霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 恵(めぐみ)の花(はな)〔一〇〇一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第36巻 海洋万里 亥の巻 篇:第2篇 松浦の岩窟 よみ(新仮名遣い):まつうらのがんくつ
章:第13章 恵の花 よみ(新仮名遣い):めぐみのはな 通し章番号:1001
口述日:1922(大正11)年09月22日(旧08月2日) 口述場所: 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
無住居士が去った後、テーリスは一人腕を組み、考え込んでしまった。あたりには集めた同志の兵たちが撃剣術を訓練する声が響いている。テーリスは無住居士の言葉を思いだし、神の力に比べて武力のむなしさを感じていた。
そして、幼年のころより三五教の教えを聞きながら、暴力をもって暴力を制すやり方で竜雲を討伐しようとしていたことの愚かさを悟った。
テーリスは、アナンに率いられたサガレン王派軍がかえって人命を失ったのに比して、竜雲は無道ながらもタールチンやキングス姫らを投獄しながらも相応の飲食を与えて身体には危害を加えなかったことに思い至った。
それでいながら自分たちは忠臣義士だと信じて敵の討伐を企てていたことに気づき、それを神様が助けるはずがないと悟った。国治立大神、豊国姫大神、神素盞嗚大神のご神号を唱えて涙ながらに祈願した。
そこにエームスは王を連れて戻ってきた。テーリスは王に、無住居士の教えと自分の悟りを諄々として伝えた。王もまたその意を悟り、落涙した。そしてエームスも王も、ただいま限り武術の訓練は止めにして、一同御魂磨きにかかることに同意した。
王がエームスを連れて岩窟に帰った後、テーリスは武術の修練場に現れ、一同に向かって王の命令として武術を廃し、心身を清めて誠一つの修行をなすように、と呼びかけた。
一同の中でもっとも剣術に優れたチールという男は、テーリスに敬意を表しつつも、反逆の徒・竜雲を赦すわけにはゆかず、何としても討伐すべきだと食って掛かった。
テーリスは諄々として道理を諭し、チールも王の命を容れることになった。またテーリスは、竜雲の間者として入り込んでいたヨール他四人の元捕り手を呼び、彼らを裏切り者として処刑する手はずだったが、大神の御心にならって無罪放免とすることを言い渡した。
ヨールはテーリスの処置に感じ、面に真心を現して改心し、竜雲に仕えることを断念したと告白した。ヨールは涙ながらに懺悔し、改心の述懐歌を歌った。
テーリスは改めて部下たち一同に誠の道を説き諭した。一同はこれより日夜魂磨きに専念し、神の救いを求めることとなった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-09 11:59:44 文字数:4128 OBC :rm3613
愛善世界社版:129頁 八幡書店版:第6輯 628頁 修補版: 校定版:133頁 普及版:56頁 初版: ページ備考:
001 無住(むぢゆう)居士(こじ)と自称(じしよう)する白髪(はくはつ)の老人(らうじん)が蒼惶(さうくわう)として立去(たちさ)りたる後(あと)に、002テーリスは腕(うで)を組(く)み、003さし俯向(うつむ)いて何事(なにごと)か考(かんが)へ込(こ)んで居(ゐ)る。004今(いま)の今(いま)まで勇壮(ゆうさう)活溌(くわつぱつ)にして孤骸(こがい)胡羯(こかつ)を呑(の)む的(てき)武勇(ぶゆう)の気(き)に満(み)たされたるテーリスの耳(みみ)にも「ヤー、005エー、006トー」と打(う)ち合(あ)ふ竹刀(しなひ)の音(おと)、007何(なん)となく物憂(ものう)げに響(ひび)くやうになつて来(き)た。008広大(くわうだい)無辺(むへん)の神(かみ)の力(ちから)に比(くら)ぶれば、009一人(いちにん)対(たい)一人(いちにん)の撃剣術(げきけんじゆつ)に対(たい)し何(なん)となく力(ちから)なく、010自(おのづか)ら軽侮(けいぶ)の念(ねん)の漂(ただよ)はざるを得(え)なかつた。011テーリスは四辺(あたり)を見廻(みまは)し人(ひと)無(な)きを見(み)て独言(ひとりごと)。
