たにまる)の両人(りやうにん)は、227玉照彦(たまてるひこ)を恭(うやうや)しく抱(いだ)き乍(なが)ら進(すす)み来(きた)り、
228鬼丸(おにまる)『オイ谷丸(たにまる)、229何(なん)だか妙(めう)な声(こゑ)がして居(ゐ)たぢやないか。230三五教(あななひけう)の奴(やつ)が吾々(われわれ)の行動(かうどう)を探知(たんち)し、231玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を横領(わうりやう)に来(き)たのぢやありますまいか』
232谷丸(たにまる)『そうだ、233人間(にんげん)の声(こゑ)らしかつた。234一人(ひとり)や二人(ふたり)来(き)たつて構(かま)はぬが、235大勢(おほぜい)だと一寸(ちよつと)面倒(めんだう)だ、236此方(こちら)は玉照彦(たまてるひこ)様(さま)をお守(まも)りせにやならず、237さうすれば、238敵(てき)に向(むか)つて奮闘(ふんとう)する者(もの)は唯(ただ)の一人(ひとり)だ。239そつと……失礼(しつれい)だが……玉照彦(たまてるひこ)様(さま)に此(この)叢(くさむら)に御(ご)休息(きうそく)を願(ねが)つて、240二人(ふたり)で様子(やうす)を考(かんが)へる事(こと)にしようではないか』
241鬼丸(おにまる)『それでも、242玉照彦(たまてるひこ)様(さま)がホギヤア ホギヤアとでも仰有(おつしや)らうものなら大変(たいへん)だぞ』
243谷丸(たにまる)『玉照彦(たまてるひこ)様(さま)、244誠(まこと)に申訳(まをしわけ)が御座(ござ)いませぬが、245一寸(ちよつと)暫(しばら)くの間(あひだ)此処(ここ)にお休(やす)み下(くだ)さいませ。246必(かなら)ず必(かなら)ず御(お)声(こゑ)をお発(た)てにならない様(やう)にお願(ねが)ひ致(いた)します』
247と恭(うやうや)しく蓑(みの)を敷(し)き、248其(その)上(うへ)に笠(かさ)を蔽(おほ)ひ、249木(き)の枝(えだ)を折(を)つて載(の)せ、
250谷丸(たにまる)『サアもう是(こ)れで大丈夫(だいぢやうぶ)だ。251事(こと)急(きふ)なれば、252一(いち)時(じ)逃(に)げる事(こと)にせなくてはならぬが、253両人(りやうにん)が此(この)山中(さんちう)で散(ち)り散(ぢ)りバラバラになつて了(しま)つては困(こま)るから、254落(お)ち着(つ)く所(ところ)を定(き)めて置(お)かう。255………堺峠(さかひたうげ)の天狗岩(てんぐいは)の前(まへ)だぞ。256良(い)いか………』
257鬼丸(おにまる)『ハイハイ承知(しようち)致(いた)しました』
258 両人(りやうにん)は四辺(あたり)を窺(うかが)ひ乍(なが)ら、259ノソ……ノソと握(にぎ)り拳(こぶし)を固(かた)めて、260大木(たいぼく)の下(もと)に進(すす)んで来(き)た。261コロンボは草(くさ)の中(なか)から樹上(じゆじやう)を眺(なが)め、262妙(めう)な声(こゑ)を出(だ)し、
263コロンボ『イ………マ………ジヤ………』
264谷丸(たにまる)『ヤア何(なん)だか妙(めう)な声(こゑ)がするぞ。265鹿(しか)でもなし、266虫(むし)でもなし、267鳥(とり)の声(こゑ)でもなし、268怪体(けつたい)な亡国(ばうこく)的(てき)悲調(ひてう)を帯(お)びた、269奇声(きせい)怪音(くわいおん)だないか』
270鬼丸(おにまる)『イ……ヤ……ラ……シイ………』
271谷丸(たにまる)『オイ鬼丸(おにまる)、272貴様(きさま)までが、273イ……なんて、274何(なに)を言(い)ふのだ。275シツカリせんかい。276俺(おれ)が附(つ)いて居(を)る以上(いじやう)は、277百万人(ひやくまんにん)力(りき)ぢや。278シツカリ胴(どう)を据(す)ゑるのだぞ』
279 忽(たちま)ち樹上(じゆじやう)より、
