霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 銀杏姫(いてふひめ)〔一八一三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第72巻 山河草木 亥の巻 篇:第1篇 水波洋妖 よみ(新仮名遣い):すいはようよう
章:第4章 銀杏姫 よみ(新仮名遣い):いちょうひめ 通し章番号:1813
口述日:1926(大正15)年06月29日(旧05月20日) 口述場所:天之橋立なかや別館 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1929(昭和4)年4月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
杢助は船から飛び込んだ際、元の妖幻坊の正体をあらわし、獅子と虎のあいのこの恐ろしい姿となって、高姫を連れ、離れ島に漂着した。
妖幻坊は自分の姿の言い訳として、高姫を救うために魔術を使ったといってごまかす。
妖幻坊は、自分の姿が完全に元の妖怪に戻ってしまいそうになったので、高姫に隠れて変化の術を使おうと、竹やぶに飛び込んだ。
しかし、その竹やぶには恐ろしい蟻が住んでおり、たちまちに体中を噛み付かれて苦しみ倒れてしまった。
高姫はそのありさまを見て驚くが、竹やぶの後ろの大銀杏の祠に男女がいるのを目ざとく見つけ、彼らの着衣と船を失敬して妖幻坊を助け出そうとする。
二人の男女、フクエと岸子は、家の事情で仲を裂かれそうになり、銀杏の神のご利益を頼ってお参りにきていたのであった。
高姫は銀杏の女神の声色を使って二人をだまし、着物を献上させた上、竹やぶに飛び込んで妖幻坊を救うように仕向ける。
妖幻坊と高姫は、蟻に責められる二人を捨て置いて、さっさと逃げてしまう。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ:八島の主(八島主) データ凡例: データ最終更新日:2020-05-28 09:23:49 文字数:5503 OBC :rm7204
愛善世界社版:42頁 八幡書店版:第12輯 620頁 修補版: 校定版:44頁 普及版:14頁 初版: ページ備考:
001 杢助(もくすけ)に化(ば)けた妖幻坊(えうげんばう)及(およ)び千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)は002高砂丸(たかさごまる)の破壊(はくわい)沈没(ちんぼつ)に命(いのち)許(ばか)りは助(たす)からむものと、003両人(りやうにん)共(とも)手早(てばや)く着衣(ちやくい)を脱(ぬ)ぎすて、004真裸体(まつぱだか)となつて海中(かいちう)に飛(と)び込(こ)んだ際(さい)、005妖幻坊(えうげんばう)は全(まつた)く元(もと)の正体(しやうたい)を現(あら)はし006獅子(しし)と虎(とら)との混血児(あひのこ)たる怖(おそ)ろしき姿(すがた)となつて了(しま)つた。007高姫(たかひめ)も真裸体(まつぱだか)となつて毛(け)だらけの妖幻坊(えうげんばう)の首(くび)に喰(くら)ひつき、008浪(なみ)のままに漂(ただよ)ひ乍(なが)ら老木(らうぼく)茂(しげ)れる一(ひと)つの離(はな)れ島(じま)に漂着(へうちやく)した。
009 高姫(たかひめ)はホツト一息(ひといき)し乍(なが)ら、
010『アヽこれ杢助(もくすけ)さま、011大変(たいへん)な暴風雨(しけ)に遭(あ)ひ、012妾(わたし)はもう命(いのち)が無(な)くなるかと思(おも)つて居(ゐ)ましたのに、013お前(まへ)さまの変身(へんしん)の術(じゆつ)で此(こ)の荒湖(あらうみ)を乗切(のりき)り、014お蔭(かげ)で命(いのち)が助(たす)かりました。015何(なん)とマア貴方(あなた)は偉(えら)い隠(かく)し芸(げい)をもつて居(ゐ)らつしやるのですねえ』