012テーリス『アヽ今(いま)此処(ここ)に飄然(へうぜん)として現(あら)はれたまひし宣伝使(せんでんし)と称(しよう)する白髪(はくはつ)の老人(らうじん)は、013果(はた)して何神(なにがみ)の化身(けしん)であつたか。014但(ただし)は何教(なにけう)の有力(いうりよく)なる宣伝使(せんでんし)であつたか。015実(じつ)に其(その)教訓(けうくん)は大神(おほかみ)の示現(じげん)の如(ごと)くに感(かん)じられた……思(おも)へば思(おも)へば吾(われ)は今(いま)まで、016何(なん)と云(い)ふ誤解(ごかい)をして居(ゐ)たのであらう。017幼年(えうねん)の頃(ころ)より無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)の三五教(あななひけう)の道(みち)を聞(き)きながら、018神(かみ)の大御心(おほみこころ)を忘却(ばうきやく)し、019暴(ばう)に対(たい)するに暴(ばう)をもつてし、020悪魔(あくま)の憑依(ひようい)せる竜雲(りううん)を討伐(たうばつ)せむとしたる吾(わが)心(こころ)の愚(おろか)さよ、021否(いな)無残(むざん)さや。022兵(へい)は所謂(いはゆる)凶器(きやうき)である。023先(さき)頃(ごろ)も一挙(いつきよ)にして彼(かれ)竜雲(りううん)を討伐(たうばつ)せむとし、024数多(あまた)の部下(ぶか)に武装(ぶさう)を凝(こ)らさせ、025神地城(かうぢじやう)の表門(おもてもん)より闖入(ちんにふ)し、026敵(てき)を打(う)ち悩(なや)まさむとして却(かへつ)て味方(みかた)を傷(きず)つけ殺(ころ)したる事(こと)、027返(かへ)す返(がへ)すも迂愚(うぐ)の骨頂(こつちやう)、028拙(せつ)の拙(せつ)なるもの、029悔(く)いても及(およ)ばぬ殺生(せつしやう)をしたものだ。030如斯(かくのごとく)部下(ぶか)の人命(じんめい)を損(そん)し、031天地(てんち)の神(かみ)の愛児(あいじ)を殺(ころ)したる大罪人(だいざいにん)、032如何(いか)でか彼(かれ)竜雲(りううん)を討伐(たうばつ)する事(こと)を得(え)む。033竜雲(りううん)如何(いか)に無道(むだう)なればとてタールチン、034キングス姫(ひめ)其(その)他(た)の人々(ひとびと)を牢獄(らうごく)に投(とう)じ苦(くる)しめたれども、035相当(さうたう)の飲食(いんしよく)を与(あた)へ、036且(か)つ身体(しんたい)に危害(きがい)を及(およ)ぼさざりしは実(じつ)に見上(みあ)げたやり方(かた)である。037吾(われ)は彼(かれ)に勝(まさ)りて豺狼(さいらう)の心(こころ)深(ふか)く、038王(わう)を思(おも)ひ、039彼(かれ)を憎(にく)むの余(あま)り、040竜雲(りううん)に従(したが)ふ悪人(あくにん)どもを片端(かたつぱし)より鏖殺(おうさつ)し国家(こくか)の禍(わざはひ)を絶(た)たむとして、041却(かへ)つて敵(てき)の一(いち)人(にん)をも傷(きず)つくる事(こと)を得(え)ず、042味方(みかた)の三分(さんぶ)迄(まで)死傷(ししやう)を生(しやう)じたるは全(まつた)く天(てん)の誡(いまし)めならむ。043神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて善(ぜん)と悪(あく)とを立(た)て別(わ)けたまふとは此(この)事(こと)であらう。044竜雲(りううん)も亦(また)天地(てんち)容(い)れざる大罪人(だいざいにん)なれども吾(われ)も亦(また)彼(かれ)に劣(おと)らざる大罪人(だいざいにん)なり。045然(しか)るに忠臣(ちうしん)義士(ぎし)と自任(じにん)して討伐(たうばつ)を企(くはだ)てたる吾(わが)心(こころ)の浅(あさ)はかさよ。