霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一七章 一目翁(ひとつめをう)〔一〇〇五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第36巻 海洋万里 亥の巻 篇:第3篇 神地の暗雲 よみ(新仮名遣い):こうじのあんうん
章:第17章 一目翁 よみ(新仮名遣い):ひとつめおう 通し章番号:1005
口述日:1922(大正11)年09月23日(旧08月3日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
門番のシールは、ベスの帰りと報告を待っていた。ベスは戻ってきたが、シールの問いかけにはぐらかして答え、さっぱり要領を得ない。シールはベスに酒を勧める。
シールの思惑通りベスは酒に酔って、竜雲やケールス姫に口止めされていたにもかかわらず、テールがサガレン王軍襲来の夢を見てから騒ぎをやらかしたことをしゃべってしまった。
シールとベスは酔ってかみ合わない雑談を続けている。その中でシールは竜雲たち上層部の悪逆無道を憂いベスに問いかけるが、ベスは気楽に仕えていればよいとはぐらかす。
すると門前に宣伝歌が聞こえてきた。宣伝歌は神の正道は永遠に変わらないと歌い、一時の欲に踏み迷い、今は勢いの強い竜雲の勢いもたちまち色あせて滅びは近いと予言し、心の立て直しを説いていた。
シールとベスは酔って朦朧としながらも宣伝歌の声に胸も刺さる心地がして門を開くと、白髪異様の老人が左手に太い杖をつき、右手に扇を握って厳然と仁王立ちになっていた。
シールは老人の片目の異様な姿に驚きながらも、竜雲を諫めようとしても無駄だから、帰ったがよかろうと洒落を交えて声をかけた。老人はシールの問いかけに大笑いし、門番にしてこれほどの粋人ならば、竜雲の城はさぞかし上下一致しているだろうと感心した。そして、飲めよ騒げよ一寸先は闇よ、とウラル教の宣伝歌の一節を歌った。
ベスは面白い老人がやってきたと、奥に通して城内の空気を払ってもらおうと注進に行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-09-12 04:17:01 文字数:5489 OBC :rm3617
愛善世界社版:176頁 八幡書店版:第6輯 645頁 修補版: 校定版:182頁 普及版:77頁 初版: ページ備考:
001 神地(かうぢ)の城(しろ)の表門(おもてもん)の番人(ばんにん)シールは、002只(ただ)一人(ひとり)チビリチビリと酒(さけ)を傾(かたむ)けながら、003奥殿(おくでん)に進(すす)み入(い)つたるベスの帰(かへ)りを今(いま)や遅(おそ)しと待(ま)ち居(ゐ)たり。004かかる処(ところ)へニコニコとして立(た)ち帰(かへ)り来(きた)りしベスの顔(かほ)を見(み)るより噛(か)みつく様(やう)に忙(いそが)しく、
005シール『オイ、006ベス、007如何(どう)だつたい。008大奥(おほおく)の首尾(しゆび)はイヤ様子(やうす)は……』
009ベス『大山(たいざん)鳴動(めいどう)して鼠一匹(ねずみいつぴき)だ。010何事(なにごと)ならむと身(み)をかため、011恐(おそ)れ気(げ)もなく竜雲王(りううんわう)の奥殿(おくでん)に忍(しの)び入(い)り、012ケールス姫(ひめ)様(さま)のあの御(ご)様子(やうす)にては何事(なにごと)の大事変(だいじへん)突発(とつぱつ)せしかと窺(うかが)ひ見(み)れば、013豈(あに)図(はか)らむや、014平穏(へいおん)無事(ぶじ)、015天下(てんか)太平(たいへい)、016国土(こくど)成就(じやうじゆ)、017四民(しみん)安堵(あんど)、018瑞祥(ずゐしやう)の気(き)が殿内(でんない)に漲(みなぎ)り渡(わた)り、019床(とこ)に飾(かざ)られた福禄寿(げほう)の置物(おきもの)が……ベスさまお早(はや)う……と腰(こし)を屈(かが)めて挨拶(あいさつ)をして居(ゐ)ると云(い)ふ長閑(のどか)さだつたよ。020も早(はや)此(この)上(うへ)は一言(いちごん)も口外(こうぐわい)は出来(でき)ない。021先(ま)づこれが俺(おれ)の使命(しめい)だ。022アハヽヽヽ』
