霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 新宅入(しんたくいり)〔一八二三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第72巻 山河草木 亥の巻 篇:第2篇 杢迂拙婦 よみ(新仮名遣い):もくうせっぷ
章:第14章 新宅入 よみ(新仮名遣い):しんたくいり 通し章番号:1823
口述日:1926(大正15)年06月30日(旧05月21日) 口述場所:天之橋立なかや別館 筆録者:加藤明子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1929(昭和4)年4月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫と妖幻坊の杢助は、海を渡ってようやくスガの港にやってきた。
噂に、三五教の大宮が建てられたと聞くと、なんとかしてその聖場を奪おうと思案を始めた。
手始めに、宿泊している旅館の別館を買い取ろうと、妖幻坊は曲輪の術を使い、庭の木の葉をお金に変えてしまう。
高姫そのお金で買い取った別館に、ウラナイ教の大看板を掲げて、宣伝の準備を始めた。
一方妖幻坊は、人から見えないように離れ座敷を作らせ、元の怪物の姿になって居座っている。
高姫は、今は元王妃の肉体に宿っているため、その気品と美貌で宣伝は功を奏し、ウラナイ教は大繁盛しだした。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2019-02-12 13:29:47 文字数:3930 OBC :rm7214
愛善世界社版:165頁 八幡書店版:第12輯 662頁 修補版: 校定版:172頁 普及版:64頁 初版: ページ備考:
001ハルの湖水(こすい)を渡(わた)る折(をり)
002俄(にはか)に吹(ふ)き来(く)る暴風(ばうふう)に
003高砂丸(たかさごまる)は沈没(ちんぼつ)し
004妖幻坊(えうげんばう)の杢助(もくすけ)は
005高姫(たかひめ)背(せな)に負(お)ひ乍(なが)ら
006浪(なみ)の間(ま)に間(ま)に漂(ただよ)ひつ
007漸(やうや)く湖中(こちう)に浮(うか)びたる
008竹(たけ)生(お)ひ茂(しげ)る太魔(たま)の島(しま)
009銀杏(いてふ)の浜辺(はまべ)に着(つ)きにけり
010茲(ここ)に二人(ふたり)は種々(いろいろ)の
011良(よ)からぬ事(こと)をなし終(を)へて
012浜辺(はまべ)の船(ふね)を奪(うば)ひとり
013杢助(もくすけ)艪(ろ)をば操(あや)つりつ
014もとより慣(な)れぬ海(うみ)の上(うへ)
015浪(なみ)のまにまにくるくると
016彼方(あなた)や此方(こなた)に流(なが)されつ
017終日(しうじつ)終夜(しうや)を水(みづ)の上(うへ)
018腹(はら)を減(す)かして彷徨(さまよ)ひつ
019やうやうスガの港(みなと)迄(まで)
020命(いのち)辛々(からがら)着(つ)きにける
021高姫(たかひめ)杢助(もくすけ)両人(りやうにん)は
022湖辺(こへん)に沿(そ)ひし饂飩屋(うどんや)に
023一寸(ちよつと)立(た)ち寄(よ)り減腹(すきばら)を
024癒(いや)せる折(をり)しも道(みち)を往(ゆ)く
025人(ひと)の噂(うはさ)にスガの山(やま)
026三五教(あななひけう)の大宮(おほみや)が
027千木(ちぎ)高(たか)知(し)りて新(あたら)しく
028建(た)てられたりと聞(き)くよりも
029食指(しよくし)は大(おほ)いに動(うご)き出(だ)し
030何(なん)とか工夫(くふう)を廻(めぐ)らして
031其(その)聖場(せいぢやう)を奪(うば)はむと
032考(かんが)へ居(ゐ)るこそ虫(むし)の良(よ)き
033日(ひ)も黄昏(たそがれ)になりければ
