霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 欠恋坊(かくれんばう)〔一八一八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第72巻 山河草木 亥の巻 篇:第2篇 杢迂拙婦 よみ(新仮名遣い):もくうせっぷ
章:第9章 欠恋坊 よみ(新仮名遣い):かくれんぼう 通し章番号:1818
口述日:1926(大正15)年06月30日(旧05月21日) 口述場所:天之橋立なかや別館 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1929(昭和4)年4月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
アリスは二人の子供が帰ってきたのに狂喜し、逆に病は重くなってしまう。ダリヤはそれを憂いて、スガ山の山王神社に夜、ひそかに参詣して父親の平癒を祈る。
そこへ玄真坊が神素盞嗚大神の化身と偽ってやってきて、たぶらかして連れ去ったのであった。そして二人はタニグク山の岩窟へやってくる(このお話は、第六十七巻の第十四章へと続きます)。
一方、長者の宅では、兄のイルクが妹の行方不明に心を痛め、ヨリコ姫に善後策を相談していた。すると、それまですやすやと眠っていた花香姫が目を覚まし、夢を報告する。
夢の中で、ダリヤはオーラ山の玄真坊にかどわかされたが、汚されることなく、二ヵ月後に立派な人に送られて戻ってくる、と知らされたのであった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2018-12-20 00:48:12 文字数:4146 OBC :rm7209
愛善世界社版:106頁 八幡書店版:第12輯 643頁 修補版: 校定版:110頁 普及版:42頁 初版: ページ備考:
001吾(わが)子(こ)の行衛(ゆくゑ)は如何(いか)にぞと
002待(ま)ち焦(こが)れたる父親(てておや)の
003アリスの親爺(おやぢ)は両人(りやうにん)が
004三五教(あななひけう)の梅公別(うめこうわけ)
005神(かみ)の司(つかさ)に送(おく)られて
006二人(ふたり)ニコニコ帰(かへ)りしゆ
007狂喜(きやうき)のあまり逆上(ぎやくじやう)し
008愈(いよいよ)病(やまひ)は重(おも)りつつ
009頭(あたま)痛(いた)むと云(い)ひ乍(なが)ら
010財産(ざいさん)全部(ぜんぶ)を投(な)げ出(だ)して
011奥(おく)の間(ま)深(ふか)く隠(かく)れけり
012ダリヤの姫(ひめ)は驚(おどろ)いて
013恋(こひ)しき父(ちち)の病(やまひ)をば
014癒(いや)さむ為(ため)にスガ山(やま)の
015山王(さんわう)神社(じんじや)に夜(よる)密(ひそ)か
016忍(しの)び忍(しの)びに参(ま)ゐ詣(まう)で
017真心(まごころ)籠(こ)めて祈(いの)り居(ゐ)る
018時(とき)しもあれや薄暗(うすやみ)を
019ぼかしてヌツと現(あら)はれし
020白髪(はくはつ)異様(いやう)の物影(ものかげ)は
021祠(ほこら)の前(まへ)に悠々(いういう)と
022近(ちか)より来(きた)り厳(おごそ)かに
023声(こゑ)を静(しづ)めて告(つ)ぐるやう
024『吾(われ)は尊(たふと)き三五(あななひ)の
025瑞(みづ)の柱(はしら)と聞(きこ)えたる
026神(かむ)素盞嗚(すさのを)の尊(みこと)ぞや
027汝(なんぢ)の家(いへ)は昔(むかし)より
