霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 落橋(らくけう)〔一〇八七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第40巻 舎身活躍 卯の巻 篇:第1篇 恋雲魔風 よみ(新仮名遣い):れんうんまふう
章:第3章 落橋 よみ(新仮名遣い):らっきょう 通し章番号:1087
口述日:1922(大正11)年11月01日(旧09月13日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年5月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
鬼熊別は、大雲山の会議を終わって悄然として我が家に帰った。そこへ家老の熊彦がやってきて、大黒主が近侍を刺客に仕立てて鬼熊別に向かわせたという急報を注進した。
鬼熊別は、大黒主がそのようなことをするはずがないと一生に付したが、熊彦は、ハルナの館に仕える自分の親友が特に報せてくれた重大事だと主人をいさめた。鬼熊別はたとえそれが真実だとしても、大自在天に任せて主人たる大黒主に最期まで忠義を通す覚悟を熊彦に示した。
熊彦は逆に鬼熊別の覚悟を知り、諭されてただ涙を流して声を忍ばせ、しゃくり泣きをするのみであった。
刺客に仕立てられた大黒主の侍従たちは、黒装束に身を固めて鬼熊別の館を指して進んでいた。しかし館に通じる森の中の橋が落とされていることに気が付いた。熊彦が部下に命じて落とさせておいたものであった。
刺客たちはもともと怖気づいていたので、橋が落ちていたのを幸い、夜明けに間に合わなかったと大黒主に言い訳が立つとかえって喜び合う始末であった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-27 09:37:38 文字数:3633 OBC :rm4003
愛善世界社版:34頁 八幡書店版:第7輯 430頁 修補版: 校定版:35頁 普及版:16頁 初版: ページ備考:
001 空(そら)一面(いちめん)にドンヨリとかき曇(くも)り、002あたり陰鬱(いんうつ)として風(かぜ)もなく蒸暑(むしあつ)き秋(あき)の夕(ゆふ)べ、003内地(ないち)の秋(あき)とは事変(ことか)はり、004初秋(はつあき)の今日(けふ)此(この)頃(ごろ)は松虫(まつむし)鈴虫(すずむし)の声(こゑ)もなく、005梢(こずゑ)にとまつて千切(ちぎ)れ千切(ちぎ)れに鳴(な)く蝉(せみ)の声(こゑ)、006轡虫(くつわむし)等(など)喧(やかま)しく騒(さわ)ぎ鳴(な)きたつる有様(ありさま)は、007月(つき)の都(みやこ)のハルナ城(じやう)の内外(ないぐわい)に穏(おだや)かならぬ事(こと)の勃発(ぼつぱつ)する前兆(ぜんてう)にはあらずやと思(おも)はるるばかりであつた。008館(やかた)の主(あるじ)鬼熊別(おにくまわけ)は大雲山(たいうんざん)の岩窟(がんくつ)に於(お)ける会議(くわいぎ)を終(を)へて、009悄然(せうぜん)として吾(わが)家(や)に帰(かへ)り、010奥(おく)の一間(ひとま)に座(ざ)をしめて、011双手(もろて)をくみ、012青息(あをいき)吐息(といき)の体(てい)であつた。
013 斯(か)かる所(ところ)へ家老職(からうしよく)を勤(つと)めてゐた熊彦(くまひこ)は襖(ふすま)を押(お)しあけ入(い)り来(きた)り、014叮嚀(ていねい)に会釈(ゑしやく)しながら、
