霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 千騎(せんき)一騎(いつき)〔六四八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第19巻 如意宝珠 午の巻 篇:第1篇 神慮洪遠 よみ(新仮名遣い):しんりょこうえん
章:第3章 千騎一騎 よみ(新仮名遣い):せんきいっき 通し章番号:648
口述日:1922(大正11)年05月06日(旧04月10日) 口述場所: 筆録者:外山豊二 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年2月28日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高山彦は、聖地を指して白瀬川のほとりにやってきた。降り続く五月雨に河水は氾濫して渡れない。
高山彦は悔しそうに世継王山を見ていると、後から黒姫が追いついてきた。黒姫は早く河を渡れ、と高山彦をせっつく。高山彦は、どうしてこの激流が渡れようかと黒姫に返すが、黒姫はたちまち大蛇の姿となって河を渡ってしまった。
高山彦はそれを見て震えている。黒姫の大蛇の体から黒雲が出て、高山彦を包むと、高山彦を河の向こうに渡してしまった。黒姫は大蛇から元の姿に戻った。
高山彦は、黒姫の大蛇の姿を見てすっかり恐れをなしてしまった。黒姫は構わず、高山彦を前に立てて世継王山に進んで行く。
世継王山の館では、馬公と鹿公が夜の門番をしていた。二人は月を見ながら俳句を読み合っている。すると、二人は黒姫と高山彦がやってくるのを見つけた。鹿公は、門内に入ると馬公を外に置いたまま、錠を閉めてしまった。
黒姫は、門を開けてくれと頼むが、鹿公は錠を下ろしたまま青彦に注進した。黒姫は馬公が門外に締め出されているのを見つけ、人質にしてしまう。
門の内外で、黒姫と青彦、紫姫、鹿公は互いの主張を言い合って譲らない。黒姫は馬公を人質に取っていても役に立たないと、馬公を放した。紫姫が天の数歌を歌うと、黒姫と高山彦は逃げてしまった。
鹿公は馬公を門内に迎え入れた。馬公は、黒姫は自分を縛るとき、神様にお詫びをしてきつく縛らなかった、と報告すると、青彦はこれを聞いて首を垂れて思案に沈んでしまう。
紫姫は感謝の祝詞を上げるが、玉照姫は激しく泣き出した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-03-30 17:23:20 文字数:5325 OBC :rm1903
愛善世界社版:31頁 八幡書店版:第4輯 40頁 修補版: 校定版:31頁 普及版:13頁 初版: ページ備考:
001 高山彦(たかやまひこ)は魔窟(まくつ)ケ原(はら)の岩窟(がんくつ)を後(あと)にし、002一生(いつしやう)懸命(けんめい)に聖地(せいち)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く。003漸(やうや)く白瀬川(しらせがは)の畔(ほとり)に着(つ)けば、004降(ふ)り続(つづ)く五月雨(さみだれ)に河水(かすゐ)汎濫(はんらん)し、005波(なみ)堆(うづたか)く渡川(とせん)は絶対(ぜつたい)に不可能(ふかのう)となりぬ。
006 高山彦(たかやまひこ)は川(かは)の岸(きし)を下(くだ)りつ、007上(のぼ)りつ、008地団太(ぢだんだ)踏(ふ)みて口惜(くや)しがり、009現在(げんざい)目(め)の前(まへ)に聖地(せいち)世継王(よつわう)山(ざん)を眺(なが)め、010玉照姫(たまてるひめ)の御(ご)座所(ざしよ)は彼方(かなた)かと憧憬(どうけい)の念(ねん)に駆(か)られて狂気(きやうき)の如(ごと)くなり居(ゐ)たり。011斯(かか)る処(ところ)へ息(いき)せき切(き)つて馳来(はせきた)りしは、012妻(つま)の黒姫(くろひめ)なりける。
013高山彦『ヤーお前(まへ)は黒姫(くろひめ)か、014何(なに)しに出(で)て来(き)たのだ』
