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霊界物語
山河草木(第61~72巻、入蒙記)
第71巻(戌の巻)
序文
総説
第1篇 追僧軽迫
第1章 追劇
第2章 生臭坊
第3章 門外漢
第4章 琴の綾
第5章 転盗
第6章 達引
第7章 夢の道
第2篇 迷想痴色
第8章 夢遊怪
第9章 踏違ひ
第10章 荒添
第11章 異志仏
第12章 泥壁
第13章 詰腹
第14章 障路
第15章 紺霊
第3篇 惨嫁僧目
第16章 妖魅返
第17章 夢現神
第18章 金妻
第19章 角兵衛獅子
第20章 困客
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霊界物語
>
山河草木(第61~72巻、入蒙記)
>
第71巻(戌の巻)
> 第1篇 追僧軽迫 > 第4章 琴の綾
<<< 門外漢
(B)
(N)
転盗 >>>
第四章
琴
(
こと
)
の
綾
(
あや
)
〔一七九三〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
篇:
第1篇 追僧軽迫
よみ(新仮名遣い):
ついそうけいはく
章:
第4章 琴の綾
よみ(新仮名遣い):
ことのあや
通し章番号:
1793
口述日:
1925(大正14)年11月07日(旧09月21日)
口述場所:
祥明館
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1929(昭和4)年2月1日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
玉清別の館から閉め出しを食い、玄真坊はますますダリヤ姫への情欲に身をさいなまれている。
神の子はそこへやってきて、ダリヤとバルギーが逃げたと嘘を教えてからかう。玄真坊とコブライは暗がりの野山をダリヤを追って駆け出す。
一方、ダリヤ姫は、実家に戻るまではバルギーを自分の護衛としておこうと、酒をついでご機嫌を取っている。
バルギーは自分の男らしさを誇ろうと、盗賊をやっていたころの話をするが、逆にダリヤ姫に嫌な顔をされてしまう。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2019-01-11 17:47:11
OBC :
rm7104
愛善世界社版:
51頁
八幡書店版:
第12輯 517頁
修補版:
校定版:
53頁
普及版:
23頁
初版:
ページ備考:
001
四方
(
しはう
)
に
堅牢
(
けんらう
)
な
高塀
(
たかべい
)
を
囲
(
めぐ
)
らした
玉清別
(
たまきよわけ
)
の
神館
(
かむやかた
)
の
門外
(
もんぐわい
)
へ
追
(
お
)
つぽり
出
(
だ
)
された
天真坊
(
てんしんばう
)
は、
002
現在
(
げんざい
)
自分
(
じぶん
)
の
恋慕
(
こひした
)
ふてゐる
最愛
(
さいあい
)
のダリヤ
姫
(
ひめ
)
が
小泥棒
(
こどろぼう
)
のバルギーと
共
(
とも
)
に、
003
情緒
(
じやうちよ
)
濃
(
こま
)
やかに
喋々
(
てふてふ
)
喃々
(
なんなん
)
と
暖
(
あたた
)
かい
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
てゐるかと
思
(
おも
)
へば、
004
妬
(
や
)
けてたまらず、
005
如何
(
いか
)
にもして、
006
翼
(
つばさ
)
あらば
此
(
この
)
塀
(
へい
)
を
乗
(
のり
)
越
(
こ
)
え、
007
二人
(
ふたり
)
の
居間
(
ゐま
)
に
飛込
(
とびこ
)
み、
008
バルギーの
面
(
つら
)
を
掻
(
か
)
きむしり、
009
髻
(
たぶさ
)
を
引
(
ひき
)
まはし、
010
鬱憤
(
うつぷん
)
を
晴
(
は
)
らさむと
雄猛
(
をたけ
)
びし
乍
(
なが
)
ら、
011
ウンウンと
唸
(
うな
)
りつめ、
012
拳
(
こぶし
)
を
握
(
にぎ
)
つて
自分
(
じぶん
)
の
太股
(
ふともも
)
のあたりを、
013
無性
(
むしやう
)
矢鱈
(
やたら
)
に
擲
(
なぐ
)
つてゐる。
014
コブライは
此
(
この
)
体
(
てい
)
を
見
(
み
)
て
可笑
(
をか
)
しくてたまらず、
015
『モシ、
016
天真坊
(
てんしんばう
)
様
(
さま
)
、
017
御
(
ご
)
化身
(
けしん
)
様
(
さま
)
、
018
大変
(
たいへん
)
な
偉
(
えら
)
い
雄健
(
をたけ
)
びですな。
019
そらさうでせう、
020
お
肚
(
はら
)
の
立
(
た
)
つのは
御尤
(
ごもつと
)
もだ。
021
つぶしに
売
(
う
)
つたつて
千
(
せん
)
両
(
りやう
)
や
二千
(
にせん
)
両
(
りやう
)
の
値打
(
ねうち
)
のある
美人
(
びじん
)
を、
022
まんまと、
023
バルギー
位
(
ぐらゐ
)
に
占領
(
せんりやう
)
され、
024
自分
(
じぶん
)
は
門外
(
もんぐわい
)
に
追
(
お
)
ひ
出
(
だ
)
され、
025
指
(
ゆび
)
を
喰
(
く
)
はへて
見
(
み
)
てるのも
余
(
あんま
)
り
気
(
き
)
の
利
(
き
)
いた
話
(
はなし
)
ぢやありませぬな。
026
私
(
わたし
)
だつて
世
(
よ
)
が
世
(
よ
)
なら、
027
あのダリヤ
姫
(
ひめ
)
を
女房
(
にようばう
)
にして
見
(
み
)
たい
様
(
やう
)
な
心
(
こころ
)
も
起
(
おこ
)
らぬではありませぬワ。
028
ダリヤ
姫
(
ひめ
)
の
俤
(
おもかげ
)
は、
029
どこ
共
(
とも
)
なく
優
(
やさ
)
しい
親
(
した
)
