霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 治安内(ぢあんない)教(けう)〔七四三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻 篇:第4篇 蛮地宣伝 よみ(新仮名遣い):ばんちせんでん
章:第13章 治安内教 よみ(新仮名遣い):ちあんないきょう 通し章番号:743
口述日:1922(大正11)年07月05日(旧閏05月11日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年5月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
初稚姫一行はネルソン山の山頂で祝詞を唱えていたとき、強風に吹き煽られて、山頂から墜落してしまった。一つ島は、ネルソン山より東側は黄竜姫が治めていたが、西側は猛獣毒蛇が多く、人が立ち入れない場所と考えられていた。
しかし実際には、相当数に人間が住んでいたのである。この地に住む人々は、勇猛で身体大きく、男女共に顔面に刺青をしていた。これはこの地に多い猛獣や毒蛇を避けるためである。
ジャンナの里のジャンナイ教は、肉食を厳禁し、肉食を犯した者はネルソン山西麓の谷間に集まって贖罪の生活を為していた。酋長の娘・照姫が、贖罪の道を教えるためにジャンナイ教の教主となっていた。
ジャンナイ教には、鼻の赤い神が救世主として降る、という伝説があった。そこへ、ネルソン山の強風に吹き煽られた友彦が墜落してきた。
友彦が息を吹き返すと、刺青をした人間たちが自分を取り囲んでいた。しかし自分を崇めているような様子から、これは自分を天から降った人種だと思って奉っているものだと日ごろの山師気を起こし、言葉が通じないのをよいことに、天を指差したり五十音を発生したりしてそれらしく振舞っていた。
やがて友彦は、ジャンナイ教の照姫のもとに連れて行かれた。ジャンナイ教主である照姫だけは、刺青をしていなかった。そこで照姫と友彦は結婚の儀式を行い、祝いの歌が響き渡った。
そこへ同じようにネルソン山から吹き落とされた玉治別が担ぎ込まれてきた。玉治別は友彦がわけのわからない言葉で歌っているのを聞いて、思わずふき出した。
玉治別は言葉が通じないのをよいことに、友彦の悪行を里人に向かって説法したり、友彦をからかっている。友彦は照姫に連れられて別室に行ってしまった。
すると屋根の上から木の実が玉治別の顔に落ちて、鼻が赤く腫れ上がってしまった。ジャンナイ教の従者はこれを見て、友彦より鼻の赤い立派な神様が現れたと思い、照姫のところに連れて行った。
すると照姫は玉治別の方を気に入ってしまい、友彦に肘鉄を食わした。友彦と玉治別がやりあっている間に、玉治別の鼻は紫になり、黒くなってきた。すると今度は玉治別が肘鉄を食わされてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-15 02:39:08 文字数:10183 OBC :rm2413
愛善世界社版:205頁 八幡書店版:第4輯 688頁 修補版: 校定版:211頁 普及版:96頁 初版: ページ備考:
001大海原(おほうなばら)に漂(ただよ)へる
002黄金(こがね)花(はな)咲(さ)く竜宮(りうぐう)の
003一(ひと)つの島(しま)に上陸(じやうりく)し
004厳(うづ)の都(みやこ)の城門(じやうもん)を
005潜(くぐ)りて高姫(たかひめ)蜈蚣姫(むかでひめ)
006黄竜姫(わうりようひめ)に面会(めんくわい)し
007梅子(うめこ)の姫(ひめ)や宇豆姫(うづひめ)の
008高(たか)き功績(いさお)に舌(した)を巻(ま)き
009天狗(てんぐ)の鼻(はな)の高姫(たかひめ)は
010高山彦(たかやまひこ)や黒姫(くろひめ)と
011諜(しめ)し合(あは)せて玉能姫(たまのひめ)
012初稚姫(はつわかひめ)や玉治(たまはる)の
013別(わけの)命(みこと)は海原(うなばら)を
014遠(とほ)く渡(わた)りて自転倒(おのころ)の
015島(しま)に帰(かへ)りしものとなし
016俄(にはか)に船(ふね)を操(あやつ)りつ
017東(ひがし)を指(さ)して出(い)でて行(ゆ)く
018玉治別(たまはるわけ)や玉能姫(たまのひめ)
019初稚姫(はつわかひめ)の一行(いつかう)は
020厳(うづ)の都(みやこ)の城門(じやうもん)を
021後(あと)に眺(なが)めて竜王山(たつおやま)
022峰(みね)を伝(つた)うてシトシトと
023谷(たに)を飛(と)び越(こ)え岩間(いはま)をくぐり
024ネルソン山(ざん)の山頂(さんちやう)に
025汗(あせ)をタラタラ流(なが)しつつ
026炎暑(えんしよ)と戦(たたか)ひやうやうに
027息(いき)継(つ)ぎあへず登(のぼ)り行(ゆ)く
028折柄(をりから)吹(ふ)き来(く)る涼風(りやうふう)に
029払(はら)ひ落(おと)した玉(たま)の汗(あせ)
030厳(うづ)の都(みやこ)を顧(かへり)みて
031山(やま)又(また)山(やま)に連(つら)なりし
032雄大(ゆうだい)無限(むげん)の絶景(ぜつけい)を
033心(こころ)行(ゆ)くまでも観賞(くわんしやう)し
034各(おのおの)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し
035天津(あまつ)御神(みかみ)や国津(くにつ)神(かみ)
036国魂神(くにたまがみ)の大前(おほまへ)に
037拍手(はくしゆ)の声(こゑ)も勇(いさ)ましく
038竜宮島(りうぐうじま)の宣伝(せんでん)を
039無事(ぶじ)に済(す)まさせ玉(たま)へよと
040祈(いの)る折(をり)しも山腹(さんぷく)より
041俄(にはか)に湧(わ)き来(く)る濃雲(のううん)に
042一行(いつかう)十(じふ)人(にん)忽(たちま)ちに
043暗(やみ)に包(つつ)まれ足許(あしもと)も
044碌々(ろくろく)見(み)えずなりにける
045斯(か)かる所(ところ)へ黒雲(くろくも)を
046押(お)し分(わ)け来(きた)る大蛇(をろち)の群(むれ)
047焔(ほのほ)の舌(した)を吐(は)き乍(なが)ら
048一行(いつかう)目蒐(めが)けて攻(せ)め来(きた)る
049スマートボールは驚(おどろ)いて
050闇(やみ)の中(なか)をば駆(かけ)めぐり
051ネルソン山(ざん)の頂上(ちやうじやう)より
052足(あし)踏(ふ)みはづし万丈(ばんぢやう)の
053谷間(たにま)に忽(たちま)ち顛落(てんらく)し
054続(つづ)いて貫州(くわんしう)武公(たけこう)や
055久助(きうすけ)お民(たみ)も各自(めいめい)に
056行方(ゆくへ)も知(し)れずなりにけり
057玉治別(たまはるわけ)や玉能姫(たまのひめ)
058初稚姫(はつわかひめ)は手(て)をつなぎ
059暗祈(あんき)黙祷(もくたう)の折柄(をりから)に
060忽(たちま)ち吹(ふ)き来(く)る大嵐(おほあらし)
061本島一(ほんたういち)の高山(かうざん)の
062尾(を)の上(へ)を渡(わた)る荒風(あらかぜ)は
063一入(ひとしほ)強(つよ)く三(さん)人(にん)は
064木(こ)の葉(は)の如(ごと)く中空(ちうくう)に
065巻(ま)きあげられて悲(かな)しくも
066各(おのおの)行方(ゆくへ)は白雲(しらくも)の
067包(つつ)む谷間(たにま)に落(お)ちにけり