016 妖幻坊(えうげんばう)は高姫(たかひめ)に正体(しやうたい)を見附(みつ)けられ、017大変(たいへん)に心(こころ)を痛(いた)め、018如何(どう)云(い)ひ訳(わけ)をして胡魔化(ごまくわ)さうかと思(おも)つて居(ゐ)た矢先(やさき)、019高姫(たかひめ)の方(はう)から却(かへ)つて感賞(かんしやう)の言葉(ことば)を受(う)け、020心(こころ)の底(そこ)から善意(ぜんい)に解(かい)して居(ゐ)る事(こと)を悟(さと)つたので、021わざと得意(とくい)の面(つら)をしやくり乍(なが)ら、
022『オイ、023千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)、024俺(おれ)の魔術(まじゆつ)は偉(えら)いものだらうがな、025まさかの時(とき)になれば獅子(しし)とも虎(とら)とも分(わか)らぬ斯(か)ういふ怪体(けつたい)な形相(ぎやうさう)に変化(へんげ)するのだもの、026天下(てんか)に怖(おそ)れるもの一(ひと)つも無(な)しだ。027俺(おれ)も斯(か)う云(い)ふ美人(びじん)を女房(にようばう)にして居(ゐ)る以上(いじやう)は、028一(ひと)つの不思議(ふしぎ)な妙術(めうじゆつ)を使(つか)つてお前(まへ)の信用(しんよう)を得(え)ておかないと、029何時(いつ)東助(とうすけ)の野郎(やらう)に鞍替(くらがへ)せらるるか分(わか)らない危険(きけん)区域(くゐき)に置(お)かれて居(ゐ)るのだから、030お前(まへ)を助(たす)ける為(ため)に斯(か)う云(い)ふ醜(みにく)い肉体(にくたい)に変化(へんげ)して031千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)女帝(によてい)に忠勤(ちうきん)を励(はげ)んで見(み)たのだよ、032アハヽヽヽ』
033高姫(たかひめ)『アタ憎(にく)らしい杢助(もくすけ)さまだこと、034二(ふた)つ目(め)には東別(あづまのわけ)だの東助(とうすけ)だのと、035そんな旧(ふる)めかしい話(はなし)は止(や)めて貰(もら)ひませうかい。036東助(とうすけ)なんて淡路(あはぢ)の洲本(すもと)で船頭稼(せんどうかせ)ぎをやつて居(を)つた、037渋紙面(しぶかみづら)をして色(いろ)の黒(くろ)い独活(うど)の大木(たいぼく)みたよな体見倒(がらみだふ)しですよ。038何一(なにひと)つ離(はな)れ業(わざ)を知(し)つて居(ゐ)ると云(い)ふでもなし、039八島(やしま)の主(ぬし)[※初版・愛世版では「八島の別」だが、校定版では「八島の主」になっている。ここではイソ館の教主である八島主のことを指している。]のお鬚(ひげ)の塵(ちり)を払(はら)ひ、040お尻(しり)の臭(にほひ)を嗅(か)いで喜(よろこ)んで居(ゐ)るやうな代物(しろもの)は、041仮令(たとへ)十千万(とちまん)両(りやう)の金(かね)を積(つ)んで倒(さかさ)になつて歩(ある)いて見(み)せても靡(なび)く千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)ぢやありませぬよ。042東助(とうすけ)なんて云(い)ふのは勿体(もつたい)ない、043彼奴(あいつ)は豆腐(とうふ)の助(すけ)で結構(けつこう)だ。044此(この)高姫(たかひめ)の指(ゆび)一本(いつぽん)で、045潰(つぶ)さうと破(めが)うと自由(じいう)自在(じざい)ですもの、046オホヽヽヽ』
047妖(えう)『これ高(たか)チヤン、048随分(ずいぶん)法螺(ほら)を吹(ふ)くぢやないか、049斎苑(いそ)の館(やかた)で東助(とうすけ)に肱鉄砲(ひぢてつぱう)を打(う)ち出(だ)され脆(もろ)くも敗北(はいぼく)し、050泣(な)く泣(な)く河鹿(かじか)峠(たうげ)を渡(わた)つて祠(ほこら)の森(もり)に逃(に)げ込(こ)み、051世(よ)を果無(はかな)むで燻(くす)ぼつて居(ゐ)たぢやないか、052些(ちつ)と頬桁(ほほげた)が過(す)ぎるぞや』
