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霊界物語
如意宝珠(第13~24巻)
第24巻(亥の巻)
序文
総説
第1篇 流転の涙
第1章 粉骨砕身
第2章 唖呍
第3章 波濤の夢
第4章 一島の女王
第2篇 南洋探島
第5章 蘇鉄の森
第6章 アンボイナ島
第7章 メラの滝
第8章 島に訣別
第3篇 危機一髪
第9章 神助の船
第10章 土人の歓迎
第11章 夢の王者
第12章 暴風一過
第4篇 蛮地宣伝
第13章 治安内教
第14章 タールス教
第15章 諏訪湖
第16章 慈愛の涙
霊の礎(一〇)
霊の礎(一一)
神諭
余白歌
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第24巻(亥の巻)
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(B)
(N)
暴風一過 >>>
第一一章
夢
(
ゆめ
)
の
王者
(
わうじや
)
〔七四一〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻
篇:
第3篇 危機一髪
よみ(新仮名遣い):
ききいっぱつ
章:
第11章 夢の王者
よみ(新仮名遣い):
ゆめのおうじゃ
通し章番号:
741
口述日:
1922(大正11)年07月03日(旧閏05月09日)
口述場所:
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年5月10日
概要:
舞台:
地恩城
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
黄竜姫の奥殿では、蜈蚣姫と小糸姫(黄竜姫)が久しぶりの親子の対面を果たしていた。小糸姫は、今は五十子姫、梅子姫の感化によって神素盞嗚尊の教えを奉じて三五教に帰依していることを明かした。
蜈蚣姫はこの物語に驚いたが、友彦のことを許すかどうかと娘に尋ねた。案に相違して小糸姫は友彦をずっと想っていたと明かし、友彦を城内に迎えるとまた縁りを戻してしまった。
と思いきや、これは友彦の夢であった。友彦は玉治別らと一緒に城外に逃れて茂みの中で寝てしまっていた。寝返りを打ったとたんに二三間下の岩に墜落して、腰をしたたか打ってしまった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-08-06 18:32:38
OBC :
rm2411
愛善世界社版:
180頁
八幡書店版:
第4輯 678頁
修補版:
校定版:
185頁
普及版:
84頁
初版:
ページ備考:
001
黄竜姫
(
わうりようひめ
)
の
奥殿
(
おくでん
)
には、
002
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
と
一
(
ひと
)
つ
島
(
じま
)
の
女王
(
ぢよわう
)
なる
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
二人
(
ふたり
)
端坐
(
たんざ
)
して、
003
親娘
(
おやこ
)
再会
(
さいくわい
)
の
悲喜劇
(
ひきげき
)
が
演
(
えん
)
ぜられ
居
(
ゐ
)
たりける。
004
小糸姫
『
母上
(
ははうへ
)
様
(
さま
)
、
005
久濶
(
しばらく
)
で
御座
(
ござ
)
いました。
006
ツイ
幼
(
をさ
)
な
心
(
ごころ
)
に
前後
(
ぜんご
)
の
区別
(
くべつ
)
も
弁
(
わきま
)
へず、
007
卑
(
いや
)
しき
下僕
(
しもべ
)
の
友彦
(
ともひこ
)
に
唆
(
そその
)
かされ、
008
御
(
ご
)
両親
(
りやうしん
)
様
(
さま
)
を
打
(
う
)
ち
捨
(
す
)
てて
家出
(
いへで
)
を
致
(
いた
)
しました、
009
重々
(
ぢゆうぢゆう
)
不孝
(
ふかう
)
の
罪
(
つみ
)
、
010
お
詫
(
わび
)
の
申
(
まを
)
し
様
(
やう
)
も
御座
(
ござ
)
いませぬ。
011
何卒
(
どうぞ
)
今迄
(
いままで
)
の
事
(
こと
)
は
憎
(
にく
)
い
奴
(
やつ
)
ぢやと
思召
(
おぼしめ
)
さず、
012
お
赦
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さいませ』
013
と
下坐
(
げざ
)
に
直
(
なほ
)
つて
悔悟
(
くわいご
)
の
意
(
い
)
を
表
(
へう
)
する。
014
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
は
嬉
(
うれ
)
し
涙
(
なみだ
)
に
暮
(
く
)
れ
乍
(
なが
)
ら、
015
蜈蚣姫
『
何
(
なん
)
の
何
(
なん
)
の、
016
叱
(
しか
)
りませう。
017
一時
(
ひととき
)
は
両親
(
りやうしん
)
共
(
とも
)
に
大変
(
たいへん
)
な
心配
(
しんぱい
)
を
致
(
いた
)
しまして、
018
殆
(
ほとん
)
ど
此
(
この
)
世
(
よ
)
が
厭
(
いや
)
になり、
019
いつそ
夫婦
(
ふうふ
)
の
者
(
もの
)
が
淵川
(
ふちかは
)
へでも
身
(
み
)
を
投
(
な
)
げて
死
(
し
)
なうかと
迄
(
まで
)
も
悲観
(
ひくわん
)
の
淵
(
ふち
)
に
沈
(
しづ
)
みました。
020
然
(
しか
)
し
大慈
(
だいじ
)
大悲
(
だいひ
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
蔭
(
かげ
)
で、
021
淋
(
さび
)
しき
悲
(
かな
)
しき
心
(
こころ
)
にも
一道
(
いちだう
)
の
光明
(
くわうみやう
)
が
輝
(
かがや
)
き
始
(
はじ
)
め
再
(
ふたた
)
び
夫婦
(
ふうふ
)
は
心
(
こころ
)
を
取直
(
とりなほ
)
し、
022
大自在天
(
だいじざいてん
)
様
(
さま
)
の
御教
(
みをしへ
)
を
波斯
(
フサ
)
の
国
(
くに
)
から
印度
(
ツキ
)
の
国
(
くに
)
、
023
