霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 大雲山(たいうんざん)〔一〇八五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第40巻 舎身活躍 卯の巻 篇:第1篇 恋雲魔風 よみ(新仮名遣い):れんうんまふう
章:第1章 大雲山 よみ(新仮名遣い):たいうんざん 通し章番号:1085
口述日:1922(大正11)年11月01日(旧09月13日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年5月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
鬼雲彦は、左守の鬼春別、右守の雲依別、石生能姫、鬼熊別その他の幹部連を大雲山の岩窟に集めて三五教・ウラル教に対して取るべき手段を謀議していた。
鬼雲彦は、鬼熊別の妻子が三五教に帰順して宣伝使となり、バラモン教の教線をかく乱しているとの報をしばしば耳にしていたので、二人の中にはいつしか大障壁が築かれた。
鬼熊別は左守の職を辞して部下たちと共に自分の館に潜んでバラモン教の行く末を案じ祈願していた。
今日は珍しく鬼雲彦の使いによって呼び出され、この協議の席に姿を現していた。この席には鬼雲彦の腹心ばかりが集まっていたので、鬼熊別との間には何となく意志の疎隔を来していた。
鬼雲彦(大黒主)は、三五教がバラモン教の本城であるハルナの都を覆そうとする計画を遂行しつつあることを示し、腹心たちにこれに対する対策を練るようにと申し渡して、奥の間に姿を隠した。
鬼雲彦の寵愛を受けている石生能姫が議長となって会議は始まった。左守は、鬼熊別が三五教のスパイとなっているとあからさまに疑いをかけた。鬼熊別はこれに反論して口論となるが、右守は鬼熊別を弁護した。
最終的には、石生能姫が鬼熊別監督の役を担うことになり、また明日からは大黒主の館へ出勤するようにと鬼熊別に情けをかけた。
石生能姫は大黒主の代理権を発揮し、左守の鬼春別には斎苑の館を、大足別にはカルマタ国のウラル教の本城を攻め落とすべく出陣を命じた。鬼春別が帰るまでは鬼熊別を左守に任命し、これをもって会議は終了した。
右守の雲依別は表面上左守と態度を合わせていたが、その実は鬼熊別を心中畏敬していた。石生能姫は、鬼熊別の男らしく威儀備わる容貌にひそかに恋着心を抱いていた。そのため、鬼熊別に同情する右守を止め、鬼熊別を讒言する左守と大足別に出陣を命じたのであった。
大黒主も恋愛の雲に包まれて、石生能姫に対しては善悪にかかわらず一言半句も反対したことはなかったのである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-26 11:20:13 文字数:5345 OBC :rm4001
愛善世界社版:9頁 八幡書店版:第7輯 421頁 修補版: 校定版:9頁 普及版:4頁 初版: ページ備考:
001空(そら)すみ渡(わた)る初秋(はつあき)の
002風(かぜ)も涼(すず)しき月(つき)の国(くに)
003花(はな)は散(ち)れどもハルナの都(みやこ)
004バラモン教(けう)を開設(かいせつ)し
005大雲山(たいうんざん)の岩窟(がんくつ)に
006館(やかた)を構(かま)へて鬼雲彦(おにくもひこ)は
007大黒主(おほくろぬし)と改名(かいめい)し
008梵天王(ぼんてんわう)の直胤(ちよくいん)と
009此(この)世(よ)を偽(いつは)る曲津業(まがつわざ)
010数多(あまた)の軍隊(ぐんたい)引連(ひきつ)れて
011左手(ゆんで)に教書(けうしよ)を捧(ささ)げつつ
012右手(めて)に剣(つるぎ)をぬきかざし
013七千(しちせん)余国(よこく)の印度(つき)の国(くに)
014刹帝利(せつていり)族(ぞく)の大半(たいはん)を
015おのが幕下(ばくか)に従(したが)へつ
016飛(と)ぶ鳥(とり)さへも落(おと)すよな
017其(その)勢(いきほひ)の凄(すさま)じさ
018時(とき)しもあれやウラル彦(ひこ)
019ウラルの姫(ひめ)の御教(みをしへ)を
020宣伝(せんでん)しゆく神司(かむづかさ)
021常暗彦(とこやみひこ)は月(つき)の国(くに)
022デカタン高原(かうげん)に現(あら)はれて
023教(をしへ)の旗(はた)をひらめかし
024これ又(また)左手(ゆんで)にコーランを
025捧(ささ)げつ右手(めて)に剣(つるぎ)持(も)ち
