霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一六章 妖魅(よみ)返(がへり)〔一八〇五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻 篇:第3篇 惨嫁僧目 よみ(新仮名遣い):さんかそうもく
章:第16章 妖魅返 よみ(新仮名遣い):よみがえり 通し章番号:1805
口述日:1926(大正15)年02月01日(旧12月19日) 口述場所:月光閣 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1929(昭和4)年2月1日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
玄真坊、コブライ、コオロの3人は、淵に流れ着いたときに漁をしていた首陀たちに引き上げられ、弔われようとしていたのだった。
そこへやってきた千草の高姫が、3人を蘇生させて従者にしようと、ウラナイ教の神に一生懸命祈願をするが、何も起きない。最後に我を折って三五教の大神に祈願したところ、ようやく息を吹き返した。
高姫は玄真坊と偽の夫婦となって一仕事しようともちかける。玄真坊は幽冥界での戒めも忘れて、またもや色欲を出すが、高姫は相手にしない。
高姫は3人が一文無しと聞いて、愛想をつかして去ろうとするが、コブライ・コオロが黄金を掘り出す。
それを見て高姫は態度をがらっと変える。そして、コブライとコオロに、ダイヤモンドがあるからといって、さらに穴を掘らせる。
玄真坊と高姫は、いきなりコブライとコオロの上から土をかけて生き埋めにし、黄金を奪って行ってしまう。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:7090 OBC :rm7116
愛善世界社版:213頁 八幡書店版:第12輯 578頁 修補版: 校定版:223頁 普及版:104頁 初版: ページ備考:
001 タラハン城市(じやうし)を西(にし)へ距(さ)る三十(さんじふ)里(り)許(ばか)りの所(ところ)に岩滝村(いはたきむら)と云(い)ふ小部落(せうぶらく)がある。002此所(ここ)には魚ケ淵(うをがふち)と云(い)つて、003蒼(あを)み立(だ)つた可(か)なり広(ひろ)い水溜(みづたまり)があり、004沢山(たくさん)な魚(うを)が四季(しき)共(とも)に集中(しふちう)してゐる。005印度(いんど)の国(くに)の風習(ふうしふ)として妄(みだり)に生物(いきもの)を食(く)はないので、006魚類(ぎよるゐ)は日(ひ)に日(ひ)に繁殖(はんしよく)する許(ばか)りであつた。007水(みづ)一升(いつしよう)魚(うを)一升(いつしよう)と称(とな)へらるる此(この)魚ケ淵(うをがふち)へ時々(ときどき)漁(れう)に行(ゆ)く首陀(しゆだ)があつた。008浄行(じやうぎやう)や刹帝利(せつていり)や毘舎(びしや)等(など)は決(けつ)して魚(うを)を漁(と)つたり、009殺生(せつしやう)等(など)はやらないが、010首陀(しゆだ)となると、0101身分(みぶん)が低(ひく)い為(ため)011殆(ほと)んど人間扱(にんげんあつかひ)をされてゐないので、012何(なに)程(ほど)殺生(せつしやう)をしても神仏(しんぶつ)の咎(とがめ)は無(な)いといふ信念(しんねん)が一般(いつぱん)に伝(つた)はつてゐた。013然(しか)し乍(なが)ら浄行(じやうぎやう)、014刹帝利(せつていり)、015毘舎(びしや)と雖(いへども)、016生(い)きた者(もの)を食(く)はない許(ばか)りで017店舗(てんぽ)に売(う)つてゐる魚(うを)ならば代価(だいか)を払(はら)つて買求(かひもと)め、018之(これ)を食膳(しよくぜん)にのぼす事(こと)は別(べつ)に殺生(せつしやう)とも感(かん)じてゐないのである。019夏木(なつき)茂(しげ)れる川縁(かはべり)の木蔭(こかげ)に腰(こし)打(うち)かけ雑談(ざつだん)に耽(ふけ)り乍(なが)ら、020四五(しご)人(にん)の首陀(しゆだ)が魚漁(うをとり)の用意(ようい)をやつてゐると、021淵(ふち)へ舞込(まひこ)んで来(き)た三(みつ)つのコルブスがあつた。022首陀(しゆだ)は先(ま)づ岩上(がんじやう)から此(この)コルブスに向(むか)つて網(あみ)を打(う)ちかけ、023漸(やうや)くにして道傍(みちばた)に拾(ひろ)ひ上(あ)げてみた処(ところ)、024一人(ひとり)はどうしても修験者(しゆげんじや)の果(はて)らしく、025二人(ふたり)の奴(やつ)は何処(どこ)共(とも)なしに泥棒(どろばう)らしい面相(めんさう)をしてゐるので、026古寺(ふるでら)の坊主(ばうず)を呼(よ)び葬式(さうしき)をすることとなつた。027泥棒(どろばう)なんかは其(その)死骸(しがい)を虎狼(こらう)の餌食(ゑじき)に任(まか)して省(かへり)みないが028修験者(しゆげんじや)となれば何(ど)うしても捨(す)てて置(お)く訳(わけ)には行(い)かぬと云(い)ふので、029珠露海(しゆろかい)といふ吉凶(きつきよう)禍福(くわふく)や卜筮(ぼくぜい)等(など)を記(しる)した経文(きやうもん)の記事(きじ)を案(あん)じて、030五行葬(ごぎやうさう)の何(いづ)れに為(な)さむかとやつてみた処(ところ)031此(この)修験者(しゆげんじや)は何(ど)うしても土葬(どさう)にせにやならぬ032と云(い)ふ占(うらなひ)が出(で)たので、033村人(むらびと)が寄(よ)つて掛(かか)つて、034体(からだ)を其(その)儘(まま)土(つち)の中(なか)へ埋(い)け、035印(しるし)を立(た)てる代(かは)りに耳(みみ)から上(うへ)面(かほ)を出(だ)して置(お)いたのである。