028スガの港(みなと)に隠(かく)れなき
029百万(ひやくまん)長者(ちやうじや)と聞(きこ)えたる
030万(よろづ)の民(たみ)の怨府(ゑんぷ)ぞや
031その罪(つみ)今(いま)に報(むく)い来(き)て
032汝(なんぢ)の母(はは)は逸早(いちはや)く
033この世(よ)の中(なか)ゆ身(み)を隠(かく)し
034或(あ)る山里(やまざと)へ救(すく)はれて
035細(ほそ)き煙(けむり)を立(た)て乍(なが)ら
036尼僧(にそう)生活(せいくわつ)営(いとな)みつ
037汝(なんぢ)が家(いへ)の冥福(めいふく)を
038祈(いの)り居(ゐ)るこそ憐(あは)れなる
039しかのみならず汝(な)が父(ちち)の
040アリスは今(いま)や重病(ぢうびやう)に
041罹(かか)りて生命(せいめい)危篤(きとく)なり
042此(こ)の難関(なんくわん)を恙(つつが)なく
043切(き)り抜(ぬ)けなむと思(おも)ふなら
044吾(われ)の教(をしへ)に従(したが)ひて
045大谷山(おほたにやま)の谷間(たにあひ)に
046神代(かみよ)の昔(むかし)ゆ降(くだ)り在(ま)す
047栄(さか)えの神(かみ)の御(おん)前(まへ)に
048一日(ひとひ)も早(はや)く詣(まう)で見(み)よ
049吾(われ)は汝(なんぢ)の案内(あない)して
050人目(ひとめ)を忍(しの)び夜(よる)の道(みち)
051助(たす)け行(ゆ)かなむダリヤ姫(ひめ)
052答(いらへ)如何(いかに)』と厳(おごそ)かに
053宣(の)ればダリヤは首(くび)傾(かた)げ
054怪(あや)しみ乍(なが)ら言葉(ことば)なく
055思案(しあん)にくれて居(ゐ)たりしが
056パツと輝(かがや)く火(ひ)の光(ひかり)
057ハツと驚(おどろ)き眺(なが)むれば
058又(また)もや火影(ほかげ)はパツと消(き)ゆ
059此(こ)の不思議(ふしぎ)なる出来事(できごと)に
060ダリヤの心(こころ)は動(うご)きつつ
061心(こころ)定(さだ)めて答(こた)へらく
062『神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)か
063山王(さんわう)神社(じんじや)の御(ご)化身(けしん)か
064妾(わたし)にや少(すこ)しも分(わか)らねど
065人間離(にんげんばな)れのしたお方(かた)
066仮令(たとへ)鬼神(きしん)であらうとも
067斯(か)かる妙術(めうじゆつ)ある上(うへ)は
068如何(いか)なる願(ねがひ)もスクスクに
069叶(かな)はせ玉(たま)ふ事(こと)ならむ
070御(おん)身(み)の後(あと)に従(したが)ひて
071何処(どこ)々々(どこ)迄(まで)も参(まゐ)りませう
072導(みちび)き玉(たま)へ』と手(て)を合(あは)す
073神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)に
074化(ば)けたる妖僧(えうそう)はオーラ山(さん)
075岩窟(いはや)の中(なか)に立籠(たてこも)り
076善男(ぜんなん)善女(ぜんによ)を歎(あざむ)きて
077謀反(むほん)を企(たく)みし玄真坊(げんしんばう)
078偽天帝(にせてんてい)の化身(けしん)なる
079偽(にせ)の救主(きうしゆ)の成(な)れの果(はて)
080山子(やまこ)坊主(ばうず)と知(し)られたり
081玄真坊(げんしんばう)は胸(むね)の裡(うち)
082雀躍(こをど)りし乍(なが)ら言霊(ことたま)も
083いと荘重(さうちよう)に宣(の)らすらく