023シール『そんな事(こと)で如何(どう)して全権(ぜんけん)公使(こうし)が勤(つと)まるか。024も少(すこ)し戦況(せんきやう)を詳細(しやうさい)に報告(はうこく)致(いた)さぬかい』
025ベス『報告(はうこく)しようにも実(じつ)の処(ところ)は仕方(しかた)がないのだ。026サツパリアフンが宙(ちう)に迷(まよ)つて了(しま)つた。027驚異(きやうい)の面相(めんさう)を遺憾(ゐかん)なく陳列(ちんれつ)してある羅漢堂(らかんだう)を覗(のぞ)いて来(き)た様(やう)なものだつた。028されども明智(めいち)の某(それがし)、029黒雲(こくうん)深(ふか)く包(つつ)みたる不可解(ふかかい)の事実(じじつ)も、030遺憾(ゐかん)なく道破(だうは)して来(き)たのだから偉(えら)いものだらう。031何(なん)と云(い)つても明敏(めいびん)な頭脳(づなう)の持(も)ち主(ぬし)だから、032凡(すべ)ての事実(じじつ)の核心(かくしん)に触(ふ)れるのは此(この)ベスに限(かぎ)つて居(ゐ)るワイ、033ウフヽヽヽフツフ。034アヽ、035小便(せうべん)の大(だい)タンクが溢(あふ)れて腎臓(じんざう)が破裂(はれつ)しさうだ』
036と云(い)ひ乍(なが)ら、037エチエチと怪(あや)しき足許(あしもと)にて便所(べんじよ)に姿(すがた)を隠(かく)す。038シールは腕(うで)を組(く)み独語(ひとりごと)。
039シール『マア、040何(なん)と訳(わけ)の分(わか)らぬ事(こと)が出来(でき)たのだらう。041ベスの奴(やつ)、042一向(いつかう)不得(ふとく)要領(えうりやう)の返答(へんたふ)ばかりを並(なら)べ立(た)て肝腎(かんじん)の問題(もんだい)を外(はづ)さうとつとめて居(ゐ)よる。043これには何(なに)か深(ふか)い訳(わけ)がなくてはならぬ。044一(ひと)つ巧(うま)く酒(さけ)を勧(すす)めて酔(よ)ひ潰(つぶ)し、045泥(どろ)を吐(は)かしてやらなくちや、046一通(ひととほ)りの料理(れうり)では駄目(だめ)だ。047背骨(せぼね)を抜(ぬ)き取(と)り、048腹(はら)の中(なか)迄(まで)開(ひら)きにして、049鰌鍋(どぜうなべ)の様(やう)に何(なに)もかも暴露(ばくろ)させてやらうかナ』
050と呟(つぶや)き乍(なが)ら待(ま)つて居(ゐ)る。051ベスは漸(やうや)く小用(こよう)を済(す)ませ帰(かへ)り来(きた)るを、
052シール『オイ、053チツと酒(さけ)でも聞(きこ)し召(め)したら如何(どう)だい。054斯(か)う四辺(しへん)暗雲(あんうん)に包(つつ)まれ、055蒸(む)し暑(あつ)き無風(むふう)地帯(ちたい)にあつては、056やり切(き)れないぢやないか。057ドツと奮発(ふんぱつ)して鯨飲(げいいん)馬食(ばしよく)と洒落(しやれ)て、058暑(あつ)さを凌(しの)がうぢやないか。059ウラル教(けう)の古(ふる)い教(をしへ)にも……飲(の)めよ騒(さわ)げよ一寸先(いつすんさき)や暗(やみ)よ、060暗(やみ)の後(あと)には月(つき)が出(で)る……と云(い)つてあるからにや、061酒(さけ)さへ飲(の)めば屹度(きつと)御(ご)神慮(しんりよ)に叶(かな)つて、062大空(おほぞら)の陰鬱(いんうつ)の雲(くも)も晴(は)れ、063涼風(りやうふう)颯々(さつさつ)として面(おもて)を吹(ふ)き、064天(てん)青(あを)く日(ひ)は清(きよ)く、065天(あま)の岩戸(いはと)開(びら)きが出来(でき)るであらうよ。066酒(さけ)なくて何(なん)の己(おのれ)がナイスかなだ。067何程(なにほど)立派(りつぱ)なナイスの給仕(きふじ)でも、068飯(めし)ばつかりでは機(はづ)まないからな。069酒(さけ)は百薬(ひやくやく)の長(ちやう)だ、070酒(さけ)はやつこすだ。071薬師(やくし)如来(によらい)だ、072般若湯(はんにやたう)だ、073甘露水(かんろすゐ)だ、074釈迦(しやか)だ、075イエスだ。076吾(われ)等(ら)を天国(てんごく)に救(すく)ふ大(だい)救世主(きうせいしゆ)は盤古(ばんこ)神王(しんわう)でもなければ常世(とこよ)神王(しんわう)でもない。077飲(の)めば直(ただち)に心(こころ)浮(う)き立(た)ち、078天国(てんごく)を自由(じいう)自在(じざい)に逍遥(せうえう)せしめ給(たま)ふ酒(くし)の神(かみ)様(さま)だ。079現実(げんじつ)に天国(てんごく)に救(すく)ひ下(くだ)さる神(かみ)様(さま)は吾(わが)前(まへ)に出現(しゆつげん)ましますぞよ』
