霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 声(こゑ)の在所(ありか)〔六五九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第19巻 如意宝珠 午の巻 篇:第4篇 地異天変 よみ(新仮名遣い):ちいてんぺん
章:第14章 声の在所 よみ(新仮名遣い):こえのありか 通し章番号:659
口述日:1922(大正11)年05月09日(旧04月13日) 口述場所: 筆録者:藤津久子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年2月28日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
どこからともなく、赤子の声が聞こえてくる。幼児の鳴き声は、各人それぞれ違った方角から聞こえてきて、ばらばらの方角に探しに出たが、見つからない。
気がつくと、四人は天狗岩の根元に寝ていた。四人は山を駆け下りるが、その途中で玉照彦を抱いて上がってくる言照姫に出くわした。テルヂーと谷丸は、それぞれ自分たちの陣営に玉照彦を賜るように、と言照姫に懇願した。
言照姫は、互いに玉照彦の手を引っ張り合い、勝った方に玉照彦をやろう、と提案する。二人は玉照彦の手を引いて両側から引っ張り合うが、玉照彦が悲鳴をあげると、テルヂーは驚いて手を放してしまった。
谷丸は勝利を宣言するが、玉照彦本人が口を利いて、自分が痛がっているのに手を引き続けたバラモン教に行くのはいやだ、と言い出した。谷丸は言照姫に審判を仰ごうとするが、言照姫の姿は消えてしまっていた。
玉照彦は、こうなった以上は自分はどちらへ行くこともやめましょう、その代わり三五教の松姫という者が迎えに来るから、そちらに行くことにした、と語った。
そこへ松姫がやってきて、玉照彦に背を差し出し、背負って帰ろうとした。ウラル教とバラモン教の四人は目配せをすると、松姫に襲い掛かって打ちすえ、玉照彦を奪って逃げてしまった。
松姫はその場に気絶していたが、息を吹き返すと、そこには二柱の女神が立っていた。女神たちは、松姫に高熊山に行って玉照彦を奉迎するように、と言う。松姫が、玉照彦はウラル教とバラモン教に奪われてしまった、と言うと、女神たちは、彼らは貪欲に駆られて、石を玉照彦だと思い込んで運んでいったのだ、と明かした。
松姫はすっかり暮れた夜道を高熊山に向かって進んで行き、来勿止の関所までやってきた。松姫は通してくれるように頼むが、門番の勝公と竹公は門を開けない。そこへ来勿止神がやってきた。
松姫は平伏すると、来勿止神は、女神の報せによって、松姫が来るのを待っていたのだ、と伝えた。勝公は門を開いて松姫を通した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-04-12 17:00:26 文字数:6332 OBC :rm1914
愛善世界社版:238頁 八幡書店版:第4輯 118頁 修補版: 校定版:242頁 普及版:111頁 初版: ページ備考:
001 谷丸(たにまる)、002鬼丸(おにまる)、003テルヂー、004コロンボの四(よ)人(にん)は堺峠(さかひたうげ)の天狗岩(てんぐいは)を後(あと)にし乍(なが)ら、005山麓(さんろく)の老松(らうしよう)の根元(ねもと)を越(こ)え、006玉照彦(たまてるひこ)の幼児(えうじ)の隠(かく)し場所(ばしよ)に走(はし)り着(つ)いた。007谷丸(たにまる)は、008目(め)を丸(まる)くして、009此処(ここ)彼処(かしこ)と探(さが)し廻(まは)し、010三(さん)人(にん)は吾一(われいち)の功名(こうみやう)せむと、011血眼(ちまなこ)になつて、012谷丸(たにまる)の行(ゆ)く後(あと)に従(したが)ひ、013捜索(そうさく)を始(はじ)めた。014忽(たちま)ち聞(きこ)ゆる赤児(あかご)の泣(な)き声(ごゑ)、015谷丸(たにまる)は立止(たちど)まり、016腕(うで)を組(く)み、017泣(な)き声(ごゑ)の何(いづ)れより来(きた)るかを考(かんが)へて居(ゐ)る。
018谷丸(たにまる)『慥(たしか)に此処(ここ)に、019お寝(ね)かせ申(まを)して置(お)いた筈(はず)だ、020それに形跡(けいせき)だに残(のこ)つてゐないのみならず、021御(お)声(こゑ)は聞(きこ)えて居(ゐ)るがトント方角(はうがく)が分(わか)らない。022東(ひがし)に聞(きこ)える様(やう)でもあるし、023西(にし)の様(やう)でもあるし、024西(にし)かと思(おも)へば南(みなみ)に聞(きこ)えるし、025南(みなみ)かと思(おも)へば、026北(きた)に聞(きこ)える様(やう)だし、027ハテナ、028こいつは、029狐(きつね)の奴(やつ)、030玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を啣(くは)へて、031其処中(そこらぢう)を迂路(うろ)ついて居(ゐ)やがるのだな、032オイ俺(おれ)は東(ひがし)を探(さが)すから、033鬼丸(おにまる)、034貴様(きさま)は西(にし)の方(はう)を探(さが)して呉(く)れ。035そして、036テルヂー、037コロンボ二人(ふたり)は、038南(みなみ)、039北(きた)に手分(てわ)けして捜索(そうさく)して下(くだ)さい。040其(その)代(かは)り誰(たれ)が見付(みつ)けても共有(きよういう)だから其(その)お積(つ)もりで願(ねが)ひますよ』