084善哉(ぜんざい)々々(ぜんざい)ダリヤ姫(ひめ)
085汝(なんぢ)の母(はは)は三年前(みとせまへ)
086この世(よ)を已(すで)に去(さ)りし如(ごと)
087思(おも)ひ居(を)れども左(さ)にあらず
088吾(わが)眷族(けんぞく)を遣(つか)はして
089墓場(はかば)の土(つち)を掘(ほ)り出(いだ)し
090甦生(よみがへ)らせて山奥(やまおく)に
091庵(いほり)を結(むす)び隠(かく)しあり
092先(ま)づ第一(だいいち)に汝(な)が母(はは)に
093面会(めんくわい)させた其(その)上(うへ)に
094汝(なんぢ)が父(ちち)の重病(ぢうびやう)を
095救(すく)はむ為(ため)の吾(わが)仕組(しぐみ)
096従(したが)ひ来(きた)れと云(い)ひ乍(なが)ら
097暗(やみ)の山道(やまみち)スタスタと
098ダリヤの姫(ひめ)の手(て)を引(ひ)いて
099人跡(じんせき)稀(まれ)なる大野原(おほのはら)
100怪(あや)しき声(こゑ)を絞(しぼ)りつつ
101般若(はんにや)心経(しんぎやう)波羅蜜(はらみつ)経(きやう)
102普門品(ふもんぼん)迄(まで)唱(とな)へつつ
103タラハン城下(じやうか)をさして行(ゆ)く。
104 ダリヤ姫(ひめ)は稀代(きたい)の売僧(まいす)、105オーラ山(さん)の悪党(あくたう)玄真坊(げんしんばう)とは夢(ゆめ)にも知(し)らず、106吾(わが)家(いへ)にヨリコ姫(ひめ)、107花香(はなか)の逗留(とうりう)し居(を)る事(こと)も忘(わす)れて了(しま)ひ、108死(し)んだと思(おも)うた母上(ははうへ)は、109或(ある)山奥(やまおく)に生(い)きて居(ゐ)ますと聞(き)きしより虚実(きよじつ)を調(しら)ぶる余裕(よゆう)もなく、110此(この)妖僧(えうそう)を神(かむ)素盞嗚(すさのを)の神(かみ)の化身(けしん)と深(ふか)く信(しん)じて、111夜陰(やいん)にまぎれタラハン城下(じやうか)を指(さ)して出(で)て来(き)たのである。112玄真坊(げんしんばう)は口(くち)から出任(でまか)せの事(こと)を云(い)つて噂(うはさ)に高(たか)い薬屋(くすりや)の娘(むすめ)此(この)美人(びじん)を、1121うまく、113ちよろまかして自分(じぶん)に靡(なび)かせ女房(にようばう)に為(な)し置(お)かば、114百万(ひやくまん)長者(ちやうじや)の財産(ざいさん)は二人(ふたり)の兄(あに)はあつても、115そこは何(なん)とか、116彼(かん)とか文句(もんく)をつけ、117自分(じぶん)が一人(ひとり)のものにせむと色(いろ)と欲(よく)との二道(ふたみち)かけ、118此処(ここ)迄(まで)つり出(だ)して来(く)るは来(き)たものの、119さて何処(いづこ)へ連(つ)れて行(ゆ)かうか……と心(こころ)の裡(うち)に悩(なや)んでゐた。
120 タラハン川(がは)の岸(きし)に沿(そ)ひたる常磐木(ときはぎ)の、121かなり広(ひろ)い森林(しんりん)がある。122此(この)森林(しんりん)は一方(いつぱう)は川辺(かはべ)の事(こと)とて、123千畳敷(せんでふじき)の岩(いは)が並(なら)んで居(ゐ)た。124二人(ふたり)は此(この)岩(いは)の上(うへ)に座(ざ)を占(し)め、125川(かは)の流(なが)れを眺(なが)め乍(なが)ら休息(きうそく)した。
126ダリヤ『モシ、127大神(おほかみ)の化身(けしん)様(さま)、128母(はは)の居(を)りまする山(やま)はどの方面(はうめん)で御座(ござ)いますか、129一寸(ちよつと)お知(し)らせ下(くだ)さいませ』