036五行葬(ごぎやうさう)の中(なか)には野葬(やさう)、037木葬(もくさう)、038火葬(くわさう)、039土葬(どさう)、040水葬(すいさう)と云(い)ふ五(いつ)つの葬式法(さうしきはふ)がある。041そして木葬(もくさう)と云(い)ふのは、042コルブスを木(き)の上(うへ)に掛(か)けて置(お)き、043風(かぜ)に晒(さら)す葬式法(さうしきはふ)である。044此(この)珠露海(しゆろかい)の卜筮(ぼくぜい)にかからない者(もの)は神(かみ)の冥護(めいご)のない者(もの)として045死屍(しかばね)を路傍(ろばう)に捨(す)てて置(お)く事(こと)になつてゐた。046斯(か)かる所(ところ)へ四十(しじふ)前後(ぜんご)の美人(びじん)が宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひ乍(なが)ら近(ちか)より来(きた)り、047路傍(ろばう)に遺棄(ゐき)してある二(ふた)つの死骸(しがい)を眺(なが)め乍(なが)ら、
048女(をんな)『あ、049何処(どこ)の何人(なにびと)か知(し)らぬが可哀相(かあいさう)に、050コラ、051土佐衛門(どざゑもん)になつた処(ところ)を誰(たれ)かに引(ひ)き上(あ)げられたのだらう、052まだ着物(きもの)はズクズクになつてゐる。053かふいふ所(ところ)に放(ほ)つて置(お)けば、0531犬(いぬ)や烏(からす)の餌食(ゑじき)になるだらう。054何(なん)とかして此奴(こいつ)を助(たす)け自分(じぶん)の従者(じゆうしや)にしてやりたいものだなア、055ウラナイ教(けう)の大神(おほかみ)守(まも)り玉(たま)へ幸(さきは)ひ玉(たま)へ』
056と云(い)ひ乍(なが)ら、057白(しろ)い細(ほそ)い鼈甲(べつかふ)細工(ざいく)の如(や)うな手(て)を両人(りやうにん)の額(ひたひ)にあて、058一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祈願(きぐわん)し始(はじ)めた。059然(しか)し乍(なが)ら何(なに)程(ほど)ウラナイ教(けう)の大神(おほかみ)を念(ねん)じても効験(ききめ)が無(な)いので、060今度(こんど)は試(こころ)みに、061三五教(あななひけう)の大神(おほかみ)と神名(しんめい)を変(か)へて一心(いつしん)不乱(ふらん)に念願(ねんぐわん)すると、062両人(りやうにん)の体(からだ)に追々(おひおひ)と温(ぬく)みが廻(まは)り、063半時(はんとき)許(ばか)りの後(のち)にやうやう息(いき)を吹(ふ)き返(かへ)し、064ムクムクと起(お)き上(あが)つて、065救命主(きうめいしゆ)の大恩(だいおん)を謝(しや)し、066涙(なみだ)乍(なが)らに感謝(かんしや)した。067此(この)女(をんな)はトルマン城(じやう)を脱出(だつしゆつ)した千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)である。068千草(ちぐさ)は城内(じやうない)を逃(に)げ出(だ)してから、069人通(ひとどほり)の少(すく)な相(さう)な山野(さんや)を選(えら)んで此所(ここ)迄(まで)やつて来(き)たが、070初(はじ)めて二人(ふたり)の死者(ししや)を甦(よみがへ)らせ、071得意(とくい)の頂点(ちやうてん)に達(たつ)し、
072『コレコレお前(まへ)達(たち)は何処(どこ)の泥棒(どろばう)かは知(し)らね共(ども)、073此(この)千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)が此処(ここ)を通(とほ)らなかつたならば、074玉(たま)の緒(を)の命(いのち)は既(すで)に已(すで)に十万(じふまん)億土(おくど)と云(い)ふ所(ところ)へ行(い)つて了(しま)つて、075二度(にど)と再(ふたたび)此(この)世(よ)へ帰(かへ)る事(こと)は出来(でき)ないのだよ。076一体(いつたい)お前(まへ)の名(な)は何(なん)と云(い)ふ名(な)だい、077それを聞(き)いて置(お)かねば、078日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)が大(おほ)ミロク様(さま)へお礼(れい)を申(まをし)上(あ)げることが出来(でき)ないからなア』
079男(をとこ)『ハイ、080私(わたくし)はコブライと申(まを)します。081モ一人(ひとり)はコオロと申(まをし)まして、082実(じつ)はタラハン城(じやう)の左守(さもり)の司(つかさ)の幕下(ばくか)で御座(ござ)いましたが、083フトした事(こと)から勘当(かんだう)を受(う)けまして身(み)の置(お)き所(どころ)なく、084タラハン河(がは)へ身(み)を投(な)げましたので御座(ござ)います。085其所(そこ)を貴女(あなた)様(さま)にお助(たすけ)を願(ねが)ひ、086斯様(かやう)な嬉(うれ)しい事(こと)は御座(ござ)いませぬ』
