霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 黒狐(くろぎつね)〔一二一八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第46巻 舎身活躍 酉の巻 篇:第2篇 狐運怪会 よみ(新仮名遣い):こうんかいかい
章:第8章 黒狐 よみ(新仮名遣い):くろぎつね 通し章番号:1218
口述日:1922(大正11)年12月15日(旧10月27日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年9月25日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
お寅は昼過ぎになっても蠑螈別が帰ってこないので業を煮やし、松姫館に乗り込んで松彦と松姫に文句を言い始めた。
そこへお菊がやってきてお寅を呼びに来た。聞けば蠑螈別が帰ってきたのだという。お寅は喜んで飛び出していくが、それは蠑螈別に化けた狐であった。
狐の蠑螈別はお寅に三万両を渡すと、自分は二十七万両持っているから、それを持ってお民と一緒にどこかで暮らすのだという。
お寅はびっくりして蠑螈別に武者ぶりつくが、蠑螈別の姿はどこかえ消えて代わりに長い毛の生えた牛の子のような大狐がのそりのそりと森林へ逃げて行った。
この狐はお寅の副守護神で小北山の狐の親玉であった。松彦、松姫、五三公の神威におそれをなして姿を現し、お寅の肉体から離れて行ったのであった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-03-11 18:06:50 文字数:5747 OBC :rm4608
愛善世界社版:107頁 八幡書店版:第8輯 397頁 修補版: 校定版:111頁 普及版:43頁 初版: ページ備考:
001 お寅(とら)は昼過(ひるすぎ)になつても蠑螈別(いもりわけ)が帰(かへ)つて来(こ)ないので、002ソロソロ神(かみ)の神力(しんりき)を疑(うたが)ひ出(だ)し、003松姫館(まつひめやかた)に駆(か)け込(こ)んだ。
004お寅(とら)『ご免(めん)なさいませ、005お邪魔(じやま)にはなりませぬかな、006下(した)の御(お)広間(ひろま)は随分(ずゐぶん)乱痴気(らんちき)騒(さわ)ぎが起(おこ)つてゐましたが、007余(あま)り御(ご)夫婦(ふうふ)仲(なか)がいいので、008お耳(みみ)に達(たつ)せなかつたと見(み)えますな。009ソリヤ無理(むり)も厶(ござ)いませぬワ』
010松姫(まつひめ)『あゝお寅(とら)さま、011よう来(き)て下(くだ)さいました、012何(なに)か急用(きふよう)でも出来(でき)ましたのですか』
013お寅『コレ、014贋(にせ)の上義姫(じやうぎひめ)様(さま)、015ようそんな事(こと)をヌツケリコと言(い)うてゐられますな。016蠑螈別(いもりわけ)さまはどうして下(くだ)さつたのです。017早(はや)うて夜明(よあけ)、018遅(おそ)くて昼(ひる)時分(じぶん)には引寄(ひきよ)せてやらうと仰有(おつしや)つたぢやありませぬか。019モウ殆(ほとん)ど八(や)つ時(どき)、020蠑螈別(いもりわけ)さまの影(かげ)もささぬぢやありませぬか』
021松姫『あゝさうでしたねえ、022お気(き)のもめた事(こと)でせう。023もし松彦(まつひこ)さま、024蠑螈別(いもりわけ)さまはどうなつたのでせうかな』
025松彦(まつひこ)『さうだなア、026お寅(とら)さまの改心(かいしん)次第(しだい)だ。027二(ふた)つ目(め)にはつねられたり、028鼻(はな)をねぢられたりしられちや、029誰(たれ)だつてコリコリするからな』