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
まで
教線
(
けうせん
)
を
張
(
は
)
り、
024
肺肝
(
はいかん
)
を
砕
(
くだ
)
き
活動
(
くわつどう
)
をして
見
(
み
)
ましたが、
025
如何
(
どう
)
しても
吾々
(
われわれ
)
夫婦
(
ふうふ
)
の
行動
(
かうどう
)
が
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
のお
心
(
こころ
)
に
召
(
め
)
さぬと
見
(
み
)
え、
026
する
事
(
こと
)
為
(
な
)
す
事
(
こと
)
、
027
鶍
(
いすか
)
の
嘴
(
はし
)
と
喰
(
く
)
ひ
違
(
ちが
)
ひ、
028
夫
(
をつと
)
の
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
様
(
さま
)
は
波斯
(
フサ
)
と
印度
(
ツキ
)
との
国境
(
くにざかひ
)
、
029
テルモン
山
(
ざん
)
の
山麓
(
さんろく
)
に
僅
(
わづか
)
に
教
(
をしへ
)
の
園
(
その
)
を
開
(
ひら
)
き
給
(
たま
)
ひ、
030
妾
(
わたし
)
は
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
を
駆
(
か
)
け
廻
(
めぐ
)
り、
031
風
(
かぜ
)
の
便
(
たよ
)
りに
其方
(
そなた
)
の
所在
(
ありか
)
を
聞
(
き
)
き
知
(
し
)
り、
032
万里
(
ばんり
)
の
波濤
(
はたう
)
を
越
(
こ
)
えて
漸
(
やうや
)
う
此島
(
ここ
)
に
着
(
つ
)
きました。
033
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
が
聞
(
き
)
かれたなら、
034
嘸
(
さぞ
)
お
喜
(
よろこ
)
びなさる
事
(
こと
)
であらう。
035
まア
立派
(
りつぱ
)
に
成
(
な
)
つて
下
(
くだ
)
さつた。
036
斯様
(
かやう
)
な
大
(
おほ
)
きな
島
(
しま
)
の
女王
(
ぢよわう
)
となる
迄
(
まで
)
には、
037
随分
(
ずゐぶん
)
苦労
(
くらう
)
をなさつたでせう』
038
小糸姫
『イエイエ、
039
尠
(
すこ
)
しも
苦労
(
くらう
)
ナンカ
致
(
いた
)
しませぬ。
040
何事
(
なにごと
)
も
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
大御心
(
おほみこころ
)
にまかせ、
041
国祖
(
こくそ
)
国治立
(
くにはるたちの
)
尊
(
みこと
)
の
御
(
ご
)
守護
(
しゆご
)
遊
(
あそ
)
ばす
三五
(
あななひ
)
の
教
(
をしへ
)
を
信
(
しん
)
じ、
042
瑞
(
みづ
)
の
御魂
(
みたま
)
の
大御心
(
おほみこころ
)
を
心
(
こころ
)
とし、
043
焦慮
(
あせ
)
らず
燥
(
さわ
)
がず、
044
人
(
ひと
)
を
憎
(
にく
)
まず
妬
(
ねた
)
まず、
045
心
(
こころ
)
からの
慈愛
(
じあい
)
を
旨
(
むね
)
となし
万民
(
ばんみん
)
に
臨
(
のぞ
)
みました。
046
その
徳
(
とく
)
によつて
此
(
この
)
国
(
くに
)
は
無事
(
ぶじ
)
泰平
(
たいへい
)
に
治
(
をさ
)
まり
果実
(
くわじつ
)
よく
稔
(
みの
)
り、
047
民
(
たみ
)
は
鼓腹
(
こふく
)
撃壤
(
げきじやう
)
、
048
恰
(
あたか
)
も
顕恩郷
(
けんおんきやう
)
の
昔
(
むかし
)
の
様
(
やう
)
で
御座
(
ござ
)
います。
049
何卒
(
どうぞ
)
母上
(
ははうへ
)
様
(
さま
)
、
050
貴女
(
あなた
)
御
(
ご
)
夫婦
(
ふうふ
)
共
(
とも
)
今迄
(
いままで
)
の
心
(
こころ
)
を
立替
(
たてかへ
)
立直
(
たてなほ
)
し、
051
国祖
(
こくそ
)
国治立
(
くにはるたちの
)
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
大御心
(
おほみこころ
)
を
奉体
(
ほうたい
)
し、
052
誠
(
まこと
)
一
(
ひと
)
つになつて
下
(
くだ
)
さいませ。
053
誠
(
まこと
)
ほど
強
(
つよ
)
いものの
結構
(
けつこう
)
なものは
御座
(
ござ
)
いませぬ。
054
如何
(
いか
)
なる
敵
(
てき
)
も
赦
(
ゆる
)
すのが
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御心
(
みこころ
)
で
御座
(
ござ
)
います』
055
蜈蚣姫
『いかにも
立派
(
りつぱ
)
なお
心掛
(
こころが
)
け、
056
さうでなくては
結構
(
けつこう
)
なお
道
(
みち
)
は
開
(
ひら
)
けますまい。
057
さうしてお
前様
(
まへさま
)
の
御
(
ご
)
用助
(
ようだす
)
けをする
方
(
かた
)
は
誰方
(
どなた
)
で
御座
(
ござ
)
いますか』
058
小糸姫
『ハイ、
059
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
、
060
顕恩郷
(
けんおんきやう
)
のバラモンの
本山
(
ほんざん
)
に
御座
(
ござ
)
つた
五十子
(
いそこ
)
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
061
梅子姫
(
うめこひめ
)
様
(
さま
)
、
062
それに
付
(
つ
)
き
添
(
そ
)
う
今子姫
(
いまこひめ
)
、
063
宇豆姫
(
うづひめ
)
の
四
(
よ
)
人
(
にん
)
の
方々
(
かたがた
)
が、
064
広大
(
くわうだい
)
無辺
(
むへん
)
の
神力
(
しんりき
)
を
現
(
あら
)
はし、
