霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第八章 怪物(くわいぶつ)〔一六一五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第63巻 山河草木 寅の巻 篇:第2篇 日天子山 よみ(新仮名遣い):すーらやさん
章:第8章 怪物 よみ(新仮名遣い):かいぶつ 通し章番号:1615
口述日:1923(大正12)年05月24日(旧04月9日) 口述場所:教主殿 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1926(大正15)年2月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
翌日、伊太彦一行はアスマガルダの船に乗ってスーラヤ山指して進んでいく。アスマガルダは舟歌を歌い、伊太彦とブラヷーダは竜王を言向け和すという神業への決意の歌を歌った。
一行は島に上陸し、しばらく登ったところの大岩石の陰に身を潜めて湖上の旅の疲れをいやした。そして明朝登山することと決めた。
深夜になると、あたりの密林の枝をガサガサとゆすり、青い舌を垂らし錫杖をついた怪物が一行の寝所に近づいてきた。怪物は雷のような声を張り上げて、伊太彦を怒鳴りつけた。
伊太彦は目を覚まし、怪物を認めるととどろく胸をぐっと抑え、「惟神霊幸倍坐世」を高唱すると、怪物に向かって言霊で応酬した。
伊太彦は怪物に言い負けると敗北すると聞いていたので、空元気を出してこちらから言霊の問答を仕掛けた。
怪物は伊太彦の粗を並べ立てて責めたてた。またスーラヤ山の中腹に死線という毒が充満する恐ろしい場所があることを明かして登山の意気をくじこうとした。
しかし伊太彦も屁理屈で応戦して一歩もひかなかった。ついに怪物は捨て台詞を吐いて、いずこへともなく消えてしまった。
アスマガルダ兄妹とカークス、ベースは恐ろしさにふるえながら問答を聞いていたが、怪物が伊太彦を言い負かせず消えたので、やっと胸をなでおろした。
その後は何事もなく夜が明け、五人はウバナンダ竜王が潜む岩窟を目指して進んでいくことになった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-03-06 17:16:33 文字数:6323 OBC :rm6308
愛善世界社版:103頁 八幡書店版:第11輯 298頁 修補版: 校定版:105頁 普及版:64頁 初版: ページ備考:
001 紺青(こんじやう)の浪(なみ)を湛(たた)へたスーラヤの湖面(こめん)を002稍(やや)新(あたら)しき船(ふね)に真帆(まほ)を孕(はら)ませ、0021晩夏(ばんか)の風(かぜ)を受(う)けて、003彼方(あなた)に霞(かす)むスーラヤ山(さん)を目蒐(めが)けて徐々(しづしづ)と進(すす)み行(ゆ)く。004アスマガルダは艪(ろ)を操(あやつ)りながら欵乃(ふなうた)を謡(うた)ふ。
005『テルはよい所(とこ)南(みなみ)をうけて
006 スーラヤ颪(おろし)がそよそよと。
007沖(おき)に浮(うか)べるスーラヤ嶋(じま)は
008 夜(よる)は千(せん)里(り)の浪(なみ)てらす。
009昼(ひる)は日輪(にちりん)夜(よ)は竜王(りうわう)の
010 玉(たま)の光(ひかり)で澄(す)み渡(わた)る。
011此(この)海(うみ)は月(つき)の国(くに)でも名高(なだか)い湖(うみ)よ
012 浪(なみ)のまにまに月(つき)が浮(う)く。
013三五(あななひ)の神(かみ)の司(つかさ)の伊太彦(いたひこ)さまが
014 今日(けふ)の門出(かどで)のお目出度(めでた)さ。
015空(そら)高(たか)く風(かぜ)澄(す)み渡(わた)る此(この)湖面(うなばら)は
016 底(そこ)ひ分(わか)らぬテルの湖(うみ)』
017 伊太彦(いたひこ)は謡(うた)ひ出(だ)した。018一同(いちどう)は船端(ふなばた)を叩(たた)いて拍子(ひやうし)をとる。
019伊太(いた)『三五教(あななひけう)の神柱(かむばしら)
020神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の
021瑞(みづ)の御言(みこと)を畏(かしこ)みて
022玉国別(たまくにわけ)の師(し)の君(きみ)と
023山野(やまの)を乗(の)り越(こ)え海(うみ)渡(わた)り
024千々(ちぢ)に心(こころ)を砕(くだ)きつつ
025神(かみ)の依(よ)さしのメッセージ
026尽(つく)さむ為(ため)に遙々(はるばる)と
027テルの里(さと)まで来(き)て見(み)れば
028思(おも)ひがけなきブラヷーダ
029姫(ひめ)の命(みこと)の現(あ)れまして
030神(かみ)の結(むす)びし赤縄(えにし)をば
