霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 手苦駄(てくだ)女(をんな)〔一二四四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第47巻 舎身活躍 戌の巻 篇:第2篇 中有見聞 よみ(新仮名遣い):ちゅううけんぶん
章:第11章 手苦駄女 よみ(新仮名遣い):てくだおんな 通し章番号:1244
口述日:1923(大正12)年01月09日(旧11月23日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年10月6日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
人間の肉体は精霊の容器であり、天人の養成所である。一方で邪鬼、悪鬼の巣窟ともなる。この変化は、人間が主とするところの愛の情動如何によるのである。
人間が現世に住んでいる間は、すべての思索は自然的であるゆえに、人間の本体である精霊が、精霊の団体中に加わることはない。
しかしその想念が肉体を離脱する時は、各自所属の団体中に現れることができる。肉体を持っている精霊は、思いに沈みつつ黙然として徘徊しているので、精霊たちはこれをすぐに区別できる。精霊がこれと言葉を交わそうとすれば、肉体のある精霊は忽然として消失するのである。
人間が肉体を脱離して精霊界に入るときは、睡眠でもなく覚醒でもない、一種異様の状態にいる。そのときその人間は、十分に覚醒していると思っているし、諸々の感覚も肉体が覚醒しているときと少しも変わりはない。むしろ五感は精妙となる。
この状態で天人や精霊を見るときは、その精気凛々として活躍するを認めることができ、また彼らの言語も明瞭に聞くことができる。また親しく接触することもできる。
この状態を霊界では肉体離脱の時と言い、現界から見たときは、死と称しているのである。人間は、その内分すなわち霊的生涯においては精霊である。人間の想念および意志に属することからそのようにいうことができる。
意志・想念に属している事柄は人の内分であって、霊主体従の法則によって活動する。これが人をして人たらしめている所以である。人は、その内分以外に出ることはできない。だから精霊すなわち人間なのである。
肉体は精霊の活動機関である。本体である精霊の諸々の想念や情動に応じて、自然界における諸官能を全うする。肉体がこの機関としての活動を果たせなくなったとき、それを肉体上の死と呼ぶのである。
精霊と呼吸および心臓の鼓動との間には、内的交通がある。精霊の想念は呼吸と相通じ、愛より来る情動は心臓と通じている。肺臓と心臓の活動がまったく止むとき、霊と肉とがたちまち分離するときである。
肺臓の呼吸と心臓の鼓動とは、人間の本体である精霊そのものを肉体につなぐ命脈であり、この二つの官能が破壊されるときは、精霊はたちまち己に帰り、独立して復活することができるのである。
精霊の躰殻である肉体は、精霊から分離されたゆえに次第に冷却し、ついに腐敗糜爛するに至るものである。
人間の本体である精霊は、肉体分離後にもしばらくはその体内に残り、心臓の鼓動がまったく止むのを待って、全部脱出する。この現象は人間の死因によって違ってくる。ある場合には心臓の鼓動が長く継続し、ある場合には長くない。いずれにしても、この鼓動がまったく止んだ時は、人間の本体である精霊は直ちに霊界に復活しえるのである。しかしこれは瑞の御霊の大神のなし給うところであって、人間自身が行うことのできるところではない。
心臓の鼓動がまったく休止するまで精霊が肉体から分離しない理由は、心臓は情動に相応しているからである。情動は愛に属し、愛は人間生命の本体である。人間はこの愛によっておのおの生命の熱がある。愛による精霊と肉体の和合が継続する間は、精霊の生命はなお肉体中にあるのである。
人の精霊は、肉体の脱離期すなわち最後の死期にあたって、その瞬間抱持した最後の想念を死後しばらくの間は保存するものであるが、時を経るにしたがって、元世に在った時に平素抱持していた諸々の想念のうちに復帰する。
古人のことわざに最後の一念は死後の生を引くと言っているのは、誤謬である。どうしても平素の愛の情動がこれを左右するのである。そこで人間は平素よりその身魂を清め、善を云い善のために善をおこない、智慧と証覚とを得ておかなければならないのである。
さて、治国別と竜公は、八衢の関所に進んでくる精霊と赤白の守衛との問答に、謹慎の態度で聞き入っていた。そこに心中した男女の精霊がやってきた。赤の守衛が二人を怒鳴りつけて呼び止めると、二人は路上にうずくまってしまった。
二人は別々に引き離されて取り調べを受ける。女は生前は芸者で、八衢の守衛を色仕掛けで買収しようとする。赤の守衛は口八丁で口説きたてる女に辟易し、また後で取り調べると言い渡して岩窟に放り込んだ。
男の方は、女芸者に入れあげて勤め先の店の金を横領していた。男は、大きなお金をごまかした方がかえって政府から見逃され、有力者となり社会の善人となるのだ、と反論した。そしてそれが冥途の法律と違うのなら、なぜ最初から現界に冥途の法律を発布しないのか、と怒鳴りたてる有様であった。
守衛は現界からやってくる精霊のありさまを嘆いた。そして大神様が厳の御霊、瑞の御霊の神柱を現界に送って改造に着手されているから、四五年もすれば効果が現れて今やってきたような人間の数が減るだろうと語り合っている。
治国別と竜公はこの様子を見て、自分たちが現界に帰ったらしっかりと舎身的活動をしなければならないと肝に銘じている。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-04-22 18:39:01 文字数:6985 OBC :rm4711
