霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 追劇(ついげき)〔一七九〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻 篇:第1篇 追僧軽迫 よみ(新仮名遣い):ついそうけいはく
章:第1章 追劇 よみ(新仮名遣い):ついげき 通し章番号:1790
口述日:1925(大正14)年11月07日(旧09月21日) 口述場所:祥明館 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1929(昭和4)年2月1日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
玄真坊は、シャカンナの元部下たちを引き連れて、バルギーといっしょに逃げたダリヤ姫を捜索していた。部下の一人、コブライとともに山中の立岩までやってきた。
コブライは玄真坊の待遇に文句を言いつつ、女に逃げられたことをからかっている。日が暮れてきたため、二人は立岩のくぼみで眠りについた。
そこへダリヤ姫を捜索している山賊の部下たちがやってくる。山賊たちは暗闇に怖気づいて、怖さを紛らわすために歌を歌いだした。
玄真坊とコブライはそれに気づいて目を覚ます。コブライは玄真坊をからかおうと、ダリヤ姫の声色を使い、玄真坊を茨の中へ飛び込ませようとする。
玄真坊はダリヤに近づこうとするが、落とし穴に落ち込んでしまう。その悲鳴に驚いたコブライも、いっしょに穴に落ちてしまう。山賊たちはてっきり化け物の仕業と思い、逃げてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2019-01-11 17:46:43 文字数:6394 OBC :rm7101
愛善世界社版:7頁 八幡書店版:第12輯 501頁 修補版: 校定版:7頁 普及版:2頁 初版: ページ備考:
001神(かみ)の恵(めぐみ)の豊(ゆた)かなる
002言霊(ことたま)開(ひら)く天恩郷(てんおんきやう)
003其(その)頂上(ちやうじやう)に聳(そび)え立(た)つ
004銀杏(いてふ)の大木(おほき)は天(てん)を摩(ま)し
005黄金(こがね)の扇子(せんす)をかざしつつ
006これの聖場(せいぢやう)は万寿苑(まんじゆゑん)
007五六七(みろく)の御代(みよ)の果(はて)迄(まで)も
008変(かは)る事(こと)なき瑞祥閣(ずゐしやうかく)
009四方(よも)は錦(にしき)の山屏風(やまびやうぶ)
010引立(ひきた)てまはし綾(あや)の機(はた)
011経(たて)と緯(よこ)とに織(おり)なして
012我(わが)日(ひ)の本(もと)は云(い)ふも更(さら)
013大地(だいち)のあらむ果(はて)までも
014神光(しんくわう)照(て)らす光照殿(くわうせうでん)
015いよいよ茲(ここ)に落成(らくせい)を
016告(つ)げし菊月(きくづき)上八日(かみやうか)
017南桑田(みなみくはだ)の平原(へいげん)を
018一目(ひとめ)に瞰下(みおろ)す要害地(えうがいち)
019天正(てんしやう)二(に)年(ねん)の其(その)昔(むかし)
020織田(おだ)の右府(いうふ)に仕(つか)へたる
021土岐(どき)の一族(いちぞく)光秀(みつひで)が
022偉業(ゐげふ)の跡(あと)を偲(しの)びつつ
023祥明館(しやうめいくわん)の奥(おく)の間(ま)で
024千年(ちとせ)を因(ちな)む松村(まつむら)氏(し)
025三五(さんご)の光(ひかり)の瑞月(ずゐげつ)が
026暗(くら)き此(この)世(よ)を照(てら)さむと
027神(かみ)の御言(みこと)を蒙(かかぶ)りて
028何時(いつ)もの通(とほ)り横(よこ)に臥(ふ)し
029褥(しとね)の船(ふね)に身(み)を任(まか)せ
030畳(たたみ)の波(なみ)に浮(うか)びつつ
031太平洋(たいへいやう)を横断(わうだん)し
032印度(いんど)の海(うみ)を乗越(のりこ)えて
033往古(わうこ)文明(ぶんめい)と聞(きこ)えたる
034七千(しちせん)余国(よこく)の月(つき)の国(くに)
035タラハン城(じやう)に仕(つか)へたる
036左守(さもり)の司(かみ)の隠(かく)れ処(が)に
037スガの港(みなと)のダリヤ姫(ひめ)
038言葉(ことば)巧(たくみ)にそそのかし
039をびき出(だ)したる天真坊(てんしんばう)
040悪鬼(あくき)羅刹(らせつ)に憑依(ひようい)され
041タニグク谷(だに)の山奥(やまおく)に