087千草(ちぐさ)『ア、088さうかいナ、089そりやお前(まへ)、090命(いのち)のよい拾物(ひろひもの)だよ。091此(この)千草姫(ちぐさひめ)は地上(ちじやう)の人間(にんげん)ぢやありませぬぞえ。092第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)、093日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)、094大(おほ)ミロクの太柱(ふとばしら)、095千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)と申(まを)す者(もの)だが、096衆生(しゆじやう)済度(さいど)の為(ため)之(これ)から月(つき)の国(くに)七千(しちせん)余国(よこく)を巡歴(じゆんれき)する積(つもり)だから、097お前(まへ)等(たち)二人(ふたり)は此(この)千草(ちぐさ)の両腕(りやううで)となつて、098天下(てんか)国家(こくか)の為(ため)に大々(だいだい)的(てき)活動(くわつどう)を為(な)し、099天下(てんか)に名(な)を挙(あ)げる気(き)はないかい。100そしてお前(まへ)等(たち)二人(ふたり)はどんな悪(わる)い事(こと)をしたのだい。101主人(しゆじん)から勘当(かんだう)を受(う)けるといふ事(こと)は、102よくよくの事(こと)でなければ無(な)い筈(はず)だが』
103コ『ハイ、104お恥(はづか)しう御座(ござ)いますが、105玄真坊(げんしんばう)と云(い)ふ天帝(てんてい)の化身(けしん)と称(しよう)する修験者(しゆげんじや)の泥棒(どろばう)様(さま)と一緒(いつしよ)に、106左守(さもり)の司(つかさ)の館(やかた)へ忍(しのび)込(こ)み、107金庫(かねぐら)の錠(ぢやう)を捩折(ねぢを)つてる所(ところ)を捉(つかま)へられ、108牢獄(らうごく)へ打込(ぶちこ)まれたので御座(ござ)います』
109千(ち)『何(なん)とまア、110お前(まへ)も、111面(つら)にも似合(にあは)ぬ悪党(あくたう)だな、112アハヽヽヽ。113善(ぜん)に強(つよ)ければ悪(あく)にも強(つよ)いと云(い)ふ諺(ことわざ)もある、114その方(はう)が却(かへつ)て頼(たの)もしい。115そして其(その)玄真坊(げんしんばう)と云(い)ふ修験者(しゆげんじや)は如何(どう)なつたのかい』
116コ『ハイ、117三(さん)人(にん)一緒(いつしよ)に身投(みなげ)をしましたが、118其(その)後(ご)気絶(きぜつ)をしたものですから、119如何(どう)なつた事(こと)か斯(か)うなつた事(こと)か、120チツとも存(ぞん)じませぬ』
121千(ち)『如何(いか)にも、122そらさうだろ。123然(しか)し乍(なが)ら此所(ここ)に首(くび)丈(だけ)出(だ)して埋(い)けられて居(ゐ)るコルブスがあるが、124此(この)面(つら)にお前(まへ)覚(おぼ)えはないかの』
125と三間(さんげん)許(ばか)りの傍(かたはら)の新墓(しんばか)を指(さ)し示(しめ)す。126コブライ、127コオロの両人(りやうにん)は一目(ひとめ)見(み)るより、
128両人(りやうにん)『ア、129玄真(げんしん)さま……で御座(ござ)います。130何(なん)とマア偉(えら)い事(こと)になつたものですな、131何卒(どうぞ)此奴(こいつ)も助(たす)けてやつて下(くだ)さいますまいか。132私(わたし)等(たち)二人(ふたり)は貴女(あなた)に助(たす)けられたとは聞(き)きますが、133死(し)んでゐたので何(なに)も分(わか)りませぬ。134本当(ほんたう)のこた、135お前(まへ)さまの神力(しんりき)で助(たす)かつたか、136又(また)はハタの人(ひと)に助(たす)けられたか分(わか)りませぬが、137目(め)の前(まへ)で此(この)玄真(げんしん)さまを助(たす)けて下(くだ)さつたら138弥々(いよいよ)吾々(われわれ)二人(ふたり)をお前(まへ)さまが助(たす)けて下(くだ)さつたといふ証拠(しようこ)になりますからなア』
139千(ち)『コーラ、140奴(やつこ)、141何(なん)といふ口(くち)巾(はば)つたい事(こと)を申(まを)すのだい。142此(この)千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)の神力(しんりき)によつて命(いのち)を助(たす)けられ乍(なが)ら、143左様(さやう)な挨拶(あいさつ)があるものか。144然(しか)し乍(なが)ら無智(むち)蒙昧(もうまい)な人外(にんぐわい)人足(にんそく)だから何(なに)も分(わか)ろまい、145議論(ぎろん)よりも実地(じつち)だ。146それではお前(まへ)の疑(うたがひ)を晴(は)らす為(ため)に、147千草姫(ちぐさひめ)が今(いま)神力(しんりき)を見(み)せてやらうぞや。148此(この)修験者(しゆげんじや)が助(たす)かつたが最後(さいご)、149どこ迄(まで)も此(この)千草(ちぐさ)に絶対(ぜつたい)服従(ふくじゆう)をするだらうナ』
