霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 無住(むぢう)居士(こじ)〔一〇〇〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第36巻 海洋万里 亥の巻 篇:第2篇 松浦の岩窟 よみ(新仮名遣い):まつうらのがんくつ
章:第12章 無住居士 よみ(新仮名遣い):むじゅうこじ 通し章番号:1000
口述日:1922(大正11)年09月22日(旧08月2日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
松浦の谷合の小糸の里は、深き谷川が流れ、岩山の斜面に天然の大岩窟が穿たれている要害である。友彦が住んでいた館は岩窟より手前の平野にあった。
サガレン王は平野に館を結び、自らは岩窟に隠れて人を集め、都を取り戻す策を練っていた。テーリスとエームスが館にて武術を練っていると、一人の老人が岩道を登ってきて館の前でバラモン教の神文を唱えている。
エームスは老人を館に招き入れた。老人はなぜかサガレン王が岩窟に隠れていることを知っていた。老人は無住居士と名乗り、エームスたちの作戦を見抜いて深い洞察を表したので、エームスとテーリスは、サガレン王に会って助言をしてほしいと頼み込んだ。
無住居士は、テーリスが三五教徒でありながら、わが身のためにサガレン王の奉じるバラモン教に入信していたことをも見抜いた。そして、いずれの道でも至上至尊の神様のために真心を尽くし、神のお力にすがって王を補佐する心がけさえあれば、竜雲ごときは恐れるに足りないと説いた。
無限絶対の神の力に依り、霊魂の上に真の神力が備われば、一人の霊をもって一国や億兆無数の霊に対しても恐れることはないはずである、とエームスとテーリスに説き諭した。
無住居士は二人に教えを垂れるとすぐさま去ろうとした。テーリスは王に面会してもらうように頼み込んだが、無住居士は竜雲のごとき悪魔を言向け和すには、自分自身の心にひそむ執着心と驕慢心と自負心を脱却し、惟神の正道に立ち返りさえすれば十分だと説いた。
エームスが王を呼びに行った間に無住居士は、皇大神の前に真の心を捧げ、神の大道にまつろい真心を現すようにと宣伝歌を歌った。神の国を心の世界に建設し、元の心に帰ることにより、神の宮、神の身魂となることができるのだ、と歌って別れを告げ、飛鳥のように濃霧の中に去って行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-09 10:49:11 文字数:4635 OBC :rm3612
愛善世界社版:116頁 八幡書店版:第6輯 624頁 修補版: 校定版:120頁 普及版:50頁 初版: ページ備考:
001 松浦(まつうら)の谷間(たにあひ)小糸(こいと)の里(さと)は、002一方(いつぱう)は千丈(せんぢやう)の深(ふか)き谷間(たにま)、003南北(なんぽく)に流(なが)れ、004岩山(いはやま)の斜面(しやめん)に天然(てんねん)の大岩窟(だいがんくつ)が穿(うが)たれてゐる。005此(この)岩窟(がんくつ)に達(たつ)せむとするには、006細(ほそ)き岩(いは)の路(みち)を右左(みぎひだり)に飛(と)び越(こ)え漸(やうや)くにして渡(わた)り得(う)る実(じつ)に危険(きけん)極(きは)まる場所(ばしよ)である。007一卒(いつそつ)これを守(まも)れば万卒(ばんそつ)越(こ)ゆる能(あた)はずと云(い)ふ天然(てんねん)的(てき)要害(えうがい)の地点(ちてん)である。008かつてバラモン教(けう)の友彦(ともひこ)が小糸姫(こいとひめ)と共(とも)に草庵(さうあん)を結(むす)び、009教(をしへ)を開(ひら)きゐたる場所(ばしよ)は、010此(この)岩窟(がんくつ)より四五丁(しごちやう)手前(てまへ)の、011極(ごく)平坦(へいたん)な地点(ちてん)であつて、012そこには細谷川(ほそたにがは)が流(なが)れてゐる。