042其(その)醜態(しうたい)をさらしたる
043滑稽(こつけい)悲惨(ひさん)の物語(ものがたり)
044千山(せんざん)万水(ばんすい)(山河(さんか)草木(さうもく))子(ね)(戌(いぬ))の巻(まき)の
045初頭(しよとう)にこまごま記(しる)しゆく
046あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
047御霊(みたま)幸(さちは)ひましませよ。
048 稀代(きたい)の売僧(まいす)坊主(ばうず)奸侫(かんねい)邪智(じやち)の曲者(くせもの)乍(なが)ら、049どこともなく間(ま)のぬけた面構(つらがまへ)、050頭(あたま)は仔細(しさい)らしく丸(まる)めてゐるが、051元来(ぐわんらい)毛(け)のうすい性(たち)で、052別(べつ)にかみそりの御(ご)節介(せつかい)に預(あづか)らなくとも済(す)む筈(はず)のピカピカ光(ひか)つた調法(てうはふ)な頭(あたま)の持主(もちぬし)、053鼻(はな)の先(さき)が妙(めう)に尖(とが)り、054目(め)は少(すこ)し許(ばか)り釣(つり)上(あが)り、055前歯(まへば)が二本(にほん)056厚(あつ)い唇(くちびる)からニユツとはみ出(だ)し、057何(なに)程(ほど)オチヨボ口(ぐち)をしようとしても、058此(この)二(に)枚(まい)の前歯(まへば)丈(だけ)は雰囲気(ふんゐき)外(ぐわい)に突出(とつしゆつ)して、059治外(ちぐわい)法権(はふけん)の状態(じやうたい)である。060川瀬(かはせ)の乱杭(らんぐひ)宜(よろ)しくといふ歯並(はなみ)に、061茹損(ゆでぞこな)ひの田螺(たにし)の如(や)うな歯(は)くそだらけの歯(は)をむき出(だ)し、062ダリヤ姫(ひめ)の捜索(そうさく)に両眼(りやうがん)を血走(ちばし)らせ、063谷間(たにあひ)の坂道(さかみち)を息使(いきづか)ひ荒(あら)く、064泡(あわ)を吹(ふ)き飛(と)ばし乍(なが)ら、065数多(あまた)の小盗児(せうとる)連(れん)を四方(しはう)八方(はつぱう)に間配(まくば)り、066自分(じぶん)はダリヤ姫(ひめ)が逃(に)げたらしいと思(おも)はるる山路(やまみち)を選(えら)んで、067泥棒(どろばう)の中(なか)でもチツと許(ばか)り気(き)の利(き)いたらしいコブライを引(ひ)き具(ぐ)し、068猪(しし)の通(とほ)つた跡(あと)を洋犬(かめ)が嗅(か)ぎつけるやうな調子(てうし)で、069此(この)山中(さんちう)に名高(なだか)い立岩(たていは)の麓(ふもと)迄(まで)やつて来(き)た。070時々(ときどき)毒虫(どくむし)に驚(おどろ)かされ、071猛獣(まうじう)に肝(きも)をひしがれつつ、072夕陽(ゆふひ)のおつる頃(ころ)、073足(あし)が棒(ぼう)になつたと呟(つぶや)き乍(なが)ら、074根気(こんき)尽(つ)きて路傍(ろばう)の草(くさ)の上(うへ)に、075座骨(ざこつ)の突出(とつしゆつ)した貧弱(ひんじやく)な尻(しり)をドスンと卸(おろ)した。
076天真坊(てんしんばう)『オイ、077コブライ、078どうだ、079一寸(ちよつと)一服(いつぷく)やらうぢやないか、080交通(かうつう)機関(きくわん)にチツト許(ばか)り油(あぶら)をささなくちや運転(うんてん)不能(ふのう)となりさうだ。081どうも此(この)急坂(きふはん)を夜昼(よるひる)なしに踏破(たふは)したものだから、082膝坊主(ひざばうず)がチツと許(ばか)り抗議(かうぎ)を申(まをし)出(い)でて、083止(や)むを得(え)ず休養(きうやう)を命(めい)ずる事(こと)にしたのだ。084エヽ汝(きさま)は此(この)間(あひだ)にそこら中(ぢう)を、085一寸(ちよつと)、086偵察(ていさつ)して来(き)てくれないか、087あのダリヤだつて、088何(なに)程(ほど)足(あし)が速(はや)いと云(い)つても女(をんな)だ、089余(あま)り遠(とほ)くは行(ゆ)くまいからのう』