015黒姫『高山(たかやま)さま、016ソラ何(なに)を言(い)はつしやる。017此(この)儘(まま)にして置(お)く訳(わけ)には行(ゆ)きますまい。018あれ彼(あ)の向(むか)ふに見(み)ゆるは世継王(よつわう)の神山(しんざん)、019三五教(あななひけう)の隠(かく)れ場所(ばしよ)、020玉照姫(たまてるひめ)様(さま)は彼(あ)の森(もり)のしげみに御座(ござ)るであらう。021サアサア早(はや)く渡(わた)りなさい』
022高山彦『渡(わた)れと云(い)つたつて此(こ)の激流(げきりう)が、023どうして渡(わた)れやうか』
024黒姫『生命(いのち)を的(まと)に渡(わた)るのだよ。025それだから男(をとこ)は真逆(まさか)の時(とき)に間(ま)に合(あは)ぬと云(い)ふのだ。026お前(まへ)さまも鼻高(はなだか)の守護神(しゆごじん)の御(ご)厄介(やくかい)になつて中空(ちうくう)高(たか)く渡(わた)りなさい』
027高山彦『ソンナことを言(い)つたつて、028さう易々(やすやす)と元(もと)の体(からだ)に還元(くわんげん)することは出来(でき)ないよ』
029黒姫『還元(くわんげん)出来(でき)ないと云(い)ふ道理(だうり)があらうか、030貴方(あなた)の信仰(しんかう)が足(た)らぬからだ。031火(ひ)になつても蛇(じや)になつても、032此(こ)の川(かは)渡(わた)らな置(お)くものか』
033と云(い)ふより早(はや)く、034見(み)るも恐(おそ)ろしき大蛇(だいじや)の姿(すがた)となり、035激流(げきりう)怒濤(どたう)の真(ま)ン中(なか)を目蒐(めが)けて、036ザンブとばかり飛(と)び込(こ)み、037漸(やうや)く対岸(むかうぎし)に渡(わた)り付(つ)きたり。
038 高山彦(たかやまひこ)は此(こ)の気色(けしき)に恐(おそ)れ戦(をのの)き、039ガタガタ慄(ぶる)ひの最中(さいちう)、040蛇体(じやたい)の身体(からだ)より黒雲(くろくも)起(おこ)り一団(いちだん)となりて、041川(かは)の上空(じやうくう)を此方(こなた)に渡(わた)り高山彦(たかやまひこ)の身体(からだ)を包(つつ)むよと見(み)る間(ま)に、042高山彦(たかやまひこ)は川(かは)の対岸(むかうぎし)にバタリと落(お)ち来(き)たりぬ。043蛇体(じやたい)は忽(たちま)ち元(もと)の黒姫(くろひめ)と変(へん)じ、
044黒姫『サア高山(たかやま)さま、045コンナ放(はな)れ業(わざ)は一生(いつしやう)に一度(いちど)より出来(でき)ないのだが、046千騎(せんき)一騎(いつき)の此(この)場合(ばあひ)、047黒姫(くろひめ)が信念(しんねん)の力(ちから)が現(あら)はれたのだ。048サアサアこれに怖(おそ)れず、049今後(こんご)は斯様(かやう)なことは無(な)い程(ほど)に、050妾(わたし)に続(つづ)いてお出(い)でなさい』
051 高山彦(たかやまひこ)は慄(ふる)ひ声(ごゑ)で、
052高山彦『ナント女(をんな)と云(い)ふ奴(やつ)は恐(おそ)ろしいものだなア』
053黒姫『コレ高山(たかやま)さま、054お前(まへ)はモーこれで愛想(あいさう)がつきただらうな。055愛想(あいさう)をつかすなら、056つかして見(み)なさい、057此方(こちら)にも一(ひと)つ考(かんが)へがありますよ』
058と冷(ひや)やかに笑(わら)ふ。059高山彦(たかやまひこ)は眼(め)を瞬(しばた)たき、060高(たか)き鼻(はな)を手(て)の甲(かふ)で擦(こす)り乍(なが)ら、
061高山彦『イヤ何事(なにごと)も黒姫(くろひめ)さまに御(お)任(まか)せする、062此(この)後(ご)は一切(いつさい)構(かま)ひ事(ごと)は致(いた)さぬ。063貴女(あなた)のお好(す)きの様(やう)に御(お)使(つか)ひ下(くだ)さいませ』
064黒姫『大分(だいぶ)改心(かいしん)が出来(でき)ましたナア、065それでこそ妾(わたし)の立派(りつぱ)なハズバンドだ。066サアサア往(ゆ)きませう、067エヽなンとした足(あし)つきじやいな、068確(しつか)りしなさらぬか、069此(この)川(かは)を渡(わた)るが最後(さいご)、070油断(ゆだん)のならぬ敵(てき)の縄張(なはば)りだよ』
