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霊界物語
山河草木(第61~72巻、入蒙記)
第63巻(寅の巻)
序歌
総説
第1篇 妙法山月
第1章 玉の露
第2章 妙法山
第3章 伊猛彦
第4章 山上訓
第5章 宿縁
第6章 テルの里
第2篇 日天子山
第7章 湖上の影
第8章 怪物
第9章 超死線
第3篇 幽迷怪道
第10章 鷺と鴉
第11章 怪道
第12章 五託宣
第13章 蚊燻
第14章 嬉し涙
第4篇 四鳥の別
第15章 波の上
第16章 諒解
第17章 峠の涙
第18章 夜の旅
第5篇 神検霊査
第19章 仕込杖
第20章 道の苦
第21章 神判
第22章 蚯蚓の声
余白歌
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霊界物語
>
山河草木(第61~72巻、入蒙記)
>
第63巻(寅の巻)
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<<< 道の苦
(B)
(N)
蚯蚓の声 >>>
第二一章
神判
(
しんぱん
)
〔一六二八〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第63巻 山河草木 寅の巻
篇:
第5篇 神検霊査
よみ(新仮名遣い):
しんけんれいさ
章:
第21章 神判
よみ(新仮名遣い):
しんぱん
通し章番号:
1628
口述日:
1923(大正12)年05月29日(旧04月14日)
口述場所:
天声社
筆録者:
北村隆光
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1926(大正15)年2月3日
概要:
舞台:
ハルセイ山
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
rm6321
愛善世界社版:
283頁
八幡書店版:
第11輯 364頁
修補版:
校定版:
294頁
普及版:
64頁
初版:
ページ備考:
001
ブラヷーダはまだ
十六
(
じふろく
)
才
(
さい
)
の
娘
(
むすめ
)
盛
(
ざか
)
り、
002
初
(
はじ
)
めて
恋
(
こひ
)
しき
父母
(
ふぼ
)
の
家
(
いへ
)
を
離
(
はな
)
れ、
003
二世
(
にせ
)
の
夫
(
をつと
)
と
契
(
ちぎり
)
たる
伊太彦
(
いたひこ
)
力
(
ちから
)
にエルの
港
(
みなと
)
迄
(
まで
)
ヤツと
跟
(
つ
)
いて
来
(
き
)
た
所
(
ところ
)
、
004
初稚姫
(
はつわかひめ
)
の
訓戒
(
くんかい
)
によつて、
005
伊太彦
(
いたひこ
)
は
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
の
宣伝
(
せんでん
)
の
旅
(
たび
)
に
赴
(
おもむ
)
く
事
(
こと
)
となり、
006
翼
(
つばさ
)
を
取
(
と
)
られた
鳥
(
とり
)
の
如
(
ごと
)
く、
007
足
(
あし
)
をもがれし
蟹
(
かに
)
の
如
(
ごと
)
く、
008
淋
(
さび
)
しさと
悲
(
かな
)
しさに
胸
(
むね
)
塞
(
ふさ
)
がり、
009
せめてはエルサレムにて
恋
(
こひ
)
しき
伊太彦
(
いたひこ
)
に
会
(
あ
)
はむ
事
(
こと
)
を
一縷
(
いちる
)
の
望
(
のぞ
)
みとして、
010
歩
(
あゆ
)
みも
慣
(
な
)
れぬ
大原野
(
だいげんや
)
を
打
(
うち
)
渉
(
わた
)
り
嶮
(
けはし
)
き
山路
(
やまぢ
)
を
越
(
こ
)
えて、
011
漸
(
やうや
)
く
此処
(
ここ
)
へ
喘
(
あへ
)
ぎ
喘
(
あへ
)
ぎ
登
(
のぼ
)
りつめて
来
(
き
)
たのである。
012
死線
(
しせん
)
を
越
(
こ
)
えた
時
(
とき
)
の
邪気
(
じやき
)
体内
(
たいない
)
に
幾分
(
いくぶん
)
か
残
(
のこ
)
りし
事
(
こと
)
と
長途
(
ちやうと
)
の
旅
(
たび
)
の
疲
(
つか
)
れとによりて、
013
最早
(
もはや
)
、
014
根
(
こん
)
尽
(
つ
)
き
絶望
(
ぜつばう
)
の
淵
(
ふち
)
に
沈
(
しづ
)
み
居
(
を
)
る
処
(
ところ
)
へ、
015
いとも
凄
(
すさま
)
じき
猛獣
(
まうじう
)
の
声
(
こゑ
)
、
016
彼方
(
かなた
)
此方
(
こなた
)
より
襲
(
おそ
)
ひ
来
(
きた
)
る。
017
淋
(
さび
)
しさ
怖
(
おそ
)
ろしさに
魂
(
たましひ
)
も
消
(
き
)
えむ
許
(
ばか
)
り、
018
バタリと
道端
(
みちばた
)
に
倒
(
たふ
)
れ、
019
決死
(
けつし
)
の
覚悟
(
かくご
)
にて
父母
(
ふぼ
)
兄弟
(
きやうだい
)
、
020
夫
(
をつと
)
の
安全
(
あんぜん
)
を
祈
(
いの
)
りつつ、
021
悲
(
かな
)
しさ
堪
(
た
)
へやらず、
022
声
(
こゑ
)
を
限
(
かぎ
)
りに
泣
(
な
)
き
叫
(
さけ
)
んでゐた
所
(
ところ
)
へ、