068神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
069善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける
070此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
071心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
072唯(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
073直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し
074世(よ)の過(あやま)ちを宣(の)り直(なほ)す
075三五教(あななひけう)の皇神(すめかみ)の
076教(をしへ)に任(まか)せし一行(いつかう)は
077唯(ただ)何事(なにごと)も惟神(かむながら)
078御霊(みたま)幸(さち)はひましませと
079心(こころ)の中(うち)に祈(いの)りつつ
080底(そこ)ひも知(し)れぬ谷底(たにぞこ)に
081生命(いのち)からがら墜落(つゐらく)し
082谷(たに)の木霊(こだま)を響(ひび)かせつ
083天津(あまつ)祝詞(のりと)をスラスラと
084奏上(そうじやう)するこそ健気(けなげ)なれ。
085○
086厳(うづ)の城(しろ)より舁出(かきだ)され
087谷間(たにま)の岩上(がんじやう)に墜落(つゐらく)し
088腰(こし)を打(う)ちたる友彦(ともひこ)も[※第11章末を参照]
089神(かみ)の守(まも)りの著(いちじる)く
090ハツと心(こころ)を取直(とりなほ)し
091あたりを見(み)れば人影(ひとかげ)の
092無(な)きを幸(さいは)ひ森林(しんりん)の
093草(くさ)を分(わ)けつつやうやうに
094木(こ)の実(み)を喰(くら)ひ谷水(たにみづ)に
095喉(のど)を潤(うるほ)しネルソンの
096山(やま)の尾(を)の上(へ)に着(つ)きにける
097又(また)もや吹(ふ)き来(く)る烈風(れつぷう)に
098友彦(ともひこ)の身(み)は煽(あふ)られて
099高山(かうざん)数多(あまた)飛(と)び越(こ)えつ
100ジヤンナの谷間(たにま)に墜落(つゐらく)し
101前後(ぜんご)不覚(ふかく)になりにける
102あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
103御霊(みたま)幸(さち)はひましますか
104九死(きうし)一生(いつしやう)の友彦(ともひこ)も
105ジヤンナイ教(けう)の信徒(まめひと)に
106担(かつ)ぎこまれて照姫(てるひめ)の
107教(をしへ)の館(やかた)に着(つ)きにける。
108 此(この)島(しま)はネルソン山(ざん)の山脈(さんみやく)を以(もつ)て東西(とうざい)に区劃(くくわく)され、109東(ひがし)は黄竜姫(わうりようひめ)が三五教(あななひけう)を宣布(せんぷ)し、110其(その)勢力(せいりよく)範囲(はんゐ)となつて居(ゐ)た。111されどネルソン山(ざん)以西(いせい)は住民(ぢゆうみん)も少(すくな)く、112猛獣(まうじう)、113毒蛇(どくじや)、114大蛇(をろち)の群(むれ)無数(むすう)に棲息(せいそく)して、115東半部(とうはんぶ)の人民(じんみん)は此(この)山脈(さんみやく)を西(にし)に越(こ)えた者(もの)はなかつた。116然(しか)るにネルソン山(ざん)以西(いせい)にも相当(さうたう)に人類(じんるゐ)棲息(せいそく)して秘密(ひみつ)郷(きやう)の如(ごと)くなつて居(ゐ)た。117極(きは)めて獰猛(だうまう)勇敢(ゆうかん)なる人種(じんしゆ)にして、118男子(だんし)は身(み)の丈(たけ)八九(はちく)尺(しやく)、119女子(ぢよし)と雖(いへど)も七八(しちはつ)尺(しやく)を下(くだ)る者(もの)はない、120巨人(きよじん)の棲息地(せいそくち)である。121男子(だんし)も女子(ぢよし)も残(のこ)らず顔面(がんめん)に文身(いれずみ)をなし、122一見(いつけん)して男女(だんぢよ)の区別(くべつ)判(はん)じ難(がた)き位(ぐらゐ)である。123木(こ)の葉(は)を編(あ)みて腰(こし)の周囲(まはり)を蔽(おほ)ひ、124其(その)他(た)全部(ぜんぶ)赤裸(まつぱだか)にして、125赤銅(しやくどう)の如(ごと)き皮膚(ひふ)を有(いう)し居(を)れり。
126 色(いろ)の黒(くろ)い顔(かほ)に青(あを)い文身(いれずみ)をなし居(ゐ)る事(こと)とて、127実(じつ)に何(なん)とも云(い)へぬ恐(おそ)ろしき容貌(ようばう)計(ばか)りなりき。128猛獣(まうじう)、129大蛇(だいじや)の怖(おそ)れて近寄(ちかよ)らざる様(やう)との注意(ちゆうい)より、130斯(か)くの如(ごと)く文身(いれずみ)をなしゐるなり。131故(ゆゑ)に此(この)地(ち)に美男子(びだんし)と云(い)へば最(もつと)も獰猛(だうまう)醜悪(しうあく)なる面貌(めんばう)の持主(もちぬし)にして、132酋長(しうちやう)たるべき者(もの)は一見(いつけん)して鬼(おに)の如(ごと)くなり。133頭部(とうぶ)には諸獣(しよじう)の角(つの)を付着(ふちやく)し、134手(て)には石造(いしづく)りの槍(やり)を携(たづさ)へ、135旅行(りよかう)する時(とき)は少(すくな)くとも五六(ごろく)人(にん)の同伴(つれ)が無(な)ければ、136一歩(いつぽ)も外(そと)へ出(で)ないと云(い)ふ風習(ふうしふ)である。137住宅(ぢゆうたく)は主(おも)に山腹(さんぷく)に穴(あな)を穿(うが)ち、138芭蕉(ばせう)の如(ごと)き大(だい)なる木(こ)の葉(は)を敷(し)き詰(つ)めて褥(しとね)となし、139食物(しよくもつ)は木(こ)の実(み)、140山(やま)の芋(いも)、141松(まつ)の実(み)等(とう)を以(もつ)て常食(じやうしよく)となしゐるなり。142山間(さんかん)の地(ち)は魚類(ぎよるゐ)は実(じつ)に珍味(ちんみ)にして、143一生(いつしやう)の間(あひだ)に一二回(いちにくわい)口(くち)にするを得(え)ば、144実(じつ)に豪奢(がうしや)の生活(せいくわつ)と言(い)はるる位(くらゐ)なり。145谷川(たにがは)に上(のぼ)り来(きた)るミースと云(い)ふ五寸(ごすん)許(ばか)りの魚(さかな)、146時(とき)あつて捕獲(ほくわく)するのみにして、147魚類(ぎよるゐ)の姿(すがた)を見(み)る事(こと)は甚(はなは)だ稀(まれ)なり。148兎(うさぎ)、149山犬(やまいぬ)、150山猫(やまねこ)などを捕獲(ほくわく)し、151之(こ)れを最上(さいじやう)の珍味(ちんみ)とし居(ゐ)たるなり。