080ベス『あまり酒(くし)の神(かみ)の御(ご)厄介(やくかい)になると、081門番(もんばん)の役(やく)が疎(おろ)そかになつて、082免(めん)の字(じ)に職(しよく)の字(じ)を頂戴(ちやうだい)せなくては、083ならなくなつて了(しま)ふぞ。084チツと心得(こころえ)ねばなるまい』
085シール『酒(さけ)の用意(ようい)はもう宜(よ)い。086これで沢山(たくさん)だ。087此(この)上(うへ)は一滴(いつてき)も飲(の)めない。088アヽえらく酔(よ)うた……と云(い)ひ出(だ)した時(とき)が本当(ほんたう)の酒(さけ)の興味(きようみ)を覚(おぼ)えた時(とき)だ。089強(し)ひられない酒(さけ)は飲(の)めぬと云(い)ふから、090此(この)シールさまが斯(か)うしてお前(まへ)に酒(さけ)をシールのだ。091アハヽヽヽ』
092 ベスは喉(のど)の虫(むし)がキユーキユーと催促(さいそく)をして居(ゐ)る。093到頭(たうとう)堪(たま)らなくなつてシールの言葉(ことば)に従(したが)ひ、094度胸(どきよう)を据(す)ゑてグイグイと飲(の)み始(はじ)めた。095忽(たちま)ち舌(した)は縺(もつ)れ出(だ)し、096近(ちか)くに居(を)つてさへ其(その)言霊(ことたま)は聞(き)き分(わ)け難(がた)き迄(まで)酔(よ)つぱらつて了(しま)つた。097酔(よ)へば如何(いか)なる秘密(ひみつ)も喋(しやべ)り立(た)てるは小人(せうじん)の常(つね)だ。
098 シールはベスを一寸(ちよつと)むかつかせ、099其(その)勢(いきほひ)に一切(いつさい)の秘密(ひみつ)を吐(は)かしてやらうと、100稍(やや)声(こゑ)を高(たか)めて、
101シール『オイ、102ハベルの塔(たふ)、103貴様(きさま)は何時(いつ)までも此(この)門番(もんばん)に仕(つか)へハベル名物(めいぶつ)男(をとこ)で、104云(い)つてもよい事(こと)はチツとも言(い)はず、105云(い)はいでも宜(よ)い人(ひと)の蔭口(かげぐち)は能(よ)くハベル……オツトドツコイ喋(しやべ)る代物(しろもの)だから、106今日(けふ)は何(なに)もかも俺(おれ)の前(まへ)で白状(はくじやう)するのだ。107サア、108最前(さいぜん)の復命(ふくめい)を細(つぶ)さに吾(わが)前(まへ)に陳列(ちんれつ)するのだぞ』
109ベス『あんまり馬鹿(ばか)らしくて、110話(はな)すだけの実(じつ)は価値(かち)がないのだよ。111テールの青二才(あをにさい)奴(め)、112サガレン王(わう)様(さま)が数多(あまた)の軍勢(ぐんぜい)を引率(ひきつ)れ、113此(この)館(やかた)に押(お)し寄(よ)せ来(きた)り給(たま)ひし夢(ゆめ)を見(み)よつて、114竜雲(りううん)様(さま)やケールス姫(ひめ)に慌(あは)てて報告(はうこく)しよつたのが元(もと)で、115あの様(やう)な空騒(からさわ)ぎがオツ始(ぱじ)まつたのだ。116あまり馬鹿(ばか)らしいから誰(たれ)にもこんな事(こと)は口外(こうぐわい)してはならないぞと、117ケールス姫(ひめ)様(さま)から箝口令(かんこうれい)を布(し)かれて了(しま)つたのだ。118然(しか)し秘密(ひみつ)は何処迄(どこまで)も秘密(ひみつ)だから、119天機(てんき)洩(も)らすべからず、120此(この)先(さき)は諸君(しよくん)の御(ご)推量(すゐりやう)に任(まか)すより仕方(しかた)がないのだ。121アハヽヽヽ』
122シール『オイ、123俺(おれ)一人(ひとり)に向(むか)つて、124諸君(しよくん)とは何(なん)だ。125チト脱線(だつせん)ぢやないか』