030お寅(とら)『コレ、031贋(にせ)の末代(まつだい)様(さま)、032お前(まへ)さまは私(わたし)に何(なん)と仰有(おつしや)つた。033そんなウソを言(い)つて、034神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)する人(ひと)が、035よいのですか。036他(ほか)の人(ひと)の守護神(しゆごじん)はウソにした所(ところ)で、037松姫(まつひめ)さまは上義姫(じやうぎひめ)様(さま)、038あなたは末代(まつだい)様(さま)に違(ちがひ)ないと、039今(いま)の今(いま)まで深(ふか)く信(しん)じて居(を)りましたが、040そんなこと仰有(おつしや)ると、041末代(まつだい)様(さま)も上義姫(じやうぎひめ)様(さま)も、042疑(うたが)はずには居(を)られませぬぞや』
043松姫(まつひめ)『ホヽヽヽヽ、044あのお寅(とら)さまの六(むつ)かしいお顔(かほ)わいの。045私(わたし)は松姫(まつひめ)だと云(い)つてるのに、046お前(まへ)さま等(ら)が勝手(かつて)に松(まつ)と云(い)ふ字(じ)がついとる以上(いじやう)は、047末代(まつだい)様(さま)の奥様(おくさま)の霊(みたま)に違(ちが)ひない。048さうすると上義姫(じやうぎひめ)の生宮(いきみや)だと、049お前(まへ)さま等(ら)がよつてかかつて祭(まつ)り上(あ)げたのぢやないか。050決(けつ)して私(わたし)の方(はう)から上義姫(じやうぎひめ)だと名告(なの)つたのぢやありませぬよ。051今更(いまさら)贋(にせ)だの本物(ほんもの)だと云(い)つて貰(もら)つても、052私(わたし)に関係(くわんけい)も責任(せきにん)もないぢやありませぬか』
053お寅『そんなこた、054あとで承(うけたま)はりませう。055一体(いつたい)全体(ぜんたい)、056蠑螈別(いもりわけ)さまは何(ど)うなさつたのですか。057今日(けふ)帰(かへ)るとか明日(あす)帰(かへ)るとか、058ハツキリと白状(はくじやう)しなさい』
059松姫『ホヽヽヽヽ、060私(わたし)がかくしたものか何(なん)ぞのやうに、061白状(はくじやう)しなさいとは痛(いた)み入(い)ります。062あんな酒飲(さけのみ)男(をとこ)が二日(ふつか)や三日(みつか)居(を)らなくてもいいぢやありませぬか。063何一(なにひと)つ世間(せけん)の間(ま)にも合(あ)はず、064酒(さけ)ばかり飲(の)んでゐられちや、065どんな物好(ものずき)な人(ひと)だつて、066愛想(あいさう)をつかして放(ほ)り出(だ)して了(しま)ひますよ。067さうすりや止(や)むなく此処(ここ)へ帰(かへ)つて来(こ)な仕方(しかた)がないぢやありませぬか』
068お寅『お金(かね)なしに出(で)て居(ゐ)るのなら帰(かへ)つて来(く)るかも知(し)れませぬが、069何(なん)と云(い)つても九千(きうせん)両(りやう)の金(かね)を持(も)つてゐたのですから、070其(その)金(かね)を持(も)つて、071そこら中(ぢう)をお民(たみ)の奴(やつ)とウロつきますわいな』
072松姫『何程(なにほど)ウロついたつて、073遊(あそ)んで食(く)へば山(やま)もなくなるとか言(い)ひますから、074金(かね)さへなくなれば帰(かへ)つて来(こ)られますワイ。075何程(なにほど)沢山(たくさん)に使(つか)つても、076九千(きうせん)両(りやう)あれば、077お民(たみ)さまと夫婦(ふうふ)が二十(にじふ)年(ねん)や三十(さんじふ)年(ねん)は大丈夫(だいぢやうぶ)ですからなア、078マアそれ迄(まで)お待(ま)ちやしたら何(ど)うです』
079松彦(まつひこ)『ウツフヽヽヽ』