053高(たか)『頬下駄(ほほげた)を履(は)くのは呆助(はうすけ)位(くらゐ)が適当(てきたう)ですよ。054いや朴下駄(ほほげた)でも東助(とうすけ)なら過(す)ぎて居(ゐ)る、055この千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)はトルマン国(ごく)の女帝(によてい)だから、056桐(きり)の下駄(げた)か伽羅(きやら)の下駄(げた)が性(しやう)に合(あ)つて居(ゐ)るのですよ。057ヘン、058朴下駄(ほほげた)が過(す)ぎるなんて余(あま)り人(ひと)を軽蔑(けいべつ)して貰(もら)ひますまいかい』
059妖(えう)『オイオイ高(たか)チヤン、060さう履(は)き違(ちがひ)をして貰(もら)つては聊(いささ)か迷惑(めいわく)だ。061話(はなし)が脱線(だつせん)して仕舞(しま)つたよ、062ほうげたが過(す)ぎると云(い)つたのはお前(まへ)の口(くち)が過(す)ぎると云(い)つたのだ』
063高(たか)『ヘン、064口(くち)が過(す)ぎるなんて馬鹿(ばか)にしなさるな、065妾(わたし)だつて口(くち)すぎ位(くらゐ)は立派(りつぱ)に致(いた)しますよ、066男(をとこ)の一匹(いつぴき)や二匹(にひき)位(くらゐ)遊(あそ)ばして養(やしな)つてやりますワ』
067妖(えう)『アハヽヽヽ、068益々(ますます)分(わか)らぬぢやないか』
069高(たか)『益々(ますます)分(わか)らぬの、070別(わか)れぬのと、071それや何(なに)を云(い)ふのですか、072お前(まへ)さまは此(この)高姫(たかひめ)に別(わか)れようと思(おも)つてゐらつしやるのでせう。073盛装(せいさう)を凝(こ)らし髪(かみ)を立派(りつぱ)に結(ゆ)つて074お白粉(しろい)でもつけて居(ゐ)た姿(すがた)を見(み)て、075お前(まへ)さまは岡惚(をかぼれ)をやつて居(ゐ)たのだらう。076斯(か)う難船(なんせん)して保護色(ほごしよく)の衣類(きもの)は浪(なみ)に攫(さら)はれ、077髪(かみ)はサンバラに乱(みだ)れ、078要塞(えうさい)地帯(ちたい)が丸出(まるだ)しになつた姿(すがた)を見(み)て愛想(あいそ)が尽(つ)きたのでせう。079ヘン、080これでも、
081(都々逸(どどいつ))お前(まへ)嫌(いや)でも又(また)好(す)く人(ひと)が
082 無(な)けれや妾(わたし)の身(み)が立(た)たぬ
083と云(い)ふ俗謡(ぞくえう)の通(とほ)り084男(をとこ)のすたり物(もの)はあつても女(をんな)のすたり物(もの)は三千(さんぜん)世界(せかい)何処(どこ)を探(さが)しても滅多(めつた)に有(あ)りませぬぞや。085ヘン、086嫌(いや)なら嫌(いや)ときつぱりと言(い)つて下(くだ)さい、087此方(こつち)にも考(かんが)へがありますからな』
088妖(えう)『アヽ益々(ますます)困(こま)つた事(こと)を云(い)ふぢやないか、089ハハー分(わか)つた! 読(よ)めた! この杢助(もくすけ)が妖術(えうじゆつ)を使(つか)ひ過(す)ぎ、090斯(こ)んな姿(すがた)に化(ば)けた姿(すがた)が女帝(によてい)のお目(め)に留(とま)り、091秋風(あきかぜ)が吹(ふ)いたのだな、092よし、093それならそれで此(この)方(はう)にも考(かんが)へる余地(よち)は十分(じふぶん)にある筈(はず)だ』
094高(たか)『又(また)しても、095お前(まへ)さまは妾(わたし)を術(じゆつ)無(な)がらすのかいなア、096エヽ腹(はら)の悪(わる)い人(ひと)だこと、097そしてあの曲輪(まがわ)の玉(たま)は如何(どう)なさいましたか。098よもや湖(うみ)に落(おと)しはなされますまいなア』
099妖(えう)『ウン、100それや心配(しんぱい)すな、101湖(うみ)に飛(と)び込(こ)む際(さい)腹(はら)の中(なか)へ呑(の)み込(こ)んでおいたから大丈夫(だいぢやうぶ)だ』
102高(たか)『マアマア呑(の)み込(こ)んだのですか、103ヘーン、104何故(なぜ)妾(わたし)に呑(の)まして下(くだ)さらないの、105本当(ほんたう)に貴方(あなた)は水臭(みづくさ)いお方(かた)だワ』
106妖(えう)『お前(まへ)に呑(の)ましたいは山々(やまやま)だが、107咄嗟(とつさ)の場合(ばあひ)、108そんな余裕(よゆう)があつて堪(たま)らうかい、109失礼(しつれい)乍(なが)ら杢助(もくすけ)の高天原(たかあまはら)にチヤンと納(をさ)めておいたから、110何時(いつ)か又(また)吐(は)き出(だ)す時(とき)があるであらう、111さう心配(しんぱい)はするに及(およ)ばないよ』