034目抜(めぬ)きの場所(ばしよ)なる中(なか)の町(まち)
035タルヤ旅館(りよくわん)に乗(の)り込(こ)んで
036一夜(いちや)の宿(やど)を求(もと)めつつ
037二人(ふたり)は此処(ここ)にやすやすと
038甘(あま)き睡(ねむ)りにつきにけり。
039 高姫(たかひめ)、040杢助(もくすけ)は朝(あさ)早(はや)くから起(お)き出(い)でて宿屋(やどや)の様子(やうす)を考(かんが)へて居(ゐ)ると、041見(み)た割合(わり)とは広(ひろ)い屋敷(やしき)で新(あたら)しい別館(べつくわん)が建(た)つて居(ゐ)る。042さうして其(その)別館(べつくわん)は北町(きたまち)の街道(かいだう)に面(めん)し、043布教(ふけう)や宣伝(せんでん)には極(きは)めて可(よ)い家構(いへがまへ)であつた。044妖幻坊(えうげんばう)は曲輪(まがわ)の術(じゆつ)を使(つか)ひ、045庭先(にはさき)の木(こ)の葉(は)を七八(しちはち)枚(まい)拾(ひろ)つて来(き)て何(なに)かムサムサ文言(もんごん)を唱(とな)へると、046それが忽(たちま)ち百円札(ひやくゑんさつ)に変(かは)つて仕舞(しま)つた。047そつと懐中(ふところ)に秘(ひ)め置(お)き素知(そし)らぬ顔(かほ)して高姫(たかひめ)の前(まへ)にどつかと坐(ざ)し、
048『オイ、049千草(ちぐさ)の高(たか)チヤン、050何(なん)と此処(ここ)は良(よ)い家構(いへがまへ)ぢやないか。051お前(まへ)の得意(とくい)な布教(ふけう)宣伝(せんでん)とやらを此処(ここ)で行(や)つたら面白(おもしろ)からうよ』
052高(たか)『成程(なるほど)、053遉(さすが)は杢助(もくすけ)さまだ。054よう気(き)がつきますこと、055妾(わたし)も一(ひと)つ三五教(あななひけう)の奴(やつ)がスガの山(やま)で立派(りつぱ)なお宮(みや)を建(た)て、056大変(たいへん)に偉(えら)い勢(いきほひ)で宣伝(せんでん)して居(ゐ)ると云(い)ふ事(こと)だから、057何(なん)だか知(し)らぬ気色(きしよく)が悪(わる)くて耐(たま)らぬので、058直様(すぐさま)スガの山(やま)に乗(の)り込(こ)んで、059神司(かむつかさ)の面(つら)の皮(かは)をひん剥(む)き、060道場破(だうぢやうやぶ)りをやつてやらうかとも考(かんが)へましたが、061それでは余(あま)りあどけない、062無理(むり)に占領(せんりやう)したと町人(ちやうにん)にでも思(おも)はれちや後(のち)の信用(しんよう)に関(くわん)するので063如何(どう)せうかなアと今(いま)考(かんが)へて居(ゐ)た処(ところ)ですよ。064併(しか)し何(なに)程(ほど)結構(けつこう)な都合(つがふ)のよい家(いへ)だと云(い)つても065一旦(いつたん)湖(うみ)にはまつて真裸(まつぱだか)となり、066旅費(りよひ)も何(なに)もなくなつて仕舞(しま)つたのだから、067家(いへ)を借(かり)やうもなく、0671仕方(しかた)がないぢやありませぬか。068斯(か)うして偉(えら)さうに宿屋(やどや)に泊(とま)つて居(ゐ)るものの、069サア御(ご)勘定(かんぢやう)と云(い)ふ時(とき)は如何(どう)せうかと思(おも)つて、070さう思(おも)ひ出(だ)すと宿屋(やどや)の飯(めし)も甘(うま)く喉(のど)を通(とほ)らないのですもの、071今晩(こんばん)は甘(うま)く夜抜(よぬ)けをしないと072グヅグヅして居(ゐ)ると無銭(むせん)飲食(いんしよく)とか何(なん)とか云(い)つて073バラモンの役所(やくしよ)に引張(ひつぱ)られますからなア』
074『ハヽヽヽ御(ご)心配(しんぱい)御(ご)無用(むよう)だ。075そんな事(こと)に抜目(ぬけめ)のある杢助(もくすけ)だないよ。076一層(いつそう)の事(こと)077あの別館(べつくわん)を主人(しゆじん)に相談(さうだん)して買取(かひと)つたらどうだらう』
