竜雲とケールス姫は、涼しげな白衣を着て窓を引き明け、展開する山野の緑を眺めて酒を酌み交わし、雑談にふけっていた。暑い夏のことで、滲み出す汗で衣には斑紋ができていた。
ふとケールス姫が竜雲の背中を眺めると、頭部に角が生えた鬼が立っている形に汗染みができていた。ケールス姫はあっと驚き、竜雲の前に回って泣き伏しつつ、鬼が竜雲を狙っているから衣を変えるように、と歎願した。
ケールス姫は続けて、すっかり竜雲が恐ろしくなってきたと告白した。竜雲はからからと打ち笑い、一国の主を放逐して望みを遂げようという大望を果たすのだから、弱音を吐くものではない、悪人として度胸を据えろとケールス姫を叱咤した。
ケールス姫は、このような悪事はウラル教の盤古神王様もお許しになるはずがないと言い、竜雲はどうしても言って聞くような性分ではないことは知っているが、せめて自分はもう悪事から手をひかせて暇をくれるようにと嘆願した。
竜雲は、自分がこの地位までこられたのもケールス姫の悪事のおかげであり、姫こそ悪の張本人だと指摘した。そしてこの悪事は二人で責任を分担しなければならないのだ、と理屈を返した。
そして弱肉強食の現代においては、我々こそが現代思潮の真髄を体現した覇者・勇者であり、善悪は時と所と地位によって変わるもの、姫も古い道徳観念を捨てて新しい女にならなければならないと演説した。
そして社会の慣習や古い観念を打破して自由におのれの能力を発揮することこそ、盤古神王の教えにかなうことであると強弁して姫を説きつけた。
ケールス姫は黙然として善悪正邪の判断に苦しみ、その心は暗澹として迷いに捉われてしまった。竜雲も豪傑笑いに自分の悪事を正当化してみせたが、なんとなく良心のささやきに責められ、両人はしばし無言となってしまった。
そこへ竜雲の懐刀の青年テールが慌ただしく駆け込んできた。そしてサガレン王の軍勢が都に攻め来たり、さしもの大軍に味方は打ち破られ、落城の危険に見舞われていると注進した。そして二人に脱出するよう進言した。
そこへ左守のケリヤがゆうゆうと入ってきた。ケリヤの落ち着いた様子を見たテールは、この危急存亡のときに何をしているのか、とケリヤを問い詰めた。一方ケリヤは、今日のような風ひとつない日に何を騒いでいるのか、とテールに問い返した。
竜雲とケールス姫は、側近のテールの言葉を信じていたので、ケリヤの一喝し、ケールス姫は雄々しくも薙刀を取ってケリヤの足を打ち払った。そしてケールス姫は戦支度をして勇ましく門に駆け付けたが、門前に人影もなく、門番たちはのんびり酒を酌み交わしていた。
ケールス姫と竜雲は厳しくテールを叱責した。テールは両人の身を案じるあまり、恐ろしい夢を見たのだと言い訳した。