071高山彦『さうだと云(い)つて、072ナンダか脚(あし)がワナワナして歩(ある)けないのだもの』
073黒姫『エー何(なん)とした卑怯(ひけふ)な人(ひと)だらう。074誰(たれ)が恐(こは)いのだい。075たかが知(し)れた紫姫(むらさきひめ)、076青彦(あをひこ)の連中(れんちう)ぢやないかいナ』
077高山彦『青彦(あをひこ)、078紫姫(むらさきひめ)も、079ナンニも恐(こわ)くはない。080恐(こわ)いのはお前(まへ)の性念(しやうねん)だよ』
081黒姫『高山(たかやま)さま、082斯(こ)う見(み)えても矢張(やつぱり)女(をんな)は女(をんな)だよ。083御(ご)心配(しんぱい)なさるな。084これでも又(また)大事(だいじ)にして可愛(かあい)がつて上(あ)げますワ』
085 高山彦(たかやまひこ)はブルブル慄(ふる)ひ乍(なが)ら、
086高山彦『ヤーもう可愛(かあい)がつて貰(もら)はいでも結構(けつこう)です。087私(わたくし)の様(やう)なものは貴女(あなた)のお側(そば)に寄(よ)るのは勿体(もつたい)ない。088畏(おそ)れ多(おほ)い。089どうぞ草履持(ざうりもち)になつとして下(くだ)さいな』
090黒姫『エー此(この)人(ひと)は又(また)何(なん)とした卑怯(ひけふ)なことを云(い)ふのだらう。091アヽもうすつかり愛想(あいさう)が尽(つ)きちやつた、092嫌(いや)になつて了(しま)ふワ』
093高山彦『どうぞ愛想(あいさう)をつかして下(くだ)さいな。094嫌(いや)になつて貰(もら)へば大変(たいへん)に好都合(かうつがふ)です』
095 黒姫(くろひめ)は声(こゑ)を尖(とが)らし、
096黒姫『ソリヤ何(なに)を云(い)ふのだい、097嫌(いや)になつて呉(く)れと言(い)つたつて、098今(いま)となつて誰(たれ)がソンナ軽挙(かるはづみ)なことをするものかいな。099蛇(へび)に狙(ねら)はれた蛙(かはづ)ぢやと思(おも)つて諦(あきら)めなさいよ』
100高山彦『ハイ諦(あきら)めます。101何事(なにごと)も因縁(いんねん)づくぢやと思(おも)つて、102コンナ悪縁(あくえん)も辛抱(しんばう)致(いた)しませう。103前生(ぜんせい)の悪(わる)い因縁(いんねん)が報(むく)うて来(き)たのだから』
104黒姫『何(なに)が悪縁(あくえん)だへ。105お前(まへ)さまは男(をとこ)の心(こころ)と秋(あき)の空(そら)、106直(すぐ)に飽縁(あくえん)だらうが、107妾(わたし)は何処迄(どこまで)も秋(あき)の空(そら)で、108何処(どこ)々々(どこ)迄(まで)も好(い)いて好(す)いてすき透(とう)つてゐますよ、109ホヽヽヽヽ』
110高山彦『モシモシ黒姫(くろひめ)様(さま)、111何卒(どうぞ)人(ひと)を一人(ひとり)助(たす)けると思(おも)つて私(わたくし)の罪(つみ)を赦(ゆる)して下(くだ)さいな』
112黒姫『そりや又(また)何(なに)を言(い)ふのだえ、113モー斯(こ)うなる上(うへ)は赦(ゆる)してたまるものか。114竜宮(りうぐう)の海(うみ)の底(そこ)まで伴(つ)れて行(い)つて呑(の)みたり、115噛(か)みたり、116舐(ねぶ)つたり大事(だいじ)にして上(あ)げようぞへ』
117高山彦『モー大事(だいじ)にして貰(もら)はいでも結構(けつこう)です。118何卒(どうぞ)其(そ)の御(お)心遣(こころづか)ひは御(ご)無用(むよう)になさつて下(くだ)さいませ。119返礼(へんれい)の仕方(しかた)がありませぬワ』
120黒姫『エーわからぬ男(をとこ)だ。121話(はなし)は後(あと)で悠(ゆつ)くりして上(あ)げよう。122サア一(いち)時(じ)も早(はや)く往(い)かねばなるまい。123恰度(ちやうど)日(ひ)も暮(く)れて来(き)た』
124と高山彦(たかやまひこ)を先(さき)に立(た)たせ、125夏草(なつぐさ)茂(しげ)る露野(つゆの)ケ原(はら)を世継王(よつわう)の山麓(さんろく)指(さ)して辿(たど)り行(ゆ)く。
