霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 夢(ゆめ)の王者(わうじや)〔七四一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻 篇:第3篇 危機一髪 よみ(新仮名遣い):ききいっぱつ
章:第11章 夢の王者 よみ(新仮名遣い):ゆめのおうじゃ 通し章番号:741
口述日:1922(大正11)年07月03日(旧閏05月09日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年5月10日
概要: 舞台:地恩城 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
黄竜姫の奥殿では、蜈蚣姫と小糸姫(黄竜姫)が久しぶりの親子の対面を果たしていた。小糸姫は、今は五十子姫、梅子姫の感化によって神素盞嗚尊の教えを奉じて三五教に帰依していることを明かした。
蜈蚣姫はこの物語に驚いたが、友彦のことを許すかどうかと娘に尋ねた。案に相違して小糸姫は友彦をずっと想っていたと明かし、友彦を城内に迎えるとまた縁りを戻してしまった。
と思いきや、これは友彦の夢であった。友彦は玉治別らと一緒に城外に逃れて茂みの中で寝てしまっていた。寝返りを打ったとたんに二三間下の岩に墜落して、腰をしたたか打ってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-08-06 18:32:38 文字数:4882 OBC :rm2411
愛善世界社版:180頁 八幡書店版:第4輯 678頁 修補版: 校定版:185頁 普及版:84頁 初版: ページ備考:
001 黄竜姫(わうりようひめ)の奥殿(おくでん)には、002蜈蚣姫(むかでひめ)と一(ひと)つ島(じま)の女王(ぢよわう)なる小糸姫(こいとひめ)の二人(ふたり)端坐(たんざ)して、003親娘(おやこ)再会(さいくわい)の悲喜劇(ひきげき)が演(えん)ぜられ居(ゐ)たりける。
004小糸姫『母上(ははうへ)様(さま)、005久濶(しばらく)で御座(ござ)いました。006ツイ幼(をさ)な心(ごころ)に前後(ぜんご)の区別(くべつ)も弁(わきま)へず、007卑(いや)しき下僕(しもべ)の友彦(ともひこ)に唆(そその)かされ、008御(ご)両親(りやうしん)様(さま)を打(う)ち捨(す)てて家出(いへで)を致(いた)しました、009重々(ぢゆうぢゆう)不孝(ふかう)の罪(つみ)、010お詫(わび)の申(まを)し様(やう)も御座(ござ)いませぬ。011何卒(どうぞ)今迄(いままで)の事(こと)は憎(にく)い奴(やつ)ぢやと思召(おぼしめ)さず、012お赦(ゆる)し下(くだ)さいませ』
013と下坐(げざ)に直(なほ)つて悔悟(くわいご)の意(い)を表(へう)する。014蜈蚣姫(むかでひめ)は嬉(うれ)し涙(なみだ)に暮(く)れ乍(なが)ら、
015蜈蚣姫『何(なん)の何(なん)の、016叱(しか)りませう。017一時(ひととき)は両親(りやうしん)共(とも)に大変(たいへん)な心配(しんぱい)を致(いた)しまして、018殆(ほとん)ど此(この)世(よ)が厭(いや)になり、019いつそ夫婦(ふうふ)の者(もの)が淵川(ふちかは)へでも身(み)を投(な)げて死(し)なうかと迄(まで)も悲観(ひくわん)の淵(ふち)に沈(しづ)みました。