しい
所
(
ところ
)
がありますなア。
030
私
(
わたし
)
だつて
一度
(
いちど
)
はあの
白
(
しろ
)
い
手
(
て
)
を
握
(
にぎ
)
つて、
031
共
(
とも
)
に
山雲
(
さんうん
)
海月
(
かいげつ
)
の
情
(
じやう
)
を
語
(
かた
)
りたいやうな
気
(
き
)
も
致
(
いた
)
しますワイ。
032
縦
(
たて
)
から
見
(
み
)
ても
横
(
よこ
)
から
見
(
み
)
ても、
033
優美
(
いうび
)
で
高尚
(
かうしやう
)
で
艶麗
(
えんれい
)
で
034
而
(
しか
)
も
宗教
(
しうけう
)
的
(
てき
)
熱情
(
ねつじやう
)
に
富
(
と
)
んだ
純朴
(
じゆんぼく
)
な
心
(
こころ
)
が、
035
あの
下膨
(
しもぶく
)
れのした
垂
(
た
)
れ
頬
(
ほほ
)
に
現
(
あら
)
はれて
居
(
を
)
りますからなア』
036
天真坊
(
てんしんばう
)
は
太
(
ふと
)
い
吐息
(
といき
)
を
漏
(
も
)
らし
乍
(
なが
)
ら、
037
『
俺
(
おれ
)
は
天性
(
てんせい
)
此
(
この
)
通
(
とほ
)
りの
面構
(
つらがまへ
)
、
038
さうだから
別
(
べつ
)
に
恋
(
こひ
)
と
云
(
い
)
ふのでもないが、
039
コリヤ
実際
(
じつさい
)
俺
(
おれ
)
の
心
(
こころ
)
から
出
(
で
)
たのではない。
040
恋
(
こひ
)
は
凡
(
すべ
)
て
神
(
かみ
)
から
来
(
きた
)
るものだ、
041
結婚
(
けつこん
)
は
人間
(
にんげん
)
のする
仕事
(
しごと
)
だ。
042
神
(
かみ
)
さまから
命
(
めい
)
ぜられた
神聖
(
しんせい
)
の
恋
(
こひ
)
と
感
(
かん
)
じてよりの
心機
(
しんき
)
一転
(
いつてん
)
の
此
(
この
)
行脚
(
あんぎや
)
、
043
思
(
おも
)
はず
知
(
し
)
らず
花
(
はな
)
のかげを
踏
(
ふ
)
んで
驚
(
おどろ
)
く
足
(
あし
)
を
上
(
あ
)
げたと
044
一般
(
いつぱん
)
の、
0441
よそ
目
(
め
)
にはさぞやさぞ、
045
バカの
白痴
(
はくち
)
の
骨頂
(
こつちやう
)
とも
見
(
み
)
えるだらうが、
046
神
(
かみ
)
の
命
(
めい
)
じ
玉
(
たま
)
ふた
此
(
この
)
恋愛
(
れんあい
)
は
047
どうあつても
成功
(
せいこう
)
しなくちやおかない
筈
(
はず
)
ぢや。
048
玄真坊
(
げんしんばう
)
自身
(
じしん
)
としては、
049
仮令
(
たとへ
)
水中
(
すいちう
)
の
月
(
つき
)
、
050
手
(
て
)
にとるを
得
(
え
)
ず
共
(
とも
)
、
051
せめては
岸上
(
がんじやう
)
の
一念
(
いちねん
)
、
052
うたた
此
(
この
)
境遇
(
きやうぐう
)
を
甘
(
あま
)
んずる
丈
(
だけ
)
でも
結構
(
けつこう
)
だが、
053
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても、
054
御
(
ご
)
本尊
(
ほんぞん
)
の
神
(
かみ
)
様
(
さま
)
が
御
(
ご
)
承知
(
しようち
)
遊
(
あそ
)
ばさぬのだから
辛
(
つら
)
いものだ。
055
丸切
(
まるき
)
り
只今
(
ただいま
)
の
心持
(
こころもち
)
は
056
あたら
名玉
(
めいぎよく
)
砕
(
くだ
)
けて
粉
(
こな
)
となり
失
(
う
)
せし
心地
(
ここち
)
だ。
057
あーア、
058
天来
(
てんらい
)
の
救世主
(
きうせいしゆ
)
も
恋
(
こひ
)
にかかつたら、
059
からつきし
駄目
(
だめ
)
かいな』
060
コブライ『ハヽヽヽ、
061
天真坊
(
てんしんばう
)
さま、
062
大変
(
たいへん
)
な
御
(
ご
)
愁歎
(
しうたん
)
ですな。
063
…
初
(
はじ
)
めは
竜虎
(
りうこ
)
の
如
(
ごと
)
く、
064
終
(
をはり
)
は
脱兎
(
だつと
)
の
如
(
ごと
)
し…とは
貴方
(
あなた
)
の
心底
(
しんてい
)
、
065
御
(
ご
)
境遇
(
きやうぐう
)
、
066
誠
(
まこと
)
に
早
(
はや
)
察
(
さつ
)
しまするワイ、
067
イヒヽヽヽ』
068
天
(
てん
)
『コリヤ、
069
コブライ、
070
バカにするない。
071
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
夜
(
よる
)
許
(
ばか
)
りぢやない、
072
又
(
また
)
昼
(
ひる
)
もあるぞ。
073
何程
(
なにほど
)
失恋
(
しつれん
)
の
淵
(
ふち
)
に
沈
(
しづ
)
んで
居
(
を
)
つても、
074
又
(
また
)
もや
起上
(
おきあが
)
る
時節
(
じせつ
)
があるから、
075
さう
見下
(
みさ
)
げたものぢやないワイ』
076
コ『それよりも
夜明
(
よあけ
)
を
待
(
ま
)
つて、
077
ダリヤが
庭園
(
ていゑん
)
をブラつき
初
(
はじ
)
めたら、
078
すき
塀
(
べい
)
の
穴
(
あな
)
から
御
(
ご
)
面相
(
めんさう
)
なりと
拝顔
(
はいがん
)
して、
079
悶々
(
もんもん
)
の
情
(
じやう
)
を
消
(
け
)
すのですな』
080
悪戯
(
いたづら
)
小僧
(
こぞう
)
の
神
(
かみ
)
の
子
(
こ
)
は、
081
門
(
もん
)
の
節穴