026バラモン教(けう)の向(むか)ふ張(は)り
027勢(いきほひ)やうやう加(くは)はりて
028バラモン教(けう)の根底(こんてい)は
029危殆(きたい)に瀕(ひん)し来(きた)りけり
030かてて加(くは)へてウブスナの
031山(やま)に建(た)てたるイソ館(やかた)
032神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の
033教(をしへ)を伝(つた)ふる日(ひ)の出別(でわけ)
034八島(やしま)の主(ぬし)の声望(せいばう)は
035東(あづま)の空(そら)に天津(あまつ)日(ひ)の
036豊栄昇(とよさかのぼ)る如(ごと)くにて
037気(き)が気(き)でならぬバラモンの
038教司(をしへつかさ)は岩窟(がんくつ)に
039集(あつ)まり来(きた)りいろいろと
040対抗戦(たいかうせん)を開(ひら)かむと
041鳩首(きゆうしゆ)謀議(ぼうぎ)の折柄(をりから)に
042早馬(はやうま)使(つか)ひのテルヂーが
043勢(いきほひ)込(こ)んで馳(は)せ帰(かへ)り
044神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の
045部下(ぶか)の面々(めんめん)イソ館(やかた)
046味方(みかた)を集(あつ)めて迫(せま)り来(く)る
047其(その)勢(いきほひ)はライオンの
048速瀬(はやせ)の如(ごと)く急(いそ)がしく
049旗鼓(きこ)堂々(だうだう)と攻(せ)め来(きた)る
050気配(けはい)と確(たしか)に覚(おぼ)えたり
051今(いま)此(この)時(とき)に躊躇(ちうちよ)して
052月日(つきひ)を仇(あだ)に送(おく)りなば
053臍(ほぞ)をかむとも及(およ)ぶまじ
054早(はや)く精鋭(せいえい)の軍卒(ぐんそつ)を
055さし向(む)け彼(かれ)が計画(けいくわく)を
056根本(こんぽん)的(てき)に覆(くつが)へし
057一泡(ひとあわ)吹(ふ)かしてこらさねば
058ハルナの都(みやこ)は忽(たちま)ちに
059土崩(どほう)瓦解(ぐわかい)の虞(おそれ)あり
060用意(ようい)めされと息(いき)早(はや)め
061虚実(きよじつ)交々(こもごも)取混(とりま)ぜて
062注進(ちゆうしん)すれば神司(かむつかさ)
063大黒主(おほくろぬし)は驚(おどろ)いて
064左守(さもり)右守(うもり)に相対(あひたい)し
065如何(いかが)はせむと謀(はか)る折(をり)
066又(また)もや入(い)り来(く)る足音(あしおと)に
067何人(なんぴと)ならむと眺(なが)むれば
068カルマタ国(こく)に遣(つか)はせし
069斥候隊(せきこうたい)のケリスタン
070汗(あせ)をタラタラ流(なが)しつつ
071カルマタ国(こく)に割拠(かつきよ)する
072常暗彦(とこやみひこ)は日(ひ)に月(つき)に
073猛虎(まうこ)の勢(いきほひ)加(くは)はりつ
074数多(あまた)の軍勢(ぐんぜい)を引率(いんそつ)し
075山野(さんや)をわたりはるばると
076月(つき)の都(みやこ)に攻(せ)めよせて
077一挙(いつきよ)に城(しろ)を覆(くつが)へし
078バラモン教(けう)を根底(こんてい)より
079絶滅(ぜつめつ)せむと計(はか)りゐる
080其(その)計画(けいくわく)はありありと
081手(て)に取(と)る如(ごと)く見(み)えにけり
082今(いま)此(この)時(とき)に此(この)時(とき)に
083一挙(いつきよ)に彼(かれ)を討(う)ちすてて
084国(くに)の災(わざはひ)払(はら)はねば
085臍(ほぞ)をかむとも及(およ)ぶまじ
086一日(ひとひ)も早(はや)く片時(かたとき)も
087勇敢(ゆうかん)決死(けつし)の軍卒(ぐんそつ)を
088差向(さしむ)け給(たま)へと汗(あせ)拭(ぬぐ)ひ
089風声(ふうせい)鶴唳(かくれい)におぢ怖(おそ)れ
090注進(ちゆうしん)するこそ可笑(をか)しけれ
091大黒主(おほくろぬし)は色(いろ)を変(か)へ
092大足別(おほだるわけ)に打向(うちむか)ひ
093如何(いかが)はせむと尋(たづ)ぬれば
094大足別(おほだるわけ)は肱(ひぢ)を張(は)り
095われは武勇(ぶゆう)の神将(しんしやう)ぞ
096神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)や
097常暗彦(とこやみひこ)が現(あら)はれて
