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霊界物語
如意宝珠(第13~24巻)
第24巻(亥の巻)
序文
総説
第1篇 流転の涙
第1章 粉骨砕身
第2章 唖呍
第3章 波濤の夢
第4章 一島の女王
第2篇 南洋探島
第5章 蘇鉄の森
第6章 アンボイナ島
第7章 メラの滝
第8章 島に訣別
第3篇 危機一髪
第9章 神助の船
第10章 土人の歓迎
第11章 夢の王者
第12章 暴風一過
第4篇 蛮地宣伝
第13章 治安内教
第14章 タールス教
第15章 諏訪湖
第16章 慈愛の涙
霊の礎(一〇)
霊の礎(一一)
神諭
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霊界物語
>
如意宝珠(第13~24巻)
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第24巻(亥の巻)
> 第1篇 流転の涙 > 第2章 唖呍
<<< 粉骨砕身
(B)
(N)
波濤の夢 >>>
第二章
唖呍
(
あうん
)
〔七三二〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻
篇:
第1篇 流転の涙
よみ(新仮名遣い):
るてんのなみだ
章:
第2章 唖呍
よみ(新仮名遣い):
あうん
通し章番号:
732
口述日:
1922(大正11)年06月14日(旧05月19日)
口述場所:
筆録者:
外山豊二
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年5月10日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
友彦は、鬼熊別夫婦の信任を一段と集めた。また小糸姫も友彦の親切にほだされて、いつとはなしに、面貌卑しい友彦にも好意を抱くようになった。
友彦は小糸姫と割りなき仲になり、それを利用して鬼熊別の後継となるよう、蜈蚣姫を通じて工作を開始した。しかし鬼熊別は友彦の心性を考慮して、自分の後継として指名することは決して許さなかった。
友彦と小糸姫は鬼熊別の心中を悟り、将来を心配して、ついに顕恩郷から出奔して行方をくらましてしまった。
二人は波斯を越えて印度の国の南までやって来たが、この辺りには露の都というバラモン教の大きな拠点があった。事の露見を恐れた二人は、さらに南下してセイロン島に渡った。
セイロン島の人々は、小糸姫の容貌を見て天女の降臨だと思って尊敬し、女王のように扱った。友彦は表向き従者となって過ごした。
しかし友彦はおいおい本性を現して小糸姫が持って来た金銭を湯水のように使って酒に浸り、島の女に戯れ出した。小糸姫の恋はすっかり醒めて、二人の反りは日に日に合わなくなっていった。ついに小糸姫は二人の島人に舟を漕がせて逃げてしまった。
友彦は島人の報せを受けて、小糸姫の出奔を知った。小糸姫の書置きを守り袋にしまうと、後を追って印度の国へ舟を出した。しかしすでに友彦は無一文になっていた。島人たちへの駄賃に着物を与えてしまい、守り袋を首から下げただけの姿で印度の国の浜辺に降り立ち歩き始めた。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-07-15 19:11:28
OBC :
rm2402
愛善世界社版:
29頁
八幡書店版:
第4輯 621頁
修補版:
校定版:
29頁
普及版:
13頁
初版:
ページ備考:
001
友彦
(
ともひこ
)
は
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
夫婦
(
ふうふ
)
の
信任
(
しんにん
)
益々
(
ますます
)
厚
(
あつ
)
く、
002
遂
(
つひ
)
には
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
が
奥
(
おく
)
の
間
(
ま
)
に
内事係
(
ないじがかり
)
の
主任
(
しゆにん
)
として
仕
(
つか
)
ふる
事
(
こと
)
となりぬ。
003
小糸姫
(
こいとひめ
)
も
朝
(
あさ
)
な
夕
(
ゆふ
)
なに
友彦
(
ともひこ
)
の
親切
(
しんせつ
)
にほだされ、
004
好
(
す
)
かぬ
顔
(
かほ
)
とは
思
(
おも
)
ひ
乍
(
なが
)
らも
何時
(
いつ
)
とは
無
(
な
)
しにスツカリ
無二
(
むに
)
の
力
(
ちから
)
と
頼
(
たの
)
むに
至
(
いた
)
りける。
005
蔭裏
(
かげうら
)
に
生
(
は
)
えた
豆
(
まめ
)
でも
時節
(
じせつ
)
が
来
(
く
)
れば
はぢ
ける
道理
(
だうり
)
、
006
十五
(
じふご
)
の
春
(
はる
)
を
迎
(
むか
)
へたオボコ
娘
(
むすめ
)
も、
007
何時
(
いつ
)
とはなしに
声
(
こゑ
)
変
(
がは
)
りがし、
008
臀部
(
でんぶ
)
の
恰好
(
かつかう
)
が
余程
(
よほど
)
大人
(
おとな
)
び
来
(
き
)
たりぬ。
009
男女
(
だんぢよ
)
の
交情
(
かうじやう
)
を
結
(
むす
)
ぶ
第一
(
だいいち
)
の
要点
(
えうてん
)
は
談話
(
だんわ
)
の
度
(
ど
)
を
重
(
かさ
)
ぬること、
010
会見
(
くわいけん
)
の
度
(
ど
)
の
多
(
おほ
)
きこと、
011
及
(
およ
)
び
時間
(
じかん
)
の
関係
(
くわんけい
)
に
大影響
(
だいえいきやう
)
を
及
(
およ
)
ぼすものなるべし。
012
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
何時
(
いつ
)
とはなしに
友彦
(
ともひこ
)
の
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
る
毎
(
ごと
)
に、
013
顔
(
かほ
)
赤
(
あか
)
らめ、
014
襖
(
ふすま
)
の
蔭
(
かげ
)
に
隠
(
かく
)
れ、
015
窃
(
ぬす
)
み
目
(
め
)
に
覗
(
のぞ
)
く
迄
(
まで
)
になりぬ。
016
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
は
信任
(
しんにん
)
厚
(
あつ
)
き
友彦
(
ともひこ
)
に、
017
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
身辺
(
しんぺん
)
の
世話
(
せわ
)
を
委託
(
ゐたく
)
したるが、
018
遠近
(
ゑんきん
)
上下
(
じやうげ
)
の
隔
(
へだ
)
てなきは
恋
(
こひ
)
の
道
(
みち
)
、
019
優柔
(
いうじう
)
不断
(
ふだん
)
フナフナ
腰
(
ごし
)
の
友彦
(
ともひこ
)
も
何時
(
いつ
)
とは
無
(
な
)
しに
妙
(
めう
)
な
考
(
かんが
)
へを
起
(
おこ
)
し、
020
遂
(
つい
)
には
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
夫
(
をつと
)
となつてバラモン
教
(
けう
)
の
実権
(
じつけん
)
を
握
(
にぎ
)
らむと、
021
野心
(
やしん
)
の
火焔
(
くわえん
)
に
包
(
つつ
)
まれ
昼夜
(
ちうや
)
心
(
こころ
)
を
焦
(
こが
)
し
居
(