126ベス『脱線(だつせん)するのも当然(たうぜん)だよ。127脱線(だつせん)に始(はじ)まつて脱線(だつせん)に終(をは)つたのだからな。128こんな事(こと)を誰(たれ)が聞(き)いても皆(みな)唖然(あぜん)として笑(わら)ふにも笑(わら)はれない事(こと)になる。129共鳴(きようめい)するものは森(もり)の烏(からす)位(くらゐ)なものだ。130ケールス姫(ひめ)様(さま)があの美(うつく)しき身体(からだ)に満艦飾(まんかんしよく)を施(ほどこ)して、131甲斐(かひ)々々(がひ)しくも薙刀(なぎなた)を小脇(こわき)にかい込(こ)み、132赤(あか)い裾(すそ)をべらつかせ、133白(しろ)き脛(すね)を顕(あら)はして……強敵(きやうてき)御座(ござ)んなれ……と立現(たちあら)はれ給(たま)ひし時(とき)の其(その)健気(けなげ)さ、134凛々(りり)しさ。135一目(ひとめ)拝(をが)んでも、136胸(むね)に清涼水(せいりやうすゐ)を注入(ちゆうにふ)した様(やう)な感(かん)じがするぢやないか』
137シール『テールの近侍(きんじ)はそんな馬鹿(ばか)な事(こと)を申(まを)し上(あ)げた以上(いじやう)は、138竜雲(りううん)様(さま)の怒(いか)りに触(ふ)れ、139屹度(きつと)お手打(てう)ちになるだらうなア』
140ベス『ならいでかい、141毎日(まいにち)日日(ひにち)お手打(てう)ちを得意(とくい)になつて、142姫(ひめ)様(さま)とケラケラ云(い)ひ乍(なが)ら続行(ぞくかう)して居(を)られるではないか』
143シール『何(なん)と俺(おれ)は今(いま)まで知(し)らなかつた。144三十万(さんじふまん)年(ねん)未来(みらい)の殷(いん)の紂王(ちうわう)か姐己(だつき)の様(やう)な悪逆(あくぎやく)無道(むだう)を喜(よろこ)んで遊(あそ)ばすのか。145そんな暴君(ばうくん)に心(こころ)を安(やす)んじて仕(つか)へて居(ゐ)る事(こと)はチツと考(かんが)へねばなるまいぞ。146一(ひと)つ風向(かざなみ)が悪(わる)ければ、147直(すぐ)にお手打(てう)ちとやられちや堪(たま)らないからな。148オイ、149ベス、150それ丈(だけ)毎日(まいにち)お手打(てう)ちをして後(あと)は如何(どう)片(かた)づけて仕舞(しま)はれるのだらう。151根(ね)つから此(この)門(もん)を潜(くぐ)つたお手打者(てうちもの)は無(な)い様(やう)だがのう』
152ベス『何(なに)造作(ざうさ)があるものか、153皆(みな)雪隠(せつちん)へ落(おと)して了(しま)はれるのだ』
154シール『雪隠(せついん)の中(なか)は随分(ずゐぶん)沢山(たくさん)な亡者(まうじや)だらうなア』
155ベス『何(なん)と云(い)つても、156竜雲(りううん)様(さま)と姫(ひめ)様(さま)が箸(はし)の先(さき)にひつかけて、157ツルツルと口(くち)から飲(の)み込(こ)んで了(しま)はれるのだから埒(らち)の宜(い)いものだ、158近侍(きんじ)の奴(やつ)等(ら)は目(め)を三角(さんかく)にして、159そばから指(ゆび)をくはへて見(み)て居(ゐ)るさうだが、160何(なん)と気(き)の利(き)かぬウドンな代物(しろもの)ぢやないか』
161シール『何(なん)だい、162手打(てうち)とは蕎麦(そば)の事(こと)だつたか。163要(い)らぬ事(こと)に強(きつ)う気(き)を揉(も)ましよつた、164ウフヽヽヽ。165然(しか)しベスよ、166よく考(かんが)へて見(み)ると世(よ)の中(なか)は宜(い)い加減(かげん)なものだな。167神(かみ)さま神(かみ)さまと朝(あさ)から晩(ばん)まで、168下手(へた)な調髪師(てうはつし)の様(やう)に云(い)つて御座(ござ)つたサガレン王(わう)様(さま)は、169大自在天(だいじざいてん)様(さま)の御(ご)保護(ほご)もなく、170あんな惨(みぢ)めな目(め)にお遭(あ)ひなされ、171今(いま)に行方(ゆくへ)も判然(はんぜん)せず、172何処(どこ)かの山野(さんや)を落(お)ちぶれて逍遥(さまよ)うて御座(ござ)るであらうが、173それに引換(ひきか)へ、174あんな没義道(もぎだう)な事(こと)をやつた竜雲(りううん)が、175ヌツケリコと王(わう)様(さま)気取(きど)りになつて、176姫(ひめ)様(さま)と相対(あひたい)し、177朝(あさ)から晩(ばん)まで手打(てうち)をしたり、178手(て)を曳(ひ)き合(あ)うたり、179抱擁(はうよう)接吻(キツス)したり、180所在(あらゆる)体主(たいしゆ)霊従(れいじう)の限(かぎ)りを尽(つく)して脂下(やにさが)つて御座(ござ)るのは、181コレは又(また)何(なん)とした世(よ)の中(なか)は矛盾(むじゆん)であらうか。182俺(おれ)ヤもうこれを思(おも)へば此(この)世(よ)の中(なか)に大自在天(だいじざいてん)もなければ、183盤古(ばんこ)神王(しんわう)も名(な)のみあつて、184其(その)実(じつ)なきものと断定(だんてい)せざるを得(え)なくなつて来(き)たよ。185本当(ほんたう)に無明(むみやう)暗黒(あんこく)の世(よ)の中(なか)だ。186如何(どう)したらこれが誠(まこと)の世(よ)の中(なか)になるだらうかな』