098獅子(しし)奮迅(ふんじん)の勢(いきほひ)に
099本城(ほんじやう)に攻(せ)めかけ来(きた)るとも
100何(なに)かは恐(おそ)れむバラモンの
101教(をしへ)の神力(しんりき)身(み)に受(う)けて
102刃向(はむか)ふ奴輩(やつばら)ことごとく
103追(お)つかけちらし薙(な)ぎ倒(たふ)し
104敵(てき)を千(せん)里(り)に郤(しりぞ)けて
105君(きみ)の危難(きなん)を救(すく)ふべし
106何(なに)は兎(と)もあれ諸々(もろもろ)の
107神(かみ)の司(つかさ)と謀(はか)らひて
108其(その)上(うへ)着否(ちやくひ)を決(けつ)せむと
109苦(にが)り切(き)つたる顔付(かほつき)に
110ドカリと其(その)場(ば)に胡坐(あぐら)かき
111豪傑(がうけつ)笑(わら)ひに紛(まぎ)らしぬ。
112 鬼雲彦(おにくもひこ)を始(はじ)め左守(さもり)の鬼春別(おにはるわけ)、113右守(うもり)の雲依別(くもよりわけ)、114石生能(いその)姫(ひめ)、115鬼熊別(おにくまわけ)其(その)他(た)四五(しご)の幹部(かんぶ)連(れん)、116大雲山(たいうんざん)の岩窟(がんくつ)、117大黒主(おほくろぬし)の隠家(かくれが)に集(あつ)まつて、118三五教(あななひけう)、119ウラル教(けう)に対(たい)し取(と)るべき手段(しゆだん)を首(くび)を鳩(あつ)めて謀議(ぼうぎ)しつつあつた。120鬼雲彦(おにくもひこ)は鬼熊別(おにくまわけ)の其(その)妻子(さいし)が[※初版・三版・愛世版は「鬼熊別は其妻子が」だが、校定版・八幡版では「鬼雲彦は鬼熊別のその妻子が」に直してある。主語が鬼熊別だと、それ以降の文章の意味が通じなくなるため、霊界物語ネットでも校定版と同じように直した。]三五教(あななひけう)に帰順(きじゆん)し、121宣伝使(せんでんし)となつてバラモン教(けう)の教線(けうせん)を攪乱(かくらん)せりとの急報(きふはう)を屡々(しばしば)耳(みみ)にし、122猜疑(さいぎ)の眼(まなこ)を怒(いか)らし、123いつとはなしに二人(ふたり)の中(なか)には大障壁(だいしやうへき)が築(きづ)かれ、124大溝渠(だいこうきよ)が穿(うが)たれ、125鬼熊別(おにくまわけ)も怏々(わうわう)として楽(たのし)まず、126遂(つひ)には自(みづか)ら左守(さもり)の職(しよく)を辞(じ)し、127部下(ぶか)の神司(かむつかさ)と共(とも)に、128己(おの)が館(やかた)に潜(ひそ)みて、129梵天王(ぼんてんわう)を祀(まつ)りたる神殿(しんでん)に端坐(たんざ)し、130何卒(なにとぞ)一(いち)日(にち)も早(はや)く大黒主(おほくろぬし)の教主(けうしゆ)が善道(ぜんだう)に立帰(たちかへ)り、131大自在天(だいじざいてん)の教(をしへ)を完全(くわんぜん)に発揮(はつき)し、132且(か)つ大国別(おほくにわけ)の御子(みこ)国別彦(くにわけひこ)の所在(ありか)の分(わか)りて、133ハルナの都(みやこ)に大教主(だいけうしゆ)として臨(のぞ)まるる日(ひ)の一(いち)日(にち)も早(はや)かれ……と祈(いの)りつつ、134一方(いつぱう)には妻子(さいし)の所在(ありか)を探(たづ)ねむと、135日夜(にちや)祈願(きぐわん)に余念(よねん)なかつたのである。136然(しか)るに今日(けふ)は大黒主(おほくろぬし)の珍(めづら)しき使(つかひ)に依(よ)つて、137心(こころ)ならずも主命(しゆめい)もだし難(がた)く、138此(この)席(せき)に面(おもて)を現(あら)はしてゐたのである。139今(いま)此処(ここ)に集(あつ)まれる幹部(かんぶ)は、140何(いづ)れも大黒主(おほくろぬし)の股肱(ここう)と頼(たの)む部下(ぶか)のみで、141信任(しんにん)最(もつと)も厚(あつ)き人物(じんぶつ)ばかりであつた。142そこへ鬼熊別(おにくまわけ)が列席(れつせき)したのは恰(あだか)も白米(しらが)に籾(もみ)の混(まじ)つた如(ごと)く、143油(あぶら)に水(みづ)を注(さ)したやうなもので、144何(なん)とはなしに意思(いし)の疎隔(そかく)を来(きた)したのも免(まぬが)れ難(がた)き所(ところ)であつた。
145 大黒主(おほくろぬし)は立上(たちあが)つて一同(いちどう)に向(むか)ひ、