041テルヂー『其(その)約束(やくそく)は間違(まちが)ひありませぬなア。042イヤ面白(おもしろ)い。043さあコロンボ、044貴様(きさま)は南(みなみ)に行(ゆ)け、045俺(おれ)は北(きた)の方(はう)を探(さが)して見(み)る』
046 不思議(ふしぎ)にも、047幼児(えうじ)の泣声(なきごゑ)は、048谷丸(たにまる)の耳(みみ)には東(ひがし)に最(もつと)も高(たか)く聞(きこ)えて来(く)る。049鬼丸(おにまる)には西(にし)の方(はう)に聞(きこ)える。050コロンボの耳(みみ)には南(みなみ)に聞(きこ)える。051テルヂーの耳(みみ)には慥(たしか)に北(きた)の方(はう)から聞(きこ)えて来(く)る。
052 四(よ)人(にん)は東西(とうざい)南北(なんぼく)に、053慌(あはただ)しく、054声(こゑ)を尋(たづ)ねて駆(か)け出(だ)した。055四(よ)人(にん)の耳(みみ)に聞(きこ)ゆる猛烈(まうれつ)な泣(な)き声(ごゑ)、056各自(かくじ)前後(ぜんご)左右(さいう)より響(ひび)いて来(く)る。057四(よ)人(にん)は其(その)声(こゑ)に、058耳(みみ)を引張(ひつぱ)られる様(やう)に、059体(からだ)をキリキリ舞(ま)ひさせ、060目(め)を廻(まは)して四(よ)人(にん)共(とも)、061バタリと倒(たふ)れた。062一時(いつとき)許(ばか)り四(よ)人(にん)の呼(よ)ぶ声(こゑ)も、063風(かぜ)の音(おと)も鎮(しづ)まり閑寂(かんじやく)の幕(まく)が下(お)ろされた。064夜(よ)はそろそろと明(あ)け放(はな)れ、065東(ひがし)の空(そら)の雲(くも)押(お)し分(わ)けて昇(のぼ)り給(たま)ふ天津(あまつ)日(ひ)の御影(みかげ)に照(てら)され、066各(おのおの)一度(いちど)に目(め)を醒(さま)せば、067豈(あに)計(はか)らむや、068四(よ)人(にん)は天狗岩(てんぐいは)の根元(ねもと)にヅブ濡(ぬ)れになつて眠(ねむ)りゐたりき。
069谷丸(たにまる)『アヽ何(なん)だ、070夢(ゆめ)見(み)て居(ゐ)たのか、071矢張(やつぱり)天狗岩(てんぐいは)の傍(そば)だから鼻高(はなだか)の奴(やつ)、072俺(おれ)達(たち)を一寸(ちよつと)チヨロマカしやがつたのだな。073それにしても、074肝腎(かんじん)の、075玉照彦(たまてるひこ)様(さま)は何処(どこ)にお出(い)でになつたのだらう。076アヽ此処(ここ)に御座(ござ)つた、077有難(ありがた)い有難(ありがた)い、078玉照彦(たまてるひこ)様(さま)どうぞ許(ゆる)して下(くだ)さいませ。079貴方(あなた)お一人(ひとり)をこんな岩(いは)の上(うへ)に、080御(お)寝(ね)かし申(まを)し、081吾々(われわれ)は前後(ぜんご)も知(し)らず寝込(ねこ)んで了(しま)ひました』
082と云(い)ひつつ傍(そば)に寄(よ)り、083抱(だ)き上(あ)げむとしたるに、084玉照彦(たまてるひこ)の全身(ぜんしん)は冷切(ひえき)つて氷(こほり)の如(ごと)くに冷(つめ)たくなつて居(を)る。
085谷丸(たにまる)『オイ鬼丸(おにまる)、086玉照彦(たまてるひこ)様(さま)は冷(つめ)たくなつて居(ゐ)らつしやる、087こりやマア何(ど)うしたら宜(よ)からうかなア』
088鬼丸(おにまる)『そりや夢(ゆめ)の中(なか)に見(み)た通(とほ)り石(いし)ぢやありませぬか』
089谷丸(たにまる)『ヤア如何(いか)にも、090此奴(こいつ)は夢(ゆめ)の通(とほ)り矢張(やつぱり)石(いし)だつた』
091 テルヂー、092コロンボ一度(いちど)に、
093テ、094コ『アハヽヽヽ、095誠(まこと)に誠(まこと)に、096御(ご)挨拶(あいさつ)の仕様(しやう)も御座(ござ)いませぬ、097もう斯(こ)うなつた以上(いじやう)は何程(なにほど)泣(な)いても悔(くや)んでも石(いし)が物(もの)云(い)ふ例(ためし)は御座(ござ)いませぬ、098どうぞ鄭重(ていちよう)に弔(とむら)うて上(あ)げて下(くだ)さい。099さあコロンボ、100夢(ゆめ)の処(ところ)へ行(ゆ)くのだ』
101と駆出(かけだ)す。102谷丸(たにまる)、103鬼丸(おにまる)も続(つづ)いて駆出(かけだ)したり。
