霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 零敗(ゼロはい)の苦(く)〔六五〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第19巻 如意宝珠 午の巻 篇:第2篇 意外の意外 よみ(新仮名遣い):いがいのいがい
章:第5章 零敗の苦 よみ(新仮名遣い):ぜろはいのく 通し章番号:650
口述日:1922(大正11)年05月07日(旧04月11日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年2月28日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫は、フサの国北山村のウラナイ教本部へと戻ってきた。魔我彦と蠑螈別はしきりに高姫に玉照姫の首尾を尋ねるが、高姫ははぐらかして鍵をかけて寝てしまう。
一同は、高姫の供をしていた鶴公と亀公に経緯を尋ねる。鶴公は、三五教の計略にかかって玉照姫を奪われてしまったことを明かす。
そこに高姫が現れる。魔我彦は弥仙山の失敗を慰める。高姫は誰がそのことをしゃべったのか問うと、鶴公は偽神がかりをやってごまかす。
そこへ、外に鳥船が着陸した物音が聞こえた。やってきたのは、黒姫、高山彦らの一行であった。高姫の機嫌を恐れてなかなか中に入れない間に、寅若は黒姫の失策を責め始める。
菊若は勇気を奮って中に入り、高姫に挨拶をした。高姫は亀公に一同を迎えにやらせた。一同揃って宴会を開き、ウラナイ教の本部は大乱脈の様相となった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-01 18:10:10 文字数:10708 OBC :rm1905
愛善世界社版:61頁 八幡書店版:第4輯 51頁 修補版: 校定版:63頁 普及版:27頁 初版: ページ備考:
001 炎熱(えんねつ)火房(くわばう)に坐(ざ)するが如(ごと)く、002釜中(ふちう)に在(あ)るが如(ごと)き酷暑(こくしよ)の空(そら)、003雲路(くもぢ)を別(わ)けて降(くだ)り来(く)る一隻(いつせき)の飛行船(ひかうせん)は、004フサの国(くに)北山村(きたやまむら)のウラナイ教(けう)が本山(ほんざん)の広庭(ひろには)に無事(ぶじ)着陸(ちやくりく)したり。005魔我彦(まがひこ)、006蠑螈別(いもりわけ)の二人(ふたり)は此(この)音(おと)に驚(おどろ)き、007高姫(たかひめ)の御(ご)帰館(きくわん)なりと、008取(と)るものも取敢(とりあへ)ず、009表(おもて)に駆(か)け出(だ)し見(み)れば、010高姫(たかひめ)は眼(まなこ)釣(つ)り、011得(え)も謂(ゐ)はれぬ凄(すさま)じき形相(ぎやうさう)し乍(なが)ら、012鶴(つる)、013亀(かめ)の両人(りやうにん)を伴(ともな)ひ、014船(ふね)より出(い)で来(きた)り、
015高姫『アヽ蠑螈別(いもりわけ)さま、016留守中(るすちう)大儀(たいぎ)で御座(ござ)いました。017別(べつ)に変(かは)つた事(こと)は有(あ)りませなンだかな』
018蠑螈別『ハイ、019たいした変(かは)りは有(あ)りませぬが、020二三(にさん)日(にち)以前(いぜん)より、021何(なん)とも知(し)れぬ太白星(たいはくせい)の様(やう)な光(ひかり)を発(はつ)した光玉(くわうぎよく)、022夜半(やはん)の頃(ころ)になると、023大音響(だいおんきやう)を立(た)て、024庭前(ていぜん)に落下(らくか)する事(こと)屡(しばしば)で有(あ)ります』
025高姫『それは大変(たいへん)な吉祥(きちしやう)だ。026併(しか)し其(その)玉(たま)はどうなさつたか』
027 魔我彦(まがひこ)は丁重(ていちよう)に首(くび)を下(さ)げ、
028魔我彦『毎朝(まいあさ)早(はや)くより、029綿密(めんみつ)に調(しら)べて見(み)ましたが、030別(べつ)に此(こ)れと云(い)ふものも落(おち)て居(を)らず、031又(また)何(なん)の形跡(けいせき)も残(のこ)つて居(ゐ)ませぬ』
032高姫『それは不思議(ふしぎ)な事(こと)だ。033いづれ何(なに)か結構(けつこう)な事(こと)が有(あ)るでせう』
034蠑螈別(いもりわけ)『紫(むらさき)の雲(くも)の出所(でどころ)は分(わか)りましたか。035定(さだ)めて良結果(りやうけつくわ)を得(え)られたでせう。036万事(ばんじ)抜目(ぬけめ)も無(な)いあなたの事(こと)ですから、037大成功(だいせいこう)疑(うたがひ)なしと、038館内(くわんない)一同(いちどう)の者(もの)は貴方(あなた)の御(お)帰(かへ)りを今(いま)か今(いま)かと首(くび)を長(なが)くして待(ま)つて居(ゐ)ました。039どうぞ早(はや)く奥(おく)へお這入(はい)り下(くだ)さいまして、040結構(けつこう)な御(お)土産話(みやげばなし)を、041一同(いちどう)に聞(き)かして下(くだ)さいませ』
042高姫(たかひめ)『………』
043魔我彦(まがひこ)『コレコレ蠑螈別(いもりわけ)さま、044大切(たいせつ)な神界(しんかい)の御(ご)経綸(けいりん)、045玄関口(げんくわんぐち)で尋(たづ)ねると云(い)ふ事(こと)があるものか、046高姫(たかひめ)様(さま)が沈黙(ちんもく)なさるも当然(たうぜん)だ』
047蠑螈別(いもりわけ)『ア、048それもさうでした。049高姫(たかひめ)さま、050サア奥(おく)へ御(ご)案内(あんない)致(いた)しませう』
051 高姫(たかひめ)は奥(おく)に入(い)る。052一同(いちどう)は俄(にはか)に上(うへ)を下(した)へと、053バタバタ歓迎(くわんげい)の準備(じゆんび)に多忙(たばう)を極(きは)め居(ゐ)る。
054高姫(たかひめ)『今日(けふ)は無事(ぶじ)に墜落(つゐらく)もせず、055遥々(はるばる)と帰(かへ)つて来(き)たのだから、056御(ご)神前(しんぜん)にお神酒(みき)を沢山(たくさん)に献上(けんじやう)し、057種々(いろいろ)の御(ご)馳走(ちそう)をお供(そな)へ申(まを)し、058ゆつくり直会(なほらひ)の宴(えん)でも張(は)つて下(くだ)さい。059あまり急速力(きふそくりよく)で帰(かへ)つて来(き)ましたので、060妾(わたし)は少(すこ)し許(ばか)り頭痛(づつう)気味(ぎみ)だから、061奥(おく)へ往(い)つて二三(にさん)日(にち)ユツクリ休息(きうそく)を致(いた)します』
062蠑螈別(いもりわけ)『ア、063それはさうでせう。064併(しか)し乍(なが)ら御(お)休(やす)みになれば、065お尋(たづ)ね申(まを)す訳(わけ)にもゆかず、066一寸(ちよつと)端緒(たんちよ)なりと、067一口(ひとくち)仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませいナ』
068高姫(たかひめ)『神界(しんかい)の御(お)経綸(しぐみ)、069秘密(ひみつ)は何処(どこ)までも秘密(ひみつ)ぢや。070今(いま)は御(ご)神命(しんめい)に依(よ)りて言(い)ふ事(こと)が出来(でき)ませぬ……コレ鶴(つる)に、071亀(かめ)、072お前(まへ)も休(やす)みなさい。073種々(いろいろ)の事(こと)を言(い)ふではないよ』
074鶴公(つるこう)『私(わたし)はチツトも疲労(ひらう)して居(を)りませぬ。075別(べつ)に休(やす)む必要(ひつえう)も御座(ござ)いませぬから、076ゆつくりと貴方(あなた)に代(かは)つて、077亀(かめ)と二人(ふたり)が交(かは)る交(がは)る、078一切(いつさい)の大失敗(だいしつぱい)……ウン……オツトドツコイ顛末(てんまつ)を演説(えんぜつ)致(いた)しませうか』