031茲(ここ)に悟(さと)らせたまひけり
032吾(われ)等(ら)は神(かみ)の御言(みこと)もて
033大黒主(おほくろぬし)の蟠(わだか)まる
034ハルナの都(みやこ)へ言霊(ことたま)の
035軍(いくさ)に進(すす)む身(み)にしあれば
036途中(とちう)に於(おい)て妻(つま)を持(も)ち
037夫婦(ふうふ)気取(きどり)で征討(せいたう)に
038上(のぼ)るも如何(いかが)と思(おも)へども
039三千彦(みちひこ)司(つかさ)もデビス姫(ひめ)
040妻(つま)に持(も)たせる例(ためし)あり
041吾(わが)師(し)の君(きみ)も此(この)度(たび)の
042赤縄(えにし)をいなませ給(たま)ふまじ
043只(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の身(み)は
044神(かみ)のまにまに進(すす)むより
045外(ほか)に道(みち)なし伊太彦(いたひこ)は
046茲(ここ)に夫婦(ふうふ)の息(いき)合(あは)せ
047スーラヤ山(さん)に駆(か)け登(のぼ)り
048竜(たつ)の腮(あぎと)の宝玉(はうぎよく)を
049神(かみ)の助(たす)けに手(て)に入(い)れて
050ミロク神政(しんせい)成就(じやうじゆ)の
051珍(うづ)の神器(しんき)と奉(たてまつ)り
052神(かみ)の御稜威(みいづ)を四方(よも)八方(やも)に
053完全(うまら)に委曲(つばら)に照(て)らすべし
054あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
055スーラヤ山(さん)は高(たか)くとも
056ナーガラシャーは猛(たけ)くとも
057神(かみ)の恵(めぐみ)を笠(かさ)に着(き)て
058誠(まこと)の道(みち)を杖(つゑ)となし
059進(すす)まむ身(み)には何(なん)として
060醜(しこ)の曲津(まがつ)の障(さや)らむや
061あゝ勇(いさ)ましし勇(いさ)ましし
062一度(いちど)に開(ひら)く木(こ)の花姫(はなひめ)の
063神(かみ)の命(みこと)の御(おん)守(まも)り
064ブラヷーダ姫(ひめ)と諸共(もろとも)に
065珍(うづ)の神業(みわざ)に仕(つか)へむと
066進(すす)み行(ゆ)くこそ楽(たの)しけれ
067あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
068御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましませよ』
069 ブラヷーダは又(また)謡(うた)ふ。
070『父(ちち)と母(はは)とに育(はぐ)くまれ
071十六才(とをまりむつ)の年月(としつき)を
072蝶(てふ)よ花(はな)よと愛(めで)られつ
073送(おく)り来(きた)りし身(み)の果報(くわほう)
074思(おも)へば思(おも)へば有難(ありがた)し
075これも全(まつた)く三五(あななひ)の
076皇(すめ)大神(おほかみ)の御恵(みめぐみ)と
077朝(あさ)な夕(ゆふ)なに感謝(かんしや)しつ
078大御恵(おほみめぐみ)の万分一(まんぶいち)
079報(むく)はむものと朝夕(あさゆふ)に
080祈(いの)りし甲斐(かい)やあら尊(たふと)
081天津国(あまつくに)より下(くだ)らしし
082御使人(みつかひびと)の伊太彦(いたひこ)に
083嫁(とつ)ぎの契(ちぎり)結(むす)びつつ
084言霊軍(ことたまいくさ)の門出(かどいで)に
085立(た)つ白浪(しらなみ)と諸共(もろとも)に
086彼方(あなた)に浮(うか)ぶスーラヤの
087御山(みやま)に進(すす)む嬉(うれ)しさよ
088ナーガラシャーは猛(たけ)くとも
089スーラヤ山(さん)は高(たか)くとも
090神(かみ)の恵(めぐみ)に抱(いだ)かれし
091吾(われ)等(ら)は如何(いか)で撓(たゆ)まむや
092救世(ぐせい)の船(ふね)に身(み)を任(まか)せ
093兄(あに)の命(みこと)に送(おく)られて
094千尋(ちひろ)の湖(うみ)を進(すす)み行(ゆ)く
095今日(けふ)の旅路(たびぢ)の勇(いさ)ましさ
096あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
097御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましまして
098吾(わが)背(せ)の君(きみ)の使命(しめい)をば
099遂(と)げさせたまへ大御神(おほみかみ)
100珍(うづ)の御前(みまへ)に願(ね)ぎまつる
101朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