146大黒主『今日(こんにち)一同(いちどう)をここに召集(せうしふ)したのは一(いち)日(にち)も看過(かんくわ)す可(べか)らざる緊急(きんきふ)事件(じけん)が突発(とつぱつ)したからである。147抑(そもそ)も吾(わが)バラモン教(けう)は常世(とこよ)の国(くに)の常世城(とこよじやう)より、148大国別(おほくにわけ)は神命(しんめい)を奉(ほう)じて埃及(エヂプト)に渡(わた)り、149神徳(しんとく)を四方(よも)に輝(かがや)かし給(たま)ふ際(さい)、150憎(につく)き三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)、151吾(わが)本城(ほんじやう)を攻撃(こうげき)して、152神(かみ)の聖場(せいぢやう)を蹂躙(じうりん)し、153吾(われ)等(ら)も衆寡(しうくわ)敵(てき)せず、154大国別(おほくにわけ)の教主(けうしゆ)と共(とも)に、155メソポタミヤの顕恩郷(けんおんきやう)に居(きよ)を転(てん)じ、156漸(やうや)く神業(しんげふ)の端緒(たんちよ)を開(ひら)きし折(をり)、157執念深(しふねんぶか)き三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)輩(はい)は、158言霊軍(ことたまぐん)を引率(いんそつ)し、159神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の命(めい)と称(しよう)し、160短兵急(たんぺいきふ)に攻(せ)めよせ来(きた)り、161内外(ないぐわい)相応(あひおう)じて、162再(ふたた)びバラモンの本城(ほんじやう)を破壊(はくわい)し去(さ)り、163吾(われ)等(ら)は已(や)むを得(え)ず、164涙(なみだ)を呑(の)んで親子(おやこ)夫婦(ふうふ)の生別(いきわか)れ、165漸(やうや)く忠勇(ちうゆう)義烈(ぎれつ)なる部下(ぶか)と共(とも)に自転倒(おのころ)島(じま)に渡(わた)り、166又(また)もや神業(しんげふ)を開始(かいし)する折(をり)しも、167三五教(あななひけう)の神司(かむつかさ)の言霊(ことたま)に破(やぶ)られ、168無念(むねん)やる方(かた)なく再(ふたた)び残党(ざんたう)を集(あつ)めて、169此(この)都(みやこ)に来(きた)り、170月(つき)の国(くに)の七千(しちせん)余(よ)ケ国(こく)の大半(たいはん)を征服(せいふく)し、171今(いま)や旭日(きよくじつ)昇天(しようてん)の勢(いきほひ)となり、172神業(しんげふ)を葦原(あしはら)の瑞穂国(みづほのくに)全体(ぜんたい)に拡充(くわくじゆう)し、173バラモンの威力(ゐりよく)を示(しめ)さむと致(いた)す折(をり)しも、174天(あま)の岩戸(いはと)を閉鎖(へいさ)したると云(い)ふ悪神(あくがみ)の張本(ちやうほん)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)、175再(ふたた)び部下(ぶか)をかりあつめ、176黄金山(わうごんざん)、177コーカス山(ざん)、178イソ館(やかた)と相俟(あひまつ)つて、179再(ふたた)び吾(わが)本城(ほんじやう)を覆(くつが)へさむず計画(けいくわく)ありと聞(き)く。180今(いま)に及(およ)んで敵(てき)の牙城(がじやう)に迫(せま)り、181之(これ)を殲滅(せんめつ)せざれば、182バラモン教(けう)は風前(ふうぜん)の灯火(ともしび)の如(ごと)し。183汝(なんぢ)等(ら)の忠勇(ちうゆう)義烈(ぎれつ)に依頼(いらい)して、184吾(われ)は此(この)災(わざはひ)を芟除(せんじよ)せむと欲(ほつ)す。185左守(さもり)を始(はじ)め、186一同(いちどう)は吾(わが)旨(むね)を体(たい)し、187最善(さいぜん)の方法(はうはふ)を講究(かうきう)すべし』
188と宣示(せんじ)し、189軽(かる)く一瞥(いちべつ)を与(あた)へて、190奥(おく)の間(ま)に姿(すがた)を隠(かく)した。
191 石生能(いその)姫(ひめ)は、192大黒主(おほくろぬし)の立去(たちさ)りし後(あと)の席(せき)に儼然(げんぜん)として立現(たちあら)はれ、193いとおごそかに、
194石生能姫『只今(ただいま)大教主(だいけうしゆ)の仰(あふ)せの如(ごと)く、195本教(ほんけう)は危急(ききふ)存亡(そんばう)の機(き)に瀕(ひん)せり、196速(すみやか)に評議(ひやうぎ)を凝(こら)し、197至誠(しせい)を吐露(とろ)して、198大教主(だいけうしゆ)の御心(みこころ)に応(こた)へ奉(まつ)れよ』