130玄真(げんしん)『ウンウンヨシヨシ、131エー……コーツト……、1311あの峰(みね)がエー高満山(たかみつやま)、132それから、133その向(むか)ふが、134エー岸山(きしやま)、135川並山(かはなみやま)、136エー、137その向(むか)ふがタニグク山(やま)、138ウンあのタニグク山(やま)の一寸(ちよつと)後(うしろ)に、139コバルト色(いろ)に霞(かす)んで居(ゐ)る峰(みね)が見(み)えるだらう。140あれが大谷山(おほたにやま)と云(い)つて、141あの麓(ふもと)に、142何(なん)でエー、143汝(おまへ)のお母(かあ)さまが居(を)られるのだ。144そして、145其処(そこ)に栄(さか)えの神(かみ)様(さま)の祠(ほこら)がある。146その神(かみ)様(さま)が願(ねがひ)事(ごと)を何(なん)でも聞(き)いて下(くだ)さるのだ。147今(いま)其処(そこ)へ案内(あんない)しようが、148何分(なにぶん)道(みち)が悪(わる)いから、149お前(まへ)も難渋(なんじふ)すると思(おも)つて、150休(やす)み休(やす)み行(ゆ)く事(こと)にしたのだ』
151ダリ『何(なん)とマア高(たか)い山(やま)で御座(ござ)いますこと、152まだ彼処(あこ)迄(まで)は大分(だいぶん)道程(みちのり)が御座(ござ)いませうね』
153玄(げん)『さうだ、154一寸(ちよつと)三十(さんじふ)里(り)許(ばか)りあるだらう、155女(をんな)の足弱(あしよわ)を連(つ)れて行(ゆ)くのだから156先(ま)づ三日(みつか)はかかる事(こと)と思(おも)はねばならぬ』
157ダリ『アヽ左様(さやう)で御座(ござ)いますか、158仮令(たとへ)三日(みつか)が十日(とをか)位(ぐらゐ)かかつてもお母(かあ)さまに会(あ)へたり、159お父(とう)さまの病気(びやうき)が癒(い)えましたら一寸(ちよつと)も厭(いと)ひませぬ。160どうかお願(ねがひ)申(まを)します』
161玄(げん)『これ、162ダリヤさま、163お前(まへ)は俺(わし)を本当(ほんたう)の神(かみ)の化身(けしん)と思(おも)つてゐるか、164それとも売僧(まいす)坊主(ばうず)だと思(おも)つて居(ゐ)るか、165本当(ほんたう)の事(こと)を聞(き)かして貰(もら)ひ度(た)いものだな』
166ダリ『ハイ、167大神(おほかみ)様(さま)の御(ご)化身(けしん)にしてはチツト許(ばか)り……斯(か)う申(まを)すとすみませぬが、168お軽(かる)いやうでもあり、169俗人(ぞくじん)にしては凡(すべ)ての点(てん)に秀(ひい)でて御座(ござ)るなり、170山子(やまこ)坊主(ばうず)では到底(たうてい)出来(でき)ない妙術(めうじゆつ)を持(も)つて御座(ござ)るなり、171とても妾(わらは)の如(ごと)き凡眼(ぼんがん)では竜(りう)の片鱗(へんりん)でも掴(つか)む事(こと)が出来(でき)ませぬ。172仮令(たとへ)山子(やまこ)坊主(ばうず)にした処(ところ)で、173暗夜(やみよ)に体(からだ)から光(ひかり)を出(だ)したり、174四辺(あたり)を輝(かがや)かしたりなさる御(ご)神徳(しんとく)を持(も)つたお方(かた)故(ゆゑ)、175お言葉(ことば)に従(したが)つて置(お)けばキツト望(のぞ)みを叶(かな)へて下(くだ)さるだらうと信(しん)じまして、176御(ご)案内(あんない)を願(ねが)つたので御座(ござ)います』