(
ふしあな
)
から、
082
ソツと
外
(
そと
)
を
覗
(
のぞ
)
いてみると、
083
うす
暗
(
やみ
)
の
中
(
なか
)
に
二
(
ふた
)
つの
影
(
かげ
)
が
一間
(
いつけん
)
許
(
ばか
)
り
間隔
(
かんかく
)
を
保
(
たも
)
つて、
084
愁歎話
(
しうたんばなし
)
に
耽
(
ふけ
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
085
神
(
かみ
)
の
子
(
こ
)
『オイ、
086
天真
(
てんしん
)
さま、
087
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
つてるんだい。
088
ダリヤさまはな、
089
お
前
(
まへ
)
さまが
此処
(
ここ
)
へ
尋
(
たづ
)
ねて
来
(
き
)
たといふ
事
(
こと
)
を
聞
(
き
)
いてビツクリし、
090
裏口
(
うらぐち
)
から
一人
(
ひとり
)
の
おつさま
と、
091
たつた
今
(
いま
)
の
先
(
さき
)
、
0911
東
(
ひがし
)
の
方
(
はう
)
を
指
(
さ
)
して
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
したよ。
092
お
母
(
かあ
)
さまに
内証
(
ないしよ
)
で、
093
余
(
あま
)
り
可哀相
(
かあいさう
)
だから、
094
一寸
(
ちよつと
)
知
(
し
)
らしに
来
(
き
)
てやつたのだ。
095
ダリヤに
会
(
あ
)
ひたけりや、
096
早
(
はや
)
く
行
(
ゆ
)
かつしやい、
097
モウ
今
(
いま
)
頃
(
ごろ
)
は
吾子山
(
あごやま
)
の
麓
(
ふもと
)
あたり
迄
(
まで
)
行
(
い
)
つてゐるだろ』
098
天
(
てん
)
『ナアニ、
099
ダリヤが
逃
(
に
)
げたといふのか、
100
其奴
(
そいつ
)
ア
大変
(
たいへん
)
だ』
101
神
(
かみ
)
の
子
(
こ
)
『
金城
(
きんじやう
)
鉄壁
(
てつぺき
)
に
囲
(
かこ
)
まれてゐるダリヤよりも
102
外
(
そと
)
へ
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
したダリヤの
方
(
はう
)
が、
103
お
前
(
まへ
)
の
為
(
ため
)
には
都合
(
つがふ
)
が
可
(
よ
)
いだらう』
104
天
(
てん
)
『そりや
又
(
また
)
本当
(
ほんたう
)
かい、
105
嘘
(
うそ
)
ぢやなからうな』
106
神
(
かみ
)
の
子
(
こ
)
『
嘘
(
うそ
)
なら
嘘
(
うそ
)
にしておけやい。
107
人
(
ひと
)
が
親切
(
しんせつ
)
に、
108
此
(
この
)
眠
(
ねむ
)
たいのに
知
(
し
)
らしてやるのに、
109
勝手
(
かつて
)
にしたが
可
(
よ
)
かろ、
110
イヒヽヽヽ』
111
と
笑
(
わら
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
112
屋内
(
をくない
)
深
(
ふか
)
く
隠
(
かく
)
れて
了
(
しま
)
つた。
113
後
(
あと
)
に
天真坊
(
てんしんばう
)
は
双手
(
もろて
)
をくみ、
114
少時
(
しばし
)
思案
(
しあん
)
にくれてゐたが、
115
天
(
てん
)
『オイ、
116
コブライ
117
どうだろ、
118
本当
(
ほんたう
)
だろかな。
119
あんな
事
(
こと
)
云
(
い
)
つて、
120
うるさいから
俺
(
おれ
)
達
(
たち
)
を
追
(
お
)
ひ
出
(
だ
)
す
手段
(
しゆだん
)
ぢやなからうか』
121
コ『
子供
(
こども
)
は
正直
(
しやうぢき
)
ですよ、
122
ダリヤだつて、
123
現在
(
げんざい
)
天真坊
(
てんしんばう
)
さまが、
124
ここへ
来
(
き
)
てゐられるのに、
125
安閑
(
あんかん
)
としては
居
(
を
)
れますまい。
126
私
(
わたし
)
がダリヤだつたら、
127
キツと
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
しますよ』
128
天
(
てん
)
『いかにも
尤
(
もつとも
)
だ、
129
サア、
130
コブライ、
131
半時
(
はんとき
)
の
猶予
(
いうよ
)
もならぬ、
132
サア
行
(
ゆ
)
かう』
133
と
薄暗
(
うすくら
)
がりの
野路
(
のみち
)
を、
134
転
(
こけ
)
つ
輾
(
まろ
)
びつ、
135
吾子山
(
あごやま
)
の
方面
(
はうめん
)
さして
駆
(
かけ
)
りゆく。
136
ダリヤ
姫
(
ひめ
)
は
離
(
はな
)
れの
間
(
ま
)
に、
137
平気
(
へいき
)
の
平左
(
へいざ
)
で、
138
スガの
港
(
みなと
)
へ
帰
(
かへ
)
る
迄
(
まで
)
は、
139
巧
(
うま
)
く
此
(
この
)
バルギーをチヨロまかしおかむものと、
140
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
酒
(
さけ
)
をすすめて
機嫌
(
きげん
)
をとつてゐる。
141
ダリヤ『
最
(
もつと
)
も
敬愛
(
けいあい
)
するバルギーさまえ、
142
本当
(
ほんたう
)
に
天真坊
(
てんしんばう
)
といふ
奴
(
やつ
)
、
143
気
(
き
)
の
利
(
き
)
かねい
売僧
(
まいす
)
坊主
(
ばうず
)
ぢやありませぬか。
144
妾
