霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 無法人(むはふにん)〔九九二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第36巻 海洋万里 亥の巻 篇:第1篇 天意か人意か よみ(新仮名遣い):てんいかじんいか
章:第4章 無法人 よみ(新仮名遣い):むほうにん 通し章番号:992
口述日:1922(大正11)年09月21日(旧08月1日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
左守のタールチン夫婦はサガレン王派であり、竜雲の横暴を快く思っていなかった。なんとかしてケールス姫の側から排除しようと相談している。すでに王派の忠臣・ユーズとシルレングは竜雲のための獄に投ぜられてしまっていた。
タールチンの妻・キングス姫は、実は竜雲から艶書を受け取っていた。タールチンはこれを利用して竜雲をおびき寄せ、亡き者にしようと画策した。
キングス姫は竜雲に色よい返事の内容の手紙を書き、藤の森に竜雲をおびき寄せた。タールチンは森の中に落とし穴を掘って竜雲を待っていた。はたして、竜雲はのこのこと夜中に森にやってきて落とし穴にはまり、タールチンに生き埋めにされてしまった。
このとき偶然エームスは藤の森に月をめでに二三人の部下と共にやってきていた。エームスは落とし穴を埋めたやわらかい土に足を踏み込んでしまい、下に誰かが埋められていることに気付いた。
エームスたちが穴を掘って助け上げてみれば、それは日ごろ敵対している竜雲であった。エームスは自分が命を助けたのは竜雲だと知って後悔した。竜雲はエームスに軽く礼を言うと、城に帰ったら自分の居間に来るようにと伝えてさっさと先に帰ってしまった。
エームスはやや不安にかられて竜雲の居間を訪ねた。竜雲は、右守の役職にあり城中きってのサガレン王派であるエームスを疎んじており、この機に追い落としてしまおうと考えていた。
竜雲はエームスを反逆者呼ばわりして捕り手に捕えさせ、獄につないでしまった。また竜雲を生き埋めにした左守のタールチンとキングス姫夫婦も投獄してしまった。
何とかこの難を逃れたサールは、ゼムとエールの館に駆け込み、竜雲が重鎮たちを次々に投獄してしまったことを報告した。ゼムとエールはすぐさまサガレン王の館に参じて竜雲の暴状を上奏した。
サガレン王は大いに驚いて、ケールス姫と竜雲を召し出した。サガレン王は怒りはなはだしく、ケールス姫と竜雲に、この国からの追放を言い渡した。
姫と竜雲はまったく動じず、竜雲は逆にこのような暴言を吐く王は発狂したのだと言い放ち、近習たちに王を拘束するようにと命じた。王は竜雲の配下たちによって捕えられ、座敷牢につながれてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-05 15:40:56 文字数:4156 OBC :rm3604
愛善世界社版:31頁 八幡書店版:第6輯 594頁 修補版: 校定版:32頁 普及版:15頁 初版: ページ備考:
001 神地(かうぢ)の都(みやこ)に程(ほど)遠(とほ)からぬ、002青木(あをき)ケ岡(をか)の麓(ふもと)に館(やかた)を構(かま)へたタールチンの奥座敷(おくざしき)には、003妻(つま)のキングス姫(ひめ)と共(とも)にヒソビソ話(ばなし)が始(はじ)まつて居(ゐ)る。
