霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 宿縁(しゆくえん)〔一六一二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第63巻 山河草木 寅の巻 篇:第1篇 妙法山月 よみ(新仮名遣い):すだるまさんげつ
章:第5章 宿縁 よみ(新仮名遣い):しゅくえん 通し章番号:1612
口述日:1923(大正12)年05月18日(旧04月3日) 口述場所:教主殿 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年2月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
伊太彦、カークス、ベースの三人はスーラヤ湖の湖辺の漁村に出た。竜王がいるスーラヤ島に渡る舟を探して訪ね歩いた。船頭はみな出払っており、老夫婦の親切によって宿泊して舟を待つことになった。
伊太彦はスダルマ山の麓で神懸状態になってからにわかに若々しく美しくなっていた。これは木花姫命の御魂が伊太彦に大事業を果たさせるべく、御守護になっていたからであった。しかし伊太彦当人はまったくそのことに気づいていなかった。
老夫婦もカークス、ベースも、伊太彦がなんとなく威厳が備わっているので下にもおかず親切にする。伊太彦は別亭に案内されてそこで休むことになった。
老夫婦には年若い兄妹があった。兄のアスマガルダは船に乗って漁に出ており、家には妹のブラヷーダがいた。
深夜に老夫婦の娘ブラヷーダが伊太彦の寝所にやってきた。ブラヷーダは三五教の神のお告げがあり、伊太彦が夫になる男だと告げたという。伊太彦は返事に困り、ブラヷーダと問答しながら夜を明かした。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:4072 OBC :rm6305
愛善世界社版:66頁 八幡書店版:第11輯 286頁 修補版: 校定版:68頁 普及版:64頁 初版: ページ備考:
001 伊太彦(いたひこ)、002カークス、003ベースの三(さん)人(にん)は004スダルマ山(さん)の麓(ふもと)より間道(かんだう)を通(とほ)り抜(ぬ)け、005スーラヤの湖辺(こへん)に出(で)た。006ここには此(この)湖(みづうみ)を渡海(とかい)する船頭(せんどう)の家(いへ)が十四五(じふしご)軒(けん)建(た)つて居(ゐ)る。007三(さん)人(にん)は一々(いちいち)船頭(せんどう)の家(いへ)を尋(たづ)ねて、008湖中(こちう)に浮(うか)べるスーラヤ島(たう)に渡(わた)るべく探(さが)して見(み)たが、009何(いづ)れも漁(すなどり)に出(で)た留守(るす)と見(み)えて一人(ひとり)も船頭(せんどう)は居(ゐ)なかつた。010家(いへ)に残(のこ)つたものは爺婆(ぢぢばば)か、011嬶(かかあ)子供(こども)ばかりである。012一軒(いつけん)も残(のこ)らず尋(たづ)ねて最後(さいご)の家(いへ)に至(いた)り、013最早(もはや)船(ふね)がなければ仕方(しかた)がない、014船頭衆(せんどうしう)が帰(かへ)つて来(く)る迄(まで)ここに待(ま)つ事(こと)にしようと、015爺(ぢい)さま、016婆(ば)アさまに渋茶(しぶちや)を汲(く)んで貰(もら)ひ、017遂(つひ)に其(その)夜(よ)は老人(らうじん)夫婦(ふうふ)の親切(しんせつ)によつて宿泊(しゆくはく)する事(こと)となつた。