079高姫(たかひめ)『コレコレ鶴(つる)、080亀(かめ)、081鶴(つる)は千(せん)年(ねん)、082亀(かめ)は万(まん)年(ねん)と云(い)ふ事(こと)が有(あ)るぢやないか。083鶴(つる)には千(せん)年(ねん)の間(あひだ)箝口令(かんこうれい)を布(し)く。084亀(かめ)には一万(いちまん)年(ねん)が間(あひだ)箝口令(かんこうれい)を布(し)く…』
085鶴公(つるこう)『モシ高姫(たかひめ)さま、086千(せん)年(ねん)も箝口令(かんこうれい)を布(し)かれては、087唖(おし)も同様(どうやう)ですから、088そればつかりは取消(とりけし)を願(ねが)ひます』
089高姫(たかひめ)『イヤ、090今度(こんど)の事(こと)に関(くわん)してのみ箝口令(かんこうれい)を布(し)くのだよ。091其(その)外(ほか)の事(こと)はお前(まへ)の勝手(かつて)だ。092紫(むらさき)の雲(くも)に関(くわん)した秘密(ひみつ)の件(けん)だけは言(い)うてはならない。093時節(じせつ)が来(き)たならば、094高姫(たかひめ)が皆(みな)に披露(ひろう)するから、095サア鶴(つる)、096亀(かめ)、097お前(まへ)も永(なが)らくお供(とも)をして呉(く)れて、098辛(つら)かつただらう。099二三(にさん)日(にち)、100誰(たれ)も居(を)らぬ所(とこ)へ往(い)つてユツクリと遊(あそ)びて来(き)なさい、101又(また)いろいろの事(こと)を喋舌(しやべ)ると煩雑(うるさ)いからな。102……蠑螈別(いもりわけ)さま、103魔我彦(まがひこ)さま、104それなら失礼(しつれい)致(いた)します。105どうぞユツクリ酒(さけ)でも飲(の)み、106皆(みな)さまと仲(なか)よく、107神恩(しんおん)を感謝(かんしや)して下(くだ)さい。108妾(わたし)は何(なん)だか頭痛(づつう)がして、109モウこれつきり暫(しばら)く言(い)ひませぬから』
110と襖(ふすま)を引開(ひきあ)け奥(おく)の間(ま)に力(ちから)無(な)げに進(すす)み入(い)り、111中(なか)より固(かた)く鍵(かぎ)をかけて了(しま)ひけり。
112蠑螈別(いもりわけ)『サア皆(みな)さま、113これから祭典(さいてん)を執行(しつかう)し、114終(をは)つて直会(なほらひ)の宴(えん)だ。115今日(けふ)は酒(さけ)の飲(の)み満足(たんのう)だ。116併(しか)し酒(さけ)を飲(の)むのはいいが、117酒(さけ)に呑(の)まれない様(やう)にして下(くだ)さいよ』
118甲(かふ)『蠑螈別(いもりわけ)の大将(たいしやう)、119あなたこそ何時(いつ)も酒(さけ)に呑(の)まれるでせう。120今日(けふ)はあなたから十分(じふぶん)の御(ご)警戒(けいかい)を願(ねが)ひますで。121何分(なにぶん)高姫(たかひめ)様(さま)が頭痛(づつう)を起(おこ)してお休(やす)みになつて居(を)るのだから、122あまり大(おほ)きな声(こゑ)を出(だ)しては、123お体(からだ)に障(さは)つちやなりませぬからなア』
124蠑螈別(いもりわけ)『きまつた事(こと)だ。125ソンナ事(こと)に抜(ぬ)かりの有(あ)る私(わし)だと思(おも)つて居(を)るか』
126 祭典(さいてん)は型(かた)の如(ごと)く厳粛(げんしゆく)に行(おこな)ひ了(をは)り、127一同(いちどう)は別殿(べつでん)に進(すす)み入(い)り、128直会(なほらひ)の宴(えん)に現(うつつ)を抜(ぬ)かし、129そろそろ酒(さけ)の酔(ゑい)が廻(まは)るにつれて、130喧騒(けんさう)を極(きは)め出(だ)したり。
131甲(かふ)『オイ鶴(つる)、132随分(ずゐぶん)愉快(ゆくわい)だつたらうなア。133お羨(うらや)ましい。134吾々(われわれ)もアヽ云(い)ふお供(とも)がして見(み)たいワ』
135鶴公(つるこう)『何(なに)を云(い)うても、136大(だい)飛行船(ひかうせん)に乗(の)つて、137地上(ちじやう)の森羅(しんら)万象(ばんしやう)を眼下(がんか)に見(み)くだし、138空中(くうちう)征服(せいふく)の勇者(ゆうしや)になつて、139自転倒(おのころ)島(じま)へ渡(わた)るのだもの、140実(じつ)に愉々(ゆゆ)快々(くわいくわい)、141筆紙(ひつし)の尽(つく)すべき限(かぎ)りでは無(な)かつたよ』
142甲(かふ)『立派(りつぱ)に目的(もくてき)は達(たつ)しただらうな』
143鶴公(つるこう)『勿論(もちろん)の事(こと)、144途中(とちう)に墜落(つゐらく)もなく、145立派(りつぱ)に目的地(もくてきち)に到達(たうたつ)したのだ』
146甲(かふ)『それは定(き)まつて居(ゐ)るが、147モ一(ひと)つの肝腎要(かんじんかなめ)の紫(むらさき)の雲(くも)だ。148それはどうなつたのだい』
149鶴公(つるこう)『紫(むらさき)の雲(くも)に関(くわん)する事(こと)は千(せん)年間(ねんかん)の箝口令(かんこうれい)が布(し)かれてあるから、150紫(むらさき)だけは言(い)つて呉(く)れな。151其(その)代(かは)りに玉照姫(たまてるひめ)の一件(いつけん)は、152事(こと)に依(よ)つたら報告(はうこく)してやらう。153併(しか)し乍(なが)らモウ少(すこ)し酒(さけ)が廻(まは)らぬと、154巧(うま)く言霊(ことたま)が運転(うんてん)しないワイ。155一(ひと)つ滑車(くわつしや)に油(あぶら)を注(つ)ぐのだな』
156亀公(かめこう)『コラコラ鶴公(つるこう)、157紫(むらさき)の雲(くも)に関(くわん)する事(こと)と云(い)へば、158玉照姫(たまてるひめ)の事(こと)だつて言(い)はれぬぢやないか、159箝口令(かんこうれい)を厳守(げんしゆ)せぬかい』
160鶴公(つるこう)『ナーニ、161紫(むらさき)の雲(くも)の事(こと)さへ言(い)はなかつたら良(い)いぢやないか。162皆(みな)の御(ご)連中(れんちう)が証人(しようにん)ぢや、163ナア蠑螈別(いもりわけ)さま、164高姫(たかひめ)さまはそう仰有(おつしや)つただらう』
165蠑螈別(いもりわけ)『兎(と)も角(かく)、166成功話(せいこうばなし)を言(い)つて下(くだ)さい。167皆(みな)の者(もの)が待(ま)ちに待(ま)つて居(を)つたのだ』
168亀公(かめこう)『コラコラ鶴(つる)、169滅多(めつた)の事(こと)を言(い)うではないぞ』
170鶴公(つるこう)『貴様(きさま)は酒(さけ)を喰(くら)はぬから、171生真面目(きまじめ)で仕方(しかた)がない。172融通(ゆうづう)の利(き)かぬ奴(やつ)だ。173高姫(たかひめ)様(さま)のお口(くち)からは、174アンナ事(こと)がどうしても言(い)はれぬものだから、175俺(おれ)達(たち)に代(かは)つて、176言(い)うではないぞと仰有(おつしや)つたのは、177要(えう)するに言(い)へと云(い)ふ事(こと)だよ。178別(べつ)に俺(おれ)の口(くち)で俺(おれ)が喋(しや)べるのに、179資本金(しほんきん)が要(い)るのでもなし、180国税(こくぜい)を納(をさ)める心配(しんぱい)も要(い)らぬのだから……俺(おれ)は俺(おれ)の自由(じいう)の権(けん)を発揮(はつき)するのだ』
181亀公(かめこう)『ソンナラお前(まへ)の勝手(かつて)にしたがよいワイ。182俺(おれ)だけは何処(どこ)までも沈黙(ちんもく)を守(まも)るから…』
183 鶴(つる)は酒(さけ)にグタグタに酔(よ)ひ、184傲然(ごうぜん)として肱(ひぢ)を張(は)り、
185鶴公(つるこう)『今日(けふ)の鶴公(つるこう)は、186要(えう)するに高姫(たかひめ)様(さま)の代言者(だいげんしや)ぢや。187さう心得(こころえ)て謹聴(きんちやう)しなさい、188エヘン、
189フサの国(くに)をば後(あと)にして
190雲井(くもゐ)の空(そら)を高姫(たかひめ)が