004タールチン『何(なん)と御(お)館(やかた)には困(こま)つた事(こと)が出来(でき)て来(き)たものぢやないか。005ケールス姫(ひめ)様(さま)を竜雲(りううん)の奴(やつ)巧(うま)く取(と)り込(こ)み、006横暴(わうぼう)日(ひ)に夜(よ)に募(つの)り、007サガレン王(わう)様(さま)を見(み)る事(こと)恰(あだか)も配下(はいか)の如(ごと)き態度(たいど)である。008此(この)儘(まま)に放任(はうにん)しおかば、009神地城(かうぢじやう)も、010シロの国(くに)も木端(こつぱ)微塵(みぢん)、011滅茶(めつちや)苦茶(くちや)に瓦解(ぐわかい)し大騒乱(だいさうらん)をかもすは、012火(ひ)を見(み)るよりも明(あきら)かであらう。013今(いま)にして何(なん)とか能(よ)き手段(しゆだん)を廻(めぐ)らし、014彼(か)の怪物(くわいぶつ)を排除(はいじよ)せなくては、015王(わう)さまの御(ご)身辺(しんぺん)も案(あん)じやられる。016何(な)んとかそなたに良(よ)い考(かんが)へはなからうかな』
017キングス姫(ひめ)『本当(ほんたう)に困(こま)つた事(こと)が出来(でき)て来(き)ました。018バラモン教(けう)を以(もつ)て民(たみ)を治(をさ)むる此(この)御国(みくに)へ、019宗旨(しうし)の違(ちが)つたウラル教(けう)を植(う)ゑ付(つ)けられては、020到底(たうてい)紛乱(ふんらん)の絶(た)える間(ま)は御座(ござ)いますまい。021それに付(つ)けても、022竜雲(りううん)の悪僧(あくそう)、023千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の妖術(えうじゆつ)を使(つか)ひ、024ケールス姫(ひめ)様(さま)の心(こころ)を奪(うば)ひ、025今(いま)は誰(たれ)恐(おそ)るるものもなく、026無法(むはふ)の限(かぎ)りを尽(つく)す憎(につく)き奴(やつ)で厶(ござ)います。027何(な)んとか之(これ)は致(いた)さねばなりますまい』
028タールチン『あの忠良(ちうりやう)なるシルレング、029ユーズなども竜雲(りううん)のために獄(ごく)に投(とう)ぜられ、030今(いま)は不辜(ふこ)の罪(つみ)[※初版・愛世版では「不辜の罪」だが、校定版・八幡版では「無辜の罪」になっている。]に悩(なや)んでゐる。031どうかして之(これ)を救(すく)ひ出(だ)さむと、032千苦(せんく)万慮(ばんりよ)すれ共(ども)、033ケールス姫(ひめ)の疑(うたが)ひ深(ふか)く、034竜雲(りううん)の勢(いきほ)ひ侮(あなど)る可(べか)らず。035吾々(われわれ)左守(さもり)の神(かみ)としても、036之(これ)を如何(いかん)ともする事(こと)が出来(でき)ないのは、037時世(ときよ)時節(じせつ)とはいひ乍(なが)ら実(じつ)に残念(ざんねん)な事(こと)である。038此(この)儘(まま)にしておけば善人(ぜんにん)は悉(ことごと)く竜雲(りううん)の毒舌(どくぜつ)にかかり、039残(のこ)らず亡(ほろ)ぼされ、040悪人(あくにん)のみ跋扈(ばつこ)跳梁(てうりやう)して、041遂(つひ)には竜雲(りううん)は如何(いか)なることを仕出(しで)かすかも知(し)れない。042彼(かれ)は決(けつ)して、043現在(げんざい)の地位(ちゐ)に甘(あま)んずる者(もの)ではない。044野心(やしん)満々(まんまん)たる怪物(くわいぶつ)であるから先(ま)づ大樹(たいじゆ)を切(き)るに先立(さきだ)ち其(その)枝(えだ)を切(き)る如(ごと)く、045吾(われ)等(ら)も何時(いつ)如何(いか)なる運命(うんめい)に陥(おと)し入(い)れらるるやも計(はか)り難(がた)い。046彼(かれ)を誅伐(ちうばつ)するは、047今(いま)を措(お)いて他(た)にある可(べか)らず、048どうだキングス姫(ひめ)、049そなたは竜雲(りううん)より艶書(えんしよ)を受取(うけと)つたさうぢやなア』
050 キングス姫(ひめ)は夫(をつと)の言葉(ことば)にやや顔(かほ)を赤(あか)らめ、