104 坂(さか)の中程(なかほど)迄(まで)下(くだ)り来(きた)る折(をり)しも、105水(みづ)の滴(したた)る如(ごと)き一人(ひとり)の美人(びじん)、106玉照彦(たまてるひこ)を抱(だ)いて上(のぼ)り来(きた)るに出会(であ)つた。
107テルヂー『モシモシ、108貴方(あなた)は言照姫(ことてるひめ)様(さま)では御座(ござ)いませぬか』
109美人(びじん)『ハイ左様(さやう)で御座(ござ)います。110今(いま)玉照彦(たまてるひこ)の神(かみ)様(さま)を保護(ほご)して此処迄(ここまで)参(まゐ)りました』
111テルヂー『変(へん)な事(こと)を申(まを)しますが、112何卒(どうぞ)ウラル教(けう)の神(かみ)様(さま)として大切(たいせつ)に致(いた)しますから、113吾々(われわれ)に下(くだ)さいますまいか』
114言照姫(ことてるひめ)『ハイ何誰(どなた)かに貰(もら)つて貰(もら)はねばならないのですから、115お望(のぞ)みとあれば、116何(ど)うとも致(いた)しませう』
117 斯(か)かる処(ところ)へ、118谷丸(たにまる)、119鬼丸(おにまる)は追(おつ)かけ来(きた)り、
120谷(たに)、121鬼(おに)『ヤア玉照彦(たまてるひこ)様(さま)で御座(ござ)いましたか、122大変(たいへん)にお慕(した)ひ申(まを)し探(さが)して居(を)りました。123サアサア何卒(どうぞ)谷丸(たにまる)へお越(こ)し下(くだ)さいませ。124私(わたくし)が抱(だ)いて上(あ)げませう』
125言照姫(ことてるひめ)『お前(まへ)は、126谷丸(たにまる)さまぢやないか。127私(わたくし)の不在中(ふざいちゆう)に、128岩窟(いはや)の中(なか)から盗(ぬす)み出(だ)し、129大切(たいせつ)にする事(こと)か、130あのやうな茨室(いばらむろ)へ蓑(みの)を敷(し)いて、131捨子(すてご)同様(どうやう)にして置(お)きなさつたぢやないか。132どうして貴方(あなた)に、133此(この)尊(たふと)い玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を安心(あんしん)してお預(あづ)け申(まを)す事(こと)が出来(でき)ませうか』
134谷丸(たにまる)『イヤ誠(まこと)に済(す)みませぬ。135何(なに)を云(い)つても、136ウラル教(けう)のテルヂーが狙(ねら)つて居(を)るのですから、137取(と)られちや大変(たいへん)と、138茨(いばら)の中(なか)とは知(し)らず、139朧月夜(おぼろづきよ)の事(こと)とて間違(まちが)ひ、140お寝(ね)かせ申(まを)したのです。141どうぞ私(わたくし)に下(くだ)さいませ』
142言照姫(ことてるひめ)『斯(か)う両方(りやうはう)から懇望(こんもう)されては、143一方(いつぱう)を立(た)てれば一方(いつぱう)に済(す)まず、144処置(しよち)に困(こま)ります。145そんなら斯(か)う致(いた)しませう。146玉照彦(たまてるひこ)様(さま)は御(お)生(うま)れ遊(あそ)ばしてからまだ百(ひやく)日(にち)にもなりませぬが、147ちよいちよい物(もの)も仰有(おつしや)る、148立歩(たちあゆ)みもなさいますから、149ウラル教(けう)のテルヂーとバラモン教(けう)の谷丸(たにまる)とお二人(ふたり)で両方(りやうはう)の手(て)を握(にぎ)つて、150玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を引張合(ひつぱりあ)ひして下(くだ)さい。151引張(ひつぱ)つて勝(か)つ方(はう)に上(あ)げませう』
152 四(よ)人(にん)一度(いちど)に、
153四人『さう願(ねが)へば公平(こうへい)で結構(けつこう)です』
154 言照姫(ことてるひめ)は玉照彦(たまてるひこ)を坂道(さかみち)の真中(まんなか)に下(お)ろした。155玉照彦(たまてるひこ)は左右(さいう)の手(て)を両方(りやうはう)に差(さ)し延(の)ばし、
156玉照彦(たまてるひこ)『サア坊(ぼん)の手(て)を引張(ひつぱ)つて下(くだ)さい。157勝(か)つたお方(かた)の方(はう)へ参(まゐ)ります。158然(しか)しソツと引(ひ)いて下(くだ)さいや』
159谷丸、テルヂー『承知(しようち)致(いた)しました』
160と谷丸(たにまる)、161テルヂーの二人(ふたり)は、162左右(さいう)に立(た)ち現(あら)はれ、163腰(こし)を跼(かが)めて、164背(せ)の低(ひく)い玉照彦(たまてるひこ)の手(て)をグツト握(にぎ)り力(ちから)を極(きは)めて、
165谷丸、テルヂー『サア玉照彦(たまてるひこ)様(さま)、166私(わたくし)の方(はう)へ来(き)て下(くだ)さい』