191翼(つばさ)ひろげて鶴亀(つるかめ)の
192二人(ふたり)の勇士(ゆうし)を伴(ともな)ひつ
193高山(たかやま)短山(ひきやま)下(した)に見(み)て
194大海原(おほうなばら)を打渡(うちわた)り
195自転倒(おのころ)島(じま)にゆらゆらと
196降(くだ)り着(つ)いたは由良湊(ゆらみなと)
197魔窟(まくつ)ケ原(はら)へテクテクと
198三(さん)人(にん)駒(こま)を並(なら)べつつ
199黒姫館(くろひめやかた)に立入(たちい)りて
200委細(ゐさい)の様子(やうす)を尋(たづ)ぬれば
201弥仙(みせん)の山(やま)の裾野原(すそのはら)
202賤(しづ)が伏家(ふせや)に世(よ)を忍(しの)ぶ
203豊彦(とよひこ)夫婦(ふうふ)の館(やかた)より
204色(いろ)も芽出度(めでた)き訝(いぶ)かしの
205雲(くも)立(た)ち昇(のぼ)り玉照姫(たまてるひめ)の
206神(かみ)の命(みこと)の神人(しんじん)が
207現(あら)はれました事(こと)の由(よし)
208聞(き)いたる時(とき)の嬉(うれ)しさよ
209黒姫司(くろひめつかさ)は逸早(いちはや)く
210千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の手(て)を尽(つく)し
211紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)の
212二人(ふたり)の勇士(ゆうし)に一任(いちにん)し
213玉照姫(たまてるひめ)をウラナイの
214教(をしへ)の道(みち)の本山(ほんざん)に
215迎(むか)へむものと気(き)を配(くば)り
216心(こころ)を尽(つく)す妙案(めうあん)奇策(きさく)
217どうした拍子(へうし)の瓢箪(へうたん)か
218ガラリと外(はづ)れて三五(あななひ)の
219神(かみ)の教(をしへ)の間諜(まはしもの)
220紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)は
221手(て)の掌(ひら)返(かへ)す情(なさけ)無(な)さ
222高姫司(たかひめつかさ)は青筋(あをすぢ)を
223立(た)ててカツカと怒(おこ)り出(だ)す
224高山彦(たかやまひこ)や黒姫(くろひめ)は
225ソロソロ喧嘩(けんくわ)を始(はじ)め出(だ)す
226此(この)有様(ありさま)を見(み)る俺(おれ)は
227立(た)つても坐(ゐ)ても居(を)られない
228気(き)の毒(どく)さまと申(まを)さうか
229愛想(あいさう)が尽(つ)きたと申(まを)さうか
230言(い)ふに謂(ゐ)はれぬ為体(ていたらく)
231これから奥(おく)は有(あ)るけれど
232此(こ)れより先(さき)は神界(しんかい)の
233秘密(ひみつ)ぢや程(ほど)にどうしても
234紫姫(むらさきひめ)や青彦(あをひこ)の
235誠(まこと)の様子(やうす)は話(はな)せない
236アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
237高山彦(たかやまひこ)や黒姫(くろひめ)は
238さぞ今頃(いまごろ)はブクブクと
239面(つら)を膨(ふく)らし燻(くすぶ)つて
240互(たがひ)に顔(かほ)を睨(にら)み鯛(たひ)
241目(め)を釣(つ)り腮(あご)釣(つ)り蛸(たこ)釣(つ)つて
242一悶錯(ひともんさく)の最中(さいちう)だらう
243モウモウコンナ物語(ものがたり)
244飲(の)みし酒(さけ)迄(まで)冷(ひ)えて来(く)る
245三五教(あななひけう)は日(ひ)に月(つき)に
246旭(あさひ)の豊栄昇(とよさかのぼ)るごと
247玉照姫(たまてるひめ)の神力(しんりき)で
248宇内(うだい)へ輝(かがや)き渡(わた)るだらう
249それに引換(ひきか)へウラナイの
250神(かみ)の教(をしへ)はゴテゴテと
251貧乏(びんばふ)世帯(しよたい)の夕日影(ゆふひかげ)
252段々(だんだん)影(かげ)が薄(うす)くなり
253終局(しまひ)に闇(やみ)となるで有(あ)らう
254アヽ惟神(かむながら)々々(かむながら)
255叶(かな)はぬ時(とき)の神頼(かみだの)み
256鶴公司(つるこうつかさ)の報告(はうこく)は
257先(ま)づ先(ま)づザツと此(この)通(とほ)り』
258蠑螈別(いもりわけ)『オイ鶴公(つるこう)、259真面目(まじめ)に報告(はうこく)をせないか。260ソンナ馬鹿(ばか)な事(こと)が有(あ)つて堪(たま)るものかい』
261鶴公(つるこう)『堪(たま)つても堪(たま)らいでも、262事実(じじつ)は事実(じじつ)だ』
263蠑螈別(いもりわけ)『仕方(しかた)がないなア』
264鶴公(つるこう)『エーもう此(この)鶴公(つるこう)は、265千(せん)年(ねん)の箝口令(かんこうれい)を布(し)かれて居(を)るが、266俺(おれ)の副(ふく)守護神(しゆごじん)に対(たい)しては言論(げんろん)自由(じいう)だ。267……オイ副守(ふくしゆ)の奴(やつ)、268チツと酒(さけ)ばつかり喰(くら)うて居(を)らずに発動(はつどう)せぬかい。269責任(せきにん)は副守(ふくしゆ)が負(お)ふのだよ。270……副(ふく)守護神(しゆごじん)が現(あら)はれて何(なに)から何(なに)迄(まで)包(つつ)まず隠(かく)さず知(し)らすのであるから、271鶴公司(つるこうつかさ)は何(なん)にも知(し)らず、272高姫(たかひめ)殿(どの)、273必(かなら)ず必(かなら)ず鶴公(つるこう)を恨(うら)めて下(くだ)さるなよだ、274ヒヽン』
275魔我彦(まがひこ)『サア副守(ふくしゆ)先生(せんせい)、276細(こま)かく仰有(おつしや)つて下(くだ)さいませ』
277鶴公(つるこう)『ウーン、278ウンウン、279此(この)方(はう)は鶴公(つるこう)の肉体(にくたい)を守護(しゆご)致(いた)す副(ふく)守護神(しゆごじん)のズル公(こう)であるぞよ。280併(しか)し乍(なが)ら大体(だいたい)の要領(えうりやう)は、281鶴公(つるこう)の肉体(にくたい)が申(まを)した通(とほ)り、282今回(こんくわい)の事件(じけん)は全部(ぜんぶ)高姫(たかひめ)さん一派(いつぱ)の零敗(ゼロはい)だ。283大当違(おほあてちがひ)の大失策(おほしくじり)だ。284それだから頭痛(づつう)もせないのに頭痛(づつう)がすると言(い)つて、285此(この)不利益(ふりえき)極(きは)まる報告(はうこく)を避(さ)けたのだ。286何(いづ)れ早晩(さうばん)分(わか)る事実(じじつ)だから、287隠(かく)したつて仕方(しかた)がない。288モウ、289ウラナイ教(けう)は駄目(だめ)だ。290バラモン教(けう)は間近(まぢか)まで教線(けうせん)を張(は)り、291猛烈(まうれつ)な勢(いきほひ)でやつて来(く)る。292ウラル教(けう)は又(また)もや蘇生(そせい)した様(やう)に、293此(この)フサの国(くに)を中心(ちうしん)として押寄(おしよ)せて来(き)て居(を)る。294三五教(あななひけう)も其(その)通(とほ)り。295三方(さんぱう)から敵(てき)を受(う)けて、296どうして此(この)教(をしへ)が、297拡張(くわくちやう)所(どころ)か現状(げんじやう)維持(ゐぢ)も難(むづ)かしい。298日向(ひなた)に氷(こほり)だ。299風前(ふうぜん)の灯火(ともしび)だ。300アツハヽヽヽ、301良(い)い気味(きみ)だ。302世界一(せかいいち)の黍団子(きびだんご)、303何程(なにほど)キビキビした高姫(たかひめ)の智嚢(ちなう)でも、304最早(もはや)底叩(そこたた)きだ。305底抜(そこぬ)けの大失策(だいしつさく)だ。306底抜(そこぬ)け序(ついで)に自棄酒(やけざけ)でも飲(の)み、307底抜(そこぬ)け騒(さわ)ぎをやつたがよからうぞよ。308ウーン、309ウン、310もうズル公(こう)はこれで引取(ひきと)るぞよ。311蠑螈別(いもりわけ)、312魔我彦(まがひこ)、313好(すき)な酒(さけ)でもズルズルベツタリに飲(の)みたが宜(よ)からうぞよ』