090コブライ『成程(なるほど)、091そりやさうかも知(し)れませぬな、092併(しか)し乍(なが)ら吾々(われわれ)はもう暮六(くれむ)つ下(さが)つてをりますから、093目(め)の角膜院(かくまくゐん)が就寝(しうしん)の喇叭(らつぱ)を吹(ふ)きかけました。094夜分(やぶん)迄(まで)日当(につたう)は貰(もら)つて居(を)りませぬから、095コブライも化身(けしん)さまと一所(いつしよ)に休養(きうやう)さして貰(もら)ひませうかい、096何(なん)と云(い)つてもタカが人間(にんげん)です、097天帝(てんてい)の化身(けしん)ともあらう聖者(せいじや)が、098根気(こんき)尽(つ)きて行倒(ゆきだふ)れを遊(あそ)ばすといふ此(この)場合(ばあひ)、099どうしてコンパスが働(はたら)きませう。100そんな事(こと)いはずに休(やす)む時(とき)にや気良(きよ)う休(やす)まして下(くだ)はいな、101こん丈(だけ)広(ひろ)い山野(さんや)を一人(ひとり)の女(をんな)を何時(いつ)迄(まで)捜(さが)したつて、102さう易々(やすやす)と見付(みつ)かるものぢやありませぬワ。103斯(か)うして一服(いつぷく)して居(を)ると、104ダリヤさまが後(あと)からバルギーと一緒(いつしよ)に意茶(いちや)つきもつて通(とほ)るかも知(し)れませぬ。105さうすりや、106居(ゐ)乍(なが)らにして、107目的(もくてき)の瑞宝(ずゐほう)を手(て)に入(い)れるも同然(どうぜん)ですからなア』
108天(てん)『エー、109泥棒(どろばう)の癖(くせ)に弱音(よわね)をふく奴(やつ)だな。110エ、111併(しか)し乍(なが)ら人間(にんげん)万事(ばんじ)塞翁(さいをう)の牛(うし)の尻(けつ)といふから、112何(なに)が都合(つがふ)になるとも分(わか)らない。113今日(けふ)は特別(とくべつ)の恩典(おんてん)を以(もつ)て黙許(もくきよ)しておかうかい、114ウツフヽヽヽ』
115コブ『天真坊(てんしんばう)さま、116笑(わら)ひごつちやありませぬよ。117僕(ぼく)は、118私(わたくし)は真剣(しんけん)に弱(よわ)つてるのですからな。119エ、120併(しか)し人間(にんげん)万事(ばんじ)塞翁(さいをう)の牛(うし)の尻(けつ)と仰有(おつしや)いましたね、121塞翁(さいをう)の馬(うま)の糞(くそ)とは違(ちが)ひますか』
122天(てん)『馬(うま)でも牛(うし)でも可(よ)いぢやないか、123俺(おれ)が牛(うし)の尻(けつ)といふたのは、124物識(ものしり)といふ意味(いみ)だ』
125コ『成程(なるほど)、126天帝(てんてい)の化身(けしん)さま丈(だけ)あつて、127何(なん)でも能(よ)く物(もの)を知(し)つて御座(ござ)るといふ謎(なぞ)ですな』
128天(てん)『きまつた事(こと)だ、129三千(さんぜん)世界(せかい)の事(こと)なら、130宇宙(うちう)開闢(かいびやく)の初(はじ)めから、131小(せう)は微塵(みぢん)に至(いた)る迄(まで)、132漏(も)れなく落(おち)なく、133鏡(かがみ)にかけたる如(ごと)く知(し)りぬいてゐる名僧(めいそう)知識(ちしき)だ、134オツホン』
135コ『エツヘヽヽ、136それ程(ほど)何(なに)もかも能(よ)く分(わか)る牛(うし)のケツ先生(せんせい)が、137あれ程(ほど)大(おほ)きいダリヤ姫(ひめ)の行方(ゆくへ)を捜(さが)すのに、138シヤカンナ頭目(とうもく)の部下(ぶか)二百(にひやく)人(にん)迄(まで)借用(しやくよう)して、139捜索(そうさく)せにやならぬとはチツと矛盾(むじゆん)ぢやありませぬか』
140天(てん)『馬鹿(ばか)をいふな、141恋(こひ)は異(い)なもの乙(おつ)なもの、142オツとどつこい、143恋(こひ)は曲者(くせもの)といふぢやないか、144久米(くめ)の仙人(せんにん)でさへも、145女(をんな)の白(しろ)い脛(はぎ)をみて空中(くうちう)から墜落(つゐらく)したといふ話(はなし)がある。146何(なに)程(ほど)天帝(てんてい)の化身(けしん)でも、147女(をんな)に迷(まよ)ふた以上(いじやう)は咫尺(しせき)暗澹(あんたん)、148全(まつた)く常暗(とこやみ)となるのは当然(たうぜん)の理(り)だ』
149コ『ヘーン、150さうですかいな、151妙(めう)ですな、152怪体(けつたい)な事(こと)をいひますな、153不可思議(ふかしぎ)千万(せんばん)、154奇妙(きめう)頂礼(ちやうらい)、155古今(ここん)独歩(どつぽ)、156珍々(ちんちん)無類(むるゐ)、157石(いし)が流(なが)れて木(こ)の葉(は)が沈(しづ)んで、158天(てん)が地(ち)となり、159地(ち)が天(てん)となりさうな塩梅(あんばい)式(しき)だ。160女(をんな)といふ奴(やつ)ア、161之(これ)を聞(き)くと実(じつ)に恐(おそ)ろしい代物(しろもの)だワイ。162さうすると天真坊(てんしんばう)さま、163お前(まへ)さまを盲(めくら)にする丈(だけ)の器量(きりやう)を持(も)つてゐるダリヤ姫(ひめ)は、164余(よ)つ程(ぽど)偉(えら)い者(もの)ですなア。165婦人(ふじん)は孱弱(かよわ)き男子(だんし)なりといふ熟語(じゆくご)は聞(き)いてをりますが、166婦人(ふじん)は最(もつとも)強(つよ)き男子(だんし)なりと云(い)ひたくなるぢやありませぬか』