046彼(かれ)老人(らうじん)の言葉(ことば)の中(なか)に自負心(じふしん)を脱却(だつきやく)せよ! と力(ちから)を込(こ)め教(をし)へられたのは此(この)事(こと)であらう。047神(かみ)は一片(いつぺん)の依怙(えこ)贔屓(ひいき)もない。048総(すべ)て世界(せかい)の人類(じんるゐ)を初(はじ)め、049森羅(しんら)万象(ばんしやう)を平等(べうどう)的(てき)に愛(あい)したまふ、050斯(か)かる仁慈(じんじ)の大御心(おほみこころ)を悟(さと)らず、051自分(じぶん)免許(めんきよ)の誠(まこと)を楯(たて)に、052竜雲(りううん)にも劣(おと)る罪悪(ざいあく)を行(おこな)はむとし、053得々(とくとく)として兵(へい)を養(やしな)ひ武(ぶ)を練(ね)り居(ゐ)たる此(この)恥(はづ)かしさ。054サガレン王(わう)を初(はじ)め、055吾(われ)等(ら)にして真(しん)に神(かみ)の大御心(おほみこころ)を悟(さと)り、056神(かみ)に叶(かな)へる誠(まこと)を尽(つく)さば、057無限(むげん)絶対力(ぜつたいりよく)の神(かみ)は如何(いか)でか是(これ)を助(たす)けたまはざらむや。058アヽ誤(あやま)れり誤(あやま)れり……国(くに)の大御祖(おほみおや)国治立(くにはるたちの)大神(おほかみ)、059豊国姫(とよくにひめの)大神(おほかみ)、060神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)、061許(ゆる)させたまへ! 惟神(かむながら)霊(たま)幸(ち)はへませ……』
062と涙(なみだ)にかき暮(く)れながら祈願(きぐわん)に時(とき)を移(うつ)す。
063 斯(か)かる処(ところ)へエームスは危険(きけん)極(きは)まる岩壁(がんぺき)を伝(つた)ひ、064サガレン王(わう)に従(したが)ひ、065此(この)館(やかた)の前(まへ)にいそいそとして入(い)り来(きた)り、066四辺(あたり)をキヨロキヨロ見廻(みまは)し、067以前(いぜん)の老人(らうじん)の姿(すがた)の見(み)えざるに不審(ふしん)を抱(いだ)きながらテーリスに向(むか)ひ、
068エームス『オー、069テーリス殿(どの)、070王(わう)様(さま)をお迎(むか)へ申(まを)して参(まゐ)つた。071彼(あ)の老人(らうじん)はどこに居(を)られますかな』
072 テーリスは今(いま)迄(まで)万感(ばんかん)交々(こもごも)胸(むね)に浮(うか)んで悔悟(くわいご)の涙(なみだ)にくれ、073吾(わが)身(み)の此処(ここ)にあるをも殆(ほとん)ど忘(わす)れて居(ゐ)たが、074エームスの此(この)声(こゑ)に、075ハツと気(き)が付(つ)いたやうに四辺(あたり)を見廻(みまは)し、076サガレン王(わう)を見(み)て恭(うやうや)しく頭(かしら)を下(さ)げ一礼(いちれい)し終(をは)つて、
077テーリス『サガレン王(わう)様(さま)、078アーよくこそ御(ご)光臨(くわうりん)下(くだ)さいました。079異様(いやう)の老人(らうじん)飄然(へうぜん)として此処(ここ)に現(あら)はれ、080種々(しゆじゆ)と尊(たふと)き教訓(けうくん)を垂(た)れさせられ、081テーリスも今(いま)迄(まで)の愚(ぐ)を今更(いまさら)の如(ごと)く悔悟(くわいご)致(いた)しました……唯今(ただいま)王(わう)様(さま)が御(ご)出臨(しゆつりん)になるから、082しばらく待(ま)つて下(くだ)さい……と百方(ひやつぱう)礼(れい)を尽(つく)してお願(ねが)ひ致(いた)しましたが、083無住(むぢゆう)居士(こじ)と名乗(なの)る老人(らうじん)は……吾(われ)は天下(てんか)の宣伝使(せんでんし)だから、084一刻(いつこく)のタイムも空費(くうひ)する訳(わけ)には往(ゆ)かない……と云(い)つて、085何程(なにほど)お止(と)め申(まを)してもお聞(き)き入(い)れなく、086袖(そで)を払(はら)つて電光(でんくわう)石火(せきくわ)の如(ごと)く立(た)ち帰(かへ)つて仕舞(しま)はれました。087折角(せつかく)此処迄(ここまで)お越(こ)し下(くだ)さいまして、088誠(まこと)に申上(まをしあ)げやうもなき不都合(ふつがふ)なれども、089何卒(なにとぞ)お許(ゆる)しを願(ねが)ひ上(あ)げまする』