167と、168一生(いつしやう)懸命(けんめい)、169腕(うで)が抜(ぬ)ける程(ほど)引張(ひつぱ)る。
170玉照彦(たまてるひこ)『アヽ痛(いた)い痛(いた)い、171痛(いた)いわいなア』
172と顔(かほ)を顰(しか)め泣(な)き出(だ)す。173テルヂーは此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて、174思(おも)はず手(て)を離(はな)した。
175谷丸(たにまる)『サア愈(いよいよ)こちらの物(もの)ぢや。176玉照彦(たまてるひこ)様(さま)、177御(ご)苦労(くらう)乍(なが)ら、178今日(けふ)から、179バラモン教(けう)の神(かみ)様(さま)になつて下(くだ)さい』
180 玉照彦(たまてるひこ)、181首(かぶり)を振(ふ)り、
182玉照彦(たまてるひこ)『イヤイヤ テルヂーの方(はう)に御(お)世話(せわ)になります』
183谷丸(たにまる)『そりやあ約束(やくそく)が違(ちが)ふぢやありませぬか』
184玉照彦(たまてるひこ)『貴方(あなた)は、185私(わたくし)が悲鳴(ひめい)を上(あ)げて痛(いた)がつて居(を)るのに、186構(かま)はずに引張(ひつぱ)つたぢやありませぬか、187あの時(とき)にテルヂーが放(はな)して下(くだ)さらなかつたら、188私(わたし)の体(からだ)は二(ふた)つに千切(ちぎ)れて居(を)るのです。189愛情(あいじやう)の深(ふか)いテルヂーに御(お)世話(せわ)になります』
190谷丸(たにまる)『小難(こむつ)かしい事(こと)を仰(おつ)しやいますなア、191チト位(くらゐ)辛抱(しんばう)して下(くだ)さつても宜(よ)いぢやありませぬか。192モシモシ言照姫(ことてるひめ)様(さま)、193どうぞ生(う)みの御(お)母(かあ)様(さま)の貴方(あなた)からよく云(い)つて下(くだ)さいな』
194と振(ふ)り向(む)き見(み)れば、195こは如何(いか)に、196言照姫(ことてるひめ)の姿(すがた)は最早(もはや)影(かげ)も形(かたち)もない。
197玉照彦(たまてるひこ)『私(わたし)は最(も)う斯(こ)うなる以上(いじやう)は、198どちらへも参(まゐ)る事(こと)は止(や)めませう。199今(いま)ウラナイ教(けう)の松姫(まつひめ)さまが、200お迎(むか)へに来(き)て下(くだ)さるから、201そちらへ行(ゆ)きます』
202 此(この)時(とき)トボトボと坂(さか)を登(のぼ)つて来(く)る一人(ひとり)の女(をんな)がありしが、203玉照彦(たまてるひこ)は嬉(うれ)しさうに、
204玉照彦『ヤア、205其方(そなた)は松姫(まつひめ)か、206よう迎(むか)へに来(き)て呉(く)れた。207サアサア連(つ)れて行(い)つておくれ』
208松姫(まつひめ)『これはこれは玉照彦(たまてるひこ)様(さま)、209焦(こが)れ慕(した)うて参(まゐ)りました。210サア私(わたくし)が御(おん)負(ぶ)して進(しん)ぜませう』
211と背中(せなか)を突(つ)き出(だ)す。212四(よ)人(にん)は目(め)と目(め)を見合(みあは)せ乍(なが)ら、213松姫(まつひめ)を前後(ぜんご)左右(さいう)より取(と)り巻(ま)き、214鉄拳(てつけん)を以(もつ)て擲(たた)きつけ、215悲鳴(ひめい)を上(あ)げて倒(たふ)れるのを見済(みす)まし、216玉照彦(たまてるひこ)を引攫(ひつさら)へ、217四(よ)人(にん)は林(はやし)の茂(しげ)みに姿(すがた)を隠(かく)したり。
218 松姫(まつひめ)は暴漢(ばうかん)に乱打(らんだ)され忽(たちま)ち気絶(きぜつ)して坂道(さかみち)に倒(たふ)れ居(ゐ)たりしが、219其(その)日(ひ)の夕暮(ゆふぐれ)頃(ごろ)フト息(いき)を吹(ふ)き返(かへ)し、220四辺(あたり)を見(み)れば、221麗(うるは)しき二柱(ふたはしら)の女神(めがみ)、222儼然(げんぜん)として其(その)前(まへ)に立(た)ち給(たま)ふ。
223女神(めがみ)一『汝(そなた)は高城山(たかしろやま)の松姫(まつひめ)であらう。224サア、225妾(わらは)に従(したが)つて是(これ)より、226高熊山(たかくまやま)の岩窟(いはや)に参(まゐ)りませう』
227松姫(まつひめ)『何(いづ)れの神(かみ)様(さま)か存(ぞん)じませぬが、228ようマア助(たす)けて下(くだ)さいました。229私(わたくし)は悪者(わるもの)に虐(しひた)げられ気絶(きぜつ)をして、230遠(とほ)い遠(とほ)い彼(あ)の世(よ)の旅行(りよかう)をやつて居(ゐ)ました。231処(ところ)が二人(ふたり)の女神(めがみ)様(さま)が現(あら)はれて、232コレ松姫(まつひめ)、233此処(ここ)は何(なん)と心得(こころえ)て居(を)る、234幽界(いうかい)の入口(いりぐち)であるぞや。235汝(なんぢ)はまだまだ幽界(いうかい)に出(で)て来(く)る時(とき)でない、236サアサア妾(わらは)が送(おく)つてやるから、237と仰有(おつしや)つたと思(おも)へば気(き)が付(つ)きました。238見(み)れば幽界(いうかい)で見(み)た女神(めがみ)様(さま)と、239寸分(すんぶん)も間違(まちが)ひのない御(お)二方(ふたかた)様(さま)、240お蔭(かげ)で命(いのち)を助(たす)けて戴(いただ)きました』