187ベス『オイ門番(もんばん)の分際(ぶんざい)としてそんな大(だい)それた事(こと)を囀(さへづ)つて、188若(も)しも竜雲(りううん)様(さま)のお耳(みみ)に達(たつ)したら如何(どう)する積(つも)りだい。189チツと嗜(たしな)まないか。190何程(なにほど)貴様(きさま)が心(こころ)を苛(いら)ち、191忙殺(ばうさつ)的(てき)足踏(あしぶ)みをして藻掻(もが)いた処(ところ)で、192決(けつ)して其(その)意志(いし)の万分一(まんぶんいち)も貫徹(くわんてつ)するものでない。193門番(もんばん)は門番(もんばん)らしく上(うへ)の方(かた)の評定(ひやうぢやう)をやめて、194おとなしく朝(あさ)から晩(ばん)まで此処(ここ)に沈澱(ちんでん)するのが、195それが第一(だいいち)の安全弁(あんぜんべん)だよ』
196シール『オイ、197ベス、198お前(まへ)は竜雲(りううん)様(さま)の将来(しやうらい)は如何(どう)なると考(かんが)へるか』
199ベス『俺(おれ)達(たち)がそんな事(こと)を干渉(かんせう)する丈(だ)けの権能(けんのう)は無(な)い。200兎(と)も角(かく)喉元(のどもと)へ這入(はい)つて、201お鬚(ひげ)の塵(ちり)さへ払(はら)つて居(を)れば宜(い)いぢやないか。202袖(そで)の下(した)からも廻(まは)る子(こ)は可愛(かあい)いと云(い)ふことがあるよ。203テールの奴(やつ)、204力(ちから)も何(なに)もない癖(くせ)に敏(すば)しこく廻(まは)りよつて、205アレあの通(とほ)り、206竜雲(りううん)様(さま)の丸(まる)で懐刀(ふところがたな)の様(やう)な地位(ちゐ)に立(た)ち、207羽振(はぶ)りを利(き)かして居(ゐ)よるぢやないか。208下(くだ)らぬ道徳論(だうとくろん)に囚(とら)へられて理窟(りくつ)を喋(しやべ)つて居(ゐ)ると、209彼奴(あいつ)は頭(あたま)が古(ふる)い、210時代遅(じだいおく)れだ、211一(ひと)つ頭脳(づなう)のキルクを抜(ぬ)いて古(ふる)い血(ち)をぬき取(と)り、212新(あたら)しく入(い)れ替(か)へて今(いま)一度(いちど)鍛(きた)へ上(あ)げてやらねば、213こんな寝息(ねいき)ものは夜店(よみせ)へ出(だ)した処(ところ)で、214乞食(こじき)も買(か)つて呉(く)れないと云(い)つて、215親切(しんせつ)に頭脳(づなう)の解剖(かいばう)をやられて了(しま)ふよ。216兎(と)も角(かく)、217人間(にんげん)は自己(じこ)の生活(せいくわつ)を安全(あんぜん)にするのが第一(だいいち)だ。218道(みち)の為(た)め、219君(きみ)の為(た)め、220世(よ)の為(た)め、221人(ひと)の為(た)め等(など)と巧(うま)い雅号(ががう)を表(おもて)に使(つか)つて、222何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も羊頭(やうとう)を掲(かか)げて狗肉(くにく)を売(う)つてるのだから、223世(よ)の中(なか)が斯(か)う堕落(だらく)して了(しま)つちや、224到底(たうてい)昔気質(むかしかたぎ)の馬鹿(ばか)正直(しやうぢき)では、225牛馬(ぎうば)にだつて噛(か)み殺(ころ)されて了(しま)ふよ。226チツとシツカリせないと社会(しやくわい)の無用物(むようぶつ)となつて了(しま)はねばならぬからなア。227アハヽヽヽ』
228 斯(か)く話(はな)す折(をり)しも、229何処(いづこ)ともなく門前(もんぜん)近(ちか)くに宣伝歌(せんでんか)の声(こゑ)聞(きこ)え来(きた)る。