112高(たか)『成程(なるほど)、113抜目(ぬけめ)のない杢助(もくすけ)さまだこと、114それでこそ高姫(たかひめ)が最愛(さいあい)の夫(をつと)、115末代(まつだい)迄(まで)の旦那(だんな)様(さま)だワ。116併(しか)し杢助(もくすけ)さま、117此(この)島(しま)に着(つ)くは着(つ)いたが、118斯(か)う裸(はだか)では道中(だうちう)も出来(でき)ないし、119曲輪(まがわ)の法(はふ)でも使(つか)つて立派(りつぱ)な着物(きもの)を一(いち)枚(まい)拵(こしら)へて下(くだ)さる訳(わけ)には行(ゆ)きますまいかなア。120貴方(あなた)だつてさう毛(け)だらけの変化姿(へんげすがた)では人中(ひとなか)へも出(で)られますまい』
121妖(えう)『成程(なるほど)、122お前(まへ)の云(い)ふ通(とほ)りだ、123俺(おれ)の聞(き)く通(とほ)りだ。124雨蛙(あまがへる)が木(き)に止(と)まつて鳴(な)く通(とほ)りだ、125書(か)き出(だ)しは右(みぎ)の通(とほ)りだ。126俺(おれ)も此(この)通(とほ)りだ、127両手(りやうて)を土(つち)について正(まさ)に高姫(たかひめ)の君(きみ)に謝(あやま)り参(まゐ)らする通(とほ)りだ。128アハヽヽヽ』
129高(たか)『これ杢(もく)チヤン、130笑(わら)うて居(ゐ)る場合(ばあひ)ぢやありませぬよ。131何(なに)程(ほど)春(はる)ぢやと云(い)つても斯(か)う寒(さむ)くつては、132やりきれないぢやありませぬか、133何(なん)とか工夫(くふう)が御座(ござ)いますまいかなア』
134妖(えう)『ヤア、135此処(ここ)に船(ふね)が一艘(いつそう)繋(つな)いである。136これから考(かんが)へると、137誰(たれ)か此(この)島(しま)に上陸(じやうりく)して居(ゐ)る人間(にんげん)がある筈(はず)だ。138一(ひと)つ其奴(そいつ)の皮(かは)を剥(む)いて、139お前(まへ)と俺(おれ)とが身(み)に纒(まと)ふ事(こと)とせうでは無(な)いか』
140高(たか)『全然(まるつき)り追剥(おひはぎ)のやうな事(こと)をするのですか、141それでは時置師(ときおかし)の宣伝使(せんでんし)とは言(い)はれますまい。142妾(わたし)だつて何(なに)程(ほど)寒(さむ)くつても泥棒(どろばう)した衣類(きもの)を身(み)に纒(まと)ふ事(こと)は嫌(いや)です。143そんな事(こと)をすれや日出(ひのでの)神(かみ)の神格(しんかく)が薩張(さつぱり)地(ち)に落(お)ちて仕舞(しま)ひますワ』
144妖(えう)『てもさても馬鹿(ばか)正直(しやうぢき)な女帝(によてい)様(さま)だなア。145昔(むかし)から譬(たとへ)にも背(せ)に腹(はら)は替(か)へられぬと云(い)ふぢやないか。146大善(だいぜん)をなさむとすれば、147小悪(せうあく)は時(とき)と場合(ばあひ)により止(や)むを得(え)ないだらうよ。148アヽ寒(さむ)い寒(さむ)い、149斯(か)う俄(にはか)に強(きつ)い風(かぜ)が吹(ふ)いて来(き)ては、150俺(おれ)も耐(たま)らない。151何処(どこ)かに好(よ)い竹藪(たけやぶ)でもあれば、152すつこんで風(かぜ)を避(さ)けたいものだ』
153と云(い)ひ乍(なが)ら、154「高姫(たかひめ)続(つづ)け」と一声(ひとこゑ)残(のこ)し、155篠竹(しのだけ)のシヨボシヨボと生(は)えて居(ゐ)る竹藪(たけやぶ)の中(なか)に身(み)を隠(かく)して仕舞(しま)つた。156其(その)実(じつ)漸(やうや)くに顔(かほ)だけ人間(にんげん)らしく化(ばけ)て居(ゐ)るものの、157身(み)に一片(いつぺん)の布片(ふへん)も纒(まと)つて居(ゐ)ないので苦(くる)しくつて耐(たま)らず、158顔(かほ)までが元(もと)の妖怪(えうくわい)に還元(くわんげん)しさうなので、159そんなエグイ面(つら)を見(み)せては、160流石(さすが)の高姫(たかひめ)も愛想(あいそ)をつかすだらうと思(おも)ひ、161この竹藪(たけやぶ)に飛(と)び込(こ)み第二(だいに)の変化術(へんげじゆつ)を施(ほどこ)す為(た)めであつた。