241と手(て)を合(あは)せ感謝(かんしや)の涙(なみだ)にくれて居(ゐ)る。
242女神(めがみ)二『サア松姫(まつひめ)どの、243高熊山(たかくまやま)の玉照彦(たまてるひこ)様(さま)をお迎(むか)へに行(ゆ)きませう』
244松姫(まつひめ)『あの玉照彦(たまてるひこ)様(さま)はたつた今(いま)、245悪者(わるもの)に攫(さら)はれて行(ゆ)かれました。246最早(もはや)、247高熊山(たかくまやま)には居(ゐ)らつしやいますまい』
248女神(めがみ)一『オホヽヽヽ、249今朝(けさ)ウラル教(けう)とバラモン教(けう)の宣伝使(せんでんし)が来(き)たでせう。250彼(かれ)等(ら)は貪欲心(どんよくしん)に絡(から)まれ、251眼(まなこ)暗(くら)み、252石(いし)くれを玉照彦(たまてるひこ)様(さま)と思(おも)ひ違(ちが)へ、253喜(よろこ)んで逃(に)げ帰(かへ)つたのです。254サアこれから、255貴女(あなた)は気(き)を取(と)り直(なほ)し、256単身(たんしん)岩窟(がんくつ)に進(すす)み、257言照姫(ことてるひめ)にお逢(あ)ひなされて、258玉照彦(たまてるひこ)様(さま)をお連(つ)れ申(まを)してお帰(かへ)りなさい。259妾(わらは)は来勿止(くなどめ)迄(まで)送(おく)つて上(あ)げませう。260それから奥(おく)は貴女(あなた)一人(ひとり)のお働(はたら)きです。261妾(わらは)達(たち)二柱(ふたはしら)、262お手伝(てつだ)ひ申(まを)すは易(やす)き事(こと)乍(なが)ら、263それでは貴女(あなた)の御(お)手柄(てがら)にはなりませぬから、264心(こころ)丈夫(ぢやうぶ)に以(もつ)てお出(い)でなさいませ』
265松姫(まつひめ)『何(なに)から何(なに)迄(まで)、266有難(ありがた)う御座(ござ)います。267お言葉(ことば)に甘(あま)へて来勿止(くなどめ)迄(まで)送(おく)つて頂(いただ)きませうか。268さうして、269貴女(あなた)様(さま)の御(ご)神名(しんめい)は何(なん)と申(まを)します』
270 二人(ふたり)の女神(めがみ)はニコリと笑(わら)ひ、
271二人の女神『何(いづ)れ分(わか)る時節(じせつ)が参(まゐ)りませう。272此処(ここ)では一寸(ちよつと)申(まを)し上(あ)げ兼(か)ねます』
273と先(さ)き立(た)ち、274足早(あしばや)に、275山奥(やまおく)指(さ)して進(すす)み給(たま)ふ。276松姫(まつひめ)は、277二女神(にぢよしん)の後(あと)に従(したが)ひ、278心(こころ)いそいそ歩(あゆ)み出(だ)したり。
279二女神(にぢよしん)『もう二三丁(にさんちやう)先(さき)が、280来勿止(くなどめ)の関所(せきしよ)で御座(ござ)います。281吾々(われわれ)は此処(ここ)でお別(わか)れ致(いた)します。282何(いづ)れ改(あらた)めてお目(め)にかかる事(こと)が御座(ござ)いませう。283左様(さやう)なら』
284と云(い)ふかと思(おも)へば二女神(にぢよしん)の姿(すがた)は忽(たちま)ちかき消(け)す如(ごと)く見(み)えなくなりぬ。285松姫(まつひめ)は盲人(めくら)が杖(つゑ)を失(うしな)つた如(ごと)く、286暗夜(あんや)に提灯(ちやうちん)取(と)られた如(ごと)き心地(ここち)して、287重(おも)き足(あし)を、288希望(きばう)の車(くるま)に乗(の)せられ、289引摺(ひきず)つて行(ゆ)く。290日(ひ)は既(すで)に黄昏(たそが)れ、291十七夜(じふしちや)の月(つき)はまだ昇(のぼ)り給(たま)はざる一(いち)の暗(くら)み時(どき)、292来勿止(くなどめ)の神(かみ)の関所(せきしよ)に着(つ)いた。293此処(ここ)は厳格(げんかく)な関門(くわんもん)が築(きづ)かれてある。
294松姫(まつひめ)『モシモシ私(わたくし)は霊山(れいざん)へ詣(まゐ)る者(もの)で御座(ござ)います。295何卒(なにとぞ)、296此(この)門(もん)お通(とほ)し下(くだ)さいませ』
297 門番(もんばん)の一人(ひとり)甲(かふ)は、298横門(よこもん)を押(お)し開(あ)け出(い)で来(きた)り、