015熊彦『モシ旦那(だんな)様(さま)、016承(うけたま)はりますれば、017貴方(あなた)様(さま)に大変(たいへん)な嫌疑(けんぎ)がかかり、018大黒主(おほくろぬし)様(さま)が近侍(きんじ)の誰彼(たれかれ)を遣(つか)はして、019夜陰(やいん)に紛(まぎ)れ、020旦那(だんな)様(さま)の命(いのち)を取(と)りに来(く)るとの急報(きふはう)を自分(じぶん)の親友(しんいう)よりソツと聞(き)きました。021どうぞ御(ご)用心(ようじん)下(くだ)さいませ。022今(いま)にも刺客(しきやく)が参(まゐ)るかも知(し)れませぬから……』
023 鬼熊別(おにくまわけ)は平然(へいぜん)として打笑(うちわら)ひ、
024鬼熊別『アハヽヽヽ風声(ふうせい)鶴唳(かくれい)に驚(おどろ)いてはならぬ。025真心(まごころ)を以(もつ)て真心(まごころ)の神(かみ)に仕(つか)ふる鬼熊別(おにくまわけ)に如何(どう)して不義(ふぎ)の刃(やいば)が当(あ)てられようか。026決(けつ)して心配(しんぱい)は致(いた)すものではない。027かやうな騒々(さうざう)しい時(とき)にはいろいろの噂(うはさ)の立(た)つものだから、028お前(まへ)も冷静(れいせい)に物(もの)を考(かんが)へ、029決(けつ)して騒(さわ)いではならないぞ』
030熊彦『私(わたくし)も大抵(たいてい)の事(こと)ならば騒(さわ)ぐ男(をとこ)では厶(ござ)いませぬが確(たしか)な証拠(しようこ)が厶(ござ)います。031大黒主(おほくろぬし)様(さま)の近侍(きんじ)に仕(つか)へてゐる友行(ともゆき)といふ男(をとこ)、032実(じつ)は私(わたくし)の義理(ぎり)の兄弟(きやうだい)で厶(ござ)いますが、033彼(かれ)がソツと私(わたくし)まで耳(みみ)うちをしてくれました。034グヅグヅしては居(を)られませぬ。035キツと今夜(こんや)攻寄(せめよ)せて来(く)るに間違(まちが)ひはないので厶(ござ)います。036これが違(ちが)うたら、037此(この)熊彦(くまひこ)は二度(にど)とあなたのお目(め)にはかかりませぬ』
038鬼熊別『現(げん)に俺(おれ)は今(いま)、039大雲山(たいうんざん)の岩窟(がんくつ)に集会(しふくわい)に参(まゐ)り、040大黒主(おほくろぬし)様(さま)の面前(めんぜん)に於(おい)て議論(ぎろん)を戦(たたか)はし、041種々(しゆじゆ)雑多(ざつた)の疑惑(ぎわく)を解(と)き、042漸(やうや)く氷解(ひようかい)されて、043遂(つひ)には石生能(いその)姫(ひめ)の推薦(すいせん)に依(よ)り、044元(もと)の如(ごと)く左守(さもり)に任(にん)ぜられ帰(かへ)つて来(き)た所(ところ)だ。045決(けつ)して左様(さやう)な事(こと)はあるまい。046大方(おほかた)何(なん)らかの間違(まちが)ひだらう』
047熊彦『イヤ其(その)事(こと)は友行(ともゆき)から能(よ)く聞(き)いて居(を)ります。048併(しか)しそれが今晩(こんばん)の大事変(だいじへん)を起(おこ)した原因(げんいん)です。049大黒主(おほくろぬし)は嫉妬(しつと)の深(ふか)い人物(じんぶつ)、050そこへ寝(ね)ても醒(さ)めても忘(わす)れられぬ惚(ほ)れ切(き)つた石生能(いその)姫(ひめ)さまが、051旦那(だんな)さまの肩(かた)を持(も)ち、052大黒主(おほくろぬし)の最(もつと)も嫌(きら)ひ給(たま)ふ旦那(だんな)さまを左守(さもり)に任(にん)じ、053城内(じやうない)一切(いつさい)の教務(けうむ)及(およ)び国務(こくむ)を総括(そうくわつ)せしめむとされたので、054大黒主(おほくろぬし)は気(き)が気(き)でならず、055ぢやと云(い)つて最愛(さいあい)の女房(にようばう)石生能(いその)姫(ひめ)の言(げん)を打消(うちけ)す訳(わけ)にもゆかず、056イヤイヤながら承諾(しようだく)したので厶(ござ)います。