162此(この)藪(やぶ)は百(ひやく)坪(つぼ)許(ばか)りの面積(めんせき)があつて、163其(その)中(なか)へ入(い)るや否(いな)や忽(たちま)ち白胡麻(しろごま)のやうな蟻(あり)の群(むれ)が数知(かずし)れず登(のぼ)りつき、164如何(いか)なる人間(にんげん)と雖(いへど)も身体中(からだぢう)を噛(か)み破(やぶ)り、165忽(たちま)ち身体(からだ)は腫(はれ)上(あが)り痛痒(いたかゆ)うて耐(たま)らない。166さうこうして居(ゐ)る中(うち)に、167足(あし)の一(いつ)尺(しやく)もある怪(あや)しい蜘蛛(くも)が幾万(いくまん)ともなくやつて来(き)て尻(しり)から粘着性(ねんちやくせい)の強(つよ)い糸(いと)を出(だ)し、168身体(からだ)をぎりぎり巻(まき)にして仕舞(しま)ふと云(い)ふ怖(おそ)ろしい魔(ま)の森(もり)である。169それとも知(し)らず妖幻坊(えうげんばう)が飛(と)び込(こ)んだのだから耐(たま)らない。170荒(あら)くたい毛(け)の間(あひだ)に幾万(いくまん)とも知(し)れない蟻(あり)が噛(か)みつく痛(いた)さ、171遉(さすが)の妖幻坊(えうげんばう)も悲鳴(ひめい)をあげて虎(とら)の唸(うな)るやうな呻吟声(うめきごゑ)で高姫(たかひめ)の救(すく)ひを求(もと)めて居(ゐ)る。172高姫(たかひめ)は其(その)声(こゑ)を聞(き)きつけて藪(やぶ)の傍(そば)に立(た)ち寄(よ)り中(なか)を覗(のぞ)いて見(み)れば、173妖幻坊(えうげんばう)は蟻(あり)に責(せ)められ七転(しちてん)八倒(はつたう)の苦(くる)しみの真最中(まつさいちう)であつた。174高姫(たかひめ)は気(き)も転倒(てんたう)せむ許(ばか)り打(う)ち驚(おどろ)き乍(なが)ら竹藪(たけやぶ)の後(うしろ)の方(はう)に廻(まは)つて見(み)ると、175一寸(ちよつと)小高(こだか)い塚(つか)が在(あ)つて、176其(その)上(うへ)に周囲(しうゐ)三丈(さんぢやう)もある大銀杏(おほいてふ)が天(てん)を摩(ま)して立(た)つて居(ゐ)る。177銀杏(いてふ)の根本(ねもと)には小(ちひ)さい祠(ほこら)が立(た)つて居(ゐ)て、178若(わか)い男女(だんぢよ)が何事(なにごと)か欷(すすりな)きしながら祈(いの)つて居(ゐ)た。179抜(ぬ)け目(め)のない高姫(たかひめ)は、180早(はや)くも男女(だんぢよ)二人(ふたり)の着衣(ちやくい)を失敬(しつけい)して東助(とうすけ)の難(なん)を救(すく)ひ自分(じぶん)も着用(ちやくよう)せむものと、181銀杏(いてふ)の木(き)の後(うしろ)に隠(かく)れて両人(りやうにん)の話(はなし)を聞(き)いて居(ゐ)た。
182女(をんな)『もしフクエさま、183どう致(いた)しませう。184何(なに)程(ほど)貴方(あなた)と妾(わたし)と恋(こひ)におちて悩(なや)んで居(ゐ)ましても、185強欲(がうよく)な継母(ままはは)が、186貴方(あなた)との恋(こひ)を許(ゆる)して呉(く)れないのですもの。187スガの港(みなと)の呉服屋(ごふくや)へ嫁(よめ)に行(ゆ)けと、188煙管(きせる)で畳(たたみ)を叩(たた)いての日夜(にちや)の折檻(せつかん)、189生(うみ)の両親(りやうしん)は既(すで)にこの世(よ)を去(さ)り、190継母(けいぼ)の手(て)に育(そだ)てられた妾(わたし)、191その恩義(おんぎ)を思(おも)へばどうして恋(こひ)しい貴方(あなた)と、192天下(てんか)晴(は)れて添(そ)ふ事(こと)が出来(でき)ませう。193又(また)妾(わたし)の家(いへ)はスガの呉服屋(ごふくや)さまに大変(たいへん)な借金(しやくきん)があり、194それを返(かへ)さなけれやなりませず、195返(かへ)す金(かね)はなし、196母(はは)も大変(たいへん)に心配(しんぱい)致(いた)して居(を)ります。197若(も)し妾(わたし)の縁談(えんだん)を断(ことわ)りでもせうものなら、198恋(こひ)しきスガの里(さと)に住(す)む事(こと)は出来(でき)ませぬ。199だと云(い)つて貴方(あなた)を思(おも)ひ切(き)る事(こと)は如何(どう)しても出来(でき)ませぬ、200何(なん)とか此(こ)の銀杏(いてふ)の神(かみ)様(さま)の御(ご)利益(りやく)によつて円満(ゑんまん)な解決(かいけつ)をつけて貰(もら)ひたいもので御座(ござ)います』