280声(テルヂー)『ザア ザア ザア、281ウーツ、282其(その)方(はう)は大江山(おほえやま)の悪神(あくがみ)の残党(ざんたう)であらうがな。283不都合(ふつがふ)千万(せんばん)な、284高熊山(たかくまやま)の神山(しんざん)に立(た)ち入(い)り玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を奪(うば)つて帰(かへ)る横道者(わうだうもの)、285今(いま)高熊山(たかくまやま)の大天狗(だいてんぐ)が汝(なんぢ)の素(そ)ツ首(くび)引抜(ひきぬ)き、286股(また)から裂(さ)いて松(まつ)の木(き)の枝(えだ)に懸(か)けてやらう。287それが叶(かな)はぬとあれば今(いま)其(その)方(はう)が懐(ふところ)に抱(だ)いて居(を)る玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を、288此(この)木(き)の下(した)にソツとおろし一時(いつとき)も早(はや)く此(この)場(ば)を立去(たちさ)れツ』
289谷丸(たにまる)『何(なん)だ、290怪体(けつたい)な天狗(てんぐ)も有(あ)れば有(あ)るものぢやないか。291天狗(てんぐ)と云(い)ふ奴(やつ)は、292千(せん)里(り)向(むか)うの事(こと)でも知(し)つとる筈(はず)だ。293玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を懐(ふところ)からソツと出(だ)せと吐(ぬか)しやがる。294此奴(こいつ)ア木葉(こつぱ)天狗(てんぐ)か野天狗(のてんぐ)だらう。295………ヤイ樹上(じゆじやう)の野天狗(のてんぐ)、296木葉(こつぱ)天狗(てんぐ)、297馬鹿(ばか)な真似(まね)を致(いた)すと、298此(この)方(はう)が反対(あべこべ)に股(また)から引裂(ひきさ)いてやらうか』
299鬼丸(おにまる)『モシモシ谷丸(たにまる)さま、300そんな途方(とはう)もない事(こと)を言(い)ふものぢや有(あ)りませぬ。301こんな大木(たいぼく)に棲(す)まつて御座(ござ)る天狗(てんぐ)に、302相手(あひて)になつて堪(たま)りますか………モシモシ樹上(じゆじやう)の天狗(てんぐ)様(さま)、303私(わたくし)の大将(たいしやう)は一寸(ちよつと)酒(さけ)に酔(よ)うて居(を)りますから、304どうぞ御(お)見(み)のがし下(くだ)さいませ。305これは酒(さけ)が言(い)つたので御座(ござ)います』
306谷丸(たにまる)『エー何(なに)をゴテゴテ言(い)ふのだ。307……オイ樹上(じゆじやう)の天狗(てんぐ)、308シツカリ聞(き)け、309吾(わ)れこそはバラモン教(けう)の大棟梁(だいとうりやう)鬼雲彦(おにくもひこ)が懐刀(ふところがたな)と綽名(あだな)を取(と)つた谷丸(たにまる)ぢやぞツ。310野天狗(のてんぐ)の千疋(せんびき)万疋(まんびき)は此(この)方(はう)に取(と)つては河童(かつぱ)のこいた屁(へ)程(ほど)にも感(かん)じないのだ。311サア早(はや)く木(き)から下(お)りて来(き)て此(この)方(はう)の前(まへ)に謝罪(おわび)を致(いた)さぬか』
312 樹上(じゆじやう)又(また)もや、
313声(テルヂー)『ザワザワザワ、314ウ………ツ』
315鬼丸(おにまる)『モシモシ天狗(てんぐ)様(さま)、316どうぞ赦(ゆる)して下(くだ)さいませ』
317 草(くさ)の中(なか)よりコロンボは、
318コロンボ『モシモシ谷丸(たにまる)さま、319どうぞ生命(いのち)ばかりはお助(たす)け下(くだ)さいませ。320序(ついで)に天狗(てんぐ)も助(たす)けてやつて下(くだ)さい、321アンアンアン』
322谷丸(たにまる)『ヤア何(なん)だ。323鬼丸(おにまる)、324貴様(きさま)余程(よつぽど)怖(こわ)いと見(み)えるな。325副守(ふくしゆ)の奴(やつ)、326貴様(きさま)の体(からだ)から飛(と)び出(だ)しやがつたと見(み)えて、327萱(かや)の中(なか)に隠(かく)れて、328見(み)つともない、329泣(な)いて居(を)るぢやないか』