080お寅(とら)『コレ、081末代(まつだい)さま、082何(なに)が可笑(をか)しい、083私(わたし)がこれだけ気(き)をもんでるのに、084お笑(わら)ひ遊(あそ)ばすのか。085人(ひと)の悲(かな)しみがあなたは可笑(をか)しいのですか』
086と喰(く)つてかからうとする。
087松姫(まつひめ)『事情(じじやう)を聞(き)けばお気(き)の毒(どく)ですが、088併(しか)しこれも自分(じぶん)から出(で)た錆(さび)だから仕方(しかた)がないぢやありませぬか。089チイと金(かね)のありさうな信者(しんじや)に、090リントウビテン大臣(だいじん)とか、091五六七(みろく)成就(じやうじゆ)の神(かみ)様(さま)だとか、092旭(あさひ)の豊栄昇(とよさかのぼ)り姫(ひめ)、093岩照姫(いはてるひめ)、094木曽(きそ)義姫(よしひめ)などと、095ありもせぬ名(な)をお附(つ)け遊(あそ)ばして、096随喜(ずいき)の涙(なみだ)をこぼさせて集(あつ)めたお金(かね)が、097なぜあなたの身(み)につきますか。098蠑螈別(いもりわけ)さまは、099お前(まへ)さまの罪(つみ)を取(と)つて上(あ)げようと思(おも)つて、100其(その)金(かね)を持(も)つてお逃(に)げ遊(あそ)ばしたのですよ。101つまり蠑螈別(いもりわけ)さまとお民(たみ)さまはお前(まへ)さまの罪取主(つみとりぬし)、102助(たす)け舟(ぶね)、103命(いのち)の御(ご)恩人(おんじん)だから御(お)喜(よろこ)びなさい。104正(ただ)しき信仰(しんかう)上(じやう)の目(め)から見(み)れば、105お寅(とら)さま、106あなたは随分(ずゐぶん)よい御(お)かげを頂(いただ)きましたね』
107お寅(とら)『馬鹿(ばか)らしい、108こんな御(お)かげが何処(どこ)にありますか。109私(わたし)もこれから、110蠑螈別(いもりわけ)の後(あと)を追(お)つかけて、111金(かね)を取返(とりかへ)し、112恨(うら)みを言(い)はねば承知(しようち)しませぬ』
113松姫『オホヽヽヽ、114貴女(あなた)の恨(うらみ)はよう利(き)きませうよ。115清浄(せいじやう)潔白(けつぱく)の貴女(あなた)のお言葉(ことば)なら釘(くぎ)も利(き)きませうが、116弱点(じやくてん)を知(し)り合(あ)うた仲(なか)、117犬(いぬ)も食(く)はぬ夫婦(ふうふ)喧嘩(げんくわ)になつて了(しま)ひますよ。118それにお民(たみ)さまは娘盛(むすめざか)りのキレイなお方(かた)、119お前(まへ)さまは五十(ごじふ)の尻(しり)を作(つく)つた、120言(い)ふとすまぬが古手婆(ふるてば)アさま、121誰(たれ)だつて浮気者(うはきもの)だつたらお民(たみ)さまの方(はう)へ肩(かた)をもつのは当然(たうぜん)ですわ。122お前(まへ)さまもいい年(とし)して蠑螈別(いもりわけ)様(さま)の愛(あい)を独占(どくせん)しようなぞとは余(あま)り虫(むし)がよ過(す)ぎるぢやありませぬか。123貴女(あなた)、124其(その)鼻(はな)何(ど)うなさいました。125ハヂケてゐるぢやありませぬか。126大方(おほかた)夜前(やぜん)追(お)つかけていた時(とき)に転(こ)けて打(う)ちなさつたのでせう。127神(かみ)様(さま)の教(をしへ)にも、128改心(かいしん)致(いた)さぬと鼻(はな)を打(う)たねばならぬ事(こと)が出来(でき)るぞよと示(しめ)されてあるぢやありませぬか。129貴方(あなた)は実地(じつち)教育(けういく)をうけ、130結構(けつこう)な御(お)かげを頂(いただ)きやしたねえ、131本当(ほんたう)にお羨(うらや)ましう厶(ござ)いますワ』
