霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一九章 怪(あや)しの森(もり)〔一二二九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第46巻 舎身活躍 酉の巻 篇:第4篇 謎の黄板 よみ(新仮名遣い):なぞのおうばん
章:第19章 怪しの森 よみ(新仮名遣い):あやしのもり 通し章番号:1229
口述日:1922(大正11)年12月16日(旧10月28日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年9月25日
概要: 舞台:怪志の森 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
小北山には松姫、魔我彦、お菊、お千代、文助らをはじめとして役員信者が三五の誠の教えを守り、天国の福音を説き諭されて歓喜法悦の涙にくれていた。一方お寅を加えた松彦一行七人は、河鹿川の橋を渡って浮木の森を指して進んで行った。
話は少し戻る。浮木の森の手前に小さな森があり、怪しの森と言われていて絶えず不思議があり恐れられている。そこで追っ手から逃げる時にはこの森に逃げ込むと、もう追及されないのが例となっていた。
この森の入り口は河鹿峠の本道と間道が分かれるところであり、そこに四五人のバラモン教の荒男が目付として張り込んでいた。夜の闇の中、一同はこの近くのウラナイ教は最近勢いが盛んで、自分たちがひどい目にあわされた三五教でさえも近寄れないと噂をしている。
そこへ一人の女が走ってくるのが見えた。それは蠑螈別と駆け落ちして逃げてくるお民であった。男たちはバラモン軍の目付だとお民の前に立ちはだかるが、お民は男たちを馬鹿にして取り合わない。
無理矢理通ろうとするお民に、バラモン軍の男たちは飛び掛かるが、お民は柔術の手で投げつけて格闘を始める。そこへ一人の男が走ってきた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-03-18 20:03:10 文字数:3806 OBC :rm4619
愛善世界社版:239頁 八幡書店版:第8輯 444頁 修補版: 校定版:251頁 普及版:98頁 初版: ページ備考:
001小北(こぎた)の山(やま)を包(つつ)みたる
002醜(しこ)の八重雲(やへくも)隈(くま)もなく
003吹(ふ)き払(はら)ひたる時津風(ときつかぜ)
004斎苑(いそ)の神風(かみかぜ)しとやかに
005世人(よびと)の心(こころ)に積(つも)りたる
006塵(ちり)や芥(あくた)を払(はら)ひつつ
007平和(へいわ)の花園(はなぞの)忽(たちま)ちに
008神(かみ)の館(やかた)に開(ひら)けけり
009あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
010八十(やそ)の曲津(まがつ)の醜魂(しこたま)に
011とらはれ苦(くる)しむ枉人(まがびと)も
012漸(やうや)く眠(ねむ)りの夢(ゆめ)覚(さ)めて
013お寅(とら)婆(ば)さまを始(はじ)めとし
014魔我彦(まがひこ)、文助(ぶんすけ)其(その)他(ほか)の
015神(かみ)の司(つかさ)や信徒(まめひと)は
016誠(まこと)の神(かみ)の恩恵(おんけい)を
017心(こころ)の底(そこ)より摂受(せつじゆ)して
018勇(いさ)みの声(こゑ)は天(てん)に充(み)ち
019地上(ちじやう)も揺(ゆる)ぐばかりなり
020三五教(あななひけう)に仕(つか)へたる
021松彦司(まつひこつかさ)を始(はじ)めとし
022五三公(いそこう)、万公(まんこう)其(その)他(ほか)の
023清(きよ)き司(つかさ)は身(み)を清(きよ)め
024心(こころ)を浄(きよ)め天地(あめつち)の