314とグレンと体(たい)をかわし、315汗(あせ)をブルブルかいて正気(しやうき)に返(かへ)つた様(やう)な姿(すがた)を装(よそほ)ひ、
316鶴公『何(なん)だか副(ふく)守護神(しゆごじん)が仰有(おつしや)つたやうですな。317何(なん)と言(い)はれました。318自分(じぶん)の口(くち)で言(い)つて自分(じぶん)の耳(みみ)へ聞(きこ)えぬのだから、319大変(たいへん)に不便利(ふべんり)だ。320知覚(ちかく)精神(せいしん)を忘却(ばうきやく)し、321大死(たいし)一番(いちばん)の境(きやう)に立(た)ち、322感覚(かんかく)を蕩尽(たうじん)し、323意念(いねん)を断滅(だんめつ)して、324仮死(かし)状態(じやうたい)になつて居(ゐ)たものだから、325言(い)うた事(こと)がトンと分(わか)らない。326…鶴公(つるこう)は何(なに)も知(し)らぬぞよ。327高姫(たかひめ)の先生(せんせい)殿(どの)、328屹度(きつと)鶴公(つるこう)を叱(しか)つて下(くだ)さるなよ。329守護神(しゆごじん)が口(くち)を借(か)つた許(ばか)りであるぞよ』
330甲(かふ)『アハヽヽヽ、331何(なに)は兎(と)もあれ、332貴様(きさま)は知(し)らな知(し)らぬでよいワ。333副(ふく)守護神(しゆごじん)の奴(やつ)、334鶴公(つるこう)が全部(ぜんぶ)言(い)つた通(とほ)りだと証明(しようめい)したよ。335ヤツパリ鶴公(つるこう)の肉体(にくたい)に責任(せきにん)があるのだ。336…モシモシ蠑螈別(いもりわけ)さま、337一寸先(いつすんさき)や暗(やみ)の夜(よ)だ。338飲(の)めよ騒(さわ)げよと、339ウラル教(けう)もどきに乱痴気(らんちき)騒(さわ)ぎでもやりませうかい。340チツト位(くらゐ)乱暴(らんばう)したつて、341劫腹(ごふばら)癒(い)やしだ。342今日(けふ)に限(かぎ)つて、343高姫(たかひめ)さまだつて、344失敗(しつぱい)して帰(かへ)つて来(き)て、345吾々(われわれ)に荘重(さうちよう)な口調(くてう)を以(もつ)て、346戒告(かいこく)を与(あた)へる事(こと)は出来(でき)ますまい』
347亀公(かめこう)『今(いま)鶴公(つるこう)の肉体(にくたい)の言(い)つた事(こと)も、348ズル公(こう)の副守(ふくしゆ)の言(い)つた事(こと)も、349全然(ぜんぶ)反対(はんたい)だ。350お前(まへ)達(たち)を驚(おどろ)かさうと思(おも)つて、351アンナ芝居(しばゐ)をやりよつたのだ。352鶴(つる)位(ぐらゐ)の知(し)つた事(こと)かい。353本当(ほんたう)の事(こと)は此(この)亀公(かめこう)が脳裡(なうり)に秘(ひ)め隠(かく)してあるのだ。354鶴(つる)と云(い)ふ奴(やつ)ア、355ツルツルと口(くち)が辷(すべ)るから本当(ほんたう)の事(こと)は知(し)らしてないのだよ。356屹度(きつと)一道(いちだう)の光明(くわうみやう)がウラナイ教(けう)の上(うへ)に輝(かがや)いて居(を)るのだから、357さう気投(きな)げをするものぢやない。358千秋(せんしう)万歳楽(ばんざいらく)の鶴亀(つるかめ)の齢(よはひ)と共(とも)に、359天(あま)の岩戸(いはと)は立派(りつぱ)に開(ひら)けて日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)の御(ご)守護(しゆご)の世(よ)となるのだ。360闇(やみ)の後(あと)には月(つき)が出(で)る。361夜(よる)が過(す)ぐれば日(ひ)の出(で)となるのは、362天地(てんち)の真理(しんり)だ。363暗中(あんちう)明(めい)あり、364明中(めいちう)暗(あん)あり、365明暗(めいあん)交々(こもごも)代(かは)り行(ゆ)くは、366所謂(いはゆる)神(かみ)の摂理(せつり)だ。367人(ひと)は得意(とくい)の時(とき)に屹度(きつと)失望(しつばう)落胆(らくたん)の種(たね)を蒔(ま)き、368不遇(ふぐう)の境遇(きやうぐう)に有(あ)る時(とき)、369屹度(きつと)光明(くわうみやう)幸福(かうふく)の因(いん)を培(つちか)ひ養(やしな)ふものだ。370何時(いつ)も昼(ひる)ばつかり有(あ)るものぢやない、371又(また)暗黒(あんこく)な夜(よ)ばかりでもない。372善悪(ぜんあく)不二(ふじ)、373吉凶(きつきよう)同根(どうこん)、374明暗(めいあん)一如(いちによ)、375禍福(くわふく)一途(いちづ)、376大楽観(だいらくくわん)の中(なか)に大苦観(だいくくわん)あり、377大苦観(だいくくわん)の中(なか)に大楽観(だいらくくわん)あり、378天国(てんごく)に地獄(ぢごく)交(まじ)はり、379地獄(ぢごく)に天国(てんごく)現(あら)はる。380有耶(うや)無耶(むや)の世(よ)の中(なか)だ。381マアマア心配(しんぱい)するな。382コンナ結構(けつこう)な事(こと)は無(な)いのだよ。383人(ひと)は心(こころ)の持様(もちやう)一(ひと)つだ。384ドンナ苦(くる)しい事(こと)でも、385観念(かんねん)一(ひと)つで大歓楽(だいくわんらく)と忽(たちま)ち一変(いつぺん)する世(よ)の中(なか)だ。386吁(あゝ)惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
387と拍手(はくしゆ)し、388祈願(きぐわん)を凝(こ)らして居(を)る。389高姫(たかひめ)は此(この)場(ば)に手拭(てぬぐひ)にて鉢巻(はちまき)し乍(なが)ら、390ノコノコと現(あら)はれ来(きた)り、
391高姫『ヤア皆(みな)さま、392お元気(げんき)な事(こと)、393親(おや)の心(こころ)は子(こ)知(し)らず、394神(かみ)の心(こころ)は人間(にんげん)知(し)らず。395あなた方(がた)は実(じつ)に羨(うらや)ましいお身分(みぶん)だ。396妾(わたし)も半時(はんとき)なりとあなた方(がた)の様(やう)な気分(きぶん)になつて見(み)たいワ』
397魔我彦(まがひこ)『何分(なにぶん)に重大(ぢうだい)なる責任(せきにん)を負担(ふたん)して御座(ござ)る貴女(あなた)の事(こと)ですから、398御(ご)心中(しんちう)を御(お)察(さつ)し申(まを)します。399今回(こんくわい)の遠路(ゑんろ)の御(ご)旅行(りよかう)、400さぞさぞお疲(つか)れで御座(ござ)いませう。401それに就(つ)いても言(い)ふに謂(ゐ)はれぬ御(ご)苦心(くしん)が有(あ)つた様(やう)です。402玉照姫(たまてるひめ)は到頭(たうとう)三五教(あななひけう)に取(と)られて了(しま)つた様(やう)ですなア』
403高姫(たかひめ)『エー、404それは誰(た)れが言(い)つたのかなア』
405魔我彦(まがひこ)『ズル公(こう)が詳細(しやうさい)に報告(はうこく)を致(いた)しました。406併(しか)し乍(なが)ら失敗(しつぱい)は成功(せいこう)の基(もと)、407失敗(しつぱい)が無(な)くては経験(けいけん)が積(つ)みませぬ。408即(すなは)ち万世(ばんせい)に残(のこ)る大偉業(だいゐげふ)は七転(ななころ)び八起(やお)きと云(い)うて、409幾度(いくど)も失敗(しつぱい)を重(かさ)ね、410鍛(きた)へ上(あ)げねば駄目(だめ)ですよ。411イヤもう御(ご)心中(しんちう)お察(さつ)し申(まを)します』