018 庭先(にはさき)には栴檀(ちやんだな)の木(き)が香(かん)ばしく薫(かを)つて019小(ちひ)さき賤ケ屋(しづがや)の中(なか)を包(つつ)んで居(ゐ)る。020爺(ぢい)さま021婆(ば)アさまの子(こ)には二人(ふたり)の男女(だんぢよ)があつた。022兄(あに)をアスマガルダと云(い)ひ妹(いもうと)をブラヷーダと云(い)つた。023兄妹(きやうだい)共(とも)に天稟(てんぴん)の美貌(びばう)でキメも細(こま)かく024兄(あに)の方(はう)は瑪瑙(めなう)の様(やう)な美(うつく)しい肌(はだ)をしてゐるのでそれを名(な)としたのである。025アスマガルダと云(い)ふ事(こと)は瑪瑙(めなう)の梵語(ぼんご)であり、026ブラヷーダと云(い)ふのは梵語(ぼんご)の珊瑚(さんご)である。027伊太彦(いたひこ)外(ほか)二人(ふたり)は先(ま)づ夕餉(ゆふげ)を饗応(きやうおう)され028庭先(にはさき)に向(むか)つて天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、029再(ふたた)び家(いへ)に帰(かへ)つていろいろの話(はなし)をしたり、030「是非(ぜひ)とも明日(あす)はスーラヤ山(さん)に登(のぼ)り夜光(やくわう)の球(たま)をとつて来(こ)ねばならぬ」と希望(きばう)を抱(いだ)いて勇(いさ)ましく嬉(うれ)しげに四方(よも)八方(やも)の話(はなし)に耽(ふけ)つて居(ゐ)た。
031 伊太彦(いたひこ)はスダルマ山(さん)の麓(ふもと)に於(おい)て暫(しば)らく神懸(かむがかり)状態(じやうたい)となつてより俄(にはか)に若々(わかわか)しくなり、032体(からだ)の相好(さうがう)から顔(かほ)の色(いろ)迄(まで)玉(たま)の如(ごと)く美(うつく)しくなつて了(しま)つた。033これは木花姫(このはなひめの)命(みこと)の御霊(みたま)が伊太彦(いたひこ)に一(ひと)つの使命(しめい)を果(はた)さすべく、034それに就(つ)いては大変(たいへん)な大事業(だいじげふ)であるから御(ご)守護(しゆご)になつたからである。035併(しか)し乍(なが)ら伊太彦(いたひこ)は自分(じぶん)の顔(かほ)や姿(すがた)の優美(いうび)高尚(かうしやう)になつた事(こと)は気(き)がつかず、036依然(いぜん)として元(もと)の蜴蜥面(とかげづら)であると自(みづか)ら信(しん)じてゐた。037三(さん)人(にん)が話(はなし)をして居(ゐ)ると038土間(どま)の襖(ふすま)をソツと開(あ)けて珊瑚樹(さんごじゆ)の様(やう)な顔(かほ)をした女(をんな)がチヨイチヨイ偸(ぬす)む様(やう)な目(め)をして覗(のぞ)いて居(ゐ)た。039伊太彦(いたひこ)は「娘(むすめ)が何(なん)の意(い)で自分(じぶん)等(ら)を覗(のぞ)くであらうか、040余(あま)り珍妙(ちんめう)な顔(かほ)をして居(ゐ)るので面白(おもしろ)がつて、041チヨコチヨコと化物(ばけもの)の無料(むれう)見物(けんぶつ)をやつて居(ゐ)るのだらう。042アヽ斯(か)うなつて来(く)ると人間(にんげん)も美(うつく)しう生(うま)れたいものだ。043何故(なぜ)俺(おれ)はこんなヒヨツトコに生(うま)れて来(き)たのだらう」と心(こころ)の底(そこ)で呟(つぶ)やいて居(ゐ)た。044爺(ぢい)さまも婆(ば)アさまもカークスもベースも045何(なん)となく伊太彦(いたひこ)の威厳(ゐげん)の備(そな)はりたるに畏敬(ゐけい)尊信(そんしん)の念(ねん)を起(おこ)し046恰(あたか)も救世主(きうせいしゆ)の降臨(かうりん)の様(やう)にあらゆる美(うつく)しい言葉(ことば)を並(なら)べて、047何(なに)呉(く)れとなく世話(せわ)をする。048伊太彦(いたひこ)は、
049『何(なん)とまア親切(しんせつ)な人(ひと)もあるものだな。050こんな僻地(へきち)だから人間(にんげん)が純朴(じゆんぼく)で親切(しんせつ)なのであらう。051まるで神代(かみよ)の様(やう)だなア』