013 サガレン王(わう)は此(この)平地(へいち)に俄作(にはかづく)りの館(やかた)を結(むす)び、014テーリス、015エームスなどに守(まも)らしめ、016自(みづか)らは岩窟内(がんくつない)深(ふか)く入(い)りて、017回天(くわいてん)の謀(はかりごと)をめぐらしてゐた。018谷路(たにみち)の大岩(おほいは)の傍(かたはら)に王(わう)の一行(いつかう)を捉(とら)へむと手具脛(てぐすね)引(ひ)いて待(ま)つてゐた竜雲(りううん)の部下(ぶか)、019ヨール、020ビツト、021レツト、022ルーズの改心組(かいしんぐみ)を初(はじ)め、023サール、024ウインチ、025ゼム、026エール、027タールチン、028キングス姫(ひめ)は此(この)館(やかた)と岩窟(いはや)の間(あひだ)を往復(わうふく)して、029暫(しば)し此処(ここ)に足(あし)を止(とど)め、030王(わう)の為(ため)に心身(しんしん)を悩(なや)ましつつあつた。
031 テーリス、032エームスの両人(りやうにん)は平地(へいち)の館(やかた)に於(おい)て、033数多(あまた)の部下(ぶか)を集(あつ)め、034武術(ぶじゆつ)を練(ね)り、035竜雲(りううん)討伐(たうばつ)の準備(じゆんび)にかかつてゐる。036其処(そこ)へ白髪(はくはつ)異様(いやう)の老人(らうじん)只(ただ)一人(ひとり)、037コツコツと杖(つゑ)の音(おと)をさせながら岩路(いはみち)を登(のぼ)り来(きた)り、038館(やかた)の前(まへ)に立(た)つてバラモン教(けう)の神文(しんもん)を一生(いつしよ)懸命(けんめい)に称(とな)へてゐる。039エームスは一目(ひとめ)見(み)るより慇懃(いんぎん)に其(その)老翁(らうをう)を館(やかた)に引入(ひきい)れ、040湯(ゆ)を与(あた)へ食(しよく)を供(きよう)し、041四方山(よもやま)の話(はなし)に夜(よ)を更(ふ)かしながら、042遂(つひ)には其(その)老翁(らうをう)が来歴(らいれき)を尋(たづ)ぬる事(こと)となつた。
043エームス『モシ、044あなたの様(やう)な御(ご)老体(らうたい)として、045此(この)山路(やまみち)を登(のぼ)り来(きた)り、046且(かつ)又(また)道伴(みちづ)れもなく行脚(あんぎや)をなされるのは、047何(なに)か深(ふか)き御(ご)様子(やうす)のある事(こと)でせう。048どうぞ差支(さしつか)へなくば、049概略(あらまし)御(お)物語(ものがた)りを願(ねが)ひたう御座(ござ)います』
050老翁(無住居士)『私(わたし)は無住(むぢゆう)居士(こじ)といつて、051生(うま)れた所(ところ)も知(し)らねば、052親(おや)も知(し)らず、053子(こ)もなし、054つまり言(い)へば天下(てんか)の浮浪人(ふらうにん)だ。055途中(とちう)にて承(うけたま)はれば、056此(この)お館(やかた)にはバラモン教(けう)の立派(りつぱ)な方々(かたがた)がお集(あつ)まりになり、057武術(ぶじゆつ)の稽古(けいこ)をなさると云(い)ふ事(こと)、058私(わたくし)も斯(か)う年(とし)は老(よ)つて居(を)れども、059武術(ぶじゆつ)が大(だい)の好物(かうぶつ)、060一(ひと)つ其(その)お稽古場(けいこば)を拝見(はいけん)したいもので御座(ござ)る』
