霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 障路(しようろ)〔一八〇三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻 篇:第2篇 迷想痴色 よみ(新仮名遣い):めいそうちしき
章:第14章 障路 よみ(新仮名遣い):しょうろ 通し章番号:1803
口述日:1926(大正15)年01月31日(旧12月18日) 口述場所:月光閣 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1929(昭和4)年2月1日
概要: 舞台:タラハン国の森林、中有界 あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
玄真坊、コブライ、コオロはシャカンナから奪った黄金を胴に巻きつけ、山野を歩いてタラハン国を抜けようとする。
しかしそこで十数人の捕り手に囲まれ、行く手を失った三人は進退窮まり、思い切って断崖絶壁の谷底に身を投げてしまった。
場面は変わって、だだっ広い原野を、切腹して果てたはずのシャカンナが一人、来し方の事を歌いながら歩いている。
すると、土の中から頭だけを出している玄真坊と出会う。玄真坊は、たくさんの黄金をゆすり取った罪で、幽冥主宰の神から罰をくらっているのだ、と答える。そして、シャカンナに許しを請う。
そこへ今度はコブライ・コオロが濡れ鼠でやってくる。彼らは谷底に飛び込んだとたん、黄金をすっかり捨ててしまっていた。
玄真坊もあまりの苦しさに、ついに黄金を捨てると宣言する。と、とたんに地面から抜け出すことができるようになった。
一同は気を取り直し、幽冥界の道を行ける所まで行こうと、歌を歌いながら行進する。
玄真坊が先に立って行くが、辻の立石に頭をぶつけてその場にふん伸びてしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:5192 OBC :rm7114
愛善世界社版:181頁 八幡書店版:第12輯 567頁 修補版: 校定版:189頁 普及版:90頁 初版: ページ備考:
001 玄真坊(げんしんばう)、002コブライ、003コオロの三(さん)人(にん)は左守(さもり)の情(なさ)けに仍(よ)つて、004漸(やうや)くに死罪(しざい)を免(まぬが)れ、005持(も)てる丈(だけ)の黄金(わうごん)を胴巻(どうまき)に押(お)し込(こ)み、006重(おも)たい腰(こし)をゆすり乍(なが)ら、007人跡(じんせき)稀(まれ)なる森林(しんりん)を探(さぐ)りて、008一日(いちにち)一夜(いちや)西(にし)へ西(にし)へと駆(か)け出(だ)して行(ゆ)く。009三(さん)人(にん)共(とも)身体(しんたい)縄(なは)の如(ごと)くに疲(つか)れ果(は)て、010最早(もはや)一歩(いつぽ)も歩(あゆ)めなくなつて了(しま)つた。
011コブライ『モシ玄真(げんしん)さま、012何程(なにほど)黄金(わうごん)を沢山(たくさん)貰(もら)つても体(からだ)が達者(たつしや)になるといふでもなし、013腹(はら)が膨(ふく)れると云(い)ふでもなし、014斯(か)うなつて見(み)ると黄金(わうごん)も何(なに)も役(やく)に立(た)たないものですな。015重(おも)たい許(ばか)りで016こんな事(こと)三日(みつか)も続(つづ)けやうものなら、017到底(たうてい)命(いのち)はありませぬワ』
018玄真坊(げんしんぼう)『馬鹿(ばか)を云(い)ふな、019金(かね)さへ有(あ)れば、020どんな甘(うま)い物(もの)でも食(たべ)られるし、021どんな別嬪(べつぴん)でも買(か)はふと儘(まま)だ。022今日(こんにち)は黄金(わうごん)万能(ばんのう)の世(よ)の中(なか)だからのう、023着炭(ちやくたん)議員(ぎゐん)に成(な)らうとしても五万(ごまん)や十万(じふまん)の金(かね)は要(い)る。024短命(たんめい)内閣(ないかく)の総理(そうり)大臣(だいじん)に成(な)らうて思(おも)つても、025二千万(にせんまん)両(りやう)や三千万(さんぜんまん)両(りやう)の金(かね)が要(い)るのだ』