057それより大黒主(おほくろぬし)は一(いち)時(じ)も早(はや)く旦那(だんな)さまを亡(な)き者(もの)に致(いた)さねば大変(たいへん)だと考(かんが)へ、058石生能(いその)姫(ひめ)さまに極内々(ごくないない)で今夜(こんや)の内(うち)に鬼熊別(おにくまわけ)をやつつけて了(しま)へと、059数多(あまた)の近侍(きんじ)に命(めい)じて今宵(こよひ)御(お)館(やかた)へ襲来(しふらい)することになつたので厶(ござ)います。060其(その)中(なか)の一人(ひとり)なる友行(ともゆき)がソツと密書(みつしよ)を以(もつ)て私(わたくし)迄(まで)知(し)らしてくれたので厶(ござ)いますから、061メツタに間違(まちが)ひは厶(ござ)いますまい。062サア旦那(だんな)さま、063さう安閑(あんかん)としてゐる時(とき)ぢや厶(ござ)いませぬ。064一(いち)時(じ)も早(はや)く防戦(ばうせん)の用意(ようい)を致(いた)されるか、065但(ただし)は今(いま)の内(うち)に此(この)館(やかた)を逐電(ちくでん)なさらねば、066呑噬(どんぜい)の悔(くい)を残(のこ)すとも及(およ)びませぬ。067及(およ)ばぬながらも熊彦(くまひこ)がどこ迄(まで)もお供(とも)を致(いた)し、068苦労(くらう)艱難(かんなん)を共々(ともども)に嘗(な)めても、069旦那(だんな)様(さま)の御(ご)身辺(しんぺん)を守(まも)らねばなりませぬ。070サア早(はや)く御(ご)決心(けつしん)を……』
071と促(うなが)せば、072鬼熊別(おにくまわけ)は高笑(たかわら)ひ、
073鬼熊別『アハヽヽヽ何(なん)とマア世(よ)の中(なか)は面白(おもしろ)いものだなア。074昨日(きのふ)の敵(てき)は今日(けふ)の味方(みかた)、075今日(けふ)の味方(みかた)は明日(あす)の敵(てき)、076昨日(きのふ)に変(かは)る大空(おほぞら)の雲(くも)、077千変(せんぺん)万化(ばんくわ)は世(よ)のならひ、078どうなり行(ゆ)くも宿世(すぐせ)の因縁(いんねん)だ。079騒(さわ)ぐな、080あはてな。081只(ただ)何事(なにごと)も此(この)世(よ)を造(つく)り給(たま)ひし梵天(ぼんてん)帝釈(たいしやく)自在天(じざいてん)の御心(みこころ)に任(まか)すより外(ほか)に取(と)るべき手段(しゆだん)はない』
082熊彦『それはさうでも厶(ござ)いませうが、083ミスミス敵(てき)に襲撃(しふげき)されるのを前知(ぜんち)しながら傍観(ばうくわん)してゐるのは余(あま)り気(き)が利(き)かぬぢやありませぬか。084何(なん)とかそれに対(たい)する方法(はうはふ)手段(しゆだん)を講(かう)ぜねば、085如何(どう)してあなたの善(ぜん)が世(よ)の中(なか)に分(わか)りませう。086今宵(こよひ)やみやみと彼(かれ)等(ら)に亡(ほろ)ぼされなば、087何時(いつ)の世(よ)にかあなた様(さま)の恨(うらみ)が晴(は)れませう……否(いな)疑(うたが)ひがとけませう』
088鬼熊別『吾々(われわれ)は人(ひと)も恨(うら)まない、089又(また)敵(てき)も憎(にく)まない。090妻子(つまこ)には離(はな)れ、091何程(なにほど)結構(けつこう)な身(み)の上(うへ)になつたとて、092一寸先(いつすんさき)は分(わか)らぬ人(ひと)の身(み)の上(うへ)、093ただ何事(なにごと)も神(かみ)に任(まか)すより手段(しゆだん)がない。094神(かみ)さまが吾々(われわれ)を殺(ころ)さうと思(おも)へば、095人(ひと)の手(て)をかつてお殺(ころ)し遊(あそ)ばすだらうし、096まだ娑婆(しやば)に必要(ひつえう)があると思召(おぼしめ)したら、097殺(ころ)さずにおかれるだらう。098一寸先(いつすんさき)は人間(にんげん)の目(め)からは暗(やみ)だ。099只(ただ)刹那(せつな)の心(こころ)を楽(たの)しみ、100神司(かむづかさ)としての最善(さいぜん)のベストを尽(つく)せばいいのだ』