199と宣示(せんじ)するや、200左守(さもり)は立上(たちあが)つて、
201鬼春別『吾々(われわれ)はバラモン教(けう)の為(ため)、202大黒主(おほくろぬし)の御(おん)為(ため)ならば素(もと)より身命(しんめい)を惜(をし)まぬ覚悟(かくご)で厶(ござ)る。203就(つい)ては慎重(しんちよう)に審議(しんぎ)を致(いた)さねば、204此(この)大問題(だいもんだい)を軽々(けいけい)に決(けつ)することは出来(でき)ませぬ。205私(わたし)は断言(だんげん)します。206今(いま)に至(いた)りて考(かんが)ふれば、207此(この)城内(じやうない)には二心(ふたごころ)ある有力(いうりよく)なる幹部(かんぶ)の伏在(ふくざい)して、208三五教(あななひけう)やウラル教(けう)に款(くわん)を通(つう)じ、209内外(ないぐわい)相応(あひおう)じて本教(ほんけう)を転覆(てんぷく)せむとたくらむ曲者(くせもの)が厶(ござ)います。210第一(だいいち)此(この)悪人(あくにん)を取調(とりしら)べなくては、211如何(いか)なる妙案(めうあん)奇策(きさく)も敵(てき)に漏洩(ろうえい)する虞(おそれ)があり、212到底(たうてい)目的(もくてき)は達(たつ)せられますまい』
213と目(め)を瞋(いか)らし、214ワザとに鬼熊別(おにくまわけ)の面体(めんてい)を睨(にら)みつけた。215鬼熊別(おにくまわけ)は平然(へいぜん)として顔(かほ)の色(いろ)をも変(か)へず控(ひか)へてゐる。
216 右守(うもり)の雲依別(くもよりわけ)は立上(たちあが)り、217卓(たく)を叩(たた)いて声(こゑ)を励(はげ)まし、
218雲依別『鬼春別(おにはるわけ)様(さま)の仰(あふ)せの如(ごと)く、219敵(てき)の巨魁(きよくわい)は此(この)城中(じやうちう)に潜(ひそ)み居(を)るは一目(いちもく)瞭然(れうぜん)たる事実(じじつ)で厶(ござ)いませう。220さうでなくては今日(こんにち)まで世界(せかい)の秘密国(ひみつこく)として自由(じいう)自在(じざい)にバラモンの教(をしへ)を拡張(くわくちやう)し、221無人(むじん)の野(の)を行(ゆ)く如(ごと)き有様(ありさま)でありしもの、222俄(にはか)に各地方(かくちはう)の刹帝利(せつていり)は反旗(はんき)を翻(ひるがへ)し、223尊(たふと)きバラモン神(しん)に向(むか)つて不順(ふじゆん)の色(いろ)あり、224人心(じんしん)恟々(きようきよう)として安(やす)からず、225天下(てんか)の騒擾(さうぜう)将(まさ)に勃発(ぼつぱつ)せむとする兆(てう)ある時(とき)、226ウブスナ山(やま)、227カルマタ城(じやう)より、228数多(あまた)の神軍(しんぐん)を引連(ひきつ)れ押寄(おしよ)せ来(きた)らむとの注進(ちゆうしん)は、229決(けつ)して虚言(きよげん)ではありますまい。230いざこれより、231城内(じやうない)に潜(ひそ)む巨魁(きよくわい)を誅伐(ちうばつ)し、232首途(かどで)の血祭(ちまつり)となして、233怨敵(をんてき)調伏(てうふく)の出師(すゐし)をなさむ、234列座(れつざ)の面々(めんめん)如何(いかが)思召(おぼしめ)さるるや』
235 鬼熊別(おにくまわけ)は立上(たちあが)り、
236鬼熊別『怪(あや)しき事(こと)を承(うけたま)はるものかな。237バラモン教(けう)の本城(ほんじやう)に敵(てき)に款(くわん)を通(つう)ずる巨魁(きよくわい)ありとは、238そは何人(なんぴと)の事(こと)で厶(ござ)るか。239左様(さやう)な悪神(あくがみ)は一(いち)時(じ)も早(はや)く誅伐(ちうばつ)し、240国家(こくか)の災(わざはひ)を根底(こんてい)より除(のぞ)かねば、241バラモン教(けう)は、242いかに神力(しんりき)強(つよ)くとも未(いま)だ安心(あんしん)する所(ところ)へは参(まゐ)りますまい。243左守(さもり)殿(どの)のお言葉(ことば)によれば、244確(たしか)に其(その)巨魁(きよくわい)は此(この)城中(じやうちう)に潜(ひそ)みゐる事(こと)を御(ご)承知(しようち)のやうに聞(き)きました。245其(その)悪人(あくにん)は何人(なんぴと)なるか、246速(すみやか)に御(ご)発表(はつぺう)を願(ねが)ひます』
247と言(い)はせも果(は)てず、248鬼春別(おにはるわけ)はクワツと目(め)を見(み)ひらき、249声(こゑ)を荒(あら)らげ、250顔(かほ)を真赤(まつか)に彩(いろ)どりながら、