026コ『さうかも知(し)れませぬが、027斯(か)う山林(さんりん)許(ばか)し跋渉(ばつせう)してゐては、028別嬪(べつぴん)も見付(みつ)からず、029甘(うま)いもの食(く)はうにも、030味(あぢ)無(な)いもの食(く)はうにも、031テンで店屋(みせや)も無(な)いぢやありませぬか。032一千(いつせん)万(まん)円(ゑん)の包(つつみ)より一升米(いつしやうごめ)が貴(たふと)いやうに私(わたし)は思(おも)ひますわ。033アーア何(なん)とかして食料(しよくれう)に有(あり)付(つ)き度(た)いものだなア』
034玄(げん)『そんな弱音(よわね)を吹(ふ)くな。035もう一(いち)日(にち)許(ばか)り走(はし)れば安全(あんぜん)地帯(ちたい)がある。036其処(そこ)へ行(ゆ)けば女郎(ぢよらう)も居(ゐ)るし、037どんな綺麗(きれい)な着物(きもの)でも売(う)つてゐる。038百味(ひやくみ)の飲食(おんじき)も待(ま)つてゐる。039マ、040其処(そこ)迄(まで)辛抱(しんばう)したが可(よ)からう、041腹(はら)が空(へ)つて仕方(しかた)なければ拇指(おやゆび)の爪(つめ)なつと甜(ねぶ)つて居(を)れ。042さうすりや些(ちつ)と許(ばか)り飢(うゑ)を凌(しの)ぐ事(こと)が出来(でき)やうも知(し)れぬ。043彼(あ)の章魚(たこ)を見(み)い、044章魚(たこ)は食(く)ふ物(もの)が無(な)くなると、045自分(じぶん)の足(あし)を皆(みな)食(く)つて了(しま)ふものだ』
046コ『人間(にんげん)を章魚(たこ)に譬(たとへ)られちや堪(たま)りませぬがな。047お前様(まへさま)こそタコ坊主(ばうず)だから足(あし)なつと甜(ねぶ)つて居(を)りなさい。048コブライは痩(やせ)ても枯(か)れても一人前(いちにんまへ)の人間(にんげん)様(さま)だ。049タコの真似(まね)は出来(でき)ませぬ哩(わい)、050喃(の)うコオロ。051最(も)う一足(ひとあし)も歩(ある)けぬぢやないか』
052コオ『俺(おれ)も苦(くる)しうて堪(たま)らぬが、053何処(どつか)で此(この)お金(かね)を以(もつ)て甘(うま)いものを買(か)ひ、054別嬪(べつぴん)を抱(だ)いて寝(ね)ようと思(おも)へば、055又(また)元気(げんき)が出(で)て来(き)て、056些(ちつ)と許(ばか)り歩(ある)ける様(やう)になるのだ。057何(なん)と云(い)つても人間(にんげん)は心次第(こころしだい)だ。058最(も)う暫時(しばらく)だから玄真坊(げんしんばう)様(さま)の仰有(おつしや)る通(とほ)り、059辛抱(しんばう)して跟(つ)いて行(ゆ)かうぢやないか。060こんな所(ところ)で野垂死(のたれじに)しても約(つま)らぬからの』
061コ『エー、062仕方(しかた)がない。063又(また)コンパスに御(ご)苦労(くらう)をかけやうかな』
064と渋々(しぶしぶ)乍(なが)ら一二丁(いちにちやう)許(ばか)り進(すす)んで行(ゆ)くと、065十手(じつて)指叉(さすまた)を持(も)つた十数(じふすう)人(にん)の捕手(とりて)が066身(み)を没(ぼつ)する許(ばか)りの萱草(かやぐさ)の中(なか)から現(あら)はれ出(い)で、067三(さん)人(にん)を取(とり)まいて了(しま)つた。068右(みぎ)の方(はう)は千仭(せんじん)の谷間(たにあひ)、069三方(さんぱう)は捕手(とりて)に囲(かこ)まれ進退(しんたい)これ谷(きは)まり最早(もはや)これ迄(まで)と、070三(さん)人(にん)一度(いちど)に青淵(あをぶち)めがけて、071九死(きうし)に一生(いつしやう)を僥倖(げうかう)せむものと、072命(いのち)の安売(やすうり)をやつてみた。073捕手(とりて)はアレヨアレヨと眺(なが)めて居(を)れど、074名(な)に負(お)ふ断岩(だんがん)絶壁(ぜつぺき)近(ちか)よることも出来(でき)ず、075みすみす敵(てき)を見捨(みす)てて076ブツブツ小言(こごと)を云(い)ひ乍(なが)ら帰(かへ)り行(ゆ)く。