299甲(かふ)(勝公)『何誰(どなた)か知(し)りませぬが、300此(この)一(いち)の暗(やみ)に、301此(この)門(もん)あけいと云(い)ふ者(もの)は碌(ろく)な者(もの)ぢやありませぬ。302何時(いつ)も何時(いつ)も狐(きつね)や狸(たぬき)に誑(なぶ)られて、303馬鹿(ばか)を見通(みどほ)しだから、304今日(けふ)は何(なん)と云(い)つても開(あ)けませぬ、305否(いや)通過(つうくわ)させませぬ。306出直(でなほ)して明日(あす)の朝(あさ)お出(いで)なさい』
307松姫(まつひめ)『左様(さやう)では御座(ござ)いませうが、308決(けつ)して怪(あや)しい者(もの)では御座(ござ)いませぬ。309どうぞ通(とほ)して下(くだ)さいませ。310玉照彦(たまてるひこ)様(さま)の御(ご)誕生地(たんじやうち)へ至急(しきふ)詣(まゐ)らねばなりませぬから』
311 乙(おつ)此(この)声(こゑ)を聞(き)いて、
312乙(おつ)(竹公)『オイ勝公(かつこう)、313此(この)暗(くら)がりに、314アタ厭(いや)らしい、315そんな白(しろ)い装束(しやうぞく)を着(き)た女(をんな)を相手(あひて)に何(なに)を揶揄(からか)つて居(を)るのか、316早(はや)く這入(はい)らぬか、317又(また)例(れい)の奴(やつ)に定(きま)つて居(を)るぞ』
318勝公(かつこう)『そうだと云(い)つて此(こ)の方(かた)が是非(ぜひ)玉照彦(たまてるひこ)様(さま)に参拝(さんぱい)したいから、319通過(つうくわ)させて呉(く)れと、320懇願(こんぐわん)なさるのだもの、321無情(むげ)に断(ことわ)る訳(わけ)にもゆかぬぢやないか』
322乙(おつ)(竹公)『何(なん)だ、323又(また)貴様(きさま)、324日(ひ)の暮(く)れ紛(まぎ)れに、325女(をんな)を掴(つか)まへて、326愚図(ぐづ)々々(ぐづ)云(い)つて居(ゐ)やがるのだな、327余程(よほど)、328勝手(かつて)な奴(やつ)だ。329男(をとこ)が尋(たづ)ねて来(く)ると、330何時(いつ)も、331慳(けん)もほろろに、332木(き)で鼻(はな)こすつた様(やう)な応待(おうたい)をするクセに、333今日(けふ)は言葉付(ことばつき)迄(まで)、334優(やさ)しく出(で)やがつて、335貴様(きさま)の面(つら)つたら、336大方(おほかた)崩壊(ほうくわい)して居(を)るのだらう。337暗夜(やみよ)でマア仕合(しあは)せだ。338昼(ひる)であつて見(み)よ、339好(よ)い化者(ばけもの)だぞ』
340勝公(かつこう)『俺(おれ)の顔(かほ)が化者(ばけもの)なら、341貴様(きさま)の顔(かほ)は何(なん)だい。342鯰(なまづ)が沸茶(にえちや)を浴(か)ぶせられた様(やう)な面(つら)をしやがつて、343人(ひと)さんの御(ご)面相(めんさう)迄(まで)、344批評(ひへう)すると云(い)ふ資格(しかく)がどこに有(あ)るかい』
345乙(おつ)(竹公)『何(なん)と云(い)つても貴様(きさま)は女(をんな)にかけては五月蠅(うるさ)い奴(やつ)だ、346俺(おれ)が来(こ)なんだら、347優(やさ)しい声(こゑ)を出(だ)しやがつて何々(なになに)を、348何々(なになに)する、349何々(なになに)だつたらう。350エライ邪魔物(じやまもの)が飛(と)び出(だ)しまして済(す)みませぬなア、351アハヽヽヽ』
352松姫(まつひめ)『モシモシお二人(ふたり)様(さん)、353今日(けふ)は特別(とくべつ)の御(ご)憐愍(れんびん)を以(もつ)てお通(とほ)し下(くだ)さいませ。354どうしても今晩(こんばん)の中(うち)に参拝(さんぱい)致(いた)さねばなりませぬから』
355乙(おつ)(竹公)『大胆(だいたん)至極(しごく)な、356女(をんな)の分際(ぶんざい)として此(この)山奥(やまおく)に只(ただ)一人(ひとり)踏(ふ)み込(こ)み来(きた)り、357此(この)怖(おそ)ろしい岩窟(いはや)へ参詣(さんけい)し様(やう)なんて、358そんな大野心(だいやしん)を起(おこ)しても駄目(だめ)ですよ。359屹度(きつと)途中(とちう)で、360狼(おほかみ)にバリバリとやられて了(しま)ふのは請合(うけあひ)だ。361此(この)門(もん)潜(くぐ)るや否(いな)や、362地獄(ぢごく)の八丁目(はつちやうめ)だから、363悪(わる)い事(こと)は云(い)はぬ。364お前(まへ)の身(み)の為(ため)ぢや。365いつ迄(まで)も絶対(ぜつたい)通(とほ)さないとは申(まを)さぬから、366明日(あす)来(き)て下(くだ)さい』
367松姫(まつひめ)『御(ご)注意(ちうい)は有難(ありがた)う御座(ござ)いますが、368私(わたくし)は神(かみ)様(さま)に何事(なにごと)もお任(まか)せ申(まを)した身(み)の上(うへ)、369命(いのち)なんかどうなつても宜(よろ)しいから、370何卒(どうぞ)心(こころ)よう通(とほ)して下(くだ)さいませ』