102月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
103星(ほし)は空(そら)より墜(お)つるとも
104スーラヤの湖(うみ)は涸(か)るるとも
105神(かみ)に誓(ちか)ひし赤心(まごころ)は
106いや永久(とこしへ)に動(うご)かまじ
107吾(わが)背(せ)の君(きみ)よ兄君(あにぎみ)よ
108カークス、ベース両人(りやうにん)よ
109勇(いさ)ませたまへ惟神(かむながら)
110神(かみ)は汝(なんぢ)と共(とも)にあり
111神(かみ)は吾(われ)等(ら)を守(まも)ります
112神(かみ)と神(かみ)とに抱(いだ)かれし
113人(ひと)は神(かみ)の子(こ)神(かみ)の宮(みや)
114天地(てんち)の中(うち)に恐(おそ)るべき
115ものは微塵(みじん)も非(あら)ざらむ
116進(すす)めよ進(すす)め此(この)御船(みふね)
117吹(ふ)けよふけふけ北(きた)の風(かぜ)
118あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
119御霊(みたま)幸倍(さちはへ)ましませよ』
120 今日(けふ)は一入(ひとしほ)天気(てんき)がよいので漁船(ぎよせん)の影(かげ)は殊更(ことさら)多(おほ)く、121彼方(あなた)此方(こなた)に真帆(まほ)片帆(かたほ)浪(なみ)のまにまに浮(うか)んで、122春野(はるの)の花(はな)に蝶(てふ)の狂(くる)ふが如(ごと)く翅(はね)の様(やう)な帆(ほ)が瞬(またた)いて居(ゐ)る。123少(すこ)しく浪(なみ)は北風(きたかぜ)に煽(あふ)られて高(たか)けれど、124何(なん)とも云(い)へぬ爽快(さうくわい)な気分(きぶん)である。125アスマガルダ、126カークス、127ベースが汗(あせ)をたらたら流(なが)して漕(こ)ぎ往(ゆ)く船(ふね)は128其(その)日(ひ)の黄昏時(たそがれどき)に漸(やうや)く、1281スーラヤ山(さん)の一角(いつかく)についた。129磯端(いそばた)は白布(しろぬの)を晒(さら)した如(ごと)く、130打(う)ち寄(よ)する浪(なみ)が立(た)ち上(あが)つて岩(いは)にぶつつかり、131砕(くだ)けては散(ち)る其(その)光景(くわうけい)は可(か)なり物凄(ものすさま)じかつた。132雪(ゆき)のやうな白(しろ)い水煙(みづけぶり)の一丈(いちぢやう)許(ばか)りも立(た)つ中(なか)を船(ふね)を漕(こ)ぎ寄(よ)せ、133漸(やうや)くにして陸地(りくち)についた。134さうして船(ふね)を高(たか)く磯端(いそばた)に上(あ)げて繋(つな)いで了(しま)つた。135日(ひ)は漸(やうや)くに暮(く)れて来(く)る。136俄(にはか)に暴風(ばうふう)吹(ふ)き荒(すさ)び、137湖面(こめん)は荒浪(あらなみ)立(た)ち狂(くる)ひ、138ザアザアと物騒(ものさわ)がしき音(おと)が聞(きこ)えて来(き)出(だ)した。139一行(いつかう)五(ご)人(にん)は上陸(じやうりく)地点(ちてん)より一二町(いちにちやう)許(ばか)り登(のぼ)つた所(ところ)の大岩石(だいがんせき)の蔭(かげ)に身(み)を潜(ひそ)めて140湖上(こじやう)の疲(つか)れを休(やす)める事(こと)とした。141さうして明日(あす)の払暁(ふつげう)を待(ま)つて登山(とざん)する事(こと)と定(き)めて仕舞(しま)つた。142蓑(みの)を布(し)き笠(かさ)を顔(かほ)の上(うへ)に乗(の)せて143岩蔭(いはかげ)に一同(いちどう)は横(よこ)たはつた。144夜(よ)はおひおひと更(ふけ)わたり暴風(ばうふう)も止(や)み、145海(うみ)の唸(うな)りも静(しづ)まり、146四辺(あたり)は深閑(しんかん)として来(き)た。147十四日(じふよつか)の月(つき)は雲(くも)を排(はい)して皎々(かうかう)と輝(かがや)き初(はじ)めた。148伊太彦(いたひこ)、149ブラヷーダ、150アスマガルダの三(さん)人(にん)は他愛(たあい)もなく睡(ねむ)つて了(しま)つた。151カークス、152ベースの両人(りやうにん)は何(なん)だか気(き)が立(た)つて寝(ね)られぬので、153まぢまぢして居(ゐ)ると、154子(ね)の正刻(しやうこく)と覚(おぼ)しき頃(ころ)、155四辺(あたり)の密林(みつりん)の枝(えだ)をガサガサと揺(ゆす)つて怪(あや)しき物影(ものかげ)が近(ちか)よつて来(く)る。156カークスは慄(ふる)ひ乍(なが)ら、157盗(ぬす)むやうにして其(その)姿(すがた)の行方(ゆくへ)を見詰(みつめ)て居(ゐ)る。158怪(あや)しの姿(すがた)は五(ご)人(にん)の前(まへ)に矗(すつく)と立(た)ち火(ひ)のやうな赤(あか)い顔(かほ)を晒(さら)し、159青(あを)い舌(した)を五六寸(ごろくすん)許(ばか)り前(まへ)に垂(た)らして錫杖(しやくぢやう)をついて居(ゐ)る。160忽(たちま)ち怪物(くわいぶつ)は雷(らい)の如(ごと)き声(こゑ)を張(は)り上(あ)げ、