077○
078 渺茫(べうばう)として際限(さいげん)もなき大原野(だいげんや)の真中(まんなか)を079只(ただ)一人(ひとり)の老人(らうじん)が蚊(か)の鳴(な)くやうな声(こゑ)で歌(うた)を唄(うた)ひ乍(なが)ら通(とほ)つてゐる。
080『川(かは)の流(なが)れと人(ひと)の身(み)の
081行末(ゆくすゑ)こそは不思議(ふしぎ)なれ
082タラハン城(じやう)に仕(つか)へたる
083吾(われ)は左守(さもり)の司(かみ)なるぞ
084いつの間(ま)にかは知(し)らね共(ども)
085限(かぎり)も知(し)らぬ大野原(おほのはら)
086さまよひ来(きた)る訝(いぶ)かしさ
087道(みち)ゆく人(ひと)も無(な)きままに
088言問(ことと)ふ由(よし)もなく許(ばか)り
089あゝいかにせむ千秋(せんしう)の
090恨(うらみ)を野辺(のべ)に残(のこ)しつつ
091あへなき最後(さいご)を遂(と)ぐるのか
092あゝ浅(あさ)ましや浅(あさ)ましや
093タラハン城(じやう)の方面(はうめん)は
094何処(いづこ)の空(そら)に当(あた)るやら
095百里(ひやくり)夢中(むちう)にさまよひし
096吾(わが)身(み)の上(うへ)こそ悲(かな)しけれ
097原野(げんや)に千草(ちぐさ)は生(は)えぬれど
098花(はな)も実(み)もなき枯野原(かれのはら)
099吹(ふ)き来(く)る風(かぜ)さへ音(おと)もなく
100烏(からす)の声(こゑ)さへ聞(きこ)え来(こ)ず
101寂光(じやくくわう)浄土(じやうど)か知(し)らね共(ども)
102天地(てんち)一度(いちど)に眠(ねむ)りたる
103如(ごと)き此(この)場(ば)の光景(くわうけい)は
104淋(さび)しさたとふる物(もの)もなし
105あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
106三五教(あななひけう)の大御神(おほみかみ)
107導(みちび)き玉(たま)へ永久(とこしへ)の
108棲処(すみか)と定(さだ)めしタラハンの
109城下(じやうか)に建(た)ちし左守家(さもりけ)へ
110思(おも)へば思(おも)へば人(ひと)の身(み)の
111行末(ゆくすゑ)こそは果敢(はか)なけれ
112此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
113心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
114只(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
115直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し
116身(み)の過(あやまち)は宣直(のりなほ)す
117三五教(あななひけう)の御教(みをしへ)は
118梅公別(うめこうわけ)の師(し)の君(きみ)ゆ
119完全(うまら)に詳細(つばら)に聞(き)きつれど
120見直(みなほ)す術(すべ)も無(な)きままに
121名(な)さへ分(わか)らぬ荒野原(あれのはら)
122吾(われ)等(ら)は何(なん)の罪(つみ)あつて
123かかる処(ところ)へ落(お)ちたのか
124合点(がてん)のゆかぬ世(よ)の中(なか)ぞ