078高(たか)『買取(かひと)ると云(い)つたつてお金(かね)がなけれや仕様(しやう)がないぢやありませぬか。079せめて手附金(てつけきん)でもあれば話(はなし)も出来(でき)ますが、080昨夜(ゆうべ)の宿料(やどれう)もないやうな事(こと)で、081如何(どう)してそんなことが出来(でき)ませうか。082アヽ斯(か)うなれやお金(かね)が欲(ほ)しいワイ』
083妖(えう)『俺(おれ)もお金(かね)が欲(ほ)しいのだけれど、084お札(さつ)はあつてもお金(かね)は些(すこ)しもないのだから、
085札(さつ)や手形(てがた)は沢山(たくさん)あれど
086 どうか(銅貨(どうくわ))こうか(硬貨(かうくわ))に苦労(くらう)する
087とか何(なん)とか云(い)つてな、088硬貨(かうくわ)が無(な)けれや矢張(やつぱり)話(はな)しても効果(かうくわ)がないと云(い)ふものだ。089併(しか)しどうか(銅貨(どうくわ))してあの家(いへ)を手(て)に入(い)れたいものだな』
090高(たか)『硬貨(かうくわ)がなくても紙幣(しへい)さへあれば結構(けつこう)ですが、091紙(かみ)らしいものは鼻紙(はなかみ)一(ひと)つ無(な)いのだもの、092仕方(しかた)がないワ』
093 杢助(もくすけ)はニツコと笑(わら)ひ懐(ふところ)を三(み)つ四(よ)つ叩(たた)き乍(なが)ら、
094『オイ、095高(たか)チヤン、096此処(ここ)に一寸(ちよつと)手(て)を入(い)れて御覧(ごらん)。097お前(まへ)の大好物(だいかうぶつ)が目(め)を剥(む)いて居(ゐ)るよ』
098 高姫(たかひめ)は訝(いぶ)かりながら矢庭(やには)に妖幻坊(えうげんばう)の懐(ふところ)に右手(みぎて)を挿(さ)し込(こ)むと、099切(き)れるやうな百円札(ひやくゑんさつ)が七八(しちはち)枚(まい)手(て)に触(さは)つた。100アツと驚(おどろ)き尻餅(しりもち)をつき、
101『ヤアヤアヤアこれこれ杢(もく)チヤン、102危(あぶ)ない事(こと)をしなさるなや。103お前(まへ)さまは昨夜(ゆうべ)妾(わたし)の寝(ね)て居(ゐ)る間(ま)を考(かんが)へて何処(どこ)かで何々(なになに)して来(き)たのだらう、104ほんたうに怖(おそ)ろしい人(ひと)だワ』
105妖(えう)『ハヽヽ、106さう驚(おどろ)くものぢやない、107この杢助(もくすけ)は決(けつ)して泥棒(どろばう)なんかしないよ、108曲輪(まがわ)の術(じゆつ)を以(もつ)て庭先(にはさき)の木(こ)の葉(は)を拾(ひろ)ひ一寸(ちよつと)紙幣(しへい)に化(ば)かしたのだ』
109 高姫(たかひめ)は曲輪(まがわ)の術(じゆつ)と云(い)へば一(いち)も二(に)もなく信(しん)ずる癖(くせ)がある。
110『マアマア、111偉(えら)いお方(かた)だこと、112夫(それ)でこそ日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)の夫(をつと)ですワ。113この金(かね)さへあれば一(ひと)つ主人(しゆじん)に交渉(かけあ)つて、114あの家(いへ)を手(て)に入(い)れるやうにせうぢやありませぬか。115裏(うら)には又(また)離棟(はなれ)も建(た)つて居(ゐ)ますなり、116お前(まへ)さまがお休(やす)みになるには大変(たいへん)都合(つがふ)がよろしいからなア』
117妖(えう)『ウンさうだ。118何(ど)うも別棟(べつむね)がないと俺(おれ)はとつくり休(やす)めないからのう、119どうだい120お前(まへ)主人(しゆじん)に交渉(かけあ)つてくれないか』
121高(たか)『ハイ、122承知(しようち)致(いた)しました』
123と云(い)ひ乍(なが)らポンポンと手(て)を拍(う)ち鳴(な)らす、124暫(しばら)くあつて一人(ひとり)の下女(げぢよ)、125襖(ふすま)をソツと開(ひら)き淑(しとやか)に両手(りやうて)をつき、