201と又(また)もや欷(すすりな)く。
202フクエ『オイ岸子(きしこ)、203さう悲観(ひくわん)したものぢやない。204此(この)神(かみ)様(さま)は女神(めがみ)様(さま)だと云(い)ふ事(こと)だから、205きつとお前(まへ)に同情(どうじやう)して下(くだ)さるに相違(さうゐ)ない。206私(わし)ぢやとて未(ま)だ主人持(しゆじんもち)の身(み)の上(うへ)、207どうする事(こと)も出来(でき)ぬみじめな有様(ありさま)だが、208お前(まへ)と別(わか)れる位(くらゐ)なら、209一層(いつそ)ハルの湖(うみ)へ身(み)を投(な)げて死(し)んだが増(ま)しだよ』
210岸子(きしこ)『此(この)神(かみ)様(さま)に一切(いつさい)の衣服(いふく)をお供(そな)へすれば211屹度(きつと)願(ねがひ)を叶(かな)へて下(くだ)さると云(い)ふぢやありませぬか、212上衣(うはぎ)だけなりとお供(そな)へして帰(かへ)りませうか』
213フクエ『成程(なるほど)214上衣(うはぎ)の一(いち)枚(まい)位(ぐらゐ)お供(そな)へしたつて別(べつ)に苦(くる)しくはない』
215 斯(か)く話(はな)す折(をり)しも、216銀杏(いてふ)の木蔭(こかげ)より、217優(やさ)しき女(をんな)の声(こゑ)、
218女(をんな)『妾(わらは)こそは、219銀杏姫(いてふひめ)の命(みこと)で御座(ござ)るぞや、220今(いま)より千五百(せんごひやく)年(ねん)の昔(むかし)、221恋男(こひをとこ)に逢(あ)はむ為(た)め盥(たらひ)の船(ふね)に乗(の)つて、222この離(はな)れ島(じま)に夜(よ)な夜(よ)な通(かよ)ひ、223折柄(をりから)の暴風雨(しけ)に遇(あ)ひ、224惜(を)しき命(いのち)を湖(うみ)の藻屑(もくづ)となし、225其(その)精霊(せいれい)凝(こ)つて茲(ここ)に裸姫(はだかひめ)となり、226名(な)も銀杏(いてふ)ケ姫(ひめ)の命(みこと)と改(あらた)め、227衣類(いるゐ)一切(いつさい)を吾(われ)に献(けん)ずるものには、228如何(いか)なる恋(こひ)も叶(かな)へ得(え)させむ229縁結(えんむす)びの守護神(しゆごじん)であるぞや。230そち達(たち)両人(りやうにん)の恋(こひ)はこの千草(ちぐさ)オツトドツコイ銀杏姫(いてふひめ)の命(みこと)が請合(うけあ)うて叶(かな)へてやらう程(ほど)に、231衣類(いるゐ)一切(いつさい)を此処(ここ)に脱(ぬ)ぎ捨(す)て、232其(その)上(うへ)この魔(ま)の藪(やぶ)に飛(と)び込(こ)んで、233悩(なや)める一(ひと)つの生物(いきもの)を真裸(まつぱだか)の儘(まま)救(すく)ひ出(だ)せよ。234さすれば其方(そち)の願望(ぐわんまう)は必(かなら)ず必(かなら)ず今日(こんにち)只今(ただいま)より叶(かな)へて遣(つかは)すぞや、235夢々(ゆめゆめ)疑(うたが)ふ勿(なか)れ、236夢々(ゆめゆめ)疑(うたが)ふ勿(なか)れ』