150コブ『そら、151さうですとも。152さうでなくても、153貴方(あなた)にどこ迄(まで)も従(したが)ひますと約束(やくそく)をしたのですもの、154現当(げんたう)利益(りやく)を見(み)せて貰(もら)へば文句(もんく)はありませぬワ』
155千(ち)『之(これ)から私(わたし)が此(この)修験者(しゆげんじや)を甦(よみがへ)らして見(み)せるから、156キツと神(かみ)様(さま)のお名(な)を覚(おぼ)えて居(を)つて、157其(その)御(ご)神徳(しんとく)を忘(わす)れないやうにするのだよ』
158と云(い)ひ乍(なが)ら、159首(くび)から上(うへ)へ出(で)てゐるコルブスの額(ひたひ)に白(しろ)い柔(やはら)かい手(て)をあて、160「ウラナイ教(けう)の大神(おほかみ)救(すく)ひ玉(たま)へ助(たす)け玉(たま)へ、161惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)」と一生(いつしやう)懸命(けんめい)に汗(あせ)をタラタラ流(なが)し、162祈(いの)れど祈(いの)れどビクともせぬ、163甦(よみがへ)り相(さう)な気配(けはい)もない。164千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)は二人(ふたり)の前(まへ)で大法螺(おほぼら)を吹(ふ)いた手前(てまへ)、165如何(どう)しても此奴(こいつ)を生(い)かさねばおかぬと益々(ますます)一生(いつしやう)懸命(けんめい)になる。166殆(ほと)んど半時(はんとき)許(ばか)り祈(いの)れど願(ねが)へど、167矢張(やつぱり)コルブスは氷(こほり)の如(ごと)く冷(つめ)たい。168流石(さすが)の千草(ちぐさ)も我(が)を折(を)り169「三五教(あななひけう)の大御神(おほみかみ)守(まも)り玉(たま)へ許(ゆる)し玉(たま)へ」と宣直(のりなほ)した。170忽(たちま)ち額(ひたひ)に温(ぬく)みが廻(まは)り、171青黒(あをぐろ)い面(つら)は鮮紅色(せんこうしよく)を帯(お)びて来(き)た。172千草(ちぐさ)は此処(ここ)ぞと173一生(いつしやう)懸命(けんめい)に「三五(あななひ)の大神(おほかみ)守(まも)り玉(たま)へ幸(さきは)ひ玉(たま)へ」と祈(いの)るにつれ、174大地(だいち)はビリビリと震(ふる)ひ出(だ)し、175コルブスを中心(ちうしん)として四方(しはう)八方(はつぱう)に地割(ぢわれ)がなし、176「ウン」と一声(ひとこゑ)霊(れい)をかけるや否(いな)や、177玄真坊(げんしんばう)の死体(したい)は三間(さんげん)許(ばか)り中天(ちうてん)に飛(と)び上(あが)り、178ドスンと元(もと)の所(ところ)へ落(お)ちた拍子(ひやうし)にパツと気(き)がつき、179目鼻(めはな)を一所(ひとところ)へよせて、180四辺(あたり)を二三回(にさんくわい)見廻(みまは)し乍(なが)ら、
181玄(げん)『ヤ、182其処(そこ)に居(ゐ)るのは、183コブライにコオロぢやないか。184あーア、185怖(こは)い夢(ゆめ)を見(み)たものだのう』
186コブ『若(も)し、187玄真坊(げんしんばう)さま、188夢(ゆめ)所(どころ)の騒(さわぎ)ぢやありませぬよ。189吾々(われわれ)三(さん)人(にん)は追手(おつて)に出会(であ)つて進退(しんたい)谷(きは)まり、190谷川(たにがは)へ投身(とうしん)して已(すで)に土佐衛門(どざゑもん)となつて居(を)つた所(ところ)、191村人(むらびと)に死体(したい)を拾(ひろ)ひ上(あ)げられ、192お前(まへ)さまは修験者(しゆげんじや)の事(こと)とて、193首(くび)丈(だけ)出(だ)して、1931鄭重(ていちよう)に葬(はうむ)られてあつたが、194吾々(われわれ)二人(ふたり)は地上(ちじやう)に遺棄(ゐき)されてゐたのだ。195そこへ此(この)お姫(ひめ)さまが通(とほ)りかかつて、196霊(れい)とか何(なん)とかをかけて助(たす)けて下(くだ)さつたのですよ。197現(げん)にお前(まへ)さまを助(たす)けて下(くだ)さつたのを実地(じつち)目撃(もくげき)したのは此(この)コブライ、198コオロ、199サアサア御(お)礼(れい)を申(まを)しなさい。200此(この)お姫(ひめ)さまで御座(ござ)いますワイ』
201玄(げん)『あ、202これはこれは、203能(よ)くまアお助(たす)け下(くだ)さいました。204ても偖(さて)も御(ご)容貌(きれう)のよいお姫(ひめ)さまで御座(ござ)いますこと、205エヘヽヽヽ。206之(これ)といふのも全(まつた)く神(かみ)様(さま)のお仕組(しぐみ)で御座(ござ)いませう。207丸(まる)切(きり)暗(やみ)の国(くに)から日出国(ひのでのくに)へ生(うま)れ変(かは)つたやうな気分(きぶん)が致(いた)します。208命(いのち)の親(おや)のお姫(ひめ)さま、209之(これ)から如何(どん)な事(こと)でも貴女(あなた)の御用(ごよう)なら勤(つと)めますから、210何卒(どうぞ)可愛(かあい)がつて使(つか)つて下(くだ)さいませや』