167天(てん)『そこらにゴロゴロしてゐる、1671コンマ以下(いか)の女(をんな)と違(ちが)ひ、168何(なん)といつても天(あま)の河原(かはら)に玉(たま)の舟(ふね)を浮(うか)べ、169天降(あまくだ)り遊(あそ)ばした棚機姫(たなばたひめ)の化身(けしん)だもの、170そりや当然(あたりまへ)だよ』
171コ『成程(なるほど)、172それぢや一(ひと)つ七夕(たなばた)さまをお祈(いの)りしてダリヤ姫(ひめ)の在処(ありか)を判然(はつきり)と知(し)らして頂(いただ)かうぢやありませぬか。173お前(まへ)さまも天帝(てんてい)の化身(けしん)で、174七夕姫(たなばたひめ)と夫婦(ふうふ)ぢやと仰有(おつしや)つた事(こと)を覚(おぼ)えてゐますが、175なんぼ何(なん)でも天帝(てんてい)の化身(けしん)様(さま)が女帝(によてい)の行方(ゆくへ)が分(わか)らないとは、176チツと理窟(りくつ)に合(あ)はないやうに思(おも)ひますがな』
177天(てん)『きまつた事(こと)だい、178七夕姫(たなばたひめ)と彦星(ひこぼし)の俺(おれ)とは昔(むかし)から年(ねん)に一度(いちど)より会(あ)はれない規則(きそく)だから、179分(わか)らぬのも無理(むり)はない。180それを毎日(まいにち)日日(ひにち)会(あ)ふて楽(たのし)まふといふのだから、181チツとはこちにも無理(むり)があると云(い)ふものだ。182併(しか)し乍(なが)ら一旦(いつたん)思(おも)ひ込(こ)んだ事(こと)はやり通(とほ)さなくちや、183男子(だんし)の意地(いぢ)が立(た)たない、184否(いな)天真坊(てんしんばう)の威厳(ゐげん)に関(くわん)する問題(もんだい)だ』
185コ『成程(なるほど)、186いかにも、187御尤(ごもつと)も千万(せんばん)、188エ、189万々一(まんまんいち)、190ダリヤ姫(ひめ)が肱鉄(ひぢてつ)をかました時(とき)は貴方(あなた)如何(どう)するお考(かんが)へですか』
191天(てん)『ヘン、192馬鹿(ばか)いふな、193そんな事(こと)があつて堪(たま)らうかい、194ダリヤはぞつこん俺(おれ)にラブしてゐるよ』
195コ『ウツフヽヽ、196それ程(ほど)ラブしてゐる者(もの)が、197なぜお前(まへ)さまの寝(ね)てゐる間(ま)を考(かんが)へ、198顔(かほ)に落書(らくがき)までして遁亡(とんばう)したのですか』
199天(てん)『そりやお前(まへ)の解釈(かいしやく)が違(ちが)ふ。200ダリヤも余(あま)り長(なが)い山道(やまみち)を歩(ある)いて来(き)たものだから大変(たいへん)にくたぶれてゐよつた。201そこへメツタ矢鱈(やたら)に酒(さけ)を呑(の)ましたものだから、202グツタリと寝込(ねこ)んで了(しま)ひ、203目(め)がくらんで人間違(ひとまちがひ)をしよつたのだ。204バルギーの奴(やつ)、205酢(す)でも菎蒻(こんにやく)でもゆかぬ悪党(あくたう)だから、206ダリヤや俺(おれ)達(たち)の寝(ね)た間(ま)に、207そつと面(つら)に落書(らくがき)を致(いた)し、208一見(いつけん)俺(おれ)の面(つら)とみえないやうにしておき、209其(その)間(ま)にダリヤをゆすり起(おこ)し、210俺(おれ)の声色(こはいろ)を使(つか)ひ、211甘(うま)く夜陰(やいん)に紛(まぎ)れ、212をびき出(だ)しよつたものと察(さつ)する。213ダリヤは今朝(けさ)あたり、214ハツキリ人(ひと)の面(つら)がみえるやうになつてから、215バルギーのしやつ面(つら)を眺(なが)めて、216さぞ案(あん)に相違(さうゐ)しびつくり仰天(ぎやうてん)した事(こと)だらうよ。217ダリヤに限(かぎ)つて、218俺(おれ)を見(み)すてるやうな心(こころ)は、2181微塵(みぢん)毛頭(まうとう)も持(も)つてゐやう筈(はず)がない、219屹度(きつと)バルギーが俺(おれ)に化(ば)けて、220寝(ね)とぼけ眼(まなこ)を幸(さいはひ)、221ゴマかしよつたのだ。222何(なん)と云(い)つても、223世界(せかい)の女(をんな)は、224一度(いちど)俺(おれ)の面(つら)を拝(をが)んだが最後(さいご)、225決(けつ)して忘(わす)れるものぢやない。226況(いはん)や甘(あま)つたるい言(こと)を一口(ひとくち)でもかけて貰(もら)つた女(をんな)は、227何程(なにほど)蜂(はち)を払(はら)ふやうにしたつて、228俺(おれ)にや能(よ)う放(はな)れないのだ、229エヘヽヽヽ』