065
其
(
その
)
手柄
(
てがら
)
を
皆
(
みんな
)
妾
(
わたし
)
にお
譲
(
ゆづ
)
り
下
(
くだ
)
され、
066
妾
(
わたし
)
を
此
(
この
)
島
(
しま
)
の
女王
(
ぢよわう
)
として
下
(
くだ
)
さつたのです』
067
蜈蚣姫
『
何
(
なに
)
、
068
あの
五十子
(
いそこ
)
姫
(
ひめ
)
、
069
梅子姫
(
うめこひめ
)
がソンナ
立派
(
りつぱ
)
な
行
(
おこな
)
ひを
致
(
いた
)
しましたか。
070
姉妹
(
きやうだい
)
八
(
はち
)
人
(
にん
)
申
(
まを
)
し
合
(
あは
)
せ、
071
顕恩城
(
けんおんじやう
)
に
忍
(
しの
)
び
入
(
い
)
り、
072
大棟梁
(
だいとうりやう
)
様
(
さま
)
の
裏
(
うら
)
をかいて、
073
メチヤメチヤに
叩
(
たた
)
き
壊
(
こは
)
した
悪神
(
あくがみ
)
ではありませぬか』
074
小糸姫
『あの
方々
(
かたがた
)
は
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
様
(
さま
)
の
御
(
お
)
娘子
(
むすめご
)
、
075
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
命令
(
めいれい
)
に
依
(
よ
)
つて
顕恩郷
(
けんおんきやう
)
に
下僕
(
しもべ
)
となつて、
076
バラモン
教
(
けう
)
の
人々
(
ひとびと
)
を
誠
(
まこと
)
の
道
(
みち
)
に
救
(
すく
)
はむ
為
(
ため
)
に、
077
天降
(
あまくだ
)
り
遊
(
あそ
)
ばしたので
御座
(
ござ
)
います。
078
決
(
けつ
)
して
悪
(
わる
)
く
思
(
おも
)
はれてはなりませぬ。
079
今日
(
こんにち
)
の
処
(
ところ
)
では、
080
五十子
(
いそこ
)
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
は
今子姫
(
いまこひめ
)
と
共
(
とも
)
に
自転倒
(
おのころ
)
島
(
じま
)
の
聖地
(
せいち
)
へ
指
(
さ
)
してお
帰
(
かへ
)
りになり、
081
只今
(
ただいま
)
は
梅子姫
(
うめこひめ
)
様
(
さま
)
、
082
宇豆姫
(
うづひめ
)
と
共
(
とも
)
に
妾
(
わたし
)
の
日夜
(
にちや
)
の
神政
(
しんせい
)
を
補助
(
ほじよ
)
指導
(
しだう
)
して
下
(
くだ
)
さる、
083
結構
(
けつこう
)
な
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
様
(
やう
)
なお
方
(
かた
)
で
御座
(
ござ
)
います。
084
何卒
(
どうぞ
)
母上
(
ははうへ
)
様
(
さま
)
、
085
一度
(
いちど
)
丁寧
(
ていねい
)
に
御
(
お
)
礼
(
れい
)
を
申
(
まを
)
し
上
(
あ
)
げて
下
(
くだ
)
さいませ』
086
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
は
此
(
この
)
物語
(
ものがたり
)
に
驚
(
おどろ
)
き
舌
(
した
)
を
捲
(
ま
)
き、
087
『ヘーツ』と
言
(
い
)
つたきり
暫時
(
しばし
)
言葉
(
ことば
)
も
出
(
い
)
でず、
088
思案
(
しあん
)
投
(
な
)
げ
首
(
くび
)
に
時
(
とき
)
を
移
(
うつ
)
したりける。
089
少時
(
しばらく
)
あつて
侍女
(
じぢよ
)
が
運
(
はこ
)
びきたる
豆茶
(
まめちや
)
に
喉
(
のど
)
を
潤
(
うるほ
)
し
乍
(
なが
)
ら、
090
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
は
語
(
ご
)
を
次
(
つい
)
で、
091
蜈蚣姫
『お
前様
(
まへさま
)
はそれ
丈
(
だ
)
け
善一筋
(
ぜんひとすぢ
)
の
道
(
みち
)
を
守
(
まも
)
り、
092
結構
(
けつこう
)
な
女王
(
ぢよわう
)
とまで
成
(
な
)
りなさつた
位
(
くらゐ
)
だから、
093
今迄
(
いままで
)
の
如何
(
いか
)
なる
無礼
(
ぶれい
)
を
加
(
くは
)
へた
者
(
もの
)
でも
赦
(
ゆる
)
しませうなア』
094
小糸姫
『ハイ、
095
赦
(
ゆる
)
すの、
096
赦
(
ゆる
)
さぬのと……
左様
(
さやう
)
な
大
(
だい
)
それた……
人間
(
にんげん
)
として
資格
(
しかく
)
は
持
(
も
)
ちませぬ。
097
何事
(
なにごと
)
も
皆
(
みな
)
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
のお
仕組
(
しぐみ
)
ですから……』
098
蜈蚣姫
『
仮令
(
たとへ
)
友彦
(
ともひこ
)
の
様
(
やう
)
な
男
(
をとこ
)
でも、
099
謝
(
あやま
)
つて
来
(
き
)
たならば
貴女
(
あなた
)
は
赦
(
ゆる
)
しますか』
100
小糸姫
『
人間
(
にんげん
)
の
性
(
せい
)
は
善
(
ぜん
)
で
御座
(
ござ
)
います。
101
悔
(
く
)
い
改
(
あらた
)
めさへすれば
元
(
もと
)
の
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
の
分霊
(
わけみたま
)
、
102
罪
(
つみ
)
も
穢
(
けがれ
)
も
御座
(
ござ
)
いますまい。
103
母上
(
ははうへ
)
様
(
さま
)
は
友彦
(
ともひこ
)
をお
怨
(
うら
)
みで
御座
(
ござ
)
いませうが、
104
決
(
けつ
)
して
友彦
(
ともひこ
)
が
悪
(
わる
)
いのでは
御座
(
ござ
)
いませぬ。
105
妾
(
わたし
)
こそ
友彦
(
ともひこ
)
に
対
(
たい
)
して、