152 されどジヤンナイ教(けう)の教理(けうり)は、153動物(どうぶつ)の肉(にく)を食(く)ふ事(こと)を厳禁(げんきん)しあるを以(もつ)て、154若(も)し此(この)禁(きん)を破(やぶ)る者(もの)は、155焦熱(せうねつ)地獄(ぢごく)に陥(おちい)るとの信仰(しんかう)を抱(いだ)き、156容易(ようい)に食(くら)ふ事(こと)を忌(い)み居(を)れり。157一度(いちど)肉食(にくしよく)を犯(をか)せし者(もの)は、158其(その)群(むれ)より放逐(ほうちく)され、159谷川(たにがは)の畔(ほとり)に追(お)ひやらるる事(こと)となれり。160此(この)肉食(にくしよく)を犯(をか)し追(お)ひ退(やら)はれたる者(もの)は、161ネルソン山(ざん)の西麓(せいろく)の広(ひろ)き谷間(たにま)に集(あつ)まり来(きた)り、162神(かみ)に罪(つみ)を謝(しや)する為(ため)に酋長(しうちやう)の娘(むすめ)照姫(てるひめ)を教主(けうしゆ)と仰(あふ)ぎ、163ジヤンナイ教(けう)を樹(た)て、164醜穢(しうわい)の罪人(ざいにん)計(ばか)りに対(たい)し、165謝罪(しやざい)の道(みち)を教(をし)へ居(ゐ)たりける。166肉食(にくしよく)せざる者(もの)は何(いづ)れも山(やま)の中腹(ちうふく)以上(いじやう)に住居(ぢゆうきよ)を構(かま)へ、167豊富(ほうふ)なる木(こ)の実(み)を常食(じやうしよく)となし、168安楽(あんらく)なる月日(つきひ)を送(おく)りゐたり。169谷底(たにぞこ)には猛獣(まうじう)、170大蛇(をろち)、171毒蛇(どくじや)多(おほ)く集(あつ)まり、172実(じつ)に危険(きけん)極(きは)まる湿地(しつち)なりけり。
173 此(この)谷底(たにそこ)に照姫(てるひめ)を教主(けうしゆ)とせるジヤンナイ教(けう)の本山(ほんざん)は建(た)てられ、174数多(あまた)の信徒(しんと)は朝夕(あさゆふ)に祈願(きぐわん)を凝(こ)らしつつあつた。175ジヤンナイ教(けう)の信条(しんでう)は………我(われ)等(ら)はアールの神(かみ)の禁(きん)を犯(をか)せし罪人(つみびと)なれば、176死後(しご)は必(かなら)ず根底(ねそこ)の国(くに)の苦(くるし)みを受(う)くる者(もの)なれば、177神(かみ)に祈(いの)りて罪(つみ)を謝(しや)し、178来世(らいせ)の苦(く)を逃(のが)るべきもの……と固(かた)く信(しん)じてゐたるなり。179さうして……頓(やが)て鼻頭(びとう)の赤(あか)き神(かみ)、180此(この)地(ち)に降臨(かうりん)する事(こと)あらむ。181是(こ)れ我(われ)等(ら)の救世主(きうせいしゆ)にして、182天(てん)より我(われ)等(ら)の信仰(しんかう)を憐(あは)れみ天降(あまくだ)し玉(たま)ふものなり……と、183照姫(てるひめ)の教(をしへ)を固(かた)く信(しん)じ、184時(とき)の来(きた)るを待(ま)ちつつありける。185さうして鼻(はな)赤(あか)き生神(いきがみ)はオーストラリヤ全島(ぜんたう)を支配(しはい)し、186霊肉(れいにく)共(とも)に、187我(われ)等(ら)を救(すく)ふ者(もの)との信念(しんねん)を保持(ほぢ)して、188救世主(きうせいしゆ)の降(くだ)るを旱天(かんてん)の雲霓(うんげい)を望(のぞ)むが如(ごと)く待(ま)ち居(ゐ)たりしなり。
189 斯(か)かる所(ところ)へネルソン山上(さんじやう)のレコード破(やぶ)りの強風(きやうふう)に吹(ふ)きまくられ、190高山(かうざん)の頂(いただ)きを数多(あまた)越(こ)えて今(いま)此(この)ジヤンナの広(ひろ)き谷間(たにま)に墜落(つゐらく)したれば、191怪(あや)しき人物(じんぶつ)の降(くだ)り来(きた)れるものかなと、192折(をり)から来(き)合(あは)せたる十数(じふすう)人(にん)の男女(だんぢよ)は、193友彦(ともひこ)の人事(じんじ)不省(ふせい)となれる肉体(にくたい)を藤蔓(ふぢづる)を以(もつ)て編(あ)みたる寝台(しんだい)に載(の)せ、194ジヤンナイ教(けう)の本山(ほんざん)に担(かつ)ぎ込(こ)みぬ。195数多(あまた)の信徒(しんと)は物珍(ものめづら)しげに集(あつま)り来(きた)り、196水(みづ)を飲(の)ませ、197撫(な)でさすり、198手(て)を曲(ま)げ、199足(あし)を動(うご)かしなどして、200やうやうに蘇生(そせい)せしめたり。
201 友彦(ともひこ)は此(この)時(とき)は既(すで)に失心(しつしん)し、202血液(けつえき)循環(じゆんかん)も殆(ほとん)ど休止(きうし)し、203全身(ぜんしん)蒼白色(さうはくしよく)に変(かは)り居(ゐ)たり。204照姫(てるひめ)の一(いち)の弟子(でし)と聞(きこ)えたるチーチヤーボールは、205勝(すぐ)れて大(だい)の男(をとこ)にして、206口(くち)は頬(ほほ)の半(なかば)まで引裂(ひきさ)け、207鼻(はな)は大(おほ)きく、208白目勝(しろめがち)の大(だい)なる眼(まなこ)の所有者(しよいうしや)なりき。209教主(けうしゆ)照姫(てるひめ)は少(すこ)しの文身(いれずみ)もなさず、210比較(ひかく)的(てき)色(いろ)白(しろ)く、211稍(やや)赤味(あかみ)を帯(お)びたる美人(びじん)なりき。212ジヤンナイ教(けう)の教主(けうしゆ)たる者(もの)は、213天然(てんねん)自然(しぜん)の肉体(にくたい)を染(そ)めざるを以(もつ)て教(をしへ)の本旨(ほんし)となし、214数多(あまた)の信者(しんじや)より特別(とくべつ)の待遇(たいぐう)を受(う)け、215尊敬(そんけい)の的(まと)とせられ居(ゐ)たるなり。
216 友彦(ともひこ)は漸(やうや)くにして正気(しやうき)づき、217四辺(あたり)を見(み)れば、218何(なん)とも知(し)れぬ恐(おそ)ろしき、219男女(だんぢよ)区別(くべつ)も分(わか)らぬ人種(じんしゆ)の、220十重(とへ)二十重(はたへ)に我(わが)周囲(しうゐ)を取巻(とりま)きゐるに驚(おどろ)き、221如何(いかが)はせむと首(かうべ)を傾(かた)げ思案(しあん)に暮(く)れ居(ゐ)たり。222顔色(がんしよく)は漸(やうや)く元(もと)に復(ふく)し、223身体(しんたい)一面(いちめん)に血色(けつしよく)よくなると共(とも)に、224鼻(はな)の先(さき)はいやが上(うへ)にも赤(あか)くなり来(き)たりぬ。
225 チーチヤーボールは大勢(おほぜい)に向(むか)ひ、
226チーチヤーボール『オーレンス、227サーチライス』
228と云(い)ひける。229此(この)意味(いみ)は『吾々(われわれ)の救世主(きうせいしゆ)なり』と云(い)ふ意味(いみ)なり。230一同(いちどう)は腰(こし)を屈(かが)め、231両手(りやうて)を合(あは)せ、232友彦(ともひこ)に向(むか)つてしきりに何事(なにごと)か口々(くちぐち)に叫(さけ)び乍(なが)ら、233落涙(らくるゐ)しゐる。234チーチヤーボールは、
235チーチヤーボール『オーレンス、236サーチライス』
237と繰返(くりかへ)し繰返(くりかへ)し言(い)ふ。238友彦(ともひこ)は合点(がてん)往(ゆ)かねども、239此(この)土人(どじん)等(ら)は決(けつ)して吾(われ)を虐待(ぎやくたい)するものにあらず、240珍(めづ)らしげに吾(われ)を天降(てんかう)人種(じんしゆ)と誤信(ごしん)し、241感涙(かんるゐ)に咽(むせ)ぶものならむと思(おも)ひ、242日頃(ひごろ)の山師気(やましげ)を発揮(はつき)し、243右(みぎ)の手(て)を握(にぎ)り人差指(ひとさしゆび)を立(た)て、244天(てん)を指(さ)して、
245友彦『ウツポツポー、246ウツポツポー』
247と二声(ふたごゑ)叫(さけ)びてみたり。248チーチヤーボールを初(はじ)め一同(いちどう)は其(その)声(こゑ)に応(おう)じて、
249一同『ウツポツポー、250ウツポツポー、251オーレンス、252サーチライス』