020然(しか)し大慈(だいじ)大悲(だいひ)の神(かみ)様(さま)のお蔭(かげ)で、021淋(さび)しき悲(かな)しき心(こころ)にも一道(いちだう)の光明(くわうみやう)が輝(かがや)き始(はじ)め再(ふたた)び夫婦(ふうふ)は心(こころ)を取直(とりなほ)し、022大自在天(だいじざいてん)様(さま)の御教(みをしへ)を波斯(フサ)の国(くに)から印度(ツキ)の国(くに)、023自転倒(おのころ)島(じま)まで教線(けうせん)を張(は)り、024肺肝(はいかん)を砕(くだ)き活動(くわつどう)をして見(み)ましたが、025如何(どう)しても吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)の行動(かうどう)が大神(おほかみ)様(さま)のお心(こころ)に召(め)さぬと見(み)え、026する事(こと)為(な)す事(こと)、027鶍(いすか)の嘴(はし)と喰(く)ひ違(ちが)ひ、028夫(をつと)の鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)は波斯(フサ)と印度(ツキ)との国境(くにざかひ)、029テルモン山(ざん)の山麓(さんろく)に僅(わづか)に教(をしへ)の園(その)を開(ひら)き給(たま)ひ、030妾(わたし)は自転倒(おのころ)島(じま)を駆(か)け廻(めぐ)り、031風(かぜ)の便(たよ)りに其方(そなた)の所在(ありか)を聞(き)き知(し)り、032万里(ばんり)の波濤(はたう)を越(こ)えて漸(やうや)う此島(ここ)に着(つ)きました。033鬼熊別(おにくまわけ)が聞(き)かれたなら、034嘸(さぞ)お喜(よろこ)びなさる事(こと)であらう。035まア立派(りつぱ)に成(な)つて下(くだ)さつた。036斯様(かやう)な大(おほ)きな島(しま)の女王(ぢよわう)となる迄(まで)には、037随分(ずゐぶん)苦労(くらう)をなさつたでせう』
038小糸姫『イエイエ、039尠(すこ)しも苦労(くらう)ナンカ致(いた)しませぬ。040何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)の大御心(おほみこころ)にまかせ、041国祖(こくそ)国治立(くにはるたちの)尊(みこと)の御(ご)守護(しゆご)遊(あそ)ばす三五(あななひ)の教(をしへ)を信(しん)じ、042瑞(みづ)の御魂(みたま)の大御心(おほみこころ)を心(こころ)とし、043焦慮(あせ)らず燥(さわ)がず、044人(ひと)を憎(にく)まず妬(ねた)まず、045心(こころ)からの慈愛(じあい)を旨(むね)となし万民(ばんみん)に臨(のぞ)みました。046その徳(とく)によつて此(この)国(くに)は無事(ぶじ)泰平(たいへい)に治(をさ)まり果実(くわじつ)よく稔(みの)り、047民(たみ)は鼓腹(こふく)撃壤(げきじやう)、048恰(あたか)も顕恩郷(けんおんきやう)の昔(むかし)の様(やう)で御座(ござ)います。049何卒(どうぞ)母上(ははうへ)様(さま)、050貴女(あなた)御(ご)夫婦(ふうふ)共(とも)今迄(いままで)の心(こころ)を立替(たてかへ)立直(たてなほ)し、051国祖(こくそ)国治立(くにはるたちの)大神(おほかみ)様(さま)の大御心(おほみこころ)を奉体(ほうたい)し、052誠(まこと)一(ひと)つになつて下(くだ)さいませ。053誠(まこと)ほど強(つよ)いものの結構(けつこう)なものは御座(ござ)いませぬ。054如何(いか)なる敵(てき)も赦(ゆる)すのが神(かみ)様(さま)の御心(みこころ)で御座(ござ)います』
055蜈蚣姫『いかにも立派(りつぱ)なお心掛(こころが)け、056さうでなくては結構(けつこう)なお道(みち)は開(ひら)けますまい。057さうしてお前様(まへさま)の御(ご)用助(ようだす)けをする方(かた)は誰方(どなた)で御座(ござ)いますか』
058小糸姫『ハイ、059実(じつ)の所(ところ)、060顕恩郷(けんおんきやう)のバラモンの本山(ほんざん)に御座(ござ)つた五十子(いそこ)姫(ひめ)様(さま)、061梅子姫(うめこひめ)様(さま)、062それに付(つ)き添(そ)う今子姫(いまこひめ)、063宇豆姫(うづひめ)の四(よ)人(にん)の方々(かたがた)が、064広大(くわうだい)無辺(むへん)の神力(しんりき)を現(あら)はし、065其(その)手柄(てがら)を皆(みんな)妾(わたし)にお譲(ゆづ)り下(くだ)され、066妾(わたし)を此(この)島(しま)の女王(ぢよわう)として下(くだ)さつたのです』