051キングス姫『ハイ、052仰(あふ)せの通(とほ)りで御座(ござ)います。053余(あま)りの事(こと)で申上(まをしあ)げやうもなく、054心(こころ)の内(うち)にて大変(たいへん)に煩悶(はんもん)致(いた)して居(を)りました。055併(しか)し乍(なが)ら、056あなた様(さま)が御存(ごぞん)じの上(うへ)は何(なに)をか隠(かく)しませう。057之(これ)を御覧(ごらん)下(くだ)さいませ』
058と差出(さしだ)す一通(いつつう)の艶書(えんしよ)、059タールチンは手早(てばや)く受取(うけと)り、060押開(おしひら)いて読(よ)み下(くだ)せば左(さ)の通(とほ)りである。
061『竜雲(りううん)よりキングス姫(ひめ)に私(ひそ)かに此(こ)の手紙(てがみ)を差上(さしあ)げる。062此(こ)の手紙(てがみ)を夫(をつと)にお見(み)せになる様(やう)なことがあらば、063貴女(あなた)の生命(いのち)はなくなりますぞ。064又(また)決(けつ)して他言(たごん)はなりませぬ。065竜雲(りううん)は貴女(あなた)の御(ご)登場(とうじやう)の際(さい)、066一目(ひとめ)お姿(すがた)を拝(はい)してより、067恋慕(れんぼ)の心(こころ)禁(きん)じ難(がた)く、068朝夕(てうせき)煩悶(はんもん)の鬼(おに)に捉(とら)へられ、069青息(あをいき)吐息(といき)をついて居(を)ります。070就(つい)ては竜雲(りううん)は近(ちか)き将来(しやうらい)に於(おい)て或(ある)目的(もくてき)を達(たつ)し、071シロの島国(しまぐに)のキングと相成(あひな)る考(かんが)へなれば、072今(いま)の内(うち)に夫(をつと)を棄(す)て、073表面(へうめん)独身(どくしん)を装(よそほ)ひ、074竜雲(りううん)の隠(かく)し妻(つま)となつて貰(もら)ひたい。075又(また)あなたの御(お)願(ねがひ)とあれば、076タールチンを従前(じうぜん)の如(ごと)く重(おも)く用(もち)ゐるであらう。077貴女(あなた)の一身(いつしん)の浮沈(ふちん)、078夫(をつと)の存亡(そんばう)に関(くわん)する一大事(いちだいじ)ですから、079何卒(なにとぞ)色好(いろよ)き返詞(へんじ)を賜(たま)はり度(た)く、080指折(ゆびを)り数(かぞ)へて、081貴女(あなた)の御(ご)返詞(へんじ)を待(ま)つて居(を)ります。082左様(さやう)なら……』
083と書(か)き記(しる)してあつた。084タールチンはニツコと笑(わら)ひ、
085タールチン『アハヽヽヽ、086馬鹿(ばか)な奴(やつ)だなア。087之(これ)さへあれば、088面白(おもしろ)い、089どんな計略(けいりやく)でも出来(でき)るであらう……コレ、090キングス姫(ひめ)……』
091と側近(そばちか)く耳(みみ)に口(くち)を寄(よ)せ、092何事(なにごと)か囁(ささや)けば、093キングス姫(ひめ)は莞爾(くわんじ)として打諾(うちうなづ)き、
094キングス姫『仰(あふ)せに従(したが)ひ美事(みごと)成功(せいこう)させて見(み)せませう』
095と稍(やや)確信(かくしん)あるものの如(ごと)く肯(うなづ)いた。
096 それより二日目(ふつかめ)の夕方(ゆふがた)、097竜雲(りううん)の側(そば)へキングス姫(ひめ)の手紙(てがみ)がそツと届(とど)いた。098竜雲(りううん)は願望(ぐわんまう)成就(じやうじゆ)と打喜(うちよろこ)び乍(なが)ら封(ふう)押切(おしき)つてよくよく見(み)れば、099左(さ)の如(ごと)き文面(ぶんめん)が記(しる)してある。