211千(ち)『ホヽヽヽ、212何(なん)とまア、213之(これ)丈(だけ)念入(ねんい)りに不細工(ぶさいく)に出来上(できあが)つた面(つら)は見(み)た事(こと)はありませぬワ。214然(しか)し乍(なが)ら215どこ共(とも)なしにキユーバーさまに似(に)た所(ところ)がある様(やう)だ、216之(これ)からお前(まへ)さまも、217此(この)千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)がおイドを拭(ふ)けと云(い)ふたら、218おイドでも拭(ふ)くのですよ。219命(いのち)を助(たす)けて貰(もら)ふた御(ご)恩返(おんがへ)しと思(おも)ふて、220口答(くちごたへ)一(ひと)つしちや可(い)けませぬぜ』
221玄(げん)『ヤ、222如何(どん)な事(こと)でも承(うけたま)はりませうが、223お尻(しり)を拭(ふ)く事(こと)丈(だけ)は、224私(わたし)の人格(じんかく)に免(めん)じて許(ゆる)して頂(いただ)きたいものです。225貴女(あなた)の尻拭(しりふ)きする位(くらゐ)なら、226助(たす)けて貰(もら)はぬ方(はう)が何(なに)程(ほど)幸福(かうふく)か知(し)れませぬからなア』
227千(ち)『ホヽヽ、228嘘(うそ)だよ嘘(うそ)だよ、229お前(まへ)さまの面(つら)は一寸(ちよつと)人並(ひとなみ)優(すぐ)れて変(かは)つてゐるが、230どこ共(とも)なしに目(め)の奥(おく)に才気(さいき)が満(み)ちてゐるやうだ。231お前(まへ)さまを何(なに)かの玉(たま)に使(つか)つて、232一(ひと)つ仕事(しごと)をやつたら面白(おもしろ)からう』
233玄(げん)『ヤ、234そこ迄(まで)私(わたし)の器量(きりやう)を認(みと)めて頂(いただ)けば満足(まんぞく)です。235私(わたし)も今(いま)は斯(か)うなつて、236みすぼらしい風(ふう)を致(いた)して居(を)りますが、237オーラ山(さん)に立籠(たてこも)り、238シーゴー、239依子姫(よりこひめ)などの豪傑(がうけつ)を幕下(ばくか)に使(つか)ひ、240三千(さんぜん)の部下(ぶか)を従(したが)へ、241印度(いんど)七千(しちせん)余国(よこく)を吾(わが)手(て)に握(にぎ)らむと計画(けいくわく)してゐた天晴(あつぱれ)な大丈夫(だいぢやうぶ)ですよ』
242千(ち)『あ、243お前(まへ)さまが、244彼(あ)の名高(なだか)いオーラ山(さん)の山子(やまこ)坊主(ばうず)だつたのか。245ヤ、246そら可(よ)い所(ところ)で会(あ)ふた、247佳(よ)い者(もの)が見付(みつ)かつた、248可(よ)い拾物(ひろいもの)をした。249さア、250之(これ)からお前(まへ)さまと夫婦(ふうふ)と化(ばけ)込(こ)んで、251一(ひと)つ仕事(しごと)をやらうぢやないか』
252玄(げん)『成程(なるほど)、253面白(おもしろ)からう、254夫婦(ふうふ)にならうと云(い)ふたな、255其(その)舌(した)の根(ね)の乾(かわ)かぬ内(うち)に女房(にようばう)と呼(よ)んで置(お)く。256コラ女房(にようばう)、257千草姫(ちぐさひめ)、258第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)、259天来(てんらい)の救世主(きうせいしゆ)、260天帝(てんてい)の化身(けしん)、261天真坊(てんしんばう)の宿(やど)の妻(つま)、262ヨモヤ不服(ふふく)はあるまいなア』
263千(ち)『お前(まへ)さまと夫婦(ふうふ)になる事(こと)丈(だけ)は異議(いぎ)ありませぬ。264然(しか)し乍(なが)ら妾(わらは)こそ、265第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)、266日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)、267底津(そこつ)岩根(いはね)の大(おほ)ミロクの太柱(ふとばしら)、268三千(さんぜん)世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)、269千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)だから、270神格(しんかく)の上(うへ)から、271此(この)千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)が主(しゆ)であり、272お前(まへ)さまは従僕(じゆうぼく)となつて貰(もら)はねばならぬ霊(みたま)の因縁(いんねん)だよ。273肉体(にくたい)上(じやう)からはお前(まへ)さまが夫(をつと)で千草(ちぐさ)が妻(つま)と定(き)めて置(お)きませう。274お前(まへ)さまの天帝(てんてい)の化身(けしん)は自分(じぶん)が拵(こしら)へたのだらう。275そんな山子(やまこ)は之(これ)からは駄目(だめ)ですよ。276正真(しやうしん)正銘(しやうめい)の第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)でなけら、277肝腎(かんじん)の場合(ばあひ)に於(おい)て、278名実(めいじつ)ともなふ活動(はたらき)が出来(でき)ませぬからな。279こんな所(ところ)へ首(くび)丈(だけ)出(だ)して埋(い)けられてるやうな神力(しんりき)の無(な)い事(こと)で、280天帝(てんてい)の化身(けしん)なんて言(い)つて貰(もら)へますまい』