230と口角(こうかく)よりツーツーとさがる糸(いと)のやうな、231ねんばりしたものを、232手(て)の甲(かふ)で手繰(たぐ)つてゐる。
233コ『イツヒヽヽヽ、234此奴(こいつ)ア面白(おもしろ)い、235奇妙(きめう)奇天烈(きてれつ)、236珍々(ちんちん)無類(むるゐ)だ』
237 日(ひ)は西山(せいざん)に沈(しづ)んで天(てん)から暗(やみ)が砕(くだ)けた如(や)うにおちて来(き)た。238闇(くら)がりはゴムをふくらしたやうに四方(しはう)八方(はつぱう)へ拡(ひろ)がつてゆく。239時鳥(ほととぎす)の声(こゑ)は彼方(あなた)此方(こなた)より競争(きやうさう)的(てき)に聞(きこ)えて来(く)る。240二人(ふたり)は止(や)むを得(え)ず、241立岩(たていは)の凹(くぼ)みに体(からだ)をもたせかけ早(はや)くも鼾(いびき)の幕(まく)がおりた。
242 シヤカンナの部下(ぶか)と仕(つか)へてゐた四五(しご)人(にん)の小盗児(せうとる)連(れん)は、243之(これ)もヤツパリ、244ダリヤ姫(ひめ)の捜索(そうさく)を頼(たの)まれて、245彼方(あなた)此方(こなた)の密林(みつりん)をかきわけ、246蜘蛛(くも)の巣(す)だらけになつてやつて来(き)たが、247背丈(せたけ)にのびた道傍(みちばた)の草(くさ)や、248深(ふか)い木(こ)かげに星(ほし)一(ひと)つ見(み)えず、249進退(しんたい)谷(きは)まつて、250一同(いちどう)茲(ここ)に枕(まくら)を並(なら)べようと横(よこ)になつた。251何(なん)だか暗(くら)がりで分(わか)らないがグヅグヅグヅと雑炊(ざふすゐ)でもたいてゐる如(や)うな声(こゑ)がする。
252甲(かふ)『オイ何(なん)だか妙(めう)な音(おと)がするぢやないか。253ここは立岩(たていは)といつて、254昔(むかし)から化州(ばけしう)の出(で)る所(ところ)だ、255チツと用心(ようじん)せななるまいよ』
256乙(おつ)『成程(なるほど)、257此奴(こいつ)ア厭(いや)らしい。258併(しか)し時鳥(ほととぎす)があれ丈(だけ)ないてゐるから、259マア一寸(ちよつと)其(その)方(はう)へ耳(みみ)を傾(かたむ)けてグツグツを聞(き)かないやうにすりや可(い)いぢやないか、260俺(おれ)やモウ、261そこらが寒(さむ)くなつて、262体(からだ)が細(こま)かく活動(くわつどう)し出(だ)した。263寝(ね)ても立(た)つても居(ゐ)られない様(やう)だ、264エーエー265モツと時鳥(ほととぎす)が啼(な)いてくれると可(い)いのだけれどなア』
266甲(かふ)『ヒヨツとしたら、267天真坊(てんしんばう)さまが此(この)辺(へん)に鼾(いびき)をかいて寝(ね)てゐるのぢやあるまいかな。268さうでなけりや、269時鳥(ほととぎす)の爺(おやぢ)イが歯(は)がぬけて、270あんな啼(なき)様(ざま)をしてゐやがるのだらう』
271乙(おつ)『エー、272かふいふ時(とき)にや歌(うた)を唄(うた)ふに限(かぎ)る。273一(ひと)つ肝(きも)をほり出(だ)して、274土手(どて)切(き)り唄(うた)つてみようぢやないか』
275甲(かふ)『よからう、276それが一番(いちばん)だ、277オイ皆(みな)の奴(やつ)、278汝(きさま)も唄(うた)はないかい』
279丙(へい)『こんな所(ところ)で歌(うた)でも唄(うた)ふてみよ、280立岩(たていは)の前(まへ)に人間(にんげん)ありと化物(ばけもの)が悟(さと)り、281四方(しはう)八方(はつぱう)から一(ひと)つ目(め)小僧(こぞう)や三(み)つ目(め)小僧(こぞう)が押(おし)よせ来(きた)らば、282汝(きさま)どうする積(つもり)だ。283黙(だま)つて寝(ね)ろよ、284のう丁(てい)、285戊(ぼう)、286さうぢやないか』
287 丁(てい)と戊(ぼう)とはウンともスンとも言(い)はず、288小(ちひ)さくなつて慄(ふる)うてゐる。289乙(おつ)は憐(あは)れつぽいふるい声(ごゑ)を出(だ)し乍(なが)ら、290カラ元気(げんき)をおつぽり出(だ)し唄(うた)ひ出(だ)した。