023
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
三千彦
(
みちひこ
)
が
突然
(
とつぜん
)
現
(
あら
)
はれて
来
(
き
)
たので、
024
地獄
(
ぢごく
)
で
如来
(
によらい
)
に
会
(
あ
)
ひたる
如
(
ごと
)
き
心地
(
ここち
)
しつつ
重
(
おも
)
き
身
(
み
)
を
起
(
おこ
)
し、
025
やや
落着
(
おちつ
)
きたる
態
(
てい
)
にて、
026
ブラヷーダ『
三千彦
(
みちひこ
)
様
(
さま
)
、
027
よくまア
妾
(
わらは
)
の
断末魔
(
だんまつま
)
とも
云
(
い
)
ふべき
難儀
(
なんぎ
)
の
場所
(
ばしよ
)
へお
越
(
こ
)
し
下
(
くだ
)
さいまして、
028
情
(
なさけ
)
のお
言葉
(
ことば
)
を
賜
(
たまは
)
り、
029
殆
(
ほと
)
んど
甦
(
よみがへ
)
つた
様
(
やう
)
な
心地
(
ここち
)
が
致
(
いた
)
します。
030
就
(
つ
)
きましては
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
仰
(
おほ
)
せは
一人旅
(
ひとりたび
)
との
事
(
こと
)
で
厶
(
ござ
)
いますが、
031
貴方
(
あなた
)
と
妾
(
わらは
)
とは
別
(
べつ
)
に
夫婦
(
ふうふ
)
でもなければ
怪
(
あや
)
しき
恋仲
(
こひなか
)
でも
厶
(
ござ
)
いませぬ。
032
それ
故
(
ゆゑ
)
道
(
みち
)
の
三丁
(
さんちやう
)
や
五丁
(
ごちやう
)
連
(
つ
)
れ
立
(
だ
)
つて
歩
(
ある
)
いた
所
(
ところ
)
で、
033
別
(
べつ
)
に
神
(
かみ
)
のお
咎
(
とが
)
めは
厶
(
ござ
)
いますまい。
034
斯様
(
かやう
)
な
嶮
(
けはし
)
き
山路
(
やまみち
)
、
035
せめて
此
(
この
)
峠
(
たうげ
)
を
向
(
むか
)
ふへ
下
(
くだ
)
る
迄
(
まで
)
、
036
妾
(
わらは
)
と
一緒
(
いつしよ
)
に
行
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さる
訳
(
わけ
)
には
行
(
ゆ
)
きますまいかな。
037
孱弱
(
かよわ
)
い
女
(
をんな
)
の
頼
(
たの
)
み
事
(
ごと
)
、
038
屹度
(
きつと
)
貴方
(
あなた
)
は
肯
(
き
)
いて
下
(
くだ
)
さるでせう。
039
気強
(
きづよ
)
いばかりが
宣伝使
(
せんでんし
)
のお
役
(
やく
)
でも
厶
(
ござ
)
いますまい』
040
と
退
(
の
)
ツ
引
(
ぴき
)
ならぬ
釘
(
くぎ
)
鎹
(
かすがひ
)
、
041
三千彦
(
みちひこ
)
も
姫
(
ひめ
)
の
窮状
(
きうじやう
)
を
見
(
み
)
て、
042
只
(
ただ
)
俯向
(
うつむ
)
いて
吐息
(
といき
)
をついて
居
(
ゐ
)
た。
043
怪
(
あや
)
しき
猛獣
(
まうじう
)
の
声
(
こゑ
)
は
刻々
(
こくこく
)
身辺
(
しんぺん
)
に
近寄
(
ちかよ
)
る
如
(
ごと
)
く
聞
(
きこ
)
えて
来
(
き
)
た。
044
三千彦
(
みちひこ
)
は
如何
(
いかが
)
はせむと、
045
とつおいつ
思案
(
しあん
)
に
暮
(
く
)
れて
居
(
ゐ
)
たが、
046
三千
(
みち
)
『エヽ、
047
ままよ、
048
人
(
ひと
)
を
救
(
すく
)
ふは
宣伝使
(
せんでんし
)
の
役
(
やく
)
、
049
仮令
(
たとへ
)
罪悪
(
ざいあく
)
に
問
(
と
)
はれて
根底
(
ねそこ
)
の
国
(
くに
)
に
落
(
おと
)
されようとも、
050
此
(
この
)
可憐
(
かれん
)
な
女
(
をんな
)
を
見捨
(
みす
)
てて
行
(
ゆ
)
かれようか。
051
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
は
世人
(
よびと
)
の
為
(
ため
)
、
052
千座
(
ちくら
)
の
置戸
(
おきど
)
を
負
(
お
)
ひ
給
(
たま
)
ひしと
聞
(
き
)
く。
053
吾
(
われ
)
も
大神
(
おほかみ
)
の
流
(
なが
)
れを
汲
(
く
)
んで
世
(
よ
)
を
救
(
すく
)
ふ
宣伝使
(
せんでんし
)
なれば、
054
千座
(
ちくら
)
の
置戸
(
おきど
)
を
甘
(
あま
)
んじて
受
(
う
)
けむ。
055
吾
(
わが
)
身
(
み
)
の
罪
(
つみ
)
を
恐
(
おそ
)
れて
人
(
ひと
)
を
救
(
すく
)
はざるは
却
(
かへつ
)
て
神
(
かみ
)
の
御怒
(
みいか
)
りに
触
(
ふ
)
れようも
知
(
し
)
れぬ。
056
初稚姫
(
はつわかひめ
)
様
(
さま
)
のお
言葉
(
ことば
)
は、
057
或
(
あるひ
)
は
吾々
(
われわれ
)
の
心
(
こころ
)
を