412高姫(たかひめ)『ヤアこれだけ沢山(たくさん)な宣伝使(せんでんし)や信者(しんじや)がある中(なか)に、413妾(わし)の苦衷(くちゆう)を察(さつ)して呉(く)れる者(もの)はお前(まへ)だけだ、414アヽ妾(わし)もこれで死(し)ンでも得心(とくしん)だ。415千歳(せんざい)の後(のち)に一人(ひとり)の知己(ちき)を得(え)れば満足(まんぞく)だと覚悟(かくご)して居(ゐ)たが、416現在(げんざい)此処(ここ)に一人(ひとり)の知己(ちき)を得(え)たか、417アヽ有難(ありがた)や、418これと云(い)ふのもウラナイ教(けう)の神(かみ)様(さま)のお蔭(かげ)…』
419鶴公(つるこう)『知己(ちき)を得(え)ましたか。420千歳(せんざい)の後(のち)で無(な)くて今(いま)チキに妙(めう)チキチンのチンチキチン、421心(こころ)の曲(まが)つた魔我彦(まがひこ)が共鳴(きようめい)しましたのは、422実(じつ)に上下(じやうげ)一致(いつち)天地(てんち)合体(がつたい)の象徴(しやうちやう)でせう。423併(しか)しこれは鶴公(つるこう)の肉体(にくたい)に守護(しゆご)致(いた)すズル公(こう)の託宣(たくせん)ですから、424決(けつ)して鶴公(つるこう)に怒(おこ)つては下(くだ)さるなよ。425…神(かみ)は物(もの)は言(い)はなンだが、426時節(じせつ)参(まゐ)りて鶴公(つるこう)の口(くち)を藉(か)りて委細(ゐさい)の事(こと)を説(と)いて聞(き)かすぞよ。427ウンウンウン、428ドスン……アーア又(また)何(なん)だか憑依(ひようい)しよつたな。429イヤ副守(ふくしゆ)の奴(やつ)発動(はつどう)したと見(み)える。430飛行機(ひかうき)に乗(の)つて空中(くうちう)を征服(せいふく)し乍(なが)ら、431意気(いき)揚々(やうやう)とやつて居(を)つたと思(おも)へば、432俄(にはか)の暴風(ばうふう)に翼(よく)を煽(あふ)られ、433地上(ちじやう)目蒐(めが)けて真(ま)つ逆様(さかさま)に顛落(てんらく)せしと思(おも)ひきや、434ウラナイ教(けう)の本山(ほんざん)、435八咫(やあた)の大広間(おほひろま)の酒宴(しゆえん)の場席(ばせき)、436アーア助(たす)かつた助(たす)かつた』
437高姫(たかひめ)『コレコレ鶴公(つるこう)、438ソンナ偽神術(ぎしんじゆつ)をやつたつて、439此(この)高姫(たかひめ)はチヤンと審神(さには)をして居(ゐ)ますよ。440お前(まへ)は余程(よほど)卑怯者(ひけふもの)だ。441残(のこ)らず責任(せきにん)を副(ふく)守護神(しゆごじん)に転嫁(てんか)せうとするのだナ』
442鶴公(つるこう)『イエイエ決(けつ)して決(けつ)して、443臍下(さいか)丹田(たんでん)に割拠(かつきよ)する副守(ふくしゆ)の発動(はつどう)です。444どうぞ此(この)副守(ふくしゆ)を何(なん)とかして追(お)ひ出(だ)して下(くだ)さいな』
445高姫(たかひめ)『蠑螈別(いもりわけ)さま、446魔我彦(まがひこ)さま、447鶴公(つるこう)の臍下(さいか)丹田(たんでん)に割拠(かつきよ)する副守(ふくしゆ)の奴(やつ)、448此(この)短刀(たんたう)を貸(か)してあげるから、449剔(えぐ)り出(だ)してやつて下(くだ)さい。450鶴公(つるこう)の願(ねが)ひだから……ナア鶴公(つるこう)、451チツトは痛(いた)くつても辛抱(しんばう)するのだよ。452苦(く)の後(あと)には楽(らく)がある。453死(し)ぬのは生(うま)れるのだ。454生(うま)れるのは墓場(はかば)へ近寄(ちかよ)るのだ。455仮令(たとへ)死(し)ンだ所(ところ)で、456やがて新(あたら)しくなるのだからナア、457ヒヽヽヽ』
458鶴公(つるこう)『モシモシ高姫(たかひめ)さま、459そンなことせなくつても、460副守(ふくしゆ)は飛(と)ンで出(で)ますよ。461ウンウンウン……ソレ、462もう飛(と)ンで出(で)ました。463ア、464もう此(この)ズル公(こう)は鶴公(つるこう)の肉体(にくたい)には居(を)らぬぞよ』
465魔我彦(まがひこ)『馬鹿(ばか)にするない。466飛(と)ンで出(で)たと言(い)つてからまだ……此(この)肉体(にくたい)には居(を)らぬぞよ……とは誰(たれ)が言(い)つたのだ。467ヤツパリ副守(ふくしゆ)が居(を)つて貴様(きさま)の口(くち)を使(つか)つたのだらう。468肉体(にくたい)を離(はな)れた奴(やつ)が貴様(きさま)の肉体(にくたい)を使(つか)つて腹(はら)の中(なか)から声(こゑ)を出(だ)すと云(い)ふ理由(りいう)が有(あ)るか』
469鶴公(つるこう)『これは副(ふく)守護神(しゆごじん)の言霊(ことたま)の惰力(だりよく)だ。470どうぞ半時(はんとき)ばかり待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さい』
471 斯(か)かる所(ところ)へ又(また)もや一隻(いつせき)の飛行船(ひかうせん)天(てん)を轟(とどろ)かし、472庭前(ていぜん)に下(お)り来(きた)る。
473鶴公(つるこう)『あの物音(ものおと)は敵(てき)か、474味方(みかた)か。475紫姫(むらさきひめ)、476青彦(あをひこ)、477玉照姫(たまてるひめ)を捧持(ほうぢ)してウラナイ教(けう)に献納(けんなふ)に来(き)たのか。478但(ただし)は高山彦(たかやまひこ)、479黒姫(くろひめ)、480悄然(せうぜん)として泣(な)き面(づら)かわき帰(かへ)つて来(き)たのか。481……ヤアヤア者共(ものども)、482一刻(いつこく)も早(はや)く表(おもて)へ駆(か)け出(だ)し、483実否(じつぴ)を調(しら)べて参(まゐ)れ。484世界(せかい)見(み)え透(す)く日(ひ)の出神(でのかみ)が、485鶴公(つるこう)の肉体(にくたい)を借(か)りて申付(まをしつ)けるぞよ』
486亀公(かめこう)『何(なに)を言(い)うのだ。487日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)は世界中(せかいぢう)見(み)え透(す)き遊(あそ)ばすのだが、488門口(かどぐち)へ出(で)て来(き)た者(もの)が敵(てき)か味方(みかた)か分(わか)らぬと云(い)ふ様(やう)な、489日(ひ)の出神(でのかみ)が有(あ)るものかい』
490鶴公(つるこう)『ウラナイ教(けう)に憑依(ひようい)する日(ひ)の出神(でのかみ)は、491先(ま)づ此(この)位(くらゐ)な程度(ていど)だよ、492イヒヽヽヽ』
493亀公(かめこう)『誠(まこと)の日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)の高姫(たかひめ)さまの御(おん)前(まへ)だぞ。494チツトは遠慮(ゑんりよ)を致(いた)さぬかい』
495鶴公(つるこう)『モシモシ本当(ほんたう)の日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)、496高姫(たかひめ)さま、497貴女(あなた)はジツとして、498世界中(せかいぢう)の事(こと)が見(み)え透(す)く御(おん)身霊(みたま)、499表(おもて)へ下(くだ)つて来(き)た飛行船(ひかうせん)の主(ぬし)は敵(てき)で御座(ござ)いますか、500味方(みかた)で御座(ござ)いますか、501どうぞお知(し)らせ下(くだ)さいませ。502これがよい審神(さには)のし時(どき)ぢや。503これが分(わか)らぬよな事(こと)では、504日(ひ)の出神(でのかみ)さまも良(い)い加減(かげん)なものですよ。505貴女(あなた)の信用(しんよう)を回復(くわいふく)し……否(いな)御(ご)威徳(ゐとく)を顕彰(けんしやう)するのは、506今(いま)を措(お)いて他(ほか)にありませぬ。507サア此(この)一瞬間(いつしゆんかん)が貴女(あなた)に対(たい)し、508ウラナイ教(けう)に対(たい)し、509国家(こくか)興亡(こうばう)の分(わか)るる所(ところ)、510明(あきら)かに命中(めいちう)させて、511一同(いちどう)の胆玉(きもたま)を取(と)り挫(ひし)ぎ、512疑惑(ぎわく)を晴(は)らしてやつて下(くだ)さい』