愛善世界社版:155頁 八幡書店版:第8輯 529頁 修補版: 校定版:163頁 普及版:77頁 初版: ページ備考:
001 人間(にんげん)の肉体(にくたい)は所謂(いはゆる)精霊(せいれい)の容器(ようき)である。002そして天人(てんにん)の養成所(やうせいしよ)ともなり、003或(あるひ)は邪鬼(じやき)、004悪鬼(あくき)共(ども)の巣窟(さうくつ)となるものである。005斯(かく)の如(ごと)く同(おな)じ人間(にんげん)にして種々(しゆじゆ)の変化(へんくわ)を来(きた)すのは、006人間(にんげん)が主(しゆ)とする所(ところ)の愛(あい)の情動(じやうどう)如何(いかん)に依(よ)つて、007或(あるひ)は天人(てんにん)となり、008或(あるひ)は精霊界(せいれいかい)に迷(まよ)ひ、009或(あるひ)は地獄(ぢごく)の妖怪(えうくわい)的(てき)人物(じんぶつ)となるのである。010さうして、011人間(にんげん)が現世(げんせ)に住(す)んでゐる間(うち)は、012すべての思索(しさく)は自然(しぜん)的(てき)なるが故(ゆゑ)に、013人間(にんげん)の本体(ほんたい)たる精霊(せいれい)として、014其(その)精霊(せいれい)の団体中(だんたいちう)に加(くは)はることはない、015併(しか)しながら其(その)想念(さうねん)が迥然(けいぜん)として肉体(にくたい)を離脱(りだつ)する時(とき)は、016其(その)間(かん)精霊(せいれい)の中(うち)にあるを以(もつ)て或(あるひ)は各自(かくじ)所属(しよぞく)の団体中(だんたいちう)に現(あら)はるることがある。017此(この)時(とき)或(ある)精霊(せいれい)が彼(かれ)を見(み)る者(もの)は容易(ようい)に之(これ)を他(た)の諸々(もろもろ)の精霊(せいれい)と分別(ぶんべつ)することが出来(でき)るのである。018何(なん)とならば肉体(にくたい)を持(も)つてゐる精霊(せいれい)は、019前(まへ)に述(の)べた万公(まんこう)の精霊(せいれい)の如(ごと)く、020思(おも)ひに沈(しづ)みつつ、021黙然(もくねん)として前後(ぜんご)左右(さいう)に徘徊(はいくわい)し、022他(た)を省(かへり)みざること、023恰(あだか)も盲目者(まうもくしや)の如(ごと)くに見(み)ゆるからである。024若(も)しも精霊(せいれい)が之(これ)とものを言(い)はむとすれば、025彼(か)の精霊(せいれい)は忽然(こつぜん)として煙(けむり)の如(ごと)く消失(せうしつ)するものである。026人間(にんげん)は如何(いか)にして肉体(にくたい)を脱離(だつり)し、027精霊界(せいれいかい)に入(い)るかと云(い)ふに、028此(この)時(とき)の人間(にんげん)は睡眠(すゐみん)にも居(を)らず、029覚醒(かくせい)にもあらざる一種(いつしゆ)異様(いやう)の情態(じやうたい)に居(を)るものであつて、030此(この)情態(じやうたい)に在(あ)る時(とき)は、031其(その)人間(にんげん)は、032只(ただ)自分(じぶん)は充分(じうぶん)に覚醒(かくせい)して居(を)るものとのみ思(おも)うて居(を)るものである。033而(しか)して此(この)際(さい)に於(お)ける諸々(もろもろ)の感覚(かんかく)は醒々(さめざめ)として、034恰(あだか)も肉体(にくたい)の最(もつと)も覚醒(かくせい)せる時(とき)に少(すこ)しも変(かは)りはないのである。035五官(ごくわん)の感覚(かんかく)も、036四肢(しこ)五体(ごたい)の触覚(しよくかく)も特(とく)に精妙(せいめう)となることは肉体(にくたい)覚醒時(かくせいじ)の諸感覚(しよかんかく)や触覚(しよくかく)の到底(たうてい)及(およ)ばざる所(ところ)である。037此(この)情態(じやうたい)にあつて、038天人(てんにん)及(およ)び精霊(せいれい)を見(み)る時(とき)は、039其(その)精気(せいき)凛々(りんりん)として活躍(くわつやく)するを認(みと)むべく、040又(また)彼(かれ)等(ら)の言語(げんご)をも明瞭(めいれう)に聞(き)く事(こと)を得(え)らるるのである。041尚(なほ)も不可思議(ふかしぎ)とすべきは、042彼(かれ)等(ら)天人(てんにん)及(およ)び精霊(せいれい)に親(した)しく接触(せつしよく)し得(う)ることである。043此(この)故(ゆゑ)は人間(にんげん)肉体(にくたい)に属(ぞく)するもの、044少(すこ)しも此(この)間(かん)に混入(こんにふ)し来(きた)らないからである。045此(この)情態(じやうたい)を呼(よ)んで霊界(れいかい)にては肉体(にくたい)離脱(りだつ)の時(とき)と云(い)ひ、046現界(げんかい)より見(み)ては之(これ)を死(し)と称(しよう)するのである。047此(この)時(とき)人間(にんげん)は其(その)肉体(にくたい)の中(なか)に自分(じぶん)の居(を)る事(こと)を覚(おぼ)えず、048又(また)其(その)肉体(にくたい)の外(そと)に出(で)て居(を)ることをも覚(おぼ)えないものである。049人間(にんげん)は其(その)内分(ないぶん)即(すなは)ち霊的(れいてき)生涯(しやうがい)に於(おい)て精霊(せいれい)なりといふ理由(りいう)は、050其(その)想念(さうねん)及(およ)び意思(いし)に所属(しよぞく)せる事物(じぶつ)の上(うへ)から見(み)てしか云(い)ふのである。051何(なん)とならば此(この)間(かん)の事物(じぶつ)は人(ひと)の内分(ないぶん)にして即(すなは)ち霊主(れいしゆ)体従(たいじう)の法則(はふそく)に依(よ)つて活動(くわつどう)するから、052人(ひと)をして人(ひと)たらしむる所以(ゆゑん)である。