061エームス『無住(むぢゆう)さま、062あなたは遥々(はるばる)と此処(ここ)へお越(こ)しになつたのは、063只(ただ)単(たん)に武術(ぶじゆつ)の稽古(けいこ)を見(み)たい為(ため)ではありますまい』
064無住居士『武術(ぶじゆつ)の稽古(けいこ)を見(み)せて貰(もら)ひたいと云(い)ふのは、065ホンのお前(まへ)達(たち)に対(たい)する体好(ていよ)き挨拶(あいさつ)だ。066実(じつ)の所(ところ)はサガレン王(わう)様(さま)の御(ご)危難(きなん)と承(うけたま)はり、067此(この)館(やかた)にお隠(かく)れ遊(あそ)ばすと聞(き)き、068はるばると尋(たづ)ねて来(き)たのだ』
069エームス『其(その)王(わう)様(さま)を尋(たづ)ねて何(なん)となさる御(ご)所存(しよぞん)か、070それが承(うけたま)はりたい!』
071と稍(やや)気色(けしき)ばんで、072声(こゑ)を知(し)らず知(し)らずに高(たか)め問(と)ひかける。
073無住居士『アハヽヽヽ、074竜雲(りううん)如(ごと)き悪神(あくがみ)に蹂躙(じうりん)され、075金城(きんじやう)鉄壁(てつぺき)とも云(い)ふべき牙城(がじやう)を捨(す)てて、076女々(めめ)しくも二人(ふたり)の部下(ぶか)と共(とも)に斯様(かやう)な所(ところ)まで生命(いのち)惜(を)しさに逃(に)げ来(きた)り、077岩蜂(いはばち)か何(なん)ぞの様(やう)に岩窟(いはや)の中(なか)に身(み)を潜(ひそ)め、078捲土(けんど)重来(ぢうらい)の準備(じゆんび)をなすとは、079甚(はなはだ)以(もつ)て迂愚(うぐ)千万(せんばん)なやり方(かた)では御座(ござ)らぬか。080此方(こちら)に準備(じゆんび)が整(ととの)へば、081向方(むかふ)にも亦(また)それ相当(さうたう)の準備(じゆんび)が出来(でき)るはずだ。082目的(もくてき)を達(たつ)せむとすれば、083先(ま)づ第一(だいいち)に間髪(かんぱつ)を容(い)れざる底(てい)の早業(はやわざ)を以(もつ)て、084短兵急(たんぺいきふ)に攻(せ)めよせねば、085到底(たうてい)勝算(しようさん)の見込(みこ)みはない。086今(いま)や竜雲(りううん)は勝(か)ちに乗(じやう)じ、087心(こころ)おごり、088殆(ほとん)ど常識(じやうしき)を失(うしな)つてゐる場合(ばあひ)だから、089此(この)際(さい)に事(こと)を挙(あ)げねば、090曠日(くわうじつ)瀰久(びきう)、091無勢力(むせいりよく)なる味方(みかた)を集(あつ)め居(ゐ)る内(うち)には向方(むかふ)も亦(また)漸(やうや)く目(め)が醒(さ)め、092一層(いつそう)厳重(げんぢゆう)な警備(けいび)もし、093防禦力(ばうぎよりよく)も蓄(たくは)へ、094まさか違(ちが)へば雲霞(うんか)の如(ごと)き大軍(たいぐん)を以(もつ)て、095一挙(いつきよ)に攻(せ)め来(きた)るやも計(はか)り難(がた)い。096何程(なにほど)要害(えうがい)堅固(けんご)の絶処(ぜつしよ)なればとて、097敵(てき)に長年月(ちやうねんげつ)包囲(はうゐ)されようものなら、098水道(すゐだう)は断(た)たれ、099糧食(りやうしよく)は欠乏(けつぼう)し、100居(ゐ)乍(なが)らにして降服(かうふく)せなくてはなろまい。101これ位(くらゐ)な考(かんが)へなくして、102如何(どう)して奸智(かんち)に長(た)けたる竜雲(りううん)を討伐(たうばつ)する事(こと)が出来(でき)ようぞ。103又(また)味方(みかた)の中(なか)にも敵(てき)がある世(よ)の中(なか)、104能(よ)く気(き)をつけたがよからうぞや』