052と今度(こんど)は感謝(かんしや)の意味(いみ)に於(おい)て腹(はら)の底(そこ)で囁(ささや)いた。053此(この)老夫婦(らうふうふ)の名(な)は、054爺(ぢい)さまをルーブヤ(銀(ぎん))と云(い)ひ055婆(ば)アさまをバヅマラーカ(真珠(しんじゆ))と云(い)つた。056年(とし)はとつて居(ゐ)るものの、057何処(どこ)ともなしにブラヷーダの様(やう)に美(うつく)しい面影(おもかげ)が残(のこ)つて居(ゐ)る。058爺(ぢい)さまのルーブヤは嬉(うれ)しさうに伊太彦(いたひこ)の前(まへ)に進(すす)みよつて両手(りやうて)を支(つか)へ、
059『これはこれは何処(どこ)のお客(きやく)さまか存(ぞん)じませぬが、060よくもこんな山間(さんかん)僻地(へきち)を訪(たづ)ねて来(き)て下(くだ)さいました。061承(うけたま)はりますればスーラヤの島(しま)に夜光(やくわう)の玉(たま)をおとりの為(ため)お渡(わた)りとの事(こと)ですが、062昔(むかし)からあの島(しま)へ渡(わた)つて玉(たま)を取(と)りに行(い)つたものは063一人(ひとり)も生(い)きて帰(かへ)つたものは厶(ござ)りませぬ。064夜分(やぶん)になると、065それはそれは立派(りつぱ)な光(ひかり)が出(で)ますので066欲(よく)に目(め)のない人間(にんげん)はソツと渡(わた)つて命(いのち)をとられるのです。067併(しか)し貴方(あなた)はかう見(み)た所(ところ)で普通(あたりまへ)の人間(にんげん)と見(み)えませぬ。068神(かみ)様(さま)の御(ご)化身(けしん)と思(おも)はれます。069何卒(どうぞ)あの玉(たま)をとつてお帰(かへ)りになれば070此(この)村中(むらぢう)は申(まを)すに及(およ)ばず、071国人(くにびと)が再(ふたた)び生命(いのち)をとられる事(こと)がなくなります。072貴方(あなた)なれば屹度(きつと)玉(たま)をとつて帰(かへ)れるでせう。073忰(せがれ)のアスマガルダが明日(あす)は帰(かへ)るでせうからお伴(とも)を致(いた)させます。074何卒(どうぞ)御(ご)成功(せいこう)をお祈(いの)り致(いた)します。075そして私(わたし)の家(うち)は御存(ごぞん)じの通(とほ)り、076かう云(い)ふむさくるしい狭(せま)い所(ところ)で厶(ござ)いますが、077まさかの時(とき)の用意(ようい)に裏(うら)の林(はやし)に狭(せま)い乍(なが)らも新(あたら)しい亭(ちん)が建(た)ててありますから078何卒(どうぞ)それへお寐(やす)み下(くだ)さいませ』
079伊太(いた)『これはこれはお爺様(ぢいさま)、080俄(にはか)に御(ご)厄介(やくかい)になりまして、081さう気(き)を揉(も)んで貰(もら)ひましては誠(まこと)に済(す)みませぬ。082庭(には)の隅(すみ)でも結構(けつこう)です。083夜露(よつゆ)を凌(しの)げたら宜(よろ)しいのです。084私(わたし)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)として085山(やま)に寝(ね)たり野(の)に寝(ね)たりして修行(しうぎやう)に廻(まは)るものですから、086そんな処(ところ)に寝(やす)まして貰(もら)うと畏(おそ)れ多(おほ)う厶(ござ)います』
087ルーブヤ『さう仰有(おつしや)らずに何卒(どうぞ)老人(らうじん)夫婦(ふうふ)の願(ねが)ひで厶(ござ)いますから088新建(しんだち)へ行(い)つてお寝(やす)みを願(ねが)ひます』
089伊太(いた)『そこ迄(まで)仰有(おつしや)つて下(くだ)さるのにお断(ことわ)りするのも却(かへつ)て失礼(しつれい)に当(あた)りますから、090然(しか)らば御(ご)厄介(やくかい)になりませう』
091バヅマラーカ『何卒(どうぞ)そうなさつて下(くだ)さいませ。092お床(とこ)をチヤンとして置(お)きましたから』
093伊太(いた)『然(しか)らば寝(やす)まして頂(いただ)きませう。094カークスさま、095ベースさま、096サア御(ご)一緒(いつしよ)にお伴(とも)致(いた)しませう』