067蜈蚣姫『何(なに)、068あの五十子(いそこ)姫(ひめ)、069梅子姫(うめこひめ)がソンナ立派(りつぱ)な行(おこな)ひを致(いた)しましたか。070姉妹(きやうだい)八(はち)人(にん)申(まを)し合(あは)せ、071顕恩城(けんおんじやう)に忍(しの)び入(い)り、072大棟梁(だいとうりやう)様(さま)の裏(うら)をかいて、073メチヤメチヤに叩(たた)き壊(こは)した悪神(あくがみ)ではありませぬか』
074小糸姫『あの方々(かたがた)は神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)様(さま)の御(お)娘子(むすめご)、075神(かみ)様(さま)の命令(めいれい)に依(よ)つて顕恩郷(けんおんきやう)に下僕(しもべ)となつて、076バラモン教(けう)の人々(ひとびと)を誠(まこと)の道(みち)に救(すく)はむ為(ため)に、077天降(あまくだ)り遊(あそ)ばしたので御座(ござ)います。078決(けつ)して悪(わる)く思(おも)はれてはなりませぬ。079今日(こんにち)の処(ところ)では、080五十子(いそこ)姫(ひめ)様(さま)は今子姫(いまこひめ)と共(とも)に自転倒(おのころ)島(じま)の聖地(せいち)へ指(さ)してお帰(かへ)りになり、081只今(ただいま)は梅子姫(うめこひめ)様(さま)、082宇豆姫(うづひめ)と共(とも)に妾(わたし)の日夜(にちや)の神政(しんせい)を補助(ほじよ)指導(しだう)して下(くだ)さる、083結構(けつこう)な神(かみ)様(さま)の様(やう)なお方(かた)で御座(ござ)います。084何卒(どうぞ)母上(ははうへ)様(さま)、085一度(いちど)丁寧(ていねい)に御(お)礼(れい)を申(まを)し上(あ)げて下(くだ)さいませ』
086 蜈蚣姫(むかでひめ)は此(この)物語(ものがたり)に驚(おどろ)き舌(した)を捲(ま)き、087『ヘーツ』と言(い)つたきり暫時(しばし)言葉(ことば)も出(い)でず、088思案(しあん)投(な)げ首(くび)に時(とき)を移(うつ)したりける。
089 少時(しばらく)あつて侍女(じぢよ)が運(はこ)びきたる豆茶(まめちや)に喉(のど)を潤(うるほ)し乍(なが)ら、090蜈蚣姫(むかでひめ)は語(ご)を次(つい)で、
091蜈蚣姫『お前様(まへさま)はそれ丈(だ)け善一筋(ぜんひとすぢ)の道(みち)を守(まも)り、092結構(けつこう)な女王(ぢよわう)とまで成(な)りなさつた位(くらゐ)だから、093今迄(いままで)の如何(いか)なる無礼(ぶれい)を加(くは)へた者(もの)でも赦(ゆる)しませうなア』
094小糸姫『ハイ、095赦(ゆる)すの、096赦(ゆる)さぬのと……左様(さやう)な大(だい)それた……人間(にんげん)として資格(しかく)は持(も)ちませぬ。097何事(なにごと)も皆(みな)神(かみ)様(さま)のお仕組(しぐみ)ですから……』
098蜈蚣姫『仮令(たとへ)友彦(ともひこ)の様(やう)な男(をとこ)でも、099謝(あやま)つて来(き)たならば貴女(あなた)は赦(ゆる)しますか』