090サガレン王(わう)『老人(らうじん)の言葉(ことば)に汝(なんぢ)は得(う)る処(ところ)があつたか、091参考(さんかう)のためわれに詳細(しやうさい)を伝(つた)へて呉(く)れないか』
092テーリス『お言葉(ことば)迄(まで)も御座(ござ)いませぬ』
093と、094以前(いぜん)の老人(らうじん)の教(をしへ)を諄々(じゆんじゆん)として、095一言(ひとこと)も漏(も)らさず王(わう)の前(まへ)に上申(じやうしん)するに、096王(わう)は頭(かうべ)を傾(かたむ)け腕(うで)を組(く)み、097しばし思案(しあん)に暮(く)れけるが、098漸(やうや)くにして頭(かうべ)を上下(じやうげ)に幾度(いくど)となくふり、
099サガレン王『成(な)る程(ほど)! 成(な)る程(ほど)!』
100と云(い)ひながら、101落涙(らくるゐ)滂沱(ぼうだ)として腮辺(しへん)に伝(つた)ふ。
102エームス『吾(われ)等(ら)は老人(らうじん)の教(をしへ)を聞(き)いて、103心(こころ)の底(そこ)より悔悟(くわいご)せし上(うへ)は、104もはや物々(ものもの)しき武術(ぶじゆつ)の修練(しうれん)も必要(ひつえう)なし。105唯(ただ)天地(てんち)惟神(かむながら)の大道(だいだう)に則(のつと)り、106皇神(すめかみ)の仁慈(じんじ)無限(むげん)なる大御心(おほみこころ)に神(かむ)倣(なら)ひ、107愛(あい)と誠(まこと)とを第一(だいいち)の武器(ぶき)として戦(たたか)はむ。108テーリス殿(どの)、109如何(いかが)思召(おぼしめ)さるるや』
110テーリス『王(わう)様(さま)にして御(ご)同意(どうい)下(くだ)さらば、111唯今(ただいま)限(かぎ)り武術(ぶじゆつ)の練習(れんしふ)を廃止(はいし)し、112先(ま)ず第一(だいいち)着手(ちやくしゆ)として御魂磨(みたまみが)きにかかりませう』
113と憮然(ぶぜん)として語(かた)る。114サガレン王(わう)は莞爾(くわんじ)としてエームスを伴(ともな)ひ、115再(ふたた)び元(もと)の岩窟(がんくつ)の間(ま)に帰(かへ)り往(ゆ)く。
116 後(あと)にテーリスは、117武術(ぶじゆつ)修練場(しうれんば)に立(た)ち現(あら)はれ、118稍(やや)高(たか)き処(ところ)に直立(ちよくりつ)して一同(いちどう)に向(むか)ひ、
119テーリス『今日(こんにち)唯今(ただいま)より武術(ぶじゆつ)の修練(しうれん)を全廃(ぜんぱい)すべし。120汝(なんぢ)等(ら)は王(わう)の命(めい)に従(したが)ひ、121今日(こんにち)唯今(ただいま)より心(こころ)を清(きよ)め、122身(み)を清(きよ)め、123仁慈(じんじ)無限(むげん)の大神(おほかみ)の大御心(おほみこころ)を拝戴(はいたい)し、124誠(まこと)一(ひと)つの修業(しうげふ)をなせ!』
125と厳然(げんぜん)として云(い)ひ渡(わた)したるに、126一同(いちどう)の中(なか)より最(もつと)も撃剣(げきけん)に上達(じやうたつ)したる、127チールと云(い)ふ男(をとこ)、128テーリスの前(まへ)に現(あら)はれ来(きた)り、
129チール『これはこれは、130お師匠(ししやう)様(さま)のお言葉(ことば)とも覚(おぼ)えず、131大敵(たいてき)を前(まへ)に控(ひか)へながら、132肝腎要(かんじんかなめ)の武術(ぶじゆつ)を廃止(はいし)したまふは何故(なにゆゑ)ぞ。133武術(ぶじゆつ)はもつて国(くに)を守(まも)るもの、134国家(こくか)の実力(じつりよく)は武術(ぶじゆつ)をもつて第一(だいいち)とす。135然(しか)るに何(なに)を血迷(ちまよ)つてか、136斯(かく)の如(ごと)き命令(めいれい)を発(はつ)せらるるや』