125憐(あはれ)み玉(たま)へ大御神(おほみかみ)
126導(みちび)き玉(たま)へ吾(わが)宿(やど)へ
127あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
128御霊(みたま)幸(さちは)ひましませよ
129旭(あさひ)は照(て)る共(とも)曇(くも)る共(とも)
130月(つき)は盈(み)つ共(とも)虧(か)くる共(とも)
131仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)む共(とも)
132誠(まこと)の力(ちから)は世(よ)を救(すく)ふ
133神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
134善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける
135此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
136心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
137只(ただ)何事(なにごと)も人(ひと)の世(よ)は
138直日(なほひ)に見直(みなほ)す道(みち)ぢやげな
139誠(まこと)の力(ちから)といふ事(こと)は
140此(この)世(よ)を造(つく)り玉(たま)ひたる
141真(まこと)の神(かみ)の力(ちから)だろ
142人間界(にんげんかい)に身(み)をおいて
143どうして真(まこと)が出(で)るものか
144真(まこと)の力(ちから)の神(かみ)さまよ
145吾(われ)等(ら)の淋(さび)しき境遇(きやうぐう)を
146何卒(なにとぞ)救(すく)ひ玉(たま)へかし
147偏(ひとへ)に願(ねが)ひ奉(たてまつ)る
148三千(さんぜん)世界(せかい)の梅(うめ)の花(はな)
149一度(いちど)に開(ひら)く神(かみ)の国(くに)
150開(ひら)いて散(ち)りて実(み)を結(むす)ぶ
151月日(つきひ)と土(つち)の恩(おん)を知(し)れ
152此(この)世(よ)を救(すく)ふ活神(いきがみ)は
153高天原(たかあまはら)に神集(かむつど)ふ
154などと尊(たふと)き宣伝歌(せんでんか)
155肝(きも)に銘(めい)じて忘(わす)れねど
156只(ただ)一輪(いちりん)の梅(うめ)さへも
157開(ひら)いて居(を)らぬ此(この)野辺(のべ)は
158地獄(ぢごく)の道(みち)の八丁目(はつちやうめ)
159八衢(やちまた)街道(かいだう)の続(つづき)だろ
160かかる淋(さび)しき大野原(おほのはら)
161さまよひ来(きた)る吾(わが)身(み)こそ
162前世(ぜんせ)現界(げんかい)相共(あひとも)に
163無限(むげん)の罪(つみ)を重(かさ)ね来(き)て
164神(かみ)の懲戒(いましめ)うけ乍(なが)ら
165身魂(みたま)を研(みが)いて居(を)るのだろ
166死(し)んだ覚(おぼえ)のない吾(わ)れは
167幽冥界(いうめいかい)とも思(おも)へない
168あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
169神(かみ)が此(この)世(よ)にあるならば
170何卒(なにとぞ)吾(わが)身(み)を導(みちび)いて
171恋(こひ)しき吾(わが)家(や)にかやせかし
172偏(ひとへ)に願(ねが)ひ奉(たてまつ)る』