251鬼春別『お黙(だま)り召(め)され、252鬼熊別(おにくまわけ)どの、253其(その)張本人(ちやうほんにん)と申(まを)すは鬼熊別(おにくまわけ)といふ悪虐(あくぎやく)無道(ぶだう)の侫人(ねいじん)ばらで厶(ござ)る。254言(い)はずと知(し)れた、255鬼熊別(おにくまわけ)は此(この)城内(じやうない)に一人(ひとり)より厶(ござ)るまい。256速(すみやか)に事情(じじやう)を逐一(ちくいち)白状(はくじやう)致(いた)して其(その)赤誠(せきせい)を現(あら)はすか、257さなくば吾々(われわれ)が面前(めんぜん)に於(おい)て男(をとこ)らしく切腹(せつぷく)めされよ』
258鬼熊(おにくま)『こは心得(こころえ)ぬ左守(さもり)殿(どの)の御(お)言葉(ことば)、259何(なに)を証拠(しようこ)に、260左様(さやう)な事(こと)を仰(あふ)せらるるか。261痩(や)せても枯(か)れても、262バラモン教(けう)の柱石(ちうせき)鬼熊別(おにくまわけ)、263めつたな事(こと)を申(まを)さるると、264聞(き)き捨(すて)はなりませぬぞ』
265鬼春(おにはる)『アハヽヽヽ悪人(あくにん)猛々(たけだけ)しいとは此処(ここ)の事(こと)、266よくもマア、267ヌツケリと白々(しらじら)しい其(その)言葉(ことば)、268ハルナの城(しろ)には盲(めくら)は一人(ひとり)も居(を)りませぬぞ。269左様(さやう)な事(こと)が看破(かんぱ)出来(でき)ないやうな事(こと)で、270如何(どう)して大切(たいせつ)な左守(さもり)が勤(つと)まらうか』
271鬼熊別『確(たしか)な証拠(しようこ)あつての仰(あふ)せか。272サアそれが承(うけたま)はりたい。273サア如何(いかが)で御座(ござ)る』
274鬼春別『サア それは』
275鬼熊別『サアサア如何(いかが)で厶(ござ)る、276御(ご)返答(へんたふ)を承(うけたま)はりませう』
277鬼春別『サア それは』
278『サア サア サア』
279と二人(ふたり)は両方(りやうはう)より意気(いき)まいてゐる。280右守(うもり)はツと立(た)つて、
281雲依別『アイヤ両人(りやうにん)暫(しば)らく待(ま)たれよ』
282と制(せい)すれば、283二人(ふたり)は不承(ふしよう)々々(ぶしよう)に己(おの)が座(ざ)につき、284互(たがひ)に睨(にら)み合(あ)つてゐる。
285雲依(くもより)『左守(さもり)の仰(あふ)せは数多(あまた)の斥候(せきこう)どもの種々(いろいろ)の注進(ちゆうしん)を綜合(そうがふ)して、286これは正(まさ)しく鬼熊別(おにくまわけ)が、287敵方(てきがた)に款(くわん)を通(つう)ずる者(もの)ならむとの推定(すいてい)に過(す)ぎますまい。288私(わたし)が考(かんが)へますには鬼熊別(おにくまわけ)様(さま)の斯(か)かる嫌疑(けんぎ)を受(う)けられたのも二三(にさん)の原因(げんいん)があるだらうと思(おも)ひます。289今(いま)茲(ここ)に羅列(られつ)すれば、290先(ま)づ第一(だいいち)に鬼熊別(おにくまわけ)殿(どの)の妻(つま)蜈蚣姫(むかでひめ)殿(どの)は今(いま)は三五教(あななひけう)に帰順(きじゆん)し、291堂々(だうだう)たる宣伝使(せんでんし)となつて天下(てんか)を布教(ふけう)し居(を)らるる事(こと)、292これが第一(だいいち)大黒主(おほくろぬし)さまの御(ご)気勘(きかん)に叶(かな)はぬ点(てん)で疑惑(ぎわく)の起(おこ)る導火線(だうくわせん)で厶(ござ)る。293……又(また)第二(だいに)は小糸姫(こいとひめ)殿(どの)が竜宮(りうぐう)の一(ひと)つ島(じま)へ渡(わた)り、294地恩城(ちおんじやう)に於(おい)て女王(ぢよわう)となり三五教(あななひけう)を拡(ひろ)め、295部下(ぶか)の友彦(ともひこ)までも三五教(あななひけう)に帰順(きじゆん)せしめたるとの噂(うはさ)、296これが第二(だいに)の疑(うたがひ)の原因(げんいん)。297次(つぎ)には妻子(さいし)は三五教(あななひけう)に心酔(しんすゐ)し、298最早(もはや)バラモン教(けう)に復帰(ふくき)する形勢(けいせい)もなきに、299何時(いつ)までも独身(どくしん)生活(せいくわつ)を続(つづ)け、300悪虐(あくぎやく)無道(ぶだう)の妻子(さいし)と再(ふたた)び家庭(かてい)を作(つく)らむとの御(ご)所存(しよぞん)と見(み)える、301これが第三(だいさん)の疑(うたがひ)をまく種(たね)。