053人(ひと)は其(その)内分(ないぶん)以外(いぐわい)に出(い)づることを得(え)ないものであるから、054精霊(せいれい)即(すなは)ち人間(にんげん)である。055人(ひと)の肉体(にくたい)は人間(にんげん)の家(いへ)又(また)は容器(ようき)と云(い)つても可(い)いものである。056人(ひと)の肉体(にくたい)にして即(すなは)ち精霊(せいれい)の活動(くわつどう)機関(きくわん)にして、057自己(じこ)の本体(ほんたい)たる精霊(せいれい)が有(いう)する所(ところ)の諸々(もろもろ)の想念(さうねん)と諸多(しよた)の情動(じやうだう)に相応(あひおう)じて、058其(その)自然界(しぜんかい)に於(お)ける諸官能(しよくわんのう)を全(まつた)うし得(え)ざるに立到(たちいた)つた時(とき)は、059肉体(にくたい)上(じやう)より見(み)て之(これ)を死(し)と呼(よ)ぶのである。060精霊(せいれい)と呼吸(こきふ)及(および)心臓(しんざう)の鼓動(こどう)との間(あひだ)に内的(ないてき)交通(かうつう)なるものがある。061そは精霊(せいれい)の想念(さうねん)とは呼吸(こきふ)と相通(あひつう)じ、062其(その)愛(あい)より来(きた)る情動(じやうだう)は心臓(しんざう)と通(つう)ずる故(ゆゑ)である。063夫(それ)だから肺臓(はいざう)心臓(しんざう)の活動(くわつどう)が全(まつた)く止(や)む時(とき)こそ、064霊(れい)と肉(にく)とが忽(たちま)ち分離(ぶんり)する時(とき)である。065肺臓(はいざう)の呼吸(こきふ)と心臓(しんざう)の鼓動(こどう)とは、066人間(にんげん)の本体(ほんたい)たる精霊(せいれい)其(その)ものを繋(つな)ぐ所(ところ)の命脈(めいみやく)であつて、067此(この)二(ふた)つの官能(くわんのう)を破壊(はくわい)する時(とき)は精霊(せいれい)は忽(たちま)ちおのれに帰(かへ)り、068独立(どくりつ)し復活(ふくくわつ)し得(う)るのである。
069 斯(か)くて肉体(にくたい)即(すなは)ち精霊(せいれい)の躯殻(くかく)は其(その)精霊(せいれい)より分離(ぶんり)されたが故(ゆゑ)に次第(しだい)に冷却(れいきやく)して、070遂(つひ)に腐敗(ふはい)糜爛(びらん)するに至(いた)るものである。
071 人間(にんげん)の精霊(せいれい)が呼吸(こきふ)及(および)心臓(しんざう)と内的(ないてき)交通(かうつう)をなす所以(ゆゑん)は、072人間(にんげん)の生死(せいし)に関(くわん)する活動(くわつどう)に就(つ)いては、073全般(ぜんぱん)的(てき)に、074又(また)個々(ここ)肺臓(はいざう)心臓(しんざう)の両機関(りやうきくわん)に拠(よ)る所(ところ)である。075而(しか)して人間(にんげん)の精霊(せいれい)即(すなは)ち本体(ほんたい)は肉体(にくたい)分離後(ぶんりご)と雖(いへど)も、076尚(なほ)少時(しばらく)は其(その)体内(たいない)に残(のこ)り、077心臓(しんざう)の鼓動(こどう)全(まつた)く止(や)むを待(ま)つて、078全部(ぜんぶ)脱出(だつしゆつ)するのである。079而(しか)して之(これ)は人間(にんげん)の死因(しいん)如何(いかん)に依(よ)つて生(しやう)ずる所(ところ)の現象(げんしやう)である。080或(ある)場合(ばあひ)には心臓(しんざう)の鼓動(こどう)が永(なが)く継続(けいぞく)し、081或(ある)場合(ばあひ)は長(なが)からざることがある。082此(この)鼓動(こどう)が全(まつた)く止(や)んだ時(とき)は、083人間(にんげん)の本体(ほんたい)たる精霊(せいれい)は直(ただち)に霊界(れいかい)に復活(ふくくわつ)し得(う)るのである。084併(しか)しながらこれは瑞(みづ)の御霊(みたま)の大神(おほかみ)のなし給(たま)ふ所(ところ)であつて、085人間(にんげん)自己(じこ)の能(よ)くする所(ところ)ではない。
086 而(しか)して心臓(しんざう)の鼓動(こどう)が全(まつた)く休止(きうし)する迄(まで)、087精霊(せいれい)が其(その)肉体(にくたい)より分離(ぶんり)せない理由(りいう)は、088心臓(しんざう)なるものは、089情動(じやうだう)に相応(さうおう)するが故(ゆゑ)である。090凡(すべ)て情動(じやうだう)なるものは愛(あい)に属(ぞく)し、091愛(あい)は人間(にんげん)生命(せいめい)の本体(ほんたい)である。092人間(にんげん)は此(この)愛(あい)に依(よ)るが故(ゆゑ)に、093各(おのおの)生命(せいめい)の熱(ねつ)があり、094而(しか)して此(この)和合(わがふ)の継続(けいぞく)する間(うち)は、095相応(さうおう)の存在(そんざい)あるを以(もつ)て、096精霊(せいれい)の生命(せいめい)尚(なほ)肉体中(にくたいちう)にあるのである。