371乙(おつ)(竹公)『イヤイヤ、372命(いのち)が惜(を)しくない様(やう)な、373ド転婆(てんば)を通(とほ)す事(こと)は愈(いよいよ)以(もつ)てなりませぬ哩(わい)、374来勿止(くなどめ)の神(かみ)様(さま)に又(また)どんなお小言(こごと)を頂戴(ちやうだい)するか知(し)れやしない。375此(この)頃(ごろ)は此(この)門番(もんばん)も失策(しつさく)だらけで、376薩張(さつぱ)り鼻(はな)べちやで威勢(ゐせい)が上(あが)らない。377それと云(い)ふのも、378勝公(かつこう)が心(こころ)の締(しま)りがないものだから、379いつでも俺(おれ)達(たち)が巻添(まきぞ)へを食(く)ふのだ。380オイ勝公(かつこう)、381サアこんな命(いのち)知(し)らずの強者(したたかもの)を相手(あひて)にせずと、382トツトと奥(おく)へ這入(はい)つてそれから門(もん)を閉(し)めて、383警戒(けいかい)を厳重(げんぢう)にせなくちやならぬぞ。384サア這入(はい)らう這入(はい)らう』
385勝公(かつこう)『それだと云(い)つてこれ程(ほど)熱心(ねつしん)に、386お頼(たの)みなさるのに、387どうして刎(は)ね付(つ)ける訳(わけ)にゆくものか。388貴様(きさま)這入(はい)りたければ、389勝手(かつて)に這入(はい)つて勝手(かつて)に閉(し)めたが宜(よ)からう。390俺(おれ)は仕方(しかた)がないから、391日頃(ひごろ)覚(おぼ)えた、392ぬけ道(みち)を伝(つた)うて此(この)御(お)方(かた)を背中(せなか)に背負(せお)つて上(あ)げるのだ』
393乙(おつ)(竹公)『とうとう尻尾(しつぽ)を現(あら)はしやがつたな、394アハヽヽヽ、395随分(ずゐぶん)女(をんな)にかけては腰抜(こしぬ)けなものだ』
396勝公(かつこう)『エヽ竹公(たけこう)の唐変木(たうへんぼく)奴(め)、397貴様(きさま)に女(をんな)が分(わか)つて堪(たま)るかい。398女(をんな)で苦労(くらう)して来(き)た者(もの)でないと女人(によにん)心理(しんり)は解(わか)らないぞ。399さう毒々(どくどく)しく無情(むじやう)な事(こと)を云(い)ふものぢやないワ。400人間(にんげん)は堅(かた)い許(ばか)りが能(のう)ぢやない。401砕(くだ)ける時(とき)は砕(くだ)けて、402世(よ)の中(なか)の人々(ひとびと)の為(ため)に便利(べんり)を計(はか)るのが人間(にんげん)の務(つと)めだ。403况(ま)して此(この)館(やかた)に泊(と)めて呉(く)れと仰有(おつしや)るのでもなし、404通(とほ)してさへ上(あ)げれば宜(よ)いのぢやないか』
405竹公(たけこう)『貴様(きさま)が何(なん)と云(い)つても、406一旦(いつたん)男(をとこ)の口(くち)から、407通(とほ)さぬと云(い)つたら通(とほ)さぬのだ』
408勝公(かつこう)『モシモシお女中(ぢよちう)、409今(いま)お聞(き)きの通(とほ)り同僚役(あひぼうやく)があの通(とほ)りの頑固者(ぐわんこもの)ですから、410無理(むり)にお通(とほ)し申(まを)しても、411後(あと)でどんな難題(なんだい)を吾々(われわれ)両人(りやうにん)にふきかけるやら分(わか)りませぬ。412さうすればお互(たがひ)の迷惑(めいわく)ですから、413どうぞ貴方(あなた)も折角(せつかく)此処迄(ここまで)お出(い)でになつたのですから、414お気(き)の毒(どく)で堪(たま)りませぬが、415今晩(こんばん)は一旦(いつたん)、416引返(ひきかへ)して下(くだ)さいませぬか』
417松姫(まつひめ)『どうぞ、418方角(はうがく)だけなつと教(をし)へて下(くだ)さいませ。419送(おく)つて貰(もら)つては大変(たいへん)な、420貴方(あなた)の御(ご)迷惑(めいわく)になつては済(す)みませぬから』
421勝公(かつこう)『実(じつ)の処(ところ)は、422これだけ厳(きび)しく門番(もんばん)も今迄(いままで)は云(い)はなかつたのですが、423二三(にさん)日前(にちまへ)に、424バラモン教(けう)の、425谷(たに)とか鬼(おに)とか云(い)ふ奴(やつ)がやつて来(き)て、426来勿止(くなどめの)神(かみ)様(さま)を始(はじ)め、427吾々(われわれ)をチヨロまかし、428トウトウ大切(たいせつ)な、429玉照彦(たまてるひこ)様(さま)を盗(ぬす)んで帰(かへ)つたものですから、430其(その)後(ご)と云(い)ふものは大変(たいへん)に警戒(けいかい)が厳(きび)しくなつて、431暮六(くれむ)つ下(さが)れば、432老若(らうにやく)男女(なんによ)にかかはらず、433一切(いつさい)通(とほ)してはならぬと云(い)ふ、434来勿止(くなどめの)神(かみ)様(さま)の厳(きび)しき御(ご)命令(めいれい)で御座(ござ)います。435それ故(ゆゑ)、436今(いま)の男(をとこ)があんな無情(むじやう)な事(こと)を云(い)うたのですが、437然(しか)しあゝ見(み)えても彼奴(あいつ)は極(きは)めて平常(ふだん)から親切(しんせつ)な男(をとこ)ですよ。438言葉(ことば)つきこそ、439穢(きたな)ふ御座(ござ)いますが、440それはそれは心(こころ)の美(うつく)しい男(をとこ)ですよ。441屹度(きつと)腹(はら)の中(なか)では涙(なみだ)をこぼして居(ゐ)たに違(ちが)ひありませぬ。442どうぞ、443竹公(たけこう)は無情(むじやう)な奴(やつ)だと恨(うら)んでやつては下(くだ)さいますな』