230(天の目一つの神)『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
231善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)を立(た)て別(わ)ける
232此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
233心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
234只(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
235直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し
236身(み)の過(あやま)ちは宣(の)り直(なほ)す
237尊(たふと)き神(かみ)の御(おん)教(をしへ)
238仮令(たとへ)天地(てんち)は変(かは)るとも
239誠(まこと)一(ひと)つの正道(まさみち)は
240ミロクの御世(みよ)の末(すゑ)迄(まで)も
241堅磐(かきは)常磐(ときは)に変(かは)らまじ
242一(いち)時(じ)の欲(よく)に踏(ふ)み迷(まよ)ひ
243焼(や)け朽(く)ち錆(さ)びて腐(くさ)るてふ
244形(かたち)の上(うへ)の御宝(みたから)に
245天(てん)より受(う)けたる分霊(ぶんれい)と
246心(こころ)を曇(くも)らせ身(み)を穢(けが)し
247知(し)らず知(し)らずに根(ね)の国(くに)や
248底(そこ)の国(くに)へと落(お)ち行(ゆ)きて
249吾(われ)と吾(わが)手(て)に苦(くる)しめる
250世人(よびと)の艱(なや)みを救(すく)はむと
251天津(あまつ)御神(みかみ)や国津(くにつ)神(かみ)
252此(この)世(よ)を救(すく)ふ生神(いきがみ)の
253教(をしへ)をもちて四方(よも)の国(くに)
254導(みちび)き諭(さと)す宣伝使(せんでんし)
255此処(ここ)に現(あら)はれ来(きた)りけり
256勢(いきほ)ひ強(つよ)き竜雲(りううん)も
257今(いま)は桜(さくら)の花盛(はなざか)り
258常世(とこよ)の春(はる)と楽(たの)しみて
259不義(ふぎ)の快楽(けらく)に耽(ふけ)る折(をり)
260天津(あまつ)御空(みそら)は忽(たちま)ちに
261黒雲(くろくも)起(おこ)りて無残(むざん)にも
262嵐(あらし)となりて吹(ふ)き散(ち)らす
263明日(あす)明後日(あさつて)も来年(らいねん)も
264百(ひやく)年(ねん)千(せん)年(ねん)先(さき)迄(まで)も
265此(この)儘(まま)栄(さか)え行(ゆ)くべしと
266思(おも)ふ心(こころ)の徒桜(あだざくら)
267忽(たちま)ち強(つよ)き夜嵐(よあらし)に
268打(う)ちたたかれて諸人(もろびと)に
269もて囃(はや)されし桜(さくら)さへ
270嵐(あらし)に散(ち)りて老若(らうにやく)の
271足(あし)に踏(ふ)まれる世(よ)の習(なら)ひ
272因果(いんぐわ)応報(おうはう)忽(たちま)ちに
273廻(めぐ)る浮世(うきよ)の有様(ありさま)を
274知(し)らず知(し)らずに日(ひ)を送(おく)る
275曲津(まがつ)の業(わざ)ぞ悲(かな)しけれ
276あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
277御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
278一日(ひとひ)も早(はや)く竜雲(りううん)が
279心(こころ)に棲(す)める曲神(まがかみ)を
280神(かみ)の御水火(みいき)の弥高(いやたか)く
281払(はら)はせ給(たま)へケールス姫(ひめ)の
282君(きみ)の命(みこと)の迷(まよ)ひをば
283科戸(しなど)の風(かぜ)のいと清(きよ)く
284払(はら)ひ清(きよ)めて旧(もと)の如(ごと)
285赤(あか)き心(こころ)となさしめよ
286朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