237と云(い)ふ声(こゑ)は千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)である。238二人(ふたり)の男女(だんぢよ)は実(まこと)の神(かみ)の言葉(ことば)と信(しん)じ、239両人(りやうにん)一度(いちど)に惜気(をしげ)もなく、240下着(したぎ)迄(まで)残(のこ)らず脱(ぬ)ぎ捨(す)て銀杏姫(いてふひめ)の命(みこと)に奉(たてまつ)り、241神勅(しんちよく)の如(ごと)く魔(ま)の藪(やぶ)に飛(と)び込(こ)んで、242白蟻(しろあり)に悩(なや)み苦(くる)しめる妖幻坊(えうげんばう)をやつとの事(こと)で引(ひ)き出(だ)して仕舞(しま)つた。243不思議(ふしぎ)にも白蟻(しろあり)は藪(やぶ)の外(そと)一歩(いつぽ)出(い)づるや否(いな)や、244一匹(いつぴき)も残(のこ)らず、245身体(からだ)より落(お)ちて藪中(やぶなか)に逸早(いちはや)く姿(すがた)を隠(かく)して仕舞(しま)つた。246二人(ふたり)の男女(だんぢよ)は甘々(うまうま)と高姫(たかひめ)の計略(けいりやく)にかかり真裸(まつぱだか)にせられ、247其(その)上(うへ)妖幻坊(えうげんばう)を救(すく)ふべく藪中(やぶなか)に飛(と)び込(こ)んだ為(ため)、248身体(からだ)一面(いちめん)白蟻(しろあり)に集(たか)られ身動(みうご)きならず、249七転(しちてん)八倒(ばつたう)の苦(くる)しみをして居(ゐ)る。
250高(たか)『ホヽヽヽヽ、251オイそこな若(わか)い二人(ふたり)の呆(はう)け共(ども)、252こなさまは銀杏姫(いてふひめ)の命(みこと)でも何(なん)でもないんだよ。253よつく耳(みみ)を浚(さら)へて聞(き)いておきや、254ウラナイ教(けう)の大教主(だいけうしゆ)千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)さまだよ。255二人(ふたり)が真裸(まつぱだか)で白蟻(しろあり)に噛(か)み殺(ころ)されるのも前世(ぜんせ)の因縁(いんねん)だ。256その代(かは)り潔(いさぎよ)く蟻(あり)共(ども)に喰(く)つて貰(もら)つて死(し)になさい、257屹度(きつと)最奥(さいあう)第一(だいいち)の天国(てんごく)に258此(こ)の贋(にせ)の銀杏姫(いてふひめ)に衣類(きもの)を献(けん)じた徳(とく)によつて救(すく)ひ上(あ)げてやらぬ事(こと)もないぞや、259……これ杢(もく)チヤン、260何(なに)を呆(とぼ)けて居(ゐ)るのぢや、261確(しつか)りなさらぬかいな』
262妖(えう)『ヤア高姫(たかひめ)、263よう助(たす)けて呉(く)れた。264思(おも)はず知(し)らず魔(ま)の森(もり)に飛(と)び込(こ)んで一(ひと)つよりない命(いのち)を棒(ぼう)に振(ふ)る処(ところ)だつた。265お前(まへ)の縦横(じうわう)無尽(むじん)の智略(ちりやく)によつて此(こ)の杢助(もくすけ)も一命(いちめい)が助(たす)かつたやうなものだ。266いや感謝(かんしや)するよ』
267高(たか)『ホヽヽヽヽ、268これ杢(もく)チヤン、269曲輪(まがわ)の玉(たま)の神力(しんりき)は如何(どう)なつたのですか、270まさか白蟻(しろあり)の奴(やつ)に奪(と)られたのぢやありますまいなア。271神変(しんぺん)不思議(ふしぎ)の妙術(めうじゆつ)を使(つか)ふお前(まへ)さまが、272蟻(あり)なんかにしてやられるとは、273些(ち)つと均衡(つりあひ)が取(と)れぬぢやありませぬか』
274妖(えう)『甘(あま)いものには蟻(あり)が集(たか)る、275辛(から)い奴(やつ)には蟻(あり)が集(たか)らぬと云(い)ふぢやないか。276兎(と)に角(かく)俺(おれ)は人間(にんげん)としては最上等(さいじやうとう)だ、277さうして女(をんな)に甘(あま)いだらう。278血液(けつえき)も人一倍(ひといちばい)甘(あま)いなり、279何分(なにぶん)身魂(みたま)が勝(すぐ)れて良(よ)いものだから蟻(あり)の奴(やつ)、280有難(ありがた)がつて吸(す)いついたら離(はな)れぬのだよ。281お前(まへ)だつて俺(おれ)に吸(す)ひついたら容易(ようい)に放(はな)して呉(く)れまいがな』
282高(たか)『成程(なるほど)、283道理(だうり)を聞(き)けば御尤(ごもつと)も千万(せんばん)、284迂(う)つかり杢(もく)チヤンは、285これから蟻(あり)の居(ゐ)る所(ところ)へは行(い)つて貰(もら)はないやうにせねばなりませぬワ。286妾(わたし)だつて287きつと蟻(あり)につかれる体(からだ)に違(ちが)ひありませぬからなア』