105エームス『如何(いか)にも御(お)説(せつ)御尤(ごもつと)も、106併(しか)し乍(なが)ら吾々(われわれ)同志(どうし)は王(わう)に対(たい)しては、107誠忠(せいちう)無比(むひ)の義士(ぎし)ばかりの集団(しふだん)なれば、108外(ほか)は知(し)らず、109決(けつ)して左様(さやう)な醜類(しうるゐ)は混入(こんにふ)してゐない筈(はず)で御座(ござ)ります。110あなたのお目(め)にはさう映(うつ)りますかな』
111無住居士『アハヽヽヽ、112若(わか)い若(わか)い、113現(げん)に此(この)中(なか)には間者(かんじや)が交(まじ)つて居(ゐ)る。114それが気(き)もつかぬやうな事(こと)では、115如何(いか)なる目的(もくてき)を立(た)つるとも九分(くぶ)九厘(くりん)にて、116顛覆(てんぷく)させられて了(しま)ふであらう』
117エームス『其(その)間者(まはしもの)といふのは誰々(たれたれ)で御座(ござ)いますか』
118無住居士『それは今(いま)茲(ここ)では申(まを)しますまい。119其(その)間者(まはしもの)を看破(かんぱ)する丈(だけ)の眼識(がんしき)がなくては到底(たうてい)駄目(だめ)だ。120此(この)館(やかた)に出入(しゆつにふ)する人々(ひとびと)の目(め)の使(つか)ひ方(かた)、121足(あし)の歩(ある)き方(かた)、122体(からだ)の動(うご)かし方(かた)などを、123トツクと御(お)考(かんが)へなされ! 一目(ひとめ)にして正邪(せいじや)が分(わか)るであらう』
124 エームスは歎息(たんそく)の色(いろ)を表(あら)はし、125双手(もろて)を組(く)み、126さし俯(うつ)むいて思案(しあん)にくれてゐる。
127 テーリスは始(はじ)めて口(くち)を開(ひら)き、
128テーリス『無住(むぢゆう)さま、129今回(こんくわい)の吾々(われわれ)の計画(けいくわく)は完全(くわんぜん)に成功(せいこう)するでせうか。130何卒(なにとぞ)御(ご)神策(しんさく)があらば御(ご)教授(けうじゆ)を願(ねが)ひたい』
131無住居士『アハヽヽヽ、132成功(せいこう)するかせないか、133知(し)らしてくれと云(い)ふのかな。134左様(さやう)な確信(かくしん)のないアヤフヤな事(こと)で、135如何(どう)して大事(だいじ)が遂(と)げられるか。136第一(だいいち)お前(まへ)達(たち)は心(こころ)の置(お)き所(どころ)が違(ちが)つてゐる。137サガレン王(わう)に忠義(ちうぎ)の為(ため)に心身(しんしん)を用(もち)ゐるは、138実(じつ)に臣下(しんか)として感(かん)ずるの至(いた)りである。139が、140併(しか)し乍(なが)ら、141サガレン王(わう)以上(いじやう)の尊(たふと)き方(かた)のある事(こと)は知(し)つて御座(ござ)るか。142それが分(わか)らねば今度(こんど)の目的(もくてき)は、143気(き)の毒(どく)乍(なが)ら全然(ぜんぜん)画餅(ぐわへい)に帰(き)すだらう。144否(いや)却(かへつ)て大災害(だいさいがい)を招(まね)く因(いん)となるにきまつてゐる。145それよりも今(いま)の内(うち)に甲(かぶと)をぬぎ、146竜雲(りううん)の膝下(しつか)に茨(いばら)の鞭(むち)を負(お)ひ、147降伏(かうふく)を申(まを)し込(こ)む方(はう)が近道(ちかみち)だ。148アハヽヽヽ』
149と肩(かた)をゆすつて、150大(おほ)きく笑(わら)ふ。151テーリスは少(すこ)しも無住(むぢゆう)の言(げん)が腑(ふ)におちず、152たたみかけて息(いき)もせはしく問(と)ひかける。