173 斯(か)く歌(うた)ひ乍(なが)ら、174大野原(おほのはら)に蚯蚓(みみづ)の這(は)ふたやうについた細路(ほそみち)を辿(たど)り行(ゆ)くと、175土(つち)の中(なか)からムクムクと頭(あたま)丈(だけ)が動(うご)いてゐる。176シヤカンナは此(この)淋(さび)しい原野(げんや)の正中(まんなか)に松露(しようろ)のやうな頭(あたま)が動(うご)いてゐるのは合点(がてん)が行(ゆ)かぬと、177手(て)に持(も)つた杖(つゑ)で二(ふた)つ三(み)つこついてみると「アイタタ アイタタ」と云(い)ひ乍(なが)ら、178月(つき)が山(やま)の端(は)を昇(のぼ)るやうに、179チクリ チクリと土(つち)から抜(ぬ)け出(い)で、180肩(かた)まで現(あら)はして来(き)た。181よくよく見(み)れば玄真坊(げんしんばう)の姿(すがた)そつくりである。182シヤカンナは驚(おどろ)いて、
183『オイ、184コラ、185汝(きさま)は玄真坊(げんしんばう)ぢやないか。186こんな所(ところ)に何(なに)をしてゐるのだ』
187玄(げん)『ヤ、188私(わし)はお前(まへ)にお詫(わび)をせにやならぬ事(こと)があるのだ、189確(たしか)には覚(おぼ)えてをらぬが、190お前(まへ)の館(やかた)へ行(い)つて無理(むり)難題(なんだい)を吹(ふ)きかけ、191ドツサリ金(かね)をぼつたくつて帰(かへ)つた天罰(てんばつ)で、192幽冥(いうめい)主宰(しゆさい)の神(かみ)から沢山(たくさん)な黄金(わうごん)を罰則(ばつそく)として体(からだ)に縛(しば)りつけられ、193其(その)重(おも)みで体(からだ)が地(ち)の中(なか)へにえ込(こ)んで了(しま)ひ、194今(いま)ヤツとの事(こと)で首(くび)丈(だけ)地上(ちじやう)へ現(あら)はした所(ところ)だ。195どうか「許(ゆる)す」と一言(ひとこと)云(い)つてくれ。196さうすりや俺(おれ)の罪(つみ)も軽(かる)うなるだらうから……』
197シヤ『何(なん)だか俺(おれ)は足(あし)がヒヨロヒヨロするけれど、198体(からだ)が軽(かる)くて足(あし)が地上(ちじやう)を離(はな)れ相(さう)で危険(きけん)で堪(たま)らないが、199お前(まへ)は又(また)体(からだ)が重(おも)いとは不思議(ふしぎ)な事(こと)だのう。200それぢやお前(まへ)の首(くび)を千切(ちぎ)つてやるから201胴柄(どうがら)位(ぐらゐ)土(つち)に托(たく)しておいたらどうだ。202何(いづ)れ遅(おそ)かれ早(はや)かれ土(つち)の中(なか)へ這入(はい)る体(からだ)だからのう』
203玄(げん)『オイ兄貴(あにき)、204そんな無茶(むちや)な事(こと)云(い)ふてくれない。205天一(てんいち)の手品師(てじなし)なら、206首(くび)をチヨン切(ぎ)つても又(また)つげるだらうが、207俺(おれ)のはさうはいけないよ。208どうか兄貴(あにき)、209金剛力(こんがうりき)を出(だ)して俺(おれ)の体(からだ)をグツと引(ひ)き上(あ)げて貰(もら)へまいかの』
210シヤ『体(からだ)を引(ひ)き上(あ)げと云(い)つたつて、211首(くび)から下(した)が埋(うづも)つてゐるのだから、212手(て)をかける所(ところ)もないぢやないか、213それでも強(た)つて引(ひ)き上(あ)げと云(い)ふのなら、214両方(りやうはう)の耳(みみ)を掴(つか)んで試(ためし)にやつてみようかな』
215玄(げん)『どうでも可(よ)いから、216兎(と)も角(かく)一寸(いつすん)でも体(からだ)を地上(ちじやう)へ出(だ)してくれ、217苦(くる)しくて堪(たま)らぬ、218どうやら地(ち)の底(そこ)の地獄(ぢごく)へ引(ひつ)ぱり込(こ)まれ相(さう)だ』
219 「ヨーシ」と云(い)ひ乍(なが)らシヤカンナは220一生(いつしやう)懸命(けんめい)に冷(つめ)たい手(て)で冷(つめ)たい耳(みみ)を掴(つか)んでみたが、221磐石(ばんじやく)の如(ごと)くビクとも動(うご)かない。222さう斯(か)うしてる所(ところ)へ、223又(また)もや二人(ふたり)の男(をとこ)が、224濡衣(ぬれぎぬ)を纏(まと)ひ乍(なが)ら、225力(ちから)なげにトボトボとやつて来(く)る。226シヤカンナは後(あと)ふり向(む)いて、