288妖(えう)『それやさうかも知(し)れぬ、289いつも喋々(てふてふ)喃々(なんなん)と甘(あま)い囁(ささや)きを聞(き)かして呉(く)れるからなアー。290併(しか)し俺(おれ)を救(たす)けて呉(く)れた二人(ふたり)の男女(だんぢよ)は可愛(かあい)さうだから助(たす)けてやらうぢやないか。291何(なん)と云(い)うても俺(おれ)の命(いのち)の親(おや)だからのう』
292高(たか)『杢(もく)チヤン、293それや何(なに)を云(い)ふのですか、294お前(まへ)さまの正体(しやうたい)を見附(みつ)けられた以上(いじやう)、295こんな者(もの)を置(お)いては後日(ごじつ)の妨(さまたげ)になるぢやありませぬか。296あの通(とほ)り蟻(あり)に喰(く)はしておけば、2961別(べつ)に人殺(ひとごろし)の罪(つみ)にもならず、297蟻(あり)は喜(よろこ)んで腹(はら)を膨(ふく)らすなり、298蟻(あり)の為(た)めには吾々(われわれ)は救世主(きうせいしゆ)ですよ。299蟻(あり)だつて人間(にんげん)だつて同(おな)じ事(こと)ですよ、300たつた人間(にんげん)二人(ふたり)の命(いのち)の代(かは)りに数百万(すうひやくまん)の蟻(あり)の命(いのち)を救(すく)へば、301何程(いくら)功徳(くどく)になるか知(し)れませぬよ。302そんな宋襄(そうじやう)の仁(じん)はおよしなさい。303折角(せつかく)喜(よろこ)んで居(ゐ)た蟻(あり)が困(こま)りますよ。304サアサア二人(ふたり)の衣類(きもの)も胡魔化(ごまくわ)して剥(む)いたから、305貴方(あなた)は男(をとこ)の方(はう)をお着(つ)けなさい。306妾(わたし)は嫌(いや)だけれど阿魔女(あまつちよ)の方(はう)を暫時(ざんじ)着(き)てやりますワ、307何(なん)と智慧(ちゑ)程(ほど)世(よ)に尊(たふと)いものがあらうか、308杢助(もくすけ)さま、309千草(ちぐさ)の高姫(たかひめ)の器量(きりやう)はちと分(わか)りましたか』
310妖(えう)『烏賊(いか)にも、311蟹(かに)にも蛸(たこ)にも足(あし)は四人前(よにんまへ)だ、312ヤア感心(かんしん)々々(かんしん)、313お前(まへ)の腕前(うでまへ)には時置師(ときおかし)の杢助(もくすけ)も恐(おそ)れ入谷(いりや)の鬼子(きし)母神(もじん)だ。314呆(あき)れ蛙(がへる)の面(つら)に水(みづ)だ、315ウフヽヽヽ』
316フクエ『もしもし私(わたくし)を助(たす)けて下(くだ)さいな、317余(あま)り殺生(せつしやう)ぢや御座(ござ)いませぬか』
318 高姫(たかひめ)腮(あご)をしやくり乍(なが)ら、
319高(たか)『ヘン頓馬(とんま)野郎(やらう)奴(め)。320それや何(なに)を云(い)ふのだ。321最前(さいぜん)あれだけ丁寧(ていねい)に引導(いんだう)を渡(わた)して置(お)いたぢやないか、322マア悠(ゆつく)りと其処(そこ)に両人(りやうにん)が寝(ね)て喰(くは)れて居(ゐ)たらよからう、323有難(ありがた)うと感謝(かんしや)しなさい、324お前(まへ)の体(からだ)は忽(たちま)ち蟻ケ塔(ありがたふ)になるぞや、325朝(あさ)から晩(ばん)迄(まで)働(はたら)いても働(はたら)いても喰(く)へぬ世(よ)の中(なか)に326寝(ね)とつて喰(くは)れるとは幸福(かうふく)な人間(にんげん)だ、327オホヽヽヽ』
328と憎(にく)らしげに腮(あご)を突(つ)き出(だ)し、329尻(しり)を三(み)つ四(よ)つ叩(たた)いて一目散(いちもくさん)に杢助(もくすけ)と共(とも)に船着場(ふなつきば)に馳(は)せ帰(かへ)り、330二人(ふたり)の繋(つな)いでおいた小船(こぶね)に身(み)を任(まか)せ、331浪(なみ)なぎ渡(わた)る春(はる)の湖面(こめん)を鼻歌(はなうた)謡(うた)ひ乍(なが)ら甘(あま)き囁(ささや)きをつづけて何処(いづく)ともなく漕(こ)いで行(ゆ)く。
332(大正一五・六・二九 旧五・二〇 於天之橋立なかや旅館 加藤明子録)
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