ゐ
)
たり。
022
友彦
(
ともひこ
)
が
募
(
つの
)
る
恋路
(
こひぢ
)
に、
023
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
襖
(
ふすま
)
の
開閉
(
あけたて
)
にも、
024
擦
(
す
)
れつ
縺
(
もつ
)
れつ
相生
(
あひおひ
)
の
松
(
まつ
)
と
松
(
まつ
)
との
若緑
(
わかみどり
)
、
025
手折
(
たお
)
るものなき
高嶺
(
たかね
)
に
咲
(
さ
)
いた
松
(
まつ
)
の
花
(
はな
)
、
026
遂
(
つい
)
に
友彦
(
ともひこ
)
が
得意
(
とくい
)
の
時代
(
じだい
)
は
到来
(
たうらい
)
した。
027
猪食
(
ししく
)
た
犬
(
いぬ
)
の
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
は
敏
(
さと
)
くも
二人
(
ふたり
)
が
関係
(
くわんけい
)
を
推知
(
すゐち
)
し、
028
夫
(
をつと
)
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
に
向
(
むか
)
つて
言葉
(
ことば
)
を
尽
(
つく
)
し、
029
友彦
(
ともひこ
)
をして
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
夫
(
をつと
)
となし、
030
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
が
後継者
(
こうけいしや
)
たらしめむとする
意志
(
いし
)
を、
031
事
(
こと
)
に
触
(
ふ
)
れ、
032
物
(
もの
)
に
接
(
せつ
)
し、
033
遠廻
(
とほまは
)
しにかけて
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
にいろいろと
斡旋
(
あつせん
)
の
労
(
らう
)
を
執
(
と
)
りぬ。
034
されど
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
は
友彦
(
ともひこ
)
の
下劣
(
げれつ
)
なる
品性
(
ひんせい
)
と、
035
野卑
(
やひ
)
なる
面貌
(
めんばう
)
に
心
(
こころ
)
を
痛
(
いた
)
め、
036
到底
(
たうてい
)
副棟梁
(
ふくとうりやう
)
の
後継者
(
こうけいしや
)
として
不適任
(
ふてきにん
)
たることを
悟
(
さと
)
り、
037
何時
(
いつ
)
も
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
の
千言
(
せんげん
)
万語
(
ばんご
)
を
尽
(
つく
)
しての
斡旋
(
あつせん
)
を
馬耳
(
ばじ
)
東風
(
とうふう
)
と
聞
(
き
)
き
流
(
なが
)
した。
038
友彦
(
ともひこ
)
、
039
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
父
(
ちち
)
の
心中
(
しんちう
)
を
察
(
さつ
)
し、
040
人目
(
ひとめ
)
を
忍
(
しの
)
んでは
二人
(
ふたり
)
の
行末
(
ゆくすゑ
)
を
案
(
あん
)
じ
煩
(
わづら
)
ひつつ、
041
ヒソヒソ
話
(
ばなし
)
に
耽
(
ふけ
)
り
居
(
ゐ
)
たりける。
042
ある
時
(
とき
)
友彦
(
ともひこ
)
は、
043
友彦
『
小糸姫
(
こいとひめ
)
様
(
さま
)
、
044
私
(
わたし
)
は
今日
(
こんにち
)
限
(
かぎ
)
り
貴方
(
あなた
)
に
御
(
お
)
別
(
わか
)
れ
致
(
いた
)
さねばならぬことが
出来
(
でき
)
ました。
045
今
(
いま
)
までの
御縁
(
ごえん
)
と
諦
(
あきら
)
めて
下
(
くだ
)
さいませ』
046
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
漸
(
やうや
)
く
口
(
くち
)
を
開
(
ひら
)
き
恥
(
はづか
)
し
気
(
げ
)
に、
047
小糸姫
『
友彦
(
ともひこ
)
様
(
さま
)
、
048
そりや
又
(
また
)
何
(
ど
)
うした
理由
(
わけ
)
で
御座
(
ござ
)
います。
049
たとへ
何
(
ど
)
うなつても
小糸姫
(
こいとひめ
)
のためには
力
(
ちから
)
を
尽
(
つく
)
し、
050
生命
(
いのち
)
でも
差出
(
さしだ
)
すと
仰有
(
おつしや
)
つたではありませぬか』
051
友彦
『ハイ、
052
私
(
わたし
)
の
心
(
こころ
)
は
少
(
すこ
)
しも
変
(
かは
)
つては
居
(
を
)
りませぬ。
053
日
(
ひ
)
に
夜
(
よ
)
に
可愛
(
かあい
)
さ、
054
恋
(
こひ
)
しさが
弥増
(
いやま
)
し、
055
片時
(
かたとき
)
の
間
(
ま
)
も
貴女
(
あなた
)
のお
顔
(
かほ
)
が
見
(
み
)
えねば、
056
ジツクリとして
居
(
を
)
られないやうに、
057
恋
(
こひ
)
の
炎
(
ほのほ
)
が
燃
(
も
)
え
立
(
た
)
つて
来
(
き
)
て
居
(
を
)
ります。
058
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
貴女
(
あなた
)
は
尊
(
たふと
)
き
副棟梁
(
ふくとうりやう
)
の
一人娘
(
ひとりむすめ
)
、
059
何時
(
いつ
)
までも
私
(
わたし
)
のやうな
賤
(
いや
)
しき
者
(
もの
)
と
関係
(
くわんけい
)
を
結
(
むす
)
ぶ
訳
(
わけ
)
には
参
(
まゐ
)
りませぬ。
060
御
(
お
)
父
(
とう
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
意中
(
いちう
)
は
決
(
けつ
)
して
吾々
(
われわれ
)
両人
(
りやうにん
)
の
意
(
い
)
を
叶
(
かな
)
へては
下
(
くだ
)
さいませぬ。
061
何程
(
なにほど
)
御
(
お
)
母上
(
ははうへ
)
が
御
(
お
)
取持
(
とりもち
)
下
(
くだ
)
さつても、
062
最早
(
もはや
)
駄目
(
だめ
)
だと
云
(
い
)
ふことが
解
(
わか
)
りました。
063
私
(
わたし
)
は
是
(
これ
)
より
此
(
こ
)
の
煩悶
(
はんもん
)
を
忘
(
わす
)
れるため、
064
貴女
(
あなた
)
の
御
(
お
)
側
(
そば
)
を
遠
(
とほ
)
く
離
(
はな
)
れ、
065
世界
(
せかい
)
を
遍歴
(
へんれき
)
し
一苦労
(
ひとくらう
)
を
致
(
いた
)
しませう。
066
これが
御
(
お
)
顔
(
かほ
)
の
見納
(
みをさ
)
めで
御座
(
ござ
)
いますれば、
067
何
(
ど
)
うぞ
御
(
ご
)
両親
(
りやうしん
)
に
孝養
(
かうやう
)
を
尽
(
つく
)
し、
068
立派
(
りつぱ
)
な
夫
(
をつと
)
を
持
(
も