253と声(こゑ)を揃(そろ)へて叫(さけ)び出(だ)しぬ。254其(その)声(こゑ)は谷(たに)の木霊(こだま)に響(ひび)き、255向(むか)ふ側(がは)の谷(たに)にも山彦(やまびこ)が同(おな)じ様(やう)に言霊(ことたま)を応酬(おうしう)する。256土人(どじん)は又(また)もや声(こゑ)する方(はう)に向(むか)つて前(まへ)の言葉(ことば)を繰返(くりかへ)しける。
257 友彦(ともひこ)は稍(やや)安心(あんしん)したるが、258此(この)ジヤンナの郷(さと)の言語(げんご)が通(つう)じないに聊(いささ)か当惑(たうわく)を感(かん)じたり。259されど頓智(とんち)のよい友彦(ともひこ)は……何(なに)、260却(かへつ)て天降(てんかう)人種(じんしゆ)は地上(ちじやう)の言葉(ことば)に通(つう)ぜざるが一層(いつそう)尊貴(そんき)の観念(かんねん)を与(あた)ふるならむと決心(けつしん)し、
261友彦『アオウエイ、262カコクケキ、263サソスセシ、264……』
265と五十音(ごじふおん)を繰返(くりかへ)し繰返(くりかへ)し唱(とな)へ出(だ)したり。266老若(らうにやく)男女(なんによ)一同(いちどう)は友彦(ともひこ)の言葉(ことば)に従(つ)いて『アオウエイ』と異口(いく)同音(どうおん)に唱(とな)へ出(だ)す。267友彦(ともひこ)は漸(やうや)く空腹(くうふく)を感(かん)じ、
268友彦『我(わ)れに食(しよく)を与(あた)へよ』
269と云(い)ふ。270されど郷人(さとびと)の耳(みみ)には一人(ひとり)として了解(れうかい)するものなく、271呆然(ばうぜん)として友彦(ともひこ)の顔(かほ)を心配(しんぱい)げに打眺(うちなが)めてゐたり。272友彦(ともひこ)は自分(じぶん)の口(くち)を右(みぎ)の手(て)で押(おさ)へてみするに、273一同(いちどう)は同(おな)じく自分(じぶん)の手(て)で各自(めいめい)の口(くち)を抑(おさ)へゐる。274友彦(ともひこ)は、
275友彦『何(なに)か食(く)ふ物(もの)があれば持(も)つて来(こ)いツ』
276と云(い)ふ。277又(また)一同(いちどう)は、
278一同『何(なに)か食(く)ふ物(もの)があれば持(も)つて来(こ)いツ』
279と妙(めう)な訛(なまり)で叫(さけ)ぶ。
280 此(この)時(とき)大勢(おほぜい)の声(こゑ)の尋常(ただ)ならぬに不審(ふしん)を起(おこ)し、281二三(にさん)の侍女(じぢよ)を伴(ともな)ひ現(あら)はれ来(きた)りしは、282ジヤンナイ教主(けうしゆ)テールス姫(ひめ)(照姫(てるひめ))なりき。283友彦(ともひこ)の顔(かほ)を見(み)るより忽(たちま)ち堪(こら)へ切(き)れぬ様(やう)な笑(ゑみ)を含(ふく)み、284友彦(ともひこ)の手(て)を握(にぎ)りぬ。285友彦(ともひこ)は鬼(おに)の様(やう)な人間(にんげん)の群(むれ)の中(なか)にも、286斯(か)かる麗(うる)はしき女性(ぢよせい)のあるかと驚(おどろ)き乍(なが)ら、287彼女(かれ)がなす儘(まま)に任(まか)せ居(ゐ)たり。288テールス姫(ひめ)は侍女(じぢよ)に何事(なにごと)か命令(めいれい)したるに、289三(さん)人(にん)の侍女(じぢよ)は左右(さいう)の手(て)を執(と)り、290一人(ひとり)は腰(こし)を押(お)し、291テールス姫(ひめ)は先(さき)に立(た)ち、292穴居(けつきよ)民族(みんぞく)に似(に)ず、293蔦葛(つたかづら)を以(もつ)て縛(しば)りつけたる木造(もくざう)の広(ひろ)き家(いへ)に導(みちび)きける。294友彦(ともひこ)は意気(いき)揚々(やうやう)として、295天下(てんか)の色男(いろをとこ)気取(きど)りになりて、296奥(おく)の間(ま)深(ふか)く導(みちび)かれ行(ゆ)く。
297 奥(おく)の間(ま)には立派(りつぱ)な斎殿(さいでん)が設(まう)けられてあり、298名(な)も知(し)れぬ麗(うる)はしき果物(くだもの)、299小山(こやま)の如(ごと)く積(つ)み重(かさ)ね供(そな)へられありぬ。300テールス姫(ひめ)は其(その)中(なか)の紅色(べにいろ)の果物(くだもの)を一(ひと)つ取出(とりだ)し、301侍女(じぢよ)に命(めい)じ、302石(いし)の包丁(はうちやう)を以(もつ)て二(ふた)つに割(わ)らしめ、303さうして一(ひと)つは自分(じぶん)が食(く)ひ、304一(ひと)つは友彦(ともひこ)に食(く)へと、305仕方(しかた)をして見(み)せたり。306友彦(ともひこ)は喜(よろこ)び空腹(すきばら)の事(こと)とて、307かぶり付(つ)く様(やう)に瞬(またた)く間(うち)に平(たひら)げにける。308これはコーズと云(い)ふ果物(くだもの)の実(み)で、309此(この)郷(さと)に唯(ただ)一本(いつぽん)より無(な)き大切(たいせつ)なる樹(き)の果物(くだもの)なりき。310二年目(にねんめ)或(あるひ)は三年目(さんねんめ)に僅(わづ)かに一(ひと)つ二(ふた)つ実(みの)る位(くらゐ)のものにして、311此(この)コーズの実(み)の稔(みの)りたる年(とし)は必(かなら)ず此(この)郷(さと)に芽出度(めでた)き事(こと)ありと伝(つた)へられ居(ゐ)たり。312そしてテールス姫(ひめ)が二(ふた)つに割(わ)つて友彦(ともひこ)に食(く)はしたるは、313要(えう)するに結婚(けつこん)の儀式(ぎしき)なりけり。314数多(あまた)の男女(だんぢよ)は雪崩(なだれ)の如(ごと)く追々(おひおひ)此(この)家(や)に集(あつ)まり来(きた)り「ウローウロー」と嬉(うれ)しさうに叫(さけ)び、315手(て)を拍(う)ち躍(をど)り狂(くる)ひゐる。316是(こ)れは救世主(きうせいしゆ)の降臨(かうりん)を祝(しゆく)しテールス姫(ひめ)の結婚(けつこん)を喜(よろこ)ぶ声(こゑ)なりけり。
317 テールス姫(ひめ)は救世主(きうせいしゆ)の降臨(かうりん)と夫婦(ふうふ)結婚(けつこん)の盛典(せいてん)を祝(しゆく)する為(ため)に立(た)つて歌(うた)ひ初(はじ)めたり。318その歌(うた)、
319テールス姫『オーレンス、サーチライス
320ウツポツポ、ウツポツポ
321テールスナイス、テーナイス
322テーリスネース、テーネース
323ウツパツパ、ウツパツパ
324パークパーク、ホースホース、エーリンス
325カーチライト、トーマース
326タリヤタラーリヤ、トータラリ
327タラリータラリー、リートーリートー、ユーカ
328シンジヤン、ジヤンジヤ、ベース
329ヘース、ヘースク、ツーターリンス
330イーリクイーリク、イーエンス
331ジヤイロパーリスト
332ポーポー、パーリスク
333ターウーインス、エーリツクチヤーリンスク、パーパー』
334と唄(うた)ひける。335友彦(ともひこ)は何(なん)の事(こと)だか合点(がつてん)行(ゆ)かず、336されど決(けつ)して悪(わる)い事(こと)ではない、337祝(いはひ)の言葉(ことば)だと心(こころ)に思(おも)ひぬ。338此(この)意味(いみ)を総括(そうくわつ)して言(い)へば、