106
実
(
じつ
)
に
済
(
す
)
まない
事
(
こと
)
を
致
(
いた
)
しました。
107
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
御
(
ご
)
神徳
(
しんとく
)
を
頂
(
いただ
)
き、
108
斯様
(
かやう
)
な
結構
(
けつこう
)
な
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
になつたにつけても、
109
明暮
(
あけくれ
)
思
(
おも
)
ふのは
御
(
ご
)
両親
(
りやうしん
)
様
(
さま
)
の
事
(
こと
)
、
110
次
(
つぎ
)
には
友彦
(
ともひこ
)
の
事
(
こと
)
で
御座
(
ござ
)
います。
111
寝
(
ね
)
ても
起
(
お
)
きても……アヽ
実
(
じつ
)
に
済
(
す
)
まない
事
(
こと
)
であつた……と
思
(
おも
)
へば
うら
恥
(
はづか
)
しくて
立
(
た
)
つても
居
(
ゐ
)
ても
居
(
を
)
られない
様
(
やう
)
です。
112
何卒
(
どうぞ
)
一度
(
いちど
)
お
目
(
め
)
にかかつてお
詫
(
わび
)
を
致
(
いた
)
し
度
(
た
)
いもので
御座
(
ござ
)
います。
113
それ
故
(
ゆゑ
)
妾
(
わたし
)
は
貞節
(
ていせつ
)
を
守
(
まも
)
り、
114
独身
(
どくしん
)
生活
(
せいくわつ
)
を
続
(
つづ
)
けて
居
(
を
)
ります』
115
と
涙
(
なみだ
)
を
袖
(
そで
)
に
拭
(
ぬぐ
)
ふ。
116
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
はアフンと
許
(
ばか
)
り
呆
(
あき
)
れかへり、
117
蜈蚣姫
『
恋
(
こひ
)
に
上下
(
じやうげ
)
の
隔
(
へだ
)
てなしとは、
118
よくも
言
(
い
)
つたものだな。
119
矢張
(
やは
)
りお
前
(
まへ
)
さまは
友彦
(
ともひこ
)
が
恋
(
こひ
)
しいのですか』
120
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
俯向
(
うつむ
)
いて
無言
(
むごん
)
の
儘
(
まま
)
涙
(
なみだ
)
にかきくれる。
121
蜈蚣姫
『
万々一
(
まんまんいち
)
其
(
その
)
友彦
(
ともひこ
)
が
詐偽師
(
さぎし
)
、
122
大泥棒
(
おほどろばう
)
、
123
人
(
ひと
)
の
嬶
(
かか
)
ア
盗
(
ぬす
)
みをする
悪党
(
あくたう
)
であつたら、
124
お
前
(
まへ
)
さまは
如何
(
どう
)
しますか』
125
小糸姫
『チツトも
構
(
かま
)
ひませぬ。
126
友彦
(
ともひこ
)
さまを
悪人
(
あくにん
)
にしたのも
皆
(
みな
)
妾
(
わたし
)
の
罪
(
つみ
)
、
127
それなれば
尚々
(
なほなほ
)
大切
(
だいじ
)
にして
上
(
あ
)
げねばなりますまい』
128
蜈蚣姫
『ヘエ
左様
(
さやう
)
ですか』
129
と
娘
(
むすめ
)
の
顔
(
かほ
)
を
訝
(
いぶ
)
かしげに
打
(
う
)
ち
看守
(
みまも
)
る。
130
此
(
この
)
時
(
とき
)
一人
(
ひとり
)
の
侍女
(
じぢよ
)
慌
(
あわただ
)
しく
此
(
この
)
場
(
ば
)
に
現
(
あら
)
はれ
来
(
きた
)
り、
131
侍女
『
女王
(
ぢよわう
)
様
(
さま
)
に
申上
(
まをしあ
)
げます。
132
今
(
いま
)
玄関口
(
げんくわんぐち
)
に
鼻
(
はな
)
の
先
(
さき
)
の
赤
(
あか
)
い、
133
色
(
いろ
)
の
黒
(
くろ
)
い、
134
不細工
(
ぶさいく
)
な
男
(
をとこ
)
が
一人
(
ひとり
)
立
(
た
)
ち
現
(
あら
)
はれ、
135
……「
俺
(
おれ
)
は
女王
(
ぢよわう
)
の
夫
(
をつと
)
だ、
136
一遍
(
いつぺん
)
小糸姫
(
こいとひめ
)
に
会
(
あ
)
はせ」……と
呶鳴
(
どな
)
つて
居
(
を
)
りますので、
137
大勢
(
おほぜい
)
の
者
(
もの
)
どもが、
138
コンナ
気違
(
きちが
)
ひを
寄
(
よ
)
せてはならないと
種々
(
いろいろ
)
と
致
(
いた
)
しますれど、
139
力強
(
ちからづよ
)
の
鼻赤
(
はなあか
)
男
(
をとこ
)
、
140
容易
(
ようい
)
に
治
(
をさ
)
まりませぬ。
141
小糸姫
(
こいとひめ
)
に
告
(
つ
)
げと
許
(
ばか
)
り
失礼
(
しつれい
)
な
事
(
こと
)
申
(
まを
)
して
居
(
を
)
りますが、
142
如何
(
どう
)
致
(
いた
)
しませうか』
143
と
聞
(
き
)
くより
小糸姫
(
こいとひめ
)
は
顔色
(
がんしよく
)
をサツと
変
(
へん
)
じ、
144
小糸姫
『
何
(
なに
)
、
145
鼻
(
はな
)
の
先
(
さき
)
の
赤
(
あか
)
い
男
(
をとこ
)
が、
146
小糸姫
(
こいとひめ
)
に
会
(
あ
)
ひたいと
言
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
ますか。
147
さア
妾
(
わたし
)
も
参
(
まゐ
)
りませう。
148
……
母上
(
ははうへ
)
様
(
さま
)
、
149
暫時
(
しばらく
)
此処
(
ここ
)
に
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さいませ』
150
と
言
(
い
)
ひ
捨
(
す
)
て、
151
侍女
(
じぢよ
)
の
後
(
あと
)
に
従
(
したが
)
ひ
長廊下
(
ながらうか
)
を
伝
(
つた
)
ひ、
152
表玄関
(
おもてげんくわん
)
指
(
さ
)
して
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
153
あとに