試
(
ため
)
されたのではないだらうか。
058
神
(
かみ
)
ならぬ
吾々
(
われわれ
)
、
059
どうして
正邪
(
せいじや
)
善悪
(
ぜんあく
)
の
区別
(
くべつ
)
がつかう。
060
只
(
ただ
)
吾々
(
われわれ
)
が
心
(
こころ
)
で
最善
(
さいぜん
)
と
思
(
おも
)
つた
処
(
ところ
)
を、
061
ドシドシ
行
(
おこな
)
ふのが
吾々
(
われわれ
)
の
務
(
つと
)
めだ。
062
男子
(
だんし
)
は
断
(
だん
)
の
一字
(
いちじ
)
が
宝
(
たから
)
だ。
063
小
(
ちひ
)
さい
事
(
こと
)
に
心
(
こころ
)
ひかれて
躊躇
(
ちうちよ
)
逡巡
(
しゆんじゆん
)
する
事
(
こと
)
はない。
064
私
(
わし
)
が
此
(
この
)
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
を
見捨
(
みす
)
てて
行
(
ゆ
)
かうものなら、
065
必
(
かなら
)
ず
猛獣
(
まうじう
)
の
餌食
(
ゑじき
)
になつて
了
(
しま
)
ふであらう。
066
万々一
(
まんまんいち
)
067
私
(
わし
)
が
罪人
(
つみびと
)
の
群
(
むれ
)
に
落
(
お
)
ちても
救
(
すく
)
はねばならぬ』
068
と
大
(
だい
)
勇猛心
(
ゆうまうしん
)
を
起
(
おこ
)
し、
069
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
の
背
(
せな
)
を
撫
(
な
)
でながら、
070
三千
(
みち
)
『
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
071
必
(
かなら
)
ず
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
なさいますな。
072
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
の
教
(
をしへ
)
は
一人旅
(
ひとりたび
)
でなければならぬと
仰
(
おほ
)
せられましたが、
073
苟
(
いやし
)
くも
男子
(
だんし
)
として
孱弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
の
身
(
み
)
を
只
(
ただ
)
一人
(
ひとり
)
見捨
(
みす
)
てて
行
(
ゆ
)
かれませう。
074
貴女
(
あなた
)
を
救
(
すく
)
ふた
為
(
ため
)
、
075
私
(
わたし
)
が
神
(
かみ
)
の
怒
(
いか
)
りに
触
(
ふ
)
れ、
076
根底
(
ねそこ
)
の
国
(
くに
)
に
落
(
お
)
ちようとも
男
(
をとこ
)
の
意地
(
いぢ
)
、
077
覚悟
(
かくご
)
の
前
(
まへ
)
で
厶
(
ござ
)
います。
078
さア
私
(
わたし
)
が
背
(
せ
)
に
負
(
お
)
ふて
此
(
この
)
急阪
(
きふはん
)
を
越
(
こ
)
えさして
上
(
あ
)
げませう。
079
決
(
けつ
)
して
御
(
ご
)
心配
(
しんぱい
)
なさいますな。
080
三千彦
(
みちひこ
)
は
最早
(
もはや
)
覚悟
(
かくご
)
を
致
(
いた
)
しました』
081
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
は
嬉
(
うれ
)
しげに、
082
『あゝ
世界
(
せかい
)
に
鬼
(
おに
)
は
無
(
な
)
いとやら、
083
三千彦
(
みちひこ
)
様
(
さま
)
、
084
よう
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいました。
085
貴方
(
あなた
)
は
妾
(
わらは
)
を
助
(
たす
)
けて、
086
仮令
(
たとへ
)
根底
(
ねそこ
)
の
国
(
くに
)
に
落
(
お
)
ちるとも
構
(
かま
)
はないと
仰有
(
おつしや
)
いましたな。
087
ほんに
親切
(
しんせつ
)
な
宣伝使
(
せんでんし
)
、
088
妾
(
わらは
)
も
貴方
(
あなた
)
の
為
(
ため
)
には
仮令
(
たとへ
)
根底
(
ねそこ
)
の
国
(
くに
)
に
落
(
お
)
ちようとも、
089
少
(
すこ
)
しも
怨
(
うら
)
みとは
思
(
おも
)
ひませぬ。
090
貴方
(
あなた
)
のやさしいお
言葉
(
ことば
)
は、
091
幾万
(
いくまん
)
年
(
ねん
)
の
喜
(
よろこ
)
びを
集
(
あつ
)
めても
代
(
か
)
へ
難
(
がた
)
く
存
(
ぞん
)
じます』
092
と
俄
(
にはか
)
に
妙
(
めう
)
な
心
(
こころ
)
になつて、
093
乙女心
(
をとめごころ
)
のフラフラと
三千彦
(
みちひこ
)
の
胸
(
むね
)
に
矢庭
(
やには
)
に
喰
(
く
)
ひつき、
094
頬
(
ほほ
)
に
口
(
くち
)
づけをした。
095
三千彦
(
みちひこ
)
は
驚
(
おどろ