132お寅『ヘン、133馬鹿(ばか)にしなさるな、134よい加減(かげん)に人(ひと)を嘲斎坊(てうさいばう)にしておきなさい。135此(この)お寅(とら)だつて石地蔵(いしぢざう)や人形(にんぎやう)ぢやありませぬから、136チツとは性念(しやうねん)がありますよ。137お前(まへ)さまは松彦(まつひこ)さまといふ夫(をつと)に会(あ)ひ、138吾(わが)子(こ)が分(わか)つたのだからソラ嬉(うれ)しいでせう、139又(また)勢(いきほひ)も強(つよ)いでせう。140それだからそんな気強(きづよ)い事(こと)がいへるのだ。141私(わたし)の身(み)になつて御覧(ごらん)なさい』
142松彦(まつひこ)『モシお寅(とら)さま、143モウいい加減(かげん)に蠑螈別(いもりわけ)さまのこたア思(おも)ひ切(き)られたら何(ど)うです。144又(また)何(ど)うしても夫(をつと)がなくちやならぬのならば、145適当(てきたう)な男(をとこ)をお世話(せわ)致(いた)しますワ』
146お寅『ヘン、147余(あま)り馬鹿(ばか)にして下(くだ)さるな、148私(わたし)は男(をとこ)が欲(ほ)しいので騒(さわ)いでるのぢやありませぬ。149只(ただ)神(かみ)様(さま)の為(ため)、150世人(よびと)の為(ため)になくてはならぬ蠑螈別(いもりわけ)さまだから、151天下(てんか)の為(ため)に気(き)をいらつてゐるのですよ。152五十(ごじふ)の尻(しり)を作(つく)つて男(をとこ)なんか要(い)つてたまりますか。153そんな柔弱(じうじやく)な魂(たましひ)だと思(おも)つて貰(もら)ひますと、154ヘン、155チツト片腹痛(かたはらいた)い』
156松彦『あゝさうですか。157それで時々(ときどき)徳利(とくり)が舞(ま)うたり、158盃(さかづき)が砕(くだ)けたり、159鼻(はな)をねぢつたり、160気絶(きぜつ)したり、161いろいろな珍妙(ちんめう)な活劇(くわつげき)をおやりなさるのですな』
162お寅『エヽなになつと勝手(かつて)に言(い)つておかつしやい。163御(ご)夫婦(ふうふ)仲(なか)よう、164しつぽりとお楽(たの)しみ、165左様(さやう)なら、166永(なが)らく殺風景(さつぷうけい)な婆(ばば)アが久(ひさ)しぶりの御(ご)対面(たいめん)、167嬉(うれ)し泣(な)きの場面(ばめん)を汚(けが)しましてはすみませぬ。168エライお邪魔(じやま)を致(いた)しました。169気(き)の利(き)かぬ婆(ばば)アで厶(ござ)いますから、170どうぞお許(ゆる)し下(くだ)さいませ』
171 かく毒(どく)ついてる所(ところ)へ、172スタスタと上(あが)つて来(き)たのはお菊(きく)であつた。
173お菊(きく)『ご免(めん)なさいませ、174お寅(とら)さま、175否(いや)お母(あ)アさまは来(き)てゐられますかな』
176お寅(とら)『コレお菊(きく)、177お前(まへ)は何(なに)しに、178こんな所(ところ)へ来(く)るのだい、179サアお帰(かへ)りお帰(かへ)り、180年(とし)も行(ゆ)かぬくせに小(こ)マしやくれた、181ぢきに私(わたし)の内証話(ないしようばなし)を聞(き)きに来(く)るのぢやな』
182お菊『別(べつ)に聞(き)きに来(き)たいこたないのだけれど、183何時(いつ)も蠑螈別(いもりわけ)さまと酒(さけ)に酔(よ)うて、184大(おほ)きな声(こゑ)で悋気(りんき)喧嘩(げんくわ)をなさるものだから、185又(また)ここへ岡焼(をかやき)にでもしに厶(ござ)つたのかと案(あん)じて来(き)て見(み)たのよ。186お母(か)アさまは法界(ほふかい)悋気(りんき)が上手(じやうづ)だからねえ』
187お寅『早(はや)く帰(かへ)りなさい』