025誠(まこと)の神(かみ)と祀(まつ)り替(か)へ
026以前(いぜん)の神(かみ)を一所(ひととこ)へ
027斎(いは)ひをさめて一同(いちどう)に
028嬉(うれ)しき別(わか)れを告(つ)げながら
029館(やかた)を後(あと)に宣伝歌(せんでんか)
030歌(うた)ひ歌(うた)ひて進(すす)み行(ゆ)く
031お寅(とら)婆(ば)さまは松彦(まつひこ)の
032後(あと)に従(したが)ひ吾(われ)は今(いま)
033誠(まこと)の神(かみ)に救(すく)はれぬ
034悪魔(あくま)の虜(とりこ)となり果(は)てし
035蠑螈別(いもりわけ)やお民(たみ)をば
036誠(まこと)の道(みち)に誘(いざな)ひて
037眼(まなこ)を覚(さ)まし救(すく)はねば
038天地(てんち)の神(かみ)に相対(あひたい)し
039何(なん)の弁解(べんかい)あるべきか
040何処(いづく)までもと追(お)ひ行(ゆ)きて
041是非(ぜひ)とも真理(しんり)を伝(つた)へむと
042松彦(まつひこ)一行(いつかう)に従(したが)ひて
043老躯(らうく)をひつさげスタスタと
044進(すす)み行(ゆ)くこそ健気(けなげ)なれ。
045 小北山(こぎたやま)には松姫(まつひめ)、046魔我彦(まがひこ)、047お菊(きく)、048お千代(ちよ)が重(おも)なる神柱(かむばしら)となり、049文助(ぶんすけ)は依然(いぜん)として受付(うけつけ)を忠実(ちうじつ)につとめ、050其(その)他(ほか)百(もも)の役員(やくゐん)信者(しんじや)は喜(よろこ)んで三五(あななひ)の誠(まこと)の教(をしへ)を遵奉(じゆんぽう)し、051天国(てんごく)の福音(ふくいん)を詳(つぶ)さに説(と)き諭(さと)され歓喜(くわんき)法悦(はふえつ)の涙(なみだ)にくれて居(ゐ)た。
052 一方(いつぱう)松彦(まつひこ)一行(いつかう)七(しち)人(にん)は小北山(こぎたやま)の神殿(しんでん)を伏拝(ふしをが)み、053河鹿川(かじかがは)の橋(はし)を渡(わた)つて浮木(うきき)の森(もり)をさして進(すす)み行(ゆ)く事(こと)となつた。
054 話(はなし)は後(あと)へ戻(もど)る。055浮木(うきき)の森(もり)の三(さん)里(り)ばかり手前(てまへ)に一寸(ちよつと)した小(ちひ)さき森(もり)がある。056ここは河鹿(かじか)峠(たうげ)の本街道(ほんかいだう)と間道(かんだう)との別(わか)れ道(みち)である。057治国別(はるくにわけ)、058松彦(まつひこ)が通過(つうくわ)したのは、059山口(やまぐち)の森(もり)から近道(ちかみち)を選(えら)んで間道(かんだう)を来(き)たものであつた。060此(この)森(もり)は怪(あや)しの森(もり)と云(い)つて絶(た)えず不思議(ふしぎ)があると伝(つた)へられてゐた。061此(この)森(もり)へ入(はい)つたものは到底(たうてい)無事(ぶじ)で帰(かへ)れないと云(い)ふ噂(うはさ)が立(た)つてゐる。062それだから追手(おつて)に出会(であ)つた時(とき)等(など)は、063必(かなら)ず此(この)森(もり)へ隠(かく)れさへすれば追手(おつて)も大抵(たいてい)の時(とき)は追及(つゐきふ)せないのが例(れい)となつてゐる。064故(ゆゑ)に一名(いちめい)難除(なんよ)けの森(もり)とも称(とな)へられてゐた。065此(この)森(もり)の入口(いりぐち)、066河鹿(かじか)峠(たうげ)の本道(ほんだう)、067間道(かんだう)と分(わか)れてゐる辻(つじ)の角(かど)に四五(しご)人(にん)の荒男(あらをとこ)がバラモン教(けう)の目附(めつけ)と見(み)えて車座(くるまざ)となつて退屈(たいくつ)ざましに雑談(ざつだん)に耽(ふけ)つてゐた。