330鬼丸(おにまる)『こんな恐(おそ)ろしい、331魂(こん)飛(と)び魄(はく)消(き)えると云(い)ふ様(やう)な目(め)に会(あ)うたのだもの、332副(ふく)守護神(しゆごじん)も飛(と)び出(だ)しませうかい。333モウモウどうぞ我(が)を出(だ)さぬ様(やう)にお鎮(しづ)まり下(くだ)さいませ。334あなたの副(ふく)守護神(しゆごじん)も随分(ずゐぶん)乱暴(らんばう)です。335どうぞ副(ふく)守護神(しゆごじん)さま、336お静(しづ)まりを願(ねが)ひます。337………コレ此(この)通(とほ)り手(て)を合(あは)して拝(をが)みます。338アンアンアン』
339コロンボ『オンオンオン』
340とソロソロ勢(いきほひ)が付(つ)いたと見(み)えて、341狼(おほかみ)泣(な)きを始(はじ)めたり。
342鬼丸(おにまる)『アーア上(うへ)には天狗(てんぐ)、343下(した)には狼(おほかみ)、344コラまア、345どうしたら宜(よ)からうかなア』
346 この時(とき)テルヂーは、347どうした機(はづ)みか、348足(あし)踏(ふ)み外(はづ)し、349風(かぜ)を切(き)つて『ズーズドン』と真逆(まつさか)様(さま)に落(お)ち来(きた)りぬ。350鬼丸(おにまる)は『キヤツ』と云(い)つて腰(こし)を抜(ぬ)かす。351谷丸(たにまる)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)、352此(この)光景(くわうけい)に面喰(めんくら)つたか、353もと来(き)し道(みち)に引返(ひきかへ)し、354玉照彦(たまてるひこ)を引抱(ひつかか)へ、355天狗岩(てんぐいは)指(さ)して茨(いばら)茂(しげ)れる密林(みつりん)を、356遮二(しやに)無二(むに)掻(か)き分(わ)けて行(ゆ)く。357コロンボは、
358コロンボ『生命(いのち)あつての物種(ものだね)、359予(かね)ての約束(やくそく)天狗岩(てんぐいは)だ。360兄貴(あにき)、361後(あと)から続(つづ)けツ』
362と言葉(ことば)を残(のこ)し、363一生(いつしやう)懸命(けんめい)に駆出(かけだ)す。
364鬼丸(おにまる)『アーア何(なん)だ、365天狗(てんぐ)の奴(やつ)、366木(き)から落(お)ちて目(め)を暈(まは)して居(ゐ)やがるな。367ヤアこれでヤツと安心(あんしん)した。368………ヨウ腰(こし)が抜(ぬ)けたと思(おも)へば、369まだ腰抜(こしぬ)けの未成品(みせいひん)だ。370天狗岩(てんぐいは)さして一散走(いちさんばし)りだ』
371と又(また)も駆出(かけだ)す。
372テルヂー『アーア、373あまり下(した)の活劇(くわつげき)が面白(おもしろ)いので、374枝(えだ)の端(はし)へ行(い)つて、375一生(いつしやう)懸命(けんめい)に覗(のぞ)いて居(を)つたら、376何時(いつ)の間(ま)にか、377斯(こ)んな所(ところ)へ墜落(つゐらく)して居(ゐ)る。378一寸(ちよつと)……コラ目(め)を暈(まは)して居(ゐ)たと見(み)えるワイ。379…………オイ、380コロンボ、381俺(おれ)だ俺(おれ)だ……ヤア、382コロンボの奴(やつ)天狗岩(てんぐいは)へ行(ゆ)きよつたと見(み)える。383……ドーレ彼奴(あいつ)を捜索(そうさく)旁(かたがた)行(い)つてやらうかなア。384それにしてもバラモン教(けう)の奴(やつ)等(ら)、385俺(おれ)達(たち)の目(め)をまはしとる間(ま)に、386巧(うま)く関所(せきしよ)を通過(つうくわ)しよつたと見(み)える……エー残念(ざんねん)だが仕方(しかた)がない』
387と地団駄(ぢだんだ)を踏(ふ)みつつ、388叢(くさむら)の中(なか)を峠(たうげ)の上(うへ)の天狗岩(てんぐいは)さして、389又(また)もや登(のぼ)り行(ゆ)く。390コロンボは漸(やうや)くにして、391朧月夜(おぼろづきよ)を便(たよ)りに、392目的(もくてき)の天狗岩(てんぐいは)の傍(かたはら)に登(のぼ)り着(つ)いた。393樹木(じゆもく)繁茂(はんも)して暗(くら)く、394岩(いは)のみ白(しろ)く闇(やみ)に浮(う)き出(で)て居(ゐ)る。