126 五(ご)月(ぐわつ)十三夜(じふさんや)の月(つき)は、127楕円形(だゑんけい)の鏡(かがみ)を空(そら)に照(てら)してゐる。128馬公(うまこう)、129鹿公(しかこう)は月(つき)の光(ひかり)を眺(なが)め、
130馬公『アヽ何(なん)といい月(つき)ぢやないか、131のう鹿公(しかこう)』
132鹿公『ソリヤ馬公(うまこう)、133きまつた事(こと)だ。134五月(ごぐわつ)五日(いつか)の宵(よひ)に玉照姫(たまてるひめ)様(さま)がお越(こ)し遊(あそ)ばし、135記念(きねん)すべき月(つき)だもの。136古往(こわう)今来(こんらい)コンナよい月(つき)があるものかい。137それに就(つい)ても可哀相(かわいさう)なのは黒姫(くろひめ)ぢやないか。138この通(とほ)り御空(みそら)に水晶(すゐしやう)の玉照姫(たまてるひめ)様(さま)が輝(かがや)き渡(わた)り、139この又(また)屋内(をくない)にもお玉(たま)さまに、140玉照姫(たまてるひめ)さまぢや、141之(これ)を三(み)つ合(あは)せて三(み)つの御魂(みたま)と云(い)つても宜(い)いワ。142アヽ、
 
143濡(ぬ)れて出(で)たやうに思(おも)ふや雨後(うご)の月(つき)
 
144とは如何(どう)だ』
145馬公『ヤー鹿公(しかこう)、146貴様(きさま)俳句(はいく)を知(し)つて居(ゐ)るのか』
147鹿公『ハイ句(く)でも、148歌(うた)でも、149何(なん)でも知(し)らぬものは無(な)い。150何(なん)なと言(い)うて見(み)よ。151当意(たうい)即妙(そくめう)、152直(ただち)に作(つく)つて御(お)目(め)にかける鹿公(しかこう)だよ』
153馬公『ソンナラ今(いま)彼(あ)のお月(つき)さまに黒雲(くろくも)がさしかかり、154今(いま)や隠(かく)さうとして居(ゐ)る。155彼(あ)れを一(ひと)つやつて見(み)よ』
156鹿公『黒姫(くろひめ)に玉照姫(たまてるひめ)は包(つつ)まれて 馬鹿(ばか)を見(み)むとす青彦(あをひこ)の空(そら)』
157馬公『何(なん)と云(い)ふ縁起(えんぎ)の悪(わる)い歌(うた)を詠(よ)むのだ。158宣(の)り直(なほ)さぬかい、159鹿公(しかこう)奴(め)』
160鹿公『大方(おほかた)馬公(うまこう)がさうお出(いで)ると思(おも)つて居(ゐ)た。161今度(こんど)が真剣(しんけん)だよ。
 
162青彦(あをひこ)や紫姫(むらさきひめ)の大空(おほぞら)に 月(つき)の玉照姫(たまてるひめ)ぞ輝(かがや)く
 
163とは如何(どう)だ』
164馬公『ヨーシ モー一(ひと)つやれ』
165鹿公『いくらでも、166月(つき)を題(だい)にするのなら月(つき)は先祖(せんぞ)よ。167月(つき)の大神(おほかみ)様(さま)が此(この)世(よ)の御(ご)先祖(せんぞ)様(さま)であるぞよ。168馬公(うまこう)志(し)つかり聞(き)けよアーン、
169月(つき)に叢雲(むらくも)花(はな)には嵐(あらし)
170東(ひがし)に旗雲(はたぐも)箒星(はうきぼし)
171天(あま)の河原(かはら)は北南(きたみなみ)
172星(ほし)の流(なが)れは久方(ひさかた)の
173フサの御国(みくに)に落(お)ちて行(ゆ)く
174高山彦(たかやまひこ)や短山(ひきやま)の
175嶺(みね)より昇(のぼ)る月影(つきかげ)も
176今日(けふ)は芽出度(めでた)き十三夜(じふさんや)
177たとへ黒姫(くろひめ)かかるとも
178伊吹(いぶき)の狭霧(さぎり)に吹(ふ)き散(ち)らし
179忽(たちま)ち変(かは)る大御空(おほみそら)
180紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)の
181清(きよ)き姿(すがた)となりにけり。
182 とは如何(どう)だ』
183馬公『随分(ずゐぶん)長(なが)い歌(うた)だのう、184鹿公(しかこう)』