153テーリス『吾々(われわれ)は此(この)シロの国(くに)に於(おい)て、154サガレン王(わう)よりも尊(たふと)い者(もの)はないと心得(こころえ)て居(を)ります。155王(わう)以上(いじやう)の尊(たふと)き者(もの)とは如何(いか)なる方(かた)で御座(ござ)いますか。156どうぞ御(ご)教諭(けうゆ)を願(ねが)ひます』
157無住居士『其方(そなた)はバラモン教(けう)の神司(かむづかさ)、158兼(けん)、159王(わう)の臣下(しんか)であらう。160三五教(あななひけう)に信従(しんじゆう)し乍(なが)ら、161時(とき)の天下(てんか)に従(したが)へと言(い)つたやうな柔弱(にうじやく)な考(かんが)へより、162吾(わが)身(み)の栄達(えいたつ)を計(はか)る為(ため)、163サガレン王(わう)の奉(ほう)ずるバラモン教(けう)に入信(はい)つたのであらうがな。164どうぢや、165此(この)無住(むぢゆう)の申(まを)す事(こと)に間違(まちがひ)があるか』
166テーリス『ハイ、167仰(あふ)せの通(とほ)りです。168併(しか)し乍(なが)ら決(けつ)して決(けつ)して心(こころ)の底(そこ)より三五教(あななひけう)を捨(す)てては居(を)りませぬ。169何(いづ)れの神(かみ)の道(みち)も元(もと)は一株(ひとかぶ)だから吾々(われわれ)の行動(かうどう)に付(つ)いては神(かみ)さまに対(たい)し、170少(すこ)しも矛盾(むじゆん)はないと心得(こころえ)ますが……』
171無住居士『何(いづ)れの道(みち)に入(い)るも誠(まこと)の道(みち)に変(かは)りはない。172其(その)事(こと)は別(べつ)に咎(とが)めもありますまい。173さり乍(なが)らそこ迄(まで)真心(まごころ)を尽(つく)して王(わう)の為(ため)に努(つと)めむとするならば、174至上(しじやう)至尊(しそん)の神(かみ)さまの為(ため)に、175なぜ真心(まごころ)を尽(つく)さないのか。176神(かみ)第一(だいいち)といふ教(をしへ)の真諦(しんたい)を忘(わす)れたのか。177左様(さやう)な心掛(こころがけ)では何程(なにほど)千慮(せんりよ)万苦(ばんく)をなすとも到底(たうてい)駄目(だめ)だ。178神(かみ)の御(お)力(ちから)にすがり奉(まつ)りて、179サガレン王(わう)を助(たす)けむとする心(こころ)にならば、180彼(か)の竜雲(りううん)如(ごと)き曲者(くせもの)は、181物(もの)の数(かず)でもあるまい。182誠(まこと)の神力(しんりき)さへ備(そな)はらば、183竜雲(りううん)如(ごと)きは日向(ひなた)に氷(こほり)をさらした如(ごと)く、184自然(しぜん)の力(ちから)に依(よ)りて自滅(じめつ)するは当然(たうぜん)の帰結(きけつ)である。185何(なに)を苦(くる)しんで、186数多(あまた)の同志(どうし)を集(あつ)め、187殺伐(さつばつ)なる武術(ぶじゆつ)を練習(れんしふ)するか。188武(ぶ)は如何(いか)に熟練(じゆくれん)すればとて一人(ひとり)を以(もつ)て一人(ひとり)に対(たい)するのみの働(はたら)きより出来(でき)まい。189無限(むげん)絶対(ぜつたい)の神(かみ)の力(ちから)に依(よ)り、190汝(なんぢ)が霊魂(れいこん)の上(うへ)に真(まこと)の神力(しんりき)備(そな)はらば、191一(いち)人(にん)の霊(れい)を以(もつ)て一国(いつこく)の霊(れい)に対(たい)し又(また)は億兆(おくてう)無数(むすう)の霊(れい)に対(たい)しても恐(おそ)るる事(こと)はなき筈(はず)、192又(また)霊力(れいりよく)さへ完全(くわんぜん)に備(そな)はらば、193汝(なんぢ)一(いち)人(にん)の力(ちから)を以(もつ)て億兆(おくてう)無数(むすう)の力(ちから)に対(たい)し、194又(また)汝(なんぢ)一(いち)人(にん)の体(たい)を以(もつ)て億兆(おくてう)無数(むすう)の体(たい)に対抗(たいかう)し、195よく其(その)目的(もくてき)を貫徹(くわんてつ)する事(こと)を得(う)るであらう』