395コロンボ『アヽこれが目的(もくてき)の天狗岩(てんぐいは)だ、396名高(なだか)い割(わり)には見映(みば)えのせぬ巨岩(きよがん)だなア。397併(しか)し乍(なが)ら俄天狗(にはかてんぐ)のテルヂーは、398どうしとるだらうか。399本当(ほんたう)に、400偉(えら)い奴(やつ)が来(き)やがつて、401反対(あべこべ)に荒胆(あらぎも)を取(と)つて了(しま)ひよつた。402スツテの事(こと)で睾丸(きんたま)の洋行(やうかう)する所(ところ)だつた。403……アーア早(はや)く来(き)て呉(く)れれば好(い)いのに……寂(さび)しい事(こと)だ。404……そうして玉照彦(たまてるひこ)様(さま)はウマく手(て)に入(い)つたか知(し)らぬテ』
405と一人(ひとり)呟(つぶや)いて居(ゐ)る。406其処(そこ)へノソノソと白(しろ)い物(もの)を抱(かか)へてやつて来(き)た一人(ひとり)の男(をとこ)、
407コロンボ『ヤアうまく玉照彦(たまてるひこ)様(さま)が手(て)に入(い)つて結構(けつこう)でした。408私(わたし)は大変(たいへん)に心配(しんぱい)致(いた)しました』
409谷丸(たにまる)『なんだ、410お前(まへ)は声(こゑ)まで嗄(か)らして居(を)るぢやないか。411胴(どう)の据(す)わらぬ奴(やつ)ぢやなア。412……玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を渡(わた)して堪(たま)るものかい。413此(この)通(とほ)りチヤンと懐(ふところ)に奉按(ほうあん)して居(を)るのだ』
414コロンボ『それはそれは結構(けつこう)でした。415流石(さすが)大将(たいしやう)だけありますワイ』
416谷丸(たにまる)『定(きま)つた事(こと)だよ。417貴様(きさま)の様(やう)に泣声(なきごゑ)を出(だ)して慄(ふる)うとるのはチツと違(ちが)ふのだから』
418コロンボ『併(しか)し天狗(てんぐ)の失敗(しつぱい)はどうでした。419別状(べつじやう)は有(あ)りませぬかい』
420谷丸(たにまる)『ウン天狗(てんぐ)の失敗(しつぱい)か。421彼奴(あいつ)ア一寸(ちよつと)乙(おつ)だつた。422併(しか)し乍(なが)ら肝腎(かんじん)の玉照彦(たまてるひこ)さまに別状(べつじやう)は無(な)いのだから、423マア安心(あんしん)せい』
424コロンボ『ハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います。425………あなたもチツトお声(こゑ)がどうかなさいましたなア』
426谷丸(たにまる)『ウンあまり俄(にはか)の出来事(できごと)で、427一寸(ちよつと)面喰(めんくら)つたものだから、428どうで声(こゑ)も変(かは)らうかい。429三五教(あななひけう)の奴(やつ)が鵜(う)の目(め)鷹(たか)の目(め)で考(かんが)へて居(を)るのだから、430チツとも油断(ゆだん)は出来(でき)ないぞ』
431コロンボ『御尤(ごもつと)もです。432ヤツパリ哥兄(あにい)は哥兄(あにい)だ。433何(なに)から何(なに)まで抜目(ぬけめ)が有(あ)りませぬなア』
434谷丸(たにまる)『定(きま)つた事(こと)だよ』
435 話(はなし)かはつてテルヂーは、436峠(たうげ)の七八(しちはち)合目(がふめ)まで登(のぼ)り着(つ)き、437路傍(ろばう)の岩(いは)に腰打掛(こしうちか)け息(いき)を休(やす)めて居(ゐ)る。438そこへ鼻息(はないき)荒(あら)く上(あが)つて来(き)た一人(ひとり)の男(をとこ)、
439男(をとこ)『ヤア哥兄(あにい)、440イヤ参謀長(さんぼうちやう)、441玉照彦(たまてるひこ)はどうだつた。442うまくいきましたかな』
443テルヂー『貴様(きさま)が卑怯(ひけふ)な、444下(した)の方(はう)から泣(な)き声(ごゑ)を出(だ)しよるものだから、445到頭(たうとう)目的物(もくてきぶつ)をシテやられて了(しま)つたのだ。446エー仕方(しかた)のない腰抜(こしぬけ)だナア』
447鬼丸(おにまる)『腰(こし)が一(いち)時(じ)抜(ぬ)けたと思(おも)つた丈(だけ)で、448ヤツパリ腰(こし)はもとの通(とほ)り大丈夫(だいぢやうぶ)ですよ。449其(その)点(てん)は必(かなら)ず必(かなら)ず心配(しんぱい)して下(くだ)さるな。450併(しか)し折角(せつかく)此処(ここ)まで仕組(しぐ)んだ玉照彦(たまてるひこ)さまを取逃(とりにが)すとは残念(ざんねん)な事(こと)だ。451そうだから上役面(うはやくづら)をして高上(たかあが)りをするものぢやないと、452何時(いつ)も言(い)うのですがなア』