185鹿公『長(なが)いとも長(なが)いとも、186今(いま)に長(なが)い奴(やつ)が黒(くろ)い顔(かほ)してやつて来(く)るのだ。187横(よこ)に長(なが)い奴(やつ)と、188縦(たて)に長(なが)い高山彦(たかやまひこ)の青瓢箪(あをべうたん)だ。189うまくやらぬと馬鹿(うましか)を見(み)るぞよ。190変性(へんじやう)男子(なんし)の申(まを)す事(こと)は一分(いちぶ)一厘(いちりん)違(ちが)ひはないぞよ』
191馬公『何(なに)を吐(ぬか)すのだ、192モー好(い)い加減(かげん)に止(や)めて貰(もら)はうかい。193オイオイ彼(あ)れを見(み)よ、194二(ふた)つの影(かげ)が蠢(うごめ)いて居(ゐ)るぢやないか、195鹿(しか)とは判(わか)らぬけれど』
196鹿公(しかこう)『ヨオ来居(きを)つたぞ、197太(ふと)い短(みじか)い奴(やつ)と細(ほそ)い長(なが)い奴(やつ)だ。198ヤー此奴(こいつ)は高山彦(たかやまひこ)に黒姫(くろひめ)だ。199愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(を)ると空(そら)のお月(つき)さまの様(やう)に、200黒姫(くろひめ)に呑(の)まれて了(しま)つちや、201玉照姫(たまてるひめ)様(さま)が一大事(いちだいじ)だ、202サアサア戸(と)を締(し)めろ』
203と云(い)ふより早(はや)く、204鹿公(しかこう)は飛込(とびこ)みてピシヤリと錠(ぢやう)を下(お)ろしたり。
205馬公『オイ俺(おれ)も入(い)れて呉(く)れないか』
206鹿公『エー邪魔臭(じやまくさ)い。207貴様(きさま)は何処(どこ)か叢(くさむら)の中(なか)へ潜伏(せんぷく)して居(を)れ、208馬(うま)じやないか。209俺(おれ)は中(なか)から此(こ)の関所(せきしよ)を死守(ししゆ)するのだ』
210 二(ふた)つの影(かげ)は段々(だんだん)近寄(ちかよ)つて来(く)る。211鹿公(しかこう)は何(ど)うしても開(あ)けぬ。212馬公(うまこう)は已(や)むを得(え)ず茅(かや)のしげみに身(み)を隠(かく)して慄(ふる)ひ居(ゐ)る。
213 二人(ふたり)の影(かげ)は戸口(とぐち)に現(あら)はれたり。214一人(ひとり)は女(をんな)、215一人(ひとり)は男(をとこ)、
216女(黒姫)『モシモシ一寸(ちよつと)此処(ここ)を開(あ)けて下(くだ)さいな』
217鹿公『ナンダ、218暮六(くれむ)つ下(さが)つてから他(ひと)の家(うち)を訪(おとづ)れる奴(やつ)があるかい。219夜(よ)は魔(ま)の世界(せかい)だ、220用(よう)があれば明日(あす)出(で)て来(こ)い。221此(この)門口(かどぐち)は鹿公(しかこう)は絶対(ぜつたい)に開(あ)けることは出来(でき)ないぞよ』
222女(黒姫)『左様(さやう)で御座(ござ)いませうが、223ホンのチヨイトで宜(よろ)しい、224一(いつ)尺(しやく)許(ばか)り開(あ)けて下(くだ)さい。225申(まを)し上(あ)げ度(た)い一大事(いちだいじ)がございます』
226 鹿公(しかこう)、227戸口(とぐち)に立(た)つて、
228鹿公『其方(そちら)で一大事(いちだいじ)があつても此方(こちら)も亦(また)一大事(いちだいじ)だ。229ナント言(い)つても開(あ)けないよ。230モシモシ青彦(あをひこ)さま、231貴方(あなた)一寸(ちよつと)来(き)て下(くだ)さいな。232どうやら黒姫(くろひめ)がやつて来(き)たやうですワ』
233 青彦(あをひこ)は奥(おく)の間(ま)より、
234青彦『誰(たれ)がなんと言(い)つても開(あ)けられないぞ』
235鹿公『さうだと言(い)つて馬公(うまこう)が外(そと)に、236這入(はい)り損(そこ)ねて隠(かく)れて居(ゐ)ますがな』
237 黒姫(くろひめ)は此(こ)の声(こゑ)を聞(き)き、238辺(あた)りの叢(くさむら)を尋(たづ)ね、
239黒姫『ヤアお前(まへ)は馬公(うまこう)ぢやな。240サアもう大丈夫(だいぢやうぶ)だ。241コレコレ高山(たかやま)さま、242用意(ようい)の綱(つな)をお出(だ)しなさい。243エー何(なに)をビリビリ地震(ぢしん)の様(やう)に慄(ふる)ふて居(ゐ)なさる。244気(き)の弱(よわ)い獣(けもの)だな』
