霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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霊(たま)の礎(いしずゑ)(一〇)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻 篇:後付 よみ(新仮名遣い):
章:霊の礎(一〇) よみ(新仮名遣い):たまのいしずえ 通し章番号:
口述日:1922(大正11)年12月 口述場所: 筆録者:王仁 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年5月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高天原の天界には、地上と同じく住所や家屋がある。天人が生活することは、地上の人間が生活するのと似ている。天人とは人間だからである。
現実界すなわち自然界とは、霊界の移写なのである。それゆえ、霊界の事物は自然界と同様なのである。
天人も現界人と同じく名誉富寿を願い、また進歩や向上がある。向上が進むにしたがって立派な地所や家屋に住み、光輝ある衣服を着るのである。その徳に応じて主神から与えられる。疑いを捨てて天国の生活を信じるときには、自然に崇高偉大な事物を見るべく、大歓喜を摂受することができるのである。
天国にも士農工商があるが、ただ各自能力を発揮して公共的に尽くすのみである。天国における士とは軍人ではなく宣伝使である。人間は意志感情や事業を死後の世界まで継承するのである。
天国霊国にも貧富がある。生前にその財産を善用し神を信じて神を愛するために活用した者は、天国において富者となる。公共のために財産を善用した人は、中位の富者となる。私利私欲のためだけに使った者は、貧者となる。
死後の世界において歓喜の生涯を送るためには、現世においても神を理解し信じ愛し、現世においても歓喜の生涯を生前から営んでいなければならない。現世的事業を捨てて山林に隠遁した者は、やはり死後においても生前と同様、孤独の生涯を送る。
天国に安全な生活を営もうと望むなら、生前に各自の業を励み、最善の努力を尽くさなければならない。
また宣伝使は宣伝使としての本分を尽くすべきである。世間心を起こして宣伝使の業を行ってはならない。神の道を舎身的に宣伝し、天国と霊国の状態を知らしめ、世人に光明の歓喜を伝えることに心を砕かなければならない。
主の神は、仁愛の天使を世に降し、地上の民を教化するために月の光を地上に投じたもうたのである。宣伝使はこの月光を力として自己の霊魂と心性を磨き、神を信じ愛し理解し、これを万民に伝えなければならないのである。
天界地上界の区別なく、神の道に仕える身魂ほど歓喜を味わう幸福者はないのである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:1994 OBC :rm249901
愛善世界社版:284頁 八幡書店版:第4輯 719頁 修補版: 校定版:293頁 普及版: 初版: ページ備考:
派生[?]この文献を底本として書かれたと思われる文献です。[×閉じる]:出口王仁三郎全集 > 第二巻 宗教・教育編 > 第四篇 神霊世界 > 第三章 霊の礎
001一、002高天原(たかあまはら)の天界(てんかい)には、003地上(ちじやう)の世界(せかい)と同様(どうやう)に住所(ぢゆうしよ)や家屋(かをく)があつて、004天人(てんにん)が生活(せいくわつ)して居(ゐ)ることは地上(ちじやう)の世界(せかい)に於(お)ける人間(にんげん)の生活(せいくわつ)と相似(あいに)て居(ゐ)るのである。005斯(か)くいふ時(とき)は現界人(げんかいじん)は一(ひと)つの空想(くうさう)として一笑(いつせう)に付(ふ)し顧(かへり)みないであらう。006それも強(あなが)ち無理(むり)ではないと思(おも)ふ。007一度(いちど)も見(み)たことも無(な)く、008又(また)天人(てんにん)なるものは人間(にんげん)だと云(い)ふことを知(し)らぬ故(ゆゑ)である。009又(また)天人(てんにん)の住所(ぢゆうしよ)なるものは、010地球(ちきう)現界人(げんかいじん)の見(み)る天空(てんくう)だと思(おも)ふから信(しん)じないのである。011打見(うちみ)る所(ところ)天空(てんくう)なるものは冲虚(ちうきよ)なるが上(うへ)に、012其(その)天人(てんにん)といふものも亦(また)一種(いつしゆ)の気体(きたい)的(てき)形体(けいたい)に過(す)ぎないものと思(おも)ふからである。013故(ゆゑ)に地(ち)の世界(せかい)の人間(にんげん)は、014霊界(れいかい)の事物(じぶつ)にも亦(また)自然界(しぜんかい)同様(どうやう)であるといふ事(こと)を会得(ゑとく)することが出来(でき)ぬからである。015現実界(げんじつかい)即(すなは)ち自然界(しぜんかい)の人間(にんげん)は、016霊的(れいてき)の何者(なにもの)たるかを知(し)らないから疑(うたが)ふのである。017地上(ちじやう)の現界(げんかい)を霊界(れいかい)の移写(いしや)だといふことを自覚(じかく)せないから、018天人(てんにん)と云(い)へば天(あま)の羽衣(はごろも)を着(き)て、019空中(くうちう)を自由(じいう)自在(じざい)に飛翔(ひしやう)するものと思(おも)つてゐるのは人間(にんげん)の不覚(ふかく)である。020天人(てんにん)は之(これ)等(ら)の人間(にんげん)を癲狂者(てんきやうしや)と云(い)つて笑(わら)ふのである。