)
つてバラモン
教
(
けう
)
のために
御
(
お
)
尽
(
つく
)
し
下
(
くだ
)
さいませ』
069
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
驚
(
おどろ
)
いて
其
(
そ
)
の
場
(
ば
)
に
泣
(
な
)
き
伏
(
ふ
)
し、
070
小糸姫
『アー
何
(
ど
)
うしませう。
071
父上
(
ちちうへ
)
様
(
さま
)
、
072
聞
(
きこ
)
えませぬ』
073
と
泣
(
な
)
き
叫
(
さけ
)
ぶを
友彦
(
ともひこ
)
は、
074
友彦
『モシモシ
御
(
お
)
嬢
(
ぢやう
)
様
(
さま
)
、
075
悔
(
くや
)
んで
復
(
かへ
)
らぬ
互
(
たがひ
)
の
縁
(
えん
)
、
076
暫
(
しば
)
しの
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
たと
御
(
お
)
諦
(
あきら
)
め
下
(
くだ
)
さいませ。
077
誠
(
まこと
)
に
賤
(
いや
)
しき
身
(
み
)
を
以
(
もつ
)
て、
078
貴女
(
あなた
)
様
(
さま
)
に
対
(
たい
)
し
失礼
(
しつれい
)
を
致
(
いた
)
しました
重々
(
ぢゆうぢゆう
)
の
罪
(
つみ
)
、
079
何卒
(
なにとぞ
)
御
(
お
)
赦
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さいませ……
左様
(
さやう
)
なら、
080
これにて
愛
(
いと
)
しき
貴女
(
あなた
)
と
御
(
お
)
別
(
わか
)
れ
致
(
いた
)
しませう』
081
と
立去
(
たちさ
)
らむとするを
裾
(
すそ
)
曳
(
ひ
)
き
止
(
と
)
め、
082
小糸姫
『
暫
(
しば
)
らくお
待
(
ま
)
ち
下
(
くだ
)
さいませ。
083
妾
(
わたし
)
も
女
(
をんな
)
の
端
(
はし
)
くれ、
084
たとへ
天地
(
てんち
)
が
変
(
かは
)
るとも、
085
一旦
(
いつたん
)
言
(
い
)
ひ
交
(
かは
)
した
貴方
(
あなた
)
を
見捨
(
みす
)
てて
何
(
ど
)
うして
女
(
をんな
)
の
道
(
みち
)
が
立
(
た
)
ちませう。
086
苦楽
(
くらく
)
を
共
(
とも
)
にするのが
夫婦
(
ふうふ
)
の
道
(
みち
)
、
087
仮令
(
たとへ
)
何
(
なん
)
と
仰有
(
おつしや
)
つても、
088
妾
(
わたし
)
は
何処
(
どこ
)
までも
放
(
はな
)
しませぬ。
089
何
(
ど
)
うしても
別
(
わか
)
れねばならなければ
貴方
(
あなた
)
のお
手
(
て
)
で
妾
(
わたし
)
を
刺殺
(
さしころ
)
し、
090
何処
(
どこ
)
へなりと
御
(
お
)
出
(
い
)
で
下
(
くだ
)
さいませ』
091
と
泣
(
な
)
き
伏
(
ふ
)
す。
092
友彦
『アヽ
困
(
こま
)
つたことが
出来
(
でき
)
たワイ、
093
別
(
わか
)
れようと
言
(
い
)
へば
御
(
お
)
嬢
(
ぢやう
)
様
(
さま
)
の
強
(
つよ
)
き
御
(
ご
)
決心
(
けつしん
)
、
094
生命
(
いのち
)
にも
係
(
かか
)
はる
一大事
(
いちだいじ
)
、
095
大恩
(
たいおん
)
ある
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
の
御
(
ご
)
夫婦
(
ふうふ
)
に
対
(
たい
)
し
申訳
(
まをしわけ
)
が
無
(
な
)
い。
096
さうだと
云
(
い
)
つて
大切
(
たいせつ
)
な
御
(
お
)
嬢
(
ぢやう
)
様
(
さま
)
を
伴出
(
つれだ
)
しては
尚
(
なほ
)
済
(
す
)
まず、
097
アヽ
仕方
(
しかた
)
がない……。
098
モシ
御
(
お
)
嬢
(
ぢやう
)
様
(
さま
)
、
099
私
(
わたし
)
は
此処
(
ここ
)
で
腹
(
はら
)
掻
(
か
)
き
切
(
き
)
つて
相果
(
あひは
)
てまする。
100
何
(
ど
)
うぞ
貴女
(
あなた
)
は
両親
(
りやうしん
)
に
仕
(
つか
)
へて
孝養
(
かうやう
)
を
御
(
お
)
尽
(
つく
)
し
遊
(
あそ
)
ばされ、
101
幸
(
さいはひ
)
に
私
(
わたし
)
の
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
された
時
(
とき
)
は、
102
水
(
みづ
)
の
一杯
(
いつぱい
)
も
手向
(
たむ
)
けて
下
(
くだ
)
さいませ。
103
千万
(
せんまん
)
人
(
にん
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
の
読経
(
どくきやう
)
よりも
貴女
(
あなた
)
の
御
(
お
)
手
(
て
)
づから
与
(
あた
)
へて
下
(
くだ
)
さつた
一滴
(
いつてき
)
の
水
(
みづ
)
が、
104
何程
(
なにほど
)
嬉
(
うれ
)
しいか
知
(
し
)
れませぬ。
105
小糸姫
(
こいとひめ
)
様
(
さま
)
、
106
さらばで
御座
(
ござ
)
いまする』
107
と
懐剣
(
くわいけん
)
スラリと
引抜
(
ひきぬ
)
き、
108
腹
(
はら
)
に
今
(
いま
)
や
当
(
あ
)
てむとする
時
(
とき
)
、
109
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
其
(
そ
)
の
腕
(
うで
)
に
縋
(
すが
)
りつき、
110
小糸姫
『モシモシ
友彦
(
ともひこ
)
様
(
さま
)
、
111
暫
(
しば
)
らくお
待
(
ま
)
ち
下
(
くだ
)
さいませ。
112
お
願
(
ねが
)
ひいたし
度
(
た
)
いことが
御座
(
ござ
)
います』
113
友彦
(
ともひこ
)
は、
114
友彦
『
最早
(
もはや
)
覚悟
(
かくご
)
致
(
いた
)
した
上
(
うへ
)
は
申訳
(
まをしわけ
)
のため
唯
(
ただ
)
死
(
し
)
あるのみ。
115
何
(
ど
)
うぞ
立派
(
りつぱ
)
に
死
(
し
)
なして
下
(
くだ
)
され』
116
小糸姫
『どうして
是
(
これ
)
が
死
(
し
)
なされませう。
117
斯
(
か
)
うなる
上
(
うへ
)
は
是非
(
ぜひ
)
がない。
118
親
(
おや
)
につくか、
119
夫
(
をつと
)
につくか、
120
落
(
お
)
ちつく
途
(
みち
)
は
唯
(
ただ
)
一
(
ひと
)
つ。
121
暫時
(
しばし
)
は
親
(
おや
)
に
御
(
ご
)
苦労
(
くらう
)
をかけるか
知
(
し
)
れないが、
122
何
(
いづ
)
れ
此
(
この
)
世
(
よ
)
に
長
(
なが
)
らへて
居
(
を
)
れば、
123
御
(
ご
)
両親
(
りやうしん
)
に
孝養
(
かうやう
)
を
尽
(
つく
)
すことも
出来
(
でき
)
ませう。
124
何卒
(
どうぞ
)
友彦
(
ともひこ
)
様
(