097 カークス、098ベースの両人(りやうにん)はモヂモヂとして居(ゐ)る。
099ルーブヤ『いえいえ、100このお二人(ふたり)様(さま)は私(わたし)の宅(うち)に寝(やす)んで頂(いただ)きませう。101貴方(あなた)は神(かみ)様(さま)ですから102何卒(どうぞ)新(あたら)しい処(ところ)で寝(やす)んで下(くだ)さいませ』
103伊太(いた)『左様(さやう)ならば御(ご)主人(しゆじん)の御(ご)命令(めいれい)に従(したが)ひお世話(せわ)になりませう』
104と婆(ば)アさまのバヅマラーカに導(みちび)かれ105清洒(こんもり)とした涼(すず)しい新建(しんだち)に案内(あんない)された。
106 このルーブヤの家(いへ)は此(この)近辺(きんぺん)の里庄(りしやう)をつとめて居(ゐ)るので、107見(み)た割(わり)とは富裕(ふゆう)であつた。108それ故(ゆゑ)万事(ばんじ)万端(ばんたん)、109座敷(ざしき)の道具(だうぐ)等(など)が整頓(せいとん)して何(なん)とも云(い)へぬ気分(きぶん)のよい住居(すまゐ)である。
110 伊太彦(いたひこ)は婆(ば)アさまに案内(あんない)され111久(ひさ)し振(ぶ)りに美(うつく)しき座敷(ざしき)に泊(とま)る事(こと)を得(え)て非常(ひじやう)に喜(よろこ)び、112且(か)つ明日(あす)の希望(きばう)を思(おも)ひ出(だ)すと何(なん)だか気(き)が勇(いさ)んで寝(ね)る事(こと)が出来(でき)ぬので、113横(よこ)に寝(ね)たまま目(め)をパチつかせて居(ゐ)た。
114 子(ね)の刻(こく)とも思(おぼし)き時(とき)、115ソツと表戸(おもてど)を開(あ)けて足音(あしおと)を忍(しの)ばせ乍(なが)ら116暗(やみ)に浮(う)いた様(やう)な年若(としわか)い美(うつく)しい女(をんな)が、117伊太彦(いたひこ)の枕辺(まくらべ)に近(ちか)くやつて来(き)た。
118伊太(いた)『ハテ不思議(ふしぎ)な事(こと)だなア。119夜(よさり)でしつかりは分(わか)らぬが、120どうやら素敵(すてき)な美人(びじん)らしい。121此(この)色(いろ)の黒(くろ)い蜴蜥面(とかげづら)の、122自分(じぶん)でさへ愛憎(あいそ)の尽(つ)くる様(やう)な俺(おれ)に女(をんな)が秋波(しうは)を送(おく)つてやつて来(く)る筈(はず)もなし、123これは屹度(きつと)此(この)林(はやし)に居(ゐ)る狐(きつね)が化(ばけ)て居(ゐ)るのかも知(し)れない。124こりや、125しつかりせねばなるまい』
126と轟(とどろ)く胸(むね)を抑(おさ)へ、127稍(やや)慄(ふる)ひを帯(おび)た声(こゑ)で、
128伊太(いた)『誰(たれ)だ。129この真夜中(まよなか)に人(ひと)の寝所(しんしよ)を襲(おそ)ふ奴(やつ)は妖怪(えうくわい)変化(へんげ)か、130但(ただ)しは人目(ひとめ)を忍(しの)ぶ盗人(ぬすびと)か、131返答(へんたふ)を致(いた)せ』
132 暗(やみ)の影(かげ)は幽(かす)かの声(こゑ)で恥(はづ)かしさうに、
133『妾(わたし)はブラヷーダで厶(ござ)います』
134伊太(いた)『ブラヷーダさまが此(この)伊太彦(いたひこ)に何用(なによう)あつて今(いま)頃(ごろ)おいでになりましたか。135御用(ごよう)があらば明日(あす)承(うけたま)はりませう。136男(をとこ)の寝所(しんしよ)へ夜中(よなか)に御(ご)婦人(ふじん)がおいでになるとは、137チツと可怪(をか)しいぢやありませぬか』
138 ブラヷーダはモヂモヂし乍(なが)ら、
139『ハイ、140妾(わたし)は一寸(ちよつと)此(この)座敷(ざしき)に忘(わす)れ物(もの)を致(いた)しましたので尋(たづ)ねに来(き)たので厶(ござ)います。141夜中(やちう)にお目(め)を覚(さ)まして誠(まこと)に済(す)まない事(こと)で厶(ござ)いました』