126下女(げぢよ)『お召(め)しになりましたのは此方(こなた)で御座(ござ)いますか』
127高(たか)『アヽさうだよ、128お前(まへ)は此家(ここ)の下女(げぢよ)と見(み)えるが、129下女(げぢよ)には用(よう)がない、130一寸(ちよつと)御(ご)亭主(ていしゆ)を呼(よ)んで来(き)て下(くだ)さい、131さうして序(ついで)に昨夜(ゆうべ)の勘定書(かんぢやうがき)をね』
132 下女(げぢよ)は「ハイ畏(かしこまり)ました」と云(い)ひ乍(なが)ら、133足早(あしばや)に出(い)でて行(ゆ)く。134高姫(たかひめ)は杢助(もくすけ)の懐(ふところ)から出(で)た紙幣(しへい)を引繰(ひつくり)かへし引繰(ひつくり)かへし眺(なが)めたが、135どうしても贋物(にせもの)とは見(み)えぬ。136勇気(ゆうき)百倍(ひやくばい)して主人(しゆじん)の来(きた)るのを今(いま)や遅(おそ)しと待(ま)つて居(ゐ)ると、137顔中(かほぢう)にみつちやの出来(でき)た五十(ごじふ)恰好(かつかう)の爺(おやぢ)、138テカテカ光(ひか)つた頭(あたま)をヌツと出(だ)し、
139亭主(ていしゆ)『ハイ私(わたし)は当家(たうけ)の主人(しゆじん)で御座(ござ)います、140お召(めし)によりまして罷(まか)りつん出(で)ました』
141高(たか)『勘定書(かんぢやうがき)は幾何(いくら)だな』
142亭(てい)『ハイ、143お二人(ふたり)様(さま)で一(いち)円(ゑん)五十銭(ごじつせん)頂戴(ちやうだい)致(いた)します』
144高(たか)『そんなら、145これは茶代(ちやだい)と一緒(いつしよ)だよ』
146と云(い)ひ乍(なが)ら百(ひやく)円(ゑん)紙幣(しへい)を投(な)げ出(だ)せば、147亭主(ていしゆ)は驚(おどろ)いて二人(ふたり)の顔(かほ)を見詰(みつ)め乍(なが)ら、
148『こんな大(おほ)きなお金(かね)を頂戴(ちやうだい)致(いた)しましても剰銭(おつり)が御座(ござ)いませぬ、149何卒(どうぞ)小(こま)かいのでお願(ねが)ひ致(いた)します』
150高(たか)『イヤ剰銭(つり)が無(な)けりや宜敷(よろし)い、151一(いち)円(ゑん)五十銭(ごじつせん)は昨夜(さくや)の宿泊料(しゆくはくれう)、152九十八(きうじふはち)円(ゑん)五十銭(ごじつせん)はお茶代(ちやだい)だよ』
153亭(てい)『宿屋業(やどやげふ)組合(くみあひ)の規則(きそく)で茶代(ちやだい)を廃止(はいし)して居(ゐ)る今日(こんにち)、154こんな物(もの)を頂戴(ちやうだい)しましては仲間(なかま)をはねられますから、155どうぞお納(をさ)め下(くだ)さいませ』
156高(たか)『アヽ茶代(ちやだい)が悪(わる)けれや、157お土産(みやげ)として上(あ)げて置(お)かう、158それなら好(よ)いだらう』
159亭(てい)『ハイ、160お土産(みやげ)なら幾何(いくら)でも頂戴(ちやうだい)致(いた)します。161有難(ありがた)う御座(ござ)います。162どうぞゆるゆるお宿(とま)り下(くだ)さいませ、163どうも不都合(ふつがふ)で御座(ござ)いますが暫(しばら)く御(ご)辛抱(しんばう)願(ねが)ひます』
164高(たか)『時(とき)に亭主殿(ていしゆどの)、165旦那(だんな)様(さま)の思召(おぼしめし)だが、166あの庭先(にはさき)の向(むか)ふに建(た)つて居(ゐ)る別館(べつくわん)は当家(たうけ)の所有物(しよいうぶつ)かえ』
167亭(てい)『ハイ、168左様(さやう)で御座(ござ)います。169漸(やうや)く建(た)ち上(あが)り畳(たたみ)や襖(ふすま)を入(い)れた処(ところ)ですが未(ま)だ誰(たれ)も入(い)つて居(を)りませぬ、170ほんたうに新(あたら)しい所(ところ)です』