101熊彦『エヽこれ程(ほど)申上(まをしあ)げても、102旦那(だんな)さまはお聞(き)き下(くだ)さりませぬか。103最早(もはや)是非(ぜひ)には及(およ)びませぬ。104誠(まこと)にすまぬ事(こと)ながら、105旦那(だんな)さまのお痛(いた)はしい姿(すがた)を見(み)ぬ間(うち)にお暇(ひま)を賜(たま)はり、106ここにて切腹(せつぷく)仕(つかまつ)ります。107左様(さやう)ならば旦那(だんな)様(さま)』
108と涙(なみだ)を夕立(ゆふだち)の如(ごと)くパラパラとこぼしながら、109早(はや)くも懐剣(くわいけん)を引抜(ひきぬ)き、110腹(はら)十文字(じふもんじ)に掻切(かきき)らむとするを、111鬼熊別(おにくまわけ)はグツと其(その)手(て)を握(にぎ)り、
112鬼熊別『アハヽヽヽ、113何(なん)と気(き)の早(はや)い男(をとこ)だなア。114暇(ひま)をくれと云(い)つても暇(ひま)はやらぬ、115死(し)なしてくれと申(まを)しても決(けつ)して死(し)なしはせぬぞ。116主従(しゆじゆう)の間柄(あひだがら)といふものは左様(さやう)な水臭(みづくさ)いものではない。117お前(まへ)が死(し)にたければ、118俺(おれ)の先途(せんど)を見届(みとど)けて其(その)後(のち)に死(し)んだがよからう。119主人(しゆじん)より先(さき)に勝手(かつて)気儘(きまま)に自殺(じさつ)するとは不心得(ふこころえ)千万(せんばん)だ』
120ときめつけられて、121熊彦(くまひこ)は気(き)を取(と)り直(なほ)し、
122熊彦『これはこれは若気(わかげ)の至(いた)り、123血気(けつき)にはやり、124誠(まこと)にすまない事(こと)を致(いた)しました。125主人(しゆじん)の意志(いし)に従(したが)ふのは下僕(しもべ)の役(やく)、126モウ此(この)上(うへ)は何事(なにごと)も申(まを)しませぬ。127どうぞ主従(しゆじゆう)の縁(えん)切(き)ること丈(だけ)は赦(ゆる)して下(くだ)さいませ。128決(けつ)して旦那(だんな)さまより先(さき)へは早(はや)まつた事(こと)は致(いた)しませぬ。129同(おな)じ死(し)ぬのならば、130寄(よ)せ来(く)る敵(てき)と渡(わた)り合(あ)ひ、131旦那(だんな)さまの馬前(ばぜん)に於(おい)て、132斬死(きりじに)を致(いた)します』
133鬼熊別『コリヤコリヤ斬死(きりじに)などとは不穏当(ふをんたう)きはまる。134如何(いか)なる敵(てき)が来(きた)るとも、135彼(かれ)がなすままに任(まか)しておけ、136神(かみ)さまがよきやうにして下(くだ)さるだらうから……』
137 熊彦(くまひこ)は、
138熊彦『ハイ』
139と答(こた)へてさし俯(うつ)むき、140左右(さいう)の肩(かた)を上(あ)げ下(さ)げしながら、141声(こゑ)を忍(しの)ばせ、142しやくり泣(な)きつつあつた。
143○