068コー『おい、069ワク、070此(この)寒(さむ)いのに火(ひ)も焚(た)かず、071昼(ひる)となく夜(よ)となく、072こんな道(みち)へ辻地蔵(つじぢざう)の代用(だいよう)を仰(おほ)せ付(つ)けられて居(を)つてもつまらぬものだな』
073ワク『一体(いつたい)此(この)戦(いくさ)は如何(どう)なるだらうかな』
074コー『どうなるつて、075勝敗(しようはい)の数(すう)は正(まさ)に歴然(れきぜん)たるものだ。076衆寡(しうくわ)敵(てき)せず、077窮鼠(きうそ)猫(ねこ)を噛(か)むと云(い)ふ事(こと)があるだらう。078衆(しう)は所謂(いはゆる)寡(くわ)に敵(てき)する事(こと)が出来(でき)ないのだ。079愈(いよいよ)となれば鼠(ねずみ)が猫(ねこ)を噛(か)むやうなものだ。080愈(いよいよ)真剣(しんけん)となつた時(とき)にや、081どうしても小人数(こにんず)の方(はう)が心(こころ)が一致(いつち)して大勝利(だいしようり)を得(う)るものだよ』
082ワク『それだつて衆寡(しうくわ)敵(てき)せずとは多勢(たぜい)と一人(ひとり)とは敵(かな)はぬと云(い)ふ事(こと)だ。083多勢(たぜい)と小人数(こにんず)とは数(かず)に於(おい)て益(えき)に於(おい)て、084凡(すべ)ての点(てん)に於(おい)て敵(かな)はないものだ。085強(つよ)いものが勝(か)ち、086弱(よわ)いものは負(ま)けるのは天地(てんち)の道理(だうり)だ。087それだから衆寡(しうくわ)敵(てき)せずと云(い)ふのだ。088貴様(きさま)の解釈(かいしやく)は矛盾(むじゆん)してるぢやないか』
089コー『衆寡(しうくわ)敵(てき)せずと云(い)ふのは衆(しう)が寡(くわ)に敵(てき)せずと云(い)ふのだ。090寡(くわ)が衆(しう)に敵(てき)せぬ時(とき)は寡衆(くわしう)に敵(てき)せずと云(い)ふのだ。091然(しか)しあまり寡衆(くわしう)に敵(てき)せずと云(い)ふ事(こと)は聞(き)いた事(こと)がない。092其(その)証拠(しようこ)には河鹿山(かじかやま)の戦(たたか)ひを考(かんが)へても分(わか)るぢやないか。093敵(てき)は僅(わづか)に四(よ)人(にん)、094而(しか)も武器(ぶき)を持(も)つて居(ゐ)ない敵(てき)に対(たい)し、095数百(すうひやく)の勇士(ゆうし)が脆(もろ)くも潰走(くわいそう)したぢやないか。096之(これ)が衆寡(しうくわ)敵(てき)せずの実例(じつれい)だ』
097エム『時(とき)に兄弟(きやうだい)、098小北山(こぎたやま)にはウラナイ教(けう)とか云(い)つて大変(たいへん)な信者(しんじや)が集(あつ)まつてゐると云(い)ふ事(こと)だが、099こんな衛兵(ゑいへい)の役(やく)さへなければ、100一遍(いつぺん)何(ど)んな事(こと)をやつてゐるか研究(けんきう)のため行(い)つて見(み)たいものだな』
101コー『随分(ずゐぶん)沢山(たくさん)の女(をんな)がゐるさうだ。102浮木(うきき)の里(さと)の女(をんな)と云(い)ふ女(をんな)は大方(おほかた)あの小北山(こぎたやま)とかへ避難(ひなん)してるさうだ。103然(しか)し、104あこへ行(い)つたものを奪(うば)つて来(く)ると云(い)ふ事(こと)は到底(たうてい)出来(でき)ないさうだ。105何(なん)でも神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)の術(じゆつ)を使(つか)ひ、106素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)でさへも如何(どう)する事(こと)も出来(でき)ないと云(い)ふ勢(いきほひ)だからな』