(
あたえ
)
と
貴方
(
あなた
)
と
玉清別
(
たまきよわけ
)
さまのお
館
(
やかた
)
に
斯
(
か
)
うして、
145
ゆつくりとお
酒
(
さけ
)
を
汲
(
く
)
みかはし、
146
恋
(
こひ
)
の
未来
(
みらい
)
を
楽
(
たのし
)
んで
遊
(
あそ
)
んでゐるに、
147
此
(
この
)
家
(
や
)
の
奥
(
おく
)
さまに
追
(
お
)
ひ
出
(
だ
)
され、
148
門
(
もん
)
の
外
(
そと
)
でベソをかいてゐるといふ
事
(
こと
)
、
149
本当
(
ほんたう
)
に
一掬
(
いつきく
)
同情
(
どうじやう
)
の
涙
(
なみだ
)
をそそいでやりたくなるぢやありませぬか』
150
バルギーはあわてて、
151
『ソヽそりや
何
(
なに
)
を
仰有
(
おつしや
)
る、
152
ヤツパリ
姫
(
ひめ
)
さまは
天真坊
(
てんしんばう
)
に
一掬
(
いつきく
)
同情
(
どうじやう
)
の
涙
(
なみだ
)
を
注
(
そそ
)
ぎたいやうな
心持
(
こころもち
)
がするのですか、
153
そりや
大変
(
たいへん
)
だ。
154
私
(
わたし
)
だつて、
155
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
の
御
(
お
)
心持
(
こころもち
)
がそんな
事
(
こと
)
だつたら、
156
安心
(
あんしん
)
は
出来
(
でき
)
ないぢやありませぬか、
157
仮令
(
たとへ
)
一命
(
いちめい
)
をすてても
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
の
為
(
ため
)
には
悔
(
く
)
いないといふ
私
(
わたし
)
の
決心
(
けつしん
)
ですのに……』
158
と
血相
(
けつさう
)
変
(
か
)
へる。
159
ダリ『ホヽヽ
嘘
(
うそ
)
ですよ、
160
世間
(
せけん
)
に
対
(
たい
)
する
義理
(
ぎり
)
一遍
(
いつぺん
)
の
辞令
(
じれい
)
ですワ。
161
仮令
(
たとへ
)
心
(
こころ
)
の
中
(
なか
)
は
如何
(
どう
)
でも
妾
(
わらは
)
は
女
(
をんな
)
ですからね、
162
男
(
をとこ
)
さまの
様
(
やう
)
な
赤裸々
(
せきらら
)
なこた
云
(
い
)
へないでせう』
163
バル『ウーン
成程
(
なるほど
)
、
164
分
(
わか
)
つてる。
165
エー、
166
それで
俺
(
おれ
)
もチツと
許
(
ばか
)
り
安心
(
あんしん
)
した。
167
然
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
姫
(
ひめ
)
さま、
168
僕
(
ぼく
)
に
対
(
たい
)
する
御
(
ご
)
誓約
(
せいやく
)
も
其
(
その
)
伝
(
でん
)
ぢやありませぬか。
169
厭
(
いや
)
なら
厭
(
いや
)
と、
170
赤裸々
(
せきらら
)
に
今
(
いま
)
の
間
(
うち
)
に
云
(
い
)
つて
貰
(
もら
)
はなくちや、
171
最後
(
さいご
)
の
壇
(
だん
)
の
浦
(
うら
)
迄
(
まで
)
行
(
い
)
つた
所
(
ところ
)
で、
172
エツパツパとやられちやたまりませぬからな。
173
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
僕
(
ぼく
)
の
面
(
かほ
)
は
恋愛
(
れんあい
)
に
対
(
たい
)
しては
険呑
(
けんのん
)
千万
(
せんばん
)
な
御
(
ご
)
面相
(
めんさう
)
だから、
174
気
(
き
)
がもめて
堪
(
たま
)
りませぬワ』
175
ダリ『ホヽヽそんな
御
(
ご
)
懸念
(
けねん
)
は
御
(
ご
)
無用
(
むよう
)
にして
下
(
くだ
)
さいませ。
176
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
容貌
(
おとこまへ
)
がよくても、
177
気甲斐性
(
きがひしやう
)
のない
男子
(
だんし
)
はダメですワ。
178
今
(
いま
)
の
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
は
一程
(
いちほど
)
二金
(
にかね
)
三容貌
(
さんきれう
)
ですからね、
179
何
(
なに
)
程
(
ほど
)
容色
(
きれう
)
が
悪
(
わる
)
くつても、
180
金
(
かね
)
がなくつても、
181
程
(
ほど
)
さへよけら
女
(
をんな
)
が
吸
(
すい
)
付
(
つ
)
きますよ。
182
私
(
わたし
)
だつてバルギーさまに
惚
(
ほ
)
れたのは、
183
容色
(
きれう
)
でもなし、
184
金
(
かね
)
でもなし、
185
又
(
また
)
金
(
かね
)
や
容色
(
きれう
)
を
望
(
のぞ
)
んだ
所
(
ところ
)
で、
186
からきし、
187
ダメですもの、
188
肝腎要
(
かんじんかなめ
)
の
恋男
(
こひをとこ
)
になくてはならない
第一
(
だいいち
)
の
美点
(
びてん
)
、
189
程
(
ほど
)
のよいのに
惚
(
ほれ
)
たのですワ』
190
バル『そゝそれ
程
(
ほど
)
、
191
僕
(
ぼく
)
は
程
(
ほど
)
が
好
(
よ
)
くみえるかな。
192
余程
(
よつぽど
)
お
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つたとみえるな、
193
エヘヽヽ』
194
ダリ『
金
(
かね
)