177玄(げん)『ハハア、1771成程(なるほど)178其方(そなた)は余程(よほど)の才媛(さいゑん)だ。179拙者(せつしや)を神(かみ)の化身(けしん)と信(しん)じて跟(つ)いて来(き)たのならば、180一向(いつかう)面白(おもしろ)くないが、181仮令(たとへ)山子(やまこ)坊主(ばうず)にもせよ、182不思議(ふしぎ)の術(じゆつ)を有(も)つて居(ゐ)る其(その)点(てん)に憧憬(どうけい)して、183跟(つ)いて来(き)たとあれや益々(ますます)頼(たの)もしい。184それぢや一(ひと)つ何(なに)も彼(か)も打明(ぶちあ)けて云(い)ふが、185拙僧(せつそう)こそは天帝(てんてい)の化身(けしん)、186天来(てんらい)の救世主(きうせいしゆ)、187天下一(てんかいち)の名僧(めいそう)知識(ちしき)と自称(じしよう)する智謀(ちぼう)絶倫(ぜつりん)の英僧(えいそう)だ、188否(いや)マハトマの聖雄(せいゆう)だ、189どうぢやダリヤ姫殿(ひめどの)、190驚(おどろ)いたであらうなア』
191ダリ『ホツホヽヽ、192まるつきり、193オーラ山(さん)の玄真坊(げんしんばう)見(み)たいなお方(かた)ですな』
194玄(げん)『オーサ、195さうぢや、196拙僧(せつそう)こそはオーラの山(やま)に年古(としふる)く住(す)む大天狗(だいてんぐ)の化身(けしん)、197玄真坊(げんしんばう)で御座(ござ)るぞや』
198ダリ『ホツホヽヽ、199何(なん)とマア、200えらい馬力(ばりき)ですこと、201大変(たいへん)なメートルが上(あが)つてゐますよ。202さうすると玄真(げんしん)さま、203お前(まへ)は美人(びじん)と見(み)れば岩窟(いはや)へ引張(ひつぱ)り込(こ)んで、204否応(いやおう)無(な)しに獣欲(じうよく)を遂(と)げる淫乱(いんらん)上人(しやうにん)でせう。205母上(ははうへ)に会(あ)はしてやらうなんて、206うまく妾(わらは)を騙(だま)かし、207何処(どつか)の岩窟(いはや)へ連(つ)れ込(こ)む算段(さんだん)でせうがなア。208もうこれから御免(ごめん)を蒙(かうむ)ります。209仮令(たとへ)烏(からす)にこつかせても売僧(まいす)坊主(ばうず)さまにやこつかせませぬワ。210エー、211マー、2111マア212人(ひと)を馬鹿(ばか)にして下(くだ)さつた。213今時(いまどき)の女(をんな)に、214そんな偽(いつは)りを喰(く)ふ馬鹿(ばか)は御座(ござ)いませぬよ。215口惜(くや)しいと思召(おぼしめ)すなら、216目(め)なつと噛(か)んで死(し)になさい、217左様(さやう)なら』
218と捨台詞(すてぜりふ)を残(のこ)し逃(に)げ出(だ)さむとした。219玄真坊(げんしんばう)は、220ヒユーヒユーと口笛(くちぶえ)を三四回(さんしくわい)吹(ふ)くや否(いな)や、221七八(しちはち)人(にん)の覆面(ふくめん)した荒男(あらをとこ)、222森(もり)の茂(しげ)みより現(あら)はれ来(きた)り、223手(て)とり足(あし)とり否応(いやおう)言(い)はさず、224玄真坊(げんしんばう)と共(とも)に野中(のなか)の道(みち)をトントンと、225タニグク山(やま)の方面(はうめん)目蒐(めが)けて担(かつ)ぎ行(ゆ)く。[※この話の続きは第67巻第14章へ戻る。]