302次(つぎ)には大黒主(おほくろぬし)さまが鬼雲姫(おにくもひめ)さまの不都合(ふつがふ)を詰(なじ)り、303別宅(べつたく)を造(つく)りて退隠(たいいん)を命(めい)じ給(たま)うた時(とき)、304之(これ)に対(たい)して極力(きよくりよく)反抗(はんかう)的(てき)態度(たいど)を用(もち)ひ、305新夫人(しんふじん)の石生能(いその)姫(ひめ)に対(たい)し悪感情(あくかんじやう)を抱(いだ)き居(を)らるる事(こと)、306これも亦(また)疑惑(ぎわく)の種(たね)。307大黒主(おほくろぬし)と鬼熊別(おにくまわけ)との間(あひだ)には深(ふか)き溝渠(こうきよ)が穿(うが)たれ、308意思(いし)の疎通(そつう)を欠(か)きし事(こと)。309……次(つぎ)には兵馬(へいば)の権(けん)を握(にぎ)り、310片手(かたて)に教権(けうけん)を掌握(しやうあく)し玉(たま)ふ大黒主(おほくろぬし)よりも、311武力(ぶりよく)なき身(み)を以(もつ)て、312数多(あまた)の国人(くにびと)の信用(しんよう)を受(う)け居(を)らるる事(こと)。313これ亦(また)疑惑(ぎわく)の種(たね)となつて居(ゐ)るのだらうと私(わたし)は推察(すいさつ)致(いた)します。314併(しか)し乍(なが)ら神(かみ)に仕(つか)へ給(たま)ふ身(み)を以(もつ)て左様(さやう)な疑惑(ぎわく)の種(たね)を蒔(ま)く如(ごと)き御(ご)精神(せいしん)では厶(ござ)いますまい………と私(わたし)は信(しん)ずるのであります。315今(いま)は斯様(かやう)な内紛(ないふん)を繰返(くりかへ)す時(とき)では厶(ござ)らぬ。316一(いち)時(じ)も早(はや)く外(そと)に向(むか)つて敵(てき)の襲来(しふらい)に備(そな)へ、317且(か)つ敵(てき)を根底(こんてい)より滅亡(めつぼう)させねばならぬ国家(こくか)の危機(きき)だから、318小異(せうい)を棄(す)て、319大同(だいどう)に合(がつ)し、320協心(けふしん)戮力(りくりよく)して此(この)国家(こくか)の大事(だいじ)に備(そな)へようではありませぬか。321これ右守(うもり)が偽(いつは)らざる至誠(しせい)の告白(こくはく)否(いな)忠告(ちうこく)で厶(ござ)る』
322と堂々(だうだう)として鬼熊別(おにくまわけ)の寃罪(ゑんざい)を弁護(べんご)しつつ説(と)き来(きた)り説(と)き去(さ)り座(ざ)に着(つ)いた。323鬼春別(おにはるわけ)は不機嫌(ふきげん)顔(がほ)にて再(ふたた)び立上(たちあが)り、
324鬼春別『如何(いか)にも心得(こころえ)ぬ右守(うもり)の御(お)言葉(ことば)、325吾々(われわれ)は一向(いつかう)合点(がてん)が参(まゐ)らぬ。326然(しか)らば右守(うもり)どの、327鬼熊別(おにくまわけ)の一身(いつしん)に就(つい)ては、328貴殿(あなた)に一任(いちにん)しますから、329キツト過(あやま)ちのなき様(やう)に御(ご)監督(かんとく)を願(ねが)ひます』
330雲依(くもより)『神徳(しんとく)高(たか)き鬼熊別(おにくまわけ)さまの御(ご)監督(かんとく)とは思(おも)ひもよらぬ大役(たいやく)なれど、331今日(こんにち)の場合(ばあひ)止(や)むを得(え)ませぬ、332仰(おほせ)に従(したが)つて監督(かんとく)を承(うけたま)はりませう』
333鬼熊(おにくま)『これは心得(こころえ)ぬ、334御(ご)両人(りやうにん)の御(お)言葉(ことば)、335悪虐(あくぎやく)無道(ぶだう)の叛逆者(はんぎやくしや)ならばいざ知(し)らず、336吾々(われわれ)如(ごと)き忠臣(ちうしん)義士(ぎし)に対(たい)して、337何(なん)の為(ため)に御(ご)監督(かんとく)を遊(あそ)ばすか。338あらぬ嫌疑(けんぎ)をかけられ、339憤慨(ふんがい)の至(いた)りに堪(た)へねども、340国家(こくか)の一大事(いちだいじ)を慮(おもんぱか)り、341陰忍(いんにん)自重(じちよう)しつつある吾(われ)に、342其(その)心遣(こころづか)ひは御(ご)無用(むよう)に願(ねが)ひませう』