137と、138息(いき)を喘(はづ)ませ、139些(すこ)しく怒気(どき)を帯(お)びて言葉(ことば)せはしく詰(つ)め寄(よ)つた。140テーリスは冷然(れいぜん)として答(こた)ふるやう、
141テーリス『つらつら考(かんが)ふれば、142天(あめ)の下(した)には敵(てき)もなければ味方(みかた)もなし。143総(すべ)ての敵(てき)は皆(みな)吾々(われわれ)の心(こころ)より発生(はつせい)し、144次第(しだい)に成長(せいちやう)して遂(つひ)には吾(わが)身(み)を亡(ほろ)ぼすに至(いた)るものである。145心(こころ)に慈悲(じひ)の日月(じつげつ)輝(かがや)き渡(わた)る時(とき)は、146天地(てんち)清明(せいめい)にして一点(いつてん)の暗雲(あんうん)もなければ混濁(こんだく)もない。147凡(すべ)て敵(てき)と云(い)ひ味方(みかた)と云(い)ふも、148心(こころ)の迷(まよ)ひから生(しやう)ずるのだ』
149と事(こと)も無(な)げに云(い)ひ放(はな)つを、150チールは、
151チール『仰(あふ)せの如(ごと)く個人(こじん)としての敵(てき)は、152心(こころ)の持(も)ちやう一(ひと)つに依(よ)つて自然(しぜん)と消滅(せうめつ)するでせう。153さりながら、154恐(おそ)れ多(おほ)くも神地(かうぢ)の都(みやこ)の神司(かむづかさ)、155サガレン王(わう)に向(むか)つて反逆(はんぎやく)を企(くはだ)てたる大悪人(だいあくにん)竜雲(りううん)なるものは、156王(わう)の敵(てき)ではありませぬか。157吾々(われわれ)は王(わう)の忠良(ちうりやう)なる臣下(しんか)として、158どうして是(これ)を看過(かんくわ)する事(こと)が出来(でき)ませうか。159何卒(なにとぞ)御(ご)再考(さいかう)をお願(ねが)ひ致(いた)します』
160テーリス『成(な)る程(ほど)汝(なんぢ)の云(い)ふ如(ごと)く、161竜雲(りううん)は実(じつ)に悪逆(あくぎやく)無道(むだう)の曲者(くせもの)にして、162主君(しゆくん)の為(ため)には大(だい)の仇敵(きうてき)だ。163臣下(しんか)の分際(ぶんざい)として之(これ)を看過(かんくわ)するは所謂(いはゆる)臣(しん)の道(みち)に背(そむ)くものである。164とは云(い)へ、165如何(いか)に竜雲(りううん)暴悪(ばうあく)非道(ひだう)なりとは雖(いへど)も、166此(この)方(はう)より大慈(だいじ)大悲(だいひ)の至誠(しせい)をもつて彼(かれ)に当(あた)らむか、167必(かなら)ずやその仁慈(じんじ)の鞭(むち)に打(う)たれて、168心(こころ)の底(そこ)より王(わう)に服(まつろ)ひまつり、169今(いま)迄(まで)の罪(つみ)を謝(しや)し忠実(ちうじつ)なる臣下(しんか)となりて仕(つか)ふるは決(けつ)して難事(なんじ)ではない。170吾々(われわれ)にして彼(かれ)竜雲(りううん)如(ごと)き悪人(あくにん)を言向(ことむ)け和(やは)し、171悔悟(くわいご)せしむる事(こと)を得(え)ずとすれば、172これ全(まつた)く誠(まこと)の足(た)らざるものである。173如何(いか)なる悪魔(あくま)といへども、174大慈(だいじ)大悲(だいひ)の大神(おほかみ)の御心(みこころ)を奉戴(ほうたい)し、175至誠(しせい)至実(しじつ)を旨(むね)とし打(う)ち向(むか)ふ時(とき)は、176必(かなら)ずや喜(よろこ)び勇(いさ)んで、177感謝(かんしや)とともに従(したが)ひまつるは、178火(ひ)を睹(み)るよりも明(あきら)かならむ。179先(ま)づ先(ま)づ武術(ぶじゆつ)を思(おも)ひ止(とど)まり、180一刻(いつこく)も早(はや)く魂(たま)を磨(みが)けよ』
181と再(ふたた)び宣示(せんじ)した。