や
容色
(
きれう
)
はどうでもよいが
195
程
(
ほど
)
のよいのにわしや
惚
(
ほれ
)
た。
196
といふやうなものですワイ、
197
ホヽヽヽ』
198
バル『ナール
程
(
ほど
)
、
199
程
(
ほど
)
なる
哉
(
かな
)
程
(
ほど
)
なる
哉
(
かな
)
だ。
200
これ
程
(
ほど
)
迄
(
まで
)
に
惚込
(
ほれこ
)
んだ
女
(
をんな
)
をみすてやうものなら、
201
女冥加
(
をんなみやうが
)
に
尽
(
つ
)
きやう
程
(
ほど
)
に、
202
梵天
(
ぼんてん
)
帝釈
(
たいしやく
)
自在天
(
じざいてん
)
、
203
オツトドツコイ、
204
三五教
(
あななひけう
)
の
大神
(
おほかみ
)
さまに
誓
(
ちか
)
つて、
205
万劫
(
まんご
)
未代
(
まつだい
)
ダリヤの
君
(
きみ
)
はすてませぬ。
206
どうか
御
(
ご
)
安心
(
あんしん
)
なすつて
下
(
くだ
)
さいませ、
207
おん
嬶
(
かか
)
大明神
(
だいみやうじん
)
様
(
さま
)
』
208
ダリ『イヤですよ、
209
おん
嬶
(
かか
)
大明神
(
だいみやうじん
)
なんて、
210
未来
(
みらい
)
の
女房
(
にようばう
)
と
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さいな』
211
バル『
其
(
その
)
未来
(
みらい
)
丈
(
だけ
)
除
(
と
)
つて
欲
(
ほ
)
しいな、
212
肩書
(
かたがき
)
があると
何
(
なん
)
だか
窮屈
(
きうくつ
)
でたまらないワ。
213
海軍
(
かいぐん
)
大将
(
たいしやう
)
だとか、
214
何々
(
なになに
)
局長
(
きよくちやう
)
だとか
肩書
(
かたがき
)
があると、
215
知
(
し
)
らず
識
(
し
)
らずの
間
(
あひだ
)
に
官僚
(
くわんれう
)
気分
(
きぶん
)
になつて、
216
心
(
こころ
)
までが
四角
(
しかく
)
ばつて
仕方
(
しかた
)
のないものだ、
217
どうか
未来
(
みらい
)
といふ
肩書
(
かたがき
)
をここで
削除
(
さくぢよ
)
して
頂
(
いただ
)
けませぬかな、
218
ダリヤ
姫
(
ひめ
)
の
君様
(
きみさま
)
』
219
ダリ『ホヽヽヽ
気
(
き
)
の
短
(
みじか
)
い
事
(
こと
)
仰有
(
おつしや
)
いますこと、
220
一
(
いち
)
秒間
(
べうかん
)
先
(
さき
)
でも
未来
(
みらい
)
ですよ。
221
未来
(
みらい
)
と
云
(
い
)
つたら、
222
さう
遠
(
とほ
)
いものぢやありませぬワ。
223
どうぞこうぞスガの
港
(
みなと
)
迄
(
まで
)
送
(
おく
)
つて
下
(
くだ
)
さいましたら、
224
妾
(
あたい
)
がお
父
(
とう
)
さまやお
兄
(
にい
)
さまに
御
(
お
)
願
(
ねがひ
)
して、
225
合衾
(
がふきん
)
の
式
(
しき
)
を
挙
(
あ
)
げたいと
思
(
おも
)
つてゐますのよ。
226
どこから
見
(
み
)
ても
申分
(
まをしぶん
)
のない
程
(
ほど
)
のよい
殿
(
との
)
たちだこと、
227
ホヽヽヽ、
228
頬辺
(
ほほべた
)
が
知
(
し
)
らぬ
間
(
ま
)
に
赤
(
あか
)
くなりましたわ。
229
心臓
(
しんざう
)
の
動悸
(
どうき
)
が
烈
(
はげ
)
しくなり、
230
警鐘
(
けいしやう
)
乱打
(
らんだ
)
の
声
(
こゑ
)
が
胸
(
むね
)
に
響
(
ひび
)
いてゐますワ』
231
バル『
頬辺
(
ほほべた
)
が
赤
(
あか
)
くなつたのは
葡萄酒
(
ぶだうしゆ
)
を
呑
(
の
)
んだ
加減
(
かげん
)
ぢやないか、
232
甘
(
うま
)
い
事
(
こと
)
云
(
い
)
つて、
233
僕
(
ぼく
)
を……
俺
(
おれ
)
を
誤魔化
(
ごまくわ
)
すのぢやあるまいな』
234
ダリ『どしてどして、
235
孱弱
(
かよわ
)
い
女
(
をんな
)
の
身
(
み
)
でゐ
乍
(
なが
)
ら、
236
仁王
(
にわう
)
の
荒削
(
あらけづり
)
みたいな、
237
程
(
ほど
)
の
好
(
よ
)
い
殿
(
との
)
たちを
騙
(
だま
)
してすみますか、
238
男冥加
(
をとこみやうが
)
に
尽
(
つ
)
きますからね』
239
バル『どうか、
240
御
(
ご
)
変心
(
へんしん
)
なき
様
(
やう
)
に
頼
(
たの
)
んでおきますよ、
241
猪鹿
(
ちよか
)
つきて
良狗
(
りやうく
)
煮
(
に
)
らるる
事
(
こと
)
のない
様
(
やう
)
にね』
242
ダリ『ホヽヽ、
243
御念
(
ごねん
)
には
及
(
およ
)
びますまい、
244
羽織
(
はおり
)
の
紐
(
ひも
)
ですから……ね』
245
バル『
妾
(
わらは
)
の
胸
(
むね
)
においてあるといふのか、
246
よし、
247
分
(
わか
)
つてる。
248
併
(
しか
)
し
姫
(
ひめ
)
さま、
249
クラヴィコードが
此処
(
ここ
)
にあるぢやないか、
250
一
(
ひと
)
つ
弾
(
だん
)
じて
貰
(
もら
)
ふ
訳
(
わけ
)
にや
参
(
まゐ
)
りますまいかな』
251
バルギーは
自分
(
じぶん
)
の
女房
(
にようばう
)
にしたやうな
気
(
き
)
もするなり、
252
又
(
また
)
何処
(
どこ
)
ともなしに
犯
(
をか
)
し
難
(
がた
)
き
気高
(
けだか
)
い
他人
(
たにん
)
の
嬢
(
ぢやう
)