097 人(ひと)の精霊(せいれい)は肉体(にくたい)の脱離期(だつりき)即(すなは)ち最後(さいご)の死期(しき)に当(あた)つて其(その)瞬間(しゆんかん)抱持(はうぢ)した所(ところ)の、098最後(さいご)の想念(さうねん)をば、099死後(しご)暫(しばら)くの間(あひだ)は保存(ほぞん)するものであるが、100時(とき)を経(へ)るに従(したが)つて、101精霊(せいれい)は元(もと)世(よ)に在(あ)つた時(とき)、102平素(へいそ)抱持(はうぢ)したる諸々(もろもろ)の想念(さうねん)の内(うち)に復帰(ふくき)するものである。103さて此(これ)等(ら)の諸々(もろもろ)の想念(さうねん)は、104彼(か)れ精霊(せいれい)が全般(ぜんぱん)的(てき)情動(じやうだう)即(すなは)ち主(しゆ)とする所(ところ)の愛(あい)の情動(じやうだう)より来(きた)るものである。105人(ひと)の心(こころ)の内分(ないぶん)即(すなは)ち精霊(せいれい)が、106肉体(にくたい)より引(ひ)かるるが如(ごと)く、107又(また)殆(ほとん)ど抽出(ちうしゆつ)さるるが如(ごと)きを知覚(ちかく)し、108且(か)つ感覚(かんかく)するものである。109古人(こじん)の諺(ことわざ)に最後(さいご)の一念(いちねん)は死後(しご)の生(せい)を引(ひ)くと云(い)つてゐるのは誤謬(ごびう)である。110どうしても平素(へいそ)の愛(あい)の情動(じやうだう)が之(これ)を左右(さいう)するものたる以上(いじやう)は、111人間(にんげん)は平素(へいそ)より其(その)身魂(しんこん)を清(きよ)め、112善(ぜん)を云(い)ひ善(ぜん)の為(ため)に善(ぜん)を行(おこな)ひ、113且(か)つ智慧(ちゑ)と証覚(しようかく)とを得(え)ておかなくてはならないものである。
114 さて治国別(はるくにわけ)、115竜公(たつこう)は極(きは)めて謹慎(きんしん)の態度(たいど)を以(もつ)て、116赤(あか)、117白(しろ)の守衛(しゆゑい)がここに進(すす)み来(く)る精霊(せいれい)との問答(もんだふ)を一言(ひとこと)も洩(も)らさじと、118小男鹿(さをしか)の耳(みみ)ふり立(た)てて聞(き)き入(い)つた。119そこへノコノコやつて来(き)たのは男女(なんによ)二人(ふたり)の精霊(せいれい)であつた。120赤面(せきめん)の守衛(しゆゑい)は両人(りやうにん)に向(むか)ひ、
121赤顔の守衛『ヤアヤアそれなる両人(りやうにん)、122暫(しばら)く待(ま)て。123ここは八衢(やちまた)の関所(せきしよ)だ。124汝(なんぢ)生前(せいぜん)の行動(かうどう)に就(つ)いて取査(とりしら)べる必要(ひつえう)がある』
125と呶鳴(どな)りつけた。126二人(ふたり)はオヅオヅしながら、
127二人『ハイ』
128と云(い)つたきり、129路上(ろじやう)にうづくまつて了(しま)つた。
130赤顔の守衛『其(その)方(はう)両人(りやうにん)は何者(なにもの)だ』
131男(徳)『ハイ、132私(わたし)は呉服屋(ごふくや)の番頭(ばんとう)で徳(とく)と申(まを)します』
133女(叶枝)『私(わたくし)は叶枝(かなえ)と申(まを)す芸者(げいしや)で厶(ござ)います』
134赤顔の守衛『ウンさうだらう、135其(その)方(はう)両人(りやうにん)は情死(じやうし)を致(いた)して、136ここ迄(まで)気楽(きらく)相(さう)に手(て)に手(て)を取(と)つて意茶(いちや)ついて来(き)たのだらう。137さてもさても暢気(のんき)な代物(しろもの)だなア』
138徳『ハイ、139誠(まこと)に面目(めんぼく)次第(しだい)も厶(ござ)いませぬ。140中々(なかなか)何(ど)うして何(ど)うして、141気楽(きらく)所(どころ)か、142今(いま)此(この)先(さき)で、143三途(せうづ)の川(かは)を渡(わた)り、144お婆(ば)アさまに散々(さんざん)膏(あぶら)をとられた上(うへ)、145いろいろと恥(はぢ)をかかされ、146ヤツとのことで此処(ここ)まで逃(に)げて参(まゐ)りました』
147赤顔の守衛『其(その)方(はう)徳(とく)とやら、148暫(しばら)く此方(こちら)へ来(き)て待(ま)つてをれ。149女(をんな)の方(はう)から査(しら)べてやる』
150徳『ハイ、151どうぞ一緒(いつしよ)に、152なることならば………査(しら)べて頂(いただ)き度(た)う厶(ござ)います。153二世(にせ)も三世(さんせ)も、154仮令(たとへ)野(の)の末(すゑ)山(やま)の奥(おく)、155どこへ行(い)つても離(はな)れないといふ固(かた)い約束(やくそく)を結(むす)んで参(まゐ)つたので厶(ござ)いますから、156仮令(たとへ)一(いつ)分間(ぷんかん)たりとも離(はな)れることは出来(でき)ませぬ』
157赤顔の守衛『そんな勝手(かつて)な事(こと)が、158霊界(れいかい)では通(とほ)ると思(おも)ふか。159暫(しばら)く控(ひか)へて居(を)らう………オイ白(しろ)さま、160暫(しばら)く此(この)徳(とく)を豚箱(ぶたばこ)の中(なか)へ放(ほ)り込(こ)んでおいて下(くだ)さい』
161白顔の守衛『コレ徳(とく)さま、162辛(つら)からうが、163少時(しばらく)の間(あひだ)だから、164マアこちらへ来(き)てゐなさい。165三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)も一服(いつぷく)してゐられるから………豚箱(ぶたばこ)なんどに入(い)れやしないから、166霊界(れいかい)のお茶(ちや)でも呑(の)んで、167叶枝(かなえ)さまの査(しら)べが済(す)むまで、168此方(こちら)でお休(やす)みなさい』
169 徳(とく)は涙(なみだ)を流(なが)しながら………
170徳『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。171あなたの様(やう)に同情(どうじやう)のあるお言葉(ことば)でいつて下(くだ)されば、172半日(はんにち)や仮令(たとへ)一(いち)日(にち)位(くらゐ)離(はな)れた所(ところ)で別(べつ)に苦(くる)しいことは厶(ござ)いませぬ。173頭(あたま)から役人面(やくにんづら)して、174怖(こは)い顔(かほ)で呶鳴(どな)り立(た)てられると一寸(いつすん)の虫(むし)にも五分(ごぶ)の魂(たましひ)、175チツとはムカツきますからなア』