453テルヂー『貴様(きさま)さう言(い)つたつて、454ヤツパリ上役(うはやく)の務(つと)めが出来(でき)やせうまいがな。455マアマア生命(いのち)丈(だけ)拾(ひろ)つたら結構(けつこう)だと思(おも)つて諦(あきら)めるのだなア』
456 此(この)時(とき)雪雲(ゆきぐも)を分(わ)けて十六夜(じふろくや)の満月(まんげつ)は、457明皎々(めいかうかう)と二人(ふたり)の顔(かほ)を照(てら)したまふ。
458テルヂー『ヤア貴様(きさま)はコロンボぢやないのか』
459鬼丸(おにまる)『ヤア貴様(きさま)は谷丸(たにまる)ぢやないのか』
460テルヂー『ウン進退(しんたい)維(こ)れ谷丸(たにまる)ぢや。461何程(なにほど)月(つき)はテルヂーでも、462吾々(われわれ)の心(こころ)は真暗闇(まつくらやみ)だ。463暗闇(くらやみ)紛(まぎ)れに頭(あたま)と尻(しり)を、464何時(いつ)の間(ま)にか取(と)つ換(か)へて了(しま)つたらしい』
465鬼丸(おにまる)『そんな事(こと)仰有(おつしや)つても、466私(わたくし)は頭(あたま)からシリませぬワイ、467アハヽヽハア』
468テルヂー『ヤア貴様(きさま)はバラモン教(けう)の奴(やつ)だなア。469貴様(きさま)の大将(たいしやう)はどうしたのだい』
470鬼丸(おにまる)『サツパリ婆羅門(ばらもん)だ。471笠(かさ)が古(ふる)くなれば新(あたら)しいのと換(か)へたら好(い)いのだ。472お前(まへ)、473俺(わし)の大将(たいしやう)になつて呉(く)れないか。474こんな山路(やまみち)で一人(ひとり)になつちや心(こころ)寂(さび)しくつて仕方(しかた)がない』
475テルヂー『ウン、476なつてやらぬ事(こと)もない。477頭(あたま)許(ばか)りで歩(ある)く訳(わけ)にも行(ゆ)かず。478………俺(おれ)も大切(たいせつ)な足(あし)をどつかの谷底(たにそこ)へコロンボーして了(しま)つたので困(こま)つて居(を)るのだ。479合(あ)うたり叶(かな)うたり。480サアこれから仲善(なかよ)うして行(ゆ)くのだぞ。481此(この)俄天狗(にはかてんぐ)に従(つ)いて来(こ)い。482貴様(きさま)は小天狗(こてんぐ)にしてやらう』
483鬼丸(おにまる)『さうすると、484お前(まへ)は松(まつ)の木(き)から墜落(つゐらく)した天狗(てんぐ)だな。485………ヤアもう解約(かいやく)致(いた)しませう。486アタ恐(おそ)ろしい、487天狗(てんぐ)と主従(しゆじゆう)の縁(えん)を結(むす)ぶなんて、488どんな祟(たた)りが来(く)るか知(し)れたものぢやない』
489テルヂー『アハヽヽヽ、490実(じつ)の処(ところ)、491貴様(きさま)達(たち)両人(りやうにん)、492うまい事(こと)をやりよつて、493大原山(おほはらさん)麓(ろく)の木蔭(こかげ)で、494玉照彦(たまてるひこ)さまを手(て)に入(い)れた自慢話(じまんばなし)をやつて居(を)つたのを、495俺(おれ)達(たち)両人(りやうにん)がソツと拝聴(はいちやう)して、496……此奴(こいつ)一(ひと)つ計略(けいりやく)を以(もつ)て横奪(わうだつ)せむものと、497俺(おれ)の家来(けらい)のコロンボと云(い)ふ奴(やつ)を、498樹下(じゆか)の薄原(すすきはら)に忍(しの)ばせ、499俺(おれ)は松(まつ)の木(き)の上(うへ)に登(のぼ)つて、500天狗(てんぐ)の声色(こわいろ)を使(つか)ひ、501貴様(きさま)等(ら)両人(りやうにん)を嚇(おど)かして目的(もくてき)を達(たつ)しようと、502一幕(ひとまく)の芝居(しばゐ)を行(や)つて見(み)た処(ところ)、503貴様(きさま)の大将(たいしやう)谷丸(たにまる)が、504非常(ひじやう)に剛腹(がうばら)な奴(やつ)で、505此(この)天狗(てんぐ)も策(さく)の施(ほどこ)す所(ところ)が無(な)かつたのだ。506実際(じつさい)は俺(おれ)も横目(よこめ)立(た)つ鼻(はな)の人間(にんげん)だ、507疑(うたが)ふなら俺(おれ)の鼻(はな)を見(み)い。508一割(いちわり)低(ひく)い鼻(はな)だらう』