444松姫(まつひめ)『イエイエ決(けつ)して決(けつ)して何(なん)の恨(うら)みませう。445お役目(やくめ)大切(たいせつ)にお守(まも)りなさる処(ところ)を、446私(わたくし)が御(ご)無理(むり)を申(まを)しますのですから、447何(なん)と仰有(おつしや)られても是非(ぜひ)はありませぬ。448併(しか)し今(いま)貴方(あなた)のお言葉(ことば)によれば、449玉照彦(たまてるひこ)様(さま)はバラモン教(けう)の方(かた)が盗(ぬす)んで帰(かへ)つたと仰有(おつしや)いましたが、450それは事実(じじつ)ですか』
451勝公(かつこう)『盗(ぬす)んで帰(かへ)つたのは事実(じじつ)ですが、452併(しか)し乍(なが)ら御(ご)神徳(しんとく)高(たか)き高熊(たかくま)の霊山(れいざん)、453不思議(ふしぎ)な事(こと)には盗(ぬす)まれたと思(おも)つた玉照彦(たまてるひこ)様(さま)は、454依然(いぜん)として御(ご)機嫌(きげん)麗(うる)はしく、455言照姫(ことてるひめ)様(さま)に抱(だ)かれて居(を)られます。456本当(ほんたう)に妙(めう)な事(こと)があつたものです』
457松姫(まつひめ)『それ聞(き)いて安心(あんしん)致(いた)しました。458私(わたくし)にも成程(なるほど)と諾(うなづ)かれる点(てん)が御座(ござ)います』
459 斯(か)く話(はな)す折(をり)しも石(いし)の本門(ほんもん)はガラリと開(あ)いた。460灯火(ともしび)をとぼし、461現(あら)はれ来(きた)る、462白髪(はくはつ)異様(いやう)の老人(らうじん)の姿(すがた)が、463松明(たいまつ)に照(てら)されて、464明瞭(はつきり)と松姫(まつひめ)の目(め)に映(うつ)つた。
465 松姫(まつひめ)は思(おも)はず、466ハツと地(ち)に平伏(へいふく)した。
467勝公(かつこう)『これはこれは来勿止(くなどめの)神(かみ)様(さま)、468何処(どこ)へお出(で)ましになります』
469来勿止(くなどめの)神(かみ)『ヤアお前(まへ)は勝(かつ)ぢやなア。470此処(ここ)へ一人(ひとり)の女(をんな)が来(く)る筈(はず)ぢや。471未(ま)だ出(で)て来(こ)ないかな』
472勝公(かつこう)『ハイ、473それは何(なん)と云(い)ふ方(かた)ですか。474松姫(まつひめ)ぢや御座(ござ)いませぬか』
475来勿止(くなどめの)神(かみ)『アヽさうぢや、476其(その)松姫(まつひめ)が来(く)る筈(はず)だ。477二時(ふたとき)ばかり以前(いぜん)に、478玉照彦(たまてるひこ)様(さま)よりお使(つかい)が見(み)えて、479此処(ここ)へ松姫(まつひめ)と云(い)ふ女(をんな)が一人(ひとり)来(く)る筈(はず)だから、480夜分(やぶん)でも構(かま)はぬ故(ゆゑ)、481通(とほ)してやつて呉(く)れとの御(ご)命令(めいれい)であつた』
482勝公(かつこう)『その方(かた)なら、483今(いま)此処(ここ)に居(を)られます。484サア松姫(まつひめ)様(さま)、485御(ご)心配(しんぱい)なさいますな。486今(いま)お聞(き)きの通(とほ)りですから』
487 松姫(まつひめ)頭(かしら)を上(あ)げ、
488松姫(まつひめ)『勝(かつ)さまとやら、489御(ご)親切(しんせつ)有難(ありがた)う御座(ござ)いました。490して貴方(あなた)が来勿止(くなどめの)神(かみ)様(さま)で御座(ござ)いましたか。491罪(つみ)深(ふか)き妾(わらは)なれど、492どうぞ此(この)御門(ごもん)を通(とほ)して下(くだ)さいませ』
493来勿止(くなどめの)神(かみ)『サアサア遠慮(ゑんりよ)は要(い)りませぬ、494ズツとお通(とほ)り下(くだ)さいませ。495貴女(あなた)のお登(のぼ)りを、496岩窟(いはや)の大神(おほかみ)様(さま)が大変(たいへん)に御(お)待(ま)ち遊(あそ)ばして居(を)られます。497サアサアこちらへ』
498と松姫(まつひめ)の手(て)を把(と)り門内(もんない)に導(みちび)き入(い)れたり。
499(大正一一・五・九 旧四・一三 藤津久子録)
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