107エム『さうすると、108余程(よほど)強(つよ)い奴(やつ)が居(ゐ)ると見(み)えるな。109吾々(われわれ)の大将(たいしやう)は素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の弟子(でし)の奴(やつ)等(ら)三四(さんよ)人(にん)に脆(もろ)くも敗走(はいそう)したのだ。110三五教(あななひけう)は偉(えら)いと思(おも)つてゐたが、111小北山(こぎたやま)はさうするとそれ以上(いじやう)だな。112何(なん)と上(うへ)には上(うへ)があるものだな』
113コー『きまつた事(こと)よ。114無茶(むちや)ほど強(つよ)いものはないからな』
115エム『だつて片彦(かたひこ)将軍(しやうぐん)だつて、116ランチ将軍(しやうぐん)だつて、117無茶(むちや)で行(い)つたぢやないか。118無茶(むちや)が勝(か)つのなら、119あんなみつともない敗北(はいぼく)はとりさうな筈(はづ)がないぢやないか』
120ワク『そこが人間(にんげん)の智慧(ちゑ)で分(わか)らぬ所(ところ)だ。121勝敗(しようはい)は時(とき)の運(うん)と云(い)ふからな。122時(とき)に俺(おれ)達(たち)も斯(か)う毎日(まいにち)単純(たんじゆん)な無意味(むいみ)な生活(せいくわつ)を続(つづ)けて居(を)つてもつまらぬぢやないか。123女房(にようばう)はあつてもハルナの都(みやこ)に置(お)いてあるなり、124本当(ほんたう)に陣中(ぢんちう)の無聊(むれう)には閉口(へいこう)せざるを得(え)ないな』
125コー『誰(たれ)か此処(ここ)へナイスでもやつて来(き)たら、126面白(おもしろ)いがな』
127エム『さう誂向(あつらへむき)にいつたら宜(い)いが、128こんな物騒(ぶつそう)な所(ところ)へナイスが通(とほ)る筈(はず)があるか』
129ワク『それでも小北山(こぎたやま)には沢山(たくさん)の女(をんな)が寄(よ)つて居(ゐ)るさうだから、130ここを通(とほ)らなくちや通(とほ)る所(ところ)がないぢやないか』
131エム『此(この)頃(ごろ)は吾々(われわれ)が浮木(うきき)の森(もり)に張(は)つてゐるから、132どれもこれも恐(おそ)れて、133橋(はし)から此方(こちら)へは来(こ)ないと云(い)ふのだから、134サツパリ駄目(だめ)だよ。135夜(よる)も大分(だいぶん)に更(ふ)けたし、136寒(さむ)うはあるし、137火(ひ)を焚(た)けば軍律(ぐんりつ)上(じやう)敵(てき)に所在(ありか)を知(し)られるとか云(い)つて八釜(やかま)しいなり、138本当(ほんたう)に因果(いんぐわ)な商売(しやうばい)だな』
139 斯(か)く話(はな)して居(ゐ)る処(ところ)へ、140髪(かみ)振(ふ)り乱(みだ)し息(いき)せき切(き)つて走(はし)つて来(く)る一人(ひとり)の女(をんな)があつた。
141コー『おい、142向(むか)ふを見(み)よ。143誂向(あつらへむき)にやつて来(き)たよ。144如何(どう)やら月(つき)に透(す)かして見(み)れば、145あの足許(あしもと)と云(い)ひ女(をんな)らしい。146一(ひと)つ俄(にはか)に泥棒(どろばう)と化(ば)けて嚇(おど)かしてみようぢやないか』
147両人(りやうにん)『そりや面白(おもしろ)からう』
148 かかる処(ところ)へスタスタやつて来(き)たのは小北山(こぎたやま)を逃(に)げ出(だ)したお民(たみ)であつた。[※第46巻第10章参照]149お民(たみ)は野中(のなか)の森(もり)をさして行(ゆ)くつもりだつたが、150何(なん)とはなしに人声(ひとごゑ)が森(もり)の中(なか)へ聞(きこ)えて居(ゐ)るので、151引返(ひきかへ)して道(みち)を此方(こちら)へとり、152本街道(ほんかいだう)に出(で)るつもりでやつて来(き)たのであつた。
153コー『そこなお女中(ぢよちう)、154一寸(ちよつと)待(ま)たつせい。155ここを何処(どこ)だと考(かんが)へてゐる。156女(をんな)の身(み)として妄(みだ)りに通行(つうかう)は許(ゆる)さない処(ところ)だ』