227『ヤ、228お前(まへ)はコブライにコオロの両人(りやうにん)、229どして又(また)こんな淋(さび)しい所(ところ)へやつて来(き)たのだい』
230コブ『ヤ、231親方(おやかた)で御座(ござ)いますか、232まづ御(ご)壮健(さうけん)でお芽出度(めでた)う。233実(じつ)アはつきり覚(おぼ)えませぬが、234お前(まへ)さま所(ところ)で金(かね)を貰(もら)つて帰(かへ)る途中(とちう)追手(おつて)に出会(であ)ひ、235谷川(たにがは)へ飛(と)び込(こ)んだと思(おも)や、236何時(いつ)の間(ま)にか斯(こ)んな所(ところ)へ来(き)てゐます。237併(しか)し飛(と)び込(こ)んだ際(さい)に折角(せつかく)貰(もら)つた山吹色(やまぶきいろ)は皆(みんな)谷底(たにぞこ)へ捨(す)てて了(しま)ひ、238今(いま)ぢや欠(か)けたかんつも御座(ござ)いませぬが、239どうか親方(おやかた)、240チツと許(ばか)りお金(かね)を恵(めぐ)んで貰(もら)へますまいかな』
241シヤ『俺(おれ)だとて其(その)通(とほ)りだ。242一文(いちもん)生中(きなか)も身(み)につけてゐないのだ。243こんな所(ところ)を旅行(りよかう)するのに家(いへ)もなし店(みせ)もなし、244金(かね)が要(い)るものかい。245腹(はら)が減(へ)つたら草(くさ)でも千切(ちぎ)つて食(く)つて行(ゆ)くより仕様(しやう)がないぢやないか』
246コブ『ヤ、247其処(そこ)にゐるのは玄真(げんしん)さまぢやないか、248何(なん)ぢやい、249首(くび)許(ばか)り出(だ)しやがつて、250……サ、251起(お)きたり起(お)きたり』
252 玄真(げんしん)は目(め)を無性(むしやう)矢鱈(やたら)にジヤイロコンパスのやうに廻転(くわいてん)し始(はじ)め、253口(くち)も目(め)も鼻(はな)も一所(ひとところ)に集中(しふちう)し254顔面(がんめん)筋肉(きんにく)を頻(しきり)に活動(くわつどう)させ出(だ)した。
255シヤ『ヤ、256此奴(こいつ)アどうやら地獄(ぢごく)落(お)ちらしいぞ。257まだ黄金(わうごん)に執着心(しふちやくしん)を持(も)つてるらしいぞ、258オイ、259玄真(げんしん)、260すつぱりその金(かね)を思(おも)ひ切(き)つて了(しま)へ。261そすりや助(たす)かるだらう』
262玄真(げんしん)『ヤア、263何(なに)程(ほど)金(かね)が欲(ほ)しうても、264かう苦(くる)しうては欲(よく)にも得(とく)にもかへられないワ、265モウ金(かね)はコリコリだ。266一文(いちもん)も要(い)らない。267オイ黄金(わうごん)の奴(やつ)、268今日(けふ)から暇(ひま)をやるから勝手(かつて)に何処(どつか)へ行(い)つてくれ』
269と云(い)ふが否(いな)や、270子供(こども)の玩具(おもちや)の猿(さる)が弓弾(ゆみはぢ)きに弾(はぢ)かれたやうな勢(いきほひ)で、271ポンと地上(ちじやう)三間(さんげん)許(ばか)りも飛(と)び上(あが)り、272ドスンと又(また)元(もと)の所(ところ)へ落(お)ちて来(き)た。
273シヤ『オイ、274玄真坊(げんしんばう)、275欲(よく)といふ奴(やつ)ア怖(こわ)いものぢやのう』
276玄(げん)『本当(ほんたう)にさうだ、277おらモウ金(かね)にはコリコリしたよ。278併(しか)しお前(まへ)は結構(けつこう)なタラハン城(じやう)の館(やかた)を捨(す)てて、279何故(なぜ)又(また)こんな所(ところ)へ来(き)たのだ。280チツと合点(がてん)が行(ゆ)かぬぢやないか、281……ハハー、282大方(おほかた)俺(おれ)の金(かね)が惜(を)しうなつて、283追駆(おつかけ)て来(き)たのだな。284それで俺(おれ)を器械(きかい)仕掛(じかけ)で地(ち)の中(なか)へ電気(でんき)ででも引張(ひつぱ)つてゐやがつたのだなア』