281玄(げん)『イヤ、282モウ、283天帝(てんてい)の化身(けしん)も、284第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)も285お株(かぶ)を、2851女房(にようばう)のお前(まへ)に譲(ゆづ)らう、286お前(まへ)を女房(にようばう)にさへすりや、287俺(おれ)やモウ満足(まんぞく)だからのう』
288千(ち)『厭(いや)ですよ、289譲(ゆづ)つて貰(もら)はなくても、290元(もと)から第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)、291日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)、292大(おほ)ミロクの太柱(ふとばしら)、293三千(さんぜん)世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)、294千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)ですもの』
295玄(げん)『あ、296何(なん)と上(うへ)には上(うへ)のあるものだな。297これ丈(だけ)の美貌(びばう)と弁舌(べんぜつ)とでやられたら、298大抵(たいてい)の男(をとこ)は参(まゐ)つて了(しま)ふだろ』
299千(ち)『そら、300さうです共(とも)、301トルマン国(ごく)の王妃(わうひ)を棒(ぼう)に振(ふ)つて、302只(ただ)一人(ひとり)猛獣(まうじう)の猛(たけ)り狂(くる)ふ原野(げんや)をやつて来(く)るといふ豪(がう)の女(をんな)ですもの、303そんなこた、304云(い)ふ丈(だけ)野暮(やぼ)ですワ、305ホヽヽヽ』
306コオ『何(なん)とマア、307偉(えら)い方(かた)許(ばか)り寄(よ)られたものですな。308のうコブライ、309丸(まる)切(き)り狐(きつね)に魅(つま)まれたやうぢやないか』
310コ『俺(おれ)ヤ、311モウ開(あ)いた口(くち)がすぼまらぬワイ』
312千(ち)『コレコレ其処(そこ)の奴(やつこ)さま、313何(なん)と云(い)ふ無礼(ぶれい)の事(こと)を云(い)ふのだ。314ミロクの太柱(ふとばしら)が現(あら)はれてゐるのに、315狐(きつね)に魅(つま)まれたやうだとは何(なん)ぢやいな。316之(これ)から狐(きつね)のキの字(じ)も云(い)つては可(い)けませぬよ』
317コオ『ハイ恐(おそ)れ入(い)りまして御座(ござ)います、318玉藻前(たまものまへ)の芝居(しばゐ)に出(で)る金毛(きんまう)九尾(きうび)さまの御(ご)面相(めんさう)に余(あま)りによく似(に)てるものだから、319つい狐(きつね)のやうだと申(まを)して、320御(ご)機嫌(きげん)を損(そこ)ねましたのは平(ひら)に御(お)託(わび)を致(いた)します』
321玄(げん)『あ、322何(ど)うやら日(ひ)が暮(く)れ相(さう)だ。323どつかへ324宿(やど)を求(もと)めて、325今晩(こんばん)はゆつくりと語(かた)り明(あか)さうぢやありませぬか、326………ナニ違(ちが)ふ違(ちが)ふ。327オイ女房(にようばう)千草(ちぐさ)、328どつかで、329宿(やど)を求(もと)めて緩(ゆつ)くり休(やす)まうかい、330ヨモヤ厭(いや)とは申(まを)すまいのう』
331千(ち)『ホツホヽヽ、332立派(りつぱ)な御(ご)主人(しゆじん)が出来(でき)たものだ、333之(これ)でもひだるい時(とき)に不味(まづい)ものなしだから……ホヽヽヽヽ』
334と小声(こごゑ)で笑(わら)ふ。335玄真坊(げんしんばう)は半分(はんぶん)許(ばか)り聞(きき)かじり、
336『コラ女房(にようばう)、337さう心配(しんぱい)するものぢやない、338決(けつ)して不味物(まづいもの)は食(く)はさないよ。339ひだるい目(め)もささないから、340俺(おれ)に任(まか)しておけ。341お金(かね)は此(この)通(とほ)り、342胴巻(どうまき)に一杯(いつぱい)つめてあるからのう』
343といひ乍(なが)ら、344腰(こし)の辺(あたり)に手(て)をやつてみてビツクリ、
345『ヤ、346何時(いつ)の間(ま)にか所持金(しよぢきん)が無(な)くなつてゐる。347コラ、348コブライ、349汝(きさま)が奪(と)つたのぢやないか』
350コ『そんな殺生(せつしやう)な事(こと)云(い)ひなさるな、351何(なに)程(ほど)泥棒(どろばう)でもお前(まへ)さまの金(かね)まで奪(と)りませぬよ。352私(わたし)共(ども)も川(かは)へ飛(と)び込(こ)んだ時(とき)、353皆(みな)川底(かはぞこ)へ落(おと)して了(しま)つたのです。354此(この)通(とほり)無一文(むいちもん)です。355コオロだつて其(その)通(とほ)り、356一文(いちもん)だつて持(も)つてゐやしませぬで』
357玄(げん)『あゝ、358困(こま)つた事(こと)だの、359それぢや、360今晩(こんばん)宿屋(やどや)に泊(とま)る訳(わけ)にはゆかず、361何(なん)とか工夫(くふう)はあるまいかのう』