157お民(たみ)『ホヽヽヽヽ、158天下(てんか)の往来(わうらい)が何故(なぜ)通(とほ)れないのですか。159此(この)道(みち)はお前(まへ)さまが造(つく)つたのぢやありますまい。160通(とほ)るなと仰有(おつしや)つても私(わたし)の権利(けんり)で通(とほ)ります。161構(かま)うて下(くだ)さいますな』
162コー『何(なん)と云(い)つても通(とほ)さないと云(い)つたら金輪際(こんりんざい)通(とほ)さないのだ。163俺(おれ)を誰様(どなた)と心得(こころえ)てる』
164お民(たみ)『あた阿呆(あはう)らしい。165誰様(どなた)も此方(こなた)もあつたものか。166お前(まへ)さまは立派(りつぱ)な男(をとこ)に生(うま)れながら、167こんな道(みち)の辻(つじ)の番(ばん)をさされてゐるのぢやないか。168技能(ぎのう)と知識(ちしき)とあればランチ将軍(しやうぐん)の陣営(ぢんえい)にあつて帷幕(ゐばく)に参(さん)じ重要(ぢゆうえう)な相談(さうだん)に与(あづか)るのだが、169何処(どこ)も使(つか)ひ場(ば)のない屑人足(くづにんそく)だから、170石地蔵(いしぢざう)の様(やう)に、171こんな辻番(つじばん)をさされてゐるのだ。172そんな男(をとこ)が空威張(からゐばり)をしたつて誰(たれ)が恐(おそ)れるものがありませうぞ。173すつこんでゐなさい』
174ワク『何(なん)と渋太(しぶと)い尼(あま)つちよだな』
175お民(たみ)『渋太(しぶと)い尼(あま)つちよだよ。176何程(なにほど)女(をんな)が弱(よわ)いと云(い)つても、177お前(まへ)さま等(たち)のやうな番犬(ばんけん)の代理(だいり)をつとめて居(ゐ)るやうなお方(かた)に弱(よわ)るやうな女(をんな)は、178広(ひろ)い世界(せかい)に一人(ひとり)だつてありやせないワ』
179ワク『番犬(ばんけん)とは何(なん)だ。180あまり口(くち)が過(す)ぎるぢやないか』
181お民(たみ)『過(す)ぎたつて事実(じじつ)なれば仕方(しかた)がないぢやないか。182お前(まへ)、183そんな事(こと)云(い)つて居(を)れば、184今(いま)に吠面(ほえづら)かわかなくちやなりませぬぞや。185小北山(こぎたやま)に時(とき)めき給(たま)ふウラナイ教(けう)の教祖(けうそ)蠑螈別(いもりわけ)が今(いま)直(す)ぐお越(こ)しだから、186神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)の術(わざ)を以(もつ)て、187お前(まへ)さま等(たち)の五十(ごじふ)人(にん)や百(ひやく)人(にん)は一息(ひといき)に吹(ふ)いて飛(と)ばされる様(やう)な目(め)に遇(あ)ひますよ。188そんな馬鹿(ばか)な事(こと)を云(い)はずに其処(そこ)退(の)きなさい。189こんな夜(よる)の道(みち)に髯武者(ひげむしや)の狼面(おほかみづら)した男(をとこ)が居(を)つては通(とほ)る事(こと)が出来(でき)ぬぢやないか。190往来(わうらい)妨害(ばうがい)の罪(つみ)でバラモン署(しよ)へ訴(うつた)へて上(あ)げませうか』
191エム『おい、192ワク、193コー、194何(なん)と押尻(おしけつ)の強(つよ)い代物(しろもの)だな。195此奴(こいつ)ア只(ただ)の狸(たぬき)ぢやあるまいぞ。196一(ひと)つ非常(ひじやう)手段(しゆだん)をとつて何々(なになに)しようぢやないか』
197お民(たみ)『ホヽヽヽ、198お察(さつ)しの通(とほ)り只(ただ)の狸(たぬき)ぢやありませぬぞえ。199小北山(こぎたやま)の大神(おほかみ)の眷属(けんぞく)ですよ』