285シヤ『馬鹿(ばか)を云(い)ふない。286俺(おれ)はモウ金(かね)なんか見(み)るのも厭(いや)だ。287併(しか)し俺(おれ)は、288今(いま)フツと思(おも)ひ出(だ)したがお前(まへ)を逃(に)がした跡(あと)で、289確(たしか)に神(かみ)様(さま)の前(まへ)で切腹(せつぷく)をして果(は)てた積(つもり)だが、290何故(なぜ)又(また)こんな所(ところ)へやつて来(き)て生(い)きてゐるのだろ。291丸(まる)で狐(きつね)につままれたやうで、292現界(げんかい)か幽界(いうかい)かチツとも訳(わけ)が分(わか)らないのだ。293一体(いつたい)此処(ここ)は何処(どこ)だと思(おも)つてゐるか』
294玄(げん)『サ、295どうも不思議(ふしぎ)で堪(たま)らぬのだ。296お前(まへ)の話(はなし)を聞(き)くと、297お前(まへ)が俺(おれ)より先(さき)死(し)んだ者(もの)とすれば、298先(さき)に此所(ここ)へ来(き)て居(を)らにやならぬ筈(はず)だ。299俺(おれ)等(たち)三(さん)人(にん)は一日(いちにち)一夜(いちや)山(やま)や谷(たに)を走(はし)つて谷川(たにがは)へ飛(と)び込(こ)んだやうな気(き)がする。300それが先(ま)づ此処(ここ)へ来(き)てる筈(はず)がない。301てもさても合点(がてん)の行(ゆ)かぬ事(こと)だのう』
302コブ『コリヤ何(ど)うしても、303玄真(げんしん)さま、304幽界(いうかい)旅行(りよかう)をやつてゐるのに違(ちがひ)ありませぬよ。305吾々(われわれ)はかうして生(い)きてると思(おも)つてるが肉体(にくたい)はとうに死(し)んで了(しま)ひ、306精霊体(せいれいたい)許(ばか)りが此所(ここ)へ迷(まよ)ふて来(き)たのでせう。307霊界(れいかい)には時間(じかん)空間(くうかん)の区別(くべつ)も無(な)く、308遠(とほ)い近(ちか)いもない相(さう)だから、309先(さき)へ死(し)んだ者(もの)が後(あと)へなる共(とも)、310後(あと)から死(し)んだ者(もの)が先(さき)へなる共(とも)、311そんなこた分(わか)りませぬワイ。312マア死(し)んだ者(もの)としておけや、313後(あと)で驚(おどろ)かいで宜(よろ)しかろ』
314コオ『オイ、315コブライ、316どうやらこりや地獄(ぢごく)街道(かいだう)の八丁目(はつちやうめ)らしいぞ。317困(こま)つた事(こと)になつたものぢやないか』
318玄(げん)『さうだ、319一寸(ちよつと)面食(めんくら)つたな、320然(しか)し乍(なが)らかうして四(よ)人(にん)の道伴(みちづ)れが出来(でき)た以上(いじやう)は、321淋(さび)しさも稍(やや)薄(うす)らいで来(き)たやうだ。322兎(と)も角(かく)、323地獄(ぢごく)でも何処(どこ)でもかまはぬ、324行(ゆ)ける所(とこ)迄(まで)行(ゆ)かうぢやないか。325俺(おれ)達(たち)や元(もと)より極楽(ごくらく)に行(い)つて無聊(むれう)に苦(くるし)むよりも、326地獄(ぢごく)へ行(い)つて車輪(しやりん)の活動(くわつどう)をやるが望(のぞみ)だからのう』
327コブ『其(その)お説(せつ)はハル山峠(やまたうげ)の岩上(がんじやう)で承(うけたま)はりましたね、328サ、329行(ゆ)きませう。330余(あま)り淋(さび)しいから一(ひと)つ行進歌(かうしんか)でも唄(うた)はふぢやありませぬか』
331玄(げん)『そら面白(おもしろ)からう、332先(ま)づ俺(おれ)から歌(うた)ふてやる。
333限(かぎり)も知(し)らぬ大野原(おほのはら)
334此所(ここ)は地獄(ぢごく)の八丁目(はつちやうめ)
335八衢(やちまた)街道(かいだう)か知(し)らね共(ども)