287月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
288仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
289誠(まこと)の力(ちから)は世(よ)を救(すく)ふ
290誠(まこと)は此(この)世(よ)の宝(たから)ぞや
291悪(あく)の身魂(みたま)も一時(ひととき)は
292茂(しげ)り栄(さか)ゆる事(こと)あるも
293天地(てんち)の神(かみ)の敏(さと)き目(め)に
294如何(いか)でか洩(も)れむ枉(まが)の罪(つみ)
295亡(ほろ)ぼされむは目(ま)の前(あたり)
296早(はや)く心(こころ)を立(た)て直(なほ)せ
297さすれば神(かみ)は汝(なんぢ)等(ら)が
298心(こころ)に潜(ひそ)む曲鬼(まがおに)を
299罰(きた)め給(たま)ひて天地(あめつち)の
300神(かみ)の御霊(みたま)になりませる
301清(きよ)き御霊(みたま)を授(さづ)けまし
302此(この)世(よ)の宝(たから)となさしめむ
303神世(かみよ)の柱(はしら)となさしめむ
304あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
305御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
306と謡(うた)ひ終(をは)ると共(とも)に、307早(はや)くも歌(うた)の主(ぬし)は門前(もんぜん)に姿(すがた)を現(あら)はしにけり。
308 シール、309ベスの両人(りやうにん)は酔眼(すゐがん)朦朧(もうろう)としながら、310此(この)宣伝歌(せんでんか)の声(こゑ)に胸(むね)も刺(さ)さるる如(ごと)き心地(ここち)して、311恐(おそ)る恐(おそ)る表門(おもてもん)をパツと開(ひら)き見(み)れば、312白髪(はくはつ)異様(いやう)の老人(らうじん)、313左手(ゆんで)に太(ふと)き杖(つゑ)をつき、314右手(めて)に扇(あふぎ)を固(かた)く握(にぎ)り、315儼然(げんぜん)として仁王立(にわうだ)ちになつて居(ゐ)る。316シールは老人(らうじん)の異様(いやう)の姿(すがた)に驚(おどろ)いて舌(した)を縺(もつ)らしながら、
317シール『お前(まへ)は何処(どこ)の爺(ぢい)さまか知(し)らぬが、318今日(けふ)は此(この)お城(しろ)の館(やかた)は公休日(こうきうび)だから帰(かへ)つて下(くだ)され。319明日(あす)は又(また)日曜(にちえう)、320明後日(あさつて)は国際日(こくさいび)、321其(その)翌日(よくじつ)は王(わう)様(さま)のお父(とう)様(さま)の御(ご)命日(めいにち)、322其(その)又(また)翌日(よくじつ)は御(お)誕生日(たんじやうび)、323其(その)又(また)翌日(よくじつ)はお姫(ひめ)様(さま)の御(お)誕生日(たんじやうび)だ。324さうして其(その)先(さき)は役人(やくにん)共(ども)の誕生日(たんじやうび)や両親(りやうしん)の命日(めいにち)が続(つづ)くのだから、325何卒(どうぞ)其(その)日(ひ)を除(のぞ)いて来(き)て下(くだ)され。326これ丈(だけ)機嫌(きげん)好(よ)う般若湯(はんにやたう)に喰(くら)ひ酔(よ)うて居(ゐ)る処(ところ)へ、327殺風景(さつぷうけい)な独眼爺(ひとつめぢい)さまがやつて来(き)ちや面白(おもしろ)くない。328何(なん)とか竜雲(りううん)様(さま)の悪心(あくしん)を直(なほ)してやらうと思(おも)うて来(き)て呉(く)れたのだらうが到底(たうてい)駄目(だめ)だ。329そんな老爺心(らうやしん)は誰(たれ)も聞(き)くものはないから、330可惜口(あつたらぐち)に風(かぜ)引(ひ)かすよりもトツトと帰(かへ)つた方(はう)が、331お前(まへ)の為(た)めにお得(とく)だ。332物(もの)言(い)へば唇(くちびる)寒(さむ)し秋(あき)の風(かぜ)、333サアサア帰(い)んだり帰(い)んだり』