)
いて
後
(
あと
)
に
飛
(
と
)
び
去
(
さ
)
り、
096
三千
(
みち
)
『これはしたり、
097
ブラヷーダ
様
(
さま
)
、
098
左様
(
さやう
)
な
事
(
こと
)
を
遊
(
あそ
)
ばすと、
099
それこそ
天則
(
てんそく
)
違反
(
ゐはん
)
になりますから、
100
慎
(
つつし
)
んで
貰
(
もら
)
ひ
度
(
た
)
う
厶
(
ござ
)
います』
101
ブラヷーダ『
妾
(
わらは
)
は
最早
(
もはや
)
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り
手足
(
てあし
)
も
儘
(
まま
)
ならぬ
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
、
102
どうせ
死
(
し
)
なねばならぬ
此
(
この
)
体
(
からだ
)
、
103
仮令
(
たとへ
)
貴方
(
あなた
)
に
負
(
お
)
はれて
此
(
この
)
阪
(
さか
)
を
無事
(
ぶじ
)
に
越
(
こ
)
されても、
104
到底
(
たうてい
)
エルサレムへ
行
(
ゆ
)
く
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ますまい。
105
最早
(
もはや
)
死
(
し
)
を
決
(
けつ
)
した
妾
(
わらは
)
、
106
いとしい
恋
(
こひ
)
しい
貴方
(
あなた
)
の
体
(
からだ
)
に
触
(
ふ
)
れて
死
(
し
)
にましたら、
107
最
(
も
)
はや
此
(
この
)
世
(
よ
)
に
残
(
のこ
)
りは
厶
(
ござ
)
いませぬ』
108
と
犇々
(
ひしひし
)
と
泣
(
な
)
き
崩
(
くづ
)
るる
其
(
その
)
可憐
(
いぢ
)
らしさ。
109
三千彦
(
みちひこ
)
は
当惑
(
たうわく
)
の
目
(
め
)
をしばたたき、
110
三千
(
みち
)
『あゝ
流石
(
さすが
)
は
女
(
をんな
)
だな。
111
まだ
年
(
とし
)
も
行
(
ゆ
)
かぬから
無理
(
むり
)
もないだらうが、
112
こりや
又
(
また
)
えらい
事
(
こと
)
に
出会
(
でつくは
)
したものだ。
113
エー、
114
仕方
(
しかた
)
がない。
115
ブラヷーダ
様
(
さま
)
、
116
貴女
(
あなた
)
の
自由
(
じいう
)
になさいませ。
117
三千彦
(
みちひこ
)
も
覚悟
(
かくご
)
を
致
(
いた
)
して
居
(
を
)
ります』
118
ブラヷーダは
恋
(
こひ
)
しき、
119
懐
(
なつか
)
しき、
120
三千彦
(
みちひこ
)
の
胸
(
むね
)
にピタリと
抱
(
だ
)
きついて
慄
(
ふる
)
ふて
居
(
ゐ
)
る。
121
そこへ
下
(
した
)
の
方
(
はう
)
からスタスタやつて
来
(
き
)
た
一人
(
ひとり
)
の
女
(
をんな
)
は、
122
折
(
をり
)
悪
(
あし
)
くもデビス
姫
(
ひめ
)
であつた。
123
デビス
姫
(
ひめ
)
は
此
(
この
)
態
(
てい
)
を
見
(
み
)
て
眉
(
まゆ
)
を
逆立
(
さかだ
)
て
乍
(
なが
)
ら、
124
グツと
睨
(
にら
)
まへて
居
(
ゐ
)
る。
125
三千彦
(
みちひこ
)
、
126
ブラヷーダは
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
抱
(
だ
)
きついて
泣
(
な
)
いて
居
(
ゐ
)
るので、
127
デビス
姫
(
ひめ
)
が
吾
(
わが
)
前
(
まへ
)
に
立
(
た
)
つて
居
(
を
)
るのも
気
(
き
)
がつかなかつた。
128
ブラヷーダは
蚊
(
か
)
の
泣
(
な
)
く
様
(
やう
)
な
声
(
こゑ
)
で
三千彦
(
みちひこ
)
の
胸
(
むね
)
に
抱
(
いだ
)
かれ、
129
両
(
りやう
)
の
手
(
て
)
で
頬
(
ほほ
)
を
撫
(
な
)
で
乍
(
なが
)
ら、
130
ブラヷーダ『
神徳
(
しんとく
)
高
(
たか
)
き
三千彦
(
みちひこ
)
様
(
さま
)
、
131
何卒
(
どうぞ
)
妾
(
わらは
)
を
末永
(
すゑなが
)
く
可愛
(
かあい
)
がつて
下
(
くだ
)
さいませ。
132
どうやら
足
(
あし
)
の
痛
(
いた
)
みも、
133
貴方
(
あなた
)
の
御
(
ご
)
親切
(
しんせつ
)
にして
下
(
くだ
)
さつた
嬉
(
うれ
)
しさで、
134
忘
(
わす
)
れたやうで
厶
(
ござ
)
います。
135
あゝ
俄
(
にはか
)
に
気分
(
きぶん
)
がサラリとして
参
(
まゐ
)
りました。
136
貴方
(
あなた
)
にはデビス
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
と
云
(
い
)
ふ
立派
(
りつぱ
)
な
奥様
(
おくさま
)
がおありですから、
137
どうせ
末
(
すゑ
)
は
遂
(
と
)
げられませぬが、
138
せめてお
心
(