100小糸姫『人間(にんげん)の性(せい)は善(ぜん)で御座(ござ)います。101悔(く)い改(あらた)めさへすれば元(もと)の大神(おほかみ)様(さま)の分霊(わけみたま)、102罪(つみ)も穢(けがれ)も御座(ござ)いますまい。103母上(ははうへ)様(さま)は友彦(ともひこ)をお怨(うら)みで御座(ござ)いませうが、104決(けつ)して友彦(ともひこ)が悪(わる)いのでは御座(ござ)いませぬ。105妾(わたし)こそ友彦(ともひこ)に対(たい)して、106実(じつ)に済(す)まない事(こと)を致(いた)しました。107神(かみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)を頂(いただ)き、108斯様(かやう)な結構(けつこう)な身(み)の上(うへ)になつたにつけても、109明暮(あけくれ)思(おも)ふのは御(ご)両親(りやうしん)様(さま)の事(こと)、110次(つぎ)には友彦(ともひこ)の事(こと)で御座(ござ)います。111寝(ね)ても起(お)きても……アヽ実(じつ)に済(す)まない事(こと)であつた……と思(おも)へばうら恥(はづか)しくて立(た)つても居(ゐ)ても居(を)られない様(やう)です。112何卒(どうぞ)一度(いちど)お目(め)にかかつてお詫(わび)を致(いた)し度(た)いもので御座(ござ)います。113それ故(ゆゑ)妾(わたし)は貞節(ていせつ)を守(まも)り、114独身(どくしん)生活(せいくわつ)を続(つづ)けて居(を)ります』
115と涙(なみだ)を袖(そで)に拭(ぬぐ)ふ。116蜈蚣姫(むかでひめ)はアフンと許(ばか)り呆(あき)れかへり、
117蜈蚣姫『恋(こひ)に上下(じやうげ)の隔(へだ)てなしとは、118よくも言(い)つたものだな。119矢張(やは)りお前(まへ)さまは友彦(ともひこ)が恋(こひ)しいのですか』
120 小糸姫(こいとひめ)は俯向(うつむ)いて無言(むごん)の儘(まま)涙(なみだ)にかきくれる。
121蜈蚣姫『万々一(まんまんいち)其(その)友彦(ともひこ)が詐偽師(さぎし)、122大泥棒(おほどろばう)、123人(ひと)の嬶(かか)ア盗(ぬす)みをする悪党(あくたう)であつたら、124お前(まへ)さまは如何(どう)しますか』
125小糸姫『チツトも構(かま)ひませぬ。126友彦(ともひこ)さまを悪人(あくにん)にしたのも皆(みな)妾(わたし)の罪(つみ)、127それなれば尚々(なほなほ)大切(だいじ)にして上(あ)げねばなりますまい』
128蜈蚣姫『ヘエ左様(さやう)ですか』
129と娘(むすめ)の顔(かほ)を訝(いぶ)かしげに打(う)ち看守(みまも)る。
130 此(この)時(とき)一人(ひとり)の侍女(じぢよ)慌(あわただ)しく此(この)場(ば)に現(あら)はれ来(きた)り、
131侍女『女王(ぢよわう)様(さま)に申上(まをしあ)げます。132今(いま)玄関口(げんくわんぐち)に鼻(はな)の先(さき)の赤(あか)い、133色(いろ)の黒(くろ)い、134不細工(ぶさいく)な男(をとこ)が一人(ひとり)立(た)ち現(あら)はれ、135……「俺(おれ)は女王(ぢよわう)の夫(をつと)だ、136一遍(いつぺん)小糸姫(こいとひめ)に会(あ)はせ」……と呶鳴(どな)つて居(を)りますので、137大勢(おほぜい)の者(もの)どもが、138コンナ気違(きちが)ひを寄(よ)せてはならないと種々(いろいろ)と致(いた)しますれど、139力強(ちからづよ)の鼻赤(はなあか)男(をとこ)、140容易(ようい)に治(をさ)まりませぬ。141小糸姫(こいとひめ)に告(つ)げと許(ばか)り失礼(しつれい)な事(こと)申(まを)して居(を)りますが、142如何(どう)致(いた)しませうか』
143と聞(き)くより小糸姫(こいとひめ)は顔色(がんしよく)をサツと変(へん)じ、
144小糸姫『何(なに)、145鼻(はな)の先(さき)の赤(あか)い男(をとこ)が、146小糸姫(こいとひめ)に会(あ)ひたいと言(い)つて居(ゐ)ますか。147さア妾(わたし)も参(まゐ)りませう。148……母上(ははうへ)様(さま)、149暫時(しばらく)此処(ここ)に待(ま)つて居(ゐ)て下(くだ)さいませ』
150と言(い)ひ捨(す)て、151侍女(じぢよ)の後(あと)に従(したが)ひ長廊下(ながらうか)を伝(つた)ひ、152表玄関(おもてげんくわん)指(さ)して進(すす)み行(ゆ)く。153あとに蜈蚣姫(むかでひめ)は舌(した)を捲(ま)き、