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
は
舌
(
した
)
を
捲
(
ま
)
き、
154
蜈蚣姫
『ナント
強
(
きつ
)
い
惚気
(
のろけ
)
様
(
やう
)
だなア。
155
雀
(
すずめ
)
百
(
ひやく
)
まで
雄鳥
(
をんどり
)
を
忘
(
わす
)
れぬとやら、
156
妾
(
わし
)
も
如何
(
どう
)
やら
鬼熊別
(
おにくまわけ
)
様
(
さま
)
が
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
されて、
157
お
懐
(
なつか
)
しうなつて
来
(
き
)
たワ』
158
と
四辺
(
あたり
)
に
人
(
ひと
)
無
(
な
)
きを
幸
(
さいは
)
ひ、
159
思
(
おも
)
ひのままに
泣
(
な
)
き
叫
(
さけ
)
ぶ。
160
玄関口
(
げんくわんぐち
)
に
現
(
あら
)
はれた
小糸姫
(
こいとひめ
)
は、
161
前後
(
ぜんご
)
左右
(
さいう
)
に
数多
(
あまた
)
の
下僕
(
しもべ
)
を
手玉
(
てだま
)
にとり
荒
(
あ
)
れ
狂
(
くる
)
ふ
友彦
(
ともひこ
)
の
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
て、
162
ニコニコし
乍
(
なが
)
ら「
友彦
(
ともひこ
)
殿
(
どの
)
、
163
友彦
(
ともひこ
)
殿
(
どの
)
」と
声
(
こゑ
)
を
掛
(
か
)
けたり。
164
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
に
友彦
(
ともひこ
)
は
振
(
ふ
)
り
返
(
かへ
)
り、
165
俄
(
にはか
)
に
襟
(
えり
)
を
繕
(
つくろ
)
ひ
身体
(
からだ
)
の
恰好
(
かつかう
)
を
直
(
なほ
)
し
乍
(
なが
)
ら、
166
友彦
『やア
小糸姫
(
こいとひめ
)
どの、
167
久
(
ひさ
)
し
振
(
ぶ
)
りでお
目
(
め
)
に
掛
(
かか
)
りました。
168
随分
(
ずゐぶん
)
凄
(
すご
)
い
腕前
(
うでまへ
)
でしたね』
169
小糸姫
『
誠
(
まこと
)
に
申訳
(
まをしわけ
)
のない
事
(
こと
)
で
御座
(
ござ
)
いました。
170
さア
何卒
(
どうぞ
)
奥
(
おく
)
にお
這入
(
はい
)
り
下
(
くだ
)
さいませ。
171
妾
(
わたし
)
がお
手
(
て
)
を
執
(
と
)
つてあげませう』
172
一同
(
いちどう
)
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
此
(
この
)
行為
(
かうゐ
)
に
呆
(
あき
)
れはて、
173
ポカンとして
打
(
う
)
ち
眺
(
なが
)
め
居
(
ゐ
)
たり。
174
友彦
(
ともひこ
)
は
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
握
(
にぎ
)
つた
手
(
て
)
を
打
(
う
)
ち
払
(
はら
)
ひ、
175
友彦
『
滅相
(
めつさう
)
も
無
(
な
)
い、
176
権謀
(
けんぼう
)
術数
(
じゆつすう
)
至
(
いた
)
らざるなき
恐
(
おそ
)
ろしき
貴女
(
あなた
)
、
177
迂濶
(
うつかり
)
手
(
て
)
でも
引
(
ひ
)
かれ
様
(
やう
)
なものなら
電気
(
でんき
)
にかけられた
様
(
やう
)
に、
178
寂滅
(
じやくめつ
)
為楽
(
ゐらく
)
の
運命
(
うんめい
)
に
陥
(
おちい
)
らねばなりますまい。
179
エー、
180
恐
(
おそ
)
ろしや
恐
(
おそ
)
ろしや
僅
(
わづ
)
か
十六
(
じふろく
)
か
十七
(
じふしち
)
で、
181
コンナ
大
(
おほ
)
きな
島
(
しま
)
の
女王
(
ぢよわう
)
に
成
(
な
)
る
様
(
やう
)
な
腕前
(
うでまへ
)
、
182
活殺
(
くわつさつ
)
自在
(
じざい
)
の
権能
(
けんのう
)
を
持
(
も
)
つて
居
(
ゐ
)
る
貴女
(
あなた
)
、
183
何卒
(
どうぞ
)
生命
(
いのち
)
ばかりは
昔
(
むかし
)
の
交誼
(
よしみ
)
で
助
(
たす
)
けて
下
(
くだ
)
さい。
184
貴女
(
あなた
)
も
随分
(
ずゐぶん
)
私
(
わたし
)
に
泡
(
あわ
)
を
喰
(
く
)
はせたから、
185
もうあれで
得心
(
とくしん
)
でせう。
186
此
(
この
)
上
(
うへ
)
苛
(
いじ
)
めるのは
胴欲
(
どうよく
)
で
御座
(
ござ
)
います』
187
小糸姫
『
恋
(
こひ
)
しき
友彦
(
ともひこ
)
様
(
さま
)
、
188
何
(
なに
)
御
(
ご
)
冗談
(
じようだん
)
を
仰有
(
おつしや
)
いますナ。
189
日日
(
ひにち
)
毎日
(
まいにち
)
、
190
夢幻
(
ゆめまぼろし
)
と
貴下
(
あなた
)
の
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
ひつめ、
191
待
(
ま
)
つて
居
(
を
)
りました。
192
さア
安心
(
あんしん
)
して
奥
(
おく
)
へ
行
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
193
母
(
はは
)
の
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
も
奥
(
おく
)
に
休息
(
きうそく
)
して
居
(
を
)
られますから……』
194
友彦
(
ともひこ
)
は
稍
(
やや
)
安心
(
あんしん
)
の
態
(
てい
)
にて、
195
赤
(
あか
)
い
鼻
(
はな
)
を
右
(
みぎ
)
の
手
(
て
)
で
隠
(
かく
)
す
様
(
やう
)
にし
乍
(
なが
)
ら、
196