245と云(い)ふより早(はや)く自分(じぶん)の細帯(ほそおび)を解(ほど)いて、246馬公(うまこう)を縛(しば)つて了(しま)ひ、
247黒姫『サア馬公(うまこう)、248此方(こつち)へ来(く)るのだよ。249此(この)戸(と)を開(あ)ける迄(まで)、250お前(まへ)は人質(ひとじち)だ。251若(も)し開(あ)けなかつたら此(この)黒姫(くろひめ)が正体(しやうたい)を現(あら)はして、252一呑(ひとの)みに呑(の)みて了(しま)はうか』
253馬公『エーコンナことだと思(おも)つて居(を)つた。254それだから神(かみ)様(さま)が言霊(ことたま)を慎(つつし)めと仰有(おつしや)るのに、255鹿公(しかこう)の奴(やつ)、256黒姫(くろひめ)が何(ど)うだの斯(こ)うだのと言(い)ひよるものだから、257コンナ破目(はめ)に陥(おちい)るんだ。258オイ馬公(うまこう)は括(くく)られたよ、259鹿公(しかこう)開(あ)けて呉(く)れないか』
260鹿公『貴様(きさま)は括(くく)られる役(やく)だ、261俺(おれ)は中(なか)で長(なが)くなつてグツスリ休(やす)む役(やく)だ。262マア夜(よ)が明(あ)ける迄(まで)、263其処(そこ)で立往生(たちわうじやう)するがよいワ。264お優(やさ)しい黒姫(くろひめ)さまと、265色男(いろをとこ)の高山(たかやま)さまとのお伴(つ)れだもの、266あまり淋(さび)しくもあるまいがな』
267馬公『ソンナ冷酷(れいこく)なことを言(い)ふものぢやないよ、268お前(まへ)もちつとは朋友(ほういう)の道(みち)を弁(わきま)へて居(を)るだらう』
269鹿公『マア待(ま)て、270今(いま)これから紫姫(むらさきひめ)様(さま)が十八番(じふはちばん)の言霊(ことたま)の発射(はつしや)を為(な)さるところだ。271さうすれば黒姫(くろひめ)だつて高山彦(たかやまひこ)だつて風(かぜ)に木(こ)の葉(は)の散(ち)る如(ごと)く、272悲惨(ひさん)な目(め)に会(あ)つて滅(ほろび)て了(しま)ふのだ』
273馬公『さうしたら俺(おれ)は何(ど)うなるのだ』
274鹿公『貴様(きさま)の事(こと)まで、275未(ま)だ研究(けんきう)はして居(を)らぬ哩(わい)。276オイ黒姫(くろひめ)の奴(やつ)、277誠(まこと)に以(もつ)てお気(き)の毒(どく)千万(せんばん)、278御(ご)心中(しんちう)御(お)察(さつ)し申(まを)す。279高姫(たかひめ)様(さま)に嘸(さぞ)お叱言(こごと)を頂戴(ちやうだい)なさつたでせう。280併(しか)し乍(なが)ら何程(なにほど)お前(まへ)さまが玉照姫(たまてるひめ)様(さま)をお迎(むか)へしようと思(おも)つてもモー駄目(だめ)だから足許(あしもと)の明(あか)るい間(うち)に、281トツトと帰(かへ)りなさい。282其処(そこ)に馬(うま)が一匹(いつぴき)居(を)るから、283ソレに乗(の)つてお帰(かへ)りなさいよ』
284馬公『コラ鹿公(しかこう)、285無茶(むちや)ばつかり言(い)ふない、286俺(おれ)は決(けつ)して黒姫(くろひめ)さまの馬(うま)ではないぞ』
287黒姫(くろひめ)『どうしても開(あ)けませぬか、288開(あ)けな宜(よろ)しい。289黒姫(くろひめ)は道成寺(だうじやうじ)の釣鐘(つりがね)ぢやないが此(こ)の家(いへ)を大蛇(だいじや)となつて、290十重(とへ)二十重(はたへ)に取捲(とりま)き、291熱湯(ゆ)にして見(み)せうか』
292鹿公『モシモシ紫姫(むらさきひめ)さま、293青彦(あをひこ)さま、294確(しつか)りして下(くだ)さい。295トツケもないことを言(い)ひますぜ』
296 紫姫(むらさきひめ)は言葉(ことば)静(しづか)に、