362千(ち)『ホヽヽヽ、363何(なん)とまア、364スカン貧(ぴん)の寄合(よりあひ)だこと、365金(かね)でも持(も)つて居(を)り相(さう)なと思(おも)ひ、366こんな茶瓶頭(ちやびんあたま)の蜥蜴面(とかげづら)に秋波(しうは)を送(おく)つて見(み)たのだけれど、367文無(もんな)しと聞(き)いちや、368愛想(あいさう)もコソも尽(つ)き果(は)てて了(しま)つた。369エーエ穢(けが)らはしい、370何所(どこ)なつとお前(まへ)さま勝手(かつて)に行(ゆ)きなさい、371此(この)千草(ちぐさ)は一文(いちもん)の金(かね)は無(な)くても此(この)美貌(びばう)を種(たね)に、372如何(どん)な宿屋(やどや)にでも贅沢(ぜいたく)三昧(ざんまい)をして泊(とま)つて見(み)せませう。373然(しか)し乍(なが)らお前(まへ)さまのやうなガラクタが従(つ)いてると、374女盗賊(をんなたうぞく)と間違(まちが)へられるから御免(ごめん)蒙(かうむ)りませう、375左様(さやう)なら』
376と立(たち)上(あが)らうとする。377玄真坊(げんしんばう)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に足(あし)にくらひつき、
378『コラ女房(にようばう)、379一夜(いちや)の枕(まくら)もかはさずに、380家(うち)を飛(と)び出(だ)すと云(い)ふ事(こと)があるか、381せめて今宵(こよひ)一夜(いちや)は待(ま)つてくれ』
382千(ち)『野(の)つ原(ぱら)の中(なか)で、383家(うち)を飛(と)び出(だ)す飛(と)び出(だ)さぬもあるかい、384宿無(やどな)し者(もの)奴(め)、385死損(しにぞこな)ひの蛸坊主(たこばうず)、386おイドが呆(あき)れて雪隠(せんち)が踊(をど)り出(だ)すワイ』
387とふり切(き)り逃(に)げ様(やう)ともがく。
388玄(げん)『オイ、389コブライ、390コオロの両人(りやうにん)、391女房(にようばう)を確(しつか)り掴(つかま)へてくれ。392俺(おれ)一人(ひとり)ではどうやら取放(とりはな)しさうだ』
393 コブライ、394コオロ両手(りやうて)を拡(ひろ)げて、395前(まへ)に突立(つつた)ち、
396『コレコレ奥(おく)さま、397さう短気(たんき)を起(おこ)しちや可(い)けませぬ、398余(あんま)り水臭(みづくさ)いぢやありませぬか。399小判(こばん)は吾々(われわれ)三(さん)人(にん)が動(うご)けぬ程(ほど)腰(こし)へ捲(ま)いて来(き)て、400淵(ふち)へ落(おと)したのですから、401御(ご)入用(にふよう)とあれば命(いのち)を的(まと)に川底(かはそこ)から拾(ひろ)うて見(み)せます、402どうか短気(たんき)を起(おこ)さぬ様(やう)にして下(くだ)さいませ』
403千(ち)『ホヽヽヽ、404一寸(ちよつと)、405余(あま)り好(すき)な玄真(げんしん)さまだから、406愛(あい)の程度(ていど)を試(ため)す為(ため)に嘲弄(からか)つてみたのですよ。407どこ迄(まで)も玄真(げんしん)さまは此(この)千草姫(ちぐさひめ)を愛(あい)して下(くだ)さると云(い)ふ事(こと)が、408只今(ただいま)の行動(かうどう)に仍(よ)つて証明(しようめい)されました。409一遍(いつぺん)に沢山(たくさん)の黄金(わうごん)の必用(ひつよう)も無(な)いけれど、410此(この)千草(ちぐさ)が命令(めいれい)する毎(ごと)に、411お前(まへ)さまは此(この)淵(ふち)へ飛(と)び込(こ)んで、412其(その)金(かね)を拾(ひろ)つて来(く)るでせうなア』
413コブ『ヘー、414仰(おほ)せ迄(まで)も御座(ござ)いませぬ、415私(わたし)だつて416可惜(あたら)宝(たから)を水底(みなそこ)に捨(す)てて置(お)くのは勿体(もつたい)なう御座(ござ)います。417のうコオロ418さうぢやないか』
419コオ『ウンさう共(とも)さう共(とも)、420俺(おれ)と汝(きさま)の宝(たから)はキーツと飛(と)び込(こ)んだあの淵(ふち)に納(をさ)まつてるに違(ちがひ)ない。421併(しか)し玄真(げんしん)さまのお宝(たから)は、422滅多(めつた)に川(かは)へ飛(と)び込(こ)んでも体(からだ)を離(はな)れる理由(りいう)がない。423あれ丈(だけ)しつかりと胴巻(どうまき)に括(くく)りつけてあつたのだもの。424ヒヨツとしたら、425此(この)墓(はか)を掘(ほ)つて見(み)よ。426此(この)底(そこ)にあるかも知(し)れぬ。427モシ玄真坊(げんしんばう)さま、428一寸(ちよつと)天帝(てんてい)さまに伺(うかが)つて下(くだ)さいな』
429玄(げん)『ウン、430確(たしか)にある、431掘(ほ)つてみてくれ』
432コ『ヤ、433貴方(あなた)のお言葉(ことば)とあらア間違(まちがひ)御座(ござ)いますまい、434サ掘(ほ)らう』
435と二人(ふたり)は爪(つめ)が坊主(ばうず)になる所(ところ)迄(まで)土(つち)を掻(か)き分(わ)けて底(そこ)へ底(そこ)へと掘(ほ)り込(こ)んだ。436五(ご)尺(しやく)許(ばか)り掘(ほ)つた所(ところ)に胴巻(どうまき)ぐるめ、437ドスンと重(おも)たい程(ほど)黄金(わうごん)が目(め)をむいてゐた。438コブライは飛(と)び立(た)つ許(ばか)り喜(よろこ)んで、
439『モシモシ玄真(げんしん)さま、440有(あ)りました有(あ)りました、441喜(よろこ)んで下(くだ)さい』