176 赤(あか)は目(め)を怒(いか)らし、
177赤顔の守衛『黙(だま)れ! 人間(にんげん)の分際(ぶんざい)として左様(さやう)なことを申(まを)すと直様(すぐさま)地獄(ぢごく)へ落(おと)してやるぞ』
178徳『ハイ………どうせ、179私(わたし)は男地獄(をとこぢごく)、180叶枝(かなえ)は女地獄(をんなぢごく)と、181娑婆(しやば)でさへも仇名(あだな)をとつてきた位(くらゐ)で厶(ござ)いますから、182地獄落(ぢごくおち)は覚悟(かくご)して居(を)ります。183併(しか)しながら、184どんな辛(つら)い所(ところ)でも構(かま)ひませぬから、185二人(ふたり)一緒(いつしよ)にやつて下(くだ)さい。186そればつかりが一生(いつしやう)の御(お)願(ねがひ)で厶(ござ)います』
187赤顔の守衛『エヽ喧(やかま)しい、188白(しろ)さま、189早(はや)く徳(とく)を隔離(かくり)して下(くだ)さい』
190白顔の守衛『サア徳(とく)さま、191こちらへお出(い)でなさい』
192徳『オイ、193叶枝(かなえ)、194おれのことを忘(わす)れちやならないよ。195俺(おれ)もお前(まへ)のこた、196一瞬間(いつしゆんかん)も忘(わす)れないからなア』
197 叶枝(かなえ)は何(なん)の応答(いらへ)もなく、198うつむいてメソメソ泣(な)いて居(ゐ)る。199徳(とく)は色(いろ)白(しろ)き守衛(しゆゑい)に導(みちび)かれ館(やかた)の玄関(げんくわん)指(さ)して行(ゆ)く。
200 赤(あか)は帳面(ちやうめん)をくりながら、
201赤顔の守衛『オイ女(をんな)、202其(その)方(はう)は随分(ずゐぶん)悪(わる)い事(こと)を致(いた)して居(ゐ)るが、203逐一(ちくいち)此処(ここ)で白状(はくじやう)致(いた)すのだぞ』
204叶枝『ハイ、205別(べつ)に悪(わる)い事(こと)を致(いた)した覚(おぼ)えは厶(ござ)いませぬよ』
206赤顔の守衛『バカを申(まを)せ、207其(その)方(はう)は芸者(げいしや)で在(あ)りながら、208芸(げい)を売(う)らずに肉(にく)を売(う)つてゐるぢやないか』
209叶枝『ハイ、210芸(げい)を売(う)つても肉(にく)を売(う)つても、211商売(しやうばい)に二(ふた)つは厶(ござ)いませぬ。212歌(うた)を唄(うた)つたり三味(しやみ)をひいたり、213太鼓(たいこ)や鼓(つづみ)を拍(う)つのは遊芸(いうげい)で厶(ござ)います。214そして肉(にく)をうるのは岩戸(いはと)開(びら)きの神楽舞(かぐらまひ)、215曲芸(きよくげい)をやつて、216お客(きやく)さまに喜(よろこ)ばせ楽(たの)します清(きよ)き商売(しやうばい)で厶(ござ)います。217それ故(ゆゑ)相場師(さうばし)か博奕打(ばくちうち)の様(やう)に片一方(かたいつぱう)が喜(よろこ)び片一方(かたいつぱう)が悔(くや)むといふよなことは、218決(けつ)してやつた覚(おぼ)えは厶(ござ)いませぬ。219どのお客(きやく)さまも此(この)お客(きやく)さまも、220皆(みな)、221アハヽヽ、222オホヽヽ、223エヘヽヽと笑(わら)ひ興(きよう)じ、224まるで天国(てんごく)の春(はる)に逢(あ)うたやうだと仰有(おつしや)つて、225喜(よろこ)んで下(くだ)さる方(かた)ばかりで厶(ござ)います。226両方(りやうはう)のよい商売(しやうばい)といふのは、227芸者(げいしや)と頬冠(ほほかぶ)り位(くらゐ)なものです。228これ程(ほど)人間(にんげん)を喜(よろこ)ばして来(き)た芸者(げいしや)に罪(つみ)が厶(ござ)いますなら、229政治家(せいぢか)や宗教家(しうけうか)、230一番(いちばん)悪(わる)いのはお医者(いしや)さま、231其(その)外(ほか)娑婆(しやば)に居(ゐ)る一般(いつぱん)の人間(にんげん)は皆(みな)大悪人(だいあくにん)で厶(ござ)います。232私(わたし)は一旦(いつたん)言(い)ひ交(かは)した男(をとこ)に心中立(しんぢうだ)てをして、233命(いのち)まですてて、234ここ迄(まで)やつて来(き)た貞節(ていせつ)な女(をんな)で厶(ござ)います。235どうぞ私(わたし)の清(きよ)い美(うつく)しい心(こころ)をお調(しら)べ下(くだ)さいまして、236どうぞ天国(てんごく)へやつて下(くだ)さいませ。237そしてあの徳(とく)さまだつて、238決(けつ)して悪(わる)い人(ひと)ぢや厶(ござ)いませぬ。239どうぞ私(わたし)と一緒(いつしよ)に天国(てんごく)の旅(たび)をさして下(くだ)さいます様(やう)に御(お)願(ねがひ)致(いた)します』
240赤顔の守衛『馬鹿(ばか)を申(まを)せ、241徳(とく)のこと迄(まで)、242貴様(きさま)がゴテゴテ云(い)ふ場所(ばしよ)ぢやない。243貴様(きさま)のことばかり白状(はくじやう)すればいいのだ。244何(なん)だベラベラと自己(じこ)弁護(べんご)ばかしやりやがつて、245おマケに情夫(じやうふ)の事(こと)迄(まで)口出(くちだ)しするとは、246中々(なかなか)以(もつ)ての外(ほか)の代物(しろもの)だ。247斯(か)うなると何(ど)うしても、248貴様(きさま)達(たち)両人(りやうにん)は一緒(いつしよ)におくことは出来(でき)ぬ』