509鬼丸(おにまる)『アハー、510それでヤツと安心(あんしん)しました。511モウ斯(こ)うなれば、512神(かみ)さまの道(みち)は元(もと)は一株(ひとかぶ)、513ウラル教(けう)とバラモン教(けう)の同盟軍(どうめいぐん)を作(つく)り、514玉照彦(たまてるひこ)様(さま)の行衛(ゆくゑ)を尋(たづ)ね、515三五教(あななひけう)に一泡(ひとあわ)吹(ふ)かせてやりませうかい』
516テルヂー『それも宜(よ)からう。517併(しか)し肝腎(かんじん)の時(とき)になつて、518俺(おれ)達(たち)に素(す)ツ破(ぱ)抜(ぬ)きを喰(く)はさぬやうにして呉(く)れよ』
519鬼丸(おにまる)『それは三五教(あななひけう)ぢやないが、520刹那心(せつなしん)ですよ。521何時(なんどき)神界(しんかい)の御(ご)都合(つがふ)で、522どうなるやら予測(よそく)す可(べ)からざるが、523吾々(われわれ)神(かみ)に仕(つか)ふる宣伝使(せんでんし)の境遇(きやうぐう)、524其(その)時(とき)はマア其(その)時(とき)、525兎(と)も角(かく)玉照彦(たまてるひこ)様(さま)の行衛(ゆくゑ)を協心(けふしん)戮力(りくりよく)捜査(さうさ)する事(こと)に致(いた)しませう。526私(わたし)は是(こ)れから一寸(ちよつと)、527天狗岩(てんぐいは)まで往(い)つて来(こ)ねばなりませぬ。528約束(やくそく)があるのですから……併(しか)し天狗岩(てんぐいは)は本当(ほんたう)の天狗(てんぐ)が出(で)よつたら困(こま)るから……どうぞテルヂーさま、529あなたのお伴(とも)をさして下(くだ)さいな』
530テルヂー『ハヽヽハア、531巧(うま)い事(こと)言(い)やがるなア。532天狗岩(てんぐいは)には大方(おほかた)谷丸(たにまる)の大将(たいしやう)が玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を奉按(ほうあん)して待(ま)つて居(ゐ)るのだなア』
533鬼丸(おにまる)『サア其(その)辺(へん)は保証(ほしよう)出来(でき)ませぬが、534抜目(ぬけめ)の無(な)い谷丸(たにまる)先生(せんせい)の事(こと)だから、535屹度(きつと)大切(たいせつ)に保護(ほご)して、536私(わし)の行(ゆ)くのを待(ま)つて居(を)られるでせう』
537テルヂー『谷丸(たにまる)に会(あ)うたが最後(さいご)、538俄(にはか)に又(また)噪(はし)やぎ出(だ)して、539俺(おれ)に三行半(みくだりはん)を渡(わた)すと云(い)ふ計画(けいくわく)だなア』
540鬼丸(おにまる)『イエイエ斯(こ)うして、541あなたと此処(ここ)で会(あ)うたのも神(かみ)様(さま)の御(お)引合(ひきあは)せでせう。542谷丸(たにまる)の大将(たいしやう)も中々(なかなか)ひらけて居(ゐ)ますよ。543屹度(きつと)喜(よろこ)んであなたと提携(ていけい)するに間違(まちが)ひ有(あ)りませぬワ』
544テルヂー『俺(おれ)も実(じつ)は天狗岩(てんぐいは)へ行(ゆ)かねばならぬのだ。545コロンボが先(さき)へ往(い)つて待(ま)つてる筈(はず)だから』
546鬼丸(おにまる)『あなたもヤツパリ天狗岩(てんぐいは)に御用(ごよう)が有(あ)るのですか。547……ア、548そんなら別(べつ)にあたま下(さ)げて頼(たの)むぢやなかつたに……エライ言霊(ことたま)の濫費(らんぴ)をしたものだ』
549テルヂー『アハヽヽヽ、550現金(げんきん)な奴(やつ)だなア。551口(くち)に資本(もと)は要(い)らぬぢやないか。552何程(なんぼ)物価(ぶつか)騰貴(とうき)の今日(けふ)此(この)頃(ごろ)でも、553言霊(ことたま)丈(だけ)は無料(むれう)だ。554親(おや)の讎敵(かたき)でも討損(うちそこ)なうた様(やう)に、555そう過(す)ぎこし苦労(くらう)をするものぢやない……サアサア行(ゆ)かう』