343石生(いそ)『此(この)問題(もんだい)はどうぞ妾(わたし)に任(まか)して貰(もら)ひませう。344イヤ鬼熊別(おにくまわけ)さま、345エライ気(き)を揉(も)ませました。346今(いま)の世(よ)の中(なか)は誠(まこと)の者(もの)が虐(しひた)げられ、347疑(うたが)はれ、348大悪人(だいあくにん)の時(とき)めく時代(じだい)なれば、349あなたもそれだけの御(お)疑(うたがひ)を受(う)けさせられる半面(はんめん)にはキツト善(よ)い事(こと)があるでせう。350どうぞ御(ご)機嫌(きげん)を直(なほ)して、351今日(こんにち)以後(いご)は日々(にちにち)国家(こくか)の為(ため)に、352教(をしへ)の為(ため)に、353御(ご)登城(とじやう)御(ご)出勤(しゆつきん)を願(ねが)ひますよ』
354 鬼熊別(おにくまわけ)は石生能(いその)姫(ひめ)の言葉(ことば)に感謝(かんしや)の涙(なみだ)を秘(ひそ)かに流(なが)しながら、
355鬼熊別『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。356然(しか)らば御(お)言葉(ことば)に従(したが)ひ、357明日(みやうにち)より出勤(しゆつきん)致(いた)すことにきめませう。358今迄(いままで)の不都合(ふつがふ)は平(ひら)にお赦(ゆる)しを願(ねが)ひます』
359 石生能(いその)姫(ひめ)は儼然(げんぜん)として言葉(ことば)を改(あらた)め、
360石生能姫『イソの館(やかた)へは左守(さもり)鬼春別(おにはるわけ)殿(どの)、361部下(ぶか)の軍卒(ぐんそつ)を引連(ひきつ)れ出発(しゆつぱつ)さるべし。362又(また)大足別(おほだるわけ)は軍勢(ぐんぜい)を引率(いんそつ)して、363カルマタ国(こく)のウラル教(けう)が本城(ほんじやう)へ向(むか)つて攻(せ)め寄(よ)せらるべし。364鬼春別(おにはるわけ)が目出度(めでた)く凱旋(がいせん)ある迄(まで)は元(もと)の如(ごと)く鬼熊別(おにくまわけ)殿(どの)、365左守(さもり)となつて奉仕(ほうし)されたし。366右守(うもり)は従前(じうぜん)のまま、367何(いづ)れも神妙(しんめう)に心(こころ)を併(あは)せ、368手(て)を引合(ひきあ)ひ神務(しんむ)に従事(じうじ)されよ。369大教主(だいけうしゆ)の命(めい)に依(よ)りて、370石生能(いその)姫(ひめ)、371代理権(だいりけん)を執行(しつかう)致(いた)す』
372 一同(いちどう)は此(この)言葉(ことば)に、
373一同『ハハア』
374と首(こうべ)を傾(かたむ)け、375承諾(しようだく)の意(い)を示(しめ)した。
376 因(ちなみ)に右守(うもり)の雲依別(くもよりわけ)は時(とき)の勢(いきほひ)に抗(かう)し難(がた)く、377左守(さもり)と表面(へうめん)バツを合(あは)せてゐたが、378其(その)実(じつ)鬼熊別(おにくまわけ)の美(うる)はしき心(こころ)と日夜(にちや)の行動(かうどう)に感激(かんげき)し、379心中(しんちう)潜(ひそ)かに鬼熊別(おにくまわけ)を畏敬(ゐけい)尊信(そんしん)してゐた。380それ故(ゆゑ)鬼熊別(おにくまわけ)の無辜(むこ)を憐(あは)れみ弁解(べんかい)的(てき)弁論(べんろん)をまくしたてたのである。381又(また)石生能(いその)姫(ひめ)は鬼熊別(おにくまわけ)のどこともなく男(をとこ)らしく、382威儀(ゐぎ)備(そな)はる容貌(ようばう)に、383心(こころ)私(ひそ)かに恋着(れんちやく)してゐた。384それ故(ゆゑ)大黒主(おほくろぬし)の余(あま)り好(この)まぬ鬼熊別(おにくまわけ)を代理権(だいりけん)を執行(しつかう)して左守(さもり)となし、385鬼熊別(おにくまわけ)に同情(どうじやう)をよせつつある右守(うもり)を止(とど)め、386常(つね)に鬼熊別(おにくまわけ)を讒言(ざんげん)する鬼春別(おにはるわけ)、387大足別(おほだるわけ)を出陣(しゆつぢん)させて了(しま)つたのであつた。388女(をんな)の美貌(びばう)は城(しろ)を傾(かたむ)くるとか云(い)ふ。389実(じつ)に女(をんな)位(くらゐ)恐(おそ)ろしきものはない。390大黒主(おほくろぬし)も此(この)石生能(いその)姫(ひめ)には恋愛(れんあい)の雲(くも)に包(つつ)まれて、391善悪(ぜんあく)に関(かかは)らず、392一言(いちごん)半句(はんく)も背(そむ)いた事(こと)はなかつたのである。
393(大正一一・一一・一 旧九・一三 松村真澄録)
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