こころ
)
にかけて
下
(
くだ
)
されば、
139
それで
結構
(
けつこう
)
で
厶
(
ござ
)
います』
140
三千
(
みち
)
『ブラヷーダ
様
(
さま
)
、
141
貴女
(
あなた
)
は
本当
(
ほんたう
)
に
可愛
(
かあい
)
いですね。
142
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
貴女
(
あなた
)
の
仰有
(
おつしや
)
る
通
(
とほ
)
り、
143
私
(
わたし
)
には
不束
(
ふつつか
)
な
女房
(
にようばう
)
を
持
(
も
)
つて
居
(
を
)
りますから、
144
到底
(
たうてい
)
貴女
(
あなた
)
と
添
(
そ
)
ひ
遂
(
と
)
げる
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬ。
145
又
(
また
)
私
(
わたし
)
の
友人
(
いうじん
)
なる
伊太彦
(
いたひこ
)
の
妻
(
つま
)
とお
成
(
な
)
り
遊
(
あそ
)
ばした
以上
(
いじやう
)
は、
146
友人
(
いうじん
)
に
対
(
たい
)
しても、
147
どうして
之
(
これ
)
が……
貴女
(
あなた
)
と
添
(
そ
)
ふ
事
(
こと
)
が
出来
(
でき
)
ませう。
148
貴女
(
あなた
)
も
愛
(
あい
)
しますが
友人
(
いうじん
)
の
伊太彦
(
いたひこ
)
は
層一層
(
そういつそう
)
私
(
わたし
)
は
愛
(
あい
)
して
居
(
を
)
ります』
149
ブラヷーダ『ハイ、
150
よう
云
(
い
)
ふて
下
(
くだ
)
さいました。
151
何卒
(
どうぞ
)
左様
(
さやう
)
なれば
心
(
こころ
)
の
夫婦
(
ふうふ
)
となつて
下
(
くだ
)
さいませぬか』
152
三千
(
みち
)
『あゝどうしたら
宜
(
よ
)
からうかな。
153
こんな
事
(
こと
)
を
聞
(
き
)
くとデビス
姫
(
ひめ
)
を
女房
(
にようばう
)
に
持
(
も
)
つたが
怨
(
うら
)
めしうなつて
来
(
き
)
た。
154
何故
(
なぜ
)
私
(
わし
)
は
伊太彦
(
いたひこ
)
と
朋友
(
ほういう
)
の
縁
(
えん
)
を
結
(
むす
)
んだのだらう。
155
実
(
じつ
)
に
儘
(
まま
)
ならぬ
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
だな。
156
こんな
処
(
ところ
)
をデビスが
見
(
み
)
ようものなら
157
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
心
(
こころ
)
の
好
(
よ
)
い
彼女
(
あれ
)
でも
屹度
(
きつと
)
腹
(
はら
)
を
立
(
た
)
てるであらう。
158
エーもう
構
(
かま
)
はぬ、
159
デビス
姫
(
ひめ
)
でも
伊太彦
(
いたひこ
)
でも
来
(
く
)
るなら
来
(
きた
)
れ、
160
三千彦
(
みちひこ
)
は
此
(
この
)
女
(
をんな
)
の
為
(
ため
)
に
罪人
(
ざいにん
)
となる
覚悟
(
かくご
)
だ』
161
ブラヷーダ『
死出
(
しで
)
三途
(
さんづ
)
、
162
針
(
はり
)
の
山
(
やま
)
、
163
血
(
ち
)
の
池
(
いけ
)
地獄
(
ぢごく
)
でも、
164
貴方
(
あなた
)
とならチツとも
厭
(
いと
)
ひは
致
(
いた
)
しませぬわ』
165
三千彦
(
みちひこ
)
は
何
(
なん
)
となく
心臓
(
しんざう
)
の
鼓動
(
こどう
)
烈
(
はげ
)
しく、
166
息苦
(
いきぐる
)
しきやうになつて
来
(
き
)
た。
167
そして
顔
(
かほ
)
一面
(
いちめん
)
恥
(
はづか
)
しさと
嬉
(
うれ
)
しさの
焔
(
ほのほ
)
が
燃
(
も
)
えて、
168
俄
(
にはか
)
に
暑
(
あつ
)
くなり
舌
(
した
)
さへ
乾
(
かわ
)
いて
来
(
き
)
た。
169
両人
(
りやうにん
)
は
目
(
め
)
も
狂
(
くる
)
ふ
許
(
ばか
)
り
うつつ
となつて、
170
今
(
いま
)
や
恋
(
こひ
)
の
魔
(
ま
)
の
手
(
て
)
に
因
(
とら
)
はれむとする
時
(
とき
)
、
171
『
若草
(
わかくさ
)
の
妻
(
つま
)
の
命
(
みこと
)
を
振
(
ふ
)
り
棄
(
す
)
てて
172
薊
(
あざみ
)
の
花
(
はな
)
に
心
(
こころ
)
うつしつ。
173
デビス
姫
(
ひめ
)
誰
(
たれ
)
も
手折
(
たを
)
らぬ
鬼薊
(
おにあざみ
)
と
174
嫌
(
きら
)
はせ
給
(
たま
)
ふか
怨
(
うら
)
めしの
声
(
こゑ
)
』
175
三千彦
(
みちひこ
)
は
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
にハツと
気
(
き
)
がつき、
176
よくよく
見
(
み
)
れば
紛
(
まが
)
ふ
方
(
かた
)