188お菊『五六七(みろく)成就(じやうじゆ)の生宮(いきみや)さまと、189旭(あさひ)の豊栄昇(とよさかのぼ)り姫(ひめ)の生宮(いきみや)さまとが大広間(おほひろま)を飛出(とびだ)し、190春(はる)さままでが後(あと)について、191悪口(あくこう)タラダラ坂(さか)を降(くだ)り、192神政松(しんせいまつ)の下(した)へ行(い)つて、193十六本(じふろくぽん)の松(まつ)を引抜(ひきぬ)き、194岩(いは)を砕(くだ)かうとして居(ゐ)るさうぢやから、195一寸(ちよつと)知(し)らしに来(き)たのよ』
196お寅『松(まつ)位(ぐらゐ)引(ひ)いたつて、197また植(う)ゑ替(か)へたらいいのだ。198何程(なにほど)お福(ふく)さまや竹(たけ)さまが力(ちから)が強(つよ)うても、199あの石(いし)はビクツともならないから、200放(ほ)つときなさい。201それよりも早(はや)くお帰(かへ)り』
202お菊『それなら帰(かへ)りますワ。203万公(まんこう)さまが首(くび)を伸(の)ばして待(ま)つてゐますからねえ』
204松姫(まつひめ)『オホヽヽヽ』
205お寅(とら)『親(おや)を弄(なぶ)るといふ事(こと)があるものかいな、206お前(まへ)はそれ程(ほど)万公(まんこう)さまに惚(ほ)れてゐるのかい』
207お菊(きく)『惚(ほ)れてますとも……ほれたほれた、208何(なに)がほれた、209馬(うま)が小便(せうべん)して地(ち)がほれた……といふ程(ほど)惚(ほ)れてますのよ。210ホツホヽヽヽ、211併(しか)しお母(か)アさま、212あなたの喜(よろこ)ぶ事(こと)が出来(でき)たのだけれど、213余(あま)り憎(にく)らしい事(こと)をいふから、214もう言(い)はないワ、215ねえ松姫(まつひめ)さま、216こんな憎(にく)い口(くち)を叩(たた)くお母(か)アさまには、217何(なん)ぼ娘(むすめ)だつて、218バカらしうて言(い)つてやれませぬわねえ』
219松姫(まつひめ)『結構(けつこう)な方(かた)がみえましたね、220定(さだ)めてお喜(よろこ)びでせう、221お母(か)アさまは……』
222お寅(とら)『ナアニ、223結構(けつこう)な事(こと)とは、224コレお菊(きく)何(なん)ぢやいなア、225早(はや)く言(い)つておくれ、226私(わたし)も都合(つがふ)があるから』
227お菊(きく)『そらさうでせう。228言(い)はうかなア、229ヤツパリ言(い)はうまいかなア、230こんな事(こと)さうヅケヅケといつて了(しま)ふと、231互(たがひ)に楽(たのし)みが薄(うす)くなるから、232これは夢(ゆめ)にしておきませうかい』
233お寅『エヽ焦心(じれつ)たい、234早(はや)く言(い)はぬのかいなア』
235お菊『イのつく人(ひと)が、236神(かみ)様(さま)のおかげで、237スタスタと帰(かへ)つて来(き)ましたよ』
238お寅『ナアニ、239蠑螈別(いもりわけ)さまがな、240さうだろさうだろ、241ヤア松彦(まつひこ)さま、242松姫(まつひめ)さま、243誠(まこと)にすみませなんだ。244貴方(あなた)の御(ご)神力(しんりき)は偉(えら)いものですな。245御教(みをしへ)とは一時半(ひとときはん)程(ほど)遅(おく)れましたけれど、246帰(かへ)つてさへくれたら、247これで神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の太柱(ふとばしら)がつかめます。248神(かみ)様(さま)もさぞお喜(よろこ)びで厶(ござ)いませう』
249お菊『神(かみ)様(さま)はお喜(よろこ)びなさるか、250なさらぬか知(し)りませぬが、251お母(か)アさまは嘸(さぞ)お喜(よろこ)びでせうね。252私(わたし)だつて余(あま)りイヤな事(こと)は、253ない事(こと)はありませぬわねえ、254ホツホヽヽヽ』