さま
)
、
125
妾
(
わたし
)
を
伴
(
つ
)
れて
遁
(
に
)
げて
下
(
くだ
)
さいませぬか』
126
友彦
『これはしたり
御
(
お
)
嬢
(
ぢやう
)
様
(
さま
)
、
127
親子
(
おやこ
)
は
一世
(
いつせ
)
、
128
夫婦
(
ふうふ
)
は
二世
(
にせ
)
と
申
(
まを
)
しまして、
129
此
(
この
)
世
(
よ
)
に
親
(
おや
)
ほど
大切
(
たいせつ
)
なものは
御座
(
ござ
)
いますまい。
130
友彦
(
ともひこ
)
ばかりが
男
(
をとこ
)
ではありませぬ。
131
モツトモツト
立派
(
りつぱ
)
な
男
(
をとこ
)
は
沢山
(
たくさん
)
に
御座
(
ござ
)
いますれば、
132
私
(
わたし
)
のことは
只今
(
ただいま
)
限
(
かぎ
)
り
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
り、
133
両親
(
りやうしん
)
に
御
(
ご
)
孝養
(
かうやう
)
願
(
ねが
)
ひます。
134
さらば、
135
是
(
これ
)
にて
御
(
お
)
別
(
わか
)
れ……』
136
と
又
(
また
)
もや
懐剣
(
くわいけん
)
を
突
(
つ
)
き
立
(
た
)
てようとする。
137
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
悲
(
かな
)
しさ
やる
瀬
(
せ
)
なく
腕
(
うで
)
に
喰
(
く
)
ひつき
満身
(
まんしん
)
の
力
(
ちから
)
を
籠
(
こ
)
めて
友彦
(
ともひこ
)
を
殺
(
ころ
)
さじと
焦
(
あせ
)
り
居
(
ゐ
)
る。
138
友彦
(
ともひこ
)
は
感慨
(
かんがい
)
無量
(
むりやう
)
の
態
(
てい
)
にて、
139
友彦
『アヽ
其処
(
そこ
)
まで
私
(
わたし
)
を
思
(
おも
)
うて
下
(
くだ
)
さるか。
140
左様
(
さやう
)
なれば
仰
(
あふ
)
せに
随
(
したが
)
ひ、
141
暫
(
しば
)
らく
私
(
わたし
)
と
一緒
(
いつしよ
)
に
何処
(
どこ
)
かへ
隠
(
かく
)
れて、
142
楽
(
たの
)
しき
月日
(
つきひ
)
を
送
(
おく
)
りませう』
143
小糸姫
(
こいとひめ
)
は、
144
小糸姫
『あゝそれで
安心
(
あんしん
)
致
(
いた
)
しました』
145
と
奥
(
おく
)
に
入
(
い
)
り、
146
密
(
ひそ
)
かに
数多
(
あまた
)
の
路銀
(
ろぎん
)
を
懐中
(
くわいちう
)
し、
147
夜
(
よ
)
の
更
(
ふ
)
くるを
待
(
ま
)
つて
二人
(
ふたり
)
は
館
(
やかた
)
を
後
(
あと
)
に、
148
何処
(
いづこ
)
ともなく
顕恩郷
(
けんおんきやう
)
より
消
(
き
)
えにけり。
149
親子
(
おやこ
)
のやうに
年
(
とし
)
の
違
(
ちが
)
うた
二人
(
ふたり
)
の
男女
(
だんぢよ
)
は、
150
手
(
て
)
に
手
(
て
)
をとつて
波斯
(
フサ
)
の
国
(
くに
)
を、
151
彼方
(
あちら
)
此方
(
こちら
)
と
彷徨
(
さまよ
)
ひ、
152
遂
(
つい
)
には
高山
(
かうざん
)
も
幾
(
いく
)
つか
越
(
こ
)
えて
印度
(
ツキ
)
の
国
(
くに
)
の
南
(
みなみ
)
の
端
(
はし
)
に
進
(
すす
)
んで
来
(
き
)
た。
153
此処
(
ここ
)
には
露
(
つゆ
)
の
都
(
みやこ
)
と
云
(
い
)
つて
相当
(
さうたう
)
な
繁華
(
はんくわ
)
な
土地
(
とち
)
がある。
154
バラモン
教
(
けう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
市彦
(
いちひこ
)
は
相当
(
さうたう
)
に
幅
(
はば
)
を
利
(
き
)
かし、
155
遠近
(
ゑんきん
)
に
名
(
な
)
を
轟
(
とどろ
)
かして
居
(
ゐ
)
た。
156
友彦
(
ともひこ
)
は
斯
(
かか
)
る
地点
(
ちてん
)
に
彷徨
(
さまよ
)
ふは、
157
発覚
(
はつかく
)
の
虞
(
おそ
)
れありとなし、
158
月
(
つき
)
の
夜
(
よ
)
に
紛
(
まぎ
)
れて
海
(
うみ
)
を
渡
(
わた
)
り、
159
セイロンの
島
(
しま
)
に
漕
(
こ
)
ぎつけ、
160
奥
(
おく
)
深
(
ふか
)
く
進
(
すす
)
みシロ
山
(
やま
)
の
谷間
(
たにあひ
)
に
居
(
きよ
)
を
構
(
かま
)
へ、
161
二人
(
ふたり
)
は
暮
(
くら
)
す
事
(
こと
)
となつた。
162
物珍
(
ものめづ
)
らしき
島人
(
しまびと
)
は、
163
花
(
はな
)
を
欺
(
あざむ
)
く
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
容貌
(
ようばう
)
を
見
(
み
)
て、
164
天女
(
てんによ
)
の
降臨
(
かうりん
)
せしものと
思
(
おも
)
ひ
尊敬
(
そんけい
)
の
念
(
ねん
)
を
払
(
はら
)
ひ、
165
日夜
(
にちや
)
此
(
こ
)
の
庵
(
いほり
)
も
訪
(
たづ
)
ねて
参拝
(
さんぱい
)
するもの
引
(
ひ
)
きも
切
(
き
)
らぬ
有様
(
ありさま
)
であつた。
166
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
表向
(
おもてむき
)
友彦
(
ともひこ
)
を
下僕
(
しもべ
)
となし、
167
女王
(
ぢよわう
)
気取
(
きど
)
りで
無鳥島
(
むてうたう
)
の
蝙蝠王
(
へんぷくわう
)
となりすまし、
168
友彦
(
ともひこ
)
と
共
(
とも
)
に
日夜
(
にちや
)
快楽
(
くわいらく
)
に
耽
(
ふけ
)
りゐたり。
169
友彦
(
ともひこ
)
の
俄
(
にはか
)
に
塗
(
ぬ
)
りたてた
身魂
(
みたま
)
の
鍍金
(
めつき
)
は、
170
日
(
ひ
)
に
月
(
つき
)
に
剥脱
(
はくだつ
)
し、
171
父母
(
ふぼ
)
両親
(
りやうしん
)
の
目
(
め
)
の
遠
(
とほ
)
く
離
(
はな
)
れたるを
幸
(
さいは
)
ひ、
172
横柄
(
わうへい
)
に
小糸姫
(
こいとひめ
)
を
頤
(
あご
)
の
先
(
さき
)
にて
使
(
つか
)
ふ
様
(
やう
)
になつた。
173
さうして
小糸姫
(
こいとひめ
)
が
持
(
も
)
ち
来
(
きた
)
れる
旅費
(
りよひ
)
を
取出
(
とりだ
)
しては
日夜
(
にちや
)
酒
(
さけ
)
に
浸
(
ひた
)
り、
174
或
(
あるひ
)
は
島人
(
しまびと
)
の
女
(
をんな
)
に
対
(
たい
)
し
他愛
(
たあい
)
なく
戯
(
たはむ
)
れ
出
(
だ
)
した。
175
小糸姫
(
こいとひめ
)
は、
176
漸
(
やうや
)
く
恋
(
こひ
)
の
夢
(
ゆめ
)
醒
(
さ
)
むるとともに、
177
友彦
(
ともひこ