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
細
(
ほそ
)
き
手
(
て
)
に
左
(
ひだり
)
の
手
(
て
)
を
握
(
にぎ
)
られ
従
(
つ
)
いて
行
(
ゆ
)
く。
197
小糸姫
『
友彦
(
ともひこ
)
さま、
198
アタ
恰好
(
かつかう
)
の
悪
(
わる
)
い、
199
右
(
みぎ
)
のお
手
(
て
)
をソンナ
処
(
ところ
)
へ
当
(
あ
)
てたりして、
200
何
(
なに
)
をなさいます』
201
友彦
『あまり
鼻
(
はな
)
が
赤
(
あか
)
くて
見
(
み
)
つとも
無
(
な
)
う
御座
(
ござ
)
いますから……』
202
小糸姫
『ホヽヽヽヽ、
203
妾
(
わたし
)
は
其
(
その
)
赤
(
あか
)
い
鼻
(
はな
)
が
好
(
す
)
きなのですよ。
204
世界中
(
せかいぢう
)
に
鼻
(
はな
)
の
先
(
さき
)
の
赤
(
あか
)
い
立派
(
りつぱ
)
な
男
(
をとこ
)
が、
205
さう
沢山
(
たくさん
)
にありますものか、
206
ホヽヽヽヽ』
207
と
笑
(
わら
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
奥
(
おく
)
深
(
ふか
)
く
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
208
友彦
(
ともひこ
)
は
嬉
(
うれ
)
しさと
嫌
(
いや
)
らしさと
恥
(
はづか
)
しさが
一
(
ひと
)
つになり、
209
足
(
あし
)
もワナワナ
奥殿
(
おくでん
)
目蒐
(
めが
)
けて
進
(
すす
)
み
入
(
い
)
る。
210
奥
(
おく
)
の
一室
(
ひとま
)
には
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
、
211
夫
(
をつと
)
の
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
を
思
(
おも
)
ひやり
眼
(
まなこ
)
を
腫
(
はら
)
して
居
(
ゐ
)
る。
212
其処
(
そこ
)
へ
嫌
(
いや
)
な
嫌
(
いや
)
な
友彦
(
ともひこ
)
の
手
(
て
)
を
携
(
たづさ
)
へて、
213
嬉
(
うれ
)
しげに
這入
(
はい
)
つて
来
(
き
)
た
小糸姫
(
こいとひめ
)
の
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
て
打
(
う
)
ち
驚
(
おどろ
)
き、
214
蜈蚣姫
『まア、
215
小糸姫
(
こいとひめ
)
様
(
さま
)
、
216
冗談
(
じようだん
)
ぢやと
思
(
おも
)
つて
居
(
ゐ
)
たら
本当
(
ほんたう
)
ですか。
217
アンナ
糞彦
(
くそひこ
)
を
奥殿
(
おくでん
)
へ
引張
(
ひつぱ
)
り
込
(
こ
)
み
遊
(
あそ
)
ばしては、
貴女
(
あなた
)
の
御
(
ご
)
威徳
(
ゐとく
)
に
関
(
かか
)
はりませう。
218
冗談
(
じようだん
)
も
良
(
よ
)
い
加減
(
かげん
)
になさいませ。
219
………これこれ
友彦
(
ともひこ
)
、
220
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
知
(
し
)
らずも
程
(
ほど
)
がある。
221
お
前
(
まへ
)
等
(
ら
)
の
来
(
く
)
る
処
(
ところ
)
ぢやない、
222
さアトツトと
下僕
(
しもべ
)
の
部屋
(
へや
)
へでも
下
(
さが
)
つて
休息
(
きうそく
)
しなされ。
223
何程
(
なにほど
)
小糸姫
(
こいとひめ
)
がお
前
(
まへ
)
に
執着
(
しふちやく
)
されても
肝腎
(
かんじん
)
の
此
(
この
)
親
(
おや
)
が
許
(
ゆる
)
しませぬぞや』
224
小糸姫
『
妾
(
わたし
)
は
肉体
(
にくたい
)
こそ
貴女
(
あなた
)
の
娘
(
むすめ
)
、
225
今
(
いま
)
は
一国
(
いつこく
)
の
権利
(
けんり
)
を
握
(
にぎ
)
る
女王
(
ぢよわう
)
で
御座
(
ござ
)
れば、
226
如何
(
いか
)
に
貴女
(
あなた
)
のお
言葉
(
ことば
)
なりとて
承
(
うけたま
)
はるわけには
参
(
まゐ
)
りませぬ。
227
……
友彦
(
ともひこ
)
様
(
さま
)
、
228
今迄
(
いままで
)
の
御
(
ご
)
無礼
(
ぶれい
)
はお
許
(
ゆる
)
し
下
(
くだ
)
さいませ。
229
……
母上
(
ははうへ
)
様
(
さま
)
、
230
友彦
(
ともひこ
)
様
(
さま
)
の
今迄
(
いままで
)
の
罪
(
つみ
)
は
許
(
ゆる
)
してやつて
下
(
くだ
)
さい。
231
今日
(
こんにち
)
より
友彦
(
ともひこ
)
様
(
さま
)
を
更
(
あらた
)
めて
妾
(
わたし
)
が
夫
(
をつと
)
と
仰
(
あふ
)
ぎ、
232
竜頭王
(
りうづわう
)
と
御名
(
みな
)
を
与
(
あた
)
へまする。
233
……いざ
竜頭王
(
りうづわう
)
殿
(
どの
)
、
234
今日
(
こんにち
)
只今
(
ただいま
)
より
妾
(
わたし
)
は
貴下
(
あなた
)
の
妻
(
つま
)
で
御座
(
ござ
)
いますれば、
235
何卒
(
どうぞ
)
宜
(
よろ
)
しくお
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
しまする』
236
友彦
(
ともひこ
)
は
夢
(
ゆめ
)
では
無
(
な
)
いかと
頬
(
ほほ
)
を
抓
(
つめ
)
つて
見
(
み
)
たり、
237
其処
(
そこら
)
四辺
(
あたり
)
を
突
(
つ
)
いて
見
(
み
)
て
茫然
(
ばうぜん
)
として
居
(
ゐ
)
る。
238
斯
(
か
)
かる
処
(
ところ
)
へ
梅子姫
(
うめこひめ
)
は
美
(
うつく
)
しき
器
(
うつは
)
に
種々