196テーリス『重(かさ)ね重(がさ)ねの御(ご)教訓(けうくん)、197身(み)にしみ渡(わた)つて有難(ありがた)う存(ぞん)じます。198就(つ)いては奥(おく)の岩窟(がんくつ)にサガレン王(わう)が居(を)られますから、199御(ご)案内(あんない)致(いた)します。200どうぞ一度(いちど)御(ご)面会(めんくわい)を願(ねが)ひます』
201無住居士『別(べつ)に王(わう)に面会(めんくわい)する必要(ひつえう)も認(みと)めぬ。202王(わう)に於(おい)てわれに面会(めんくわい)を望(のぞ)むとあらば、203暫時(ざんじ)の間(あひだ)タイムをさいてやらう』
204エームス『何(いづ)れの御(お)方(かた)かは知(し)りませぬが、205さう固(かた)く仰有(おつしや)らずに、206どうぞ王(わう)さまの前(まへ)までお越(こ)し下(くだ)さいませ。207王(わう)は定(さだ)めてお喜(よろこ)び遊(あそ)ばす事(こと)でせうから……』
208無住居士『アハヽヽヽ、209そこが矛盾(むじゆん)してゐるといふのだ。210われは天下(てんか)の宣伝使(せんでんし)、211五大洲(ごだいしう)を股(また)にかけて万民(ばんみん)の不朽(ふきう)不滅(ふめつ)の魂(たましひ)に永遠(ゑいゑん)無窮(むきう)の命(いのち)を与(あた)ふる神(かみ)の使(つかひ)の宣伝使(せんでんし)だ。212僅(わづか)にかかる小国(せうこく)を治(をさ)めかぬる如(ごと)きサガレン王(わう)に対(たい)して、213われより訪問(はうもん)するとは、214天地(てんち)転倒(てんたう)も甚(はなはだ)しきものだ。215サガレン王(わう)は単(たん)に此(この)島国(しまぐに)の人間(にんげん)の肉体(にくたい)の短(みじか)き生命(せいめい)を保護(ほご)し監督(かんとく)するだけの役目(やくめ)だ。216霊魂(れいこん)上(じやう)の支配権(しはいけん)は絶無(ぜつむ)だ。217かかる体主(たいしゆ)霊従(れいじう)的(てき)精神(せいしん)の除(と)れざる内(うち)は、218いかに神軍(しんぐん)を起(おこ)すとも、219悪魔(あくま)の竜雲(りううん)を言向和(ことむけやは)す事(こと)は思(おも)ひも寄(よ)らぬ事(こと)である。220最早(もはや)われは此(この)場(ば)に用(よう)なし、221さらば……』
222と云(い)ふより早(はや)く、223いそいそとして立去(たちさ)らむとするを、224テーリス、225エームス両人(りやうにん)はあわてて袖(そで)を引(ひき)とめ、
226テーリス、エームス『もしもし無住(むぢゆう)居士(こじ)さま、227暫(しばら)くお待(ま)ち下(くだ)さいませ。228只(ただ)今(いま)承(うけたま)はれば、229あなたは天下(てんか)の宣伝使(せんでんし)と仰有(おつしや)いましたが、230宣伝使(せんでんし)ならば、231何卒(なにとぞ)吾(われ)等(ら)が誠忠(せいちう)を憐(あはれ)み、232最善(さいぜん)の方法(はうはふ)を教(をし)へ下(くだ)さいませ。233そして貴方(あなた)は何教(なにけう)の宣伝使(せんでんし)で御座(ござ)いますか。234それが一言(ひとこと)承(うけたま)はりたう御座(ござ)います』