171高(たか)『お金(かね)は幾何(いくら)でも出(だ)すから172あの家(いへ)を使(つか)はして貰(もら)へますまいかな』
173亭(てい)『ハイ、174毎度(まいど)御(ご)贔屓(ひいき)に預(あづか)りまする外(ほか)ならぬお客様(きやくさま)の事(こと)ですから、175お言葉通(ことばどほ)り、176譲(ゆづ)りでもお貸(か)しでも致(いた)します』
177高(たか)『同(おな)じ事(こと)なら譲(ゆづ)つて貰(もら)ひ度(た)いのだがな、178借家(しやくや)は雑作(ざふさく)するのにも一々(いちいち)お答(こたへ)をせにやならないからな』
179亭(てい)『一々(いちいち)御尤(ごもつとも)で御座(ござ)います、180何(なん)ならお譲(ゆづ)り致(いた)しませう』
181高(たか)『幾何(いくら)でわけて呉(く)れますか、182お金(かね)は幾何(いくら)いつてもかまはぬのですから』
183亭(てい)『些(ちつ)とお高(たか)いか知(し)れませぬが、184五百(ごひやく)円(ゑん)で願(ねが)ひたいものです』
185高(たか)『サアそんなら五百(ごひやく)円(ゑん)受(う)け取(と)つて下(くだ)さい。186さうしてこの百(ひやく)円(ゑん)は187何彼(なにか)とお世話(せわ)にならねばならぬから、188お心(こころ)づけとして上(あ)げて置(お)きませう』
189 亭主(ていしゆ)は実(じつ)の処(ところ)別館(べつくわん)は190借家人(しやくやにん)が首(くび)を吊(つ)つて死(し)んだ為(た)め、191夜(よ)な夜(よ)な幽霊(いうれい)が出(で)るとか192化物(ばけもの)が出(で)るとか噂(うはさ)が高(たか)くなり193家(いへ)の借(か)り手(て)もなく、194家内(かない)の者(もの)さへも気味(きみ)悪(わる)がつて入(はい)らないので持(もて)余(あま)して居(を)つた処(ところ)、195大枚(たいまい)五百(ごひやく)円(ゑん)、196しかも即金(そくきん)で買(か)うてやらうと云(い)ふのだから、197棚(たな)から牡丹餅(ぼたもち)でも落(お)ちて来(き)たやうに「ハイハイ」と二(ふた)つ返事(へんじ)で其(その)場(ば)で売渡証(うりわたししよう)を書(か)いて仕舞(しま)つた。198これより杢助(もくすけ)、199高姫(たかひめ)は其(その)日(ひ)の中(うち)に別館(べつくわん)に引(ひ)き移(うつ)り200ウラナイ教(けう)の大看板(だいかんばん)を掲(かか)げて、201宣伝(せんでん)の準備(じゆんび)に取(と)りかかつた。
202高(たか)『サア杢(もく)チヤン、203気楽(きらく)な自分(じぶん)の巣(す)が出来(でき)たから、204ゆつくり休(やす)んで下(くだ)さい。205そして明日(あす)からは大(おほい)に活動(くわつどう)をして大勢(おほぜい)の信者(しんじや)を集(あつ)め、206スガの山(やま)の三五教(あななひけう)に一泡(ひとあわ)吹(ふ)かせにやなりませぬぞや』
207妖(えう)『アヽ又(また)しても明日(あす)から耳(みみ)が蛸(たこ)になる程(ほど)第一(だいいち)霊国(れいごく)の天人(てんにん)、208日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)、209底津(そこつ)岩根(いはね)の大(おほ)ミロク、210三千(さんぜん)世界(せかい)の救世主(きうせいしゆ)、211ヘグレのヘグレのヘグレ武者(むしや)ヘグレ神社(じんじや)の大神(おほかみ)、212リントウビテンの大神(おほかみ)、213木曽(きそ)義姫(よしひめ)の命(みこと)、214ジヨウドウ行成(ゆきなり)、215地上丸(ちじやうまる)、216地上姫(ちじやうひめ)、217耕大臣(たがやしだいじん)、218定子姫(さだこひめ)の命(みこと)、219杵築姫(きつきひめ)、220言上姫(ことじやうひめ)とか何(なん)とか云(い)ふやくざ神(がみ)さまの名(な)を聞(き)くのかと思(おも)へば221今(いま)から頭(あたま)が痛(いた)むやうだワイ』