(
いろいろ
)
の
珍味
(
ちんみ
)
を
盛
(
も
)
り、
239
徐々
(
しづしづ
)
として
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
り、
240
梅子姫
『これはこれは
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
様
(
さま
)
、
241
ようこそ
御
(
お
)
入来
(
いで
)
下
(
くだ
)
さいました。
242
久
(
ひさ
)
し
振
(
ぶ
)
りでお
目
(
め
)
に
懸
(
かか
)
ります。
243
先
(
ま
)
づ
御
(
ご
)
壮健
(
さうけん
)
にて、
244
何
(
なに
)
より
大慶
(
たいけい
)
至極
(
しごく
)
に
存
(
ぞん
)
じます。
245
妾
(
わたし
)
は
顕恩城
(
けんおんじやう
)
に
仕
(
つか
)
へて
居
(
を
)
りました
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
の
娘
(
むすめ
)
梅子姫
(
うめこひめ
)
で
御座
(
ござ
)
います。
246
これなる
一人
(
ひとり
)
は
宇豆姫
(
うづひめ
)
と
申
(
まを
)
し、
247
元
(
もと
)
は
鬼雲彦
(
おにくもひこ
)
様
(
さま
)
の
侍女
(
じぢよ
)
、
248
何卒
(
どうぞ
)
御
(
ご
)
眤懇
(
ぢつこん
)
に
願
(
ねが
)
ひ
奉
(
たてまつ
)
りまする』
249
蜈蚣姫
『
何
(
なん
)
とまア
年
(
とし
)
が
寄
(
よ
)
つた
事
(
こと
)
、
250
如何
(
いか
)
にもお
前
(
まへ
)
さまは
梅子姫
(
うめこひめ
)
様
(
さま
)
に
間違
(
まちが
)
ひは
無
(
な
)
い。
251
意地
(
いぢ
)
の
悪
(
わる
)
さうな
顔
(
かほ
)
をして
居
(
ゐ
)
乍
(
なが
)
ら、
252
ようまア、
253
娘
(
むすめ
)
をここ
迄
(
まで
)
助
(
たす
)
けて
出世
(
しゆつせ
)
をさして
下
(
くだ
)
さいました。
254
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら、
255
余
(
あま
)
り
偉
(
えら
)
い
出世
(
しゆつせ
)
で、
256
此
(
この
)
親
(
おや
)
もチツト
位
(
くらゐ
)
妬
(
ねた
)
ましうなつた
位
(
くらゐ
)
で
御座
(
ござ
)
います。
257
あまり
出世
(
しゆつせ
)
をし
過
(
す
)
ぎて、
258
母親
(
ははおや
)
の
言
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
も
聞
(
き
)
かぬ
様
(
やう
)
になつて
仕舞
(
しま
)
ひました。
259
何卒
(
どうぞ
)
貴女
(
あなた
)
から
一
(
ひと
)
つ
御
(
ご
)
意見
(
いけん
)
遊
(
あそ
)
ばして
下
(
くだ
)
さいませ。
260
小糸姫
(
こいとひめ
)
が
此
(
この
)
様
(
やう
)
な
我儘者
(
わがままもの
)
になりますのも、
261
温順
(
をんじゆん
)
な
女
(
をんな
)
になりますのも、
262
指導者
(
しだうしや
)
の
感化力
(
かんくわりよく
)
によりますのぢや。
263
貴女
(
あなた
)
から
一
(
ひと
)
つ
淑
(
しと
)
やかになつて、
264
親子
(
おやこ
)
夫婦
(
ふうふ
)
の
道
(
みち
)
をお
悟
(
さと
)
り
下
(
くだ
)
さいまして、
265
其
(
その
)
上
(
うへ
)
で
娘
(
むすめ
)
に
意見
(
いけん
)
をして
下
(
くだ
)
さらば、
266
偶
(
たまたま
)
会
(
あ
)
うた
親
(
おや
)
の
言
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
聞
(
き
)
く
従順
(
じうじゆん
)
な
淑女
(
しゆくぢよ
)
になるでせう。
267
それに
何
(
なん
)
ぞや、
268
人
(
ひと
)
もあらうに、
269
鼻赤
(
はなあか
)
の
此
(
この
)
様
(
やう
)
な
不細工
(
ぶさいく
)
な
性念
(
しようねん
)
の
悪
(
わる
)
い
男
(
をとこ
)
を、
270
今日
(
けふ
)
から
竜頭王
(
りうづわう
)
と
仰
(
あふ
)
ぎ
奉
(
たてまつ
)
るなぞと……ヘン……あまり
呆
(
あき
)
れて
物
(
もの
)
が
言
(
い
)
はれませぬワイなア』
271
と
肩
(
かた
)
をプリンプリンと
大
(
おほ
)
きくシヤクツて、
272
不平
(
ふへい
)
の
持
(
も
)
つて
行
(
ゆ
)
き
処
(
どこ
)
を
探
(
さが
)
し
居
(
ゐ
)
たり。
273
友彦
『
吾
(
われ
)
は
今日
(
こんにち
)
より
今迄
(
いままで
)
の
友彦
(
ともひこ
)
に
非
(
あら
)
ず。
274
オーストラリヤの
女王
(
ぢよわう
)
黄竜姫
(
わうりようひめ
)
が
夫
(
をつと
)
、
275
竜頭王
(
りうづわう
)
で
御座
(
ござ
)
る。
276
此
(
この
)
国
(
くに
)
の
権利
(
けんり
)
は
吾
(
わが
)
手
(
て
)
に
掌握
(
しやうあく
)
致
(
いた
)
したれば、
277
何事
(
なにごと
)
も
此
(
この
)
方
(
はう
)
の
指図
(
さしづ
)
に
任
(
まか
)
せ、
278
慎
(
つつし
)
み
敬
(
うやま
)
ひ
凡
(
すべ
)
ての
行動
(
かうどう
)
を
執
(
と
)
つたがよからう』
279
と
初
(
はじ
)
めて
王者
(
わうじや
)
振
(
ぶ
)
りを
発揮
(
はつき
)
し、
280
恥
(
はづか
)
し
相
(
さう
)
に
鼻
(
はな
)
の
先
(
さき
)
に
手
(
て
)
を
当
(
あ
)
てて
宣示
(
せんじ
)
したり。
281
蜈蚣姫
『ヘン、
282
友彦
(
ともひこ
)
さま、
283
措
(
お
)
来
(
き
)
なさいませ。
284
何程
(
なにほど