161怪物(くわいぶつ)『イーイーイー、162伊太彦(いたひこ)の神司(かむづかさ)とやら、163其(その)方(はう)はスーラヤ山(さん)に、164ウバナンダ竜王(りうわう)の玉(たま)を取(と)らむとして来(うせ)た心(こころ)憎(にく)き曲者(くせもの)、165これより一足(ひとあし)でも登(のぼ)れるなら登(のぼ)つて見(み)よ』
166と呶鳴(どな)りつけた。167此(この)声(こゑ)に伊太彦(いたひこ)も兄妹(きやうだい)も目(め)を覚(さ)まし、168きつと声(こゑ)する方(はう)を見(み)れば以前(いぜん)の怪物(くわいぶつ)が立(た)つて居(ゐ)る。169伊太彦(いたひこ)は轟(とどろ)く胸(むね)をグツと押(おさ)へ、170「惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)」を高唱(かうしやう)し終(をは)り、
171伊太(いた)『アハヽヽヽ。172スーラヤ山(さん)に年古(としふる)く棲(す)む其(その)方(はう)は古狸(ふるだぬき)であらうがな。173吾々(われわれ)を何(なん)と心得(こころえ)て居(ゐ)る。174勿体(もつたい)なくも大神(おほかみ)の使命(しめい)をうけて大蛇(をろち)退治(たいぢ)に進(すす)む神(かみ)の使(つかひ)だ。175汝(なんぢ)等(ら)が如(ごと)きものの容喙(ようかい)し得(う)べき限(かぎ)りのものでない。176控(ひか)へ居(を)らう』
177 アスマガルダ兄妹(きやうだい)を初(はじ)め、178カークス、179ベースは一所(いつしよ)に集(あつ)まり、180顔色(かほいろ)まで真青(まつさを)にして慄(ふる)つて居(ゐ)る。181伊太彦(いたひこ)は痩我慢(やせがまん)を出(だ)して一人(ひとり)空気焔(からきえん)を吐(は)いてゐる。182怪物(くわいぶつ)には此方(こちら)から云(い)ひ負(まけ)たら敗北(やられ)ると云(い)ふ事(こと)を予(かね)て聞(き)いて居(ゐ)たので、183此方(こちら)から負(ま)かしてやらうと思(おも)つて、184矗(すつく)と立(た)ち上(あが)り怪物(くわいぶつ)に向(むか)つて、
185伊太(いた)『イーイーイー、186斎苑(いそ)の館(やかた)の宣伝使(せんでんし)、187天下(てんか)無双(むそう)の勇士(ゆうし)、188伊太彦(いたひこ)とは俺(おれ)の事(こと)だ。189種々(いろいろ)な事(こと)を致(いた)して吾々(われわれ)の邪魔(じやま)を致(いた)すと了見(れうけん)は致(いた)さぬぞ』
190怪物(くわいぶつ)『ロ、191ロー、192碌(ろく)でもない女(をんな)を連(つ)れて193神聖(しんせい)無比(むひ)なるスーラヤ山(さん)に登(のぼ)るとは何(なん)の事(こと)だ。194汝(なんぢ)は聖場(せいぢやう)を汚(けが)す痴漢(しれもの)、195今(いま)此(この)方(はう)が神力(しんりき)によつて其(その)方(はう)の体(からだ)をビクとも動(うご)かぬ様(やう)にして呉(く)れる。196覚悟(かくご)を致(いた)せ。197ワハヽヽヽ、198ても扨(さ)ても可憐(かはい)さうなものだわい』
199伊太(いた)『ロヽヽヽ碌(ろく)でもない、200ど倒(たふ)し者(もの)奴(め)、201ナヽ何(なに)を吐(ぬか)すのだ。202妖怪(えうくわい)変化(へんげ)の容喙(ようかい)すべき限(かぎ)りでない。203早(はや)くすつ込(こ)み居(を)らう。204ぐづぐづすると言霊(ことたま)の発射(はつしや)と出(で)かけようか』
205怪物(くわいぶつ)『ハヽヽヽヽ、206腹(はら)が立(た)つか、207恥(はぢ)入(い)つたか、208薄志(はくし)弱行(じやくかう)の腰抜(こしぬけ)宣伝使(せんでんし)奴(め)、209高(たか)が知(し)れたウバナンダ竜王(りうわう)の玉(たま)を取(と)るに加勢(かせい)を頼(たの)み、210女(をんな)を連(つ)れて来(く)るとは、211実(じつ)に見下(みさ)げ果(は)てたる腰抜(こしぬけ)野郎(やらう)奴(め)』
212伊太(いた)『ハヽヽ張子(はりこ)の虎(とら)のやうに首(くび)ばかりふりやがつて何(なん)の態(ざま)だ。213サア早(はや)く退散(たいさん)致(いた)すか、214正体(しやうたい)を現(あら)はすか、215何神(なにがみ)の化身(けしん)だと云(い)ふ事(こと)を白状(はくじやう)致(いた)すか、216返答(へんたふ)次第(しだい)によつては此方(こちら)にも考(かんが)へがあるのだ』