021一、022天人(てんにん)の生活(せいくわつ)状態(じやうたい)にも各(おのおの)不同(ふどう)があつて、023威厳(ゐげん)の高(たか)きものの住所(ぢゆうしよ)は崇高(すうかう)なものである。024又(また)それに次(つ)ぐものはそれ相応(さうおう)の住所(ぢゆうしよ)がある。025故(ゆゑ)に天人(てんにん)にも現界人(げんかいじん)の如(ごと)く名位(めいゐ)寿福(じゆふく)の願(ねが)ひを持(も)つて居(ゐ)て進歩(しんぽ)もあり向上(かうじやう)もあるので、026決(けつ)して一定(いつてい)不変(ふへん)の境遇(きやうぐう)に居(ゐ)るものでは無(な)い。027愛(あい)と信(しん)との善徳(ぜんとく)の進(すす)むに従(したが)つて倍々(ますます)荘厳(さうごん)の天国(てんごく)に到(いた)り、028又(また)は立派(りつぱ)なる地所(ぢしよ)や家屋(かをく)に住(す)み、029立派(りつぱ)なる光輝(くわうき)ある衣服(いふく)を着(ちやく)し得(う)るものである。030何(いづ)れも霊的(れいてき)生活(せいくわつ)であるから、031その徳(とく)に応(おう)じて主神(すしん)より与(あた)えへらるるものである。032凡(すべ)ての疑惑(ぎわく)を捨(す)てて天国(てんごく)の生活(せいくわつ)を信(しん)じ死後(しご)の状態(じやうたい)を会得(ゑとく)する時(とき)は自然(しぜん)に崇高(すうかう)偉大(ゐだい)なる事物(じぶつ)を見(み)るべく、033大歓喜(だいくわんき)を摂受(せつじゆ)し得(う)るものである。
034一、035天人(てんにん)の住宅(ぢゆうたく)は地上(ちじやう)の世界(せかい)の家屋(かをく)と何(なん)等(ら)の変(かは)りも無(な)い。036只(ただ)その美(うつく)しさが遥(はるか)に優(まさ)つてゐるのみである。037その家屋(かをく)には地上(ちじやう)の家屋(かをく)の如(ごと)く奥(おく)の間(ま)もあり、038寝室(しんしつ)もあり、039部屋(へや)もあり、040門(もん)もあり、041中庭(なかには)もあり、042築山(つきやま)もあり、043花園(はなぞの)もあり、044樹木(じゆもく)もあり、045山林(さんりん)田畑(でんぱた)もあり、046泉水(せんすゐ)もあり、047井戸(ゐど)もあつて、048住家(ぢうか)櫛比(しつぴ)し都会(とくわい)の如(ごと)くに列(なら)んで居(ゐ)る。049亦(また)坦々(たんたん)たる大道(だいだう)もあり、050細道(ほそみち)もあり、051四辻(よつつじ)もあること地上(ちじやう)の市街(しがい)と同一(どういつ)である。
052一、053天界(てんかい)にも又(また)士(し)農(のう)工(こう)商(しやう)の区別(くべつ)あり。054されど現界人(げんかいじん)の如(ごと)く私利(しり)私欲(しよく)に溺(おぼ)れず、055只(ただ)その天職(てんしよく)を歓喜(くわんき)して天国(てんごく)の為(ため)に各自(かくじ)の能力(のうりよく)を発揮(はつき)して公共(こうきよう)的(てき)に尽(つく)すのみである。056天国(てんごく)に於(お)ける士(し)は決(けつ)して軍人(ぐんじん)にあらず、057誠(まこと)の道(みち)即(すなは)ち善(ぜん)と愛(あい)と信(しん)とを天人(てんにん)に対(たい)して教(をし)ふる宣伝使(せんでんし)のことである。058地上(ちじやう)に於(おい)て立派(りつぱ)なる宣伝使(せんでんし)となり其(その)本分(ほんぶん)を尽(つく)し得(え)たる善徳者(ぜんとくしや)は、059天国(てんごく)に住(す)みても依然(いぜん)として宣伝使(せんでんし)の職(しよく)にあるものである。060人間(にんげん)は何処(どこ)までも意志(いし)や感情(かんじやう)や又(また)は所主(しよしゆ)の事業(じげふ)を死後(しご)の世界(せかい)迄(まで)継承(けいしよう)するものである。061又(また)天国(てんごく)霊国(れいごく)にも、062貧富(ひんぷ)高下(かうげ)の区別(くべつ)がある。063天国(てんごく)にて富(と)めるものは地上(ちじやう)の世界(せかい)に於(おい)てその富(とみ)を善用(ぜんよう)し、064神(かみ)を信(しん)じ神(かみ)を愛(あい)するために金銀(きんぎん)財宝(ざいほう)を活用(くわつよう)したるものは天国(てんごく)に於(おい)ては最(もつと)も勝(すぐ)れたる富者(ふうしや)であり、065公共(こうきよう)のため世人(せじん)を救(すく)ふために財(ざい)を善用(ぜんよう)したるものは中位(ちうゐ)の富者(ふうしや)となつて居(ゐ)る。