)
竜宮島
(
りうぐうじま
)
の
権利
(
けんり
)
を
握
(
にぎ
)
つたと
言
(
い
)
つても、
285
妾
(
わたし
)
に
対
(
たい
)
しては
効力
(
かうりよく
)
はありますまい。
286
妾
(
わたし
)
は
黄竜姫
(
わうりようひめ
)
の
母
(
はは
)
ですよ。
287
謂
(
い
)
はばお
前
(
まへ
)
さまの
義理
(
ぎり
)
の
母
(
はは
)
ですよ。
288
何程
(
なにほど
)
主権者
(
しゆけんしや
)
になつたと
言
(
い
)
つても、
289
親
(
おや
)
の
言
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
を
背
(
そむ
)
く
訳
(
わけ
)
には
往
(
ゆ
)
きますまい。
290
友彦
(
ともひこ
)
さま、
291
返答
(
へんたふ
)
を
聞
(
き
)
きませうかい』
292
と
嫉妬
(
しつと
)
と
軽侮
(
けいぶ
)
とゴツチヤ
交
(
ま
)
ぜにして、
293
鼻息
(
はないき
)
荒
(
あら
)
く
知
(
し
)
らず
識
(
し
)
らずに
立膝
(
たてひざ
)
になり、
294
友彦
(
ともひこ
)
の
面部
(
めんぶ
)
を
睨
(
にら
)
みつめて
居
(
ゐ
)
る。
295
一座
(
いちざ
)
白
(
しら
)
けきつた
此
(
この
)
場
(
ば
)
の
ま
を
持
(
も
)
たさむと、
296
宇豆姫
(
うづひめ
)
は
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
の
手
(
て
)
を
執
(
と
)
り、
297
宇豆姫
『さア、
298
蜈蚣姫
(
むかでひめ
)
さま、
299
此方
(
こちら
)
に
風景
(
ふうけい
)
の
佳
(
い
)
い
立派
(
りつぱ
)
な
居間
(
ゐま
)
が
御座
(
ござ
)
います。
300
先
(
ま
)
づ
悠
(
ゆつく
)
りと
御
(
ご
)
休息
(
きうそく
)
下
(
くだ
)
さいませ。
301
お
供
(
とも
)
を
致
(
いた
)
しませう』
302
蜈蚣姫
『ハイハイ、
303
有難
(
ありがた
)
う。
304
若
(
わか
)
い
御
(
ご
)
夫婦
(
ふうふ
)
の
側
(
そば
)
に
皺苦茶
(
しわくちや
)
婆
(
ばば
)
アが
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
も
坐
(
すわ
)
つて
居
(
を
)
るのは、
305
お
座
(
ざ
)
が
白
(
しら
)
けませう。
306
御
(
ご
)
機嫌
(
きげん
)
を
損
(
そこ
)
ねてもなりませぬから、
307
それならば
気
(
き
)
を
利
(
き
)
かして
此処
(
ここ
)
を
一先
(
ひとま
)
づ
立退
(
たちの
)
きませう。
308
これこれ
友彦
(
ともひこ
)
……オツト ドツコイ……
竜頭王
(
りうづわう
)
様
(
さま
)
、
309
黄竜姫
(
わうりようひめ
)
様
(
さま
)
、
310
御
(
ご
)
夫婦
(
ふうふ
)
仲
(
なか
)
よう
天下
(
てんか
)
の
経綸
(
けいりん
)
を
御
(
ご
)
相談
(
さうだん
)
遊
(
あそ
)
ばせ。
311
御
(
お
)
邪魔
(
じやま
)
になるといけませぬから、
312
気
(
き
)
を
利
(
き
)
かして
風景
(
ふうけい
)
の
佳
(
い
)
い
処
(
ところ
)
で、
313
お
茶
(
ちや
)
なつと
一杯
(
いつぱい
)
頂戴
(
ちやうだい
)
致
(
いた
)
しませう』
314
と
言葉
(
ことば
)
をシヤクリ
乍
(
なが
)
ら、
315
畳触
(
たたみざは
)
り
荒
(
あら
)
く
身体
(
からだ
)
をピンピンと
左右
(
さいう
)
に
振
(
ふ
)
りつつ、
316
一間
(
ひとま
)
の
内
(
うち
)
へ
進
(
すす
)
み
入
(
い
)
る。
317
後
(
あと
)
に
二人
(
ふたり
)
は、
318
互
(
たがひ
)
に
一別
(
いちべつ
)
以来
(
いらい
)
の
経路
(
けいろ
)
を
語
(
かた
)
り、
319
身
(
み
)
の
失敗談
(
しつぱいだん
)
を
打明
(
うちあ
)
け、
320
夕立雲
(
ゆふだちぐも
)
の
霽
(
は
)
れたる
如
(
ごと
)
く
再
(
ふたた
)
び
旧
(
もと
)
の
割
(
わり
)
なき
仲
(
なか
)
となりにける。
321
○
322
折
(
をり
)
から
吹
(
ふ
)
き
来
(
く
)
る
烈風
(
れつぷう
)
に
竜頭王
(
りうづわう
)
の
安坐
(
あんざ
)
せる
高殿
(
たかどの
)
は
吹
(
ふ
)
き
倒
(
たふ
)
され、
323
バチバチガタガタと
木端
(
こつぱ
)
微塵
(
みじん
)
に
打
(
う
)
ち
砕
(
くだ
)
かれ、
324
身
(
み
)
は
高処
(
かうしよ
)
より
材木
(
ざいもく
)
の
破片
(
はへん
)
と
共
(
とも
)
に
岩
(
いは
)
の
上
(
うへ
)
に
落
(
お
)
ち
込
(
こ
)
み、
325
ハツト
驚
(
おどろ
)
きの
目
(
め
)
を
覚
(
さま
)
せば、
326
……
豈
(
あに
)
図
(
はか
)
らむや、
327
城外
(
じやうぐわい
)
の
木
(
き
)
の
茂
(
しげ
)
みに、
328
友彦
(
ともひこ
)
は
数多
(
あまた
)
の
下僕
(
しもべ
)
等
(
ら
)
に
舁
(
か
)
つぎ
出
(
いだ
)
され
捨
(
す
)
てられ
乍
(
なが
)
ら
疲
(
つか
)
れ
果
(
は
)
ててつい
熟睡
(
じゆくすゐ
)
し、
329
寝返
(
ねがへ
)
り
打
(
う
)
つた
途端
(
とたん
)
に
二三間
(
にさんげん
)
下
(
した
)
の
岩
(
いは
)
の
上
(
うへ
)
へ
墜落
(
つゐらく
)
し、
330
腰
(
こし
)
をしたたか
打
(
う
)
ち
居
(
ゐ
)
たりける。
331
(
大正一一・七・三
旧閏五・九
北村隆光
録)
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