)
の
言
(
い
)
ふこと
為
(
な
)
すことを、
178
蛇蝎
(
だかつ
)
の
如
(
ごと
)
く
忌
(
い
)
み
嫌
(
きら
)
ひ、
179
友彦
(
ともひこ
)
の
方
(
はう
)
より
吹
(
ふ
)
きくる
風
(
かぜ
)
さへも、
180
身
(
み
)
を
切
(
き
)
る
如
(
ごと
)
くに
感
(
かん
)
じた。
181
百度
(
ひやくど
)
以上
(
いじやう
)
に
逆上
(
のぼ
)
せ
切
(
き
)
つた
恋
(
こひ
)
の
夏
(
なつ
)
も
何時
(
いつ
)
しか
過
(
す
)
ぎて、
182
ソロソロ
秋風
(
あきかぜ
)
吹
(
ふ
)
き
起
(
おこ
)
り、
183
日
(
ひ
)
に
日
(
ひ
)
に
冷気
(
れいき
)
加
(
くは
)
はり
凩
(
こがらし
)
寒
(
さむ
)
き
冬
(
ふゆ
)
の
如
(
ごと
)
く、
184
友彦
(
ともひこ
)
を
思
(
おも
)
ふ
恋
(
こひ
)
の
熱
(
ねつ
)
はスツカリ
冷却
(
れいきやく
)
して
氷
(
こほり
)
の
如
(
ごと
)
くになり
終
(
をは
)
りけり。
185
友彦
(
ともひこ
)
は
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
様子
(
やうす
)
の
日
(
ひ
)
に
日
(
ひ
)
につれなくなるに
業
(
ごふ
)
を
煮
(
に
)
やし、
186
時々
(
ときどき
)
鉄拳
(
てつけん
)
を
揮
(
ふる
)
ひ、
187
自暴酒
(
やけざけ
)
を
呑
(
の
)
み、
188
嗄
(
しわ
)
がれ
声
(
ごゑ
)
で
呶鳴
(
どな
)
り
立
(
た
)
て、
189
二人
(
ふたり
)
の
仲
(
なか
)
は
日
(
ひ
)
に
夜
(
よ
)
に
反
(
そり
)
が
合
(
あは
)
なくなりにける。
190
或
(
ある
)
夜
(
よ
)
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
友彦
(
ともひこ
)
が
大酒
(
おほざけ
)
を
煽
(
あふ
)
り、
191
酔
(
よ
)
ひ
潰
(
つぶ
)
れたる
隙
(
すき
)
を
窺
(
うかが
)
ひ、
192
一通
(
いつつう
)
の
遺書
(
かきおき
)
を
残
(
のこ
)
し、
193
浜辺
(
はまべ
)
に
繋
(
つな
)
げる
小舟
(
こぶね
)
を
漕
(
こ
)
ぎ、
194
島人
(
しまびと
)
の
黒
(
くろ
)
ン
坊
(
ばう
)
二人
(
ふたり
)
を
伴
(
とも
)
なひ、
195
太平洋
(
たいへいやう
)
を
目蒐
(
めが
)
けて
大胆
(
だいたん
)
にも
遁
(
に
)
げ
出
(
だ
)
したり。
196
友彦
(
ともひこ
)
は
酒
(
さけ
)
の
酔
(
ゑひ
)
が
醒
(
さ
)
め、
197
起
(
お
)
き
出
(
い
)
で
見
(
み
)
れば
夜
(
よ
)
はカラリと
明
(
あ
)
けはなれ
小鳥
(
ことり
)
の
声
(
こゑ
)
喧
(
かしま
)
し。
198
友彦
(
ともひこ
)
は
眠
(
ねむ
)
たき
目
(
め
)
を
擦
(
こす
)
り
乍
(
なが
)
ら、
199
友彦
『
小糸姫
(
こいとひめ
)
、
200
水
(
みづ
)
だ
水
(
みづ
)
だ』
201
呼
(
よ
)
べど
叫
(
さけ
)
べど
何
(
なん
)
の
応答
(
いらへ
)
もなきに
友彦
(
ともひこ
)
は、
202
友彦
『アヽ
又
(
また
)
裏
(
うら
)
の
山
(
やま
)
へでも
果物
(
くだもの
)
を
取
(
と
)
りに
往
(
ゆ
)
きよつたのかなア。
203
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
うても
御
(
お
)
嬢
(
ぢやう
)
さまで
気儘
(
きまま
)
に
育
(
そだ
)
つた
女
(
をんな
)
だから
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
い。
204
併
(
しか
)
し
斯
(
か
)
う
云
(
い
)
ふものの、
205
まだ
十六
(
じふろく
)
だから
子供
(
こども
)
の
様
(
やう
)
なものだ。
206
余
(
あま
)
りケンケン
云
(
い
)
つてやるのも
可哀想
(
かあいさう
)
だ。
207
チツトこれから
可愛
(
かあい
)
がつてやらねばなるまい。
208
顕恩郷
(
けんおんきやう
)
に
居
(
を
)
れば、
209
彼方
(
あちら
)
からも、
210
此方
(
こちら
)
からも
御
(
お
)
嬢
(
ぢやう
)
さまと
奉
(
たてまつ
)
られ、
211
女王
(
ぢよわう
)
の
様
(
やう
)
に
持
(
も
)
て
囃
(
はや
)
され、
212
栄耀
(
えいよう
)
栄華
(
えいぐわ
)
に
暮
(
くら
)
せる
身分
(
みぶん
)
だ。
213
此
(
こ
)
の
友彦
(
ともひこ
)
が
思
(
おも
)
はぬ
手柄
(
てがら
)
に
依
(
よ
)
つてそれをきつかけに
旨
(
うま
)
く
たらし
込
(
こ
)
み、
214
世間
(
せけん
)
知
(
し
)
らずのオボコ
娘
(
むすめ
)
をチヨロマカした
俺
(
おれ
)
の
腕前
(
うでまへ
)
、
215
定
(
さだ
)
めてバラモン
教
(
けう
)
の
幹部
(
かんぶ
)
連
(
れん
)
も
驚
(
おどろ
)
いたであらう。
216
俺
(
おれ
)
の
顔
(
かほ
)
は
自分
(
じぶん
)
乍
(
なが
)
ら
愛想
(
あいさう
)
の
尽
(
つ
)
きるやうなものだが、
217
それでも
生命
(
いのち
)
の
親
(
おや
)
だと
思
(
おも
)
つて、
218
すねたり、
219
跳
(
はね
)
たりし
乍
(
なが
)
ら
付
(
つ
)
いて
居
(
ゐ
)
るのはまだ
優
(
しほ
)
らしい。
220
たとへ
俺
(
おれ
)
を
嫌
(
きら
)
つて
遁
(
に
)
げ
帰
(
かへ
)
らうと
思
(
おも
)
つても、
221
遠
(
とほ
)
き
山坂
(
やまさか
)
を
越
(
こ
)
えコンナ
離
(
はな
)
れ
島
(
じま
)
へ
連
(
つ
)
れ
込
(
こ
)
まれては、
222
孱弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
の
何
(
ど
)
うすることも
出来
(
でき
)
よまい。
223
思
(
おも
)
へば
可哀想
(
かあいさう
)
なものであるワイ……アヽ
喉
(
のど
)
が
渇
(
かわ
)
いた。
224
一
(
ひと
)
つ
友彦
(
ともひこ
)
自
(
みづか
)
ら
玉水
(
ぎよくすゐ
)
を、
225
汲
(
く
)
みて
御
(
お
)
飲
(
あが
)
り
遊
(
あそ
)
ばす
事
(
こと
)
としよう』
226
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
227
門前
(
もんぜん
)
を
流
(
なが
)
るる
谷川
(
たにがは
)
の
水
(
みづ
)
に
竹製
(
たけせい
)
の
柄杓
(
ひしやく
)
を
突込
(
つつこ
)
み、
228
グイと
一杯
(
いつぱい
)
汲
(
く
)
み
上
(
あ
)
げ
声
(
こゑ
)
を
変
(
か