なきデビス
姫
(
ひめ
)
が
吾
(
わが
)
前
(
まへ
)
に
立
(
た
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
177
三千
(
みち
)
『ヤアお
前
(
まへ
)
はデビス
姫
(
ひめ
)
ぢやないか、
178
そこで
何
(
なに
)
をして
居
(
ゐ
)
る、
179
不都合
(
ふつがふ
)
千万
(
せんばん
)
な』
180
と
狼狽
(
うろた
)
へ
紛
(
まぎ
)
れに
反対
(
あべこべ
)
に
叱
(
しか
)
りつける。
181
デビス『オホヽヽヽヽ、
182
三千彦
(
みちひこ
)
様
(
さま
)
の
凄
(
すご
)
い
腕
(
うで
)
には
此
(
この
)
デビスも
驚
(
おどろ
)
きました。
183
愛
(
あい
)
のない
結婚
(
けつこん
)
は
却
(
かへつ
)
て
貴方
(
あなた
)
に
対
(
たい
)
し
御
(
ご
)
迷惑
(
めいわく
)
様
(
さま
)
、
184
それよりも
妾
(
わらは
)
は
之
(
これ
)
よりエルサレムに
駆
(
か
)
け
向
(
むか
)
ひ、
185
玉国別
(
たまくにわけ
)
の
師
(
し
)
の
君
(
きみ
)
にお
目
(
め
)
にかかり、
186
此
(
この
)
実状
(
じつじやう
)
を
包
(
つつ
)
まず
隠
(
かく
)
さず
申
(
まを
)
し
上
(
あ
)
げますからお
覚悟
(
かくご
)
なさいませや』
187
三千
(
みち
)
『やア、
188
デビス
姫
(
ひめ
)
、
189
さう
怒
(
おこ
)
つては
呉
(
く
)
れな。
190
決
(
けつ
)
してお
前
(
まへ
)
に
愛
(
あい
)
が
薄
(
うす
)
くなつたのではない、
191
今
(
いま
)
も
今
(
いま
)
とてお
前
(
まへ
)
の
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
ひ
煩
(
わづら
)
つて
居
(
ゐ
)
た
所
(
ところ
)
だ。
192
さうした
所
(
ところ
)
がブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
が
此処
(
ここ
)
に
倒
(
たふ
)
れて
居
(
ゐ
)
たため、
193
介抱
(
かいはう
)
を
一寸
(
ちよつと
)
申
(
まをし
)
上
(
あ
)
げた
処
(
ところ
)
、
194
こんな
狂言
(
きやうげん
)
が
出来
(
でき
)
たのだ。
195
タカガ
十六
(
じふろく
)
才
(
さい
)
の
小娘
(
こむすめ
)
、
196
私
(
わし
)
だつてお
前
(
まへ
)
と
見換
(
みかへ
)
る
様
(
やう
)
な
馬鹿
(
ばか
)
な
事
(
こと
)
はせないから、
197
ここは
神直日
(
かむなほひ
)
大直日
(
おほなほひ
)
に
見直
(
みなほ
)
して
機嫌
(
きげん
)
を
直
(
なほ
)
して
呉
(
く
)
れ』
198
デビス『
案
(
あん
)
に
相違
(
さうゐ
)
の
貴方
(
あなた
)
の
為
(
な
)
され
方
(
かた
)
、
199
妾
(
わらは
)
も
女
(
をんな
)
の
端
(
はし
)
くれ、
200
男子
(
をとこ
)
の
玩弄物
(
おもちや
)
にはなりませぬ。
201
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
貴方
(
あなた
)
は
妾
(
わらは
)
の
命
(
いのち
)
の
親様
(
おやさま
)
、
202
決
(
けつ
)
してお
怨
(
うら
)
みは
申
(
まを
)
しませぬ。
203
妾
(
わらは
)
は
只
(
ただ
)
貴方
(
あなた
)
様
(
さま
)
のお
気
(
き
)
に
召
(
め
)
すやうにして
上
(
あ
)
げ
度
(
た
)
いのが
本心
(
ほんしん
)
で
厶
(
ござ
)
いますから、
204
自分
(
じぶん
)
の
愛
(
あい
)
を
犠牲
(
ぎせい
)
に
致
(
いた
)
します。
205
何卒
(
どうぞ
)
ブラヷーダ
様
(
さま
)
を
大切
(
たいせつ
)
にして、
206
末永
(
すゑなが
)
く
添
(
そ
)
ひ
遂
(
と
)
げて
下
(
くだ
)
さいませ。
207
斯
(
か
)
うなつたのも
皆
(
みな
)
妾
(
わらは
)
が
貴方
(
あなた
)
に
対
(
たい
)
する
愛
(
あい
)
が
足
(
た
)
らなかつた
為
(
ため
)
です。
208
そして
貴方
(
あなた
)
が
天則
(
てんそく
)
違反
(
ゐはん
)
の
罪
(
つみ
)
におなりなさらぬやうに
209
妾
(
わらは
)
は
今
(
いま
)
ここで
命
(
いのち
)
を
捨
(
す
)
てて
罪
(
つみ
)
の
身代
(
みがは
)
りになります』
210
三千
(
みち
)
『
一寸
(
ちよつと
)
待
(
ま
)
つて
呉
(
く
)
れ。
211
さう
短気
(
たんき
)
を
出
(
だ
)
すものではない。
212
これには
深
(
ふか
)
い
訳
(
わけ
)
があるのだ。
213
お
前
(
まへ
)
は
今
(
いま
)
来
(
き
)
たので、
2131
前後
(
ぜんご