336三人(みたり)の家来(けらい)を引(ひ)きつれて
337名(な)さへ分(わか)らぬ荒野原(あらのはら)
338進(すす)みゆくこそ勇(いさ)ましき
339もしも此(この)世(よ)に天国(てんごく)が
340あるものとすりや行(い)つてみよう
341無(な)ければ是非(ぜひ)なく地獄道(ぢごくだう)
342肩肱(かたひぢ)いからし進(すす)まうか
343併(しか)し此(この)世(よ)に地獄(ぢごく)とか
344極楽(ごくらく)などがあるものか
345どこ迄(まで)行(い)つても此(この)通(とほ)り
346冷(つめた)い風(かぜ)がピユーピユーと
347草(くさ)の葉末(はずゑ)をなで乍(なが)ら
348遠慮(ゑんりよ)もなしに通(とほ)つてゐる
349これがヤツパリ地獄(ぢごく)だろ
350何(なに)程(ほど)地獄(ぢごく)が怖(こは)く共(とも)
351こんな事(こと)なら屁(へ)のお茶(ちや)だ
352ドツコイ ドツコイ ドツコイシヨ
353コラコラ三人(みたり)の家来(けらい)共(ども)
354しつかり後(あと)からついて来(こ)よ
355落伍(らくご)をしても知(し)らないぞ
356アレアレ不思議(ふしぎ)アレ不思議(ふしぎ)
357向方(むかふ)に妙(めう)な建物(たてもの)が
358チラチラ吾(わが)目(め)につき出(だ)した
359此奴(こいつあ)ヤツパリ現界(げんかい)か
360現界(げんかい)ならば尚(なほ)の事(こと)
361一生(いつしやう)懸命(けんめい)にはしやいで
362元気(げんき)をつけて行(ゆ)かうかい
363タラハン城(じやう)を占領(せんりやう)し
364天晴(あつぱれ)国王(こくわう)と成(なり)すまし
365羽振(はぶり)を利(き)かそと思(おも)ふたに
366いつの間(ま)にかは知(し)らね共(ども)
367こんな所(ところ)へ彷徨(さまよ)ふて
368東西(とうざい)南北(なんぼく)方位(はうゐ)さへ
369分(わか)らぬ今日(けふ)の不思議(ふしぎ)さよ
370向方(むかふ)に見(み)ゆる建物(たてもの)は
371鬼(おに)か悪魔(あくま)の住処(すみか)だろ
372サアサア行(ゆ)かうサア行(ゆ)かう
373何(なに)をビリビリしとるのだ
374もしも地獄(ぢごく)があるならば
375地獄(ぢごく)の鬼(おに)を引捉(ひつとら)へ
376蝗(いなご)のやうに竹串(たけぐし)に
377並(なら)べて刺(さ)して火(ひ)に炙(あぶ)り
378片(かた)つ端(ぱし)から食(く)てやろか
379あゝ面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い
380地獄(ぢごく)の王(わう)の御(ご)出立(しゆつたつ)
381鬼(おに)でも蛇(じや)でもやつて来(こ)い
382ドツコイ ドツコイ ドツコイシヨ』
383 などと一生(いつしやう)懸命(けんめい)に歌(うた)ひ乍(なが)ら、384頭(あたま)を前方(ぜんぱう)に突出(とつしゆつ)し、385チヨコチヨコ走(ばし)りに進(すす)んでゆく。386三(さん)人(にん)は四五丁(しごちやう)許(ばか)り取(と)り残(のこ)され、387ヨボヨボと細(ほそ)い声(こゑ)で行進歌(かうしんか)を歌(うた)ひ乍(なが)らついて行(ゆ)く。
388 玄真坊(げんしんばう)は足許(あしもと)ばかり見詰(みつ)めて突進(とつしん)した途端(とたん)に四辻(よつつじ)の立石(たていし)に頭(あたま)をぶつつけ、389キヤア、390ウーンと云(い)つたきり、391其(その)場(ば)に蛙(かへる)をぶつつけたやうにふん伸(の)びて了(しま)つた。
392(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 松村真澄録)
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