556とテルヂーは先(さき)に立(た)つ。557鬼丸(おにまる)はブルブル慄(ふる)ひ乍(なが)ら従(つ)いて行(ゆ)く。558漸(やうや)く木下闇(こしたやみ)に白(しろ)く浮(う)き出(で)た天狗岩(てんぐいは)の間近(まぢか)になつた。
559鬼丸(おにまる)『モシモシ谷丸(たにまる)は来(き)て居(ゐ)ますかなア。560天狗(てんぐ)を一疋(いつぴき)連(つ)れて来(き)ました』
561テルヂー『それ見(み)たか。562直(すぐ)噪(はし)やぎやがる』
563谷丸(たにまる)『誰(たれ)だ。564鬼丸(おにまる)の作(つく)り声(ごゑ)を仕(し)やがつて、565狐(きつね)か狸(たぬき)か、566但(ただし)はウラル教(けう)の奴(やつ)だらう。567そんな手(て)に乗(の)る谷丸(たにまる)ぢやないぞ。568俺(おれ)の部下(ぶか)の鬼丸(おにまる)は最前(さいぜん)から此処(ここ)に来(き)て居(ゐ)るのだ。569二人(ふたり)も鬼丸(おにまる)が有(あ)つて堪(たま)るか』
570テルヂー『オイ、571バラモン教(けう)の谷丸(たにまる)とやら、572俺(おれ)はウラル教(けう)のテルヂーと云(い)ふ宣伝使(せんでんし)だ。573玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を、574御(ご)無事(ぶじ)に奉按(ほうあん)して来(き)たか』
575谷丸(たにまる)『ナニツ、576貴様(きさま)、577玉照彦(たまてるひこ)様(さま)の事(こと)を尋(たづ)ねてどうする積(つも)りだ。578仮令(たとへ)天地(てんち)が覆(かへ)つても、579貴様(きさま)等(ら)に渡(わた)すものかい。580天狗(てんぐ)の化損(ばけそこな)ひ奴(め)が……』
581コロンボ『アヽ、582テルヂー、583今(いま)来(き)たのかい。584私(わたし)は今迄(いままで)お前(まへ)だと思(おも)つて、585一生(いつしやう)懸命(けんめい)に話(はな)して居(を)つた。586ア馬鹿(ばか)らしい』
587テルヂー『アハヽヽヽ、588エライ混線(こんせん)したものだなア。589是(こ)れだけ需要者(じゆえうしや)が殖(ふ)えて来(く)ると、590電話(でんわ)交換局(かうくわんきよく)も大抵(たいてい)ぢやないワイ』
591 再(ふたた)び月(つき)は皎々(かうかう)と輝(かがや)き始(はじ)めた。592四(よ)人(にん)の顔(かほ)は、593菊石(あばた)まで見(み)える様(やう)になつて来(き)た。
594谷丸(たにまる)『ウラル教(けう)の御(おん)大将(たいしやう)、595是(こ)れも何(なに)かの神(かみ)様(さま)の御(お)引合(ひきあは)せだらう。596どうぞ打解(うちと)けて仲(なか)ようして下(くだ)さいや。597併(しか)し乍(なが)ら松(まつ)の木(き)から墜落(つゐらく)する事(こと)は廃(や)めて下(くだ)さい。598一(ひと)つ違(ちが)へば、599一(ひと)つより無(な)い生命(いのち)を棒(ぼう)に振(ふ)らねばなりませぬぞ』
600テルヂー『それは有難(ありがた)う。601そんなら此処(ここ)で平和(へいわ)条約(でうやく)を締結(ていけつ)しませう。602併(しか)し玉照彦(たまてるひこ)さまは何方(どちら)の手(て)に預(あづか)つたら良(よ)いのだ、603先決(せんけつ)問題(もんだい)として、604それが定(き)めたいのだ』
605谷丸(たにまる)『是(こ)ればつかりは、606御免(ごめん)蒙(かうむ)りたい。607折角(せつかく)骨(ほね)折(を)つて奉迎(ほうげい)して来(き)たのだから………ヤア玉照彦(たまてるひこ)さまは冷(つめ)たくなつて居(ゐ)らつしやる。608コリヤ大変(たいへん)だ……ハヽア、609あまり慌(あわて)て石(いし)と間違(まちが)へてきたなア。610道理(だうり)でエロウ重(おも)たくならつしやつたと思(おも)うて居(ゐ)た。611エーエ何(なん)の事(こと)だい』
612テルヂー『アハヽヽヽ、613態(ざま)を見(み)なさい。614それだからあまり欲張(よくば)るものぢやありませぬぞ』