182チール『何(なに)は兎(と)もあれ、183知識(ちしき)に暗(くら)き吾々(われわれ)、184長者(ちやうじや)の言(げん)に従(したが)ふより道(みち)はありませぬ。185何卒(なにとぞ)十二分(じふにぶん)の御(ご)注意(ちうい)をもつて、186王(わう)の為(ため)に尽(つく)されむ事(こと)を希望(きばう)致(いた)します』
187テーリス『然(しか)らばいよいよ唯今(ただいま)限(かぎ)り、188此(この)道場(だうぢやう)は稽古(けいこ)を廃止(はいし)して、189御魂磨(みたまみが)きの神聖(しんせい)なる道場(だうぢやう)と致(いた)します。190ついては、191今(いま)此(この)列座(れつざ)の中(なか)に竜雲(りううん)の密使(みつし)として、192王(わう)其(その)他(た)の有志(いうし)を捕縛(ほばく)せむと表面(へうめん)帰順(きじゆん)を装(よそほ)ひ来(きた)れるヨール、193ビツト外(ほか)三(さん)人(にん)に対(たい)し、194今夜(こんや)の子(ね)の刻(こく)を期(き)して誅戮(ちうりく)を加(くは)へむ計劃(けいくわく)なりしも、195至仁(しじん)至愛(しあい)の大神(おほかみ)の大御心(おほみこころ)に神(かむ)倣(なら)ひ、196唯今(ただいま)限(かぎ)り其(その)罪(つみ)を許(ゆる)すべし。197ヨール、198ビツト以下(いか)三(さん)人(にん)、199早(はや)く此(この)場(ば)を立(た)ち去(さ)つて神地(かうぢ)の館(やかた)に立帰(たちかへ)れ』
200と宣示(せんじ)するや、201ヨール外(ほか)四(よ)人(にん)はテーリスの前(まへ)に恐(おそ)る恐(おそ)る現(あらは)れ来(きた)り、202大地(だいち)に平伏(へいふく)し、
203ヨール『唯今(ただいま)の無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)の御教(みをしへ)、204仁慈(じんじ)のお心(こころ)に感(かん)じ、205吾々(われわれ)はもはや竜雲(りううん)に仕(つか)ふる事(こと)は断念(だんねん)致(いた)しました。206罪(つみ)深(ふか)き悪人(あくにん)なれども、207何卒(なにとぞ)広(ひろ)き心(こころ)に見直(みなほ)し聞(き)き直(なほ)し下(くだ)さいまして、208貴方(あなた)がたの弟子(でし)の中(うち)に御(お)加(くは)へ下(くだ)さらば、209此(この)上(うへ)なき有難(ありがた)き仕合(しあは)せに存(ぞん)じます。210嗚呼(ああ)何(なん)として吾々(われわれ)は斯(かか)る悪人(あくにん)に媚(こ)び諂(へつら)ひ、211恩顧(おんこ)を受(う)けし王(わう)様(さま)に刃向(はむか)はむとせしや。212思(おも)へば思(おも)へば実(じつ)に吾(わが)心(こころ)の汚(きたな)さが恥(はづ)かしくなつて参(まゐ)りました。213何卒(なにとぞ)今(いま)迄(まで)の御(ご)無礼(ぶれい)はお許(ゆる)し下(くだ)さいまして、214お引(ひ)き立(た)ての程(ほど)を偏(ひとへ)に希(こひねが)ひ上(あげ)奉(たてまつ)ります』
215と誠心(まごころ)を面(おもて)に現(あらは)して、216涙(なみだ)ながらに懺悔(ざんげ)する其(その)しをらしさ。217ヨールは立(た)ち上(あが)り、218一同(いちどう)の中(なか)に立(た)つて述懐(じゆつくわい)を謡(うた)ふ。
219ヨール『神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
220善神(ぜんしん)邪神(じやしん)を委曲(まつぶさ)に
221立(た)て別(わ)けたまふ時(とき)は来(き)ぬ
222邪非道(よこしまひだう)の竜雲(りううん)が
223お鬚(ひげ)の塵(ちり)を払(はら)ひつつ
224身(み)の栄達(えいたつ)を一向(ひたすら)に
225急(いそ)ぎし余(あま)り畏(かしこ)くも
226恩顧(おんこ)を受(う)けし神司(かむづかさ)
227サガレン王(わう)の御(おん)前(まへ)に
228汚(きたな)き心(こころ)を現(あらは)して
229罪(つみ)さへ深(ふか)き谷道(たにみち)に
230行幸(みゆき)を待(ま)ちて捕(とら)へむと