142伊太(いた)『ハテ、143合点(がつてん)の行(ゆ)かぬ事(こと)を仰有(おつしや)います。144貴女(あなた)の家(うち)に貴女(あなた)の物(もの)があるのをお忘(わす)れになつたといふ道理(だうり)はありますまい。145又(また)明日(あす)お探(さが)しになつては如何(いかが)ですか』
146ブラヷーダ『いえいえ是非(ぜひ)とも今晩(こんばん)、147それを捉(つか)まへなくてはならないのですもの』
148伊太(いた)『その又(また)捉(とら)へなくてはならぬと仰有(おつしや)るのは何(ど)んなもので厶(ござ)いますか。149何(なん)なら私(わたし)もお手伝(てつだ)ひして探(さが)しませうか』
150ブラヷーダ『ハイ、151有難(ありがた)う厶(ござ)います。152何卒(どうぞ)手伝(てつだひ)を願(ねが)ひます』
153伊太(いた)『品物(しなもの)は何(なん)で厶(ござ)いますか。154それを聞(き)かなくちや探(さが)す見当(けんたう)がつきませぬがな。155簪(かんざし)ですか、156櫛(くし)ですか、157笄(かうがひ)ですか』
158ブラヷーダ『いえいえ、159そんな小(ちひ)さいものでは厶(ござ)いませぬ。160妾(わたし)の大切(たいせつ)の大切(たいせつ)の一生(いつしやう)の宝(たから)のイタ……で厶(ござ)います』
161伊太(いた)『それは又(また)不思議(ふしぎ)なものをお尋(たづ)ねになるのですな。162洗(あら)ひ張(は)りでもなさるのですか。163ゆつくり明日(あす)になさつたらどうです』
164ブラヷーダ『いいえ、165板(いた)ぢや厶(ござ)いませぬ。166あの……彦(ひこ)さまで厶(ござ)います』
167伊太(いた)『ますます分(わか)らぬぢやありませぬか。168板(いた)だとか彦(ひこ)だとか、169まるで私(わたし)の名(な)の様(やう)なものをお探(さが)しになるのですな』
170ブラヷーダ『その伊太彦(いたひこ)さまを探(さが)しに来(き)たので厶(ござ)いますよ』
171伊太(いた)『ハヽア、172さうするとお前(まへ)はここのお嬢(ぢやう)さまに化(ば)けて来(き)てゐるが、173大方(おほかた)ナーガラシャーだらう。174此(この)伊太彦(いたひこ)が明日(あす)夜光(やくわう)の玉(たま)を取(と)りに行(ゆ)くのを前知(ぜんち)し、175害(がい)を加(くは)へにやつて来(き)たウバナンダ竜王(りうわう)の使(つかひ)だらうがな』
176ブラヷーダ『いえいえ、177決(けつ)して其(その)様(やう)な恐(おそ)ろしいものでは厶(ござ)いませぬ。178妾(わたし)は此(この)家(や)の娘(むすめ)、179正真(しやうしん)正銘(しやうめい)のブラヷーダで厶(ござ)います。180貴方(あなた)は神(かみ)様(さま)のお定(さだ)めになつた妾(わたし)の夫(をつと)で厶(ござ)います』
181伊太(いた)『もしお嬢(ぢやう)さま、182冗談(じようだん)云(い)つちやいけませぬよ。183此(この)様(やう)な色(いろ)の黒(くろ)い菊目石(あばた)面(づら)の蜴蜥面(とかげづら)に揶揄(からか)つて貰(もら)つちや困(こま)るぢやありませぬか。184自分(じぶん)でさへも愛憎(あいそ)のつきた此(この)面付(つらつき)、185そんな事(こと)を仰有(おつしや)つても伊太彦(いたひこ)は信(しん)ずる事(こと)は出来(でき)ませぬ』