297紫姫『ホヽヽヽヽ、298御(ご)心配(しんぱい)なさいますな。299鹿(しか)さま、300確(しつ)かりと戸(と)を締(し)めて置(お)きなさいや、301モシモシ黒姫(くろひめ)さま、302誠(まこと)に貴女(あなた)には御(お)気(き)の毒(どく)でございますが、303神界(しんかい)の為(た)め、304世(よ)の中(なか)の為(ため)には貴女(あなた)に対(たい)して不親切(ふしんせつ)なことを致(いた)すのも已(や)むを得(え)ませぬ。305どうぞ帰(かへ)つて下(くだ)さいませ』
306黒姫『何(なん)と云(い)つても帰(かへ)らない。307青彦(あをひこ)と紫姫(むらさきひめ)の素首(そつくび)を引抜(ひきぬ)いて、308フサの国(くに)の高姫(たかひめ)様(さま)にお目(め)にかけ、309玉照姫(たまてるひめ)様(さま)を御(お)迎(むか)へ申(まを)さねば置(お)きませぬぞや』
310青彦(あをひこ)『何(なん)と執念深(しふねんぶか)い婆(ば)アさまぢやな、311青彦(あをひこ)も呆(あき)れたよ。312いい加減(かげん)に執着心(しふちやくしん)を放棄(はうき)したらどうだい』
313黒姫『執着心(しふちやくしん)はお前(まへ)のことだよ。314お前(まへ)から除(と)つたがよからう。315さうして玉照姫(たまてるひめ)さまと、316お玉(たま)さまを此方(こつち)へ渡(わた)しなさい』
317青彦(あをひこ)『此(こ)の執着心(しふちやくしん)だけは何処(どこ)までも放(はな)されない。318決(けつ)して個人(こじん)の私有(しいう)すべきものでない、319神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の大切(たいせつ)な御(お)宝(たから)だ。320たとへ天地(てんち)が覆(か)へるとも、321こればかりは承諾(しようだく)は出来(でき)ない、322どうぞ早(はや)くお帰(かへ)りになつて下(くだ)さい』
323黒姫『何(なん)と云(い)つても黒姫(くろひめ)は帰(かへ)りませぬ』
324紫姫(むらさきひめ)『玉照姫(たまてるひめ)様(さま)は三五教(あななひけう)に於(おい)ても無(な)くてはならぬ結構(けつこう)な神(かみ)様(さま)でございます。325又(また)ウラナイ教(けう)にも必要(ひつえう)な神(かみ)様(さま)でございます。326さうだと申(まを)して両方(りやうはう)の欲求(よくきう)を充(みた)すと云(い)ふ事(こと)は、327到底(たうてい)出来(でき)ませぬから、328いつその事(こと)貴方(あなた)が御(ご)改心(かいしん)をなさつて、329三五教(あななひけう)にお入(はい)り下(くだ)さつたら如何(どう)ですか。330貴方(あなた)が御(ご)改心(かいしん)なさつた以上(いじやう)は、331高姫(たかひめ)さまも自然(しぜん)御(ご)改心(かいしん)になりませうから、332紫(むらさき)がさう云(い)つたと高姫(たかひめ)さまに伝(つた)へて下(くだ)さいませ』
333黒姫『権謀(けんぼう)術数(じゆつすう)を弄(ろう)し折角(せつかく)妾(わたし)が望(のぞ)みた玉照姫(たまてるひめ)様(さま)を計略(けいりやく)を以(もつ)て、334横領(わうりやう)なさつたお前(まへ)さまこそ改心(かいしん)を為(な)され。335どちらが善(ぜん)か、336悪(あく)か、337心(こころ)の鏡(かがみ)に照(てら)して御覧(ごらん)なさい。338貴方(あなた)の行(や)り方(かた)は三五教(あななひけう)の精神(せいしん)を破壊(はくわい)する行(や)り方(かた)、339つまり優勝(いうしよう)劣敗(れつぱい)利己主義(われよし)ではありませぬか』
340鹿公(しかこう)『エー八釜敷(やかまし)い云(い)ふない、341黒姫(くろひめ)の奴(やつ)、342貴様(きさま)こそ利己主義(われよし)ぢやないか。343此(こ)の玉照姫(たまてるひめ)様(さま)は三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)が御(お)経綸(しぐみ)遊(あそ)ばして悦子姫(よしこひめ)様(さま)が取(と)り上(あ)げまでなさつた因縁(いんねん)があるのぢや。344何(なん)と云(い)つても正義(せいぎ)だ、345先取権(せんしゆけん)があるのだ。346他(ひと)の宝(たから)に垂涎(すゐゑん)して要(い)らぬ謀叛(むほん)を起(おこ)し煩悶(はんもん)をするよりも、347すつかりと思(おも)ひ切(き)つて気楽(きらく)になつたら如何(どう)だ、348鹿公(しかこう)は腹(はら)が立(た)つワイ』