339『天来(てんらい)の救世主(きうせいしゆ)現(あら)はれ玉(たま)ひ、340人間(にんげん)としても実(じつ)に立派(りつぱ)な英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)なり。341吾(わ)れは此(この)郷(さと)の信仰(しんかう)の中心(ちうしん)人物(じんぶつ)、342さうして実(じつ)に女(をんな)として恥(はづ)かしからぬ准(じゆん)救世主(きうせいしゆ)である。343汝(なれ)が降(くだ)り来(きた)るを首(くび)を長(なが)くして神(かみ)に祈(いの)り待(ま)つて居(を)りました。344最早(もはや)此(この)谷間(たにま)の郷(さと)は如何(いか)なる大蛇(をろち)が来(き)ても猛獣(まうじう)が来(き)ても、345如何(いか)なる悪魔(あくま)でも、346決(けつ)して恐(おそ)るるに足(た)りない。347私(わたくし)は立派(りつぱ)な夫(をつと)を持(も)ち此(この)上(うへ)の喜(よろこ)びはない。348暗夜(あんや)に灯火(とうくわ)を点(てん)じたやうな心持(こころもち)になつて来(き)た。349今日(けふ)の老若(らうにやく)男女(なんによ)は誰(たれ)彼(かれ)も貴方(あなた)の御(ご)降臨(かうりん)を見(み)て、350手(て)の舞(ま)ひ足(あし)の踏(ふ)む所(ところ)を知(し)らず喜(よろこ)んでゐます。351どうぞ千(せん)年(ねん)も万(まん)年(ねん)も此郷(ここ)に御(お)鎮(しづ)まり下(くだ)さいまして、352末永(すえなが)く夫婦(ふうふ)の契(ちぎり)を結(むす)び、353此(この)郷(さと)の救(すく)ひ主(ぬし)となつて人民(じんみん)を守(まも)つて下(くだ)さい。354アヽ有難(ありがた)い、355嬉(うれ)しい。356天(あま)の岩戸(いはと)が開(ひら)けた様(やう)な……否(いや)全(まつた)く岩戸(いはと)が開(ひら)けました。357我々(われわれ)一同(いちどう)は是(これ)より安心(あんしん)して月日(つきひ)を送(おく)ります。358お前(まへ)の鼻(はな)の頭(あたま)の赤(あか)いのが日(ひ)の神(かみ)の国(くに)から御(お)降(くだ)りなされた証拠(しようこ)だ。359どうぞ末永(すえなが)く妾(わらは)を初(はじ)め一同(いちどう)の者(もの)を可愛(かあい)がつて下(くだ)さい』
360と云(い)ふ意味(いみ)の感謝(かんしや)の辞(ことば)なりけり。361友彦(ともひこ)は返答(へんたふ)せずには居(を)られないと、362負(ま)けぬ気腰(きごし)になりて……天降(てんかう)人種(じんしゆ)気取(きど)りで分(わか)らぬ事(こと)を言(い)つてやる方(はう)が却(かへつ)て有難(ありがた)がるだらう、363土人(どじん)の言語(げんご)も知(し)らずに、364憖(なまじ)ひに真似(まね)をして却(かへつ)て軽蔑(けいべつ)さるるも不利益(ふりえき)だ……と心(こころ)に思(おも)ひ定(さだ)め、365さも応揚(おうやう)な態度(たいど)で、
366友彦『……アーメンス、ヨーリンス
367フーララリンス、サーチライス
368スーツクスーツク、ダーインコーウンス
369カーブーランス、ネーギーネーブーカー
370ナーハーネース、エンモース
371水菜(みづな)に嫁菜(よめな)に蒲公英(たんぽぽ)セーリンス
372ナヅナ、ヤーマンス、ノンインモー
373ドンジヨー、ウナーギー、フーナモロコ、
374コーイ、ナマヅ、タコドービンヒツサゲタ、
375ナイス、ネース、ローマンス、
376ホートーホートー、ローレンス
377ピーツク、ピーツク、ヒーバーリース』
378と唄(うた)ひ済(す)まし込(こ)み居(ゐ)たり。379一同(いちどう)は何(なん)の事(こと)だか訳(わけ)が分(わか)らぬ。380されど天(てん)より降(くだ)りし救世主(きうせいしゆ)の言葉(ことば)と有難(ありがた)がり、381随喜(ずいき)の涙(なみだ)を零(こぼ)し居(ゐ)たりける。
382 此(この)時(とき)又(また)もや十数(じふすう)人(にん)の土人(どじん)に担(かつ)がれて、383此(この)場(ば)へ来(き)たりしは玉治別(たまはるわけ)なりき。384玉治別(たまはるわけ)は友彦(ともひこ)が言葉(ことば)を半分(はんぶん)ばかり聞(き)いて可笑(をか)しさに吹(ふ)き出(だ)し「プーツプーツ」と唾(つばき)を飛(と)ばしける。385一同(いちどう)は同(おな)じく「プーツプーツ」と言(い)つて友彦(ともひこ)目蒐(めが)けて唾液(つば)を吹(ふ)つ掛(か)ける。386友彦(ともひこ)は唾液(つば)の夕立(ゆふだち)に会(あ)うた様(やう)になつて、
387友彦『誰(たれ)かと思(おも)へば玉治別(たまはるわけ)さま、388あまりぢやないか、389馬鹿(ばか)にしなさるな』
390玉治別『オイ友彦(ともひこ)さま、391随分(ずゐぶん)好遇(もて)たものだなア。392コンナ ナイスを女房(にようばう)に持(も)ち、393無鳥郷(むてうきやう)の蝙蝠(へんぷく)で暮(くら)して居(を)れば、394マア無事(ぶじ)だらうよ』
395友彦『玉治別(たまはるわけ)さま、396チツト気(き)を利(き)かして下(くだ)さいな。397折角(せつかく)ここの大将(たいしやう)が此(この)赤(あか)い鼻(はな)に惚(ほ)れて、398コンナ面白(おもしろ)い夢(ゆめ)を見(み)て居(ゐ)るのに、399しようもない事(こと)を言(い)うて下(くだ)さると、400サツパリ化(ば)けが現(あら)はれるぢやないか』
401玉治別『ナアニ、402言語(げんご)の通(つう)じない所(ところ)だ。403何(なに)を言(い)つたつて構(かま)ふものか。404わしも一(ひと)つ言霊(ことたま)をやつて見(み)ようかな』
405友彦『やるのも宜(よろ)しいが、406なまかぢりに此郷(ここ)の言葉(ことば)を使(つか)つちや可(い)けませぬよ』
407玉治別『ソンナこたア玉(たま)さま百(ひやく)も承知(しようち)だ。408笑(わら)つちや可(い)けないよ』
409友彦『ナニ笑(わら)ふものかい、410やつて見(み)玉(たま)へ。411わしは最早(もはや)此郷(ここ)の御(おん)大将(たいしやう)だから、412あまり心安(こころやす)さうに言(い)つて呉(く)れては困(こま)るよ。413第一(だいいち)お前(まへ)の態度(たいど)から直(なほ)して、414わしの家来(けらい)の様(やう)な風(ふう)をして見(み)せて呉(く)れよ』
415 玉治別(たまはるわけ)は、
416玉治別『ヨシ面白(おもしろ)い』
417と言(い)ひ乍(なが)ら言語(げんご)の通(つう)ぜざるを幸(さいは)ひ、
418玉治別『ジヤンナの郷人(さとびと)よ、419玉治別(たまはるわけ)が今(いま)申(まを)す事(こと)をよつく聞(き)けよ。420此(この)友彦(ともひこ)と云(い)ふ男(をとこ)はメソポタミヤの顕恩郷(けんおんきやう)に於(おい)て、421バラモン教(けう)の副棟梁(ふくとうりやう)鬼熊別(おにくまわけ)が娘(むすめ)小糸姫(こいとひめ)(十五(じふご)才(さい))を巧言(かうげん)を以(もつ)てチヨロまかし……』
422友彦『コレコレ玉(たま)さま、423あまりぢやないか』