)
の
事情
(
じじやう
)
を
知
(
し
)
らぬからさう
云
(
い
)
ふのだが、
214
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
と
私
(
わし
)
の
間
(
あひだ
)
は
潔白
(
けつぱく
)
なものだ。
215
惚
(
ほ
)
れたの、
216
好
(
す
)
いたのと
訳
(
わけ
)
が
違
(
ちが
)
ふ。
217
決
(
けつ
)
して
惚
(
ほ
)
れはせぬから
安心
(
あんしん
)
して
呉
(
く
)
れ』
218
デビス『オホヽヽヽ
菖蒲
(
あやめ
)
と
杜若
(
かきつばた
)
とどれ
丈
(
だ
)
け
違
(
ちが
)
ひますか、
219
烏賊
(
いか
)
と
鯣
(
するめ
)
と、
220
どれ
丈
(
だ
)
けの
区別
(
くべつ
)
が
厶
(
ござ
)
いますか』
221
三千
(
みち
)
『いかにも
章魚
(
たこ
)
にも
蟹
(
かに
)
にも
足
(
あし
)
は
四人前
(
よにんまへ
)
だ、
222
アハヽヽヽ』
223
と
笑
(
わら
)
ひに
紛
(
まぎ
)
らさうとする。
224
デビス『
三千彦
(
みちひこ
)
さま、
225
措
(
お
)
きなさいませ。
226
そんな
事
(
こと
)
で
誤魔化
(
ごまくわ
)
さうとしても
駄目
(
だめ
)
ですよ。
227
それよりも
男
(
をとこ
)
らしう「デビス、
228
お
前
(
まへ
)
に
愛
(
あい
)
が
無
(
な
)
くなつたから
別
(
わか
)
れて
呉
(
く
)
れ」と
仰有
(
おつしや
)
つて
下
(
くだ
)
さい。
229
蛇
(
くちなは
)
の
生殺
(
なまごろし
)
は
殺生
(
せつしやう
)
で
厶
(
ござ
)
いますからな』
230
ブラヷーダ『もしデビス
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
、
231
何事
(
なにごと
)
も
妾
(
わらは
)
が
悪
(
わる
)
いので
厶
(
ござ
)
います。
232
三千彦
(
みちひこ
)
様
(
さま
)
の
罪
(
つみ
)
ぢや
厶
(
ござ
)
いませぬ、
233
妾
(
わらは
)
も
危
(
あぶ
)
ない
所
(
ところ
)
を
助
(
たす
)
けられ、
234
その
嬉
(
うれ
)
しさに
前後
(
ぜんご
)
も
忘
(
わす
)
れ、
235
つひ
恋
(
こひ
)
の
魔
(
ま
)
の
手
(
て
)
に
因
(
とら
)
はれて
妙
(
めう
)
な
考
(
かんが
)
へを
起
(
おこ
)
しましたが、
236
今
(
いま
)
貴女
(
あなた
)
のお
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
るにつけ
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
で、
237
身
(
み
)
につまされて、
238
坐
(
ゐ
)
ても
立
(
た
)
つても
居
(
を
)
れなくなりました。
239
何卒
(
どうぞ
)
三千彦
(
みちひこ
)
様
(
さま
)
と
仲
(
なか
)
よく
添
(
そ
)
ふて
下
(
くだ
)
さい。
240
妾
(
わらは
)
は
貴方
(
あなた
)
に
対
(
たい
)
する
言
(
い
)
ひ
訳
(
わけ
)
の
為
(
た
)
め
241
ここで
自害
(
じがい
)
して
相果
(
あひは
)
てます。
242
三千彦
(
みちひこ
)
様
(
さま
)
、
243
之
(
これ
)
が
此
(
この
)
世
(
よ
)
のお
別
(
わか
)
れ』
244
と
云
(
い
)
ふより
早
(
はや
)
く
守刀
(
まもりがたな
)
を
取
(
と
)
り
出
(
いだ
)
し、
245
今
(
いま
)
や
自害
(
じがい
)
をなさむとする
時
(
とき
)
しも、
246
天空
(
てんくう
)
を
焦
(
こが
)
して
下
(
くだ
)
り
来
(
きた
)
る
大火団
(
だいくわだん
)
は
忽
(
たちま
)
ち
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
前
(
まへ
)
に
落下
(
らくか
)
し、
247
轟然
(
ぐわうぜん
)
たる
響
(
ひびき
)
と
共
(
とも
)
に
爆発
(
ばくはつ
)
して
火花
(
ひばな
)
を
四方
(
しはう
)
に
散
(
ち
)
らした。
248
三千彦
(
みちひこ
)
、
249
ブラヷーダの
二人
(
ふたり
)
はアツと
呆
(
あき
)
れて
路上
(
ろじやう
)
に
倒
(
たふ
)
れて
了
(
しま
)
つた。
250
今
(
いま
)
迄
(
まで
)
デビス
姫
(
ひめ
)
と
見
(
み
)
えしは
容色
(
ようしよく
)
端麗
(
たんれい
)
なる
一柱
(
ひとはしら
)
の
女神
(
めがみ
)
であつた。
251
女神
(
めがみ
)
は
言葉
(
ことば
)
静
(
しづ
)
かに
両人
(
りやうにん
)
に
向
(
むか
)
ひ、
252
女神
(
めがみ
)
『
妾
(
われ
)
こそは
天教山
(
てんけうざん
)
に
鎮
(
しづ
)
まる
木花
(
このはな
)
咲耶姫
(