066又(また)現界(げんかい)に於(おい)てその富(とみ)を悪用(あくよう)し、067私心(ししん)私欲(しよく)の為(ため)に費(つひや)し又(また)は蓄積(ちくせき)して飽(あ)くことを知(し)らなかつた者(もの)は、068其(そ)の富(とみ)忽(たちま)ち変(へん)じて臭穢(しうゑ)となり、069窮乏(きうばう)となり、070暗雲(あんうん)となりて霊界(れいかい)の極貧者(ごくひんしや)と成(な)り下(さが)り、071大抵(たいてい)は地獄(ぢごく)に堕(だ)するものである。072又(また)死後(しご)の世界(せかい)に於(おい)て歓喜(くわんき)の生涯(しやうがい)を営(いとな)まむと思(おも)ふ者(もの)は、073現世(げんせ)に於(おい)て神(かみ)を理解(りかい)し、074神(かみ)を愛(あい)し神(かみ)を信(しん)じ、075歓喜(くわんき)の生涯(しやうがい)を生前(せいぜん)より営(いとな)みてゐなければ成(な)らぬのである。076死後(しご)天国(てんごく)に上(のぼ)り地獄(ぢごく)の苦(く)を免(まぬ)がれむとして、077現世(げんせい)的(てき)事業(じげふ)を捨(す)てて山林(さんりん)に隠遁(いんとん)して世事(せじ)を避(さ)け、078霊的(れいてき)生活(せいくわつ)を続(つづ)けむとしたる者(もの)の天国(てんごく)に在(あ)るものは、079矢張(やつぱり)生前(せいぜん)と同様(どうやう)に孤独(こどく)不遇(ふぐう)の生涯(しやうがい)を送(おく)るものである。080故(ゆゑ)に人(ひと)は天国(てんごく)に安全(あんぜん)なる生活(せいくわつ)を営(いとな)まんと望(のぞ)まば、081生前(せいぜん)に於(おい)て各自(かくじ)の業(げふ)を励(はげ)み、082最善(さいぜん)の努力(どりよく)を尽(つく)さねば死後(しご)の安逸(あんいつ)な生活(せいくわつ)は到底(たうてい)為(な)し得(う)ることは出来(でき)ないのである。083士(し)は士(し)としての業務(げふむ)を正(ただ)しく竭(つく)し、084農工商(のうこうしやう)共(とも)に正(ただ)しき最善(さいぜん)を尽(つく)して、085神(かみ)を理解(りかい)し知悉(ちしつ)し之(これ)を愛(あい)し之(これ)を信(しん)じ善徳(ぜんとく)を積(つ)みておかねばならぬ。086又(また)宣伝使(せんでんし)は宣伝使(せんでんし)としての本分(ほんぶん)を尽(つく)せばそれで良(よ)いのである。087世間心(せけんごころ)を起(おこ)して、088農工商(のうこうしやう)に従事(じうじ)する如(ごと)きは宣伝使(せんでんし)の聖職(せいしよく)を冒涜(ばうとく)し、089一(いち)も取(と)らず、090二(に)も取(と)らず、091死後(しご)中有界(ちううかい)に彷徨(はうくわう)する如(ごと)き失態(しつたい)を招(まね)くものである。092故(ゆゑ)に神(かみ)の宣伝使(せんでんし)たるものは何処(どこ)までも神(かみ)の道(みち)を舎身(しやしん)的(てき)に宣伝(せんでん)し、093天下(てんか)の万民(ばんみん)を愛(あい)と信(しん)とに導(みちび)き、094天国(てんごく)、095霊国(れいごく)の状態(じやうたい)を知悉(ちしつ)せしめ、096理解(りかい)せしめ、097世人(せじん)に歓喜(くわんき)の光明(くわうみやう)を与(あた)ふることに努力(どりよく)せなくては成(な)らぬのである。098天界(てんかい)に坐(まし)ます主(す)の神(かみ)は仁愛(みろく)の天使(てんし)を世(よ)に降(くだ)し、099地上(ちじやう)の民(たみ)を教化(けうくわ)せしむべく月(つき)の光(ひかり)を地上(ちじやう)に投(とう)じ給(たま)うた。100宣伝使(せんでんし)たるものは、101この月光(げつくわう)を力(ちから)として自己(じこ)の霊魂(れいこん)と心性(しんせい)を研(みが)き、102神(かみ)を理解(りかい)し知悉(ちしつ)し、103愛(あい)と信(しん)とを感受(かんじゆ)し、104是(これ)を万民(ばんみん)に伝(つた)ふべきものである。105主一(しゆいつ)無適(むてき)の信仰(しんかう)は、106宣伝使(せんでんし)たるものの第一(だいいち)要素(えうそ)であることを忘(わす)れてはならぬ。107天界(てんかい)地上(ちじやう)の区別(くべつ)なく神(かみ)の道(みち)に仕(つか)ふる身魂(みたま)ほど歓喜(くわんき)を味(あぢ)はふ幸福者(かうふくしや)は無(な)いのである。
108 アヽ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
109   大正十一年十二月   王仁
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