144 大黒主(おほくろぬし)の側近(そばちか)く仕(つか)へたる侍従(じじゆう)の面々(めんめん)は、145丑満(うしみつ)の刻限(こくげん)を伺(うかが)ひ、146裏門(うらもん)よりソツと脱(ぬ)け出(だ)し、147檳榔樹(びんらうじゆ)の林(はやし)に包(つつ)まれたる鬼熊別(おにくまわけ)が館(やかた)を指(さ)して、148黒装束(くろしやうぞく)に身(み)をかため、149草鞋(わらぢ)脚絆(きやはん)を穿(うが)ちながら手槍(てやり)を提(ひつさ)げ進(すす)み行(ゆ)く。150如何(いかが)はしけむ、151如時(いつ)の間(ま)にやら横幅(よこはば)五間(ごけん)ばかりの深溝(ふかみぞ)の橋梁(けうりやう)が苦(く)もなく墜落(つゐらく)して居(ゐ)た。152一同(いちどう)は立止(たちど)まり、
153甲(かふ)『ヤアこりや大変(たいへん)だ。154鬼熊別(おにくまわけ)の奴(やつ)、155早(はや)くも俺(おれ)達(たち)の行(ゆ)くのを天眼通(てんがんつう)力(りき)にて前知(ぜんち)したと見(み)え、156橋(はし)を落(おと)して了(しま)ひよつた。157下手(しもて)の橋(はし)へまはれば、158これより一里半(いちりはん)ばかり、159さうかうしてる間(ま)に夜(よ)が明(あ)けて了(しま)ふ。160困(こま)つたことが出来(でき)たワイ』
161と呟(つぶや)いてゐる。162これは熊彦(くまひこ)がひそかに部下(ぶか)数人(すうにん)に命(めい)じ、163主人(しゆじん)の危難(きなん)を救(すく)ふべく落(おと)させておいたのであつた。
164乙(おつ)『オイ、165橋(はし)を落(おと)して用意(ようい)をして居(ゐ)るくらいなれば、166先方(むかふ)にも準備(じゆんび)をして居(を)るだらう。167何程(なにほど)鬼熊別(おにくまわけ)に部下(ぶか)がないと云(い)つても館(やかた)の中(なか)に抱(かか)へてある部下(ぶか)の者(もの)は七八十(しちはちじふ)人(にん)は確(たしか)に居(を)る。168何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も皆(みな)命(いのち)知(し)らずの強者(つわもの)ばかりだ。169到底(たうてい)吾々(われわれ)の力(ちから)では及(およ)ぶまい。170騙討(だましうち)ならば彼奴(あいつ)等(ら)の眠(ねむ)つてゐる内(うち)に、171奥(おく)の間(ま)へふみ込(こ)んで仕止(しと)められぬ事(こと)もないが、172モウ斯(か)うなつては公然(こうぜん)の戦(たたか)ひだ。173オイ今晩(こんばん)はモウ中止(ちうし)したら如何(どう)だ。174そして敵(てき)に油断(ゆだん)をさせ、175二三(にさん)日(にち)経(た)つた所(ところ)で、176ソツと夜襲(やしふ)を試(こころ)みることにしようかい』
177甲(かふ)『それだと云(い)つて、178御(ご)主人(しゆじん)様(さま)が俺(おれ)達(たち)を御(ご)信任(しんにん)遊(あそ)ばし、179是非(ぜひ)お前(まへ)達(たち)の手(て)をからねばならぬと、180涙(なみだ)を流(なが)して仰有(おつしや)つたでないか。181沢山(たくさん)な強者(つわもの)もあるに、182俺(おれ)達(たち)のやうな奥勤(おくづと)めをする者(もの)に御(ご)命令(めいれい)が下(さが)つたのは、183実(じつ)に光栄(くわうえい)といはねばらぬ。184御(ご)信任(しんにん)が厚(あつ)ければこそ、185こんな秘密(ひみつ)の御用(ごよう)に立(た)たして下(くだ)さつたのだ。186其(その)御(ご)信任(しんにん)に対(たい)してもノメノメと引返(ひきかへ)す訳(わけ)には行(ゆ)くまいぞ』
187乙(おつ)『何程(なにほど)御(ご)命令(めいれい)だと言(い)つても、188橋(はし)は落(おと)され、189敵(てき)は数倍(すうばい)の勢力(せいりよく)、190到底(たうてい)駄目(だめ)だ。191何(なん)とか口実(こうじつ)を設(まう)けて、192今晩(こんばん)はゴミを濁(にご)しておかうぢやないか』