424玉治別『何(なん)でも好(い)いぢやないか。425分(わか)らぬ事(こと)だから、426マア黙(だま)つて聞(き)かうよ……それから錫蘭(シロ)の島(しま)へ随徳寺(ずゐとくじ)をきめ込(こ)み、427一(いち)年(ねん)ばかり暮(くら)して居(ゐ)たが、428赤鼻(あかはな)の出歯(でば)の鰐口(わにぐち)に、429流石(さすが)の小糸姫(こいとひめ)も愛想(あいさう)をつかし、430黒(くろ)ン坊(ばう)のチヤンキー、431モンキーを雇(やと)ひ、432船(ふね)に乗(の)つて一(ひと)つ島(じま)まで逃(に)げて来(き)た。433……話(はなし)が元(もと)へ戻(もど)つて友彦(ともひこ)と云(い)ふ奴(やつ)、434浪速(なには)の里(さと)に於(おい)て三百(さんびやく)両(りやう)の詐欺(さぎ)を致(いた)し、435次(つぎ)に淡路(あはぢ)の洲本(すもと)の酋長(しうちやう)東助(とうすけ)が不在(るす)を窺(うかが)ひ、436女房(にようばう)の前(まへ)に偽神懸(にせかむがかり)[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]を致(いた)し、437陰謀(いんぼう)忽(たちま)ち露見(ろけん)して雪隠(せんち)の穴(あな)より逃(に)げ出(だ)し……』
438友彦『コラコラ好(い)い加減(かげん)に止(や)めて呉(く)れぬかい。439あまりぢやないか』
440玉治別『ナアニ、441構(かま)ふ事(こと)があるものか。442あれを見(み)よ。443有難(ありがた)がつて涙(なみだ)を流(なが)して聞(き)いてるぢやないか。444………マダマダ奥(おく)はありますけれど、445先(ま)づ今晩(こんばん)は是(こ)れにて止(とど)めをき、446又(また)明晩(みやうばん)ゆーるゆるとお聞(き)きに達(たつ)しまする。447皆(みな)さま、448吶弁(とつべん)の吾々(われわれ)が此(この)物語(ものがたり)、449よくも神妙(しんめう)にお聞(き)き下(くだ)さいました。450併(しか)し乍(なが)ら用心(ようじん)なさらぬと、451此(この)友彦(ともひこ)は険難(けんのん)ですよ。452……テールス姫(ひめ)さま、453此奴(こいつ)は女子惚(をなごのろ)けの後家(ごけ)盗人(ぬすびと)、454グヅグヅしてると、455そこらの侍女(じぢよ)を皆(みんな)チヨロまかし、456あなたに蛸(たこ)の揚壺(あげつぼ)を喰(く)はす事(こと)は火(ひ)を睹(み)るより明(あきら)かですよ。457アツハヽヽヽ』
458と大口(おほぐち)を開(あ)けて笑(わら)ひ転(こ)ける。459友彦(ともひこ)は仕方(しかた)がなしに自分(じぶん)もワザと笑(わら)ひゐる。460チーチヤーボールは此(この)場(ば)にヌツと現(あら)はれ………「神(かみ)様(さま)が大変(たいへん)な御(ご)機嫌(きげん)だ。461併(しか)し今(いま)お出(い)でになつた神(かみ)は余程(よほど)立派(りつぱ)な方(かた)だが、462併(しか)し家来(けらい)に違(ちがひ)ない。463其(その)証拠(しようこ)には鼻(はな)の先(さき)がチツトも赤(あか)くない。464さうして余(あま)り口(くち)が小(ちひ)さすぎる」……と稍(やや)下目(しため)に見下(みおろ)し、465友彦(ともひこ)と同(おな)じ座(ざ)に着(つ)いて居(ゐ)る玉治別(たまはるわけ)の手(て)を取(と)つて、466一段下(いちだんした)の席(せき)に導(みちび)き、
467チーチヤーボール『ウツポツポ ウツポツポ、468サーチライス、469シーリス シーリス』
470と合掌(がつしやう)する。471他(た)の者(もの)も一同(いちどう)に、
472一同『シーリス シーリス』
473と云(い)ふ。474これは「救世主(きうせいしゆ)のお脇立(わきだち)……御(ご)家来(けらい)」と云(い)ふ意味(いみ)なり。475玉治別(たまはるわけ)は其(その)意(い)を悟(さと)り、
476玉治別『オイ友(とも)、477馬鹿(ばか)にしよるな。478俺(おれ)を眷属(けんぞく)だと言(い)ひよつて、479貴様(きさま)それで大将面(たいしやうづら)して居(を)つて気分(きぶん)が良(い)いのか』
480友彦『何(なん)だか奥歯(おくば)に物(もの)がこまつた様(やう)な気(き)もするし、481尻(しり)に糞(くそ)を挟(はさ)んどる様(やう)な心持(こころもち)もするのだ、482マアここはお前(まへ)も辛抱(しんばう)して家来(けらい)になつて呉(く)れ』
483 玉治別(たまはるわけ)は嘲弄(からかひ)半分(はんぶん)に、
484玉治別『オイ友(とも)、485其(その)方(はう)は俺(おれ)の一段下(いちだんした)につけ。486貴様(きさま)は天来(てんらい)の救世主(きうせいしゆ)と、487鼻(はな)の赤(あか)いお蔭(かげ)で信(しん)ぜられてるのだから、488俺(おれ)が上(うへ)へ上(あが)つた処(ところ)で貴様(きさま)が下(した)だとは思(おも)ひはせまい。489さうしたら、490貴様(きさま)の位(くらゐ)は落(お)ちず、491俺(おれ)はモ一(ひと)つ上(うへ)の神(かみ)様(さま)と信(しん)じられて、492面白(おもしろ)い芝居(しばゐ)が出来(でき)るから、493一遍(いつぺん)俺(おれ)の方(はう)を向(む)いて拝(をが)みて見(み)よ』
494友彦『さうだと云(い)つて、495まさかテールス姫(ひめ)の前(まへ)で、496ソンナ不態(ぶざま)の事(こと)が出来(でき)るものか。497そこはチツト忍耐(がまん)して呉(く)れぬと困(こま)るよ』
498玉治別『それならそれでよし、499俺(おれ)には考(かんが)へがある。500貴様(きさま)の旧悪(きうあく)を此郷(ここ)の言葉(ことば)で素破抜(すつぱぬ)いてやらうか』
501友彦『ヘン、502偉(えら)さうに言(い)ふない。503此郷(ここ)の言葉(ことば)がさう急(きふ)に分(わか)るものか。504何(なん)なと言(い)へ、505分(わか)りつこないワ』
506玉治別『ヨシ、507俺(おれ)は今(いま)神(かみ)様(さま)から言葉(ことば)を習(なら)つたのだ……オーレンス、508サーチライス、509ウツポツポ ウツポツポ、510イーエス イーエス、511エツポツポ エツポツポ、512エツパツパ……』
513 友彦(ともひこ)はあわてて、
514友彦『コラコラ、515しようもない事(こと)を言(い)うて呉(く)れるない。516何時(いつ)の間(ま)に覚(おぼ)えよつたのだらう。517モウ此(この)上(うへ)は治安(ちあん)妨害(ばうがい)だから、518弁士(べんし)中止(ちうし)を命(めい)じます』
519玉治別『とうとう弱(よわ)りよつたなア。520サア俺(おれ)に合掌(がつしやう)するのだ。521下座(げざ)に坐(すわ)れ』
522 友彦(ともひこ)はモヂモヂし乍(なが)ら、523尻(しり)に糞(くそ)を挟(はさ)んだ様(やう)な調子(てうし)で、524青(あを)い顔(かほ)して佇(たたず)み居(ゐ)る。525テールス姫(ひめ)は何(なん)と思(おも)つたか、526友彦(ともひこ)の手(て)を取(と)り、527柴(しば)で造(つく)つた押戸(おしど)を開(あ)け、528奥(おく)の間(ま)へ姿(すがた)を隠(かく)しける。
529玉治別『エー到頭(たうとう)養子(やうし)になりよつたなア。530淡路島(あはぢしま)で養子(やうし)になり損(そこな)つて面(つら)を曝(さら)されよつたが、531熱心(ねつしん)と云(い)ふものは偉(えら)いものだナア。532到頭(たうとう)鼻赤(はなあか)のお蔭(かげ)でコンナ所(ところ)へ来(き)依(よ)つて、533怪態(けつたい)の悪(わる)い、534テールス姫(ひめ)と手(て)に手(て)を取(と)つて済(す)ましこみて這入(はい)りよつた。535併(しか)し乍(なが)ら彼奴(あいつ)も可憐相(かはいさう)だ。536モウこれぎりで嘲弄(からか)ふ事(こと)は止(や)めてやらう』
537 チーチヤーボールは玉治別(たまはるわけ)の前(まへ)に来(き)て、