255夢寐(むび)にも忘(わす)れぬ恋男(こひをとこ)
256待(ま)ちあぐみたる其(その)時(とき)に
257蠑螈別(いもりわけ)が帰(かへ)つたと
258聞(き)いてお寅(とら)は飛(と)び上(あが)り
259閻魔(えんま)のやうなきつい顔(かほ)
260忽(たちま)ち変(かは)る地蔵(ぢざう)さま
261松彦(まつひこ)夫婦(ふうふ)に打向(うちむか)ひ
262失礼(しつれい)な事(こと)をベラベラと
263お喋(しやべ)り申(まを)してすみませぬ
264コレコレお菊(きく)、お前(まへ)さま
265ここで暫(しばら)く御(おん)世話(せわ)に
266なつてゐなされ又(また)しても
267内証話(ないしようばなし)をきかれては
268みつともないと言(い)ひながら
269狐(きつね)のお化(ばけ)と知(し)らずして
270誠(まこと)の恋(こひ)しき男(をとこ)だと
271細(ほそ)き階段(かいだん)トントンと
272二(ふた)つ三(みつ)つもふみまたげ
273眼(まなこ)くらんでガラガラと
274ころがる拍子(ひやうし)に頭(あたま)打(う)ち
275アイタヽタツタと言(い)ひながら
276男(をとこ)に心(こころ)を取(と)られてや
277頭(あたま)や腰(こし)の痛(いた)みをも
278さのみ心(こころ)にかけずして
279転(ころ)げるやうに下(くだ)りゆく
280何(なに)は兎(と)もあれ教祖殿(けうそでん)
281帰(かへ)つて蠑螈別(いもりわけ)さまに
282不足(ふそく)のありだけ言(い)ひ並(なら)べ
283お金(かね)をこちらへボツたくり
284動(うご)きの取(と)れぬやうにして
285男(をとこ)の愛(あい)を独占(どくせん)し
286此(この)喜(よろこ)びはここよりは
287外(ほか)にやらじと酒(さけ)でつり
288チツとも外(そと)へは出(だ)さぬよに
289守(まも)らにやならぬと囁(ささや)きつ
290帰(かへ)つて見(み)れば蠑螈別(いもりわけ)
291火鉢(ひばち)の前(まへ)に丹前(たんぜん)を
292かぶつたままに泰然(たいぜん)と
293すわつてゐるぞ嬉(うれ)しけれ。
294お寅(とら)『マアマアマア、295よう家(うち)を覚(おぼ)えて帰(かへ)つて来(き)なさつたな。296私(わたし)は又(また)、297どこのどなたか知(し)らぬと思(おも)ひましたよ。298あのマアすましたお顔(かほ)わいの』
299蠑螈(いもり)『帰(かへ)つてくる積(つもり)ではなかつたのだが、300どうしても思(おも)ひ切(き)れないものが一(ひと)つあつたので引返(ひつかへ)して来(き)たのだ。301マア酒(さけ)でも出(だ)してくれ』
302お寅『思(おも)ひ切(き)れないものとは、303此(この)燗徳利(かんどくり)と猪口(ちよく)でせう。304サアサアこんな所(ところ)で飲(の)んで貰(もら)ふと、305又(また)御(ご)機嫌(きげん)をそこねるとすみませぬから、306早(はや)く狐(きつね)の森(もり)へでもいつて、307お民(たみ)とシツポリやつて来(き)なさい』
308蠑螈別『さう悪気(わるぎ)をまはして貰(もら)つちや困(こま)るぢやないか。309お民(たみ)の奴(やつ)、310一本橋(いつぽんばし)を渡(わた)る時(とき)、311あわてて川(かは)へおち込(こ)み、312それきりになつて了(しま)つたのだ』
313お寅『何(なに)、314お民(たみ)……が……川(かは)へはまつて死(し)にましたとな。315エヽ気味(きみ)のよい………イヤイヤ気(き)の毒(どく)な事(こと)だなア。316さぞお前(まへ)さまも悲(かな)しかつただらうな。317なぜ飛込(とびこ)んで一緒(いつしよ)に心中(しんぢう)なさらぬのだい、318随分(ずゐぶん)水臭(みづくさ)いぢやありませぬか』