100『竜雲(りううん)さま、101妾(わらは)のやうな不束(ふつつか)な女(をんな)に、102神力(しんりき)無双(むさう)の生神(いきがみ)さまより、103懇切(こんせつ)なる御(お)手紙(てがみ)を頂(いただ)きましたことは、104妾(わらは)身(み)に取(と)つて一生(いつしやう)の光栄(くわうえい)で御座(ござ)います。105早速(さつそく)御(ご)返詞(へんじ)を申上(まをしあ)げたいと存(ぞん)じて居(を)りましたが、106何(なに)を云(い)つても、107夫(をつと)ある身(み)の上(うへ)、108御(ご)返詞(へんじ)を書(か)きます暇(いとま)もなく、109やうやう今日(こんにち)、110夫(をつと)タールチンが小糸(こいと)の館(やかた)に参(まゐ)りました不在中(ふざいちゆう)を幸(さいは)ひ、111此(この)手紙(てがみ)を認(したた)めました。112夫(をつと)は四五(しご)日(にち)帰(かへ)りますまい。113就(つ)いては詳(くは)しき御(お)話(はな)しを承(うけたま)はりたく、114又(また)妾(わらは)の心(こころ)の中(うち)も申上(まをしあ)げたう御座(ござ)いますから、115どうぞ藤(ふじ)の森(もり)の森林(しんりん)迄(まで)、116万障(ばんしやう)繰合(くりあは)せ、117明後晩(みやうごばん)御(お)越(こ)し下(くだ)さいませぬか。118もしも御(お)越(こ)し下(くだ)さることならば、119此(この)使(つかひ)に厳封(げんぷう)して、120返詞(へんじ)の御(お)手紙(てがみ)を頂(いただ)きたう御座(ござ)います。121吾(わが)家(や)にてお目(め)にかかるのはいと易(やす)き事(こと)なれ共(ども)、122数多(あまた)の人々(ひとびと)の出入(しゆつにふ)多(おほ)く、123且(か)つ夫(をつと)の不在中(ふざいちゆう)にあなたと御(お)話(はな)しをしてゐたと言(い)はれては、124世間体(せけんてい)も何(なん)となく面白(おもしろ)からず存(ぞん)じます故(ゆゑ)、125何卒(なにとぞ)藤(ふぢ)の森(もり)の頂上(いただき)まで御(ご)足労(そくらう)を、126強(た)つて御(お)願(ねがひ)申上(まをしあ)げたう御座(ござ)います』
127と記(しる)しあるを見(み)て竜雲(りううん)は大(おほ)いに喜(よろこ)び、128直(ただ)ちに返書(へんしよ)を認(したた)め、129使(つかひ)の男(をとこ)に渡(わた)した。
130 タールチンは藤(ふぢ)の森(もり)の或(ある)処(ところ)に陥穽(おとしあな)を掘(ほ)り、131其(その)上(うへ)に落葉(おちば)を沢山(たくさん)に被(かぶ)せ、132竜雲(りううん)の来(きた)るを今(いま)や遅(おそ)しと木(こ)かげに潜(ひそ)んで待(ま)つてゐた。
133 竜雲(りううん)は斯(か)かる企(たく)みのあるとは夢(ゆめ)にも知(し)らず、134神(かみ)ならぬ身(み)の悲(かな)しさ、135得意然(とくいぜん)として、136城内(じやうない)をソツと脱(ぬ)け出(い)で面部(めんぶ)を深(ふか)く包(つつ)み、137藤(ふぢ)の森(もり)の頂(いただ)きさして、138月(つき)照(て)る山路(やまみち)を登(のぼ)つて行(ゆ)く。
139 細(ほそ)い路(みち)の中央(まんなか)に深(ふか)き陥穽(おとしあな)のあるのも知(し)らず、140悠々(いういう)として、141キングス姫(ひめ)に会(あ)はむと登(のぼ)り行(ゆ)く途端(とたん)、142踏(ふ)み外(はづ)して、143陥穽(おとしあな)にバツサリと落込(おちこ)んで了(しま)つた。144タールチンは物(もの)をも言(い)はず、145土(つち)をかきあつめ、146陥穽(おとしあな)を埋(うづ)めて素知(そし)らぬ顔(かほ)して吾(わが)家(や)を指(さ)して帰(かへ)り行(ゆ)く。