200コー『何(なに)、201狼(おほかみ)の眷属(けんぞく)、202此奴(こいつ)ア又(また)太(ふと)う出(で)よつたものだ』
203お民(たみ)『何(なに)も太(ふと)くも細(ほそ)くも、204ありやせないよ。205お寅(とら)さまと喧嘩(けんくわ)して此処(ここ)まで来(き)たのだ』
206コー『何(なに)、207大虎(おほとら)と喧嘩(けんくわ)する。208此奴(こいつ)ア、209素敵(すてき)な代物(しろもの)だな』
210エム『此奴(こいつ)ア、211さうすると狼(おほかみ)が化(ば)けてゐやがるのだな。212道理(だうり)でお内儀(かみ)さまの風(ふう)になつてゐやがる』
213ワク『何(なに)、214狼(おほかみ)ぢやない。215大神(おほかみ)さまの眷属(けんぞく)と云(い)つて居(ゐ)やがるのだ。216さうしてお寅婆(とらばあ)さまと云(い)ふ、217酢(す)でも菎弱(こんにやく)でも行(ゆ)かぬ悪垂婆(あくたればば)が居(ゐ)るさうだから、218そのお寅婆(とらばば)に苛(いぢ)められて逃(に)げて来(き)よつたに相違(さうゐ)ない。219何程(なにほど)強(つよ)い女(をんな)だと云(い)つても多寡(たくわ)が女(をんな)一人(ひとり)、220此方(こちら)は三(さん)人(にん)だ。221まだ其(その)他(ほか)にお添物(そへもの)として弱(よわ)い奴(やつ)が二匹(にひき)慄(ふる)うて居(ゐ)る。222此奴(こいつ)、223やつつけようぢやないか。224これ女(をんな)、225貴様(きさま)は、226婆(ばば)に悋気(りんき)されて放(ほ)り出(だ)されて来(き)たのだらう。227どうも慌(あわ)てた様子(やうす)だ。228さア此処(ここ)を通過(つうくわ)するなら通過(つうくわ)さしてやらぬ事(こと)もないが、229身(み)のまはり一切(いつさい)を俺(おれ)様(さま)に渡(わた)して行(ゆ)け』
230お民(たみ)『オホヽヽヽヽ、231甲斐性(かひしやう)のない男(をとこ)だこと、232大(おほ)きな体(からだ)を持(も)ちながら、233人(ひと)の物(もの)を盗(と)つて生活(せいくわつ)せなくては此(この)世(よ)が渡(わた)れぬとは、234憐(あは)れなものだな。235衛兵(ゑいへい)になつたり泥棒(どろばう)になつたり、236ようへぐれる代物(しろもの)だな』
237コー『馬鹿(ばか)な事(こと)を云(い)ふない。238軍人(ぐんじん)と云(い)ふものは強盗(がうたう)強姦(がうかん)を天下(てんか)御免(ごめん)でやるのが所得(しよとく)だ。239所謂(いはゆる)役徳(やくとく)だ。240或(ある)時(とき)は正義(せいぎ)の軍人(ぐんじん)となり、241或(ある)時(とき)は財宝(ざいほう)掠奪(りやくだつ)の公盗(こうたう)となり、242或(ある)時(とき)は猥褻(わいせつ)公許者(こうきよしや)となるのだ。243さうだから男(をとこ)と生(うま)れた甲斐(かひ)にや、244如何(どう)してもバラモン教(けう)の軍人(ぐんじん)にならなくちや幅(はば)が利(き)かないのだ』
245お民(たみ)『えー、246八釜(やかま)しい、247耄碌(もうろく)、248其処(そこ)除(の)け』
249と無理(むり)に通(とほ)り過(す)ぎようとする。250三(さん)人(にん)はお民(たみ)に喰(くら)ひつき一歩(いつぽ)も進(すす)ませじとあせる。251お民(たみ)は全身(ぜんしん)の力(ちから)を籠(こ)めて荒男(あらをとこ)をヤスヤスと柔術(じうじゆつ)の手(て)で投(な)げつける。252かかる所(ところ)へ「おーいおーい」と苦(くる)しげな声(こゑ)を出(だ)して此方(こなた)へ向(むか)つて馳(は)せ来(く)る一人(ひとり)の男(をとこ)があつた。
253(大正一一・一二・一六 旧一〇・二八 北村隆光録)
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