319とツンとして他人(たにん)行儀(ぎやうぎ)になつてゐる。
320蠑螈(いもり)『何(なん)ともはや、321魔我彦(まがひこ)は惜(をし)い事(こと)をしたものだ。322魔我彦(まがひこ)が聞(き)いたらさぞ悔(くや)むだろ、323不憫(ふびん)な者(もの)だ』
324お寅(とら)『悔(くや)む人(ひと)が違(ちが)ひませう、325ヘン、326仰有(おつしや)いますワイ。327そんな事(こと)に化(ば)かされる、328海千(うみせん)山千(やません)ぢやありませぬぞえ。329モツトモツトすぐれた劫(ごふ)を経(へ)た狸婆(たぬきばば)アを騙(だま)さうと思(おも)つても、330ダメですよ。331時(とき)に蠑螈別(いもりわけ)さま、332お金(かね)はどうなさつたの』
333蠑螈別『お金(かね)か、334ありやお前(まへ)、335余(あま)りあわてたものだから、336一本橋(いつぽんばし)の上(うへ)からパラパラと落(おと)して了(しま)つたのだ。337拾(ひろ)つてみようと思(おも)つたけれど、338何分(なにぶん)夜叉(やしや)のやうな勢(いきほひ)で、339どこの婆(ば)アさまか知(し)らぬが、340追(お)つかけて来(く)るものだから、341つい恐(おそ)ろしくなつて野中(のなか)の森(もり)までに逃(に)げていつたのだよ』
342お寅『そんなウソを云(い)つたつて駄目(だめ)ですよ。343お前(まへ)さまの懐(ふところ)にチヤンとあるぢやないか』
344蠑螈別『ソリアある、345併(しか)しこれは拾(ひろ)うた金(かね)だ、346お前(まへ)の金(かね)は一旦(いつたん)落(おと)したのだ、347落(おと)したものを拾(ひろ)はうと云(い)つたつてダメだらう。348それを改(あらた)めて蠑螈別(いもりわけ)が拾(ひろ)うて来(き)たのだから、349所有権(しよいうけん)は俺(おれ)にうつつてるのだ。350最早(もはや)指一本(ゆびいつぽん)さへる事(こと)はさせないから、351此(この)金(かね)に未練(みれん)はかけてくれるなよ。352其(その)時(とき)の用意(ようい)の金(かね)だからなア』
353お寅『盗人(ぬすびと)たけだけしいとはお前(まへ)さまの事(こと)だ。354どうあつても斯(か)うあつても、355此方(こちら)へひつたくらねばおきませぬ』
356蠑螈別『アハヽヽヽ、357お前(まへ)の力(ちから)で取(と)れるものなら取(と)つてみろよ。358此(この)蠑螈別(いもりわけ)は今(いま)までとはチツト様子(やうす)が違(ちが)ふのだから、359ウツカリ指一本(ゆびいつぽん)でもさへようものなら、360大変(たいへん)な目(め)に会(あ)ふぞ』
361お寅『ナアニ、362グヅグヅ言(い)ふと又(また)鼻(はな)をねぢようか。363そんな事(こと)を言(い)はずに素直(すなほ)に出(だ)しなさいよ。364又(また)要(い)る時(とき)にや私(わたし)にこたへてさへ下(くだ)さつたら、365惜気(をしげ)もなく出(だ)して上(あ)げますから、366今日(けふ)はお酒(さけ)を上(あが)つて宵(よひ)からグツスリとお休(やす)みなさい。367お前(まへ)さまが飛(と)んで出(で)たものだから、368此(この)神館(かむやかた)は大騒動(おほさうどう)が起(おこ)つてゐるのよ。369信者(しんじや)の信仰(しんかう)がグラつき始(はじ)めて、370此(この)城(しろ)が持(も)てるか持(も)てぬか分(わか)らないといふ九死(きうし)一生(いつしやう)の場合(ばあひ)だから、371せめて此(この)お金(かね)なつと持(も)つてゐなくちや心細(こころぼそ)くて仕方(しかた)がない。372千(せん)両(りやう)だけお前(まへ)に持(も)たしておくから、373八千(はつせん)両(りやう)こちやへお返(かへ)しなさい』