147 此(この)時(とき)エームスは藤(ふぢ)の森(もり)の山上(さんじやう)に月(つき)を賞(しやう)しつつ、148二三(にさん)の部下(ぶか)と共(とも)に登(のぼ)つて居(ゐ)たが、149夜中頃(よなかごろ)帰(かへ)りに就(つ)き、150知(し)らず知(し)らずに其(その)陥穽(おとしあな)を踏(ふ)み外(はづ)し、151自分(じぶん)も亦(また)それに陥(おちい)つた。152されど俄(にはか)に柔(やはら)かき土(つち)を以(もつ)て埋(うづ)めたることとて引(ひき)ならしたる土(つち)も四五(しご)尺(しやく)許(ばか)りゴソツと落込(おちこ)んで了(しま)つた。153其(その)時(とき)何(なん)だか、154足許(あしもと)に暖(あたた)かい毛(け)のやうな物(もの)が触(さは)つた様(やう)な感(かん)じがした。155エームスは二三(にさん)の部下(ぶか)と共(とも)に、156鋤鍬(すきくは)を吾(わが)館(やかた)より持(も)ち来(きた)らせ、157汗(あせ)をタラタラ流(なが)し乍(なが)ら、158何人(なにびと)か生埋(いきう)めにされて居(を)るならむ、159救(すく)ひ与(あた)へむと、160一生(いつしやう)懸命(けんめい)に土(つち)を掘(ほ)り上(あ)げ、161救(すく)ひ出(だ)して見(み)れば豈計(あにはか)らむや、162日頃(ひごろ)城中(じやうちう)に暴威(ばうゐ)を振(ふる)ふウラル教(けう)の竜雲(りううん)なりとは。163エームスは心(こころ)の内(うち)にて……あゝ失敗(しま)つた奴(やつ)を助(たす)けたものだ、164こんな事(こと)なら、165救(すく)ひ出(だ)すぢやなかつたに……と後悔(こうくわい)すれ共(ども)、166最早(もはや)及(およ)ばなかつた。
167 竜雲(りううん)は救(すく)ひ出(だ)されて、
168竜雲『危(あやふ)い所(ところ)を助(たす)けてくれた、169恩人(おんじん)は何人(なにびと)なりや?』
170と言(い)ひ乍(なが)ら、171顔(かほ)を覗(のぞ)き込(こ)み、
172竜雲『アヽお前(まへ)はエームスか、173能(よ)くマア助(たす)けて呉(く)れた。174何(いづ)れ帰城(きじやう)の上(うへ)、175何分(なにぶん)の沙汰(さた)を致(いた)すから、176何処(どこ)へも行(ゆ)かず待(ま)つて居(ゐ)て呉(く)れよ』
177と云(い)ひ捨(す)て、178早々(さうさう)藤(ふぢ)の森(もり)の岡(をか)を下(くだ)りて帰(かへ)り行(ゆ)く。
179○
180 エームスはサール外(ほか)二人(ふたり)の部下(ぶか)と共(とも)に、181竜雲(りううん)の居間(ゐま)に、182稍(やや)不安(ふあん)の念(ねん)に駆(か)られ乍(なが)ら、183生命(いのち)を助(たす)けてやつたのだから、184決(けつ)して不足(ふそく)は云(い)はうまい、185何(なに)かキツと詞(ことば)の礼(れい)位(くらゐ)は云(い)ふのだらうと、186腹(はら)をきめてやつて来(き)たのである。
187 竜雲(りううん)は心(こころ)の内(うち)にて、188エームスの吾(わが)生命(いのち)を救(すく)つて呉(く)れた事(こと)に就(つ)いては好感情(かうかんじやう)を持(も)つて居(ゐ)た。189されどエームスはサガレン王(わう)の右守(うもり)の神(かみ)として声名(せいめい)あり、190且(か)つバラモン教(けう)の熱心(ねつしん)なる信者(しんじや)であつて、191常(つね)に自分(じぶん)の目(め)の上(うへ)の瘤(こぶ)として憎(にく)んでゐた。192それ故(ゆゑ)竜雲(りううん)は此(この)機(き)を逸(いつ)せず、193自分(じぶん)の目的(もくてき)の妨害(ばうがい)になる者(もの)は善悪(ぜんあく)に係(かかは)らず、194何(いづ)れ亡(ほろぼ)さねば止(や)まぬと云(い)ふ悪心(あくしん)を発揮(はつき)し、195言葉(ことば)厳(おごそ)かにエームスに向(むか)つていふ。