217怪物(くわいぶつ)『ニヽヽ憎(にく)いか、218いや憎(にく)らしいと思(おも)ふか、219其(その)苦(にが)い顔(かほ)は何(なん)だ。
220 ホヽヽ呆(はう)け野郎(やらう)奴(め)、221身(み)の程(ほど)知(し)らずも程(ほど)があるわい。
222 ヘヽヽヽ下手(へた)な事(こと)を致(いた)して、223後(あと)でベースをカークスな。
224 トヽヽヽ途方(とはう)途轍(とてつ)もない大(だい)それた欲望(よくばう)を起(おこ)し、225栃麺棒(とちめんばう)を振(ふ)つてトンボ返(がへ)りを致(いた)し、226岩窟(がんくつ)のドン底(ぞこ)迄(まで)おとされて頓死(とんし)すると云(い)ふ災厄(さいやく)が227目(め)の前(まへ)に近(ちか)づいて来(き)て居(を)るのを知(し)らないのか。228イイ馬鹿(ばか)だなア』
229伊太(いた)『チヽヽちやァちやァ吐(ぬか)すな、230些(ちつと)も貴様(きさま)等(ら)のお世話(せわ)に預(あづか)ら無(な)くてもよいのだ。231智謀(ちぼう)絶倫(ぜつりん)の伊太彦(いたひこ)、
232 リヽヽ凛々(りんりん)たる勇気(ゆうき)を鼓(こ)して、233ウバナンダ竜王(りうわう)の館(やかた)に進(すす)む神軍(しんぐん)の勇士(ゆうし)だ。
234 ヌヽヽぬかりのない此(この)方(はう)、235水(みづ)も漏(もら)さぬ仕組(しぐみ)を致(いた)して茲(ここ)に、236いづ御魂(みたま)が登山(とざん)探検(たんけん)と出(で)かけたのだ。237すつ込(こ)んでおらう。238其(その)方(はう)の出(で)て来(き)てゴテゴテ申(まを)す幕(まく)ぢやないのだ』
239怪物(くわいぶつ)『ルヽヽ累卵(るゐらん)の危(あやふ)きを知(し)らぬ痴呆者(うつけもの)奴(め)、240類(るゐ)は友(とも)を呼(よ)ぶと云(い)ふ馬鹿者(ばかもの)の好(よ)く揃(そろ)つたものだ。
241 オヽ大(おほ)馬鹿者(ばかもの)奴(め)、242大泥坊(おほどろばう)奴(め)、243大(おほ)戯気者(たはけもの)、244神(かみ)の道(みち)を歩(ある)きながら、245鬼(おに)か大蛇(をろち)のやうになつて竜神(りうじん)の玉(たま)を、246ぼつたくらうとは此(この)方(はう)もおとましうなつて来(き)たわい。247身(み)の程(ほど)知(し)らずの横道者(わうだうもの)だな』
248伊太(いた)『ワハヽヽヽ、249笑(わら)はしやがるない。250没分暁漢(わからずや)奴(め)、251吾輩(わがはい)のすることに容喙(ようかい)する権利(けんり)がどこにあるか。252悪(わる)い事(こと)は些(すこ)しも致(いた)さぬ善一筋(ぜんひとすぢ)の宣伝使(せんでんし)ぢや。253分(わか)らぬ事(こと)を申(まを)さずに、254己(おのれ)の住所(すみか)にトツトと引込(ひつこ)んだがよからうぞ』
255怪物(くわいぶつ)『カヽヽ構(かま)ふな構(かま)ふな、256惟神(かむながら)だとか神(かみ)の道(みち)だとか何(なん)とか、257かとか申(まをし)て、258其処辺(そこら)を騙(かた)り歩(ある)く我羅苦多(がらくた)宣伝使(せんでんし)だらうがな。259第一(だいいち)女(をんな)をイヤ嬶(かかあ)を連(つ)れて登(のぼ)つて来(く)るとは以(もつ)ての外(ほか)だ。260当山(たうざん)の規則(きそく)を破(やぶ)つた大罪人(だいざいにん)奴(め)、261サア覚悟(かくご)を致(いた)せ、262頭(あたま)からこの大(おほ)きな口(くち)で噛(か)ぶつて食(く)て仕舞(しま)つてやらう』
263伊太(いた)『ヨヽヽ妖怪(ようくわい)変化(へんげ)の分際(ぶんざい)として264此(この)方(はう)に指一本(ゆびいつぽん)でも触(さ)へられるのなら触(さ)へて見(み)よ。265下(くだ)らぬ世迷(よま)ひ事(ごと)を申(まを)さずに、266もはや夜明(よあけ)に間(ま)もあるまいから、267気(き)の利(き)いた化物(ばけもの)は足(あし)を洗(あら)うて疾(とつく)に引込(ひつこ)む時間(じかん)だ。268与太(よた)リスクを並(なら)べずに、269よい加減(かげん)に伏(どぶ)さつたらどうだ』
270怪物(くわいぶつ)『タヽヽ痴呆者(たわけもの)奴(め)、271要(い)らざる頬桁(ほほげた)を叩(たた)くと叩(たた)きつぶしてやるぞ。272高(たか)が知(し)れた人間(にんげん)の三匹(さんびき)や五匹(ごひき)一口(ひとくち)にも足(た)らぬわい。273欲(よく)の熊鷹(くまたか)股(また)が裂(さ)けると云(い)ふ事(こと)を貴様(きさま)は知(し)らぬのか痴呆者(たわけもの)奴(め)、
274 レヽヽ、275恋愛(れんあい)至上(しじやう)主義(しゆぎ)を発揮(はつき)して神聖(しんせい)なる当山(たうざん)に迄(まで)、276初(はじ)めて嬶(かか)をもつた嬉(うれ)しさにトチ迷(まよ)ひ登(のぼ)つて来(く)ると云(い)ふデレ助(すけ)だから、277吾々(われわれ)仲間(なかま)のよい慰(なぐさ)み者(もの)だ』