513高姫(たかひめ)『コレコレ鶴公(つるこう)、514一歩(ひとあし)出(で)れば分(わか)る事(こと)ぢやないか。515お前(まへ)は大(だい)それた、516神(かみ)を審神(さには)せうとするのかい。517ソンナ逆様事(さかさまごと)が何処(どこ)に有(あ)るものか。518恰度(ちやうど)学校(がくかう)の生徒(せいと)が校長(かうちやう)の学力(がくりよく)を試験(しけん)するよなものだ。519ソンナ天地(てんち)の転倒(ひつくりかへ)つた事(こと)が何処(どこ)に有(あ)りますか。520心得(こころえ)なされツ』
521鶴公(つるこう)『これは誠(まこと)に済(す)みませぬ。522併(しか)し乍(なが)ら、523私(わたくし)も実(じつ)は今回(こんくわい)の貴女(あなた)の大失敗(だいしつぱい)を回復(くわいふく)させ、524帰依心(きえしん)を増(ま)さしめむが為(ため)の、525血涙(けつるい)を呑(の)みての忠告(ちうこく)ですから、526悪(わる)く思(おも)つて下(くだ)さつてはなりませぬ』
527 高姫(たかひめ)、528心(こころ)の中(うち)に、
529高姫『今(いま)来(き)た人(ひと)は何(なに)して居(ゐ)るのかなア、530早(はや)く此処(ここ)へ来(き)て呉(く)れれば良(よ)いのに……』
531鶴公(つるこう)『高姫(たかひめ)さま、532スツタ揉(も)ンだと掛合(かけあ)つとる間(うち)に、533やがて誰(たれ)か這入(はい)つて来(き)ませう。534さうすればヤツと胸(むね)撫(な)でおろし、535虎口(ここう)を遁(のが)れたと、536一安心(ひとあんしん)する人(ひと)が、537どつかに一人(ひとり)現(あら)はれさうですよ』
538 高姫(たかひめ)チツトでも暇(ひま)をいれようと考(かんが)へて居(を)る。539外(そと)には高山彦(たかやまひこ)、540黒姫(くろひめ)、541寅若(とらわか)、542菊若(きくわか)、543富彦(とみひこ)の五人(ごにん)連(づ)れ、544傷(きず)持(も)つ足(あし)の何(なん)となく屋内(をくない)に進(すす)みかね、545モヂモヂとして入(い)りがてに居(ゐ)る。
546黒姫(くろひめ)『アヽ誰(たれ)か来(き)て呉(く)れさうなものだなア。547何時(いつ)もの様(やう)に堂々(だうだう)と……何(なん)だか今日(けふ)は閾(しきゐ)が高(たか)くて這入(はい)れない様(やう)な気(き)がする……オイ寅若(とらわか)、548お前(まへ)這入(はい)つて下(くだ)さいな』
549寅若(とらわか)『此奴(こいつ)ア一(ひと)つ低気圧(ていきあつ)が襲来(しふらい)しますよ。550ウツカリ這入(はい)らうものなら、551暴風雨(ばうふうう)の為(ため)に何処(どこ)へ吹(ふ)き散(ち)らされるか分(わか)つたものぢや有(あ)りませぬ。552私(わたくし)の様(やう)に横平(よこひら)たい図体(づうたい)の者(もの)は、553風(かぜ)が能(よ)く当(あた)つて散(ち)り易(やす)いから、554斯(こ)う云(い)ふ時(とき)にはお誂(あつら)ひ向(むき)の細長(ほそなが)い、555風(かぜ)を啣(ふく)まぬ、556帆柱竹(ほばしらだけ)の様(やう)な高山彦(たかやまひこ)さまが適任(てきにん)でせう』
557黒姫(くろひめ)『エー一寸(ちよつと)も自由(じいう)にならぬ人(ひと)だな。558なぜお前(まへ)はそれ程(ほど)師匠(ししやう)の言(い)ふ事(こと)を用(もち)ひぬのだい』
559寅若(とらわか)『ヘン、560師匠(ししやう)なぞと、561殊勝(しゆしよう)らしい事(こと)を仰有(おつしや)いますワイ。562失笑(しつせう)せざるを得(え)ませぬワ。563今(いま)までは乞食(こじき)の虱(しらみ)の様(やう)に口(くち)で殺(ころ)して御座(ござ)つたが、564今度(こんど)の失敗(しつぱい)はどうです。565吾々(われわれ)の顔(かほ)までが、566何(なん)ともなしに痩(や)せた様(やう)な気(き)が致(いた)しますワイ。567これと云(い)ふも全(まつた)く、568お前(まへ)さまが出(だ)しやばるからだ。569それだから牝鶏(めんどり)の唄(うた)ふ家(うち)は碌(ろく)な事(こと)が出来(でき)ぬと言(い)ひませうがな。570此(この)役目(やくめ)は大責任(だいせきにん)の地位(ちゐ)に立(た)たせられる黒姫(くろひめ)さまの直接(ちよくせつ)任務(にんむ)だ。571外(ほか)の事(こと)なら二(ふた)つ返辞(へんじ)で承(うけたま)はりませうが、572こればつかりは真(ま)つ平(ぴら)御免(ごめん)だ。573お生憎(あいにく)様(さま)……』
574と白(しろ)い歯(は)を喰(く)ひ締(し)め、575腮(あご)をしやくつて見(み)せたり。
576黒姫(くろひめ)『エー剛情(がうじやう)な男(をとこ)だナア。577一旦(いつたん)師匠(ししやう)と仰(あふ)いだら、578何(なん)でも彼(かん)でも盲従(まうじゆう)するのが弟子(でし)の道(みち)だ。579師匠(ししやう)や親(おや)は無理(むり)を云(い)ふものだと思(おも)ひなされと、580常々(つねづね)云(い)うて聞(き)かして有(あ)るぢやないか。581何事(なにごと)に依(よ)らず、582絶対(ぜつたい)服従(ふくじゆう)を誓(ちか)つたお前(まへ)ぢやないか。583モウお前(まへ)は今日(けふ)限(かぎ)り、584師弟(してい)の縁(えん)を切(き)るから、585さう思(おも)ひなさい』
586寅若(とらわか)『トラ、587ワカらぬ事(こと)を仰有(おつしや)いますな。588宇治(うぢ)の橋姫(はしひめ)ぢやないが、589二(ふた)つ目(め)には縁(えん)を切(き)るの、590封(ふう)を切(き)るのと、591口癖(くちぐせ)の様(やう)に……馬鹿(ばか)々々(ばか)しい。592実(じつ)の所(ところ)は此方(こちら)から切(き)りたい位(くらゐ)だ。593アツハヽヽヽ』
594菊若(きくわか)『モシモシ黒姫(くろひめ)さま、595私(わたくし)は何時(いつ)も申(まを)す通(とほ)り、596善悪(ぜんあく)邪正(じやせい)の外(ほか)に超越(てうゑつ)し、597絶対(ぜつたい)信仰(しんかう)を以(もつ)て貴女(あなた)の仰(あふ)せは、598徹頭(てつとう)徹尾(てつび)キク若(わか)だ。599オイ富彦(とみひこ)、600俺(おれ)と一緒(いつしよ)に出(で)て来(こ)い。601何時(いつ)まで閾(しきゐ)が高(たか)いと言(い)つて、602物貰(ものもら)ひの様(やう)に門口(かどぐち)に立(た)つて居(ゐ)たところで、603解決(かいけつ)がつかない。604常(つね)よりも大股(おほまた)に跨(また)げて這入(はい)らうぢやないか、605黒姫(くろひめ)さまばつかりの失敗(しつぱい)ぢやない。606総監督(そうかんとく)の任(にん)に当(あた)る高姫(たかひめ)さまも、607其(その)責(せめ)を負(お)ふべきものだ。608先(さき)んずれば人(ひと)を制(せい)すだ。609ナニ構(かま)ふものか、610堂々(だうだう)と這入(はい)つてやらうかい』
611と菊若(きくわか)はワザと大(おほ)きな咳払(せきばらひ)をなし、612富彦(とみひこ)を従(したが)へ、613大手(おほて)を揮(ふ)つて、614人声(ひとごゑ)のする八咫(やあた)の大広間(おほひろま)へ向(むか)つて進(すす)み行(ゆ)く。
615菊若(きくわか)『これはこれは高姫(たかひめ)様(さま)、616御(ご)無事(ぶじ)で御(ご)帰館(きくわん)遊(あそ)ばされまして、617お芽出(めで)たう存(ぞん)じます』