291『夕日(ゆふひ)はおちて御空(みそら)から
292暗(やみ)はくだけておつるとも
293虎(とら)狼(おほかみ)や獅子(しし)熊(くま)や
294如何(いか)なる悪魔(あくま)が襲(おそ)ふ共(とも)
295いかでか恐(おそ)れむ泥棒(どろばう)の
296大頭目(だいとうもく)のシヤカンナが
297乾児(こぶん)と現(あ)れし哥兄(にい)さまだ
298幽霊(いうれい)なりと何(なに)なりと
299居(を)るなら出(で)て来(こ)い天真坊(てんしんばう)
300天帝(てんてい)の化身(けしん)の命令(めいれい)で
301御用(ごよう)に出(で)て来(き)た俺(おれ)だぞよ
302何(なに)程(ほど)偉(えら)い悪魔(あくま)でも
303此(この)世(よ)をお造(つく)り遊(あそ)ばした
304天帝(てんてい)さまには叶(かな)ふまい
305一(いち)の乾児(こぶん)の俺(おれ)達(たち)は
306取(とり)も直(なほ)さず八百万(やほよろづ)
307神(かみ)の中(うち)なる一柱(ひとはしら)
308もしも曲津(まがつ)が居(を)るならば
309十里(じふり)四方(しはう)へ飛(とび)のけよ
310マゴマゴ致(いた)してゐよつたら
311手足(てあし)をもぎ取(と)り骨(ほね)くだき
312肉(にく)をだんごにつき丸(まる)め
313禿(はげ)わし共(ども)に喰(く)はすぞや
314天下(てんか)無双(むさう)の豪傑(がうけつ)が
315五(ご)人(にん)の中(うち)に一人(ひとり)をる
316恐(おそ)れよおそれ曲津(まがつ)共(ども)
317あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
318神(かみ)の真(まこと)の太柱(ふとばしら)
319天真坊(てんしんばう)の御(ご)家来(けらい)に
320楯(たて)つく悪魔(あくま)は世(よ)にあらじ
321さがれよさがれトツトとさがれ
322暗(やみ)よ去(さ)れ去(さ)れ、一(いち)時(じ)も早(はや)く
323月(つき)は出(で)て来(こ)い星(ほし)も出(で)よ
324此(この)世(よ)は神(かみ)のゐます国(くに)
325悪魔(あくま)の住(す)むべき場所(ばしよ)でない
326あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
327御霊(みたま)幸(さちは)ひましませよ』
328と蚊(か)のなくやうな声(こゑ)で囀(さへづ)つてゐる。329甲(かふ)はドラ声(ごゑ)を張上(はりあ)げ乍(なが)ら、330焼糞(やけくそ)になり唄(うた)ひ出(だ)した。
331『どつこいしようどつこいしよう
332天帝(てんてい)さまの御(ご)化身(けしん)は
333今(いま)や何処(いづこ)にましますか
334ここは名(な)に負(お)ふ立岩(たていは)の
335山中一(さんちういち)の化物場(ばけものば)
336化物(ばけもの)退治(たいぢ)にやつて来(き)た
337俺(おれ)は英雄(えいゆう)スカンナだ
338俺(おれ)の云(い)ふ事(こと)スカンなら
339早(はや)く何処(どこ)なと逃(に)げなされ
340天真坊(てんしんばう)の生神(いきがみ)が
341やがて此処(ここ)をば通(とほ)るだろ
342そしたら悪魔(あくま)の一族(いちぞく)は
343旭(あさひ)に露(つゆ)の消(き)ゆる如(ごと)
344浅(あさ)ましザマをさらすだろ
345何(なん)だか知(し)らぬが此(この)場所(ばしよ)は
346自然(しぜん)に体(からだ)が慄(ふる)ひ出(だ)し
347小気味(こぎみ)の悪(わる)い暗(やみ)の路(みち)
348あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
349御霊(みたま)幸(さちは)ひましまして
350天帝(てんてい)様(さま)の御(ご)化身(けしん)が
351一(いち)時(じ)も早(はや)く御(ご)光来(くわうらい)
352遊(あそ)ばす様(やう)に願(ねが)ひます
353あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
354叶(かな)はぬ時(とき)の神頼(かみだの)み』
355 天真坊(てんしんばう)は此(この)声(こゑ)にふつと目(め)をさまし、
356『ハハア小泥棒(こどろぼう)の奴(やつ)、357ここ迄(まで)やつて来(き)てヘコ垂(た)れよつたとみえるワイ。358何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も仕方(しかた)のない奴(やつ)だな、359併(しか)し乍(なが)らダリヤを甘(うま)く掴(つかま)へてくれよつたかな』