349黒姫(くろひめ)『何(なん)と云(い)つても是(こ)れ許(ばか)りは貫徹(くわんてつ)させなくては置(お)くものか。350仮令(たとへ)千(せん)年(ねん)万(まん)年(ねん)かかつても祈(いの)つて祈(いの)つて祈(いの)り勝(か)つて見(み)せよう。351ヤアコンナ馬公(うまこう)を人質(ひとじち)に取(と)つたところが、352何(なん)の役(やく)にも立(た)たない。353サア馬公(うまこう)、354世界中(せかいぢう)放(はな)し飼(がひ)だ。355何処(どこ)なと勝手(かつて)にお出(い)でなさい』
356と縛(いましめ)を解(ほど)けば、357馬公(うまこう)は、
358馬公『ヤアヤア黒姫(くろひめ)さま有難(ありがた)う。359ヤアどつこい、360お前(まへ)に縛(しば)られて、361お前(まへ)に解(ほど)かれたのだ、362有難(ありがた)うと云(い)ふ筋(すぢ)が無(な)い。363エー取返(とりかへ)しのならぬ失策(しつさく)をやつたものだ。364馬鹿(ばか)々々(ばか)しい』
365 此(この)時(とき)紫姫(むらさきひめ)の涼(すず)やかな声(こゑ)にて、366天(あま)の数歌(かずうた)が轟(とどろ)き渡(わた)りける。367忽(たちま)ち黒姫(くろひめ)は頭部(とうぶ)真白(まつしろ)と変(へん)じ、368高山彦(たかやまひこ)の手(て)を引(ひ)き雲(くも)を霞(かすみ)と西北(せいほく)指(さ)して逃(にげ)て行(ゆ)く。
369馬公(うまこう)『オイ鹿公(しかこう)、370モー黒姫(くろひめ)夫婦(ふうふ)は逃(にげ)て了(しま)つたよ。371どうぞ開(あ)けて呉(く)れないか』
372鹿公『ヨシヨシ』
373と戸(と)をガラリと引(ひ)き開(あ)け、
374鹿公『オイ馬公(うまこう)どうだつたい、375貴様(きさま)縛(しば)られて居(を)つたぢやないか』
376馬公『ウン縛(しば)られたよ。377併(しか)しチツトモ痛(いた)くはなかつた。378黒姫(くろひめ)の奴(やつ)、379俺(おれ)を縛(しば)るときに一生(いつしやう)懸命(けんめい)に小声(こごゑ)になつて、380「大神(おほかみ)様(さま)済(す)みませぬ、381赦(ゆる)して下(くだ)さい。382罪(つみ)も無(な)い馬公(うまこう)を縛(しば)ります、383これも御(お)道(みち)の為(ため)ですから、384神直日(かむなほひ)、385大直日(おほなほひ)に見直(みなほ)し、386聞直(ききなほ)して下(くだ)さいませ」と念(ねん)じて居(を)つた。387人(ひと)の性(せい)は善(ぜん)なりとは、388よく言(い)うたものだなア』
389 青彦(あをひこ)はこれを聞(き)いて両手(りやうて)を組(く)み、390頭(かうべ)を首垂(うなだ)れ思案(しあん)に沈(しづ)む。391紫姫(むらさきひめ)は直(ただち)に神前(しんぜん)に感謝(かんしや)の祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)する。392玉照姫(たまてるひめ)は俄(にはか)にヒシるが如(ごと)く泣(な)き出(だ)し給(たま)ひける。393お玉(たま)は驚(おどろ)きあはてて玉照姫(たまてるひめ)の背(せ)を撫(な)で擦(さす)り、394慰(なぐさ)め居(ゐ)たり。
395 空(そら)には白(しろ)き魚鱗(ぎよりん)の波(なみ)を湛(たた)へた雲(くも)の切(き)れ目(め)に月(つき)は朧(おぼろ)に輝(かがや)き、396悲(かな)しげに山杜鵑(やまほととぎす)の声(こゑ)峰(みね)の彼方(かなた)に聞(きこ)え居(ゐ)る。
397(大正一一・五・六 旧四・一〇 外山豊二録)
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