249叶枝『あ、250左様(さやう)で厶(ござ)いますか、251折角(せつかく)ここ迄(まで)ついて来(き)ましたけれど、252あなた様(さま)の御(ご)命令(めいれい)で引分(ひきわ)けて下(くだ)さるのならば、253冥土(めいど)の規則(きそく)だと思(おも)うて、254妾(わたし)はチツとも異議(いぎ)は申(まを)しませぬ。255実(じつ)の所(ところ)私(わたし)は無理(むり)心中(しんぢう)をさされましたのです。256現界(げんかい)といふ所(ところ)は思(おも)ふ様(やう)に行(ゆ)かぬ所(ところ)で厶(ござ)いまして、257好(す)きなお方(かた)は色々(いろいろ)故障(こしやう)が出来(でき)て、258常住(じやうじう)会(あ)ふ訳(わけ)には行(ゆ)かず、259お金(かね)はなし、260これに反(はん)して、261嫌(きら)ひで嫌(きら)ひで仕方(しかた)のない男(をとこ)は金(かね)を持(も)つて、262丸(まる)で大根畑(だいこんばたけ)へネチがついた程(ほど)、263うるさい位(くらゐ)しがみつきに来(き)ますなり、264本当(ほんたう)に浮世(うきよ)がイヤになつて了(しま)つたのですよ。265……
266 嫌(いや)なお客(きやく)に笑(わら)うてみせて
267  好(す)きの膝(ひざ)にて泣(な)きくらす
 
268といふ憐(あは)れな生涯(しやうがい)を続(つづ)けて来(き)ました。269実際(じつさい)のこと申(まを)しますれば、270あの徳(とく)といふ男(をとこ)、271御存(ごぞん)じの通(とほ)り、272頭(あたま)迄(まで)がトク頭病(とうびやう)で、273そしてヅぬけたトク等(とう)の馬鹿(ばか)で厶(ござ)います。274とくとお査(しら)べの上(うへ)、275どうぞ私(わたし)と一所(ひとところ)に居(を)らない様(やう)に、276特別(とくべつ)の御(お)取扱(とりあつかひ)を御(お)願(ねがひ)致(いた)します』
277赤顔の守衛『アハヽヽヽ、278貴様(きさま)は余程(よほど)やり手(て)だつたと見(み)えるのう。279およそ幾人(いくにん)ばかり地獄(ぢごく)へおとしたか』
280叶枝『ハイ、281私(わたし)が落(おと)したのぢや厶(ござ)いませぬが、282勝手(かつて)にお客(きやく)さまの方(はう)から落(お)ちたのです』
283赤顔の守衛『それでも貴様(きさま)が原動力(げんどうりよく)だ。284直接(ちよくせつ)におとさいでも、285間接(かんせつ)に落(おと)して居(ゐ)るのだ。286現(げん)に今(いま)来(き)た徳公(とくこう)でもさうぢやないか』
287 叶枝(かなえ)は稍(やや)言葉(ことば)馴(な)れ、288娑婆(しやば)で人間(にんげん)をあやつつて来(き)た地金(ぢがね)を出(だ)し、289赤(あか)の肩先(かたさき)を平手(ひらて)で三(み)つ四(よ)つポンポン叩(たた)き、290おチヨボ口(ぐち)に袖(そで)をあてながら、
291叶枝『ホヽヽヽヽ、292あの六(むつ)かしい顔(かほ)わいな。293わたえ、294そんな赤(あか)い面(つら)した、295目(め)のクルリと大(おほ)きい、296口(くち)の大(おほ)きい男(をとこ)らしい男(をとこ)、297本当(ほんたう)に好(す)きだワ。298なア赤(あか)さま、299チツと可愛(かあい)がつて頂戴(ちやうだい)ね』
300赤顔の守衛『コリヤ怪(け)しからぬ、301何(なん)と心得(こころえ)てゐる。302ここは言(い)はば霊界(れいかい)の予審廷(よしんてい)だぞ。303審判官(しんぱんくわん)に向(むか)つて、304何(なん)といふ失礼(しつれい)なことを申(まを)すか』
305叶枝『ホヽヽヽヽ、306あのマア、307六(むつ)かしい顔(かほ)しやんすことえな。308あたえ、309ますます可愛(かあい)くなつてよ』
310赤顔の守衛『エヽ、311馬鹿(ばか)に致(いた)すな。312何(なん)と心得(こころえ)て居(ゐ)る』
313叶枝『お気(き)に障(さは)りましたら御免(ごめん)なさいませ。314併(しか)しながら霊界(れいかい)だつて、315愛(あい)の情動(じやうどう)に変(かは)りはありますまい。316現界(げんかい)の役人(やくにん)だつて六(むつ)かしい顔(かほ)をして被告人(ひこくにん)を裁(さば)いてゐやはりますが、317女(をんな)の被告(ひこく)が行(ゆ)きますと、318忽(たちま)ち目(め)を細(ほそ)うし、319涎(よだれ)をくらはります。320あんただつて、321女(をんな)に対(たい)する男(をとこ)やおまへんか、322さう七六(しちむつ)かしう、323四角(しかく)ばつてゐなしては、324世(よ)の中(なか)が殺風景(さつぷうけい)でたまりませぬワ。325どこもかも行詰(ゆきつま)り、326不景気(ふけいき)風(かぜ)に吹捲(ふきまく)られて、327娑婆(しやば)の人間(にんげん)は青息(あをいき)吐息(といき)の為体(ていたらく)、328憂鬱(いううつ)に沈(しづ)んでゐる亡者(まうじや)共(ども)を、329妙音(めうおん)菩薩(ぼさつ)にも比(ひ)すべき芸者(げいしや)が、330慰安(ゐあん)を与(あた)へ、331小口(こぐち)から天国(てんごく)に救(すく)うて上(あ)げて来(き)たのですよ。332お前(まへ)さまだつて、333何時(いつ)迄(まで)もこんな所(ところ)に、334そんな六(むつ)かしい顔(かほ)をして、335しやちこばつてゐるよりも、336私(わたし)と一緒(いつしよ)に天国(てんごく)へでも新婚(しんこん)旅行(りよかう)と洒落(しやれ)たらどうだす………余(あま)り悪(わる)い心持(こころもち)やしませぬで。337わたえの荷(に)位(ぐらゐ)は持(も)たして上(あ)げますワ』
338赤顔の守衛『エヽ仕方(しかた)のない代物(しろもの)だなア。339貴様(きさま)余程(よほど)娑婆(しやば)で暴威(ばうゐ)を揮(ふる)うて来(き)たのだらう。340中々(なかなか)弁舌(べんぜつ)はうまいものだ』