154蜈蚣姫『ナント強(きつ)い惚気(のろけ)様(やう)だなア。155雀(すずめ)百(ひやく)まで雄鳥(をんどり)を忘(わす)れぬとやら、156妾(わし)も如何(どう)やら鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)が思(おも)ひ出(だ)されて、157お懐(なつか)しうなつて来(き)たワ』
158と四辺(あたり)に人(ひと)無(な)きを幸(さいは)ひ、159思(おも)ひのままに泣(な)き叫(さけ)ぶ。160玄関口(げんくわんぐち)に現(あら)はれた小糸姫(こいとひめ)は、161前後(ぜんご)左右(さいう)に数多(あまた)の下僕(しもべ)を手玉(てだま)にとり荒(あ)れ狂(くる)ふ友彦(ともひこ)の姿(すがた)を見(み)て、162ニコニコし乍(なが)ら「友彦(ともひこ)殿(どの)、163友彦(ともひこ)殿(どの)」と声(こゑ)を掛(か)けたり。164此(この)声(こゑ)に友彦(ともひこ)は振(ふ)り返(かへ)り、165俄(にはか)に襟(えり)を繕(つくろ)ひ身体(からだ)の恰好(かつかう)を直(なほ)し乍(なが)ら、
166友彦『やア小糸姫(こいとひめ)どの、167久(ひさ)し振(ぶ)りでお目(め)に掛(かか)りました。168随分(ずゐぶん)凄(すご)い腕前(うでまへ)でしたね』
169小糸姫『誠(まこと)に申訳(まをしわけ)のない事(こと)で御座(ござ)いました。170さア何卒(どうぞ)奥(おく)にお這入(はい)り下(くだ)さいませ。171妾(わたし)がお手(て)を執(と)つてあげませう』
172 一同(いちどう)小糸姫(こいとひめ)の此(この)行為(かうゐ)に呆(あき)れはて、173ポカンとして打(う)ち眺(なが)め居(ゐ)たり。174友彦(ともひこ)は小糸姫(こいとひめ)の握(にぎ)つた手(て)を打(う)ち払(はら)ひ、
175友彦『滅相(めつさう)も無(な)い、176権謀(けんぼう)術数(じゆつすう)至(いた)らざるなき恐(おそ)ろしき貴女(あなた)、177迂濶(うつかり)手(て)でも引(ひ)かれ様(やう)なものなら電気(でんき)にかけられた様(やう)に、178寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)の運命(うんめい)に陥(おちい)らねばなりますまい。179エー、180恐(おそ)ろしや恐(おそ)ろしや僅(わづ)か十六(じふろく)か十七(じふしち)で、181コンナ大(おほ)きな島(しま)の女王(ぢよわう)に成(な)る様(やう)な腕前(うでまへ)、182活殺(くわつさつ)自在(じざい)の権能(けんのう)を持(も)つて居(ゐ)る貴女(あなた)、183何卒(どうぞ)生命(いのち)ばかりは昔(むかし)の交誼(よしみ)で助(たす)けて下(くだ)さい。184貴女(あなた)も随分(ずゐぶん)私(わたし)に泡(あわ)を喰(く)はせたから、185もうあれで得心(とくしん)でせう。186此(この)上(うへ)苛(いじ)めるのは胴欲(どうよく)で御座(ござ)います』
187小糸姫『恋(こひ)しき友彦(ともひこ)様(さま)、188何(なに)御(ご)冗談(じようだん)を仰有(おつしや)いますナ。189日日(ひにち)毎日(まいにち)、190夢幻(ゆめまぼろし)と貴下(あなた)の事(こと)を思(おも)ひつめ、191待(ま)つて居(を)りました。192さア安心(あんしん)して奥(おく)へ行(い)つて下(くだ)さい。193母(はは)の蜈蚣姫(むかでひめ)も奥(おく)に休息(きうそく)して居(を)られますから……』
194 友彦(ともひこ)は稍(やや)安心(あんしん)の態(てい)にて、195赤(あか)い鼻(はな)を右(みぎ)の手(て)で隠(かく)す様(やう)にし乍(なが)ら、196小糸姫(こいとひめ)の細(ほそ)き手(て)に左(ひだり)の手(て)を握(にぎ)られ従(つ)いて行(ゆ)く。