193甲(かふ)『怪(け)しからぬことをいふな。194家来(けらい)の分際(ぶんざい)として、195旦那(だんな)様(さま)を詐(いつは)るといふことがあるか。196仮令(たとへ)命(いのち)はなくなつても、197此(この)使命(しめい)を果(はた)すのが吾々(われわれ)の勤(つと)めだ。198事(こと)の成否(せいひ)はさておき、199如何(どう)しても良心(りやうしん)が承知(しようち)をせぬ。200何(なん)とかして此(この)橋(はし)を向方(むかふ)へ渡(わた)り、201吾(わが)良心(りやうしん)に満足(まんぞく)を与(あた)へ、202精忠(せいちう)無比(むひ)の奴(やつ)と褒(ほ)められねばならないではないか』
203乙(おつ)『ハヽヽヽヽ、204良心(りやうしん)や精忠(せいちう)無比(むひ)が聞(き)いて呆(あき)れるワイ。205とは云(い)ふものの、206俺(おれ)も主人(しゆじん)の為(ため)、207身(み)を粉(こな)にしてでも此(この)目的(もくてき)を達(たつ)したいのだが、208翼(つばさ)なき身(み)を如何(いか)にせむ、209此(この)橋(はし)を渡(わた)ることが出来(でき)ねば何(なん)と云(い)つても駄目(だめ)だ。210見(み)よ、211大雲山(たいうんざん)より流(なが)れ来(きた)る此(この)激流(げきりう)、212もし過(あやま)つて水中(すゐちう)に陥(おちい)りなば、213それこそ一(いち)もとらず二(に)もとらず、214犬(いぬ)に咬(か)まれたやうなものだ』
215甲(かふ)『イヤ実(じつ)の所(ところ)、216俺(おれ)もかうはいふものの、217俺(おれ)の良心(りやうしん)も良心(りやうしん)だ。218チツとは怪(あや)しくなつて来(き)たよ。219不精忠(ふせいちう)無比(むひ)の副(ふく)守護神(しゆごじん)が、220ソロソロ頭(あたま)をもたげて来(き)さうで……ないワイ。221斯(か)うしてゐる内(うち)に夜(よ)も明方(あけがた)に近(ちか)くなる。222さうすりや、223却(かへつ)て俺(おれ)達(たち)の言訳(いひわけ)が立(た)つ、224あの橋(はし)が落(お)ちてゐた為(ため)に、225架橋(かけう)工事(こうじ)に暇取(ひまど)り、226とうとう夜(よ)があけて了(しま)つたから、227又(また)出直(でなほ)して夜襲(やしふ)に参(まゐ)りませうと、228甘(うま)い口実(こうじつ)が出来(でき)たぢやないか。229これ全(まつた)く大自在天(だいじざいてん)様(さま)が吾々(われわれ)を愛(あい)し給(たま)ふ慈悲(じひ)の大御心(おほみこころ)、230あゝ有難(ありがた)し勿体(もつたい)なし、231願(ねが)はくは自在天(じざいてん)様(さま)、232此(この)橋(はし)はいつ迄(まで)もかからずに居(を)ります様(やう)に……とは申(まを)しませぬ。233それは鬼熊別(おにくまわけ)の申(まを)す言葉(ことば)、234どうぞ一(いち)時(じ)も早(はや)く完全(くわんぜん)な橋(はし)が架(かか)り、235旦那(だんな)様(さま)の恨(うら)みの敵(てき)が亡(ほろ)びますやう、236御(ご)守護(しゆご)を偏(ひとへ)に希(こひねが)ひ上(あ)げ奉(たてまつ)ります』
237乙(おつ)『ウフヽヽヽ』
238一同(いちどう)『イヒヽヽヽ』
239(大正一一・一一・一 旧九・一三 松村真澄録)
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