196竜雲『昨夜(さくや)は危(あやふ)き生命(いのち)を助(たす)けられ、197其(その)段(だん)は竜雲(りううん)にとつても感謝(かんしや)する次第(しだい)である。198さり乍(なが)ら汝(なんぢ)等(ら)は、199タールチン、200キングス姫(ひめ)等(ら)と諜(しめ)し合(あは)せ、201此(この)竜雲(りううん)を始(はじ)め、202ケールス姫(ひめ)、203サガレン王(わう)をレース[※初版・愛世版では「レース」だが、校定版・八幡版では「レツト」に直している。]、204ベツトせむとの野心(やしん)を抱(いだ)く者(もの)たる事(こと)は、205歴然(れきぜん)たる事実(じじつ)であれば見(み)せしめの為(ため)、206汝(なんぢ)を反逆罪(はんぎやくざい)に定(さだ)むるに依(よ)つて、207さう覚悟(かくご)を致(いた)したが宜(よ)からう』
208と儼然(げんぜん)として言(い)ひ渡(わた)したるにぞ、209エームスは案(あん)に相違(さうゐ)の竜雲(りううん)の言葉(ことば)に呆(あき)れ返(かへ)り、
210エームス『吾々(われわれ)を反逆者(はんぎやくしや)とは何(なに)を証拠(しようこ)に仰(あふ)せらるるや。211人命(じんめい)を救助(きうじよ)し乍(なが)ら、212思(おも)ひもよらぬ冤罪(ゑんざい)に問(と)はるるとは前代(ぜんだい)未聞(みもん)の事(こと)で御座(ござ)る。213竜雲(りううん)殿(どの)は狂気(きやうき)めされたのではあるまいか』
214と気色(けしき)ばんで詰(つ)めよるを、215竜雲(りううん)は冷然(れいぜん)として聞流(ききなが)し、216ワザと作(つく)り笑(わら)ひをし乍(なが)ら、
217竜雲『アハヽヽヽ、218能(よ)くもマア白(しら)ばくれたものだなア。219其(その)弁解(べんかい)は後(のち)にゆつくり聞(き)かう……ヤアヤア者共(ものども)、220反逆人(はんぎやくにん)のエームスを早(はや)く縛(しば)り上(あ)げ、221獄(ごく)に投(とう)ぜよ!』
222と呼(よ)ばはつた。223かねて待構(まちかま)へたる数名(すうめい)の捕手(とりて)は、224有無(うむ)を言(い)はせずエームスを引捕(ひきとら)へ、225直(ただ)ちに暗黒(あんこく)なる獄屋(ごくや)に無理(むり)無体(むたい)に投込(なげこ)んで了(しま)つた。
226 竜雲(りううん)とケールス姫(ひめ)の命令(めいれい)にて、227タールチン、228キングス姫(ひめ)も亦(また)同(おな)じ運命(うんめい)の下(もと)に捉(とら)へられ、229獄舎(ごくしや)に呻吟(しんぎん)する身(み)の上(うへ)となつて了(しま)つたのである。
230 サールは僅(わづか)に身(み)を以(もつ)て此(この)場(ば)を逃(のが)れ直(ただ)ちにゼム、231エールの館(やかた)に駆(か)け至(いた)つて、232其(その)実状(じつじやう)を一々(いちいち)報告(はうこく)した。233ゼム、234エールはサールと共(とも)に、235時(とき)をうつさずサガレン王(わう)の館(やかた)に参(まゐ)り、236竜雲(りううん)が暴状(ばうじやう)を陳奏(ちんそう)した。237サガレン王(わう)は大(おほい)に驚(おどろ)き、238直(ただ)ちに侍臣(じしん)をしてケールス姫(ひめ)、239竜雲(りううん)を召(め)し出(い)だした。
240 竜雲(りううん)、241ケールス姫(ひめ)の二人(ふたり)は予(かね)て覚悟(かくご)の事(こと)とて、242驚(おどろ)きたる色(いろ)もなく、243悠々(いういう)として入(い)り来(きた)り、
244姫(ひめ)『今(いま)お呼(よ)びになつたのは、245如何(いか)なる御用(ごよう)で御座(ござ)いますか』
246 サガレン王(わう)は目(め)をしば叩(たた)き、
247サガレン王『ケールス姫(ひめ)!』
248と言(ことば)を強(つよ)め乍(なが)ら、