)
へて、
229
友彦
『さア、
230
旦那
(
だんな
)
様
(
さま
)
、
231
御
(
お
)
上
(
あが
)
り
遊
(
あそ
)
ばせ。
232
あまり
御
(
お
)
酒
(
さけ
)
を
上
(
あが
)
りますと
御
(
おん
)
身
(
み
)
のためによろしく
御座
(
ござ
)
いませぬ。
233
若
(
も
)
しも
貴方
(
あなた
)
が
御
(
ご
)
病気
(
びやうき
)
にでも
御
(
お
)
なり
遊
(
あそ
)
ばしたら、
234
妾
(
わたし
)
は
何
(
ど
)
うしませう。
235
ねー
貴方
(
あなた
)
、
236
妾
(
わたし
)
が
可愛
(
かあい
)
いと
思召
(
おぼしめ
)
すなら、
237
何
(
ど
)
うぞ
御
(
お
)
酒
(
さけ
)
を
余
(
あま
)
り
過
(
す
)
ごさない
様
(
やう
)
にして
頂戴
(
ちやうだい
)
……ナンテ
吐
(
ぬか
)
しよるのだけれど、
238
今日
(
けふ
)
に
限
(
かぎ
)
つて
若山
(
わかやま
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
は
何処
(
どこ
)
かへ
御
(
ご
)
出張
(
しゆつちやう
)
遊
(
あそ
)
ばした。
239
軈
(
やが
)
て
御
(
ご
)
帰館
(
きくわん
)
になるだらう。
240
それまで
山
(
やま
)
の
神
(
かみ
)
の
代理
(
だいり
)
を
勤
(
つと
)
めるのかなア』
241
と
独語
(
ひとりごと
)
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
242
グツト
一杯
(
いつぱい
)
飲
(
の
)
み
乾
(
ほ
)
し、
243
友彦
『アヽ
酔醒
(
よひざ
)
めの
水
(
みづ
)
の
美味
(
うま
)
さは
下戸知
(
げこし
)
らずだ。
244
アヽうまいうまい、
245
水
(
みづ
)
も
漏
(
も
)
らさぬ
二人
(
ふたり
)
の
恋仲
(
こひなか
)
、
246
媒酌人
(
ばいしやくにん
)
も
無
(
な
)
しに
自由
(
じいう
)
結婚
(
けつこん
)
と
洒落
(
しやれ
)
たのだから、
247
此
(
こ
)
の
杓
(
しやく
)
を
媒酌人
(
ばいしやくにん
)
と
仮定
(
かてい
)
して
先
(
ま
)
づ
一杯
(
いつぱい
)
やりませう。
248
何程
(
なにほど
)
しやく
だと
云
(
い
)
つても、
249
顕恩郷
(
けんおんきやう
)
を
遠
(
とほ
)
く
離
(
はな
)
れた
此
(
こ
)
の
島
(
しま
)
、
250
二人
(
ふたり
)
の
恋仲
(
こひなか
)
に
水
(
みづ
)
差
(
さ
)
す
奴
(
やつ
)
も
滅多
(
めつた
)
にあるまい。
251
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
小糸姫
(
こいとひめ
)
が
時々
(
ときどき
)
癪
(
しやく
)
を
起
(
おこ
)
すのには、
252
一寸
(
ちよつと
)
俺
(
おれ
)
も
困
(
こま
)
る………「もしわが
夫様
(
つまさま
)
、
253
癪
(
しやく
)
がさしこみました。
254
どうぞ
御
(
ご
)
介錯
(
かいしやく
)
を
願
(
ねが
)
ひます」………なんて
本当
(
ほんたう
)
になまめかしい
声
(
こゑ
)
を
出
(
だ
)
しやがつて、
255
俺
(
おれ
)
は
何時
(
いつ
)
もそれが
癪
(
しやく
)
に
障
(
さは
)
………らせぬワ。
256
アヽうまいうまい』
257
と、
258
汲
(
く
)
んでは
飲
(
の
)
み
汲
(
く
)
くんでは
飲
(
の
)
み
一人
(
ひとり
)
興
(
きよう
)
がりゐる。
259
斯
(
か
)
かる
処
(
ところ
)
へ
黒
(
くろ
)
ン
坊
(
ばう
)
の
一人
(
ひとり
)
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
260
黒ン坊
『モシモシ
友彦
(
ともひこ
)
様
(
さま
)
、
261
女王
(
ぢよわう
)
様
(
さま
)
が
夜前
(
やぜん
)
船
(
ふね
)
に
乗
(
の
)
つて
何処
(
どこ
)
かへ
往
(
ゆ
)
かれたのを、
262
貴方
(
あなた
)
御
(
ご
)
存知
(
ぞんじ
)
で
御座
(
ござ
)
いますか』
263
と
聞
(
き
)
くより
友彦
(
ともひこ
)
は
真蒼
(
まつさを
)
になり、
264
友彦
『
何
(
なに
)
ツ、
265
小糸姫
(
こいとひめ
)
が
船
(
ふね
)
に
乗
(
の
)
つて
此処
(
ここ
)
を
去
(
さ
)
つたとは、
266
そりや
本当
(
ほんたう
)
か』
267
黒ン坊
『
何
(
なに
)
私
(
わたくし
)
が
嘘
(
うそ
)
を
申
(
まを
)
しませう。
268
チヤンキーとモンキーの
二人
(
ふたり
)
が、
269
櫓櫂
(
ろかい
)
を
操
(
あやつ
)
り
港
(
みなと
)
を
船出
(
ふなで
)
しましたのを、
270
月夜
(
つきよ
)
の
光
(
ひかり
)
に
慥
(
たしか
)
に
見届
(
みとど
)
けました。
271
私
(
わたくし
)
ばかりでない、
272
四五
(
しご
)
人
(
にん
)
のものが
みんな
見
(
み
)
て
居
(
を
)
りますよ』
273
友彦
『ソンナラ
何故
(
なぜ
)
早速
(
さつそく
)
知
(
し
)
らして
来
(
こ
)
ぬのだ』
274
黒ン坊
『
早速
(
さつそく
)
知
(
し
)
らせに
参
(
まゐ
)
つたのですが、
275
御
(
ご
)
承知
(
しようち
)
の
通
(
とほ
)
り
此
(
こ
)
の
急坂
(
きふはん
)
、
276
さう
着々
(
ちやくちやく
)
と
来
(
こ
)
られませぬワ』
277
友彦
『さうして
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
何処
(
どこ
)
へ
往
(
い
)
つたか
知
(
し
)
つて
居
(
ゐ
)
るか』
278
黒ン坊
『そこまではハツキリしませぬが、
279
何
(
なん
)
でも
舳
(
へさき
)
を
印度
(
ツキ
)
の
国
(
くに
)
の
方
(
はう
)
へ
向
(
む
)
けて
出
(
で
)
られましたから、
280
大方
(
おほかた
)
露
(
つゆ
)
の
都
(
みやこ
)
へ
御
(
お
)
越
(
こ
)
しになつたのでせう』
281
友彦
(
ともひこ
)
は
両手
(
りやうて
)
を
組
(
く
)
みウンウンと
吐息
(
といき
)
を
吐
(
つ
)
き、
282
両眼
(
りやうがん
)
より
粗
(
あら
)
い
涙
(
なみだ
)
をポロリポロリと
溢
(
こぼ
)
して
居
(
ゐ
)
る。
283
暫
(
しばら
)
くして
友彦
(
ともひこ
)
は
立上
(
たちあが
)
り、
284
友彦
『おのれチヤンキー、
285
モンキーの
両人
(
りやうにん
)
、
286
大切
(
たいせつ
)
な
女房
(
にようばう
)
を
唆
(
そその
)
かし、
287
何処
(
どこ
)
へ
遁
(
に
)
げ
居
(
を
)
つたか、
288
たとへ
天
(
てん
)
をかけり、
289
地
(
ち
)
を
潜
(
くぐ
)
る