226 スガの港(みなと)のアリスの宅(うち)では、227ダリヤ姫(ひめ)が山王(さんわう)の森(もり)に夜中(やちう)参拝(さんぱい)した限(き)り、228夜明(よあ)けになつても帰(かへ)つて来(こ)ないので、229門番(もんばん)のアル、230エスに命(めい)じスガの山(やま)の木(こ)の間(ま)を隈(くま)なく捜索(そうさく)せしめたが、231何程(いくら)探(さが)しても、232影(かげ)も形(かたち)も見(み)えぬのに力(ちから)を落(おと)し、233その日(ひ)の日(ひ)の暮(くれ)頃(ごろ)、234青(あを)い顔(かほ)して帰(かへ)つて来(き)た。235兄(あに)のイルクはこんな事(こと)を重病(ぢうびやう)の父(ちち)に聞(き)かしては益々(ますます)病(やまひ)が重(おも)る計(ばか)りと236召使(めしつかひ)共(ども)によく云(い)ひ聞(き)かせ、237病父(びやうふ)のアリスにはダリヤ姫(ひめ)の事(こと)は少(すこ)しも話(はな)さない事(こと)に口止(くちど)めをして了(しま)つた。238イルクはヨリコ姫(ひめ)、239花香姫(はなかひめ)の居間(ゐま)を訪(たづ)ね、
240『モシ、241ヨリコ姫(ひめ)様(さま)、242最早(もう)お寝(やす)みで御座(ござ)いますか、243夜分(やぶん)遅(おそ)く御(お)邪魔(じやま)致(いた)しますが』
244と伺(うかが)へば中(なか)より、245優(やさ)しきヨリコ姫(ひめ)の声(こゑ)、
246『ハイ、247未(ま)だ寝(やす)んで居(を)りませぬ。248さう云(い)ふ声(こゑ)はイルクさまで御座(ござ)いますか、249まづまづお這入(はい)り下(くだ)さいませ。250妹(いもうと)は宣伝(せんでん)の草臥(くたぶれ)で已(すで)に寝(やす)んで居(を)りますが、251お構(かま)ひなくお這入(はい)り下(くだ)さいませ』
252イルク『ハイ、253有難(ありがた)う、254然(しか)らば御免(ごめん)を蒙(かうむ)ります。255エー突然(とつぜん)ながら、256一寸(ちよつと)お智慧(ちゑ)を貸(か)して貰(もら)ひに参(まゐ)りました。257と云(い)ふのは外(ほか)でも御座(ござ)いませぬ、258妹(いもうと)のダリヤ姫(ひめ)が昨夜半(さくよなか)頃(ごろ)、259父(ちち)の重病(ぢうびやう)を苦(く)にして、260スガ山(やま)の山王(さんわう)の祠(ほこら)に参拝(さんぱい)致(いた)しました限(き)り、261今朝(けさ)になつても帰(かへ)り来(こ)ず、262私(わたくし)も非常(ひじやう)に心配(しんぱい)を致(いた)しまして門番(もんばん)のアル、263エスを遣(つか)はし、264山中(さんちう)隈(くま)なく捜索(さうさく)をさせましたが、265呼(よ)べど叫(さけ)べど何(なん)の音沙汰(おとさた)もなしの礫(つぶて)、266日(ひ)の暮頃(くれごろ)力(ちから)なげに帰(かへ)つて参(まゐ)りました。267若(も)しや悪者(わるもの)にでも拐(かどはか)されたのぢや御座(ござ)いますまいかなア』
268ヨ『ヤ、269初(はじ)めて承(うけたまは)り実(じつ)に驚(おどろ)きました、270さぞさぞ御(ご)心配(しんぱい)で御座(ござ)いませう。271妾(わらは)は未(ま)だ霊眼(れいがん)が開(ひら)けて居(を)りませぬので、272何(ど)うの、273斯(か)うのと云(い)ふお指図(さしづ)も出来(でき)ませぬが、274コレヤ、275キツト悪(わる)い奴(やつ)に誑(たぶらか)され、276何処(どつか)の山奥(やまおく)へ連(つ)れて行(ゆ)かれたのでせう。277然(しか)し乍(なが)ら、2771必(かなら)ず御(ご)心配(しんぱい)なさいますな、278神(かみ)様(さま)のお守護(まもり)ある以上(いじやう)は滅多(めつた)の事(こと)はありませぬからなア』