249サガレン王『其(その)方(はう)は左守(さもり)の神(かみ)、250タールチン夫婦(ふうふ)を始(はじ)め、251エームスを獄(ごく)に投(とう)じたのは如何(いか)なる罪(つみ)あつての事(こと)か、252一応(いちおう)吾(われ)の裁断(さいだん)を得(え)た上(うへ)にて決行(けつかう)致(いた)すべきものなるに、253汝(なんぢ)一了簡(いちりやうけん)を以(もつ)て、254斯(か)かる重臣(ぢゆうしん)を徒(いたづら)に投(とう)ずるは不届(ふとど)きならずや。255又(また)汝(なんぢ)はウラル教(けう)を捨(す)て、256竜雲(りううん)を放逐(はうちく)すると、257吾(われ)に誓(ちか)ひながら、258相変(あひかは)らず竜雲(りううん)を側近(そばちか)く招(まね)き、259種々(しゆじゆ)良(よ)からぬ計画(けいくわく)をなすとは、260言語(ごんご)道断(どうだん)の行方(やりかた)、261今日(こんにち)より汝(なんぢ)を始(はじ)め竜雲(りううん)の両人(りやうにん)を放逐(はうちく)いたす、262サア早(はや)く此(この)場(ば)を立去(たちさ)れ!』
263と怒髪天(どはつてん)を衝(つ)いて呶鳴(どな)り立(た)てたれば、264竜雲(りううん)はケールス姫(ひめ)に目配(めくば)せし、
265竜雲(りううん)『苟(いやし)くも王者(わうじや)の身(み)を以(もつ)て斯(か)くの如(ごと)き暴言(ばうげん)を吐(は)き玉(たま)ふは、266普通(ふつう)の精神(せいしん)に非(あら)ざるべし。267王(わう)には発狂(はつきやう)の兆(てう)あり、268否(いな)既(すで)に発狂(はつきやう)し居(を)れり。269早(はや)く座敷牢(ざしきらう)に入(い)れまつり、270御(ご)摂養(せつやう)を遊(あそ)ばさねば、271此(この)上(うへ)病勢(びやうせい)募(つの)る時(とき)は、272第一(だいいち)本城(ほんじやう)の為(ため)には不幸(ふかう)此(この)上(うへ)なく、273国民(こくみん)の迷惑(めいわく)は一方(ひとかた)ならざるべし。274ケールス姫殿(ひめどの)、275如何(いかが)遊(あそ)ばす御(お)考(かんが)へなりや』
276 ケールス姫(ひめ)は黙(だま)つて俯(うつむ)いてゐる。277サガレン王(わう)は益々(ますます)怒(いか)り、
278サガレン王『汝(なんぢ)竜雲(りううん)、279吾(われ)に向(むか)つて発狂(はつきやう)とは何事(なにごと)ぞ。280手打(てう)ちに致(いた)して呉(く)れむ』
281と大刀(だいたう)をスラリと引抜(ひきぬ)き、282斬(き)つてかからむとす。283数多(あまた)の近従(きんじう)は王(わう)の背後(はいご)よりムンヅと許(ばか)り抱(だ)き止(と)めた。284竜雲(りううん)は一同(いちどう)に向(むか)ひ、
285竜雲『王(わう)さまは御(ご)病気(びやうき)におはしませば、286御(ご)全快(ぜんくわい)遊(あそ)ばすまで、287座敷牢(ざしきらう)にお隠(かく)し申(まを)せよ』
288と下知(げち)する。289ケールス姫(ひめ)は何(なん)とも云(い)はず、290首(くび)を垂(た)れて、291サガレン王(わう)に顔(かほ)を見(み)せぬやうに努(つと)めてゐる。
292 其(その)間(あひだ)に憐(あは)れや王(わう)は竜雲(りううん)の腹心(ふくしん)の部下(ぶか)の為(ため)に、293発狂(はつきやう)ならざる身(み)を発狂者(はつきやうしや)として一室(いつしつ)に監禁(かんきん)さるる事(こと)となつて了(しま)つたのである。
294(大正一一・九・二一 旧八・一 松村真澄録)
295   此日風強く雨さへ降り来り頗る冷気を覚ゆ
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