さまの
如
(
や
)
うな
気
(
き
)
もするなり、
253
きたなく
言葉
(
ことば
)
を
使
(
つか
)
つてみたり、
254
丁寧
(
ていねい
)
に
云
(
い
)
つてみたり
255
妙
(
めう
)
な
心理
(
しんり
)
情態
(
じやうたい
)
に
陥
(
おちい
)
つてゐる。
256
ダリヤは
傍
(
かたはら
)
のクラヴィコードを
手
(
て
)
にとり、
257
糸
(
いと
)
をしめ
直
(
なほ
)
し
乍
(
なが
)
ら、
258
無聊
(
ぶれう
)
を
慰
(
なぐさ
)
むる
為
(
ため
)
、
259
さしかまへのない、
260
子供
(
こども
)
の
時
(
とき
)
に
覚
(
おぼ
)
えておいた
唄
(
うた
)
を
唄
(
うた
)
ひ
出
(
だ
)
した。
261
『
唄
(
うた
)
はどこでもかけ
行
(
ゆ
)
く
262
子供
(
こども
)
と
仲
(
なか
)
よくはねまわる。
263
シヤシヤ シヤンシヤン
264
歌
(
うた
)
は
花
(
はな
)
さく
木
(
き
)
にみのる
265
小鳥
(
ことり
)
がそれをついばむよ
266
シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
267
歌
(
うた
)
は
月夜
(
つきよ
)
の
笛
(
ふえ
)
の
音
(
ね
)
に
268
合
(
あは
)
せて
遠
(
とほ
)
く
響
(
ひび
)
きます
269
シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
270
歌
(
うた
)
は
心
(
こころ
)
の
噴水
(
ふんすい
)
よ
271
涙
(
なみだ
)
にみちる
微笑
(
ほほゑみ
)
よ
272
シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
273
歌
(
うた
)
はきらめく
玉
(
たま
)
の
音
(
おと
)
274
やさしく
清
(
きよ
)
き
思出
(
おもひで
)
よ
275
シヤシヤ シヤンシヤンシヤン
276
唄
(
うた
)
は
世界
(
せかい
)
を
洗
(
あら
)
ふ
波
(
なみ
)
277
舟
(
ふね
)
は
勇
(
いさ
)
んで
出
(
で
)
かけます
278
シヤシヤ シヤンシヤン
279
歌
(
うた
)
はすべての
息
(
いき
)
よ
280
命
(
いのち
)
の
終
(
をは
)
る
鐘
(
かね
)
の
音
(
ね
)
よ
281
シヤシヤ シヤーンシヤーン
282
モウこれで
怺
(
こら
)
へて
貰
(
もら
)
ひませう、
283
永
(
なが
)
らく
弾
(
ひ
)
かないので、
284
糸
(
いと
)
のねじめが
思
(
おも
)
ふ
様
(
やう
)
になりませぬからね』
285
バル『ヤア
感心
(
かんしん
)
々々
(
かんしん
)
、
286
生
(
うま
)
れてから
始
(
はじ
)
めて、
287
クラヴィコードの
音
(
ね
)
をきいた、
288
何
(
なん
)
とマア
琴
(
こと
)
といふものは
殊
(
こと
)
の
外
(
ほか
)
よい
音
(
ね
)
の
出
(
で
)
るものだな。
289
それに
姫
(
ひめ
)
の
声
(
こゑ
)
といひ、
290
様子
(
やうす
)
といひ、
291
程
(
ほど
)
といひ、
292
中々
(
なかなか
)
素敵
(
すてき
)
滅法界
(
めつぱふかい
)
な
天下
(
てんか
)
の
逸品
(
いつぴん
)
だつたよ』
293
ダリ『ホヽヽヽ、
294
貴方
(
あなた
)
何
(
なん
)
ですか、
295
クラヴィコードの
音
(
ね
)
を
聞
(
き
)
いた
事
(
こと
)
がないとは、
296
余
(
あま
)
り
無風流
(
ぶふうりう
)
ぢやありませぬか。
297
スガの
港
(
みなと
)
辺
(
あたり
)
では、
298
裏長屋
(
うらながや
)
のお
婆
(
ばあ
)
さまでも
琴
(
こと
)
を
弾
(
だん
)
じない
人
(
ひと
)
はありませぬよ。
299
男
(
をとこ
)
だつて
大抵
(
たいてい
)
の
人
(
ひと
)
は
弾奏
(
だんそう
)
の
術
(
わざ
)
には
馴
(
な
)
れてゐますからね』
300
バル『イヤ、
301
成程
(
なるほど
)
302
々々
(
なるほど
)
303
々々
(
なるほど
)
、
304
可
(
よ
)
い
音
(
ね
)
の
出
(
で
)
るものだ。
305
それで
琴
(
こと
)
をひく
女
(
をんな
)
を、
306
可
(
よ
)
い
ねい
さまといふのだな、
307
分
(
わか
)
つてる』
308
ダリ『ホヽヽヽ、
309
琴
(
こと
)
のよい
音
(
ね
)
が
出
(
で
)
るから、
310
ねえ
さまなんて、
311
可
(
よ
)
いかげんに
呆
(
とぼ
)
けておきなさいませ。
312
殊
(
こと
)
の
外
(
ほか
)
文盲
(
もんまう
)
な
男
(
をとこ
)
さまですね、
313
妾
(
あたい
)
そんな
事
(
こと
)
聞
(
き
)
くと、
314
さつぱり
厭気
(
いやけ
)
がさして
来
(
き
)
ますワ』
315
バルギーはあわてて、
316
手
(
て
)
をふり
乍
(
なが
)
ら、
317
『イヤイヤイヤ、
318
さうぢやない さうぢやない、
319
一寸
(
ちよつと
)
テンゴに
云
(
い
)
つてみたのだ、
320
俺
(
おれ
)
だつてクラヴィコードは
知
(
し
)
つてるよ、
321
天下
(
てんか
)
の
妙手
(
めうしゆ
)
と
評判
(
ひやうばん
)
をとつた
俺
(
おれ
)
だものなア』
322
ダリ『
成程
(
なるほど
)
……
鼠
(
ねずみ
)
捕
(
と
)
る
猫
(
ねこ
)
は
爪
(
つめ
)