231勢(いきほ)ひこんで来(きた)りたる
232曲(まが)の心(こころ)の恐(おそ)ろしさ
233斯(か)かる尊(たふと)き仁愛(じんあい)の
234神(かみ)の司(つかさ)と知(し)らずして
235心(こころ)汚(きたな)き曲神(まがかみ)に
236媚(こ)び諂(へつら)ひし浅(あさ)はかさ
237万死(ばんし)に比(ひ)すべき吾(わが)罪(つみ)を
238罰(きた)めたまはず惟神(かむながら)
239誠(まこと)の道(みち)を説(と)き示(しめ)し
240許(ゆる)したまひし有難(ありがた)さ
241かかる尊(たふと)きバラモンの
242神(かみ)の司(つかさ)と現(あ)れませる
243君(きみ)をば捨(す)てていづくんぞ
244曲津(まがつ)のかかりし竜雲(りううん)に
245従(したが)ひまつる事(こと)を得(え)む
246神(かみ)の司(つかさ)のテーリスよ
247吾(われ)等(ら)五(ご)人(にん)は心(こころ)より
248悔(く)い改(あらた)めてバラモンの
249神(かみ)の教(をしへ)に神(かむ)倣(なら)ひ
250サガレン王(わう)に真心(まごころ)の
251限(かぎ)りを尽(つく)し身(み)を尽(つく)し
252骨(ほね)を粉(こな)にし身(み)を砕(くだ)き
253此(この)御(おん)君(きみ)の為(ため)ならば
254仮令(たとへ)屍(かばね)は風(かぜ)荒(すさ)ぶ
255荒野(あらの)ケ原(はら)に曝(さら)[※愛世版「曝」]すとも
256海(うみ)の藻屑(もくづ)となるとても
257などか厭(いと)はむ敷島(しきしま)の
258誠(まこと)の心(こころ)を現(あらは)して
259清(きよ)く正(ただ)しく仕(つか)ふべし
260あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
261御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
262吾(われ)等(ら)に宿(とま)る曲神(まがかみ)を
263伊吹(いぶき)の狭霧(さぎり)に吹(ふ)き払(はら)ひ
264救(すく)はせたまへ天津(あまつ)神(かみ)
265国津(くにつ)御神(みかみ)の御(おん)前(まへ)に
266謹(つつし)み拝(をろが)み奉(たてまつ)る
267朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
268月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
269仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
270皇(すめ)大神(おほかみ)の御(おん)道(みち)に
271仁慈(じんじ)の君(きみ)の御(おん)為(ため)に
272尽(つく)しまつらむ神(かみ)の前(まへ)
273確(たしか)に誓(ちか)ひ奉(たてまつ)る
274あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
275御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
276と謡(うた)ひ終(をは)り、277テーリスに向(むか)つてわが改心(かいしん)の次第(しだい)を述(の)べ立(た)てる。
278 テーリスはさも愉快(ゆくわい)げに、279ヨール外(ほか)四(よ)人(にん)に向(むか)ひ慇懃(いんぎん)に誠(まこと)の道(みち)を説(と)き諭(さと)し、280一同(いちどう)の部下(ぶか)に対(たい)しても一場(いちぢやう)の訓戒(くんかい)を垂(た)れ、281これより日夜(にちや)魂磨(たまみが)きに浮身(うきみ)を窶(やつ)し、282神(かみ)の救(すく)ひを求(もと)むる事(こと)となりぬ。
283(大正一一・九・二二 旧八・二 加藤明子録)
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