186ブラヷーダ『貴方(あなた)、187そんな嘘(うそ)が見(み)す見(み)す云(い)へますね。188三十二(さんじふに)相(さう)揃(そろ)ふた女神(めがみ)の様(やう)なお姿(すがた)をして厶(ござ)るぢやありませぬか。189妾(わたし)はここ一(いつ)週間(しうかん)程(ほど)以前(いぜん)に三五(あななひ)の神(かみ)様(さま)のお告(つ)げによつて190夫(をつと)を授(さづ)けてやらうと仰有(おつしや)いましたが、191只今(ただいま)神(かみ)様(さま)が妾(わたし)の耳(みみ)の辺(はた)でお囁(ささや)きになるのには、192お前(まへ)の夫(をつと)は、193今晩(こんばん)お泊(とま)りになるあの宣伝使(せんでんし)だと仰有(おつしや)いました。194是非(ぜひ)とも妾(わたし)の夫(をつと)になつて頂(いただ)き度(た)いもので厶(ござ)います。195否々(いないな)196神(かみ)様(さま)からお定(さだ)めになつた夫(をつと)で厶(ござ)います』
197伊太(いた)『ハーテ、198ますます分(わか)らぬ様(やう)になつて来(き)たわい。199アヽ如何(どう)したら宜(よ)いかな。200嬉(うれ)しい様(やう)な気(き)もするし、201何(なん)だか、202つままれて居(を)るやうな気(き)もするし、203神(かみ)様(さま)に済(す)まぬやうな気(き)にもなつて来(き)た。204ハハアこいつは神(かみ)様(さま)のお試練(ためし)だらう。205ヤア剣呑(けんのん)々々(けんのん)、206惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
207ブラヷーダ『マアお情(なさけ)のない貴方(あなた)のお言葉(ことば)、208さうじらすものではありませぬよ』
209伊太(いた)『それだと云(い)つて余(あま)り思(おも)ひがけもないぢやありませぬか。210マア明日(あす)迄(まで)待(ま)つて下(くだ)さいな。211ゆつくり考(かんが)へさして貰(もら)ひませうから』
212ブラヷーダ『明日(あす)迄(まで)待(ま)てる位(くらゐ)なら女(をんな)の身(み)として貴方(あなた)の居間(ゐま)へ誰(たれ)が出(で)て参(まゐ)りませう。213決(けつ)して不潔(ふけつ)な心(こころ)で来(き)たのではありませぬから御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ。214只(ただ)一言(ひとこと)「ウン」と仰有(おつしや)つて頂(いただ)けばそれで宜(よろ)しう厶(ござ)います』
215伊太(いた)『アヽ兎(と)も角(かく)、216私(わたし)にはお師匠(ししやう)様(さま)も厶(ござ)います。217又(また)貴女(あなた)にも御(ご)両親(りやうしん)やお兄様(あにさま)がありますから、218双方(さうはう)相談(さうだん)の上(うへ)、219どんな約束(やくそく)でも致(いた)しませう』
220ブラヷーダ『仰(おほ)せ御尤(ごもつと)もでは御座(ござ)いますが、221神(かみ)様(さま)のお告(つ)げは一刻(いつこく)の猶予(いうよ)も厶(ござ)いませぬ。222そんな事(こと)を仰有(おつしや)らずに何卒(どうぞ)よい返事(へんじ)をして下(くだ)さいませ』
223伊太(いた)『ハテ、224どうしたらよからうかな。225あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
226ブラヷーダ『惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
227 かく両人(りやうにん)はお互(たがひ)に問(と)ひつ答(こた)へつ暁(あかつき)の鳥(とり)の声(こゑ)する迄(まで)夜(よ)を更(ふ)かした。228果(はた)して、229如何(いかが)落着(らくちやく)をしたであらうか。
230思(おも)はざる家(いへ)に泊(とま)りて思(おも)はざる
231時(とき)に思(おも)はぬ人(ひと)に会(あ)ひける。
232ブラヷーダ明日(あす)をも待(ま)たず直(すぐ)ここで
233返答(いらへ)せよやと迫(せま)る割(わり)なさ。
234(大正一二・五・一八 旧四・三 於教主殿 北村隆光録)
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