341叶枝『ホヽヽヽヽ、342その声(こゑ)で蜥蜴(とかげ)くらふか時鳥(ほととぎす)、343外面(げめん)如(によ)菩薩(ぼさつ)内心(ないしん)如(によ)夜叉(やしや)、344表裏(へうり)反覆(はんぷく)常(つね)なきは世(よ)の中(なか)の真相(しんさう)ですよ。345お前(まへ)さまもチツと世間(せけん)を知(し)つて来(き)なさい。346さうすりや、347そんな偏狭(へんけふ)な頭(あたま)が改造(かいざう)されて、348新(あたら)しい男(をとこ)の仲間(なかま)に這入(はい)れないものでもありませぬワ、349大臣(だいじん)だつて国会(こくくわい)議員(ぎゐん)だつて、350元帥(げんすゐ)だつて、351紳士(しんし)紳商(しんしやう)だつて、352片(かた)つ端(ぱし)からこの靨(ゑくぼ)の中(なか)へ、353皆(みな)吸(す)ひ込(こ)んで了(しま)ふ技能(ぎのう)を持(も)つてゐる、354天然(てんねん)の美貌(びばう)、355千変(せんぺん)万化(ばんくわ)の魔力(まりよく)を使(つか)ふ女(をんな)ですもの、356門番(もんばん)さまの一人(ひとり)や二人(ふたり)位(ぐらゐ)、357噛(か)んだり吐(は)いたりするのは、358屁(へ)のお茶(ちや)でもありませぬワ。359お前(まへ)さまも有名(いうめい)な芸者(げいしや)の叶枝(かなえ)にこれ丈(だけ)言葉(ことば)をかけて貰(もら)うたら、360余程(よほど)の光栄(くわうえい)ですよ、361本当(ほんたう)に仕合(しあは)せな御(お)方(かた)ねえ』
362 竜公(たつこう)は思(おも)はず知(し)らず、
363竜公『ウツフヽヽ』
364と吹(ふ)き出(だ)した。
365赤顔の守衛『貴様(きさま)の調(しら)べは一朝(いつてう)一夕(いつせき)に行(ゆ)かない。366人(ひと)の庫(くら)を呑(の)み、367山(やま)を呑(の)み、368田畑(でんぱた)を呑(の)み、369数多(あまた)の亡者(まうじや)を製造(せいざう)したしたたか者(もの)だから、370又(また)追(お)つて調(しら)べてやる。371サア立(た)てツ』
372と云(い)ひながら、373松(まつ)の木(き)の荒皮(あらかは)の様(やう)な腕(うで)をグツと突出(つきだ)し、374葦(あし)の芽(め)の様(やう)な柔(やはら)こい腕(うで)をグツと握(にぎ)り、375岩(いは)の戸(と)をパツとあけて、376岩窟内(がんくつない)へ放(ほ)り込(こ)みおき、377再(ふたた)び徳(とく)を此(この)場(ば)に引(ひき)ずり来(きた)り、378鹿爪(しかつめ)らしい顔(かほ)をして査(しら)べ始(はじ)めた。
379赤顔の守衛『其(その)方(はう)は生前(せいぜん)に何商売(なにしやうばい)を致(いた)して居(を)つたか』
380徳『ハイ、381最前(さいぜん)申(まを)した様(やう)に呉服屋(ごふくや)の番頭(ばんとう)に間違(まちが)ひ厶(ござ)いませぬ』
382赤顔の守衛『其(その)方(はう)は幾(いく)らの月給(げつきふ)を貰(もら)つて居(を)つたか』
383徳『ハイ、384月(つき)に親方(おやかた)の食事持(しよくじもち)で十(じふ)円(ゑん)ばかり頂(いただ)いて居(を)りました』
385赤顔の守衛『其(その)方(はう)は月(つき)に十五六(じふごろく)回(くわい)も叶枝(かなえ)の側(そば)へ通(かよ)うたであらう。386チヤンと此(この)帳面(ちやうめん)に記(しる)してあるぞ』
387徳『ハイ仕方(しかた)がありませぬ、388仰有(おつしや)る通(とほり)で厶(ござ)います』
389赤顔の守衛『一度(いちど)遊(あそ)びに行(ゆ)くと幾(いく)らの金(かね)が要(い)るか』
390徳『ハイ、391少(すくな)い時(とき)が七八(しちはち)円(ゑん)、392多(おほ)い時(とき)は五十(ごじふ)円(ゑん)も要(い)ります』
393赤顔の守衛『僅(わづ)か一(いつ)ケ月(げつ)十(じふ)円(ゑん)の給料(きふれう)で、394何(ど)うして其(その)金(かね)が出来(でき)るのだ』
395徳『ハイ、396私(わたし)の役徳(やくとく)によつて、397それ丈(だけ)生(う)み出(だ)します』
398赤顔の守衛『バカを申(まを)せ。399帳面(ちやうめん)づらをゴマかしたのだらう』
400徳『帳面(ちやうめん)づらをゴマかすのは悪(わる)う厶(ござ)いますか。401娑婆(しやば)の人間(にんげん)は筆(ふで)の先(さき)で一遍(いつぺん)に五万(ごまん)両(りやう)、402十万(じふまん)両(りやう)とゴマかして居(を)りますよ。403現(げん)に積善(せきぜん)銀行(ぎんかう)を御覧(ごらん)なさい。404二千万(にせんまん)円(ゑん)も筆(ふで)の先(さき)でゴマかしたぢや厶(ござ)いませぬか。405それでもヤツパリ紳士(しんし)とか紳商(しんしやう)とか、406有力者(いうりよくしや)とかの名(な)を恣(ほしいまま)にして居(を)ります。407そして政府(せいふ)は余(あま)り之(これ)を厳(きび)しく詮議(せんぎ)立(だ)て致(いた)しませぬ。408之(これ)を思(おも)へば一(ひと)つでもウマく帳面(ちやうめん)づらをゴマかした奴(やつ)が、409所謂(いはゆる)社会(しやくわい)の善人(ぜんにん)です。410私(わたし)の様(やう)な者(もの)をお責(せ)めなさるよりも、411モツと大(おほ)きな奴(やつ)をお査(しら)べなさりませ。412月(つき)に金(かね)の百(ひやく)両(りやう)や二百(にひやく)両(りやう)誤魔化(ごまくわ)した弱(よわ)い人間(にんげん)や、413米(こめ)の一升(いつしよう)や金(かね)の五十銭(ごじつせん)位(くらゐ)盗(ぬす)んだ憐(あは)れな人間(にんげん)を査(しら)べるよりも、414なぜモツと大(おほ)きな悪人(あくにん)の巨頭(きよとう)をお査(しら)べなさらぬのですか。415そんなことで何(ど)うして八衢(やちまた)審判所(しんぱんしよ)の権威(けんゐ)が保(たも)たれませうか。416現界(げんかい)に於(おい)ても微罪(びざい)不検挙(ふけんきよ)の内規(ないき)が行(おこな)はれて居(を)りますよ』