さくやひめの
)
命
(
みこと
)
であるぞよ。
253
汝
(
なんぢ
)
三千彦
(
みちひこ
)
、
254
ブラヷーダの
両人
(
りやうにん
)
、
255
ハルセイ
山
(
ざん
)
の
悪魔
(
あくま
)
に
良心
(
りやうしん
)
を
攪乱
(
かくらん
)
され、
256
今
(
いま
)
や
大罪
(
だいざい
)
を
犯
(
をか
)
さむとせし
所
(
ところ
)
、
257
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
の
罪
(
つみ
)
を
救
(
すく
)
ふべくデビス
姫
(
ひめ
)
と
化相
(
けさう
)
して、
258
汝
(
なんぢ
)
の
迷夢
(
めいむ
)
を
覚
(
さ
)
まし
与
(
あた
)
へしぞ。
259
以後
(
いご
)
は
必
(
かなら
)
ず
慎
(
つつし
)
んだがよからう。
260
神
(
かみ
)
は
決
(
けつ
)
して
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
を
憎
(
にく
)
みは
致
(
いた
)
さぬ、
261
過失
(
あやまち
)
を
二度
(
ふたたび
)
なす
勿
(
なか
)
れ』
262
と
言葉
(
ことば
)
厳
(
おごそ
)
かに
諭
(
さと
)
し
給
(
たま
)
ふた。
263
二人
(
ふたり
)
はハツと
平伏
(
ひれふ
)
し、
264
『ハイ
265
有難
(
ありがた
)
う』
266
と
僅
(
わづか
)
に
云
(
い
)
つたきり、
267
その
場
(
ば
)
に
泣
(
な
)
き
入
(
い
)
るのみであつた。
268
三千彦
(
みちひこ
)
『
三五
(
あななひ
)
の
神
(
かみ
)
の
恵
(
めぐ
)
みは
何処
(
どこ
)
迄
(
まで
)
も
269
吾
(
わが
)
魂
(
たましひ
)
を
守
(
まも
)
り
給
(
たま
)
ひぬ。
270
若草
(
わかくさ
)
の
妻
(
つま
)
の
命
(
みこと
)
と
現
(
あら
)
はれて
271
教
(
をし
)
へ
給
(
たま
)
ひし
神
(
かみ
)
ぞ
尊
(
たふと
)
き』
272
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
『
恋雲
(
こひぐも
)
も
今
(
いま
)
は
漸
(
やうや
)
く
晴
(
は
)
れ
行
(
ゆ
)
きぬ
273
天津
(
あまつ
)
御空
(
みそら
)
を
照
(
て
)
らす
光
(
ひかり
)
に。
274
火
(
ひ
)
の
玉
(
たま
)
となりて
下
(
くだ
)
りし
姫神
(
ひめがみ
)
の
275
御心
(
みこころ
)
思
(
おも
)
へばいとど
尊
(
たふと
)
し。
276
何故
(
なにゆゑ
)
か
怪
(
あや
)
しき
雲
(
くも
)
に
襲
(
おそ
)
はれて
277
人夫
(
ひとづま
)
恋
(
こひ
)
し
吾
(
われ
)
ぞ
悔
(
くや
)
しき』
278
三千彦
(
みちひこ
)
『よしや
身
(
み
)
は
根底
(
ねそこ
)
の
国
(
くに
)
に
落
(
お
)
つるとも
279
汝
(
なれ
)
救
(
すく
)
はむと
思
(
おも
)
ひけるかな。
280
皇神
(
すめかみ
)
の
掟
(
おきて
)
の
綱
(
つな
)
に
縛
(
しば
)
られて
281
身
(
み
)
の
苦
(
くる
)
しさを
味
(
あぢ
)
はふ
今日
(
けふ
)
かな。
282
いざさらばブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
よ
三千彦
(
みちひこ
)
は
283
汝
(
なれ
)
に
別
(
わか
)
れて
一人
(
ひとり
)
行
(
ゆ
)
かなむ』
284
ブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
『なつかしき
教
(
をしへ
)
の
君
(
きみ
)
に
立別
(
たちわか
)
れ
285
恋
(
こひ
)
の
山路
(
やまぢ
)
を
登
(
のぼ
)
りてや
行
(
ゆ
)
かむ』
286
斯
(
か
)
く
互
(
たがひ
)
に
述懐
(
じゆつくわい
)
を
宣
(
の
)
べ
乍
(
なが
)
ら
袂
(
たもと
)
を
別
(
わか
)
ち、
287
三千彦
(
みちひこ
)
はブラヷーダ
姫
(
ひめ
)
の
追付
(
おつつ
)
かぬやうと
上
(
のぼ
)
り
阪
(
ざか
)
を
急
(
いそ
)
ぎ
行
(
ゆ
)
く。
288
ブラヷーダは
又
(
また
)
追
(
おひ
)
付
(
つ
)
いては
却
(
かへつ
)
て
三千彦
(
みちひこ
)
に
迷惑
(
めいわく
)
をかけむも
知
(
し
)
れずと、
289
故意
(
わざ
)
とに
足許
(
あしもと
)
を
遅
(
おそ
)
くして
神歌
(
しんか
)
を
唱
(
とな
)
へ
乍
(
なが
)
ら
上
(
のぼ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
290
(
大正一二・五・二九
旧四・一四
於天声社
北村隆光
録)
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