374蠑螈別『それならモウ邪魔臭(じやまくさ)いから、375十分(じふぶん)の一(いち)だけお前(まへ)にやらう。376サア検(あらた)めて受取(うけと)つてくれ』
377とポンと前(まへ)へつき出(だ)したのは、378三万(さんまん)両(りやう)の大判(おほばん)であつた。379お寅婆(とらばば)アはビツクリして、
380お寅『コレ蠑螈別(いもりわけ)さま、381コリヤ、382サヽ三万(さんまん)両(りやう)ぢやないかい』
383蠑螈(いもり)『ウン三万(さんまん)両(りやう)だ、384まだ二十七万(にじふしちまん)両(りやう)懐(ふところ)にあるのだ。385これだけあれば、386一代(いちだい)遊(あそ)んで暮(くら)しても大丈夫(だいぢやうぶ)だ』
387お寅『其(その)お金(かね)、388こちらへ預(あづか)つて上(あ)げませう』
389蠑螈別『お前(まへ)の金(かね)は九千(きうせん)両(りやう)、390二万(にまん)一千(いつせん)両(りやう)も利(り)をつけてやつたぢやないか。391お前(まへ)もそれだけあれば得心(とくしん)だろ、392二十七万(にじふしちまん)両(りやう)は俺(おれ)の使用(しよう)権利(けんり)があるのだから決(けつ)して渡(わた)さない。393もしも之(これ)を無理(むり)にも取(と)らうものなら、394それこそ泥棒(どろばう)だ』
395お寅『決(けつ)して取(と)らうといふのぢやない、396預(あづか)つておかうといふのだ。397お前(まへ)さまに此(この)金(かね)持(も)たしておいては険難(けんのん)だから、398預(あづか)らうといふのだよ』
399蠑螈別『此(この)金(かね)を以(もつ)て、400実(じつ)の所(ところ)はお民(たみ)を或(ある)所(ところ)へ預(あづ)けて来(き)たのだ。401お民(たみ)にも二十万(にじふまん)両(りやう)の金(かね)がもたしてあるのだ。402サア之(これ)から御免(ごめん)蒙(かうむ)らう、403お寅(とら)婆(ば)アさま、404随分(ずゐぶん)まめで暮(くら)して下(くだ)さい、405左様(さやう)なら』
406と立(た)ち上(あが)らうとする。407お寅(とら)はビツクリして立上(たちあが)り、408大手(おほで)をひろげ、
409お寅『エヽそれ聞(き)くからは、410何(なん)と云(い)つても行(ゆ)かしはせぬ。411命(いのち)にかけてもお前(まへ)をお民(たみ)に渡(わた)してなるものか』
412と武者(むしや)ぶりつく途端(とたん)に、413蠑螈別(いもりわけ)の体(からだ)は長(なが)い毛(け)だらけであつた。414ハツと驚(おどろ)き手(て)をはなす途端(とたん)に、415蠑螈別(いもりわけ)の姿(すがた)はどこへやら、416黒(くろ)い牛(うし)の子(こ)のやうな大狐(おほぎつね)がのそりのそりと後(あと)ふり返(かへ)りながら向(むか)ふの森林(しんりん)さして逃(に)げて行(ゆ)く。417これはお寅婆(とらばば)アの副(ふく)守護神(しゆごじん)で、418小北山(こぎたやま)の発頭人(ほつとうにん)ともいふべき親玉(おやだま)であつた。419松彦(まつひこ)、420松姫(まつひめ)、421五三公(いそこう)の神威(しんゐ)に恐(おそ)れて姿(すがた)を現(あら)はし、422お寅(とら)の肉体(にくたい)からスツカリと放(はな)れて了(しま)つたのであつた。
423(大正一一・一二・一五 旧一〇・二七 松村真澄録)
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