279イ『左様(さやう)で御座(ござ)いませうかね、280折角(せつかく)梅公別(うめこうわけ)の宣伝使(せんでんし)様(さま)に助(たす)けられたと思(おも)へば、281又(また)悪者(わるもの)に攫(さらは)れるとは、282よくよく運(うん)の悪(わる)い妹(いもうと)で御座(ござ)います』
283と男泣(をとこな)きに泣(な)く。284今(いま)迄(まで)スヤスヤ眠(ねむ)つて居(ゐ)た花香(はなか)はフツと目(め)を醒(さ)まし、
285『アヽ姉(ねえ)さまですか、286いやイルク様(さま)、287ようお出(い)でなさいませ。288貴方(あなた)のお出(で)ましとも知(し)らずウツカリと寝(ね)て了(しま)ひまして、289エライ失礼(しつれい)致(いた)しました。290ダリヤ姫(ひめ)さまの行衛(ゆくゑ)に就(つい)て、291御(ご)相談(さうだん)して居(ゐ)られますやうですが、292必(かなら)ず御(ご)心配(しんぱい)なさいますな。293ダリヤ様(さま)は屹度(きつと)二(に)ケ月(げつ)の後(のち)にはお帰(かへ)りになります。294妾(わたし)は今(いま)夢(ゆめ)を見(み)ましたが、295あのオーラ山(さん)に立籠(たてこも)つて居(を)つた玄真坊(げんしんばう)に拐(かどはか)され、296何処(どこ)かの山奥(やまおく)へ連(つ)れ行(ゆ)かれ、297玄真坊(げんしんばう)は自分(じぶん)の女房(にようばう)にしようとして、298いろいろと骨(ほね)を折(を)つて居(を)りますが、299ダリヤ姫(ひめ)様(さま)は決(けつ)して彼(かれ)に汚(けが)され給(たま)ふやうな事(こと)なく、300立派(りつぱ)な人(ひと)に送(おく)られてお帰(かへ)りになつた夢(ゆめ)を見(み)ました』
301イル『ヤア、302そのお夢(ゆめ)はキツト正夢(まさゆめ)で御座(ござ)いませう、303六十(ろくじふ)日(にち)と云(い)へば長(なが)いやうですが、3031直(す)ぐに経(た)ちます。304どうか其時(それ)迄(まで)父(ちち)が生(い)きて居(を)つてくれれば宜(よろ)しいがな』
305ヨリ『一切(いつさい)を神(かみ)様(さま)に任(まか)したお父上(ちちうへ)、306仮令(たとへ)御(ご)病気(びやうき)でもお命(いのち)に別条(べつでう)は御座(ござ)いませぬ。307お宮(みや)の普請(ふしん)が立派(りつぱ)に出来上(できあ)がつた上(うへ)に、308ダリヤ姫(ひめ)さまはお帰(かへ)り、309お父上(ちちうへ)は御(ご)本復(ほんぷく)と云(い)ふ事(こと)になるでせう。310お宮(みや)の出来上(できあが)りとダリヤさまのお帰(かへ)りとお父上(ちちうへ)の御(ご)全快(ぜんくわい)と「目出度(めでた)目出度(めでた)が三(み)つ重(かさ)なつて鶴(つる)が御門(ごもん)に巣(す)をかける」と云(い)ふ瑞祥(ずゐしやう)がやがて参(まゐ)りませう。311何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)にお任(まか)せして時節(じせつ)をお待(ま)ち下(くだ)さいませ』
312 イルクは、
313『ハイ、314有難(ありがた)う、315夜分(やぶん)にお邪魔(じやま)致(いた)しました、316何分(なにぶん)宜(よろ)しうお願(ねがひ)申(まを)します』
317と吾(わが)居室(ゐま)さして帰(かへ)り行(ゆ)く。
318(大正一五・六・三〇 旧五・二一 於天之橋立なかや旅館 北村隆光録)
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