神変
(
しんぺん
)
不思議
(
ふしぎ
)
の
術
(
じゆつ
)
あるとも、
290
草
(
くさ
)
をわけても
探
(
さが
)
し
出
(
だ
)
し、
291
女房
(
にようばう
)
に
会
(
あ
)
はねば
置
(
お
)
かぬ。
292
其
(
その
)
時
(
とき
)
にチヤンキー、
293
モンキーの
二人
(
ふたり
)
を
血祭
(
ちまつ
)
りに
致
(
いた
)
して
呉
(
く
)
れむ』
294
と
狂気
(
きやうき
)
の
如
(
ごと
)
く
荒
(
あ
)
れ
狂
(
くる
)
ひ、
295
鍋
(
なべ
)
、
296
釜
(
かま
)
、
297
火鉢
(
ひばち
)
を
投
(
な
)
げ、
298
戸
(
と
)
障子
(
しやうじ
)
に
恨
(
うら
)
みを
転
(
てん
)
じ、
299
自
(
みづか
)
ら
乱暴
(
らんばう
)
狼藉
(
ろうぜき
)
の
限
(
かぎ
)
りを
尽
(
つく
)
し、
300
家財
(
かざい
)
を
残
(
のこ
)
らず
滅茶
(
めつちや
)
苦茶
(
くちや
)
に
叩
(
たた
)
き
毀
(
こは
)
し、
301
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
残
(
のこ
)
し
置
(
お
)
いた
衣服
(
いふく
)
や
手道具
(
てだうぐ
)
を
引裂
(
ひきさ
)
き、
302
打砕
(
うちくだ
)
き、
303
地団駄
(
ぢだんだ
)
踏
(
ふ
)
んで
室内
(
しつない
)
を
七八回
(
しちはちくわい
)
もクルクルと
廻
(
まは
)
り
狂
(
くる
)
ひ、
304
目
(
め
)
を
廻
(
まは
)
してパタリと
倒
(
たふ
)
れた。
305
黒
(
くろ
)
ン
坊
(
ばう
)
の
一人
(
ひとり
)
は
驚
(
おどろ
)
いて
側
(
そば
)
に
駆寄
(
かけよ
)
り、
306
黒ン坊
『モシモシ
友彦
(
ともひこ
)
様
(
さま
)
、
307
狂気
(
きやうき
)
めされたか。
308
マア
気
(
き
)
を
御
(
お
)
鎮
(
しづ
)
めなされ、
309
何程
(
なにほど
)
焦
(
あせ
)
つても
追
(
お
)
ひつくことは
出来
(
でき
)
ますまい。
310
何
(
いづ
)
れ
印度
(
ツキ
)
の
国
(
くに
)
の
露
(
つゆ
)
の
都
(
みやこ
)
に
市彦
(
いちひこ
)
と
云
(
い
)
ふ
名高
(
なだか
)
い
宣伝使
(
せんでんし
)
が
居
(
を
)
られますから、
311
其処
(
そこ
)
へ
大方
(
おほかた
)
御
(
お
)
越
(
こ
)
しなつたのでせう』
312
友彦
(
ともひこ
)
は
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
にハツト
気
(
き
)
がつき、
313
友彦
『
何
(
なに
)
ツ、
314
市彦
(
いちひこ
)
が
何
(
ど
)
うしたと
云
(
い
)
ふのだ』
315
黒ン坊
『
大方
(
おほかた
)
女王
(
ぢよわう
)
様
(
さま
)
は
露
(
つゆ
)
の
都
(
みやこ
)
の
市彦
(
いちひこ
)
の
館
(
やかた
)
へ
御
(
お
)
越
(
こ
)
しになつたのだらうと、
316
皆
(
みな
)
の
者
(
もの
)
が
噂
(
うはさ
)
を
致
(
いた
)
して
居
(
を
)
りましたと
云
(
い
)
ふのです』
317
友彦
『それは
貴様
(
きさま
)
、
318
よく
知
(
し
)
らせて
呉
(
く
)
れた。
319
さア、
320
駄賃
(
だちん
)
をやらう』
321
と
金凾
(
かねばこ
)
を
開
(
ひら
)
き
見
(
み
)
れば、
322
こは
如何
(
いか
)
に、
323
空
(
から
)
ツけつ
勘左衛門
(
かんざゑもん
)
、
324
錏
(
びた
)
一文
(
いちもん
)
も
残
(
のこ
)
つて
居
(
ゐ
)
ない。
325
凾
(
はこ
)
の
底
(
そこ
)
に
残
(
のこ
)
つた
折紙
(
をりがみ
)
を
手早
(
てばや
)
く
掴
(
つか
)
み
披
(
ひら
)
き
見
(
み
)
て、
326
友彦
『アヽ
何
(
なん
)
だか
些
(
ちつと
)
も
分
(
わか
)
らない。
327
スパルタ
文字
(
もじ
)
で………
意地
(
いぢ
)
の
悪
(
わる
)
い、
328
俺
(
おれ
)
の
読
(
よ
)
めぬのを
知
(
し
)
り
乍
(
なが
)
ら、
329
遺書
(
かきおき
)
をして
置
(
お
)
きやがつたのだらう。
330
併
(
しか
)
しこれは
後
(
のち
)
の
証拠
(
しようこ
)
だ。
331
大切
(
たいせつ
)
にせなくてはならない』
332
と
守
(
まも
)
り
袋
(
ぶくろ
)
の
中
(
なか
)
に
大事
(
だいじ
)
相
(
さう
)
にしまひ
込
(
こ
)
み、
333
黒
(
くろ
)
ン
坊
(
ばう
)
に
案内
(
あんない
)
させ、
334
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
にシロ
山
(
やま
)
の
急坂
(
きふはん
)
をドンドン
威喝
(
ゐかつ
)
させ
乍
(
なが
)
ら、
335
大股
(
おほまた
)
に
降
(
くだ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
336
漸
(
やうや
)
くシロの
港
(
みなと
)
に
駆
(
かけ
)
ついた。
337
滅法
(
めつぱふ
)
矢鱈
(
やたら
)
に
黒
(
くろ
)
ン
坊
(
ばう
)
と
二人
(
ふたり
)
がマラソン
競走
(
きやうそう
)
をやつた
結果
(
けつくわ
)
、
338
港
(
みなと
)
に
着
(
つ
)
くや、
339
気
(
き
)
は
弛
(
ゆる
)
みバツタリと
此処
(
ここ
)
に
倒
(
たふ
)
れて
了
(
しま
)
つた。
340
港
(
みなと
)
に
集
(
あつ
)
まる
黒
(
くろ
)
ン
坊
(
ばう
)
は
二三十
(
にさんじふ
)
人
(
にん
)
寄
(
よ
)
つて
集
(
たか
)
つて
水
(
みづ
)
をかけたり、
341
鼻
(
はな
)
を
捻
(
ね
)
ぢたり、
342
いろいろとして
漸
(
やうや
)
く
気
(
き
)
をつけた。
343
友彦
(
ともひこ
)
は
四辺
(
あたり
)
キヨロキヨロ
見廻
(
みまは
)
し
乍
(
なが
)
ら、
344
友彦
『オー
此処
(
ここ
)
はシロの
港
(
みなと
)
だ。
345
さア、
346
汝
(
おまへ
)
等
(
ら
)
一
(
いち
)
時
(
じ
)
も
早
(
はや
)
く
船
(
ふね
)
の
用意
(
ようい
)
を
致
(
いた
)
し、
347
印度
(
ツキ
)
の
国
(
くに
)
へ
送
(
おく
)
れ』
348
黒ン坊の一人
『
賃銭
(
ちんせん
)
は
幾何
(
いくら
)
呉
(
く
)
れますか』
349
友彦
『エーコンナ
時
(
とき
)
に
賃銭
(
ちんせん
)
の
話
(
はなし
)
どころか、
350
一刻
(
いつこく
)
も
早
(
はや
)
く
猶予
(
いうよ
)
がならぬ。
351
賃銭
(
ちんせん
)
は
望
(
のぞ
)
み
次第
(
しだい
)
後
(
あと
)
から
遣
(
つか
)
はす。
352
さア、