538チーチヤーボール『オーレンス、539サーチライス、540シーリス シーリス』
541と云(い)ひ乍(なが)ら、542手(て)を取(と)つて次(つぎ)の間(ま)に導(みちび)き、543果物(くだもの)の酒(さけ)を注(そそ)いで玉治別(たまはるわけ)に進(すす)めける。544玉治別(たまはるわけ)は右(みぎ)の手(て)を高(たか)く差(さ)し上(あ)げ、
545玉治別『アマアマ』
546と云(い)ひつつ太陽(たいやう)を指(さ)し示(しめ)したり。547ここは次(つぎ)の第三番(だいさんばん)目(め)の間(ま)で、548屋根(やね)は無(な)く、549唯(ただ)石盤(せきばん)の様(やう)な石(いし)が奇麗(きれい)に敷(し)き詰(つ)めてある露天(ろてん)の座敷(ざしき)なり。550鬱蒼(うつさう)たる樹木(じゆもく)が天然(てんねん)の屋根(やね)をなし居(ゐ)たり。551チーチヤーボールは此(この)樹上(じゆじやう)に登(のぼ)れと命(めい)じたと早合点(はやがつてん)し、552猿(ましら)の如(ごと)く樹上(じゆじやう)に駆(か)け登(のぼ)り、553テールス姫(ひめ)が寵愛(ちようあい)の取(と)つときのコーズの実(み)の二(ふた)つ計(ばか)り残(のこ)つて居(ゐ)るのを、554一(ひと)つむしり懐(ふところ)に捻(ねぢ)こみたり。555懐(ふところ)と云(い)つても、556粗(あら)い粗(あら)い蔓(つる)で編(あ)みし形(かたち)ばかりの着物(きもの)なり。557コーズは着物(きもの)の目(め)を抜(ぬ)けてバサリと落(お)ちたる途端(とたん)に、558玉治別(たまはるわけ)の面部(めんぶ)にポカンと当(あた)りぬ。559玉治別(たまはるわけ)は「アツ」と叫(さけ)んで俯向(うつむ)けに倒(たふ)れ、560鼻(はな)を健(したた)か打(う)ち、561涙(なみだ)をこぼし気張(きば)り居(ゐ)る。562チーチヤーボールは驚(おどろ)いて樹上(じゆじやう)を下(くだ)り来(きた)り、563玉治別(たまはるわけ)の前(まへ)に犬突這(いぬつくばひ)となりて無礼(ぶれい)を拝謝(はいしや)するものの如(ごと)く、
564チーチヤーボール『ワーク ワーク、565ユーリンス ユーリンス』
566と泣声(なきごゑ)になり合掌(がつしやう)し居(ゐ)たり。567暫(しばら)くして玉治別(たまはるわけ)は顔(かほ)をあげたるに、568鼻(はな)は少(すこ)しく腫(はれ)あがり、569友彦(ともひこ)以上(いじやう)の赤鼻(あかはな)と急変(きふへん)したり。570チーチヤーボールは驚(おどろ)いて飛(と)びあがり、
571チーチヤーボール『ウツポツポ ウツポツポ、572オーレンス、573サーチライス、574アーリンス アーリンス』
575と叫(さけ)び出(だ)しぬ。576其(その)意味(いみ)は、
577『今(いま)テールス姫(ひめ)の夫(をつと)となつた救世主(きうせいしゆ)より一層(いつそう)立派(りつぱ)な救世主(きうせいしゆ)だ。578縁談(えんだん)を結(むす)ぶ時(とき)に用(もち)ふる果実(このみ)が当(あた)つて、579斯(かく)の如(ごと)き立派(りつぱ)な鼻(はな)になつたのは、580全(まつた)く神(かみ)様(さま)の思召(おぼしめし)であらう』
581と無理(むり)無体(むたい)に玉治別(たまはるわけ)の手(て)を取(と)つてテールス姫(ひめ)の居間(ゐま)へ迎(むか)へ入(い)れたり。582見(み)れば友彦(ともひこ)は立派(りつぱ)なる冠(かんむり)を着(き)せられ、583蔓(つる)で編(あ)みたる衣服(いふく)を着流(きなが)し、584木(こ)の葉(は)の褌(ふんどし)を締(し)め、585傲然(がうぜん)と構(かま)へ居(ゐ)たり。586側(そば)にテールス姫(ひめ)はジヤンナイ教(けう)の神文(しんもん)を、
587テールス姫『タータータラリ、588タータラリ、589トータラリ、590リートー リートー トータラリ』
591と唱(とな)へ居(ゐ)る。592神文(しんもん)が終(をは)るを待(ま)つて、593チーチヤーボールはテールス姫(ひめ)に向(むか)ひ、
594チーチヤーボール『オーレンス、595サーチライス、596アーリンス アーリンス』
597と言葉(ことば)をかけたり。598此(この)声(こゑ)にテールス姫(ひめ)は後(あと)振(ふ)り向(む)き、599玉治別(たまはるわけ)の赤(あか)い鼻(はな)を見(み)て打驚(うちおどろ)き……「アヽ今日(けふ)は何(なん)たる立派(りつぱ)なる神(かみ)様(さま)がお出(い)で遊(あそ)ばす日(ひ)だらう。600それにしても後(あと)からお降(くだ)りになつた神(かみ)様(さま)の方(はう)が余程(よほど)立派(りつぱ)だワ。601同(おな)じ夫(をつと)に持(も)つのなら立派(りつぱ)な方(かた)を持(も)たなくては、602神(かみ)様(さま)に申訳(まをしわけ)がない。603少(すこ)しく口(くち)は小(ちひ)さいなり、604身長(せい)は低(ひく)いけれど、605何(なん)とはなしに虫(むし)の好(す)く御(お)方(かた)だ」……と穴(あな)のあく程(ほど)、606玉治別(たまはるわけ)の顔(かほ)に見惚(みと)れ、607心(こころ)の中(なか)にさげ比(くら)べをなし居(ゐ)たりけり。
608玉治別『オイ友(とも)、609どうだ、610俺(おれ)の鼻(はな)を見(み)い、611貴様(きさま)は余程(よほど)此処(ここ)へ来(き)て鼻高(はなだか)になりよつたが、612俺(おれ)は正真(しやうしん)正銘(しやうめい)の鼻赤(はなあか)だ。613貴様(きさま)の赤(あか)さは……実(じつ)の所(ところ)を云(い)へば……安物(やすもの)の染料(せんれう)で染(そ)めた様(やう)に大変(たいへん)色(いろ)が薄(うす)くなつて居(ゐ)るぞ。614俺(おれ)の鼻(はな)はまるで赤林檎(あかりんご)の肌(はだ)の様(やう)だ。615サア鼻(はな)比(くら)べをしようかい。616赤(あか)いハナには目(め)が付(つ)くと云(い)つて、617子供(こども)でさへも喜(よろこ)ぶんだぞ。618俺(おれ)の鼻(はな)の色(いろ)が百点(ひやくてん)とすれば、619貴様(きさま)の鼻(はな)はマア四十点(よんじつてん)スウスウだ。620今(いま)にテールス姫(ひめ)さまが審神(さには)をして下(くだ)さるから、621マア楽(たのし)んで居(ゐ)たがよからう。622キツト団扇(うちは)は俺(おれ)の方(はう)へあがるこたア、623請合(うけあひ)の西瓜(すゐくわ)だ。624中(なか)までマツカイケだ……たーかい、625やーまかーら、626谷底(たにそこ)見(み)ればなア、627うーりやなあすびイイの、628ハナ、629あかいな、630アラどんどんどん、631コラどんどんどん、632……どんどんでテールス姫(ひめ)の花婿(はなむこ)さまは、633玉治別(たまはるわけ)に九分(くぶ)九厘(くりん)定(きま)つて居(ゐ)るワ。634それだから、635此(この)鬼(おに)の様(やう)な立派(りつぱ)な面(つら)をして、636チーチヤーボールさんとやらが貴様(きさま)が結婚(けつこん)したにも拘(かか)はらず、637俺(おれ)を導(みちび)いて此室(ここ)へ連(つれ)て来(き)て呉(く)れたのだ。638エツヘン』
639と鼻(はな)の先(さき)に握拳(にぎりこぶし)を二(ふた)つ重(かさ)ねて、640キリキリツと二三遍(にさんぺん)廻(まは)つて見(み)せたりける。