278伊太(いた)『ソヽヽ、279そうかいやい、280そらさうだらう。281羨(けな)りいなつたか。282一寸(ちよつと)位(ぐらゐ)手(て)を握(にぎ)らしてやり度(た)いが、283矢張(やつぱり)それも止(や)めて置(お)こうかい、284何(なん)だ、285その六ケ敷(むつかし)い面(つら)つきは。286貧相(ひんさう)なものだのう』
287怪物(くわいぶつ)『ツヽヽ月(つき)が空(そら)から貴様(きさま)の脱線振(だつせんぶり)を見(み)て笑(わら)つて厶(ござ)るのも知(し)らぬのか。288心(こころ)の盲(めくら)、289心(こころ)の聾(つんぼ)は仕方(しかた)がないものだなア。290捉(つか)まへ所(どころ)のない屁理屈(へりくつ)を並(なら)べて其処辺(そこら)を遍歴(へんれき)致(いた)すと云(い)ふ強者(つわもの)、291おつとドツコイ、292つまらぬ代物(しろもの)だからなア。
293 ネヽ猫撫声(ねこなでごゑ)を出(だ)しやがつて、294夫婦(ふうふ)がいちやづいて此(この)島(しま)に打(うち)渡(わた)り、295グウースケ八兵衛(はちべゑ)と睡(ねむ)つて居(を)るとは念(ねん)の入(い)つた痴呆者(たわけもの)だ』
296『ナヽヽ、297何(なに)を吐(ぬか)しやがるんだい。298情(なさけ)ない事(こと)を云(い)ふて呉(く)れない。299何程(なにほど)羨(うらや)ましうても貴様(きさま)の女房(にようばう)にしてやる訳(わけ)には行(ゆ)かず、300あゝ難儀(なんぎ)のものが出(で)て来(き)たものだ。301俺(おれ)も同情(どうじやう)の涙(なみだ)に暮(く)れぬ事(こと)もないのう怪物(くわいぶつ)』
302怪物(くわいぶつ)『ラヽヽ、303らつちも無(な)い事(こと)を吐(ほざ)くもんぢやないわい。
304 ムヽヽ昔(むかし)から誰一人(たれひとり)目的(もくてき)を達(たつ)した事(こと)のない竜王(りうわう)の玉(たま)を取(と)らうとは無法(むはふ)にも程(ほど)がある。305ほんに命(いのち)知(し)らずの無鉄砲(むてつぱう)者(もの)だのう。306こりや無茶彦(むちやひこ)、307向(むか)つ腹(ぱら)が立(た)つか、308ムツとするか、309虫(むし)が好(す)かぬか、310夫(そ)れや無理(むり)もない。311併(しか)し乍(なが)ら玉(たま)が取(と)りたけれや明朝(あすあさ)とつとと登(のぼ)つたらよからう。312此(この)山(やま)の中腹(ちうふく)には死線(しせん)といつて人間(にんげん)の通(とほ)れぬ所(ところ)があるのだ。313其処(そこ)へ往(ゆ)くと邪気(じやき)充満(じゆうまん)し、314其(その)方(はう)如(ごと)きものが其(その)毒(どく)にあたると心臓(しんざう)痳痺(まひ)を起(おこ)し、315水脹(みづぶく)れになつて死(し)ぬるのだから、316さうすれば俺(おれ)達(たち)が寄(よ)つて集(たか)つて皆(みな)喰(く)つて仕舞(しま)つてやるのだ。317ても扨(さ)ても不愍(いぢらしい)ものだなア』
318伊太(いた)『ウフヽヽヽ、319五月蠅(うるさい)奴(やつ)だなア、320そんな事(こと)を申(まをし)て俺(おれ)達(たち)の荒肝(あらぎも)を取(と)らうと思(おも)ふても駄目(だめ)だぞ。321牛(うし)の丸焼(まるやき)でも二匹(にひき)三匹(さんびき)一遍(いつぺん)に平(たひら)げる此(この)伊太彦(いたひこ)さまだ。322ウゴウゴ致(いた)して居(を)るともう堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒(を)が切(き)れるぞよ。
323 イヽヽ何時(いつ)迄(まで)も何時(いつ)迄(まで)も羨(うらや)ましさうに夫婦(ふうふ)の睦(むつ)まじい姿(すがた)を見(み)て指(ゆび)を銜(くわ)へて見(み)て居(を)るより、324いい加減(かげん)に幻滅(げんめつ)致(いた)したらどうだい。325悪戯(いたづら)も程(ほど)があるぞよ』
326怪物(くわいぶつ)『ノヽヽ、327野太(のぶと)い代物(しろもの)だなア。328野(の)に寝(ね)たり、329山(やま)に寝(ね)たりして露命(ろめい)を繋(つな)いで来(き)て、330漸(やうや)くテルの里(さと)で満足(まんぞく)の家(いへ)に泊(と)めて貰(もら)つたと思(おも)つて得意(とくい)になり、331ブラヷーダを女房(にようばう)に持(も)つたと思(おも)ふて其(その)はしやぎ方(かた)は何(なん)だ。332天下(てんか)の馬鹿者(ばかもの)、333命(いのち)知(し)らずとは貴様(きさま)の事(こと)だ。334イタイタしい伊太彦(いたひこ)の我羅苦多(がらくた)奴(め)、335イヒヽヽヽ』