334老人(天の目一つの神)『アハヽヽヽ何(なん)と面白(おもしろ)い門番(もんばん)もあつたものだな。335門番(もんばん)にしてこれ丈(だ)けの粋人(すゐじん)が居(を)る以上(いじやう)は、336随分(ずゐぶん)大奥(おほおく)は百花(ひやくくわ)爛漫(らんまん)たる天国(てんごく)の光景(くわうけい)が展開(てんかい)されて居(ゐ)るだらう。337和気(わき)靄々(あいあい)として上下(しやうか)一致(いつち)、338其(その)楽(たの)しみを倶(とも)にする竜雲(りううん)のやり方(かた)、339誠(まこと)に以(もつ)て感服(かんぷく)の至(いた)りだ。340イヤもう人(ひと)は斯(か)うなくては叶(かな)はぬ。341飲(の)めよ騒(さわ)げよ一寸先(いつすんさき)は闇(やみ)よ、342闇(やみ)の後(あと)には月(つき)が出(で)る。343アハヽヽヽ』
344ベス『やア此奴(こいつ)ア面白(おもしろ)い死損(しにぞこな)ひだ。345あまり大奥(おほおく)が何々(なになに)だから、346一(ひと)つ竜雲(りううん)様(さま)に申(まを)し上(あ)げて、347城内(じやうない)の空気(くうき)を一洗(いつせん)して貰(もら)ふ事(こと)に取計(とりはか)らふて見(み)ませう。348これこれ老爺(おやぢ)どの、349其処(そこ)に暫(しばら)く待(ま)つて居(ゐ)ておくれ』
350老人(天の目一つの神)『アハヽヽヽ別(べつ)に竜雲(りううん)の返答(へんたふ)を待(ま)つまでもなく、351此(この)独眼(ひとつめ)老爺(おやぢ)がどしどしと侵入(しんにふ)するであらう』
352ベス『アもしもし、353そんな事(こと)をして貰(もら)つてはタヽヽ大変(たいへん)です。354此(この)門番(もんばん)も忽(たちま)ち今日(けふ)から足袋屋(たびや)の看板(かんばん)で足上(あしあが)りになつちや堪(たま)りませぬ、355愚図(ぐづ)々々(ぐづ)して居(を)れば首(くび)が飛(と)びます。356何卒(どうぞ)大奥(おほおく)のお返事(へんじ)を聞(き)いて来(く)る迄(まで)暫時(ざんじ)の猶予(いうよ)を願(ねが)ひます。357門番(もんばん)は門番(もんばん)としての職務(しよくむ)を固(かた)く守(まも)らねばなりませぬからな』
358老人(天の目一つの神)『アハヽヽヽ、359お前(まへ)達(たち)はそれだから現代(げんだい)に容(い)れられないのだ。360あまり謹(つつし)んで門番(もんばん)を勤(つと)めるものだから、361到頭(たうとう)大将(たいしやう)に……彼奴(あいつ)ア門番(もんばん)には最(もつと)も適当(てきたう)な人物(じんぶつ)だ……と鑑定(かんてい)されて了(しま)ひ、362一生(いつしやう)一代(いちだい)卑(いや)しき門番(もんばん)を勤(つと)めて居(を)らねばならないのだ。363常世(とこよ)の国(くに)の常世城(とこよじやう)の門番(もんばん)は、364失敗(しつぱい)の結果(けつくわ)抜擢(ばつてき)されて右守(うもり)の神(かみ)に昇進(しようしん)したことがあるぞよ[※第10巻第7章「思はぬ光栄」のエピソード。門番の蟹彦が常世神王のお側付きに抜擢された。]。365此(この)世(よ)の中(なか)にお前(まへ)の様(やう)な馬鹿(ばか)正直(しやうぢき)な者(もの)が、366如何(どう)して生活(せいくわつ)を完全(くわんぜん)に続(つづ)けて行(ゆ)く事(こと)が出来(でき)るか。367さてもさても可憐相(かはいさう)な腰抜(こしぬけ)男(をとこ)だなア。368アハヽヽヽ』
369と肩(かた)を揺(ゆす)つて大(おほ)きく笑(わら)ふ。
370シール『ヤア此奴(こいつ)は中々(なかなか)話(はな)せる爺(ぢい)さまだ。371一々(いちいち)肯綮(こうけい)に中(あた)る名論(めいろん)卓説(たくせつ)を吐(は)きよる。372オイ、373ベス、374仲々(なかなか)前途(ぜんと)有望(いうばう)だ。375早(はや)く大奥(おほおく)へ報告(はうこく)して来(こ)い。376屹度(きつと)ウラル教(けう)だぞ……飲(の)めよ騒(さわ)げよ一寸先(いつすんさき)は闇(やみ)よ……と云(い)つたらう』
377ベス『オウさうだ。378此奴(こいつ)ア面白(おもしろ)い!』
379とベスは慌(あわただ)しく大奥(おほおく)さして進(すす)み入(い)る。
380(大正一一・九・二三 旧八・三 北村隆光録)
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