360と息(いき)をこらして考(かんが)へてゐる。361コブライも亦(また)目(め)をさまし、362天真坊(てんしんばう)が身(み)を起(おこ)して何事(なにごと)か考(かんが)へてゐる様子(やうす)なので、363暗(やみ)を幸(さいは)ひ、364自分(じぶん)は三間(さんげん)許(ばか)り立岩(たていは)のうしろへ廻(まは)り、365優(やさ)しい女(をんな)の声色(こわいろ)を使(つか)ひ、
366『天真坊(てんしんばう)さま、367待(まち)兼(か)ねました。368バルギーの悪人(あくにん)にたばかられ、369貴方(あなた)と間違(まちが)ひ、370夜(よる)の路(みち)、371来(き)てみれば、372案(あん)に相違(さうゐ)の蛙面(かはづづら)、373こら如何(どう)せうかと思案(しあん)の余(あま)り、374バルギーの睾丸(きんたま)をしめつけ、375途中(とちう)に倒(たふ)し、376此(この)立岩(たていは)のうしろに隠(かく)れて一夜(ひとよ)を明(あか)さむと待(ま)つて居(を)りました。377恋(こひ)しい師(し)の君様(きみさま)、378どうぞ此処(ここ)までお出(い)で遊(あそ)ばし、379妾(あたい)の手(て)を引張(ひつぱ)つて下(くだ)さいな。380ジヤツケツいばらに体(からだ)を取(と)りまかれ、381身動(みうご)きが出来(でき)ませぬワ』
382 天真坊(てんしんばう)は此(この)声(こゑ)を聞(き)いて小躍(こをど)りし乍(なが)ら、383稍(やや)少時(しばし)考(かんが)へ込(こ)んでゐる。384スカンナ外(ほか)四(よ)人(にん)も亦(また)息(いき)をこらして様子(やうす)を考(かんが)へてゐたが、385此(この)連中(れんぢう)はテツキリ化物(ばけもの)と早合点(はやがつてん)し、386面(かほ)をグツスリとタオルで包(つつ)んで了(しま)ひ、387俯(うつむ)いて慄(ふる)ふてゐる。
388コブライ『モシ天真坊(てんしんばう)さま、389ダリヤで御座(ござ)います、390どうぞ早(はや)く来(き)て下(くだ)さいな。391エー好(す)かぬたらしい、392お前(まへ)さまはコブライさまぢやないか、393貴方(あなた)に用(よう)はありませぬよ、394お前(まへ)さまに助(たす)けてくれとはいひませぬ、395天真坊(てんしんばう)さまに助(たす)けて欲(ほ)しいのだもの』
396 コブライは今度(こんど)は自分(じぶん)の地声(ぢごゑ)を出(だ)し、
397『コレ、398ダリヤ姫(ひめ)様(さま)、399私(わたし)は決(けつ)してお前(まへ)さまに野心(やしん)を有(も)つては居(を)りませぬ。400天帝(てんてい)の化身(けしん)さまは、401勿体(もつたい)ない、402自(みづか)ら、403かやうな茨室(いばらむろ)へお越(こ)しになる訳(わけ)に行(ゆ)きませぬから、404私(わたし)がチツとは茨掻(いばらがき)をしても構(かま)はぬ、405犠牲(ぎせい)となつてお救(すく)ひに来(き)たのだ。406エーエーさうすつ込(こ)んでは、407余計(よけい)に茨(いばら)が引(ひつ)かかるぢやありませぬか……、408(女声(をんなごゑ)で)イエイエ何(なん)と仰有(おつしや)つても私(わたし)は天真坊(てんしんばう)さまに来(き)てほしいのですワ、409チツと許(ばか)り、410怪我(けが)をなさつたつて何(なん)ですか。411真(しん)に妾(あたい)を愛(あい)して下(くだ)さるなら、412仮令(たとへ)火(ひ)の中(なか)水(みづ)の底(そこ)、413茨室(いばらむろ)、414どこだつてかまはないと、415仰有(おつしや)つた事(こと)があるのですもの、416今(いま)こそ誠意(せいい)のためし時(どき)、417此(この)茨室(いばらむろ)へ暗(くら)がりに飛込(とびこ)んで救(すく)ふてくれないやうな誠意(せいい)のない天真坊(てんしんばう)様(さま)なら、418妾(あたい)の方(はう)からキツパリとお断(ことわ)り申(まを)しますわ。419ねえ天真坊(てんしんばう)さま、420キツと妾(あたい)を愛(あい)して下(くだ)さるでせう。421アイタヽヽ、422面(つら)も手(て)も足(あし)も茨(いばら)がきだらけよ、423早(はや)く助(たす)けて欲(ほ)しいものだワ、424ねえ……。425(今度(こんど)はコブライの地声(ぢごゑ)で)さてさて合点(がてん)の悪(わる)い姫(ひめ)さまだ。426では僕(ぼく)は貴方(あなた)のお世話(せわ)は能(よ)う致(いた)しませぬ。427モシモシ天真坊(てんしんばう)さま、428お手(て)づから親切(しんせつ)を尽(つく)して上(あ)げて下(くだ)さいな』