336伊太(いた)『オヽヽお構(かま)ひだ、337俺(おれ)のする事(こと)をゴテゴテ構(かま)ふて呉(く)れない。
338 クヽヽ苦労(くらう)の凝(かたまり)の花(はな)が咲(さ)いたのだ。339貴様(きさま)もこんなナイスが欲(ほ)しけりや、340ちつと誠(まこと)の道(みち)に苦労(くらう)を致(いた)せ』
341怪物(くわいぶつ)『ヤヽヽ矢釜敷(やかまし)いわい、342夜分(やぶん)に山(やま)の中(なか)で露(つゆ)の宿(やど)を取(と)る厄雑(やくざ)宣伝使(せんでんし)奴(め)、343八岐(やまた)大蛇(をろち)の一(いち)の乾児(こぶん)の此方(このはう)様(さま)に344今(いま)命(いのち)を取(と)られるのを御存(ごぞん)じがないのか。
345 マヽヽ、346負惜(まけをし)みのつよい、347真面目(まじめ)腐(くさ)つた其(その)面付(つらつき)で表面(うはべ)をかざつて居(ゐ)るが、348貴様(きさま)の心(こころ)の中(なか)は地異(ちい)天変(てんぺん)大地震(おほぢしん)が揺(ゆ)つて居(を)らうがな。349どうだ恐(おそ)れ入(い)つたか』
350伊太(いた)『ケヽヽ怪体(けたい)の悪(わる)い怪(け)しからぬ奴(やつ)だ。351怪我(けが)の無(な)い中(うち)に早(はや)く帰(かへ)れといつたら帰(かへ)らぬか。
352 フヽヽ、353不都合(ふつがふ)な、354フザケた事(こと)を致(いた)すと、355捕縛(ふんじば)つて仕舞(しま)ふぞ。356いや踏(ふ)み潰(つぶ)してやらうか、357何(なに)が不足(ふそく)で夜夜中(よるよなか)、358安眠(あんみん)妨害(ばうがい)に出(で)て来(う)せたのだ。359不都合(ふつがふ)な不届(ふとど)きな奴(やつ)、
360 コヽヽ耐(こら)へ袋(ぶくろ)が切(き)れるぞよ。361こん畜生(ちくしやう)、362八岐(やまた)大蛇(をろち)の眷族(けんぞく)なぞは真赤(まつか)な偽(いつは)り、363其(その)方(はう)は数千(すうせんまん)年(ねん)劫(ごふ)を経(へ)た、364苔(こけ)の生(は)えた小狸(こだぬき)であらうがな。
365 エヽヽ、366邪魔(じやま)臭(くさ)ひ、367この金剛杖(こんがうづゑ)をもつて叩(たた)きつけてやらう。368最愛(さいあい)のブラヷーダが安眠(あんみん)の妨害(ばうがい)になる』
369怪物(くわいぶつ)『テヽヽ、370てんごうを致(いた)すな、371此(この)方(はう)の神力(しんりき)と貴様(きさま)の力(ちから)とは天地(てんち)の相違(さうゐ)だ。372デンデン虫(むし)の角(つの)を振(ふ)り立(た)てて気張(きば)つて見(み)たとて373岩石(がんせき)に蚊(か)が襲来(しふらい)するやうなものだ。
374 アヽヽ阿呆(あはう)な限(かぎ)りを尽(つく)さずと、375早(はや)く此処(ここ)を立(た)ち去(さ)れ。376グヅグヅして居(を)るとアフンと致(いた)して泡(あわ)を吹(ふ)くぞよ。377それでも聞(き)かねば、378アンポンタンの黒焼(くろやき)にして食(くつ)てやらうか、379サヽヽサア、380どうだ早速(さつそく)に口(くち)が開(あ)くまいがな。381扨(さ)ても扨(さ)ても見下(みさ)げ果(は)てたる腰抜(こしぬけ)計(ばか)りだな。
382 キヽヽ気(き)に喰(く)はぬ怪物(くわいぶつ)だと思(おも)ふであらうが、383この方(はう)を一体(いつたい)誰(たれ)だと心得(こころえ)て居(ゐ)る。384鬼神(きじん)もひしぐ勇(ゆう)ある結構(けつこう)な五大力(ごだいりき)様(さま)だぞ。
385 ユヽヽ、386夢々(ゆめゆめ)疑(うたが)ふ事(こと)勿(なか)れ。387只今(ただいま)幽界(いうかい)より其(その)方(はう)の命(いのち)を召(め)し取(と)りに来(き)たのだ。388ても扨(さ)ても愉快(ゆくわい)な事(こと)だなア。
389 メヽヽ、迷惑(めいわく)さうな其(その)面付(つらつき)、390薩張(さつぱり)面目玉(めんぼくだま)を踏(ふ)み潰(つぶ)され、391折角(せつかく)貰(もら)ふた嬶(かか)には愛想(あいさう)尽(つ)かされ、392メソメソ吠面(ほえづら)かはくのが、393可憐(かわい)さうだわい。394サア冥途(めいど)の旅(たび)にやつてやらう』
395伊太(いた)『ミヽヽ、396見(み)て居(を)れ。397此(この)伊太彦(いたひこ)の神力(しんりき)を、398何程(なにほど)貴様(きさま)が威張(ゐば)つた所(ところ)が駄目(だめ)だ。399死線(しせん)だらうが、400五線(ごせん)だらうが神力(しんりき)をもつて突破(とつぱ)し、401一戦(いつせん)に勝鬨(かちどき)をあぐる三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)だ。402え体(たい)の知(し)れぬ汝(なんぢ)等(ら)如(ごと)き怪物(くわいぶつ)に辟易(へきえき)するやうで、403どうしてハルナの都(みやこ)に進(すす)む事(こと)が出来(でき)ようか。404タクシャカ竜王(りうわう)でさへも屁込(へこ)ました此(この)方(はう)だ』