かくす……とか
云
(
い
)
ひましてな、
323
人
(
ひと
)
はどんな
隠芸
(
かくしげい
)
を
持
(
も
)
つてゐるか
分
(
わか
)
りませぬな、
324
本当
(
ほんたう
)
に
琴
(
こと
)
の
名人
(
めいじん
)
であり
乍
(
なが
)
ら、
325
知
(
し
)
らぬ
面
(
かほ
)
をして
御座
(
ござ
)
る
其
(
その
)
ゆかしさ
326
程
(
ほど
)
のよさ、
327
それが
第一
(
だいいち
)
、
328
妾
(
あたい
)
は
気
(
き
)
に
入
(
い
)
つてますのよ。
329
今
(
いま
)
の
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
の
人
(
ひと
)
は、
330
知
(
し
)
らぬ
事
(
こと
)
でも
知
(
し
)
つたらしう
云
(
い
)
ひたがるものですからな』
331
バル『ウン、
332
そらさうだ、
333
よく
分
(
わか
)
る、
334
イヤ、
335
分
(
わか
)
つてる、
336
知
(
し
)
つても
知
(
し
)
らぬ
面
(
かほ
)
するのが
床
(
ゆか
)
しいのだ、
337
そこに
男子
(
だんし
)
の
価値
(
かち
)
が
十二分
(
じふにぶん
)
に
伏在
(
ふくざい
)
してると
云
(
い
)
ふものだ。
338
所謂
(
いはゆる
)
謙遜
(
けんそん
)
の
美徳
(
びとく
)
といふものだ、
339
謙遜
(
けんそん
)
の
美徳
(
びとく
)
即
(
すなは
)
ち
人格
(
じんかく
)
をなす
所以
(
ゆゑん
)
のものだ。
340
時世
(
ときよ
)
時節
(
じせつ
)
で、
341
泥棒
(
どろばう
)
の
仲間
(
なかま
)
へ
入
(
はい
)
つてをつたものの、
342
元
(
もと
)
が
元
(
もと
)
だからの』
343
ダリ『ホヽヽヽ
何
(
なん
)
だか
知
(
し
)
りませぬが、
344
泥棒
(
どろばう
)
の
小頭
(
こがしら
)
では、
345
人格
(
じんかく
)
問題
(
もんだい
)
を
云々
(
うんぬん
)
する
訳
(
わけ
)
にも
行
(
ゆ
)
きますまい。
346
それはさうと、
347
妾
(
あたい
)
が
弾奏
(
だんそう
)
しました
返礼
(
へんれい
)
として、
348
一
(
ひと
)
つ
貴方
(
あなた
)
唄
(
うた
)
をうたひ、
349
コードを
弾
(
だん
)
じて、
350
程好
(
ほどよ
)
い
音色
(
ねいろ
)
を
聞
(
き
)
かして
下
(
くだ
)
さいな』
351
バル『ウーン、
352
コトと
品
(
しな
)
によつたら
弾
(
だん
)
じない
事
(
こと
)
はないが、
353
これはお
前
(
まへ
)
と
四海波
(
しかいなみ
)
謡
(
うた
)
ふ
時
(
とき
)
迄
(
まで
)
保留
(
ほりう
)
しておこうかい、
354
でないと
隠芸
(
かくしげい
)
とは
云
(
い
)
はないからな。
355
お
前
(
まへ
)
の
親
(
おや
)
や
兄弟
(
きやうだい
)
をアツと
云
(
い
)
はせる
仕組
(
しぐみ
)
だからな』
356
ダリ『ホヽヽヽ、
357
何
(
なん
)
とマア
程
(
ほど
)
のよい
御
(
ご
)
挨拶
(
あいさつ
)
だこと、
358
サ、
359
今
(
いま
)
となつた
時
(
とき
)
にや、
360
お
酒
(
さけ
)
に
酔
(
よ
)
ひつぶれたやうな
面
(
かほ
)
して、
361
寝込
(
ねこ
)
んで
了
(
しま
)
ふ
今
(
いま
)
から
野心
(
したごころ
)
でせう。
362
其
(
その
)
指先
(
ゆびさき
)
ではどうもコードを
扱
(
あつか
)
はれた
形跡
(
けいせき
)
がないぢやありませぬか、
363
妾
(
あたい
)
の
指
(
ゆび
)
をみて
御覧
(
ごらん
)
、
364
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り
堅
(
かた
)
い
筋
(
すぢ
)
が
出来
(
でき
)
て
居
(
を
)
りますよ』
365
バル『
俺
(
おれ
)
のはな、
366
素掻
(
すがき
)
と
云
(
い
)
つて、
367
爪
(
つめ
)
の
先
(
さき
)
許
(
ばか
)
りで
弾奏
(
だんそう
)
するのだ。
368
それが
名物
(
めいぶつ
)
となつてるのだ、
369
爪
(
つめ
)
の
奴
(
やつ
)
伸
(
の
)
びるでチヨイチヨイ
切
(
き
)
るものだから、
370
今
(
いま
)
は
爪先
(
つまさき
)
に
筋
(
すぢ
)
がないのだ。
371
マア、
372
疑
(
うたが
)
はずに
待
(
ま
)
つてくれ、
373
俺
(
おれ
)
のは
御
(
ご
)
神前
(
しんぜん
)
か
何
(
なに
)
かでやるのだからな、
374
シヤツチン シヤツチン シヤツチンチン……と、
375
そら
本当
(
ほんたう
)
に
可
(
よ
)
い
音色
(
ねいろ
)
だよ』
376
ダリ『
御
(
ご
)
神前
(
しんぜん
)
でシヤツチン シヤツチンやるのは、
377
そら
八雲
(
やくも
)
でせう』
378
バル『
八雲
(
やくも
)
でも
小雲
(
こくも
)
でも
琴
(
こと
)
に
間違
(
まちがひ
)
はないぢやないか』
379
ダリ『あ、
380
そんなら、
381
此
(
この
)
八雲琴
(
やくもごと
)
を
拝借
(
はいしやく
)
して、
382
妾
(
あたい
)
を
平和
(
へいわ
)
の
女神
(
めがみ
)
さまと
仮定
(
かてい
)
し、
383
一
(
ひと
)
つ
弾奏
(
だんそう
)
してみて
下
(
くだ
)
さいな』
384
バルギーは
頭
(
あたま
)
を