429天(てん)『いかにもダリヤ姫(ひめ)の声(こゑ)には似(に)てゐるが、430どこともなしに怪(あや)しい点(てん)がある。431コリヤ化物(ばけもの)ではあるまいかのう』
432コ(女声(をんなごゑ)で)『エーエー辛気臭(しんきくさ)い、433天真坊(てんしんばう)さまとした事(こと)が、434妾(わらは)は遠(とほ)い山坂(やまさか)をかけ巡(まは)りお腹(なか)がすき、435声(こゑ)はかれ、436疲(つか)れはててをりますから、437本当(ほんたう)のダリヤの声(こゑ)は出(で)ませぬよ。438どうか御(ご)推量(すいりやう)して下(くだ)さいませ、439決(けつ)して化物(ばけもの)ぢや御座(ござ)いませぬから』
440 天真坊(てんしんばう)は声(こゑ)のする方(はう)に向(むか)つて、441二足(ふたあし)三足(みあし)進(すす)む折(をり)しも岩(いは)をふみ外(はづ)し、442三間(さんげん)許(ばか)りの草(くさ)茫々(ばうばう)と生(は)え茂(しげ)る真黒(まつくろ)の穴(あな)へ、443キヤツと云(い)つたぎり落(お)ち込(こ)んで了(しま)つた。444スカンナ外(ほか)四(よ)人(にん)はいよいよ化物(ばけもの)と早合点(はやがつてん)し、445四(よつ)這(ばひ)となつて坂路(さかみち)をのたりのたりと命(いのち)からがらころげゆく。446コブライも天真坊(てんしんばう)の声(こゑ)に驚(おどろ)いて声(こゑ)する方(はう)を目当(めあて)に歩(あゆ)み出(だ)す途端(とたん)、447又(また)もや踏(ふ)み外(はづ)し、448天真坊(てんしんばう)の落(お)ち込(こ)んだ穴(あな)へと一蓮(いちれん)托生(たくしやう)、449辷(すべ)りこんだ途端(とたん)に柔(やは)らかいぬくい物(もの)が体(からだ)にさはつたので、450ギヨツとし乍(なが)ら、
451『イヤア助(たす)けてくれ助(たす)けてくれ』
452と大声(おほごゑ)に叫(さけ)ぶ。453天真坊(てんしんばう)は落(お)ちた途端(とたん)に気絶(きぜつ)してゐたので、454コブライの落(お)ち込(こ)んだのは少(すこ)しも知(し)らなかつた。455少時(しばらく)あつて天真坊(てんしんばう)は息(いき)ふき返(かへ)した。
456天真坊(てんしんばう)『誰(たれ)だ誰(たれ)だ、457俺(おれ)をこんな所(ところ)へつきはめやがつて』
458コブライ『モシ天真坊(てんしんばう)さま、459しつかりして下(くだ)さい。460暗(やみ)の陥穽(おとしあな)へ、461貴方(あなた)も私(わたし)も落(お)ち込(こ)んだのですよ、462モウ斯(か)うなりや夜(よ)の明(あ)ける迄(まで)、463ここに逗留(とうりう)するより途(みち)がありませぬワ』
464天(てん)『いかにも、465さう聞(き)けば確(たしか)にそんな感(かん)じもする、466併(しか)しあの時(とき)、467確(たしか)にダリヤ姫(ひめ)の声(こゑ)がしてゐたやうだが、468惜(をし)い事(こと)をしたでないか』
469コ『本当(ほんたう)に惜(をし)い事(こと)をしましたね、470確(たしか)にダリヤさまに間違(まちがひ)ありませなんだ。471大変(たいへん)にあの方(かた)は貞操(ていさう)の固(かた)い方(かた)ですなア、472私(わたし)が助(たす)けようとしても、473指(ゆび)一本(いつぽん)さえさせないんですもの』
474天(てん)『エヘヽヽ、475そらさうだらうよ、476併(しか)しダリヤは心配(しんぱい)してゐるだらうよ。477先(ま)づ先(ま)づ夜(よ)が明(あ)ける迄(まで)仕方(しかた)がないな、478あれ位(くらゐ)親切(しんせつ)な女(をんな)だから、479夜(よ)が明(あ)ける迄(まで)、480俺(おれ)達(たち)の安否(あんぴ)を考(かんが)へ乍(なが)ら、481立岩(たていは)のはたに待(ま)つてるに違(ちが)ひないワ、482あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸(ちは)ひませ』
483(大正一四・一一・七 旧九・二一 於祥明館 松村真澄録)
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