235無住居士『別(べつ)に竜雲(りううん)の如(ごと)き悪魔(あくま)を言向和(ことむけやは)すに就(つ)いては議論(ぎろん)もヘチマもあつたものでない。236只(ただ)汝(なんぢ)が心(こころ)にひそむ執着心(しふちやくしん)と驕慢心(けうまんしん)と自負心(じふしん)を脱却(だつきやく)し、237只々(ただただ)惟神(かむながら)の正道(せいだう)に立返(たちかへ)りなばそれで十分(じふぶん)だ。238一(ひと)つの計画(けいくわく)も何(なに)も要(い)つたものでない。239アハヽヽヽ』
240と言(い)ひ棄(す)て、241又(また)もや袖(そで)ふり切(き)つて立去(たちさ)らむとする。242テーリスは泣(な)かぬ許(ばか)りに跪(ひざまづ)き、243無住(むぢゆう)の杖(つゑ)をグツト握(にぎ)りながら、
244テーリス『エームスよ、245早(はや)く王(わう)さまをここへお迎(むか)へ申(まを)して来(こ)よ。246無住(むぢゆう)居士(こじ)に今(いま)帰(かへ)られては、247吾々(われわれ)は暗夜(あんや)に航海(かうかい)する舟(ふね)の艫櫂(ろかい)を失(うしな)うたやうなものだ。248サア早(はや)く早(はや)く……』
249と急(せ)き立(た)つれば、250エームスは打頷(うちうなづ)きながら、251急(いそ)いで危(あやふ)き岩(いは)の壁(かべ)を伝(つた)ひ岩窟(がんくつ)さして急(いそ)ぎ行(ゆ)く。
252無住(むぢゆう)『貴重(きちよう)なタイムを、253仮令(たとへ)一息(ひといき)の間(ま)も空費(くうひ)するは、254天地(てんち)の神(かみ)さまに対(たい)して、255誠(まこと)にすまない。256最早(もはや)無住(むぢゆう)の用(よう)はなき筈(はず)、257よく本心(ほんしん)に立帰(たちかへ)り、258直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し、259自分(じぶん)の心(こころ)と相談(さうだん)をなされ』
260テーリス『ハイ、261重(かさ)ね重(がさ)ねの御(ご)教訓(けうくん)、262誠(まこと)に有難(ありがた)う御座(ござ)います。263就(つ)いては今(いま)暫(しばら)くの間(あひだ)御(お)待(ま)ちを願(ねが)ひます。264王(わう)さまの此処(ここ)へお出(い)でになる迄(まで)……』
265無住居士『サガレン王(わう)が今(いま)の如(ごと)き精神(せいしん)にてわれに面会(めんくわい)が叶(かな)ふと思(おも)うてゐるか。266取違(とりちがひ)するにも程(ほど)があるぞよ。267われの正体(しやうたい)を感知(かんち)する事(こと)が出来(でき)るか』
268テーリス『ハイ神(かみ)様(さま)とも宣伝使(せんでんし)とも見分(みわ)けがつきませぬ。269何卒(なにとぞ)々々(なにとぞ)暫(しばら)くの御(ご)猶予(いうよ)を御(お)願(ねがひ)申(まを)します』
270と合掌(がつしやう)し、271熱涙(ねつるゐ)を頬(ほほ)に流(なが)し乍(なが)ら頼(たの)み入(い)る。
272 無住(むぢゆう)居士(こじ)は声(こゑ)爽(さはや)かに、273老人(らうじん)にも似(に)ず、274勇(いさ)ましき声音(せいおん)にて歌(うた)ひ出(だ)したり。
275無住居士『あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
276神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
277善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける
278とは云(い)ふものの世(よ)の中(なか)は
279顕幽(けんいう)一致(いつち)善悪(ぜんあく)不二(ふじ)
280善(ぜん)もなければ悪(あく)もない