405怪物(くわいぶつ)『ヒヽヽ仰有(おつしや)りますわい。406日向(ひなた)にあてたらハシャぐやうな腕(うで)振(ふ)りまはし、407何程(なにほど)威張(ゐば)つて見(み)た所(ところ)で、
408 モヽヽもう駄目(だめ)だ。409耄碌(まうろく)宣伝使(せんでんし)の伊太彦(いたひこ)司(つかさ)、
410 セヽヽ雪隠(せつちん)で饅頭(まんぢう)食(く)ふやうな甘(うま)い事(こと)を考(かんが)へても薩張(さつぱり)駄目(だめ)だ。411終(をは)りの果(はて)には糞(ばば)を垂(た)れるぞよ』
412伊太(いた)『スヽヽ、413好(す)かんたらしい屁理屈(へりくつ)を垂(た)れな。414酢(す)でも蒟蒻(こんにやく)でもいかぬ妖怪(えうくわい)だな。415一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)五(いつ)六(むゆ)七(なな)八(や)九(ここの)十(たり)百(もも)千(ち)万(よろづ)
416 惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
417怪物(くわいぶつ)『キヨキヨキヨ京(きやう)疎(うと)い事(こと)を致(いた)す伊太彦(いたひこ)司(つかさ)、418また幽冥界(いうめいかい)でお目(め)にかからう。419エヘヽヽヽ』
420と体(からだ)を揺(ゆす)りながら何処(いづく)ともなく消(き)えて仕舞(しま)つた。
421伊太(いた)『アハヽヽ、422仕様(しやう)の無(な)い古狸(ふるだぬき)がやつて来(き)やがつて、423嚇(おど)し文句(もんく)を並(なら)べ立(た)て面白(おもしろ)い事(こと)だつた。424アハヽヽヽ』
425 アスマガルダは漸(やうや)く胸(むね)をなでおろし、426四辺(あたり)をキヨロキヨロ見廻(みまは)し乍(なが)ら、
427『アヽ先生(せんせい)428随分(ずいぶん)偉(えら)い奴(やつ)がやつて来(き)たぢやありませぬか。429どうなる事(こと)かと思(おも)つて大変(たいへん)心配(しんぱい)しましたよ。430併(しか)し貴方(あなた)の我(が)の強(つよ)いのにも呆(あき)れましたよ』
431伊太(いた)『アハヽヽヽ、432実(じつ)の所(ところ)は私(わたし)も一寸(ちよつと)面喰(めんくら)つたのだが、433こんな事(こと)に負(まけ)てはならないと空元気(からげんき)を出(だ)して見(み)た所(ところ)、434キヤツキヤツと云(い)つて逃(に)げた時(とき)のおかしさ、435いや心地(ここち)よさ。436斎苑(いそ)の館(やかた)出立(しゆつたつ)以来(いらい)のよい経験(けいけん)だよ』
437ブラヷーダ『神(かみ)様(さま)の仰(おほせ)の通(とほ)り438妾(わらは)の夫(をつと)伊太彦(いたひこ)さまは本当(ほんたう)に勇壮(ゆうさう)活溌(くわつぱつ)の神使(かむつかひ)です。439妾(わらは)はもうこんな強(つよ)い方(かた)を夫(をつと)にもつならば世(よ)に恐(おそ)るべきものは厶(ござ)いませぬわ』
440カークス『アハヽヽヽ、441豪(えら)いお惚(のろ)けで厶(ござ)いますこと。442なあベース、443お浦山吹(うらやまぶき)の至(いた)りぢやないか』
444ベース『ウフツ』
445伊太(いた)『古狸(ふるだぬき)吾(わが)枕辺(まくらべ)に現(あら)はれて
446フルナの弁(べん)をふるふをかしさ。
447ブルブルと慄(ふる)ひ乍(なが)らに古(ふる)さまの
448世迷(よま)ひ言(ごと)をば聞(き)く人(ひと)もあり』
449カークス『恐(おそ)ろしさカークスと思(おも)へど何(なん)となく
450腹(はら)の底(そこ)から慄(ふる)ひけるかな』
451ベース『恐(おそ)ろしさにベースをカークス吾々(われわれ)は
452地獄(ぢごく)におちし心地(ここち)なりけり』
453 其(その)後(ご)は何事(なにごと)もなく夜(よ)はカラリと明(あ)けた。454是(これ)より一行(いつかう)五(ご)人(にん)は死線(しせん)を越(こ)へてウバナンダ竜王(りうわう)の匿(かく)るる岩窟(がんくつ)の玉(たま)を取(と)らむと進(すす)み往(ゆ)く事(こと)となつた。
455(大正一二・五・二四 旧四・九 於教主殿 加藤明子録)
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