618高姫(たかひめ)『此(この)日(ひ)の出神(でのかみ)が霊眼(れいがん)で見(み)た通(とほ)り、619お前(まへ)は黒姫(くろひめ)のお使(つかい)で、620飛行船(ひかうせん)に乗(の)つて遠方(ゑんぱう)ご苦労(くらう)だつたなア。621あア見(み)えても高山彦(たかやまひこ)、622黒姫(くろひめ)さまも大抵(たいてい)ぢやない。623非常(ひじやう)な御(ご)苦心(くしん)だ。624何事(なにごと)も時節(じせつ)には敵(かな)はぬから、625お前(まへ)が帰(かへ)つたら、626どうぞ慰(なぐさ)めて上(あ)げて下(くだ)さいよ。627妾(わし)もつい腹(はら)が立(た)つて、628怒(おこ)つて帰(かへ)るは帰(かへ)つたものの、629何(なん)だか黒姫(くろひめ)さまの事(こと)が気(き)になつて、630後(うし)ろ髪(がみ)曳(ひ)かるる様(やう)な気(き)がしてならなかつた。631アヽ可哀相(かはいさう)に……魔窟(まくつ)ケ原(はら)の陰気(いんき)な岩窟(いはや)で、632黒姫(くろひめ)さまも第二(だいに)の作戦(さくせん)計画(けいくわく)をして御座(ござ)るであらう』
633菊若(きくわか)『イエ、634黒姫(くろひめ)さま始(はじ)め、635高山彦(たかやまひこ)、636寅若(とらわか)も、637今(いま)門前(もんぜん)へ飛来(ひらい)致(いた)しまして、638余(あま)り貴方(あなた)に会(あ)はす顔(かほ)がないので、639門口(かどぐち)にモガモガと手持(てもち)無沙汰(ぶさた)で、640這入(はい)るにも這入(はい)られず、641帰(かへ)るにも帰(かへ)られぬと言(い)つて、642煩悶(はんもん)苦悩(くなう)の自由(じいう)権利(けんり)を極端(きよくたん)に発揮(はつき)して居(を)られます』
643高姫(たかひめ)『アヽさうだらうさうだらう、644妾(わし)の見(み)たのは黒姫(くろひめ)さまの本(ほん)守護神(しゆごじん)だつた。645本(ほん)守護神(しゆごじん)は依然(いぜん)として岩窟(いはや)に止(とど)まつて居(ゐ)られる。646副守(ふくしゆ)の先生(せんせい)肉体(にくたい)をひつぱつて来(き)たのだな。647何分(なにぶん)顕幽(けんいう)を超越(てうゑつ)して居(を)る天眼通(てんがんつう)だから、648ツイ軽率(けいそつ)に見誤(みあやま)つたのだ。649霊眼(れいがん)と云(い)ふものは余程(よほど)注意(ちうい)をせなならぬものだ、650ホツホヽヽヽ』
651鶴公(つるこう)『高姫(たかひめ)さま、652貴方(あなた)の霊眼(れいがん)は実(じつ)に重宝(ちようほう)ですなア。653活殺(くわつさつ)自在(じざい)、654実(じつ)に一分(いちぶ)一厘(いちりん)の隙(すき)も有(あ)りませぬワ。655さうなくては一方(いつぱう)の将(しやう)として、656多数(たすう)を率(ひき)ゐる事(こと)は出来(でき)ませぬワイ。657イヤもう貴方(あなた)の神智(しんち)神識(しんしき)には……否(いな)邪智(じやち)頑識(ぐわんしき)には、658実(じつ)に感服(かんぷく)の外(ほか)なしで御座(ござ)います』
659高姫(たかひめ)『エーつべこべ何(なに)理屈(りくつ)を仰有(おつしや)る。660神界(しんかい)の事(こと)が物質(ぶつしつ)かぶれのお前(まへ)に分(わか)つて堪(たま)るものか。661斯(こ)うして幾十(いくじふ)年(ねん)も神界(しんかい)の為(ため)に尽(つく)して居(を)る妾(わたし)でさへも、662あまり奥(おく)が深(ふか)うてまだ其(その)蘊奥(うんあう)を究(きは)めて居(ゐ)ない位(くらゐ)だのに、663僅(わづ)か十(じふ)年(ねん)足(た)らずの入信者(にふしんじや)が分(わか)つてたまるものか……誠(まこと)が分(わか)りたら、664口(くち)をつまへて黙(だま)りて居(を)つて、665改心(かいしん)致(いた)さなならぬ様(やう)になるぞよ。666ゴテゴテと喋舌(しやべ)りたい間(あひだ)は、667誠(まこと)の改心(かいしん)が出来(でき)て居(を)らぬのであるぞよ。668一(いち)時(じ)も早(はや)く改心(かいしん)致(いた)して、669うぶの心(こころ)になりて、670誠(まこと)の御用(ごよう)を致(いた)して下(くだ)されよ……と変性(へんじやう)男子(なんし)のお筆先(ふでさき)にチヤンと書(か)いて有(あ)るぢやないか。671筆先(ふでさき)の読(よ)みよが足(た)らぬと、672そンな屁理屈(へりくつ)を言(い)はねばならぬ。673神(かみ)の道(みち)は理屈(りくつ)では可(い)けませぬぞエ。674絶対(ぜつたい)服従(ふくじゆう)、675帰依心(きえしん)、676帰依道(きえだう)、677帰依師(きえし)でなければ信仰(しんかう)の鍵(かぎ)は握(にぎ)れませぬぞエ』
678鶴公(つるこう)『二(ふた)つ目(め)にはよい避難所(ひなんじよ)を見(み)つけられますなア。679鍵(かぎ)が握(にぎ)れぬなぞと、680うまく仰有(おつしや)いますワイ。681鶴公(つるこう)の名論(めいろん)卓説(たくせつ)を握(にぎ)り潰(つぶ)すと云(い)ふ心算(しんざん)でせう』
682高姫(たかひめ)『きまつた事(こと)だ。683古参者(こさんもの)の吾々(われわれ)に、684新参(しんざん)のお前(まへ)たちが、685太刀打(たちうち)しようと思(おも)つたつてそりや駄目(だめ)だ。686駄目(だめ)の事(こと)は言(い)はぬが宜(よろ)しい。687あつたら口(くち)に風(かぜ)引(ひ)かすよなものだ。688何時(いつ)までもツルツルと理屈(りくつ)を仰有(おつしや)るなら、689モウ神(かみ)のツルを切(き)らうか』
690鶴公(つるこう)『ツルなつと、691カメなつと、692縁(えん)なつとお切(き)りなさい。693三五教(あななひけう)もウラナイ教(けう)も奉斎(ほうさい)主神(しゆしん)は同(をんな)じ事(こと)だもの。694私(わたくし)は神(かみ)さまと直接(ちよくせつ)交渉(かうせふ)致(いた)します。695人(ひと)を力(ちから)にするな、696師匠(ししやう)を杖(つゑ)につくなと、697三五教(あななひけう)もどきに貴女(あなた)も始終(しじう)仰有(おつしや)つたぢやありませぬか。698嘘(うそ)を吐(つ)く師匠(ししやう)を杖(つゑ)に突(つ)くと云(い)ふ事(こと)は、699熟々(つくづく)考(かんが)へて見(み)ればみる程(ほど)厭(いや)になつて来(き)ましたワイ。700何(いづ)れ私(わたくし)が脱退(だつたい)すれば、701千匹猿(せんびきざる)の様(やう)に、702喧(やかま)し屋(や)の革新派(かくしんは)が従(つ)いて来(く)るでせう。703さうすればウラナイ教(けう)もシーンとして、704世間(せけん)から見(み)て、705大(おほ)きな館(やかた)で沢山(たくさん)人(ひと)が居(ゐ)る様(やう)だがナンした静(しづ)かな所(ところ)ぢやと、706世間(せけん)から申(まを)す様(やう)になるぞよ。707さうでなければ誠(まこと)が開(ひら)けぬぞよと日(ひ)の出神(でのかみ)のお筆先(ふでさき)にも出(で)て居(ゐ)る通(とほ)り、708貴方(あなた)も御(ご)本望(ほんもう)でせう。709筆先(ふでさき)の実地(じつち)証明(しようめい)が出来(でき)て、710日(ひ)の出神(でのかみ)の生宮(いきみや)の御(ご)威勢(ゐせい)は益々(ますます)揚(あが)り、711旭日(きよくじつ)昇天(しようてん)のウラナイ教(けう)となりませう』