641友彦『洒落(しやれ)も良(い)い加減(かげん)にして置(お)かぬかい。642何程(なにほど)美(うつく)しうても、643塗(ぬ)つた鼻(はな)は直(すぐ)剥(は)げて了(しま)ふぞ。644此(この)暑(あつ)い国(くに)に汗(あせ)を一二度(いちにど)かいて見(み)よ。645忽(たちま)ち化(ばけ)が現(あら)はれるワ。646俺(おれ)の鼻(はな)は生(うま)れつき、647地(ぢ)の底(そこ)から生(は)えぬきの赤鼻(あかはな)だ。648ヘン、649自転倒(おのころ)島(じま)や其(その)他(ほか)では……鼻赤(はなあか)々々(はなあか)……と馬鹿(ばか)にしられて、650あちらの女(をんな)にも此方(こちら)の女(をんな)にも鼻(はな)あかされて来(き)たが、651どんなものだい。652貴様(きさま)の鼻(はな)はたつた今(いま)化(ばけ)が露(あら)はれて、653お払(はら)ひ箱(ばこ)に会(あ)ふのだ』
654玉治別『馬鹿(ばか)言(い)へ、655ナンボ拭(ふ)いても拭(ふ)いても、656落(お)ちぬのだ。657俺(おれ)は俄(にはか)に天(てん)の神(かみ)様(さま)が御(ご)降臨(かうりん)遊(あそ)ばして御(お)憑(うつ)りなさつた、658コノハナ赤(あか)や姫(ひめ)の御(ご)化身(けしん)だぞ。659貴様(きさま)があまり詐欺(さぎ)や泥棒(どろばう)して、660行(ゆ)く所(ところ)が無(な)くなり、661又(また)斯様(かやう)な所(ところ)で温情(おとな)しい土人(どじん)をチヨロまかさうと致(いた)すから、662天(てん)の大神(おほかみ)様(さま)が、663可憐相(かあいさう)だから、664本当(ほんたう)のコノハナ赤(あか)や姫(ひめ)は玉治別(たまはるわけ)だと云(い)ふ事(こと)を証明(しようめい)する為(ため)に、665此(この)通(とほ)り赤(あか)くして下(くだ)さつたのだ。666嘘(うそ)と思(おも)ふなら貴様(きさま)来(き)て一寸(ちよつと)拭(ふ)いて見(み)よ。667中(なか)まで真赤(まつか)けだ』
668友彦『ソンナ真赤(まつか)な嘘(うそ)を言(い)ふものぢやない』
669 玉治別(たまはるわけ)はヌツと腮(あご)を突出(つきだ)し、670舌(した)を出(だ)し、
671玉治別『アヽさうでオマツカ、672ハナハナ以(もつ)て赤恥(あかはぢ)をかかし済(す)みませぬなア』
673 テールス姫(ひめ)はツト立(た)ち、674玉治別(たまはるわけ)の左(ひだり)の手(て)を自分(じぶん)の右手(みぎて)でグツと握(にぎ)り、675二三遍(にさんへん)揺(ゆす)つた上(うへ)今度(こんど)は手(て)を離(はな)し左(ひだり)の手(て)で玉治別(たまはるわけ)の右(みぎ)の手(て)を握(にぎ)り、676右(みぎ)の頬(ほほ)を玉治別(たまはるわけ)の右(みぎ)の頬(ほほ)に擦(す)りつけ、677恋慕(れんぼ)の情(じやう)を十二分(じふにぶん)に示(しめ)した。678充分(じうぶん)尊敬(そんけい)の極(きよく)、679愛慕(あいぼ)の極(きよく)に達(たつ)した時(とき)は、680相手(あひて)の左(ひだり)の手(て)を自分(じぶん)の右(みぎ)の手(て)に握(にぎ)るのが方式(はうしき)である。681さうして頬(ほほ)をすりつけるのは、682最(もつと)も気(き)に入(い)つたと云(い)ふ表証(しるし)であつた。683友彦(ともひこ)は劫(がふ)を煮(に)やし、684ツカツカと此(この)場(ば)に進(すす)み寄(よ)り、685テールス姫(ひめ)の右(みぎ)の手(て)を鷲掴(わしづか)みにグツと握(にぎ)り、686二(ふた)つ三(み)つ横(よこ)にしやくつた。687姫(ひめ)は顔(かほ)をしかめて、688腰(こし)を屈(かが)め、689そこに平太(へた)らうとした。690玉治別(たまはるわけ)も友彦(ともひこ)も、691期(き)せずして握(にぎ)つた手(て)を放(はな)した。692友彦(ともひこ)は自分(じぶん)の頬(ほほ)をテールス姫(ひめ)の頬(ほほ)に当(あ)てようと身(み)に寄(よ)り添(そ)うた。693テールス姫(ひめ)は、
694テールス姫『イーエス』
695と云(い)ひ乍(なが)ら、696力(ちから)限(かぎ)りに友彦(ともひこ)を突(つ)き飛(と)ばした。697友彦(ともひこ)はヨロヨロとよろめき、698ドスンと尻餅(しりもち)を搗(つ)き、699マ一(ひと)つひつくり覆(かへ)つて、700居室(ゐま)の柱(はしら)に厭(いや)と云(い)ふ程(ほど)後頭部(こうとうぶ)を打(うち)つけ、701「キヤツ」と云(い)つて其(その)場(ば)にフン伸(の)びて了(しま)つた。702玉治別(たまはるわけ)、703テールス姫(ひめ)、704チーチヤーボールは驚(おどろ)いて、705水(みづ)を汲(く)み来(きた)り、706頭(あたま)から何杯(なんばい)も何杯(なんばい)も誕生(たんじやう)の釈迦(しやか)の様(やう)に、707目(め)、708鼻(はな)、709口(くち)の区別(くべつ)もなく注(そそ)ぎ掛(か)けた。710友彦(ともひこ)は「ウン、711ブー、712ブルブルブル」と息(いき)を吹(ふ)いた拍子(へうし)に、713鼻汁(はな)を垂(た)らし、714鼻(はな)から薄(うす)い毬(まり)の様(やう)な玉(たま)が三(み)つ四(よ)つ、715串団子(くしだんご)の様(やう)に吹(ふ)き出(だ)した。716テールス姫(ひめ)は顔(かほ)を背向(そむ)けて俯(うつ)ぶいて了(しま)つた。
717 そろそろ玉治別(たまはるわけ)の赤(あか)い鼻(はな)は血(ち)がヨドンだと見(み)え、718紫色(むらさきいろ)になり、719終局(しまひ)には真黒(まつくろ)けになつて了(しま)つた。720されど玉治別(たまはるわけ)はヤツパリ鮮紅色(せんこうしよく)の鼻(はな)の持主(もちぬし)だと信(しん)じて居(ゐ)た。721友彦(ともひこ)は玉治別(たまはるわけ)の鼻(はな)の色(いろ)の変(かは)つたのにヤツと安心(あんしん)し、722テールス姫(ひめ)の手(て)をグツと握(にぎ)り、723左(ひだり)の手(て)で玉治別(たまはるわけ)の鼻(はな)を指(さ)し示(しめ)した。724テールス姫(ひめ)は怪訝(けげん)な顔(かほ)して玉治別(たまはるわけ)を眺(なが)めて居(ゐ)る。725玉治別(たまはるわけ)はモ一(ひと)つ悪戯(からか)つてやらうと、726ツカツカと前(まへ)に進(すす)み、727テールス姫(ひめ)の手(て)をグツと握(にぎ)り、728頬(ほほ)を当(あ)てようとした。729テールス姫(ひめ)は、
730テールス姫『イーエス イーエス』
731と云(い)ひつつ力(ちから)に任(まか)せて、732玉治別(たまはるわけ)をドツと押(お)した。733玉治別(たまはるわけ)は後(あと)の低(ひく)い段々(だんだん)を押(お)されて、734友彦(ともひこ)同様(どうやう)タヂタヂと逡巡(たじろ)ぎ乍(なが)ら、735一(いち)の字(じ)に長(なが)くなつて倒(たふ)れた。736友彦(ともひこ)は手(て)を拍(う)つて、
737友彦『アツハヽヽヽ』
738チーチヤーボール『エツポツポ エツポツポ、739エツパー エツパー、740イーエス イーエス』
741と云(い)ひ乍(なが)ら、742玉治別(たまはるわけ)を引起(ひきおこ)し、743次(つぎ)の間(ま)に押出(おしだ)して行(ゆ)く。
744(大正一一・七・五 旧閏五・一一 松村真澄録)
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