222高(たか)『これ杢(もく)チヤン、223これ程(ほど)妾(わたし)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)になつて神(かみ)様(さま)のお道(みち)を開(ひら)かうとして居(ゐ)るのに、224何時(いつ)も何時(いつ)も妾(わたし)を嘲弄(てうろう)するのですか。225神(かみ)様(さま)の名(な)を聞(き)いて頭(あたま)が痛(いた)いの、226目(め)が眩(も)うのと云(い)ふ人(ひと)は罰当(ばちあた)りですよ』
227妖(えう)『さうだから、228ウラナイ教(けう)はお前様(まへさま)にお任(まか)せ申(まを)して229この杢兵衛(もくべゑ)さまは離棟(はなれ)の一室(ひとま)に立籠(たてこも)り上(あ)げ股(また)うつて休(やす)まして貰(もら)ふのだ。230宣伝(せんでん)の邪魔(じやま)をしても済(す)まないからなア』
231高(たか)『お前(まへ)さまは余(あま)り人物(じんぶつ)が大(おほ)き過(す)ぎて人民(じんみん)に直接(ちよくせつ)の布教(ふけう)は不適当(ふてきたう)だから232昼(ひる)の間(あひだ)は離棟(はなれ)でお休(やす)みなさい、233そのかはり夜分(やぶん)になつたら御用(ごよう)を仰(おほ)せつけて上(あ)げますからねえ、234ほんとに嬉(うれ)しいでせう、235可愛(かあい)いでせう』
236妖(えう)『まるで俺(おれ)を種馬(たねうま)と間違(まちが)へて居(ゐ)るやうだなア。237どれどれ山(やま)の神(かみ)様(さま)の御(ご)機嫌(きげん)のよい中(うち)に離棟(はなれ)に参(まゐ)りませう。238サアこれから日出(ひのでの)神(かみ)の生宮(いきみや)、239大(おほ)ミロクさまを売(う)り出(だ)しなさい』
240と云(い)ひ乍(なが)らドシンドシンと床板(とこいた)をしわらせ乍(なが)ら離棟(はなれ)座敷(ざしき)へ大(おほ)きな図体(づうたい)を運(はこ)び、241中(なか)から錠(ぢやう)まいを卸(おろ)し元(もと)の怪物(くわいぶつ)と還元(くわんげん)し大鼾声(おほいびき)をかき寝(ね)て仕舞(しま)つた。242妖幻坊(えうげんばう)は人間(にんげん)に化(ば)けて居(ゐ)るのが非常(ひじやう)に苦(くる)しいので、243外(そと)から見(み)えない一室(いつしつ)を何時(いつ)も必要(ひつえう)として居(ゐ)るのである。244高姫(たかひめ)はいよいよ一陽(いちやう)来復(らいふく)春陽(しゆんやう)到(いた)れりと太(ふと)いお尻(しり)を振(ふ)り乍(なが)ら245大道(だいだう)を声(こゑ)張(はり)上(あ)げて宣伝(せんでん)し初(はじ)めた。246尻(しり)は大(おほ)きいが何(なん)と云(い)つても千草姫(ちぐさひめ)の肉体(にくたい)、247何処(どこ)とはなしに気品(きひん)も高(たか)く器量(きりやう)もよし、248物(もの)さへ云(い)はねば何処(いづこ)の貴夫人(きふじん)か、249弁天(べんてん)様(さま)の再来(さいらい)かと疑(うたが)はるる許(ばか)りの美貌(びばう)であつた。250高姫(たかひめ)の必死(ひつし)の宣伝(せんでん)は忽(たちま)ち功(こう)を奏(そう)したと見(み)え、251其(その)翌日(よくじつ)からはワイワイと老若(らうにやく)男女(なんによ)が詰(つ)めかけて鮓詰(すしづめ)の大繁昌(だいはんじやう)、252スガ山(やま)の神殿(しんでん)よりも参詣者(さんけいしや)が幾層倍(いくそうばい)増(ふ)へるやうになつて来(き)た。
253(大正一五・六・三〇 旧五・二一 於天之橋立なかや旅館 加藤明子録)
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