442玄(げん)『そらさうだろ、443汝(きさま)等(ら)二人(ふたり)の黄金(わうごん)は身(み)についてゐないのだ、444俺(おれ)は身(み)についた金(かね)だから此(この)通(とほり)残(のこ)つてるのだ。445サ、446両人(りやうにん)早(はや)く持(も)ち上(あ)げてくれ。447コレコレ女房(にようばう)、448どうだ、449一寸(ちよつと)此(この)金(かね)を見(み)ろ、450之(これ)は皆(みな)俺(おれ)の金(かね)だ。451これ丈(だけ)ありや452お前(まへ)と俺(おれ)とが三(さん)年(ねん)や五(ご)年(ねん)呑(のみ)つづけても大丈夫(だいぢやうぶ)だよ』
453千(ち)『何(なん)と貴方(あなた)は偉(えら)いお方(かた)ですな、454私(わたし)の夫(をつと)として恥(はづか)しからぬ人格者(じんかくしや)ですワ、455ホヽヽヽヽ。456コレコレ コブライ、457コオロの両人(りやうにん)、458御(ご)苦労(くらう)だつたが、459まだ此(この)底(そこ)を三尺(さんじやく)か二(に)尺(しやく)掘(ほ)つて下(くだ)さい、460ダイヤモンドがありますよ。461私(わたし)の神勅(しんちよく)によつて黄金(わうごん)以上(いじやう)の物(もの)があるといふ事(こと)が分(わか)つたから……』
462コ『エ、463承知(しようち)しました、464貴女(あなた)の仰(おほ)せなら地(ち)の底(そこ)迄(まで)も掘(ほ)りますよ』
465とコオロと両人(りやうにん)が汗(あせ)みどろになつて、466土(つち)を掘(ほ)り上(あ)げてゐる。467玄真坊(げんしんばう)468千草(ちぐさ)の二人(ふたり)は舌(した)をペロリと出(だ)し、469手早(てばや)く二人(ふたり)を生埋(いきう)めにせむと、470一生(いつしやう)懸命(けんめい)に土(つち)を上(うへ)から投(ほ)り込(こ)み、471側(そば)にあつた立石(たていし)をドスンと載(の)せ、472立石(たていし)の上(うへ)に腰(こし)うちかけ乍(なが)ら、473モウ之(これ)で大丈夫(だいぢやうぶ)と云(い)ふやうな面構(つらがまへ)で、474スパリスパリと千草姫(ちぐさひめ)の煙草(たばこ)を引(ひつ)たくつて吸(す)うてゐる。
475千(ち)『何(なん)とマア厄介者(やくかいもの)が二人(ふたり)ゐやがる、476如何(どう)したら可(よ)からうと心配(しんぱい)でならなかつたが、477矢張(やはり)以心(いしん)伝心(でんしん)、478お前(まへ)さまの心(こころ)と私(わたし)の心(こころ)はピツタリ合(あ)ふてゐたとみえて、479一言(ひとこと)も云(い)はずにこんな放(はな)れ業(わざ)をやつたのだから妙(めう)ですなア』
480玄(げん)『本当(ほんたう)にさうだ、481実(じつ)ア俺(おれ)は此奴(こいつ)を埋込(うめこ)んでやろと思(おも)つたが、482お前(まへ)もさうだつたか、483こんな奴(やつ)がウロツキやがると二人(ふたり)の恋(こひ)の邪魔(じやま)になるし484将来(しやうらい)の手足(てあし)纏(まとひ)になるが、485之(これ)から二人(ふたり)でどつか宿(やど)へ泊(とま)るか、486見晴(みはらし)のよい山(やま)へ上(あが)つて神秘(しんぴ)の扉(とびら)を開(ひら)くか、487或(あるひ)は神楽舞(かぐらまひ)でもやつて、488今日(こんにち)の結婚(けつこん)の内祝(うちいはひ)でもせうぢやないか』
489千(ち)『そら面白(おもしろ)いでせう。490宿屋(やどや)に居(を)つても怪(あや)しまれると一寸(ちよつと)具合(ぐあひ)が悪(わる)いから、491そんなら今夜(こんや)は月夜(つきよ)を幸(さいはひ)、492あのコンモリした森(もり)迄(まで)行(ゆ)きませう。493あの森(もり)にはキツと古堂(ふるだう)位(ぐらゐ)は建(た)つてゐるでせうからね』
494玄(げん)『オイ、495モウ少時(しばらく)此(この)上(うへ)で頑張(ぐわんば)つて居(を)らねば、496彼奴(あいつ)が生返(いきかへ)つて後(あと)追(おつ)かけて来(きた)ら大変(たいへん)だぞ』
497千(ち)『ナーニそんな心配(しんぱい)が要(い)りますものか、498此(この)千草姫(ちぐさひめ)の神力(しんりき)で霊縛(れいばく)をかけておきましたから、499穴(あな)の底(そこ)で石(いし)の如(や)うに固(かた)まつてゐますよ。500サ、501参(まゐ)りませう、502コレ玄真(げんしん)さま、503みつともない、504涎(よだれ)を拭(ふ)きなさいナ』
505 玄真(げんしん)は慌(あわて)て両(りやう)の手(て)で涎(よだれ)を手繰(たぐ)り、506膝(ひざ)のあたりに両手(りやうて)をこすりつけてゐる。
507千(ち)『マアマア厭(いや)なこと、508玄真(げんしん)さま509涎(よだれ)の手(て)を膝(ひざ)で拭(ふ)いたり、510丸(まる)で着物(きもの)と雑巾(ざふきん)と一(ひと)つだワ、511ホヽヽ』
512 之(これ)より両人(りやうにん)は月夜(つきよ)の路(みち)を南(みなみ)へ取(と)り、513コンモリとした山(やま)を目当(めあて)に走(はし)りゆく。
514(大正一五・二・一 旧一四・一二・一九 於月光閣 松村真澄録)
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