281心(こころ)一(ひと)つの持(も)ちやうぞ
282サガレン王(わう)に仕(つか)へたる
283テーリス、エームス両人(りやうにん)よ
284神(かみ)を力(ちから)に誠(まこと)を杖(つゑ)に
285朝(あさ)な夕(ゆふ)なに真心(まごころ)を
286洗(あら)ひ浄(きよ)めてサガレン王(わう)の
287君(きみ)の命(みこと)は云(い)ふも更(さら)
288此(この)世(よ)の祖(おや)と現(あ)れませる
289皇(すめ)大神(おほかみ)の御(おん)前(まへ)に
290天地(てんち)自然(しぜん)の飾(かざ)りなき
291誠(まこと)の心(こころ)を捧(ささ)げつつ
292祈(いの)れよ祈(いの)れ国(くに)の為(ため)
293天地(てんち)の間(あひだ)に生(お)ひ立(た)てる
294すべての物(もの)になり代(かは)り
295罪(つみ)を贖(あがな)ひ千万(ちよろづ)の
296悩(なや)みをわが身(み)に甘受(かんじゆ)して
297神(かみ)の大道(おほぢ)にまつろひし
298其(その)真心(まごころ)を現(あら)はせよ
299神(かみ)は汝(なんじ)と倶(とも)にあり
300とは云(い)ふものの汝(な)が心(こころ)
301いかでか神(かみ)の守(まも)らむや
302神(かみ)の守(まも)らす身魂(みたま)には
303塵(ちり)もなければ曇(くも)りなし
304心(こころ)の空(そら)は日月(じつげつ)の
305光(ひかり)さやけく照(て)りわたり
306平和(へいわ)の風(かぜ)は永遠(とは)に吹(ふ)き
307花(はな)は匂(にほ)ひ鳥(とり)歌(うた)ひ
308実(みの)りゆたけき神(かみ)の国(くに)を
309心(こころ)の世界(せかい)に建設(けんせつ)し
310宇宙(うちう)の外(そと)に身(み)を置(お)いて
311森羅(しんら)万象(ばんしやう)睥睨(へいげい)し
312元(もと)の心(こころ)に帰(かへ)りなば
313汝(なんぢ)は最早(もはや)神(かみ)の宮(みや)
314神(かみ)の身魂(みたま)となりぬべし
315あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
316神(かみ)の大道(おほぢ)をつつしみて
317進(すす)めよ進(すす)めバラモンの
318教(をしへ)を奉(ほう)ずる神司(かむづかさ)
319それに従(したが)ふ人々(ひとびと)よ
320此(この)老翁(らうをう)が一言(ひとこと)を
321別(わか)れに臨(のぞ)みてのこしおく
322あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
323われの姿(すがた)を村肝(むらきも)の
324心(こころ)を定(さだ)めてよく悟(さと)れ
325サガレン王(わう)の来(きた)る迄(まで)
326待(ま)ちてやりたく思(おも)へども
327タイムの力(ちから)は何時(いつ)迄(まで)も
328元(もと)へ返(かへ)さむ由(よし)もなし
329いざいざさらば いざさらば
330二人(ふたり)の誠(まこと)の神司(かむづかさ)
331ここにて袂(たもと)を別(わか)つべし』
332といふかと見(み)れば、333飛鳥(ひてう)の如(ごと)く老躯(ろうく)を物(もの)の苦(く)にもせず、334足(あし)を速(はや)めて、335早(はや)くも濃霧(のうむ)の中(なか)に消(き)えて了(しま)つた。336此(この)老人(らうじん)は果(はた)して何神(なにがみ)の化身(けしん)であらうか?
337(大正一一・九・二二 旧八・二 松村真澄録)
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