197小糸姫『友彦(ともひこ)さま、198アタ恰好(かつかう)の悪(わる)い、199右(みぎ)のお手(て)をソンナ処(ところ)へ当(あ)てたりして、200何(なに)をなさいます』
201友彦『あまり鼻(はな)が赤(あか)くて見(み)つとも無(な)う御座(ござ)いますから……』
202小糸姫『ホヽヽヽヽ、203妾(わたし)は其(その)赤(あか)い鼻(はな)が好(す)きなのですよ。204世界中(せかいぢう)に鼻(はな)の先(さき)の赤(あか)い立派(りつぱ)な男(をとこ)が、205さう沢山(たくさん)にありますものか、206ホヽヽヽヽ』
207と笑(わら)ひ乍(なが)ら奥(おく)深(ふか)く進(すす)み行(ゆ)く。208友彦(ともひこ)は嬉(うれ)しさと嫌(いや)らしさと恥(はづか)しさが一(ひと)つになり、209足(あし)もワナワナ奥殿(おくでん)目蒐(めが)けて進(すす)み入(い)る。
210 奥(おく)の一室(ひとま)には蜈蚣姫(むかでひめ)只(ただ)一人(ひとり)、211夫(をつと)の身(み)の上(うへ)を思(おも)ひやり眼(まなこ)を腫(はら)して居(ゐ)る。212其処(そこ)へ嫌(いや)な嫌(いや)な友彦(ともひこ)の手(て)を携(たづさ)へて、213嬉(うれ)しげに這入(はい)つて来(き)た小糸姫(こいとひめ)の姿(すがた)を見(み)て打(う)ち驚(おどろ)き、
214蜈蚣姫『まア、215小糸姫(こいとひめ)様(さま)、216冗談(じようだん)ぢやと思(おも)つて居(ゐ)たら本当(ほんたう)ですか。217アンナ糞彦(くそひこ)を奥殿(おくでん)へ引張(ひつぱ)り込(こ)み遊(あそ)ばしては、貴女(あなた)の御(ご)威徳(ゐとく)に関(かか)はりませう。218冗談(じようだん)も良(よ)い加減(かげん)になさいませ。219………これこれ友彦(ともひこ)、220身(み)の上(うへ)知(し)らずも程(ほど)がある。221お前(まへ)等(ら)の来(く)る処(ところ)ぢやない、222さアトツトと下僕(しもべ)の部屋(へや)へでも下(さが)つて休息(きうそく)しなされ。223何程(なにほど)小糸姫(こいとひめ)がお前(まへ)に執着(しふちやく)されても肝腎(かんじん)の此(この)親(おや)が許(ゆる)しませぬぞや』
224小糸姫『妾(わたし)は肉体(にくたい)こそ貴女(あなた)の娘(むすめ)、225今(いま)は一国(いつこく)の権利(けんり)を握(にぎ)る女王(ぢよわう)で御座(ござ)れば、226如何(いか)に貴女(あなた)のお言葉(ことば)なりとて承(うけたま)はるわけには参(まゐ)りませぬ。227……友彦(ともひこ)様(さま)、228今迄(いままで)の御(ご)無礼(ぶれい)はお許(ゆる)し下(くだ)さいませ。229……母上(ははうへ)様(さま)、230友彦(ともひこ)様(さま)の今迄(いままで)の罪(つみ)は許(ゆる)してやつて下(くだ)さい。231今日(こんにち)より友彦(ともひこ)様(さま)を更(あらた)めて妾(わたし)が夫(をつと)と仰(あふ)ぎ、232竜頭王(りうづわう)と御名(みな)を与(あた)へまする。233……いざ竜頭王(りうづわう)殿(どの)、234今日(こんにち)只今(ただいま)より妾(わたし)は貴下(あなた)の妻(つま)で御座(ござ)いますれば、235何卒(どうぞ)宜(よろ)しくお願(ねが)ひ致(いた)しまする』
236 友彦(ともひこ)は夢(ゆめ)では無(な)いかと頬(ほほ)を抓(つめ)つて見(み)たり、237其処(そこら)四辺(あたり)を突(つ)いて見(み)て茫然(ばうぜん)として居(ゐ)る。238斯(か)かる処(ところ)へ梅子姫(うめこひめ)は美(うつく)しき器(うつは)に種々(いろいろ)の珍味(ちんみ)を盛(も)り、239徐々(しづしづ)として入(い)り来(きた)り、