712高姫(たかひめ)『コレ鶴公(つるこう)、713よう物(もの)を考(かんが)へて見(み)なさいや、714ソンナ浅薄(せんぱく)な仕組(しぐみ)ぢや有(あ)りませぬぞエ。715お前(まへ)はチツトばかり青表紙(あをべうし)や、716蟹文字(かにもんじ)を噛(かぢ)つて居(ゐ)るから、717仕末(しまつ)にをへぬ。718マアマア時節(じせつ)を待(ま)ちなさい。719枯木(かれき)にも花(はな)咲(さ)く時(とき)が来(く)る。720後(あと)になつて、721アーアあの時(とき)に短気(たんき)を起(おこ)さなかつたらよかつたにと、722地団駄(ぢだんだ)踏(ふ)みてジリジリ悶(もだ)えをしてもあきませぬぞエ。723よう胸(むね)に手(て)を当(あて)て心(こころ)と相談(さうだん)をして見(み)なさい』
724鶴公(つるこう)『ヤツパリ、725私(わたくし)の様(やう)なプロテスタントにも未練(みれん)がかかりますかなア』
726高姫(たかひめ)『プロテスタント派(は)だから余計(よけい)可愛(かあい)のだ。727敵(てき)を愛(あい)せよと神(かみ)様(さま)は仰有(おつしや)る。728改心(かいしん)の出来(でき)ぬ悪人(あくにん)程(ほど)、729妾(わたし)は可愛(かあい)いのだ。730不具(ふぐ)な子(こ)程(ほど)親(おや)は余計(よけい)憐(あは)れみを加(くは)へたがる様(やう)に、731神(かみ)様(さま)の御(ご)慈愛(じあい)と云(い)ふものは、732親(おや)が子(こ)を思(おも)ふと同(おな)じ事(こと)だ』
733鶴公(つるこう)『アヽ仕方(しかた)がない。734流石(さすが)は高姫(たかひめ)さまだ。735チツトも攻撃(こうげき)の出来(でき)ない様(やう)に、736何時(いつ)の間(ま)にか鉄条網(てつでうまう)を張(は)つて了(しま)つた』
737高姫(たかひめ)『早(はや)く黒姫(くろひめ)さまを此方(こちら)へお迎(むか)へして来(こ)ないか。738コレコレ亀公(かめこう)、739黒姫(くろひめ)さま一同(いちどう)にどうぞお這入(はい)りなさいませと言(い)つて、740御(ご)案内(あんない)を申(まを)してお出(い)で……』
741亀公(かめこう)『承知(しようち)致(いた)しました』
742鶴公(つるこう)『オイ亀公(かめこう)、743鶴(つる)と亀(かめ)とは配合物(つきもん)だ。744俺(おれ)も従(つ)いて往(い)かう』
745亀公(かめこう)『ヤアお前(まへ)が来(く)ると又(また)難問題(なんもんだい)が突発(とつぱつ)すると仲裁(ちうさい)に困(こま)るから、746マア控(ひか)へとつて呉(く)れ』
747鶴公(つるこう)『ナーニ、748鶴(つる)と亀(かめ)と揃(そろ)うてゆけば、749鶴亀(くわくき)凛々(りんりん)だ。750活機(くわつき)臨々(りんりん)として高姫(たかひめ)の御(ご)威勢(ゐせい)は、751天(てん)より高(たか)く輝(かがや)き亘(わた)り、752大空(おほぞら)に塞(ふさ)がる黒姫(くろひめ)……オツトドツコイ黒雲(くろくも)は、753高山彦(たかやまひこ)のイホリを掻(か)き分(わ)けて、754天津(あまつ)日(ひ)の出神(でのかみ)の御(ご)守護(しゆご)となるに定(きま)つて居(を)る。755それは此(この)鶴公(つるこう)が鶴証(くわくせう)するよ。756アハヽヽヽ』
757高姫(たかひめ)『コレコレ鶴公(つるこう)、758お前(まへ)は此処(ここ)に待(ま)つて居(ゐ)なさい。759亀公(かめこう)一人(ひとり)で結構(けつこう)だ』
760鶴公(つるこう)『これは高姫(たかひめ)さまのお言葉(ことば)とも覚(おぼ)えませぬ。761折角(せつかく)遠方(ゑんぱう)からお出(い)でになつたのに、762亀公(かめこう)一人(ひとり)を出(だ)しては、763チツト不待遇(ふたいぐう)ぢや有(あ)りませぬか。764鶴亀(つるかめ)の揃(そろ)はぬのは、765あまりお芽出(めで)たうは有(あ)りますまいぞ。766併(しか)し乍(なが)ら高姫(たかひめ)様(さま)は芽出(めで)たい様(やう)にと、767鶴亀(つるかめ)の両人(りやうにん)を連(つ)れてお出(い)でになつたが、768ヤツパリ……ヤツパリだから、769御(お)案(あん)じ遊(あそ)ばすのも無理(むり)は御座(ござ)いますまい。770……エー仕方(しかた)が有(あ)りませぬ。771大譲歩(だいじやうほ)を致(いた)しまして、772鶴公(つるこう)は本陣(ほんぢん)に扣(ひか)へて居(を)りませう。773……オイ亀公(かめこう)、774一人(ひとり)御(ご)苦労(くらう)だが、775鶴公(つるこう)は奥(おく)にハシヤいで居(ゐ)ます……と黒姫(くろひめ)さま一行(いつかう)に伝言(でんごん)をするのだよ』
776亀公(かめこう)『勝手(かつて)に、777何(なん)なと吐(ほざ)けツ』
778と足(あし)を早(はや)めて表(おもて)へ駆(か)け出(だ)したり。779黒姫(くろひめ)の一行(いつかう)は亀公(かめこう)に案内(あんない)され、780喪家(さうか)の犬(いぬ)の様(やう)に悄気返(しよげかへ)つて、781コソコソと足音(あしおと)までソツと、782薄氷(はくひよう)を踏(ふ)む様(やう)な体裁(ていさい)で此(この)場(ば)に現(あら)はれたり。
783高姫(たかひめ)『アヽ黒姫(くろひめ)さま、784高山彦(たかやまひこ)さま、785ようマア帰(かへ)つて下(くだ)さつた。786今(いま)も今(いま)とて霊眼(れいがん)で貴方(あなた)の御(ご)心労(しんらう)を拝観(はいくわん)して居(ゐ)ました。787お前(まへ)さまは副(ふく)守護神(しゆごじん)の容器(いれもの)だらう。788黒姫(くろひめ)さまや、789高山彦(たかやまひこ)さまの本(ほん)守護神(しゆごじん)は屹度(きつと)アンナ利巧(りかう)な事(こと)はなさいますまい』
790黒姫(くろひめ)『ハイ誠(まこと)に申訳(まをしわけ)の有(あ)り……もせぬ事(こと)を致(いた)しまして、791何分(なにぶん)副(ふく)守護神(しゆごじん)が此(この)頃(ごろ)は権幕(けんまく)が強(つよ)いものですから、792黒姫(くろひめ)の本(ほん)守護神(しゆごじん)も持(も)て余(あま)して居(ゐ)られますワイ。793高山彦(たかやまひこ)さまの本(ほん)守護神(しゆごじん)も第二(だいに)の作戦(さくせん)計画(けいくわく)をやつて居(ゐ)られます。794此処(ここ)に参上(みえ)たのはヤツパリお察(さつ)しの通(とほ)り副(ふく)守護神(しゆごじん)の容器(いれもの)で御座(ござ)います』
795高姫(たかひめ)『それはそれは副(ふく)守護神(しゆごじん)どの、796遠路(ゑんろ)の所(ところ)御(ご)苦労(くらう)で御座(ござ)いました。797サアサアどうぞ妾(わたし)の居間(ゐま)へお出(い)で下(くだ)さいませ。798副(ふく)守護神(しゆごじん)同志(どうし)、799何(なに)かの相談(さうだん)を致(いた)しませう』
800 ハイと答(こた)へて、801黒姫(くろひめ)、802高山彦(たかやまひこ)は、803高姫(たかひめ)の後(あと)に従(したが)ひ、804ホツと一息(ひといき)つき乍(なが)ら、805奥(おく)の間(ま)指(さ)してシホシホと進(すす)み行(ゆ)く。806後(あと)には魔我彦(まがひこ)、807蠑螈別(いもりわけ)、808鶴公(つるこう)、809亀公(かめこう)、810寅若(とらわか)、811菊若(きくわか)、812富彦(とみひこ)、813甲(かふ)乙(おつ)丙(へい)丁(てい)戊(ぼう)己(き)其(その)他(た)数十(すうじふ)人(にん)の者(もの)、814酒(さけ)に酔(よ)ひ潰(つぶ)れ、815喧々(けんけん)囂々(ごうごう)、816遂(つい)には打(う)つ、817蹴(け)る、818擲(なぐ)る、819泣(な)く、820笑(わら)ふ、821怒(おこ)るの一大(いちだい)修羅場(しゆらぢやう)が現出(げんしゆつ)されウラナイ教(けう)の本山(ほんざん)は鼎(かなへ)の沸(わ)くが如(ごと)く大乱脈(だいらんみやく)の幕(まく)に包(つつ)まれにける。
822(大正一一・五・七 旧四・一一 松村真澄録)
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