615谷丸(たにまる)『ヤアこりや大変(たいへん)だ。616マ一遍(いつぺん)元(もと)の所(ところ)へ引返(ひきかへ)して探(さが)して来(こ)うかな』
617テルヂー『今度(こんど)は一(ひ)イ二(ふ)ウ三(み)ツで、618先(さき)へ往(い)つた者(もの)が頂(いただ)く事(こと)にしようかい。619お前(まへ)が放(ほ)かして置(お)いたものだから、620棄(ほ)かしたものを拾(ひろ)ふのは拾(ひろ)ひ勝(がち)だ。621サア走(はし)つた走(はし)つた』
622谷丸(たにまる)『テルヂー、623お前(まへ)から先(さき)へ走(はし)りなさい。624わしや、625ゆつくりと後(あと)から探(さが)しに行(ゆ)きます』
626テルヂー『それだと言(い)つて、627お前(まへ)から先(さき)へ往(い)つて呉(く)れな、628何処(どこ)に落(おと)してあるか方角(はうがく)が分(わか)らぬぢやないか。629谷丸(たにまる)、630御(ご)遠慮(ゑんりよ)は要(い)らぬ。631サアお前(まへ)からお先(さき)へお出(い)でなさいませ、632最後(さいご)の一(いち)秒間(べうかん)が勝負(しようぶ)ぢや』
633谷丸(たにまる)『アハヽヽヽ、634うまい事(こと)仰有(おつしや)るワイ。635お前(まへ)が動(い)かねば、636私(わたし)は二日(ふつか)でも三日(みつか)でも動(い)かせぬのだい。637人(ひと)を先頭(せんとう)に立(た)てて所在(ありか)を探(さが)さうと思(おも)つて……本当(ほんたう)にウラル教(けう)の宣伝使(せんでんし)は、638狡猾(ずる)いなア』
639鬼丸(おにまる)『オイオイ谷丸(たにまる)、640グヅグヅして居(を)ると、641三五教(あななひけう)の奴(やつ)が通(とほ)つて、642拾(ひろ)つて帰(い)んで了(しま)ひますで。643サア早(はや)う往(ゆ)きませう』
644谷丸(たにまる)『エヽ気(き)の利(き)かぬ奴(やつ)ぢやなア。645俺(おれ)が斯(こ)う言(い)うて暇(ひま)費(い)れてる間(ま)に、646貴様(きさま)は場所(ばしよ)を知(し)つてるのだから、647何(な)んでソツと何々(なになに)せぬのぢやい。648頓馬(とんま)な野郎(やらう)だ』
649テルヂー『オイ、650コロンボ、651鬼丸(おにまる)君(くん)の側(そば)をチツトも離(はな)れちやならぬぞ。652キユツと袖(そで)を掴(つか)まへて何処(どこ)へ行(い)つても構(かま)はぬ、653往(ゆ)く所(ところ)へ従(つ)いて往(ゆ)くのだ。654そして何々(なになに)を何々(なになに)して来(く)るのだ。655良(い)いか』
656コロンボ『承知(しようち)致(いた)しました。657併(しか)し鬼丸(おにまる)の足(あし)が速(はや)かつたら、658どう致(いた)しませう』
659テルヂー『帯(おび)なつと、660足(あし)なつと、661喰(く)らひついて行(ゆ)くのだ。662気(き)の利(き)かぬ奴(やつ)だなア』
663谷丸(たにまる)『アヽもうこうなつちや、664到底(たうてい)独占(どくせん)する訳(わけ)にはゆかなくなつて来(き)た。665そんならモウ仕方(しかた)がない、666共有物(きよういうぶつ)として、667ユツクリと行(ゆ)きませう』
668とソロソロ歩(ある)き始(はじ)めた。669テルヂーは谷丸(たにまる)の袖(そで)をグツト握(にぎ)り乍(なが)ら、
670テルヂー『オイ、671コロンボ、672鬼丸(おにまる)を放(はな)しちや可(い)けないよ』
673谷丸(たにまる)『エーエ鳥黐桶(とりもちをけ)に足(あし)を突(つ)つこんだ様(やう)なものだ。674エライ所(とこ)でダニが喰(くら)ひ付(つ)きやがつて……アヽ是(こ)れも何(なに)かの罪業(めぐり)だらう』
675と面(つら)膨(ふく)らし乍(なが)ら、676四本足(しほんあし)の二組(ふたくみ)は、677堺峠(さかひたうげ)の麓(ふもと)を指(さ)して急(いそ)ぎ下(くだ)り行(ゆ)く。
678(大正一一・五・九 旧四・一三 松村真澄録)
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