240梅子姫『これはこれは蜈蚣姫(むかでひめ)様(さま)、241ようこそ御(お)入来(いで)下(くだ)さいました。242久(ひさ)し振(ぶ)りでお目(め)に懸(かか)ります。243先(ま)づ御(ご)壮健(さうけん)にて、244何(なに)より大慶(たいけい)至極(しごく)に存(ぞん)じます。245妾(わたし)は顕恩城(けんおんじやう)に仕(つか)へて居(を)りました神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の娘(むすめ)梅子姫(うめこひめ)で御座(ござ)います。246これなる一人(ひとり)は宇豆姫(うづひめ)と申(まを)し、247元(もと)は鬼雲彦(おにくもひこ)様(さま)の侍女(じぢよ)、248何卒(どうぞ)御(ご)眤懇(ぢつこん)に願(ねが)ひ奉(たてまつ)りまする』
249蜈蚣姫『何(なん)とまア年(とし)が寄(よ)つた事(こと)、250如何(いか)にもお前(まへ)さまは梅子姫(うめこひめ)様(さま)に間違(まちが)ひは無(な)い。251意地(いぢ)の悪(わる)さうな顔(かほ)をして居(ゐ)乍(なが)ら、252ようまア、253娘(むすめ)をここ迄(まで)助(たす)けて出世(しゆつせ)をさして下(くだ)さいました。254然(しか)し乍(なが)ら、255余(あま)り偉(えら)い出世(しゆつせ)で、256此(この)親(おや)もチツト位(くらゐ)妬(ねた)ましうなつた位(くらゐ)で御座(ござ)います。257あまり出世(しゆつせ)をし過(す)ぎて、258母親(ははおや)の言(い)ふ事(こと)も聞(き)かぬ様(やう)になつて仕舞(しま)ひました。259何卒(どうぞ)貴女(あなた)から一(ひと)つ御(ご)意見(いけん)遊(あそ)ばして下(くだ)さいませ。260小糸姫(こいとひめ)が此(この)様(やう)な我儘者(わがままもの)になりますのも、261温順(をんじゆん)な女(をんな)になりますのも、262指導者(しだうしや)の感化力(かんくわりよく)によりますのぢや。263貴女(あなた)から一(ひと)つ淑(しと)やかになつて、264親子(おやこ)夫婦(ふうふ)の道(みち)をお悟(さと)り下(くだ)さいまして、265其(その)上(うへ)で娘(むすめ)に意見(いけん)をして下(くだ)さらば、266偶(たまたま)会(あ)うた親(おや)の言(い)ふ事(こと)を聞(き)く従順(じうじゆん)な淑女(しゆくぢよ)になるでせう。267それに何(なん)ぞや、268人(ひと)もあらうに、269鼻赤(はなあか)の此(この)様(やう)な不細工(ぶさいく)な性念(しようねん)の悪(わる)い男(をとこ)を、270今日(けふ)から竜頭王(りうづわう)と仰(あふ)ぎ奉(たてまつ)るなぞと……ヘン……あまり呆(あき)れて物(もの)が言(い)はれませぬワイなア』
271と肩(かた)をプリンプリンと大(おほ)きくシヤクツて、272不平(ふへい)の持(も)つて行(ゆ)き処(どこ)を探(さが)し居(ゐ)たり。
273友彦『吾(われ)は今日(こんにち)より今迄(いままで)の友彦(ともひこ)に非(あら)ず。274オーストラリヤの女王(ぢよわう)黄竜姫(わうりようひめ)が夫(をつと)、275竜頭王(りうづわう)で御座(ござ)る。276此(この)国(くに)の権利(けんり)は吾(わが)手(て)に掌握(しやうあく)致(いた)したれば、277何事(なにごと)も此(この)方(はう)の指図(さしづ)に任(まか)せ、278慎(つつし)み敬(うやま)ひ凡(すべ)ての行動(かうどう)を執(と)つたがよからう』
279と初(はじ)めて王者(わうじや)振(ぶ)りを発揮(はつき)し、280恥(はづか)し相(さう)に鼻(はな)の先(さき)に手(て)を当(あ)てて宣示(せんじ)したり。