417赤顔の守衛『馬鹿(ばか)を申(まを)せ、418現界(げんかい)と違(ちが)つて、419霊界(れいかい)の審判所(しんぱんしよ)は、420一厘(いちりん)一毛(いちまう)の相違(さうゐ)も許(ゆる)さぬのだ。421仮令(たとへ)塵切(ちりぎ)れ一本(いつぽん)でも取(と)つた奴(やつ)は盗人(ぬすびと)だ』
422徳『それなら何故(なぜ)冥土(めいど)の法律(はふりつ)を現界(げんかい)へ発布(はつぷ)して下(くだ)さらぬのか。423私(わたし)達(たち)は現界(げんかい)の最善(さいぜん)を尽(つく)さうと思(おも)へば、424霊界(れいかい)へ来(き)て咎(とが)められる、425本当(ほんたう)に善悪(ぜんあく)の去就(きよしう)に困(こま)ります。426それ程(ほど)、427今(いま)となつて小(ちひ)さいこと迄(まで)詮議立(せんぎだ)てなさるのなら、428なぜ夢(ゆめ)になりとも、429冥土(めいど)の法律(はふりつ)は斯(か)うだと知(し)らしては下(くだ)さらぬのだ。430丸(まる)で人間(にんげん)を陥穽(おとしあな)へおとすよな、431そんな残酷(ざんこく)な法律(はふりつ)がどこにありますか。432私(わたし)は決(けつ)して左様(さやう)な不徹底(ふてつてい)な不完全(ふくわんぜん)な法律(はふりつ)命令(めいれい)には絶対(ぜつたい)服従(ふくじゆう)致(いた)しませぬ。433それよりも、434あなた、435大切(たいせつ)な私(わたし)の女房(にようばう)をどこへ隠(かく)しましたか。436あべこべに誘拐罪(いうかいざい)で、437冥府(めいふ)の審判所(しんぱんしよ)へ告発(こくはつ)致(いた)しますぞ』
438赤顔の守衛『今(いま)の娑婆(しやば)に居(ゐ)る奴(やつ)は、439ドイツも此奴(こいつ)も、440皆(みな)弱肉(じやくにく)強食(きやうしよく)、441優勝(いうしよう)劣敗(れつぱい)を以(もつ)て最善(さいぜん)の生活法(せいくわつはふ)ときめてゐやがるからサツパリ始末(しまつ)に了(を)へない。442スツカリ良心(りやうしん)が痳痺(まひ)し、443癲狂(てんきやう)痴呆(ちはう)の境遇(きやうぐう)に陥落(かんらく)して居(ゐ)るのだから、444罪(つみ)の断(だん)じやうもない、445癲狂者(てんきやうしや)や痴呆(ちはう)に対(たい)し、446法律(はふりつ)の適用(てきよう)は出来(でき)ないから、447貴様(きさま)は放免(はうめん)する。448其(その)代(かは)り一生(いつしやう)八衢(やちまた)の四辻(よつつじ)に立(た)つて、449亡者(まうじや)の道案内(みちあんない)なと致(いた)すがよからう』
450徳『構(かま)うて下(くだ)さるな、451自由(じいう)の権(けん)です。452お前(まへ)さま達(たち)が人間(にんげん)を審(さば)く権利(けんり)がどこにあるか。453人間(にんげん)を審(さば)く者(もの)は神(かみ)様(さま)より外(ほか)にない筈(はず)だ。454ヘン余(あま)り偉相(えらさう)に言(い)ふな、455婦人(ふじん)誘拐者(いうかいしや)奴(め)が、456今度(こんど)は俺(おれ)の方(はう)から承知(しようち)をしないのだ。457サ早(はや)く叶枝(かなえ)をここへ出(だ)せばよし、458出(だ)さぬに於(おい)ては死物狂(しにものぐる)ひだ。459荒(あ)れて荒(あ)れて荒(あ)れまはしてやらうか』
460赤顔の守衛『あゝあ、461困(こま)つた気違(きちがひ)の夫婦(ふうふ)がやつて来(き)たものだなア。462現界(げんかい)の人間(にんげん)は何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も皆(みな)こんなものだ。463なア白(しろ)さま、464コリヤ一(ひと)つ現界(げんかい)から根本(こんぽん)改良(かいりやう)やらねば駄目(だめ)だなア』
465白顔の守衛『あゝさうだから、466大神(おほかみ)様(さま)から厳(いづ)の御霊(みたま)、467瑞(みづ)の御霊(みたま)の神柱(かむばしら)を現界(げんかい)に送(おく)り、468今(いま)や改造(かいざう)に着手(ちやくしゆ)されつつあるのですよ。469やがて四五(しご)年(ねん)も先(さき)にゆけばキツと効果(かうくわ)が現(あら)はれ、470癲狂者(てんきやうしや)や痴呆(ちはう)や、471盲(めくら)聾(つんぼ)の数(かず)が減(へ)るでせう。472さうすれば吾々(われわれ)も御用(ごよう)が勤(つと)めよくなるでせう』
473竜公『モシ先生(せんせい)、474厳(いづ)の御霊(みたま)、475瑞(みづ)の御霊(みたま)の神柱(かむばしら)が現界(げんかい)へ出(だ)してあると言(い)はれましたなア。476大方(おほかた)変性(へんじやう)男子(なんし)、477変性(へんじやう)女子(によし)の事(こと)ぢやありますまいか』
478治国別『ウンさうだ。479俺(おれ)達(たち)も余程(よほど)シツカリ致(いた)さねばならないわい。480お前(まへ)も之(これ)から十分(じふぶん)注意(ちうい)をして娑婆(しやば)へ帰(かへ)つたら、481舎身(しやしん)的(てき)活動(くわつどう)をやるのだなア』
482(大正一二・一・九 旧一一・一一・二三 松村真澄録)
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