頻
(
しき
)
りに
掻
(
か
)
き
乍
(
なが
)
ら、
385
『ヤア、
386
ダリヤ
殿
(
どの
)
、
387
実
(
じつ
)
の
所
(
ところ
)
は
嘘
(
うそ
)
だ
嘘
(
うそ
)
だ、
388
琴
(
こと
)
なんか
持
(
も
)
つた
事
(
こと
)
もないのだ。
389
これ
許
(
ばか
)
りは
閉口
(
へいこう
)
頓首
(
とんしゆ
)
する』
390
ダリ『ホヽヽ、
391
それ
聞
(
き
)
いて、
392
妾
(
あたい
)
安心
(
あんしん
)
しましたワ、
393
琴
(
こと
)
なんか
女
(
をんな
)
の
弄
(
もてあそ
)
ぶものですワ、
394
男
(
をとこ
)
が
琴
(
こと
)
を
弾
(
だん
)
ずるのは
伶人
(
れいじん
)
許
(
ばか
)
りですワ、
395
伶人
(
れいじん
)
なんか
何時
(
いつ
)
も
貧乏
(
びんばふ
)
で、
396
祭典
(
さいてん
)
の
時
(
とき
)
なんか、
397
横
(
よこ
)
の
方
(
はう
)
に
席
(
せき
)
を
拵
(
こしら
)
へて
貰
(
もら
)
ひ、
398
ミヅバナ
たらして
慄
(
ふる
)
ふてるのですもの、
399
そんな
者
(
もの
)
にロクな
者
(
もの
)
はありませぬからね、
400
男子
(
だんし
)
は
男子
(
だんし
)
でヤツパリ
荒
(
あら
)
つぽい
事
(
こと
)
好
(
この
)
む
方
(
はう
)
が、
401
何程
(
なにほど
)
立派
(
りつぱ
)
だか
知
(
し
)
れませぬワ』
402
バル『ヘヽヽヽ、
403
成程
(
なるほど
)
御尤
(
ごもつと
)
も、
404
分
(
わか
)
つてる、
405
そらさうだ、
406
お
前
(
まへ
)
の
仰有
(
おつしや
)
る
通
(
とほ
)
り、
407
俺
(
おれ
)
の
聞
(
き
)
く
通
(
とほ
)
りだ。
408
荒
(
あら
)
つぽい
事
(
こと
)
と
云
(
い
)
つたら、
409
高塀
(
たかべい
)
をのりこえ、
410
大刀
(
だんびら
)
を
引提
(
ひつさ
)
げて
大家
(
たいけ
)
へ
飛
(
と
)
び
込
(
こ
)
み、
411
コラツと
一声
(
いつせい
)
かけるが
否
(
いな
)
や、
412
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
もビリビリツとちぢみ
上
(
あが
)
り、
413
生命
(
いのち
)
より
大切
(
だいじ
)
に
貯
(
たくは
)
へておいた
山吹色
(
やまぶきいろ
)
をおつぽり
出
(
だ
)
して
手
(
て
)
を
合
(
あは
)
して
拝
(
をが
)
むのだから、
414
偉
(
えら
)
いものだろ』
415
ダリ『
貴方
(
あなた
)
ヤツパリ
泥棒
(
どろばう
)
やつてゐたのですね、
416
泥棒
(
どろばう
)
なんか
夫
(
をつと
)
に
有
(
も
)
つこた
厭
(
いや
)
ですワ』
417
バル『ヤ
昔
(
むかし
)
は
昔
(
むかし
)
、
418
今
(
いま
)
は
今
(
いま
)
だ、
419
改心
(
かいしん
)
して
三五教
(
あななひけう
)
に
入
(
はい
)
り、
420
薬屋
(
くすりや
)
の
主人
(
しゆじん
)
となつた
以上
(
いじやう
)
は
泥棒
(
どろばう
)
なんかするものか、
421
お
前
(
まへ
)
の
内
(
うち
)
は
富豪
(
ふうがう
)
だから
何時
(
いつ
)
泥棒
(
どろばう
)
が
入
(
はい
)
るか
知
(
し
)
れない、
422
其
(
その
)
時
(
とき
)
は
俺
(
おれ
)
が
泥棒
(
どろばう
)
の
要領
(
こつ
)
を
覚
(
おぼ
)
えてるを
幸
(
さいはひ
)
、
423
反対
(
あべこべ
)
に
泥棒
(
どろばう
)
を
赤裸
(
まつぱだか
)
にひきめくり、
424
他所
(
よそ
)
で
盗
(
と
)
つて
来
(
き
)
た
物
(
もの
)
を
捲上
(
まきあ
)
げて
了
(
しま
)
つてやるのだ。
425
これからスガの
港
(
みなと
)
まで
帰
(
かへ
)
るには、
426
まだ
大分
(
だいぶん
)
道程
(
みちのり
)
もあるから、
427
若
(
も
)
し
途中
(
とちう
)
で
泥棒
(
どろばう
)
でも
出
(
で
)
よつてみよ、
428
俺
(
おれ
)
が
一目
(
ひとめ
)
睨
(
にら
)
んだら、
429
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
も
蜘蛛
(
くも
)
の
子
(
こ
)
を
散
(
ち
)
らす
如
(
ごと
)
く
逃
(
に
)
げるのだから、
430
本当
(
ほんたう
)
にこんな
夫
(
をつと
)
と
道伴
(
みちづ
)
れになつて
居
(
を
)
れば
安心
(
あんしん
)
なものだよ』
431
ダリ『
成程
(
なるほど
)
、
432
それ
承
(
うけたま
)
はつて
安心
(
あんしん
)
致
(
いた
)
しました。
433
サアモウ
夜
(
よ
)
も
更
(
ふ
)
けましたから、
434
やすもうぢやありませぬか、
435
お
泥
(
どろ
)
さま』
436
バル『チヱツ、
437
要
(
い
)
らぬ
事
(
こと
)
いふものぢやない、
438
意地
(
いぢ
)
の
悪
(
わる
)
い
姫
(
ひめ
)
様
(
さま
)
だな』
439
二人
(
ふたり
)
は
間
(
ま
)
をへだてて
漸
(
やうや
)
く
寝
(
しん
)
についた。
440
(
大正一四・一一・七
旧九・二一
於祥明館
松村真澄
録)
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