353
早
(
はや
)
く
行
(
ゆ
)
け』
354
と
急
(
せ
)
き
立
(
た
)
てる。
355
友彦
(
ともひこ
)
の
懐中
(
くわいちゆう
)
は
実際
(
じつさい
)
無一物
(
むいちぶつ
)
であつた。
356
八
(
はち
)
人
(
にん
)
の
黒
(
くろ
)
ン
坊
(
ばう
)
は
八挺櫓
(
はつちやうろ
)
を
漕
(
こ
)
ぎ
乍
(
なが
)
ら
矢
(
や
)
を
射
(
い
)
る
如
(
ごと
)
く
友彦
(
ともひこ
)
の
命
(
めい
)
のまにまに
印度洋
(
いんどやう
)
を
横切
(
よこぎ
)
り、
357
印度
(
ツキ
)
の
国
(
くに
)
の
浜辺
(
はまべ
)
へ
漸
(
やうや
)
く
着
(
つ
)
いた。
358
此処
(
ここ
)
は
真砂
(
まさご
)
の
浜
(
はま
)
と
云
(
い
)
ひ
遠浅
(
とほあさ
)
になつてゐる。
359
船
(
ふね
)
は
十町
(
じつちやう
)
ばかり
沖
(
おき
)
にかかり、
360
それより
尻
(
しり
)
を
捲
(
まく
)
つて
徒歩
(
とほ
)
上陸
(
じやうりく
)
する
事
(
こと
)
となりゐるなり。
361
黒ン坊
『モシモシ
大将
(
たいしやう
)
さま、
362
賃銭
(
ちんせん
)
を
頂
(
いただ
)
きませう』
363
友彦
『ウン
一寸
(
ちよつと
)
待
(
ま
)
て、
364
賃銭
(
ちんせん
)
はシロの
港
(
みなと
)
まで
帰
(
かへ
)
つた
時
(
とき
)
、
365
往復
(
わうふく
)
共
(
とも
)
に
張
(
は
)
りこんでやる。
366
二度
(
にど
)
にやるのは
邪魔臭
(
じやまくさ
)
いから、
367
此処
(
ここ
)
に
船
(
ふね
)
を
浮
(
う
)
かべて
待
(
ま
)
つてゐるがよからう』
368
黒ン坊
『さうだと
云
(
い
)
つて………
露
(
つゆ
)
の
都
(
みやこ
)
までは
二日
(
ふつか
)
や
三日
(
みつか
)
では
往
(
ゆ
)
けませぬ。
369
往復
(
わうふく
)
十日
(
とをか
)
もかかるのに、
370
コンナ
処
(
ところ
)
に
待
(
ま
)
つてゐられますかい』
371
友彦
『
待
(
ま
)
つのが
嫌
(
いや
)
なら
先
(
さき
)
へ
帰
(
かへ
)
つてシロの
港
(
みなと
)
で
待
(
ま
)
つてゐるがよからう。
372
帰途
(
かへり
)
には
又
(
また
)
他
(
ほか
)
の
船
(
ふね
)
に
乗
(
の
)
るから………』
373
黒ン坊
『ソンナ
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
はずに
渡
(
わた
)
して
下
(
くだ
)
さいなア。
374
女房
(
にようばう
)
が
鍋
(
なべ
)
を
洗
(
あら
)
つて
待
(
ま
)
つてゐるのですから』
375
友彦
『
実
(
じつ
)
は
金
(
かね
)
をあまり
周章
(
あわて
)
て
忘
(
わす
)
れて
来
(
き
)
たのだ』
376
黒ン坊
『ヘンうまいこと
云
(
い
)
ふない。
377
女王
(
ぢよわう
)
にスツパ
抜
(
ぬ
)
けを
喰
(
く
)
はされ、
378
金
(
かね
)
も
何
(
なに
)
も
持
(
も
)
つて
遁
(
に
)
げられたのだらう。
379
今
(
いま
)
までは
女王
(
ぢよわう
)
様
(
さま
)
の
光
(
ひか
)
りで、
380
貴様
(
きさま
)
を
尊敬
(
そんけい
)
して
居
(
を
)
つたが、
381
モー
斯
(
か
)
うなつちや
誰
(
たれ
)
が
貴様
(
きさま
)
に
随
(
したが
)
ふものがあるか。
382
金
(
かね
)
が
無
(
な
)
ければ
仕方
(
しかた
)
がない。
383
貴様
(
きさま
)
の
身
(
み
)
につけたものを
残
(
のこ
)
らず
俺
(
おれ
)
に
渡
(
わた
)
せ。
384
グヅグヅ
吐
(
ぬか
)
すと、
385
寄
(
よ
)
つて
集
(
たか
)
つて
此
(
こ
)
の
海中
(
かいちう
)
へ
水葬
(
すゐさう
)
してやらうか』
386
友彦
『エー
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
い、
387
ソンナラ
暑
(
あつ
)
い
国
(
くに
)
の
事
(
こと
)
でもあり、
388
裸
(
はだか
)
でも
しのげぬ
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
いのだから、
389
これなつと
持
(
も
)
つて
行
(
ゆ
)
け』
390
とクルクルと
真裸
(
まつぱだか
)
になり、
391
船
(
ふね
)
の
中
(
なか
)
に
投
(
な
)
げつけたるに
黒
(
くろ
)
ン
坊
(
ばう
)
は、
392
黒ン坊
『ヨー
思
(
おも
)
ひの
外
(
ほか
)
立派
(
りつぱ
)
な
着物
(
きもの
)
だ。
393
何分
(
なにぶん
)
金
(
かね
)
に
あかし
て
拵
(
こしら
)
へよつた
品物
(
しなもの
)
だから………オイその
首
(
くび
)
にかけて
居
(
ゐ
)
る
守
(
まも
)
り
袋
(
ぶくろ
)
を
此方
(
こちら
)
へ
寄越
(
よこ
)
せ』
394
友彦
『
之
(
これ
)
に
貴様
(
きさま
)
等
(
ら
)
が
手
(
て
)
を
触
(
ふ
)
れると、
395
忽
(
たちま
)
ち
身体
(
からだ
)
がしびれるぞ。
396
さア
持
(
も
)
つて
行
(
ゆ
)
け』
397
と
首
(
くび
)
を
突
(
つ
)
き
出
(
だ
)
す。
398
八
(
はち
)
人
(
にん
)
の
黒
(
くろ
)
ン
坊
(
ばう
)
は、
399
黒ン坊
『ヤア、
400
ソンナ
怖
(
おそ
)
ろしいものは
要
(
い
)
らぬワイ。
401
勝手
(
かつて
)
に
持
(
も
)
つて
行
(
ゆ
)
け』
402
と
云
(
い
)
ひ
捨
(
す
)
て
遠浅
(
とほあさ
)
の
海
(
うみ
)
に
友彦
(
ともひこ
)
を
残
(
のこ
)
し、
403
八挺
(
はつちやう
)
櫓
(
ろ
)
を
漕
(
こ
)
ぎ、
404
紫
(
むらさき
)
の
汐
(
しほ
)
漂
(
ただよ
)
ふ
海面
(
かいめん
)
を
矢
(
や
)
の
如
(
ごと
)
く
帰
(
かへ
)
つて
行
(
ゆ
)
く。
405
友彦
(
ともひこ
)
は
砂
(
すな
)
に
足
(
あし
)
を
没
(
ぼつ
)
し、
406
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
首
(
くび
)
に
守袋
(
まもりぶくろ
)
をプリンと
下
(
さ
)
げ、
407
飼犬
(
かひいぬ
)
よろしくと
云
(
い
)
ふスタイルで、
408
遠浅
(
とほあさ
)
の
海
(
うみ
)
をノタノタと、
409
四
(
よ
)
つ
這
(
ば
)
ひになつて
岸辺
(
きしべ
)
を
指
(
さ
)
して
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
410
(
大正一一・六・一四
旧五・一九
外山豊二
録)
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