281蜈蚣姫『ヘン、282友彦(ともひこ)さま、283措(お)来(き)なさいませ。284何程(なにほど)竜宮島(りうぐうじま)の権利(けんり)を握(にぎ)つたと言(い)つても、285妾(わたし)に対(たい)しては効力(かうりよく)はありますまい。286妾(わたし)は黄竜姫(わうりようひめ)の母(はは)ですよ。287謂(い)はばお前(まへ)さまの義理(ぎり)の母(はは)ですよ。288何程(なにほど)主権者(しゆけんしや)になつたと言(い)つても、289親(おや)の言(い)ふ事(こと)を背(そむ)く訳(わけ)には往(ゆ)きますまい。290友彦(ともひこ)さま、291返答(へんたふ)を聞(き)きませうかい』
292と嫉妬(しつと)と軽侮(けいぶ)とゴツチヤ交(ま)ぜにして、293鼻息(はないき)荒(あら)く知(し)らず識(し)らずに立膝(たてひざ)になり、294友彦(ともひこ)の面部(めんぶ)を睨(にら)みつめて居(ゐ)る。295一座(いちざ)白(しら)けきつた此(この)場(ば)のまを持(も)たさむと、296宇豆姫(うづひめ)は蜈蚣姫(むかでひめ)の手(て)を執(と)り、
297宇豆姫『さア、298蜈蚣姫(むかでひめ)さま、299此方(こちら)に風景(ふうけい)の佳(い)い立派(りつぱ)な居間(ゐま)が御座(ござ)います。300先(ま)づ悠(ゆつく)りと御(ご)休息(きうそく)下(くだ)さいませ。301お供(とも)を致(いた)しませう』
302蜈蚣姫『ハイハイ、303有難(ありがた)う。304若(わか)い御(ご)夫婦(ふうふ)の側(そば)に皺苦茶(しわくちや)婆(ばば)アが何時(いつ)迄(まで)も坐(すわ)つて居(を)るのは、305お座(ざ)が白(しら)けませう。306御(ご)機嫌(きげん)を損(そこ)ねてもなりませぬから、307それならば気(き)を利(き)かして此処(ここ)を一先(ひとま)づ立退(たちの)きませう。308これこれ友彦(ともひこ)……オツト ドツコイ……竜頭王(りうづわう)様(さま)、309黄竜姫(わうりようひめ)様(さま)、310御(ご)夫婦(ふうふ)仲(なか)よう天下(てんか)の経綸(けいりん)を御(ご)相談(さうだん)遊(あそ)ばせ。311御(お)邪魔(じやま)になるといけませぬから、312気(き)を利(き)かして風景(ふうけい)の佳(い)い処(ところ)で、313お茶(ちや)なつと一杯(いつぱい)頂戴(ちやうだい)致(いた)しませう』
314と言葉(ことば)をシヤクリ乍(なが)ら、315畳触(たたみざは)り荒(あら)く身体(からだ)をピンピンと左右(さいう)に振(ふ)りつつ、316一間(ひとま)の内(うち)へ進(すす)み入(い)る。
317 後(あと)に二人(ふたり)は、318互(たがひ)に一別(いちべつ)以来(いらい)の経路(けいろ)を語(かた)り、319身(み)の失敗談(しつぱいだん)を打明(うちあ)け、320夕立雲(ゆふだちぐも)の霽(は)れたる如(ごと)く再(ふたた)び旧(もと)の割(わり)なき仲(なか)となりにける。
321○
322 折(をり)から吹(ふ)き来(く)る烈風(れつぷう)に竜頭王(りうづわう)の安坐(あんざ)せる高殿(たかどの)は吹(ふ)き倒(たふ)され、323バチバチガタガタと木端(こつぱ)微塵(みじん)に打(う)ち砕(くだ)かれ、324身(み)は高処(かうしよ)より材木(ざいもく)の破片(はへん)と共(とも)に岩(いは)の上(うへ)に落(お)ち込(こ)み、325ハツト驚(おどろ)きの目(め)を覚(さま)せば、326……豈(あに)図(はか)らむや、327城外(じやうぐわい)の木(き)の茂(しげ)みに、328友彦(ともひこ)は数多(あまた)の下僕(しもべ)等(ら)に舁(か)つぎ出(いだ)され捨(す)てられ乍(なが)ら疲(つか)れ果(は)ててつい熟睡(じゆくすゐ)し、329寝返(ねがへ)り打(う)つた途端(とたん)に二三間(にさんげん)下(した)の岩(いは)の上(うへ)へ墜落(つゐらく)し、330腰(こし)をしたたか打(う)ち居(ゐ)たりける。
331(大正一一・七・三 旧閏五・九 北村隆光録)
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